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第15章 想世のルーグ・ルー
第369話:五百年分の拳骨
しおりを挟む「ちょっとちょっとちょっとぉぉぉーッ!?」
騒がしい声が飛び込んでくる。
ジェイクが紹介を終えた直後、荒野の向こうからそこら中に散らばった黒曜石のかけらを踏み越えて、ブルードレスのお姫様が戻ってきた。
メイドのお付きも従えているところが、お姫様らしさをUPさせている。
お姫様というには、勇ましくもアホな足取りだが……。
供をするメイドも屈強すぎて、199X年に世紀末を迎えた世界で救世主にも覇王にも慣れそうな面構えと肉体を備えているが……。
――ミロとホクトが戻ってきた。
謎の破戒僧ソワカは単身でルーグ陣営に挑んだように見えるが、実際に複数犯といっていい。もう1人、黒曜石ゴーレム軍団で操ってラザフォード号に襲撃を仕掛けた人物がいる。フミカの索敵で潜伏する地域も絞れていた。
その捕縛をミロとホクトに任せていたのだ。
なんでアタシが裏方ー? とミロはうるさかったが仕方ない。
猛り狂うジェイクの説得を、友人であるドンカイやバリーに頼むのは当然の流れであり、ウィングや獅子翁もサポートに回れる。
見た目こそ変わっているが、話せばわかってくれると見込んでだ。
他の理由として、潜伏者が未知数という点もあった。
仮にセイコとホクトを組ませたら、どちらも肉体強化系の過大能力。相手が癖のある特殊系だった場合、逃げられたり反撃される可能性がある。
そこで万能系の過大能力を持つミロに任せたのだ。
彼女の能力なら不測の事態にも対応できる。
愛しい娘にして伴侶を傍に置いておきたい気持ちはあったが、その油断から足下を掬われても面白くないので、泣く泣く合理性を追求した結果である。
説明してもアホの子はわかってくれない。
彼女は合理性よりも感情を重視するタイプのアホの子だから、理解も納得もしてくれないのだ。ツバサの意見を飲んでくれるのが唯一の救いである。
そのアホの子が――喚いていた。
「メインヒロインのアタシを差し置いて、ズンドコ話を進めるなんて不届き千万! ドンカイやバリーのオッチャンにばっかスポット当ててないで、舞台袖で働いてたメインヒロインをちゃんと出迎えてよー!」
乱入してきたミロは、脇目も振らずツバサに抱きついてくる。
細い腰に腕を回す一方で、小振りな乳房をツバサの巨尻に乗せてきたり、さりげなく爆乳を持ち上げるように撫でたりと、セクハラを忘れない。
ミロに言わせれば母娘のスキンシップだそうだ。
メチャクチャ性感帯を刺激するスキンシップなんて聞いたことがない。
お返しに頭を撫でる振りをして鷲掴みにする。
「ツ、ツバサさん! これアイアンクロー……頭蓋骨割れちゃう!?」
「ん~? 母娘のスキンシップだろう?」
よしよし、と握力を強めて軽く頭をシェイクさせる。
脳震盪を起こさせる手業のひとつ。いくら神族の耐久値だろうと酷い車酔いをしたみたいに目を回す。ミロもぐんにゃりして大人しくなった。
ミロは非難囂々だが、ドンカイもバリーも慣れたものだ。
子供のいうこと、ましてやアホの子が演技過剰のオーバリアクションで口から出任せに言ってることだとわかっており。ほとんど気にしていない。
むしろ、ミロに付き合える大人の余裕があった。
ドンカイもバリーも自嘲気味に戯ける。
すまんなミロちゃん、とドンカイは片手を立てて拝むように謝った。
「偶にはワシらも舞台の中央に立たせてくれ。こういう機会でもない限り、そうそう前には出んよう心得ておくからな」
そうだぜ、とバリーはウェスタンハットを人差し指で突き上げた。
「あんま片隅に追いやられちまうとオッサンってのは拗ねて、いざって時に非協力的になっちまうもんなんだ。日光浴がてらスポットライトも当てさせてくれよ。それがメインヒロインの度量ってもんだぜ?」
メインヒロイン、と持ち上げられて悪い気はしまい。
「むぅ……なら仕方ないか」
口の端を綻んばせたミロは矛を引っ込めた。
不承不承ながらもどこか得意気な態度だったので、ちょっとイラッときたツバサは誰も指摘しない部分にツッコミを入れてやる。
「大体、いつからおまえがメインヒロインになったんだよ」
「あ、そっか」
間違えちった、とミロは「テヘペロ♪」とウィンクしながら舌を出すと、間違えた部分をニンマリ笑顔で訂正した。
「メインヒロインはツバサさんだったわ」
「誰がメインヒロインだッ!?」
「「「――激しく同意」」」
「おいコラ、オッサンども! どさくさに紛れて何だ!?」
ドンカイ、バリー、ちゃっかりレオナルドまで両腕を組むと、違いのわかる大人の漢を気取った顔でしみじみ頷いていた。
「アハハ、オカン系男子なウィングがヒロインか」
全然アリだよね、とジェイクまでにこやかに全肯定してくる。
その笑顔に悪意はまったくなく、冷やかしでもない。本気でツバサをメインヒロインに据えてもいいという顔をしていた。
この男はそういう奴なのだ。
……いや、本当は女性と判明したわけだが、ツバサたちは男だと思って交流をしてきたわけで……どうにも調子が狂う。
そんなやり取りをしていると、ジェイクが近付いてきた。
ツバサの細い腰に抱きついているミロと視線を合わせるため、ほんのりしゃがむとミロの顔を覗き込み、親しみやすい笑顔を浮かべる。
「やあ、こんにちは。君が美呂ちゃんだね?」
ウィング君からよく聞いてるよ、とジェイクは挨拶してきた。
ミロは怪訝に小首を傾げる。
「……うにゅ? アタシのこと知ってるの?」
そりゃあもう! とジェイクは激励するように言った。
そして、在りし日のツバサを詳細に語る。
「ウィングが君の話しかしなくてね。目に入れても痛くない可愛い妹分とか、あの娘のためなら死ねるとか、今日は美呂ちゃんの世話を焼いてやらなくちゃいけないから一足先にログアウトするとか……ウィングの生活と人生は、君を基準に回ってると思ってたくらいだからね。他にはえーっと……」
ツバサがどれほどミロを溺愛しているか?
それをジェイクは涼しい口調で情熱的に語ってくれた。
「お、おいジェイク、その、なんだ……勘弁してくれ」
ツバサは真っ赤になった顔で項垂れた。
この男に悪気はない――好きなように賞賛している。
ただ、相手の羞恥心とかに気遣う感覚を持ち合わせていないので、無遠慮に本音しか口にしない。嘘とか方便を知らないようなのだ。
ツバサは前髪で目元が隠れるほど俯いてしまう。
このジェイクの褒めそやしがミロを調子づかせるのではないかと心配したツバサは、一度は解放したベアクローをやり直そうかと考える。
その前に――ミロが予想外の行動を取った。
アイアンクローを躱すように身を縮めたかと思えば、安産型というには大きすぎる巨尻にしがみつき、小柄な身体を隠そうとしているのだ。
頬を紅玉のように染めて恥じらっている。
「ツ、ツバサさん……この人、まっすぐ過ぎるよぉ……」
足下まで届きそうなツバサの黒髪(能力のおかげで髪の毛一本の毛先まで自在に動かせるので邪魔にならないが)をカーテンにして、ニコニコと微笑んでくるジェイクの視線を避けようとミロは必死だった。
ミロは直感と直観という、2つの固有技能を持っている。
この相乗効果によって未来予知に匹敵する勘の良さや読みの強さを持つ彼女だからこそ、意図せずともわかってしまうのだろう。
――ジェイクは掛け値なしの本音を語っている。
きっとミロにはジェイクの心の声がこう聞こえているだろう。
『ウィングが暇さえあれば可愛いと褒め称え、雑談の度に話題にする美呂ちゃんが気になってたけど、会ってみたら本当に可愛いくて納得できたよ』
つまり、真正面から直球で褒められたのだ。
意外かも知れないが、ミロはストレートに褒められることに不慣れだ。特にこういう裏表がまったくない人物からの褒め言葉には弱い。
どんな言葉にも虚飾は混ざる。
ミロは幼い頃から勘だけは超常的なので、そういった雑味には慣れている。反面、純粋な人物からの発言には耐性がなかったりする。
ジェイクはその好例だった。
誰とでも仲良くなれるミロにも、苦手な人間はいるということだ。
とうとうしゃがみ込んだミロはツバサのデカ尻に潜り込み、髪の中に紛れ込んで出てこようとしない。まるっきり人見知りする幼女だ。
そう考えると、まるで成長していない。
でも……ミロの可愛すぎる挙動に神々の乳母が暴走寸前だった。
こんな純情で幼気なミロ、超レアなので感動ものだ。
「ウチの娘が一番カワイイッ!」
「ちょ、ツバサさん!? みぷっ……乳の圧力が暴力に!?」
辛抱溜まらずツバサもしゃがみ込むと、ミロを庇うように抱きしめて爆乳の谷間に埋め、頬が削れるまで頬擦りして、頭も撫で回しまくる。
それからジェイクへ注文を飛ばすように叫ぶ。
「ジェイク! もっとミロを褒めてやってくれ! ありったけの賛辞で!」
「ツバサさん待ってタンマ!?」
「オッケー、元ライターの語彙力で褒め殺してあげるね♪」
「ちょ、えっ……イヤだーッ!? 恥ずかしさで死んじゃうーッッッ!?」
ついでに――ミロをここまでやり込めたのも久し振りだった。
普段、セクハラされ放題の仕返しもある。
ミロがガチ泣きで「ゴメンナサイ」と片言を繰り返すようになってしまったので、これ以上は虐待になるかもと控えておいた。
代わりにジェイクは別の話題を持ち出してくる。
「……そうか、ミロの動画を視ていてくれたのか」
「うん、視てたよ。その界隈じゃ君たちは有名人だからね」
ミロが動画配信サイトにアップしていたVRMMORPG攻略動画を、ジェイクは欠かさずチェックしていたと明かしてくれた。
「アルマゲドンは激ムズだったから、まともにプレイしてる動画なんてほとんどなかったんだよ。ちゃんとした攻略動画はそれだけで評判がうなぎ登りさ」
その点、ミロの動画はしっかり攻略を進めていた。
ツバサの協力もあったが、破竹の快進撃だったのは間違いない。
「有名どころだと、ゲーム実況配信の古株『グッチマンと愉快な仲間たち』グループや、大手VTuber事務所オーライブ所属のゲーマーチーム『ハンティングエンジェルズ』、それと各地のレイドボスを撃破する動画を連続で上げて有名になり、最強プレイヤー集団を自称していた『八天峰角』……」
そして――『ツバサとミロのアルマゲドン最強夫婦』。
以上、現実世界ではゲーム関係の専門ライターだったというジェイクが注目していたアルマゲドン攻略動画だという。
もしかするとミロ=美呂では? と勘付いていたらしい。
「珍しい名前で同じ読みだから気になっていたんだけど、まさかツバサさんの正体がウィングで、ミロちゃんが本当にあの美呂ちゃんだったとはね」
世間は思ったより狭いね、とジェイクは妙なことを感心する。
「確かに……世界は想像以上に狭いのかもな」
ジェイクとの再会もそうだが、その付き添いGMであるマルミはレオナルドの先輩だし、一緒に行動していたソージはダインの幼馴染みだというし、友達の友達はまた友達、って感じの連鎖が続いている。
これでサムライ娘のレンやふんにゃり蛮族のアンズに知り合いでもいたら、もうフルコンボ達成みたいなものである。
「現実で会ってるというなら……私たち、会ってる人いますよ?」
「うんうん、あたしたちも知ってる人いるよー」
まさかの発言がレンの小さな口から漏れた。
アンズも同調するように追随する。
マジで!? と全員の注目を浴びたレンは驚いた猫みたいな顔付きになるも、恐る恐るダインとフミカへ順番に視線を送った。
「……うん、ソージ部長と一緒に……横浜のヨドバ○カメラだったかな? そこで部長がプラモデル漁ってる時、そこのダインさんやフミカさんと……」
「あ、思い出したッス!」
レンの発言が呼び水となり、フミカの記憶を刺激したようだ。
「ダイちゃんとソージ君がガ○プラ談義で燃えてる時、傍にいた同じ部員の子って紹介されたの……あなたたちだったんスね!?」
コクコク、とレンはからくり人形みたいに二度頷いた。
あっ! とアンズも声を上げてフミカを指差す。
「思い出した! 眼鏡のお姉さん、なんでも知ってる物知りお姉さんだ!」
「なんでもは知らないッスよ、知ってることだけッス」
物知りと褒められて上機嫌になったのか、フミカは年上風を吹かすと柔らかい口調でどこかで聞いたよう台詞をドヤ顔で決めていた。
なんだよもう――知り合いだらけじゃないか。
「顔見知りっつーんなら、オレも嬢ちゃんたちとは何度か会ってるぜ」
ついにバリーまで参戦してきた。
いや、こいつの場合はあり得ない話ではない。
ジェイクは現実でもソージたちのeスポーツな部活動と接点があることを臭わせているので、先輩後輩の繋がりでバリーと面識があっても不思議ではない。
だが、レンとアンズは揃って首を傾げた。
「……ごめんなさい、西部劇のお兄さんには覚えがない」
「わたしも……お兄さん、ジェイクさんのお友達なんだよね?」
無理もねぇか、とバリーは気を悪くすることなく笑った。
「ジェイクの兄貴みたいに男体化してるとかどうとかじゃなく、現実の頃はキャラがまるで違うからな。しょうがねえさ。でも……君らと会ってるぜ?」
そのうち思い出すだろ、とバリーは話を打ち切った。
チラッ、と目配せで促してくるバリーにツバサは目線で返事をする。
わかっている――旧交を温めるのはここまでだ。
ミロとホクトが連行した人物。
ホクトが捕らえたまま手持ち無沙汰に待っているのを、これ以上放置しておくわけにはいかない。バリーの心遣いに感謝する。
本当、見た目とは裏腹に気の利いた社会人みたいな男である。
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「すいませんホクトさん、空気を読んでもらってしまって……」
「いえいえ、構いませんよ」
謝るツバサに、ホクトは瀟洒な仕種でお辞儀をする。
「親友との再会に胸躍るのは仕方ないことです。そこに水を差すような無粋な真似をするなんて……到底できることではありませんわ」
というわけで――お連れしました。
漢女メイドのホクト、その巨体の陰に隠れていた人物を紹介する。
「こちらがソワカというお坊様に協力していた人物です」
「あ、あの……はじめまして、トワコ・アダマスと申します」
おどおどした調子で彼女は名乗った。
アダマス、という名前にピクリと反応してしまったが、まさかあの男とは関係ないだろう。結びつけるにしても時期尚早である。
アダマスはギリシア語だったはずだ。
真なる世界最硬を誇る金属アダマント鋼のアダマントや、宝石として有名なダイヤモンドの派生元となった言葉らしい。
その意味は――征服されない。
印象的なので、ハンドルネームに使う人も少なくあるまい。
――トワコ・アダマス。
控えめな態度が目立つものの、奥ゆかしい純和風美人といえば良い意味でご理解いただけると思う。一歩引いた感が露骨なくらいある。
和装のような衣装がよく似合っている。
十二単のような装飾華美な重ね着を、ヨーロピアンなドレスへ仕立て上げたような、和洋折衷でいてカラフルな衣装を着込んでいる。服飾師でもあるホクトも一目置いた眼差しで見つめていた。
身長は女性にしては高めで170㎝を超えているようだ。
重ね着のためわかりづらいが、スタイルは抜群と見ていいだろう。モデルはモデルでもグラビアモデル顔負けの体型である。
髪はツバサに負けず劣らずのロングヘアだが、少々独特だった。
癖っ毛なのか左右に広がっている。こう言ったら失礼だが、使い込んで広がった筆先のように毛羽立っていた。ストレートヘアとは言い難い。
顔立ちも奥ゆかしく、あまり自己主張が激しくない。
特徴が薄いゆえに整っているのか、誰が見ても美人だと認めるはずなのだが影が薄くて個性に乏しい。前髪も長くて目線が隠れてしまいがちなので、それが彼女の個性がぼやかすように曖昧にしていた。
あるいは目隠れ美人というやつだ。
トワコの存在感を際立たせるもの――それは手にした弦楽器。
やたら弦を張り巡らせているので「弦楽器」と言ってみたものの、それの正式名称をツバサは知らなかった。
博識なフミカでさえも頭上に「???」を並べている。
彼女が知らないほどマイナーな楽器なのか?
もしくはトワコ特製のオリジナル楽器という線もありそうだ。
一見するとギターだが、ヴァイオリンやチェロのようにも見えるし、琴のようにも琵琶のようにも見える。あるいはそれら全部をシッチャカメッチャカに融合させた弦楽器のキメラといった風情もある。
かと思えば――どこにもそれらの原型が見当たらない。
弦楽器らしい、としか表現できない代物だ。
大事そうにそれを抱えたトワコは、脅えた歩調で前に出てきた。
拘束されていない。だが、ホクトの誘導に従っている。
ミロにもホクトにも拘束用ロープ(神族だろうが魔族だろうが能力を8割方封じられる優れ物)を渡しているが、それが使われていない。
無抵抗で降伏した――ということらしい。
「この度は大変なご迷惑を掛けてしまい、誠に申し訳ありません……」
トワコはツバサたちの前に引き出されるように現れると、女々しく泣き崩れるような流れで土下座から入った。
罪悪感満点、謝られているこちらが同情したくなるほどだ。
その時、「……ィィィィン」と静か振動音が響いた。
音の発生源はレンである。
レンの背負っている剣が小刻みに震えている。それを抑えるようにレンは剣の柄に手を掛けると、トワコに少しキツい視線をぶつけた。
「その人……あのゴーレム軍団の操り主だ」
「すいませんすいませんすいません! その節は本当にすいません!」
その事実を看破されたトワコは半泣きで謝り倒した。
土下座も反復運動みたいに繰り返している。
「その、あの、私……口下手で、どう説明したらいいかよくわからなくて……あの、できればソワカ様が細かい事情を知っておいでなので……」
ソワカに聞いてほしい、とトワコは訴えてくる。
「そういえば……ソワカ様はどちらに?」
トワコの問いにアンズが無邪気に答える。
「あっちで血塗れになって仰向けでバタンキューしてます」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアーッ! ソワカ様ァァァーッ!?」
ショッキングな悲鳴を上げたトワコは、膝を突いたまま両手をシャカシャカ振り回して、血相を変えてソワカに這い寄っていく。
ソワカの枕元までやってきたトワコは大声で噎び泣いた。
「申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません! ソワカ様ぁ……わ、私のためにお手数をおかけしたばっかりに……申し訳ありません!」
倒れるソワカに泣き顔で取り縋るトワコ。
恐らく、彼女はとても気が小さいのだろう。ちょっとでも他人に迷惑を掛けたら自身を激しく責めるに違いない。そして、謝り倒すのだ。
謝ることに慣れているのではなく、謝罪が常態化している感があった。
そして、トワコの近くには女の涙に弱い好漢が立っていた。
穂村組の用心棒――セイコ・マルゴゥ。
蓬髪童顔の心優しい巨漢、見るからに空手家の風貌をしている。
ツバサたちの会話には加わらず、用心棒としてソワカの監視をするという役目に徹していた彼だが、この時ばかりはわざとらしいため息をついた。
嘆くトワコを見るに見かねたらしい。
「……おい坊さん、狸寝入りはそろそろやめろ」
別嬪さんを泣かせると後生に障るぜ? とセイコは叱責するように言った。
これに――白目を剥いていたソワカが反応する。
「ンフフ……それは困りますね」
ギュルン! と真っ白だった目玉が回転して黒目が戻ってくると、ソワカは息を吹き返した。何事もなかったようにのそりと起き上がる。
その過程で不思議なことが起こった。
あれだけジェイクに撃ち抜かれたというのに、ソワカの衣服はおろか身体には風穴ひとつ開いていない。全身を赤く染めた出血も嘘のように消える。
幻覚――フェイクだったのだ。
しかし、ジェイクの放った弾丸は幻ではない。
その答え合わせをするかのように、ソワカの身体から無数の念珠がポロポロと零れ落ちてきた。役目を終えたのか、それらは塵となって消える。
どうやら体内に仕込んだ念珠で防いでいたらしい。
銃創や出血まで演出するおまけ付き、とは念の入ったことだ。
これを目の当たりにしたジェイクは色を失う。
「……殺しきれてなかったか」
気さくで友好的な青年が復讐者へと変身する。
透明な殺意を露わにして、すぐさま懐から拳銃を取り出した。
「待て待てジェイク君! ストップじゃストップ! 落ち着いて冷静にあの坊さんをよく観察するんじゃ! 君ならわかるじゃろ!?」
「落ち着けよ兄貴! どうしちまったんだ、そんな殺気立って……! らしくねえよ、いつもクールだったアンタはどこ行っちまったんだ!?」
ドンカイとバリーが息巻くジェイクを制止する。
2人とも交流があっただけに、ツバサよりもジェイクの変貌を受け止めきれていないところがあった。だからこそ、説得するように声を荒らげる。
「「ソワカは――最悪にして絶死をもたらす終焉じゃない!!」」
この一言でジェイクは憑物が落ちたように静かになった。
両眼を限界以上に見開くと、光を浴びた猫のように黒目を小さくしてソワカを睨みつけている。彼を取り巻く“契約”を再確認しているのだ。
神族や魔族の交わした約束は縛りとなる。
たとえそれが口約束であろうとも、自らの意志で決定を下した約束は“契約”として世界に記録され、それを遂行せねばならないのだ。
この“契約”を破ればペナルティが発生する。
以前、ロンドが発した「宣戦布告」も契約という縛りが科せられているので、もしも反故にすれば相応のダメージを食らうはずだ。
あのオッサンならズルして回避しそうだが……。
そんなロンドと“契約”を交わした集団。
他でもない――最悪にして絶死をもたらす終焉に属する者たちだ。
彼らはロンドと「世界を滅ぼす」という共通の目的に基づいた“契約”を交わしているため、運命共同体として1つのグループに括られている。
それをツバサたちは感覚的に理解できるのだ。
当然、LV999の高位神族であるジェイクにもわかるはず。
しかし、ジェイクは確認を怠った。
怒りに囚われるあまり、ソワカの騙りを真に受けてしまったのだ。
「バ……バッドデッドエンズを名乗った時点で同罪だ!」
ドンカイの豪腕に抑え込まれ、バリーが抱きついてでも押し止めようとしているのに、ジェイクは手にした拳銃の撃鉄を起こした。
悔しそうに歯噛みして、苛立ちから喉を唸らせている。
わかっていても――認められないのだ。
怒りと憎しみの猛毒に冒され、正常な判断を下せなくなっていた。
いくら問答無用で喧嘩を仕掛けてきたとはいえ、バッドデッドエンズを騙っただけで殺そうとするのはやり過ぎである。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の心境なのだろう。
ソワカも本当に坊主だから笑えない。
アシュラ八部衆を過激派と穏健波に分けたら、間違いなく穏健派筆頭に立つ心優しい青年だったジェイクとは思えない行動論理である。
一体、バッドデッドエンズの誰がジェイクに何をやらかしたのか?
不安の種が芽吹く――そんな悪寒に震える。
「ンフフ、手厳しいですな」
含み笑いとともにソワカは立ち上がる。
パンパンと土汚れのついた僧衣を叩いて居住まいを正すと、それまで漂わせていた胡散臭い雰囲気が嘘のように晴れていった。
それだけではない。
渋谷とか原宿を歩いていても「新手のファッション」と受け入れられかねないファッショナブルな僧衣も、手で叩く度に一般的な墨染め衣となっていき、袈裟も落ち着いたデザインのものへと早変わりする。
ジェイクの銀髪と比べたら白髪みたいな頭髪も、長さは変わらないまま黒髪へと変化していく。毛質も癖のないのっぺりしたものだった。
念珠で印象まで操作していたらしい。
有髪ではあるものの、静謐な佇まいである。
もしも深山幽谷に建てられたお寺の奥から現れようものなら、実力はあれど世を捨てて隠居した高僧のようなオーラを醸し出していた。
「改めまして――ご挨拶させていただきます」
トワコを背に守るように前へと出てきたソワカは、僧衣の長袖をふわりと宙に舞わせながら、その場に膝を突いて手をついて深々と頭を下げてきた。
「拙僧の名はソワカ・サテモソテモ」
土下座ではない、礼儀を尽くして頭を垂れているのだ。
「ジェイク様並びにツバサ様、あなた方と同じく最悪にして絶死をもたらす終焉に仇なすことを願う者の一人にございます」
「あ、あの……私も、そうなのですが……少々込み入った事情が……」
トワコ様、とソワカは彼女の発言を封じるように遮った。
そして押し切るように言の葉を紡いでいく。
「こちらに御座すトワコ様も、事情あれど最悪にして絶死をもたらす終焉の撲滅を願う者に違いありません。ジェイク様とそのお仲間には大変な無礼を働いてしまいましたが、これもあなた方の力量を測りたいが一心でのこと……」
「自分より弱い連中と組むつもりはない、ってことか?」
まだ憤懣やるかたないジェイクは、口を開けば「殺す」としか出なさそうなので懸命に自制しているので、代理としてツバサが質問してみた。
これにソワカは世辞を用いることなく答える。
「拙僧に敵わぬ腕前では、返り討ちが関の山でございましょう」
可惜命を散らすのは忍びない、とソワカは誠実に呟いた。
真実――他者の命を惜しむ者の一言だった。
「奴らは強く、数も多い……数人が徒党を組んだところで、隊を組み陣を組む悪漢に押し潰されるのは必定。ならば、こちらも心正しき精強なる兵を数多く集めて、協力体制を敷かねば……太刀打ちすることさえままなりません」
ツバサ様、とソワカは三つ指をついたまま顔を上げてくる。
その眼光からソワカの必死さが伝わってきた。
もしも願いが叶うのならば、この身を捧げることさえ惜しまない不惜身命の懇願である。是非とも聞き届けてほしいという気迫も感じられる。
「先ほどからツバサ様とジェイク様のお話を、失礼ながら盗み聞きさせていただきましたが……あなた様がまとめる四神同盟こそ、拙僧が思い描いてきた対バッドデッドエンズの理想に最も近いところにあります」
その末席に何卒――拙僧もお加えくだされ。
ソワカは再び地面に額ずき、四神同盟への加入を願い出てきた。
「そして、叶うのならこちらのトワコ様もLV999に達しておりますれば、拙僧とともにお仲間に加えていただければと……」
「ど、どうか、私からもひとつ、お願いいたします!」
ソワカの後ろで戸惑っていたトワコも、彼に倣って三つ指をつくとペコペコ土下座を繰り返した。その動作から、彼女が慣れているのがよくわかる。
……謝罪が習慣になっているのか?
ソワカとトワコ、それぞれに事情があるのは一目瞭然だ。
ジェイクに本気を出させるためバッドデッドエンズの名を借りて喧嘩を仕掛け、自らが返り討ちに遭おうとも実力を見定めようとしているところに、ソワカの本腰の度合いが窺えた。
だとすれば――彼と彼女の事情が気に掛かる。
バッドデッドエンズに仇なす者と自称することを鑑みれば、奴らに報復するだけの理由を抱えているはずだ。
仮にソワカがその善意に満ちあふれた高僧ルックスらしく「世のため人のために悪党どもを滅ぼしましょう」というなら、こんな文句は出てこまい。
復讐――言葉の端々にそれを感じ取れた。
感情が灰になるまで殺意を燃やすジェイクとは正反対だが、ソワカの心の奥底でも復讐心という溶岩が煮えたぎっているようだ。
ある種、ジェイクは同族嫌悪を感じているのかも知れない。
同じ復讐者として……。
トワコの言動からは憎しみや怒りは感じ取れない。彼女からは「方々に迷惑ばかりかけて本当に申し訳ない」という謝罪の念しか伝わってこなかった。
そのことからいくつかの推理が成り立つ。
なんにせよ、LV999の仲間が増えるのは歓迎したい。
だが、打倒バッドデッドエンズを掲げる理由を詳らかにせねばならないし、彼らの素性や人柄も明らかにせねば安心はできない。
万が一、バッドデッドエンズからの刺客という可能性も……。
「ひとまず――拙僧たちは後回しということで」
如何でしょう? とソワカはチラリと目配せを送ってくる。
1秒もの長い時間をかけてツバサが濃密に思い悩んでいると、その胸中を見抜いたかのようにソワカがこんな提言を投げ掛けてきた。
ンフフ、と含み笑いを混ぜてくる。
「聞けばツバサ様やジェイク様、そのお仲間も旧知の間柄とのこと……どちらもバッドデッドエンズに反目してるとも聞き及びました。ならば……」
共に――手を取られるのでしょう?
そうなる未来を前提にソワカは話を進めてくる。
「前言しました通り、拙僧は精強なる兵が集うことを求めております。お二人が手を取り合い、より大きく強い組織になっていただければこれ僥倖……」
隠すことなく本音を打ち明けてきた。
変なお為ごかしを並べられるより正直で好ましい。
「……御坊の仇討ちもやりやすくなるわけか?」
ツバサは含みを込めて水を向けてみるも、ソワカは「ンフフ♪」という癖みたいな含み笑いだけで答えようとしない。
この坊さん、全部「ンフフ♪」で乗り切りかねない。
いくつもの技能を嘘発見器に用いたツバサは、ソワカが本当のことしか口にしていないと判断できる。この坊主、虚言は口にしていない。
バッドデッドエンズを倒すため、強い戦士を集めて団結したい。
これはソワカ本心の願いである。
だが――すべてを打ち明けてはいない。
腹に一物背に荷物、そんな違和感をソワカの弁舌から感じる。
何か大切なことを隠しており、責任といった重いものを背負っていた。
しかしこの提案、飲むべきかも知れない。
現状、ジェイクのルーグ陣営と再会できたのは喜ばしく、先刻の説明でジェイクも補佐のマルミも「(四神同盟に)入~れ~て♪」と好感触だ。
彼らの四神同盟加入はほぼ確定だろう。
懸念があるとすれば――ジェイクを駆り立てる復讐だ。
同盟入りしてもらって共闘するからには、その理由もジェイクに説明してもらわねばなるまい。そこで一悶着ありそうな気がする。
これらが片付くまで、ソワカたちに注力できそうにない。
かといって、LV999の実力者で同盟加入を希望する者を二人も放っておくなんて勿体なさすぎる。問題があるとすれば、意図があったとはいえジェイクと諍いを起こして恨まれていることか……。
ツバサは超爆乳を支えるように胸の下で腕を組む。
たっぷり5秒もの長考を終えると、判決を下すように言い渡した。
「――御坊」
「ンフフ、ソワカで結構ですぞ」
「じゃあ……ソワカさん、あなたとトワコさんがバッドデッドエンズと敵対関係にあること、それゆえに四神同盟に加わりたいというのはわかりました」
しかし、旧知の友に牙を向けたことは許し難い。
「たとえそれが、必要に迫られた力試し的なものであったとしてもだ」
「ンフフ、当然ですな。いくら理詰めで説いたところで、ジェイク様の力量を試すために奇襲を仕掛けたのは事実なのですから……」
相手を試すという行為は不遜なものです、とソワカも認めた。
自ら非を認めてくれるなら話が早い。理由はともあれ、ジェイクたちを襲撃した件をマイナス評価として扱い、彼と彼女を拘束させてもらおう。
しばらく冷却期間を置き、諸事情を調べてから判断するつもりだ。
「そこで、しばらく監視付きで拘留させていただきます。ジェイクたちの陣営と話がつくまで、牢屋のような場所に軟禁する形になりますが……」
よろしいですか? とツバサは了解を求める。
嫌というなら仕方がない。無理に止める義理も権利もない。
いっそルーグ陣営の件が片付くまで近所をプラプラしてもらい、頃合いを見計らって四神同盟のどこかの門を叩いてもらってもいい。
だが、ソワカはこの誘いを断らないという打算があった。
彼らも四神同盟の力を借りたいはずだからだ。
「ンフフ、寛大な処置ですな……感謝いたしますぞ、ツバサ様」
その申し出――謹んでお受けいたしましょう。
ソワカは三つ指をつくと、折り目正しく頭を下げてきた。トワコの土下座は手慣れているが、ソワカの礼は作法を心得たものである。
顔を上げたソワカは恍惚に頬を染めていた。
「なんなれば拙僧、雁字搦めで放置プレイでも構いませぬぞ?」
「誰もそこまで求めてねーよ、マゾか坊さん」
思わずツバサは地の江戸っ子らしい喋り方でツッコんでしまった。
「ンフフ~フ、これはこれは手厳しいですな」
ピシャン、と音が出るまでソワカは自分の額を叩いた。
この坊さん、あからさまにギャグキャラ寄りだ。おまけにマゾと来たら、どこかの変態とかド変態と相性良さそうだな、とか連想してしまう。
……三人が顔を合わせたら混沌に陥るな。
また厄介の種が増えるんじゃないのか? と頭痛を覚える頭を押さえながら振り向くと、取り押さえられているジェイクに呼び掛けた。
「ジェイク、不服かも知れないが、一端これで矛を収めてくれ」
ソワカとトワコはハトホル陣営で引き取る。
親友であるジェイクとその仲間たちを襲った犯罪者という態で逮捕、牢屋にぶち込んで事情聴取をする。それから彼らの抱えた事情をジェイクに教える。
この手順を踏むことで、ジェイクに冷静さを促すつもりだ。
ジェイクは今、頭に血が上っている。
しばらく経てば落ち着くだろうから、クールタイムを設ける措置でもある。ソワカから距離を置けば、再会した時の朗らかさを取り戻すはずだ。
時間経過で戻らなければ……その時また考えよう。
ソワカもトワコもバッドデッドエンズではないということは、ジェイクもその目で確認している。だが、一度でもバッドデッドエンズの一員として憎んだソワカを、掌返すように許すことができないのだのだ。
憎悪に爛れ、激怒に焦げ、怨嗟がこびりついた――復讐心。
ジェイクの瞳はすっかり煤けていた。
中性的かつ神秘的な美貌さえ濁っている。
憎々しい敵の片鱗でさえもこの世に存在することを許せない、と総身で吠えているようだ。尋常ならざる暗い熱量がそこに渦巻いていた。
「いいかげんにせんか、馬鹿者が!」
背中からジェイクを羽交い締めにするドンカイが吠えた。
聞く耳を持とうとしないジェイクの耳元で、鼓膜を破ってもおかしくない声量で怒鳴りつけたのだ。横綱の怒声にさすがにジェイクも身を強張らせた。
その隙にドンカイは説教を捲し立てる。
「あの坊さんはバッドデッドエンズではない! それは君もしっかと見れば明白であろう! その上で我々に頭を垂れ、力試しを挑んだ非礼を詫び、共に戦うことを願っておるではないか! その気概、どうして買ってやれなんだ!?」
そんな狭量ではあるまい! とドンカイは説得する。
「ひとつ間違えば事情を知らぬ君に殺されていてもおかしくはない……そんな危険を冒してまで挑んできた覚悟を酌んでやれ!」
「そうだぜ兄貴! なんでそんなにいきり立ってんだよ!?」
らしくねぇぜ!? とバリーも暴れるジェイクの手足を押さえるのに必死だった。兄貴と敬う人物の変わりようが不安で堪らないのだ。
「いつもの兄貴なら、憎いあんちくしょうの名前を使って腕試しを挑まれたところで、ネタばらしが済めば笑って終わらせるはずだろ!?」
親友たちの言葉が心の芯に届いたらしい。
ジェイクの瞳から煤が払われると、かつての澄んだ輝きを少しだけ取り戻す。
しかし、一転して悲しげに膿んでいた。
暴れていた手足からも力が抜けてダラリとする。
「……親方、すいません、バリーも……もう大丈夫だから……」
離してくれ、とジェイクは小さな声で訴える。
少なくとも殺意は鎮まったとわかったので、ドンカイはソッとジェイクを地面に降ろし、バリーもふらつく兄貴分を立たせてから離れた。
俯いたジェイクは歩き出す。
最初は頼りない足取りだったが、ツバサの脇を通り過ぎる頃にはすっかり調子を取り戻し、ソワカの前に立つ時には力強いものとなっていた。
ソワカは逃げも隠れもせず、堂々と迎える。
ジェイクもツバサと並ぶ180㎝の長身だが、ソワカはそれを上回る195㎝はありそうだ。正面から顔を合わせれば見上げなければならない。
しかし、ジェイクは俯いたままだ。
目の前に立つ破戒僧の横っ面を――ジェイクは全力で殴った。
ズガァン! と銃声みたいな音がした。
ノーモーションで握り締めた左の拳をフック気味に繰り出し、ソワカの右頬をクレーターと見紛うほど陥没させる強烈な一撃だった。
それでもソワカの体幹はビクともしない。
頬を青アザで晴れ上がらせ、鼻血を噴いても含み笑いをやめなかった。
そんなソワカの不敵な表情を忌々しげに睨め上げたジェイクは、燻る怒りこそ抑えきれないものの、わずかながらの同情を垣間見せた。
「……これでおあいこってことにしといてやる」
それだけ吐き捨てるように告げると、コートを翻して背を向けた。
「ンフフフ……お優しいですな」
ソワカは張れる頬を痛そうに手で撫でつつ、やたらと長い舌を伸ばして蛇のように伸ばすと、器用に鼻血を舐め拭った。
ひとまず、これで落とし前はついたらしい。
~~~~~~~~~~~~
ソワカとトワコは、ハトホルフリートで引き取った。
とてもじゃないがラザフォード号に乗せられる空気ではない。
ジェイクの精神衛生上の観点から、一時的に罪人として能力封印を施した部屋にでも軟禁させてもらう。念のため、交代で監視もつけておこう。
ソワカたちを全面的に信じたわけではない。
慎重派のツバサとしても、警戒を緩めるつもりはなかった。
ルーグ陣営の四神同盟正式加入が決まるまで、彼らの処遇はちょっと先送りの宙ぶらりんになるが我慢してもらうしかない。
本当に仲間になってくれるのなら――心強いことこの上ない。
特にソワカの過大能力は融通性が高すぎる。
彼一人が加わるだけで防衛能力が桁違いのレベルアップを見込める。是非とも人員不足で頭を悩ませているる還らずの都を担当してもらいたい。
ソワカたちはさておいて――。
ひとまず、イシュタルランドに向かうことになった。
マルミが「四神同盟の国を見てみたいので、せっかくだからレオくんのお招きに与りたいのだけど……いいかしら?」と言い出したからだ。
これにジェイクやソージは異論を挟まず賛成。
そこでレオナルドが提案した通り、現在地(黒曜石の森)から一番近くにあるイシュタルランドへ招待する運びとなった。
ハトホルフリートでラザフォード号を先導するつもりだ。
その前にひとつ――やっておきたいことがある。
ツバサはジェイクの許可を得てから、ラザフォード号を操縦するラザフォード・スピリットという青年と、彼が率いる同族の青年たちに会わせてもらう。
――ハトホルはルーグ・ルーの友人。
遠巻きにしていたとはいえ、それをまざまざと見せつけられたので、ジェイクを敬うラザフォードたちはツバサにも崇敬の念を抱いてくれた。
いや、これは軍属気質な種族の性分だろう。
「拝顔の栄に浴したこと、感謝いたします」
ハトホル様、とラザフォードたちはツバサの前に平伏した。
先頭に立つラザフォードが跪けば、32名のロボット戦士たちは一糸乱れぬ動作で同じように傅いてくる。よく訓練されているようだ。
彼らが自己紹介する前に、ツバサは片手で制してから尋ねる。
「君たちのことは説明を受けずとも知っているつもりだ……機械の肉体を持つ守護者の一族、スプリガン族だろう?」
ラザフォードは少々驚いたように顔を上げた。
「……! はい、相違ありません。我らはスプリガン族であります」
やはりそうか、とツバサは満足げに頷いた。
分析や走査でわかっていたつもりだが、改めて当人たちから種族を証言してもらったことで確信することができた。
その上で、質問を重ねるように問い掛けてみる。
「ダグ、ブリカ、ディア……ブリジット姉弟、あるいはガンザブロン、リン……ガンファスト親娘、この人たちの名前に聞き覚えはないかな?」
ラザフォードは顔色を歓喜で染め上げた。
初対面から思い詰めた表情を崩さない無感動な青年だと思い込んでいたが、ちゃんと嬉しそうな顔もできるようだ。
「若様や姫様……ガンさんやリンちゃんまで御存知なのですかッ!?」
この一言で十分だった。
「ダグの若様たちはご無事だったのか!?」
「ブリカのお嬢やディアの姫様も……良かった、本当に良かったぁ!」
「ガンザブロンの叔父貴もご健在か! さすが防御力№1だぜ!」
「リンちゃん……あの生意気娘も……元気でやってるのか……ううっ」
「やった、生き残ってたのは……おれたちだけじゃなかったんだ!」
スプリガンの若者たちも喜びにざわめいていた。
中には感極まってオイル製の滂沱の涙を流す者もいるくらいだ。
敬称ではなく愛称が飛び出してきたことで、天梯の方舟を守ってきたスプリガン族との関係性を窺い知ることができる。
こうなると――すぐにでも会わせてやりたくなるのが人情だ。
幸い、ツバサには眷族召喚という技能がある。
眷族と畏まった言い方をしているが、要するに仲間や家族と認めた人物に「喚んだら来てね」と了解を得られれば、いつでも召喚できる魔法である。
スプリガン族にもちゃんと承諾を得ていた。
喚び出す前にダグたちへ事の経緯を説明すると、「是非ともお願いします!」と請われたので、即座に天梯の方舟ごと召喚する。
存在感のある方舟が説得力を持っているからだ。
方舟と共にやってきたのは、ブリジット姉弟とガンザブロン。
リンは四馬鹿……スプリガン四天王のまとめ役として、ハトホル国防衛の任があるため欠席するとのことだ。少々残念がっていた。
聞けば約500年振りの再会だという。
ラザフォード率いるスプリガンの若手男性のみで構成された部隊は、不慮の事故に巻き込まれて方舟から転落、そのまま休眠状態に陥っていたらしい。
それを――ジェイクたちが発見した。
ジェイクの過大能力で息を吹き返した後、壊れた機体や巨鎧甲殻は工作者であるソージの手によって修理(魔改造込み)されたそうだ。
その恩義に報いるため、ルーグ陣営の守護者の任に就いたらしい。
方舟という本陣を守ってきたスプリガン族を本隊とするならば、ラザフォードとその仲間たちは作戦行動中に行方知れずとなった分隊だろう。
500年振り、感動の再会になると思いきや――。
「こんっ……大馬鹿者がああああああああああああああッーーー!!」
顔を合わせた途端、ガンザブロンは激昂した。
戦死したと思い込んでいた部下、ラザフォードの横っ面にガンザブロンはおもいっきり拳骨をお見舞いする。見事なまでの鉄拳制裁だった。
ラザフォードは迫る拳に、ただ殴られていた。
その拳骨に――500年分の重みが詰まっていたからだ。
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