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第14章 LV999 STAMPEDE

第333話:わたしは数多の精霊となって遍在する

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 ミコ・ヒミコミコ――満10歳。

 ククルカン陣営にせきを置く、いわゆる幼年組のひとりだ。アハウたちと出会う前は兄貴分のカズトラと行動を共にしていた。

 アルマゲドンは女の子たちに人気があったらしい。

 その理由は変則的なものだった。

 ゲーム開始に作れるアバターは、自分自身をそっくり模倣もほうしたものを強制されるというシステムで不評を買ったアルマゲドンだが、時が経つに連れて一部のプレイヤーから「それがいい」と再評価された。

 アルマゲドンのアバターは──プレイヤーの魂。

 そこから作り出されるアバターは現実での肉体を洗練させた外見になっており、大なり小なり美化されていた。

 気になるアザやシミ、嫌なところにあるホクロに古傷、体質や病気によるお肌の荒れ、深く刻まれたしわやほうれい線……そういった個人的に気になる身体的特徴が、アルマゲドンのアバターでは消えていた。

 毛髪が増えたり、体毛が薄くなることもあった。

 風の噂で聞いたところでは、怪我や病気などで身体を欠損した人も、アバターではしっかり元通りになっていたという。

(※これらの身体的特徴は本人がチャームポイントと認めていたり、トレードマークだと気に入っている場合は消えることなくアバターに反映された)

 簡単に言えば、理想的な自分になれるらしい。

 これが少女たちの間で「可愛くなれる!」と評判になり、対象年齢12歳以上という決まりを破って、かなりの少女がアルマゲドンを始めてしまった。

 ミコも触発された1人だった。

 学校のクラスメート数人と一緒に始めたらしい。

 しかし、その難易度から友達は次々とアルマゲドンから引退してしまい、ミコも辞めようかと思っていた矢先、カズトラと出会ったそうだ。

 以後、カズトラのサポート役を務めてきたという。

 カズトラは「アイツ金魚のフンだったんすよ」と邪険にいうが、ミコの懐き具合と「大きくなったらカズ兄ちゃんと結婚する」という発言から察するに、面倒見が良かったに違いない。

 そう、ミコはサポート役に徹してきた。

 おっとりした性格のミコは荒事あらごととは無縁で、前線に立たせることはおろか、後衛から遠距離攻撃する度胸さえない。

 そんなミコに覚醒した過大能力オーバードゥーイングは――とても彼女らしいものだった。

   ~~~~~~~~~~~~

 南方の巨大半島を埋め尽くす大密林――ククルカンの森。

 超巨大大陸の全体から見れば半島だが、その面積は南米大陸が数個あっても足らず、アマゾン川流域を遙かに凌駕する密林地帯が広がっていた。

 かつてはこの密林を住み処にした猿に似た現地種族の名を取ってヴァナラの森と呼ばれていたが、獣王神アハウがこの地にやってきてヴァナラを初めとした多くの種族を庇護ひごしてからは、彼の名を冠するようになった。

 ククルカンの森にある――アハウたちの拠点。

 古代のマヤ・アステカ文明をしのばせるピラミッドを模した巨大三角形な建築物が、密林の中からニョキッと頭を突き出している。

 アハウが中南米考古学の講師をやっていたので、その趣味を反映させたらこんな建物になってしまった。

 最初はアハウが粗末な建築系技能でこしらえたものだった。

 同盟加入後は、工作者クラフターのダイン君やジン君に手伝ってもらった。おかげで外見こそ古代のピラミッドのままだが、その内部は現代日本と遜色ない生活ができるようになっていた。インフラ設備もバッチリだ。

 ピラミッドの最上階は、見晴らしのいい展望台に仕立ててある。

 そこにアハウ、マヤム、ミコの3人がいた。

 大密林の彼方――ピラミッドこちらを見つめる者がいる。

 飛行系技能で空に浮くその姿は、一見すると駿馬しゅんめまたがった女傑じょけつ。よく目を凝らせば人馬一体となったケンタウロスだと気付くはずだ。

 栗毛くりげの馬体は耐久性と走破力に優れた軍馬に近く、首から伸びている人体は気の強そうな美しい女性である。やや褐色の肌を持ち、長い黒髪は邪魔にならないようにとしっかり結い上げられていた。

 切れ長な瞳がピラミッドを見据えている。

 馬の巨体に釣り合わせているのか、人体部分では乳房が目立つほど大きい。革鎧の中に無理やり押し込んでいるが、今にもはち切れそうだ。

 レンジャー装備に、飛び道具主体の武具を揃えていた。彼女は走りながらの射撃を得意とする。なにせ旦那もとびきりの狙撃手スナイパーだ。

 ケイラ・セントールァ――ククルカン陣営に属する偵察猟兵レンジャー

 夫で拳銃使いガンスリンガーのバリー・ポイントとともに仲間になってくれた女性だ。ケンタウロスから神族・騎神きしんになったので、肉体に人馬の特徴を留めている。

 異世界転移でケンタウロスの身体になっため、「もうお嫁に行けない!」と嘆いていたが、一緒に行動していたバリーに「オレが貰ってやる」と諭され……そのまま夫婦になったそうな。

 一方的なカカア天下だが、夫婦仲は良好である。

 ケイラはスマホを取り出すとアハウに電話をかけてきた。

『そろそろ試験を始めます。ミコちゃんとマヤムさんの準備は?』

「いつでもOKだ。はじめてくれ」

 了解、とケイラは返事をしてスマホを仕舞った。

 ピラミッドから目を離さず、前脚を軽く上げて走り出す準備をしたかと思えば、彼女の姿はコマ送りのように消えていた。

 大密林の上空にいたはずのケイラが遙か遠方に現れる。

 そこはもう大密林の外。植生が弱くなって荒れ地一歩手前の草原、現実世界でいえばサバンナのような場所だ。その上空まで彼女は飛んでいた。

 この瞬時にワープするかの如く移動できるのが彼女の過大能力オーバードゥーイング

 過大能力――【黄泉かヘル・ら天界トゥ・まで駆ヘブン・け巡る襲歩】ギャロップ

 彼女は視界の届く場所ならば、どこへでも瞬間移動できるのだ。ケイラ曰く「空間を跳躍する感覚」とのこと。騎神となった彼女が手に入れた、空間という障害を跳び越えるあしである。

 しかし――ピラミッドからは大分離れた。

 それでも神族の視力ならば捉えることも不可能ではない。偵察猟兵レンジャーとしての技能スキルを数多く備えるケイラならば尚更だ。

 ピラミッドの最上階にいるアハウも、ケイラの姿を目視できた。

 こちらも獣王神の肩書きに恥じぬ視野を持つ。

 アハウと視線があったケイラは小さく頷いた。彼女は過大能力で一気にここまで跳躍してくるつもりなのだ。

 なにせ、アハウがそう頼んだのだから――。

 ケイラは今、仮想エネミーを演じている。

 彼女のように空間転移能力を持っているか、あるいは結界をすり抜ける能力者への対策を模索しているところだった。ケイラの過大能力は強固に張り巡らせた結界さえも跳び越える。こうした試験には持ってこいだ。

 ケンタウロスの猟兵が再びかき消える。

 次に出現するのはこのピラミッド、アハウたちのいる最上階。

 ……のはずだったが、それは叶わなかった。

 ケイラの姿が密林上空に出現する。位置的には、ちょうど彼女が最初に浮かんでいた辺りだ。そこで透明なものにぶつかり、立ち往生させられていた。

 あれはマヤムの張った結界である。

 マヤム・トルティカナ――ククルカン陣営の副官。

 アハウの補佐を務める元ゲームマスターで、見掛けは十代後半の美少女にしか見えないのだが、現実世界ではれっきとした成人男性だった。

 その頃から綺麗な“男の娘”だったそうだが……。

 女性になりたい気持ちをこじらせた挙げ句、異世界転移の紆余曲折によって完全に女性化。正しくは女神化してしまい、今ではアハウの妻になっていた。

 世の中、どう転ぶかわからないものである。

「うん、僕の結界は作動していますね」

 結界の手応えを感じたのか、アハウの隣でマヤムがそう呟いた。

 本当──10代の美少女にしか見えない。

 少女らしい童顔、長めのボブカットはふんわりとボリュームがある。アハウの肩に乗れるほど小柄でスマートだが、スリーサイズはほどよくメリハリが効いており、万人受けするスタイルと断言できる。

 マントやローブを重ね着した魔術師のような装いを好むと思っていたが、あれは女性化した肉体を隠すためのものだったらしい。

 旧知のGMたちに女性化がばれたことで吹っ切れたのか、最近はフェミニンになった身体の線がわかりやすいファッションをするようになった。

 マントやローブは相変わらずだが、全身を覆い隠すことはやめている。

 魔法使いらしい装束も、身体の線がくっきり浮かび上がるタイトなもので着飾っていた。気のせいでなければ、バストサイズをちょっと盛っている。ツバサ君たちより控え目な普通サイズを気にしているのだ。

 アハウ的にはベストサイズなのだが……。

「マヤム君の結界ならば防御力は折り紙付きだ。以前、ツバサ君やミロ君でもおいそれとは破れなかったことで検証済みだからな」

 頭を真面目に切り換えて、アハウは彼女の能力を讃えた。

 マヤムの過大能力──【換われ替チェンジ・われよ空間スペース・水晶のクォーツ立方体】・キューブ

 彼女の能力は、空間を水晶のように結晶化させる。

 キューブになった空間水晶スペースクォーツはLV999でも生中には壊せない。あれからマヤムもレベルアップしているので強度も上がっていた。

 ケイラの空間跳躍を防いだように、不可侵の結界として使うこともできれば防御壁にもなる。叩きつければ相応の破壊力も期待でき、敵を空間水晶内に封じ込めて拘束することもできる。使い方は多岐に渡る。

 ただ、少々使い勝手の悪い点もあった。

「以前からちょくちょく、ククルカンの森への侵入を阻止するために自動発動する結界として展開させているんですけど……見境ないんですよね・・・・・・・・・、これ」

「ああ、現にケイラ君が止められているからな」

 マヤムが意識していれば、敵味方を判別できる結界となる。

 しかし1年365日ずっと気を張らせるわけにもいかない。あまりにも非効率だ。マヤムには他にも様々な仕事を任せているのだから。

 そこで自動オートで発動にするよう仕掛けると――すべてをさえぎってしまう。

 この空間水晶の結界を張り巡らせておけば、蕃神やバッドデッドエンズの侵攻を妨げることはできる。だが、自動的に発動するこの結界は、ククルカンの森へやってくる者全員を拒んでしまう。

 助けを求めてきた人々さえも──。

 敵味方関係なく、何者も通さない絶壁となってしまうのだ。

 危険なモンスターを通さないのは勿論のこと、生態系のサイクルを回すための動植物の移動さえ妨げてしまうので、やはり常時展開するには適していない。

 防御力は他に類を見ない頑強さだが、融通ゆうづうに欠けるのが難点だった。

 マヤムも「改善の余地あり」と見直している最中だ。

 だが幸いなことに、この難点を解消する過大能力があった。

 解消するどころか補強してくれるものだ。

「アハウさま――わたしの過大能力オーバードゥーイングもう使っていい?」

 頭上から声が降ってきたので、アハウは目線を上へとずらした。

 こちらの眼球の動きを察して、ミコが覗き込んでくる。

 ――ミコはアハウに肩車されていた。

 高いところからジャングルを見渡したい、というミコの要望だ。

 アハウは獣人ながら人間に近い体型となり、大振りな甚平じんべえを着ていた。この状態でも2m超えの体格だ。ミコぐらいの少女を肩車するなどわけはない。左右の肩にミコとマヤムを乗せても余裕である。

 隣に女性らしさが増してきたマヤムが立ち、幼いミコを肩車していると、はたから見たら父親みたいに見えるのではないだろうか? 

 まあ構わないのだが……こそばゆい気分だ。

 アハウがどうでもいいことで思い悩んでいると、ミコは「ん?」と声を出さずに小首を傾げた。

 穏やかな顔立ちから万人が「おっとりしてそうだな」と感想を抱くであろう平和的な雰囲気を醸し出す幼女だ。

 青みがかった髪は長く、2つに分けて結っている。

 ミコという名前にあやかって巫女服をアレンジした衣装を好むのだが、ハルカ君やホクトさんのおかげでバリエーションも増えた。

 ミコだって女の子、オシャレもしたい年頃だろう。

 優秀な服飾師ドレスメイカーたちには感謝している。

 やっぱり父親みたいな心持ちになってしまう。

 アハウは気分でかけている伊達眼鏡越しにミコを見上げた。

「ああ、やってみてくれ。マヤム君の過大能力と連動させるのを忘れずにな」
「うん、わかった――じゃあ、やってみるね」

 アハウの頭にしっかり掴まったミコは、真正面を見据えた。

 彼女の小さな身体がほのかな燐光りんこうを帯びると、シャボン玉より存在感のない幽玄ゆうげんの泡が湧き立った。それは春風に煽られる桜吹雪のように舞い散る。

 ミコの過大能力――【わたしは数多のオムニプレゼン精霊とト・マなって遍在する】イ・マニトゥ

 放たれた幽玄の泡、あれはミコから生まれた精霊。

 彼女の意識をコピーした精霊なので、“分霊ぶんれい”という言葉を当てはめるのがいい知れない。ミコはあれらの精霊と感覚を共有できるのだ。

 幾億もの精霊は遍在するオムニプレゼントの名前通り、森羅万象に融け込む。

 やがて幽玄の泡は眼に映らなくなるが、大地に、大気に、風や雲に、海や川に、草木に、そして生命にも染み込んでいくのだ。

 ミコの精霊は万物に馴染むが、働きかけることはしない。

 ただ──世界に遍在へんざいするのみ。

 これらの精霊は自らが馴染んでいる自然に異変が起きれば活性化し、どこで何が起きているかをミコに伝えてくる。

 大気中に漂う精霊が生命体(神族&魔族含む)に触れれば、その者の殺意や敵意といった悪意から危険性を調べることもできる。

 わば、的確な判断を下せる高感度センサーとなるわけだ。

 ミコの精霊は今、ククルカンの森と一体化した。

 普段は漠然とした自然との一体感を味わえる程度だが、いざ事が起きれば鋭敏えいびんに察知することで状況を把握するだろう。

 その感覚情報を、マヤムの過大能力と同調させる。

 ふたつの過大能力を連携させ、結界に近付いた者の判別ができれば、防御力に機能性を兼ね備えた防衛網になるはずだ。

 その効果を実証するため、本物の敵を用意したいところだが……。

「──おあつらえ向きのがやってきたな」

 空間水晶スペースクォーツに足止めされていたケイラに襲いかかる者がいた。

 密林という樹海から飛び出してきたのは、ジャングルシャークという飛行能力を持った大型のサメだ。樹海を海のように泳ぎ渡る。

 サメながら種類は豊富で、亜種に頭がいくつもあるトリプルヘッドとかファイブヘッドなどというケルベロスのサメ版みたいな奴がいる。中には下半身がタコのように触腕になっているものもおり、もはや面白半分で作ったキメラの類だ。

 これを見たカズトラが「サメ映画じゃん!」と興奮していた。

 そういえばアハウも設定が度し難いサメ映画を好んで視聴した時期があった。途中から「サメってなんだっけ?」と我に返ってしまったのだが……。
 
 現れたのはサイズこそ大きいがノーマルなサメだ。

 全長15mはある巨体を跳ね上げ、のこぎりを重ねたような牙を剥く。

 狙う獲物は食べ出がありそうなケンタウロスの身体を持つケイラだ。

 牙が届く寸前、ケイラは過大能力で空間を飛び越えた。

 ミコの精霊はケイラを「味方だよ」と識別し、マヤムの結界へと知らせる。その情報を受けた結界は、空間水晶を発生させずにケイラを素通りさせた。

 ピラミッドの最上階にケイラが転移してくる。

 一方ケイラを食べようとしたジャングルシャークは、「悪い奴!」とミコの精霊に嫌われ、マヤムの結界に「入れちゃダメ!」と伝える。結界はすぐさま空間水晶を造り出すと、サメの行く手を阻んだ。

 サメは空間水晶に弾かれ、遠くへ飛んでいってしまった。

 星になる勢いで飛んでいくジャングルシャークを見送っていたケイラは、褒めるような笑みで振り返り、アハウの肩にいるミコを見上げた。

「この結界なら文句なしの防衛力ですね……やったね、ミコちゃん」
「うん、ありがとうケイラさん」

 ミコも嬉しそうに笑顔になると、両手を上げてガッツポーズをした。
 
 小さい女の子なので威勢こそないが、達成感は伝わってくる。

 ミコは今まで戦力外だった。

 幼さゆえ戦闘に参加させられず、生産系もお手伝いが精々。サポート役に徹するにしても、マヤムやケイラには一歩譲る……。

 まだ10歳の彼女を悪し様に罵る者はいないが、ミコ自身は以前カズトラに言われた「金魚のフン」という評価を気にしているのはわかっていた。

 ──わたしも役に立ちたい。

 常々ミコはそう言い、彼女なりに努力を重ねてきた。

 その努力が実を結び、かつては村をカバーするのが精一杯だった過大能力の精霊も、こうしてククルカンの森全域にまで及ぶまでになったのだ。

「……カズ兄ちゃん、褒めてくれるかな?」

 精霊が満ちたジャングルを見つめるミコが、ポツリと漏らした。

 彼女が求めるのは──兄と慕う少年からの評価。

 生憎なことに今日は不在のため、父親代わりを務めるアハウが慰めてやることにした。肩車をしたミコの小さな身体にポンポンと手を添える。

「褒めないわけがない。これだけの成果を出したんだからな」

 自信を持つんだ、とアハウは励ました。

「…………うん、アハウさま」

 間はあったものの、いつもより強い返事にホッとする。

 カズトラは照れ隠しで「金魚のフン」と言ったつもりだろうが、言われたミコには堪えていたはずだ。アハウたちは元より、誰よりも何よりもカズトラに認められたい一心だったに違いない。

 もしミコを褒めなかったら――カズトラは朝から晩まで折檻せっかんだ。

 拷問と見紛うほどの責め苦で叱りつけてやろう。

 実際、ミコの功績は大したものである。

 ……結界に関しては、これまで四苦八苦させられてきた。

 マヤムの空間水晶による結界が広範囲を守れなかったのもあり、結界系は本職ではないが、アハウが過大能力で結界を張っていたのだ。しかし、薄いところはあるは穴が空いているはで心許こころもとなかった。

 マヤムも精進して結界のカバーできる範囲を森全体まで広げたのだが、ご覧の通り自動化できなかったので本格運用には程遠かった。

 だが――これらの問題は解決された。

「これでもう、ケイラ君たちに巡回させなくても良くなるな」

 だからアハウやカズトラ、それにバリーやケイラといった高機動で飛び回ることのできる面子が、毎日のようにククルカンの森を見廻っていたのだ。

 哨戒しょうかい任務とか警邏けいら任務と言っていた。

 ケイラに警邏……くだらない駄洒落だじゃれは黙っておく。

「あら、私やウチの宿六やどろくはお役御免ですか?」

 こちらの駄洒落を見透かしたわけでもあるまいが、ケイラはイタズラっぽく口の端を緩めると、皮肉を効かせた冗談を投げかけてきた。

「いやいや、ケイラ君やバリーにはこれからも働いてもらうつもりだ」

 改めて、アハウは危機的な現状を言葉にする。

「なにせ世界を滅ぼす軍団がやってくるというのだからな。防衛のかなめとなる結界が完成したくらいで安心はできない。気を引き締めていこう」

「そうでしたね……戦力はいくらあっても足りないか」

 ケイラも深刻な状況を思い出すと、鋭くも整った眉をしかめた。

 隣ではマヤムがため息をついてぼやく。

「叶うなら、LV999スリーナインをダース単位でスカウトしたいですよね……」
「無茶な注文なのはわかるが……同感だな」

 ダース単位では無理でも、数人なら叶うかも知れない。

 ハトホルの国では今頃、ツバサ君主導による猛特訓が行われている。

 LV999になれる者──その強化訓練だ。

 各陣営から数名選ばれており、ククルカン陣営からも2人参加している。1人は志願して行ったのだが、もう1人は奥さんに尻を叩かれてようやくだ。

『ぶっちゃけ、死んだ方がマシと思えるレベルでシゴキ上げます』

 一切の甘えを排除した顔のツバサ君が恐ろしかった。

「カズ兄ちゃん……大丈夫かな?」
ウチの宿六バリーもちゃんとやってればいいんだけど……」

 愛する者の身を案じて、女たちはハトホル国の方角を見つめていた。

   ~~~~~~~~~~~~     

「うぉぉぉおおおおおおおおらああああああああーーーッ!」

 カズトラは不条理な死に反逆していた。

 迫り来るプラズマの嵐に逃げ場なんてものはなく、撫でられただけで致命傷を負わされる滅びの旋風が吹き荒れていた。

 逃げられないなら──突き進むしかない。

 鋼鉄と宝石を縒り合わせたような自慢の右腕“ガンマレイアームズ”を構えると、前方のプラズマ嵐に向かって突進、全身全霊のパンチを放つ。

 渾身の一撃がぜ、破滅をもたらす風圧を突き破る。

 反動だけで皮膚が破れて肉が潰れそうな衝撃に見舞われるが、カズトラはそれを無視して動き出す。パンチの爆発力でわずかにできた隙間をかいくぐり、ツバサさんへと間合いを詰めていく。

 途中、この過酷な修行に挑んだ仲間たちを横目にする。

 トモエ・バンガク──ダウン。

 上半身のほとんどが地面に突っ込み、下半身のみが空へと突き上げられていた。痙攣けいれんする余力もなく、犬神家の死因みたいなポーズだった。

 フミカ・ライブラトート──ダウン。

 ありったけの【魔導書】グリモワールで防御魔法を何重にも張っていたようだが、一瞬で破られたはずだ。焼け焦げた紙片に埋もれて目を回している。

 カンナ・ブラダマンテ──ダウン。

 あらゆる技能スキル過大能力オーバードゥーイングを無効化する空間。それを作ってツバサさんにタイマンを挑んだが1分保たなかっ……いや、保ったというべきか?

 ハルカ・ハルニルバル──逃走中。

 援護は期待できない。何百万もの人形たちを盾にして逃げているが、人形たちレギオンズは出したそばから蒸発するように消し飛んでいた。

 バリー・ポイント──役立たず。

 なぁにが「オレは後方支援だからよ」だ! ツバサさんに真っ先に潰されてりゃ支援もクソもねーだろうが! もちっと粘れよオッサン!

 ホクト・ゴックイーン──仁王立ち。

 肉弾盾タンクとしてフミカやハルカを守り切ったものの、あり得ない攻撃力を前に敢えなく撃沈。それでも彼女の膝は折れなかった……メイドだけどオトコだぜ!

 頼れるのは自分だけか、カズトラは覚悟を決めた。

 アハウさんとは別ベクトルで尊敬するツバサさんの猛特訓。待望のLV999になれると誘われたカズトラは、自ら「やらせてください!」と懇願した。

 待っていたのは──地獄だった。

 いや、地獄も修羅道も及ばない、名状しがたい極戦空間バトルフィールドだ。

 限界も極限も臨界も突破した――無窮むきゅう彼方かなたにあるいくさの真理。

 この惨劇を生き残ることができたら、戦士として悟りを開けそうだ。

 異相での修行開始前、ツバサさんはこう言った。

『俺は本気でみんなを殺しに掛かる。まずは生き延びてくれ。全力のLV999を相手にして、死なないための立ち回りを身体に覚え込ませるんだ』

 そう言われて──たった1時間でこの為体ていたらく

 頼れる仲間はほぼ全滅、再起不能といってもいい。

 カズトラ自身も右腕のガンマレイアームズこそ動くが、左腕は回復魔法なしでの修復は不可能な状態。全身の打ち身と骨折と裂傷は数知れず。

 なのにツバサさんに殴りかからんとして、身体は前へと駆けていく。

 このギリギリがいい! この崖っぷちが堪らない!

 この瀬戸際せとぎわが──オレを強くしてくれる!

 そう思うだけで自然と唇の端がつり上がり、鬼気とした笑い顔になる。プラズマを浴びて肉が焼け焦げようとも気にならなかった。

 激痛を麻痺させるアドレナリン量──。

 鈍痛を感じさせないエンドルフィン量──。

 興奮のクライマックスを迎えたカズトラの脳内は、快楽物質がえらいことになっていた。おかげで瀕死寸前の身体でもいつも以上に動けるのだ。

 ツバサさんから吹き荒れる、万物を滅ぼすプラズマの嵐をくぐり抜ける。

 そこは台風の目のような無風地帯になっていた。

 踏み込んだ瞬間、プラズマの嵐がマシと思える重圧感プレッシャーで押し潰されそうになる。それは子供の頃、間近でヒグマと出会した時の感覚に似ていた。

 生物としての圧倒的な格差、それを思い知らされる感覚だ。

 目の前には──初めてお目に掛かるツバサさん。

 真っ赤に染まって超絶パワーアップする殺戮の女神セクメトではなく、原初のエロスと言われる母性マシマシで強くなった“ブライド”と呼ばれる姿でもない。



 蒼天そうてんの色に染まったツバサが――そこで待っていた。



 殺戮の女神セクメトやブライドは、空前絶後の強さを発揮する。

 あの蒼い髪を振り乱す姿がツバサさんの新しい戦闘モードだとしたら、先の2つと同格か、あるいはそれ以上の能力を秘めているに違いない。

 カズトラの私見しけんだが――。

 セクメトは戦闘力の超強化、これはほぼ確定だ。

 特に筋肉量が目に見えて増えており、物理攻撃最強のマッチョレディになるのだ。それでも見苦しくなく、闘争の女神らしい美しさだった。

 ブライドは多分、地母神としての能力増強だと思っている。

 ウェディングドレスみたいな衣装をまとう姿は清楚だが、魔法系の能力が大胆にパワーアップしており、ブラックホールを創り出すのも朝飯前らしい。

 ならば――このあおいモードも何かに特化しているのではないか?

「……バカの考え休むに似たり、だぜ!」

 ぐだぐだ考える前にとりあえず殴る! 殴って殴られて殴り返して、身体で覚えてから考える! 今ならツバサさんの全力でも数発は耐えられる!

 覚悟を決めたカズトラは、右腕のガンマレイアームズを引き絞った。

 鋼鉄と宝石がひしめく腕に、複数のギミックを仕込む。

 魔力をくいの形にこさえて何重にも重ねる。それぞれの杭に突破力、貫通力、破壊力、爆発力、粉砕力……一撃必殺の力を凝らして重ねていく。

 イメージするのは、超速連射する杭打ち機パイルバンカーだ。

 腕自体にも破壊力を上げる機構を組み込む。

 インパクトの瞬間、刹那よりも短い時間で多段的に衝撃を叩き込むように、重量を上乗せした腕輪を蛇腹じゃばらみたいに重ねておく。

 初撃を打ち込み、何十分の一秒以内に二撃目を叩き込む。

 そうすることで物体の反発力とかが相殺そうさいされ、二発目の打撃のパワーが遺憾いかんなく発揮されるとかなんとか……っていう必殺技があったらしい。
(※アハウさんとバリーのおっさんの昔話で聞いた)

 その必殺技からインスピレーションしたものである。

 高速射出される高エネルギー体なパイルバンカーの100連射――。

 刹那の間に絶え間なく連撃を打ち込む何重なんじゅうもの極み――。

 更に更に、ガンマレイアームズの中にはとてつもない重さの重金属を流動させておき、殴打とともにそれが拳へ流れ込むようにしておく。

 この重力移動で――パンチの破壊力は限界突破するはずだ。

 あと5歩で、ツバサさんのふところに潜り込める。

 全速力で宙を駆けていたカズトラは、直前でガンマレイアームズのひじから暴発的な魔力をジェット噴射させると、独楽こまのように回転した。

 突進してきた推進力を殺すことなく、自らの回転に乗せることで遠心力へと加算させ、さらに攻撃力を上乗せしようという試みだ。

「ガンマレイアームズ……アルティメイションブリッドッ!」

 必殺技の名前を叫ぶのも忘れない。

 ツバサさんの爆乳に目掛け、渾身の一発を打ち込んでいく。

「マヤム姉には悪いけどオレっちは大きなおっぱいが大好きだ!」とか、「女性の胸に攻撃するなんて恥ずべき行為だ!」とか、「ツバサさんは兄貴だろ!」とか、「どうせ防がれるだ……」とか、「あわよくばこのまま胸の谷間に突っ込んでラッキースケベ希望!」とか…………。

 幾多いくたの雑念を焼き尽くし、ガンマレイアームズは唸りを上げる。

 ツバサは――カズトラの一撃を受け止めた。

 何気なく持ち上げて伸ばした右手で抑える。たった、それだけ。

 ガンマレイアームズは、ツバサさんの掌に封じられた。

 本当にそれだけ――何も起きない。

 パン! と拳を掌に打ち付けた音すら鳴らない。

 ツバサさんは身動みじろぎひとつしなければ、受け止めた手から煙が上げるような演出さえ起こらない。直撃すれば山を根こそぎ吹き飛ばして海の底まで割る威力を期待できたはずなのに……。

 軍神の一撃は不発に終わってしまった。

 ツバサさんが無傷なのは納得できる、当然の結果と言ってもいい。

 しかし、ギガトン級の爆発を発生させてもおかしくない軍神のパンチが、壊滅的な余波よは波及はきゅうも起こさないことにカズトラは戦慄せんりつした。

 これが常ならば、ツバサさんはびくともしなくても足下にクレーターが広がるとか、爆風や衝撃波が吹き荒れるとか、巻き起こった突風でツバサさんの長い髪がはためいて、あの爆乳がダイナミックに弾むとか……。

 せめて、そういう演出を期待したのに――何もなしノーリアクションかよ!?

 その意味をカズトラはすぐさま理解した。

 相殺そうさいされたのだ――まったく同じ力で!

 拳を重ねた瞬間、こちらの破壊力が如何いかばかりものなのか? を推察して洞察して先読みして、一分の違いも許されない同等の力で打ち消したのだ。

 そんな真似ができるのか!?

 いや無理だ、分析系アナライズ最強というフミカの姉貴でもできるはずがない。

 だが、ツバサさんはそれをやってのけた。

 カズトラの放った拳打の破壊力を完璧に読み取り、同じだけの力を込めた右手で受け止めたに過ぎないのだ。

 そんな力を込めたようには全然見えなかったけど……。

「――いい工夫だな、カズトラ」

 ツバサさんは母親オカンの笑みで、カズトラの努力を褒めてくれた。

 あまつさえ、カズトラがなけなしの知恵を振り絞ってガンマレイアームズに叩き込んだギミックを全部言い当て、改善点まで指導してくれたのだ。

「頑張った子には、ご褒美・・・を上げよう」

 ツバサさんの右手がガンマレイアームズをそっと握る。

 途端カズトラは動けなくなり、ドンカイさん1000人分くらいの重量にのし掛かられて、その場にひざをつきそうになってしまった。

 歯を食いしばる脂汗を吹き出して、なんとか姿勢だけは持ちこたえた。

 そんなカズトラの胸に、ツバサさんの左手が添えられる。

 暴虐ぼうぎゃくが――駆け抜けていった。

 何をされたか? どんな攻撃だったのか? まるでわからない。

 あらゆる激痛が土石流のように体内の隅々まで行き渡り、精も根も尽き果てるまで肉体をさいなみ、生きているのが嫌になるほど責め尽くされた。

 細胞の一片に至るまでいじめ抜かれたのだ。

 さしものカズトラも、これにはダウンせざるを得ない。

「10分休憩だ。それまでに技能スキルをフル動員させて回復しておくように」

 鬼――真っ先に思い浮かんだ言葉だ。

 優しい母の顔で鬼なことを告げるツバサさん、その姿が朦朧となる。

 意識を手放す寸前、カズトラは痛烈に思った。

「ち、地母神は、地母神でも……鬼子母神きしもじんだっ、た」
「誰が地母神で鬼子母神だ」

 いつものようにいつもの如く、ツバサさんは決め台詞を返してくる。

 最後、あたたかい爆乳に包まれたような気がする。



 それだけでも――カズトラにはご褒美だった。


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