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第16章 廻世と壊世の特異点
第382話:BAD DEAD ENDS XX
しおりを挟む「地の底にはどえらいモンが埋まってる」
古今東西――神代の昔からそう決まっているものだ。
「どこの世界観においても地獄や冥界に冥府といったモンは地下深くにあるもんだけど、そこには魔神や邪神に巨人に悪魔にドラゴンに……およそ世界に迷惑を掛けそうな危険度MAXの超危険存在を放り込んでは封じている」
みんな考えることは同じさ、とロンドは掌を見せる。
「厄介なもんは穴を掘って埋めて――無かったことにしたいんだよ」
ロンドの意見に異を唱える者はいなかった。
なにせ彼の宣う地の底に危険なものを封じたいという真理。それをこれ見よがしに具現化させた現物が目の前に横たわっているのだから……。
最後の一週間――全面戦争まで残り3日。
ロンドたちは北の果てにいた。
四神同盟に属する者が「真なる世界の中央大陸」と呼ぶ大地の最果て、最北端にある益体もない岩石と汚れた灰で覆い尽くされた領域である。
大昔から“禁足地”として敬遠された曰く付きの土地だ。
無秩序に打ち砕かれた数え切れない岩石は、石材としても役に立たず価値も見出されないため、地平線を埋め尽すまで放置されていた。強い風が吹くと灰が舞い、風花と見紛う灰の吹雪が寒々しい風景を演出している。
草木は雑草さえ生えず、生き物の気配はない。
かつて穂村組が根城として溶岩の川が流れる酷暑の地でさえ、その溶岩を住み処とする火蜥蜴のような生物がいたにも関わらずだ。
ここは完璧な不毛地帯――命は決して息づかない。
最悪にして絶死をもたらす終焉は、数日前からこの地に逗留していた。
その根城――混沌を撹拌せし玉卵。
超巨大な卵を半分にしたような移動要塞だ。
卵殻の縁を刺々しく割った卵の下半分に土を詰め込んで、空飛ぶ浮島のように体裁を整えている。ロンドが何処から何処から持ち出してきた時には、苔生して蔦が絡まり、島の地表に当たる部分は鬱蒼とした森に覆われていた。
当初はただの空飛ぶ浮島に過ぎなかった。
それを工作系技能を持つ者が移動要塞に改築したものだ。
島の表面にはあまり手をつけず、むしろ森であることを活かして防衛や迎撃などのシステムを隠すように設営されていた。
ロンドや構成員が暮らす居住区画を初めとした生活空間。
これは卵殻内ともいえる地下に設けられていた。
蟻の巣の如く地下通路が張り巡らされ、そこかしこに造られた無数の部屋と繋がっている。いくつかの部屋は卵殻の際に接しており、それらの部屋は外殻を開閉する機能によってオープンにすることもできた。
要するに見晴らしのいい開放感のある広間というわけだ。
中には幹部専用のVIPルームもある。
巨体を有する幹部でも窮屈にならないよう天井が高く取られ、部屋の広さも40畳はある大広間。調度品は最低限かつハイセンスなものが選ばれていた。
最奥の大広間のデザインと相通ずるものがある。
そうなるようロンドが工作者に発注したのだから当たり前だ。
あちらにはバッドデッドエンズが集まって寛げる特大の円卓を囲む円形のロングソファがあったが、こちらにも円卓が据え置かれていた。
ただし、それを囲むソファは半円形だが――。
円卓のもう半分の囲むための重厚なソファは用意されておらず、そちら側は窓に面していた。雨戸代わりの外殻と硬質ガラスの窓を開けば、外界の風景を一望できる見晴らしのいい半露天の大広間になるという設計構造だった。
そこに――ロンドと三幹部が集まっていた。
最悪にして絶死をもたらす終焉 首領 ロンド・エンド。
ソファにふんぞり返る姿は、イケメン寄りのチョイ悪親父そのもの。
身を固める高級スーツはわざとらしく着崩しており、首にストールなどをかけてダンディさを醸し出すファッションセンス。中年だが引き締まった体躯と長い手足のおかげで決まっている。
特段美形というわけではないが、整った容貌は特殊だった。
見る者次第で善人にも悪人にも見える――百面相。
その本性はこの世一切合切を滅ぼさねば気が済まない破壊神。最近は兄ちゃんに付けられた「極悪親父!」というあだ名がお気に入りだ。
「人間だって都合の悪いもんは埋めるだろう?」
ロンドはソファの背もたれに広げていた両腕から右手を持ち上げると、人差し指でチョイチョイと手招きする。
すると、背後で控えていた煽情的なメイドが動く。
すぐさま愛飲するカフェカプチーノが用意され、ロンドの手に渡される。それを一口味わってからロンドは小馬鹿にする口調で語り出した。
「愛着ある遺体は丁寧に墓へ埋葬、殺しちまった死体は事件発覚を恐れて人のこない山奥に埋めて知らんぷり、最近は建築中のビルの基礎へコンクリ詰めって手もあるな。処理に困った粗大ゴミも地の底に放り込んで埋め立て地にしちまえばいい。放射能をばら撒く廃棄物も、とびきり深い穴を掘って埋没させて数百年単位で放っておくし……指折り数えたら枚挙に暇がねぇ」
「つまり、神話の時代から変わらないっていいたいわけね」
そういうこった、とロンドは相槌を打ってくれたマッコウに愛想を振る。
頭脳役――マッコウ・モート。
縦横どちらも3mはある超級の肥満体オネエだ。ロンドから見て左手に座っているが、その重量級の体重のおかげでソファが潰れかねない。
ロンドもそちら側に傾きそうな勢いである。
こう見えて最悪にして絶死をもたらす終焉の参謀役
付き合いも古いため、ロンドを呼び捨てても許される唯一の幹部であり、ロンドも敬意を込めて彼女を「マッコウさん」とさん付けで呼ぶ。
ほぼ球体としか思えないガスタンクみたいな巨体。その体型に合わせた女物の豪華絢爛な着物をしっかりと着付けている。孔雀色に染まるド派手なカールのヘアスタイルがこれでもかと盛り上がっていた。
首はすっかり脂肪に埋もれているが、大きな卵みたいなツルンとした顔をしており、不思議と目鼻立ちは肉に埋もれずスッキリハッキリしていた。
そんな顔立ちに濃厚なメイクを施している。
マッコウの血筋は灰色の御子に由来し、それゆえにロンドとは縁が近しいところにあった。彼女の一族そのものがロンドの縁者でもあるのだ。
マッコウの一族もまた――破壊神の傍流。
それ以上に現実世界の日本で育ったマッコウは、そのオネエという気質から生きづらい半生を送ってきた。こうした理由が折り重なり、世界廃滅を掲げるロンドの思想に共鳴するのは時間の問題だったと言えよう。
長い付き合いからマッコウは、ロンドに足りないのは思慮と気付いた。
このため参謀としての才覚を磨いてきたのである。
「確かに……神話にもそういう話が多いわねぇ」
マッコウは香ばしい湯気が立つ紅茶のカップをソーサーごと左手で持ち上げると、カップの取っ手に指を入れず摘まんだ。
マナーを心得た手順で、まず紅茶の香りを楽しんでいる。
「……ギリシャ神話では巨人キュクロプスやヘカトンケイルが大地母神ガイアから生まれたにもかかわらず、父である天空神ウラヌスから『醜い』というだけで冥界タルタロスへ幽閉されたし、ゼウスが神々の王となると敗北したティタン神族も同じようにタルタロスへ堕とされたというしねぇ」
頭脳役の肩書きは嘘ではない。マッコウは博識なのだ。
「だろぉ? それ、真なる世界で本当にあった事件だからな」
とある神族の内戦が、神話となって現実世界に伝わったケースだ。
神も人もやることは変わらない。
恐らく、本質的な部分には違いがないのだろう。
「日本神話でも似たような話がありませんでしたっけ? イザナギとイザナミの神話だったかな? あれは結構有名な話ですよね」
マッコウに続くかのようにアリガミも会話に参加してきた。
右腕――アリガミ・スサノオ。
上司がチョイ悪親父なら、部下はチャラい不良だ。
そんなコンセプトを目指したわけではないが、ロンドを見習ったかのように着崩したスーツが似合う不良社員。それがアリガミの風体だった。
背広の上着は袖を通さず肩に羽織り、ワイシャツのカラーはディープブルー。袴みたいは大振りなズボンは鎖のサスペンダーで吊っている。手には凶悪な籠手を身に付ける。オールバックな銀髪はヘアバンドで留めていた。
割と整った顔立ちだが「チャラい」という印象が強い。
自他共に認めるロンドの右腕――。
外見に反して仕事ぶりは真面目で些細なことにも目配りが利き、次元や空間を切り裂くという得難い才能を持っていた。
当人曰く「使いっ走り」だが、よく働く忠義に熱い男である。
彼もまた世界の滅びという願いを抱えていた。
その理由も「チャラい」のだが、ロンドは目を掛けている。
引き締めるためサングラスをかけているが、口元から煙草と薄笑いが耐えることはない。そのグラサンをズラして、素の両眼をさらけ出す。
「あれも最後はおっかなくなった嫁さんであるイザナミを、旦那さんのイザナギが地の奥底に封印するような話じゃなかったでしたっけ?」
「うろ覚えが過ぎるわよ、アリガミ」
正しくはこうよ、とマッコウはダイジェストで説明する。
「イザナギとイザナミは日本神話の創世神。2人で国土とか様々な神を生んできたのだけれど、火の神を産んだイザナミはその炎で大火傷を負ったの」
これが原因となってイザナミは死んでしまう。
妻イザナミを忘れきれない夫イザナギは、死んだ者が行く黄泉の国を訪ねてイザナミを探し当てたが、彼女はお堂に籠もって出てこようとしない。
『私は疾うには死んだ身でございます……黄泉の国の食べ物(黄泉戸喫)を食べてしまったので帰れません。私のことは諦めてください……』
イザナミは嘆きながら夫を諭したという。
しかし、イザナギはどうしても諦めきれなかった。
熱心にイザナミを説得し、「もう一度2人で国生みの続きをしよう!」と説得すると、ついにイザナミも情に動かされてしまった。
『わかりました……では黄泉の大神と相談して、地上に戻れるよう取り計らってもらってみます。その間、決して中を覗かないでくださいね』
そう言い残したイザナミはお堂の奥へ消える。
覗くなと言われたら覗きたくなるのが男の性。
しかも長々と待たされて、いつまで経ってもイザナミの返事がなければ、誘惑にも耐えきれない。ついお堂の中にいる妻を一目見たくなった。
禁を破って覗いたイザナギが見たものは……。
「ドロドロに腐れ果てたイザナミの死体と、その死体から湧いたおぞましくも凶悪にして凶暴な黄泉の八雷神だった、ってわけね」
約束を破られた上、醜く変わり果てた姿を見られたイザナミは大激怒。イザナギを殺すために八雷神を繰り出し、それでも足りないと黄泉に住まう強靱な戦士である黄泉軍や黄泉醜女まで駆り出してきた。
「……辛くも逃れたイザナギは、元奥さんの鬼嫁を通り越して黄泉大神そのものとなってしまった脅威を恐れ、現世と黄泉を大岩で隔ててしまったの」
「これも厄介なものを地の底に封じた話の典型だな」
ロンドは長い話を切るようにまとめた。
八雷神、黄泉軍、黄泉醜女――。
神をも殺す黄泉の大軍勢が地上に攻めてくれば一大事である。
「キリスト教だって神に逆らった堕天使たちは、地獄の底で冷凍食品よろしく氷詰めされてることになってるしな。北欧神話でも悪人が落ちるのは地獄の底のそのまた下にあるっていうニブルヘルって説がある」
マッコウに限らず、ロンドもそれなりに物知りだ。
伊達に灰色の御子をやっておらず、500年のんべんだらりと過ごしていたわけではない。世界を滅ぼすのに役立ちそうな情報は仕入れていた。
そして500年前――真なる世界で得た知識もある。
地底に封じた厄災については、父親から教えられたもののひとつだ。
「不都合なものは地下へ捨てる……」
今も昔も変わらない通例なのですね、とミレンは得心するように頷いた。
秘書――ミレン・カーマーラ。
秘書と銘打つも、その装いはメイドである。
それも極端に露出度が高いフレンチメイドと呼ばれるコスプレに近いメイド服なので、胸元や二の腕に太ももの露出度がとても過激だった。男女問わずに振り向くナイスバディで見事に着こなし、セクシー路線まっしぐらだ。
ソファで偉そうに寛ぐロンドの背後に控える姿はメイドらしいといえなくもないが、秘書的な立ち位置でもあるだろう。
無愛想を研ぎ澄ませた美貌に、金髪のショートヘア。
頭部を飾るホワイトブリムはノコギリのような形状をしており、身を飾るチョーカー、リストバンド、アンクルバンド、ピアス……。
これらの装飾品は拷問器具のように棘が目立つ。彼女の趣味だ。
「ですが――女性視点ですと思うところがありますね」
「おろろ? 日本神話はお気に召さない?」
ロンドが振り返ると、ミレンは忌憚ない意見を述べる。
「はい、お気に召しません。ワガママで連れ戻そうとして、難色を示しても駄々を捏ねられて、本当の自分をご覧に入れたら拒絶されて、追いかければ他人の振りで白を切る……最低じゃありませんか?」
最低男ですよね? とミレンは男性陣に念を押す。
「アハハー、言われてみれば男の身勝手ここに極まれりだねーこりゃ」
耳が痛いわー、とアリガミは笑いながら額を手で打った。
「ミレンちゃん、この手の男はね……独占欲がドロドロしてるのよ」
男の気持ちも女の気持ちも嗅ぎ分ける、オネエならではの年の功でマッコウは噛んで含めるように言い聞かせていく。
「自分のものと決めつけた女には、どこまでも執着するものなの」
いつでも思い通りにならないと機嫌が悪くなるし 遠く離れてしまっても取り戻せるならどんな手段でも使う。他のことは眼中にないほどにだ。
恋を安請け合いして、愛を気軽に取り扱う。
「そのくせ恋や愛が冷めると尻をまくって逃げる……ですか?」
そうよ、とマッコウは顎を肉に埋めて頷いた。
「何事にも熱しやすく冷めやすい、おまけに責任を取る甲斐性もない……男として最低の部類だから引っ掛からないように気をつけなさい」
「……もうすぐ世界を滅ぼすのに注意することもないんじゃないすか?」
「お黙り童貞小僧! 女の情緒ってものに配慮なさいよ!」
「ど、どどど、童貞ちゃいますよー!?」
正論をぼやいたアリガミはマッコウにあらぬ疑惑で叱られた。
くわえた煙草を落としそうになるほど弁解するアリガミと、毒に塗れた舌鋒で責め立てるマッコウを尻目に、ミレンは横目でちらりとロンドを見遣る。
「私の恋した方は破壊の権化なのですが……」
熱い乙女の視線に気付いたロンドはウィンクで応える。
「ミレンちゃん、おまえさんは最後までオレについてくりゃいい」
そしたら――世界が滅ぶ瞬間に殺してやる。
この一言にミレンは無表情を掻き乱すほど動揺して顔を真っ赤に染めると、狂喜のあまり口元を波のように震わせていた。
愛しのアイドルにメロメロな乙女のようにのぼせている。
「は……はい、畏まりましたロンド様!」
必ず最後までお供いたします! とミレンは感涙とともに一礼した。
彼女は――破滅快楽主義だ。
その昔は窒息プレイなどで自らが息絶える瞬間を夢想しては性的快楽を得ていたのだが、ロンドと出会って破壊のオーラを浴びたことで価値観が激変。
破壊神の手で滅ぼされるのを夢見る乙女になってしまった。
以後、使い勝手がいい才能を秘めていることが判明したので、ロンドの片腕として幹部に取り立てた。アリガミが右腕なら、ミレンは左腕に当たる。
№01 冥蝕のフラグ――マッコウ・モート。
№02 境滅のフラグ――アリガミ・スサノオ。
№03 感壊のフラグ――ミレン・カーマーラ。
彼らには審判役を務めさせている。
見届け人や判定員といってもいいかも知れない。無論、その上に立つロンド自身が総責任者だ。感覚的には試験会場を眺めている気分に近い。
現在――最悪にして絶死をもたらす終焉の最終試験が行われていた。
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――岩と灰に覆われた不毛の大地。
その宙空に浮かぶ混沌を撹拌せし玉卵の足下には、汚濁に塗れた黒い泥を注いだかのような沼が広がっていた。
ほぼ正円を描いた、湖のように大きい沼である。
沼の直径は80㎞に及ぶだろう。
池と沼は「淡水の水溜まり」という意味では明確な違いはなく、なるべく澄んだ水を湛えている場所を池、湿地帯に囲まれて泥が多そうなところを沼となんとなく言い分けているらしい。完全にフィーリングの問題である。
このうち大きくて水深が深いものを湖と分類しているそうだ。
ならば、この黒々とした水を湛える場所は水深は折り紙付きの深さだし、大きさも琵琶湖を楽々と飲み込むほどだ。湖と呼んで差し支えない。
それを推して――沼と呼ばせる雰囲気を備えていた。
黒い重水が底無し沼を連想させるゆえだ。
どれだけ強い風が吹いても波立たない水面は、濁りと汚れを濾し切れない重油のように重々しい。泡さえ立たつことはなく細波が起きることさえない。恐らくはこの重水を泳ぐような生物が生息していることもないはずだ。
暗黒を凝り固めた氷と見紛う。
ロンドたちは大広間の窓を全開にして、凍てつく黒い沼を眺めていた。
舞い散る風花の向こう――漆黒の湖面は微動だにしない。
「あの真っ黒い沼が、厄介者を封じた地下への入り口なんすよねー?」
アリガミはミレンが用意してくれたクラフトコーラを片手に、もう片方の手を額押し当てて遠くを見るために目を眇めた。
話の流れ的にわかるだろ、とロンドは頬杖をつく。
「そういうこった。ティタン神族が投獄されたタルタロス、神に反逆した堕天使が叩き込まれた地獄の底、イザナギが嫁さんごと黄泉の大軍勢を封じ込めた黄泉の国、悪人が辿り着く地下の最奥ニブルヘイム……」
その元ネタが――あれだ。
ロンドは頬杖する手とは反対側の手で黒い沼を指差した。
「昔々の大昔、真なる世界が誕生した頃は大勢の創世神が幅を利かせていてな。連中も神族や魔族同様、ある程度のグループ分けされてたのよ」
派閥とまではいかないが、同種で集まって交流くらいはする。
その程度の関係性なのでグループと評した。
始まりの龍族である起源龍もそのひとつだ。
「その起源龍とタメを張った一大勢力が――原初巨神だ」
始まりの巨人とも呼ばれる巨大な神々の一群である。
混沌とした世界を上下に押し広げて天地という概念を生み出し、混沌の泥を積み上げて大地と山々を盛り上げた偉大なる巨神たちだ。
「その原初巨神があの穴の底に封じられてるの?」
マッコウは灰色の御子の血こそ引いているが、完全に地球育ちだ。あちらの神話こそ勉強したが、真なる世界の諸事情については明るくない。
この問いにロンドは首を左右へ振る。
「うんにゃ違う、原初巨神はほとんど死んだはずだ。創世の一仕事を終えた連中はバタバタと力尽きて、その死体があっちこっちの島や陸になったんだよ」
はて? とロンドは振っていた首を傾げる。
「起源龍もバタバタ死んだって聞いたんだけど、ありゃなんでだったかな? 絶滅したとか自殺させられたとか、不穏で剣呑な話のはずだったが……」
何者かによって殺戮の限りを尽くされた、なんて眉唾な噂もあったはずだ。
まあ今は関係ねぇか、とロンドは刹那で忘れた。
そしてもう一度、黒い沼を指差した。
「あの沼を満たしてる重水はな、いわば重しよ。その下に分厚い蓋みたいな結界が張られてて、その下には異相とはまた別の異空間に繋がってんのよ。地下に向かって開いてるから、地下世界みたいな案配になってるはずだ」
その地下世界のような異空間の底には、巨人たちが封じられている。
「原初巨神の末裔――古代巨人が封印されてんのさ」
「古代巨人……でございますか?」
初めて聞く名に戸惑うミレン。ロンドは適当に解説する。
「一説に寄れば。原初巨神が自分の手伝いをさせるために小型の分身を大量に作ったそうだ。それその物だという説もあるし、そいつらの末裔だって説もある……要するに古い巨人の一族って考えればいい」
起源龍の子孫が古代龍と呼ばれるのと似た話だ。
巨人族は2つの道を歩んでいた。
温厚な者たちは神族や魔族、それに多種族と交流することで一種族としての地位を確立。この真なる世界で繁栄する種族として着実に根を下ろした。
一方、過激な派閥は結託して覇権を狙った。
我らこそ創世を成し遂げた原初巨神の血を引く者と豪語。真なる世界の所有権を主張し、他の種族を支配隷属せんと暴虐の限りを尽くした。
そんな横暴な種族は当然――排斥の憂き目に遭う。
ついに古代巨人は神族を筆頭としたあらゆる種族の連合軍に戦いを挑む大戦争を引き起こすが、やがて惨敗を喫した。
しかし、腐っても原初巨神の血を引く古代種。
不死身の古代巨人はどんな処刑法でも殺せなかった。
「……んで、臭いものには蓋をしろの伝統に則り、無限ともいえる亜空間への穴を地下深くに掘って、厄介な巨人どもを一人残らず放り込んだわけよ」
なるほどなるほど、とアリガミは感心する。
「こいつがロンドさんの言ってたことに繋がってくるわけですね」
『地の底にはどえらいモンが埋まってる』
これは巨人を地下へ封印した一件への前振りだったわけだ。
「せっかくだから地下世界を使わせてもらう」
ロンドは沼を差していた人差し指を眉間へ寄せるように立てた。
「おまえらも知っての通り、明明後日にゃツバサの兄ちゃん率いる四神同盟とこの世界を賭けて大戦争だ。それまでに兵隊を整理しときたくてな」
――最悪にして絶死をもたらす終焉。
本来、彼らはロンド直属の私兵である。
バッドデッドエンズに選抜された者の他にも、ロンドの元には世界廃滅を目指す破滅主義者が集まっていた。その総数は1000を下るまい。
ちょっとした軍団だが、大半は使い物にならない。
LV800を越えていればマシな方で、ほとんどがそれ以下である。
そいつらは私兵どころか兵隊以下、雑兵で雑用係が精々だ。
「世界を滅ぼすのに弱卒はいらねえ」
ロンドは常々、こいつらの処理を考えあぐねていた。
「況してやツバサの兄ちゃんと戦わせるんだ。『手応えも歯応えもねぇぞコラ!』なんて叱られるのは真っ平御免だぜ」
ツバサたち四神同盟には全身全霊で抗ってもらいたい。
そのためにも強力な兵隊を選りすぐりたかった。
「それにバッドデッドエンズに格上げした私兵にも思うところはある。ジェイクとかいう拳銃使いに隊ごと潰された間抜けどもとかな……」
この件は笑い飛ばしたロンドだが、語気に怒りを滲ませてしまう。
思い出したら段々腹が立ってきたのだ。
「バッドデッドエンズも煩悩になぞらえて108人用意してみたが……実際に運用してみたら、有象無象が過ぎて使い物にならねえのばっかだとわかったしな。ここらで締めに向けて在庫一掃しとこうと思った次第よ」
それで――地下世界だ。
ロンドは再び人差し指を黒い沼へと突きつけた。
「生きて帰ってきたバッドデッドエンズと、オレの理想に共鳴した雑魚ども――こいつらには餞別に力を分け与えてやったけどな――を、まとめてあの沼に蹴り落として、地下世界な亜空間に放り込んでやった」
地下世界では――古代巨人どもが待ち構えている。
何もない虚無のような亜空間に何十億年も囚われ、地上に生きる者たちを恨んで憎んでいるはずだ。迷い込んだ者は誰であれ血祭りに上げるだろう。
ロンドは背もたれに両腕を広げると、長い足を組み直す。それから凶悪に意地の悪い笑顔で言葉を手向けた。
今まさに地下世界で死線を掻い潜る部下たちに向けて――。
「巨人どもをぶち殺して這い上がってこいや」
地下世界から戻ってきた者のみ、新たなバッドデッドエンズと認める。
これはそのための選抜試験なのだ。
「ひとつ、質問いいかしら?」
「あ、おれも気になることあるんでいいすか?」
「私も伺ってもよろしいでしょうか?」
三幹部それぞれが挙手して、疑問があると尋ねてきた。
なにせ、この選抜試験はロンドが独断専行で始めたものだから、詳しい話は何も聞かされてないのだ。空間を操作する能力を持つアリガミにはちょっと手伝わせたが、あの程度では試験内容の具体性もわかるまい。
「なんだい? 質問被りはナシだぜ」
どうぞ、とロンドはまず頭脳役に手を差し伸べた。
最初に質問を許されたマッコウは問う。
「地下世界に封じられているという古代巨人というのはどれくらいの強さで、何体ぐらいいるのかしら? 格下で数が少なきゃ試験にならないわよ」
「ごもっともだな……だが、抜かりはない」
ロンドは古代巨人の性能をちゃんと把握していた。
「ちょぃと地下世界を覗いてきたが、さすがは原初巨神の血を引く不死身のバケモノどもだ。LV999相当だし、穴の中で他にやることもなかったのかウジャウジャ数を増やしてやがった。ありゃ大した脅威だぜ」
全面戦争にも利用できるかもな、とロンドはほくそ笑む。
なるほど、とマッコウは得心したように頷く。
「強さも数も申し分なさそうね。試験が終わった後は、地獄の釜の蓋を開いて解放してあげれば、この世界を壊す手伝いもさせるのも悪くないと」
「そういっこった。はい次」
次いでロンドが手を差し伸べたのは右腕だった。
クラフトコーラを飲んでいたアリガミは、慌てて口を開いた。
「……あ、はいはい。試験するのはいいんですけど、放り込まれてもすぐに這い上がってくるような腰抜けがいたらどうするんですか?」
そういう不正もできるっしょ? とアリガミは懸念していた。
結界を乗り越えて地下世界に入った直後、すぐにとんぼ返りして結界から密かに這い出ておけばいい。あるいは結界付近に潜んでしばらく時間を潰してから、苦労したフリをして出てくればいい。
「カンニングどころじゃないけど、そんな真似できるんじゃないすか?」
チッチッチッ、とロンドは人差し指を振った。
「残念ながら、そいつはできねぇ相談よ」
あの地下世界は特別製なんだ、とロンドは自信満々である。
「蓋をする結界を越えたが最後、何者であれ最深部まで飛ばされるんだ。空間を切り分けるアリガミみたいな能力でも難儀する細工が施されてるから、おいそれと不正はできねえ仕組みになってんだよ」
「あ、あのねじ曲がった空間がそれなんだ。それなら問題ないっすね」
実際アリガミはそこから帰ってきたので得心した。
「……放り込まれた方は堪ったもんじゃないでしょうけどね」
マッコウは奮闘中の者たちに冷笑で同情した。
最後の質問者はミレン、ロンドは忘れることなく手を伸ばす。
ミレンは恭しく礼をしてから問い掛けてくる。
「失礼いたします……ロンド様は先日『バッドデッドエンズは上限を二十人まで』と仰っておられましたが、もし生還した人数が二十人を越えたら如何されるおつもりですか? 二十人を越えても採用……ということでしょうか?」
「二十人なるまで殺し合いでもさせるんすかー?」
ミレンの質問に乗じて、アリガミも軽口で茶々を入れてくる。
「当たらずも遠からずだな」
クツクツクツ、とロンドは悪意満点に喉を鳴らした。
ロンドはスーツの懐をまさぐると、一枚のコインを取り出す。コインというよりは記念メダルのように厚味があって格調高いデザインだ。
「このコインは複製できないオレ特製だ。20枚+αしかない」
このコインを――地下世界にばら撒いてきた。
「こいつを持って帰ってきた奴だけ認めてやる。他の奴に取られたなら奪い取れって言ってあるからな。争奪戦も兼ねてるわけよ」
「あーなるほど、だからおれにばら撒きに行かせたんですね」
アリガミに手伝わせたのがこれだ。
空間を切り越える能力で地下世界に潜入させ、試験クリアの証明となるコインをあちこち適当に置いてこいと命じたのである。
カチャリ、と陶器を鳴らす音がする。
マッコウが紅茶のカップを円卓に置いた音だ。
「既にあたしたちは渡されてるから……実質20枚ないわけね」
マッコウは着物の襟元からコインを取り出した。
続いてアリガミもズボンのポケットから、ミレンはフレンチメイドの胸元から覗ける胸の谷間から、それぞれコインを取り出した。
マッコウはⅠ、アリガミはⅡ、ミレンはⅢ。
最高幹部である彼らはバッドデッドエンズ“凶軍”零番隊として、異相に亡命した腰抜けどもの小世界を潰してきた功績がある。
このため選抜試験免除であらかじめコインを渡しておいた。
試験を免れたのは最高幹部ではない。
バッドデッドエンズとして一定の成果を上げた者は、漏れなく免除ということでコインを授けてある。特に零番隊と一番隊に多く見られる。
№04 業病のフラグ――ネムレス・ランダ。
睫毛の目立つ眼力がとても強い美女だ。
自らを魔女医と称し、医者や看護師をイメージしたドレスを愛用する。ストレートな黒髪が似合う美女なのだが、ある理由からフェイスベールを欠かさないので顔の下半分がどうなっているかは誰も知らない。
ロンドとマッコウ以外は――。
その顔に隠された秘密にこそ、ネムレスが世界を滅ぼす根拠があった。
彼女が世界を壊すという願望を培うのには、多感な青春時代に輝かしい人生のすべてを台無しにされ、極度の人間嫌悪に陥ったゆえだ。
この世すべての人間に潜む“悪”という業病を引きずり出したい。
その“悪”で滅びる様を見届けたい。
これこそがネムレスを世界廃滅へ向かわせる原動力だった。
№05 鏖殺のフラグ――グレン・ビストサイン。
不良以上チンピラ未満、喧嘩大好きな破落戸だ。
獣の漢字をあしらったボロ切れみたいな上着を羽織り、長い髪を野獣のように振り乱す青年だが、発言や口調は小物そのもの。
異常なくらい喧嘩の腕は立ち、強者を嬲り殺すことを至上の悦びとする。
またの名を「アシュラを終わらせた男」ともいう。
そこにロンドも一枚噛んでいるが、企てたのは別の人物である。
グレンはいわゆる快楽殺人主義者だ。
老若男女問わず殺すが、弱い奴を殺すのはダルいらしい。自分に匹敵する、あるいはそれ以上の力を持つ者をぶち殺す瞬間に爽快感にも似た快感を覚える。
他者の息の根を止める一瞬に喜びを見出す者。
最終目標は「世界を殺す」と言い張るのだから筋金入りだ。
この二人はマッコウたち最高幹部とともに零番隊として、異相を渡り歩いて破壊と殺戮に勤しんでくれた実績ゆえに合格認定した。
また、一番隊の面子も同様である。
№06 滅亡のフラグ――リード・K・バロール。
青年とも少年とも見分けにつかない年頃の、陰のある美形。黒ずくめのファッションで通しており、滅亡と停止という2つの異能をその身に宿す。
――リードは2つの過大能力を有している。
後天的な内在異性具現化者といっても過言ではない。
彼の場合、ある意味では先天的でもあるのだが……それは別の話。
破壊神の「保険」でもあるため重用している。
その先天的な理由ゆえ、世界を滅ぼす願望に取り憑かれたそうだ。まずは家族を恨み、ついで人間すべてを憎み、長じて世界に価値を見出せなくなった。
ゆえに何もかも虚無へ還すことを悲願とする。
№07 天災のフラグ――アダマス・テュポーン。
大砲みたいなリーゼントを誇りに掲げる筋肉巨漢。神話の英雄みたいな服を着せられており、世界を脅かす天災の力を我が物として行使する。
強者との戦いを望み、確実に殺すことで安心感を得る。
強敵と戦いたいという点ではグレンと嗜好が似ているが、そこから先は分岐している。グレンが求めるのが「快楽殺人」だとすれば、アダマスのそれは「自己保身」といえるだろう。この違いは大きい。
彼も難儀な少年時代を送ったため、それゆえに世界の破壊を夢見ていた。
№08 覇獣のフラグ――ジンカイ・ティアマトゥ。
邪悪な地母神ともいうべき様相を呈した美貌の巨女。かつては神海という相撲取りだったが、世界に絶望してロンドの力を受け入れたため変容した。
ある種ロンドと似通った能力を得たため「保険」と成り得る。
現役時代、一般人を傷つける事件を起こしたため引退。
だが、事の真相を知れば彼に一切の非はなく、負傷した側に問題があったのだが、それは取り沙汰されることなく事件は収束を迎えた。
以来ジンカイは人間不信に陥り、人類絶滅をも厭わなくなったのだ。
№09 凄鬱のフラグ――サバエ・サバエナス。
西洋風の喪服ドレスで着飾り、顔は黒のヴェールで覆い隠して決して見せることはないが、一部の者は「美人」と評するので美人に間違いない。
ロンドも拝ませてもらったが、確かに美人だ。
ただ――幸福というものに見捨てられた陰鬱極まる美貌だった。
悲哀を奏でた音楽を好み、哀切を乗せた歌声を高らかに発する。それはこの世を儚むどころではなく、生きとし生けるものを呪い殺す調べとなる。
裏切られる人生を歩んできた末、世界の在り方に背いた女だ。
世界中を不幸に叩き落とすことを夢見ている。
№10 暴食のフラグ――オセロット・ベヒモス。
路地裏にたむろしていそうなストリートチルドレン風の少年である。ジッパーだらけのパーカーを羽織り、いつもフードを目深にかぶっている。
サバエの弟ということなっているが、実際は違う。
部分的にサバエの弟というだけである。
オセロットは特殊な方法で真なる世界へ転移してきており、こちらでネムレスによって改造を受けているので、1人に何人分も詰め込まれているのだ。
暴食の名が示す通り、オセロットは餓えている。
この世のすべてを食べ尽くすまで、彼は止まることを知らない。
№11 絶斬のフラグ――サジロウ・アポピス。
美形剣士の代名詞ともいえる佐々木小次郎を気取っているが、顔はやたら長くて顎はしゃくれており、一重の瞼も腫れぼったく……色男ではない。
三枚目にも程遠いご面相だが、本人は一向に気にしていない。
自分をイケメンだと信じて疑わない節もあるが、持ち前のポジティブさゆえだろう。彼の胸中には「生物を斬り殺したい」という衝動があるばかりだ。
もっと上手に、もっと巧みに、もっと達者に――。
肉を切り裂き、骨を断ち折り、ぶちまけられた臓腑をさらに斬り刻む。
そのために特異な剣術の研鑽に余念がない。
グレンのような快楽殺人とはひと味違う。サジロウはただひたすらに「生きているもの」を斬ってみたいだけなのだ。
世界という生き物を斬る、という形で滅亡の日へと邁進していた。
彼らは現在――全面戦争に向けて最終調整を行っている。
先日の戦いで重傷を負ったリードなどは回復に余念ないが、他のメンバーは休息を取ったり、トレーニングに励んだり、コンディションを整えるための行動を取っているはずだ。そこらへんは時が来るまで自由にさせている。
そしてもう1人、コインを渡されている者がいた。
№12 爆滅のフラグ――タロウ・ボムバルカン。
(※第339話~第341話参照)
和装が似合う小柄な中年。ギョロリとした眼光と富士山みたいな口元が特徴的な、和の芸術家といった趣のあるご隠居風の小男だ。
事実、ある特異な価値観に基づいた芸術の探求者である。
爆発こそが究極の美――存在が爆ぜ散る瞬間こそが至高の芸術。
そんな彼独自の滅びの美学を追究していた。
四神同盟に加盟した日之出工務店という組織の代表たちにしてやられた彼だが、それだけの強者を表舞台に出したことと、彼らを相手に十分善戦したため、20枚あるコインのうちの一枚を許された。
「……とまあ、新たに12人まで選んだわけだ」
ロンドは新生バッドデッドエンズの各個人について軽く触れながら、指折り数えていった。コインの枚数は残り8枚という計算になる。
「……あらやだ、驚いたわ」
マッコウは眼球がこぼれ落ちそうなくらい目を丸くしていた。
「ロンド、部下の性格とか思考をちゃんと把握してたのね」
「おいおいおい、酷ぇなマッコウさん」
オレをなんだと思ってんの? とロンドは前振りみたいに訊く。
マッコウは日頃の苦労を思い返して一言。
「後先どころか何も考えずに動き出す無責任一代ワンマン男」
「やべぇ、反論できねぇ!」
詰りが的確すぎる! とロンドは腹を抱えて爆笑した。頭脳役として他人事ではないマッコウがブスゥとむくれても何処吹く風だ。
「……とまあ、この12人に関しちゃ問題ないだろ」
個々の能力も然る事ながら、各々に滅びへの意志が息衝いている。
「残りのコインはおれが撒いてきた8枚」
「どなたがお持ち帰りになるのか……見物でございますね」
アリガミとミレンの言葉を拾い、ロンドは「そうさ」と答える。
「こっから先、№13から先のコインを持ち帰った者だけを認めてやる。それができねぇ雑魚ってんなら、古代巨人の餌となって一足先に死んでろ」
這い上がってこい――世界の滅びを望む者たち。
「最悪にして絶死をもたらす終焉……選抜の時間だぜ」
~~~~~~~~~~~~
地下世界のように広がる、古代巨人を封じた亜空間。
その出入り口は分厚い蓋のような結界で閉ざされており、LV999に近い古代巨人たちがどれだけ殴ろうが蹴ろうが壊れることはない。
壊れたとしても、結界の蓋は瞬時に修復する。
地下世界に放り込まれた者たちが地上へ戻ってくるためには、この結界を突破するだけの力量も備えてなければならない。
これが試験クリアにおける最後の関門と言えた。
結界の蓋に異変が起きれば、その上を塞ぐように満たしている重水の沼に何らかの変化が起きる。その変化を見逃さぬよう、ロンドたちは気長に待った。
重水で覆われた沼に――初めて泡が浮かぶ。
泡の数が増えてくると、その泡を内側から突き破るように男の手が飛び出してくる。ダプンダプンと粘度の高い湖面の表面張力を利用して手を突くと、どうにかこうにか上半身を引き上げて、そのまま上空まで浮かび上がってきた。
「ダメだ、ボクはもうお終いだ……情熱が……枯れる」
最初に這い上がってきた男は――ネガティブをこじらせていた。
貴族風の装束で装った、見目の良い美青年だ。
「終わった……もう駄目だ……精も根もやる気も尽き果ててしまった……」
渇いた唇からは鬱を拗らせた台詞が鳴り止まない。
身長は高すぎず低すぎずと180㎝手前くらい。中肉中背というには細いが、骨や筋肉の芯はしっかりしている。頭身やスタイルもいい。
何を着ても映えそうな体型にまとうのは、中世貴族風のファッション。糊の利いたワイシャツやベストを着込み、前は短いが後ろは尻尾のように丈の長いコートをしっかり前を合わせて着込んでいる。
脚にピッタリと張り付く純白のパンツに膝まで届くロングブーツを履き、襟元はフワフワのスカーフで盛り上げている。
小粋な貴族の三男坊――親の金で放蕩する遊び人が似合いそうだ。
スタイルに見合った瓜実顔のイケメンなのだが、その顔は陰鬱のあまり今にも首を括りそうなくらい絶望に染められていた。長い髪が顔を隠すようにだらりと垂れ下がっているが、これが本来の髪型ではなかったはずだ。
貴族風青年は両手で顔を覆ってさめざめと嘆く。
「なんであんな……何もない空間でひたすら争ってるくせに……全然弱くて、どんだけ殴られても痛くも痒くもなくて……ボクの情熱を刺激するようなことはしてくれなくて……ああ、酷い場所だった、二度と行きたくない……」
鬱だ死のう……と青年は首に縄を掛けた。
「あーっもう! しゃんとしなさいよベリル!」
ウチの隊長ってばホント面倒! と少女の金切り声が聞こえる。
ベリルと呼ばれた貴族風青年に続いて重水の沼から上がってきたのは、ゴシック風ドレスに身を固めた愛らしいお嬢さんだった。
年の頃は十代にしか見えないが、態度からは成人の雰囲気を漂わせている。ベリルよりは小さく160㎝あるかないかだろう。
気の強そうな太めの眉がチャームポイントの美少女だ。
黒を主体としたゴシックドレスで着飾るが、そのドレスは昆虫の翅のようなデザインや、玉虫や黄金虫など煌びやかな甲虫の甲殻を模した装甲パーツで飾られていて、一目見るだけで虫にインスパイアしたデザインだと見て取れる。
背にも蝶の鱗翅を飾り羽として背負っていた。
見る角度によって色を変える玉虫色の髪をツインテールにわけ、実用性皆無のシルクハットみたいな小さな飾り帽子を頭に付けてい。
極彩色に彩られたゴシック蟲姫――そんなコンセプトだ。
天女の羽衣というには不気味なくらい黒々とした光沢を放つ、帯状のものが彼女を取り巻いている。それが重水を弾いていた。
ベリルは首に縄をかけ終えると、死を覚悟した眼で振り返る。
「メヅルちゃん、後お願い……ボク、もう死ぬから」
「試験クリアできたのになんで自殺すんのよ!? 死ぬんだったらこの世界をぶっ壊してから死になさいって口酸っぱくなるまで言ってんでしょ!」
メヅルと呼ばれた少女は黒い羽衣を撫でた。
撫でられた黒い羽衣はギチギチと薄気味笑い鳴き声を発したかと思えば、無数の節くれ立った脚が生え、その先端から長い触覚が飛び出してきた。
黒い羽衣の正体――それは一匹の大百足だった。
「まったく……ほら、しゃんとしなさい!」
メヅルは大百足を鞭のように振り回し、一度、二度、三度……と幾度となくベリルの背中を打ち据える。打たれた回数だけベリルは痙攣する。
打たれる度、ベリルの表情に精気が戻ってきた。
横に薙げば大森林を一掃し、縦に薙げば山をも両断する威力で振るわれている大百足の鞭だが、ベリルはこれを嬉々として浴びていた。
「お、おおお、ああああ……はぁぁぁぁぁ、これはぁぁぁ……♪」
やがて恍惚の表情を浮かべたベリルは、長い髪を逆立てる。こうなると怒髪天を衝くというより、喜髪天を衝くといった有り様だ。
「はぁぁぁーーーん! キタキタキタァァァーッ! これですよこれ!」
この痛みこそ生の実感! とベリルは歓喜して天を仰ぐ。
ベリルから憂鬱が吹き飛んで元気を取り戻したのを確認したメヅルは、やれやれと言いたげに嘆息すると大百足を手元に引き戻した。
その感情のない顔と向き合い、うっとりした表情で微笑みかける。
メヅルは小動物へするように大百足の頭を撫でた。
「ごめんねぇジェイフィーヌゥ……毎度毎度、あの変態マゾ隊長に活を入れるなんて気持ち悪い仕事させちゃってぇ……でも、あなたが物理的に一番攻撃力を出せて頼りになるからさぁ……これからも頑張ってね、ジョセフィーヌぅ♪」
甘い口調で大百足を愛でている。
その言葉はベリルへ投げ掛けたものより遙かに優しいものだった。
大百足のような一般的女性が忌避しかねない昆虫を愛して止まないメヅルの性癖は、仲間内でも「蟲愛ずる姫」と陰で囁かれている。
その時――重水の沼が割れた。
重々しい水をまとって現れたのは、白い異形だった。
全長は100mを越えている。
辛うじて人の形を保っているが、幽鬼のような相貌には知性のかけらも感じられない。頭髪を初めとしたすべての体毛を失い、水死体のように膨れた肉体は筋肉なのか脂肪なのかわからない異質な肉で鎧われていた。
数は五体。恐らくベリルたちが蓋の結界をこじ開けた際、ドサクサに紛れて一緒に飛び出してきたらしい。
ベリルとメヅルを標的にして真っ白い腕を伸ばしている。
「あれが古代巨人ってやつかしら?」
「だと思いますよ。コインを撒きに行った時にわんさかいました」
マッコウの呟きにアリガミが答えた。
「なんというか……イメージと大分異なりますね」
ミレンはわずかに眉根を寄せた。
もっと巨人らしい勇壮な種族を想像したのだろうが、実物はぶくぶくと膨れ上がった気持ち悪い巨人なので幻滅したのだろう。
くわえ煙草を揺らすアリガミは見たまんまを考察する。
「地下世界の亜空間って真っ暗闇の虚無でしたからねー。そんな空間に何十億年もいたせいか、あんなアルビノのバケモノになったんじゃないすかね」
「光の差さない洞窟の奥で進化した生き物みたいね」
マッコウの感想は当たらずも遠からず、といったところだろう。
だが腐っても古代種。その力は侮れない。
それが五体も現れれば脅威となるのは間違いないが、襲われようとしているベリルとメヅルに慌てる素振りはない。試験中に慣れてしまったのだろう。
やる気と元気を取り戻したベリルは、右手を無造作に振るう。
「ん~~~っ……ベノムスラッシャーアァァーッ!」
振るった右腕の袖から黒い何かが噴き出させると、それは波状に広がっていき広大な黒い薄刃となり、三体の古代巨人をまとめて切り捨てた。
両断された巨人たちの肉体。
その断面がベリルの放った薄刃と同じ黒色に染まる。瞬く間に全体を黒に染めるべく侵食していき、染まった箇所からボロボロと崩れていった。
「あなたたちは……あんまり可愛くないのよね」
いらないわ、と吐き捨てたメヅルは二体の巨人は一蹴。
ベリルに活を入れた大百足を軽く振るう――それで事足りた。
瞬間で百を超える大百足の鞭を食らった巨人たちは、血飛沫と細かい肉片をまき散らして呆気なく死んだ。
古代巨人たちの残骸が重水へと沈んでいく。
それを見届けることなく、ベリルとメヅルはロンドの前にやってくる。
空中で跪くと手にしたコインを掲げた。
「№13 侵毒のフラグ――ベリル・アジダハーカ」
「№14 蟲襲のフラグ――メヅル・アバドン」
ただいま戻りました、と二人は声を揃えてロンドに頭を垂れた。
この2人も世界を滅ぼしたい理由を抱えているが、一般常識と上役への敬意を弁えているので礼儀は正しい。いわゆる優等生なのだ。
「おかえり、試験クリア組ではおまえらが一位と二位だ」
ロンドはソファにゴロリと横になる。億劫そうだが満足げな微笑みを浮かべると、7番隊の隊長と副隊長に労いの言葉を掛けた。
どうやら他の隊員は生き残ることができなかったらしい。
その証拠に――4番隊の隊長たちが戻ってきた。
「絶ッッッッッ好ッッッッッ調ぉぉぉぉぉッッッッッーーーッッッ!」
天地を震わせる雄叫びとともに、重水の沼がそこから持ち上がるようにドス黒い水柱を上げた。飛び出してきたのは古代巨人の群れだ。
群れというより、団子状にまとめられて一塊になっている。
その巨大な団子を担ぎ上げる者がいた。
初見の感想ならば――マンモスを擬人化させたような大男。
身長はアダマスの3mを越えて5mはあり、バッドデッドエンズでも最大級の巨体を誇る。腕も足も丸太を何十本も束ねたかのように太く長く重く、脂肪など微塵も見当たらない筋肉のみで構成されていた。
当然、分厚いというかブロックみたいな胸板も、シックスパックどころではないほど分割された腹筋も見事なまでに筋肥大で膨張している。
この大男――ろくなものを身に付けていない。
まともな装束はプロレスラーがはくようなパンツ一丁のみ。後は全身のそこかしこに正体の知れない獣の毛皮を巻いていた。一応、アームカバーやレッグカバーのつもりらしい。
そして、頭からはその獣の本体の皮を被っていた。
巨大な一対の牙を口元から生やしたその獣は、大きな猪のようでいてマンモスのようにも見える。だが、それらの生物の特徴的な鼻がない。
牙の生え方こそ巨大な草食獣のそれなのに、口元は肉食獣の拵えだ。
そんな獣の頭蓋を被り、その頭から伸びる毛皮をマントのように翻していた。マンモスをモチーフにしたプロレスラーのようでもある。
「絶っっっ好っっっ……調ぉぉぉぉーーーッ!」
口癖を繰り返す大男は、担ぎ上げていた古代巨人の一群を突き上げる。
いや、瞬時に貫いた。
皮を破り肉を裂いて骨を折り、まとまっていた巨人たちの肉体を貫通して空に突き上がっていく。哀れ団子は爆散して肉片の花火が咲いた。
咆哮も喧しく、大男もロンドへ馳せ参じる。
「№15ッ 狂奔のフラグッ――ゴーオン・トウコツッッッ」
絶好調ーッ! とゴーオンは叫びながら厚い胸板を両手で何度も叩いた。図体の大きさも相俟って、完全にゴリラのドラミングである。
「おまえは相変わらずうるさいねぇ……ろくに挨拶もできねぇし」
はい次、とロンドは先を促した。
試験を突破した新生バッドデッドエンズが蓋の結界をこじ開け、それに乗じて古代巨人が殺到したため、沼を覆う重水はほとんど吹き飛んでいた。
その重水の沼が――干上がってしまった。
沼の底にある結界の蓋を焼きながら浮上してきたのは、眼球どころか浴びただけで皮膚を焦がして肉を焼くような目映い光を背負う者だった。
「……ああ……私は悲しい……」
男とも女とも区別がつかず、どちらとも聞き取れる美声。
170㎝ほどの体格までもが中性的で性別不詳。おまけに布を何重にも重ねたようなローブをまとっていてファッションまでユニセックスだ。
整った顔立ちにも性差が現れていない。
見る角度によっては男性にしか見えないのだが、少し立ち位置をずらして見つめると女性として目に映る。整ってこそいるが特徴の乏しい美形であるがゆえに、どうしても中性的に捉えてしまうのだろう。
背中まで届く長い黒髪は、前髪を初め綺麗に切り揃えられている。
「どうしてこんな……悲しいのでしょう……」
性別不明の人物はハラハラと涙を流して顔を濡らしながら、浴びたものすべてを焼き尽くす烈光を背負っていた。
光に群がる羽虫の如く、沼の底から古代巨人が這い上がってくる。
しかし、光に手を伸ばす指先から干涸らびていき、全身の水分を干上がらせて肉体が萎縮していく。行き着く先はミイラのような成れの果てだ。
古代巨人が干物となっても烈光は止まない。
もはや失う水分もないのに光を浴びる巨人のミイラは、ボロボロと白い粉のような塵となり、この地を覆う灰に混じって風に散っていった。
「おお、なんと悲しいことでしょう……」
彼らの散る様を見守る光の主は涙が止まらない。
自らの放つ光によって塵へと還っていった巨人たちの菩提を弔うように合唱し、涙があふれる瞼を閉じて黙祷を捧げる。
「あなたたちも私の“愛”に耐えられぬのですね……ああ、悲しい……」
「いや、おめぇの“愛”は熱苦しいんだってば」
ロンドのツッコミが聞こえたのか、性別不明の人物は顔を上げて涙を拭うとこちらに飛んできた。礼を尽くした態度で空中に片膝をついた。
ローブの中からコインを取り出す。
「№16 旱照のフラグ――ジョージィ・ヴリトラ」
御前に、とジョージィは深々と頭を下げる。
ジョージィとゴーオンはともに4番隊。前者が隊長を務め、後者が副隊長をやっていたが、絶好調バカに隊をまとめられたか甚だ疑問だ。
それを言ったらジョージィも怪しいものだが……。
「――まとめる必要なぞありませんギ」
降って湧いた声に三幹部は色めき立っていた。
声の主の気配をまったく掴むことができなかったからだ。
ミレンは徒手空拳でも拳法の構えを取り、アリガミは道具箱から異形の七支刀の抜いて身構える。マッコウも肥満体ながら腰を浮かしかけた。
しかし、ロンドはノーリアクションだった。
そんなロンドの傍らに、いつの間にかちょこんと毛玉が座っている。
「若い奴らなど勝手にやらせておけばよいのですギ……まとまるなら勝手にまとまりますし、反りが合わなければ気が済むまで喧嘩をやらせておけばよい……上に立つ者は適度に目を光らせておけばよいのですギ」
しゃがれた老爺の声で毛玉は喋っていた。
毛玉――そう表現するしかない。
薄汚れた銀色の毛玉。大きさは中型犬以上大型犬未満。
もしも人間だとすればかなり小柄だろう。
辛うじて人体の一部を見出すとすれば、大きな鉤のように曲がりながら飛び出した鷲鼻くらいのものだ。他のすべては大量の白い毛で覆われている。この白い毛の正体が常軌を逸した髪と髭だと気付くのには時間を要するだろう。
ロンドはチラリと一瞥くれると片頬を釣り上げる。
「よう、ロキ爺さん。くたばり損なったか?」
ロキと呼ばれた老人は「ギッギッギ」と軋む笑い声で応じる。
もはや髪なのか眉毛なのかわからない、鼻の上に生え揃う毛をモサモサ動かすとギョロリと大きな目玉が覗いた。片方の眼がロンドを見据える。
「いやいや、ロートルは地の底でくたばるのがお似合いかと思いましたが……若いのが能なしばかりで、消去法で生き残ってしまいましたギ」
白い毛をかき分けて皺だらけの細い手が現れる。
人差し指と親指で挟むコインを、証明書のように提示してきた。
「№17 混迷のフラグ――ウトガルザ・ロキ」
罷り越してございます、と毛玉なりに身を屈めて礼をしてきた。
おや? とロンドは訝しげに眉を顰める。
「そういやロキ爺さん、おまえんとこの副隊長はどうした? おまえさんなんかよりアイツのが断然強いだろ? 腕が立つ利かん坊といやぁ、グレンやアダマスに勝るとも劣らねぇんだから」
――ロキは2番隊の隊長を務める。
だが前述した通り、ロキは隊長の役に任じられても、そこに所属する若い隊員には好きにさせていた。2番隊の気風は限りなくフリーダムなのだ。
特に副隊長を任された男は自由人で有名だった。
強さだけならロキを上回り、ロンドも認めた通りフィジカル系最強のグレンやアダマスに並び立つ、バッドデッドエンズ三強に数えられる。
しかし、隊のまとめ役は面倒だと拒否。
これを最年長であるロキに譲り、副隊長の座に収まるも隊のまとめ役などするはずもなく、それどころか単独で殺戮と破壊の限りを尽くしていた。
単体での戦果はバッドデッドエンズの中でも群を抜いており、TOPに位置するリードやグレンに匹敵するものがあった。難敵や要所を撃破した部門ならリード、単純に殺した人数の多さ部門ならばグレン……といった戦績だろう。
グンザは――どちらでも二番手にいた。
功に焦らず、趣味に走らず、ただ淡々と殺戮や破壊に励んでいる。
そんなイメージが過った。
「狼は首輪を嫌いますでな……飼い慣らせませんギ」
放し飼いが一番ですギ、とロキは全身の体毛を揺さぶって笑った。
ロキの言い分をロンドは鷹揚に認めてやる。
「まあ、世間様をぶっ壊してぶっ殺してく迷惑かけまくってくれる分にゃあ、オレにとって都合がいいからな。好きにやらせておくのが一番か」
「そういうことですギ。若いうちは野放図でいいんですギ」
そこな若者たちのように――。
ロキは小さな身体を縦に伸ばすと、ソファ越しに視線を後ろへ向けた。
大広間の片隅に影が蔓延る空間があった。
その影から浮かんできたかのように、2つの気配が蹲っている。ロキにも気付かなかったが、こちらの二名にも三幹部は気付けなかった。
「やっぱ生き残ったか。オレの目に狂いはなかったな」
ロンドはこれにも動じることなく、身体ごとそちらへ振り向いた。
二人は影の中から出てこようとしない。
片方は小柄……というよりまだ子供の体格だ。長い黒髪を垂らして陰の中でも目立つ派手な着物をまとい、自分の倍はある長大な武器を携えていた。
「№18 絶界のフラグ――ホムラ・ミドガルズオルム」
もう片方は鍛え上げた体格の持ち主。浴衣のような着物しか着ておらず、腹をサラシで引き締めている。昭和の任侠を彷彿とさせる風体だった。
「№19 焦熱のフラグ――ゲンジロウ・ムスペルヘルム」
名乗りはしたものの、どちらも頭は下げない。
二人は獲得したコインを見せて試験突破こそ主張したが、ロンドに対して臣下の礼を取るような行為は一切しなかった。
協力はするが馴れ合わない、という彼らなりの意思表示だ。
そもそも彼らはバッドデッドエンズではない。
途中参加といえば聞こえはいいが、元々は敵対関係にあった連中だ。紆余曲折を経て利害関係が一致し、ロンドの力を得て共闘することを約束した。
手は結ぶが仲間にはならない――態度で示している。
「餌はもらうが尻尾は振らねぇか……いいねぇ、その矜持」
極道者はそれでいい、とロンドは鼻を鳴らして背を向けた。
陰に潜んでいた2つの気配は消える。
彼らもまた全面戦争への準備に余念がない。万全の力を出せるように、地下世界での激闘の疲れをどこかで癒やしてくるのだろう。
それはコインを手に入れてきた者全員に言えることだが……。
パゴン! と何かが外れる音がした。
イメージ的には下水道内部からの圧力によってマンホールの蓋が吹っ飛んだような音だった。内圧が限界突破して、蓋を打ち上げた音によく似ている。
ただし、鼓膜が破れて内耳が壊されるレベルだ。
ロキはこの爆音に反応して毛の下からギョロ目を剥き出した。
「ロンド様、どうやら倅が戻ってきたようですギ」
「倅って……おまえんとこの副隊長か?」
ロキは隊員の世話は焼かないという割に、隊に属する者を誰であれ倅と呼ぶ奇妙な癖があった。自由すぎる副隊長もこの例に漏れない。
この言葉に感化されたアリガミが気付いた。
「今の音って……まさか、結界の蓋を完全に壊したってこと!?」
「ちょっと待ってアリガミ。それって古代巨人が束になっても壊せないし、壊したとしてもすぐさま修復される機能付きの結界なんでしょ?」
それを完全破壊したの? とマッコウも驚きを隠せない。
ギッギッギッ、と錆びついた喉で笑声を漏らすロキは得意げだった。
「それをやるのが――ウチの倅ですギ」
数十億年、誰にも破壊することができなかった結界。
その結界を完膚なきまでに破壊した当人は、開放された地下世界から悠然と浮上してくる。急がず慌てず、だが遅くはない適度なスピードでだ。
現れたのは――軍装で身を固めた兵士だった。
レオナルドのような将校が着る軍服ではなく、実戦に適した兵士向けのミリタリーファッションで決めている。身の丈190㎝を越える偉丈夫に合わせたそれは、所々ハイセンスに改造された跡も見られる。
異様な点があるとすれば――彼の両手に集約されていた。
武器なのか防具なのか、機械なのか装甲なのか、どういう類の装備なのかわからない金属塊がまとわりついているのだ。
両手と五指は自由になるよう、手首から肘までを覆っている。
アリガミの凶悪なデザインの籠手とはまた違う。
明らかに可変する機構なのだが、どのように変形するか想像がつかない。
軍装に反して――飼い慣らせぬ狼の如き相貌。
森羅万象を藪から見据えるような2つの眼は荒々しく削ったかのように研ぎ澄まされ、何日と眠れぬ夜を過ごしたかのように隈で彩られていた。
針を重ねたような乱れ髪、もみあげまで逆立つ。
まっすぐな鼻筋の舌には、真一文字に結ばれた獣の如く大きな口。
数本の牙がはみ出す口元からは喉を鳴らす音が聞こえる。
猫が甘える時に慣らすものとは訳が違う。
餓えた大型肉食獣が欲求不満から慣らすような音だった。
軍装の男は沼の底からロンドたちの目線まで浮かび上がると、瞬間移動と見紛う速度でこちらへやってきた。ただし、他の者のように平伏はしない。
「№20 神喰のフラグ――グンザ・H・フェンリル」
名乗るグンザは20枚目のコインを取り出した。
他の者たちも内心どう思っているかは定かでないものの、ロンドに対して最低限の礼儀で接したことを考えれば、彼の態度は極道者と呼ばれたあの二人に勝るとも劣らない不遜なものである。
しかし、ロンドはこれを咎めない。
無礼な態度を許されるだけの実力を、グンザが有しているからだ。
「遅かったじゃねえか――狼」
ロンドは最後のコインを持ってきたグンザを冷やかす。
「穴に落とした中じゃおまえがいの一番に飛び出してくるかと思いきや……まさかの最下位とは期待外れもいいとこだよ。どうした、そんな手こずったか?」
グンザが遅れた理由をロンドは察していた。
それを承知で揶揄うと、横に座るロキも「ギギギ」と含み笑う。
グンザは眉ひとつ動かさず口を開いた。
「全員殺していたら遅れました……それだけです」
一応、敬語らしいものを使ったグンザは短く区切って答えた。
この場合の全員とは――徹底した鏖殺だ。
敵も味方も第三者もすべてである。
地下世界に蠢いていた、古代神族や魔族が殺しきれず封じた不死身の古代巨人族を一人残らず殺し尽くした上で、自分とともに地下世界へ堕とされたバッドデッドエンズの仲間たちを片っ端から殺して回ってきたのだ。
この事実に他のコイン獲得者は戦慄する。
ひとつ間違えれば、グンザに抹殺されていたかも知れない。
メヅルなどはそれを回避するため、トップバッターで試験クリアを目指した様子が垣間見える。ベリルはマゾなのでグンザの攻撃をわざともらおうとしただろうが、メヅルが引っ叩いて無理やり連れてきたに違いない。
一方でジョージィとゴーオンの4番隊コンビ。
彼らはああいう性格のため、大して気にしなかったらしい。
据わった眼でグンザは淡々と呟く。
「自分はただただ殺す……殺戮の他にすべきことがありません」
グレンが「快楽殺人」に情熱を燃やし、アダマスが「自己保身」から強者を殺しているとすれば、グンザのそれは「自動機械」と例えられるだろう。
グンザは自身を――殺人機械だと思い込んでいる。
それも強烈にだ。このため人を殺す以外のことを彼は知らない。
野に放てば命じずとも殺戮を実行する機械。
世界廃滅を謳うロンドにしてみれば重宝する人材であり、曲がりなりにも上司であるロキにすれば命じずとも働く有能な部下である。
融通が利かなくて感情が薄いのが玉に瑕だが――。
「よぉし、これで出揃ったな!」
ロンドは膝を打って立ち上がり、迎えるように両手を広げた。
瞬間、破壊神の覇気が波動となって爆ぜる。
空に浮かぶ本拠地を揺るがし、不毛の大地を震撼させ、災害レベルの震災をもたらして岩と灰を絶え間なく震わせていた。
直近で浴びたバッドデッドエンズの面々も竦むほどだ。
「108人から選りすぐった20人の終焉者よ。バッドデッドエンズ・トゥエンティとでも改名ッスか。後にも先にも残ってるのはおまえらだけだ」
発破というには威力のありすぎるロンドの言葉。
言霊そのものに暴力的な継続ダメージがあるのだ。
「泣いても笑っても三日後には世界を滅ぼす戦争を始める。四神同盟っていう障害があるのは知っての通りだが、細かいことは指示するつもりはねぇ」
幹部を含め全員が黙して静聴する。
「オレからの命令は3つ、後は自由だ。好きにしろ、臨機応変にやってくれ」
感情の薄いグンザですらも、黙礼のように目を伏せていた。
居並ぶ部下を前にしてロンドは命じる。
「壊せ、殺せ、滅ぼせ――それがおまえらの仕事だ」
気合い入れろよ? と破壊神は脅迫まがいの笑顔を浮かべた。
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