想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第15章 想世のルーグ・ルー

第352話:降参と取引とオレ参上

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混沌より滴るものカオス・リキッド №38 凍流しりゅう!」

 極薄ごくうす白刃はくじんとなった青白い液体にヌンの号令が飛ぶ。

 水掻きのある指がマッコウを指し示すと、白刃は空気を凍らせながら舞うように突き進んでいく。その軌跡が薄氷はくひょうとなるほどの冷気を帯びていた。

 マッコウが指示せずとも、餓鬼の群れが人垣となる。

 ノーマルの餓鬼に、黒鱗こくりんで覆われたリザードマンタイプ、そこに鋼の皮膚を持つ餓鬼やミスリルの輝きを持つ甲殻を備えた餓鬼まで加わった。

 多彩な餓鬼はスクラムを組み、自らの身体で高い壁を築いていく。

 ――人は城、人は石垣、人は堀。

 人がいなければこれらのものは役に立たず、人が集まれば城よりも石垣よりも堀よりも強い力となる。人間の結束力を尊んだ武田信玄の言葉だ。

 この後に「情けは味方、仇は敵なり」と、人間関係の大切さを訴える言葉が続くのだが、マッコウには最初の三つで十分らしい。

 餓鬼の人海戦術による防壁。これで防ぐつもりなのだろう。

 凍流しりゅうという白刃が防壁に突き刺さる。

 薄い布を――針が貫く。

 そんな音をさせて突き抜けていく凍流の白刃。

 貫かれた餓鬼は液体窒素でも浴びたように凍結する。白刃は餓鬼の体内を縫うように進んでいき、連鎖反応の如く餓鬼たちが連なって凍っていく。

 鋼の餓鬼も餌食えじきとなるが、ミスリルの餓鬼は別格らしい。

 凍流の刃はミスリル装甲に弾かれ、元の液体に戻ってしまった。

 しかし、それこそ液体窒素を浴びせたかのようにミスリルの餓鬼を凍てつかせる。組み体操の要領で人垣ひとがきの壁を作っていた餓鬼軍団は、大半が身体の芯まで凍りつき、無事だった者も周囲が固まっているため動けない。

 ヌンの目的はこれだった。

混沌より滴るものカオス・リキッド №24 爆酸ばさん!」

 沸々ふつふつと泡立つ液体は、いくつもの棘付き球へと変わる。

混沌より滴るものカオス・リキッド №11 壊結かいけつ!」

 んだ血を思わせる赤黒い液体は、いくつもの細かい針になる。

 細かすぎて霧雨きりさめと見紛うほどだ。

 杖を指揮棒の代わりに使ったヌンは、動きを止めた餓鬼の防壁を指し示す。実際にはその向こう側にいるマッコウに照準を合わせているのだろう。

「――奴らを混沌カオスへ還してしまえ!」

 原初の液体より創られたものの雨が降り注ぐ。

 爆酸という球体は当たると大爆発を起こしながら酸の濁流をまき散らし、壊結は刺さったものの物体としての結合力を解くように崩壊させる。

 餓鬼の壁は爆音とともに山のような煙を噴き上げた。

 過大能力オーバードゥーイングに似ているが、ちょっと違う。

 起源龍のジョカフギスも超強力な結界を張る力を持っているが、あれも過大能力と似て非なるもの。彼女のみが持つ特別な能力だった。

 創世神にまつわる――原始的プリミティヴな力。

 ヌンも創世神の末裔まつえいだというので、受け継いだ能力の一端らしい。

 混沌の液体は様々な効能を発揮し、攻撃手段として用いれば広範囲のマップ攻撃になるようだ。当人もこうした戦法を得意としている感がある。

「ひゅ~~~っ! 対軍たいぐん宝具ほうぐってやつかい」

 危うく巻き込まれるところだぜ、とセイコは冷や汗を拭った。

 あくまでもフリだ。声色こわいろはのんきなものである。

 餓鬼の軍勢の真ん中で大立ち回りを演じていたセイコだが、ヌンが混沌の液体をぶちまける直前に退いていた。

 戦闘に熱中しているように見えて、戦況の把握も抜かりはない。

 場数を踏んでいる証拠だ。穂村組ほむらぐみの面目躍如である。

 ヌンの左脇にはレオナルドがいたので、蓬髪ほうはつ童顔どうがんの巨漢は反対側の右脇へ並ぶように前へ出る。セイコも味方と認めたヌンは会釈で応じた。

 ご老公が助さんと格さんを従えるような構図だ。

「カエルの爺さん、やる前に一声くれても良かったんだぜ?」

 冷やかすようなセイコの苦情に、ヌンはケロケロと喉を鳴らす。

 それから口をパカッと開けて呵々と笑った。

「何を抜かす少年・・よ。わしが事を起こす前に攻撃の気配を察知して、あの場からさっさと離れる準備をしておったではないか」

 遠慮無用じゃろ? とヌンはセイコを評価するように言った。

 全力で混沌より滴るものカオス・リキッドをばら撒いてもセイコならかわせると見込んで、注意することなく放ったというわけだ。

「なんだ、バレてたのかよ。亀の甲より年の功だな」

 セイコは照れ臭そうに太い人差し指で団子っ鼻の下を擦った。

 図体に見合わぬ少年と呼ばれた件はスルーのようだ。ヌンの年齢からすればレオナルドすら小僧扱いしてもおかしくない。

 セイコは敬礼するみたいに右手を額へと押し当てた。

「そんで、あの特大肉団子みたいなオバちゃんはやっつけられたのか?」
「いや、あの人はオバちゃんじゃなくて……まあいいか」

 何やら訂正したそうなレオナルドだったが、説明するのが面倒になったのか途中で諦めた。確か、マッコウは着物で女装した男性のはずだ。

 あそこまで肥満体だと性差がわかりにくくなる。

 人間としてあり得ないくらいの太り方だから余計だろう。

「あれでくたばってくれるなら儲け物なんじゃがなぁ……」
「ええ、こちらとしても幹部の一角いっかくを崩せれば万々歳ばんばんざいなのですが……」

 ヌンは顎の白髭しろひげき、レオナルドは眼鏡の位置を直す。

「「無理だよな――やっぱり」」

 2人が諦観ていかんの声を発すると、戦塵せんじんが晴れてきた。

 爆発するさんによって濛々もうもうと立ち込めていた異臭のする蒸気が、その重苦しさからゆっくり流れていく。その向こうに新たな壁が立ち並んでいた。

 全長5m――大型の餓鬼である。

 身長の高さもさることながら、今までの餓鬼よりも明らかに体格がいい。もはや餓鬼というイメージから逸脱しているが、歯茎を剥き出しにしたけた頬は餓鬼としか思えなかった。そして、特筆すべき点がもうひとつ。

 蛇のように細かい鱗で覆われた表皮。

 その鱗の光沢が、最硬さいこう金属アダマントにしか見えなかった。

 アダマントの餓鬼はヌンたちに顔を向けて横2列で並んでおり、前列に並ぶ者の顔の間を塞ぐように、後列の者が顔を覗かせていた。

 なるべく隙間を防ぐことで、ヌンの広範囲攻撃を防いだらしい。

「ちょっとぉ! 着物に酸が引っ掛かったんだけどぉ!」

 どうしてくれるのよぉこれぇ!? と怒声が聞こえてきた。

 相変わらず即席の輿こしに座るマッコウは、上等な着物の袖にポツポツとできた小さな黒焦げを見付けてはギャアギャア騒いでいた。

 新たな餓鬼に阻まれ、あの程度の被害しか与えられなかったらしい。

 しかも、新手はアダマント製の餓鬼に留まらない。

 更に巨大な餓鬼が親衛隊よろしく、マッコウの近くに侍っていた。

 全長は7mに及び、茫洋ぼうようとしたもやのようなものをまとっている。その奥に黒というよりも闇を凝り固まらせた身体を持った、幽鬼ゆうきの如き餓鬼だった。

 あの餓鬼どもは――特別だ。

 ただそこにいるだけで、周囲の活気エナジーを肌から吸収しているのがわかった。

 マッコウは分厚い唇を歪ませ、苛立ちの歯軋りを鳴らす。

真鋼餓鬼アダマンテスどころか幽玄餓鬼ガイストスまで出す羽目になるなんて……本当に切り札の大放出じゃないの! どうしてくれんのよぉ!?」

 言ったではないか、とヌンは煽るように言い返す。

「切り札合戦をしようではないか、とな」

 先に切り札を出せなくなった方の負け、というルールらしい。

 そんな勝負を持ちかける以上、ヌンには絶大な自信があるようだ。彼の過大能力ともいうべき「混沌より滴るものカオス・リキッド」もナンバリングされている。

 恐らく――№42より上があるはずだ。

 ヌンの振る舞いから推察するに、優に三桁を超えるのだろう。

 次から次とへ新しい混沌の液体を喚び出して優勢を取るカエルの王様に、マッコウは仁王像のように顔中の肉を盛り上げての渋面じゅうめんだった。

 一方、レオナルドは異なる感想を持ったらしい。

「ヌン陛下……もしかして、張り切ってらっしゃいませんか?」
「応よ! ここ数百年で最高に張り切っとるぞ!」

 ヌンは即答で認めた。

 レオナルドに返事をした後、千里眼で様子を窺うツバサのカメラ目線に、ヌンは満面の笑顔で手を振った。こちらに気付いているのだ。

「わしゃハトホル殿の大ファンでな」

 ヌンはノラシンハから千里眼系の技能スキルを学び、真なる世界ファンタジアの様子を探っていたことを明かすと、その過程でツバサたちを見守っていたと打ち明ける。

 無論――戦闘中なので手短にだ。

「彼女と共に戦える日を夢見て、真なる世界ファンタジアに戻ろうとしておったんだが……守りに入った家臣団と揉めてのう。立ち往生を喰らっとったんじゃ」

 面目ない、とヌンはしょげながら謝る。

 レオナルドが推測した通り、内輪揉めで動けなかったらしい。大方「亡命を止めるなら内乱を起こす」とでも脅されたのだろう。

 民を大切にするヌンの優しい性格が逆手に取られたらしい。

「それでも八方手を尽くしてハトホル殿にコンタクトを取り、なんとか同盟にこぎつけないかと四苦八苦しとったら……求めていた勝利の女神から会いに来てくれるとはなんたる僥倖ぎょうこう! ここで張り切らなきゃすたるじゃろ男が!!」

 ヌンは両手の投げキッスでアピールしてきた。

 ツバサと同じく千里眼でそれを見ていたミロは、ツバサの背中に抱きついたまま顔を覗き込んでくると、恒例のグッドサインではやし立ててきた。

「ツバサさん、またまたファンが増えるよ! やったね!」
「俺、おまえほどファンサービス上手うまくないから心中複雑なんだが……」

 ツバサは恥ずかしげに片手で顔を隠した。
(※もう片方の手はアリガミを閉じ込めた水晶を持ってる)

 愛想笑いをしてやりたいところだが、どうしても苦味が混ざってしまって頬を染めた苦笑いにしかならない。ヌンと対面するまで、どうにかして外交に適した笑顔を取り繕えるようにしておかないと……。

「ちゃんと笑えるように表情筋ほぐしといてあげるね♪」
「そこはおっぱいだ」

 当然のように乳房を揉もうとしたミロに肘鉄を落とす。

 ポピィ!? と悲鳴を上げたミロは、頭を抑えて静かになる。

「というわけで――わしはやるぞ!」

 カエルの王様はオーラが炎をかたどるまでに燃えていた。

「ハトホル殿にいいところを見せる大チャンスじゃ! 授業参観に大好きなお母さんが綺麗なべべでやってきてくれた子供くらい張り切るぞ!」

 セイコは太い腕を組んで、太い首を傾げる。

「それ、一般的な男の子にゃ恥ずかしさの拷問じゃねえかな?」
「マザコン男子はからかわれる定めにあるからね」

 レオナルドの腕を組んで賛同していた。ツバサもなんとなくわかる。

 とにかく――もはや疑いようはない。

 あのノラシンハとは旧知の仲で、ツバサと一緒に戦いたいと主張し、LV999スリーナインとも渡り合える実力の持ち主。これだけ要素が揃えば十分だった。

 共闘する気概きがいのある神族――ヌンはその1人だ。

 ヌン本人の戦闘能力も図抜ずぬけているが、レオナルドとセイコがいる。

 この戦場は彼らに任せておけば大丈夫だろう。ヌンとの細かい折衝せっしょうもレオナルドなら丁寧に取り計らってくれるはずだ。

 ツバサは千里眼を切り替えると、別の戦場に眼をった。

 剣豪セイメイは――山の近くにいた。

 山の中腹はできたばかりの拳型クレーターにえぐれており、その上空にセイメイを含めて3人の神族が飛行系技能スキルで浮かんでいた。

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズの1人と、この国でもヌンを同列の強さを持つ誰かが戦っていることは気付いていたが、その2人がタイマン勝負をしているところにセイメイが声をかけたらしい。

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズは――誰かわからない。

 大柄なのに柔軟、大型肉食獣みたいな体躯をしている。やたら“獣”ケダモノと書かれた衣を羽織っているが、首がないので人相が判別できなかった。

 ただ、こいつの怒りを誘う雰囲気には覚えがある。

 ろくでなし方面の知り合いかな? とツバサはちょっと鼻白はなじろんだ。

 そいつの首を吹き飛ばしたのは……。

「……ッ! おい、あれって円央エンオウじゃないか?」

 小学生の頃に初めて出会い、高校と大学ではツバサを慕うように同じ学校へ進学してきたカワイイ後輩(意味深)の顔を見間違えるはずもない。その無駄に均整の取れた2m近い巨躯きょくも見忘れるわけがなかった。

 どれどれ、とミロも千里眼を向けると「おっ!?」と声を上げた。

「ホントだ! ツバサさんいち舎弟しゃていのエンオウじゃん!」
「……おまえの脳内だとそういう立ち位置ポジションなのか」

 確かに円央はツバサに忠実だった。

 初対面で「お姉さん」と呼ばれた時、「俺は男だ!」とブチ切れてフルボッコにしてわからせた・・・・・結果、やたら懐かれるようになってしまった。

 数こそ少ないが、ツバサの家にも遊びに来ている。

 そこでミロとも顔を合わせているので、円央のことを「ツバサさんの舎弟」と印象づけたらしい。否定できないのも事実だった。

「だってエンオウはツバサさんの命令なら、1分で午後ティー買ってくるほど忠実じゃん。しかも、ストレートミルクレモンの全セット買ってくるし」

「1分じゃないぞ――最短記録は28.756秒だ」

 大学でパシリをやらせたら、この記録を叩き出したのである。

「更に縮めてんの!?」
「購買部まで相当距離があったはずなんだがな」

 あの巨体でよくぞ、と感心させられる敏捷性なのだ。

 当人曰く「ショートカットしました!」とのことなので、忍者を思わせるような人間離れしたパルクールで、建物を飛び越えて直線距離を移動したらしい。

 二階建てでも三階建てでもお構いなしに飛び越えたのだろう。

(※パルクール=フランス発祥のスポーツ。“移動”に重点を置いたもので、都市部にしろ大自然にしろ、踏破するのが難しい複雑な地形を飛んだり跳ねたり登ったりと全身を駆使して立体的に突き進む)

 目撃されたら天狗と勘違いされたかも知れない。

 円央が生を受けた山峰一族は、ツバサの師匠によれば「天狗の末裔」という話なのだが、あのインチキ仙人の証言なので眉唾物まゆつばものである。

 なんにせよ、運動神経と身体能力はお墨付きな男だ。

 首を吹っ飛ばした最悪にして絶死をもたらす終焉を放置して、円央はペコペコとセイメイに頭を下げて挨拶する。セイメイも円央とはアシュラ時代からの知り合いなので、鷹揚おうようにヘラヘラと応じていた。

 十中八九――円央はこちらの味方と見做みなしていい。

 経緯けいいこそわからないが、ヌンに力を貸していたに違いない。彼の誠実かつ実直な性格は、後輩として世話を焼いてきたツバサがよく知っている。

 セイメイも円央と話を合わせてくれるはずだ。

 首を失った何者かの生命反応はまだ潰えてないが、あの2人に任せておけば問題はなさそうだ。見たところ、円央もLV999スリーナインまで鍛えてある。

 ヌンの対面に続いて、カワイイ後輩との再会か。

 思い返してみれば円央のツバサに対するリスペクトは、熱狂的なファンみたいなところもあったので、ファン2人と相対するようなものだ。

 ……暑苦しそうだなぁ、と気後きおくれしてしまう。

 早急に案ずるべきは、この水聖国家に暮らす国民の安否。対処すべきはバッドデッドエンズの精鋭部隊の討伐。これらに注力しなければ。

 頭を悩ませているツバサの胸が、ふと軽くなった。

 肩まで引っ張られる重みが楽になったかと思えば、背中から抱きついていたミロが両手を回して、ツバサの爆乳をすくい上げていたのだ。

 考え事で隙を見せたらこれだよ。

「うはーッ♪ これがMカップの凄み……いや重みかぁ! ハトホルミルクとかのせいで徐々に大きく重くなってたのはなんとなく察してたけど、ううっ……そろそろ片手でポヨンポヨン弾ませるの限界かも……ダプンダプンだよこれ」

「……さっそくセクハラを楽しむのかアホの子おまえは」

 真面目に考えているのがバカらしくなる。

 超大型のゴムまりで遊ぶかのように、ツバサのおっぱいをもてあそぶ。しかし、さすがに本腰は入れてこない。それくらいの場は弁えてきたようだ。

 この程度のイタズラでも甘い快感は湧いてくる。

 だが、気持ちよさに喘ぐ声を漏らすこともなくなってきた。

 慣れてきた、と一言で済ませるのは簡単だ。それは裏を返せば女神としての自分に適応した証にならないのだから、ツバサは自己嫌悪を覚える。

 女神となった違和感を忘れそうな自分に――。

「ねえねえツバサさん、ホクトさんとカズトラはどったの?」

 ミロに尋ねられたツバサは我に返る。

 ほんの一瞬、女神化したことへふけっていたらしい。

 ミロはまだ千里眼が下手なので、ホクトたちの追跡ができないのだ。乳房をいじられたままだが、ツバサの千里眼は揺らぐことなく彼女たちを追いかけた。

「ホクトさんたちは……城に立ち寄り、そのまま南下したな」

 ホクトはともかく、カズトラはまだ15歳の少年だ。

 いくらLV999まで成長したといっても、このような状況下では1人で行動させるのにいささか不安だったので、ホクトとコンビで動いてもらった。

「ホクトさんに子守を頼んだようなもんだよね」
「ああ、俺がおまえにアホをさせないよう見張ってるのと同じだ」

 カズトラを子供だとディスるミロに、「おまえもだぞアホ」とストレートに言ってやる。ミロは不満そうに「ちぇーっ」とふて腐れた。

 ミロに比べれば、カズトラはマシな部類だ。

 それでもまだまだ子供ではあるし、頭に血が上りやすい性分なので大人の引率が欲しいところだ。ホクトは沈着冷静なメイド長なので安心して任せられる。

 カズトラも「ホクトの姐さん!」と慕っているので関係は良好だった。生意気盛りなのに目上へ敬意を払えるカズトラはちゃんと礼節を弁えている。

 彼女ならカズトラを上手に御してくれるはずだ。

 ホクトたちは南の離島へ向かっていた。

 ヌンの孫たちに当たる王族は短距離ワープを繰り返して、1人でも多くの国民を離島へと避難させている。国民たちも良くしたもので、自らの足で離島へ向かいつつ、ワープに適した人数でまとまって行動していた。

 南の離島には――強力な結界が張られていた。

 その結界を張っているのは誰あろう……。

「――円央の紅葉もみじちゃんじゃないか。彼女もいたのか」

 円央の妹分を見付けたツバサは声を上げた。

 円央がアルマゲドンをプレイしていたのはまだわかるが、彼女までいるとは予想外だった。しかし、ミロはまったく正反対のことを言う。

「モミジちゃん? エンオウがいるんだから当然でしょ」

 あの――エンオウの婚約者フィアンセじゃん。

 自分たちもそうだ、と言わんばかりにミロはツバサに抱きついてきた。

 親密度を密着することで表しているらしい。

 そういえば紅葉がよく主張していた。

『私は若旦那の許嫁いいなずけです。大旦那さまとお師匠さまが決めたです』

 大旦那さまとは円央の父親のことで、紅葉にとってお師匠さまとは円央の母親のことだ。2人の関係を取り決めたのは山峰家の両親だという。

 実は紅葉は孤児だったそうだが、円央の母親に何らかの素質を見出され、養子として引き取られると弟子になり、円央の許嫁に選ばれたそうだ。

 山峰家は複雑な環境だとは聞いたが……。

「そんな彼女が、この国の避難先となっている離島を守っているのか」

 これは――確定であろう。

 円央と紅葉は、何らかの理由でこの水聖国家オクトアードに辿り着いた。ヌンに助けられた恩でもあるのか、この国を守るため手を貸しているに違いない。

 紅葉もまたLV999の魔女として成長している。

 彼女の展開させる結界はちょっとやそっとじゃ破れまい。

   ~~~~~~~~~~~~

 ――ラセフィナ島。

 水聖国家オクトアード唯一の離島である。

 本島とは立派な大橋が渡されることで繋がっており、普段は人が近寄ることもなく、手付かずの自然が残された緑豊かな小さな島である。

 ただし、有事の際には避難場所となる。

 このため王家の管理下に置かれていた。シェルターや防空壕の設置、避難民が過ごすための簡易テントの用意や、そのテントを設営するための広場の確保、非常食の備蓄、数万人が数日は生活できるための施設が整えられていた。

 島へ渡るための大橋にはランダがいた。

 バッドデッドエンズ精鋭部隊――【凶軍】きょうぐん

 その一人、ネムレス・ランダ。

 美貌の下半分をエキゾチックなフェイスベールで隠した、医師ともナースともつかない独特なファッションで着飾った美女である。

 彼女はそっと手を伸ばすが、見えない壁によって弾かれてしまう。

「結界……それも並々ならぬ強固さですか」

 困りましたね、とランダはしわが寄らない程度に眉間を凝らした

 結界は離島へと至る大橋の半ばくらいからグルリとドーム状に取り囲んでおり、空から飛び込もうとも海の底から潜り込もうとも侵入は不可能。

 その結界を張るあるじがランダの目の前にいた。

 モミジは結界の内側に佇み、冷ややかな眼でランダを見据えている。

 和装を可愛らしくアレンジした衣装に身を包み、頭には魔女らしい帽子を被っている。愛用の丸眼鏡は絶妙なアクセントになっていた。

 もうひとつ――ファンションが追加されている。

 モミジは羽衣はごろものような布をまとっていた。

 よく見るとそれは高密度の呪文が細かい文字でびっしりと記された巻物で、羽衣としてまとう分だけではなく、モミジを十重二十重に取り巻いていた。巻物の総数は20を下らないだろう。

 それぞれの巻物は膨大な魔力を生み出している。

 これらがランダたちを食い止める結界を構築しているのだ。

 モミジの張り巡らせる結界は何十層にも重ねられており、ひとつひとつが強力なのもさることながら、それぞれに異なる属性防御を付与してある。

 他の結界と連携することで強化するのは言わずもがな。

 結界を切り裂く能力や、空間を飛び越えることで結界無効化を図る能力への対策も施されており、LV999が束で襲ってきても防ぐ自信があった。

 その結界へ挑む者がいる。

 ランダに付いてきた少年、オセロット・ベヒモスだ。

 小柄で痩身そうしん陰鬱いんうつな表情を差し引けば紅顔の美少年で通じるだろう。

 ランダの後ろでしゃがんでいたオセロットは、彼女の手が弾かれると同時に中空へ跳び上がり、ボソボソと聞き取りづらい声を発した。

「いただき……ます……」

 彼のパーカーには、至るところにジッパーがある。

 それらが指で摘ままずともひとりでに開いていくかと思えば、見る間に人の口へと早変わりしてボコボコと膨張していった。体積を増幅させた巨大な口は、口しか持たない異形の大蛇となってスルスル伸びていく。

 まるで多頭蛇ヒュドラのような有り様だった。

 過大能力――【万物を暴ボトムレス・食する果イーター・無の胃袋ストマック】。

 暴食の力がいくつもの鎌首をもたげ、結界を食い破らんとする。

 だが、モミジはこれを防いだ。

 彼女の張り巡らせる結界の表面には、何十枚もの分厚くて大きな円盤が巡回するように滑っていた。それらの円盤が迫ってくるオセロットの大口に合わせ、結界に噛みつく前に受け止めたのだ。

 古代の銅鏡を模した円盤を、オセロットの歯は噛み砕けない。

 悔しそうに歯噛みする大口を引き戻して、オセロットはランダの手前へ戻ってくると、困ったように小さく呻いた。

あれ・・、硬いな……歯応えあるどころじゃない」

「アダマント鋼もイケるオセロット君でも噛み砕けませんか」

 弱りましたね、とランダは呟いた。

 呟きながら右足の先端を軽く持ち上げると、すぐに下ろしてタンと足を鳴らした。その瞬間、家臣団を全滅させた波動が広がっていく。

 過大能力――【髄までハード・掻き毟れスクラッチ・忘却せし心傷マインドスカー

 波紋のように広がるそれを、モミジの結界は当然の如く跳ね返す。

「やはり、私の過大能力オーバードゥーイングも潜り抜けられませんか」

 当たり前です、とモミジは幼い顔付きながら不敵に微笑んだ。

「生まれた時から魔女だ鬼女だと恐れられた私を舐めるんじゃないです。魔法系統なら誰にも負けないって自信があるです」

 その才能を“最後の魔女”であるお師匠さまに見出された。

 だからこそモミジは山峰家によって拾われ、人並み以上の幸せにあずかることができたのだ。大旦那さまやお師匠さまには感謝してもし足りない。

 魔女と嫌われた自分に――人間の幸福を教えてくれたのだから。

 無論、若旦那への恩義も忘れていない。

 こんな自分を許嫁いいなずけと認めてくれたのだから……。

「魔女? 鬼女? あなた、面白そうな星の下に生まれたのかしら……」

 ランダが期待を込めて舌舐めずりする。

「あなたの暗い過去……解剖してみたいですね」

「……趣味の悪い過大能力オーバードゥーイングです」

 モミジは軽蔑の眼差しでランダに言い放った。

 結界を挟んでランダとにらめっこを始めて大分経つが、モミジから声をかけるのはこれが最初だ。その間、ランダは何度も過大能力を使っている。

 結界を侵食しようとする波動。

 いや、ランダの発する波動は目くらましに過ぎない。

 結界越しに分析アナライズしたモミジは秘密を説き明かす。

「その波動に触れたら悪影響があると思い込ませておいてその実、恐ろしいレベルの隠蔽いんぺい能力を隠れ蓑にした見えない触手を伸ばしてるですね」

 この不可視ふかしの触手が凶悪なのだ。

 触手は誰にも悟らせることなく精神へ潜り込み、その人の記憶を紐解ひもといていくと、人間であれば必ず抱えている心の弱い箇所を探り当てる。

 哀惜、悲哀、憤怒、羞恥、恥辱、屈辱、鬱屈……。

 そうした思い出したくもない記憶を刺激すると、数秒で何兆回も繰り返し思い出すように仕向ける。過剰すぎるフラッシュバックによって引き起こされる精神的ダメージは凄まじいものだ。

 この破滅的な精神的外傷トラウマを――肉体へと裏返す。

 精神的ダメージが反転し、肉体を物理的に破壊する力となる。

 ランダの波動を浴びた者は見えない触手に心の奥底を探られて、覚えのない古傷を内側から破られるようにして死んでしまう。

「心を壊すことで身体も壊すなんて……心を一度殺した上で、更に肉体まで殺しているようなものじゃないですか! そこまでやる必要がありますか!?」

「あら――確実に殺せるじゃありませんか」

 モミジが浴びせた抗議の言葉に、ランダは平然と答えた。

「完膚無きまでに殺すなら心臓と頭を両方とも潰すでしょう? 似たようなものです。心と身体をしっかり壊せば二度と立ち上がれませんからね」

 嬉々として語るランダに戦慄するモミジは絶句した。

 構うことなく魔の女医は瞳をすがめる。

「決して悟られぬようにと、ただでさえ見えにくい触手にわざわざ隠匿いんとく系や隠蔽いんぺい系の技能スキルも重ね掛けしておいたのですが……あなた」

 良い目をしてますね、とランダは褒めるように言った。

「魔女、と仰いましたか? あながち法螺ほらというわけでもなさそうですね」

 ランダは数本のメスを取り出すと、ジャグリングでもするかのように片手で宙に舞わせて手慰てなぐさみとする。ナイフ使いの練習風景のようだ。

 そして――持論じろんを語り出した。

「殺すなら徹底的がいい。それも反撃されることなく、無抵抗なまま速やかに殺すのが最適です。ですが私の心情として、生ある自分に絶望するほどの苦悶を味合わせてやりたい……それを突き詰めていった結果がこれです」

 記憶の闇を掘り起こし――過剰に回想させることで心身を責め殺す。

 理解できない、とモミジは胸の奥で呻いた。

 ランダの発言には迷いはない。他人の心を再起不能になるまで壊した挙げ句に殺すことを、「自分の使命である」と信じ込んでいるような論調だった。

 物静かな喋り方だが、その奥には快楽の隠れ味が垣間見える。

 モミジの人生経験はまだ17年ほどと短いものだが、残念なことにこういう手合いと出会すことが多々あった。だからこそ、わかってしまうのだ。

 この人に――まともな言葉は通じない。

 彼女の人生に何があったかは知る由もないが、人を責め殺すことを自身の使命と確信しているほどの自負を感じられた。

 若旦那が戦っているグレンという男も同類だった。

 アイツも「オレぁ殺すことが大好きだ」と、公言する人でなしの代表格みたいなことを言っていた。倫理のたがが外れているのだろう。

 人間の姿をした――バケモノだ。

 こういう手合いには何を言っても無駄である。

 自分の行く道を曲げることはない。部外者のモミジが「人として~」と説いたところで、聞く耳をもつどころか鼓膜にさえ届いてないはずだ。

 そうした意見は――シャットアウトしている。

 説得めいた言葉を投げ掛けても通じないし、鬼! 悪魔! 人でなし! と罵ったところで「はい、そうです」と肯定されて終わってしまう。

 問答するだけ無駄だと察した。

 モミジが言い返してこないので拍子抜けしたのか、ランダはほんの少しだけ小首を傾げる。男ならコロッと勘違いしそうな色気のある仕種だ。

 やがて、自慢するようにランダは話を続ける。

「別に壊すだけが能じゃありませんよ」

 ランダの背後から触手が放射状に伸びてきた。

 仏像の背中を飾る後背こうはいのようだが、モミジには獲物へと手を伸ばす獰猛なイソギンチャクの触手にしか見えない。思わず身震いしてしまう。

「心の有り様が変われば人も変わります。恐怖心を取り除いてあげれば、怖いもの知らずの人となり、愛や情を切除してあげれば、情け容赦ない人となる……戦士として相応しい心構えを持つ人格に早変わりです」

「それって洗脳どころじゃない……人格改造じゃありませんか!」

 きっと人格に留まるまい。

 人の心を破壊することで肉体をも破壊できるランダならば、人間の意識や精神に手を加えることで、人体改造すらも易々と行えるはずだ。

 恐らく、神族や魔族すらもお手の物だろう。

 悪鬼外道を目の当たりにして、モミジは怒りに震えた。

 山峰家で大旦那や師匠に厳しく躾けられて良かった。真っ当な人の道というものを教え込まれて本当に良かった。モミジは育ての親に感謝する。



 さもなくば――こう・・なっていたに違いない。



 怒り心頭のモミジを、ランダは眼を弓なりに細めて煽ってくる。

「興味がお有りのようですね。時間があれば実験体やその過程にある検体をご披露してあげるところなのですが、あいにく今日は多忙を極めております。どちらも連れてきてなくて……でも安心してください」

 完成体・・・がそこにいますから、とランダの流し目を横に送った。

 彼女の視線の先――オセロットが宙を舞っていた。

 過大能力――【万物を暴ボトムレス・食する果イーター・無の胃袋ストマック】。

 いくつもの大口が多頭蛇ヒュドラとなって群がってくる。

 モミジは結界表面を滑る銅鏡型の防壁を操り、それらの大口を一つも残すことなく防ぎきった。しかし、オセロットは執拗に食い下がる。

 多重結界や銅鏡型の防壁が、あちこち削り取られてしまった。

 被害としては軽微だ。すぐ修復させられる。

 オセロットは再びランダの隣へ着地し、申し訳なさそうな声を出す。

「あれ、やっぱり硬い……噛み切れないよ」

「私の過大能力オーバードゥーイングでも介入できない結界ですからね。私たち二人掛かりで攻め立てても、この結界は破れないと見るべきでしょう」

 これ以上は不毛ですね、とランダは諦めるような素振りを見せた。

「アリガミさんやグレンくんならあるいは……いえ、不用意に頼るのはいけませんね。彼らには彼らの職務というものがあるのですから」

「……なら、どうするですか?」

 応援を呼ばれようともモミジのやることに変わりはない。

 何人の侵入も許さない多重結界を維持するのみ。外の戦闘は若旦那とヌン陛下にお任せする。あの2人なら対戦相手を数分でマットに沈めて駆けつけてくれるとモミジは信じていた。それくらい、彼らは強くて頼れるのだ。

「面倒ではありますが――致し方ありません」

 思わずモミジは目を見張る。ランダがとんでもない手段に出たからだ。

 不可視の触手が倍増する。

 そして伸びる。グングンと限界知らずに伸びていく。

 それは古びた洋館を覆う不吉なつたのように、どこまでも繁茂はんも伸長しんちょうを続けていき、野を越え川を越え山を越えて、留まるところを知らない。

「射程が短い、と言ったつもりはございません」

 悪しからず――ランダは勝ち誇った。

 彼女が伸ばす不可視の触手はどこまで伸びるのか知らないが、少なくともこの島国くらいなら余裕で覆い尽くせるほど届くのだ。

 現在、離島には国民の半分ほどしか避難できていない。

 王族の取り成しもあって、モミジは防御結界を担当する神族として離島の防衛を任されており、ライヤたち王家の兄弟は避難民をワープさせるために島中を駆け回っている真っ最中だった。

 つまり、国民のまだ半数が島内に残っている。

 避難民を誘導しているライヤたちも、当然のように離島の外にいる。

 ランダは離島の結界に入っていない住民を狙うつもりなのだ。

「そんなこと私がさせるわけ……ッ!?」

 ランダの暴虐を食い止めるため、モミジは展開させていた術式を防御結界だけではなく攻撃魔法にすることで彼女の触手を断ち切るつもりだった。

 しかし、巨大な口の邪魔が入る。

 このチャンスを待っていたとばかりに、オセロットが無数の大口を伸ばして結界に齧りついてくるのだ。この口は銅鏡型の防壁でないと防げない。

「隙ありだと思ったのに……惜しい」

「この、食いしん坊めッ!」

 ランダはこの少年を“完成体”と言っていたが、そういえばオセロットは感情の揺らぎというものを見せたことがない。まるで人形のように淡々としており、義務的にあらゆるものへ食らいついているだけだ。

 オセロットは何をされた? 人として大事なものが欠落していないか?

 そもそも、この少年は身体構造がいびつなのだ。

「この子……何人分・・・ですか?」

「あら、それも見抜いたのかしら? 本当、いい眼をしているのね」

 ランダの返答を肯定と受け取った。

 正体不明の怖気おぞけがモミジの背筋を駆け上っていく。

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズとは――どういった悪行集団なのか?

 考えはまとまらず、焦燥感しょうそうかんばかり煽られていく。

 触手はオクトアードの至るところまで届きつつあった。このままでは国民はおろかランダの触手に耐性がないライヤたちも餌食となってしまう。

 若旦那やヌン陛下は耐えると思うが……不安は尽きない。

 ランダの目前にいるモミジが彼女を抑えるべきなのだが、下手に攻撃に転じればオセロットに食べられてしまう。モミジは多重結界に全力を注いでおり、少しでも力を削げばオセロットの大口に結界を破られてしまう。

 そうなれば最後――離島の避難民は1人残らず奴らの餌食だ。

『応戦するな。おまえは守りにさえ徹すれば……』

 若旦那の指示が脳裏に甦る。

 確かに、この場におけるモミジの役目は守りに徹すること。そうすれば離島の避難民は守り抜ける。しかし、これから大虐殺を行おうとするランダが目の前にいるというのに、オセロットのせいで手も足も出ないやり切れなさ。

「…………もどかしいです、若旦那ぁッ!」

 身動きが取れないモミジはジレンマから叫んでしまった。

「……ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおらあああああああああああああああッ!」

 モミジの叫びに応えるが如く、雄叫びが聞こえてくる。

 遙か彼方から大気の壁をぶち破りながら音速を飛び越えて、ドップラー効果とともにやってきた。一条の流れ星と見間違えるところだ。

 やってきたのは1人の少年である。

 といってもオセロットよりは年上、やっと高校一年生くらいだろう。

 第一印象はせたおおかみ――そして、神族だ。

 生意気そうな面構えに勝ち気な笑顔を浮かべている。丈の短いジャケットやタイトなズボンからして、若旦那のように格闘系の職能ロールだと思う。

 注目すべき特徴は彼の右腕だった。

 義手なのだろうか、鋼鉄と宝石を複雑に折り重ねたような、不可思議な右腕になっている。ロボットアーム、もしくはサイボーグに近いのかも知れない。

 その右腕を弾頭にして、まっしぐらに突っ込んできた。

 標的は結界に噛みつくオセロットだった。

 しかし風を切る轟音もそうだが、当人も大声で叫んでいるため接近を感知されてしまい、オセロットは振り向くことなく対応していた。

 パーカーから大口の多頭蛇ヒュドラが何匹も生える。

 それらの大口で痩せ狼の少年に噛みつき、食い止めてしまった。

 ミサイル並みの巡航速度だろうとお構いなし、力任せに噛みついて緊急停止させる伸びきった蛇体じゃたいもバネのように利用したらしい。

 自慢と思われる右腕の義手も、しっかり歯で食い止められている。

 真剣白刃取りならぬ真拳白歯しんけんしらは取りか――。

 だが、オセロットの顔に不快感のようなものが浮かんでいた。

 彼が露骨に表情を変えた初めてである。

「こいつ、生身なのに……噛み切れない? 鉄の腕も……なにこれかた

「あたぼうよ! そんな軟弱やわな鍛え方はしてねぇぜ!」

 痩せ狼の少年がべらんめえ口調で吠えると、右腕の義手がメカニカルな効果音を立てて変形する。あちこちに噴射口が迫り上がってきたのだ。

「ガンマレイアームズッ! ドリルスパイラルッッ!」

 痩せ狼の少年は全身を高速回転させる。

 まるで超スピンする独楽こまのようだ。あまりの力強い速さにオセロットの大口はついていけず、弾かれるように振り切られてしまう。

 噛みついているのは義手をくわえた大口のみ。

 それも高速回転する義手に削られて火花を上げている。響いてくる音といい、歯医者さんのドリルを連想させた。両手で耳を塞ぎたくなってしまう。

 オセロットも不快感を覚えたのか、大口がわずかに怯んだ。

 ここぞとばかりに痩せ狼の少年が咆哮ほうこうを解き放つ。

「――バアアアァァァーーーストッッッ!!」

 義手が烈火を噴いた。

 それが爆発的な推進力を生み出し、噛んでいた前歯を根こそぎへし折ると、オセロットの大口を突き抜けて一直線に突進していく。

 穿孔機ドリルの如き回転力を維持したまま突っ込む。

 痩せ狼の少年の撃ち込む鉄拳が――オセロットの横っ面を殴り飛ばした。

 いや、あれは食い込んでいる。

 顔が変形するほど鉄拳を突き込まれたオセロットは、さすがに無感動でいられないらしく目をいている。しかし、鉄拳の威力が強すぎるのかろくに抵抗できず、痩せ狼の少年に殴られるまま突き飛ばされていった。

 痩せ狼の少年も、オセロットを遠くへ吹き飛ばすように飛び去っていく。

 去り際、彼はモミジに振り向いた。

 立てた親指をグッドサインにすると、次いで自分の笑顔を指し示す。ものすごい簡略されているが、十分すぎるハンドサインだった。

『よく守った姉ちゃん! あとはオレっちたち・・に任せろ!』

 言葉こそなかったが、モミジは彼の気持ちを理解することが出来た。

 痩せ狼の少年はオセロットに痛恨の一撃を加えたまま、そのまま音速を超えて飛んでいき、海に突っ込んで盛大な水柱を立ち上げた。

 思い掛けない乱入者――モミジにとっては救いの手だった。

 戦力を削がれたランダはそれどころではない。

「なっ……オセロット君!?」

 嵐の如く現れた痩せ狼の少年に殴り飛ばされたオセロットを心配して、空まで届くほどの水柱へと振り返る。一時、海水の雨が降り注いだ。

 ランダは反射的にナース服の袖で顔を庇う。

 そんな彼女の真後ろに、いつの間にか巨大な影がそびえていた。

 大型メイド――そう表現するしかない。

 199X年に世紀末を迎えた世界で救世主を張れそうな容貌と体格だが、紛れもなく女性である。鋼を織り込んだような筋肉は芸術の域に達しており、メイド服の上であっても波打つ筋肉の隆起りゅうきがよくわかる。

 大型メイドは気配を悟らせていない。

 振り返れば鼻先に胸筋きょうきんがかすりそうな位置に立っているというのに、ランダはまったく気付く気配がない。それほどの隠形術おんぎょうじゅつだ。

 メイドというより――武を極めた達人のような佇まいである。

 彼女が右腕を振り上げて掌を手刀の形に整えれば、それだけで豪刀と見間違えるほどの迫力があった。目で見えるほどの気功力きこうりょくほとばしっている。

 若旦那に勝るとも劣らない地力を感じられた。

万象ばんしょう両断りょうだん――剛斬掌ごうざんしょう!」

 大型メイドは研ぎ澄ませた手刀を振るう。

 一度に見えたそれは瞬時に絶え間なく、多方面へと振り下ろされており、ランダが島中に広げていた不可視の触手をすべて断ち切ってしまった。

 ここでようやく、ランダは大型メイドに気付いた。

「新手ッ!? もう1人ですか!」

 戦闘経験では明らかに大型メイドが格上。

 それでもランダとてLV999。背後に忍び寄っているのを気付くな否や飛び下がって距離を取りつつ、先制攻撃することも欠かさない。

 不可視の触手――今までと凶猛さの桁が違う。

 これまでの触手はイソギンチャクのようにのっぺりと飾り気のないものだったが、大型メイドに伸びるそれは完全に別物だった。

 列を成す吸盤はともかく、鉤爪かぎつめとげのある触手なんて見たことがない。

 イモガイの毒針もここまで猛悪ではなかったはずだ。

 自然界に例えるものが見当たらない凶猛な触手が束となって、野太い柱のように大型メイドへと襲い掛かる。その分厚い胸板を貫き、彼女の心の奥底に潜り込んで、もっとも弱い部分を完膚なきまでに破壊するつもりなのだ。

 しかし、大型メイドは避けなかった。

 必殺技らしき手刀で不可視の触手をズバズバとさばいていたのだから、見えてないはずはない。なのに、大型メイドは回避行動を取らなかった。

 これを勝機と見たランダはほくそ笑んだ。

 その強気な笑みはすぐに崩れ、ランダの美しい横顔に脂汗がにじむ。

 一方、大型メイドは顔色ひとつ変えない。

 硬く引き絞った口元が揺らぐことさえなかった。

 ランダの心の弱い箇所を甚振いたぶる触手は間違いなく決まっているのだが、大型メイドが怯む様子はない。影響を受けているとは思えなかった。

 スッ、と大型メイドはおもむろに手刀を振り上げる。

「届いてませんわよ――あなたの魔手」

 先刻のように、豪刀に並び立つ手刀が不可視の触手を断ち切った。

 ここまで来てランダも「この大型メイドはおかしい!?」と勘付いたのだろうが、状況的には時遅しというやつだった。

 ランダはもう一度後退あとずろうとする。今度は全力だ。

 それよりも大型メイドの動きが速かった。

 彼女は手刀を振り下ろすと同時に踏み込んでおり、その間合いの範疇はんちゅうにランダを捉えていた。手刀とは反対側、左腕の拳はしっかり引き絞られている。

 突き出される豪拳がランダにお見舞いされる。

 避けられない、そう判断したランダは咄嗟とっさに左腕をまっすぐ伸ばすと、掌で大型メイドのパンチを受け止めた。戦闘系の鍛え方をしていない彼女の左腕は、縦に潰されるようにグシャグシャと折られてしまう。

「あっ! ぐぅぅぅうぅ……ッ!」

 しかし、左腕を犠牲のクッションにしてパンチの威力を殺した。

 爆風を伴うパンチの威力に乗って飛び下がる。

 十分な距離を稼いだランダは、医療系技能で複雑骨折どころではない重傷を負った左腕に、手早く応急処置を施していた。

 その間も大型メイドから目を逸らすことはない。

 ランダは憎々しげに、それでいて感心する眼差しを大型メイドに向ける。

「あなた……何者ですか?」

 激痛で震える声を正して、ランダは質問を投げ掛けた。 

「心身ともに鍛えている人間は珍しくありません。でも、あなたは例外すぎる……そこまで強力にプロテクトされた……攻撃的に防御された心の壁……私が処置してきた患者にはいませんでした……まるで、そう、まるで……」

 ――こちらに襲い掛かってくる絶壁。

 処置を終えて右手を包帯まみれにしたランダは、大型メイドの心の強さをそう評した。迂闊うかつに手を出せばこちらが手傷を負いかねないようだ。

 攻撃してくるファイアウォール……攻性こうせい防壁ぼうへきみたいなものだろうか?

「いいえ、私などまだまだ……未熟もいいところですわ」

 すると大型メイドは自嘲気味に呟いた。

 腰を落として揺るがぬように足を踏み込み、両方の拳を持ち上げて構えを取る。これで衣装がメイドでなければ、一流の武道家に見えたはずだ。

 しかし、彼女にはメイド服がとても似合っていた。

「――上には上がいますのよ」

 大型メイドは誰かを思い浮かべながら言い切った。

   ~~~~~~~~~~~~

 クシュン、とツバサはくしゃみをしてしまう。

 ミロが乳房を支えてなければ爆乳がバウンドしたところだ。

 それはそれでアホが喜びそうだが……。

 神族は風邪かぜを引かないし、いくら雪女みたいな魔法の女神イシスモードになっているとはいえ、鼻風邪にかかるような体温になっているわけでもない。

 誰かが噂しているのだろう。

 千里眼で確認したところ、離島の結界を守っていたモミジを襲っていたナースと少年の2人組を、それぞれホクトとカズトラが相手をしてくれていた。

 これで島の住民の安全も一安心といったところか。

 モミジの多重結界は滅多なことで破れないし、それを破るかまだ避難していない住民を害そうとした2人組はホクトたちが抑え込んでくれる。

 戦況的にはこちらの有利に傾きつつあった。

「ツバサさんがこの生首さんを封じ込めたってのも大きいんじゃない?」

 まだツバサの背中に赤ん坊よろしくおぶさっているミロは、こちらの首に抱きつきながらMカップをイジりつつ覗き込んでいる。

 ツバサが右手に掴んだままの――風を結晶化した宝玉をだ。

 その中にはアリガミ・スサノオと名乗る、バッドデッドエンズの幹部を生首だけにして閉じ込めてあった。

 神族・破壊神は首だけでも生き残るタフネスがある

 だからこそ、こういう真似ができるのだ。

 本当の意味で手も足も出ない状態にしておけば悪さもできまい。持ち帰って尋問するにも手頃なので、封印の維持を続けておいた。

 宝玉の内側からアリガミが視線で訴えてくる。

『全然いいとこなしで生首にされて、発言権すら封じられて、さっきからアイアンクローでいじめられて……やり直しを要求しまーす!』

「やかましい、それも人生だ」

 負け犬に許された権利は吠え面をかくことだけだ。

 待遇の改善や、せめて風の宝玉から出してくれと訴えてくるが、油断ひとつで死と滅びをまき散らすような集団の幹部に自由を許すわけがない。

 ツバサはメキメキと音がするまで、アイアンクローで責めてやった。

『ぎにゃあああーッ!? 硬い風に押し潰されるーッ!?』
「そりゃそうだ。風を極限まで圧縮した上で結晶化してるんだから」

 どれだけアリガミが騒いでも、ツバサは取り合わなかった。

 さて――こいつの処遇をどうするか?

 最悪にして絶死をもたらす終焉に関する情報を、ありったけ引き出すことは決定事項である。そのためにはきつめの尋問を科すことも辞さないつもりだ。

 あまり気の進む作業ではないが……。



「なあ兄ちゃん・・・・――そいつを返してくれねぇか?」



 カワイイ部下なんだよ、と気安い声で話し掛けられた。

 ツバサは息が詰まりそうになるほど瞠目どうもくした。

 こうして声をかけられる距離まで、得体の知れない何者かの接近を許したつもりはない。どれだけミロにセクハラをされようが、じんわりとした女性の快感を堪能していようが、ツバサの警戒心は半径数十㎞に及ぶ。

 声の主は――忽然こつぜんと現れたのだ。

 ツバサはミロを背負ったまま背中に庇い、銀髪に染まった髪を操って愛娘を守るための防御壁を形作る。

 その際、髪で作った手でアリガミを収めた宝玉も後ろに回した。

 これらの所作を刹那で終え、同時に振り返る。

 そこに――1人の中年男性がいた。

 悪人とも善人にも見えて雰囲気が定まらない。

 何者も演じきれる七色の演技力を持つ俳優のような風貌ふうぼうの男だ。背が高くスマートなので、場合によってはイケメンと捉えられることもあるだろう。気の良い笑みを浮かべているから尚更である。

 しかし、彼の右手には邪悪が渦巻いていた。

 軽く持ち上げた掌には、小さな黒い粒がいくつも浮かんでいる。

 それはドクンドクンと受精卵のように脈打っており、男がこちらへ腕を突き出す頃には何百倍にも膨張して怪物の大軍勢を生み出していた。

 過大能力──【遍く世界のワールド・敵を導かんエネミー・とする滅亡の権化プロデュース】。

 ツバサは対抗するように右手を繰り出した。

 ――空色掌くうしきしょう

 無数の二次元空間を重ねることで越えられない空間を生み出し、押し寄せる怪物の群れを亜空間に閉じ込めるつもりだったが……。

 一瞬で二次元空間をパンクさせる量の怪物を繰り出してきただと!?

 表情こそ変えないがツバサは内心で舌を巻いた。

 異相のように真なる世界ファンタジアとほぼ同等の広さを持つ二次元空間が、ものの数秒で満杯になってしまった。二枚目、三枚目……と二次元空間を重ねているが、これらも次々と埋め尽くされてパンクさせられていく。

 ならば――色空掌しきくうしょう

 空即是色から色即是空へと転ずる。

 すべてを無に帰する技を繰り出すことで、満杯になった二次元空間を圧縮するように消滅させる。その中を埋め尽くす怪物の群れも一緒にだ。

「噂通りだ、やるねぇ兄ちゃん」

 じゃあこんなのはどうだい? と男は遊び感覚で次の手を打ってくる。

 次に男が持ち上げたのは左手――。

 そこにはキラキラと光る砂金のような粒が何個も舞っていた。

 また怪物の卵かと訝しんだツバサだったが、その正体に気付いて総毛立ち、保っていたポーカーフェイスが崩れるほど驚愕してしまった。

「おまっ、ばっ……反物質ッ!?」

 いつぞやヒデヨシも使った、終末をもたらす最終物質だ。

 ツバサは動揺するよりも「一刻も早く処理!」を優先して、無意識に色空掌を使っていた。反物質を消滅させるのではなく、真なる世界ファンタジアに影響が及ぼさないほど遠くへ、それこそ次元の果てへ転移させることを選んだ。

 男がこちらにばら撒いた反物質を、漏らすことなく何処いずこかへ飛ばした。

 こんな気軽に世界を滅ぼしかねない物を使うか普通!?

 そう怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいのツバサだったが、この男に油断は命取りだ。一挙手一投足を見逃さずに注視していく。

 ツバサと謎の男――両者の実力は拮抗していた。

 ミロも心得ており、ツバサに庇われたまま動こうとしない。

 下手に加勢をすれば邪魔をするとわかっているからだ。それくらいは空気を読める子になったということ……お母さんは感動で目元が潤みそうだ。

 ミロをおもんぱりながらも警戒は怠らない。

 そこへ男とは別の気配を感じ取る。場所はまたしても背後だ。

 こう何度もツバサが背中を取られるなんてあり得ない。こいつらは空間を転移することで、突然現れているとしか思えなかった。

「――失礼します」

 行儀作法を弁えた女の声が聞こえ、蹴りが振り下ろされてくる。

 かかととしというやつだ。

 謎の男を相手取った状況では後ろへ振り向くわけにも行かないが、ツバサなら気配で感じ取れる。どうやって応戦するべきか千分の一秒単位の時間で思案していると、ツバサの背中からミロが飛び出していった。

 剣を抜く暇もないので、珍しく格闘戦で迎え撃つつもりらしい。

 女の振り下ろしてくる踵落としを両手で受けつつ、素通りさせるように受け流すつもりのようだ。教え込んだ合気の流儀をちゃんと消化している。

 だが受け止めた瞬間、ミロは悲鳴を上げた。

「……うわぁ気持ち悪ッ!?」

 言葉の意味はわからないが、その一声でツバサの理性は爆ぜた。

 最大出力で轟雷と爆風を全方位に発すると、謎の男女2人組を牽制しながら後退するように仕向けたのだ。ツバサはミロを庇って大きく後退する。

 これに――あちらも乗ってくれたらしい。

 仕切り直しのつもりなのか、謎の女はミロを気持ち悪がせた攻撃を控え、謎の男も怪物の群れをけしかける攻撃をやめて引き下がっていく。

 轟雷と爆風が隠れ蓑になっている間、ツバサはミロの安否を気遣う。

「大丈夫かミロ!? 何をされた、お母さんに言ってみろ!?」
「ツバサさん、自爆してる自爆してる。落ち着いて」

「これが落ち着いていられるか! 本当になんともないのか!?」

 分析アナライズ走査スキャンを使っても、目立った変化は見当たらない。

 状態異常を洗い流す魔法を幾度となく重ね掛けするが、何度かけても「健康」とか「万全」という反応しか返ってこない。特に異常はないらしい。

 ツバサはホッと胸を撫で下ろした。

「……あービックリした。それで、何が気持ち悪かったんだ?」

「うん、あのメイドさんの蹴りを受けたんだけどさ……」

 ツバサはまだ正体を確認してないが、謎の女はメイド服っぽい衣装を身につけているらしい。その彼女の蹴りを受け止めた途端――。

「普通ならそれなりに痛い! とかバシン! って衝撃を感じるはずなのに……痛いどころか、なんか気持ちいい感覚が伝わってきたの」

 それが「うわぁ気持ち悪ッ!?」という一言に集約されていた。

 痛みを感じるはずの打撃によって快感がもたらされる。

 想定外の感覚を味わったことで脳が混乱して、気持ち悪いと叫んでしまったというのだ。そういう技能スキル、あるいは過大能力オーバードゥーイングなのだろうか? 

 轟雷が落ち、爆風が収まってくる。

 それらを幕として覆い隠していた謎の2人組、その姿を真正面に捉える。

 謎の女は――金髪のフレンチメイドだった。

 クロコやホクトのようなオーソドックスなメイド服ではなく、いやらしさやエロティシズムにポイントを割り振った性的なファッションである。

 あと、やたら針の目立つパンクな装飾品が目立つ。

 澄まし顔の金髪メイドを従えるのは、ツバサが戦っていた謎の男。

 チャラい遊び人風のチョイ悪親父だった。

 一応、スーツらしき物をまとっているが、マフラーをあんなマフィア風に肩からかけているファッションセンスはお目に掛かるのも久し振りだ。背が高くてスタイルが良いから似合っているが、一歩間違えればコスプレである。

 何より――掴み所のない相貌そうぼう

 平々凡々ないい人にも見えれば、平気で嘘をつくサギ師にも見えるし、万人を殺して大笑する極悪人のようでいて、虫一匹殺すこともできずに愛と平和をつらつら語る善良な僧侶のようにも見える。

 ほんの少し顔の角度を変えただけで印象が一変するのだ。

 この捉えどころのない特徴は、かつて同僚だったレオナルドの説明や、家族ごと殺されかけた穂村組のマリの証言と合致する。



 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズを統率する男――ロンド・エンド。



「俺……アンタのこと知ってるぜ」

 ツバサは冷め切った視線でロンドを見据えた。

 精鋭部隊が危機に陥れば出張ってくる可能性が無きにしも非ず……と多少は考えていたが、本当に姿を現すとは思っていなかった。

 親玉のくせにフットワークが軽いな、とツバサは評価を改める。

 ロンドは勿体もったいぶった動作で親指を立てると、オーバーリアクションに上半身を動かしてから、にやついた自分の顔を指差している。

「オレ、参上……ってな」

「それもう古いですよロンド様、ジェネレーションギャップを感じます」

 年を弁えろオヤジ、とメイドは身も蓋もないことを言う。

 おまけにメイドにしては忠誠心が薄そうだ。

 あるいは単に毒舌家なだけか?

 え、そうなの? とロンドの親指がえていく。

「大人気だったしオレも好きだったんだが……そうかぁ、もう伝わらんかぁ」

 残念! とロンドはすぐに切り替える。

「まあ、察しのいい兄ちゃんのことだ。オレが何者か? なんてことはいちいち名乗らなくても承知してんだろ? じゃなきゃ、オレのカワイイ部下たちを追いかけて、こんな僻地へきちまでノコノコやってこねえもんなぁ?」

 そこでだ――ロンドは指を鳴らす。

 パチン、パチン、パチン、と段階的に鳴らしつつ腕を動かして、最終的にツバサを指し示してきた。何かしら話しておきたいことでもあるらしい。

「名乗る前だが……ちょいとワガママを聞いてくれや」



 ――降参させてくんない? 



 そういってロンドは諸手もろてを挙げた。

 は? とツバサはこの時ばかりは戸惑ってしまった。

 ロンドは卑屈ひくつな笑みのまま持ち掛けてくる。

「だから降参だよ降参。この場は負けを認めるから見逃してくんね? もしOKしてくれるなら、そっちが求めるような取引も提案できんだけど」



 どうよ? とロンドは胡散臭い微笑みで口元を緩めた。


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