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第14章 LV999 STAMPEDE
第338話:レオナルドのお得意様 日之出工務店
しおりを挟む拳法家──ランマル・サンビルコ。
料理人──ネネコ・オーマダムドコロ。
改めて自己紹介をしたので、彼女たちのフルネームが判明した。ハンドルネームの姓こそ違うが、そこはゲーム内の通名だからよくあること。
(※VRMMORPGでは日本の標準である姓→名の表記順ではなく、“名”に当たるファーストネームが最初で、“姓”に当たるラストネームが後ろに来る設定。間にミドルネームなどを挟むこともできるが、見掛けたら珍しい部類)
実の姉弟だが、現実でも姓は違ったらしい。
これは単にネネコが結婚して夫の姓になったからだ。
その旦那さんと彼の仲間たちも、ネネコ姉弟とともにアルマゲドンのプレイヤーだったので、一緒に真なる世界へと転移してきていた。
──ある理由から別行動中だそうな。
ツバサたちの四神同盟の置かれた現状を説明すると、ネネコと仲間に関する事情を交換するように聞くことができた。
セイコとランマルが勝負に熱中する傍らで、ツバサとネネコは話し込んでお互いの誤解を解消すると、すんなり打ち解けることができた。詳しい話は2人の試合が終わってからとも取り決めていたのだ。
結果、ランマルの実力は確かなものだとわかった。
LV999になったセイコの実力は現在──穂村組筆頭。
顧問バンダユウには惜しくも及ばなかったが、番頭レイジや若頭補佐マリを追い抜くレベルにまでなっていた。これも当人の努力の賜物だ。
もっともこれ、純粋な戦闘力による比較である。
レイジやマリは体力や膂力はそこまで強くはなく、過大能力が後方支援向けだったり、搦め手を使わせると強い策士タイプだ。戦闘能力という総合評価から見ればセイコ、レイジ、マリの実力はおおよそ横並びと言っていい。
番頭と若頭補佐は「自分たちは前線に立つキャラじゃない」と控え目なことを申しており、セイコを筆頭に推したのだ。
これにバンダユウが苦笑いでぼやいていた。
『……おめぇら、その調子でゲンジロウも若頭に担ぎ上げたよな』
どうやらレイジとマリはそういう気質らしい。
若頭とか筆頭とか代表とか……そのグループにおけるトップの地位にいるのが嫌なのだろう。№2で自由に動けるのが性に合うらしい。
組織内で融通が利く役職ではいたいが、最上位にはいたくない。
番頭レイジはまさにそんなタイプだ。
とにかく、四神同盟内のLV999ランキングでも、セイコは上位に食い込むくらいの目覚ましい成長を遂げてくれた。その彼にあれだけ食い下がったランマルの実力は、カズトラやトモエに勝るとも劣らないだろう。
そして──ネネコはランマルより格段に強い。
『女を殴る趣味はねぇからゴメンだが……ありゃ別格だ』
おれでも怪しい、とセイコもネネコの実力を肌で感じていた。
会話を交わしたツバサも彼女には一目置いている。
ネネコと対等に渡り合えるのは、四神同盟ならばツバサ、ミサキ、レオナルド、セイメイ、ドンカイ……といったアシュラ経験者くらいだろう。
流儀は恐らく中国武術の内家拳、それも恐るべき手練れだ。
肥満体と侮るなかれ──。
あの巨体で足音をさせないどころか、いつでも懐にスルリと忍び込んできそうな予断を許さない足取りには、ツバサも思わず身構えそうになったほどだ。普段の身のこなしからでも、彼女が凄まじい達人だとわかった。
話のわかる人で良かった……心から安堵する。
セイコとランマルに仕合を切り上げさせたツバサは、ネネコ姉弟をハトホルフリートに招待して、ささやかながら歓待したいと持ちかける。
これにランマルは舌舐めずりして喜んだ。
「おお、ついにおにぎり食い放題ですか!? あいてッ!?」
「がっつくんじゃないのみっともない! すいません、ウチの子が……」
涎を垂らしてツバサに迫る愚弟を、賢姉は身内の恥だと嘆きながらも折檻の一環で引っ叩き、そのまま頭を掴んで力尽くでお辞儀をさせた。
既視感こそないが、とっても見覚えがある風景。
きっと、ツバサとミロも端から見ればこうなのだろう。
~~~~~~~~~~~~
ネネコ姉弟をハトホルフリートに招待する。
飛行戦艦はみんなを乗せて(大型クルーザーなバイクも格納済み)抜錨、再び空へと浮かぶ。しばらく上空で待機することとなった。
ネネコたちの話を聞けば行先が変わるかも知れない、という算段からだ。
ハトホルフリート艦内──食堂。
そこに入ると食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐってきた。
「すっげえッ! ありったけのご馳走だーッ!」
食堂の中央に据えられたロングテーブルには、何十人前にも及ぶであろう豪勢な料理が配膳されていた。メイド長ホクトの仕事である。
艦を降りる前、ホクトに頼んでおいたのだ。
「お米を何十合も炊いといて、白飯に合いそうな料理を作っておいてください」という任務をホクトはパーフェクトにこなしてくれた。いつぞやの炊き出し騒動以来、彼女も料理系技能を極めていたようだ。
料理のラインナップも、和洋中華と多彩である。
コロッケや唐揚げなどの家庭的なおかずもたっぷりだ。
「お~ッ、すごいなカワイコちゃんなメイドさん!」
ウチの姉ちゃんに見劣りしない料理上手だぜ、とランマルは絶賛する。
「お客様方のお口に合えばよろしいのですが……」
ホクトは分厚い胸板に手を当てて、恐縮とともにお辞儀をした。
……ん? カワイコちゃんなメイドさん?
それはもしかしなくてもホクトを指すのか? お世辞のつもりなのか?
ホクトは美人だがカワイコちゃんは……違う気がする。
そういえばツバサのことも「カワイコちゃ~ん♪」と呼んでいたから、女性なら容姿にお構いなく形容詞のように付けているのかも知れない。
あるいは──心からそう思っている?
「どれも美味そうだなぁ…………あああああッ!?」
色取り取りの料理に目移りしていたランマルの視線が、自分の席と思しきところに向けられた途端にビタリッ! と止まった。
「……こ、米だッ!」
ランマルはご飯が盛られたお茶碗を震える手で持った。
姉の目もあるので、さすがに食いつきはしない。
それよりも感動に打ち震えている。まるで聖遺物を扱う老賢者のように、白米をよそったお茶碗を両手で恭しく掲げている。
「おお……おおおおっ、うおおおおっ! すっげーッ! 本当に米だ! 見るからに日本産のもっちりむっちりしたお米だ! これ食べていいの!?」
まだ早い! とネネコにお尻をつねられるランマル。
お尻の痛みもどこ吹く風、ランマルは感涙とともにお米を見つめていた。その弟が失礼なことをしでかさないかとヒヤヒヤするネネコだが、目の前に置かれた白米には同じように驚いている。
やはり──真なる世界では珍しい食材らしい。
そもそも自生してないのだから当然か。
稲の近縁種は探せば見つかるが、日本産の米とは程遠い。
ツバサは「こんなこともあろうかと」と道具箱の片隅に稲の種籾を仕込んでいたので、こちらの世界でも栽培することができた。
(※現在、ダイン&フミカ&ジンが品種改良に挑戦中である)
ランマルを躾ける傍ら、ネネコも恐縮そうな表情で訊いてくる。
「料理も素晴らしいけど、白米もこんなに……本当にお呼ばれしていいの?」
「どうぞ遠慮しないでください。お近づきの印です」
「ありがとう、ツバサ君……じゃあ、せっかくだから美味しくいただくわね」
ちなみに、ツバサが「本当は男だ」とネネコには明かしてある。
内在異性具現化者などの事情も含めて、包み隠さずだ。
だから彼女は「ツバサ君」と呼んでくれた。
不本意なことも打ち明けたので、気を遣ってくれたのだろう。
「「――いただきます」」
ネネコ姉弟は会釈して着席すると、ちゃんと合掌してから食べ始めた。
ランマルは見た目通りガツガツと男の子らしく頬張るが、ネネコは所作も丁寧に食事のマナーを弁えた食べ方をしている。
ただネネコのペースも速い。ランマルに負けず劣らずだ。
あの女相撲取りみたいな体格を維持する以上、それなりにカロリー摂取は欠かせないらしい。しかし、神族はあまり体型が変わらないはずなんだが……?
料理人という肩書のネネコだが、食べる作法も一流だ。
「美味い! これホンマモンのお米だ! 純国産の日本米っぽい! ササニシキ? コシヒカリ? ユメピリカ? アキタコマチ? なんでもいいや!」
おかわりーッ! とランマルは早々に一杯目を白飯を平らげた。
「すいません、わたしもいただけるかしら?」
ネネコも静かに食べていたが、早くも二杯目を求めてきた。
テーブルの隅に用意されたお櫃から、ホクトが手早くおかわりをよそう。まんが日○昔話みたいに、茶碗から突き上げるような山盛りでだ。
お茶碗じゃなく丼を用意するべきだったかな?
──テーブルに並んで座るネネコ姉弟。
向かい合って座るのはツバサと、「面白そうだから」という理由でくっついてきたミロ。話が難しくなった時の相談役としてレオナルド、書記を務めるフミカ、給仕を行うホクト、それとセイコにも同席してもらった。
ランマルと仕合をした縁である。
そのセイコとミロは、ネネコ姉弟と一緒になって料理を食べていた。
一仕事したセイコはともかく、どうしてミロまで……。
「ミロ、食べるんなら隣に座りなさい」
ツバサは膝に乗ったミロへ静かに言い付けた。
幼児のようにお母さんの膝を椅子代わりにするミロは爆乳を背もたれにして、お茶碗を片手に餃子を頬張っていた。
頬を膨らませたミロは、不思議そうにこちらへ振り返る。
「どして? ここがツバサさんの愛娘たるアタシの特等席でしょ?」
「普段ならいいが、これから真面目な話をするんだよ」
いいから退きなさい、とツバサはミロを隣の椅子へ押した。
だが、ミロは意地になって梃子でも動かない。なんなら箸とお茶碗を放り出して、ツバサに組み付いてきそうな態度まで匂わせてきた。
「やだー、ここがいいのー! ツバサさんの膝じゃなきゃ嫌なのー!」
「なんだよ、今日はえらい甘えん坊だな……」
こういう時、無下にあしらうと後が怖い。
夜の寝床とかで三倍返しの勢いで酷い目に遭わされるのだ。
困ったツバサが苦虫を噛み潰した表情になると、ネネコは口元をハンカチで拭ってから福々しい笑顔を浮かべた。
「いいじゃないツバサ君。ミロちゃんもあなたと同じハトホル国の代表なんでしょ? だったら話し合いに参加する資格はちゃんとあるわよ」
「おー、さすがネネコお姉ちゃんわかってるぅ♪」
容認されたミロは、我が物顔でツバサという玉座にふんぞり返る。
まったく……ツバサは嘆息を静かに漏らした。
ツバサとミロの関係を羨ましそうに見つめていたたランマルは、お茶碗に乗せていた御飯とおかずを一気にかき込んみ、ソッとネネコの袖を引いた。
「なぁなぁ姉ちゃん……」
「お姉ちゃんの膝の上に座りたいってなら駄目よ」
弟の発言を読んだネネコはびしゃりと言った。
えええーッ!? とランマルは裏切られたと言わんばかりに悲鳴を上げて悲しそうな顔をするが、ネネコは幼稚な精神を叱りつける。
「ミロちゃんみたいな中学生くらいならともかく……アンタ、もうすぐ20歳になるんでしょう!? そんな年になってお姉ちゃんにベタベタしたがるっておかしいわよ!? いいかげん大人になりなさい!」
「はぁ~い……ちぇ、こうなりゃやけ食いしてやる!」
姉に甘えられないと知ったランマルは、これまでの三倍の速さで料理を平らげるようになった。御飯のおかわりの速さも三倍だが、ホクトの給仕に抜かりはないので即応してくれる。
さすが、瀟洒かつ剛直なメイド長だ。
いい年して子供みたいな弟に、ネネコは諦めのため息をついた。
「……本当、これでツバサ君とそう年が変わらないってんだから参っちゃうわ。世が世なら大学生よ? この子のおつむじゃ進学できたか怪しいけど」
「家族仲が悪いよりマシですよ」
ツバサもビターを効かせた愛想笑いを浮かべるしかない。
この真なる世界に転移して1年を超えている。
――ツバサも気付けば21歳だ。
ランマルが今年大学生というなら、異世界転移する前は17~18歳の高校三年生ということだろう。確かに年齢にしては幼さが際立つ。
それを言ったらミロも高校二年生になるのだが、ネネコには中学生くらいに見えるらしい。こちらもまた年不相応に幼い。
アホの子を抱えたツバサとネネコは、揃ってため息をついた。
気を取り直して――話し合いに移ろう。
「食べながらでいいので、話を聞いていただければ幸いです」
仕合中にしたのは簡略的な話し合いだ。
これからお互いの事情を打ち明け、細かい部分を解き明かしていき、協力体制を敷けるかを確認していかねばならない。
改めてツバサは仲間とともに歩んできた道程を、四神同盟というグループが結成するまでを、詳しく説明させてもらった。
ランマルが10人前、ネネコが5人前を平らげた頃──。
「……あなたたちも大変な苦労を重ねてきたのね」
ツバサの話を聞き終えたネネコは、感慨深げに言った。
箸を置いてハンカチを取り出し、潤んできた目元を拭っている。
顔を上げたネネコは心から安心した笑みを浮かべた。
「でも、良かった……あたしたちもそれなりに苦しんできたけど、やっとあなたたちみたいな人々と出会えたのは幸運だわ」
「ホントホント、今までろくな奴に会わなかったもんなー」
ランマルはリスが負けそうなくらい頬袋に貯め込んだ食べ物を、喉が破けかねない勢いで飲み下してから、ネネコの苦労を強調した。
「他のプレイヤーとも出会っていたんですか?」
バッドデッドエンズには触れず、ツバサは訊いてみた。
「ええ、色んな人たちと会ったけれど……横暴な盗賊団みたいなことをしてたり、まだゲームの世界だと思い込んでPK気分で襲ってきたり、この非常識な現実を受け止めきれなかったのか発狂しちゃってたり……」
酷いものだったわ、とネネコは落胆した。
わかり合えなかったことが辛い、と眼が口ほどに物を言っている。
彼女もまた共感性に優れているため難儀しているようだ。
姉の気持ちを慮るように弟も補足する。
「そうそう、いきなり『部下になれ!』とか言って斬りかかってきた自称聖騎士とか、『キョウコウ様に献上するぞ!』とか喚いて義兄ちゃんの仲間を攫おうとしたアホ集団とか、世紀末ヒャッハーしてる人ばっかだったよ」
心当たりのある連中の話題が出てきた。
「……ランマル君が言ってるのは、さっき話した連中みたいだね」
キョウコウの手勢とも遭遇していたらしい。
なるほど、ネネコたちは良縁に恵まれなかったようだ。
それでも――安住の地を求めていたという。
「ウチの亭主はちょっとしたチームのリーダーをやってるんだけどね。あなたたちのように国を興すほどの度量はない、って自己判定を降しているのよ」
『俺は組織のトップにゃなれねぇ。そもそも向いてねぇんだ』
『組織の中の1部門1チームを仕切るのが精々よ』
「だから『一緒にやっていける仲間が欲しい』っていつもぼやいてたわ」
ネネコは夫の言葉を真似るように唱える。
『プレイヤーの味方が欲しいな──話の通じる奴らがよ』
『一緒にこの世界を生きる仲間が欲しい。でなきゃ、何も始められねえ』
『俺の家族を預けられる──俺の腕を買ってくれる雇い主がな』
うんうん、とムニエルを一口で片付けたランマルが頷いた。
「ツバサのカワイコちゃんなら文句なしだな! ウチの義兄ちゃんが探し求めてた仲間にピッタリだ! オイラなんかで良けりゃあコキ使ってくれていいから、ウチの姉ちゃんと義兄ちゃん、それに家族のみんなをよろしく頼むよ!」
よく喋ると思ったら、とんでもない内容を混ぜてきた。
よろしくお願いします! とランマルは両手をテーブルに景気よく叩きつけてから土下座みたいに深々と頭を下げてくる。
さすがアホの子――いきなり本命をぶっ込んできた。
しっかり話し合ってから「では皆さん、四神同盟に入りませんか?」と理解と納得を踏まえた上で勧誘するつもりだったのに、ランマルは直感だけでツバサたちを信頼に値すると踏んで仲間入りを希望してきたのだ。
おまけに自身を代価に差し出してきた。
態度こそ軽薄だが、声に込められた熱意は紛れもなく本心である。
家族を大事に思っていなければできない言動だ。
この少年、本当にミロとよく似ている。
大切な者のためならば、平然と我が身を差し出すなんて……。
だからこそ――嫌な予感がする。
相手方が予想を超えたベクトルで行動した場合、ツバサは動揺することなく刹那よりも短い時間で多くの思考を重ねて対処する。これは戦闘においても交渉の場でも変わらない。
多くの時間を割くのはよくないが、熟考はすべきものだ。
しかし、脊髄反射で動くアホもいる。
「うん、わかった――みんな面倒まとめて見てあげる」
案の定、ミロが即答をかましてしまった。
「ネネコお姉ちゃんも旦那さんも仲間も――もちろん、ランマくんもね」
「ホントかミロちゃん!? いやー助かるぜーッ!」
コンゴトモヨロシク! とランマルはもう仲魔になったつもりなのか、奇妙なくらい片言な日本語で嬉しそうに返事をした。
口調を戻したランマルは、人差し指を立てて注文をつける。
「だけどランマの区切りはやばい。オイラ、水かぶっても女になれないから」
「じゃあランくんでどう?」
「うん、それならいいや。オイラ、水かぶんなくても女になれるし」
「ちょい待ち爆弾発言!? アンタもTSキャラなの!?」
アホの子同士はさっそく意気投合、変な話題で盛り上がっていた。
……女の子になれるというのは変身能力の一端に違いない。その気になれば動物やモンスターにでも変身できるのではなかろうか?
肉体強化としての変身能力、それがランマルの過大能力のはずだ。
ただ、何らかの条件があるようだが……?
「ちょっとランちゃん、いきなり『仲間にして!』っておかしいでしょう」
そこへネネコの「ちょっと待った」が差し込まれた。
彼女がしっかりした大人で助かる。
調子に乗っていたランマルの頭を掴むと、テーブルに叩きつけて無理やり黙らせてしまう。弟もわかっているのか、これで大人しくなった。
ツバサもミロに「ちょっと黙ってろ」と目配せする。
こちらも本気の眼光を叩きつけたので、アホの子も小さく頷いた。
ツバサたちもネネコたちも――仲間が欲しい。
これは本音だが、どんな人でもウェルカムというのは早計だ。
お互い数々のプレイヤーと遭遇してきたが、価値観の違いから殺し合いや戦争に巻き込まれたことは一度や二度ではないのだから尚更だった。
どちらも慎重になっているのだ。
ランマルとネネコの姉弟だけなら気軽に引き込んでもいいが、聞けば彼女の旦那さんとその仲間たちという大所帯もいる。
それだけの大人数となれば、全員の人品も大まかに把握しておきたい。
ツバサの胸中を酌んだようにネネコは切り出してくる。
「……ツバサ君たちの近況は聞かせてもらったし、あたしなりに理解させてもらったわ。でも、あたしたちのこと、亭主やその仲間たちについてはまだあんまり説明させてもらってないからね」
フェアじゃないでしょ? とネネコはウィンクを送ってきた。
ミロ以外の女性になびいたことのないツバサだが、彼女のチャーミングさに一瞬ドキリとした。なるほど、旦那さんはこれでイチコロだったらしい。
本当、体格にそぐわない素敵な女性だ。
ネネコは箸を置くと「ごちそうさまでした」と礼を述べ、その巨体を座り直して姿勢を正した。そして、ツバサの瞳を覗き込んでくる。
「今度はあたしたちのことに説明させて。そして、あなたたちの同盟に加えてもらえる資格があるか否か……そこを判定してほしいの」
問題があれば遠慮なく指摘してちょうだい、とネネコは言った。
嗚呼──この潔い態度よ。
こちらの立場や状況を酌み取って、自分たちの氏素性を詳らかにすることで対等となり、仲間にふさわしいか否かを判断してくれと申し出ているのだ。
手を取り合って協力する――その手順を心得ている。
ミロではないが、もうこの時点で「仲間になってください!」とこちらからお願いしたいくらいだった。しかし、彼女の話を聞いておいて損はない。
ツバサ自身、ネネコたちの歩んできた道のりに興味があった。
~~~~~~~~~~~~
ネネコは順を追って語り始める。
自分たちが如何にして真なる世界にやってきたかを……。
「事の始まりは、ウチの旦那に一本のソフトが送られてきたことだったわ」
他でもない――VRMMORPGだ。
ある日突然、旦那さんの職場へ届けられたという。
通販で頼んだ覚えもないから驚いたそうだ。
「旦那もあたしも多少なりともゲームで遊ぶことはあるから、アルマゲドンも興味はあって話題にはしてたんだけど……そのソフトは発売日の一週間前に送られてきて、しかも発送元が開発会社のジェネシスだったのよ」
「ジェネシスがわざわざ旦那さんに送りつけてきたんですか?」
ネネコは頷いてからお茶を一口啜った。
食事を終えたネネコはホクトに「食後のお茶は如何ですか?」と促され、ジャスミン茶をリクエストした。ツバサも付き合って同じものを煎れてもらう。
話し合いに参加するレオやフミカもいただいていた。
一方、ランマルは――まだ喰っていた。
ミロやセイコも同様である。
「よっしゃ、残飯処理ならおれに任せろ。ポリバケツとあだ名されたおれの胃袋は伊達じゃねえぞ。穂村組の宴会じゃあいつも後始末してたんだからな!」
「んむーッ!? 待ってデッカい人、オイラまだ食事中!」
「セイコのおっちゃん! アタシもまだ食べてるからダメーッ!?」
「よろしければ新たに料理と御飯をご用意いたしますか?」
ホクトがそう勧めると、3人とも一斉に空の茶碗を差し出した。
「「「──おかわりゃーッ!!」」」
食べ盛り三人衆はホクトに面倒を見てもらおう。おかげでネネコとの話し合いがスムーズに進むから大助かりだ。
ジェネシスの名前が出た途端、レオナルドが反応した。
「──ジェネシスが送りつけてきたんですね?」
参謀らしく控えていたが、自然な流れで会話へ加わってくる。
「もしや手紙が同封されていませんでしたか?」
旦那さん宛てに『是非ともテストプレイヤーとして参加してください』という旨のもので、毎日最低1時間はログインとプレイをしてもらうのを前提に、プレイ中の技能習得率や魂の経験値の獲得率をモニタリングさせてほしいこと。
「そして、これらを了承してくださるのなら、少なくない額の謝礼金もお支払いすることなどが書かれた手紙が……」
レオナルドの質問にネネコは訝しむ。
「ええ、あたしも夫から手紙を見せられたので……どうしてそれを?」
どうやら誰にも話したことのない手紙の内容を言い当てたレオナルドに、不信感を抱いたらしい。ツバサは軍師気取りを親指で差して説明する。
「こいつ、元GMでジェネシスの重役なんです」
「驚かして申し訳ありません。心当たりがあったもので……」
レオナルドが謝罪を兼ねて会釈すると、ネネコは「まあ」と口に手を当てて軽く驚いている。関係者までいるとは思わなかったようだ。
「レオ、心当たりがあると言ったな?」
ツバサが振り向くと、肯定の頷きで返してくる。
「何度か説明させてもらったと思うが……ジェネシスが異世界転移に際して、ある程度の人材を見繕っていたという話を覚えているかな?」
「ああ、会議の度にそんな話を聞かせてくれたな」
(※第214話、第325話参照)
先日、最悪にして絶死をもたらす終焉の首領たるロンド・エンドが、その人材の選抜に関わっていたという話を聞いたばかりだ。
アルマゲドンというゲームを装った訓練施設で技能や過大能力を獲得させたとはいえ、基本プレイヤーは着の身着のままで異世界へ飛ばされる。右も左もわからないどころか、文明が滅び去って荒廃し尽くした異世界だ。
そんな異世界でも裸一貫でやっていける人材を求めたらしい。
「アルマゲドンには修学を助ける機能も備わっていた。ある程度ならば魂の経験値で技能として習得できたが……やはり専門家には一歩譲るからね」
できれば、その道に秀でた専門家の手を借りたい。
このため有能な人材をピックアップには余念がなかったという。
苦難に屈しない精神力の強い人、一から道具を作れる技術者、何があっても生き残る生命力に富んだ人、サバイバル能力に優れた人、学者や知識人……。
こういった人々を選んでいたそうだ。
「ジェネシスは独自の基準で見込みのある人を選び出し、様々な理由をこじつけてアルマゲドンをプレイしてもらおうと画策していたんだ」
最も多用された理由はテストプレイヤーの依頼だった。
だからネネコの話を聞いた瞬間、レオナルドはピンと来たらしい。
レオナルドは慇懃に尋ねる
「差し支えなければ、ご亭主の現実でのお仕事を伺ってもよろしいですか? テストプレイヤーに選ばれた方の多くは、『手にも職! 足にも職!』といった感じで技術職についている方が選ばれることが多かったものですから」
技術職の人間がプレイヤーになると、初期技能にその人物が現実世界で学び得た技が最初から付与されており、アルマゲドン内でもそれにまつわる技能が飛躍的に伸びるため、本当にテストプレイヤーとして参考にされていたそうだ。
ネネコの顔には思い当たる節がありそうだった。
「技術職……といえば技術職ね」
ネネコ曰く、旦那さんは小さな工務店の社長だという。
中小企業と侮るなかれ──。
その技量は凄まじいの一言に尽き、建築業界では“若き偉才”として通っているそうだ。彼に勝るとも劣らない腕を持った10人の仲間を率い、家屋の修理や修繕にリフォーム、豪邸を建てる大仕事まで何でも引き受けてきたという。
建築家――ヒデヨシ・ライジングサン。
それがネネコの旦那さんだ。
「ヒデヨシも凄いけど、仲間のみんなも凄いんだぜ!」
ミロやセイコとおかずのメンチカツ争奪戦を繰り広げながら、ランマルが口を挟んできた。その口振りから、義兄と仲間を紹介したいのが窺える。
まるで家族を自慢したい子供のようだ。
「サスケくん、キリ姉、セイカイ坊、イサ兄、ジュウゾウさん、ウンノさん、ジンパつぁん、ユリちゃん、モッチー、アナちゃん……みんな義兄ちゃんには遠く及ばないけど、得意分野をやらせたら天下一品なんだからな」
「十勇士みたいな面子だね」
ツバサが指摘しせずとも、レオナルドが代弁してくれた。
猿飛佐助、霧隠才蔵、三好青海入道、三好伊佐入道、筧十蔵、海野六郎、根津甚八、由利鎌之助、望月六郎、穴山小助……これで10人、符合する。
真田十勇士かな? とツバサも思っていた。
この一連のやり取りを聞いて、ネネコはおかしそうに微笑む。
「やっぱり知ってる人は連想しちゃうみたいね。そ、旦那も豊臣秀吉と同じ名前で、部下の10人が真田十勇士とよく似た名前だからって、なんとなく紐付けられることがよくあったのよ。仕事仲間からも言われたらしいわ」
日之出十勇士――彼らの通称である。
この名前を聞いた瞬間、レオナルドの顔色を揺らいだ。
どんなに追い詰められても、不利を悟らせないためにポーカーフェイスを保つ男にしては珍しいリアクションだ。
彼自身──思い当たる節がありそうな雰囲気である。
明らかに困惑の色を過ぎらせたが、ツバサでなければ見逃すような一瞬だった。そこから先にはおくびにも出そうとしない。
冷静な軍師を装い、理路整然とした態度で話を進める。
「腕の立つ工務店の社長……業界内で噂になるほどというのであれば、その評判をジェネシスに買われたのかも知れませんね。もしよろしければ、ご亭主の現実での本名をお教えいただいても構いませんか?」
フミカ君、とレオナルドはツバサの隣にいる次女に声を掛けた。
ミロは大食い合戦のため左隣の椅子に座ったが、フミカは最初からツバサの右隣に着席していた。書記として会話の記録を取ってくれていたのだ。
名を呼ばれたフミカはすぐに察した。
「はいはい、お姉ちゃんがジェネシスのサーバーからブッコ抜いてきた、ジェネシス厳選の『異世界に送りたい人材』リストを参照したいんスね?」
「話が早くて助かるよ、早速お願いしたい」
了解ッス、とフミカは言うが早いか手元にキーボード型のスクリーンを展開させて鮮やかな手際でブラインドタッチをする。
モニター型スクリーンには名簿らしきものが映し出されていた。
フミカの姉アキは──元ハッカーである。
自堕落ニートのダメ人間だがこの取り柄のおかげでジェネシスに拾われ、下っ端ながらもレオナルドの部下としてGMをやっていた。
彼女の過大能力は、情報収集能力に特化している。
その能力は次元さえも超え、小惑星の激突によって壊滅した地球にまで届かせることができるのだ。アキはレオナルドの命を受け、ジェネシス本社の壊れたサーバーからいくつもの情報を拾い集めてきていた。
その中に人材リストもあったらしい。
「アキ姉ちゃんから人材リスト回してもらったッス。後は検索かければ一発なんでネネコさん、旦那さんの現実でのフルネームを教えてくださいッス」
「日之出秀吉よ。そこから文字ってヒデヨシ・ライジングサンにしたの」
捻りがなくてストレートでしょ、とネネコは微笑む。
フミカは「いいじゃないッスかわかりやすくて」と褒めるよう言ったが、その後ろに立っていたレオナルドはそれどころじゃなかった。
電流走る──みたいな衝撃を受けている。
レオナルドがここまで動揺するのは希少かも知れない。
爆乳特戦隊にまとわりつかれるか、ミサキ君に過去に犯した失態でイジられるか、ツバサが爆乳をエサにしてからかうか……。
それぐらいでしか取り乱さない男がはっきり狼狽えていた。
フミカは名前を入力、そして検索にかける。
「日、之、出、秀吉さん、と……あ、あったッス。『腕の立つ職人、建築やインフラ構築の工作者として期待大』って評価から選ばれてたッス」
「載っていたリストはともかく、夫が褒められるのは悪くないわね」
ネネコは複雑そうに苦笑していた。
すると、レオナルドは彼女の真正面へと向き直り、両手を軍服ズボンの折り目に合わせてピンと伸ばす。姿勢もまっすぐに“きをつけ”をした。
「ネネコさん、ランマル君…………申し訳ない」
レオナルドは腰を折って深々と頭を下げ、誠心誠意の謝罪をした。
「君たち家族をこの世界に連れてきたのは──俺だ」
~~~~~~~~~~~~
前述の通り、ジェネシスは異世界に送る人材を探していた。
独自の情報網を駆使するに留まらず、社内の人間にも「もし無人島に開拓を前提として送り込むなら、君はどのような人物を推薦する?」みたいな感じでアンケートを採ったりしていたらしい。
レオナルドのような重役の意見も採用されたという。
「……ある日、ロンドさんに『おまえもオススメの人材100人ピックアップしてみたらどうだ? 手伝うつもりで選んでみてくれ』と命じられましてね」
言われるがまま100人をリストアップしたが──。
「技術者枠に、秀吉さんの名前を入れたんです……お世話になったことは数え切れないし、工作者としての腕前が凄いのは目の当たりにしていた。だから、当時は良かれと思って推挙したつもりだったんだが……」
本当に申し訳ない、とレオナルドは2度目の謝罪をした。
これにネネコは戸惑い、慌てて両手を上げると彼を制して慰める。
「ちょ、待っ……レオナルドさん! 頭を上げてくださいな。別にあたしたちは巻き込まれたなんて思ってないし、ツバサ君の話を聞いた今では、むしろ幸運だったと思ってるくらいなんだから」
「しかし、あなた方を苛酷な運命に巻き込んだのは……ッ!」
「いいって──サイヤ人みたいな人」
尚も謝罪を言い募ろうとするレオナルドを遮ったのは、メンチカツ争奪戦に勝利したランマルだった。サクサク音を立てながら揚げ物を味わっている。
「どんな道を選ぼうがいいことも悪いこともあらぁな」
ランマルは細い眼を糸のようにして「シシシ♪」と笑った。
天真爛漫な笑い方までどこかのアホそっくりだ。
「確かに、こっちの世界に飛ばされて嫌なことも面倒くさいこともいっぱいあったけど、オイラたちファミリー全員一人も漏らすことなくやってこれたし、楽しいことやいいこともいっぱいあったからチャラだよ、うん」
気楽に行こうぜ、とランマルはその一言で自分の出番を締めた。
そういうことよ、ネネコは弟の後を継ぐ。
「地球が壊れて人類が絶滅するかしないかの瀬戸際だっていうなら、あたしたちは座して待つよりまず行動するタイプよ。そのチャンスをくれたのがレオナルドさんだというなら、礼を言うのはあたしたちの方よ」
亭主を選んでくれてありがとう──ネネコも真摯に感謝を述べる。
「そういっていただけるのなら……心が少し、軽くなります」
レオナルドは身震いすると、下げていた頭を更に深くした。
この男も溜め込みやすい性分なので、本当に救われた気分なのだろう。
この一件は悶着せず、これで片付いた。
ほんの少し静寂がやってくると、アホの子たちの囁きが聞こえる。
「獅子のお兄ちゃんの髪型、やっぱサイヤ人に見えるよね。ラ○ィッツ?」
「オイラ的にゃベ○ータ王子かな。あ、どっちも額がM字……」
「──誰の生え際がM字ハゲだね!?」
絶妙すぎるタイミングのボケとツッコミだった。
これにより食堂は大爆笑に包まれた。空気の入れ換えには最適だ。
ホクトでさえ顔を隠して広い肩を小刻みに振るわせているのだから、相当ウケたのだろう。セイコなどテーブルを壊すつもりで叩いて笑っている。
「はぁ~ウケたウケた……ところでランマルよぉ、いやネネコさんに聞いた方が早そうだな。送られてきたアルマゲドンのソフトは1本だけかい?」
セイコは笑い涙を太い指で拭いながら訊いた。
ネネコは失礼だと弁えたのか、笑いを噛み殺している。
「ええ、ウチの亭主宛てにひとつだけだったわ」
「それじゃあよ、姉さんやランマル、それに仕事仲間はどうしたんだい? やっぱあれか、旦那さんから聞いて興味を持ったから始めたとか?」
言葉が足らないものの、セイコの言いたいことは伝わってきた。
ネネコやランマルが“家族”と呼ぶ、ヒデヨシと彼が率いる日之出工務店の仲間たちも、プレイヤーとして真なる世界へやっている。
ならば、ネネコ姉弟や仕事仲間のアルマゲドンはどうしたのか?
そこを質問したのだろう。
「亭主が興味を持ったのはアタリ、そこから先はちょっと違うわ」
ネネコは懐かしみ──誇らしげに語る。
興味のあったVRゲームがタダで貰え、おまけに「謝礼金も出す」と言われたら後には引けまい。ヒデヨシは喜び勇んでアルマゲドンを始めた。
「初めてゲームをやった翌日には、自分のお小遣いを叩いてあたしたち姉弟の分と工務店みんなの分、合わせて12本のアルマゲドンを買ってきたのよ」
「旦那さん太っ腹だな! それに行動力もすげぇな!?」
アルマゲドンは高額な部類に入るソフトだ。
ミロがツバサと自分の分を2本用意した時も、内心「また無駄遣いして……」とオカン心が愚痴りそうになったくらいである。
その高額ソフトを自腹で12本は、紛れもなく太っ腹だった。
「あの人はアルマゲドン風に言えば工作者の端くれ。物作りにひたすら打ち込めて、その自由度が際限ないところにハマっちゃったのよ」
ネネコはその時のことを懐かしむように続けた。
『おいみんな! このゲーム凄ぇぞ! クラフト系やサンドボックス系の頂点だ! オレたちみたいな物作り大好き人間にゃ堪らねぇ仕様になってやがる!』
『おめぇらの分も用意してやったからやってみろ! こりゃあ建築なんかのアイデア作りにも役に立つし、練習台としても持って来いよ!』
『ネネコ! ランマル! おまえたちの分もあるぞ!』
『2人とも格闘技の達人だ! このゲームの中なら存分に闘うことができる! ついでにオレたちの護衛もやってくれりゃ助かるってもんだ!』
「……って大興奮でね。あたしたちにも遊ぶように勧めてきたのよ」
「ほぼ強制だったけどね。みんな楽しんでたからいいけど」
ネネコは綺麗に締めようとしたが、ランマルは半笑いでヒデヨシがどれだけ押しの強い性格なのかをバラした。昔気質の強引さらしい。
これで──ネネコたちが真なる世界へ来た理由はわかった。
いや、その原因となった点がまだ明かされてない。
「そういえばレオナルド……おまえがヒデヨシさんを推したんだよな?」
ツバサが確認すると、渋々レオナルドは頷いた。
「推薦者100人に加えたのは間違いない。ただ、その100人が全員採用されたどうかはわからないし、彼ほどの職人ならば他の誰かが推した可能性も……」
ツバサはにべもなく言ってやる。
「いいやレオナルド、おまえのせいだ。そういうことにしとけ」
「どうして俺への風当たりはそう強いんだ!?」
ツバサもミサキ君も、断りもなく消息を絶たれて音信不通になったことを許してはいないので、こういう時は無性にネタにしてからかいたくなるのだ。
妖しい微笑みで舌をペロンと出して小馬鹿にしてやる。
それから問い質すべき詰問へ切り替えた。
「おまえさっき言ったよな。ヒデヨシさんの腕前を見たとか、何度もお世話になっているとか……現実で接点があったのか?」
核心に触れると、レオナルドは露骨にたじろいだ。
言い淀もうとしたが諦めたのか、訥々と事情を話し出す。
うんざりした様子を見るに、もしかして爆乳特戦隊絡みか?
「……日之出工務店にとって、俺はお得意様なんだよ」
その付き合いは先代社長、ヒデヨシの父の代にまで遡るという。
「知っての通り、俺とカンナは家が隣同士の幼馴染みだ」
女騎士――カンナ・ブラダマンテ。
レオナルドと同じジェネシス勤務の上級GMでもあり、現在はクロウ陣営に所属している。機動性のある戦闘能力に優れ、仕事をやらせても有能なのだが……頭に血が上りやすい性格なので、みんなから「猪武者」と呼ばれている。
猪突猛進という四字熟語を体現したような女性だ。
「カンナの家は代々武道家の家系だったのでね。家には道場が2つもあって、稽古を受ける門下生も大勢いたのだが……その道場がよく壊れてな」
門下生に力自慢が多かったのが災いした。
稽古で床板を踏み抜く、突き飛ばされた人が壁を破る、練習に夢中なるあまり窓を突き破って桟まで壊してしまう……他多数。
「その度に道場の修繕をしてくれたのが、日之出工務店のオヤジさんだ」
ここでレオナルドと日之出工務店に縁ができたらしい。
「彼が引退すると店を受け継いだ秀吉さんが来てくれるようになってね。そこで知り合ったんだが……今度は俺が個人的に依頼することが増えたんだ」
苦汁を噛むようなレオナルドに、ツバサは首を傾げてしまう。
「……男やもめが工務店にそう何度も依頼するか?」
改築やリフォームなんて頻繁にするものではない。
妖怪漫画の大家・水木しげる先生は改築マニアというか大の増築好きで、暇さえあれば方眼紙に図面を引いて、どこに新しい部屋を作ろうかと考えるのを楽しみにしていたらしい。
おかげで迷路のような家になったとか……。
レオナルドにそういう趣味があるとはついぞ聞いたことがない。
彼は眼鏡を額へ上げ、両手で顔を覆って嘆き始めた。
肩を震わせて啜り泣いているのか?
「だって……クロコが忍び込んだかと思えば自分が潜めるスペースを壁や天井裏に作ろうとして部屋を壊すし、アキが遊びに来ればシチューを床に落としたり鍋物を壁にぶちまけてボロボロにするし、そこへカンナが乱入してくれば怒りに任せて壁をぶち破るし、ナヤカも消えない染料で怪しい魔法陣を床や壁に描いたかと思えば、見たこともない御札を強力接着剤で壁に貼ったりするし……」
「わかった! もういい! それ以上、思い出すな!」
「ウチの駄目姉が大変なご迷惑をかけたッス!」
鬱だ死のう、といわんばかりに精気が抜けていくレオナルド。
実の姉が果てしない迷惑をかけたと知ってフミカは申し訳なさそうに平謝りを繰り返し、ツバサは立ち上がるとおっぱい星人な親友を元気付けてやるため、爆乳を押し当てながら肩に両手を置いて慰めてやった。
もしかして『爆乳特戦隊が原因』ではない。
明らかに『爆乳特戦隊が原因』だった。
各人、専門分野では超がつく一流の爆乳美女。それ以外はポンコツすぎてヤバいという評価だったが……彼女たちが出入りする度に家を壊されたらしい。
そりゃあ工務店のお得意様にもなるわけだ。
「とにかく、その縁でヒデヨシさんのことをよく知ってたんだな!?」
「そ、そういうことだ……日之出工務店さんには大変お世話に……」
ここでネネコとランマルが「あっ!?」と声を上げた。
「まさか、ウチの人がいってたラノベ主人公みたいなお得意様って……」
「もしかしなくてもサイヤ人みたいな人のことだよね?」
「──誰がサイヤ人みたいなラノベ主人公ですか!?」
ツバサの決め台詞を奪い、レオナルドは憤慨することで立ち直った。
どうどう、と怒れる獅子をなだめてツバサはまとめに入る。
「これでネネコさんたちがこちらの世界へやってきた流れと、旦那さんのヒデヨシさんやその仲間たちについてわかりました。それでなんですが……」
日之出工務店の皆さんは──今どちらに?
この問いにネネコはやや目を伏せ、寂しそうな表情になった。
そして、家族の安全を祈るように答える。
「あの人たちは今……これまでの旅を逆に辿っているの」
最悪にして絶死をもたらす終焉のせいでね、と悔しそうに付け加えた。
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