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第16章 廻世と壊世の特異点
第380話:Last WeekⅡ~復讐するは我々にあり
しおりを挟む最後の一週間――全面戦争まで残り5日。
今日は各陣営の避難施設を視察する予定だ。その後、先日からハトホル国に留めているソワカとトワコに面会するつもりでいた。
如意宝珠を操る謎の僧侶――ソワカ・サテモソテモ。
神秘の弦楽器を抱く美女――トワコ・アダマス。
ルーグ陣営に喧嘩を吹っ掛けるも、その真意は「バッドデッドエンズと戦う仲間を見定めていた」と打ち明けて、誠心誠意の謝罪をしてきた。
技能で調べたが嘘をついている様子はない。
それでも急襲を仕掛けてきた事実を踏まえ、一時的に拘束させてもらっている。別に監禁や投獄しているわけではない。
脱出不可の結界を張った客室で過ごしてもらっていた。
ただ、ソワカの力量ならば脱出は容易いだろう。
トワコも協力すればその成功率は跳ね上がる。
誰にも知られることなく、秘密裏に抜け出すこともできるはずだ。
どんな巧妙に結界を破ろうともツバサへ通達が飛ぶよう設定しているが、これはほとんど警報代わりである。多分、あまり意味がないとは思う。
協力的なのだ――ソワカもトワコも。
監禁というより軟禁だが、衣食住はVIP待遇である。
だからというわけではないが、ソワカもトワコも大人しくしてくれている。念のため穂村組やハトホル一家で手の空いた者に見張り番を頼んでいるが、雑談で盛り上がるくらい打ち解けていた。
トワコは奥手だが、ソワカはあの通り口が達者である。
話上手はどこへ行っても重宝される。
宴を盛り上げる幇間持ちも、対立する二者間の間を取り持つ交渉役も、口が上手くなければ務まらない。逆にいえば、弁が立てば敵地へ乗り込んでもあることないことを並べ立てて乗り切ることさえ叶うだろう。
口八丁手八丁とはよく言ったものだ。
レオナルドもそうだが、ソワカの話術も相当なものである。隙を見せたらスルリと懐に入り込んできそうな巧みさがあった。
精々、面会では言いくるめられないよう注意しておこう。
~~~~~~~~~~~~
そんなわけで――各陣営の避難施設を見て回った。
ハトホル国、ククルカンの森、イシュタルランドと順に訪れ、最後に還らずの都を守るキサラギ族の都市に設けられた避難施設を訪問する。
「ほぼ完成しているな」
高い天井を見上げてツバサは満足げに頷いた。
都市の地下に建設されたのは――巨大な防空壕だった。
ここは地上より下ること約100mの地中。
正しくは最新鋭の設備をこれでもかと盛り込んだ、ホール型の超巨大シェルターである。還らずの都付近の都市や街で暮らすキサラギ族、ケンタウロス族、サテュロス族など、数千名が過ごせるように造られていた。
千里眼で施設の出来映えをチェックする。
「うん、最低でも防空壕で数ヶ月は暮らせる準備ができてるな」
「え? そんなにいなきゃなんないの?」
ツバサの背後からヒョコッと顔を出したのはミロだった。
天井が高くて内装も完璧、換気や照明もしっかり整えられているとはいえ、「何ヶ月も地下暮らしは酷くない?」と表情で訴えている。
ツバサは心優しいアホの娘を諭す。
「念のための備えだ。戦争がいつ終わるかわからないからな」
最悪にして絶死をもたらす終焉との戦いは5日後。
互いに総力戦なのも確かだが、どちらかが殲滅するまで戦いは終わらない。ロンドたちはこの真なる世界を跡形もなく滅ぼすまで侵攻を止めるつもりはなく、ツバサたちもバッドデッドエンズを全滅させなければ安心できない。
残党など以ての外――再起でもされたら堪らない。
どちらかが絶えるまで戦争は続くのだ。
バッドデッドエンズは単身で世界を滅ぼす力を有している。一人でも生き残っている限り、地上に災禍を振りまきかねない。
「戦争が終わるまで国民を表に出すわけにはいかない。地下生活が狭苦しいのは申し訳ないが、安全のため我慢してもらうしかない」
「むう……じゃあ、頑張ってアタシたちが早く終わらせないとね」
ミロは文句を引っ込めてやる気を出した
そうだな、とツバサはミロの頭に手を乗せる。
その心意気があれば、半日で終わらせることも叶うかも知れない。
天下分け目の大戦といわれた関ヶ原の戦いも、始まる前はほとんどの武将が「どれほどの年月がかかるかわからぬな」と懸念して準備に余念がなかったものの、蓋を開けてみればたった半日で終わってしまった。
戦況次第ではどう転ぶか予測できないのだ。
「でも早く終わったら、この地下シェルターも無駄になっちゃうね」
「無駄になっても国民が無事ならそれでいいんだ。今後のことも考えれば、蕃神に襲われた時の避難施設にもなる。使い道はいくらでもあるさ」
「さすがツバサさん、転んでもただでは起きないね!」
さすツバ! とクロコが流行らした称賛をミロはうるさいくらい繰り返す。あんまりにも鬱陶しいので額を小突いてやった。
ミロにまとわりつかれながら、ツバサは防空壕を歩いていく。
真紅のロングジャケットをたなびかせて歩くツバサに、ブルードレスをまとったお姫様風ファッションのミロはこちらの細い腰に抱きついたり、周りを跳びはねたり腕にしがみついたりと、落ち着きない子供そのものだ。
今日は二人とも戦闘服を着込んでいる。
開戦まで5日あるとはいえ戦時下のようなもの、ネリエルの一件もあるので外出する際には常在戦場の心構えで戦いやすい衣装を選んでいた。
数千人が数ヶ月暮らせる地下シェルター。
建設されたのはここだけではない。
ハトホル国、イシュタルランド、ククルカンの森――。
それぞれの陣営に巨大防空壕が建設されていた。全面戦争の際には国民がここで避難生活を送れるように準備が進んでいる。
避難中の食糧の備蓄、飲料水の確保、太陽光と同じ照明装置で昼夜の時間管理、戸数分の仮設住宅、長期化を見据えて自給自足できる耕土……。
居住性においても快適さが追究されていた。
無論、シェルターとしての防御力も尋常ではない。
天井、壁、床……それぞれが耐衝撃や耐火に耐重圧といった様々な耐性防壁を何重にも重ねており、合間合間に挟まれた防壁にはマリナのように防御魔法に長けた神族がかけた強固な結界が定着されている。
これにより、怪獣王の群れが爆走しても潰れない堅牢さを誇っていた。
各陣営に設けられた地下シェルター群。
これを造ったのは工作者だが、ダイン、ジン、ヨイチといったお馴染みの顔触れではない。彼らは他の工作仕事に大わらわの真っ最中だ。
では誰がこれらを建設したかというと――。
「あら、ツバサくんにミロちゃんじゃないの。いらっしゃい」
見学かい? とマーナは細い煙管をくゆらせた。
穂村組 構成員 魔眼の魔術法師――マーナ・ガンカー。
ホネツギーとドロマンという子分を引き連れ、あっちこっちで悪さを働いていた小悪党である。しかも大それたことに、穂村組の組長やこの世界で幅を利かす強者を倒して覇王になろうと目論んでいたのだ。
しかし、そこは小悪党――あっさり頓挫してしまった。
その一因はツバサだったりするのだが……。
野望はデカいがどこか抜けているので、有名なアニメシリーズに登場する悪役にあやかって“三悪トリオ”の愛称で親しまれていた。
マーナはその女ボスである。
ツバサより3~4歳上だというから24、5歳だと思うのだが、高校生どころか中学生でも通りそうな若々しいコンパクトボディの美女である。
美少女といわれても信じられるだろう。
ハイレグの水着みたいなボディースーツに、肘まで隠すアームカバーと膝まで隠すブーツカバー。そしてスタイリッシュなマントを羽織る。そのどれもがエナメル質な光沢を帯びた真っ黒なものだった。
マントの裏地だけ、朱に近い色の赤に染まっている。
まさに悪の女幹部といった出で立ちだ。
煙草を吸うのに細長い煙管を愛用するところもそれっぽい。
エロティシズム漂う大胆なコスプレチックな衣装と裏腹に、顔は薄化粧で素の美しさを活かしている。長い金髪も背なで二つに結っているだけだ。
彼女がこの建設現場の陣頭指揮を執っていた。
「お疲れ様です、マーナさん」
順調ですか? とツバサが問えばマーナは苦笑した。
「ボチボチさね。ウチの連中は凝り性だからね。やるって決めたらとことんやらないと気が済まないんだよ。監督するあたしの身にもなってほしいもんさ」
おかげで手が抜けない、とマーナは愚痴る。
それでも悪い気はしないのだろう。表情はとても明るかった。
「マーナお姉ちゃん、こんにちは~♪」
元気~♪ と陽気に挨拶するミロだが、何故かツバサの背中に隠れた。かと思いきや、両手を前に回すとツバサの胸の下へ差し込んでくる。
そして、ツバサの超爆乳を派手に弾ませた。
ドムンドムン、と重たさと柔らかさを兼ね備える擬声語が聞こえる。
ジャケット越しであろうと特大ビーチボールサイズの丸々とした輪郭がくっきり浮かび、雌牛の女神に相応しい乳房が暴れるように踊り狂った。
これにマーナは眼を細めて笑顔を浮かべる。
「……ミロちゃん、ツバサくんの乳で遊ぶのやめない?」
あたしキレそう、とマーナは笑顔のまま顔のあちこちに青筋を浮かべた。
本当に血管が切れそうだから怖い。
マーナは少女体型でスレンダー……早い話、貧乳だった。
子分たちにも事あるごとにネタにされるそうだが、その度にブチ切れているので気にしているようだ。それを承知でミロは揶揄っていた。
「このアホは本当にもう! 失礼しました!」
ミロに拳骨を落として黙らせると、ツバサはマーナに平謝りした。
「フッ、いいさいいさ。子供のしたことさね」
目くじら立ててたら切りがない、とマーナは矛を収めてくれた。
「それに、ウチのボンクラどもよりは可愛げあるしね」
「彼らに普段なんて言われてるですか……?」
女ボスとして子分二人を仕切っているわりには、その子分たちに侮られすぎではないだろうか? なんでも幼馴染みの腐れ縁らしいが……?
「しかし、ツバサくんにさん付けで呼ばれて謝られる日が来るなんて……」
人生わかんないもんだね、とマーナは感慨深げだった。
かつては敵同士として激突し、人格さえ否定する間柄だったのに、今では互いを一個の人間として尊重できる仲間になっているのだ。
「ホント、不思議なもんさね……」
唇から解き放たれた紫煙はアンニュイに漂っていく。
穂村組が壊滅に追い込まれた――あの逃走劇。
(※第319~320話参照)
バンダユウでさえも瀕死の重傷を負った大混乱の最中、ハトホル国まで逃げおおせたのはマーナ一味の奮闘と、臆病な商人が勇気を奮った賜物である。
以来、三悪トリオは毒気が抜けていた。
今ではすっかり真面目となり、協力的に働いてくれているのだ。
前述したが、この地下シェルターは完成間近である。
他の三陣営の地下シェルターもマーナ一味が手掛けたもので既に完成済み、そこでの一仕事も終えていた。この防空壕では仕事の締めに入っていた。
避難が始まるまで防空壕は広大な空きスペースだ。
その広さを有効活用するべく、とある機械の建設現場になっていた。
「はい、もうじき完成だけど手ぇ抜いちゃダメよぉ~ん!」
ハリアップ! とホネツギーは奇妙な拍手で骸骨の作業員に発破をかけた。彼の右手は生身、左手は骨なので妙な音になるのだ。
穂村組 構成員 魔骨の死霊術師 ホネツギー・セッコツイン。
マーナの子分その1である。
魔族である彼の身体は右半分こそ美青年だが、左半分は肉も神経も内臓もない、死んで骨だけの骸骨となっていた。
そんな身体に水干を改造したような作業着を着込んでいる。
(※水干=平安時代の男性が身に付けた装束)
死霊術師である彼は技能を使い、大量のスケルトンを働き手として動員させてとある機械の大量製造を急がせていた。
「焦らず急がず、でも迅速かつ丁寧に仕事を進めるダス」
ドロマンも部下として創ったゴーレム部隊に指示を飛ばしていく。
穂村組 構成員 魔泥の錬金術師 ドロマン・ドロターボ。
マーナの子分その2だ。
彼もまた魔族なためか、顔の左半分が泥のように溶けて眼球が剥き出しになる異相の巨漢である。ホネツギーよりラフな格好で、上半身は裸に作業用ベストを羽織るだけ、下はヴィンテージ風のダメージジーンズ。
図体に見合わず錬金術師の職能を持つ彼は、大勢の泥人形を作業用人員として投入していた。工具を片手にせっせと労働に勤しんでいる。
ゴーレムもスケルトンも、黙って働く優秀な労働力。
おまけにマーナの過大能力によって基礎的な能力や知能が底上げされているので、最低限の指示でも十分に働いてくる有能さだ。
個性すら持つ高性能な――骸骨と泥人形。
三悪トリオが力を合わせれば数万人単位で使役することができる。
こうした人海戦術の動員により、短期間でこの防空壕を造り上げたのだ。
現在、彼らが建造を急いでいるのは小型の飛行艇。
その数はこの防空壕にあるだけでも全部で250機ある。
これまで地下シェルターを建設してきた各陣営にも、これと同じものが250機ずつ造られている。つまり、総数は1000機に上るわけだ。
全体的な大きさはトラックくらい。
具体的に言えば、2tロングと呼ばれるタイプのトラックだ。
しかし、その見てくれは生物的な外観をしている。
「えーっと……なんでダンゴムシ?」
装甲を取り付け中の機体を見上げるミロは首を傾げた。
そう、外見はダンゴムシにしか見えない。
裏庭に転がっている大きめの石をひっくり返してみると、その下から這い出てくる昆虫にそっくりなのだ。突くと団子みたいに丸まるからダンゴムシと呼ばれるらしい。本当、綺麗な球形になるのだ。
しかしこの機体、ダンゴムシにしてはやや平べったい。
それに高速で飛行する機体と注文をつけたので、機体の後部にはちゃんとジェット噴射装置が取り付けられている。
エンジン構造からして、音速に近い超高速を叩き出せそうだ。
「なのに……なんでどしてダンゴムシ?」
納得いかないのか、ミロは反対側に首を傾げる。
「ダンゴムシじゃあなくて、ダイオウグソクムシですよぉ~ん」
訂正するように言ったのはホネツギーだ。
ツバサちゃんミロちゃんいらっしゃ~い! とホネツギーは両手に工具を持ったまま広げて振り回し、二人の来訪を歓迎してくれた。
マーナ一味では彼が一番愛想がいい。ゴマすり上手でもある。
ツバサも彼の言い訳を聞いてみたくなった。
「ミロじゃないけど、なんでダンゴムシ……じゃなくてダイオウグソクムシなんですか? いや、高速で飛んでくれれば何でもいいんですけど……」
てっきり、泳ぎの速い魚になると思っていた。
マーナ一味のホネツギーとドロマンも腕の立つ工作者だが、飛行戦艦などを建造させるとよく海生生物をモデルにするのだ。以前造っていた戦艦は初代が鯨、二代目は鮫をモデルにしていた。
まあ、どちらも大破してしまったのだが……。
「あー、それはですねぇ――」
「――機能性を重視してみたんダス」
ホネツギーに代わり、ドロマンが実直に答えてくれた。
「高速飛行性能は推進装置でどうとでもなるダス。その際、空気抵抗が少なくて防御力が高く、世界中に怪獣が群れようともくぐり抜けれそうなフォルムを選んだ結果、ダイオウグソクムシがいいということになったダス」
「あぁ~ん、僕ちゃんのセリフ取らないでよぉ~ん!」
ドロマンに美味しいところを持って行かれ、ホネツギーはハンカチを噛んで悔しがっていた。出番とか待ち焦がれていたのかも知れない。
「なるほど……理に適ってますね」
ドロマンの説明に文句をつける点はなかった。
高速飛行するダイオウグソクムシが各防空壕に250機ずつ。
総数1000機の機体は完成次第、ある魔法道具を積み込んだら順次出撃、全面戦争が始まるまで各地に潜んで待機する。
開戦と同時に――それを世界中にばら撒いてもらう。
この一連の行動を行うべく、ダイオウグソクムシには簡易的な人工知能を組み込むのだが、それは現在進行形でマーナが設定中だった。
彼女は魔眼の魔法術師。その肩書き恥じない能力を持っている。
万物の構成要素である“気”を集めて、様々な効果を発揮する魔眼を生み出すことができるのだ。それを人工知能として利用する。
陣頭指揮を執っているだけではないのだ。
「それにしても……みんないい子になっちゃったねー?」
世界征服は諦めたの? とミロは冷やかし気味にマーナ一味を見渡した。
これには三悪トリオも苦笑いを隠せない。
『穂村組どころか四神同盟も倒して――真なる世界の王となる』
マーナ一味はそんな野望を掲げていたのだ。
あの頃と比べたら、今の彼女たちは随分と殊勝になっている。
「なぁに、身の程を知っただけさね」
マーナは過去の愚かしい自分を小馬鹿にするかのように、そして身の程を弁えた大人のように寂しげに、鼻を鳴らして笑い飛ばしていた。
「上には上がいる、自分たちの器を思い知ったからね」
もう世界征服なんざゴメンだよ、とマーナは頭を振った。
これに二人の子分も「うんうん」と同意する。
「そうそう、世界征服なんてよくよく考えてみたら面倒そうだしねぇ。支配した国の管理とか特に……僕ちゃんにお鉢が回ってきそうだしさぁ」
「あと、同じ釜の飯を食った連中を裏切るほど冷酷にもなれないダス」
ホネツギーとドロマンも、それぞれの見解を口にする。
ツバサたちにコテンパンに負けたことのみならず、穂村組壊滅を目の当たりにしたり、バッドデッドエンズとの戦いで身に沁みたのだろう。
自分たちが駄々甘だったことに――。
彼らなりに精神的な成長を遂げたのかも知れない。
彼女たちも例の「一日が一年として使える異相」でヒーコラ言いながらも修行したので、なんだかんだでLV900台まで強くなっていた。
気持ちの変遷は、心身ともにレベルアップした証でもあるのだろう。
「でもね……王様になるのは諦めてないよ」
再評価した途端――マーナは前言撤回してきた。
悩ましい流し目でこちらに振り返ると、悪戯な笑みで告げる。
「この真なる世界はデカいんだ。全部を支配するなんて土台無理なんだから、どっかの小さな地方を狙った方が現実的ってもんさね」
「平和になったら僕ちゃんたちにお裾分けしてほしいな~って」
「オラたちの土地をいただいて、そこを治めるって寸法ダス」
マーナ一味の意見を要約するとこうなる。
いずれ真なる世界が落ち着いたら、暖簾分けするみたいにどこかにマーナ一味が治める領地が欲しい。そこを統治する王様になりたい、というわけだ。
現実的、といえば現実的かも知れない。
マーナは煙管を弄んで軽やかな表情を浮かべる。
「そんくらいのが身の丈に合ってるし、何より気楽にやれそうだからね」
そのためにも――四神同盟には勝ってもらわなければいけない。
道理で協力的なわけだ。これには納得である。
今後の計画として、四神同盟会議でも開拓村の議題は出ていた。
各地に派出所的な開拓村を設ける計画が進むのであれば、マーナ一味のように自治領を持ちたいと希望(野望か?)する仲間がいるのなら、裁量次第で任せてみてもいいかも知れない。
事実、彼らは領地経営をしていた経歴がある。
現在ハトホル国で暮らしている神猪の末裔であるヴァラハ族と、聖牛の子孫であるナンディン族は、マーナ一味に保護されていた。
彼らとしては両種族をいずれ自分たちを信奉するように仕向け、隠し鉱山を採掘するための労働力として使っていた。だが衣食住は完備されているし、労働時間も適正、福利厚生も行き届いたホワイト企業っぷりだったのだ。
あれ……統治者の適正あるんじゃないか?
「捕らぬ狸の皮算用ですよ」
未来への青地写真を見据えて語るマーナ一味を頼もしく思いながら、気を引き締める言葉を投げ掛けた。しかし、ツバサの頬は緩んでしまう。
「まずは最悪にして絶死をもたらす終焉との戦争に勝ってから――です」
いいですね? とツバサは念を押す。
「「「――ウイッサー!」」」
マーナ一味はへんてこりんな敬礼でこれに応じた。
彼女たちオリジナルの挨拶らしい。
~~~~~~~~~~~~
ハトホル国へ戻ってくると、その足でソワカたちを訪ねた。
拠点である我が家にはいくつかの離れが設けられているのだが、そのうち客室用の離れにソワカとトワコを住まわせていた。
一応、ジェイクには「監禁してある」と説明したのだが、状況的には拘束度ユルユルの軟禁である。見張り番こそ立ち会っているが、よく外の空気を吸いに外出などもしているらしい。
……あんまり緩すぎるのも問題なんだけど。
マーナ一味の働きぶりを見届けたツバサとミロは、還らずの都の地下防空壕から帰ってきた足で、そのままソワカたちのいる離れへと向かった。
離れは十六畳の和室になっている。
ソワカとトワコでそれぞれ八畳ずつ使ってもらい、二人とも「布団のが寝やすいです」というので、和風の寝具や生活雑貨を揃えさせてもらった。
部屋で大人しくしているかと思えば――。
「待った! 御坊待った! 今のなし、駒戻していい?」
「ンフフフ、将棋に待ったはナシですぞセイコ殿」
「だから申したではないか、そこに指すとすぐ詰むぞと……」
野郎どもの賑やかな話し声が廊下にまで聞こえてくる。それとは別に耳を心地良くていくら聞いても飽きの来ない、擽るような美しい音色も響いてきた。男たちはその音楽をBGMに、何やら遊びに興じているらしい。
ツバサが襖を開けると、離れにいる面子が一斉にこちらへ振り向いた。
ソワカと遊んでいたのは穂村組の用心棒コンビ。
穂村組 用心棒 爆肉のセイコ・マルゴゥ
穂村組 用心棒 爽剣のコジロウ・ガンリュウ。
ヒグマみたいな巨体に蓬髪だが、鼻の大きい童顔がチャームポイントの筋肉空手家なセイコ。対照的に細身で長身の佐々木小次郎みたいな美形剣士のコジロウ。
ソワカとトワコの見張りを頼んでいた二人だ。
その見張り役が――ソワカと将棋盤を囲んでいた。
対戦相手はセイコだが、盤上の棋譜を見る限りでは完全に追い詰められていた。俗にいう王手飛車取りで「待った!」と騒いだらしい。
コジロウはセイコの助言役として傍観していた。
ツバサの登場に気付いた二人はバツが悪そうに「あっちゃ~……」という表情になった。見張り番としてよろしくないのはわかっている様子だ。
別段、咎めるつもりはない。
ソワカやトワコとは協力態勢を敷けるのはほぼ確定しているし、他の面子も彼らと打ち解けているのは知っている。
しかしまあ……最低限の体面というものはあるものだ。
「ツバサの総大将、面目ねえ! ちっとふざけちまった!」
「申し訳ありませんツバサ殿、拙者もセイコも気が緩んでいたようで……」
ツバサが部屋に入るなり、2人は畳に手をついて頭を下げてきた。あちらから最初に謝ってくれて助かった。これでこちらも大目に見られる。
いやいや、とツバサは手を振って柔軟に対応する。
「諸事情が重なったとはいえ、ソワカさんもトワコさんも数日部屋に籠もっていたようなものですからね。息抜きくらいは大目に見ますよ」
「――ごめんなさいツバサさん!」
用心棒に習うように謝ってきたのはイヒコだった。
ハトホル一家 六女 イヒコ・シストラム。
音楽家の肩書きを持つイヒコは、まだ十歳と幼いながら様々な楽器を奏でる。指揮者めいた服装を戦闘用衣装に取り入れていた。
その格好でちょこんと座り、ツバサに土下座で頭を下げている。
彼女には――見張りを頼んでいない。
幼年組と呼ばれる幼い子供たちはLV999に達している者がおらず、万が一もあるのでソワカたちの見張りを任せられるはずもない。それを理解しながら忍び込んだイヒコは、自分の過ちをわかっているのだ。
「あの……ツバサ様、イヒコちゃんをどうか叱らないであげてください」
イヒコを庇ったのは他でもない、トワコだった。
和室の片隅に正座する陰のある薄幸そうな純和風の美人は、その胸に「弦楽器」と評するしかない正体不明の楽器を抱いていた。
複雑に根を張り巡らせた切り株。
絡み合う根をそのまま活かして滑らかに加工し、そこに蜘蛛の糸の如く弦を張らしたかのような楽器だ。指で爪弾いて音を奏でるのだろうが、どのように演奏するのか想像も付かない。
だが、それをトワコは巧みに弾いてみせるのだ。
先ほどまでの音楽は、トワコとイヒコによる二重奏だった。
トワコはしどろもどろに弁解する。
「あの、私が気紛れに……その、暇潰しに音楽を奏でていたら……イヒコちゃんが興味を持ってくれて……それで、あの、こっそりお忍びで遊びに……」
音楽を愛する者同士、惹かれ合ったのだろう。
ツバサは「やれやれ」と言いたげにため息を漏らす。
謝り癖のある彼女に、これ以上深刻そうな顔をさせるのは忍びない。
「わかりました……イヒコ」
はひぃ!? とイヒコは泣きそうな声で畳に額ずく。
「トワコさんと会って話がしたかったのなら、まず俺に言いなさい。俺がいなかったらドンカイ親方やセイメイにクロコ……大人に相談するんだ」
もう勝手はするなよ、と短く説教する。
「は、はい! ツバサさんごめんなさい! もうしません!」
ちゃんと相談します! とイヒコも約束してくれたので良しとしよう。
改めて――ソワカやトワコと面会する。
といってもトワコは奥手で口下手なので、ソワカとツバサが一対一で対談するようなものだった。両者は座布団の上に正座して向かい合う。
ソワカの後ろには少し離れてトワコが座る。
ツバサの隣には同格ということでミロが偉そうにあぐらで頬杖をついており、後ろには部屋にいたセイコ、コジロウ、イヒコが並んで座っていた。
せっかくなので面会の立会人をやってもらう。
「まずは……咎を犯した我々にこのような寛大な処置をしてください、誠に感謝しております。この場を借りて礼を申し上げさせていただきます」
ソワカは指をついて丁寧に礼を述べてきた。
ジェイクと戦っていた時の人を舐めた軽薄な態度はすっかり失せ、落ち着いた僧衣に見合った紳士的態度はとても好ましい。
あれを演技だと考えれば、こちらが本来のソワカなのだろう。
2mはある大柄な彼の体格に合わせているが、僧衣も袈裟も格調高い仕立て物。仏閣の奥から現れれば高僧と見紛う端正な佇まい。
所作も乱れなく、作法に則ったものだ。
その割にはあの珍妙なキャラも似合っていたが……。
「礼を言われるほどのことはしてませんよ御坊。咎については、ジェイクにこそ不快な思いをさせたものの、我が身を削ってまでこちらの力量を測りたいという真意には共感を抱くところがあります」
ツバサも丁重に返事をすると、礼への言葉も返した。
「仮初めとはいえ拘束したものの、歓待も兼ねたのは共に戦いたいという志を買ったに過ぎません。あなたほどの強者が味方となれば心強い」
その心付けとでも思っていてください、とツバサはうっすら微笑んだ。
ソワカも「ンフフフ」と個性的な含み笑いを漏らす。
これは演技ではなく、身についた癖らしい。
「では馳走になった分、働かなければ申し訳が立ちませんな」
「働くと仰ってくださるのなら、これから始まる最悪にして絶死をもたらす終焉との大戦争で是非ともお役立ちください。そこで……」
ひとつお伺いしたい――ツバサはソワカに質問する。
「御坊が最悪にして絶死をもたらす終焉を仇と狙う因縁は如何に?」
刹那、ソワカが無表情に凍り付いた。
憎悪のあまり騒ぎ出しそうな情動を、鍛え上げた理性の冷酷さで封じ込めたのだ。しかし、双眸の奥で燃え盛る憎しみの炎は隠しきれない。
「……“八天峰角”は御存知ですかな?」
瞼を閉じてやや俯いたソワカは話題を変えるように言った。
ツバサは即答できず、思い返す時間を求めるみたいに小首を傾げた。
「確か……何かのグループ名でしたよね?」
聞いたことはあるのだが、ツバサはそちら方面に疎いのでうろ覚えだから返答に窮してしまった。そこへミロの助け船がやってくる。
「知ってるよ、アルマゲドン攻略動画のTOP4のひとつだよね」
「ミロ殿、よく御存知で……その“八天峰角”です」
VRMMORPG――アルマゲドン。
ツバサたちをこの真なる世界へと異世界転移させたシステムにして、ただの人間を神族や魔族へと強化させるための訓練プログラムでもあった。
その難易度はゲーム業界最高峰のベリーハードモードだったが、やりこみ要素も凄まじく、その奥深さゆえドハマりする者が続出したのだが、如何せん難易度は半端ではないので、攻略に行き詰まるプレイヤーも多かった。
そうした人々を救済したのが攻略動画である。
ただし、その難易度から完成度の高い攻略をできる動画投稿者が満足におらず、ネット上で「信頼できる!」と大多数が認めたのは四つだけ。
これがミロのいうTOP4である。
1つ目――『ツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦!』
言わずと知れたミロの投稿動画である。
ミロのアホ可愛さと先が読めない行動、ツバサの桁外れの強さ(と本人は認めないが爆乳巨尻美人のエロさ)とオカン的行動、そして百合夫婦のイチャイチャっぷりが大好評となり、一躍スターダムにのし上がった。
それと、ツバサが発見した「パラメーターを最大限まで上げてからLVを上げると強くなる度合いが桁外れ」というアルマゲドン独特の強化システムを発見したという功績が認められている。
2つ目――『グッチマンと愉快な仲間たち』。
動画投稿黎明期に名を馳せたゲーム実況者を師に持つ投稿主で、彼をリーダーとした複数人の仲間がギルドを結成して攻略に当たっていた。
いわゆる本格的に攻略する“ガチ勢”ではなく、あくまでもゲームを楽しむ“エンジョイ勢”なのだが、どんな困難でも着実に進めていく粘り強いプレイングスキルと、グッチマンの軽妙なトークが受けて人気を博した。
3つ目――『ハンティングエンジェルズ』
大手VTuber事務所オーライブ所属の4人組アイドルグループ。神話に登場する霊獣を擬人化したような美少女カルテットである。
歌って踊れて愛嬌もあってトークも上手な本格的アイドルだが、プレイスタイルも本格派。戦闘をやらせても工作をやらせても一流の成果を上げたので、本格的な攻略動画としてもファンの獲得に成功していた。
そして4つ目――『八天峰角』。
名前の通り八人で構成されるギルドで、所属するメンバーは必ずレイドボスの角をあしらった装備品を身に付けるところから“角”の名が付いた。
彼らは最強プレイヤー集団を謳っていた。
八人それぞれが別個の武術に精通する戦闘職で、アルマゲドンの各ワールドを旅しては高難易度のレイドボスを撃破していた。その様子を具に撮影し、「こういう倒し方があるぞ!」と世に知らしめていた。
このため「レイドボス攻略なら八天峰角」とネットでは評判だった。
「アタシらも最強夫婦を名乗ってたけど、結局会わなかったね」
「アルマゲドンのワールドは意外と広かったからな」
どちらも無意識に避けていた、というのも手伝っている。
予め動画同士のコラボを宣言しておくならともかく、無作為に出会ってしまえば無視することはできないし、プレイヤー同士の対戦でどちらかが手痛い敗北をしようものなら、当人たちが気にせずとも動画のファンが荒れる。
最悪、事件や裁判沙汰にもなりかねない。
過去にアシュラ・ストリートでも似たような事件があった。
それを気にしてツバサがこっそり誘導したこともあるし、他の攻略動画を上げていた人々も、こちらの動向を気に掛けていた節がある。
どうやら住み分けていたらしい。
「それでお坊さん、八天峰角がどうかしたの?」
「そこに所属する八人を鍛えたのは他でもない――拙僧なのです」
いいっ!? とミロが素っ頓狂な声で驚いた。
ツバサも思わず「ほう」と息を呑む。
「えっと、つまり……お坊さんは八天峰角の先生ってわけ!?」
「そうなるのですかな? 順を追ってお話ししましょう」
ソワカは自らの半生を振り返るように話し始めた。
「拙僧は幼少の頃より、とある宗派の本山にて仏門の修行に明け暮れておりましたのですが……その本山の奥に妙な坊主が棲み着いておりましてな」
「妙な坊主……?」
ツバサは師匠であるインチキ仙人を思い出した。
あのジジイも坊さんみたいな格好でぶらりと旅に出ることがあったのだ。托鉢と称して小遣いを集めていたとかいないとか……。
「まさかその坊主……斗来坊撲伝って名前じゃありませんか?」
ツバサはインチキ仙人の背格好を伝えた。
これにソワカはキョトンとして「いいえ」と首を横に振った。
「そのように老いてなおイケメンの老人ではございませんでしたな……一言で申せば人間離れした凶悪な笑みを浮かべる小男でしてな。人とは思えぬほど小柄で……そうそう、まるで猿のように小さくてすばしっこい老人でしたよ」
本名を訪ねたが、一度も教えてくれない。
「『幽谷響と申しやす』……などと妖怪の名を騙っておりました」
「幽谷響……聞いたことないな」
なんとなくインチキ仙人の関係者かと思ったツバサだが、その名前に心当たりはなかった。しかし、本名を明かさないところは同じ臭いがする。
ソワカの自分語りはそこから始まった。
「年端もいかぬ頃の拙僧は、この幽谷響に大層気に入られましてな。何やら世間には流布されていない、秘密の武術を手解きしていただいたのです」
武術――と聞いては俄然ツバサも興味が湧いた。
ツバサやレオナルドとはひと味違う体術を披露していたソワカだが、それが秘された武術に由来するものなら是非とも知りたい。
ダプンと爆乳を大袈裟に揺らすほど、ツバサは身を乗り出す。
「御坊、その武術というのは……?」
「別に公言するなと口止めされたわけでもありませんからな。明け透けなくいってしまいますと……彼は“力法”と呼んでおりました」
「力法……聞いたことありませんね」
ツバサも首を傾げるしかない。
インチキ仙人から武道のイロハを仕込まれてきたツバサは、あらゆる武術にまつわる知識も叩き込まれてきた。その中には世間一般に知られていない、武術界の深いところにある秘奥もあった。
だが、力法などという流儀は初めて耳にした。
ンフフフ、とソワカは思い出し笑いとともに語り出す。
「幽谷響曰く、力法とは禅問答を繰り返していた坊主たちが、白熱するあまり殴り合っていたら『その真理を拳で語れ』という悟りを開いてしまい、そこから修行の一環として体術を研ぎ澄ませてきた流派だそうですよ?」
ええぇ……とツバサの半開きな口から変な呻き声が漏れた。
「御坊、言っちゃあ悪いですが……すごく、胡散臭いです」
同意ですな、とソワカは微笑んだ。
大方、幽谷響とやらの作り話だろう。
実際のところは、一角ならぬ才を持った人物が我流で起こした武術であり、ソワカの才能を見出して受け継がせたのではなかろうか?
ツバサはそんな推察をしてみた。
「ねえねえ、お坊さんがそんな武闘派でいいの!?」
ソワカの作り話にミロは素直に驚いている。
しかし、世界問わず大きな宗教は戦闘力を保有してきたものだ。
建前としては自己防衛だが、気に入らない他宗派を攻撃する時に使ったり、場合によっては国家にも反旗を翻すことさえあった。
日本でも僧兵なんて単語がある。
あの織田信長と幾度となく戦争を繰り広げた一向宗の例もあった。
「信長が比叡山を焼き討ちしたのは有名だが、その理由は仏教が憎いから焼いたわけではなくて、比叡山が敵対する浅井や朝倉といった武将の兵を政治的理由で匿っていたからだしな。それを匿える兵力もあったわけだ」
その信長が焼き討ちした口実としては――。
『おまえら仏門のくせに、修行もしないで酒を呑むは肉は食うは武装して刃向かうは、挙げ句の果てに敵国を匿いやがる。もう立派な武装国家だろうが! だったら遠慮なく攻め込むから覚悟しとけやオラぁ!」
……と堪忍袋の緒が切れたような理由だったそうな。
信長は寺社仏閣を嫌ったわけではない。
現に信長が寄進や布施をしたお寺や神社はあちこちにある。彼は自分のやり方に楯突く宗教勢力を毛嫌いしただけだ。
「はえー、お坊さんも武闘派だったんだねー」
ミロは子供らしく変な感心をしていた。
「ンフフフ、今も昔も宗教が絡むと誰もが熱くなるものですなぁ」
自分も仏教徒なのにソワカは他人事だった。
「そこまで過激な例を挙げずとも、中国の少林寺のように拳法を修行に取り入れる例もありますからね。あれも一種の防衛手段だったはずだが……」
「ンフフ、今では少林寺最大の売りですからな」
仏教徒でも武を嗜む、と踏まえた上でソワカの話は進む。
「その力法が拙僧には水に合ったようでしてな。だからこそ、幽谷響はそこを見出して伝授してくれたのでしょうが……本山での修行を終えて実家の山寺を継ぐ頃には、一端の格闘家を名乗れるくらいの腕にはなっておりました」
一端どころではない。
ツバサの見立てが正しければ、ソワカの腕前は超一流だ。
恐らくはツバサ、レオナルド、ドンカイ、セイメイ、ミサキ、ネネコ、マルミといった武道系実力者と肩を並べる実力のはずだ。
ジェイクと実力伯仲の戦いをしたことが、それを裏付けている。
だからこそ――仲間に加えたい。
「山寺で一人修行に明け暮れるのもまた良し、と思っていたのですが……それを地元の子供たちに覗かれましてな。是非とも教えてくれと請われたのです」
青空武道教室の開催である。
ソワカは希望する近所の子供らに稽古をつけてやった。
とはいっても本格的な武術(どうも力法は殺人術の傾向が強いようだ)ではなく、あくまでも護身術の範疇だったらしい。
「そのうちの何人かが、後に八天峰角を結成するのです」
「あー、ここでやっと繋がるのか」
ミロが相槌を打つと、ソワカはンフフフと頷いた。
「左様、八天峰角の始まりが恥ずかしながら拙僧の学んだ武術……といった具合にございます。そして、縁はその後も続きました」
ある日、ソワカの教え子たちは一本のゲームソフトを持ち込んできた。
他でもない――VRMMORPGだ。
「彼らは既に遊んでおりましたが、難易度が高くて難儀しているから拙僧にも暇な時でいいから手伝ってほしいと……また、ヴァーチャル空間で出会った仲間たちにも稽古をつけてやってほしいと……せがまれましてな」
ンフフ、とソワカは懐かしそうに微笑む。
心安まる回想なのだろう。自然と顔が綻んでいた。
「つまり、八天峰角にとって御坊は師匠……なわけですね?」
「ンフフフ……彼らは先生と慕ってくれましたが、師匠と呼ばれるほど熱心に指導したわけではありませんし……ですが、愛着はありましたねぇ」
良き教え子でしたよ……ソワカは振り返るように呟いた。
今まで滑舌よく惚れ惚れするほど朗々と言葉を紡いでいたソワカの喉が、わずかながら震えている。口調にも澱みを感じてしまう。
寂しげに細めた眼に悪い予感を覚える。
「あれ? でも八天峰角の動画でお坊さん見たことないよ?」
どして? とミロは率直に尋ねた。
同業者とも言えるアルマゲドン攻略動画を、ミロはちゃんとチェックしていたらしい。なので八天峰角の動画にソワカが出演していないと断定した。
これにソワカは――恥ずかしそうに照れた。
「実は拙僧……カメラが苦手でしてな。子供の頃から図体ばかりデカいのを囃されたもので……写真や映像でも一番目立ってしまいますし……」
教導役として武術の指南は引き受けた。
だが、あくまでも裏方に徹して表舞台には立たなかったそうだ。動画出演だけは何があっても断固NG、徹底して断ってきたという。
「あの子たちは拙僧を面に立たせようと画策していたようですが……ンフフ、これすべてスルーさせていただきました」
「えー、もったいない。お坊さん見た目的にバエるのに」
「ンフフ。演出担当の子らにも言われましたが、辞退させていただきましたよ……まあ、もしも彼らの術中にハマって動画に出た時のために、あの個性的なキャラや衣装を変装用として準備したのですが……」
「ああ、あれはそのために仕込んでいたものだったのですか」
道理で外連味の効いたキャラ付けだったわけだ。
ソワカの来歴については、大まかながら把握することができた。では、そろそろ本題に入っていこう。ツバサは口に出す言葉を慎重に選ぶ。
「……そういえば御坊、あなたも一戦交えたレンちゃんやアンズちゃん、あの女子高生コンビから聞いたのですが」
妙なことを仰ったそうですね、とツバサは本題に切り込む。
「最悪にして絶死をもたらす終焉を騙った際、その悪行をつらつらと喋られたそうですが……八天峰角を全滅させた話だけは声色が恐ろしかったと」
刹那――怒気が爆ぜた。
離れが内側から破裂するように倒壊するのではないか、と心配させるほどの闘気の爆発だ。怒りと憎しみという発火剤に火が点いてしまったらしい。
それでもソワカは堪えていた。
滾らせる憎悪と激怒はジェイクに勝るとも劣らない。
だが、彼はそれを決して表に出さぬように、顔にさえ浮かべないように、理性を費やして懸命に押し止め、千々に乱れそうな心の制御に努めている。
長年修行を積んできた、その修養の片鱗が窺えた。
「そう……八天峰角は全滅いたしました」
ソワカは激情を抑え込んだまま震える声を発する。
「たった一人の男の手によって……皆殺しの憂き目に遭ったのです」
決して声を荒らげることなく話を続ける。
「拙僧たちも皆様方と同じように、こちらの異世界へと転移して参りました……幸いなことに八天峰角の誰一人欠けることなく……」
ここがどこかもわからず、現実へ帰る術さえ見つからない。
それでも自暴自棄にならず、この世界で生きていく決意を固められたのは、偏に8人の仲間が揃っていたおかげであろうとソワカは言う。
「仲が良く、友情に厚い子らでしたからな……戦いの連携も上手だった」
回顧するソワカの瞳、その涙腺が今にも弾けそうだった。
そんな彼らを支えていこうとソワカは誓ったという。
「それってさー、お坊さんもいたからでしょ?」
ソワカは俯きかけた顔をハッと持ち上げた。
ツバサも推察できたが、ミロは単刀直入に思った本音をぶつける。
「みんなの先生をやってくれたお坊さんがいたからこそ、八天峰角のみんなも頑張ろうって気持ちになれたんだよ、きっと」
ソワカはもう――限界だった。
表情こそいつもの「ンフフフ♪」と笑う愛想笑いを崩さないものの、口元は嬉しさと哀しみが綯い交ぜになって崩れ、両眼からボタボタと大粒の涙をこぼす。
後ろにいるトワコも貰い泣きでしゃくりあげていた。
堪らず抑えた口元は、涙の滝であっという間に濡れそぼっていく。
「もし、そうだったとしたら……嬉しいですなぁ」
泣き声で言葉を乱しながらも、ソワカはこれまでを振り返る。
八天峰角は奇しくも現地種族とはあまり出会さず、そのためか一カ所に拠点を構えることもせず、旅から旅への放浪生活を続けたそうだ。
「どこまでもどこまでも……長い旅が続いたものです」
少しずつ真なる世界の仕組みがわかり、訪れた遺跡を調査することや、襲ってくる蕃神と戦うことで、この世界を取り巻く状況をゆっくり理解していき、そろそろ本格的に協力できる仲間を探そうという話も出たらしい。
それが三ヶ月くらい前になる。
「今後の展望を決めたところで……奴が現れたのです」
残念ながら、ソワカは憎き仇の姿を目にしていないという。
その日はソワカが食糧調達役を任されたので、食糧となりそうな生物や山菜などを調達するため、ほんの数時間ほどキャンプ地を離れていた。
その数時間が――運命の分かれ道だった。
かなりキャンプから離れたものの、食い出のある獲物が捕れたので帰ろうとした矢先、ソワカは弟子たちに異変が起きていることを感じたのだ。
――急激に生命力が弱まっている。
何者かに襲撃され、深手を負わされたに違いない。
危機を察知したソワカは、急いで今晩のキャンプ地に駆け戻った。しかし、弟子の生命力は短い間にみるみる弱まっていく。
キャンプ地へ舞い戻った頃には――すべて終わっていた。
「7人は既に事切れ……生き残っていたのは、ただ1人」
八天峰角のリーダー格だった青年だ。
しかし、彼も虫の息だった。ソワカが回復系技能や過大能力を施しても間に合わず、命の蝋燭はいつ消えてもおかしくない。
「あの子は……血の泡を吹きながら教えてくれたのです」
――最悪にして絶死をもたらす終焉。
ソワカは憎き仇の名を、それこそ血を吐く思いで呟いた。
「その一員に殺された、と……また、こうも申しておりました」
――フェンリル。
「LV900以下は一人もおらず、LV999に到達した者は三人いた八天峰角を相手に鏖殺を成し得た者は……そう名乗ったと言い残しました」
悔しいよ、先生――ごめんね、先生。
「あの子は……拙僧の腕の中で……苦しげに息を引き取りました……」
ソワカは掌を上向きになるよう広げた。
虚空にある何かを支えるような手付きで、そこに視線を落とすと雨のように涙の滴がこぼれ落ちていく。掛ける言葉が見つからないとはこのことだ。
声を正したミロが問い掛ける。
「お坊さん、やっぱり……あいつらに復讐したいの?」
「……当然にござりまする!」
ソワカは初めて語気を強めた。怒声に近い声量だった。
持ち上げた両手を交差させて自らの肩をかき抱くと、僧衣も袈裟も破りかねない握力で引っ掴み、ガタガタと全身を痙攣させる。
「あの子らの腕を、脚を、五体を、四肢を、頭を……四方八方に散らばった臓物を! 拙僧はこの手で、この指で……かき集めたのですぞ!」
真に迫る告白だった。
同時に、フェンリルと名乗る人物の凄惨さに眉を顰めてしまう。どのような戦い方をすれば、相手の死体をそこまでバラバラにできるものなのか?
「しかし、フェンリルですか……ありそうな名前ですね」
ツバサは話題を軌道修正していく。
これ以上、ソワカに過去を振り返らせるのは忍びない。
ならばらいっそ仇へと集中させることで、怒りと憎しみを燃えたぎらさせることで前へ進める原動力に変えてやろうと思ったまでだ。
「バッドデッドエンズには、怪物や魔王の名を冠する者が多いです」
たとえばアダマス・テュポーン――。
テュポーンとはギリシア神話に登場する魔物のことだ。オリュンポスの神々を散々に打ち負かし、最強の神であるゼウスですら倒した強さを誇る。
たとえばジンカイ・ティアマトゥ――。
ティアマトゥとは、メソポタミア神話における原初の海を司る女神だが、子孫である神々と大戦争を引き起こし、数多の魔獣を産み出した魔王でもある。
たとえばリード・K・バロール――。
Kの意味こそわからないが、バロールとはアイルランドに伝わるケルト神話にて語られるフォモール族の王。後世では魔神や邪神と恐れられ、特にその眼で睨んだ者をことごとく殺す魔眼の力が恐れられた。
そして――グレン・ビストサイン。
ツバサとも浅からぬ縁があるグレンもビストサインと名乗っていたらしいが、おそらくはビーストサインの捩りだ。
その意味するところは666、獣の数字。
黙示録の獣という最強最悪の魔獣を指し示しているのだろう。
「フェンリルも北欧神話に登場する怪物。神々の黄昏と呼ばれるラグナロクでは、主神オーディンを食い殺し、世界をも食べ尽くそうとした狼……」
おかげで知名度は高く、メディアに引っ張りダコだ。
横綱ドンカイの必殺技にも使われていたと記憶している。
まだ見ぬバッドデッドエンズの一員。
そこに神々を食い殺した魔狼、フェンリルを名乗る者がいるらしい。
「そのフェンリルこそが拙僧の仇にございます……ジェイク殿がリード・K・バロールという男を誅したいと願うように、拙僧もまた……」
フェンリルの息の根を――この手で止めたい。
悔恨の念を吐き出したソワカは、胸元を鷲掴みにして訴える。
「拙僧、仏道を志すも未熟者……弟子を皆殺しにされて端然と悟りへ至るための道を邁進などできませぬ。たとえが六道輪廻より転げ落ちようとも、我が子に等しき弟子たちの仇を討ちたいと誓約を立てた次第……」
フワリ、と墨染め衣の長い袖を翻してソワカは畳に指をつく。
そこから先ほどよりも深々と頭を垂れてきた。
「ツバサ殿、ミロ殿、どうか拙僧も四神同盟の末席に加えていただきたい。どうかバッドデッドエンズとの戦に駆り出していただきたく……」
お頼み申しまする! とソワカは懇願してくる。
ここまで胸の内を明かしてくれたのなら、断る理由はなかった。
復讐者はジェイクだけではない。
ソワカもまたバッドデッドエンズの身勝手な世界廃滅思想によって家族を奪われた被害者なのだ。ツバサも同情を禁じ得ない。
もしも四神同盟の家族を殺されたらと思うだけで……ゾッとする。
「わかりました……御坊、顔をお上げください」
涙で腫らした相貌を持ち上げたソワカ。その眼を見据えてツバサは「ひとつ条件があります」と仲間入りを許すための約束を切り出した。
「御坊、あなたは必ずやフェンリルと名乗る者を成敗してください」
ソワカは泣き止んだ両眼を潤ませ、再び頭を下げた。
「ツバサ殿……かたじけない!」
礼を言われることではない、ソワカの実力を買ったまでだ。
ジェイクに敗北を喫したソワカだが、あれは殺気がなく腕試しのソワカと、殺意満点のジェイクが戦った結果である。ソワカは相手を殺さないようにセーブをかけていたのだから、ジェイクに競り負けたのは当然の帰結だ。
本気なら――ジェイクも危うかったに違いない。
これでバッドデッドエンズを抑え込める人員が増えた、とツバサの脳内でも戦力の計算が大幅アップデートされたので安心感も増す。
「そうだ御坊、開戦時には還らずの都にいた方がいいでしょう」
この配置を勧めるのには理由がある。
「バッドデッドエンズの首領であるロンドは、還らずの都を最初に襲うと宣言していました。恐らくは移動要塞ごと突っ込んでくるか、総掛かりで攻め落とすつもりでしょう。その中には……」
「拙僧の仇も含まれる、というわけですな。ンフフフ……」
承知いたしました、とソワカは了承してくれた。
ソワカの力量があれば、乱戦状態に陥っても敵を見定める眼力がある。バッドデッドエンズの中からフェンリルの風格を持つ仇を見分けられるはずだ。
彼らの名前はちゃんと体も表している。
アダマスも、ジンカイも、リードも、それぞれの名に相応しい能力を使っていたから、フェンリルも醸し出す雰囲気からわかるはずだ。
神々を食い殺した伝説の狼。果たしてどれほどの猛者なのか……。
「あ、あのぉ~、ツバサ様……」
よろしいですか? と大人しくしていたトワコがおずおず挙手する。
美人なのだが、幸薄そうで影も薄いのが難点だ。
特徴や個性がやや乏しいのが原因だろう。十二単をドレスにしたような派手なファッションをしている割には、存在感が嘘みたいにない。
ツバサたちとの対談にしても、ソワカに投げっぱなしである。
そんな彼女が珍しく自己主張してきた。
「私も、その、あの……還らずの都? というのでしょうか? そこへ……ソワカ様とともに待機したいのですが……構いませんでしょうか?」
「ええ、あなたもLV999ですし、バッドデッドエンズとも十分渡り合える実力者だと思いますので構いませんが……そういえば」
「トワコお姉ちゃんはなんでバッドデッドエンズを狙ってるの?」
やっぱり敵討ち? とミロは屈託なく尋ねた。
「いえ、あの、私は……敵討ちと呼べるわけではなく……いや、でも世間様から見ると敵討ちなのかも知れませんが、そんなつもりは毛頭なく、ただ……」
これにトワコは即答できず、目を逸らして言い淀んでしまう。
「――トワコ様の場合、拙僧と事情が異なります」
しどろもどろなトワコを片手で制すると、ソワカが説明を引き継いだ。
「実は……バッドデッドエンズにトワコ様のお身内がいるそうなのでございます。彼女はその者に、世界廃滅をやめさせたいと願っているのです」
「バッドデッドエンズの中に……家族がいるの!?」
これにはミロだけではなくツバサも面食らう。
同時に――彼女の姓が引っ掛かった。
「トワコさん、あなたのご家族ってまさか……」
「ビッグ・アダマス……いえ、アダマス・テュポーンと名を変えています」
不肖の弟です、とトワコは申し訳なさそうに詫びた。
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最後の一週間――全面戦争まで残り4日。
ツバサとミロはルーグ陣営の新拠点を訪れていた。
先日の会議はバッドデッドエンズの乱入でうやむやになってしまったが、ルーグ陣営は暫定的に四神同盟への加入を果たした。
ジェイク自身「まだ五神同盟と名前を更新するには早いよ」と四神同盟の名称は維持したまま、一組織としての所属することに決まった。
『すべては戦争が終わってから――』
リードとの激闘で意識を失う寸前、ジェイクはそう言い残していた。
ルーグ陣営が拠点を構えたのは、還らずの都の北側。
四神同盟会議でクロウやヒデヨシから上がった「還らずの都防衛計画」の提案が採用され、ルーグ陣営も都付近に拠点を建てることになった。
還らずの都では東西南北の開発が進んでいる。
そこを要所として、都市や街の建設が推し進められているのだ。
そのうち南はクロウたちタイザンフクン陣営が居を構えており、実質ここが還らずの都にまつわる中枢として機能していた。
他の東や西に北の街は、まだまだ開拓中である。
ルーグ陣営は北の開拓村を任され、そこで生活を始めていた現地種族との共存を始めていた。無論、超巨大列車ラザフォード号とともに旅してきたスプリガン族、ドラゴニュート族、ノッカー族、リザードマン族も一緒だ。
彼らとともに街造りに励んでいる。
工作者ソージが指揮を執り、急拵えで建築計画を進めていた。
「――順調みたいだね」
ルーグ陣営の拠点は、三階建てのモダンなお屋敷風だった。
クロウたちの暮らす拠点はベルサイユ宮殿みたいな本格派だが、ソージが建築したのはモダンな雰囲気の和洋折衷なお屋敷だった。
大正時代の日本によく建てられた洋風っぽい建築様式だ。
その二階のテラスに立ったツバサは、造りかけの街を見下ろす。
この街で暮らすのは鬼神キサラギ族、人馬ケンタウロス族、羊人サテュロス族、蜥蜴人リザードマン族、土精ノッカー族、竜人ドラゴニュート族。
六つの種族が暮らす賑やかな街になりそうだ。
「順調ではありますけど、これから一波乱ありますからね」
ツバサの隣にソージが並ぶ。
ダインの幼馴染みという少年だが、動画投稿の見栄えを重視してアバターを女体化したのが災いし、すっかり女神化してしまった一人である。
ツバサやミサキとは変わった経緯が違う。
女体化した流れは、どちらかと言えばマヤムに近い。
「まだ街造りを始めて間もないし、これから大戦争も始まるってわかっているので、建築と一緒に防災にも備えないといけないので慌ただしいんですよ」
ソージは肩をすくめてお手上げのポーズを取った。
そういうポーズを取らせるとニヒルな少年といった感じだが、今の彼はショートヘアが似合うスタイルのいい長身美少女なので可愛げがある。
女子校なら「お姉様!」とチヤホヤされそうなタイプだ。
胸の大きさは……ミサキとどっこいどっこいか。
幼馴染みであるダインが「ソージは鉄道関係のメカオタクぜよ」と太鼓判を押していたが、だからなのか車掌みたいな制服を着込んでいた。
元男という意識が強いためか、女性らしいファンションとは無縁である。
彼は「できるなら男に戻りたい!」と言い張っているので、女性化を受け入れている他のTSキャラとは一味違う。
ある意味、ツバサの同胞ともいうべき存在だった。
ジーッと見つめているとソージが訝しげに訊いてくる。
「……あの、ツバサさん? なんで仲間意識のある視線を向けるんですか?」
「いや、気にしなくていい。大丈夫大丈夫」
さすがLV999、こちらの目線の意図に気付いたらしい。すると、テラスの欄干にだらしなくもたれかかっていたミロが口を開いた。
「ソージくん、その勘あってるよ」
ニヤ~ッ、といやらしい笑顔でミロはバラす。
「ツバサさんもみんなのオカンになってるっているのに、まだ男に戻りたがってるからね。ソージくんのことも他人事じゃないんだよ」
「…………ツバサさん!」
感動に瞳を潤ませたソージに両手を確と握り締められた。
「男に戻る方法がわかったら是非教えてください!」
「それは俺も知りたいところなんだよなぁ……まあ、覚えておくよ」
ツバサは助けを求めるように曖昧な返事でお茶を濁した。
実際の話――男に戻れない理由もあるのだ。
変身魔法の技能で一時的に男性となることもできるが、女神化したツバサたちは女神としての権能を強めているため、実質的な弱体化を被ることになる。
男に戻ろうとすると、女神として十全に能力を発揮できなくなるわけだ。
それはとても危険な行為だった。
この過酷な生存競争が続く真なる世界においては――。
他にも理由はあるが、いずれ後述しよう。
男性に戻る話は切り上げて(ミロが「させねぇよ!?」と不機嫌にもなったので)、ツバサたちはテラスから部屋の中へ戻る。
そこはジェイクの私室だった。
部屋といっても引っ越したばかりで何もないがらんどうだ。
唯一あるとすればクイーンサイズのベッドくらいのもの。そこではジェイクが深い眠りについていた。ただひたすら、昏々と眠り続けている。
リードとの激戦から早六日。
その六日間、ジェイクは眠り続けていた。
これまでバッドデッドエンズを探し回り、神族であろうと寝食を忘れて戦い続け、30人以上ものLV999をほぼ単独で撃破してきた。
それだけでも疲労困憊になるだろうに、とうとうリードと巡り会って世界を滅ぼしかける戦いを繰り広げたのだから堪らないはずだ。
ついに精根尽き果てたらしい。
肉体的には回復しているが、精神的な疲れと蓄積してきた疲労が身体を冒しているのだろう。戦争までにしっかり疲れを取ってもらいたい。
本人も無意識に理解しているのだろう。
リードと雌雄を決する日に備えて、回復にも使えるマルミの過大能力を抵抗なく受け入れ、休息に専念するため深い眠りについているのだ。
「マルミさん、ジェイクの容態はどうですか?」
ツバサはマルミに様子を尋ねた。
マルミ・ダヌアヌ――ルーグ陣営の肝っ玉お母さんだ。
クロコのようにいつもメイド服で過ごしている、ぽっちゃり系の美人である。太りすぎではない、あくまでもぽっちゃり体型だ。一昔前なら“樽ドル”というふくよかな体型のアイドルとして持て囃されただろう。
豊満な体格ながら小顔で整った顔立ちが拍車を掛けている。
メイド服に包まれた身体は女性として年歴を重ねたかの如き貫禄があって、ツバサよりよっぽどオカンという称号が似合う。
「容態っていうほど悪くはないわね。ボチボチみたい」
ジェイクの枕元に椅子を置いて、マルミはそこに腰掛けている。
つきっきりでジェイクを看病しているのだ。
疲労を取り払おうとジェイクに肉体も頑張っているのか、神族ながら発熱が続いているので、氷魔法で冷やしたタオルをこまめに替えている。
「外傷や病気があるわけじゃなし、肉体的には健康そのもの。ただ、無理が祟ったっていうだけだから、ぶっちゃけ過労よね」
今日明日には目を覚ますと思うわ、とマルミは予想を立てた。
溶けて水浸しになったタオルを洗面器に絞っている。
ツバサもジェイクの枕元に近寄ると先ほども施したが、もう一度活力付与で肉体の回復力を底上げしてやった。
眠るジェイクは――安眠とはいかなそうだ。
眉根を寄せ、顎に力が入っている。苦しげに魘されてもいた。
どうやら夢見が悪いらしい。
「悪夢でも見ているのか……全面戦争までに復活してくれればいいんですが」
「大丈夫よ、この子なら意地でも復活するわ」
不安を払拭する明るい笑顔でマルミは言い切った。
「たとえ『寝てろ』と言って聞くような子じゃないわ。戦争が始まって、あの仇の気配を感じれば瀕死だろうと起き上がるわよ」
「なにその主人公属性」
そうそうそれ、とマルミはお母さんみたいに手を叩いて笑った。
「だからさ……心配しないでよ、ツバサくん」
マルミはツバサの瞳を覗き込むと、約束を誓うように言った。
「時が来ればジェイクは立ち上がる。絶対にあのリードって子を討ち果たす。そして勿論、あたしたちも戦う。バッドデッドエンズを迎え撃つわ」
任せて、とマルミはウィンクひとつ飛ばしてくる。
確かにチャーミングな女性だ。ドンカイ親方が「可憐じゃ……」と一目惚れしてしまうわけである。今のウィンクにはツバサもグッと来た。
「……私たちも戦います」
「そうだよー! あたしたちだって結構強いんだからお役立ちだよー!」
マルミの言葉に賛成したのは、レンとアンズだった。
小柄ながらサムライの格好をした少女――レン・セヌナ。
年齢的にはもう高校二年生になるというが、ぱっと見はマリナやイヒコと同い年かな? と勘違いしてしまうくらい小柄で童顔である。
本人は大層気にしており、そこに触れると機嫌を悪くしてしまう。
過大能力を宿した大太刀を背負い、髷のようにポニーテールを結って和装で決め込んだ彼女は、サムライ娘と呼ぶに相応しい格好をしていた。
野生児ながら愛嬌のある少女――アンズ・ドラステナ。
同年代より身長もスリーサイズも上回る勢いで成長したナイスバディはビキニアーマーで着飾り、大型獣の毛皮をマントのように羽織っていた。
神族・蛮神なのでトモエのお仲間でもある。
レンが「キリッ!」と引き締まった美少女ならば、アンズは「ほんわか」としたユルめの雰囲気が目立つ美少女だ。対照的とも言えよう。
女子高生と聞いたので、フミカたちと仲良くなってくれると嬉しい。
現実世界ではソージと同じ高校でeスポーツ部の後輩。異世界転移で共に飛ばされてきた仲間だ。LVも995と993でかなり鍛えている。
もう少しでLV999なのが惜しい。
幸いにもまだ戦争まで数日ある。4日あれば十分だ。
ツバサはある提案を持ち掛けてみる。
「レンちゃんとアンズちゃん……良ければ戦争が始まるまで、俺たちで稽古をつけてあげようか? 君たちはLV999になれる見込みがある」
えええっ!? とレンもアンズも驚愕する。
「む、無理ですよ! 戦争までもう4日しかないんですから!?」
「LV999になるのってハチャメチャに大変なんでしょ!? ここから先はLVを1上げるのも時間はかかるし、地獄みたいな特訓するって!?」
二人揃ってあたふたと否定してきた。
見込みがある、とツバサに褒められて仄かに嬉しさを漂わせたが、たった数日で強くなれるほど夢見がちでもないらしい。
レンはもしもの話を妥協案として持ち掛けてくる。
「たとえば……もしもですけど、昔のアニメにあった1日が1年になるような都合のいい空間があれば別ですけど……」
「あ、精神○時○部屋だね。アタシもあのアニメ見たことあるよー」
「あるんだよ、その都合のいい空間を用意しておいた」
「「――あるんですか!?」」
二人とも食いついた。どうやら稽古に拒否感はないらしい。
これがプトラやアキみたいな運動音痴になると悲鳴を上げて逃げ出すが、この子たちは精神的にも肉体的にもタフのようだ。
イケる! と手応えを感じたツバサはスケジュールを説明する。
「ああ、異相という時間の流れが特殊な空間があるんだ。そこで1年修行しても、こちらでは1日しか経過しない。LV999になるまで目いっぱい修行して、あちらで数日休んで体力も回復すれば……なんとか間に合うはずだ」
やるかい? とツバサは誘うように確認する。
やります! とレンもアンズも女の子なのに鼻息荒く意気込んだ。
「足手まといは御免です……やります、やらせてください!」
「強くなれるならいくらでもやるよ!」
おっしゃー! とレンは両手を振り上げて、アンズはガッツポーズみたいに踏ん張って、それぞれやる気十分の雄叫びを上げていた。
よし――これでLV999がまた増える。
戦力が増加すればバッドデッドエンズとの勝率も上がる。レンとアンズの頼もしさにツバサも思わず相好を崩してしまった。
「うっ……うああああああああああああああああああああああッッッ!!」
その時、絶叫が轟いた。
ジェイクが鼓膜を破るような大声で叫びながら飛び起きたのだ。レンとアンズの雄叫びに反応したわけではない。
だが、突然のことなので二人ともびっくりして飛び退いていた。
全員が絶叫するジェイクに振り返る。
布団やシーツを跳ね飛ばした寝間着姿のジェイクは、汗まみれでゼェハァゼェハァと苦しそうに呼吸を繰り返していた。
せっかくの美形が台無しになるような形相である。
「エ、エル、エルドラント……エッちゃんが、エッちゃんが……ッ!」
うわああああーッ! とジェイクの泣き叫ぶ。
戦慄く五指で汗と涙にまみれが顔を覆い隠そうとする。
かと思えば、爪を立てて顔どころか大きく剥いた眼球まで掻き毟ろうとしたので、すかさずマルミが抱き留めた。
その包容力ある胸に顔を埋めさせ、優しく介抱してやる。
「怖い夢を見たのね……よしよし、ほら、深呼吸して……自分を傷つけるようなことしちゃダメよ……エッちゃんも悲しむから……ほら、落ち着いて」
「はぁ、はぁ、エッちゃん……エルドラント……」
自傷行為こそ収まったが、ジェイクはまだ喋れる状況ではない。
黄金の起源龍――重き彼方のエルドラント。
その名前はジェイクたちの口から何度か聞いており、ジェイクにとって大切な人物だということはわかるのだが、いまいち関係性が見えてこない。
「マルミさん、伺ってもよろしいですか?」
「わかってるわ、エッちゃん……いえ、エルドラントのことよね」
ジェイクは悪夢の影響から抜け出せない。
代わってマルミが答えてくれる。
「エルドラントは――ジェイクが初めて愛した女性なの」
男としてね、とマルミは付け加えた。
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