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第15章 想世のルーグ・ルー
第351話:部下の尻拭いに上司が出張る
しおりを挟む魔法の女神――ツバサの新しい戦闘形態。
戦闘力を底上げする殺戮の女神とは趣の異なる第二の変身だ。この後に第三の形態も控えているので、我ながら忙しない。
……とミロに説明したら「サ○ヤ人だね!」と言われた。
あの種族も強くなればなるほど2とか3とか4とかゴッドとか、色々な戦闘形態に変わったはずだ。確かに相似点はある。
しかし、ツバサが意識したのは「仮面ラ○ダー」だった。
敢えて「平成版以降」という注釈も加える。
殺戮の女神と魔法の女神では、強さの方向性が違う。
今後は状況に応じて使い分けていくと考えれば、段階的にパワーアップしていくサ○ヤ人形式より、仮面ラ○ダー形式が近いと言えるだろう。
いつか最終フォームに到達するかも知れない。
この魔法の女神は、女神マムリ・オウセンから得た新たな力だ。彼女は還らずの都を守る巫女、ククリ・オウセンの実母でもある。
ゆえあってツバサは彼女の魂を譲り受けた。
(※第201話参照、ミロは対となるマムリの夫の魂を受け継いだ)
これは一柱の女神が積み上げてきた魂の経験値を丸ごと譲り受けたに等しく、おかげでツバサは劇的にパワーアップすることができた。
受け継いだ当初は生のままな彼女の力を引き出しており、花嫁衣装な姿に変わったため、ミロに「ブライド・モード」と名付けられた。
あれからツバサなりに工夫させてもらった。
その結果、辿り着いたのがこの魔法の女神モードだ。
殺戮の女神は2つの過大能力を連動させる。
内在異性具現化者は2つ以上の過大能力に覚醒する。ツバサ、アハウ、クロウはそれぞれ2つ、ミサキに至っては3つもの過大能力に目覚めていた。
過大能力――【万能にして全能なる玉体】。
ツバサの過大能力ひとつめ。
肉体美、身体機能、運動能力……肉体面においては万能にして全能、まったく弱点の見当たらない玉体になれる過大能力だ。
過大能力――【偉大なる大自然の太母】。
ツバサの過大能力ふたつめ。
大自然や森羅万象……そういった世界のすべてを司る大地母神としての過大能力である。ただ自然を操るのではなく、ありとあらゆる自然現象の根源となり、自然界のエネルギーを創り出す無限増殖炉となれる能力だ。
この自然を司る過大能力を暴走させる。
地震、落雷、台風、噴火、洪水……こういった破壊的な自然災害をイメージして暴力的に高めたエネルギーによって、もうひとつの肉体を万全に保つ過大能力を激しく活性化させることで、身体能力に超絶的なパワーアップを促す。
これが殺戮の女神モードの仕組みだ。
魔法の女神モードも2つの過大能力を使っているが、ここにマムリの魂が調整役として入り、暴走も連動もさせていない。
2つの過大能力へ圧力をかけ、高エネルギー状態で安定させる。
これを励起というらしいが、アンバランスにならないよう平行であることを心掛けなければならないので、平行励起とかいうそうだ(※フミカ談)。
平行励起させた2つの過大能力。
そこへ更にマムリの魂も加えることで、3つの過大能力を平行励起させたも同然の状態へと押し上げる。そして、マムリの魂が持つ魔力を加速度的に増大させることで、絶大な魔力を発揮できるようになる。
莫大にして膨大にして絶大――天文学的な魔力量。
それを自由自在に扱えるのが魔法の女神モードの強みだった。
殺戮の女神が肉弾戦特化だとすれば、魔法の女神は魔法戦特化と言える。どちらも戦闘系特化だが、表と裏のように正反対のスタイルなのだ。
そもそも神々の乳母が魔法に秀でた女神。
ツバサ本人が合気を流儀とする武道家だったため、殺戮の女神を先に考案してしまったが、神々の乳母の正統進化系は魔法の女神である。
これを機に魔法職も極めてみよう。
その成果の表れが、魔法の女神モードとも言えた。
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真夏の夜のユキオンナ――なんてタイトルがあった気がする。
真っ白い長髪をなびかせ、純白の衣装に身を包んだ魔法の女神と化したツバサは、まるっきり雪女みたいな風体になっていた。
脳内に棲み着いたマムリの魂と相談して、能力向上のみならず変化後の外見にもこだわってみたが……何故かこうなってしまった。
白や銀はマムリが好きな色、というのが大きいと思う。
セクメトは筋肉量が跳ね上がる。
攻撃力や体力の増加が、そのまま筋肉増強に働く。
そのため見る人によっては「メスゴリラ」とか「牝ライオン」などと失礼なことを言いかねないくらいバルクアップされるのだ。顔や肌にもペイントみたいに真っ赤な隈取りが施され、子供たちの受けもよろしくない。
だからイシスは「女神らしさ」を強調した。
未だに女体化どころか女神化も認めない男心は不本意なのだが、無理やり男っぽい外観にして、能力に支障が出たら困りものである。
何より――脳内のマムリからの要望だった。
『女はいくつになってもオシャレでありたいもの……私を礎とする戦装束ならば、見栄えの良さにも気を遣っていただきたいです……』
魂を受け継いでも悪影響はない――マムリはそう言っていたはずだが、ツバサの脳内に居座って、結構あれやこれやと注文をつけてくる。
……これは悪影響ではないのか?
『コホン、あくまでもアドバイザーですから』
なんか脳内で言い訳されるし。
無視できればいいのだが、ツバサはNOと言えない気のいい日本人。ついつい耳を傾けてしまうのもいけないのだろう。難儀なものである。
雪女を彷彿とさせる――純白の艶姿。
普段ならボリューム満点で独特な癖のある長い黒髪は、まっすぐでサラサラな銀髪のストレートヘアになっていた。
絶大な魔力で毛質にも変化が現れているらしい。
睫毛や眉毛も銀色に染まっている……きっとアソコの毛もだ。
セクメトと違って筋肉量は増えず、むしろ減っている。
普段より筋肉が落ちており、いつもより手足が華奢になっているのは気のせいではない。反面、女性的な皮下脂肪がついたのか、神々の乳母よりも痩せた感があるのに、母性的なふくよかさが強くなっていた。
スマートになったのに、乳・尻・太腿が増し増し状態。
これは……プラマイゼロなのか?
ブライドモードの名残なのか、羽織っているロングジャケットもブライダル仕様に変わっているためわかりづらいが、あちこちパツパツだった。
主に女性らしさを主張する部分に圧迫感を覚える
確実に女性らしさが増していた。
何故なら――ブラジャーがキツくて仕方ない!
尻や太ももの質量も物理的にアップして豊満さが上がっているのは間違いないが、こちらはまだ誤差の範囲だ。それほどキツくは感じない。
ショーツやズボンには多少の伸縮性があるからか?
しかし、ブラジャーはそうはいかない。
特に乳房をホールドする胸当ての部分は融通性がない。シームレスの布地でも使ってない限り、乳房を固定する部分は固めなのだ。
これ……確実にブラのカップ数が1サイズ上がってない?
ふと気付けば、ミロが隣に浮かんでいる。
「ツバサさん、ホールドアップ」
立てた人差し指を上に上げている。拙い英語で「両手を上げろ」といっているから、言われるままに両手を上げてみた。
ミロは道具箱から洋裁などに使う巻き尺を取り出す。
伸ばした巻き尺をツバサの乳房の下へ回すと、胴回りを測る。
これはアンダーバストを測っているのだろう。次いで乳房の先端に合わせて巻き尺を回す。こちらはトップバストという数値を計測しているのだ。
――アンダーとトップの差。
これを計測することでブラのカップサイズが決まるらしい。
(※ハルカやホクトに教わった女性下着の基礎知識)
ツバサの数値を計測したミロは測った位置を指で押さえながら、もう片方の手では指折り数えている。頭の中で暗算くらいしてほしい。
「アンダーがこれで、トップがこのメートル越えだから……40㎝越え!? Eカップで20㎝差、Iカップで30差、そこから10㎝オーバーだから……J、K、L……が今までのツバサさんのサイズだから……ッ!?」
おめでとうツバサさん! とミロは拍手で祝う。
クラッカーを何十連発も打った挙げ句、チンドン屋みたいな賑やかしの楽器を取り出して、ドンドンパフパフとやたらめったらかき鳴らす。
「とうとうMカップ達成だよ!」
「やかましい! 1㎜も嬉しくないわッッッ!」
叫んだ瞬間、バチンと音を立ててブラのフックが壊れた。
アカン……本気でMカップだぞこれ。
ツバサは密かに髪を操ると、ブラの応急処置をしておいた。
これで激しく動いても大丈夫なはずだ。
ミロは大喜びで乳房が成長したことを囃し立てる。
「MカップのMはMotherのMじゃん。名実ともにオカン系女神だね!」
「どうしてそういう文字遊びには頭の回転が早いんだ!?」
他はすべてタリラリラ~ンなアホの子のくせに!
まあまあ、とミロはツバサをなだめながら賑やかしの楽器を仕舞う。
こいつ、道具箱にろくなもん入れてないな。
「せっかくのイシスモード初披露なんだから、そのお祝いとして受け止めればいいじゃないの。多分、解除してもおっぱいの大きさ戻んないしね」
「……やめろ、絶望的な言葉でトドメ刺すな」
泣くぞ俺、とツバサは両手で顔を覆い隠して涙を流した。
ますます大地母神となっていく自分の肉体に、指の隙間から滝のように涙がこぼれ落ちるガチ泣きをしてしまった。しかし、泣いてばかりもいられない。
まだ戦闘中なのだから――。
取り敢えず、結界付近にいた七支刀使いは捕らえてある。
「ぎゃああああああああああああああああああああああぁぁぁーーーッ!?」
天と地を繋ぐ大樹の如く太い柱。
そう見紛うほどの野太い雷光の柱は、ツバサが放った轟雷だ。その中心でもはや上半身しか残っていないアリガミという青年は絶叫を上げていた。
アリガミ・スサノオ――№25のGMだ。
レオナルドが「ロンドに協力するGMを絞り込めた」というので、その顔写真を確認しておいて良かった。あのデザイン最悪な七支刀で空間を切り越えようとしていたところから、当人と見ていいだろう。
次元や空間を操れるGMらしいから間違いあるまい。
「な、なななにぃ!? この稲妻ははは……お、おおかしいでしょぉッ!」
終わらないぃぃぃ!? とアリガミは悲痛な声で疑問を叫ぶ。
「ずずずっと……雷を出し続けてんのぉぉ!?」
質問のように言っているので、ツバサは答え合わせをしてやった。
ネタバレしても対処しようがないから脅しも含んでいる。
「――その雷は物質化させてあるんだ」
ツバサの感覚的には結晶化させることで固めてある。
自然界ではありえないレベルの落雷を発生させた後、アリガミをその中に取り込んでから雷の柱として物質化させたものだ。いくら時間が経とうとも消えることはなく、実体化した稲光として存在し続ける。
アリガミはその内部に取り込まれていた。
物質の硬度的には脆いので、彼が身動ぎをするだけでボロボロと崩れていくが、その度に人間なら秒で塵になるレベルの感電をする。
神族でもどれだけ持ち堪えられるか――。
「自然現象をををぶぶぶ物質かか化ッ!? そんンンンなこと……」
「できるさ――それが魔法ってものだろう?」
驚愕するアリガミを、ツバサは鼻で笑ってやった。
アリガミが驚くとおり、自然現象を永続的に物質化させるなんて不可能に等しい。どれだけ魔法系技能を突き詰めればいいか知れたものではない。
それを可能とするのが――魔法の女神の力だ。
絶大な魔力が想像力を余すところなく具現化させる。
イシスにしてみれば、こんなもの初歩の初歩に過ぎない。
極めれば森羅万象を掌の上で弄べるのだ。
時間、空間、次元にさえ干渉することができる。
あの超巨大蕃神を撃退したブラックホールは、そうした力の一端だった。
ツバサが指を鳴らすと轟雷の物質化が解かれ、激しい雷鳴を響かせながら消えていった。本来のあるべき雷としての姿である。
解放されたアリガミは、雷とともに落ちたかっただろう。
しかし、なけなしの力を振り絞って飛行系技能を使う。決して落下しようとはせず、ツバサやミロと対峙するべく空中に留まった。
敵ながら天晴れと褒めてやりたくなる根性だ。
アリガミの五体はほぼ残っていない。
ツバサが初手で浴びせた空間を操作する攻撃によって、胸の半ばくらいから下の身体が消え失せていた。
右肩から左脇の下へ――斜めのライン。
ここから下がなくなっている。
残っているのは左腕から左肩、鎖骨から上の首と頭ぐらいのものだ。轟雷の柱の中に閉じ込められていたので真っ黒焦げになっている。髪もアフロとまでは行かないが、火で焙られたように縮れていた。
左手の七支刀は更に刃が折れて、もはや一支刀という有り様だ。
しかも切っ先まで折れてしまったので、鍔元の1本しか残ってないから岡っ引きが持つ十手みたいな形になっていた。
それでも――アリガミの芯は折れていない。
フーッフーッフーッ、と歯を食いしばったまま深呼吸を繰り返しており、回復や再生といった肉体を修復させる魔法を使っていた。
ジワジワと血肉が戻っていくアリガミを放置するわけはない。
だが、一度だけチャンスは与えるつもりだ。
「大人しく投降すれば待遇は保証する」
どうだ? とツバサは手を差し伸べる。アリガミは片腕でも構え直そうとしていた一支刀の切っ先を下ろした。そして、自嘲の笑みを浮かべる。
やる気のない昼行灯みたいな笑顔だった。
「こっちは瞬殺されて心身ズタボロ、実力差は悲しいほど歴然。頑張ってコンディションを取り戻そうとしてるけど……待ってくれないでしょ?」
「ああ、復調する前に潰す。投降する気がないならな」
ツバサは雪女も顔負けの冷徹さで告げた。
やれやれ、とアリガミは緩めた口の端からため息を漏らした。
口笛にもならないプヒーッと間抜けな音がする。
「ツバサちゃん……いやさツバサくんだっけ? 君がおれらのことを知ってるみたいに、おれも君らのこと知ってるけどさ……こんなやる気のないおれでも、曲がりなりにも極悪集団の幹部なんかをやってるわけよ」
やはり――四神同盟を知っていたか。
こちらの情勢も調査済みの口振りからすれば、一度も攻めてこなかったことは解せない。彼らの滅びに関する執着を考えれば尚更だ。
四神同盟を駆け込み寺にする、という仮説が信憑性を帯びてきた。
「おれなんかロンドさんと意気投合できて、付き合いが長いってだけで幹部になっちゃったんだけど……この通り、素はちゃらんぽらんだからさ」
切っ先がすっかり落ち込んでしまった一支刀。
「やる気なんかない方だけど……まあ、ちったあ責任感もあるわけよ」
ダラダラと無駄話を続けるアリガミの顔が項垂れていく。
かと思いきや――グン! と力強く持ち上がる。
黒目は点のように収縮させ、眦を決している。歯茎が剥き出しになるほど食いしばった口元のままで壮絶な笑顔を叩きつけてきた。
悪党の意地を露わにした貌だ。
「悪の幹部が正義の味方に媚びる……見たかねぇだろそんな光景!」
ツバサも残念そうに息を吐いた。
「はっきり言ってくれてありがとう。おかげで……」
遠慮なくぶちのめせる! とツバサは鬼気迫る相貌で礼を述べた。
アリガミは一支刀の柄を指先だけで器用に回転させる。まるで新体操のバトンのような手捌きでだ。最後に、横へ薙ぎ払うように一振りする。
それを終えると、一支刀は七支刀へ復活した。
自身の肉体よりも過大能力の回復を優先し、反撃の糸口を探していたのだ。のみならず、七支刀はバキバキと耳障りな音をさせて切っ先や枝の刃を伸ばしていき、樹木のように枝振りを伸ばしていった。
下半身を失った本体より、七支刀の方が大きいくらいだ。
なけなしの身体で反動をつけ、一回転させて遠心力も加えてくる。
「この数の次元牙……さっきみたいに停められるかい!?」
無数に刃を伸ばした七支刀。それらの刃がひとつひとつが次元や空間を斬り裂く力を備えた、アリガミの過大能力を研ぎ澄ませたものだ。
広範囲に降り注ぐ──絨毯爆撃の如き斬撃。
あるいは、大きな樹を振り回しているかのようだ。
これなら防げまいと自信あったようだが、ツバサが慌てず騒がず右手を柔らかく持ち上げたると、アリガミの顔は絶望に染まった。
空即是色──空色掌。
色即是空、空即是色という仏教用語がある。
この世のすべて、森羅万象は恒常的に実体を備えるものではなく、様々な関係に起因することで存在する(縁起)という考え方だ。
形あるもの(色)すべては非実体(空)であり、一時的にその形となっているに過ぎない。時の流れの中で刻一刻と変化していき、色はいずれ空となり、空もまた色へと姿を変えていく。
永遠不変なものなどこの世にひとつもない。
色とは即ち空なり──空とは即ち色なり。
仏教の基本的な教えのひとつだ。
そこにアイデアの着想を得たイシス・モードの必殺技である。
空色掌は空即是色を元としており、何もない空から莫大な魔力を費やすことで色となる実体を創造する魔法系統の技だ。
ツバサは掌から不可視の二次元空間を創り出す。
鋭敏の感知系技能を持たない限り、知覚することはできない。
二次元なので厚みというものないが、そこへ踏み込めば真なる世界に勝るとも劣らない広大な世界が広がっている。それがこの二次元空間だ。
アリガミはそこへ七支刀を振り下ろしてくる。
彼の能力は七支刀を振りきらなければ空間を切り裂けないが、広大な二次元空間はいくら振り下ろしてもキリがない。音速を超えた斬撃だとしても、空間の果てへ辿り着くまでどれだけかかるか見当もつかない。
アリガミは懸命に七支刀を振り下ろすものの、いくら振り下ろしても無限に吸い込まれるような感覚に困惑しているはずだ。
端から見れば──七支刀は停止している。
実際には、不可視の二次元空間に囚われていた。
そこでは超音速で進んでいるが、空間の終わりには辿り着けない。
結果、停止しているようにしか見えないのだ。
ツバサが伸ばした右手が触れてないのに、見えない手で掴まれたように止まっていた。力んでいるため、カタカタと剣身が震えている。
アリガミからダラダラと汗が滴った。
もしも二次元空間を斬り裂かれたとしても、2枚目、3枚目、4枚目、5枚目、6枚目……と何万枚もの二次元空間が控えている。
どんなに頑張っても、アリガミが剣を振りきることはない。
様々なものを無から創造する空色掌ならば、他の手段を用いてもアリガミの次元切断能力を封じ込めることができる。空間にしても二次元に限らず三次元、四次元、五次元と、人間が認識できない異次元空間も創れる。
想像力次第で──如何様にも使える技だ。
ヤバい! と察したアリガミは七支刀を引き戻す。
二次元空間を凄まじい速度で進んだ七支刀は、同じ距離を戻さなければ解放されることはない。そうなるようにツバサが空間で抑え込んでいるからだ。
アリガミはまたしても動きを止められたに等しい。
行くも地獄、戻るも地獄といったところか。
どちらにせよ、アリガミは動けなくなっていた。
「――さっきみたいに停めたぞ?」
微動だにしないアリガミに、ツバサは氷の微笑を投げ掛ける。
そして、空色掌を反転させた。
色即是空──色空掌。
形ある色を何もない空へと変える技だ。
瞬間的にブラックホールを発生させてこの世から消すこともできるし、絶対的な負荷をかけることで一瞬にして百億年分の経年劣化を与えることで消滅させることもできるし、存在している空間ごと先天的になかったことにも……。
あらゆる手段を用いて――対象を滅ぼす。
もしも初撃の滅びを凌いだとしても、間髪入れずに第二第三の滅びに襲われれば太刀打ちできまい。クドい、と苦情が来そうなほど重ね掛けしている。
街路樹ほどに成長した七支刀は消滅した。
物音ひとつ立てることなく、静かに消え失せてしまった。
映画で大切なシーンのフィルムが抜け落ちたかのように、フッと消えてしまったのだ。アリガミは色空掌を浴びるのはこれで二度目だが、まだ原理がわからず何をされたかも理解できず瞠目していた。
七支刀を振るっていた、左腕や肩も巻き込まれている。
アリガミは首だけしか残っていなかった。
首だけになろうとも死ぬことはなく、戦闘続行こそ不可能なものの意識を失わずに歯噛みしてこちらを睨んでいる。
「腐っても神族、それも破壊神か」
数いる神族でもタフネスさに定評のある神族だ。
インド神話に登場する羅睺という魔神は日食を起こす原因とされているが、彼は不死の酒を飲んだために斬首されても首だけで生きていたという。
こういった故事に由来するらしい。
「くっ、ここまでやられちゃうと手も足も出ない……てか、本当に手足がなくなっちゃってるし! 何してくれてんのツバサくんちゃん!?」
「誰がツバサくんちゃんだ!」
ツバサが内在異性具現化者で、男から女に性転換したという事実も把握しているようだ。過去にGM権限で調べたのかも知れない。
こりゃ無理だ! とアリガミは逃げ出した。
首だけで身軽になったためか、弾丸みたいな速さで飛んでいく。すぐに空気の壁を破って音速を超えると、大きく口を開けて虚空に噛みつこうとする。
アリガミは次元や空間を破る過大能力の持ち主。
その能力を七支刀に具現化させていたが、その気になれば道具にしなくてもいいのだろう。爪先でも指先でも手刀でもいい、手足を振り払うだけでも空間を破れるための力を使うことができるはずだ。
ツバサから逃れるため、歯で空間を噛み破るつもりらしい。
「――させるかよ」
次元や空間を操れるのはアリガミの専売特許ではない。
これまではミロやミサキの過大能力に頼ってきたが、イシス・モードを開発させたツバサもまた、こういったものに手を加えられるようになった。
空間に噛みついたアリガミは、おもいっきり歯を立てる。
その時点で違和感に気付いただろう。
普段なら紙でも破るかのように食い千切れるはずの空間が、分厚いゴムにも似た弾力を備えていることに。どんなに健康な歯でも噛み切れまい。
「嘘だろおい……まさか!?」
アリガミはゴムみたいな空間に噛みついたまま、視線のみ振り返る。
「そうだ、俺が空間の質を変えた」
ツバサは顔色ひとつ変えることなく告げた。
指をスナップさせてパチンと鳴らせば、アリガミの首は水晶のようなものに包まれる。アクリルにも見えなくないが、もっと透き通っていた。
そこに閉じ込められたアリガミは瞼ひとつ動かせない。
「風を結晶化させたものだ。さっきの雷の柱とは比べ物にならんぞ」
硬度だけではなく弾力性にも富んでおり、ツバサの解除なくば破れないようにしてある。万が一にも逃がさないための配慮である。
ボーリング玉より一回り大きい。
人間の生首を封じた水晶玉みたいなそれを、ツバサは無造作に掴んだ。
次元や空間の操作――自然現象の固定化。
誰もが妄想こそするものの「絶対にあり得ない」と即否定してしまうような事象を、途方もない魔力量を費やすことで実現させてしまう。
それがイシス・モード最大の長所と言えた。
「ねえねえツバサさん、さっきの技名なんだけどさ――」
アリガミと戦い始めてからは背後に庇っていたミロが声をかけてきた。戦闘終了を見計らうくらいの空気は読めるようになったらしい。
ミロはツバサの右肩に顎を乗せてくる。
カクン、カクン、と顎を動かして遊んでいた。
ツバサの背中には少女にしてはボリュームのあるDカップを押し当て、彼女なりにサービスしているつもりなのだろう。
ツバサには効き目がありすぎるので控えてほしい。
「空色掌と色空掌だっけ? 技はとっても凄いけど……」
響きが悪くない? と駄目出しをしてきた。
「シキソクゼークウとクーソクゼシキが元ネタなんでしょ? だったら、是色掌とか是空掌って名付けた方が、濁点が入ってて必殺技っぽいよ」
「カタカナで言うな、ちゃんと漢字で喋れよ」
やっぱりアホの子か、とツバサは落胆するも心中では感心していた。
確かに――是色掌や是空掌の方が響きがいい。
ツバサも最初はミロが口にしたのと同じ技名を付けたのだが、よくよく思案した結果、あえてそれらのの選択肢を避けたのだ。
これにはちゃんと理由がある。
「祖父さんが残してくれた蔵書……その漫画の中に、まんまそういった名前の必殺技を使うキャラがいたんだよ。だから止めたんだ」
悟りを開いて超人と化したサイボーグ空手家の使う技だったはずだ。
是空掌と是色拳――ちょっと違う。
是空掌は空間転移によって攻撃を無効化してしまう技。
是色拳はブラックホールの破壊力で艦隊をも吹き飛ばす技。
原理こそ違うが――よく似ている。
無限を操るどこかの先生をインスパイアしたが、このサイボーグ空手家も記憶にあったので無意識にリスペクトしてしまったらしい。
「リスペクトしたんだったら技名も借りちゃえばいいのに」
「借りちゃえって拝借……してもいいもんかなぁ?」
何度も首を傾げてしまう。
見掛けこそズングリムックリしていたが、あまりにも強キャラで言動がカッコ良かったから、ツバサの尊敬するキャラの1人なのだ。
「まあいいさ、しばらく技名は保留にしておこう。強すぎてポンポン連発するような技じゃないんだし、空色掌と色空掌もそれなりだからな」
暫定として、このままで行こう。
ふと視線を下ろせば、結晶内のアリガミと視線が合った。
LV999ともなれば言葉を交わさずとも、アイコンタクトで相手の言いたいことはある程度まで読み取れる。アリガミの眼はこう訴えていた。
『おいおい、もう勝ったつもりかよ!?』――と。
ツバサは決勝を握り潰す勢いで握力を込める。
アクリルにも似たそれは弾力もあるので、握れば握るほど形を変える。中に閉じ込められたアリガミは苦悶の表情に変わっていった。
眼前まで結晶を持ち上げ、ツバサは冷徹な表情を崩さずに宣言する。
「つもりじゃない――勝つんだよ」
少なくとも、この水聖国家では確実に形勢逆転していた。
「そろそろひっくり返ってる頃だろう」
アリガミと戦っている最中、ツバサは抜かりなく千里眼系技能を働かせており、島のあちこちに散った仲間たちの行動を追っていた。
各地の戦況――それが覆りつつある。
~~~~~~~~~~~~
ヌン・ヘケト陛下VS頭脳役マッコウ・モート。
王都が鎮座する湖――その手前に広がる平原が主戦場だった。
そこではヌンが支配下に置いた暴君の水が荒れ狂い、マッコウの召喚した餓鬼の軍勢を津波となって押し流していた。
暴君の水を浴びた餓鬼は見る間に消滅する。
しかし、草や大地に生命といったものは溶かさない。
これもヌンの調教の成果らしい。
暴君の水は高波となって勢いを増し、マッコウの輿まで飲み込んだ。
ヌンは心境的に「やったか!?」と叫びたいだろう。
しかし、そこは年の功だ。勝利宣言を堪えて様子を窺っていた。
自身と同格の存在――ヌンはLV999という強さの換算を知らないだろうが、それでもマッコウが同等の力を持つ実力者だと推し量っている。
この程度ではくたばるまい、と踏んでいるのだ。
暴君の水が引くと、あれだけいた餓鬼の群れも消滅していた。
代わりに――黒い異物があった。
マッコウの輿があった辺りに、ガラスに近い硬質的な光沢を帯びた、黒曜石の塊みたいなものがドンと置かれているのだ。
その黒曜石の塊が、いくつもの人型にばらけていく。
そいつらはマッコウの繰り出してきた餓鬼によく似ていた。
しかし、人型は人型でも頭部はトカゲのような形をしており、長い尾も生やしているところからリザードマンの亜種みたいな風貌だ。
全身を真っ黒い鱗で覆われている。
この黒い鱗が曲者らしく、暴君の水を弾いたらしい。
「あたしの手駒が餓鬼だけ……いつそんなこと言ったかしら?」
黒鱗のリザードマンに、改めて輿を担がせるマッコウ。
その太りすぎた腹には異形の門が開いており、次々と黒鱗のリザードマンが這い出してくる。彼らもまた餓鬼の一種らしく、手当たり次第に物を頬張っては巨大化して分裂を繰り返して増殖する。
「将棋は歩のみでやるものじゃなくて、チェスも兵士だけじゃ立ち行かない……金銀飛車角、騎士城塞僧侶……多彩な駒を揃えておくものよ」
輿の肘掛けに頬杖をついたマッコウは勝ち誇っていた。
まだ奥の手を隠している、と匂わせている。
「そいつらの鱗……竜種鱗によう似ておるな。なるほどなるほど、ドラゴンの鱗ならば暴君の水でもおいそれと傷つけられまい。汚れた銅貨を酢に漬けるようなもんで、汚れ落としぐらいにしか働くまいて」
なるほどなぁ、とヌンは納得したように繰り返す。
ヌンは風情のある杖を持ち上げると、肩こりでも気にするようにトントン、首筋をテンポよく叩いていた。
その仕種に焦りはない。余裕綽々といった頼もしさがあった。
マッコウは「効果なし?」と苛立たしげに鼻息を吹く。
黒鱗のリザードマン(餓鬼でもある)は、とっておきの戦力だったようだ。しかしヌンの動揺を誘えなかったので気分を害したらしい。
「効かないならどうする、カエルの王様? 別の手があるなら……ッ!」
黒鱗のリザードマンが――灼熱の錐に穿たれた。
暴君の水をも跳ね返した黒鱗を貫いたのは、螺旋状に回転を続けてドリルのようになった溶岩の如き液体だった。
それが矢の雨のように黒鱗のリザードマンへ降り注ぐ。
増えても増えても灼熱の錐に貫かれ、貫かれた者はドロドロに溶融して肉の水となっていった。肉汁のようなそれは地面に染み込んでいくばかりだ。
まさかの反撃にマッコウは目を剥いた。
贅肉を押し退け、眼球が飛び出しそうなほどである。
それほど黒鱗のリザードマンを破られたのは予想外だったらしい。
しかし、怯むことなく戦力を上乗せするため、異形の門から黒鱗のリザードマンを出撃させるところを見るに、まだ対抗できると読んでいるようだ。
謎の液体が転じた灼熱の錐。
それは整列した弓兵部隊の如く、ヌンを護衛するように取り巻いていた。
「混沌より滴るもの――№42 穿赫」
ヌンは自慢げに灼熱の錐となる液体について語った。
「こちとら創世神の末裔ちゅうのが売りなんじゃ。混沌の時代より受け継いできた、危ない液体をコレクションするのもお手の物よ」
暴君の水でやられてりゃ良かったものを、とヌンは強気に笑った。
「どうせおまえさんも、その竜種鱗の餓鬼どもだけじゃあるまい。もっと切り札やら奥の手やら隠しているんじゃろう。さて、どうじゃ?」
切り札合戦でもしてみるか――丸いの?
ヌンは杖を持つ手とは反対の側の手を前に伸ばすと、人差し指を伸ばしてチョイチョイと手招きした。これ見よがしに挑発しているのだ。
マッコウはムスッとした顔で躊躇した。
今すぐヌンに噛みつく勢いで怒鳴りそうな剣幕ではある。
しかし、ヌンが想定外に強敵なので戸惑っているのもあり、ここで自分が全力を尽くして叩いておくべきかを計算しているのだろう。慎重を期するなら、仲間の応援を待った方が無難なのは疑いようがない。
アリガミやグレンを呼びつけるか――迷っているはずだ。
そんなマッコウの計算を打ち切らせる者があった。
上空から空気を突き破って降ってきたのは、筋肉ダルマと揶揄されそうな図体にゆったりとした空手着を着込んだ、優しい顔立ちの巨漢である。
穂村組からの用心棒――セイコ・マルゴゥだ。
セイコはマッコウとヌンの間、ちょうど中間地点に着地した。
隕石が落ちたような地響きをさせて、それが鳴り止まないうちに動き出したかと思えば、もう数十体にも及ぶ黒鱗のリザードマンを撃破していた。
「こいつら、どう見ても悪役だよな!」
セイコの拳はボーリング球くらいのサイズはある。
その拳から繰り出されるのは豪放なる技。相手の体内に爆発するような内圧を送り込むという、いわゆる「内に置く打撃」系のパンチだった。
この拳打を受けた黒鱗のリザードマンは破裂する。
一瞬、パンパンに膨らんだ風船みたいにまん丸になってから、鱗と血肉を四方八方へまき散らしながら爆散していくのだ。
「特撮物でいうところの戦闘員退治ってところかぁ? この間みたいな見せ場って風じゃねぇけど……用心棒も仕事だからな!」
行くぜオラぁ! と叫びながらセイコは仕事に勤しむ。
続々と湧いてくる黒鱗のリザードマンを、片っ端から薙ぎ倒していった。
「ちょっとぉ! なによこの子!? どこの暴れん坊よぉ!?」
文字通り降って湧いたセイコに文句を叩きつけるマッコウだが、その手は腹にある異形の門へと伸びており、追加戦力を出すことを忘れていなかった。
恐らく、切り札を使うのも辞さないはずだ。
門に手をかけたマッコウの手を――気の杭が貫いた。
「痛ぁッ!? これ……ちょっとぉ! なにすんのよ賢持くん!?」
「ここで実名を出しても意味ないでしょう」
お久し振りですマッコウさん、とレオナルドは挨拶をした。
額こそ怪しいが、鋼のような剛毛を力任せにオールバックへと撫でつけたハリネズミ顔負けの髪型に、ナチスの青年将校みたいな軍服姿。
軍師気取りの銀縁眼鏡の位置を、白手袋をした右手で直している。
レオナルドは、いつの間にかヌンの横に並んでいた。
これにはヌンも「おおっと!?」と仰天させられている。
間合いの一歩手前まで近付かれて、まったく気付けなかったのだ。
マッコウは手を握ると握力だけで気の杭を血飛沫とともに吹き飛ばす。手の甲の肉を波打たせると、一瞬で傷口を塞いでしまった。
そして、眼を細めると小馬鹿にするような口調で喋り出す。
「そうねぇ……じゃあレオナルドくんと呼んであげた方がいいのかしら? 久し振りだってのに酷い挨拶をしてくれたものねぇ……ところで」
マッコウは悪戯心を前面に出して問い掛ける。
――№03の年増さんとは再会できた?
次の瞬間、レオナルドは激変した。
味方であれば敬意を払い、敵であっても愛想くらいはある。レオナルドの眼差しはいつでも紳士を忘れないのに、この時ばかりはその紳士が剥がれた。
1人の男として激怒している。
兆しさえも悟らせぬ挙動で右手を払ったかと思えば、無数の気の杭がマッコウに撃ち込まれていた。間一髪、黒鱗のリザードマンが盾となって防ぐ。
「爆ぜよ――爆裂杭」
気の杭が刺さった黒鱗のリザードマンが爆発を起こす。
一匹や二匹では利かない。マッコウの盾となるべく防壁のように立ち並んでいた全員が連鎖爆発を起こしたのだから堪らない。
その爆発を突き破り、特大の気の杭がマッコウに襲い掛かる。
「ちぃぃぃッ! 喰らいなさい冥門ッ!」
マッコウがガスタンクみたいな腹を叩くと、そこに開いていた異形の門が巨大な獣の口のように転じて、ミサイルみたいな気の杭を一呑みにした。
あの焦り方からして、今のは奥の手のひとつか。
しかも連発できないし、なるべく使いたくないタイプらしい。ぶり返すようなペナルティでも発生すると見た。
マッコウは厚化粧が崩れそうなほど冷や汗を流す。
レオナルドから放たれた殺気は本物だし、一連の攻撃は掛け値なしの殺しに来ているものだった。マッコウは彼の琴線へ触れたことを後悔していた。
「…………あの人を悪く言うな」
最低限の敬語さえも忘れた囁き声だった。
藪睨み、なんて言葉が相応しい険悪な目付きでマッコウを睨めつけた軍人姿の男は、沸々と湧き上がる怒りに焚きつけられるまま言い返す。
「ロンドの下僕になった輩が偉そうに」
売り言葉に買い言葉、今度はマッコウの大事な部分に触れたらしい。
贅肉まみれだというのにケーブルみたいな青筋の血管。それを額に浮かび上がらせたマッコウは、肉厚な下唇を突き出して激怒した。
「アンタこそロンドさんを悪く言うんじゃないわよ!」
レオナルドもマッコウも立場こそ変わったが、かつてはGMであり思うところのある上司の1人や2人はいたのだろう。
マッコウはわかりやすい。他でもないロンド・エンドその人だ。
しかし、レオナルドの琴線を弾いた「№3のオバさん」とは何者だろうか? 後で爆乳特戦隊にでも聞けばわかるかも知れないが……。
マッコウの怒りようも生半可ではない。
まだレオナルドに怒鳴り足りないとばかりに、頬の肉を震わせて叫ぶ。
「それにね! 勘違いしてもらっちゃ困るんだからね!? あたしたちはロンドさんに尻尾を振っての部下になったんじゃないの……だったのよ!」
マッコウは意味深長なことを言った。
なったのではなくだった?
即ち、現実世界にしろ真なる世界にしろ、最悪にして絶死をもたらす終焉が結成される前からの関係ということか? 何やら根深い縁があるようだ。
「あの……取り込み中すまないんじゃが……」
啀み合うレオナルドとマッコウ。
そこへヌンが恐る恐る声をかけた。
最初はセイコに声をかけようとしたヌンだったが、あちらはまだまだ湧いてくる黒鱗のリザードマン退治に大わらわだ。相談を持ちかけるなら、仕事ができそうな空気を醸し出すレオナルドを選ぶだろう。
ヌンは言葉を選んで話し掛ける。
「君は……レオナルド・ワイズマン殿……じゃよな?」
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しかし、思慮深いレオナルドはすぐに察したらしい。
戦闘中とあって油断することもできないので、マッコウを注視したままわずかに横目を振ったレオナルドは、質問に質問で返すような口を利いた。
「……結界の中から私たちのことを覗いていたのですか?」
ほんの少し、突き放すような態度だった。
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「まずは謝らせてほしい……すまなんだ!」
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下手どころの話ではない。
外交交渉において謝罪は下の下、下策中の下策だ。全面的に非を認める行為は、ともすれば相手からの賠償要求に無条件で応じる羽目となる。
どんな要求を突きつけられても断れなくなるのだ。
王としてヌンは何を考えているのか? 少なからず疑問符が浮かぶ。
「わしはこの国を治めるヌン・ヘケトと申す者じゃ!」
ヌンは堰を切ったように打ち明ける。
「真なる世界のために戦う君たちの許へ馳せ参じられなかったこと! 国の代表として不甲斐ない限りじゃ! すべてわしの不徳の致すところ、言い訳のしようもない……だが! わしは此度の危難をある種の好機とも捉えておる!」
――ハトホル殿に会わせてくれ!
顔を上げたヌンは決死の表情で訴えてくる。
まさか自分の名前まで出されてツバサも面食らった。
「数こそ少なくなってしまったが、わしを筆頭にそなたたちと轡を並べて戦う覚悟のある者はこの国にもおる! ノラシンハは一緒に来ておらんのか? あいつならわしのことをよく知っておるはずじゃ!」
ノラシンハの名が出たことで、レオナルドはピンと来た。
あの老師は「四神同盟と協力して蕃神と戦う意志のある国もいる」と言っていたが、まさにヌンの率いる水星国家がそのひとつなのだろう。
「だから……頼む! 力を貸してくれぬか!?」
この国の民を救うため――侵略者を打ち倒す力を貸してほしい。
「民を救ってくれるならば、わしはどうなっても構わん! 遅参の責を問えというならば、この老いぼれの首を喜んで差し出そう!」
ハトホル殿に面会を――そして民を守ってくれ!
ようやくツバサは合点がいった。
ヌンの発言に迷いはない。すべて本心からの言葉だ。嘘発見器系の技能を使うまでもない。土下座の理由もこれではっきりした。
彼にとっての最優先すべきは――国民の無事。
そのためならば王の自尊心などかなぐり捨てられる。
たとえ四神同盟にどれだけの借りを作ろうとも、この世を滅ぼすと宣言する悪漢どもを打ち倒し、国民の安全を確保できればいいと考えているのだ。無理難題を押しつけられたとしても、すべてを自らが背負う覚悟もできている。
反面――ヌンは老獪さも漂わせていた。
彼は真なる世界をよく覗いていたのだろう。
ツバサたちの動向も追いかけていたに相違あるまい。ちゃっかりハトホル国への居候を決め込んだ、ノラシンハの名前が出たのがいい証拠だ。
ヌンはハトホルの優しさに希望を見出していた。
ハトホルがこれまで行ってきた“人助け”についても詳しく知っているらしい。だからこそ、本心を明かして協力を求めてきた。
国民を助けたい旨をヌンが告白すれば、ハトホルは無条件で救いの手を差し伸べてくれると、心のどこかで期待している節があった。
共に戦いたい、という決意も嘘ではない。
ただ、なんというか……そう訴えるヌンの言葉の裏には、形容しがたい喜びというか、恍惚感にも似た嬉しさも感じられたのだが……気のせいかな?
優しい王様ではあるものの、年を経た経験値は侮れない。
ノラシンハではないが良き協力者となってくれそうな予感はするものの、一癖も二癖もありそうな人柄が見え隠れする。
レオナルドもツバサと同じ感想を抱いたらしい。
マッコウに余計なことをさせないため、雑魚掃除をしてくれるセイコにアイコンタクトを取って餓鬼たちの動きを抑制してもらう。
これでしばらくは時間が稼げる。レオナルドはヌンに向き直った。
「顔をお上げ……いえ、お立ちください、ヌン陛下」
再び地面へと額ずくヌンの面前で、レオナルドは跪いた。
穏やかなレオナルドの声からどうすべきかを察したのであろう。ヌンはこの国の王として立ち上がると、外から訪れた来訪者と対面する。
そういう態にするため、レオナルドは王への礼を示すべく跪き、王としてあるまじき行為である土下座をしていたヌンに立つよう促したのだ。
「我々こそ文のひとつも差し上げることない来訪、無作法無遠慮の極みにございます……が、御覧の通り火急のため、どうぞご容赦いただきたい」
ハトホル殿ならば――こちらにお出でです。
「ヌン陛下がお望みなら、すぐにでも面会は叶いましょう」
これを聞いた途端、ヌンは満面の笑みを浮かべた。
カエルの口を大きく開けて、まるで子供のように瞳を輝かせている。ここがプライベートだったら、歓喜の声を上げてはしゃぎ回っていたことだろう。
憧れのヒーローに会える! そんな大人らしからぬ浮かれっぷりだ。
だが、咳払いで誤魔化したヌンは冷静さを取り繕う。
「ゴホン……それは願ってもない申し出じゃが、まずはこの場をどうにかしたいのでな。すまぬが、貴殿らの力を貸してもらえぬだろうか?」
他でもない――マッコウを倒すためだ。
先ほどからセイコが「オラオラオラオラ!」と、三面六臂の残像が見えるくらいの奮闘振りで戦っているが、黒鱗のリザードマンは一向に数を減らすことがなく、むしろマッコウの腹にある門から無限に湧き出している。
――3対1はいくらなんでも分が悪い。
無駄口を叩くのを止めたマッコウの顔は難色を示していた。
それでも人海戦術で乗り切るべく、兵力となる黒鱗のリザードマンを大量召喚しているのだろう。いや、黒鱗だけではない。
黒鱗のリザードマンの奥から色違いの餓鬼も現れていた。
明らかに異質――強さの格が違う兵隊だ。
「まさか、こんなところで隠し球を使わされるとはね……」
世の中ままならないものねぇ、とマッコウは嘆息する。
切り札を使わされるのは予想外すぎて腹立たしいが、これを使えばヌンを含め、レオナルドやセイコを向こうに回しても戦える。
そういう勝算を成り立たせた顔だった。
まだまだ不敵なマッコウに、ヌンも張り合って口の端を釣り上げる。
「無論、君たちだけに戦わせるつもりは毛頭ない」
わしも参戦させてもらうぞ、とヌンは杖で地面をトンと突いた。
すると大地のそこかしこから水が湧き上がり、それは土を濡らして泥へと変える前に宙へ浮かぶ。一見すると重々しいシャボン玉のようだ。
水に見えたそれらは、様々な色を帯びた不思議な液体だった。
「混沌より滴るもの №38! №24! №11!」
ヌンの号令を受けた液体は、それぞれ武器の形状を象っていく。
あっという間に武器だけの兵団が出来上がり、マッコウが異形の門から送り出していた餓鬼の軍勢を上回る数となった。
無数の武具を従えたヌンは愚痴っぽく呟いた。
「遅参したのは臆病風に吹かれた家臣のせい……そう言ってしまえば楽なんじゃが、なんでもかんでも部下に押しつけるのは上司としてよろしくない」
精々、部下の不始末と諦めるしかない。
「部下の尻拭いに上司が出張る、情けない話じゃがやってやらねばのう」
家臣団も浮かばれまい――ヌンの目尻は涙で潤んでいた。
「さて、きっとハトホル殿もどこかでこちらを見てらっしゃるんじゃろう? 協力を申し出た以上、老骨に鞭打って一働きさせてもらおうかのう」
ツバサの千里眼に、ヌンは愛嬌のあるウィンクを送ってきた。
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