想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第15章 想世のルーグ・ルー

第353話:そして烈車は征く

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「一応、名乗っとくか――ロンド・エンドだ」

 世界廃滅集団――最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズ

「そのアタマを張ってる。社長とかボスとか棟梁とうりょうとか首領ドンとか大将とか……好き勝手に呼ばれてるな。一等強いからこうやって偉ぶることができてんだ」

 改めてヨロシクな、とロンドは気さくに挨拶してきた。

 暖簾のれんでも潜るみたいに片手をチョイと挙げて、「よ、やってる?」みたいな風情のある仕種だ。オヤジ臭いが、この男には似合っている。

 ツバサはミロを背後に庇う。

 どんな不意打ちされようと、先ほどのように背後に神出鬼没で現れようと、絶対に守り切る決意を持って、立ち塞がる壁としてロンドの前へ立った。

 その際、アリガミを封じた宝玉を後ろ手に回す。

 ミロはこちらの意図を理解し、無言で預かってくれた。

 良いとこなしで敗北を喫した幹部だが、取引の鍵になる匂いがした。

 ミロに手出しさせないのは勿論、この男もまだ息がある以上はおいそれと返したくない。さっきみたいにロンドが周囲の被害を顧みない手を打ってくる可能性も捨てきれないので、ツバサは全身全霊で対応できるようにしておきたい。

 全力を出さんがためにミロへ預けたのだ。

「そんな怖がるなよ。美人に嫌われるのはオジさんにゃ堪えるんだぜ?」

 警戒心を和ませるようにロンドは愛想を振りまく。

 相対する限り、気の良いイケメン親父にしか見えなかった。

 ――そこが曲者くせものなのだが。

 世界を埋め尽くす怪物の大群を繰り出し、反物質の粒をばら撒いてきた時もそうだが、この男には敵意や殺意がなく、行動ひとつ取ってもやる気がない。

 無造作でアバウト、悪い意味での適当だった。

 なのに、その一手が世界を瞬く間に滅ぼす威力を秘めている。

 かつて還らずの都で撃破したキョウコウの方が、外見でも思想でもラスボスとしての重鎮感があった。このオッサン、迫力というものが無縁なのだ。

 盛り場でうろついるチャラい親父にしか見えない。

 しかし、常軌を逸したおぞましさにおいてはキョウコウを上回る。

 一見するとファッションセンスこそ一流だが、顔付きや態度はちゃらんぽらんな親父が宙に浮かんでいるようにしか見えないのに、彼を中心に世界が底無しのうろへと沈んでいくような、取り返しのつかない終末感を漂わせていた。

 底も果ても終わりもない――真っ暗闇。

 それがロンドに対するツバサの第一印象だった。

 だというのに馴れ馴れしいから調子が狂う。

 ツバサが何も言わずに睨んだままでいると、ロンドは困ったようにオッサンのくせに整った眉を八の字にして、嘆息混じりで肩をすくめた。

「おいおい、別嬪べっぴんさんと噂の兄ちゃんと初顔合わせするからってめかし込んできたのに、無言のジト眼で睨まれんのかよ。降参するついでに取引もしたいからって、遠路遙々やってきたんだぜ? もうちっとフレンドリィに接してくれや」

「……誰が別嬪さんだよ」

 俺をよく知ってるみたいじゃないか、とツバサは返した。

 一人称の『俺』という部分にあらん限りの男の魂を注ぎ、「俺は男だからな!」と主張するようにドスを利かせた声で言ってやった。

 会話できたことにロンドは相好そうごうを崩した。

「お、やっと口を利いてくれたな! そりゃ知ってるさ、GMは内在異性具現化者アニマ・アニムスを要チェックだからな。誰がどう変わったか? くらい把握してるぜ」

 なあツバサの兄ちゃん・・・・? とロンドは念押ししてきた。

 愛想笑いを続けているつもりだろうが、なんとも不気味で歪んでいた。

 そのままドロリと溶けて変貌へんぼうしそうな微笑みである。

 ツバサが男性から女性に転じたことを承知で、しかも本心では男に戻りたいことまで知っているような煽り方だった。

 ここでカチンと来たら負けだ、ツバサは冷静さを保つ。

 ロンドは冗舌じょうぜつさでベラベラと一方的に喋り出す。

「しっかし、噂に違わぬ……いやさ、それ以上のボインちゃんだな。男だってのにそんなになったら大変だろぉ? もうひーふーみー……一年以上は女神をやったら馴れたもんかい、そのデカ乳デカ尻には?」

「馴れないし、戻れるものなら男に戻りたいってのが本音だよ」

 気圧けおされることなく本音で言い返す。

 背中に庇ったミロが「そのオカンな爆乳と巨尻を男に戻すなんてとんでもない!」と小声で抗議しながら尻をつねってくるが、取り合ってやる余裕はない。

 へぇ~、とロンドは意外そうな声を出した。

 髭の剃り残しが目立つ顎をジョリジョリ撫でている。

「大概の内在異性具現化者アニマ・アニムスってのは、変わっちまった身体を受け入れちまうもんだと聞いたんだがな。兄ちゃんは頑固だねぇ。それとも意固地か……」

 痩せ我慢かな? と確信を突いてくる。

 英雄神の美少年となったミロに、幾度となく女の幸せを味合わされた身だ。心のどこかでは女神になった自分を受け入れていることに気付いていた。

 それでも男心が泣き叫ぶのだ。

『こんな母性の塊みたいな女体は俺じゃない!』と――。

 ロンドの痩せ我慢という指摘は、傷だらけの男心に痛いほどみた。

「見れば見るほど美人だね。中身が二十歳はたちの野郎だってこと差っ引いても120点満点の別嬪だぜ……今度一杯付き合えよ、もう呑めるだろ?」

 ロンドはクイッとお猪口ちょこを煽る手付きをした。

 本当、張り倒したいくらい気安い男だ。こんなオッサンが世界の破滅をうたい、あの破滅的集団を統率しているのかと信じられなくなる。

「……アンタ、お互いの立場をわかってんのか?」

 わかってるよー、とロンドはひょっとこみたいに唇を尖らせてうそぶく。

真なる世界ファンタジアを守って救って建て直して、ついでに地球から飛ばされてくるミソッカスな人間どもも助けようとしてる正義の味方な兄ちゃんたちと、なんもかんもぶっ壊してどいつもこいつもぶっ殺して全部が全部ぶっ滅ぼして、二度と世界なんて生まれてこないように真心を込めて滅ぼす悪の秘密結社なオレたち……」

 善と悪、光と闇、水と油――不倶戴天ふぐたいてんの天敵だ!

 ロンドは両手を広げて空を仰ぎながら叫ぶように言った。

 いちいち演技過剰、オーバーリアクションである。

「でもね、知ってるかい?」

 一転、したり顔で「こんな話がある」と語り出した。

「むかしむかしの大昔、昭和の頃のお話だ。今でこそすたれちまったが、スリってのは一大組織でね。江戸の頃から徒弟制とていせいにも似たグループで悪事を働いてて、すっとろい連中の懐から財布さいぶをかっぱらってたそうだぜ」

 スリの組織はヤクザにも似ており、方々で財布を盗んでくる実働部隊ともいうべき下っ端したっぱがいて、その上にまとめ役の幹部がいて、最上位にボスがいる。

「そのボスはしょっちゅうスリを取り締まる刑事の家に遊びに来ては、茶を飲んでダベったり、晩飯もご馳走になれば、酒も酌み交わしたそうだぜ」

「……なんだそりゃ?」

 スリの親分と、逮捕するはずの刑事が仲良くしていただと?

「有り得ない…………話ではないか」

 否定しようと口を開いたツバサだが考え直した。

 確かスリは現行犯、もしくは決定的な証拠がないと逮捕が難しいはずだ。顔が割れているボスだろうと、実行犯でなければ捕まえようがない。刑事と顔見知りでもおかしくなはいし、のこのこ遊びに来ても逮捕することはできない。

 ロンドがこの話を振ってきた理由を推察する。

「俺たちも……そうあるべきだとでも言いたいのか?」

「そこまでの関係性は、まあ兄ちゃんの態度からして無理だよな」

 でもよ――寂しくね?

 ロンドは同意というより同情を求めてきた。

「これからオレたちゃどっちかが全滅するまでり合うことになるのは予知能力がなくなって明白だ。ってられてり返されて……そればっかじゃあ味気ねぇと思わねぇか? 潤いとか飲み会とか宴会とか一杯やるとか……」

「ボインちゃんとお酒を呑みたいだけですよね?」

 自嘲しろエロ親父、とパンクなメイドが我慢できずに突っ込んだ。

 その際、派手なかかと落としをかましたのでロンドは鼻血が噴き出すほどのダメージを負ったのだが、素知らぬ顔で話を続けている。

「まあ、そんなわけだ。殺して死なせて滅ぼしての大戦争の合間を縫って、トップ同士で会談するがてら、酒を酌み交わしながら駄弁だべるのもありだろ? なんなら、正義の味方っぽくオレを説得するのもありだぜ?」

 憎悪の連鎖は断たねばならぬ――とか。
 命を大切にしない奴なんて大嫌いだ――とか。
 愛と勇気だけが友達さ――とか。
 殺し合いなんてやめて仲良く手を繋ごう――とか。
 ラブ&ピースの精神で前へ進もう――とか。

御為おためごかしの綺麗事でオレを言いくるめるチャンス、かも知れないぜ?」
「そんなもん、百万遍ひゃくまんべんはスルーしてきたんじゃないのか?」

 ツバサが小馬鹿にすれば「違ぇねぇ!」とロンドはゲラゲラ笑った。

 腹を抱えての身体を前後にくねらせて大爆笑だ。

親父殿・・・の言う通りに生きてたら、こう・・はなってなかっただろうからな!」

 ロンドには説得する意味がない、とツバサは見当を付けていた。

「アンタみたいなタイプは理屈で動いちゃいない。衝動的……とも違うな。もっと心の奥に根差したもの……本能のレベルで動いてるはずだ」

 壊したい、殺したい、消したい――滅ぼしたい。

ロンドアンタには先天的なものを感じる」

 伝え聞くところによれば、最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズのメンバーは様々な理由でロンドにくみしている。

 破壊衝動に駆られている者もいれば、人間の醜さを憎んで滅亡に走った者、世間に裏切られため人類を憎む者、自分より強い奴を殺したいだけの者……事情は千差万別、人間模様にあふれている。

 これらはがいして後天的な理由だった。

「しかしロンドアンタは違う。それ・・は本能に基づいた先天的なものだ」

 初めて顔を合わせて、先ほど手合わせもして、一瞬とはいえフルコンタクトにも勝る攻防を繰り広げたことで、ツバサなりに理解できたものがあった。

 ロンドの破滅願望には――感情の揺らぎがない。

 喜びも悲しみも楽しさも憎しみもない。ただ、目の前にいる者を滅ぼさなければならないという、義務感にほど近い達成感を求めていた。

 食欲や性欲に睡眠欲、そういったものに似ている。

「呼吸することで酸素を取り込まねば死んでしまう、生物として当然の行為をやっているに等しい。ロンドアンタという生き物にとっての滅びがそうなんだ」

 気安いチャランポラン親父――これはロンドの素だ。

 そんな男の本能の奥深くに、世界を100回滅ぼしても足らない破滅の力が渦巻いている。それが彼を突き動かす原動力となっていた。

 万物を滅ぼす欲求が本能に根付いている――ロンドはそういう生物だ。

「アンタに『世界を滅ぼすのをやめろ』と説得するのは、生き物に『寝食も性行為も排泄はいせつも禁止、あと息もするな』と言うようなもんだ」

 生きるために耳を貸すわけがない。ツバサははっきり断じた。

 推論も込みだがロンドの反応は良好だった。

 爆笑するのをやめると、気の合う友達に会えた喜びの表情を浮かべる。

 パチパチ、とやる気のない拍手まで送ってきた。

「いやー怖ぇぐらいの洞察力どうさつりょくだな。オレ自身、うまいこと言い表せねぇところまで解説してもらった気分だぜ。兄ちゃん、カウンセラーでもやったらどうだ?」

「無理だな。俺は相手の嫌がることもズバズバ言うから……」

 だが、と付け加えてツバサは皮肉な微笑みで告げる。

「少し……ほんの少しだけ、ロンドアンタに興味を持てたよ」

 どうすればこんな精神構造の人間が生まれてくる? よくもまあ現実世界リアルの日本で人並みの生活が送れたものだな? 奥さんや子供もいたんだろ?

 そもそも本当に人間だったのか?

 キョウコウのように灰色の御子という線も疑いたくなってくる。

 ツッコミどころがてんこ盛りすぎて追いつかない。

 この男の本能に潜む破滅の闇、そこを解き明かしてみたくなった。

 お調子者のロンドはツバサの一言をストレートに受け取ったのか、嬉しそうに口元をほころばせると、揉み手で擦り寄ってきた。

「おっ、好感触!? んじゃ飲み会セッティングする? オレ、兄ちゃんと呑めるの期待してたんよ。ミレンちゃん、スケジュールチェックお願い!」

「気が早い、エロ親父ステイ」

 ミレンと呼ばれたパンクメイドは顔色ひとつ変えず、ツバサとの飲み会を妄想してはしゃぐロンドの脇腹に、とびきりの肘鉄ひじてつを食らわせて黙らせた。

 どうやら彼女は暴力メイドらしい。平気で主人あるじに手を出す。

 ……本当、まともなメイドはいないのか?

 ドズンッ! と鈍い音がしたので肋骨ろっこつに響くほどの力が込められていたらしい。ロンドは脇腹を押さえて身悶えながらも、話題を切り替えてきた。

「……ぞ、ぞういや話に聞いてた兄ちゃんは、おっぱいとお尻がデカくて、髪は黒くてメチャクチャロングで、赤いジャケットを好むって聞いたけど……」

 イメチェン? とロンドは首を傾げた。

 ツバサはまだ魔法の女神イシスを維持しているので、銀髪で癖のないストレートヘアになっているし、まとっているジャケットもブライダル仕様に変わっていた。むしろ変身した姿でよくツバサとわかったものだ。

 だが、この発言は更なる確信へと繋がる。

「……本当に俺たちのことを色々と知ってるんだな」

 普段のツバサがどんな格好をしているのか、情報を得ているのだ。

 四神同盟はどの陣営も不審者が半径数百㎞に踏み込めば、誰かの感知能力に引っ掛かるようになっている。しかし、報告はひとつも上がっていない。

 こちらの防衛圏内の外から超望遠で探りを入れていたのか?

 そうとしか考えられなかった。

「まあ、こっちもそれなりの大所帯だが、そっちもこの真なる世界ファンタジアじゃ今や最大手な陣営のひとつだからな。いずれぶつかることも想定して、あの手この手で調べさせてもらうのは成り行きってもんよ」

 ロンドは指折り数えていく。

 兄ちゃんみたいにTSした巨乳の美少年とか――。
 インテリなのに野獣になった駆け出しの学者とか――。
 教師生活25年のホネホネロック先生とか――。

「GM連中が一目置いてた大物たちとよろしくやってんじゃねえの……GMといやぁレオナルドの野郎もいるよな? 爆乳特戦隊も5人中3人揃ってるし」

 当然、四神同盟のメンバーも把握済みか。

 ん……レオナルドの爆乳特戦隊が5人? 4人だろ?

 誤差なのか齟齬そごなのかわからないが、この場で指摘する話でもないのでスルーしておいた。クロコ、アキ、カンナと3人いるのは事実だ。

 爆乳特戦隊、と聞いてミレンの眉がピクリと動いた。

 そういえば彼女はロンドに協力するGMの1人。クロコたちと因縁でもあるのだろうか……いや、あの様子からして大ありのようだ。

 ひとまずツバサは嫌味をぶつけてやる。

「なんだよ、名探偵でも雇ってんのか? ウチの陣営バレバレじゃねえか」
「そりゃお互い様だろ、ツバサの兄ちゃん」

 どうして凶軍がバレてんだよ、とロンドは迷惑そうに苦笑した。

「兄ちゃんたちは後回しにする計画だったから、ウチの利かん坊どもにも『爆乳姉ちゃんとこには近寄るなよ? あ、調査班は別な』って、口酸っぱくして言い付けてきたのに……おまえら、アンタッチャブル案件だったんだぜ?」

 バッドデッドエンズにお触れを出していたそうだ。

 やはり『四神同盟を駆け込み寺にして最後に潰す』というアハウの仮説はまとを射ていたようだ。後回しの一言にそれが集約されている。

「……だっていうのに、真なる世界ファンタジアをうろついてる連中が見つかるんならともかく、異相で裏方仕事を任せてた幹部どもが発見されるなんて……」

 オジさんビックリ仰天ぎょうてんだよ! とロンドは叫んだ。

 おどけているが語気ごきには抗議をはらんでいた。

 その顔が見たかった、とばかりにツバサは不敵な面構えで返す。

「だったら目撃者・・・は消しておかないとな」

 詰めが甘いんだよ、とツバサは忠告するように付け加える。

 これにロンドは思い当たる節があるようだ。

「まさか……穂村組? あのヤクザどもが生き延びたってのか?」

 マ~ジ~か~よ! ロンドは右手で顔を掴むと空を仰ぐみたいに背中を反らしていき、強張こわばらせた右手を震わせて「ガッデム!」と舌打ちした。

終末の毒アポルダオルを喰らって動けた奴がいたってのか? まさか、そこまで根性ある奴がいたとはなぁ……侮ってたかなぁ?」

「本当、爪が甘いですね。なんのために山の頂点てっぺんまで出向いたのか」

 このダメ社長! とミレンの叱責しっせきは容赦がない。

 メイドからわれない(根拠はあるが)誹謗中傷ひぼうちゅうしょうやら物理的なツッコミをもらっているが、ロンドは喜んでいた。この親父、もしやマゾか?

 ロンドは姿勢を正すと、スーツのえりも整えた。

「ま、いいや、おかげで大体わかった」

 気取けどられぬよう秘密裏に動いていたはずなのに、バッドデッドエンズの存在はおろか異相で暴れていた凶軍まで知られたことについて、ロンドは穂村組の生き残りから手繰たぐったと結論づけたらしい。

 意外とどんぶり勘定だな、あまり思慮しりょは深くないのか?

 バッドデッドエンズの発覚はともかく、凶軍についてはツバサの洞察力どうさつりょくを以てしても不可能だ。あれはノラシンハのお手柄としか言いようがない。

 凶軍について知るには――未知のファクターが必要だ。

 そこまで推察すいさつをするつもりはないらしい。

 しないのではない。「するだけ無駄」とはぶいている感があった。

「さて、世界廃滅軍団のラスボスであるオレが、重い腰を上げてここまでやってきた本題に入ろうか。降参するから取引させてちょうだいよ」

 ふざけた論調を取り繕う気はないロンドだが、佇まいから社会人の空気を発するようになった。彼なりに居住まいを改めたのはそのためだろう。

 双眸そうぼうを研ぎ澄まし、細めた視線で告げてくる。

「オレたちは降参する。だからこの場は見逃してほしい。そっちの嬢ちゃんの手にあるアリガミもそうだが、仲間も帰してやってくれ」

 逃げるから手を出さないでくれ、とお願いしてきているわけだ。

「取引という以上、それを許すだけの材料があるんだろうな?」

「この水聖国家オクトアードって国からは手を引く。そして、この国を含む異相いそうのあちらこちらにある亡命国家には二度と手を出さないと誓おう」

 神族や魔族には、ある種のペナルティがある。

 ――口約束・・・ができないのだ。

 契約を前提にして口頭に上げたものが、情報として世界に記録されてしまうためである。簡単にいえば、自動的に契約書を作成されるようものだ。

 こうした場面で口約束だろうと交わしてしまえば、それは念書よりも効力を発揮してしまう。それからの自分の行動を制限するように縛るのだ。

(※嘘や冗談は普通に言える。口約束にしても「本気に受け取るなよ」というニュアンスで発せば、契約にならない。口頭であれ書式であれ正式に契約を交わそうとすると、真なる世界ファンタジアの住人は誰しもが無意識に感じ取れる)

 当然、約束の効果を高めることもできる。

 誓約せいやくとして自らにすことで誠意を見せる場合もあれば、相手の裏切りを避けるために更なる契約を仕込むこともある。ロンドも心得たもので、今の発言には公正証書よりも強い効果が差し込んでいた。

 もしも一方的に破棄すれば身をそこなうダメージを被るものだ。

 ツバサもそこに上掛けで呪いを仕込んでおいた。

 その上で――条件を釣り上げる。

「ダメだな、それじゃあ全然足らない」

 あちらが降参した以上、そこに付け込むのは常套手段じょうとうしゅだんだ。まずは一度突っぱねることで、より有利な条件を引き出させてやる。

 待ちなよ兄ちゃん、とロンドは制してきた。

 両手を前に突き出して「どうどう」となだめてくるが、その手が微妙に胸を揉むように握々にぎにぎされているので、遠近感を利用してツバサの乳房を空目で揉んでいる気にでもなっているのだろう。

 ミレンにムエタイ式キックで尻を蹴られてもやめないのか……。

「こっちが負けを認めてんだから、そっちが取引内容の大盤振る舞いを求めてくんのは先刻承知よ。だからこそ、小出しで目玉商品を出してくのさ」

 慌てるない――取引の肝はこっからさ。

「兄ちゃんが望んでる“とっておき”をくれてやんぜ」

 そういってロンドは楽しげにクックックッ……と喉を鳴らした。

   ~~~~~~~~~~~~

「――お久し振りです! セイメイさん!」

 エンオウは起立するようにビシッ! って効果音が聞こえてきそうなくらいまっすぐ気をつけ・・・・すると、斜め45度の角度でお辞儀じぎをした。

 強くなったのもあるが、デカくもなっていた。

 セイメイも190㎝を超える長身だが、面と向かうと少し首を上げる分だけエンオウは2m近い概算がいさんになる。まだ18~9歳のはずだから成長期なのだろう。そういえばエンオウの親父さんも2m越えの大男だった。

 山峰やまみね一族はデカい――天狗の末裔まつえいと言われる所以ゆえんか?

 ツバサもインチキ仙人の伝手つてで山峰家とは面識があると言っていたが、セイメイも曾祖父そうそふとエンオウの父親が知り合いでよく会っていた。

 だからこそ、もうちょっと砕けてもいいのだが……。

「まだお辞儀してるし……くそ真面目だなぁおい」

 やれやれどっこいしょ、とセイメイは空中でも構わず腰を下ろした。

 あぐらをかいて頬杖ほおづえを突き、説教みたいに言ってやる。

「ったく、相変わらず暑苦しいくらい優等生だなおまえは。まあ、そいつがおまえさんの売りなんだが……もうちょっと気を抜いてもいいんだぞ?」

 友達ダチなんだからよ、とセイメイは和ませた。

「いえ、年長者のセイメイさんに無礼な口は利けません」
「本当に石頭だね……融通ゆうづうが利かないって親御おやごさんに小言もらわない?」

 まあいいや、とセイメイは久々の再会を切り上げた。

「おまえさ、こんなとこで何してんの? いや、みんなと一緒にノコノコやってきたおれも他人ひとのこと言えんけどさ……噛み砕いて話してくんない?」

 おれも説明っすから、とセイメイは腰の瓢箪ひょうたんに手を伸ばす。

 酒を煽りながらエンオウの話に耳を傾ける。

「はい、わかりました。あの日、俺とモミジもアルマゲドンを遊んでいたら、いつの間にか、この真なる世界ファンタジアという異世界に飛ばされてて……」

 エンオウは真なる世界に転移してきた経緯と、この一年間を異世界でどう過ごしていたか、そして肝心な水聖国家オクトアードを訪れた経緯いきさつを明かしてくれた。

 ジャスト一分で簡略的にエンオウは説明を終える。

「なるほどなー、蕃神ばんしんに巻き込まれて、この異相に紛れ込んだわけか」

「はい、この国の王であらせられるヌン陛下には大変良くしていただいて、ご恩返しできればと……それで、セイメイさんはどうしてオクトアードに?」

「んー? いやね、おまえがさっきまで相手してたあの……」
「バッドデッドエンズ、とかいう連中ですか?」

 瓢箪を持ったままの手で、セイメイは首なし男を指差した。

 あれは確か、“アシュラを終わらせた男”として名高いグレンだ。

 刑務所にぶち込まれたと聞いたグレンが、どうして異世界にいるのかわからないが、ツバサが「バッドデッドエンズは随分と前から企んでいた節がある」とか何とか言っていたので、その絡みなのかもしれない。

 面倒臭いことを考えるのは、ツバサやレオナルドの仕事である。

「そうそう、バッドデッドエンズ。ウチのツバサちゃんやレオナルド……獅子翁ししおうのが通じるか? ああいったお人好し勢があいつらの所業におかんむりでな。全面戦争する前に各個撃破しようって作戦をやってるわけよ」

 なので、セイメイは用心棒としてわかる範囲で答えた。

「おれも戦力の頭数になっててな。こうして異相くんだりまで……」



「ツバサちゃ……翼先輩・・・がいらっしゃるんですかッッッ!?」



 まだセイメイが話している途中だというのに、エンオウは我を忘れて大声を張り上げた。彼にしては無作法な所業だが無理もあるまい。

 尊敬するツバサの名前が出たから、居ても立ってもいられないのだ。
(※獅子翁にまったく触れないのはご愛敬である)

 エンオウは敬意を払っていたお堅い表情から一転、年相応の少年らしい笑顔を浮かべていた。そして、重ねるように尋ねてくる。

「やっぱり翼先輩もアルマゲドンをプレイしてらっしゃったんですね!? それで、この真なる世界ファンタジアにも来てるんですよね!? そうですよね!?」

「……入れ食いにも程度ってあるよね?」

 ツバサちゃんの名前を出せば、どんなパシリでも引き受けてくれそうだなコイツ、というのがセイメイの小賢しい感想だった。

 リスペクトするあまり、ツバサの背中を追うように同じ高校と大学へ進学したのは、その界隈かいわいでは有名すぎて変な噂まで立ったほどだ。モミジが強烈な許嫁アピールをしなければ、男色というレッテルを貼られていただろう。

 瓢箪の酒を舐めるセイメイは半眼で呆れた。

「ツバサちゃんが強いからって、そこまで熱狂的に尊敬しなくてもいいんじゃねえかなぁ。アイツ暑苦しいって愚痴ぐちってたこと…………あ」

 セイメイは思わず間抜けな声を上げてしまった。

 もう1年あまりもの間、あのムチムチ爆乳ケツデカドスケベボディに見慣れてきたので忘れかけてたが、ツバサちゃんはれっきとした男の娘だった。

 訂正――男の子だった。

 エンオウは男の・・翼先輩しか知らない。

 この様子からしてアルマゲドンで再会できなかったのは間違いなく、諸事情によってツバサちゃんがオカン系女神になったことを知らないのだ。

 何も教えずに対面させたら――面白いだろうなぁ。

 一波乱ありそうな再会の場面を思い描いたセイメイはほくそ笑み、ツバサちゃんが女神化したことを伏せたまま話を進めることにした。

「……おう、来てるぜ。 おまえがこの国のために身体を張って戦ってると知ったら、『さすが俺の後輩だ』と涼しげな目元で褒めちぎってくれるさ」

「あ……ありがとうございます! ありがとうございます!」

 ありがとうございます!! とエンオウは何故か三回お辞儀をした。

 よし――これでお膳立ては整った。

 後はこの結界内の亡命国家だったか? での悶着もんちゃくにケジメをつければ、尊敬する翼先輩と再会するエンオウのハートフルコメディが拝めるはずだ。

 爆笑の瞬間をセイメイは心待ちにした。

「さてと……こっちの話はこれで一端いったんピリオドだ。そんじゃ次」

 いつの間にか空中で寝転がり、懐から朱塗りのさかずきを取り出して、それに瓢箪の酒をいでいたセイメイはあらぬ方向へ声をかけた。

 相手は――グレンである。

 事情説明やらでエンオウと話し込んでからというもの、ほとんど無視を決め込んでいたのだが、そろそろ鬱陶しいので決着ケリをつけさせるつもりだ。

 セイメイはやらない。ここにはエンオウという下請したうけがいる。

 ツバサちゃんほどではないが、セイメイもそこそこ尊敬されているので、「やれ」と命じれば「イエッサー!」と請け負うはずだ。

 エンオウから十数m離れたところに、グレンはまだ浮かんでいる。

 死んでもおかしくないダメージを負ったままだ。

 心臓を破られ、背骨をへし折られ、脊柱せきちゅうも握り潰され、あまつさえ首根っこから頭を吹き飛ばされたというのに、地面へ墜落する気配を見せない。

 両手をダラリとさせたまま、ユラユラと揺れている。

 時折、死にかけらしくビクンビクンと演技っぽい痙攣けいれんをしていた。

 セイメイはジト眼で忠告する。

「待たせたな――死んだふりはもういいぞ」

「油断を誘ってるつもりなら馬鹿にしすぎだぞ、グレンてめえ……」

 エンオウはセイメイからグレンへ振り返る過程で、変貌という言葉が相応しいほど凶悪な顔に変わると、噛み殺しそうなほど歯を剥いていた。

 ビタリ、と首なしグレンの身体が動きを止める。

 タップリ3秒は停止していたが、不意に右手を持ち上げた。

 頭が健在だったら違和感もなかったろうが、人差し指でポリポリとこめかみの辺りを掻いている。不格好ぶっかっこうなパントマイムみたいになっていた。

 次の瞬間、予備動作なしで間合いを詰めてくる。

 そのきざしを見逃さず、エンオウも自ら踏み込んでいく。

 ズシン! と絶大な圧力によって気圧が全方位に弾き飛ばされて、周囲に多大な重圧を押し付けるような激震が走る。

 エンオウとグレンの拳がかち合った衝撃によるものだ。

 2人は互いにコンボを繰り出すように連続攻撃を仕掛けつつ、相手のコンボをさばきながら遮るように連打の応酬おうしゅうを繰り広げている。その度に気圧が重圧へと圧縮され、周辺の大気を不安定にすることで電光が走るようになった。

 グレンの心臓はとっくに再生している。

 間合いを詰めた一瞬で復元しており、背骨も新しい脊柱を生やして繋ぎ合わせていた。穴の開いた胸筋や肋骨も見る間に治っていく。

 しかし、まだ頭を生やしてくる気配はない。

 おかげでエンオウはやりにくそうだ。

 弱点の塊である頭部を狙えないのは格闘家には辛いだろう。

 わずかな動作も音速を超える速さで行われているので、衝撃波が飛び交っている。それさえも威嚇いかくのジャブとして使っている。

 ソニックブームが渦巻いて嵐になりかける寸前――。

 エンオウとグレンは互いの拳を左右で掴んでは掴み返して、一時的に互いの手数を強制的に止めた。だが、グレンの動きは止まらない。

 背骨を弓なりに背後へしならせると、反動を付けて一気に前へと倒す。

 同時に――復活させた首を突き出してきた。

「ハアッハアアッ! ガガガッガアアアアアアアアアーーーッ!」

 カミツキガメなどの凶暴な亀が、獲物に食らいつく様に似ている。大口を開けて牙だらけの乱杭歯らんくいばでエンオウの喉笛に噛みつこうとしていた。

 エンオウはこれを頭突きで迎え撃つ。

 噛みついてくるくグレン。その片方の手はしっかり捕まえてあるので、それを引っ張って体勢を揺さぶって間合いを崩する。

 そして、ガラ空きなグレンの額に石頭を叩き込んだ。

 特大の鉄球同士を音速で真正面からぶつけ合わせたら、こんな爆音と衝撃が辺り一帯を揺るがすだろう。それほどのインパクトに見舞われた。

 セイメイも酒を呑む手を止めるほどだ。

「おいおい、エンオウと喧嘩しときながらおれにも喧嘩売るのかよ?」

 せっかくのさかずきが台無しだ、とセイメイは文句をつけた。

 グレンは首から頭を亀みたいに勢いをつけて生やす直前、自身の骨を加工でもしたのか、棒手裏剣ぼうしゅりけんみたいなものを撃ち出してきた。

 標的はエンオウ……と見せかけてセイメイだったのだ。

 目眩めくらましの意味も込めてエンオウに放ったように見せかけ、その後方にいたセイメイを狙っていたのだ。これをセイメイは杯で受け止めた。

 オリハルコン製の杯を貫いてるから、目眩ましとしては威力高めである。

「野心的だなおい、LV999スリーナインを2人同時に相手取るつもりか?」

 誰でも彼でも構わず、頭数も問わず、目に付いた強い奴には手当たり次第に喧嘩を売り、相手が降参しても息の根を止めるまで責め苛む。

 この強欲な狂犬っぷり――紛れもなくグレンだ。

「2人じゃねえ……4人だぜ、天魔ノ王てんまのおう!」

 以前よりも伸びた気のする蓬髪ほうはつを振り乱し、顔に隈取くまどりみたいな黒いメイクを施したグレンは、セイメイをアシュラ時代のハンドルネームで呼んだ。

「ツバサってのはウィングだろ? おまけに獅子翁ししおうもいやがるのか? 無論、そいつらにもケンカ売らせてもらうぜ! 4人同時プレイってやつよ!」

「いや、意味が違うだろそれ」

 セイメイは割れた杯をヒラヒラさせてツッコんだ。

 一方、エンオウもグレンに言いたいことがあるらしい。

「なんだその顔と頭……生やす度に・・・・・変わるのか?」

 何気ないエンオウの一言をセイメイの耳が拾った。

 変わる? そういえば死んだふりから立ち直って心臓や顔を治すと同時に、グレンの魔力や気力といったものがゴボッと底上げされた。

 セイメイの分析アナライズで調べても、単純な肉体強度まで上がっている。

 どんな大怪我でも瞬時で回復する高速自己再生リジェネ、しかも再生した肉体は以前よりも強靱きょうじんにパワーアップするのか? 技能スキルで組むには構成が難しい。

 過大能力オーバードゥーイングか――放っておくのは厄介だな。

 立ち直る度に強くなる能力なんて、対戦相手にしてみれば脅威でしかない。

グレンおまえを放置しておくと……始末に負えなくなりそうだ」

 一気に片を付けさせてもらう、エンオウは断言した。

 エンオウはグレンの手を振り払って距離を置くと、構えを解いて自然体となった。それでも隙が見当たらないのは、彼が精進している証でもある。

 深呼吸を繰り返すエンオウ。その一呼吸が長い。

 吐息が真っ白に染まり、蒸気のように噴き出していた。

「おいおいおい、エンオウなんだよそりゃ? もしかしてあれか? オレらの親父世代に流行はやったっつう全集中の呼吸ってやつか?」

 おまえもパワーアップするつもりかよ? とグレンは茶化してくる。

 エンオウは取り合わず、静かに呼吸を繰り返した。

「ありゃ人間だからこそ有効な技だろ? 神様になったオレらにゃ意味ねえぜ! そんなモノマネでオレとのケンカを濁すってなら…………!」

 九度目の呼吸を終えた途端――グレンの軽口が止まる。

 それほどの激変が起きたのだ。



「――まわ九天きゅうてん



 エンオウから爆発的なエネルギーの奔流ほんりゅうが噴き上がった。

 グレンは無駄口を封じられるほど魂消たまげており、エンオウから吹き荒ぶ気功のパワーに気圧けおされて、強風から身を庇うような仕種で後ろに押されていた。

 さしものセイメイも目を剥かされる。

 このエネルギー量は尋常ではない。神族だとしても桁違いだ。

 これに匹敵するか、これを超越するほどの力を生み出せる神族はセイメイの知る限り2人しかいない。彼ら・・はこれを過大能力オーバードゥーイングとしていた。

 ツバサの過大能力――【偉大なるグランド・大自然ネイチャの太母ー・マザー】。
 ミサキの過大能力――【無限のインフィニット龍脈の・ドラゴン魂源】・ソウル

 どちらも大自然そのものを生み出す源となる能力で、自然界の力をいくらでも湧き上がらせるエネルギーの無限増殖炉になれるものだった。

 恐らく、これはエンオウの過大能力。

 ツバサやミサキとは仕組みが異なるだろうが、森羅万象の根源とリンクすることで、その無尽蔵ともいえる力を我が物として使える能力だ。

 一気に片を付ける、という言葉に嘘はない。

 ありったけの全力全開で、グレンをちりも残さず消し去る算段なのだ。

「おい、なんだよそれ、エンオウ……おいおいおい」

 エンオウの覚悟にも似た意図を察したのか、グレンの声は震えている。

「最ッッッ……高に殺し甲斐があるじゃねえか!!」

 それは歓喜に打ち震えたものだった。

 喜びに打ち震えるグレンは、感涙を振り撒いて咆哮を上げていた。

    ~~~~~~~~~~~~

「まずはそうだな――無差別テロみたいな殺戮と破壊をやめてやるよ」

 単刀直入に、ロンドは取引の肝を提示してきた。

真なる世界ファンタジアをあっちフラフラこっちフラフラさせてる、バッドデッドエンズの全部隊も呼び戻す。もうプレイヤーも現地種族も殺させねえ」

 その代わり、と前置きして本題を切り出す。



「兄ちゃんたちに全面戦争を仕掛けてやる――宣戦布告ってやつだ」



 ロンドの眼はわっていた。

 さっきまでのチャラい親父と同一人物だとは信じられない凄味を発している。本気を出せば、ちゃんとラスボスらしい気迫は出せるようだ。カリスマにもそれ相応に恵まれているのかも知れない。

 これ・・なら108人もの同志を集め、従わせているのも納得だ。

「これまでの手当たり次第な殺戮行為や破壊行為をやめて、四神同盟おれたちへ全面戦争を仕掛ける……これが取引材料でいいんだな?」

「ああ、腹を割って話せば――オレぁ四神同盟おまえらを舐めてたよ」

 甘く見ていた、ロンドは真摯に打ち明ける。

「大所帯でおいそれと動けなさそうだったからな。そこらへんの雑魚ざこを手当たり次第に殺しまくって、ボロボロな弱虫どもを兄ちゃんたちの領地へと追い込み……要するに、負け犬どもの駆け込み寺にしようと思ってたんだ」

 アハウの仮説はほぼ正鵠せいこくを射ていたわけだ。

 そう仮定した上で、ロンドの思惑を崩すべく攻勢を強めるようにツバサたちは動いていたが、彼を表舞台に引きずり出した時点で成功とも言えた。

真なる世界ファンタジアで暴れてる連中が尻尾を掴まれるならともかく、調べるのがめんどくせー異相まで突っ込んできて、凶軍の仕事まで嗅ぎつけられるとは……」

 想定外──想像の埒外らちがいだったらしい。

「ホント、兄ちゃんたちの正義の味方な行動力を舐めてたぜ」

 だから方針を変えることにした、とロンドは明言する。

「ナゾナゾだ、わかるかい兄ちゃん?」

「方針を変える、か……四神同盟を最初に潰した方が、世界廃滅の進行が効率的だと判断したんだろ? 順番を逆にしただけだ」

 ツバサが思いついたままを口にすると、拍手が返ってきた。

「はい半分正解! それが何を意味するかまでわかんなかったかなー?」

 半分正解? 順番を逆にした理由がまだあるのか?

 しめの拍手をと強めに打ったらロンドは、こんな言葉を添える。

「逆にいえば──四神同盟おまえらほどデカい組織は他にねぇんだよ」

 それゆえに駆け込み寺として選ばれたのか。

 ロンドは四神同盟の功績を褒め称えるように言葉を続ける。

「自覚があるかどうかは知ったこっちゃねえがな、今後の真なる世界ファンタジア趨勢すうせいを担うのは、間違いなく兄ちゃんたちだ。そんな兄ちゃんたちを潰しちまえば、残ってるのは取るに足らねえスカポンタンのノータリンばっかってわけよ」

「主力を潰せば後は烏合の衆うごうのしゅう、と言いたいわけか」

「そういうこった。そんな非力な連中は世界を滅ぼす時、一緒くたに消しちまえば事足りる。梱包材こんぽうざいのプチプチをひとつずつ潰すんじゃなくて、丸ごとブチブチッ! と絞るようにまとめて捻り潰しちまえばいいってな」

 さて──どうするよ?

 ロンドは結論を求めるように促してくる。

「オレたちゃちゃんと降参するから、この取引に応じてくれるか? 今なら出血大サービス、全面戦争の際には何日も前に告知もすると約束しよう。その間に弱っちい奴らを避難させるなりすりゃあいい。これが最大限の譲歩だぜ?」

「よし──その取引に応じよう」

 即答するツバサにロンドは「よっしゃ!」と手を打った。

 手打ちの瞬間、口約束以上の誓約せいやくが働く。ロンドは自ら提示した約束を遵守じゅんしゅし、それを破ればツバサの仕掛けた呪詛じゅそが牙を剥くことだろう。

 ミロは何も言わない。ツバサの判断を信じてくれた。

 ロンド側だとミレンが何か言いたそうに横目で睨んでいるが、ロンドが意に介する様子はない。振り向くどころか気付く素振りもなかった。

「もっとも──取引に応じるしかないんだけどな」

 ツバサはあごをしゃくると、水聖国家オクトアードの島国を指し示した。

「もしも拒否したら……ここ・・で大暴れするつもりだったんだろ?」
「いいねえ兄ちゃん、駆け引きってものがわかってる」

 敗北を認めて降参すると主張した以上、ロンドが不利なのは間違いない。

 そこをしてツバサは有利な条件を引き出そうとしたが、下手にごねるとオクトアードにるいが及ぶと考え、ロンドの好きなように喋らせていた。

 負けを認めた以上、ロンドたちは撤退戦となる。

 こういう時、敗軍は考え得る限りの嫌がらせをしていく。相手の領地だから気兼ねなく壊して殺して台無しにするのだ。それが世界廃滅を志すバッドデッドエンズなら尚更やってのけるだろう。

 あまりにも巫山戯ふざけた条件を出してきたら口論のひとつもぶちかまし、最悪の場合はオクトアードを守りながら交戦するつもりだったが……国や民への被害はどうやっても避けようがなかったに違いない。

 しかしロンドの提示してきた取引条件が、思った以上に四神同盟にとって好条件だったので、異論を挟むことなく受け入れたのだ。

「俺たちの戦争なんかで、この国を滅ぼすわけにはいかないからな」

 ツバサとロンドが本腰を入れて戦えば、その破壊的な波及はきゅうによってオクトアードの国土も結界も持たない。逃げる術を持たない国民は、この異相に満ち満ちた暴君の水によって飲み干されてしまうだろう。

 そういうこった、とロンドはツバサの判断力を認めた。

「正義の味方は大変だなぁ。守らなきゃいけないモンやら破れないルールが多くてよ……マゾでもなきゃやってらんねぇだろ?」

「楽しんでるさ、縛りプレイは高難易度ゲームの醍醐味だいごみだろ?」

 ツバサが肩をすくめると、ロンドは声高らかに笑った。

「ハハハハハッ! いいね、その切り返し。楽して勝とう! なんてズルッ子は死んでもゴメンってか? 最高だぜ兄ちゃん、やっぱおまえ面白ぇよ……」

 絶対に呑もうぜ、とロンドは小指を立ててきた。

 指切りげんまんでもしたいのだろうが、それこそ御免被ごめんこうむらせてもらう。

 この取引は──四神同盟に利がある。

 各陣営の防衛力を高め、真っ当に成長したLV999スリーナインを増員し、穂村組や日之出工務店を新戦力として加えた今、真なる世界ファンタジアを旅しながら部隊を探して回るより、あちらから攻め込んできてもらって迎え撃った方が手っ取り早い。

 短期決戦にも持ち込めそうだ。

 どうせ襲撃される覚悟はできていたのだし、迎撃のタイミングも知らせてくれるというなら避難の準備も間に合う。願ったり叶ったりだ。

「んじゃ交渉成立ってわけで……カワイイ部下を返してくれるかい?」

 ロンドは小指を立てていた右手を、何かを貰い受けるように開いた。ツバサたちの掌中しょうちゅうにある生首、アリガミという幹部の返却を求めてくる。

 アリガミの過大能力オーバードゥーイングは──次元や空間を斬り裂くもの。

 推測だが、斬り裂いた空間を元通りにすることもできるのだろう。そうなると使い勝手がいいことこの上ない。移動手段として重宝ちょうほうするのは勿論、今回のような襲撃でも大活躍すること請け合いだ。

 アリガミの能力は重要なファクターだと憶測おくそくできる。

 今回の方針変更は、アリガミを救う側面も含まれているはずだ。

 敵側の重要人物を仕留められないのはしゃくだが……。

「取引は取引だからな……ミロ」

 後ろ手に右手を回して「アリガミの生首を渡せ」と催促する。

 ミロは眉根を寄せて不服そうにすると、まずツバサの手を掴んで愛撫あいぶするように撫で回した後、不承不承ふしょうぶしょうにアリガミを封じ込めた宝玉を渡してきた。

「そらよ、可愛い部下なら大切に持って帰りな」

 宝玉に封じ込めたまま投げ返してやる。

 硬度10以上で物質化させた風の結晶で包んだままだが、ロンドなら適当にやっても解除できるだろう。そこまでサービスするつもりはない。

「はい確かに。ミレンちゃん、持ってて」

 カワイイと連呼した割に、ロンドはアリガミをぞんざいに受け取ると、「なにやってんだよおめぇはよー」と下唇を突き出しながら叱っていた。

 そして、ポイッとミレンに放り投げる。

 ミレンは表情を変えずに受け取ると、アリガミを閉じ込めた宝玉でサッカーのリフティングみたいなことを始めた。一応、お仕置きのつもりなのかも知れないが、あちらさんのメイドもどうやらフリーダム仕様らしい。

 ……どうしてまともなメイドがいないんだ。

「さて、用事も済んだし撤収するか……最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズッッッ!」



 ──お家に帰るぞーッゴーーホーーム!!



 いきなりロンドは大声を張り上げた。

 ミロが顔をしかめて両手で耳を塞ぐほどの大音声だ。もう少しで音響兵器になりそうなほどの叫び声は、水聖国家オクトアードの隅々にまで響き渡る。

 その声が届いたらしい。

 結界内のあちこちにいたバッドデッドエンズと思しき神族の気配がひとつ、ふたつ、みっつ……と消えていく。

 最後のひとつはなかなか消えず、愚図ぐずるように残っていたが──。

「グレーンッ! 帰るっつってんだろ、この利かず!」

 ロンドの一声で渋々と消えていった。

 気配からして、エンオウと戦っていた首なし野郎のはずだ。

 グレンという名前に“アシュラを終わらせた男”を連想するツバサだが、名前の響きだけならよくありそうなので同一人物か計りかねた。

「んじゃなツバサの兄ちゃん。今度会う時は全面戦争……の前に告知してやっから、そん時にお互い自由時間でもあれば一杯やろうぜ」

 言いながらロンドは道具箱インベントリに手を差し込む。

 亜空間のそこから取り出したのは、やたら刺々しいデザインのナイフ。センスもさることながら、ナイフを構成する独特の鋼材に見覚えがあった。

 あれは――アリガミの七支刀しちしとうと同じものだ。

 ロンドはそのデザインナイフで背後の空間を切り分ける。

 アリガミの過大能力と同じ効果を発揮するのか? 彼は過大能力を物質化して、小分けにすることで仲間に使わせることもできるらしい。

 ……おかげで謎がひとつ解けた。

 絶えず真なる世界ファンタジアを転移していると目されているバッドデッドエンズの本拠地だが、構成員はどうやって帰還しているのか不思議だった。

 だが、これで合点が行った。

 アリガミの過大能力オーバードゥーイングを合鍵に使っているのだ。

 幹部に引き立てられるだけの能力だ。名指しこそしなかったが、「この場の仲間を全員帰してくれ」というのは、そういう意味・・・・・・も込みだった。

 アリガミには――計り知れない利用価値がある。

 取引内容自体は文句の付け所がなかったが、アリガミを返してしまったのは痛いかも知れない。彼の有用性を知らしめるために、ロンドはわざわざナイフを取り出して空間を切り裂き……つまり、見せびらかしてきたのだ。

 ロンドはミレンを引き連れ、次元と空間を越える通路へ入っていく。

 去り際、ロンドはこちらに振り向いた。

「ああ、それとな――こいつ・・・は取引のオマケだ」

 手にしたデザインナイフを、ポーンと空へ目掛けて投げ上げる。

 ナイフはクルクルと回転しながら、空間を切り上げていくように上っていき、やがて切り裂かれた空間の反対側へと消えてしまった。

 即ち――次元の向こう側へだ。

「まさか……次元の裂け目も作れるのか!?」

 嫌な予感にツバサが身構えると、悪い予感として見事に的中した。

 次元の外からこちら側へ押し破るように、次元の裂け目が何倍にも大きく開き、見たこともない蕃神ばんしんが顔を覗かせる。

 いや、もはや突っ込んできたと表現するべきか。

 最初は不定型な百足むかでかと思ったのだが、よく見ると真っ黒なアメーバ状の肉体をしており、その中に無数の細かい光を放つラメのようなものが煌めいている。身体を細長く引き延ばしながら、無数の触手を節足類せっそくるいのように伸ばしているのだ。

 アメーバーみたいな癖に、体表が玉虫色に瞬いていた。

 全長は――裂け目から飛び出した分だけでも数百mに及ぶ。

 大蛇おろち鎌首かまくびをもたげるように、上半身をたわめてから飛びかかってきた。

「来る途中にちょっかいかけといたんだ」

 後始末よろしくー♪ と手を振りながらロンドは去っていく。

 空間の裂け目へ逃げるロンドに、ツバサは罵声をぶつけてやる。

「このっ……極悪オヤジがーッ!?」

 よく言われるよー、と微かに声が聞こえたのが最後だった。

 ロンドを追いかけてる暇はない。

 この降って湧いた蕃神の襲来をどうにかせねば、水聖国家オクトアードはおろか異相を食い破られて、真なる世界ファンタジアにまで侵攻されてしまう。

 幸いにも、まだ魔法の女神イシスモードを解除していない。

 色空掌しきくうしょうで消し去るか? 空色掌くうしきしょうで二次元空間に封じ込めるか?

 ……などと迷うこともなかった。

「縫い止めろ――拘束杭ホルド・パイル

 極太の気でできたパイルが、長く伸びる蕃神の胴体に何十本も突き刺さった。アメーバーじみた肉体ならやり過ごせそうなものだが、蕃神はのたのたと伸ばした触手を振り回すことぐらいしかできなくなっている。

 空間そのものに杭を突き立て、蕃神の動きを見事に封じていた。

 軍師気取りのハーレム男が駆けつけてくれたのだ。

 その蕃神の巨体が――細断される。

 一瞬にして散り散りに斬り刻まれ、その小さく切断された断片も酸を浴びたかのように白煙を上げてちりとなる。完膚なきまでに消滅していた。

久世一心流くぜいっしんりゅう――崩山ほうざん

 文字通り、山をも切り崩す斬撃を放った剣豪は、得体の知れない怪物を斬り捨てた愛刀を振り払うと、パチリと鯉口こいくちを鳴らして鞘に収めた。

 飲んだくれの穀潰しニート用心棒も、こういう荒事では頼りになる。

「大丈夫か、ツバサ君、ミロちゃん」
「まあ心配無用かと思ったが、用心棒として働いておかないとな」

 軍師レオナルドと剣豪セイメイ。

 蕃神の出現を察知して、現場に急行してくれたらしい。

 ツバサもそうだが、この程度の蕃神なら瞬殺できるくらい仲間の腕も上がっているようだ。過信したくもしてほしくもないが、頼もしい限りである。

「……いや、助かったよ2人とも」

 こっちも立て込んでてな、とツバサは一息ついた。

 気付けば嫌な汗が頬を伝っていたので、思わず手の甲でぬぐっていた。

 珍しく疲労感が押し寄せてきたツバサは、魔法の女神イシスモードを解除しており、いつもの神々の乳母ハトホルに戻っていた。

 真っ白な銀髪が黒くなり、ブライダルウェアが赤いジャケットに変わる。

 そして乳房の膨満感は戻らない。ブラもキツいままだ。

 とうとうMカップのブラジャーか……ツバサは遠い目になってしまう。

「……そんなことはどうでもいい! アーッ、疲れたぁ!」

 思わず雑な大声を上げてため息をつくと、ドッと冷や汗があふれてきた。

 疲れの正体はわかっている。ロンドのせいだ。

 前述の通り、あいつはありとあらゆるものを滅ぼしても滅ぼしたりない、滅亡の化身が人間という服を着て歩いているようなものだ。いつ何をしでかすかかわらないため、極上の緊張感が途絶えることがなかった。

 いつ何時、どんな滅びが訪れても対処できるように……。

 そうして気を張り続けていたツバサは、久方ぶりに疲れ果ててしまった。

「あれが最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズの親玉か……納得だな」

 真性の怪物モンスターだ――この一言に尽きる。

「親玉って……やはりあの気配、ロンドが此処ここに来ていたのか?」

 驚きを隠せないレオナルドにツバサは物憂ものうげに頷く。

「ああ、ついさっきまでな……色々と取引もした。そのことについては後で詳しく話すから…………ん? おい、ミロ、どうしたんだ?」

 ミロはロンドが消えた方角を見つめていた。

 デフォルトのアホの子の顔でもないし、怒りに駆られた表情でもない。

 透明な――すべてを見透かす瞳をしていた。

 こういう時、ミロは直感と直観という固有技能スキル相乗シナジー効果を発揮しており、未来を読み解くようなことを言い放つ。ある種の予言に近いものだ。

「あのオッサン……やり過ぎ・・・・だよ」

 敵がいっぱい、とミロは淡々とした口調で述べた。

「穂村組も日之出工務店も、そして四神同盟もそうだけど……絶対に怒らせちゃいけない人を怒らせてる。その人は、あいつらをメチャクチャ怨んでいる」

 その怒りは――きっとアタシたちの助けになる。

 やり過ぎ、敵を作りすぎているという意見は激しく同意できる。

 名前を挙げた2つの組織、穂村組と日之出工務店はロンドの部下と激しくり合った結果、四神同盟に合流してくれたようなものだ。

 即ち、ミロが言いたいことは――。

「バッドデッドエンズに恨みを持つ協力者が現れる……ってことか?」

 その人物は強く、そして激しい怒りを溜め込んでいる。

 そいつは今――何処どこにいるというのだ?

   ~~~~~~~~~~~~

 同日どうじつ――某所ぼうしょ

 見渡す限りの砂漠は、西の空に沈みかけた真っ赤に燃える太陽によって、血塗られたような紅に染まっていた。ところどころ、湿り気さえ帯びている。

 本当に血みどろに染まっているだけだった。

 砂漠のそこかしこに血溜まりが生じており、ミンチを通り越して液状になるまでり潰された肉片が混ざった大量の血液は、その粘り強さから砂に染み込むスピードがとても遅く、いつまでもジュクジュクと吹き溜まっていた。

 夕暮れ時の風が吹いてくる。

 砂漠は昼と夜で寒暖差かんだんさが激しい。この風はその前触れだ。

 吹いてくる冷たい風が砂を巻き上げ、元が誰かもわからぬほど血溜まりになるまで無残に殺された死体を覆い隠していくだろう。

 死屍累々ししるいるいと転がるのは――最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズ

 その三番隊“チーム・ゴリアテ”と名乗っていた。

 8人いた巨漢きょかん巨女きょじょは、何も言わない砂の染みとなっていた。

 残っているのはチーム名にもなったリーダー、偉大なるロンド様に世界を滅ぼす9人として選ばれた終焉者エンズの1人。

 ――ゴリアテ・ウルリクムミ。

 全長5mを越える鉱石の肉体を持つ岩石人間のゴリアテは、目の前に立つ男にどのような対処を取ればいいのか思い悩んでいた。

 白ずくめの――拳銃使いガンスリンガー

 真っ白いロングコートを砂漠の風になびかせ、青みの強いロングヘアもバサバサと風にたなびいている。無表情からは何を考えているのか窺い知れず、その視線もかけた丸眼鏡の光加減で読み取ることはできなかった。

 こいつが、バッドデッドエンズ三番隊をたった一人で壊滅に追い込んだ。

 残っているのはゴリアテ唯一人である。

 仲間たちは襲いかかる前に散々、暴言や罵詈雑言ばりぞうごんを飛ばしたが梨の礫なしのつぶて

 黙々とゴリアテの仲間をほふるばかりだった。

 話し掛けても情報と成り得る返事をしてくれないのなら、話し掛けるだけ無駄だとゴリアテは謎の拳銃使いへ無言で攻撃を繰り出すことにした。

 地面に足が付いている限り、ウルリクムミは無敵なのだ。

 過大能力オーバードゥーイング――【不動の巨人グローアップエより吸い上キス・トゥ・げし成長力】ウベルリ

 大地の精気を足から吸収することで、毎秒40㎝の速さで鉱石の身体を巨大化させていくゴリアテの過大能力である。

 能力は自身の巨大化に留まらない。

 吸い上げた大地の精気から自分の分身をいくらでも量産することができ、そいつらもまた毎秒40㎝の速さで巨大化していく。10分もあれば巨人の軍団を造り出して、瞬く間に一国を滅ぼすことさえできるのだ。

 正直な話――どのようにして仲間が殺されたのかわからない。

 拳銃使いは目にも止まらぬ早撃ちで、二丁の拳銃を振るっていたのまではわかったのだが、それで仲間がどうやって倒されたのか見当が付かなかった。

 構うことはない――この人海戦術で押し潰してやれ!

 ゴリアテは自ら突貫せず、分身の巨人たちを拳銃使いへとけしかけた。



 タァー……ン! と一発の銃声が鳴り響く。



 我に返った時、ゴリアテは首だけになって宙に浮いていた。

 目の前には拳銃使いがこちらに手を伸ばすような、不自然なポーズでそこにいる。視界もなんだかおかしい。いつもより狭く感じた。

 ゴリアテは状況を理解するのに時間を要した。

 まず、自分は首から下の胴体を失い、宙に浮かんでいる。

 その真下には拳銃使いが手にした輪動式拳銃を、空に向けて突き上げるように構えており、銃口はゴリアテの右目へえぐるように突き込まれていた。

「……………………何が起きたッ!?」

 思わずゴリアテは口走ってしまった。

 造ったはずの巨人の軍団も壊滅しており、跡形もないほど打ち砕かれ……いや、撃ち抜かれたことで砕かれている。自分の身体、その残骸も同様だ。

 銃声は一発しか聞こえなかった。

 なのに、この惨状はどうしたことか!?

 まるで超常的な威力を秘めた未来世紀のバルカン砲によって、何億発もの弾雨だんうを浴びたような破壊状況である。二丁の拳銃でできる所業ではない。

「……聞きたいことがある」

 初めて、拳銃使いガンスリンガーの男が口を開いた。

 質問の言葉を投げ掛けるその声はとても重々しく陰鬱いんうつだった。

 言外げんがいに「答えなければ殺す」という感触を盛り込んできたので、ゴリアテは引き千切られた喉をゴクリと鳴らして、男の問い掛けを待った。

「前髪で隠した片目を赤く燃やす……黒ずくめの男」

 知っているか? と拳銃使いは問うてきた。

 その男なら知っている。

 ゴリアテは三番隊、彼は一番隊、バッドデッドエンズの中でも隊番号が近いので顔見知りだ。エリート集団の一番隊を率いる優秀な男だと聞いている。

 し、知っている……どもりながらゴリアテは答えた。

「そいつの名は……リード・K・バロール」

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズの一番隊を率いる隊長だ――。

「リード・K・バロール……間違いないな?」

 復唱する拳銃使いにゴリアテは頷いた。首だけで拳銃に突き上げられている状態だが、必死になればこんな有り様でも頷くことくらいできるらしい。

「あ、ああ、間違いない! 教えたんだから、命だけは……」

 助けてくれ、とゴリアテは言葉を続けられなかった。

 拳銃の撃鉄が上がった。カチリ、と独特の振動が潰れた眼球に伝わる。

「――あばよ」

 拳銃使いガンスリンガーの別れの言葉がゴリアテの耳朶じだを打つ。

 頭の中で大砲を発射された衝撃に見舞われたゴリアテは、ここで神族と生を終えることになった。だが、幻視げんしするようにまだ風景が見えている。

 音も聞こえてきた――汽笛きてきの音だ。

 地平線の彼方から汽笛を鳴らして、列車がこちらへとやってくる。

 その速力は凄まじく、豪速といっていい。

 あらゆる悪路を走破して――行く手を阻む障害を踏破とうはする。

 その雄姿を烈車れっしゃと呼び、畏敬をもって讃えたい荒々しさ。

 いわゆる蒸気機関車というやつだ。誰が見ても蒸気機関車だとわかる一般的なデザインだが、従来のものよりサイズ感が2~3倍は大きい。

 客車や貨物車両が大きければ、それを牽引けんいんする機関車両も巨大だった。

 煙突からモクモク白煙を噴き上げて、また汽笛を鳴らす。

 巨大な機関車は何両もの客車や貨物車両を引いて、レールがなければ砂丘さきゅう起伏きふくも激しい砂漠をまっすぐにこちらへとやってくる。

 列車の進む先に――拳銃使いガンスリンガーが立っていた。

 どうやら列車は男を目指して走っているようだ。

 別にき殺すつもりではない。

 蒸気機関車は拳銃使いの横をスレスレで駆け抜けていくと、彼はロングコートをひるがえして、豪速ごうそくで走る列車へ後れを取らぬように飛び乗った。

 その動作も手慣れたものだ。

 手頃な支柱を片手で掴み、両脚を車両へと乗せる。

 拳銃使いは姿勢もそのままにして、車両の中に入ろうとはせず、夕暮れ時の風を浴びるようにしばらく立ち尽くしていた。

 視線の先には砂漠の地平線、蒸気機関車はその彼方へと走っていく。

 しかし、拳銃使いガンスリンガーの眼は違うものを写していた。



「リード・K・バロール……ようやくわかったぞ、かたきの名前が」



 怒りに燃える瞳は、夕暮れの風でも吹き消すことができなかった。


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