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第15章 想世のルーグ・ルー

第365話:剛鉄全装ラザフォード

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「ンフフフ、これはこれは……血がたぎりますねぇ」

 その男は合戦を眺めていた。

 男の連れ・・が即席で用意した手勢、この荒野に無数に転がっている黒曜石から造り出したゴーレムの大軍勢が超巨大列車へと襲いかかる。

 列車には高LVの神族が数名、乗り込んでいるのは索敵さくてき済みだ。

 彼らか彼女らかまでは判別できなかったが、こちらからの不意打ち攻勢に対しては、てっきり彼らが応戦に現れるはずだと思い込んでいた。

 だが――予想外のことが起きる。

 超巨大列車を取り巻くように併走へいそうしていた車たち。

 護衛車両コンボイともいうべきそれらの車が立ち上がるようにロボットへと変形、あろうことか黒曜石オブシディアンゴーレムに立ち向かってきたのだ。

「ン~フフフフ。本来、想定外とは歓迎せざるべき事柄でございますが」

 個人的には――楽しんでおります。

 男とその連れは、小高い丘から戦況を見守っている。

 超巨大列車から距離が離れているのと、隠蔽いんぺい隠密おんみつの魔法を何重掛けにもしているので、あちらの神族には気付かれていない。

 細い顎を人差し指と親指で摘まみ、男は想定外の見物に興じていた。

「車からロボットに変形……ンフフフ、子供の頃にもてあそんだ男児向け玩具がんぐを思い出します。もっとも、全盛期は拙僧せっそうの祖父や曾祖父の時代だったそうですが」

 そのロボット軍団――護衛としては優秀だ。

 彼らは人型になっても車の機動力を失っていない。靴に当たる部分に車両のタイヤがついていたり、足の裏にキャタピラに類似したものを備えている。

 それらを駆使して高速機動を行っていた。

 感覚的にはローラースケートに近いのかも知れない。

 ロボットの総数は32体。黒曜石ゴーレムの数は計測不能。

 男の連れの過大能力オーバードゥーイングによって、そこら辺に転がっている黒曜石の塊から次々と増産されているのだ。少なくとも万は下るまい。

 いくら10m近くある大型ロボットでも、これでは多勢に無勢である。

 ――そこで彼らは考えた。

 超巨大列車を中心に縦長たてなが楕円だえんを描き、その円陣を崩さぬよう走りながら、手近に迫ってきたゴーレムを片っ端から撃破していた。

 一体たりとも列車に近寄らせないのは見事という他ない。

「かの上杉謙信が用いたとされる車懸くるまがかりの陣を彷彿ほうふつとさせますな。いや、あれは螺旋らせんを描くように、隊列を回転させながら敵の陣へとぶつける攻撃的な陣形……これはその逆、本陣を守るべく迎撃に徹した陣形」

 方円ほうえんの陣のアレンジですかな? と男は独自に解釈してみた。

 ロボットたちは懸命に戦い、本陣ともいうべき超巨大列車を守護まもっている。その奮闘振りを眺める男は恍惚こうこつの舌舐めずりをした。

「いいですな……とても、いい」

 ゾクゾク、とよろこびに背筋も打ち震えている。

「戦いとは、血沸き肉躍るもの……恐らく、獣の頃より積み重ねし生存本能の名残なのでしょう。生態系という虫魚ちゅうぎょ禽獣きんじゅうの輪から逃れようとも、小賢しい知恵を研鑽けんせんしようとも、生物としての根差した欲求は拭いきれぬものなのです」

 あのロボットたちは、造られたものという雰囲気がしない。

 ――彼らは生命いのち溢るる種族なのだ。

 その身体に流れるオイルの血が沸き立っているのか。思い思いに雄叫びを上げ、襲い来る敵に立ち向かわんと鼓舞こぶしあっていた。

「闘争もまた煩悩ぼんのうのひとつ……抗い難き肉欲なのでしょう」

 拙僧もまだまだ青い、と男は自嘲じちょうする。

「あの、これで良かったのでしょうか……ソワカ様?」

 ソワカと呼ばれた男が愉悦ゆえつに浸っていると、連れの女性であるトワコが恐る恐る声をかけてきた。その声色は弱々しくて儚さを忍ばせる。

 慚愧ざんきの念に囚われているようだった。

「あの方たちを試すとはいえ、こんな不意打ちみたいな真似をして……」

 いいのですよ、とソワカは意に介さない。

「相手を試すという行為は――そもそも不遜ふそんなのです」

 相手の力量がわからない。

 本気を出せば、どれだけのことができるのか教えてもらいたい。そのためには試すしかないのだが、相互理解をした上での試験はイマイチの結果となる。

 それが全力なのか手抜きなのか知れたものではない。

 即ち、信用できないのだ。

 こちらが敬意を払っているからとはいえ、あちらがこちらに敬意を払っているという保証もない。全力で試させてくれているのか知れたものではない。疑って掛かるしかない。だから不遜な態度を取らざるを得ない。

「ゆえに、他者ひとの真なる力を試したくば取るべき手はひとつ」

 ――窮地きゅうちに陥れる。

 相手の命をもてあそぶが如き、不遜極まりない行為に違いない。ゆえに試すとなれば、こちらの命も代価にせねば釣り合いが取れない。

 代価を差し出せなければ、相手の身命しんみょうを軽んじているも同然だ。

「ご理解いただけましたかな、トワコ様?」
「えーっと私には難しくて……3割ぐらい? わかりました」

 ン~フフフ、とソワカは愛想笑いで誤魔化す。

 せめて七割は解してほしかったですぞ、とは言えない空気だ。

 咳払いをして、深掘りせず話を進めることにした。

「コホンンッ、まずは小手調べ……トワコ様の過大能力にて黒曜石からゴーレムを造っていただき、それをけしかけることで出方を窺うつもりでしたが……」

「予想外のことが起こりましたからね……」

 楽しんでいたソワカとは真逆、トワコの反応は困惑だった。

「あの車が全部、変形するロボットだったなんて……」

「こちらの世界でも超ロボット生命体などというのでしょうかな?」

 昔、そんなタイトルのアニメや玩具があったはずだ。

 ソワカはウキウキ舞い上がりそうになる

「拙僧も男の子だったのですな。あのような変形合体する機構には童心が心躍るものを覚えてしまいます。いやはや、修行が足りませぬな」

「あれ、最初はあちら様の過大能力オーバードゥーイングかと思ったんですけど……」

 彼らはああいう生命体ですね、とトワコは言う。

 彼女の過大能力は生命力感知にも優れているので、あのメカニカルな集団が生命を宿した機械の肉体を持っていることを調べ上げていた。

 ええ、とソワカは同意の声で頷いた。

「よもやよもや、本物の超ロボット生命体でございますよ。先ほど遠巻きに見たところ、あちらの神族らしき人影が前へ出ようとしたところ、彼らが押し止めて自分たちが前線に立ちましたからな」

 戦闘能力に自負がある種族なのかも知れない。

 でなければ、正体不明の敵へあそこまで果敢かかんに立ち向かえまい。

 この世界の人々は“外来者たち”アウターズに脅かされている。

 外来者――それは別次元からの侵略者。

 異様な力で暴れ回る言葉の通じない怪物は、次元の壁を越えてこの世界に侵入し、あらゆる活力エナジーを貪りながら奪っていくと聞いた。

 ここは数多あまたの異種族が暮らす、多様性の坩堝るつぼの如き世界。

 しかし、見る影もなく衰退しきっていた。

 ソワカやトワコもこの一年余りの旅で、様々な種族の生き残りと出会ってきたが、ソワカたちの過酷な旅についてこられる力を持つ種族はなかった。

 この場合の力とは、生物としての能力のみではない。

 この世界に生きる人間として、旅をするだけの装備を調える文化的な要素や、旅を続けるだけの意志力といったものが欠如していたのだ。

 みんな――心根こころねをへし折られていた。

 ソワカたちが「共に新天地へ旅立たちませぬか?」と手を差し伸べても、誰もついてこなかった。辛い思いをするのはたくさんなのだろう。

「それと比べたら彼らの活気たるや……なんと瑞々みずみずしいことでしょう」

「殺気バリバリで、とても荒々しいんですけど……」

 ソワカは機械生命体を称賛するも、トワコは見たままの感想で答えた。

 まあ、発言を聞く限りでは物騒極まりない。

 だが、あらゆる生物が弱り切ったこの世界で、あれほどの啖呵たんかを吐ける威勢は逆に貴重なのではなかろうか? とソワカは考える。

「トワコ様、黒曜石オブシディアンゴーレムの強さはどの程度なのですか?」

「大体LV200前後ですね。これまで出会ってきた現地種族では、決して太刀打ちできない強さと思うんですけど……」

「太刀打ちできてますね――存分に」

 ソワカも分析アナライズ走査スキャンといった技能スキルを走らせてみる。

 ロボット軍団はプレイヤーLVに換算すると、LV350~LV400弱。

 黒曜石ゴーレムなど歯牙しがにもかけないはずだ。

 圧倒的とも言えた。ロボット一機で二十体のゴーレムを向こうに回して戦えている。戦闘力が高いのもあるが、防戦が得意のように見受けられる。

 もしや――守護者ガーディアン的な種族なのか?

「それどころか、私の作ったゴーレムが押されているような……」

「ンフフフ、これは予想外にして想定外」

 狼狽うろたえそうなトワコだが、ソワカの気持ちは浮ついていた。

「見たところ、数種族を超巨大列車に抱えて旅をしておられるご様子……陣を組んで攻め立てれば、プレイヤーの方々が最前線に立つと思いきや」

「守られるべき人たちが守ってますよ?」

 トワコのツッコミ、ソワカは口癖の含み笑いで応じる。

「ン~フフフ、まこと世の中は想定通りに事が運ばぬもの。試すつもりが試されているのでは? と勘繰かんぐりたくなる今日この頃でございます」

「勘繰るって……誰にですか?」

「さぁて、どなたでしょう。運命……とでも格好つけておきますか?」

 おどけるソワカは眼を細めて戦況の行く末を予測する。

「ロボットの総数は32。これ以上は増えぬ御様子。再び陣を組んで取り囲み、更にあつをかければ押し込めるやも……トワコさん、追加を頼めますか?」

 ソワカからの指示に、トワコはげんを掻き鳴らした。

   ~~~~~~~~~~~~

「ぶちかましてやれ野郎ども! 守護妖精スプリガンの魂ここにありってなぁ!」

 おっしゃあああーッ! と鋼の雄叫びが木霊こだました。

 スプリガン軍団が、黒曜石ゴーレムの大軍勢を迎え撃つ。

 真っ赤な発言を心配したがさにあらず、守護妖精スプリガンの肩書きは本物だ。ラザフォード号とその乗客である現地種族を守るように立ち回っている。

 33人いるスプリガン軍団。

 そのうち軍団長であるラザフォードさんはまだ出撃していないので、32人の団員はあるフォーメーションを組んでいた。

 ラザフォード号を中心にして、円陣で取り囲んだのだ。

 普通の列車よりも巨大にして長大なラザフォード号を、いくら巨大化したとはいえ32人のスプリガンで護衛しても隙間だらけになるのだが、そこは彼らもバカじゃないのでちゃんと対策を立てていた。

 彼らは人型に変形しても機動力を失わない。

 足についたタイヤやキャタピラで高速移動できるのだ。

 ジェット噴射付きのローラースケートみたいに走り出すも、ラザフォード号を守る円陣は崩さず、全員同じ方向へ車間距離を維持して激走する。

 そして、走りながらゴーレムを破壊していた。

 図体こそ大きいがろくな装備も身に付けず、動きも緩慢な黒曜石ゴーレムは、高速で走るスプリガンの動きについてこれない。

 追いすがろうとすれば、彼らの武装で叩き壊されるだけだった。

 スプリガンの“巨鎧甲殻”ギガノ・アムゥドは特別製だ。

 彼らが常食とする気密体マナトリクスによって成長するそれは、ミスリルに似た形状記憶性能と可変性を持ち、オリハルコンに匹敵する剛性と靱性じんせいを兼ね備えている。

 硬いとはいえ、叩いたら割れる黒曜石などお呼びではない。

 戦い始めて数分と立たぬうちに、スプリガンたちはあることに気付いた。

「みんな銃や飛び道具は使うな! こいつら簡単に割れるぞ!」
「ああ、近接武器でぶん殴った方が早い!」
「いいや、武器を使うまでもねえ!」
「私にいい考えがある! この石塊いしくれどもを掴んで振り回してやれ!」
「おまえ頭いいな! 真似させてもらうぜ!」
「よし、おまえ今からオレの武器な! おらおらおらおらおらぁ!」

 一人のスプリガンが黒曜石ゴーレムを掴んで振り回す。

 これを他のスプリガンも参考にして、手近なゴーレムを引っ掴むと黒曜石の棍棒として扱い、向かってくるゴーレムを薙ぎ払っていく。

 巨大化したスプリガンだからこそできる芸当だ。

 しかし――岡目八目おかめはちもく

 はたから見ていると敵兵を掴んで「おまえ今日から武器な」と言い聞かせ、敵兵で敵兵をぶん殴っているようにしか見えず、心証しんしょうが大変よろしくない。

 やってることは未開の部族よりも凶暴で、悪鬼羅刹あっきらせつみたいな所業しょぎょうだった。

「だから……愛と正義はどこいった!?」

 思わずレンは怒鳴り声で苦言を呈してしまった。

 ローテンションで声の小さいレンのツッコミが届くはずもないが……。

 しかし、蛮神ばんしん蛮族ばんぞくなアンズには好評だった。

「スプリガンさんたち頭いいねー。あれならとっても効率的だよ」
「発想が野蛮人だよ。仮にも超ロボット生命体なのに……」

 もうちょっとSFチックな戦法を閃いてほしい。

 いや、どんな世界観であろうと戦争となれば、やっぱりものを言うのは暴力なのだろう。そこに品位を求めるのがどうかしているのかも知れない。

「うん、今度アタシも真似してみよ!」
「やめなさい。できると思うけどやめなさい」

 せめて女の子にはやらせたくない戦法だからいさめておいた。

 一端、レンとアンズは下がっていた。

 スプリガン軍団が張り切ったので任せてみたが、いざとなればいつでも助けにいける場所に待機中だ。具体的にはラザフォード号の屋根にいる。

 第二車両の屋根に立って、高いところから状況を見下ろす。

 この荒野では最も見晴らしのいい場所である。

「レンちゃんレンちゃん、あれだよきっとほら」
「あれってなんだよアンズ」

 レンの小さい肩を叩いてアンズは気を引いてくる。

「野良犬相手に表道具おもてどうぐもちいぬ、ってやつだよきっと」

 アンズの発した一言にレンはジト眼になる。

 うわぁ……と変な声まで漏れてしまう。

 表道具とは――その職業を象徴する道具のことだ。

 侍なら槍や弓に刀、騎士なら剣に鎧に騎馬。こういったものを表道具と呼ぶことがあるらしい。スプリガンの場合、愛と正義を守る戦士だから表道具は防衛のための武器ということになるのだろう。

 つまり、雑魚ざこ得物えものを使うまでもない。

 それを古めかしい言葉遣いでアンズは言ったのだ。

「……そんな小難しい言い回し何処で覚えた?」
「ジェイクさんが教えてくれた。古い漫画の台詞なんだって」

 ろくなこと教えないなあの人!?

 なんにせよ――スプリガン軍団は圧倒している。

 黒曜石ゴーレムは地を覆うような大軍勢で押し寄せるが、スプリガン軍団は迎撃に成功していた。多勢に無勢というけれど、それ覆す活躍振りだ。

 スプリガンは総勢33名――内32名が戦闘中。

 いくら“巨鎧甲殻”をまとって巨大化&パワーアップしているとはいえ、数万を数えそうな黒曜石ゴーレムの兵力に対抗できるとは……。

 ここでレンはいぶかしんだ。

「ソージ部長にテコ入れ・・・・されたとはいえ……ちょっとおかしいな」

 アンズも野生の勘が訴えてくるらしい。

「なんかゴーレムさんたち、本気で戦ってないっぽい?」

 躍りかかるように襲いかかっているが、こちらへ攻め込む殺意が薄いような気がする。生き物じゃないから必死さがないせいか?

「――戦局は如何いかがですか?」

 落ち着いた声に振り向けば、ラザフォードさんがそこにいた。

 スプリガン軍団長――ラザフォード・スピリット。

 スプリガン族は骨の髄まで軍属気質らしく、一族の“王”とも言うべき地位にある者は総司令官と敬われているらしい。ラザフォードさんはあくまでも一軍を率いるに過ぎないので、軍団長と呼ばれていた。

 一見すると、陰を帯びた青年といった雰囲気だ。

 ガタイのいいスプリガン族の中でも背の高い方だが痩せており、細マッチョを更に研ぎ澄ませたような身体をしている。硬そうなダブルのロングコートをしっかり着込み、頭には車掌帽しゃしょうぼうを被るのも忘れていない。

 鋼色の頭髪を生やしており、綺麗なオールバックに整えていた。

 ロボットよりもアンドロイド寄りな風貌ふうぼうのため、ぱっと見は人間としか思えないが、よく見ると顔に装甲の継ぎ目みたいな線が走っている。

 そういうメイクでも通じそうだ。

 その顔立ちは細面のイケメンで通じると思うのだが……少々暗い。

 いや、メチャクチャ暗かった。まるでこの世の終わりを目の当たりにして一人だけ取り残されたような陰鬱いんうつさなのだ。

 これが彼のデフォルトな表情だから仕方ない。

 いつも深刻そうに眉根を寄せていた。不眠症なのか目の下には隈が目立つ。レンに負けず劣らずローテンションなのでシンパシーを覚える。

 レンは会釈えしゃくで、アンズは手を振ってラザフォードを迎えた。

「ラザフォードさん、ども……」
「ラザさん見て見て! スプリガンみんなが圧倒的に押してるよ!」

 ラザフォードは腰を90度近くまで曲げて深々お辞儀をすると「失礼します」と断ってから近付いてくる。彼はとても礼儀正しい。

 ラザフォードのみならず、スプリガン族は礼儀を弁えている。

 彼らは元を正せば神族や魔族に仕える種族で、本当に守護者ガーディアンとして生え抜きだったらしい。だから、レンたちにも敬意を払ってくれた。

 地球から来た元人間だと説明しても――その態度は変わらない。

 良くも悪くもお堅いのである。

 レンやアンズの横に並んだラザフォードは戦況を把握する

「防戦に回っていますが我らが優勢。しかし敵兵は多く数知れず、減らしても随時ずいじ補充されている。これは……」

 消耗戦を強いられていますね、とラザフォードは推察した。

「アンズ様が仰られた通り、本気ではない理由はそこにあるかも知れません。こちらの損耗そんもうを待っているように見受けられます」

「兵は雑魚でもひたすら数でしてくる感じか……こっちが疲れるまで」

「ええっ! それじゃあスプリガンみんなやられちゃうじゃん!」

 どうすればいいの!? とアンズは飛び出そうとする。

 スプリガンに代わって自分が前線に出ることで、黒曜石ゴーレムを蹴散らそうとしたのだ。レンは腰の毛皮を掴んで「待ってステイ!」と制する。

「勇み足はやめろ、私たちまで疲れたら相手の思う壺だ!」

「――その通りです、レン様」

 ラザフォードは車掌帽のつばを摘まんで帽子を脱ぐと、スプリガン族も持っているという亜空間の道具箱インベントリへ仕舞った。

「相手が本気を出す前に完膚なきまでに叩く、これが戦術の基本です」

 どっちかというと喧嘩かな? とレンは思った。似たようなことをジェイクさんが口癖みたいに言ってた気がする。

 アシュラ・ストリートというゲームで実体験したことらしい。

 ラザフォードは帽子を脱いだ頭のオールバックを一撫ですると、ただでさえ陰気な双眸そうぼう剃刀かみそりより鋭くし、その奥にある黒目を据わらせた。

「自分が最前線に出て、黒曜石でできた烏合の衆を殲滅します。そうすれば得体の知れぬ先方も自分に応じた戦力、あるいはそれ以上の手札を切らざるを得なくなるでしょう。その時は……」

 ここでラザフォードは言い淀む。

 正しくはレンたちの返事を待っているのだ。

 スプリガン族は種族的にも、その強さで平均的な現地種族を上回る。

 団員のほとんどがLV換算で300から400、これまで出会ってきたLV100にも届かない現地種族と比べれば段違いなのがわかる。

 特にラザフォードなど、最高馬力はLV800に届くほどだ。

 それでも――レンやアンズの方が強い。

 近接銃闘術の使い手ジェイクさんと中国武術の操るマルミさん。

 この2人に鍛えられたレンたちは、LV900を超える強さとなっていた。

 レンがLV995、アンズがLV993。

 ソージ部長なんてマルミさんやジェイクさんと同じLV999だ。

 この異世界において最高峰に達している。

 その力を頼らせてください、とラザフォードは視線で訴えていた。

 レンはしっかり頷き、アンズは拳を握ってガッツポーズ。

「わかった、私たちが出張でばる」
「何かあったらすぐ代打するから、危なかったら逃げてねラザさん!」

 ありがとうございます、とラザフォードはお辞儀をする。

 次の瞬間、レンとアンズは第二車両から飛び退いた。自分たちの私室もある拠点ともいうべき第三車両の屋根へと移る。

 ラザフォードが最前線に立つ、と聞かされてはこうするしかない。

 先頭車両と第二車両はラザフォードの管理する車両。

 即ち――彼の“巨鎧甲殻”ギガノ・アムゥドなのだ。

「グランド・トレイン――発進!」

 ラザフォードの掛け声に二台の車両が呼応する。

 煙突から煙が噴き上がり、汽笛が警告するように三度鳴った。

 攻撃的なサウンドの発車メロディが鳴り響く。

 機体の各所から熱い蒸気を噴き、そのラインに閃光が走ったかと思えば三両目からを切り離して、先頭車両と第二車両のみで走り始める。

 超巨大列車ラザフォードの起動に気付いたスプリガンたちは、大急ぎで道を譲った。

「団長が動くぞ! みんな、道を譲れー!」
「わかってるよ! 巻き込まれたらそいつが悪い!」
「だよな、ラザフォード団長が大暴れする前に下がっぞー!」

 スプリガンの団員も心得たものだ。

 発進するラザフォード号の邪魔をすることなく道を譲るものの、残された客車を守るフォーメションを崩すこともない。襲ってくるゴーレムを張り倒しながら、戦場に赴くラザフォードに手を振る余裕さえあった。

 仲間の円陣を抜けたところで、ラザフォード号は加速する。

 三両目以降の客車を切り離して身軽になったラザフォードの先頭車両は、汽笛を鳴らして噴煙を噴き上げると、列車とは思えない初速度を叩き出した。

 爆進する勢いのまま、黒曜石ゴーレムの軍勢に突っ込む。

 突撃するラザフォード号は並の列車の四倍はある車体に任せて、ゴーレムを蹂躙じゅうりんしていく。大きな車体と重量で圧倒しつつ、その加速度が破壊力を否応にも激増させており、ゴーレムの大軍を以てしても足止めできない。

 それでも――黒曜石ゴーレムは怯まない。

 元より律法ラビという術式で作られた人工生命体。他の生物みたいに生存本能がないため、肉体の破壊という死を恐れることなく立ち向かってくる。

 なので――ラザフォード号も躊躇ちゅうちょはない。

 どれほど邪悪な存在であろうと、これが生き物なら轢殺れきさつすることにラザフォードは少なからず迷いを抱くが、作り物の命なら遠慮することはない。

 ラザフォード号は、客車の周囲を超高速で何周も回る。

 客車を襲おうとする黒曜石ゴーレムの軍勢を、その巨体で跳ね飛ばし弾き飛ばし轢き壊し踏み潰していく。

 仲間への負担を軽減し、客車を守る確率を高めるためだ。

 これにある程度の目処めどが付くと、列車は地平線の彼方へ針路を取った。

 そちらの方角から、黒曜石ゴーレムが大量に湧いてくるのだ。かなりの数を撃破したというのに、新たに大軍勢が土煙を上げてこちらへやってくる。

 あまりの数の多さに、密集した黒曜石同士がぶつかり合う。

 ガチガチという硬い騒音とともに新手がやってくる。

 そこへ――ラザフォード号が突っ込んでいく。

 軍勢を真っ二つに分けるように突き進み、中央まで辿り着いたラザフォード号は列車として有り得ない走法を披露した。

「え、うそ……ドリフトした? いや……超高速でスピンしてる!?」
「すごーい! あれが超電磁スピンってやつだね!」

 なにそれ!? とレンは目を点にして突っ込んでしまった。

 ゴーレムの軍勢を轢き壊しまくったラザフォード号。

 速力を落とすことなく車輪の回転も落とすどころピッチを上げ、そのまま急カーブをしたので、四輪ドリフト(一般的な電車は八輪、ラザフォード号は特別で十六輪ある)みたいな案配で曲がっていた。

 そこから――車体全部を使って超高速スピンをしたのだ。

 こうなると鋼鉄製の巨大ミキサーだ。

 黒曜石ゴーレムは大回転するラザフォード号に巻き込まれ、為す術もなく砕かれていくばかり。しかも、スピンは速度を増していき、電磁力を帯びていく。

 やがて、電磁の力を帯びた竜巻まで作り出した。

 アンズの言った超電磁スピンとは、これを指していたらしい。

「あそこまで暴れられるともう……」
先頭・・車両っていうより戦闘・・車両だよね!」

 心読んだ!? とレンは台詞をアンズに先取りされてビックリした。

 竜巻の中心にはラザフォード号しかいない。

 車両形態から巨大ロボへと変形する、絶好の舞台を設けていたのだ。もしも変形の邪魔をしようとも、電磁力の竜巻がバリアとなって防いでくれる。

「グランド・トレイン――ビルドフォーム!」

 満を持して掛け声を唱えたラザフォードは、合体変形を開始した。

 ラザフォード自身は先頭車両に乗り込む。

 その中で機体と一心同体になった。

 先頭車両は第二車両を切り離して、二台に分かれる。

 車体の各所からバーニア噴射で浮上し、先頭車両は形を変えていった。

 車両が左右へ2つに割れながら力強い両腕を作り出し、他の部分を畳み込んで鎧を着込むように上半身となっていく。先頭車両の顔ともいうべき汽車の丸い部分(煙室ドアというらしい)が胸部となる。

 豪腕と胸部と腹部、先頭車両がそれらに姿を変えた。

 浮上する先頭車両と分離した第二車両は、地に足を付けたまま変形を開始。

 全体を縦へと起こすように形を整えていく。

 爪先とかかと部分で大地を踏み締め、すね脹ら脛ふくらはぎの部分は豪壮な鎧を分厚くまとったかのように野太い。反面、太ももに当たる部分はやや細い。

 ロボットによくある脚部構造らしい。安定感の問題だとか……。

 起き上がった第二車両は、脚部と腰部になった。

 車両を覆っていた装甲はいくつか分離し、様々な形で本体を守るように宙を飛び交っている。これらの装甲パーツには別の役目があった。

 先頭車両は上半身、下半身は第二車両。

 この2つがドッキングして四肢ししの備わった巨大ロボットを形作ると、大きな肩鎧に守られた両肩の間から、ロボットらしい顔が迫り上がってくる。

 勇者――そう讃えたくなる風格を持った頭部だ。

 両目から目映い閃光を発すると、凝り固まった肉体を収縮させるように力んでから、解き放つように歌舞伎役者ばりの大見得おおみえなポーズを切った。

 ロボの外部音声を通じて、ラザフォードの声が聞こえる。

『鋼の機体からだに仲間を乗せて、目指せ平和の新天地!』



 全界特急ラザフォード転じて――剛鉄全装ラザフォード。



『我が旅路を妨げし慮外者りょがいものに鋼の裁きを下さん!』

 声高らかに、そして誇らしげに名乗り口上を上げるラザフォードさん。

 だけど、レンはちょっと複雑で恥ずかしい。

 自分がやったことじゃないのに、赤面してちょっと項垂うなだれてしまう。

 ……これが共感性羞恥心きょうかんせいしゅうちしんってやつか?

「……あの二つ名とか口上とか、ソージ部長が考えたんだよね」
「うん、カッコイイよね!」

 ソージ部長と感性が似通っているアンズはノリノリだった。

「うん、アニメとかならカッコいいけど、実際にやられると……ねえ?」

 香ばしい恥ずかしさを覚えてしまう。

 ……そういえばアンズこいつ、部長と一緒に昔のロボットアニメをよく視ていたから、良くも悪くも影響を受けてしまったらしい。

 しかし、彼の技術力は紛れもなく神の領域に達していた。

 神族・工芸神となった実力は本物である。

 壊れかけていたスプリガン族を治療(正しくは修理?)して、彼らの武装でもある“巨鎧甲殻”ギガノ・アムゥドに大幅な改良(魔改造かも?)を施した。

 ラザフォードは彼をして「最高傑作」と断言させる最強ロボなのだ。

 合体変形を完了した剛鉄全装ラザフォード。

 大見得のポーズとともに内側から電磁竜巻を打ち破ると、その衝撃で黒曜石のゴーレムを一気に吹き飛ばすが、追加の兵力はいくらでもやってくる。

 おまけにラザフォードは敵陣の真っ只中だ。

 あっという間に取り囲まれ、ゴーレムに群がられてしまう。

 巨大ロボと化したラザフォードは全長40m強。黒曜石ゴーレムは差違こそあれど10m前後、比較すれば勝負にならないサイズ差だろう。

 しかし、数に物を言わせれば脅威となる。

 ラザフォードに群がるゴーレムは、餌に集まる軍隊アリさながらだ。

 だが、剛鉄全装の二つ名は伊達ではない。

『……フンッ!』

 いくら群がられても剛鉄と銘打つ装甲はかすり傷さえ負わず、力むように身動みじろぎしただけで黒曜石をも粉々に破砕はさいするパワーを発揮する。

 群がっていたゴーレムは一体残らず砕け散った。

 まさに鎧袖がいしゅう一触いっしょく――。

 ラザフォードの周りには、変形時に分離したまま宙に浮かんでいる装甲がいくつもあるが、これらも反撃するべく動き出す。

 宙に浮く装甲たちは簡単な変形をすると、分厚い防壁のようなものを備えた砲台へと早変わりした。防壁でラザフォード本体を守りつつ、その分厚い鋼板でぶつかってゴーレムを叩き壊し、砲台による砲撃でゴーレムを打ち砕く。

 重武装した攻撃用ドローンみたいなものだ。

 分厚い装甲は局所的な盾となり、集結すれば防壁となる。

 これらの浮遊する装甲砲台はラザフォードが無線で動かしていた。

「あれ便利だよねー、あたしも使ってみたい」

 額に手を当てて観戦するアンズは子供っぽく感心した。

 レンはソージ部長の話を思い出す。

「ソージ部長がなんかのロボットアニメを参考にしたって言ってた。ファンネル・ビットとかオールレンジ攻撃っていってたけど……」

 列車のラザフォード号も移動する要塞というていだが、巨大ロボ化したラザフォードは超火力の攻撃も鉄壁を越える絶壁な防御もこなせる。
 
 攻防一体の要塞型ロボという案配だ。

 剛鉄の兵装、烈火の武装、防御のための装備も万全。

 だから剛鉄全装と名付けた――ソージ部長はそんなことを言っていた。

 ……きっとどこかに元ネタがある。

 あの人は今の時代には希少レア種となった、巨大ロボットアニメ愛好家なのだ。暇さえあれば1990年代から2000年代のロボアニメばかり視ている。

 そこから着想を得たのだろう、とレンは確信していた。

 ラザフォードは地響きをさせて足を進める。

 どちらかといえば方向を修正したらしい。

 黒曜石ゴーレムが沸く方角、そちらへ向き直るために歩いたのだ。

 敵の戦力が滾々こんこんと湧いてくる根源を見定めると、そこへ全力攻撃を叩き込むための準備を始める。その間、防御は浮遊する装甲砲台に任せていた。

 スプリガン族は神族や魔族に準ずるところがある。

 彼らもまた、亜空間に自分だけの格納庫インベントリを持っているのだ。

 普段は“巨鎧甲殻”をそこに収めているのだが、この旅に同行するスプリガンはとある理由から格納庫に仕舞うことができずにいた。

 だから全員、車両形態ビークルモードで乗りこなしていた。

 ラザフォードは自身の格納庫から兵装を喚び出している。

 左右の太い脚部にはミサイルランチャーや魔力粒子砲――。
 右腕には巨大砲塔、左腕には重榴弾速射砲――。
 右肩に150㎝大型列車キャノン、左肩に連発式ミサイル発射装置――。

 これらを装備したラザフォードこそ完全体。

 完全武装ラザフォードと呼ぶべき最終形態である。

『……全砲門開放! ぇッ!』

 準備が整ったラザフォードは、間髪入れず一斉掃射した。

 兵装のどれかひとつでも都市を吹き飛ばしかねない破壊力を発揮するというのに、それを一度に撃ち放てば戦術核に匹敵する。

 大爆発は大激震を伴い、地を這う衝撃波を同心円状に広げてきた。

 そして、入道雲もかくやという噴煙を巻き上げる。

 目に見える範囲の黒曜石ゴーレム、その大半が消し飛んでいた。

 それでも――勝利宣言にはまだ早い。

「もうおかわりが来たよ!」

 アンズが甲高い声を張り上げ、噴煙の向こう側を指差した。野生に根差した蛮神ばんしんの五感が新しい敵の接近を察知したのだろう。

 黒曜石ゴーレムの新兵団――バージョンアップされている。

 これまでのものより一回り大型化され、五体も太く重くされたため鈍重さが目立つ分、攻撃力や耐久力、そして進撃する力が底上げされていた。

 また、今までは無手で挑んできていたが、新バージョンは手に黒曜石の武器らしき物を握っている。火器などの飛び道具がないのが不幸中の幸いか。

 ラザフォードは慌てず騒がず対応する。

 一斉砲撃に使用した重火器類を装填そうてんのため格納庫インベントリへ戻す。

 入れ替わりで取り出したのは――大振りのハンマーにしか見えない。

 巨大ロボを人間サイズに見立てたとしても大きい。ハンマーの先端には縦にスリットが開いており、そこから何かが飛び出す仕組みのようだ。

 この武器はレンたちも目にするのは初めてだ。

 ラザフォードが手にしたハンマーを振り上げると、スリットから線路の形をしたレーザービームが飛び出した。ブンブンと振り回す度、レーザーの線路はどんどん延びていき、ギュインギュインと鞭のような風切り音を鳴らす。

 そうか――あれはむちだ。

『……レール・ウィップ!』

 天の果てまで貫くほどまっすぐに伸ばしたレーザー線路を振り下ろせば、地平線の彼方まで到達し、その途中にある黒曜石ゴーレムをすべて破壊する。

 形状こそ線路だが、あれは高出力のレーザー兵器。

『……ぬぅうん!』

 レーザー線路の長さを維持したまま、右へと振り払えば新戦力のゴーレムを瞬時にとろかすように薙ぎ払ってしまう。防御も抵抗もするだけ無駄。

 超ロングレンジによるレーザー攻撃で一掃する。

 今度こそ黒曜石ゴーレムの軍団を壊滅寸前にまで追い込む。

「「「うおおおおおおおっ! 団長スゲエェェーッ!」」」

 軍団長の一騎当千振りに、スプリガンたちから歓声が鳴り止まない。

 その歓声を止める激音が響いた。

   ~~~~~~~~~~~~

 超ロングレンジレーザー兵器――レール・ウィップ。

 触れただけでオリハルコンをも蒸発させる高出力レーザーを、線路の形状にして際限なく伸ばすことで空前絶後の突破力と貫通力を叩き出し、そのまま左右へ払えば万の軍勢であろうとことごと溶融ようゆうさせる。

 近接・中距離・遠距離、遠隔、超長距離、殲滅、対軍……。

 鞭という手持ち武器をモティーフにしながら、多種多様な攻撃手段を持つレーザー兵器だ。マップ兵器としての側面もある。

 高LVの神族でもまともに浴びるのは危険だろう。

 なのにその男は――。

「ンフフフ、いいですなぁ燃えますなぁ……巨大ロボはおとこ浪漫ろまん!」

 ――片手でレール・ウィップを受け止めていた。

 レール・ウィップの届く先、㎞までは行かないが数百mはある。

 だというのに、男の声は嫌になるほど耳に届いた。

「最強の顕現けんげん、剛力の具象ぐしょう、無敵への憧憬どうけい……」

 よく通る声で誰に向けて喋っているのかわからないが、ベラベラと小難しいことを捲し立てている。当人は説法でもしているつもりなのか?

「これ即ち、おとこという種が持つ狩猟本能に根差したもの……愚僧まで年甲斐もなく心躍ってしまいましたぞ。もはや卒業したと思っていたのですがな」

 一応、お坊さん……僧侶のつもりのようだ。

 僧侶だとしたら、やたらスタイリッシュな出で立ちである。

 恐らく190㎝は超えている長身。細マッチョより一段階ボリュームを乗せた程度には筋肉を帯びており、かなり肉感的に持った感じがあった。服を着ている上からでもわかるくらいだから、マッチョといってもいいだろうか?

 そもそも、身にまとう僧衣そういがタイトなのだ。

 普通、仏教のお坊さんが身にまとう僧衣というのは着物らしくゆったりしたデザインなのだが、この男が着込んでいるのは体型のシルエットを浮かび上がらせるようにファッショナブルなデザインだった。

 僧衣の各部位には雰囲気作りのためか、余計な飾り布が垂れている。

 そして、金色のド派手な袈裟けさを重ね着していた。

 睫毛まつげから眉毛、背中に垂らしたバシバシの長髪は目がくらむほどの輝きを帯びた銀髪。それらに飾られた顔立ちは驚くほどのイケメンだ。

 しかし、張り付いた笑顔がとても胡散臭うさんくさい。

 何を考えているか底知れない色をした瞳孔どうこうは信用ならないタイプだ。

『おのれ、面妖な……ッ!』

 ラザフォードはすぐさま追い打ちをかけた。

 レール・ウィップを切り返すと、幾度となく男に叩きつけるのだが、僧衣の男は最初と同じように片手であっさり防いでしまう。

 受け止める度、鼓膜が破れそうな激音が巻き起こった。
 
 ンフフフ、と謎の僧侶は含み笑うばかり。

 当たれば神の金属オリハルコンすら溶かす熱量のビームが荒れ狂っているのにだ。

『ならば……これは如何いかがかな!?』

 ラザフォードはレール・ウィップを巻き戻す。

 それを格納庫に収納すると、先ほど再装填のために格納した重火器類を呼び戻して装着し、あの大砲撃をお見舞いするつもりなのだ。

 しかも、今回は主砲まで使うらしい。

 機関車の顔ともいうべき丸いふたのような部分(煙室ドア)を自動的に開く。そこから迫り出すように現れたのは超弩級ちょうどきゅうの砲身だった。

 その奥にたぎる破滅エネルギーは、他の兵装とは比較にならない。

 ラザフォードの脚部が変形する。

 踵や爪先から大地を噛むための牙みたいなフックが飛び出し、その場に固定させるため地面に食い込む。先ほどの砲撃では使わなかったものだ。

 それだけ――主砲の破壊力が桁違いという証拠である。

『国土崩壊兵器……滅国めっこくッ!』

 発射ッ! とラザフォードは胸の主砲を解き放つ。

 純粋なエネルギーである“気”マナを、純度100%の破壊力に変換して撃ち出す主砲は、真っ白い波動となって謎の僧侶に直撃する。

 同時に、他の兵装で追い打ちをかけるのも忘れない。

 先刻の大爆発とは比較にならない、破滅の嵐が吹き荒れることとなった。

 爆心地から照り返す輻射熱ふくしゃねつでも並の生物は死滅する。

 レンはすかさず簡易結界を張り巡らせた。

 客車とその中で暮らす現地種族を守るためだ。スプリガン軍団も心得たもので、爆発の余波から逃れるため結界内に飛び込んできていた。

 これは何者であろうと効くはずだ。

 正直、レンやアンズだってまともに食らえば大怪我である。

 ここが生態系のほとんど死んでる黒曜石の荒野でなければ、陰気だけど心優しいラザフォードがここまで強硬手段に出ることはなかったろう。

 その前にレンたちが制したはずだ。

 だが、この場の判断ではラザフォードが正しいと信じている。

 あの謎の僧侶は――得体が知れない。

 気配から神族だとは思うが、この異世界に先住する者のようではない。レンたちのように地球から転移させられてきた元人間のプレイヤーだ。

 何より、それっぽい口振りだった。

 黒曜石ゴーレムの大軍勢を差し向けてきたのがあの僧侶かどうかは定かでこそないものの、ラザフォードの獅子奮迅ししふんじんっぷりに反応して現れたと見ていい。

 ならば――攻撃を仕掛けてきた一員と仮定すべきだろう。

 相手が本気を出す前に全力で叩く。

 ラザフォードは変形合体する前にいったことを有言実行したまでだ。レンはその決断力を全面的に応援したい所存しょぞんである。

「ンンン~~~フフフゥゥ……」

 それでも、嫌な予感というものは這い寄ってくる。

 先ほどの戦術核に匹敵する大爆発を上回る超爆発のため、不吉なキノコ雲が立ち上っていたのだが、その中から胡散臭い含み笑いが聞こえてきた。

 次の瞬間――爆発の余波が消えた。

 立ち上る莫大な噴煙、大地を舐める輻射熱、結界を揺るがす衝撃波。

 それらがかき消えてしまった。

 真っ黒に焼け焦げた大地は、大規模にクレーター状のへこみ・・・となっていた。爆心地に近いほど、大地が黒光りしたガラス状に変質している。凄まじい猛火によって瞬間的に焼かれたことで、土に含まれるケイ素がガラス化したのだ。

 爆心地の中心に――謎の僧侶は佇んでいた。

「ンフフフ……神族にも魔族にもあらずの身の上で、よくぞここまで破滅的な威力を行使できるものですね。拙僧、感心いたしました」

 危うく火傷やけどを負うとこでしたよ、と涼しい顔で口の端を釣り上げる。

 その笑顔がまた、とびきり胡散臭い。

「火傷どころか消し炭になってればいいものを……」

 アンズ、とレンは相棒へ小さく呼びかけながら背負った鞘から愛剣ナナシチを抜き払い、トップスピードで音速を叩き出す速さで動いていた。

 その前に――簡易結界の防御力を高めておく。

 うん! と返事をするアンズも前傾姿勢で飛び出す。

 レンとアンズが動いたのを察知して、ラザフォードも即座に対応する。

『食い下がってみたが……ここまでか』

 ラザフォードは無念さを滲ませて後退する。

 人間でいえば足の裏にジャンプ力を助けるためのバーニアを備えているラザフォードは、それを調整して大地を滑るように後退あとずさっていく。

 謎の僧侶は視野に収めたままだ。

 首をやや曲げた謎の僧侶は、胡散臭い笑みに斜角しゃかくあざけりを添える。

「おやおや、ンフフフフぅ? 敵わぬと見たらこちらを警戒したまま、後ろ歩きで撤退ですか? 外見に反して臆病なのですね」

 口車には乗らん、とラザフォードは挑発を取り合わない。

『身の程なら弁えている。自分に高位の神族と渡り合う力はない』

 自分は弱い――ラザフォードは実直に認めた。

『いくらソージ様に鍛え直していただいた特別な“巨鎧甲殻”ギガノ・アムゥドといえど、頂点を極めた神族や魔族に敵わぬことは身に沁みている……』

 だから退しりぞく、とラザフォードはいさぎよい。

 後ろに下がる途中、巨大ロボから二両の機関車両へ戻っていく。

 完全に車両へと戻る間際、第二車両になる前の脚部を一部スライドさせ、そこから何十発ものロケット弾を発射させる。

「ンフフフ、退くと言いながら苦し紛れの最後っ屁……ッ!?」

 ロケット弾は着弾する前にぜた。

 爆発こそしたものの威力はないに等しく、濛々とした白煙を広げるばかり。完全に目眩めくらましのための煙幕である。

「ンフフフ! よもやよもや……これはこれは?」

 謎の僧侶は煙幕の煙を嫌がったのか、ゆったりした袖元で口を覆う。

 他の動きは何もしていないというのに、濃密に漂っていた煙幕が瞬く間にかき消えていった。その消え方は先ほどの爆煙の消え方に似ている。

 大きな手で力任せに撹拌かくはんされた感じだ。

 恐らくそれが――この胡散臭い坊主の過大能力オーバードゥーイング

 あれだけの黒曜石ゴーレムを大軍勢で繰り出してきたのも、技能スキルを複合させたくらいでは不可能だ。あちらも何者かの過大能力だろうと推察する。

 現在、2名以上の敵に襲撃されている。

 そう仮定したレンは、謎の僧侶を無力化すると決断した。

 敵勢力がどれほどの数かはまだわからないが、前線に出てきたからにはこの僧侶は遣り手やりてのはず。早めに潰しておくに越したことはない。

 不可思議な力によって、煙幕はあっという間に晴らされてしまう。

 あっという間・・・・・・があれば――レンには十分だった。

「ンンンフッ!? そう来ましたか!」

 煙の晴れたすぐそこ、謎の僧侶の眼前までレンは迫っていた。

 振りかぶる愛剣ナナシチ。その結晶板には『剛』『火』『破』の三文字が浮かび上がっており、灼熱のオーラを帯びた剣身が唸りを上げる。

 ラザフォードと選手交代――スイッチしたのだ。

 レンとアンズが間合いを詰めるためのわずかな隙を作るため、ラザフォードは引き際にあざ笑われながらも、煙幕弾の弾幕を張り巡らせてくれた。

 有効活用できなきゃ面目めんぼくない!

 様子見なんて手抜きはしない。相手がこちらを嘗めてかかっている間に、渾身の一撃を叩き込む。少なくともLV900以上の神族と見たので、半殺しにするつもりでかかっても殺しきることは難しいだろう。

 無力化させて締め上げ――情報を吐き出させる。

 どうしてレンたちを襲ってきたのかを白状させるのだ。

 過大能力の宿った愛剣ナナシチは剣速を上げて振り下ろされ、地面へ触れる前にかち上げるが如く振り上げる。

 Vの字を描いた斬撃を、男はゆらりとかわした。

 スピードがあるとは思えない、レンの眼にはゆったりとした動作に映る。その動きを目で追いながら、怒濤どとうの連続攻撃をお見舞いしていく。

「ンンフフーフ、いい太刀筋ですね」

 迷いがなく、力強く、精密にして正確――何より迅速じんそく

 そうやって褒める疾風迅雷の如きレンの斬撃を、謎の僧侶はつむじ風に翻弄ほんろうされる木の葉のようにヒラヒラと避けていた。

 着物を模した長い袖や裾にさえ掠りもしないのが腹立たしい。

 こちらの行動を先読みしている?

 だが、予知能力みたいなものではないらしい。

 レンの剣はかすりこそしないが、謎の僧侶はいつもギリギリの紙一重で身をらしているからだ。動き方や素振りこそ優雅さを装っているが、内心はドキドキの冷や汗ものだろう。レンの勘はそう言っている。

 この男は強い――でも喧嘩はうまくない。

 ジェイクさんに鍛えられたレンの勘が教えてくれるのだ。

 もしも予知能力あるいは読心術みたいな能力ならば、もっと余裕綽々よゆうしゃくしゃくで鼻唄でも歌いながら踊っていることだろう。

 現にレンが斬りかかってから、減らず口を聞いていない。

 この手のタイプは自分の立場が優勢であればあるほど、いつでもどこでも相手をからかうような喋り方を抑えられないはずだ。

 それが出てこない時点で、推して知るべしである。

 ついでにいえば――誘導・・されていることにも気付いていない。

 レンがわざと大振りで放った袈裟斬りを大きく飛び退くことで間合いを取った謎の僧侶は、そこで体勢を整えようと身構える。

 その横っ面にふんわり蛮族バーバリアンの鉄拳がお見舞いされた。

「ドッッッ……ゴォォォーンパンチ!」

 地面が割れるほど踏み締めてから突き出されるアンズのパンチが、謎の僧侶の右頬にジャストミートした。これを狙っていたのである。

 レンが気を引いてる間に、アンズが気配を消して忍び寄っていたのだ。

 蛮神の膂力りょりょくは山をも殴り壊す。

 頬骨骨折どころか頭蓋骨を粉砕すること請け合いである。

「ンンンンンフフフフーッ!?」

 謎の僧侶は顔面から吹っ飛ばされた。

 しかし、途中でとんぼ返りするみたいに全身を伸ばしたままクルクル回転させると、起き上がりこぼしみたいな挙動きょどうでスタッと立ち直った。

「うら若き乙女に殴られる……煩悩に桃色吐息を吹かれる心持ちですな」

「変態か……」

 レンは小声で毒突くが、内心ではもっと悪態をつきたかった。

 アンズが本気で殴ったのに無傷だと!?

「すっごい殴った感触あったのに……なんで!?」

 ただ吹き飛ばされただけ、怪しいイケメンの顔にはアザひとつない。練習で岩山を粉微塵にした記録を持つアンズもショックを隠せなかった。

 防御魔法を使っている形跡はない。結界などで守っている風でもない。肉体強化を跳ね上げてダメージをゼロ近くまで軽減させているわけでもない。

 だが、何らかの手段を用いて攻撃を防いでいる。

 ラザフォードの砲撃に耐えたのも、煙幕を打ち払ったのも、そしてレンの攻撃を先読みするように回避したのも、その防御方法の応用なのかも知れない。

 ――不可視の防御能力。

 まだ全貌が見えないが、過大能力オーバードゥーイングの性質が少しだけ見えてきた。

 謎の僧侶は殴られた頬をさすって微笑む。

 素が胡散臭い笑顔なので、殊更ことさらに信用ならない表情となる。

「まだまだ全身全霊には程遠いと思われますが……そちらのサムライお嬢さんも、蛮族とは思えぬ愛らしいお嬢さんも、共に強者とお見受けいたします」

 ならば――遠慮は無用ですね。

 ンフフフ、と含み笑いを絶やさず謎の僧侶は両手を広げた。あれだ、新興宗教の教祖とかが信徒を迎え入れるようなポーズだ。

 だから余計に胡散臭さがパワーアップしていく。

 同時に、謎の僧侶は辺りを揺るがすほどの覇気はきみなぎらせた。

 国をも滅ぼすラザフォードの攻撃をまともに受けて、平然としている時点で勘ぐっておくべきだったと反省する。

 この男――ちっとも本気じゃなかったのだ。

「レ、レンちゃん……この人……ッ!」

「……ああ、LV999スリーナインだ」

 今度はレンたちが冷や汗をかかされる番らしい。

 この野郎、手を抜いてたな……?

 ラザフォードさんどころかレンとアンズを二人掛かりで敵に回しても、まったく本腰を入れることなく道化を演じていたのだ。

 本領発揮する謎の僧侶に、レンとアンズは距離を置かざるを得ない。

 何が起きても対応できる距離まで引き下がる。

 そこまで後退あとずさったところで、レンは憎々しげに問うてみた。

「……おまえ、何者だ?」

 これはこれは申し遅れました、と謎の僧侶は大仰おおぎょうに一礼する。

「愚僧の名はソワカ・サテモソテモ」



 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズ――破戒はかいをもたらすフラグ。



「その一員にござります。どうぞお見知りおきを……」

 ソワカが名乗り終えた瞬間、レンは凄まじい悪寒に総毛立そうけだった。


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