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第16章 廻世と壊世の特異点
第385話:破壊神と守護神の棋譜
しおりを挟むこの時、双方に誤算が生じていた。
真なる世界を舞台に激しい戦いを繰り広げる巨獣と巨将。どちらにも製作に携わったツバサやロンドが予期せぬ結果を孕んでいたのだ。
巨獣の誤算――それは僅かながらの弱体化。
本来、ロンドの過大能力で創られた怪物は「世界を滅ぼすこと」のみに存在意義を集約された生物のため、生命体として存続することは考慮されていない。繁殖能力がないのは勿論、生命活動を維持する器官すら怪しかった。
これでは兵隊としても兵器としても運用しにくい。
今回の大戦争ではどちらの意味でも活用しなければならないため、ロンドは怪物を増産するとともに、生物としての完成形を求めた。
そこで既存の生物から「生命体として積み重ねてきた歴史」を、遺伝子にも似た生命に刻み込まれてきた情報を怪物に組み込んだ。
これによりロンドの怪物は、飛躍的に活動時間を延ばすことに成功。
同時に、いくつかの制約をもたらすことになった。
本来、ロンドの過大能力で生み出される怪物は意識の及ばないもの、理性では手に負えない無意識の化身。俗に“対象a”と呼ばれるものを具現化することで怪物にするものだが、その本質が薄れてしまった。
対象aは相手の心の隙間、弱いところを狙う習性がある。
この習性が生物の情報を元にしたことで低下していた。おまけに基礎的な強さこそLV999のままだが、弱体化も余儀なくされている。
生物として固定され、可変性が薄れたためだ。
完璧令嬢ネリエルの一団が、LV999ながらもツバサたちにボロ負けしたように、同じLV999といえどピンからキリまで格差がある。
巨獣は規格こそLV999だが、その強さはかなり低レベルだった。
これをロンドは――まったく意に介さなかった。
開発途中で発覚したものの、敢えてこれを無視したのだ。
『怪物どもはあくまでも兵隊。四神同盟の主戦力にぶつけるつもりはないし、連中の陣営にちょっかいをかけられればそれでいい。怪物軍団の主な仕事は、この世界をブッ壊して生き残ってる種族を皆殺しにすることだ』
世界を殲滅する兵隊、その頭数さえ揃えばいい。
多少の品質低下は目をつぶる――これがロンドの方針だった。
その数にしてもツバサの予想通り、1000万もいれば十分だろうとアバウトに考えていた。なにせ一体でも世界を滅ぼしかねない魔物だ。
1000万もいればお釣りが来る。
ならば、どうして空を暗雲で覆うほどの無量大数みたいな量の卵を用意したのかと訊かれれば、単純にツバサを驚かせたかっただけである。
他意はない。ただ、意表を突きたかっただけだ。
結果的に四神同盟に初っ端から全力全開の攻撃をさせることで、少なくない消耗をさせたのだが、そこはロンドにとって計算の埒外。
完全に「結果オーライ」の副産物だった。
この事実、ツバサが知ればブチ切れ案件間違いなしである。
一方、四神同盟でも誤算は起きていた。
巨将の誤算――それはプトラに製造を任せた件。
自他共に認めるダメ人間。家事洗濯料理といった生活能力もなければ、運動神経もゼロなので戦闘面でも役に立たない。勉強や頭を使うことも苦手。
そんなプトラ唯一の才能が道具を作ることだ。
元より魔力を付与した魔法道具を作る道具作成師だったが、神族となったことで更なる開花を促し、その過大能力を覚醒させた。
プトラの過大能力──【工芸の女神が編み出す一風変わった小技】。
作り出した道具に尋常ならざる効果を与える能力。
火種が消えることのない角灯を作れば都市殲滅型の火炎放射器となり、水が尽きない水筒を作らせれば大洪水を起こす水害兵器となる。
どんな道具を作っても尋常ならざる効果を持たせてしまう。
ひとつ間違えれば大惨事を起こしかねない危険性のため、ツバサは常々「自重するように」と言い聞かせ、コギャルなのに意外と読書家なのでウマが合うフミカと女子高生コンビを組ませてお目付役とした。
その甲斐もあって、プトラの過剰な能力付与は制御できていた。
だが――今回は忘れていた。
ツバサは四神同盟を飛び回って監修を怠り、フミカもダインの補佐に付いていたので、プトラの仕事を見張る係がいなかったのだ。
こうなるとプトラは、リミッター解除されたも同然である
そんな彼女に作らせた巨将の“核”。
ここにプトラのやり過ぎが遺憾なく発揮されてしまった。
巨将を構成する要素はオリベの“碧覚練土”。
これは硬化するとオリハルコン以上の硬度を発揮するのだが、決して及ばぬはずのアダマント鋼の硬度を叩き出していた。巨将の性能によってはそれ以上の強度どころか靱性に剛性、柔軟性まで発揮する応用力まで備えている。
また巨将の質量もスケールアップさせていた。
当初の予定だと巨将の全長は70m~80m前後のはずだったが、プトラの能力で拍車をかけられた“碧覚練土”が大幅に増えた。
結果、巨獣に見劣りしない100mの巨体となったのだ。
巨将の動力源はイヨが集めた“戦国武将への憧憬”。
それが龍宝石の内部で物理的エネルギーに高まるまで増幅されるのだが、臨界点どころか限界を軽々と突破し、絶大なパワーを漲らせることとなった。
共に戦国時代を生きた乙将オリベの能力である碧覚練土との間に相乗効果も発生したのか、高度な自己修復能力まで兼ね備える始末だ。
想定を超える爆発的出力――予想を上回る機体強度。
これが絶妙に噛み合い、巨将は想像を絶する強さを秘めていた。
また、機体によっては特殊能力まで発動させていた。
これはもう完全に想定外の産物だ。
語り継がれる逸話のある武将ほど、その逸話に基づいた必殺技や特殊な兵装を使えるらしい。巨獣の群れを向こうに回して一騎当千の力を発揮していた。
ツバサの計算では「LV999に何とか指が届くレベル」だったのだが、蓋を開けてみれば余裕でLV999の中堅クラスの強さを備えていた。
しかも、ただ命令を実行する自動人形ではない。
モデルにした戦国武将への“想い”を反映させ、その思考パターンを投影させた心を有しているのだ。人工知能などお呼びじゃない。
おかげで反応速度や機転の早さが自動人形とは段違いである。
心があるため喜怒哀楽に基づいた行動を取り、怒りによって出力を増大させる巨将もいれば、優しさや心配りから仲間を助けようとする巨将もいる。
それが彼らをより強力にさせ、陣を組むなどの連携を取らせていた。
これらすべて――プトラに任せた成果だ。
ツバサは「業病に対するワクチン」程度の効果があればいいと過小評価したが、もはや巨将は「業病を駆逐する特効薬」の威力を持っていた。
片や弱体化の誤算――片や強化の誤算。
双方の誤算によって両者の溝は程良く埋まっていた。
このため巨獣の大群が押し寄せても巨将はビクともせず、ツバサの懸念を払拭するかの如き大活躍してくれていた。
しかし、1000万VS100万の構図は覆らない。
十倍の戦力差を埋め合わせるのは不可能だ。
四神同盟へ押し寄せてくる巨獣の行く手に、巨将は陣を組んで立ち塞がる。前述の通り誤差によって生じた格差のため巨将勢が有利だった。
だが、数に勝る巨獣群は押し切ろうとする。
すると、どうしても巨将の処理が追いつかなくなるのだ。
取りこぼすように巨獣の進軍を見逃してしまう。追いかけて仕留めたくても巨獣は数の多さを頼みに、巨将の追撃を封じるよう襲いかかっていた。
巨将は想定以上の戦果を上げている。
だが、それを帳消しにする勢いで巨獣の攻勢も止まらなかった。
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「……って感じの状況ッス、巨獣と巨将の大怪獣バトルは」
メインモニター及び複数のマルチウィンドウで開いたサブモニターに各地の戦況を映して、フミカは両者の戦いについて情報をまとめてくれた。
「一進一退までは持ち込めないか……」
そこまで高望みはしていないが、ツバサはやや残念であることを零す。
巨将が期待以上の戦果を上げてくれているから尚更だった。
しかし、大怪獣バトルとは言い得て妙である。
ウルト○マンを初めとした光の戦士の身長が約40m、その敵である怪獣の身長も40m~60mがいいところだ(尾の長さを含めた全長はもっとある)。ゴ○ラなどは作品にもよるが、身長100mを越える者がいたはずだ。
巨将も巨獣も――怪獣王に匹敵するサイズ。
そんな連中が1000万以上も出現して、この中央大陸であちらこちらで天地を揺るがす大乱戦を繰り広げているのだ。
これを大怪獣バトルと言わずして何といえばいい?
正直な話、思うことはいくらでもある。
まだ無事な自然が踏み躙られるとか、どこかに隠れ潜んでいる現地種族に被害が出たら困るとか、後始末どうすればいいんだこれとか……。
不安材料は尽きない。
それでも、巨将たちの奮闘に感謝するばかりだ。
プトラの製作意欲にブレーキをかけるのを忘れていたことが、結果的に功を奏す形になろうとは……災い転じて福を成す、といったところだ。
「個々の戦力では巨将が優位、だが獣の群れに押されている感じだな」
「そうッスね。巨将たちも戦力差については肌感覚でわかるのか、それぞれ数十から数百の部隊でまとまって巨獣の侵攻を食い止めつつ、一匹でも多く撃破しようと頑張ってくれてるみたいッスね」
こちらが管理せずとも、彼らはその場の判断で動いてくれる。
モデルにした戦国武将の知恵が活きているらしい。
思った以上に別動隊として働いてくれている巨将勢には、改めて指示することもなさそうだ。このまま巨獣の撃破と進行阻止に務めてもらいたい。
問題は――巨将を抜けた巨獣の群れだ。
どいつもこいつも四神同盟の各陣営をまっしぐらに目指している。
迎撃装置では足止めが精々、あれは各陣営の防御結界の外で待機しているLV999の戦士たちに撃退してもらうしかない。
もうすぐロンドが三手目を指してくるというのに……。
ツバサは奥歯を噛んだ瞬間、フミカのコンソールから警告音が鳴る。
「緊急警報!? これは……ッ!」
コンソールのキーボードを、フミカは焦り顔で叩いた。新たなウィンドウが重なるように何枚も開き、そこに亜音速で移動する複数の物体を捉える。
高速すぎて捉えきれないが――どれも人影だ。
「さっきの大爆発の爆心地……っていうか、ほとんど大気圏外の宇宙ッスけど、そこからLV999の高エネルギー反応が飛び立つのを確認! 数は20! 真なる世界の各地へ……いえ、こちらの5つの陣営へ急速接近中!」
「ようやくお出ましか……」
破壊神の私兵――最悪にして絶死をもたらす終焉。
これこそロンドの打ってきた三手目だ。
『そして三手――バッドデッドエンズが各陣営に特攻をかける』
『数こそ減っちまったが、おかげで粒揃いだ。どいつもこいつも単身で国を落とせるメンバーを選抜しといた。精々気張って歓迎してやってくれ』
あちらの主力が動き出したのを察知する。
その数は20、最初の108人からすれば大胆に減ったものだ。
だが、決して油断できない。
単体で国どころか世界を滅ぼしかねない破壊神の先兵である。
連中にしてみれば四神同盟は不倶戴天の天敵。世界廃滅という一大事業を妨害せんとする目の上のたんこぶだ。真っ先に潰しに来るのは当然と言えよう。
一手目は完封、二手目は抑えることに成功した。
しかし三手目――これは難しい。
四神同盟の防衛に付いている各陣営の主力陣、こちらのLV999の戦士たちを信じて一任するしかない。彼らなら勝利をもぎ取ってくれるはずだ。
必ず、絶対にだ――ツバサは信じて疑わなかった。
「ツバサさん、こっちは準備万端だよ!」
マルチウィンドウのモニターを視野のすべてに収めて情報を精査していたツバサに、最愛の娘であるミロからやる気に満ちた声がかかる。
そちらへ視線を振れば、ミロはしっかり戦闘準備を終えていた。
服飾師ホクトとハルカの師弟が精魂込めて手掛けてくれた最新式。あらゆる防御耐性を極限まで高めた戦闘用ブルードレスで身を固めたミロは、真っ黒い“気”で織られたロングコートのようなものを羽織っていた。
背には身の丈を超える巨大な黒い大剣を帯びている。
覇唱剣――オーバーワールド。
以前は聖剣ミロスセイバーと神剣ウィングセイバーという剣を使っていたが、とあるパワーアップイベントを経て、この二振りが合体してしまった。
それがこの黒い大剣である。
後ほど聖剣と神剣を打った鍛冶師であるジン・グランドラックにそれぞれの二代目を打ち鍛えてもらったが、本気を出す時はこの大剣が性に合うらしい。
あの黒いロングコートはブーストがかかっている証。
本気で覇唱剣を使うと、闘気のように自然と現れるものだった。
「……よし、俺たちも動き出すか」
満を持してツバサも艦長席から立ち上がる。
長い黒髪はまだ殺戮の女神になっていた名残ゆえかやや赤味を帯び、静電気というには威力のありすぎる雷光をバチバチと帯電させていた。
決戦前とあって、殺気立つのを抑えきれない。
生まれついての女顔、女神化してから更に女性らしさを増した顔立ち。
ミロがこっそり「まだダイナミ○クプロ風……」と呟くくらい、鬼気迫る相貌になってるようだ。これも自分ではコントロールできない。闘争心に掻き立てられた男心の成せる技なのだろう。
自然と牙を剥く獣のような微笑みになっていた。
地母神として成長を認めたことで女性的ふくよかさを増した肉体。乳房の大きさはとうとうMカップだ。勘弁してほしい。
そんな女神的肢体にまとうは、真紅のロングジャケット。
黒いパンツとともに愛用している戦闘服だが、この日のためにと服飾師師弟が気合いを入れた勝負服を用意してくれたので、それに袖を通している。ミロのドレス同様、すべてにおいて究極の防具も兼ねていた。
ツバサが艦橋の出入り口へ向かえば、何も言わずにミロはその後に続いた。これから二人はハトホルフリートより飛び立つ。
敵の首領であるロンドを倒すべく――出撃する。
最悪にして絶死をもたらす終焉の構成員は単独でも世界を滅ぼせる能力を持っているが、それを率いるロンドは破壊神としての格が違う。
いいや、次元が違うと断言できる。
最悪にして絶死をもたらす終焉全員=ロンド・エンド一人。
これほどのパワーバランスがある。
本当にあの男一人で真なる世界を滅ぼしかねないのだ。1000万の巨獣が暴れる現状を目の当たりにすれば、否応なしにご理解いただけるだろう
フットワークは軽いが、率先して動く男ではない。
どうせ目立つ場所でツバサを待ち構えているはずだ。何故か知らないが、やたらとあの極悪親父に気に入られたのをツバサは実感している。
だが、不思議と気色悪さは感じない。
鬱陶しいが嫌いになれない親戚のオジさん、程度のものだ。
しかし、待ち構えているなら好都合。
各陣営の防衛に専念すると見せかけ――最強の駒で王手を狙う。
これがツバサたち四神同盟の作戦だった。
そこで数多の蕃神を屠り、この世界を脅かした超巨大蕃神“祭司長”をも異次元の果てを追い返したツバサとミロの最強夫婦に白羽の矢が立った。
ツバサとミロで一気呵成にロンドを仕留める。
派手に動かれる前に叩き潰しておくべきであり、ロンドを倒してしまえば他のバッドデッドエンズの士気を削ぐことも期待できる。
後は各個撃破を前提としたあらゆる手を駆使して、残りのバッドデッドエンズを無力化していき、この戦争を早々に終結させればいい。
無論――この作戦は机上の空論だ。
ロンドがどのように底意地の悪い手を指してくるかもわからないし、バッドデッドエンズにはリードのように未知の要素を孕んだ者がいるかも知れない。それこそ幾重にも罠が張られている可能性だって捨てきれない。
対応に追われて、思惑通りにならないこともままあるだろう。
そこから先は――機に応じて変に応じるしかない。
ツバサとミロは作戦通り、ロンドの元へと向かう。
ハトホルフリートから離脱するため艦橋から出て行こうとすると、こちらの背中を引き留めるようにフミカが声を掛けてきた。
「あ、ちょっ……バサママ、ミロちゃん、ちょっと待ってッス!」
「誰がバサママだ」
せめてバサ兄にしろ、とツバサは立ち止まって振り返ると訂正を求めた。フミカは返事をせず、忙しなくコンソールを操作していた。
キーボードが弾かれる度、マルチウィンドウが切り替わる。
どうやら何かを探しているようだ。
「今、モーレツな勢いで索敵中ッスからもうちょい時間をください! 肝心の破壊神、ロンドってオジさんがどこにいる探しますから……ッ!」
「探すまでもないさ」
ツバサはある一点を指差した。
フミカの努力を嘲笑するかのように――ロンドはそこにいた。
艦橋は空の風景を一望できるよう前面と左右が分厚い透過硬質ガラスで覆われているのだが、そのほとんどが宙に展開されたメインモニターや大小何十枚ものマルチウィンドウやサブモニターによって塞がれている。
その隙間を縫って、ツバサは微かに覗ける外を指し示す。
還らずの都を余す所なく捉えられるアングル。
絶好ポジションに、円卓とそれを囲むソファが浮かんでいた。
四分の一ずつ円卓を取り囲むロングソファのひとつには、言わずと知れた極悪親父ロンドが座っている。両腕をソファの背もたれに回して長い足を組み、安っぽいチンピラみたいにふんぞり返っていた。
その背後には破廉恥……じゃない、フレンチメイド姿の美女が控える。
ロンドの秘書、ミレン・カーマーラという女性だ。
彼女もバッドデッドエンズの一員に数えられているはずだが、各陣営を滅ぼすための行動は起こさず、ロンドの女中として付き従っているらしい。
すべてのモニターを閉じて、ようやく窓の外のロンドに気付いたフミカは唖然とするも一転、女の子がしてはいけない顔で悔しがる。
コンソールに噛みつかんばかりの勢いだ。
「あ、あんな近くにいて……どうして気付かせないんスかあああッ!?」
「どうやら認識を阻害する魔法らしいな」
LV999の分析能力に秀でたフミカに感知させないのだから相当強力なものなのだろう。ただし、ツバサ限定で甘めに設定しているようだ。
それゆれツバサはすぐに発見できたのである。
こちらの視線に気付いたロンドは、演技臭い素振りで振り向いた。
そして右手を持ち上げるとツバサを手招いた。声が届く距離ではないが、ロンドの口が動いていたので読唇術で読み取る。
『早く来いよ――兄ちゃん』
この傲慢な態度がダインやフミカにはカチーンと来たようだ。
ダインは舐められると頭に血が上りやすい。よく「夫婦は似てくる」というが、その傾向が最近フミカにも現れているような気がした。
なので、ロンドの挑発が気に障ったらしい。
「初めて見たけど……スッゲームカつく親父ッスね、いや本気で」
「どがいする母ちゃん、このまま艦で轢き殺してもええがか? それとも至近距離から主砲ブッパして吹っ飛ばすかミサイルの一斉掃射で爆撃すっか……」
処す? 処す? と血の気の多い長男夫婦はハトホルフリートで総攻撃を仕掛けることを提言してくるが、ツバサは却下した。
「やめろ。役割分担は決めたはずだ……忘れたとは言わせんぞ」
ツバサの一喝で、ダインもフミカも我を取り戻す。
ツバサとミロがロンド討伐へ向かう役目を背負っているように、ダインとフミカにも成すべき仕事がある。これからハトホル太母国へ戻って、そのまま国土防衛に当たってもらわねばならない。
途中、巨獣の群れを見掛けたら一掃してくれれば一石二鳥だ。
念のため、ツバサは長男と次女に言い聞かせる。
「いいか、恐らく横綱と剣豪にはバッドデッドエンズの主力がぶつかってくる。特にオヤカタはほぼ確定だ。そうなると防衛の手数が足らない」
現状、ハトホル太母国を守るLV999は四名。
ドンカイ、セイメイ、トモエ、そしてダグの豊穣巨神王。
穂村組の用心棒もいたのだが、彼らにはハトホル太母国よりも手が足りていない他陣営の護衛や、攻防自在に対応できる遊撃手を任せておいた。
ドンカイとセイメイが敵主力と激突した場合――。
トモエとダグの二人になってしまう。
「どちらも戦士として一流になるまで鍛え上げているが、まだ年若く未熟なところもなくはない。できれば取り仕切れる年長者が傍にいてほしい」
覇気のある指揮官と分析能力に優れた副官が――。
「だから、おまえたちなんだ」
ツバサとミロに万が一が起きた場合、ハトホル太母国を継ぐ者。
ダインとフミカの夫婦がそれだ。家族はおろか国民にも言い渡しており、これに異を唱える者は誰一人としていなかった。
迎撃作戦のためとはいえ、還らずの都まで駆り出したことに負い目を感じなくもないが、ダインとフミカならここから巨獣を駆逐しつつ太母国までトンボ返りできる実力があると見込んでのことだ。
無論、どれほどの危険が伴うかわからない。
愛する長男と次女を死地へ送り出すような心地だった。
艦橋の出入り口で立ち止まり、二人に振り返っていたツバサ。
思わず一歩――彼らの方へ戻ってしまう。
このままダインとフミカの元まで駆け寄り、有無を言わさず神々の乳母の爆乳に埋もれるまで抱き締めて、ありったけの愛情表現をしてやりたい。
母性本能がそんな気分に駆られた。
だが、もうどちらも一人前の戦士だ。子供扱いする年齢でもない。
そんな駄々甘な行為が許されるのは幼年組までだ。
だから殺戮の女神に近い表情のまま、男前な笑顔で微笑んでやった。
いいか、と前置きしてツバサは告げる。
「何があっても……生き延びることを最優先としろ」
決して「死」というフレーズを使いたくなかったので、「死ぬなよ」みたいなことを言い残したくはなかった。子供たちには生き延びてほしいのだ。
子供たちだけじゃない。
家族も、仲間も、国民も――四神同盟すべての者もだ。
最初はキョトンとしていたサイボーグ番長な長男と文系褐色踊り娘な次女だったが、そこは長い付き合いである。ツバサの意を酌んでくれたらしい。
両者とも頼もしい笑顔で親指を立てた。
「了解じゃあ、お袋。全身機械化してでも生き延びちゃるぜよ」
「わかってるッスよ、母さん。一足先に我が家で待ってるッスから」
絶対に――帰ってきてください。
声を揃えた二人の言葉に、涙腺が焼けそうなほど熱くなる。
だがツバサは決して表情は崩さず、ここぞとばかりに新たな母親呼ばわりしてきたダインとフミカに苦笑するように俯いて言い返してやった。
「……誰がお袋でお母さんだ」
二人に背を向けて艦橋を後にした瞬間、涙腺が爆発した。
まだダイ○ミックプロ風味と囁かれる男臭い笑みのまま、滂沱の涙を流して男泣きに泣きながら廊下を歩く。ミロが心配そうに覗き込んできた。
「女神なのに男泣きとか……器用だね、ツバサさん」
「誰が女神だよ。しょうがないだろ、我慢できないんだから……」
出物腫れ物所嫌わずとはいうが涙も同じだ。
困ったもんだね、と呆れ笑いをするミロはやれやれと言いたげに気の抜けた嘆息をすると、ツバサの横を歩きながら器用に抱きついてきた。
右の乳房に顔を埋めながら、上目遣いにこちらを気遣ってくれる。
「ねえ、ツバサさん……アタシには遠慮しなくていいからね」
長男と次女を抱き締めて別れを惜しみたい、ツバサの本心が顔に出ていたらしい。ミロはそういう機微には敏感なので読み取られたようだ。
遠慮しなくていい、とはそういう意味だろう。
最愛の義妹に、最愛の長女に、最愛の伴侶に――。
そんなこと言われたらツバサ自身が辛抱堪らないし、その心に巣食う神々の乳母という母性本能も暴走するに決まっている。男泣きに流れていた涙は水量を増して滴り落ちること瀑布の如しとなった。
「……ミ、ミロ、ミロぉ……ミロぉぉぉぉあああああああッッッ!」
感情の赴くままミロを抱き上げる。
乳房の谷間に埋めるように抱き締めると、ありったけの情愛を込めて頬ずりをしてフレンチキスを繰り返し、母性本能の迸るままに愛でまくった。
さすがのミロも狼狽える。
「うおっ! いきなり激しっ……キスの嵐からナデナデしてクンクンしてペロペロして……え、なにこれ前戯ッ!? 決戦前にそっちの意味で本戦とか本番とかやるつもりなのツバサさん!? 種の生存本能刺激されちゃったの、ねえ!?」
そうなるのも吝かではない。
しかし、残念ながらそこまでの余裕はないためハッチから外に出るまで、ハトホルフリート内の廊下で心ゆくまでミロを堪能させてもらった。
外に出た頃――ミロはずぶ濡れになっていた。
ツバサから溢れた涙と涎と鼻水と……後はどこから漏れ出たのかハトホルミルクまみれになっており、さしものミロも苦言を呈してきた。
「廊下をちょっと歩いただけなのに……100年分撫で回された気がする」
「実際、時間圧縮とかの技能を使いまくったからな」
濃厚な数分だったのは事実である。
最愛のミロを堪能することでツバサも満足感を得られ、内なる神々の乳母という母性本能も落ち着いた。我ながら肌がツヤツヤになった気分だ。
戯れに興じながらも事態は進んでいる。
ハッチから外に出たツバサとミロは、飛行系技能で飛び立った。
ツバサたちがハトホルフリートから離れていくと、その上空に雷鳴を走らせた黒い雲が湧き上がる。しかし、先ほどの怪物の卵が群れたものではない。
あれは亜空間へ続く扉。ダインが過大能力を使っているのだ。
『――過大能力発動!』
別に唱える必要はないのだが、必ずダインはこの文言を叫ぶ。
わざわざ外部スピーカーを通してだ。
黒雲の範囲が広がり、飛び交う雷光が数を増して編み目のようになると、その奥から巨大な鋼鉄の塊がゆっくと舞い降りてきた。
ダインの過大能力――【幾度でも再起せよ不滅要塞】。
神族や魔族なら誰でも持てる亜空間の道具箱。
何もせずとも大きめの倉庫ぐらいのスペースを持つそこを、途方もない面積を有する工場として機能させる過大能力だ。必要とあらば、この工場内で何でも製造してくれるし、巨大ロボのメンテナンスも全自動で行える。
そして――この超兵器をも格納することができた。
黒雲を突き抜けて現れたのは、全長1㎞にも及ぶ移動要塞。
ロンドたちが本拠地にしていた浮島のように宙に浮いているが、こちらは分厚い鋼と鉄で構築された文字通りの機動要塞だ。大地に降り立てば基地のようにも見えるだろうが、無限軌道があるので地上でも移動要塞となる。
飛行能力もあり、空中に留まっていた。
外観は何隻もの戦艦や空母を融合させたかの如き物々しいものであり、至る所を一撃虐殺の兵装で固めている。装甲の分厚さも他の追随を許さない。
機動要塞――フォートレスダイダラス。
陸海空を制する移動要塞にして機動要塞だ。
ダイダラスの名を冠する通り、ダインと合体して巨大ロボに変形する。
基地状態でも全長1㎞を誇るサイバーシティみたいな規模だが、巨大ロボとなっても身長1㎞はある大巨神ならる超巨神ともいうべき大きさを誇る。
だが、今回は機動要塞のまま活用するらしい。
ダインの道具箱からようやく全体を引っ張り出したフォートレスダイダラス、その一区画が開いていくと、そこにハトホルフリートが格納されていく。
操縦席を移動したダインとフミカは行動を開始する。
フォートレスダイダラスは各部のバーニアや後部の推進機関をフルドライブで走らせると、巨体に見合わぬ速度で空中航行を始めた。
その行く手には――何百体もの巨獣。
見渡す限り巨獣で埋め尽くされている。比率的には七分と三分といったところか、空を征くフォートレスダイダラスの威容に脅えもしない。
その行く手を阻むべく、一斉に襲いかかってきた。
『来さらせバケモンどもが! 全砲門開放! 一斉掃射アァァァッ!』
『出し惜しみなしで最初から全力全開ッスよ!』
フォートレス全体が火を噴いたかのように見えた。
すべての砲塔が爆煙を噴き上げて、休むことなく二発目、三発目、四発目……と砲撃を連射する。針山と見間違うほど整然と居並んだミサイルポッドからも絶え間なく大型ミサイルが発射され、留まることを知らない。
熱い砲弾の豪雨が降り注ぎ――ミサイルの嵐が吹き荒れる。
襲い来る巨獣の群れは、爆音とともに木っ端微塵になるまで粉砕された。
圧巻――その一言に尽きた。
ツバサたちのように武術を極めた強さとは一味違う、兵器や兵装といった戦争という局面に適した戦力おいて、ダインの右に出る者はおるまい。
フミカの補佐がその能力を飛躍的に高めている。
『こん日がために【要塞】内の工場でしこたま弾薬を作ってきたんじゃ!』
『現在進行形で増産中ッスから弾切れなんてないッスよ!』
巻き上がる爆発の余波が鎮まるのを待たずに、フォートレスは燃え盛る炎の波を突っ切って進撃する。目指す先は我が家のあるハトホル太母国だ。
その間も兵器による乱射は鳴り止まない。
攻撃の爆音に負けない大声が、外部スピーカーから聞こえてくる。
『お袋! ミロ嬢ちゃん! 家と国んことはわしらにぜんぶ任せぇや!』
『二人は心置きなく敵の総大将をぶっ飛ばしてきてほしいッス!』
そして――必ず帰ってくること。
この一言は言葉にして発せられてこそないが、それぞれの声に想いとして含まれているのを心で受け取ることができた。
爆撃の手を休めることなく、フォートレスはハトホル太母国へと向かう。
要塞らしからぬ高速なので数時間と掛からず到着するはずだ。
「……取り越し苦労だったかも知れないな」
「うんうん、あっちはダインとフミちゃんに任せとけば大丈夫だよ」
ツバサの杞憂を晴らす圧倒的火力だった。
ハトホル太母国へ向かう機動要塞の後ろ姿を頼もしく見送る。
~~~~~~~~~~~~
「いらっしゃい――待ちくたびれてたところだぜ」
やってきたツバサに向けて手を上げたロンドは、気怠そうな中年の顔を嬉しそうに緩めると、力なく持ち上げた手の指をワキワキと動かした。
還らずの都から見て西方の上空。
天嶮の山脈が如き山型の都を見上げることも見下ろすこともできる高度。神族や魔族の視力ならば、タイザン府君国やルーグ・ルー輝神国も視界に収めることができる場所。様々な意味でちょうどいい案配だった。
還らずの都、そのほぼ全景を捉えることができる地点でもある。
そこにロンドの円卓は浮かんでいた。
空中円卓を取り囲むロングソファにだらけきった姿勢で腰を下ろすのはロンドのみ、フレンチメイドのミレンはその背後に直立不動で控えていた。
そこまで近付いたツバサはぶっきらぼうに声をかける。
「なんだよ、大戦争しようって言った割にはゆったり構えてやがるな」
毒突くツバサにロンドは鼻で笑う。
「最初から大将同士がぶつかる戦争もあるめぇよ」
よっ一週間ぶり、とロンドは片手を上げて挨拶してきた。
緊張感とはまるで無縁だ。本当に遠い親戚の胡散臭いオジさんみたいな雰囲気がするので調子が狂う。心底憎めないところにも苛立たされた。
どっこいしょ、とロンドは座り直して姿勢を正す。
「まずは下っ端の兵隊どもがチャンチャンバラ血肉をぶちまけるまで殺し合って、その次にお互いの幹部どもが血湧き肉躍る熱いバトルを繰り広げ、シメにラスボス同士が死闘をおっぱじめる……これがセオリーってもんだろ?」
長い足を組み直したロンドは持論を語った。
途端――轟雷が空を満たす。
目に映る限りのすべてを真っ白に染めるほど高出力かつ広範囲の稲妻を、ツバサがまき散らしたのだ。標的は勿論、ロンドとミレンである。
ついでに、邪魔くさい空中円卓も焼き尽くす。
開いた口から久し振りに怪獣王の熱線(線というより山を突き抜ける大型トンネルみたいな太さだが)を吐き出し、ロンドに直撃させておいた。
大爆発が巻き起こり、ミロがほんの少し目を顰める。
「……そんな少年誌のバトル漫画みたいなセオリー求めてねぇよ」
濛々と爆煙がわだかまるところへ向けて、ツバサは熱線の余熱である白い煙を吐き出しながら悪態をついた。これで終わるわけがないのだ。
ミロも背なの覇唱剣を一息で抜き払う。
ビュボッ! と鋭角な動きで大気を裂く音が聞こえる豪速の抜き打ちだ。剣身は既に淡い黄金の闘気を湛え、覇王らしい戦意を唸らせている。
既にツバサもミロも本気だ――そう態度で示す。
「クックックッ……最近の若い奴らはこれだからいけねぇな」
爆煙の向こう、ロンドの含み笑いが聞こえる。
やはり、この程度の虚仮威しでは毛ほどの傷もつけられないか。
しかし、破壊神とその従者が無傷なのが百歩譲ってわかるとして、円卓やその付属品であるソファも汚れひとつないとは腹立たしい。
「王道の筋書きってのは大事なんだぞ? 蔑ろにしちゃあいけねぇなぁ」
血気盛んなツバサたちを、ロンドはまたしても鼻で笑い飛ばす。
「最強無敵のチートパワーでチャッチャと勝つことしか頭にねぇんだろ? それじゃあダメだぜ、それじゃあ面白くねぇよ。艱難辛苦という種を埋めて、血の滲むような努力の末に芽吹かせてこそ、カタルシスっていう花が開くもんさ」
その過程を味わってくれ、とロンドの言い分は説教臭い。
これにミロが抗議するように反論する。
「そんな悠長なことしてたら、この世界がわやくちゃにされちゃうじゃん! オッサンの目的がそれなんだからさ!」
ロンドがくたばれば即終了! とミロは身も蓋もないことを言った。
「だからっていきなり大将首はねぇだろ。情緒に欠ける」
自身の首を撫でるロンドは笑顔を崩さない。
ああそうそう、とロンドは何かを思い出したかのように手を打つと、奇妙なくらい長く見える人差し指で、睨みつけるミロの顔を指差した。
「悪いが嬢ちゃん、今日のおまえさんは招かれざるお客さんなんだ」
この円卓はR18指定――メンバーシップオンリーだ。
「ツバサの兄ちゃんはメンバーじゃねえけど、オレの大のお気に入りだから特例としてお招きするが……お子様な嬢ちゃんにはご遠慮願いたいな」
大人は招くが、子供は円卓に座らせないという。
これを聞いたミロは、子供らしく膨れっ面でブーブーと文句を垂れた。
「なんだよーケチィー! 子供差別すんなよー!」
悪ぃ悪ぃ、と誠意の欠片も窺えないにやけ面でロンドは謝る。
「代わりと言っちゃあなんだが、嬢ちゃんにはとっておきの遊び相手を用意しておいてやったぜ。あちらさんも首を長くしてお待ちかねだ」
そらよ、とロンドは指を鳴らした。
パチンという乾いた音を合図に、遙か上空の彼方で星が瞬いた。
その星から音速を超えるスピードで何かが飛来し、過たずミロへ激突していく。割れるような金属音が響き、花人と見紛うほどの火花が飛び散った。
「…………きみはらああああああああああああああああーッ!」
ミロに激突した小さな影は絶叫を上げた。
憎悪と怨嗟を煮凝らせた、物質的な重みすら感じさせる泥濘のようにぬかるんだ雄叫びだった。ミロにぶつけられたものだが、ツバサにもドロドロとまとわりつくように耳朶を震わせてくる。
この声……酷く変わっているが聞き間違えるわけがない。
切り揃えられた姫カットのロングヘアを振り乱し、ファイアーパターンの着物をマント代わりに羽織る純和風の美少女……いや、男の娘風美少年。
手にする得物は――自分の身長を超える長巻。
超特大の野太刀ともいえるそれで大上段から斬り掛かるも、覇唱剣を構えて臨戦態勢に入っていたミロは、すんでの所で受け止めていた。
彼女もまた意表を突かれたらしい。
自分を現実での名字で呼ぶ命知らずの出現に虚を突かれたのだ。
黒い影のようなオーラをまとっているので詳細を確認しづらいが、外見の大まかな要素は彼を指し示している。まず本人に間違いない。
行方不明だった――穂村組組長だ。
両者は大剣と大太刀で切り結び、鍔迫り合いへともつれ込む。
だが、小さな影は激突してきた勢いを殺すことなく、むしろ威勢を増して鍔迫り合いを維持したままミロを押し飛ばすように突き進んでいく。
この場から離れるように――ツバサからミロを引き離すようにだ。
「――ミロッ!」
急展開に動揺することなく、ツバサはミロを追いかける。
今のミロの実力なら大概の敵は恐れるべくもないが、あの小さな影からは異様な気配を感じた。以前とは比較にならない強さも然る事ながら、世界を脅かすかのような、この世界の法則をねじ曲げる何かが臭ってきた。
破壊神にテコ入れでもされたか?
そのパワーアップゆえにミロに危害が及ぶようであれば……。
そんなことになってミロに何かあれば、ツバサは死んでも死にきれない。発狂してロンドに代わり真なる世界を滅ぼす暗黒の女神となりかねないのだ。
ミロと協力して、早急にあの小さな影を無力化する。
そのためにも追いかけようと高速飛行で飛び立とうとすれば――。
「――いいのかなー?」
極悪親父がにやけ顔を隠すことなく呼び止めてきた。
その意図を察したツバサは急停止する。
「兄ちゃんはオジさんの遊び相手をしてくんないのかい? だったらオレぁ不機嫌になるぞ? 神出鬼没に暴れ回って、何を仕出かすかわかんねぇからな?」
そのつもりでOK? とロンドは最終宣告をしてきた。
謀られたか――ツバサは歯軋りする。
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この計画は読まれていたらしい。
だからロンドはミロを抑え込むのに最適の駒を予め用意しておき、その動きを封じておく策を立てていたのだ。こうすれば、ツバサは嫌でもロンドの相手を務めるしかない。
ツバサが見張らねば、ロンドは何をするかわからない。
これまでのお膳立てをひっくり返すような暴挙に出かねないのだ。
先を読んで慎重に立ち回るツバサの思考を見越した上で、ロンドは自分の抑えに回るように仕向けてきた。
「そんなに俺との直接対決がお望みか……ッ!?」
「実はオレ、ボインちゃんが大好きでな」
ロンドはニヤニヤ笑いながら、しつこいくらい手招きする。
「兄ちゃんの超爆乳はモロ好みなのよ。前回の呑み会じゃ満足できなかったんで、もうちくっと拝ませてもらいたくなってな」
カモ~ン♪ とロンドは甘ったるい声で円卓への着席を促す。
この時点でツバサに選択肢はない。
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ツバサはミロの瞳から確かなメッセージを受け取る。
『こっちは大丈夫! コイツは任せといて!』
迷いや曇りとは縁のない円らな瞳は、そう断言していた。
殺意や憎悪なんて微塵もない。あるのは「さーて、このバカタレなボンボンをどうやって更生させようか?」という挑戦的な決意だけだった。
そこまで言うなら任せよう。
絶望の淵にあったツバサを救ってくれたのは、他でもないミロなのだ。
ミロがそういうなら信じられる。彼女に救われた経験のあるツバサは、その実績を掛け値なしで信じることができた。
ならば、ツバサのやることはひとつしかない。
遠ざかるミロの姿を未練がましく見つめることをやめ、ロンドへ振り返りながら宙に浮かぶソファへ手をかけてヒョイッと飛び越える。
これ見よがしに爆乳を揺らして、重い巨尻をソファに沈めた。
乱暴に円卓の席に腰を下ろしたツバサは、爆乳の下で腕を組むとムッチムチの太ももを見せつけるように足を組み直す。
最後にMカップの超爆乳を、組んだ腕でおもいっきり持ち上げてやる。
「おらよ、お望みのボインちゃんが相席で茶ぁしばいてやる」
これで満足か? とツバサは牙を剥く雄々しい笑顔で愛想を振った。
「応よ、オジさん大満足でハッスルしちまいそうだぜ」
対するロンドも劇画風と評したくなる陰影の濃い笑みで、すべての歯を見せつけるような凄まじい笑顔で応じる。
笑いの絶えないティーパーティーもあったものだ。
パチン、パチン、と鳴らす指を後ろにいるミレンへ向けていく。
「なんか飲むかい? ここはオレの奢りだ」
本当に給仕役として彼女を侍らせていたらしい。
ミレンはロンドの合図を受け、ツバサを見遣ると軽く目礼してきた。それを睨むことで返答としたツバサは軽く手を振って固辞した。
「いらん世話だ、間に合ってる……クロコ!」
「お呼びでございますか、ツバサ様」
呼び付けるとツバサの背後に忽然と扉が現れ、中から鉄面皮の無表情メイドが姿を現した。彼女得意のメイド人形ではない、クロコ当人である。
彼女は遊撃手の一人、伏兵要員だ。
クロコの過大能力――【舞台裏を切り盛りする女主人】。
自らの道具箱を舞台裏とすることで、自身を起点とした半径数百m内の空間に出入り口を設けることができる神出鬼没の空間移動能力だ。以前は500mほどだったはずだが、LVが上がったことで約5㎞にまで拡張されていた。
その能力で近くに潜ませておいたのだ。
ツバサやミロのサポート役、あるいは乾坤一擲の予期せぬ一撃をロンドへ撃ち込むための暗殺役でもある。そのための装備も渡しておいた。
クロコはいつも通り、クラシカルなメイド服に身を固めている。
ツバサの後ろにクロコが控えると、奇しくもロンドがミレンを従えてる構図と対になった。どちらも趣に差はあれどメイドには違いない。
二人のメイドが一瞥を交わす。
瞬間、冗談抜きでバチバチと激しい歩花が飛び散った。
「……生きていやがったのですね、変態メイド」
「それはこちらの台詞でございます、この痴女メイドが……」
ギリッ、と双方から奥歯を噛む音が聞こえる。
相手を見据える瞳も剃刀の如く鋭い。
明らかに険悪なムードだ。ミレンのことはよく知らないが、クロコがここまで敵愾心を抱くのは珍しい。かつての同僚とはいえ敵対関係になったGMは数多くいたものの、ここまで毛嫌いした試しはない。
ツバサの顔色を読んだロンドが意外そうに話してくれる。
「あれ、もしかして……雇い主なのに知らなかったのか兄ちゃん?」
クロコとミレンは犬猿の仲だとのことだ。
その理由はロンドもレオナルドも知らないそうだが、互いのことを決して認めようとせず、「変態め」「痴女め」と事あるごとに角突き合うらしい。
図らずも、この組み合わせで一戦交えそうである。
しかしここは双方の主人の手前、一端停戦して大人しくしていた。
ツバサとロンドは、それぞれのメイドに注文する。
「アイスレモンティー、大きめのグラスでくれ」
「ミレンちゃん、オレはカフェカプチーノね。普通のマグでいいよ」
畏まりました、と二人のメイドは一礼するとそれぞれの道具箱から飲み物の用意を始める。どちらも負けじと高速で作っている。
ツバサとロンドの前に注文した品が現れたのは、ぴったり同時だった。
決着が付かずまた睨み合うメイドコンビ。
バチバチと弾け飛ぶ火花が、照明の代わりになりそうだ。
そんな火花の照明の下には円卓があり、円卓の上には大きな一枚の地図が広げられていた。そこに描かれた地形にはツバサも見覚えがある。
これは真なる世界――中央大陸の地図だ。
ツバサたちも衛星を飛ばして大まかな輪郭を把握したり、スプリガン族の偵察任務などで地理情報を集めてもらい、似たようなものを作成している。
円卓の上に広がる地図、その精度は四神同盟のものと似たり寄ったりだ。
地図の上には二十枚のコインが置かれている。
適当に置いたかのように見えたそれはⅠからXXまで番号が割り振られており、どういった仕掛けなのか独りでの地図の上を動いていた。
数枚でまとまって動くものもあれば、一枚で素早く動くものもある。
それらは地図上の五カ所、四神同盟の拠点を目指していた。
「……バッドデッドエンズの動きを表しているのか」
「察しがいいな兄ちゃん。そのコイン一枚一枚がウチの面子で、同じナンバーのコインを持たせている。持ち主が戦えなくなればどっちのコインも消える」
ロンドはコインの仕組みを嬉々として明かした。
それからツバサの反応を期待するような眼で訴えかけてくる。
「……こうすればいいのか」
半眼になったツバサはグッと手を握り締める。
腕を振り払うようにして掌を広げれば、そこから各陣営のエンブレムを象った駒が現れた。数はこちらの主戦力、及び予備戦力(LV999未満の神族や魔族)を表している。予備戦力の駒は一回り小さめだ。
ツバサの過大能力――【偉大なる大自然の太母】。
自然の根源となる地母神としての過大能力である。
その能力の応用で、地脈を介して仲間の状況を感知できるのだ。我ながら段々と人間離れして神様らしくなってきた。
ツバサの用意した駒も、仲間の動きをトレースして地図上を移動する。
「将棋かチェスでもやろうってか?」
「不服そうに言うなよ。即興だけどノリノリで駒作ってんじゃねえか」
「相手してやんなきゃすぐ機嫌を損ねるだろ、この極悪親父は」
よくわかってる、とロンドは上機嫌で肩を揺する。
後ろではミレンも同意するように頷いていた。
「ま、さっきも言ったがこういったイベントは順序立てってもんが大事よ。いきなり大将戦なんて愚の骨頂。その前に小さな見所を重ねていかにゃあ……先鋒、次鋒、中堅、副将戦ってな。それがセオリーってもんだろ?」
一通り言いたいことを述べてから、ロンドはカフェカプチーノを啜った。
「俺は今すぐ大将戦でも構わんぞ」
ツバサは全身に稲妻を這わせて臨戦態勢であることを誇示する。
時たま轟雷級の破壊力を持った一撃がロンドまで届くが彼は意に介さず、副流煙を嫌う嫌煙家よろしく煙たそうに手で払うだけだった。
「落ち着けって兄ちゃん。順番だよ順番」
ロンドは苦笑して宥めてくる。そして、盤上で動く駒に視線を送った。
「正直、オレぁ将棋もチェスも苦手でな。棋譜なんて全然読めねぇし読む気も更々起きねぇのよ。だが、この盤上の駒はオレの思った通りに動いてくる」
最悪にして絶死をもたらす終焉の意志は統一されている。
世界廃滅という最後に向けて――。
全世界の終焉という結果にさえ到達できれば、破壊神ロンドにとって過程なぞ些細なもの。どのような道程を辿ろうと鷹揚に受け入れるはずだ。
そもそも棋譜を読む気がないのだ。
「ゲームなんかじゃない……これは戦争だぞ」
ツバサは乳房の下で握り締めた拳を音が鳴るほど握り締めた。
ツバサとて棋譜を読むつもりはない。
中央大陸の地図を盤面と見た場合、そこにツバサが置いた駒は仲間の状態を表すためだけものもだ。彼らを“駒”などと思ったことは一度もない。
彼らは同志にして仲間であり――家族だ。
現場でどう動くかは当人の意志に委ねており、ツバサから頼むことはあれど命令するなんてことは間違っても有り得ない。
「そうさ戦争だ。だからこそ、大将が率先して動くなんざありえねぇ」
ロンドはあっけらかんと言った。
中央大陸を模した盤面に入り乱れるは両陣営の駒。
駒の一つ一つが超常的な力を秘めた神族や魔族を象ったものであり、大陸の各地で空前絶後の大決戦を今にも繰り広げんとしていた。
「しばらく戦況をじっくりとっくり眺めてようぜ。お互いの陣営がどう動くかによって、俺たちの身の振り方も考えればいい」
――いつ喧嘩をおっぱじめるとかな。
それだけ言うとロンドは泰然とした態度で寛いだ。
切り札であるミロが不在である以上、ツバサはロンドの抑えとして、この茶番に付き合うしかない。苛立つが傍観に徹するまでだ。
守護神と破壊神は、それを天の視座ともいうべき高みから見届ける。
双方に共通するのは――棋譜を読まないこと。
理由は異なれど、戦いの行方を仲間に一任している点では相通じていた。
もどかしい――ツバサは焦れる。
今すぐにでもロンドの顔面に鉄拳を叩き込んで開戦の火蓋を切りたいが、ツバサは火を飲む気持ちでグッと堪えた。ツバサだけでもロンドと対等に渡り合い、徹底的に打ち負かせるという勝算はあった。
だが、完璧なトドメを刺せるかは怪しい。
どうしても不安が残るのだ。
目の前の男にはまだ得体の知れない部分を隠している。
そこで“世界を創り直す”ミロの過大能力を頼りたいところなのだが、あちらの策にハメられて離れ離れにされてしまった。
ミロが彼を降して、戻ってくるのを心待ちにするばかりだ。
それまでは棋譜を読まないこの盤面を挟んでロンドに睨みを利かせ、まったく駒を指すことのないボードーゲームに興じるしかない。
クイッ、とロンドは顎をしゃくる。
「ほら、そろそろ駒がぶつかるぞ。第1ゲームの始まりってとこだな」
そこは地図上だとククルカン森王国の手前だった。
森の国へ進む駒とそれを迎える駒は――それぞれ3つずつ。
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