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第15章 想世のルーグ・ルー
第368話:肝っ玉オカン(未婚)と美少年の幼馴染み(♀)
しおりを挟む横綱――ドンカイ・ソウカイ。
ハトホル陣営では副将的な立ち位置にある人物で、かつてはツバサやジェイクとともにアシュラ・ストリートの八部衆に数えられた人物である。
その際のハンドルネームは“オヤカタ”だった。
よく「横綱」とか「親方」と呼ばれているが、この肩書きに偽りはない。
かつてドンカイは角界で腕を鳴らした本物の横綱“呑海”であり、怪我で引退した後は“大海洋親方”の名で親しまれ、趣味と公言していたゲーム関係で芸能人活動をしており、eスポーツ協会の会長を務めていた。
ツバサやミサキは現実でも面識がある。
未来のeスポーツプレイヤーとしてスカウトされたのだ。
剣豪セイメイとはよく会っており、その度に酒を酌み交わしては呑み友達になったという。良くも悪くも呑兵衛同士でウマが合ったらしい。
そして、ジェイクとも現実で出会っている。
スカウトとは別件だが、eスポーツ関連で話す機会があったそうだ。
それはさておき――ドンカイはある巡り合わせに恵まれていた。
内在異性具現化者との遭遇率が高いのだ。
強大すぎる魂の持ち主――それが内在異性具現化者。
神族や魔族となった者は、過大能力と呼ばれる超常的な能力に覚醒する。まさに神や悪魔と畏敬されるに相応しい能力だ。
これは通常1人1つなのだが、内在異性具現化者は別である。
2つ以上の過大能力に覚醒するのだ。
その1つ1つが、他の過大能力を凌駕する威力を持つ。
このため魂をアバター化するシステムが組み込まれていたVRMMORPG内では、強すぎる魂のせいで外見が裏返ってしまう副作用に見舞われる。
地母神ツバサは――男性が女性に。
戦女神ミサキも――男性が女性に。
獣王神アハウは――人性が獣性に。
冥府神クロウは――生体が死体に。
その極端な特異性ゆえに運営から目を付けられた。
おかげでVRMMORPGの頃から警戒されており、運営側から秘密裏にゲームマスターの監視を付けられたほどである。
この内在異性具現化者とドンカイは縁を結ぶことが多かった。
ツバサとの出会いは言わずもがな。ミサキとも再会しており、アハウやクロウとも仲良くなるという社交性の高さである。
当のドンカイは異世界転移など予見していなかったので、「優秀なeスポーツプレイヤーとなる人材をスカウトしたい」という協会会長らしい意欲で動いていただけなのだが、運営側は密かに懸念したという。
『ドンカイというプレイヤーが内在異性具現化者と接触しまくってるんだけど、あの人なんか企んでるの? と勘繰られたくらいでね』
そんな内情を、元GMのレオナルドが呆れ気味に明かしてくれた。
ドンカイの人品を知っているから尚更だろう。
強いプレイヤー=優秀なプレイヤーという図式になりがちなので、アルマゲドン時代からチート級の強さを発揮していた内在異性具現化者をドンカイが訪ね歩くのは、当然の流れとも言えた。
思い返せば――ドンカイは伏線めいたものを張っていた。
以前、ドンカイと再会した直後の会話である。
ツバサが内在異性具現化者だと知ったドンカイは、同じように何らかの形で裏返ってしまった人々について話してくれた。
『1人は君みたいな別嬪になっとったわ。もう1人は娘っ子が宝塚になれたと喜んどったし……ああ、他にも2人いたのぉ。片方は獣人みたいな姿になっとったし、もう片方は骨だけ、俗に言うスケルトンじゃったな』
(※第17話参照)
ツバサみたいな別嬪とは、ミサキを指すものだった。
獣人みたいな姿とは他でもない獣王神アハウ、骨だけのスケルトンになったのは冥府神クロウのことだ。ちゃんと符合する。
最後の1人――女性から宝塚になれたと喜んだ人物。
これは額面通りに受け取れば、宝塚歌劇団の男役みたいな美男子に変わった女性のことを指していたのだろう。
即ち、女性から男性へと反転した者。
ツバサやミサキを含め、様々な事情により望むと望むまいとに関わらず、男性から女性になってしまった者は何人も出会ってきた。
指折り数えると5人いる。
(※ミロやランマルのように性別を変えられる者や、心理的には男性だったはずなのに人間になったら女の子だった起源龍、これらは除外する)
しかし、女体化ならぬ男体化した人物にお目に掛かるのは初めてだ。
中性的でどことなくフェミニンなのも納得である。
銃神――ジェイク・ルーグ・ルー。
ずっと“彼”だと思っていたのに、まさか“彼女”だったとは……。
唖然とするツバサに、ジェイクは申し訳なさそうに眉を八の字にしながら、謝るような微笑みを浮かべて取り繕う。
「そんな『裏切られた!』みたいな顔しないでおくれよ」
騙すつもりはなかったんだ、とジェイクは照れ臭そうに弁解する。
「ドンカイに聞いてもらえばわかるけど、オレはリアルでもユニセックスというかジェンダーレスというか……生物学的には女性だけれど、それにこだわらない格好をすることが多くてね。よく男性と間違えられたものさ」
一人称が「オレ」で口調も男性寄り、声もハスキーだから余計だ。
あまり根掘り葉掘りほじくり返すのは失礼と思ったが、ツバサは問い立たせずにはいられない。彼が「喜んでいた」と聞いたからだ。
「えっと……ガンゴッド、いや、もうジェイクって呼んだ方がいいか」
君は本質的に――男性なのか女性なのか?
心と体の性の不一致、というのは少なくない事例である。
性同一性障害というのであれば、精神的には男性だけど肉体的には女性だったので、それを苦にしていたに違いない。内在異性具現化者として反転したのであれば、それはジェイクにとって幸いとして働くことになる。
『彼女は男になれたことを喜んでいた』
ドンカイからジェイクについてそんな風に聞いた覚えがある。
だからそうなのかと思ったのだが――。
「んー……よくわかんない」
あっけらかんと嘘偽りない笑顔で白状された。
青みの強い銀髪をポリポリ掻くジェイクは、心中を吐露する。
「自分が肉体的にも心理的にも女の子らしくないって自覚はあったよ。でも、どうしても男の子になりたいって欲求もなかった。だから、性同一性障害とかって症例は当て嵌まらないと思うんだ」
困ったことは一度もないしね、とジェイクは自身を全肯定する。
男でもなく女でもない――性自認。
それこそ本当の無性別ではないか? 心身ともに男性にも女性にも縛られない、どちらにもこだわらない人格などあり得るのだろうか?
「ジェイクの兄貴は昔っからこうだぜ」
悩んでいるツバサに横からバリーが助言してくれた。
ジェイクとバリーは、アシュラ・ストリートでも数少ない拳銃使いの格闘家。ネット上だけではなく、現実世界でも交流があったらしい。
なにせ――先輩と後輩の間柄だ。
ジェイクを兄貴と慕うバリーが後輩である。
「オレと兄貴は高校時分からの付き合いなんだが……なんせ兄貴が女だと知ったのは、兄貴呼びしてから三ヶ月後くらいだかんな」
「制服もズボンで通したから勘違いされまくったよね」
そうそう、とバリーとジェイクは懐かしむ。
何年くらい前からの風潮だろうか。
ジェンダーフリーの時勢が広まるにつれ、共学の学校では制服を選べるところが増えてきたと聞いたことがある。女子がズボンの制服を選んでもいいし、男子がスカートの制服を選んでもいい。各人の自由なのだ。
個々の性意識を尊重すべき、という考えが広まった結果である。
どうやらジェイクたちの高校はそうだったらしい。
「部活動でも先輩後輩の関係だったんだけど、着替えようとした時に更衣室で兄貴がシャツ脱いだらブラしててさ……『アンタ女だったの!?』って」
「あの時のバリーの顔ったらなかったなー。オレもガタイの割に貧乳だったし、女って自覚も薄かったら、平気でバリーの前で着替えちゃったんだよね」
アッハッハッ♪ と屈託なく笑い合う先輩と後輩。
「おまえら……それでいいのか?」
盛大なハプニングだと思うんだが笑い話でいいの?
そもそも更衣室どうなってんだ? 男女別じゃないの?
この疑問はバリーがすぐ解消してくれた。
「ちなみに、バリーも兄貴もサバゲ部だった」
「女子部員はジェイク以外もいたんだけどね、部員の数が少なくて部室=更衣室だったんだ。それでつい、自分が女子であること忘れて……ね?」
なるほど、そういう経緯ならわからなくもない。
どちらも拳銃使いというルーツは、ここに由来するようだ。
でも――自分の性別を忘れるなよ。
というか、三ヶ月も一緒にいて兄貴呼ばわりまでした人物が、男か女かくらいわかれよ! とバリーにツッコミを入れたい。
しかし、どっちも笑っているので愉快な青春の一ページなのだろう。
いちいち部外者が水を差すこともあるまい。
代わりに別のことを尋ねてみる。
「でも、なんだ……ドンカイさんからジェイクのことをチラッと聞いたぞ? 男になれて喜んでいた、みたいな話を……」
「あーそれは本当。いやーホント、男の子って楽だよねー」
ジェイクは上機嫌で男の利点を挙げていく。
「ラフなファッションしててもOKで、毎日お風呂入って顔洗って小綺麗にするだけで文句も言われない。これが女子ならメイクにコスメにアクセにと、何かしら手を抜くと周囲からネチネチ指摘されるしさ……オレ、そういうの昔っから苦手なんだよね。だから女らしくない、って陰口たたかれるんだけど」
そして何より――生理がない!
ジェイクは感激のポーズで天を仰ぐように感謝した。
……うん、個人差はあるけど、それは女性にとって最大の難題にして命題だ。女神化したツバサも、ちゃんと月一で悩まされている。
神族化した技能で和らげているが……辛いものはやっぱり辛い。
かつて女性だったジェイクは赤裸々に明かす。
「いやー、オレってば全然まったく女らしくなかったってのに、あの日はヤバいくらい激重でさぁ……もう毎月『いっそ殺して!』って祈ったくらいよ」
「生々しい話題はコメントに困るな……」
大学生時代、女性の先輩にジェイクみたいなノリで自身の生理状況を明け透けに話す人がいたので困らされたことを思い出す。
かなりセンシティブな話題だと思うのだが……人によるのだろうか?
苦しみからの解放! とジェイクはまた天を仰いだ。
本当に苦しんだ問題だったのだろう。
男でもなければ女でもない、裏を返せば男でも女でも構わないジェイクのようなタイプの人間にしてみれば、男性化は僥倖だったようだ。
「兄貴みたいな人はジェンダーXとか言うんだと」
考え込むツバサに、バリーがアドバイスめいた言葉をくれた。
薄笑みが似合うガンマンは簡潔に教えてくれる。
「性同一障害とはまた違うらしい。体が男で生まれようが女で生まれようが、それに拘ることはなく、それぞれの性別として心理的に主張するものがあまりない。それこそ無性とか中性とか呼ばれる、どっちでもない性意識だそうな」
「それでXか……どっちつかずじゃなく、どちらでもないと」
ふむ、と頷いてからツバサは横目を振った。
右手に立つバリーとは反対側、左手に立つドンカイをチラリと見上げる。
「……うん? なにか言いたそうじゃな」
牙の目立つ大男は目敏く、こちらの機微を察してくれた。
「いえ、男性化した内在異性具現化者の正体が知り合いだとわかっていたのなら、教えておいてほしかったなーと思っただけです」
非難してるわけじゃありません、とツバサは断っておく。
ただし、皮肉をたっぷり塗り込めた言葉をぶつけてやる。女性らしさが増してきた目元を鋭くし、妖艶な流し目を送りながらだ。
「どうせまた『サプライズじゃ』とか言うんでしょ?」
「うむ、その通り。横綱からのサプライズじゃ」
ドンカイの鉄面皮は心地良さげに受け止めてくれた。
着物の懐から相撲取りらしい太い腕を出すと、ガッシリした顎を指でゴリゴリと揉みながら平然としている。このくらいイヤミにもならない。
一転、ドンカイは言い訳を添えてくる。
「……とまあ、再会した時のお楽しみにしたいという気持ちもあるんじゃが、正直に申せばジェイク君に気遣った面もなくはない」
センシティブな問題じゃからのぅ、とドンカイは生真面目に呟いた。
「現実でも顔を合わせて、様々な事情を知ってしまったからのぅ」
「すいませんオヤカタ、気を遣わせてしまって……」
素直に礼を述べるジェイクに、ドンカイは何も言わず「気にするな」と鷹揚に片手を振るだけだった。これにはツバサもぐうの音も出ない。
思慮が足りなかった、と反省する。
ジェンダーの問題は取り沙汰されやすく、扱いを間違えれば炎上しかねないし、わざと燃え上がらせたがる不逞の輩も集まってくる。
いくらジェイク本人が「全然気にしてないよー」とジェンダーXの立場を貫いたとしても、良からぬ連中が騒ぎ立てる可能性だってあるのだ。
そこを鑑みて、ドンカイは情報の質を落とした。
わざと仄めかすように話題をぼやかし、「会えばわかる。積もる話はその時にすればいい」という態度を貫いたのだ。
……やっぱり“大人”だな、と感心させられてしまう。
ツバサは会釈し、口中で「すいません」と囁くように謝罪した。
ドンカイは「うんうん」と頷くだけだった。
「ところでジェイク君、ひょっとして君にもお付きがいるのではないか?」
若者2人に謝らせてしまったドンカイは話題の舵を切った。それは内在異性具現化者に欠かせない、ある付き物のことだった。
ジェイクは誰のことか思い当たったらしい。
「あ、マルミちゃんのことですか? あれでしょ、内在異性具現化者はなんかヤバそうだから、運営がゲームマスターに見張らせてたってやつ」
やっぱりジェイクにも担当がいるらしい。
先述した通り、内在異性具現化者にはGMの監視が付いていた。
ツバサにド変態、ミサキに軍師気取り、アハウに愛妻秘書、クロウに猪女騎士、といった具合にセットで付いている。
VRMMORPG時代はあくまでも監視役だったが、真なる世界に転移後はそれぞれ事情を明かして、内在異性具現化者のサポート役に徹していた。
各人をこの世界の“王”とするために……。
当然、ジェイクにもお付きのGMがいるということだ。
ジェイクはマルミというGMについて語る。
「そこら辺の事情も聞かせてもらったし、俺たちの世話を焼いてくれるんで助かってますよ。これまでのやり取りも技能で聞き耳立ててると思いますから、俺たちの話が落ち着いた頃を見計らって顔を出すんじゃないかな?」
おーい、とジェイクは呼び掛けてみる。
すると超巨大列車の客車から「は~い♪」と陽気な声が返ってきた。
客車から空へ向けて鞠のようなものが飛び出した。
人間サイズはある大きな鞠は高速回転し、白と黒のコントラストが目立つ色合いを見せつけながらこちらへ向かって飛来してくる。
空中で軌道修正した鞠は、ジェイクの左脇へと落ちてきた。
ふわり、と音を立てない静かな着地だ。
土煙を立てることなく、接地音すら聞こえない。
よほど身のこなしに自信がなければ、そして体術を極めてなければできない芸当である。LV999の気配を隠すこともなかった。
舞い降りたのは――1人のメイドさん。
一言でまとめさせてもらえば、大変ふくよかな女性である。
だがヒデヨシの妻君であるネネコほどの肥満体ではない。分類的にはぽっちゃりくらいだと思うが、一般女性から比べたら立派にお肉が付いている。
太ましい、なんて表現してもいいかも知れない。
だが――大層な美人でもあった。
身の丈は165㎝程度、女性としては程良い身長。
体型は太ましい。お腹の膨らみが目立つものの、胸やお尻も比例して大きいのでウェストラインがはっきりわかる。
昔、師匠のインチキ仙人が言っていた。こういう太めだけど愛らしい女性は、樽みたいな体型のアイドルという意味で「樽ドル」と呼ばれたという。彼女はまさにその樽ドルというべき逸材だろう。
体型はボリューミーだが、その面立ちは小顔で美人なのだ。
ふくよかに豊満だというのに、顔は嘘みたいにスッキリしている。いや、女性らしい柔らかさを保ったまま美しい。
円らで澄んだ瞳、シャープな小鼻も良いアクセントだ。
口元はちょっと大きめだが、優しい微笑みを絶やさないので愛嬌がある。彼女もジェイクのように眼鏡を掛けているが、丸眼鏡ではなく楕円形のおとなしめのデザインだ。理知的というより家庭的なものを加味している。
長めの黒髪は頭の左右で適当に結っていた。ツインテールっぽい髪型だが、そこまで自己主張はしていない。
衣装はオーソドックスなメイド服だった。
ド変態や漢女も愛用しているが、過度に誇張しておらず、フレンチメイドのようにエロスに偏ってもいない。古式ゆかしいメイド服である。
……このメイドさんも一癖ありそうだ。
また、普通に可愛いメイドさんとの出会いが遠のいた。
マルミも美人といえば美人だが、あまりにもふくよか過ぎる。
その包容力あふれる体型と愛想のいい雰囲気が相俟って、お母さんみたいな安心感を覚えてしまうくらいオカン味が強い。
その母性は――ツバサに匹敵するかも知れない。
ムフーッ♪ と独特な息継ぎをしたマルミはにっこり微笑む。
「はい、はじめまして。あたしはマルミ・ダヌアヌ」
遠慮なくマルミちゃんって呼んでね♪ とウィンクを送ってきた。
別にかわいこぶりっ子しているわけではない。お母さんが遊びに来た子供の友達の前でお茶目に振る舞うような感じだ。
だからなのか、ジェイクが居たたまれない苦笑だった。
目の前に居並ぶツバサ、ドンカイ、バリーを順番に見つめたマルミは、またムフーッと鼻から息を抜くような呼吸音を漏らした。
マルミは愛想を振りまいて近付いてくる。
「あなたがツバサくんね。レオくんから噂は聞いてるよ。そっちの大柄な人がドンカイさんか、あなたもGMの間ではちょっとした話題のタネだったからね。それなりに知ってるわよ。そしてバリーくん、ウチのジェイクのお友達ね」
色々あるだろうけど――ひとまずよろしくね。
そう言って歩み寄ってきたマルミは、こちらが手を差し出す前に両手で握手を交わしてきた。その後、気安く手でパンパンとボディタッチもしてくる。
これも順番、そして避ける暇がなかった。
するりと懐に入り込み、まったく警戒心を抱かせない。
身構える隙もないくらいだ。
これが未知の敵だったと思えばゾッとする。それくらいマルミの馴れ馴れしさは度し難く、こちらに安全だと気を許させる親近感があった。
ドンカイも思い知らされたらしい。
隙だらけな自分を振り返っているのか、口をやや半開きにして呆然自失といった有り様だった。呆けたドンカイは小さな声で独りごちる。
「……………………可憐じゃ」
「親方ッ!?」
聞き違いじゃない。横綱の頬がほんのり赤く染まっている。
どうやらマルミさんはドンカイのドストライクらしい。お似合いかも、と夢想してしまう。彼女も相撲部屋の女将さんが似合いそうだ。
「あれ、バリーくんあんた痩せすぎじゃない?」
ちゃんとご飯食べてる? とマルミは親身に訊いてくる。
バリーは軽薄に笑って受け流す。
「母ちゃんみたいなこと言わないでくださいや。神族になってもちゃんと三食食べてますよ。カミさんがうるさいんでね」
心配する内容までお母さんみたいだった。
気安いどころではない。彼女の場合、出会ってすぐに親密さと好感度が振り切れているのではと錯覚しそうになる。これは徒ならぬ事態だった。
彼女の人徳がなせる技か、あるいは過大能力か?
違和感があるのは――マルミの声だ。
彼女の声は透けるように美しく、聞く者の心に浸透する。
その声に惑わされたのかも知れない。あと、謎のオカン力。
素で「お母さん」と呼んでしまいそうになる温かいオーラを発していた。優しさあふれる後光のような輝きは「ママン」と敬いたくなる。
あれ、この人……ツバサより余っ程オカンじゃない?
「誰がオカンですかこの野郎!?」
「なんでワシらに怒鳴るんじゃツバサ君!?」
「おれたち何も言ってねーじゃん、被害妄想だってそれ」
初対面のマルミや久し振りのジェイクに怒鳴るのは失礼なので、近場にいたドンカイとバリーに犠牲になってもらった。
これを目の当たりにしたマルミは、ふくよかなお腹を両手で押さえて盛大に笑っている。笑いすぎて目尻に涙まで溜めていた。
「アハハハハハッ! ごめんね、笑っちゃって……でも、レオくんの言ってた通り、地母神になってお母さんっぽくなっちゃったの気にしてるって本当だったのね。その決め台詞も口癖みたいになってるって聞いてたけど……」
オリジナルを聞けて嬉しいわ、マルミは感想を述べた。
「言ってた? レオ君? そういえば……」
マルミが元GMである事実を思い出したツバサは、GM時代に付き合いのありそうな人物がすぐ側にいることに思い至った。
ツバサの背後で姿勢を正す音がする。
振り返れば、軍服姿のレオナルドがマルミにお辞儀をしていた。
「お久し振りです――マルミ先輩」
「やっぱりね。あなたなら生き残ってると信じてたわよ」
レオナルドくん、とマルミは労うように声を掛けた。
「レオ、知り合いなのか?」
知り合いも何も、とマルミの横へ移動するレオナルド。彼女を紹介するように手で指し示し、マルミも両手を腰に手を当てて胸を張った。
レオナルドは彼女の人となりを紹介してくれる。
「マルミ先輩はジェネシスに入社したばかりの俺を面倒を見てくれた、キワモノ揃いのあの会社では、数少ない真っ当な教育係だったんだ」
――会社でのイロハはマルミの指導の賜物。
レオナルドはマルミの教官ぶりを手放しで絶賛した。
褒められたマルミは照れ臭そうだ。
「いやー、おかげで『マルミちゃんに任せとけばまともに育つ』って人事部に目を付けられちゃって、新人教育係が板についちゃったけどね~♪」
ゲームマスター№10――マルミ・ダヌアヌ。
役職上ではレオナルドが昇進したものの(№07なので格上)、先輩後輩の関係は続いており、ちゃんと敬意を払っていた。
「またの名を『ジェネシスの肝っ玉母ちゃん』と呼ばれている」
「いやだーもー♪ やめてよそれー♪」
マルミは全力でレオナルドの背中をバンバン叩いた。
「あたしまだ未婚なのにさー、マダムでもミセスでもなくミスなのよ?」
しかし、マルミは気を悪くすることなく、ケラケラ笑うばかりだ。案外、肝っ玉母ちゃんという称号を気に入っているのかも知れない。
マルミは陽気な声で話を切り替える。
「あ、そうそう。母ちゃんといえばさ、あたしが世話焼きしてレオくんに指導を任せた、あの四馬鹿カルテットは回収できた? なんだかんだで悪運強いのばっかりだからこの世界でも図太く生きてるでしょ」
「幸か不幸か、クロコ、カンナ、アキまで拾えました」
ナヤカがまだですが、とレオナルドとマルミは簡単な報告会を始める。
その4人の名前にツバサは無反応ではいられない。
「え……もしかして、クロコたち爆乳特戦隊もマルミさんが指導を?」
ええそうよ、とマルミは肯定した。
その直後、眉をキリリと引き締めたかと思えば、戦隊ヒーローみたいなポージングを決めたマルミは、大袈裟にこんな台詞を添えてくる。
「何を隠そう……私こそが爆乳特戦隊の隊長だったりします!」
「「「え? あ、そうな…………はあっ!?」」」
ツバサ、ドンカイ、バリーの3人は示し合わせたわけでもないのに、間抜けな声を漏らしてしまった。きっと表情も間抜けだったことだろう。
レオナルドはうんざり顔を片手で覆っている。
隠してもしょうがない、と事情を明かしてくれた。
「さっきも話した通り……マルミさんの主な仕事は新人教育でね。俺がクロコたちの教育係を任される前は、先輩が指導していたんだ」
「それからも折を見ては、レオくんと一緒にあの四馬鹿カルテットをしごいたりしぼったりと教育してたらね。いつの間にかあたしも戦隊入りしてたのよ」
「いや本当、誠に申し訳ありません……」
レオナルドは肩身も狭そうに恐縮して頭を下げていた。
気にした様子もなく、マルミはおかしそうに笑う。
「まあ別に良いわよ。レオくんは聞き分けの良い最優良後輩だから。仲良くしてるのは事実だし、あの四馬鹿のまとめ役も嘘じゃないしね」
実際、マルミもご立派なものをお持ちである。
爆乳と呼んでも差し支えない。Kカップくらいありそうだ。
いつしか彼女もレオナルド爆乳特戦隊の一員に数えられ、四馬鹿を指導しているところから隊長という地位に就任してしまったらしい。
この告白には隠された意味がある。
それは遠回しに「あたしもレオナルドくんの派閥だからね」と明かされているも同然だった。つまり、レオナルドと思想を共有できているから「あなたたちに協力できるはずよ」と打ち明けてくれたのだ。
彼女の温かい声で言われると、安心感が増すばかりである。
「あ、そういうことか」
ポン、とツバサは手を打って得心した。
いつぞや相対したロンドが妙なことを口走ったのだ。
『――爆乳特戦隊も5人中3人揃ってるし』
この一言が引っ掛かっていた。
ゲームマスター№15――女騎士カンナ・ブラダマンテ。
ゲームマスター№19――女中頭クロコ・バックマウンド。
ゲームマスター№59――情報官アキ・ビブリオマニア。
これにまだ未登場だが、№32のナヤカ・バーバーヤガというコミュ障陰キャの黒魔術師な魔女が加わることで、爆乳特戦隊が揃うと思っていた。
彼女たち自身、この4人の他に触れたことはない。
だが、一部の者は「おかしくね?」と訝しむところがあった。
爆乳特戦隊という呼び名の元ネタは、恐らくギニュー特戦隊という超有名な格闘マンガに登場する敵役のチーム名に由来していると思われる。
このチームは隊長を含む5名で構成されていた。
そう、5人だ。爆乳特戦隊は1人足りない。
そこへロンドから「爆乳特戦隊は5人いる」とか言われたので、数が合わないと不思議がっていたのだが……マルミを勘定に入れていたらしい。
だが、そうなるとまた不可解なことが生じる。
クロコたちからマルミの話題を聞いた覚えがないのだ。
仲間意識がありそうな四人(カンナ、ナヤカ、クロコ、アキ)は、それぞれ他の3人について言及したことはあるが、マルミの話題をほんの少しでも口の端に出した者はツバサが知る限り1人もいないはずだ。
もしや……意図的に避けているのか?
マルミはちょっとアンニュイなため息をついた。
「ま、あの娘たち四馬鹿にしてみれば、あたしなんて血も涙もない鬼教官ってポジションだからね。話題にしなくて当然なんじゃない? レオくんとも仲が良い姉弟みたいなもんだから、色恋沙汰にはならないし」
爆乳特戦隊の4人は全員レオナルドに懸想している。
交流は深いものの、恋愛関係にならないマルミは彼女たちにしてみれば除外対象なのだろう。それと鬼教官なので触れたくないのかも……。
「俺もそうだが、あいつらもマルミさんには頭が上がらなくてな」
あのクロコですら平身低頭して指示に従うという。
「あのド変態がちゃんということ聞くのか!?」
この信じがたい情報にツバサは耳を疑いそうになった。
だがレオナルドは神妙な面持ちになると、肯定として頷いた。彼もクロコの変態っぷりには手を焼いてきたので真剣そのものだった。
「本当だ。しかも効果はしばらく持続する」
「期間こそ短いけど調教……じゃない、指導はしたからね」
調教と言いかけたぞ、マルミさん。
やっぱりあの4人は特級問題児だったらしい。
それでも個々の能力は専門分野において目を見張るものがあったため、マルミもできるだけ使い物になるようにと心を砕いてきたそうだ。
「途中までだけどね。一応、躾けてきたわ」
微笑みを絶やさぬマルミの顔に、ちょっと陰りが差した。
「ただ……仕上げの段階で中途採用の新人がドカッ! と入って来ちゃったもんだから、そっちに掛かり切りになっちゃったのよ。申し訳ないとは思ったけど、後のことは信頼できるレオくんに任せてみたら……」
「……力不足で申し訳ありません」
悔恨の念を露わにしたレオナルドは苦渋の謝罪を決め込んだ。
彼が御せなかったのはご存知の通りである。
ツバサだってクロコの雇い主にされたのはいいものの、未だにあの変態駄メイドを制御できてるとは言い難い。目下、悩みのタネである。
ツバサとレオナルドの苦い顔を見て、マルミは察してくれたらしい。
「その様子だと……真なる世界に来ても?」
「はい、それぞれ有能なのは変わらないのですが、癖が強くて言うことを聞かせるのは四苦八苦しております……」
面目ない、とレオナルドは力及ばず肩を落とした。
「そう、四馬鹿カルテットは相変わらずか……」
マルミは考え込みながらムフーッと深呼吸をする。
やがて――彼女の表情は一変した。
お母さんと呼びたくなる母性的な微笑みは形を潜め、夜ごと人斬り包丁を研ぐ鬼女の如き凄惨な笑みを浮かべた。
口の端からは触れれば切れそうな八重歯が覗いている。
「…………再調教、しちゃう?」
ちょっとは生活態度を改めるはずよ、とマルミは保証してくれた。
「「はい!! 是非お願いします!!」」
ツバサとレオナルドは肩を並べると、気をつけの姿勢から腰を90度まで曲げてお辞儀した。それは一も二もなく依頼したい案件である。
「でもまあ、みんなと会えて良かったよ」
マルミの会話が途切れたところで、ジェイクが割り込んできた。
再会の喜びを噛み締めるような声に思わず振り向くと、ジェイクは我が家を紹介するように超巨大列車ラザフォード号を振り仰ぐ。
その第三車両、住居風に造られた車両を指し示していた。
「そっちもこっちも色んな事情があると思うし、積もる話なんて一年分は重なってるわけだからさ。立ち話も何だし、おれたちん家でお茶しない?」
「そうね、せっかくだから皆さん招待するわよ」
どうやら――あそこが彼らの拠点らしい。
ジェイクの一団をルーグ陣営だと仮定すれば、彼らはツバサたちのように本拠地となる土地を持たず、移動できる拠点で旅を続けてきたわけだ。
招待と聞いて、軍師がこう切り返す。
「招待というなら、我が国イシュタルランドへご招待しましょうか?」
ここから然程離れてませんし、とレオナルドはルーグ陣営を自分たちの領地へ案内することを提案した。ミサキ君も了承するだろう。
旧知の仲である銃神の名を聞けば喜んで迎え入れるはずだ。
これに――ジェイクとマルミは目を丸くする。
「我が国!? レオナルド君だっけ、君ってば国を持ってるの!? え、まさかウィングたちも!? やっぱりこの世界にもまだ安全な場所があるんだ!」
「レオくん、自分の受け持ち内在異性具現化者を王様にした国家を建てたいとか言ってたけど、もう建てたの!? 仕事早すぎじゃない!?」
唖然とした後、猛然とツッコミを飛ばしてくるジェイクとマルミ。
気になる言葉がいくつか散見できた。
だが、驚きを隠せない二人の表情が面白いので、ツバサはつい混ぜっ返すようなことを言ってしまう。まず親指でレオナルドを指した。
「ジェイク、こいつもおまえの知り合いだぞ――獅子翁の中身だ」
アシュラ・ストリートの八部衆の一人だ。
かつての戦友と聞いて、ジェイクは色めき立った。
「え、獅子翁のおジイちゃん!? 嘘でしょ!? 本当は若いってどこかで聞いたけど若すぎじゃない! オレと大して変わんないよ?」
騙したわけじゃないんだが、とレオナルドは詫びるように言った。
「アシュラではちょっとアバターを弄っていたんだ。愛弟子のミサキ君も女の子で遊んでいただろう? 師弟で外見を変えてただけなんだよ」
仙人みたいな爺さんと、ナチスの青年将校じみた軍服男。
結びつけるのが大変なのか、ジェイクは顎に手を当てて「はぁ~……ほぉ~……」と共通点を探すようにとっくり眺めていた。
同一人物だとすり合わせるのに時間が掛かっているらしい。
そこへ――ダメ押しを掛けてみる。
「それとイシュタルランドを治めてるのはレオナルドじゃない。こいつの愛弟子である姫若子ミサキ……おまえもよく知るミサキ君が王様の国だ」
ええーッ!? とジェイクの仰天は止まらない。
打っ魂消るという表現が相応しいほど、神秘的かつ中性的な美貌が型崩れするくらい驚いていた。それでも色男なのは変わらないが……。
「ミサキちゃんもいるの!? ミサキちゃんの国なんだ! あ……そっか、獅子翁がマルミちゃんと同じGMなら、張り付かれていたミサキちゃんも内在異性具現化者ってことになるよね? それってつまり……」
そういうことだよね、と多くを語らずとも察してくれた。
話が早くて助かる。
LV999ともなれば洞察力に補正が掛かる技能にも磨きが掛かってくるので、話の端々から詳しく理解することができるのだ。
まあ、いつまでも察しの悪いアホの子もいるが……。
アホの子といえば、ソワカという破戒僧の仲間がまだ潜んでいるので、それを探しに行ったミロとホクトなかなか戻ってこない。
お母さんは心配性なのだ。
感知できる気配からは危険信号を感じ取れないので、異変が生じたわけではないらしい。ただ単に、隠れている人物を発見できないだけらしい。
隠密系が得意なのだろうか? そういう過大能力の可能性もある。
そちらに少し気を取られていると、マルミがこちらを興味深げに見つめていることに気付いた。ツバサとレオナルドを交互に見比べている。
おもむろにマルミは尋ねてきた。
「その国ってレオくんが補佐をしてるミサキくんって子の国だけじゃないよね? ツバサくんも持ってるし、他にもお仲間の国があるんじゃない?」
詳しく聞かせちょうだい、とマルミにせがまれた。
レオナルドに任せると蘊蓄を交えてくるので話が長くなるのは、先輩のマルミも実体験済みらしい。ツバサに向き直って話を求めてくる。
なので――掻い摘まんで説明した。
ツバサたちがまとめる四神同盟の現状についてだ。
これを聞いたジェイクとマルミは満面の笑みを浮かべた。
探し求めていた希望にようやく巡り会えた! そう叫びたい心境に達した至福の笑顔である。満願成就の時が来たような喜びようだった。
ガンマンとメイドは横目で見つめ合い、アイコンタクトでうなずき合う。
そして、揃って揉み手ですり寄ってきた。
「ウ~ィングくぅ~ん、(みんなの仲間に)入~れ~て~♪」
「レ~オ~くぅ~ん、(四神同盟の一員に)入~れ~て~♪」
「い~い~よ~♪ ……って子供か!?」
「い~い~よ~♪ ……って子供ですか!?」
ツバサとレオナルドがボケてからツッコミ返すと、親子みたいに同じ表情で嬉しそうに笑っている。どちらも純真で雑念のない笑顔だった。
特にジェイクの笑顔には安堵させられる。
この「入~れ~て~♪」は、ノリで「い~い~よ~♪」と返してしまうリアクションを取ってしまったが、その真意については推測できる。
超巨大列車に匿う――現地種族のためだ。
あのラザフォード号に、大勢の現地種族を乗せているのは察しが付いていた。先ほどの「安全な場所」という発言はそこに起因するのだろう。
ジェイクもまた、この世界の人々の救うために尽力していたのだ。
だからこそ――あの変貌が気に掛かる。
先ほどソワカとの戦闘で垣間見せた、冷酷無比にして無情な仕打ち。
心臓を貫いた相手に、あそこまで容赦ない追い打ちを掛けられるような気質ではなかった。虫を殺すのも躊躇う性格だったはずだ。
ジェイクを変えた要因に心当たりはある。
――最悪にして絶死をもたらす終焉。
この忌まわしい名前が出た途端、ジェイクから殺意と憎悪が噴出したのだから間違いあるまい。ジェイクも彼らの被害者なのだろう。
それが今後、どのような影響をもたらすのか?
どうしても一抹の不安を覚えてしまう。
ルーグ陣営はジェイクにマルミといった知人が多いので、すぐにでも同盟入りしてくれそうな期待感がある。戦力的にも申し分ない。
だが、この不安が陰のようにまとわりついて離れなかった。
~~~~~~~~~~~~
「……ジェイクさんやマルミさんの知り合いみたいだね」
侍ガールと呼ばれそうな少女――レン・セヌナ。
手にした信号機のオバケみたいな大太刀を、背中の鞘へと収めた。目の前に立つダインとフミカを「敵じゃない」と認めてくれたらしい。
「うん、ずっと前からのお友達だってー」
ふんわり蛮族とあだ名を付けたくなる少女――アンズ・ドラステナ。
両耳を聴力がいい動物のものに変化させると、ツバサとジェイクたちの話に聞き耳を立てている。こちらは元から警戒心ゼロだった。
小柄なレンは大柄なダインを見上げた。
元から表情の乏しい彼女だが、デフォルトの半眼をほんの少し朗らかにすると、恐る恐るサイボーグの大男に話し掛けてくる。
「あなたたちは信用できそうだね……」
ジェイクさんの笑顔――久し振りに見れたよ。
レンもぎこちなく微笑むと、その小さな手を差し出してくる。
「私はレン、レン・セヌナ。改めてよろしく」
「あたしはアンズだよ。よろしくねー♪」
レンが蛮カラサイボーグのダインと握手を交わせば、アンズも負けじとエジプシャン踊り子のフミカに握手を求めていく。
レンはちょっと奥手みたいだが、アンズはとてもフレンドリィだ。
一方、ソージはダインたちに距離を置いていた。
車掌男装の麗人――ソージ・スカーハ。
ダブルのスーツ風な車掌服に身を包んだ凜々しい彼女は、ポジション的にレンやアンズのリーダー格。まだ気を引き締めているらしい。
…………いや、違うのか?
ジェイクやマルミの態度からツバサたちへの警戒心は薄れているし、その仲間だとわかるダインやフミカも敵視していない。
それでも、距離感を縮めようとはしなかった。
慎重なのはわかるが、見知らぬ人物への対応ではない。
久しぶりに会った人が自分のよく知る友人なのか自信が持てず、「この人もしかして……」と訝しげに用心している節があった。
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ソージの視線に鈍感なダインも気付いた。
ダインへ近付く女性に厳しいフミカなど、ずっと前から察知済みである。ソージに対しては鬼気迫る眼光を光らせていた。
一触即発、発言次第では即キャットファイトになりかねない。
時折、ソージは悪寒に震えていた。
友好的ムードを醸し出しつつあるのに、緊迫感がヒシヒシ迫ってくる。
ダインは戸惑いながらも明るい話題を振った。
「ま、なんじゃ……おまえさんたちとは仲良うなれそうぜよ。親睦の証に侠気あふれる話でもどうじゃ? トラン○フォーマーなら何が好き?」
わしゃフォートレスマキシ○スじゃ、とダインは誇らしげだ。
「ダイちゃん、それ男子限定ッス! 女の子に振る話題じゃないッス!」
この無茶ぶりには愛妻からの窘めが入った。
レンやアンズ、それにソージはキョトンとするのだが……。
「……ごめん、私トランス○ォーマーよく知らない」
「はいは~い! あたしはスタ○スクリームさんが好きだよ!」
レンは困惑しながらも丁寧に断ったが、アンズは手を挙げて有名キャラクターの名前を口にした。敵勢力の副将ながら人気のある登場人物である。
一応、どちらも基礎知識はあるらしい。
おおっ! とまさかの好感触にダインはガッツポーズだ。
これを端から見ていたソージは張り詰めていた緊張感を解きほぐすとともに、クスッと共感の微笑みを浮かべた。
そして、自らもダインの話題に答えていく。
「そうだね、僕は……トラン○フォーマー・ロボッツ・イン・ディスガイズ、いや、カー○ボットの方が通りがいいかな? それに登場する超音速パトロール隊チーム新幹線が三体合体するJRXが好きかな。トランスフォーマーに限定しなくてもいいっていうなら、勇○特急マイト○インとか、新幹線○形シン○リオンなんかもいいね。後は黄○勇者ゴルドランに登場する鋼鉄武装アドベン○ャーとかかな……茶風林さんの声が渋かったよね、うん」
「……あ、元ネタみっけ」
唐突にレンがボソッと呟いた。どういう意味だろうか?
ダインはそちらを気を配るどころではない。
「列車系ロボばっかり……おまえさん、そっち方面が好きなんじゃな」
固唾を飲んで、頬を伝う冷や汗を拭っている。
まさか女の子が、これほどロボットアニメの話題に食いついてくるとは予想だにしなかったのだろう。しかもチョイスが際立っているらしい。
ダインお得意のトランスフォーマー談義。
女の子たちに振ったのは半分冗談だ。フミカのツッコミ待ちでボケただけのつもりで、そのボケで笑いを誘って和まそうとしたらしい。
本格的に返されたダインは、面食らうも嬉々としていた。
「今度は僕の番だね」
ジェイクに負けず劣らず、むしろ彼譲りの宝塚系美少女のジェイクは様になるポーズを取った。それからピタリとダインの顔面を指差す。
「君が好きな勇者シリーズのロボは何?」
「勇者王ガオガ○ガー! マー○ハンドと連結してゴルディ○ンハンマーを装備したモード一択! これだけは絶対に譲らんぜよ!」
即答するダインに――ソージは爆笑した。
ダインの答えを嘲笑したのではなく、嬉しさのあまり感極まって噴き出した様子である。それが思いもよらず、笑い声という形で爆ぜたようだ。
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「ちょい待てフミぃ! し、知らん! わしゃこん女子と初対面……」
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直後、ダインの絶叫と全身をショートさせる音が鳴り響いた。
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本来、体格の良いプロレスラーが得意とする技で、自分よりも軽量な相手にやらないと負担が大きいのだが……怒りのパワーで補っているらしい。
フミカは半泣きでお仕置きを続行する。
バックブリーカーの角度がキツくなるばかりだ。
「ダイちゃんの学校は工業高校でむさ苦しい野郎ばっかりって言ってたのに……女っ気はフミカだけじゃって言ってたのに……ダイちゃんって呼ぶのはフミカだけじゃって言ってくれたのに……こんなイケメン風美少女の知り合いがいるのを隠してたなんて……裏切りッス! 不貞ッス! 不倫ッス!」
倦怠期ぶっちぎって不倫とは何事ッスか! とフミカの怒りは収まらない。
ダインは言い訳もままならない。
全身からバチバチ火花を上げて故障寸前である。
「ご、誤解じゃあフミィィィッ!? わしゃ、ホントに女子の知り合いはおまえだけで……愛人囲う甲斐性も余裕もねえぜよぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
突然の修羅場にレンたちは騒然となる。
もっとも狼狽えたのは、他でもないソージだった。
彼女自身はダインのことをよく知っており、彼のことを「ダイちゃん」と呼ぶのは当たり前という顔をしていた。
なのに――口にしたらこの始末である。
意図しなかった惨状に慌てふためくのも仕方あるまい。
「ま、待ってフミカちゃん! 僕だよ、総司だよ! ほら、ダイちゃんの幼馴染みの……何度か一緒に遊んだことあるでしょ!?」
忘れちゃったの!? とソージはフミカを宥めるように言い募る。
この一言が効いたのか、フミカは我を取り戻した。
ダインを開放したフミカは眼鏡のレンズをクイッと持ち上げ、眼を細めてマジマジとソージを見つめる。ダインも軋む機械の身体を起こして立ち上がると、愛妻と似たような顔でソージをじっくり凝視した。
そうやって二十秒ほど、ソージの顔を見据えていただろうか。
「……おまん、総司か!? あのソージがか!?」
「嘘……総司君!? ダイちゃんの無二の親友のソージ君ッスか!?」
やっと気付いてくれた、とソージは胸を撫で下ろす。
ソージは照れ臭そうに頬を掻くも、苦言を呈するように言った。
「色々変わった自覚はあるけど……そこまで見ないとわからないものかな?」
変わりすぎだ! とダインとフミカは異口同音に唱える。
そして、夫婦で息を整えてからソージを指差して声高らかに叫んだ。
「なんで女子になっとるんじゃ!?」
「どうして美少女になってるんスか!?」
……これで女体化6人目か、とツバサは遠い目になった。
ジェイクが現実では女性で、内在異性具現化者のために男性化したと思ったら、その仲間であるソージという少女は元少年だったらしい。
幼馴染みだというダインのショックは一入だった。
自己修復で直ったサイボーグボディを動揺のあまり震わせている。
「……久しぶりに会った共にロボットアニメを愛する美少年の幼馴染みがイケメン美少女に生まれ変わってたんじゃがわしゃどうすりゃいいんじゃ!?」
「なんかの小説の新連載みたいなタイトルッスね!」
こちらも面識があるというフミカも少々パニック気味だった。
「う~ん、まさかここまで混乱されるとは思わなかった」
ちょっと心外、とソージも困っていた。
車掌を意識したダブルのスーツを着込むソージだが、身体のラインがはっきりとわかるデザインなのでメリハリの利いた肢体だとよくわかる。
ツバサもよくやるが、乳房の下で腕を組むと悩ましげにため息をついた。
悲しげに眉根を寄せたソージは語り出す。
「説明っていうより釈明っぽくなっちゃうけど、僕がこの異世界で女の子になってるのは、聞くも涙語るも涙な海よりも深い事情があって……」
「……小銭を稼ぐのために女体化して戻れなくなっただけだよね?」
自爆だよ自爆、とレンは無慈悲に一言でまとめた。
「ちょっとレンちゃん! もっとオブラートに包んだ言い方して!?」
「だって……本当のことじゃない」
レンはふて腐れた顔で、どこか恨みがましく続けた。
「アルマゲドンの攻略実況を動画配信すれば再生数で稼げるって聞いて……どうせなら美少女のがウケるよね、って必死に溜めた魂の経験値を惜しみなく使ってアバターを女体化させて……さあ撮影を始めようって準備してたら……」
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やっぱり部長の自爆だよー、とアンズも悪意なく同意した。
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「わ、わかった、悪かったから……部長の努力は認めるから……」
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「そういやソージ、おまん高校はわしと別んとこ行ったけど、そこでeスポーツ部に入ったとかどうとか……そがいこと言っちょったのぅ」
フミカとダインが答え合わせをしてくれた。
恐らく、ソージたちは高校の部活動を介した仲間なのだろう。
ソージは部費を稼ぐために動画配信に手を出そうとして、見栄え重視で自分のアバターを女体化したら、異世界転移に巻き込まれたらしい。
奇しくも似たような経緯を歩んだ人物に心当たりがあった。
(※第128~130話参照)
そんなソージたち高校生とジェイクがどうして一緒に行動しているのかは、情報不足でまだわからないが、それは追い追い教えてもらえるだろう。
「まあまあ――そんなわけでだ」
ジェイクは軽妙なステップでソージたちに近付いてくと、マルミもその後ろについていく。アンズはソージを泣き止ませると優しく立たせていた。
5人が肩を並べると、ジェイクは両腕を広げる。
右側にはソージとマルミを、左側にはレンとアンズを抱き寄せた。
「これがジェイクのパーティーだ。どうか、ひとつよろしく!」
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