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第16章 廻世と壊世の特異点

第383話:真界大戦 開幕

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 最後の一週間――全面戦争まで残り3時間・・・

 季節的には初夏を過ぎ、そろそろ夏に差し掛かろうという時期だ。日の出の時間も早くなっており、午前5時には地平線の彼方から太陽が顔を出す。

 日の光を浴びる真なる世界ファンタジア

 四神同盟が治める各領域にも朝日が降り注ぐ頃だ。

 しかし、どこの領地にも人の気配はない。

 神族化したプレイヤーの指導により、原始的な生活から脱却して文化的な生活を取り戻した現地種族たち。だが、その生活様式はハイテク文明に毒された現代人よりも牧歌的ぼっかてきで自然なサイクルを営んでいた。

 朝日とともに目覚めて、日が沈むとともに活動を終え、夜のとばりが落ちる頃には眠りにつく。そんな健康的な生活を送っているはずだ。

 だが、朝日が昇っても人々の動く気配はない。

 どこも国民の姿が消え、気配すら感じることができない。

 それも当然――すべて避難済みだからだ。

 ハトホル国、ククルカンの森、イシュタルランド、タイザン平原……四神同盟の地下深くに設けられた巨大地下シェルター。ほとんどの住民は前日のうちに避難を終えており、地上の街には猫の子一匹残っていない。

 これより始まる大戦争への備えである。

 地上に並ぶ建物や家々、建築物は災害に備えて補強されている。気休めにもならないが、国民たちなりに頑張った成果だ。

 LV999が激突すれば、局地的な天変地異が起こる。

 四神同盟の各陣営は防御結界を十重二十重に張り巡らせているが、地震、落雷、暴風雨、台風……これらの自然災害はすり抜けてしまう。

 結界では完全に遮ることができないのだ。

 ツバサたちの張る防御結界は、あくまでも脅威を及ぼす悪意ある攻撃を防ぐためのもの。敵が放ってくる攻撃は100%防ぎきるが、その攻撃が巻き起こす余波よはをシャットアウトするのは難しい。

 余波まで防ぐとなれば、物理的な効果を持つバリアにするしかない。

 そんなことをすれば空間的に外界と遮断しゃだんすることになり、自然の恩恵おんけいまで途絶とだええてしまう。それは国民に悪影響を及ぼしかねない。

 絶対壊れない無菌室に閉じ込めるも同然だ。

 生物として種として、どれほど脆弱ぜいじゃくに退化してしまうことか……。

 国民を守りたいのはやまやまだが、度が過ぎると過保護になる。天災くらい自力で乗り越えようという自立心が育たない。男子ながらオカンの精神を持つツバサは、庇護欲ひごよく過保護かほごのバランスに頭を悩ませていることだろう。

 結果、完全隔離する結界は諦めたらしい。

 戦争で発生する災害は受け止める方向に決めたようだ。

 避難中に戦争の波及はきゅうによって家々が吹っ飛んだとしても、それは事故と片付けることで国民に立て直させる腹積もりのようだ。

 なかなかどうして、二十歳はたちの兄ちゃんが立派に地母神をやっていた。

 あと数時間で――全面戦争が始まる。

 四神同盟と最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズによる大戦争だ。

 ――四神同盟。

 真なる世界ファンタジアとそこに住まう神族、魔族、多種族、そしてこれから来訪らいほうするであろう地球の人類を護るために戦おうとする高LVプレイヤーの組織。

 ――最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズ

 破壊神ロンドを首領しゅりょうとする、人類を嫌悪して憎悪して怨嗟えんさして、世界の有り様を否定するために根底から破壊せんと目論む破滅主義者の結社。

 この二大勢力が、いよいよ激突する。

 その規模は大戦といっても差し支えあるまい。

 恐らくはこの中央大陸全土を巻き込むだろう。まだ隠れ里に潜んでいる者も見逃す理由はないし、僻地へきちに隠れたまま傍観ぼうかんする者など許しはしない。

 中央大陸以外の陸地に暮らす者も同様だ。

 この戦争を機に――真なる世界ファンタジアのすべてを滅ぼし尽くす。

 四神同盟を撃破すれば、残るは烏合うごうしゅう

 内在異性具現化者アニマ・アニムスを中心として強者が集い、この真なる世界ファンタジアに適応しようと努める集団はいくらかいるが、四神同盟とは比べるべくもない。

 合流されれば厄介だが、その前にこの大戦争で四神同盟を壊滅させる。

 四神同盟さえ潰せば、残りは消化試合に等しい。

 だが敵も然る者――そう簡単に滅ぼされるつもりはないようだ。

 四神同盟に新たな変化が現れていた。

 各陣営の拠点、それぞれの地を治める神王しんおうの暮らす屋敷や御殿ごてん。そこに大きな旗が掲げられていた。この旗は今までお目に掛かったことがない。

 恐らくは国旗なのだろう。

 四神同盟の各陣営は、真新しい国旗を掲げていた。

 ハトホル国改め――ハトホル太母国たいぼこく

 ツバサ・ハトホルを神王として頂くこの国は、大地母神ハトホルの優しさに救われたことへ感謝の意を込めて、その名と太母を国名に取り入れたそうだ。

 ここに限った話ではなく、国名には法則性がある。

 それぞれの領地に暮らす国民から「主神の名前を入れてほしい」という要望と、各陣営の有識者から「誰が治める国か一目でわかるようにしよう」という案を融合させた結果、このような国名となったらしい。

 太母たいぼと呼ばれるツバサの胸中はメチャクチャ複雑だろう。

 その国旗もまた神々の乳母ハトホルをモデルにしていた。

 基礎となる色彩は燃えるような赤だ。

 巨大な乳房を抱えた女神が、長い髪を広げている。その髪は地水火風空といった自然現象を表していた。この図案を簡略的に描くことで紋章のようなデザインに仕立てている。それでもツバサとわかる象徴性シンボリズムがあった。

 全体的なフォルムは三角形、裾野すそのの広がる山に見えなくもない。

 ククルカンの森改め――ククルカン森王国しんおうこく

 大地の獣王アハウ・ククルカンが治めるこの国は、ジャングルの神王たるアハウを讃えて、彼の名前と森の王という意味を込めてこの名にしたらしい。

 こちらの国旗もククルカンを図像化ずぞうかしたものだ。

 イメージカラーは繁茂はんもする密林ジャングルの緑。

 生い茂る大樹の如き大角を掲げる獣王の頭。複雑に絡み合う角は森林に包まれた彼の国土を表すものだろう。シンボリックに描かれているので細かく描写されているわけではないのだが、これもアハウの顔だとわかった。

 全体的なフォルムは逆三角形、大地から大樹が伸びるように見える。

 タイザン平原改め――タイザン府君国ふくんこく

 クロウ・タイザンフクンが統治するこの国は、その名の由来である泰山たいざん府君ふくんから名前を取ったらしい。府君ふくんとは尊者そんじゃを示す言葉でもあるという。

 国旗はクロウ・タイザンフクンをモデルにしたものだ。

 黒と赤のコントラストが地獄を連想させる。

 海賊旗かいぞくきでもあるまいに骸骨がいこつを中心に置き、その後ろには地獄の火炎車をあしらう骸骨紳士にしては荒々しいデザインだ。彼の過大能力オーバードゥーイングは地獄そのものだという話なので、それを大胆にアレンジしたようだ。

 全体的なフォルムは円形。燃え盛る髑髏どくろといった案配だ。

 イシュタルランド改め――イシュタル女王国。

 実は国家として成立したのは、この陣営が最も早い。

 戦女神いくさめがみミサキ・イシュタルが最年少ながらも治める国で、女神の名を含めるのは勿論のこと、女王として宣言した前例を踏まえてこの名になったらしい。

 当然、国旗は女王たるミサキをイメージして作られていた。

 基調とする色合いは鮮烈せんれつな紫である。

 少年でも少女でも通る美々しいミサキの横顔を中心に据え、長い紫色の髪がそれを取り巻いている。龍脈りゅうみゃくを操るというミサキの過大能力オーバードゥーイングにあやかったのか、髪の房がところどころ龍蛇りゅうじゃのようにデザインされていた。

 全体的なフォルムは正方形。国ごとにフォルムを区別させたようだ。

 そして――ルーグ・ルー輝神国きしんこく

 新たに四神同盟に加入したルーグ陣営が、保護した現地種族とともに立ち上げた新興国しんこうこく……とも言い難い、出来たてホヤホヤの新陣営だ。

 拠点を還らずの都の北に建てたばかりである。

 代表者はジェイク・ルーグ・ルーという拳銃使いガンスリンガーだが、内在異性具現化者アニマ・アニムスな上にリードとも渡り合った実力の持ち主である。

 どうやら彼を神王に据え、5番目の陣営ができるらしい。

 この戦争を乗り越えたあかつきには――五神同盟になるつもりだろうか?

 ルーグ(あるいはルー)とはアイルランドに伝わる太陽神。そして、ジェイクは黄金の鱗を持つ起源龍オリジンと縁が深い。

 太陽と黄金の輝きを背負う神という意味から、輝神国きしんこくと名付けたそうだ。

 その国旗もまた、ルーグをモデルにしたものだった。

 色彩は前述の由来から、太陽と黄金を思わせる金色に輝いている。

 長髪の男が空を見上げるような構図で描かれており、彼の長い髪の両サイドには二丁の拳銃が銃口を空に向けて描かれていた。誰が見てもジェイクを意匠化いしょうかしたものだとわかる。髪が金色なのは黄金の起源龍エルドラントを偲ぶものだろう。

 全体的なフォルムは台形。銃のグリップが末広がりになっていた。

 5番目の陣営だが、同盟はまだ四神同盟のままだ。

 代表のジェイクがリードを倒すまで加盟を遅らせているらしい。

「もう五神ごしん同盟どうめいと名乗ってもいいだろうに……戦争が終わるまでお預けか」

 律儀だねぇ、とロンドは他人事ながらぼやいた。

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズ・本拠地――混沌を攪拌せスクランブル・し玉卵エッグ

 その中央にして最奥にある大広間。

 円卓えんたくとそれを取り巻く円形のソファを中心とした広大なホールには、そのソファにふんぞり返るロンドと、彼の後ろに控えるミレンの姿しかない。

 無責任ワンマン社長と煽情せんじょうエロメイドのコンビだ。

 普段なら誰かがこの大広間で暇を持て余している。

 だが、さすがに開戦3時間前にのんべんだらりとしているバカはいない。各員心と身体の準備を整えつつ、開幕に備えているはずだ。

 ロンドはこの大広間から動かない。

 このホールこそロンドにとっての玉座であり、ここからすべてを管理して、戦争のための手配を行うことができる。移動要塞である混沌を攪拌せスクランブル・し玉卵エッグについても調整は終わっているので、少々手持ち無沙汰であった。

 そこで千里眼系の技能スキルを使い、四神同盟を偵察していたところだ。

 薄暗いホール、その虚空にいくつものスクリーンが浮かぶ。

 マルチウィンドウに浮かぶのは、四神同盟各国の国旗がためく様だ。ハトホル太母国が中心に大きく映し出されている。

 巨大な乳房の女神を描いた、率直に言えば女神化したツバサをモデルにした国旗を眺めていると、ニヤニヤ笑いが止まらない。

「この旗、兄ちゃんはさぞかし困惑しただろうし内心は嫌がったろうなぁ……あんな別嬪べっぴんの爆乳娘になっても、男だったことを捨てらんねぇんだからよ」

 難儀なこった、とロンドは喉の奥を打つように笑う。

「今さら国名を改めて、国として国旗を掲げる……何故でしょうか?」

 理解に苦しみます、とミレンは不可解さに首を傾げた。

「身の破滅が最高に気持ち良くて、今日を最後にオレが世界を終わらせると信じて疑わないミレンちゃんには、ちょーっとわかりにくいかもしんねぇなぁ。あれはね、ツバサの兄ちゃんなりの宣戦布告なんよ」

 ロンドははじくように人差し指で国旗を指した。

「宣戦布告、でございますか?」

「ああ、バッドデッドエンズこっちに向けた決意表明といってもいい」

 ――四神同盟おれたちはこの真なる世界ファンタジアで生きていく。

 ――ここに国家を打ち立てて国民とともに歩んでいく。

 ――最悪にして絶死をもたらす終焉に滅ぼされるつもりはない。

「……って意志の表れさ」

 だからこそ開戦3時間前になって国旗を掲げてきたのだ。ロンドが眼を飛ばして覗き見していると勘付いての示威行為じいこういでもあった。

 四神同盟が国名と国旗を改めた理由。

「なるほど……我々に対して反旗はんきひるがえしているわけですね」

 聡明そうめいなミレンはこのように理解したらしい。

 その解釈にはいささおごりを感じる。

「オレたちが大勢たいせいと考えれば、そういう見方もできるな。だが、実力的にも勢力的にもどっこいどっこい。どっちが勝っても負けてもおかしくねぇのが今のところの戦況分析だ。賽の目さいのめがどう転ぶかはオレにも読めん」

 どっちでもいいけどな――という本音をロンドは腹の底に隠した。

 この無責任な一言は全体の士気に関わるからだ。

 正直、ロンドは結果に興味がない。

 世界を滅ぼすという行動を起こす過程を重視しており、自分が事を起こした後にどのような結末をもたらすについては関心がなかった。

 無論、四神同盟に負けるつもりは毛頭なく、絶対に勝利をもぎ取る。

 勿論、世界をちりさえ残さすことなく徹底的に破壊する渇望かつぼうも騒いでいる。

 当然、世界の復活や輪廻転生りんねてんしょう、来世なんてやり直しは認めない。

 ――絶対的な終焉しゅうえんをもたらすのだ。

 これらの覚悟はロンドの内に根付いている。

 だが、もしも四神同盟に敗れて世界せかい廃滅はいめつが叶わずとも、「それはそれ」と認めてしまう自分がどこかにいることをロンドは否定できなかった。

 勝利もいいし敗北も悪くない。

 どちらに転ぼうと結果を楽しめる自分が心のどこかにいた。

 すべてを滅ぼす破壊を巻き起こす――この過程こそをロンドは重要視していた。

 だから世界廃滅に挑んだ後、敗北する自分を想像してもいとえないのだ。

 できるなら――ツバサの手で敗北を知りたかった。

 あの兄ちゃんはロンド史上最高のお気に入り・・・・・

 だからこそ、四神同盟でもっとも強大な力を持つツバサを「兄ちゃん」と呼んで馴れ馴れしく接し、生意気盛りの息子みたいに扱ってしまうのだ。

「へっ……息子か」

 あんな乳のデカい息子がいるものか、と内心ロンドは笑ってしまう。

 そういえば現実リアルに残した息子や娘はどうしただろうか?

 ふとロンドの脳裏のうりよぎる。戯れに愛した今の女房に産ませた子だが、生憎どちらも灰色の御子としての特性を受け継ぐことはなかったが……。

 ククッ、と自嘲じちょうの笑い声をロンドは漏らした。

如何いかがされましたか、ロンド様?」

「いや、らしくねぇ感傷かんしょうがあれやこれやこみ上げてきてな……世界を滅ぼす直前になって、こんな人間みてぇな気持ちが騒ぎ出すなんてよ」

 長く人間の振りをしすぎたのかも知れない。

 馬鹿馬鹿しい、とロンドはわざとらしい舌打ちで吹っ切れた。

 背もたれにひじをついて頬杖をついていたロンドは、そのままだらしなく滑っていくと、膝枕で寝そべるようなだらけた体勢になっていく。

「ま、泣いても笑っても後3時間だ。なるようにしかならねぇだろ」



「後3時間? では――ギリギリ間に合いましたね」



 広大のホールの暗がりから、よく通る男の声が響いてきた。

 気配を消した様子もなく、足音も軽やかにこちらへ近付いてくる。この気配の主は覚えがあるためか、ミレンも警戒しない。

「――おかえりなさいませ、先生・・

 その人物を敬うように挨拶すると、丁寧なお辞儀で出迎えた。

 ロンドは寝転がったまま空いた手を振って迎える。

「よう、帰ってきたか劇作家シェイクスピア。他の大陸を見聞けんぶんしてきた首尾はどうよ?」

「上々といったところですね。それよりも――」

 劇作家シェイクスピアはやめてください、と暗がりから現れた男ははにかんだ。

 少々時代錯誤な格好をした青年である。

 年の頃は20代以上30代未満。成人男性なの間違いないが、若く見えれば大人びてもいる。顔立ちには卑屈ひくつ傲慢ごうまんさが垣間見えた。

 低姿勢なのに上から目線――慇懃いんぎん無礼ぶれいな性格が見え隠れしている。

 背丈は170半ば、標準より少し高い程度。

 身に付ける装束はややちぐはぐで、洋式のテイストを取り入れた着物にズボンみたいなはかまをはいて、古くさいフォルムの靴を履いている。その上からフロックコートという男性向けの礼服を羽織っていた。

 やや締まりもない細面ほそおもては薄ら笑いを絶やすことなく、頭は適当に切り揃えたざんぎり頭。尖った鼻にはつるのない丸眼鏡を乗せていた。

 大正時代の文豪――そんな雰囲気のある青年だ。

 しかし劇作家と呼ばれて照れているところを見るに、文豪というには意識がそこまで追いついていないらしい。恥ずかしそうに頭をいていた。

 丸眼鏡の奥、細い眼がギラリと光る。

小生しょうせいはしがない物書き……それも誰からも見向きされないようなうつ展開、最悪な結末、胸をえぐって傷も塞がないような悲劇……そんなバッドエンドばかりを好んで書くために、文筆業界から放逐ほうちくされた身なれば……」

 態度こそ卑屈だが、口振りには自画自賛を滲ませていた。

 この最悪の終わりを望む姿勢こそがロンドに認められた才能である。

御託ごたくはいいんだよ。それよりも、ほれ」

 首尾は? とロンドは寝転んだまま催促の手を伸ばした。

 はいはい、と文豪風の青年はたすき掛けした肩掛けかばんに手を伸ばす。それは一見すると鞄のようだが、ベルトで繋がれた大きな一冊の本だった。

 手にした本を開くと、データが具現化される。

 コピー機よろしく数枚の報告書にまとめられたそれを渡されたロンドは、「どっこいしょと」と起き上がりながらザッと目を通した。

 ふん、とロンドはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「……ここ以外の大陸でも、いくつかの勢力が小競り合いしてんのか」

 ロンドは報告書から目を逸らさない。

 青年は「失礼します」と一声掛けてから、ソファの適当なところに腰を下ろした。それから掻い摘まんで説明する。

「我々のように地球から転移してきたプレイヤーが徒党を組んで、新興組織を立ち上げているのは勿論のこと。各地の大陸では蕃神ばんしんとやらに手を焼きながらも自前の文明を保ってきた国が少なからずありましたね」

 あるところでは協力体制を取り、あるところでは軋轢あつれきが生じていた。

「またあるところでは、ほぼ蕃神に制圧された地域も……」

「南方大陸か……こりゃそろそろ落ちるな」

 落ちたらそれまでだ、とロンドは興味なさげに報告書を円卓へ放り投げた。長い足を組み直して、青年へ詰め寄るように問い質す。

「調査結果はまあまあだ。んで、ちゃんと仕込んできたのか?」

「はい、小生しょうせいの脚本に抜かりはありません」

 鼻にかけた丸眼鏡の位置を直して、青年は得意げにほくそ笑む。

「あちこちに悲劇が起きるよう細工してきました。当座はその始末に追われることでしょうから、中央大陸こちらに注意を向けるいとまなどありませんよ」

 なら良し、とロンドは満足げに頷いた。

 この男は暗躍専門、表舞台には立たないが裏方をさせれば超一流だ。

 その仕事ぶりは中央大陸でも発揮している。

「そういやおまえがちょっかいかけた起源龍オリジンの隠れ里の生き残りとか、八天峰角エイトホーンとかいうのの先生やってた坊さん……大激怒してるぞ」

 へえ、と青年は表情を変える。

 両眼を上向きに、口元を下向きに、それぞれ弓形にキュゥと伸ばすように曲げると人間離れしたおぞましい笑みを浮かべた。

「さぞかし、我々バッドデッドエンズを恨んでいることでしょうね……見事、憎悪と怨嗟に燃える復讐者として大成たいせいいたしましたか?」

「ああ、おまえさんの目論み通りだよ」

 それはそれは、と青年はうっとり嗜虐的しぎゃくてきな笑みでご満悦だ。

「いいですね……とてもいい。陰惨極まりない終幕を迎えてくれそうです」

 使える男なのだが、この悪癖が始末に負えない。

 何もかもが滅びる終幕を求めるのはバッドデッドエンズとして合格なのだが、その筋書きに異様なこだわりを持っていた。

 彼が求める最高の物語とは――悲惨な結末を迎える復讐劇。

 復讐する者もされる者も、敵も味方も絶望の泥沼にのたうち回って事切れるような終わり方。誰もが目を背ける後味の悪い結末がお望みだった。

 ……そりゃ読者に嫌われるわ、こんな鬱作家うつさっか

 なればこそ――最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズに相応しい。

 この男の過大能力オーバードゥーイングは陰湿なところがある。誰にも気付かせることなく人心を揺り動かし、我知らず意志にそぐわぬ行動を取らせるのだ。

 当人も気付かぬまま、破滅への道程どうていへと踏み出させていく。

 世界の筋書きを書き換える能力、とも言える。

 運命を改変する能力と褒めそやす者もいるかも知れない。

 彼はこの過大能力を存分に悪用していた。

 たとえば早々に消すべき強者の集団を発見したとしよう。

 この男の場合、その集団を全滅させはしない。

 仲間であるバッドデッドエンズをそそのかすようにけしかけるも、自らの過大能力を用いて一人から数人は生存させるように誘導する。そして、その生存者を憎悪に駆られた復讐者になるよう仕向けていくのだ。

 ロンドに与するも仲間意識は薄い――例の極道者ヤクザたち。

 彼らを手引きして四神同盟への復讐者に変貌させたのも、この文豪青年の仕事のひとつである。そういう手練てれん手管てくだにも長けている。

 しかし、頭脳役マッコウには目の敵にされていた。

『あの子ったらまったく……やろうと思えば全滅させることもできるのに、どうして強そうなのばっか見繕って生き残らせるのよ! リベンジしてきた奴らがウチの人材に被害出したらどうするつもり!?』

 事実、ジェイクに30人くらい抹殺されてしまった。

 マッコウは憤慨したが、ロンドは「弱卒じゃくそつを分別できたので結果オーライ」ぐらいにしか思っていない。それでも両者の仲は険悪になった。

 そこでアリガミの進言もあって、この文豪青年には中央大陸以外の場所を調査させつつ、そこにいる連中に悶着もんちゃくを起こさせる仕事をさせていたのだ。

 派遣はけんと言えば聞こえはいいが――ぶっちゃけ左遷させんである。

 一応、ロンドは青年を指差して念を押す。

「どっちも四神同盟についちまったぞ。こっちに殺したい標的がいるから虎視眈々こしたんたんと狙ってやがるようだな……まさかウチの精鋭どもが負けるとは思わないが、もしもの時はおまえ、責任とってケツふいとけよ?」

「承知しました。万が一の際には、小生の筆にて破滅させましょう」

 復讐に取り憑かれた者に見合う末路へ――。

 この男なら運命という名の脚本を書き換える能力で、どんな強敵であろうと対面することなく葬ることが適うはずだ。

 リードにアダマス、グレンにネムレス、グンザにロキ爺さん。

 部下の中でもロンドをして規格外と評価できる実力者が少なくないが、この男はそこからも逸脱いつだつした能力を秘める埒外らちがいの存在だった。

 そのため――最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズに数えていない。

「そうそう、おまえにもコイツを渡しとくか」

 持っておけ、とロンドは一枚のコインを投げ渡した。

 最悪にして絶死をもたらす終焉。選ばれた二十人のみに授けた証だ。20枚+αと断っておいた通り、もう一枚だけ予備が用意されていた。

 この文豪青年のものである。

 青年が受け取ると、コインに№が刻まれていく。

 Ø――ロスト・ゼロ。

 抹消された№という意味だ。この男は色々と例外視しておいた。



「№Ø 終劇しゅうげきのフラグ――バグベア・ジャバウォック」



 ずれやすい鼻掛けの丸眼鏡の位置を直すバグベアは、したり顔で三日月のような口で気持ち悪い笑顔をこちらに見せつける。

「最悪の脚本シナリオ……ご覧に入れましょう」

「おう、期待しないで待ってるぜ。ちゃんと二つ名通り、これ以上ないってくらいこの世を滅ぼしてから劇が終わるように幕切れしてくれよ」

 お任せを、とバグベアはロンドの注文を引き受けた。

 ロンドはバグベアに向けていたビジネスライクな目線を、ミレンに振り返りながら女の子鑑賞用のエロ親父な視線へと切り替えていく。

 パチン、と指を弾いてロンドは尋ねる。

HEYヘイ、ミレンちゃん! 開戦まであと何時間を切った?」

 ミレンは胸の谷間から懐中時計を取り出した。

 ツバサの兄ちゃん率いる四神同盟が、どうやったのかは知らないが現実世界の地球と似たような時間割を弾き出す時計を採用していたので、それを盗み見てロンドたちも使わせてもらっている。

 だから今日の午前八時と開戦時刻を伝えられたわけだ。

「ロンド様とバグベア様の無駄話に20分ほど費やされましたため、開戦の火蓋ひぶたが切られるまで、残り2時間40分弱になりました」

 よぉしよし、とロンドは調子づいて何度も指を弾いた。

「ちょいと長めの映画を一本視聴できるくらいの時間だな……それまで茶でもして待ってようか。ミレンちゃん、オレはカフェカプチーノね」

「小生は小腹が空いたので、梅茶漬けを所望してもよろしいですか?」

 かしこまりました、とミレンは一礼して立ち去る。

 モンローウォークで美尻を左右に揺らしながら厨房へ向かうミレン。ロンドとバグベアはその尻を紳士の眼差しで見送った。

「それにしても……大戦争直前とは思えない空気ですね」

「これが嵐の前の静けさってやつよ」

 何気ないバグベアの感想をロンドは鼻で笑う。

「他のバッドデッドエンズの面々も自室に引っ込んだり、早々と表で待機してたり、下手すりゃもう飛び出してるかも知れんけど、戦争が始まるのを今か今かって気分で待ち構えてることだろうぜ。この気分をたとえるなら……」

 ロンドは顎に手を当てて一頻り考え込む。

「コミケが始まる直前の一般参加の行列に並んでる感じ?」

「あ、わかりますそれ」

 まさかの賛同さんどうが得られてしまった。

 ロンドは冗談半分だったが(500年の経験があるので何度か現地に赴いたことはある)、バグベアもコミケには参加経験があるらしい。

「あるいは……祭りが始まる前ってところかな」

 ロンドは両腕を背もたれに預け、背を後ろへ逸らすと虚空を仰いだ。

 思うのは――最高の好敵手ライバルのことばかり。

「今頃、ツバサの兄ちゃんはどんな気持ちでいるんだろうかねぇ」

 もうすぐ会える。そして、殺し合いをする。

 この真なる世界ファンタジアの存亡を懸けた、凄絶なる戦場にて再会を果たすのだ。

 その時が待ち遠しくて仕方ない。

 同時に――この瞬間の昂ぶりを永遠に味わいたくもあった。

   ~~~~~~~~~~~~

 最後の一週間――全面戦争まで残り2時間・・・

 四神同盟に所属する全神族並びに全魔族、これより始まる最悪にして絶死をもたらす終焉との大戦争に向けての最終準備を滞りなく終えていた。

 基本的な作戦は本陣防衛、タワーディフェンスに徹する。

 四神同盟の各拠点を中心とした領地は、何重にも張り巡らせた防御結界が取り巻いている。この日のために建造された防衛装置は、大型戦闘ドローンとして上空に配備されていた。地上にも埋蔵型兵器をいくつか潜ませてある。

 これら各国の周辺を固める防衛装置はあくまでも万が一の備えだ。

 なるべく「使わない」ことを前提に、国土へ近付けさせるつもりはない。

 各陣営の領土とそこに暮らす国民、これを護ることが最優先だ。

 防衛を徹底した上で、主戦力も防戦に回す。

 LV999スリーナインは結界の外に待機――迫り来る敵を迎え撃つ。

 それがロンドの生み出した怪物であれ、バッドデッドエンズであれ、何者であろうと完膚かんぷなきまでに、再起不能になるまできっちり討ち果たす。

 バッドデッドエンズの主力は各陣営を襲撃してくる。

 ――これはほぼ確実だ。

 リード、アダマス、ジンカイ、四神同盟に所属する者と因縁ができてしまった者は確定だろうが、まだ未確認の面子めんつもロンドに「幸せそうに暮らしてる四神同盟を叩き潰せ」と言い含められているのは想像に難くない。

 ロンドの弁が正しければ――彼らは世界を否定している。

 その理由は人それぞれだろうが、様々な事情から不幸な人生を送る羽目となり、それゆえ世界に絶望し、すべてを否定する者の集まりだ。

 絶望の果てに行き着いた先が――世界せかい廃滅はいめつ

 世界を肯定する四神同盟の有り様は、さぞかし憎々しいことだろう。

 そんなバッドデッドエンズが四神同盟を無視して、世界を壊すことに専念するわけがない。まず四神同盟を滅ぼし、次に世界を滅ぼす破壊行為へ移るはずだ。

 彼らはそのために用意されたロンドの私兵である。

 元々はLV999スリーナインに達した強者を個々に始末するため、特殊部隊的な立ち位置として揃えられたのだろうが、ツバサたちが四神同盟という大きなグループを結成したため、それに合わせるように方針転換したらしい。

 バッドデッドエンズは、できるだけ四神同盟の主力で迎え撃つ。

 その間にもロンドが用意した一体一体が怪獣王に匹敵するという怪物の大軍が、真なる世界ファンタジアを滅ぼすために進撃するとも聞いていた。

 この怪物の軍勢にも対応したいところだが、恐らくはバッドデッドエンズだけで手一杯になる。とてもじゃないが回す戦力が足りない。

 四神同盟にはLV999であっても戦闘に駆り出せない者や、バッドデッドエンズと戦うには力不足の者もいるのだ。工作者クラフタージン、情報官アキ、道具作成師アーティフアクタープトラ……こういった者はサポート役に専念してもらうしかない。

 では、怪物たちに世界を滅ぼされるのを見過ごすのか?

 そんなことはさせない、こちらの対策もできている。

 乙将オリベ、巫女姫イヨ、執事ヨイチ、道具作成師プトラ、そして穂村組の三悪トリオことマーナ、ホネツギー、ドロマン。

 彼らの尽力のおかげで、怪物への対抗策が用意できた。
(※『第379話:Last WeekⅠ~お母さんも癒やされたい』参照)

 各陣営を襲ってくる怪物は主戦力の手が空いていれば倒してもらうが、領地には目もくれず世界を滅ぼす怪物たちには、この対抗策が効果を発揮するはずだ。

 足止めは勿論、あわよくば撃破してくれるかも知れない。

 過度の期待は禁物だが――希望を抱きたい。

 また、数人のLV999スリーナイン遊撃手ゆうげきしゅの役割を振っておいた。

 基本的に自分の属する陣営の防衛をしてもらうが、他の陣営が人手不足や猛攻撃を受けた際、その窮地きゅうちに駆けつける助っ人のような役回りだ。

 攻撃と防衛、どちらにも対応できる戦闘能力。状況に応じて目的を変更し、即座に行動することができる機動性もある。

 身軽で俊敏な者、臨機応変に立ち回れる者、万能性に秀でた者オールラウンダー

 こういったメンバーを遊撃手に選んでおいた。

 そして――ツバサとミロの最強夫婦は破壊神ロンドを直接狙う。

 現状、破壊神ロンドを討ち果たすとすれば、ツバサとミロのコンビ以外に有り得ないというのが四神同盟の総意だった。ロンドを倒せばバッドデッドエンズの士気も落ち、怪物も沈静化するのではという予想もある。

 このため、ツバサとミロはまっすぐに敵の首魁しゅかいへと向かう。

 ある意味、ツバサとミロも遊撃手のようなものだ。

 ロンドを目標に据えてはいるが、あの極悪親父は何をしでかすか読めたものではないので、その時その場に応じて急な作戦変更も余儀なくされる。

 ツバサとミロは、それに即応しなければならない。

 開戦まで――あと2時間。

 各陣営では拠点に全員集まり、それぞれの果たすべき役割と成すべき任務を確認した上で散開している頃だ。

 ハトホル太母国たいぼこくも例外ではない。

 応接間にはハトホル一家、オリベを初めとした神族化した妖人衆ようじんしゅう、そして穂村組の用心棒たちと、見事に全員集合していた。

 ツバサはしゃがみ込み、小さな子供たちを抱きしめる。

 ジャジャ、マリナ、イヒコ、ヴァト――。

 こういう時ばかりは、女神になって良かったと実感する。

 地母神に相応しい巨大な乳房で幼子を抱き留められる喜び、その満足感に心身ともに満たされてしまう。愛おしい子供たちをいっぺんに抱きしめる包容力のある胸になれて良かったと、母性本能から喜んでしまうのだ。

 最近では男心も空気を読んで押し黙る。

 だから可愛い子供たちを心ゆくまで抱きしめた。

 マリナやイヒコ、それにジャジャは遠慮なる乳房にしがみついてくるが、ヴァトは未だに慣れないのか、腰が引けて遠慮しがちだ。

 だからツバサから腕を回して、おもいっきり抱き寄せてやる。

 ここまでやれば少年も観念するしかない。

「いいか、おまえたちは結界の外へ出るんじゃないぞ」

 ツバサは子供たちを抱き寄せると、囁くように言い聞かせる。

「LV900を越えたとはいえ、おまえたちはまだ幼い……とてもじゃないがバッドデッドエンズや、LV999の怪物と戦わせるわけにはいかない。結界の中からできる援護役をがんばってくれ……わかったな?」

 子供たちは乳房に顔を埋めたまま頷いた。

 どの陣営にも幼年組と呼ばれる10歳前後の子供たちがいる。

 みんな筋はいいが、LV999スリーナインとなるにはまだ未熟だ。世界廃滅のため躊躇なく手を汚せる破壊者どもの前に立たせるなど言語道断。

 たとえ誰が許可を出そうとも――神々の乳母ハトホルが許さない。

 だが、この大戦争では何が起こるかわからない。

 予期せぬトラブルはいくらでも発生するのを見越して、「決して」とか「絶対に」という枕詞まくらことばを使うことができなかった。

 ツバサは眉間に深い皺を寄せ、苦渋の決断を告げる。

「もし……もしもだ、本当に万が一、どうしても結界の外に出なければなくなった時は……必ず二人以上で行動すること、大人のLV999のそばにくっついて、そのサポートに徹すること……無闇に戦おうとするんじゃないぞ」

 わかったな? とツバサは語気を強めて確認を求めた。

 名残惜しいが抱き締めていた両腕をツバサが緩めると、子供たちもゆっくり余韻よいんを味わうように離れていく。どの子の瞳も潤んでいた。

 涙ぐむ目元を拭う子供たちは返事をしながら頷く。

「承知したでゴザル、母上……」
「わかりました……センセイ」
「うん、言う通りにします、ツバサさん……」
「師匠の指示……必ず守ります」

 ツバサは慈母の笑みを浮かべ、子供たちの頭を撫でた。

 ジャジャ、マリナ、イヒコ、ヴァトの順番で一人一人抱き寄せると、軽いキスを交わしていく。ヴァトは遠慮したが力尽くでしてやった。

 こんな時くらい素直になればいいものを……まったく。

 この子たちもまた、この過酷な世界を生き抜いてきた一人前の戦士だ。

 幼年組とはいえ、その生存本能を信じるしかない。

 近くにいて守ってやりたい母性本能が募るが、この戦争ではツバサの周囲がこそが最も危険だ。なにせ破壊の権化であるロンドと相対するのだから、世界中のどこよりも物騒な場所となるのは火を見るより明らかだった。

 間違っても連れて行くわけにはいかない。

 子供たちに十分なくらい言い聞かせたツバサは立ち上がると、背筋を正して仲間に向き直る。全員、居住まいを正してこちらを見つめた。

 覚悟、決意、闘志……どの眼も只ならぬ気迫に満ちている。

 尻込みする臆病者など一人もいない。

 それが頼もしくあるとともに、細やかな不安を湧き上がらせた。

 ツバサは陣営のリーダーとしての告げる。

 深呼吸をして、大きな乳房を落とすように揺らしてからだ。

「事ここに至り、あれだこれだと言うことはもはやない……俺たちは今日のために語り尽くしてきた、やるべきことはやり尽くした、打てる手という手はあらゆるものを打ってきた……誰もが呆れるほど準備をしてきたんだ」

 最後に言い渡すことはたったひとつ。

 言霊ことだまを託した言の葉ことのはは、耳朶じだではなく魂を打つ。



「生き残るぞ――奴らを一人残らずぶちのめしてな」



 返事代わりに歓声が沸き、多くの拳が突き上げられた。

 この士気の高さは歓迎したいが、頭に血が上るあまり自暴自棄じぼうじきな行動に走る者がいないかと少なからず心配してしまう。

 ツバサは四神同盟すべての者に生き残ってほしいのだ。

 不利に陥ったら逃げてほしい、勝ち目のない戦いには退いてほしい。

 これまでの会議や打ち合わせで散々言い聞かせていたが、血の気の多い者はどこまで守ってくれるか……不安で不安で仕方ない。

 まるで子供を危ない旅に出す母親のような心境で堪らなかった。

「…………誰がお母さんだ」

 自身へのツッコミを兼ねた失笑は、歓声の渦へと消えていく。

   ~~~~~~~~~~~~

 最後の一週間――全面戦争まで残り1分・・

 あと60カウントで開戦の火蓋ひぶたが切られる。

 敵も味方も、今や遅しとその時を待ちかねていた。

 地下シェルターに避難した国民たちは、ただ祈ることしかできない。

『――そいつはこくなんじゃない?』

 そう言い出したのは三悪トリオのマーナだった。

 開戦まで残り2日を切った頃の話だ。

 小悪魔な微笑みでマーナは一方的に話を続ける。

『祈るばっかじゃ切ないよ。せめて世界のために戦うあたしたちの応援くらいさせてやろうじゃないか。何も知らされずに地下室で震えて待つより、精神衛生的にもいいと思うんだよね、あたしゃ』

 そこで――地下シェルターに大型モニターを設置する。

 マーナの遠隔視えんかくし能力を持つ魔眼まがんをカメラ付きドローンとして何千と飛ばし、戦争の攻防を生中継することで避難民たちに状況を伝えよう。

 いきなりマーナはこんなことを言い出したのだ。

 マーナの提案にツバサは渋い顔で難色を示す。

『う~ん……戦争を見世物にするみたいで気が引けるんですけどね』

 いざ戦いが始まれば、どれほど血生臭いシーンが繰り広げられるかわかったものではない。映画やアニメのように編集されるわけじゃないのだ。

 壮絶な生と死が――ノーカットで放映される。

 生き馬の目を抜くような荒廃した世界を渡り歩いてきた野郎どもは視聴に耐えられるかも知れないが、女性や子供には刺激が強すぎるだろう。

 特に子供へ悪影響を与える真似はしたくない。

 地母神として子供への配慮に最善を尽くそうとするツバサだが、マーナは反感を買うのを承知で怯むことなく推してきた。

『そこらへんは上手い具合にぼかすからさ。あたしの過大能力オーバードゥーイングならどーとでもなるし。撮影用の魔眼と地下シェルターのディスプレイは繋げときゃ自動で編集もしてくれるから、カッコイイ場面ばっかチョイスすることもできるさね』

 大戦争の最中、地下の防空壕で震えるだけ。

 地響きや震動に脅えるだけの四神同盟で暮らす国民に、ツバサたちの勇姿を届けることで少しでも安心感を与えてやりたい。

 そして、戦いを応援することもできるというわけだ。

『リアルタイムの映像を流しとけば、戦況も逐一ちくいち伝えることができるしね。もしも地下シェルターに危険が迫ったりすれば、それを知らせて更なる避難を促すことも可能ってわけ……どうだい、損はないだろ?』

 地下シェルターには万が一に備えて隧道ずいどうが掘られている。

 要するに逃走用のトンネルであり、何らかの理由で防空壕が破られる事態に陥った際には、そこから逃げる手筈てはずになっていた。

 意外と理に適っている? ツバサは言いくるめられかけた。

『むう……一理ありますね』

 だろう? とマーナは得意げに煙管きせるをくゆらせた。

『応援させてやりたいって気持ちもあるけど、あたしらがバッドデッドエンズに勝つところを見せてやれば、みんなホッとするはずさ。そう思わないかい?』

 言いたいことはわかるが――本当にそれだけか?

 マーナ一味は本家三悪に負けないくらいずる賢いところがあるので、姑息こそくなことを考えているのではないかと勘繰かんぐってしまう。

 ツバサがジト眼で睨むと、マーナは露骨に目を逸らした。

 あからさまに――怪しい。

 そこへマーナの子分であるホネツギーとドロマンが顔を出した。

『マーナ様ぁ、ツバサちゃんに戦争の映像流す許可取れましたぁ? 僕ちゃんたちの勇姿をバッチリ流して信奉者しんぽうしゃがっつりゲット作戦ですよぉ!』

『他のみんなの戦闘シーンもちゃんと映すダスが、オラたちの活躍するところを多めに盛っておいて心証しんしょうを善くしときたいダスな』

『わーっ! わーっ! バカバカバカ! お黙りおまえたちッ!?』

 マーナは唇に人差し指を当てて騒ぐが、もう遅い。

『……やっぱりそういう魂胆か』

 尻尾の出し方まで三悪そっくりとは恐れ入る。

 ツバサは半笑いのまま、困ったようにため息をついてしまった。

 戦争の行方がどう運んでいくかもわからず、最悪の場合には悲惨な結果が待ち受けているかも知れないと、誰もが戦々恐々しているはずなのに……。

 この三馬鹿トリオは未来の青写真を引いているのだ。

 心の底から脳天気なのか、勝算のある未来を見据みすえているのか。

 間違いなく前者なのだろうが、怒って叱りつける心境を通り越して、今後のことを真面目に思い悩むのが馬鹿らしくなってくる。

 この脳天気さ――ツバサも少しは見習うべきかも知れない。

 楽観論に頼りたくはないが、慎重に慎重を重ねすぎて心構えを萎縮させていたところはあったようだ。マーナたちのおかげで少しほぐれた気がする。

『わかりました……採用しましょう』

 ツバサは呆れながらも苦笑し、マーナの意見を飲むことにした。

 ただし、条件はつけさせてもらう。

 できるだけ血生臭いシーンは編集でカットし、国民の気持ちを鼓舞こぶするような熱い場面を映すこと。そして、戦士はちゃんと平等に撮影すること。

 決して自分たちのアピールに利用しないこと――。

 この約束させた上で、ホネツギーやドロマンに防空壕に大型モニターの設置、マーナに撮影用の魔眼ドローンを飛ばすことを許可した。

 これはツバサたちの士気にも関わってくる。

 国民の熱い視線が注がれていると知れば、無様をさらすことはできまい。

 戦争へ取り組む真剣さもより一層引き締まるというものだ。

 なので、四神同盟の仲間には告知してある。

 大概たいがいは「わかりました」で済ませてくれたのだが――。

『やっべーよおい! おれたちの格好いいとこが全国中継されるらしいぞ! チビっ子たちにサインとか欲しがられたらどうする!?』

『オラ、サインなんて宅配便の受け取りでしかしたことねぇズラ!?』

 穂村組では異様なくらい沸いていた。

 巨漢の空手家セイコと、訛りの強い好青年ダテマルが困りながらはしゃいでいると、美形の剣士コジロウは肩を揺らして呆れ笑いを浮かべていた。

『セイコ、ダテマル……おまえらが阿呆あほうでなんだか嬉しいよ』

 穂村組の用心棒たちのみならず、一部はトンチンカンな舞い上がり方をしていた。変に緊張しなきゃいいがと心配してしまう。

 とにかく――地下シェルターに大型モニターは設置された。

 国民はその画面を真剣に見つめ、一心不乱に祈りを捧げている。

 四神同盟の勝利を信じて……。

   ~~~~~~~~~~~~

 最後の一週間――全面戦争まで残り30秒・・・

 四神同盟サイドが最大の警戒心を働かせたのは他でもない、この大陸の中央に鎮座する遺跡。鬼籍きせきについた者が眠る死者の都ネクロポリス

 ――還らずの都である。

 地脈から少しずつ“気”マナを吸い上げて莫大に貯め込むとともに、真なる世界ファンタジアで亡くなった英雄、豪傑、偉人の情報を記憶する。この世界が窮地きゅうちに陥った際には一時的に英霊として召喚し、その危機に立ち向かってもらう。

 蕃神ばんしんに備えて建てられた、大規模な迎撃装置である。

 既に超巨大蕃神“祭司長”さいしちょうを退けるために使われたため、しばらくは“気”マナの再貯蓄と、新たな英霊が刻まれるまでの休眠期間に入っていた。

 ロンドは還らずの都を最初に破壊すると宣言した。

『まずは一手――還らずの都を攻め落とす』

『あれは終わりで始まりの卵ヒラニアガルバに比肩する装置ものだ。使ったばかりとはいえ見逃す道理はない。真っ先にぶっ壊させてもらう』

 最初の三手は明かす、といった一手目だ。

 来るとわかっているのだから、警戒の手を緩める理由がない。

 還らずの都は強力な結界に護られている。

 灰色の巫女ククリが都の機能をコントロールできるようになり、英霊えいれい顕現けんげんのために溜めている“気”を結界制御に回すよう操作してくれたおかげだ。

 結界の規模はとてつもなく大きい。還らずの都のみならず、その南と北の麓にあるタイザン府君国とルーグ・ルー輝神国もその保護下に収めていた。

 この結界、生中に破れるものではない。

 不意打ちで大打撃を食らったとしても、初撃は防ぎきれるだろう。

 だが、何事においても絶対はない。

 ロンドが一撃で還らずの都の結界を破る隠し球を持っていて、その勢いのまま都まで破壊しないとも限らないのだ。

 慎重に慎重を重ねた行動を取るに越したことはない。ツバサはそう考え、還らずの都に何が起こるかを注視していた。

 ロンドが姿を現すとしたら、この場だという予感もあった。

 ツバサは数名の仲間とともに還らずの都付近へ潜伏し、残りわずかな開戦までの時間を過ごしていた。ここまで指折り数えてきた気分だった。

「バサママ……開戦まで15秒を切りました」

 カウント入ります、とフミカは緊張した声が聞こえる。

 誰がバサママだ! といつもの決め台詞で切り返す余裕もツバサにはない。フミカもフミカで「~ッス」という口癖を忘れているくらいだ。

 引き絞るようなフミカの声が数える。

「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1…………」

 ――ゼロッ!

 時計の針が午前八時を指した瞬間――空が裂けた。

 一瞬、蕃神がこちらの世界へやってくるための“門”ゲートである次元の裂け目を開いたのかと錯覚したが違う。これは次元を裂いたものではない。

 真なる世界ファンタジア内で空間を飛び越えるために開かれたものだ。

「ありゃあ……空間転移のワームホールぜよ」

 規模は段違いじゃが、と操舵輪そうだりんを握るダインが息を呑んだ。

 空間転移系の技能スキルは超難易度だ。四神同盟でも使えるのはツバサを筆頭ひっとうに五人もいない。ツバサにしても戦艦を数隻ぐらいが転移の限界だった。

 だが、このワームホールは島ひとつくらいなら余裕そうだ。

「アリガミっていうグラサン野郎の仕業だよ、きっと」

 艦長席に座るツバサの膝、その上に甘えるようにしがみついていたミロがメインモニターに映る空に現れた空間の切れ目を見つめている。

 そういえばミロは奴と剣を交えていた。

「あの木の枝みたいなヘンテコ剣で空間をズバズバ切り裂いてたしね」

「あれは七支刀しちしとうっていうんだよ」

 頭を撫でながらミロに教えてやる。

 とは言ったものの、歴史の教科書などに掲載されている写真の七支刀は、あんな中二病をこじらせたようなデザインではなかったが……。

 破壊神ロンドの左腕――アリガミ・スサノオ。

 グラサンの似合うチャラいサラリーマンといった風体だが、あの空間を切り裂いて乗り越えられる過大能力オーバードゥーイングは難敵だ。自らその能力を駆使するだけではなく、仲間に貸し与えることもできるらしい。

 即ち――バッドデッドエンズは神出鬼没に動ける。

 アリガミを抑えねば、連中の機動力における優位性アドバンテージは高いままだ。

 なにせ攻めてくる時は移動距離ゼロで突然出現することができ、不利になったら空間を越えて逃げるので追跡もままならない。

「そのグラサン野郎の能力を無効化するしかないッスね」

 フミカに言われるまでもない。手は打ってある。

「そこは説明した通り、無効化できる人材を手配しておいたが……」

 彼女は猪武者いのししむしゃだが、アリガミを封じる能力を持っている。

 ここは信じて託すしかない。

 空を真っ二つにする空間の切れ目、それが左右へ開いていく。

 内側から巨大なものが押し出されることで、切れ目が無理やり押し広げられているのだ。やがて、それは空間を飛び越えるように降りてくる。

「……あれが混沌を攪拌せスクランブル・し玉卵エッグ

 現れたのは――ロンドの移動要塞だった。

 半分に割った卵の殻のような島がまっすぐ落ちてくる。

 以前ノラシンハのじいさんが見せてくれた映像では宙に浮く島だったが、今は浮力を失って自由落下している状態だ。

 落ちてきた浮島うきじまが、還らずの都を取り巻く結界に接触する。

 その瞬間――鈍色にびいろの稲光が飛び散った。

 還らずの都がある平原一面を覆い尽くす蜘蛛の巣にも似た、編み目のような雷光がまき散らされた。遅れて天地を割らんばかりの爆音が鳴り響く。

「うぉぉ……まんま雷みたいぜよ!?」

「還らずの都を守ってる結界と移動要塞の接触によって発生した爆発が音速を越えた証拠ッスね! み、耳がキ~ンってなるッス!」

 ダインは操舵輪から手を離し、フミカも情報分析用コンソールを操作していた手を上げて、どちらも両耳を押さえている。

 ツバサの膝の上でも、ミロが顔をしかめて両耳を塞いでいた。

 だが――この一瞬に対応しなければ手遅れになる。

 宣言通り、ロンドはいの一番に還らずの都を破壊するために攻撃してきた。それも自らの移動要塞を丸ごとぶつけてくるという玉砕戦法だ。

 ドンピシャだ! ツバサは片頬かたほおを釣り上げる。

「ステルススクリーン解除! 迎撃作戦、始めるぞ!」

 ツバサが号令をかけると、耳を押さえていたダインとフミカが両眼をカッと見開いた。ダインは操舵輪を握り直し、フミカはコンソールを叩いていく。

 隠密ステルス用の隠蔽いんぺい結界がほどかれる。

 虚空から船首が現れ、空をく白亜の船がゆっくり姿を現す。

 飛行母艦――ハトホルフリート。

 ハトホル一家ファミリーの移動要塞ともいうべき空飛ぶ戦艦は、還らずの都から見て南西の空に、一時間前からステルス状態で待機していたのだ。

 ロンド最初の一手――これを封じるために!

 乗り込むのはツバサとミロの最強夫婦。そしてサイボーグ番長な長男ダインと、踊り子ながら博覧強記の次女フミカ。こっちの2人も夫婦である。

 この四人で、あの移動要塞を対処していく。

 先ほどまで爆音に驚いていたとは思えないほど、ダインもフミカも忙しなく立ち回る。ダインは操舵輪を回転させて船体を旋回させつつ船首を上昇させ、フミカは火器管制にありったけのエネルギーをを回すよう出力調整をした。

 息を合わせて作業を終えた二人は声を上げる。

「目標、空中移動要塞“混沌を攪拌せスクランブル・し玉卵エッグ”!」

「エネルギー充填率じゅうてんりつ120%! 主砲発射準備完了ッス!」

 ツバサは艦長席から号令を下す。

「極悪親父に吠え面かかせてやれ――発射ッ!」

 ハトホルフリートの船首、そして双胴と呼ばれる二つの気嚢きのうの先端。

 この三点から膨大な力が放出されると三角形のラインで結ばれ、そこにわだかまるエネルギーが凝縮していき、やがて撃ち出される。

 それは青白い奔流ほんりゅうとなって解き放たれた。

 ハトホルフリートから発射された主砲はロンドの移動要塞に直撃するが、これを破壊することはない。ただ吹き飛ばそうとする。

 この主砲に攻撃力はない。あるのは物理的な威力。

 たとえるなら限界以上に圧力をかけて放出される、粘性ねんせいの高い水流を延々と噴いているようなものだ。これを浴びせかけられたものは何であれ、大河に落ちた木の葉のように押し流されるのみ。

 斜角しゃかくから狙い、移動要塞を空へと押し上げていく。

「1mでも高く遠くへ! できるだけ還らずの都から押し離すんだ!」

 既に移動要塞を転移させた空間の裂け目はない。

 ハトホルフリートの主砲を斜め下から浴びる移動要塞は、還らずの都を覆う結界から浮かび、空へと打ち上げられながら北東方向へ逸れていく。

 しかし、思った以上に動かせない。

 還らずの都から横へは移動できているのだが、それで遠ざけるのに不十分なので上空へ打ち上げたいのに、どういうわけかなかなか浮上しなかった。

「あ、これ……えげつないことしてるッスよ!?」

 何かに気付いたフミカが声を上げてコンソールを叩くと、サイドモニターに移動要塞の地表部分を映し出した。

 そこには無数のジェット噴射装置が並んでいた。

 還らずの都へ全力全開で叩きつけるため、ありったけのジェットで押し込んでいるのだ。道理でいくら頑張っても上空へ吹き飛ばせないわけである。

 ツバサは艦長席の肘掛けを叩いた。

「本当、あの極悪親父は……こういう嫌がらせは天下一品だな!」

「このジェットエンジン、連結管理されてるみたいなんでどこかに制御AIがあるはずッス! 介入してOFFにできないかやってみるッス!」

 頼む、とツバサが命じる前にフミカはコンソールを猛連打していた。

 あちらのシステムをハッキングしてくれているのだ。

 ツバサも使える手はすべて使う。

 ツバサの過大能力――【偉大なるグランド・大自然ネイチャの太母ー・マザー】。

 大自然の根源となることで無尽蔵の力を湧き立たせる過大能力オーバードゥーイングだ。

 エネルギーの無限増殖炉になれるといっても過言ではない。

 飛行母艦ハトホルフリートのメインエンジンに使われている龍宝石ドラゴンティア。そこに宿る力は、この過大能力に由来する。そこでツバサはエンジンに働きかけることで出力を極限以上に増大させ、主砲の威力を跳ね上げるつもりだった。

 その時――ミロが抱きついてきた。

「この真なる世界を統べる大君が申し渡す――!」

 ミロの過大能力――【真なる世界にファンタジア覇を唱える大君・オーバーロード】。

「――ここにいるみんなの仕事を全力でサポートしなさい!」

 ミロの意のままに次元を創り直す万能能力だ。

 その能力によって援護されようものなら、ありえないほど強烈な効果をもたらす強化バフとなる。ツバサ、ダイン、フミカの仕事効率が一気に上がった。

 ただでさえ膨大なエネルギーを生み出す地母神ツバサの力に、凄まじいまでの拍車が掛けられた。ハトホルフリートのメインエンジンが受け止めきれず、パンクしかねないほどの超常的エネルギーが発生する。

 これをダインはピンチと考えずチャンスを捉えた。

「全出力を主砲へ! なんもかんも焼き切れようと回せぇい!」

 フミカに任せていた火器管制や出力調整を引き受けると、オーバーフロー寸前だったメインエンジンのエネルギーをすべて主砲へと回したのだ。

 移動要塞を押し動かす奔流ほんりゅう

 青白い奔流は白銀の閃光を帯びるとその太さは何十倍にも達し、激増されたパワーは移動要塞を押し上げる力を飛躍的に上昇させる。

 同時に「ターンッ!」とフミカがエンターキーを景気よく叩いた。

「ハッキング成功ッス! 噴射装置停止!」

 移動要塞を下へ押し込んでいた、連結式ジェット噴射装置も停止する。

 こうなれば宙に放り出された浮島に過ぎない。

「一気に押し上げろ! 空の果て、天の果て……宇宙の果てまで!」

「行っけえええぇぇぇぇぇーッ!」

「「「行けえええええええええええええええーーーッ!!」」」

 ミロの叫びに艦橋かんきょうの者たちも唱和しょうわする。

 白銀の奔流を浴びる移動要塞は、降下を勢いづけるジェット噴射が止まったため、抵抗することなく空へと打ち上げられていく。

 斜めの軌道で空へと昇る移動要塞。成層圏や彗星が瞬く中間圏を越え、大気層の一番外側、もうすぐ宇宙空間になる外気圏へ差し掛かろうとしていた。

 外気圏へ入った途端――移動要塞は大爆発を起こす。

 尋常ではない威力だ。

 二番目の太陽が昇ったどころの明るさではない。視界に映る空のほとんどが光に塗り潰されるほどの目映まばゆさだ。神族でなければ直視しただけで目が潰れる光量に、さすがのツバサたちも目元を手で覆う。

 光に目がくらんでいる暇はない。ツバサは鋭い声で指示を出す。

「――対ショック防御!」

 ダインが艦体を制御し、フミカが船体を保護する防御スクリーンを展開した直後に衝撃波がやってきた。移動要塞の爆発による波及はきゅうである。

 空を漂っていた雲は一欠片も残さず消え、灼熱の爆風が地表を見舞う。

 大気層の外側まで追いやって――この破壊力。

 還らずの都の至近距離で大爆発これをやられていたら、どれだけ強固な結界で守ろうとも被害は甚大だったろう。想像しただけで冷や汗が止まらない。

 ツバサは無意識に手の甲で顎を拭っていた。

「…………ふぅ、なんとかなったな」

 お疲れさん、とツバサは子供たちにねぎらいの言葉をかけた。

 最初の強烈な一手を乗り切ったミロたちもほんの少し緊張が解けたのか、呼吸を揃えて気の抜けたため息をついていた。

「バサママの予想通りだったッスね……移動要塞の捨て鉢アタック」

「神風特攻どころじゃないぜよ。なんじゃあの大爆発は?」

 フミカは艦内制御のコンソールに突っ伏しており、ダインは操舵輪にもたれかかって身体を支えていた。凝らしていた集中力をほぐしているようだ。

 ツバサも艦長席で脚を組み、頬杖ほおづえをついて楽にする。

 それから予想についての言及した。

「明日の朝日を拝む気もない世界廃滅を目標とする連中だぞ? 最終決戦に挑んでくるとなれば、帰るつもりのないアジトなんて使い捨てるだろ」

 その昔――火船かせんというものがあった。

 船に火薬や可燃物をこれでもかと積み込んで、敵船にぶつけて大爆発を起こさせる戦術だ。船に乗って戦う海戦が始まった頃から使われている手段で、船体を金属で造るようになった現代においても奇襲として用いられてきた。

 ロンドがそれを知っていたか定かではない。

 だが、あの極悪親父のことだ。

『どうせいらなくなるんだからパーッと爆破しようぜ!』

 ……とか何とか言いながら、嬉々としてありったけの物質的な爆薬や破壊系魔法を詰め込んで、ジェット噴射装置まで取り付けたに違いない。

 楽しそうにやっているところが目に浮かぶようだ。

「だが……最初の一手はしのいだぞ」

 手応えを感じたツバサは、ひとまず胸を撫で下ろした。

 これで還らずの都と、その南と北にあるタイザン府君国とルーグ・ルー輝神国を守ることに成功した。ロンドの出鼻をくじいたと言ってもいい。

「気にしてなさそうだけどね、あの無責任オヤジ」
「……ああ、残念ながら同感だ」

 ツバサのムチムチな太ももの上でゴロゴロしていたミロにそう言われて、ツバサはイラつきながらも同意せざるを得なかった。

 あの極悪親父ロンドは初手を防がれた程度でヘコむタマではない。

 これは初手にして一手に過ぎないのだ。

「なんだかあれって……狼煙のろしってやつみたいだよね?」

 膝の上で寝返りを打ったミロは、モニターに映る光景を指差した。

 大気層の外では、まだ爆発が続いていた。

 まるで太陽に取って代わろうとするが如く、爆発のエネルギーを渦巻かせて爆心地から動こうとしない。光量こそ収まってきたが、まだ目の眩む輝きだ。

 ポンポン、とツバサはミロの頭を撫でる。

「狼煙か……アホのくせに難しいこと知ってるな」

 だが――悪くないたとえだった。

 真なる世界ファンタジアのどこにいても、あの光は見えるはずだ。

 戦いの狼煙と考えれば四神同盟のすべてに届くだろうし、それ以外の者にも何らかの異変が起きていると伝えるだけの効力がある。

 初手を凌いだからと浮かれている暇はない。ツバサは気を引き締める。

「狼煙は上げられた……開戦時刻もうに過ぎた……」

 空に浮かぶ爆発は鎮まる気配がない。

 渦巻く爆発の流れから弾かれるように黒い粒がいくつも現れたかと思えば、暗雲となるまで数を増やしていき、真っ黒に空を覆い始める。

 それはやがて――黒い卵となって世界に降り注ぐ。

 卵といっても鳥獣ちょうじゅうのそれではない。

 どちらかといえば胎生生物の受精卵のように小さく、指先に乗るくらいの大きさだが真球に近い丸みを帯びていた。

 その小さな卵の中に――漲る悪意と餓えた殺意が胎動たいどうする。

 世界を滅ぼす因子を宿した無数の卵。

 真なる世界ファンタジアへ余す所なく、絶望で染め上げるべく落ちてきた。

「さあ――ここからが本番だ」

 降りしきる邪悪な卵を睨んでツバサは立ち上がる。

 その表情は神々の乳母ハトホルというより殺戮の女神セクメトに近く、雄々しくも猛々しい微笑みのまま、牙を剥く獣のように唇の両端を限界まで釣り上げていた。

 できることなら戦争を回避したいと願う自分がいる。

 その一方で、向かってくる敵を情け容赦なく、慈悲なく躊躇なく手心を加えず、全力で叩きのめしたいという闘争本能がざわついていた。

 この戦いへの意欲ある限り、男心を失わずに済みそうな気がする。



 次にロンドの指してくる――二手と三手。



 これを完封することで、あの極悪親父に一泡吹かせてやる。


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