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第16章 廻世と壊世の特異点

第384話:獣群は爆誕し、巨将は無双す

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 焼ける烈日れつじつのような空を覆い尽くす暗雲。

 一切の光を吸収して闇へと塗り込めるかのような、命を育むようを決して許しはしない絶望的ないんで凝縮された漆黒で染まっている。

 それは――数え切れないほどの卵だった。

 小さいものは受精卵ほど、鶏の卵くらいのものから爬虫類の卵みたいなものまで形も大きさも様々。最大ともなれば一抱えはある恐竜の卵のようだ。

 共通するのは、光を吸い込む絶対的な黒さ。

 色彩豊かな世界を否定する、絶死ぜっしを意味する暗黒そのもの。

 大きめの卵は落ちてくる途中で弾けると、中から無数の小さな受精卵を胞子のように撒き散らした。これが遠くから見ると雲が湧き上がりながら広がっていくように視界へと映るのだ。

 その小さな卵ひとつひとつが――怪物となるため胎動たいどうする。

 脈動を繰り返す度に倍々で膨張していく。

 薄い膜の向こうには、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、虫類……ありとあらゆる生物の面影はあるも、凶猛きょうもうなシルエットが蠢いていた。

 ロンドの過大能力――【遍く世界のワールド・敵を導かんエネミー・とする滅亡の権化プロデュース】。

 破壊神に創造された、世界の滅亡を宿命とする怪物たち。

 ロンドと直接対峙たいじした経験があるのはツバサのみ。

 フミカほど走査スキャン分析アナライズに優れてはないが、それでも戦闘中に可能な限り奴の能力について調べてみたが、探りを入れるほど戦慄させられた。

 この能力はただ怪物を創り出すものではない。

 無論、それも十分なほど恐ろしい。

 破壊神となる怪獣王や守護神となる巨大類人猿みたいな怪物を秒単位で大量生産し、それを遠慮なくぶつけてくるのだ。単純に物量だけでも途方もない。100m級の怪物がわらわらと押し寄せてくる光景を思い浮かべてほしい。

 如何いかな神族といえどす術なく圧倒されるのがオチだ。

 しかもこの怪物、容赦なく弱点を突いてくる。

 誰であれ苦手や敬遠するものがある。恐怖症と呼べるものから精神外傷トラウマになっているもの、それでなくとも遠ざけたいものがあるはずだ。

 ロンドの怪物は――それを具現化する。

 ツバサは怪物軍団を叩きつけられた際、咄嗟とっさに二次元空間を展開してそこに閉じ込めることで対処したが、そのとき垣間見てしまった。

 怪物たちの造形が、ツバサの不得意とするものばかりだったのだ。

 しかも……心の古傷をえぐ顔触れ・・・まであった。

 目の当たりにした怪物のフォルムと、調査結果からそこまで割り出せた。奴らは心の弱い箇所を狙い澄ましてくる。

 相対した者を弱体化デバフさせる効果と考えていい。

 誰でも苦手なもののひとつやふたつはある。

 そうでなくとも、思い出せば煩悶はんもんするような記憶があるはずだ。

 ロンドの過大能力は、そういったものを具現化する。

 簡単に言えば、蜘蛛が苦手なら蜘蛛のバケモノを、蛇が怖いなら大蛇の妖怪を、毛虫が嫌いなら毛虫のモンスターを……そういう風に嫌悪感や忌避感を覚えるもの参考にして、そこからデザインした怪物を創るのだ。

 あるいは――罪の意識を抱く人々。

 思い出せばトラウマを刺激される誰かの顔を持つ、人面じんめん獣身じゅうしんの怪物。

 そういったものを嫌がらせのように創り出す。

 心あるならば動揺すること請け合いだ。

「……あの黒雲が全部、その怪物になるっていうんスか?」

 フミカの表情はうんざりしていた。

 この状況に狼狽うろたえないほどきもが太くなったらしい。

 メインモニターからサイドモニターまで、複数のウィンドウに振り分けた映像には今にも受精卵を破らんとする怪物が映されていた。

 博覧強記はくらんきょうきと呼ばれるフミカは、たとえ敵の創造した怪物であろうと博物学的興味が湧くのか、つぶさ分析アナライズすることを怠らない。

 ツバサもモニター越しだが、怪物の群れに走査スキャンを通してみた。

「ただし、弱体化デバフへの融通性ゆうづうせいは低いみたいだな」

「……どういうことッスか?」

 以前、ロンドと拳を交えた経験からツバサは答える。

「ロンドが直接繰り出してきた怪物は、こちらの胸中を見透かしたかのようにウィークポイントへ直撃する外見をしていたが、このばら撒かれた卵からかえろうとしている連中はもう造形ができあがっている」

 弱味を突くような変化はほとんどできないと見た。

 その理由についてフミカが推察する。

「あー、なるほど……調べてみた限り、一個の生物としてしっかり完成されてるみたいッスね。ちょっとでも長生きするよう生体が整えられてるッス」

 分析アナライズ済みのデータも交えているので説得力のある発言だ。

「生体が調整か、なんとなくわかる気がするな」

 ロンドが攻撃として使った怪物は力こそ凄まじいものの、生命体としては欠落した部分があった。消化器官、循環器系、脳神経……そういったものがない。

 生まれて暴れてすぐ死ぬ、というものばかりだった。

「それじゃあ戦争に投入する兵隊としては三流以下だ。そこを解決するために少しでも長生きするよう、既存の生物を模して創り直したらしいな」

「相手への弱体化デバフを削って持続性を優先させたんスね」

「兵隊や兵器としての運用を考えたら当然ぜよ」

 耐久性がなきゃ使いもんにならんきに、とダインも同意を示す。

「しっかし、あちらさん気張ったもんじゃのう。あの黒雲がすべて怪物の卵だとしたら億千万じゃきかん、兆や京なんて桁を超えそうぜよ」

「無量大数とか言われても信じるッスよ」

「そりゃ気張るだろうさ」

 ツバサは眼をすがめてモニターを見据える。

「あいつら――今日で世界を滅ぼすつもりなんだから」

 この一言に艦橋の空気は張り詰めた。

 これまでの戦いも自らの生存を懸けたものだったが、今回の戦争は掛け値なしの世界規模で行われる。しかも、ツバサたち四神同盟が負ければロンド率いるバッドデッドエンズは確実にこの真なる世界ファンタジアを滅ぼす。

 ツバサたちも本気だが、ロンドたちもまた本腰を入れていた。

 出し惜しみなんてするわけがない。

 ありったけの力を吐き出すつもりで気張ることだろう。

 そこへ――電子音が三度鳴り響く。

 フミカが情報処理コンソールのキーボードを叩くと、受信してきた内容を素早く読み取り、ツバサに振り返って報告してくれる。

穂村組ほむらぐみ所属のマーナさんたち三悪トリオから入電ッス! 予定通り、Gアイソポッド1号機から100号機まで出動完了とのことッス!」

「こっちでも確認できたぜよ、空飛ぶダイオウグソクムシ部隊が」

 ダインも操舵輪を握りながら自分用のコンソールを片手で弄ると、サイドモニターに新たなウィンドウをいくつか展開した。

 そこに映るのは――亜音速で空をくダイオウグソクムシたち。

 開戦直前まで各陣営の地下シェルターを格納庫代わりにして、マーナ一味がせっせと建造していたダイオウグソクムシ型飛空挺ひくうていである。

 その数――合計100機。

 人工知能を搭載された彼らは真なる世界ファンタジアの空を飛びながら、各地にプトラたちが加工した特殊な龍宝石ドラゴンティアを数十個ずつまとめて投下している。

 順調だな、とツバサが口を開きかけた時だった。

「Gアイソポッドってなーに?」

 艦長席の前に立っていたツバサに、ミロが抱きついてきた。

 さすがに空気を読んでセクハラこそしてこないが、こちらの細くくびれた腰に腕を回してくるくらいはやってくる。

 少しだけ屈んだミロは、ツバサの横乳に顔を押し付けてきた。

 乳房の圧力でへちゃむくれになったミロは、ツバサと比べれば小振りの胸を超安産型の巨尻にわざとらしく乗せてくる。

 これくらいはご愛敬、とスルーして言葉の意味を教える。

「ジャイアントアイソポッド、ダイオウグソクムシの英語名だとさ」

 略してGアイソポッドと呼んでいた。

 モニターに映し出されるのは、空飛ぶダイオウグソクムシ。

 高性能ジェットエンジンが搭載された飛行艇ひくうていは、空気抵抗を抑えたフォルムなのでガンガン進んでいく。その様はまるで母艦から発射された救命ポッドよろしく、真なる世界ファンタジアの四方八方へ流星のように飛び立っていく。

 道中、産卵するかのように加工された龍宝石ドラゴンティアをばら撒いていた。

 1機に付き1万個――合計100万個の龍宝石

 その100万個の龍宝石こそが勝利の鍵、こちらの切り札のひとつだ。

 ロンドが明かした2番目に打ってくる手。

『次に二手――世界を滅ぼす怪物の大軍勢を解き放つ』

『四神同盟を叩くのと同時進行で世界も滅ぼす。采配さいはいをしてる暇はねぇが、そこはデカさと数でカバーする。世界の隅々まで破壊するよう命じておく』

 その怪物の大軍勢を抑え込む。

 100万個の龍宝石は、このために用意されたものだ。

「……本音を言えば、もうちょっと用意しておきたかったがな」

 慎重派のツバサにすれば1000万個……いいや、1億個くらいは用意しておきたいところだ。しかし、生産工程に手間がかかりすぎて不可能だった。

「あれ以上プトちゃんたちを酷使するわけにいかないもんね」

 ツバサの心の内をミロが代弁してくれた。

 これくらいならいいだろう、と手を伸ばしてこちらの爆乳をユッサユサと揺らして遊んでいたが、まだ許容範囲なので見逃してやる。

「ああ、戦争前に徹夜の連続で倒れられたら事だからな」

 神族だから過労なんて心配無用のはず。

 しかし、神族や魔族になろうともプレイヤーの誰しもが元は人間、心や気持ちはまだ人間に近い。無理をさせればそれだけ精神的疲労が溜まり、パフォーマンスの低下を招く恐れがある。

 それが原因で戦争中に何かあれば一大事だ。

 そうした懸念けねんもあって、プトラたちに無理をさせられなかった。

「家内制手工業だからしょうがないッス」

「プトラん姉妹きょうだいの施した加工は小難しいきな。ワシん工場で簡略化すっための機械を用意すんには研究せんといかんし……大量生産はまだ難しいぜよ」

 フミカとダインは「仕方ない」となだめてくれる。

「加工の過程を機械化する方法をおまえたちがクリアしてくれたとしても、オリベさんとイヨさんの行程が間に合わんさ」

 ツバサもため息を漏らすと、もう一つの難点を上げてみた。

 硬軟自在でオリハルコン以上アダマント未満の硬度を持ったセラミックにすることもできるオリベの能力『碧覚へきかく練土れんど』を封入し、イヨの時空間を越える能力で集めた様々な時代の人々が抱いてきた『ある英傑・・・・たちへの想い』を宿す。

 この工程はどうやっても機械化できない。

 100万個の龍宝石ドラゴンティアに力を注ぎ込む、大切なかなめとなる行程なのだ。

 まさにフミカがいう“家内制手工業”である。

「オリベさんやイヨさんにも戦争前に倒れてもらうわけにはいかんしな……100万個用意してもらえただけでも御の字だよ」

 彼らの頑張りに報いるため、ツバサも新たな一手を指す。

 プトラ、ヨイチ、イヨ、オリベ、みんなの努力の成果を万全とするため、怪物の卵が孵化する前に可能な限り撃破しておくつもりだ。

「ダイン、喧嘩の基本はなんだ?」

「相手が本気を出す前に――全力でブッ潰す!」

 よくできました、とツバサは武術を指南してやった長男を褒めた。

 次の瞬間、艦橋の気温が熱気によって跳ね上がる。

 それがツバサから解き放たれた覇気だとミロが気付いた時には、大好きなお母さんの抱き心地が変わっていたので仰天していた。

 全身の筋肉量が跳ね上がり、長い黒髪が真紅に染まる。

 熱気に煽られる赤髪は炎のように揺らめき、いつもと質感まで変わっていて獅子のたてがみの如き有り様だ。合わせるようにツバサの相貌も一変する。

 すべてを噛み砕く猛々しい笑みを浮かべていた。

 ヒーローでもヒロインでも、ここまで兇悪顔になることはない。

 顔や胸を押しつけている爆乳や巨尻まで筋肉質になったように感じるのか、違和感を覚えたミロはツバサから慌てて離れる。

「ツ、ツバサさん、なんでいきなり殺戮の女神セクメトになってんの!?」

 気が早いよ!? とミロは飛び下がりながら喚いた。

 殺戮の女神セクメト――ツバサの戦闘バトル形態フォームのひとつだ。

 この他にも魔法の女神イシス天空の女神・・・・・といった、様々な状況に応じて使い分けられる専門分野に特化した強化状態を編み出していた。

 殺戮の女神セクメトは最初に考案したものだ。

 特化するものは身体能力の超絶的な強化による、純粋な攻撃力上昇や物理的破壊力の向上。邪魔する者を力尽くで殴り殺す超々暴力的な強化である。

 ――この状況にはうってつけだ。

 おっかなびっくり遠巻きにするミロを横目に、ツバサは雌ライオンのように喉をグルルル……と鳴らして艦長席へ戻っていく。

 席に座り直すと、恐る恐るミロが覗き込んでくる

「ツバサさん、殺戮の女神セクメトだと顔の作画がダ○ナミックプロの主人公みたいになるから怖すぎなんだけど……女神がしちゃいけない顔だよそれ?」

「誰の顔がダイナミッ○プロ風だ」

「いやホント、ゲッタ○線浴びたみたいになるから……」

 ミロのたとえに乗ったのはダインだった。

「ゲ○ター線……夢のエネルギーぜよ。三機合体ロボでも造っちゃろか?」

「それ人間以外は絶滅させるから真なる世界ここでは却下だ」

 茶番はこれまで、ツバサはダインに命じる。

 ミロの過大能力がまだ活きている今が絶好のチャンスだ。

「主砲、システム換装して発射用意。殺戮の女神おれに合わせろ!」

「ッ!? そういうことか……オーライマム! 主砲、非破壊流動体エネルギー砲から破壊滅殺を主目的とした殲滅式波動砲へと換装!」

「了解ッス! 全システム、バサママとオンラインで接続! 殺戮の女神セクメトのエネルギーを一滴漏らさず主砲システムへ注入! サポート開始ッス!」

 ツバサの命を受け、ダインとフミカは即座に動く。

 前述した通り、飛行母艦ハトホルフリートのメイン動力源に使われている龍宝石ドラゴンティアに宿るのは、ツバサの“大自然の根源となる”過大能力だ。

 エネルギーの無限増殖炉となる過大能力を複写された龍宝石を動力炉に用いているからこそ、ハトホルフリートは絶大な性能を発揮する。

 この炉心を――殺戮の女神セクメトの力で賦活ふかつさせる。

 破壊神にも通じるパワーによって動力炉を極限以上に沸き立たせ、先ほどのように主砲から撃ち出す公算だ。

 ただし、先ほどの主砲とは一味違う。

 一切の存在を消滅させる破壊的エネルギー砲だ。

 生まれる前の怪物など、掠っただけで一溜まりもあるまい。

 殺戮の女神セクメトの絶大なパワーがツバサから発散されると、艦長席とメイン動力源である炉心を繋ぐパイプラインを破裂させかねないパワーが走る。

 その絶大なパワーを受け止めた炉心は暴走寸前。

 炉心が受け止めきれずに爆発する間際を捉えて、その爆発力を逃がすように主砲へと回す。ダインとフミカの息の合ったシステム制御の賜物たまものだ。

 船首の女神像と、艦体を支える二つの気嚢きのうの先端。

 その三カ所にエネルギーが圧縮していき、三つの点が光のラインで連結すると、その三角形の中心に力が集束する。

 すべてを噛み砕く――獅子の女神セクメトの絶対的エネルギー。

「主砲発射準備完了! いつでもいけるぜよ!」

「殲滅式波動砲――“獅子女セクメト・王の絶叫ハウリング”発射ァァァーッ!」

 ツバサの咆哮とともに主砲が迸る。

 真紅の閃光を発する極太のエネルギー波が空を駆け抜け、ロンドのまき散らした怪物の卵でできた暗雲を貫いた。余波で周囲の卵も焼き尽くす。

 これでは暗雲に穴を穿うがっただけ、まだ足りない。

 炉心へ殺戮の女神のパワーを送り続けたままツバサは命じる。

「主砲の放出を続ける! ダイン、取り舵いっぱい!」
「アイアイマム!」

 ダインがガラガラと操舵輪そうだりんを素早く回転させると、ハトホルフリートの船首が右へ回頭し、主砲のエネルギー波も右へと流れていく。

 主砲の威力によって、暗雲を右方向へ薙ぎ払われていった。

「今度は面舵おもかじだ! 主砲放出は維持したまま!」
「オーライマム! あらよっと!」

 扇風機よろしく回っていた操舵輪を反対側へ切り替えるようにダインが回転させると、ハトホルフリートは船首を左側へと回頭していく。

 ――ダインもよくわかっていた。

 回頭の瞬間に微調整することでわずかに狙いを下げていた。既に通り過ぎた場所ではなく、まだ黒々と蔓延はびこっている暗雲を打ち消すように動かしている。

 この砲撃でも、かなりの暗雲を打ち払えた。

 それは取りも直さず、怪物の数を減らせたことを意味する。

 だが――まだ終わりじゃない。

「各地より……いえ、各陣営より高エネルギー反応を確認! こちらの主砲のタイミングに合わせてくれてるッス!」

 フミカの声が飛び、その様子がマルチウィンドウに投影された。

 ハトホル太母国からは――。

 触れたものをズタズタに切り裂く斬撃の嵐が幾重にも折り重なった台風と、巨人が突き出したような張り手型の気功波がいくつも飛来する。

 剣豪セイメイと横綱ドンカイの仕事である。

 ククルカン森王国からは――。

 黄金の翼を羽ばたかせた大蛇の神が舞い上がり、全300mの巨大ロボが胸部の砲身から発射した反物質はんぶっしつ砲弾が空を目掛けて突き上がっていく。

 獣王神アハウと社長ヒデヨシの仕事だ。

 タイザン府君国からは――。

 地獄の業火をまとった大きな髑髏どくろが、いくつもの火炎車を引き連れて空を駆けていき、群がる暗雲を焼き払わんと急いでいた。

 冥府神クロウの仕事だった。

 イシュタル女王国からは――。

 七つの首を持つ龍と獅子の頭を持つ龍の形をした龍脈が空を舞い、巨大な杭の形をした気功波がミサイル群のように飛び交い、攻撃的な威力を秘めた水滴が雨とは逆に空へと登り、超特大の“気”マナの玉がまっすぐに打ち上がる。

 戦女神ミサキ、軍師レオナルド。

 そしてカエルの王様ことヌン、その客将であるエンオウ。

 彼らの仕事に違いない。

 ルーグ・ルー輝神国からは――。

 ロケットと見間違えるほどの、途方もない大きさの弾丸が暗雲目掛けて撃ち込まれていた。それは6発の群れと15発の群れに分かれている。

 ……リボルバーとオートマチックを全弾打ち尽くしたかのようだ。

 これはジェイクの仕事だと一目でわかる。

 全陣営から、超遠距離から広範囲で波状攻撃を仕掛けることができる神族たちによる一斉掃射が行われていた。

 合図はハトホルフリートから二度目の主砲が発射されたタイミング。

 全員、見事に息を合わせてくれた。

 すべての攻撃が暗雲に飛び込み、大規模の爆発が連続で巻き起こる。

 いくつもの花火が咲き誇ったかのようだった。

 ハトホルフリートの主砲が吹き飛ばした黒い雲を取り逃すことなく爆破し、飛び散る雲霞うんかの如き無数の卵を徹底的に焼き払っていく。

 爆発が落ち着いた頃――。

 空を覆っていた暗雲はほぼ消えていた。

 その向こうで空を焼いていた烈日れつじつの光も収まりつつあり、元通りの青空が広がっている。ただ、少なからず黒いちりが散らばっているのが目障りだった。

 ツバサは兇悪顔のまま舌打ちした。

「こいつで怪物を一掃したかったんだが……そうもいかねぇか」

 孵化寸前の卵はほとんど焼き滅ぼせただろう。

 しかし、全滅させたとは言いがたい。空へまばらに点描てんびょうを打ち込んだかのように、怪物の卵が浮いている。あれ一粒でも大災害の原因になる。

 一匹でも世界を滅ぼすバケモノに成り得るのだ。

 頼むまでもなく、フミカが概算がいさんをチェック中である。

「怪物の卵で形成されていた暗雲はほぼ消滅させられたッス。ただ、さすがに取りこぼしはあるようで……ザッと数えて1000万個は生き残ってるッス」

「1000万VS100万か……」

 戦力比として計算すれば、こちらの用意した100万個の龍宝石ドラゴンティアの約十倍。ここまで減らせたと好意的に捉えるべきか、それとも……。

「もうちょい減らしたかったねー」

「本当、おまえは俺の言いたいことを代弁してくれるな」

 ミロのド直球ストレートな一言が、そのままツバサの本音だった。

 完全消滅させられるとまで楽観視はしていなかったが、せめて500万ぐらいまで減らしておきたかった。怪物の数が多ければ多いほど、四神同盟への負担が重くなるのだから当然であろう。

 ダインはツバサを元気付けるように明るい声を出す。

「あん無限大みたいな数を1000万まで間引けたなら御の字ぜよ」

「ああ、その通りだ。みんなよくやってくれた……だが」

 その1000万でも――十分な脅威だ。

 慎重派なツバサの脳内には、いくつもの憶測が浮かぶ。

「そもそも、あの極悪親父は三手まで手の内を明かしている。俺たちがそれを先んじて封じてくるのは承知の上だ。それでも構わないという理由は、こちらの想定を上回る規模で仕掛けてくるつもりだったからだろう」

 移動要塞による自爆がいい例だ。

 ロンドの取る行動こそ読めていたものの、あんな世界を焼き潰すような大爆発は予想を遙かに上回っていた。まともに直撃していたら今頃、還らずの都はおろか大陸その物が砕かれていた恐れさえある。

「あの怪物の卵にしてもそうだ」

 ツバサたちが邪魔する以上、その大半は孵化する前に潰される。

 それを踏まえた上で莫大な数の卵を用意しておいて、当初の目論み通りの数だけばら撒ければいい……ロンドがそんな計算をしていたとしたら?

 その数が――1000万だとしたらどうだ?

「……すべてあの極悪親父の掌の上かと思うと嫌になってくるぜ」

 兇悪な顔のまま苦虫を噛み潰した表情になると、魔獣が牙を剥いて威嚇いかくするような威圧感があった。子供たちも震え上がる。

 ご機嫌伺いをする声色でフミカも言葉を添えてくる。

「心配性なバサママの考えすぎ……とは一概いちがいにも言えないッスからね」

「あの親父はろくすっぽ考えずに行動しているようでいて、結果的に計算ずくめだったような手を打ってくるからな……ところで」

 誰がバサママだ! とツバサはドスの利いた声で叱りつける。

「……え、今更ッスか!?」
「ちょっと大目に見てただけだ。あんまり言ってくれるなよ」

 ごめんなさいッス! とフミカは謝ってくれた。

 フミカにしてもダインにしても、さっきから平気で「母ちゃん」とか「バサママ」と呼んでくる。慣れてきたツバサにも問題はあるかも知れない。

 殺戮の女神セクメトになって気が立っているためか、ママとかマムとか呼ばれる度に勘に障ったので注意しておいた。無論、ダインも込みである。

「とにかく――さいは投げられた」

 1000万VS100万という比率は決まってしまった。

 100万個の龍宝石は――あくまでも抑え・・だ。

 感染性の業病を癒やすための特効薬ではなく、ワクチンのように症状が悪化するのを防ぐ程度の役割しか期待できない。

 この100万で抑えきれなかった怪物は、四神同盟の主戦力であるLV999スリーナインの力で対処してもらうしかない。彼らの奮闘ぶりに賭けるまでだ。

「ねえねえ、追い打ちってかけられないの?」

 ミロはメインモニターを指差した。

 そこには先ほどの大爆撃で取りこぼした怪物の卵を映っている。こうしている間にも細胞を増殖させてており、数十mにまで成長を遂げていた。

 総攻撃をもう一度やれば全滅させられるのでは?

ミロおまえの言いたいことはわかるが、そいつはできない相談だ」

 明らかに労力に見合わない仕事となる。

 既に怪物の卵は世界中の上空に散らばっており、さっきまでのように密集してないので総攻撃をしても効果がほとんど見込めないのだ。

 爆風で煽るだけ、仕留められない可能性が高い。

 また――四神同盟の主戦力が本戦前に疲弊ひへいしてしまう。

 あれほどの超遠距離波状攻撃、相当な消耗を強いる。

「ハトホルフリートにしてもそうだ。ろくなクールダウンもせずに主砲を二連発も撃って動力炉どころか艦体そのものがオーバーヒート寸前……」

 連発は不可能――無理をしても効果は薄い。

 度が過ぎた攻撃を繰り返せば、肝心のバッドデッドエンズとの戦闘に万全な状態で挑めなくなってしまう。あの総攻撃の後は各自、自己回復系の技能をフル活用して、本戦に備えてもらわなければならない。

 ツバサにしても同様だ。現在、過大能力オーバードゥーイングでエネルギーを補充中である。

「そんな主戦力みんなのためにいいもの配っておいたよ!」

 いいもの? と聞いてツバサは訝しげにミロを横目で睨んだ。

 こいつが調子に乗っている時はろくなことがない。

 一体みんなに何を配ったんだ? とツバサが怪しんでいれば、ミロは亜空間にある自身の道具箱インベントリから、掌に収まるサイズの瓶を取り出した。

「ジャジャーン♪ ハトホルミルクでーす!」

 いわゆる一般的な牛乳瓶に詰められた――乳白色の液体。

 瓶には生産者を示すかのように、ハトホル太母国の国旗に用いられた紋章が描かれていた。そう、ツバサをモデルにした爆乳女神のデザインだ。

 ベキバキボキ! とツバサの額から物々しい音が響いた。

 それは激怒するあまりツバサの額に浮かんだ青筋が、音を立てて膨れ上がりながら額の方々へ走っていく音だった。

 ただでさえ兇悪顔な殺戮の女神セクメトが羅刹の形相になっていく。

「おまっ……何しとんじゃおまえぇぇぇーッ!?」

「きゃああああああっベアクロォォォー! からの爆散ッ!?」

 怒りにまかせて手を突き出したツバサはミロの顔面を鷲掴みにすると、五指に力を入れた瞬間、爆炎とともに爆発を巻き起こした。

 殺戮の女神になっているので爆裂効果が発揮されたようだ。

 そのままベアクローの握力を強めていく。

「お、おまえぇぇぇ……この阿呆アホウが!? 子供たちにしか飲ませたことのないそれ・・を……四神同盟の主戦力に……大人たち・・・・に配ったっていうのか!?」

 ツバサは半狂乱になりかけていた。

 子供たちに飲ませることすら未だに赤面するくらい恥ずかしいのに、あろうことか大人にまで飲ませる羽目になるんなんて……。

 想像するだけで頭がおかしくなる! 羞恥心しゅうちしん憤死ふんししてしまいそうだ!

 煤だらけの顔面を掴まれたミロは必死に弁明する。

「ケホ、コホ……だ、だって……今回の戦争は何がどうなるかわかんないじゃん! みんなの生存率も上げるためにも、起死回生のもの必要だと思って……ハトホルミルクは万能霊薬エリクサーよりスゴいんだからさぁ!」

 配らない手はないじゃん! とミロは力説する。

 そこから恨みがましい眼で睨み返してきた。

「本当な独り占めしたいけど……小っちゃいみんなはともかく、大人になんか飲ませたくないけど……今回ばっかりは仕方ないじゃん!」

 ミロは小声で悔しそうに本音を吐いた。

「みんなを死なせたくないから……誰にも死んでほしくないから……一番危険な戦いをする人たちみんなに配ったの……」

 相談しなくてごめんなさい、とミロは素直に謝ってくれた。

 これには怒りに囚われていたツバサも虚を突かれる。

 ミロの判断は――褒めるべきものだ。

 確かにハトホルミルクは万能霊薬エリクサーを越える回復量があり、各種強化バフも望める効果を持つ。この大戦争において、もうひとつの切り札となるだろう。

 だが、ツバサは恥ずかしさから怠っていた。

 気付いていたが目を逸らし、心のどこかで素知らぬふりをした。

 生き残るために形振り構っていられないこの状況、女神化した自分の乳房から漏れる液体で皆を救えるなら安いもの。

 そんな風に――男心が割り切れなかった。

 核心を突くことに関しては聡明なミロのこと。真正直に「ハトホルミルクを配っとこうよ!」と相談すれば、ツバサは恥じらいから二の足を踏んで後手に回ると直感的に察したに違いない。

 モタモタしていれば手遅れになる。

『後でミロアタシが怒られればいい――だから内緒で配っておこう』

 そう判断して独断専行で配布し、こうして事後報告してきたのだ。

 ツバサの髪は赤から黒へと変わっていく。

 自分の間違えを認めたツバサは冷静さを取り戻し、同時にこの場での役目を終えた殺戮の女神セクメトを解除する。それから、ミロを静かに引き寄せた。

 煤だらけの顔をハンカチで綺麗に拭ってやる。

 今にもハトホルミルクが弾けそうなほど張り詰めた爆乳に、ミロの顔を押し当てるように抱き締める。ツバサも顔を近付けて小さな声で囁いた。

「手間をかけさせたな……すまん」
「いいってば、ツバサさんとアタシの仲じゃない」

 今回ばかりはミロを褒めてやり、感謝するより他なかった。

 しかし、ツバサは懊悩おうのうする。

 ミロを胸から解放したツバサは艦長席に座ったまま、両手で頭を抱えて思い悩んでしまった。渋々とはいえ承諾したハトホルミルクの配布についてだ。

 大人たちにも自分の乳を飲まれる。

 子供たちに飲ませたことは勿論、飢餓に苦しむ現地種族に振る舞った過去があることを考えれば今更だが、割り切れないやりきれなさがあった。

 見知った人々が、友情を交わした友人が、尊敬する大人が飲むのだ。

 ツバサの乳房からあふれる――ミルクを。

「ぬぅぅぅ……あぅぅぅ……くうぅぅぅ……があああああっ!」
「ツバサさん、また変身しかかってるよ!?」

 苦悩が募って怒りに近付き、また殺戮の女神セクメトになってしまいそうだ。ミロは取り縋って慰めてくれるが焼け石に水である。

 そんな中――ダインとフミカはヒソヒソ話し合う。

「ミルクの正体を知っとったアハウの大将が、うっかりマヤムの姉ちゃんに口を滑らせて……そっから知れ渡っとるとバレたら一巻の終わりぜよ」

「シィーッ! バレたら四神同盟どころか真なる世界ファンタジア最後の日ッスよ! バサママの怒りでこの世界が燃え尽きるッス! 死ぬまで機密事項トップシークレットッスよ!」

「なんか言ったか、長男夫婦?」

 いいえ何も! とダインとフミカは首を左右にブンブン振り回す。

「そんなことよりッス! ほらほら!」

 フミカは話の内容を誤魔化すためなのか、いくつものウィンドウを開いてツバサの興味を逸らすように激しく指差した。

くだんの怪物どもと、ウチの秘密兵器が接敵する頃ッスよ!」

   ~~~~~~~~~~~~

 神話の再来、そんなことを口走る者がいるかも知れない。

 空から墜ちてくる暗黒の受精卵。

 遙か上空を漂っていた頃は小さな粒だったものが、落下する過程で倍々ゲームで膨らんでいき、地上へ至る頃には100m級の大きさに育っていた。

 着地する寸前、受精卵を包む膜が破裂する。

 その中から生まれるは――とてつもない巨大さを誇る獣。

 巨獣きょじゅうと恐れ戦くべき怪物たちだ。

 地に降りただけで地震を引き起こす。地を割り、山を崩し、谷を潰して、大河をも堰き止めるほど重量感。ただそこにいるだけで災害となる。

 大地の獣王――ベヒーモス。
 大海の竜王――リヴァイアサン。
 大空の鳥王――ルズ。

 太古の時代にはそれほどの巨獣がいたという伝承はあるが、そういった鳥獣の王が復活したと思わせる光景だった。ただし、その姿は神々しい尊さとはかけ離れており、禍々しくもよこしまな迫力を醸し出していた。

 個体差はあるが、平均的な全長は100m前後。

 獅子や虎のような大型肉食獣を模した巨獣は、牙や爪といった部分がより攻撃的に強調されており、象や犀を思わせる大型草食獣に似た巨獣は、元から大きい体躯が更に大きく肥大化しており、角や牙の数を増やしている。

 幻想種であるドラゴンを思わせる巨獣は古代龍エンシェントを凌ぐ図体を有し、角、牙、爪、翼までもが殺意を凝らした造形になっていた。

 東洋の龍よろしく大蛇みたいなフォルムの巨獣は、全長が500mに達するほど長大な身体を持っていた。百足むかで蚯蚓みみずみたいなものも少なくない。

 鳥類、魚類、昆虫類を巨大化させたものも見受けられる。

 ドラゴンというより恐竜に近いものもいた。

 複数の生物の特徴を併せ持つ合成獣。いわゆるキメラと呼ばれる外観をした者も多くいる。怪物と呼ぶに見合った異形だった。

 どれも体長は100m級を優に超えており、そのフォルムの地獄の底で亡者を貪り食らうかの如き邪悪さを凝らしたものだ。

 既存の生物と似た部分は見出せるが、大きさも造形もまるで異なる。

 日本人ならば“怪獣”という言葉が馴染むだろう。

 彼らはまさに怪獣そのものだった。

 ただし、決して人間に味方するタイプではない。どちらかといえば愛と正義をモットーとする光の巨人を襲うために現れる典型的な悪者側だ。

 破壊神ロンドに創られたのだから当然か――。

 卵より生まれて間もない巨獣だが、肉体的には完全に成体である。

 爛々らんらんと燃える眼からは3つの意志しか読み取れない。

 命ある者を殺せ、形ある物を壊せ、存在するものは滅ぼせ。

 この3つの意志を統合した先にある渇望。

 ――この世界を消し去れ。

 それが巨獣たちが創造主ロンドより授けられた命題だった。

 地に降り立つと同時に首をもたげて顔を上げると、天地を割らんばかりの雄叫びを轟かせた。それを耳にした他の巨獣も応えるように吠える。

 真なる世界に巨獣の群れの咆哮が木霊した。

 まるで世界が悲鳴を上げているかの如き大音声だいおんじょうだった。

 長い長い遠吠えを轟かせた巨獣たちは、その声で反響定位エコロケーションを行った。互いの位置を把握したのだ。そして、各々に適した行動を取り始める。

 群れで動いた方が効率よく世界を滅ぼせる者は同系統の巨獣と合流し、獣群となって進撃を開始する。単独で動いた方が破壊活動を行いやすい者は我が道を行くかのように、空を飛び、海を泳ぎ、大地を駆ける。

 巨獣の群れは4つの群れに分かれていく。

 ひとつは西のハトホル太母国、ひとつは南のククルカン森王国、ひとつはイシュタル女王国、そして最大の群れは還らずの都へ針路を取った。

 狙いは言わずもがな――還らずの都とその麓にあるふたつの陣営。

 タイザン府君国とルーグ・ルー輝神国だ。

 この四カ所には殺すべき者も壊すべき物も滅ぼすべき存在も、この世界で最も集まっている。巨獣は本能からそれらのものを感知できた。

 破壊衝動とも呼ぶべき本能である。

 進撃する最中、破壊者としての本分を忘れない。

 必要以上の脚力を込めて大地を踏み割りながら突進し、山や谷があれば行きがけの駄賃にと踏み潰していく。川や池に湖といった水辺を見つければ、毒液を吐いて完膚なきまでに汚すか、熱波を放って完璧に干上がらせる。

 放射能を収束させた熱戦を吐き散らし、燃え盛る溶岩の吐息を吹き散らし、極寒の冷気を振り撒き、森林を枯らす烈風を吹き荒し……。

 ありとあらゆる手段を用いて、世界を蹂躙じゅうりんしながら突き進んでいた。

 このまま暴れられれば――真なる世界ファンタジアは七日も保たない。

 後に「火の七日間」などと呼ばれる余地さえない。二日で大陸全土が焦土と化し、三日目の朝を迎えることはできないはずだ。

 虎に似た巨獣が一体、ハトホル太母国へ向かって猛進する。

 その鼻先に――龍宝石ドラゴンティアの玉が現れた。

 100m級の巨体からすれば塩の一粒にも値しない小ささなので、巨大な虎の眼中には映らない。おまけに、虎の視界はすぐさま塞がれた。

 龍宝石から槍の切っ先が飛び出す。

 その槍は瞬く間に巨大化し、巨獣の虎を突き殺せる威力を持つ大振りの十文字槍となって、虎の眉間を貫きながら顔を切り裂いた。

 頭から尻、尾まで貫き、巨大な虎の五体を突き崩していく。

 龍宝石から出てくるのは槍だけではない。

 全長150mはありそうな十文字槍を掴む巨人の手が現れると、それに引き続いて腕が、肩が、胸が……といった具合に全身が露わとなる。

 その総身は鎧兜よろいかぶとで隙間なく固められていた。

 巨獣の虎を仕留めたのは――武装した巨人だった。

 こちらも全長は100m前後、巨獣とタメを張るに十分なサイズ感だ。

 巨人と評したが、全体的な雰囲気はメカニカルでロボに近い。

 ただ、ダインたちが建造する巨大ロボとは一線を画しており、流線型のフォルムでどことなく丸みが際立つ。シャープなところもあった。

 この試作機を見たダインは、こんな感想を延々と漏らしていた。

『一見すると武者○ンダム? じゃが、全体的なディテールは魔神○雄伝ワ○ルとか魔○王グラン○ートとか覇王○系リュ○ナイト……熱○騎士ラ○ネ&40という線もあるがか? いや、頭身はこっちのがずっと高うて、ちゃんと八頭身くらいあるが……ファイブ○ター物語のモーター○ッド、うんにゃゴ○ィックメードに似たところもあるし……』

『おい長男、おまえの言ってること半分もわからんぞ』

『そうじゃのう。母ちゃんでも知ってるくらい有名なロボになると……ゲッ○ーロボとかマジン○ーZ、グレン○ガンの系譜けいふが近いかも知れんのぉ』

『それならわかる。“スーパー系”ってやつか』 

 誰が母ちゃんだ、と決め台詞で叱って締めておいた。

 ダインたちの造るロボもそうだが、この巨人も“スーパー系”と呼ばれるような超常的な能力を秘めたロボットを連想させる。

 動力源からして“リアル系”ではないのは間違いない。

 プトラたちが加工した龍宝石を“核”コアとして、オリベの『碧覚へきかく練土れんど』でその巨体を構築している。手にした武器や身に帯びた防具は純和風なデザインで、鎧武者と呼ぶに相応しい風格を備えていた。

 それもただの鎧武者、一兵卒いっぺいそつではない。

 武具も鎧も超一級品をまとう、武将というべき格調高さがあった。

 あちらが巨獣きょじゅうなら――こちらは巨将きょしょうだ。

 十文字槍を振るう巨将は烏帽子えぼしのように頭の長い兜を被っており、胸に大きな蛇の目紋を刻み込んだ鎧を着込んでいる。

 見る人が見れば虎退治で有名な武将、加藤かとう清正きよまさを思い出すだろう。

 加藤清正をモデルにした巨将は十文字槍についた血を振り払うと、槍を頭上に振り上げて大回転させた。一度、見得を切ってから走り出す。

 それに続く者たちがある。

 彼の背後には、いつの間にか何体もの巨将が現れていた。

 巨将たちは陣形を組み、ひとつの部隊となって巨獣の群れに立ち向かっていく。槍を、刀を、弓矢を、銃砲を、それぞれの武装を構えている。

 Gアイソポッドは、例の龍宝石を数十個ずつまとめて落としていた。

 ――その理由がこれだ。

 巨将が孤立こりつ無援むえんとならず、部隊を編成しやすくするため。孤軍こぐんとなって巨獣の群れに数で押し潰されないようにという配慮である。

 そして巨将も心得たものだ。

 一匹の巨獣に数人がかりで挑み、確実に仕留めていた。

 猛将で知られた加藤清正をモデルにした巨将はさきがけとなって先陣を切り、得意の十文字槍でバッサバッサと巨獣を薙ぎ払っていく。

 一騎当千、天下無双の戦い振りだ。

 真なる世界ファンタジアの各地でこのような戦端が開かれていた。

 爆誕した巨獣は群れを成し、世界を破壊せんと猪突猛進する。

 獣群の前に立ちはだかるは――巨将の軍勢。

 巨獣に勝るとも劣らない巨躯を有した彼らは陣を組むと、人々の暮らす国へ侵攻する巨獣を食い止めるため応戦していく。

 巨獣と巨将の天地を揺るがす合戦が始まる。

 さながらそれは――伝説にある神々と巨人の戦いギガントマキアの如きものだった。

   ~~~~~~~~~~~~

「「「デッカいお侍さんだーッ!!」」」

 ハトホル太母国の執務室しつむしつにて歓声が上がった。

 太母ツバサ長女ミロ長男ダイン次女フミカ、指揮権を奮えるメンバーが迎撃作戦のために出払い、それに次ぐ実力者である横綱ドンカイ剣豪セイメイも国土防衛のため結界の外で待機中。

 執務室には留守を守る家族が集まっていた。

 一時的に指揮権を預けられたのはジョカだった。

 ツバサの子供たちの中では最年少の末娘だと言い張るも、その本性は世界創世から生き続ける起源龍オリジンの一柱。資格は十二分にある。

 ハトホル太母国を守る防御結界。

 これはジョカと五女マリナの二枚看板で成り立っていた。

 巨将を目にしたジョカはのほほんと感想を述べる。

「大っきい戦士だねー。原初巨神プライマルほどじゃないけど古代巨人ビッグワンくらい?」

「あんな巨大ロボみたいな人が昔はいたんですか?」

 それを聞いた膝の上のマリナが目を丸くする。

 普段ツバサが腰を下ろしている女王の席には、指揮権を持つ者としてジョカが座っており、その膝の上にマリナが乗せられていた。

 ジョカは2m越えの大きな美少女。

 その膝の上には幼女の2~3人くらい余裕で座れるのだ。

 ジョカとマリナの周りには、六女で音楽家のイヒコ、次男で格闘家のヴァト、七女で(肉体的には)最年少の忍者ジャジャが集まっている。

 イヒコやジャジャも、ジョカの膝をちゃっかりご相伴に預かっていた。

「スゴいです……あんな大きな怪物を一撃で倒しちゃった」
「無双じゃん無双! 戦国無双ってやつだよ!」
「あの鎧や兜のデザイン……どこかで見た覚えがあるのでゴザルが!?」

 各地の戦況が映し出されたモニターを見守るマリナやイヒコにジャジャは、驚きが隠せなかったり、興奮冷めやらぬ様子で声を上げた。

 驚愕しているのは子供たちばかりではない。

 執務室で待機する者の中には、別の意味で驚く者たちもいた。

「あれって……どう見ても加藤清正公だよな?」

「ああ、私も知っている……あの独特な長烏帽ながえぼしな子形兜りかぶと、蛇の目紋に十文字三日槍を振るう巨漢の鎧武者など彼をおいて他におらんよ」

「……おれはよくわからん」

 口々に感想を言い合うのは――妖人衆ようじんしゅうの三将だった。

 妙剣将みょうけんしょう ウネメ・マリア。
 鍛鉄将たんてつしょう オサフネ・ナガミツ。
 覇脚将はきゃくしょう ケハヤ・タギマ。

 現世から様々な理由によってこの世界へ転移してきたものの、妖怪化した元人間が妖人衆だ。その中でも抜きん出た強さを見出されたのがこの三将。

 元は腕の立つ武士だが金髪碧眼の美女になってしまったウネメ。

 元は備前びぜん長船派おさふねはの新進気鋭な刀鍛冶であったオサフネ。

 元は古代日本のとある地方で腕を鳴らした暴れん坊だったケハヤ。

 今ではツバサの眷族として神族へと昇格。その強さもLV900近くまで上昇しており、ハトホル太母国の次期新戦力となるべく鋭意特訓中である。

 彼らも大戦に備えて武装を固め、執務室にはべっていた。

 ウネメは女武者ともいうべき華美に飾られた鎧を着込み、オサフネは地味ながらも質実剛健な具足を装備していた。ケハヤは覇脚はきゃくという二つ名もあって機動力を重視しているのか、最低限の防具しか身に帯びていない。

 彼らは謂わば親衛隊――護衛である。

 ハトホル一家ファミリーのお子様たちを守るべく、執務室の隅に控えている。

「あの十文字槍はな――本来であれば片鎌槍のはずよ」

 オリベは騒ぐ家臣たちに教示してやる。

「元々は三日月十文字槍で、天草一揆討伐や朝鮮の役にて虎退治に挑んだ際に片刃は折れてしまったので、そちらを綺麗に研いで片鎌槍に仕立て直したというが……それがしの知る限り、最初からあの形だったはずだ」

 どうやら伝承が優先されたらしいのぅ、とオリベは一人得心する。

 妖人衆のまとめ役――乙将おつしょうオリベ・ソウオク。

 オリベは妖人衆の代表の一人として、この執務室にて控えることをツバサ直々任された武将だ。実質この場を取りまとめる役も担っていた。

 ジョカの補佐も頼まれている。

 部下である三将同様、オリベも鎧兜を帯びていた。

 陶器や土器を参考にした独特の意匠。オリベのイメージカラーでもある緑をあしらっている。袖を通す陣羽織はエメラルドグリーンに瞬いていた。

 如何なる時もお洒落を忘れない。数寄すき武将の意地である。

 オリベもまた、執務室に展開された複数のモニターに見入っていた。

 あるモニターに映し出された光景――。

 そこに現れた巨将は、細目でスマートに洗練されながら強固な防御力を感じさせる、勇壮な南蛮具足を身にまとっていた。陣羽織はまとわず、表は漆黒の光沢を湛えるも、裏地は鮮烈な赤に染まるビーロドのマントを羽織っていた。

 この巨将の周囲に浮かぶのは――何十挺もの火縄銃。

 それらは三挺が一組として運用されており、発砲すると控えに回り、再装填するという一連の流れを迅速に行っていた。

 世に言う“三段撃ち”という火縄銃の運用方法だ。

「あれは正しく……信長公の御姿……ッ!」

 若き頃から使い番として彼に仕えた記憶のあるオリベは、尊敬の念を忘れたことのないかつての主君の勇姿に涙ぐみそうになる。

 別のモニターでも新たな巨将が戦場を駆け抜けていた。

 その巨将は黒を主体とした大振りな具足を身に付け、大黒だいこく頭巾ずきんを模した兜の前立ては羊歯しだの葉を模した独特なものを採用していた。手には葵の紋が描かれた大きな軍配を握り締めている。これ自体、斧にも似た武器となっていた。

 武装でもある軍配を振りかざし、周囲の巨将を鼓舞こぶする。

 これに応える臣下の巨将たちにもオリベは見覚えがあった。あの御方を総大将と仰ぎ、ついには幕府という武士の政権を打ち立てた人々なのだから。

 三河みかわ武士ぶしの結束の固さ――思い知らされたものだ。

 あの方は総大将ながら、武芸を磨くことを忘れなかった。

 それゆえこの巨将も自ら得物を手に、率先して巨獣に立ち向かう。

 手にする巨大な軍配は変形機能を持っており、刀、弓矢、槍……と次々に形状を変えていき、巨獣を一撃の下にほふっていった。

大御所様おおごしょさま……あなたも……ッ!」

 切腹を命じられた過去はあれど、彼に大名としても茶人としても取り立てられた恩を忘れたわけではない。オリベは郷愁きょうしゅうを飲み込んだ。

 新たなモニターからは、目映い輝きが差し込んできた。

 その巨将は金色に光り輝く鎧を身にまとっており、信長公の後追いするかのように豪華絢爛なマントをまとっている。兜には前立てこそないが、その後ろに光背こうはいのような光り輝く放射状の飾り物が広がっていた。

 黄金色の千成せんなり瓢箪ひょうたん馬印うまじるしを、槍のように打ち振るっている。

 彼の周りにもまた、忠誠を誓う巨将たちが付き従っていた。その中にはオリベの見知った武将と同じ具足を身に付けた者が大勢いた。

 かつては自分オリベもあの中の一人――その事実に胸が熱くなる。

 金色の武将は瓢箪の馬印を頭上に掲げた。

 それに応じるかのように周囲の地形が変わり、仲間の巨将たちに有利な砦を形作っていく。まるであの御方が一夜で作ったという城のようにだ。

 あの墨俣すのまた一夜城いちやじょうのように――。

「…………太閤たいこう殿下でんか……皆の衆……ッ!」

 モニターに映し出される何体もの巨将、その獅子奮迅ぶりの戦い振りにオリベは老いさらばえて忘れたはずの情熱が蘇りそうだった。

 涙で潤む両眼を拭うことも忘れ、彼らの活躍に目を見張る。

「あらかじめ……此度こたびプトラ殿が作り上げた、あの龍玉りゅうぎょくの正体について聞かされていたものの……いざ、こうして目の当たりにすると……」

 これほど心を揺り動かされるとは……ッ!

 オリベは辛抱堪らず、ついに片手で目元を覆い隠した。年輪を感じさせる老境に達した男の頬に、一筋の熱い涙が流れ落ちる。

「あちゃ~、オリベのじいちゃん泣かせるつもりはなかったんだけど……」

 ゴメンね、とプトラは申し訳なさそうに謝罪した。

 ハトホル一家の三女――道具作成師アーティファクターのプトラ・チャンドゥーラ。

 いわゆるコギャルを地で行く女子高生なのだが、こう見えて天才的なマジックアイテム製作者だった。ただし、他のことはまるでダメ人間である。

 いつもは金髪を半分だけ高く盛った風変わりなヘアスタイルをしているが、今回は戦争とあって自分も出張る可能性を考慮してか、動きやすさ重視でツインテールのようにサイドでまとめていた。

 衣装は女子高生の制服を改造したもの、これが戦闘服らしい。

 ジョカが座る席の周りに並んでいるソファへ適当に腰掛けるプトラは、涙ぐむオリベに例の龍宝石についてもう一度説明した。

「あれはね――戦国武将さんたちへの“想い”を宿してるし」

 まず龍宝石ドラゴンティアを加工する。

 本来、龍宝石は一個につき一つのエネルギーしか封入できないのだが、特殊加工で二種類の力を宿せるようにする。尚且つ、命令も刻み込んでおく。

 面倒臭いことを思い出したプトラは苦笑いする。

「ダイちん……ああ、フミちんの旦那ね。そのダイちんに耳にタコができるくらい言われたし、ロボット三原則とかどうとかってのもプログラミングとして組み込んでおいたんだけど、あたいが重視したのはここらへんだし」

『この世界を壊そうとする邪悪な怪物たちを倒すこと』
『かつて啀み合った者同士でも水に流して協力すること』
『牙なき弱者をかつての領民のように守ってあげること』

 こうした加工を施された龍宝石に、自動人形オートマータ泥人形ゴーレム“核”コアと似た機能を持たせることに成功。後は二種類のエネルギーを装填すればいい。

 龍宝石の“核”を中心に活動するため機体を作る力と、その機体を動かすための原動力となるものだ。念のため、どちらも最高のパワーを発揮できるように、プトラならではのやり過ぎ要素も含まれている。

「その機体を作る力は……それがしのものですな」

 乙将オリベの過大能力オーバードゥーイング――碧覚へきかく練土れんど

 硬軟自在となる特殊な粘度を操る能力だ。

 オリベの意志でいくらでも溢れ出させることができ、柔らかくすればとろみのある抹茶ぐらいの泥になるが、最大限まで硬度を高めればオリハルコンを上回る強度を叩き出す超硬化セラミックとなる。

 これが巨将たちの素体や装備品、武器の構成素材となっていた。

 プトラの特殊な細工により、その強度は数段跳ね上がっているという。

「そして……私の拾い集めた“想い”が原動力なのですね」

 静かに呟いたのはイヨだった。

 妖人衆の象徴的存在――巫女姫みこひめイヨ・ヤマタイ。

 オリベが実務的なことを司る将軍的立場だとすれば、イヨは妖人衆にとって天皇ともいうべき存在。彼女こそが妖人衆の女王に当たるのだ。

 十代前半にしか見えない白銀の巫女姫。

 彼女はプトラの向かい側のソファに正座でちょこんと座っている。

 閉ざしていた両眼をゆっくり開きながら、一緒に顔を持ち上げていくと自ら展開させている無数のスクリーンモニターを見渡していた。

 各地で奮戦する巨将を映すマルチウィンドウ。

 執務室の壁を埋め尽くすこれらのモニターは、イヨの過大能力が捉えているリアルタイムの映像だ。

 イヨの過大能力オーバードゥーイング――万里眼ばんりがん

 千里眼を上回る遠隔視えんかくし能力であり、条件さえ揃えば時空間をも飛び越えて情報を収集することができる能力である。情報処理という面ではフミカの過大能力と相通じるものがあるので、彼女から技能スキルなどの手解きを受けていた。

 この戦況を確認できるモニターはその賜物たまものだ。

 一見すると幼女だが、その中身は弱100歳を経た老女である。

 ロリババアの愛称も定着したイヨは、幼い顔立ちに年月を積み重ねた表情を浮かべて、自分のかき集めた“想い”について語り出す。

「戦国武将という方々は、オリベ様もそうですが……後世の人々にとても愛されているのですね。尊敬、崇敬、憧憬……凄まじい“想い”を汲み取れました」

 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康――。

 誰もが知る戦国時代の覇者たちのみならず、同じ時代を駆け抜けた多くの武将が後の世になればなるほど英雄視されている。

 いいや、神格化されているといっても過言ではない。

「神格化って……そりゃ太閤殿下や大御所様は祀られてっけどよ」

 江戸時代から来たウネメは知っているようだ。

 二人を祀った豊国神社や日光東照宮を知っているだろう。

 信長公を祀った神社もあると聞く。

「他の武将さんや大名さんも、ご当地じゃ神様みたいに崇められてるのだって珍しくなかったが……もっと後ろの時代じゃまた一味違うのかい?」

 ウネメの質問にヴァトが答える。

 ちなみに、彼はプトラの横に強制的に座らせられていた。

「はい、神格化というより……キャラクター化でしょうか? マンガやアニメなんかで戦国武将をモチーフにした登場人物がいると、超人的な能力を持ってヒーローとして描かれることが多くて……」

 ヴァトの言葉尻が切れると、その後をイヒコが引き受けた。

「神様みたいに強くなってるのは当たり前で、魔王になってたり鬼神になってたり魔神になってたり巨大ロボになってたりスーパーヒーローになってたり、美少女になってたり美少女にされてたり美少女に変えられてたり……」

「美少女の比率おかしくない!?」

 おれ・・みたいになってんの!? とウネメは自身の女体を指差した。

「と、とにかく、みんなスゴい強いんですよ」

 慌ててヴァトが取り繕れば「そこが重要です」とイヨが付け足す。

「そう……戦国時代を生き抜いた武将の方々は皆さん、後世において超人的に扱われ、それゆえにある種の神格化をされておりました」

 そこに――人々の“想い”が宿る。

 何百年もかけて積み重ねられてきた武将たちの憧れ。

 その強さに思いを馳せる人々の心は信仰にも等しく、個々の戦国武将の神格化をより一層捗らせた。小説、漫画、アニメ、映画、演劇……様々な物語で誇張された彼らの強さは、人々の“想い”に更なる拍車をかける。

「そうした“想い”を拾い集め――あの龍宝石に封じたのです」

 これが巨将を動かすエネルギー源となっていた。

 龍宝石に注がれた戦国武将への“想い”を増幅させ、物理的に強大なエネルギーを発揮するまで膨れ上がらせていく。

 それが臨界点に達した時――龍宝石から巨将が顕現けんげんする。

 彼らは単なる戦国武将を投影した存在ではない。

 英雄視された彼らが数百年に渡って積み重ねてきた人々の“想い”、つまり想念から形作られているので、その力はオリジナルを遙かに凌駕する。

 だから単に巨大ロボ化しただけではない。

 飛行能力を有している者もいれば、眼から眼光代わりにビームを発する者もいるし、攻撃をエネルギー波にして飛ばす者もいれば、先ほどの豊臣秀吉をモデルにした巨将のように、不可思議な特殊能力を使う者もいる。

 想念が彼らの力を増幅させているのだ。

 逸話や伝承がある武将ほど、特殊な必殺技が使えるらしい。

 そうでなくても後世、様々なメディアに題材として取り上げられて超人化された武将もいるので、そうした情報さえも“想い”として取り込んでいるのだ。

 それゆえに――これらの巨将は強い。

 オリベの碧覚へきかく練土れんどとの親和性を考えて、集める想念を彼が生きた時代である戦国武将に限定したのも良い方向に働いたようだ。

 プトラからして「想定以上の出力だし」と太鼓判を押していた。

 龍宝石からどんな武将をモデルにした巨将が現れるかは“想い”を封入したイヨにもわからず、出現確率はランダムらしい。

 このため同じ武将が何体も現れることがあるようだ。

 おかげで織田信長の出現率が高い。さすがは戦国の覇者である。

「……なーんか女っぽい体型の信長公が多くね?」
「……さっき話していた美少女にされた影響ではなかろうか?」

 ウネメとオサフネは半眼で首を傾げていた。

 オリベは涙に濡れる目元を拭うと、再びモニターに見入っていた。

 記憶にある武将たちの勇姿に心が打ち震える。

 時には敵対し、時には同盟を組み、ある時は裏切って手を切り、ある時は利害のため手を取り合い……それが戦国の世における習いだった。

 やがて太閤殿下によって統一され、大御所様に統括されていった。

 それでも派閥争いや権力争いは絶えたことがない。

 あの時代の武将たちは本当の意味で手を取り合い、強大な敵に立ち向かうようなことなど一度としてないのだ。太閤殿下の命で行われた、あの朝鮮の役ですら統率がままならず、幾度となく瓦解がかい寸前に陥ったほどだ。

 そんな彼らが――くつわを並べて戦っている。

 世界を脅かす怪物の群れに、一心不乱に立ち向かっていた。

 無論、彼らはオリベの知る戦国武将その人ではない。彼らへの憧憬、“想い”より造り出された人型。巨大な自動人形に過ぎない。

 彼らはオリベの知る故人ではない。ただ、それを模倣しただけだ。

 また、ある種の罪悪感もあった。

 既に鬼籍きせきに落ちて久しい彼らを呼び戻して、無理やり戦へ駆り出すような罪悪感である。だが、この世界のためと考えたオリベは意見を飲み干した。

 思案は止め処なく巡る。この手段について何度も再考する。

 それでも――胸の奥が熱くて仕方ない。

 在りし日々を思い返して、武人の魂が再燃するかのようだった。

 共に戦いたい! とオリベは腰の刀を握り締める。

 だが、それはできない相談だ。

 ――オリベが執務室に侍る理由。

 それはハトホル太母国の結界が破られるという緊急事態に際して、現地種族を守りながら逃がす殿しんがりを仰せつかっているからだ。

 妖人衆でも神族となってLV999の高みに上り詰めたオリベだが、主戦力のメンバーと比べればまだ新参者。満足に戦える領域には至っていない。

 なればこその殿、国と民を護るための重要な任務だ。

「信長公……太閤様……大御所様……ッ!」

 熱く高鳴る憧れ――共に戦場を駆けたいという衝動をグッと堪える。

「今一度その勇姿を拝めたこと――法外ほうがいの悦びにございます」

 目尻から涙があふれるのも構わず、オリベは瞼を閉じて黙祷もくとうを捧げるように目元を伏せた。それからまた、いくつもあるモニターを眺めていく。

 加藤清正、福島正則、佐竹さたけ義宣よしのぶ、伊達政宗、蒲生がもう氏郷うじさと……。

 かつて数寄や茶の湯で交流を交わした戦国武将をモデルにした巨将の姿を見つけ、オリベは眼を細めると頬を緩めることがとめられなかった。

 その時――オリベはある巨将の一団を見つける。

 脳裏に焼き付く彼らの装束に気付き、目を皿のようにしてしまった。

「おおおっ! 細川ほそかわ忠興ただおき殿! 高山たかやま右近うこん殿! 有楽斎うらくさい殿! それに……上田殿! 金森殿! 小堀殿……そなたたちも、そなたたちも来てくれたのか!?」

 もう抑えられない。感涙が滝のようにこぼれてきた。

「“無”の前立て……仙石殿、そなたも駆けつけてくれたか」

 数寄すきを通じて親好を重ねてきた友人の姿に、オリベは感極まってしまう。

「あ、あの巨将さんたち……なんだかオリベさんに似てますね」

 マリナは何気なくモニターのひとつを指差した。

 そこに映し出される巨将たちはなるほど、オリベが好みそうな緑で彩られた甲冑や羽織を身にまとい、長槍、太刀、弓矢を手に戦っている。

 彼らの背負う家紋は三匹両さんびきりょう――古田家の家紋だ。

 巨大ロボの外観であろうとも、オリベには一目瞭然だった。

 だからこそ瞼へ焼き付けるように瞠目どうもくしてしまう。

 この見覚えのある巨将たちの姿に――。

重行しげゆき! 重嗣しげつく! 重弘しげひろ! 重久しげひさ! 重尚しげなお! お、おまえたちも……ッ!」

 古田織部とともに追い腹を切らされた息子たち。

 そして、古田織部の潔白を証明するため戦死した息子もいる。

 大坂夏の陣が終わる直前、徳川方へ反乱の意志ありという嫌疑をかけられて言い訳をすることなく切腹した古田織部の息子たちだ。

 愛する息子たちが、勇猛果敢にも巨獣の群れへ突き進んでいく。

 兄弟一丸となり、次から次へと巨獣を屠っていた。

 碧い巨将たちがモニター越しながら、オリベに振り向いた気がした。

こちら・・・はお任せください――父上』

 声が聞こえた。

 誰も反応しないからオリベだけに聞こえた幻聴だ。それでも、彼らと目を合わせた瞬間、その声は確かにオリベの魂へと届いていた。

 もう二度と聞くことがないと思っていた愛息たちの声が……。

 もうダメだ――これ以上が我慢できない。

 オリベは見栄も体面もかなぐり捨て、その場に膝を折った。

「うううっ、おおっ、くぅ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 両手で顔を覆ったオリベはむせび泣いた。

「――オリベ様!?」
「オリベの大将!? どうした、腹でも痛いのか!?」
「オリベのじいちゃん、どうしたし!?」

 突然すぎるオリベの号泣に、イヨは元より三将やツバサの子供たちも動揺して心配するが、泣き崩れる老将は片手を上げて皆を制した。

「だ、大丈夫でござる、ご迷惑おかけいたした……そんなことより」

 イヨ様……とオリベは主である巫女姫に向き直る。ひざをついたまま正座になると、床に両手をついて深々とこうべれた。



「良き夢を……最高にして至高の夢を見させていただきました」



 感謝致します、とオリベはイヨに厚く礼を述べた。


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