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第15章 想世のルーグ・ルー
第367話:銃火が織り成す再会
しおりを挟む男でも女でもない――中性的。
この言葉が似合う人物を、ツバサはジェイクの他に知らない。
ツバサの場合、男だった頃から母親譲りの顔のおかげで「女の子みたい」と囁かれてきたが、中性的だと言われたことは一度たりとてない。世の人々の顔は大概において男顔か女顔に二分されると思っていた。
だが、男女どちらにも見える容貌は確かにある。
それでも本人の意志が男性であれば男物を着るし、女性であれば女性らしい衣服で装うから、各々の外見的な性別が強調されてくるものだ。
異性の装いをする者もいれば、心の性別に合わせた衣装の者もいる。
――そこに個性が現れる。
どちらでもないジェンダーレスやジェンダーフリー、ファッションの世界でもユニセックスという性差に囚われない意識もある。
然るにジェイクという男は――何気なく中性的なのだ。
恐らく、本人は無意識でやっている。
アシュラ・ストリートでのアバターは、割とハードボイルドが強めのファッションだったが、それでもスマートというかスタイリッシュというか……露骨な男らしさを感じさせず、立ち居振る舞いにも女性的な優雅さがあった。
ナチュラルに無性別を醸し出しているのだ。
両性的という意味ではない、あくまでも中性かつ無性である。
といっても――それはVRアバターの話。
素振りや仕種にそれとなく無性別なだけで、現実でのジェイクはどのようなものか知らない。ただ、アシュラ八部衆はみんな「本物の自分とほぼ一緒」とカミングアウトしていたが、実のところ定かではない。
ミサキ君も男の子なのに女性アバターを使っていた。
ツバサは現実で対面したことはないが、eスポーツ関係の仕事絡みで面識のある横綱ドンカイは、ジェイクのことをこんな風に評していた。
『アバターと遜色ない好青年じゃったぞ』
サプライズと称して他愛ない隠し事はするものの、嘘を吐かないドンカイの証言は信じられる。VRアバター=ほぼ当人だと確定した。
繰り返すが――中性的な男である。
身長は180㎝を越え、ツバサより少し高いくらいだが185㎝くらい。成人男子としては恵まれた背の高さだろう。
長身痩躯という言葉がしっくり来る細身の身体だ。
ひょろひょろでもガリガリでもない。細いけれどしなやかで、がっしりとした芯のある肉体。柔軟性に富んだ若木というイメージがある。
痩せた身体を包むのは純白のロングコート。
白銀と呼んでも差し支えないほどの光沢を帯びた素材は、時に光の角度で鮮烈な蒼い光も発する。いわゆる一般的なコートとは一線を画したデザインで、メカニカルな装甲というかサイバネティックというかメタリックというか……。
何かこう――近未来的な装飾が施されていた。
特殊なコーティングでも施しているのかも知れない。
うっすら蛍光色を放つ薄水色のシャツを着込み、シャツとコートの間には寒色系のベストが垣間見える。ズボンのみシンプルな黒というコーディネート。
グリップ力が強そうな編み上げブーツを履いている。
このブーツもやたらメタリックなパーツが目立つ。よく観察してみれば、ソールの一部まで登山靴顔負けの金属製だ。神族の動体視力と脚力を持ってすれば、大砲の弾でも蹴り返せる仕様になっているのかも知れない。
大理石から掘り出したように白い肌――性に縛られぬ美貌。
美男にも美女にも見て取れ、鼻が高いのと顎が細いのが特徴的だ。睫毛の長いところや涼しげな目元や耳元もユニセックスさを誇張させる。
腰の手前まで届くのは、真っ白に光り輝く銀髪。ワンレンというのだろうか、顔の中央で左右に分けて流れるように伸ばしている。
高い鼻には丸眼鏡を掛けていた。
それだけでインテリジェンス感が増している。わざと古臭い写真で近影を撮ったら、昭和の文豪と勘違いされそうな趣があった。
服装に関しては昭和どころか近未来だが――。
ジェイクの片手には回転輪動式の拳銃が握られている。
アシュラ・ストリートで使っていたものより、大きく重くゴツい。装填される弾丸も大口径だろうが、装薬量を増やしたマグナムも使えるはずだ。
銃身も長めで長方形。分厚い鉄板の短冊に見える。
大型拳銃を片手に提げて、ジェイクは客車からフラリと降りてきた。
「アシュラ時代とほとんど変わりない容姿だね」
「ああ、服のデザインがサイバーチックになったくらいかな。あと得物が仰々しくなった……あの拳銃、オリジナルデザインじゃないか?」
少なくとも、既製品をモデルにした銃ではない。
あんな鉄塊もかくやという重々しい拳銃、ツバサの記憶では思い当たるものがなかった。こう見えて、武器関係の情報は日々チェック済みだ。
火薬の量を増やして威力を上げたのがマグナム弾。
それを撃つために銃身のフレームを強化した、なんて範疇には収まらない武骨さだ。銃を象った打撃武器と勘違いしそうな重厚さである。
ハトホルフリート艦橋――。
メインモニターにクローズアップされた、久し振りにお目に掛かる旧友の姿にレオナルドとツバサな懐かしみながら感想を漏らした。
彼もVRMMORPGを経て、真なる世界に転移していたのだ。
剣豪セイメイや拳銃使いバリーといった仲間たちが「ジェイクもこちらに来ているはず」とやや希望的観測を交えた証言していたのだが、残念ながら確証が得られていなかった。
だが、こうして目の当たりにすれば有無を言うこともない。
彼らの証言が正しかったと立証されたわけだ。
ツバサはアンニュイにため息をついた。
くだらないことだが、リアクションが面倒だと気付いたのだ。
「未だ行方知れずのホムラもそうだが……アシュラ時代、ジェイクも現実の自分をアバターのモデルにしていたんだな」
「アシュラとアルマゲドンでは、アバターが変わった者が多いからね」
俺も含めて、とレオナルドはツバサの胸中を読んだ。
ツバサはうんざりした苦笑でため息をつく。
「……激変した見た目について言われるんだろうなぁ」
ツバサは細い指を折って数えてみる。
「ツバサは認めたくないがオカン系男子からオカン系女神になっちまったし、親方はオーガ系種族を経由したせいで身の丈250㎝の人間離れした図体になってるし、レオナルドはそもそもアシュラで白髪三千丈の仙人みたいな風貌のアバターで通してたから見た目を詐称していたようなものだし……」
変わったのに変わっていない、ミサキみたいな例もある。
ミサキは現実だと紅顔の美少年だったが、VRゲームのアバターは好んで美少女を使っていた。当人も「ネカマです」と公言していたくらいだ。
しかし、内在異性具現化者のため反転する。
真なる世界では美少女の女神になってしまったのだ。
それぞれ外見が変わったことでイジられるような気がしてならない。特にツバサなど女顔を気にしていたのに、今や爆乳の地母神である。
「詐称は止してくれ。アバターをイジるくらいよくあることじゃないか」
レオナルドはクレームをつけるが取り合わない。
ツバサは半眼のイジワルな笑みを浮かべた。
「そのせいで可愛い愛弟子に気苦労させた罪はどう思ってるんだ?」
「奈落の底より深く猛省しているので勘弁してください」
愛弟子バカは一も二もなく謝罪した。
両手を身体の両脇に揃えて、深々とお辞儀してきたのだ。
レオナルドはジェネシスに入社して昇進した直後、ネットでの迂闊な情報漏洩を防ぐため、アシュラを初めとしたオンラインゲームから引退した。
これにミサキは狼狽えた。
ネット上のみの関係だがミサキはレオナルドを師匠と敬い、格闘の技術をVRゲームを通じて叩き込まれてきた。電子の海を介した師弟関係を築いており、ミサキはレオナルドを父親のように慕っていたのだ。
そのレオナルドが――突然消息を絶った。
誰の前でも「師匠です」「弟子です」と公言するほど仲良しだったのに、現実での連絡先を教えていなかったのが2人の凡ミスである。
当人たち曰く「うっかり」とのことだ。
いつも老人のアバターを使っていたレオナルドのことを、ミサキは本当に高齢の男性だと思い込んでいたので心配性も捗ったらしい。
『結婚とか彼女がいるなんて匂わせたことないから、師匠はきっと独身のはず……高齢男性が孤独死なんてよくある話……まさか!?』
このためミサキは、師匠の安否を心配する日々が続いた。
その心配振りはツバサやドンカイもよく知るところ。
なにせ会う度に「師匠知りませんか?」と相談されたのだから……。
真なる世界に転移した後、紆余曲折して再会できたのは喜ばしいことだが、その過程でもレオナルドは結構やらかしている。
簡単に言えば――ミサキに更なる迷惑を掛けたのだ。
以来、ツバサとミサキは事あるごとに揶揄うネタにしていた。
「本当に反省しているんだから許してくれ……」
レオナルドは銀縁眼鏡があっても構うことなく、革手袋をはめた両手で顔を覆ってシクシクと啜り泣いた。
彼は腹黒軍師を気取っているが、性根は生真面目で小心者だ。
この話題になると本腰を入れて凹む。
紳士然としたレオナルドがキャラ崩壊するまでをおちょくって遊ぶのも楽しいのだが、そろそろ控えておこう。余裕もなくなりそうだ。
ツバサはゆっくり立ち上がる。
左隣に座っていたマリナの頭を一撫ですると、ずっと膝の上に乗ってツバサの超爆乳に顔を埋めて深呼吸を繰り返していたミロを片手で引っ剥がし、自分の代理として艦長席に座らせておく。
ミロはマリナを抱き上げて自分の膝に乗せた。姉妹の仲は良好だ。
「ツバサさん、なんか気になることがあんの?」
態度に出したわけではないが、ミロには勘付かれてしまった。
ああ、と短く返事をするも視線はメインモニターに注目する。正確には、そこにアップで映し出されたジェイクから目を離せなかった。
「レオナルドやミサキ君に限ったわけじゃなく、俺たちにも色々あった。現実世界でのしがらみは元より、真なる世界に来てからのいざこざもな……それでもまあ、再会すれば『ああ、変わってないな』と安心したものだが……」
変わりすぎだろ――ジェイク。
外見こそツバサたちと違って大した変化はなさそうだが、モニター越しに見ただけでも中身……心構えや精神的に何かあったのではと推察できる。
様子もおかしいが、様相が一変していた。
激変したといっても過言ではない。
前言した通り、ジェイクは中性的だ。
おまけに美形とくれば神秘的な雰囲気を漂わせる。
アシュラのアバターでも黙っていればゾクリとするほど美形だったが、神族化したことで神々しさに磨きが掛かっていた。初対面の人間ならば怖いもの知らずでもない限り、おいそれと近寄れたものではない。
だが、その性格は雰囲気にそぐわないものだった。
いつでもどこでも誰とでも朗らかに接し、積極的に絡んでくる人懐っこさ。表情はバラエティ豊かで、人情味あふれる共感性の持ち主。
二枚目を通り越して一枚目とか呼ばれそうな美形なのに、話してみると三枚目というか……優しくて人当たりのいい陽キャなのだ。
(※美男子を二枚目と呼ぶのは江戸時代の歌舞伎に由来する。当時の歌舞伎は小屋に八枚の看板を掲げるのが普通で、一枚目には物語の主役、二枚目が色男の美青年、三枚目が賑やかし役の道化……と決まっていた)
その陽キャが――陰キャに変わり果てていた。
この世すべての悲しみを一人で背負っているような表情は、何重にも陰りを重ね掛けして陰鬱なグラデーションを織り成している。
微笑みがデフォルトだった美貌は今、どんより曇りきっていた。
これらから滝のような村雨が降りそうだ。
悲哀を湛えた瞳はその村雨に濡れたように潤んでいるが、豪雨の向こう側は深紅に燃えている。真っ赤に燃えた熾を集めたかのようだ。
薪をくべれば――容易く燃え上がる。
憎悪と怨讐という熾火が、いつ果てることなく燻っているかのようだ。
それ以外の感情は死んでいる。
喜怒哀楽の内、怒りのみが燃え盛っていた。その怒れる炎に煽られるように、哀しみの火の粉も舞っているようだが……。
足取りに疲労感が強い。踏み出す足も気怠そうだ。
あからさまに疲労困憊な動きだ。目の下には寝不足が祟ったようにうっすら隈がかかっている。神族は睡眠不要だというのに……。
右手に大型リボルバーを下げたまま、フラフラと歩き出す。
ジャリ、ジャリ、ジャリ……と荒野の硬い土を踏み砕きながら歩を進めていく先には、ソワカとソージが激しい戦闘を繰り広げていた。
しかし、戦いは中断されている。
ソージという車掌服の凜々しい少女とソワカと名乗るいかがわしい破戒僧は、肉弾戦に突入していたものの、同時進行で別の戦いも続けていた。
ソージは機械式鉄球、ソワカは“気”を凝らした念珠。
どちらも過大能力で操作する遠隔武器である。
それを双方ともに何万発も用意して、激しく打ち合わせていたのだ。
ジェイクは、それらを一粒も漏らすことなく撃ち抜いた。
彼が早撃ち名人なのは知っている。だが、何万発&何万発で十万発は下らない無数の玉を一瞬で撃ち抜き、しかも銃声が一発にしか聞こえない。
この超絶テクニックは、さすがに尋常ならざるものだ。
人間業ではない――神業のテクニックである。
もはや“銃神”の看板に偽りはない。
その張本人が寝起きのテンションみたい様子で近付いてくる。不機嫌極まりない表情を見遣れば、寝覚めの苛立たしさも伝わってくるというものだ。
凄絶な殺気まで叩きつけられれば、手足も止まるだろう。
殺される……ソージとソワカは戦いた。
どちらも戦慄の冷や汗を流しており、迫り来るジェイクの気迫に固唾を飲む。戦いを中断して振り返ってしまうのも致し方ないことだ。
ジェイクは眠たげに口を半開きにする。
「ソージ君、ちょっと退いてて」
あくびを噛み殺したジェイクはぶっきらぼうに言った。
名前を呼ばれたソージは眼をまん丸に開いたまま条件反射で頷くと同時に大きく飛び退いたが、ほとんど間に合っていない。
言い終えた直後――ジェイクはソワカの眼前に達していた。
過大能力じゃない、技能を織り交ぜた特殊な歩法による高速移動だ。
いくつもの残像で移動の軌跡は追える。
しかし、それが目に映る残像だと思い知った時には、いきなり場面を飛ばされたかのようにジェイクの行動が完了しており、誰も対応できない。
ソージは突き飛ばされていた。
邪魔だよ、とジェイクに小声で囁かれて片手で振り払われるようにだ。
一応、レディファーストなのか手付きはソフトだったが。
だが、破戒僧には遠慮がいらない。
あまりの速さに対応しきれなかったソワカだが、懐まで踏み込まれては反射神経が無視できまい。あれだけ格闘ができるセンスがあれば尚更だ。
しかし、無効化される。
両手さえ使えれば、対抗するための手管はいくらでも取れる。
ジェイクはそれを見越して懐に入り込み、ソワカの両腕を外側へ打ち払った直後、オマケとばかりに二の腕の付けに痛恨の一撃を打ち込んでいた。
手の甲、あるいは手首の根元にある硬い部分。
この部分を使って打つことを空手では弧拳というが、それでソワカの両腕を封じていた。しかも、発勁に似た浸透する打撃で痺れさせている。
これでソワカの両腕は短時間だが思うように動かせない。
ソワカは減らず口を叩く余裕もなかった。
それでも「ンフフフ」と口癖の含み笑いを忘れない。
肉厚なソワカの胸板に、ジェイクは銃口を無造作に押し当てる。
その瞬間――業火が燃え上がった。
村雨を浴びたように潤うも死んだ瞳の奥で、ほの暗く燻っていた熾火が一気に膨れ上がる。憎悪を燃料に焚きつけて殺意の業火が舞い上がった。
「バッドデッドエンズを名乗ったな……死ね」
冷酷な一言を発すると、ジェイクの人差し指が振動してブレる。
刹那よりも短い時間で何回引き金を引いたのか。
元より拳銃とは思えない規格のゴツすぎる銃器だが、銃口から大砲と見紛うほどの放火が噴き出し、ソワカの胸板を容赦なく抉っていった。
貫いたのではない――抉っただけだ。
「ンンン~フフ~フッ! 手加減手心一切なしの呵責ですな!」
砲火を浴びる寸前、ソワカは身体の軸を捻っていた。
銃口に対して真正面を向いていた身体を限界まで捻ることで、銃撃から身を逸らしたのだ。それでも凄まじい威力により胸の肉を削がれていた。
もう少しで心臓が露出する深手だ。
構うことなくソワカは捻った身体を反動で逆回転させながら、ジェイクの下腹部へ膝蹴りを打ち込んでいく。それは直前で防がれていた。
もう一丁の拳銃を持つジェイクの左手にだ。
右手の回転輪動式に対して、左手のものは自動装填式。
こちらも右手に握る拳銃に負けず劣らずゴツい。
それを盾にして膝蹴りを防ぐも、180㎝で痩せ型のジェイクと190㎝を越える筋肉質のソワカではウェイト差は歴然。
それを承知で、ソワカは力任せにジェイクを蹴り飛ばす。
体幹をバネのように捻り込み、遠心力を乗せたのはこのためだ。
ジェイクを遠くへ蹴り飛ばすと同時に、ソワカも後ろへ大きく飛び退いた。これで少しでも間合いを開けて、体勢と立て直すつもりだろう。
ソワカは念珠を補充する。
それに『治』『癒』『復』などの文字を宿すと胸に押し当てて回復を図りつつ、宙に舞わせた念珠でジェイクを迎え撃とうとしていた。
強敵に備えるため、数十万は用意しておくべきと判断したようだ。
それら念珠は――すべて撃ち抜かれた。
ジェイクは後方へ吹き飛ばされる体勢のまま、予断なく両腕を伸ばすと二丁拳銃を構え、正確無比な射撃を絶え間なく立て続けに行ったのだ。
「ンフフフ、これもダメ……少しでも時間稼ぎを」
ソワカの足下に土煙が立つ。
瞬間的に超高速の足捌きをしたために起きたものだ。
直後、ソワカは何人にも分身する。
実体があるものではない。あくまでも残像だ。
緩急をつけた動きでリアリティのある残像を生み出し、視覚的に攪乱させる技術だ。標的に目視で狙いをつけるガンマンには有効な手だろう。
三流ガンマンになら――だが。
念珠を撃ち抜く片手間に、ジェイクは残像ソワカも狙撃していく。
眉間に6発、心臓に6発、肝臓に6発、股間に6発……。
残像であろうと、情け容赦なく急所に致命傷を入れていく徹底ぶりだ。
「ン~~~フフフッ! 念の入れようが怖いですな!」
ジェイクほどの超一流のガンマンならば、標的から視線を外すことはない。あれほど撃たずとも視認するだけで残像と本体を見分けられるはず。
どうして撃ったかといえば――憎いからだろう。
バッドデッドエンズは唾棄すべき存在と認定しているのだ。
見つけ次第殺す、縁者を騙っても殺す、根絶やしに殺す。
残像でさえ見逃しはしない。
恐らくジェイクの憎悪は、奴らが全滅するまで燃え尽きることはない。
――最悪にして絶死をもたらす終焉という集団を殺し尽くすまで。
それにつけても、ガンマンとしては不思議な戦い方だ。
数十万の念珠を撃ち漏らさず撃破するジェイクの銃捌きも恐ろしいが、それだけの念珠を撃った二丁拳銃の装弾数をツバサは疑問視する。
「……いつ再装填してるんだアイツ」
回転輪動式なら大体6発、自動装填式なら平均7~15発。
(※銃器はバリエーション豊富なので例外はいくらでもある)
この装弾数を撃ちきれば拳銃は弾なしとなる。
使い切った薬莢や弾倉を排出し、新しい物を装填しなければ使い物にならない。これは火薬を用いた武器に共通する手間であり短所と言えよう。
だというのに、ジェイクは弾の再装填しない。
ツバサやレオナルド、それにソワカの目を盗んで、あれだけの連射を繰り広げておきながら、一度としてそれらしい行為をしていないのだ。
すると、ミロが子供らしい意見を述べる。
「何万発でも撃てる宇宙銃とかの超兵器じゃないの?」
「その可能性もあるけどよ」
神族や魔族の工作者ならば、そんな神話級の武器でも作れそうだ。
だが、ツバサは片手で頭を抑えて懊悩する。
「しかし、なんというかこう……格闘家として武術家として、それ以前に武器を持って戦う戦士としてだな……拳銃使いならせめて、弾丸の再装填という様式美を欠いてほしくないというか……」
「言いたいことはわかるよ、なんとなくだが」
ツバサの意見に賛同してくれたのはレオナルドだった。
「バリー君も同じ拳銃使いだが、戦闘中に隙を見せることなく再装填をして戦っているからね。彼の戦い振りを見た後では、ジェイク君のあれは異常だ」
二丁拳銃のデザインも悪いのだ。
「あれがミロ君の言う通り、光線銃みたいなデザインをしてればまだ納得できるのかも知れないが……既製品のデザインに合致しないとはいえ、一目でリボルバーとオートマチックのハンドガンだとわかる構造をしてるから余計だね」
そもそも――あれは物質的な弾丸なのかな?
観戦するレオナルドは、ジェイクの撃った弾丸に着目する。
「弾丸の素材となるのは鉛を初めとした金属類だが……さっきから見ていると、念珠を撃ち抜いた後の弾丸がどこにも見当たらないんだ」
薬莢どころか銃弾の破片すら落ちていない。
対象を撃破すると同時に、弾丸も消滅しているようにしか見えなかった。
レオナルドの観察結果を聞いてツバサも得心する。
「ああ、そういうこと……魔法の弾丸か」
「もしかすると、あのソワカという僧侶の念珠と同質かも知れないね」
それなら再装填がいらない理屈も通る。
魔法系技能で“気”から弾丸を生成し、拳銃の弾倉内に自動精製されるようにしているのか、はたまた過大能力で補っている可能性もある。
別段、不思議がることでもなかったわけだ。
ただ、アシュラ時代のジェイクは、ちゃんと残弾数を計算して立ち回っていた記憶があるから、どうしても違和感を覚えたまでのこと。
「ジェイク、トリガーハッピーになったのかと心配しちゃったよ」
「気持ちはわかるよ。あんなに連射して弾が尽きないなんて、天○バカボンに登場するおまわりさんじゃないんだから……」
レオナルドのたとえはいまいちわかりにくかった。
無駄話をしている間にも戦闘は続いている。
どうにかして距離を置いて、最大の武器である念珠を用意したいソワカと、それを決して許さないジェイクの攻防は佳境を迎えつつあった。
破戒僧は「ンフフ」と含み笑いする暇もない。
念珠を作りながら物凄い速さで後退るソワカだが、間合いを詰められながら念珠は撃ち落とされてき、ジリジリ追い詰められている感があった。
ジェイクは無表情のまま迫っていく。
眼の底を憎悪の業火で焦がして、ソワカを抹殺する気満々である。
地を蹴ったジェイクは再びソワカの懐に踏み込んだ。
念珠を破壊されたソワカは覚悟を決めた。
回復の念珠はそれなりに効果を出したのか、痺れていた両手をグーパーグーパーと開いて動くことを確認し、抉れた胸板は血止めも済んでいる。
ソワカは観念したかのように逃げる足を止めた。
そして――ジェイクに肉弾戦を挑む。
ジェイクも待ってましたとばかりに応戦する。
拳銃という近接武器とは比べ物にならないリーチを持つ得物の使い手が、徒手空拳の相手に飛び込んでいくという有り得ない構図だった。
そこから激しい応酬が始まる。
2人の腕が何百本にも見える錯覚を起こすほど残像が飛び交う。
合間合間に銃声が響き、熱い砲火が散る。
ジェイクは両手に拳銃を握ったまま両手の甲、腕、肘を使ってソワカの手腕を捌きつつ、弱点に狙いを定めると遠慮なく至近距離で拳銃を撃ち込む。
それが銃声と砲火の正体だ。
このため、普通の格闘家が手業として使う拳打、パンチ、貫手、フック、掌底、ジャブ……こういった技には頼らない。その代わり、拳銃を最大火力かつ最大威力の攻撃手段として用いているのだ。
ストッピングパワーという意味では素手を凌駕している。
ジェイクの流儀は、中国拳法の内家拳に近いらしい。
本人はフルコンタクト空手などを初めとしたマーシャルアーツ全般を参考にしたと言っていたが、明らかにそれだけの技術ではない。
相手の攻撃を取り捌いて懐をガラ空きにすることで、急所まで銃口をスムーズに運んでいくために磨き上げられたもの。
一方、ソワカも肉弾戦で応じるだけのことはある。
ジェイクのファイティングスタイルを理解したソワカは、とにかく銃口を自分に向けさせまいとジェイクの手を打ち払うことに専念しつつ、隙あらば自分から掌底や貫手を打ち込んでいき、銃撃を阻止しようと躍起になっていた。
そんなソワカの掌中には――念珠が仕込まれている。
空中に浮かべたものは即座にジェイクに狙撃されるが、さすがに手の内に生じたものは見逃すらしい。その念珠でこちらも火力を上げていた。
ズバン! と小規模な爆発がする。
ジェイクの拳銃に負けず劣らずの破壊力だ。
手の中に超小型爆弾を仕込んでいるのと変わらない。
だが、ジェイクは意に介さない。
ソワカの息の根を止めることに全集中力を傾けていた。
ソワカの動きはジェイクのそれと比べて肉体的鍛錬で培った筋肉、それを限界を越えて酷使する外家拳の動きに近い。
その腕前は一端より上――いいや、達人級の腕前だった。
伊達にLV999に達していない。
しかもあれ、他力本願ではなく自力で到達したものだ。
両者の攻防は一進一退、五分と五分。
ここでジェイクが、思いも寄らない行動に出てくる。
ソワカを殴りつけたのだ――拳銃で。
拳銃を持つ手はそのままに、引き金を引くことをやめると銃身や銃把でソワカを殴り始めた。いきなり手法が変わったのでソワカも戸惑っている。
わかると思うが、拳銃は弾丸を撃つためのもだ。
武器なので手荒に扱うことを前提として頑丈に作られているが、それでも分類的には精密機械である。人を殴るためのものではない。
フィクション作品では、拳銃を使って剣を受け止めたり、銃把で相手を殴りつけるシーンを見掛けるが、銃工に言わせれば言語道断の所業だろう。
それを“銃神”は平然とやってのけていた。
ここで――ツバサははたと気付く。
ジェイクの二丁拳銃がどちらもゴツい理由。
それは近接格闘を前提に作られているのは勿論だが、こうした局面では鈍器としても使えるように頑強さを追求した結果なのだ。
銃器にして鈍器――まさかのコラボである。
ゴッゴッゴッ! と鈍い音の連打はソワカを追い詰めていく。
一方で、ゼロ距離射撃の発砲も勢いを増す。
思わずソワカは身を縮め、両腕のガードを固めてしまった。
ボクサーが相手のラッシュに怯んだ様に似ているが、これを好機と捉えたジェイクは、ガードする両腕の隙間に右手のリボルバーを差し込んだ。
握ったナイフを突き込んだに等しい。
銃口は治りかけた胸板を貫き、血を噴き上げさせる。
「ンフッ、これは危ないですぞ……ッ!?」
心臓を貫いた出血量には程遠いが、胸板の肉を穿った銃口の先に心臓があるのは間違いない。その状態でジェイクは引き金を絞る。
6発の銃弾が発射されるも、銃声は1発にしか聞こえない。
爆発的な衝撃を体内で浴びたソワカは、為す術なく吹き飛ばされる。
十数m後方へ、背中から仰向けに倒れ込んだ。
「ンンン~フフフ、ブフッ……がふっ! ごっ、おぶぅ……ッ!」
両手両脚を広げて大の字。口からは血の泡を吹いて咳き込み、胸の中央からは今度こそ心臓が破れたと思えるほどの血飛沫を上げている。
赤い咳を漏らして痙攣するソワカ。
ジェイクは焦りも急ぎもしない歩調で、倒れたソワカに近寄っていく。
そして、倒れた彼に躊躇なく追い打ちを掛けた。
具体的にどうしたかと言えば――滅多撃ちである。
二丁拳銃を彼に向けて振り下ろすと、ひたすら引き金を引いて弾丸をお見舞いしていく。内臓を挽肉にしたいのか胴体を重点的に狙う。
「ンンンガアアアアアアアアアアアアーッ!」
神族の不死性ゆえ、執拗に弾丸を撃ち込まれても生中に死ねない。
それゆえソワカは地獄の責め苦から絶叫を迸らせた。
許しを請うような悲鳴が聞こえてもジェイクは顔色ひとつ変えず、むしろ陰鬱さはいや増すばかりで、銃撃の手を止める気配はない。
「……いけない!」
口走った瞬間、ツバサは駆け出していた。
向かう先はメインモニターに映る現場だ。一刻も早く、ジェイクを止めなければならない。何が彼をここまで駆り立ててるのかわからないが……。
「あの坊さん、バッドデッドエンズじゃないのに!」
そのことに気付けないほどジェイクの眼は曇っていた。
それだけではない。ジェイクはここまで残虐なことができる男ではない。誤って虫を殺しただけで泣きそうになる優しい男だったはずだ。
ソワカを殺せば――ジェイクの心は取り返しが付かないほど荒む。
それを阻止するため、ツバサは現場に急行した。
~~~~~~~~~~~~
「……まだ、息があるのか」
胴体を蜂の巣にされたソワカを見下ろして、ジェイクはボソッと呟いた。
息こそあるものの、まさに虫の息だ。
ソワカは白目を剥きそうになるも絶叫を上げたままで固まった口、その奥にある喉からコヒュー、コヒュー、と絶え絶えな呼吸音が聞こえてくる。
「もっと威力のある弾丸をブチ込めば……死ぬよな?」
ジェイクは酷薄な表情で、右手の回転輪動式銃を掲げた。
そこに“気”が吸い集められて、破壊力の権化となった弾丸が精製されていくのがわかる。一撃で島をも吹き飛ばす威力だ。
弾丸の装填が終わったのか、ジェイクは銃口をソワカへと向ける。
照準を合わせる先は――苦悶の表情を浮かべる頭。
いくら神族であろうと、頭を粉砕されれば御陀仏となる。
引き金が絞られ、撃鉄が雷管を叩く寸前――。
「――そこまでだ“銃神”!」
ツバサが裂帛の一声で制止をかけた。
かつてのハンドルネームを聞き覚えのある口調で呼ばれたジェイクは、目を丸くして肩を揺らすほど反応し、その場から大きく飛び退いた。
当然、不意の乱入者を警戒してのことだ。
ツバサはジェイクの前に降り立つ。
ジェイクが離れたため、ちょうど彼とソワカの間に割って入った形だ。構えられた二丁の拳銃は、抜かりなくこちらに狙いを定めている。
それは無理からぬことだろう。
いきなり制止する声を投げかけられたかと思えば、トドメを刺そうとした怨敵を庇うように爆乳巨尻の女が舞い降りてきたのだ。警戒するなと注文を付けるのが難しいくらいの展開である。
問答無用で撃たなかっただけ、まだマシというものだ。
ジェイクは眉をつり上げ、引き金に掛けた指を曲げようとする。
「何者だ! おまえ……いや、君の顔、どこかで……?」
激昂しようとしたジェイクだが、ツバサの顔を一目見るなり記憶を揺さぶられたのか、沸騰していた殺気の温度が急激に冷めたようだ。
やはり、ツバサの顔に既視感を覚えるらしい。
こいつも独力でLV999に辿り着いた男。どれだけ体型や外見が変わろうとも、顔立ちや細かな仕草からでも知人を識別できる眼力を持っている。
ツバサを目にして少なからず動揺するジェイク。
この隙に乗じて――仲間たちがそれぞれ配置についた。
レオナルドとセイコは現場に駆けつけると、まずソワカの左右について抑え込むように固めた。相手が半死半生であろうと油断することはない。
レオナルドは気の杭を、セイコはボーリング球みたいな正拳を突きつける。
この坊主――バッドデッドエンズではない。
それを差し引いても、ジェイクとその仲間たちを襲撃した事実は見過ごせないので、危険人物として対処させてもらう。
先ほどジェイクに突き飛ばされたソージという少女。
彼女は後輩にでも当たるのか、明らかに年下のレンやアンズのいるところまで戻っていたのだが、彼女たちの前にも人影が舞い降りる。
ツバサとジェイクの邪魔をさせないため、立ちはだかるようにだ。
ソージたちは「また敵襲!?」と身構えるのだが……。
「驚かしてすまん。が、こっちにゃ敵意がないきに」
「ウチら、平和的に話し合いたいンスよ」
落ち着いて聞いてほしい、とダイン&フミカが説得していた。
万が一、相互不理解により彼女たちがこちらに牙を向けてきた場合、防戦に徹して話を聞いてもらえるよう努力してくれるはずだ。
ミロとホクトは別働隊で動いている。
スプリガン族が戦っていた――あの黒曜石のゴーレム軍団。
あれを操っていた過大能力の持ち主。
恐らく神族でソワカに協力している人物が、この近辺に隠れている。そいつを探し出して拘束、この場へ連れてくるよう頼んでおいた。
そして今回、メンバーチェンジしておいて良かったと実感する。
ミロほどではないが、直感が働いたのかも知れない。
ジェイクとはアシュラ時代どころかVRMMORPG時代にも面識と交友がある二人に同行してもらっていたのだ。
ツバサの両脇を守るように二つの影が現れる。
左手に地響きを立てて着地したのは、雪駄を履いた浴衣の巨漢。青海波をあしらった着物をマントのように羽織り、頭には大相撲を偲ばせる大銀杏を結った相撲取りらしき格好。口の端から迫り上がる牙がチャームポイントだ。
横綱――ドンカイ・セイカイ。
ツバサが頼りにする“大人”の一人である。
右手に足音もさせず着地したのは、西部劇に登場しそうなガンマン。ウェスタンハットを目深に被り、防塵マントを羽織って、革のブーツにはご丁寧に拍車まで付けている。帽子の鍔からニヒルな笑みが覗けた。
拳銃使い――バリー・ポイント。
少々だらしないところはあるが、全幅の信頼を置ける“漢”である。
ツバサという女王様を守る騎士のように颯爽と現れた二人だが、騎士というにはらしくない格好である。片や相撲の横綱、片や西部のガンマンだ。
どちらかといえば「助さん角さん」である。
だが、二人の登場が功を奏した。
ドンカイとバリーを見るや否や、ジェイクの態度が豹変したのだ。
氷解したと言ってもいい。
全体を覆っていた殺伐とした雰囲気が晴れていき、見覚えのある人懐っこい笑顔が戻ってくると、ジェイクは大きく口を開けて叫んだ。
「……だ、大海洋親方! 播本! 二人とも生きてたんだな!」
見開かれたジェイクの両眼から大粒の涙を零れる。
大海洋親方は横綱を引退した後のドンカイの通り名、播本はバリーの現実世界での本名である。バリーのフルネームは播本・B・通だったはず。
現実でも交友関係があったからこそ出てくる名前だ。
その呼び名に懐かしさを覚えながら、ドンカイとバリーは返事をする。
「うむ、君こそ息災だったようじゃな。ジェイク君」
「そりゃお互い様だぜ、ジェイクの兄貴」
ドンカイは太い首を力強く頷かせて牙が目立つ口の端を緩め、バリーは愛用のウェスタンハットを脱ぐと胸に当てて会釈した。
親友の声を聞いたジェイクは――走り出していた。
ソワカを追い詰めた神速の動きとは比べものにならない遅さで、走り方も武術を忘れたかのように、子供みたいなしどろもどろの走り方である。
両手の拳銃も放り捨てていた。
いや、ちゃんと道具箱に収めはしたが、ポイッと無造作に投げ捨てたようにしか見えなかった。拳銃使いとしてよろしくないのではないか?
それほど――感動に突き動かされたらしい。
「オヤカタッ! バリーッ! うわあああああああああーーーッ!」
暗雲のようにまとわりついていた重たい空気を脱ぎ捨てるように、小躍りしながら両腕を振り上げて走り寄ってくる。歓声を上げて嬉し涙をまき散らしながら、まずはドンカイへと抱きついた。
「オヤカタだぁぁぁーッ! マジでオヤカタだーッ! こっちから抱擁できないこの包容力は本物! 無事で良かった安心したよ!」
長身のジェイクでもドンカイの巨体に両腕は回らない。
それでも背中に届いた両手に親しみを込めて、バンバンと無遠慮に叩いていた。あんまり連発するのでダメージが入りそうだ。
ジェイクはドンカイの厚い胸板を借りて、オイオイ泣き喚いた。
子供のように喜ぶジェイクにドンカイは安堵する。
「うむ、君も変わりないようで安心したわい」
やはり――ドンカイも案じたのだろう。
先刻の残酷な戦い振りはジェイクらしくなかったが、どうやらあれはバッドデッドエンズ限定のようだ。友情があれば御覧の通りの親密さである。
ドンカイを堪能すると、今度はバリーに抱きつく。
男同士だろうと関係なく、フレンドリーさを全開にした抱擁だ。
「バリィィィーッ! おまえどこ行ってたんだよーッ! 一緒にパーティ組んでガンマン同盟作ろうって言ったのに、フラフラどっか言っちゃってさーッ!」
バリーの体格なら両腕が背中にしっかり回る。
感極まったジェイクは、ベアハッグの勢いでバリーを抱きしめた。
「だから言ったじゃねえか兄貴。俺ぁ独りの風来坊が性に合ってるんだから、一緒にゃ組めねぇって……部活の引率も御免だったしなぁ」
でも――すまねぇ。
「こうなるとわかりゃ兄貴と一緒にいるべきだった……って後悔したよ」
帽子を被り直したバリーは小声で謝った。
「もういい! もういいんだよそんなこと……良かった、おまえたちが生きててくれて……もうみんな、あいつらに殺られちゃったんじゃないかと……」
心配するあまり夜もよく寝られなかったらしい。
ツバサたちは肉体こそ神族へと強化されたが、精神的には脆弱な人間のままだ。このため心理的な休息を取らなければ心身に堪えていく。
ジェイクの疲労は心労もあったのかも知れない。
ドンカイとバリーへ交互に抱きついて、感涙の再会を喜ぶジェイク。
ひとしきり繰り返した後、ようやく落ち着いたらしい。
「良かった、でも……2人ともどうしたんだい? あっちでウチの子たちを抑えてるサイボーグみたいな子とアラビアンな娘と……そっちの軍人さんと空手家みたいな人は……お仲間なのかい? それに…………」
そちらの別嬪さんは? とジェイクはツバサに目線を合わせた。
見覚えあるようなないような……そう言いたげに首を傾げている。
ドンカイは右手でツバサを指し示す。
「こちらはツバサ君といってな。ワシらのまとめ役……まあ、実質リーダー的存在じゃな。ジェイク君、君ともあながち無縁というわけではないぞ」
詳しい話は彼から聞くといい、とドンカイは仄めかす。
「俺も兄貴もよぉーく知ってる御方さ。正体を知ったら腰抜かすぜ」
バリーも明言は避けて面白がるように嘯いた。
こいつら……あくまでもツバサの口から説明させるつもりだな?
アシュラ・ストリート時代はウィングの通り名で友達付き合いしてきた青年が、ツバサ・ハトホルなんて地母神になってたらさぞかし驚くだろう。
……いや、指を差されて笑われるかな?
ジェイクはノリが軽くてお調子者のところがある。
ドンカイとバリーとの再会で見せたはしゃぎっぷりこそが、ツバサたちのよく知るジェイクのあるべき姿なのだ。中性的かつ神秘的な容姿とは裏腹に、賑やかし要員でムードメイカーを担当するのがジェイクである。
オカン系男子がオカン系女神になってる! とか言ってゲラゲラ笑いそう。
ジェイクはすっかりツバサへの警戒心を解いていた。
旧知の仲であるドンカイと、親友だといって憚らないバリーのおかげだ。そういう意味でメンバーチェンジが良い方向に働いた。これがセイメイとカズトラなら、言っちゃ悪いがジェイクに信用されなかっただろう。
カズトラの面識がないのは言わずもがな。
セイメイとジェイクは同じ八部衆なので顔見知りどころか、普通に知人友人の間柄なのだが、実はそこまで仲が良くはない。
拳銃使いと日本刀使い――ちょっと折り合いが悪いのだ。
ジェイクはツバサの顔をマジマジと見入る。
「間違ってたらゴメンね……もしかして君、ウィングかい?」
ジェイクはおっかなびっくり尋ねてきた。
これにはツバサも意表を突かれる。
「ッ!? わ、わかるのか、俺だって!?」
この言い方では正体を認めてしまったようなものだ。
やっぱり! とジェイクは正解したことに両手を合わせて喜んだ。こういう仕種を普通にできるので、中性的というイメージがまとわりつく。
「君の顔って男性にしては特徴的なくらい女性的だったからね。体型が変わろうと見間違えるわけないよ。佇まいとか立ち方とかもね」
顔を中心に、総合的なものでツバサだと見抜いたらしい。
ドンカイやバリーと再会できたおかげで、アシュラ・ストリートの感覚を思い出したのも関係しているのかも知れない。
ジェイクはツバサの変化に興味津々だった。
しかし指を差して笑うこともなく、むしろ気遣うように訊いてくる
「ウィング、もしかしてそれ……内在異性具現化者か?」
「そこまでわかるのか!?」
またしてもこちらが驚かされてしまった。
「こっちも色々と訳ありでね」
ジェイクは両手を返して肩をすくめると、ツバサに同情するかのようにニヒルな苦笑を浮かべた。少なからず自嘲も混ざっている。
「女顔をコンプレックスにしてたのに……それは辛いよね」
その上でツバサに慰めの言葉を掛けてくれた。
てっきり笑われるかと思いきや、まさかのフォローである。そういえばジェイクはお調子者でこそあるが、他者への配慮がちゃんとできる男だった。
そういうところも変わっていない――昔のままだ。
だとすると、バッドデッドエンズへの敵愾心が気に掛かる。
あの暴発するような憎悪は凄まじかった。
ジェイクを猛々しく駆り立てる原動力は何なのか? 一見すると復讐のように思えるのだが、だとしたらジェイクは誰の仇討ちするつもりなのか?
それは――暴き立てていいものなのか?
繊細な問題なのかも知れない、とツバサはジェイクの胸中を慮る。
そのジェイクはしたり顔で喋り出す。
「しかしまさかウィングが、グラビアアイドルどころか“超爆乳”って検索しないと出てこないAV女優みたいなデカ乳のお姉ちゃんになってるとは……」
「誰が超爆乳のAV女優だ!」
ツバサの決め台詞にジェイクは親指を立ててグッドサイン。
「安心してくれ。オレとしてはドストライク過ぎて困るくらいだ。その悩ましい腰つきから盛り上がる太ももの張りがオレを惑わせる」
白い歯を輝かせてイケメンボイスで切り返してきた。
「返答に困るからそういうこと言うな!」
まあまあ、とジェイクは両手を持ち上げてツバサを制した。
ジェイクは冷静な面立ちで説いてくる。
「内在異性具現化者は君だけじゃない。現実の自分と裏返ったことで、みんな大なり小なり戸惑ってるんだ。でも、慣れるしかないんだよ」
受け入れて、馴染んで――認めるしかない。
知ったような口を利くジェイクに、ツバサは「当事者でもないくせ!」と怒鳴りつけようとしたが、ふと思い当たって口を噤んでしまった。
「お、おい……まさか!?」
思い掛けない予想に行き着いたツバサは言葉が続かない。
その反応を好感触だと楽しみながら、ジェイクは親指で自分を指した。
「気を悪くさせた詫びだ。カミングアウトさせてもらうよ」
ジェイクもツバサと同じ――内在異性具現化者さ。
「ただしウィング、君とは裏返り方が正反対だけどね」
そういってジェイクはウィンクをした。
その微笑みがやたらと乙女チックに感じたのは気のせいではなさそうだ。
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