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第14章 LV999 STAMPEDE
第331話:帰るべき故郷はここにある
しおりを挟む「なんて――しんみり語っちまったけどな」
パチン! とバンダユウが指を鳴らせば明るくなる。
夕暮れと歴史の闇に沈みかけていた我が家の最上階。天守閣のような見晴らしのいい広間に、いくつもの提灯が煌々と舞った。
バンダユウの過大能力――【詐欺師の騙りは世界に蔓延る】。
実体を伴わない幻を実体化させる能力で、ドローンみたいに自動浮遊する提灯を照明代わりに灯したのだ。提灯とは思えぬほど明るく色取り取りに鮮やかで、子供受けしそうなカラフルさである。
憂いに陰っていたミロやマリナの表情も華やいだ。
それを見てホッとしたバンダユウは、暗い話を打ち消すようにもうひとつの穂村組の側面をクローズアップしていく。
「知っての通り、穂村組は限定指定暴力団なんてややっこしいカテゴライズされるような暴れん坊の集まりだ。そこは御先祖さまの頃から一貫して変わらねぇ。安住の地を求める一方で、血湧き肉躍る戦いに餓えまくってたんだよ」
「ぶっちゃけ戦闘民族よね。サイヤ人よサイヤ人」
その血が流れているのにマリは他人事みたい毒突いた。
「日本中あっちこっち飛び回って戦争しているとこへ売り込んで、暴れるだけ暴れて用心棒代をせしめてはまた旅に出る……ひとつところに根を下ろすつもりなんてなかったんじゃない?」
子孫の苦労も考えてよ、とマリの愚痴る。
バンダユウも言い返せないのか、煙管をくわえて苦笑いだ。
「ですが、あの頃は似たような戦闘集団が他にもいたでしょう?」
ツバサは水を向けるように言った。
戦闘集団というより――傭兵集団というべきか?
傭兵集団とか傭兵部隊というと西洋を舞台とした物語や海外の戦争映画に馴染みそうだが、日本にも傭兵として戦地を渡り歩く組織はあった。
大なり小なり、数えきれぬほどに――。
「ああ、いたいた。有名なとこだと雑賀とか根来か」
バンダユウの挙げた2つの名前は、日本の戦国史を少しでも囓れば目にする名前だろう。雑賀衆や根来衆と衆付けで呼ばれている。
鉄砲集団――雑賀衆。
雑賀衆は紀伊国(今の和歌山県の西部)を根城とした傭兵集団で、鉄砲を活用したことから銃撃部隊として名を挙げた。
元々は地侍(百姓だが地元で力があったため、大名に召し上げられ侍となった人々)の集まりだったが、応仁の乱以降から傭兵として働くようになり、最盛期には何千挺もの鉄砲で武装するほどになった。
紀ノ川の河口を基盤とした海運貿易による商売ができたおかげで、組織としての経済力を得られたのも大きかったのだろう。
僧兵軍団――根来衆。
雑賀衆の出自が地侍なのに対して、根来衆は紀伊国の根来寺(こちらは今の和歌山県の北部)の僧兵たちを中心に立ち上げられた傭兵集団である。武装として鉄砲をいち早く採用したのは、雑賀衆よりも根来衆が先らしい。
どちらも本拠地は紀伊国、交流はあったようだ。
雑賀衆の腕利きが根来衆として働くこともあれば、根来衆の本拠地である根来寺を信奉し、子供を僧にするため預けた雑賀衆もいたという。
どちらも傭兵として様々な武将に雇われる一方、自分たちの所領を拡げるために活動したのだが、最終的には天下統一の名の下に日本全土を管理下に置こうとした豊臣秀吉によって滅ぼされている。
これらの情報を――バンダユウは流暢に語った。
バンダユウ節ともいうべき江戸弁に近いべらんめぇ口調で語ってくれたのだが、江戸っ子のツバサにはわかりやすくて助かった。
煙管の先端が赤く燃える。
目にも止まらぬ速さだが、バンダユウは煙管のタバコをちゃんと取り替えているのだ。じゃないと、煙管のタバコはすぐ吸いきってしまう。
紫煙を吐いたバンダユウは、2つの集団の最後について話す。
「……雑賀衆は解体の憂き目に遭い、生き残った者は散り散りになった。百姓に戻った者もいれば、各地の有力者に鉄砲の技術を売り込んだりと、息をつないだ者はいるって聞いたな。そこんとこは根来衆も似たり寄ったりだ」
秀吉は紀伊平定という名目で、雑賀と根来を潰した。
だが根来衆の生き残りは徳川家に仕え、江戸幕府の組織した部隊“百人組”のひとつ根来組となったり、毛利家に仕官して根来氏と名乗ったそうだ。
「お詳しいんですね。ちょっとした歴史の勉強でした」
フミカ張りの博識にツバサは感心する。
バンダユウは自嘲で唇を歪ませると鼻で笑った。
「なぁに、うぃきぺであ頼りよ。暇潰しに読んだのが頭に残ってるだけさ。マリじゃねぇけどな、若い頃はあいつらを妬んだわけよ」
奴らは本拠地を持ってた――羨ましい!
千年以上も日本を流離い、ついに故郷と呼ぶべき土地を得られなかった穂村組の末裔としては、羨望の的であったという。
「穂村組だって戦国時代にゃ傭兵集団として大活躍したってのに、どうして雑賀衆や根来衆ばかりクローズアップされるんだ!? って嫉妬してみたりな。そんでスマホをタプタプやって調べるわけよ」
「オジさまがタプタプっていうと別の意味に聞こえてヤバいわ」
マリは自前の巨乳を持ち上げて揺らした。
なるほど、その“タプタプ”か。オノマトペも解釈次第である。
「タプタプならウチのツバサさんだって負けないぞ!」
「センセイなんて“ドプンドプン!”です! タプタプより強いです!」
マリに触発されたのか、左右に座っていたミロとマリナは手を伸ばすと、ツバサの左右の爆乳を“ドプンドプン!”と持ち上げた。
人前! と叱って娘たちの頭を引っ叩く。
子供たちに明るさが戻ってきたのを喜んだのか、バンダユウは呵々と喉を打って笑った。しかし、その視線は波打つツバサの胸に釘付けだ。
マリにも注視されたが……憧れと妬みが混濁した眼差しだった。
「しかし――今考えると良かったのかも知れません」
引き締まったレイジの声が参入する。
番頭は損得勘定を重視した視点から、その理由を語った。
「雑賀衆にしろ根来衆にしろ、他に挙げるならば後世には忍者として知られる伊勢の伊賀衆にしろ、故郷という自治権を奪われることを拒み、体制に歯向かった集団はことごとく滅ぼされておりますからね」
「おう、そういや風魔一党も似たようなもんだな」
――織田信長の伊賀攻めは有名だ。
そもそもが織田信長の次男、織田信雄が伊勢国(今の三重県辺り)を奪い取ろうと画策したのだが、これに土豪や地侍の集団である伊賀衆が反発した。
武装と兵力で劣る伊賀衆は、山深い地で鍛えた身体能力と独自の戦闘技術を駆使して、伊勢侵略の拠点を造ろうとする信雄軍を襲撃。
夜討ち、朝駆け、火付け……現代風に言えばテロに近い奇襲攻撃。
真っ当な戦術しか知らない織田家の兵士たちは大いに翻弄されたという
こうした戦歴を重ねた結果、伊賀衆は不可思議な忍術を使う“忍者”というイメージが定着していったらしい。
伊賀衆は二度に渡って信雄軍を撤退させた。
これを知った信長は大激怒――。
信雄に「おまえなんか息子じゃねえ!」と絶縁状を叩き付け、その信雄を二度も敗北に追い込んだ伊賀衆を敵視かつ危険視し、すぐさま滅亡へ追い込む。
これが第二次天正伊賀の乱――世にいう伊賀攻めだ。
(※第一次は信雄との戦いを指す)
徹底的な虐殺が強いられたと伝え聞いている。
下手に生存者を残せば報復される恐れがある。容赦ない殲滅戦を仕掛けるより他なかったのだろう。かつては全滅を是とした皆殺しがよく行われていた。
「まあ、伊賀衆はそれから徳川の大御所さまに拾われてっからな。根来衆と似たり寄ったりだろ。その点、風魔一党の末路はなかなか悲惨だぞ」
風魔一党――もしくは風魔忍軍。
伊賀や甲賀に並ぶ、知名度の高い忍者軍団。
その頭領“風魔小太郎”の名はどこかで耳にするはずだ。
戦国時代には関東一円を領土とした後北条家に仕えていたが、主家が滅ぼされると相模国(今の神奈川県辺り)の本拠地にもいられなくなり、盗賊団となって江戸を荒らし回った。
「なのに、ライバルの盗賊団によって密告されてあえなく御用。頭領から下っ端まで一網打尽にされてっからな……切ないねぇ」
名を馳せた戦闘集団の末路は、どれもこれも浮かばれない。
「ですが、穂村組は生き延びました」
レイジは滅んだ集団と穂村組の違いについて考察する。
「それもこれも、根拠地を持たなかったことにある……私はそう考えております。根無し草だからこそ、時の支配者に目を付けられようとも逃げることができた。これは強みだったのではありませんか?」
もしも本拠地を得て――そこに攻め込まれたら?
穂村組はその性格上、故郷を守るために徹底抗戦したのは火を見るより明らかだったろう。他の戦闘集団のように滅ぼされていたはずだ。
漂泊の民だからこそ穂村組は生き延びた。
逆説的だが物は考えようだ。しかしバンダユウはお気に召さないのか、渋い顔で
下唇を突き出した。
「そりゃあ結果論だ。おめぇのフレキシブル思考が羨ましいよ」
――黄金の稲穂で満ちる村。
初代組長が描いた理想郷を求める情熱は、バンダユウの代に至るまで「本拠地が羨ましい!」という感情に残っていたのも事実なのだ。
バンダユウは取り澄ました顔で煙管をくわえる。
そこには憂いを帯びたハードボイルドな哀愁を漂わせた。
「おれたちは故郷を手に入れられなかった……ただ、それだけさ」
~~~~~~~~~~~~
「なんか『家を持つなら賃貸か持ち家か?』みたいな話になってない?」
カッコつけた台詞で決めようとしたバンダユウだが、マリの現代的かつ身も蓋もない例えによって台無しにされた。
バンダユウは振り返ってマリに怒鳴りつける。
「賃貸か持ち家って……このバカ! 故郷ってそういうもんじゃねえだろ! 郷愁ってのは違うだろ! 現代のお家事情で語るんじゃねえよ! そういう意味じゃあ葛飾にあった屋敷は穂村組の持ち家だぞ!?」
そういえば――現実ではツバサたちと穂村組はご近所さんだった。
ミロとホムラが小学校と中学校で一緒だったのだから、距離的にかなり近かったはずだ。インチキ仙人な師匠とバンダユウが飲み友達だったが、穂村組自体とは縁がなかったため、ツバサもまったく知らなかったが……。
詳しく聞いておくべきだったかも知れない。
「ですが顧問、江戸の頃には任侠として葛飾に居を構えられたのです。故郷とは言い難いかも知れませんが、実家という根拠地を持てたと言えませんか? それまでの旅から旅への流浪生活もまた、決して無駄と考えてはいけません」
レイジは穂村組の歴史に精通していた。
後でレイジ当人から聞いたのだが、穂村組代々の頭脳役が記した記録書みたいなものがあるそうだ。そこには穂村組独自の流儀、その出自がどこに由来するのかについて解説されていたという。
「永らく放浪したおかげで、式神の末裔として迫害された歴史も忘れられ、武を頼みとする戦闘集団と思われるようになったのです。そして、同じく放浪する集団や、他の傭兵集団と交流を持つことも適ったわけですから」
雑賀衆、根来衆、伊賀衆、風魔一党――。
こうした組織と敵対することもあれば協力することもあり、人や技の交流もあったようだ。時には血が混ざることさえあったらしい。
火薬や鉄砲といった当時の最先端武装――。
忍術と恐れられた特殊な戦闘方法――。
他の血族の身体能力を遺伝子として受け継ぐ――。
戦うためのテクノロジーを貪欲に取り込んでいったのだ。
「……風魔一党も鬼だ魔物だって怖がられる外見だったらしいが、おれたちも式神の子孫だからな。気が合ったんだろ」
様々な人種と混じることで、穂村組の子孫から鬼めいた厳つさが抜けていき、その風貌も人間らしくなっていったという。
「あいつらだけじゃねえ。同じように放浪集団だった傀儡衆や芸人たち……彼らとも入り交じったせいか、穂村組は表舞台に出てこない妙ちきりんな武術を使える奴がわんさか生まれたからな」
「なるほど、それが穂村組の特異性だったんですね」
今更ながらツバサは納得した。
傀儡衆――傀儡と呼ばれる操り人形を使う者たちのことだ。
ただの木偶に過ぎない操り人形を生き物のように操ることから、妖術使いのように恐れられたこともあるが、基本的には芸を見せることで金銭を得ていた芸人たちの集まりである。
こうした漂泊する芸人たちもまた、一カ所に定住しないため身分が保障されず、かつてはある種の差別を受けた人たちだった。
――芸は身を助ける。
この言葉通り、彼らは自分の身につけた芸だけを頼りにして世を渡り、行く先々で芸を披露することで糊口を凌いだ。
「そういう芸人の中には、今では信じられないような秘術を会得した者がいた……と師匠に聞いたことがあります」
「ああ、穂村組にゃあそんな血も流れてるのさ」
おれなんかその代表よ、とバンダユウは親指で自分を差した。
「石川五右衛門、加藤段蔵、果心居士――」
知ってっかい? とバンダユウは得意気に問うてきた。
ナゾナゾみたいに問い掛けられたのはミロとマリナだ。マリナは答えようとしたのだが、どういうわけか尻すぼみしてしまった。
「石川五右衛門は知ってます。大阪城の黄金でできたシャチホコを盗もうとした大泥棒ですよね。あとの人たちはちょっと……」
「アタシ知ってる! みんなゲームやアニメだと強キャラじゃん!」
バンダユウが挙げた3名――。
彼らは偉人というより、役柄的には悪漢に分類される。
ミステリアスな悪党と言えばいいのだろうか?
時として正義の味方より人気を博する魅力的な人物たちだ。
石川五右衛門は大泥棒として有名だろう。
昨今では同じ名前の子孫という設定のアニメキャラのが通じるかも知れない。どんなもでも一刀両断する斬鉄剣を振るう、あの人だ。
加藤段蔵――またの名を飛び加藤(鳶加藤)。
単独行動を好む凄腕の忍者で、現実と見紛うような幻術使いということでも知られている。上杉謙信に売り込むも、あまりに腕が立つため「寝首を掻かれかねん」と恐れられた逸話を持つ。
果心居士――またの名を七宝行者。
こちらも天才的幻術師として名を馳せ、近畿地方を中心に様々な伝説を残している。その評判から信長や秀吉といった大大名にも招かれ一芸を披露し絶賛されたものの、「こいつの幻はヤバい」と遠ざけられたという。
自ら「怖いもの知らず」と豪語した松永久秀を、幻術で冷や汗をかくほど震え上がらせたなんて噂まで轟かせている。
親指を立てたバンダユウは誇らしげな笑顔で自分を指す。
「ありゃあな――おれの御先祖さまたちよ」
えええっ!? とミロとマリナは二度目の驚愕に声を上げた。
失礼ながらツバサは失笑に近い含み笑いで口を押さえてしまう。バンダユウはそれを見咎めると、ふざけた演技で怒るフリをした。
「おいおいツバサくんよぉ、笑ったな今ぁ?」
「だって……俺が子供の頃にも同じ調子で切り出して、俺が真に受けてたら、ウチの師匠に『嘘だぞ』ってバラされたじゃないですか」
「「えええっ! 嘘なの!?」ですか!?」
騙された! とミロとマリナは抗議の声を上げる。
しかし、バンダユウはカンラカンラと愉快そうに笑っていた。
「カッカッカッ! 嘘じゃねえってホントだってばよ! 俺の祖父さんの徳次郎が言ってたんだ! 絶対に本当だって信じてくれよ!」
「オジさま……その人、ホラ吹きで有名じゃなかったっけ?」
「算盤玉の徳次郎……穂村組には珍しい希代の詐欺師でしたよね?」
マリとレイジも胡乱な眼差しで見つめている。
この2人もツバサと同じ目に遭っているらしい。幼い頃にバンダユウから吹き込まれて信じたのだろう。口元が「またか」と緩んでいる。
でもまあ――あながち嘘とも言い切れない。
「バンダユウさんの流儀は“手妻師”ですもんね。石川五右衛門も伊賀百地流の流れを組む忍者という説があるし、加藤段蔵や果心居士も幻術使いとしては伝説クラスの超一流……みんな“手妻師”と無関係とは言えませんし」
「センセイ、手妻師って何ですか?」
マリナに聞かれたツバサだが、目配せしてバンダユウに答えてもらう。
「種も仕掛けもある手品師のことさ。日本風の古い呼び方が手妻師よ、手品師となんか似てんだろ? 時には幻術師とも呼ばれたんだ」
正しくは、武術家や格闘家の流儀ではない。
加藤段蔵や果心居士がそうであるように、歴戦の武将をも手玉に取れる威力があったため、バンダユウの血筋は武術に応用してきたのだ。
「叔父貴のオッチャンの幻術はすごいけどさぁ……」
ミロは頭上にドローンよろしく飛び交うカラフルな提灯を見上げた後、イジワルそうに眼を細めると歯を剥いて「シシシ♪」と笑った。
「そんな有名人の子孫ってのは吹かしすぎじゃない?」
挑戦的なミロの物言いに、バンダユウはオーバーリアクションで嘆く。
「ああ、なんということだぁ!」
わざとらしい身振り手振りで心外だという気持ちを誇張すると、大作アニメ映画顔負けのモーションを振り付け、朗々と声を張る。
「そのお嬢ちゃんたちは常識人たちの言葉は信じるのに、手妻師なオジキの力を信じようとはしなかった……お嬢ちゃんたちが信じてくれたのなら、手妻師は宇宙をを飛ぶことだって、海の水を飲み干すことだってできるのに……」
――どこかで聞いたような口上だった。
あれだ、世界的に有名な大泥棒の三代目じゃないか?
口上を述べたバンダユウは「ムン!」と息み、顔の前で両手を組んだ。そこから目にもとまらぬ速さで印を組むと、両手をミロとマリナに差し出す。
両手から咲き乱れたのは、特盛りの薔薇の花束だった。
「――今はこれが精一杯」
「十分過ぎるよ!? そこは原点通りに花一輪でしょ!?」
「精一杯が豪華すぎです!? ありがとうございます!」
ミロは驚きながらもツッコミを入れ、マリナはツッコミを入れるもお礼を言うのを忘れない。2人は上半身が隠れそうな花束を喜んで受け取った。
「……顧問のホラもすべてが嘘というわけではありません」
レイジは眼鏡の位置を直した。
「先ほど申しました通り、穂村組は全国津々浦々を渡り歩いて、様々な民族、人種、集団と関わってきました。彼らとの人的交流は言わずもがな、団体生活が性に合わないと出て行ったはぐれ者もいるのです」
「組を巣立った人が、それぞれ名を挙げた……ということですね」
ツバサが確認するとレイジは頷いた。
さすがに数世紀前なので記録も定かではないが、穂村組の出身だと言い伝えられている有名人は指折り数え切れないらしい。
先に挙げた3人も、穂村組出身かも知れない偉人ということだ。
「一角の武将になった、と伝えられている者もおります」
「その人の領地に根付けば良かったのよ。勿体ないことしたわね」
レイジの言葉尻を捕まえ、マリは未練がましく言った。
なんだかんだ言う彼女だが、本心では帰るべき場所である故郷が欲しいようだ。里帰りや帰郷といった行事に憧れたのかも知れない。
そう言うな、とバンダユウはマリを窘める。
「今でこそ暴力団としちゃあ落ち着いているが、かつて穂村組はちょいと刺激したで爆発する危険物、折り紙付きのトラブルメーカーよ。そいつの領地で騒ぎでも起こしたら、あっという間に国ごと火の海にしちまう」
遠慮したんだろ――それがバンダユウの私見だった。
組を出た者とはいえ、双方共に納得づくで旅立ちだったのだろう。かつての仲間に迷惑をかけるような真似を控えたらしい。
ほんの少し、静寂がやってきた。
話すべき話題も尽きてきたところで、バンダユウが煙管を一服すると紫煙が流れ去るのを見計らい、話の締めに入ろうとしていた。
「長々と話しちまったが……結局のところ、帰るとこが欲しかったのさ」
黄金の稲穂で満ちる村が――自分たちの故郷が。
「異世界に転移するって話を真に受けたわけじゃないが、実際にこうして飛ばされてみりゃ……穂村組の誰もが思ったろうよ。ここにおれたちだけの故郷を作ることができる! ってな。まあ、今となっちゃ……」
「作ればいいじゃん――これから」
バンダユウの声が弱りかけて消え入りそうになる前に、ミロが活を入れるようにきっぱり言い渡した。バンダユウは伏せかけた顔を持ち上げる。
おそらく、バンダユウはこう締めようとしたのだ。
『今となっちゃあ……夢のまた夢だがな』
組長ホムラや若頭ゲンジロウは生存している可能性はあれど安否不明。出稼ぎの組員はすべてバッドデッドエンズに虐殺された。拠点だった万魔殿も完膚なきまでに破壊され、そこを守っていた組員もほぼ殺された。
――ここからやり直せるのか?
バンダユウの胸には、弱気なものが芽生えようとしていた。
そんな弱気の芽をミロは切り払う。
「オジキのオッチャンがいる。レイジくんにマリちゃんだっている。まだ寝ている組員さんたちだって、三バカトリオも数えれば10人はいる」
ここから始めればいいんだよ、とミロは語気を強めた。
「バッドデッドエンズをぶっ飛ばしたら、この近くに村を作ればいい。金色の稲穂でいっぱいの故郷をさ。そんでみんなと仲良くやっていけばいい。戦いたくなったら、危ないモンスターや蕃神をぶちのめせばいい」
穂村組の故郷も手に入る、戦いへの欲求も満たせられる。
最後にミロは目を逸らして素っ気なく言った。
「ほら、その……ホムラも生きてる、みたい、だしさ…………ね?」
そこはまだ打ち解けられないらしい。
ホムラが何をしたか知らないが、ミロがここまで許さないのも珍しい。反面、バンダユウを初めとした穂村組の面々には心を開いていた。
だからこそバンダユウたちを気遣い、彼女なりに励ましたのだ。
ミロの言葉はアバウトでシンプル極まりない。
だからこそ――真理を言い表す。
バンダユウは呆けたように表情をなくしたものの、ミロの言葉を聞いて垂れ下がりかけた口元を再起するようにつり上げた。
この御仁はやっぱり、不敵な笑みが似合っている。
「……ああ、そうだな、作ればいんだ……おれたちの故郷を」
今度こそ、家族が帰ってこれる故郷を手に入れる。
異世界だろうと知ったことではない。誰もが遠くへ旅立っても、懐かしくなれば帰ってこられる場所を作ればいい。
黄金の稲穂で満ちる村を――。
「ありがとなミロちゃん……熱い声援、身に染みたぜ」
戯けた口調で礼をいうバンダユウ。
年相応に草臥れて、萎れようとしていた漢の顔に覇気が戻っていた。それを認めたミロは満足げに胸を張り、それ以上の言葉は重ねない。
決意を新たにしたバンダユウは、ピシャリと膝を打った。
「さて、当座の目的としてはだ……ん?」
今後の方針を話そうとしたバンダユウだが、眉を左右非対称に曲げるとツバサの胸に注目した。より正確に言えば乳房の谷間だ。
微かな振動に気付いたらしい。
本当にこの助平ジジイは……筋金入りのおっぱい星人である。
スマホへの着信は振動の具合で誰からか判別できる。場合によっては緊急度の目安にもなった。今回は急を要する振動である。
道具箱に繋がる胸の谷間に手を差し込んでスマホを取り出すと、バンダユウが短い歓声を上げる。そして、マリにハリセンで叩かれた。
それを横目に着信を繋げる。小声で「失礼」というのも忘れない。
連絡してきたのは、スプリガン総司令官のダグだった。
「もしもし、どうしたダグ君?」
『お忙しいところ申し訳ありませんツバサ様。少々悩んだのですが、これはさすがに緊急事態かと思いまして報告させていただいた次第です』
焦りよりも困惑の度合いが強い声だった。
しかし、緊急事態という根拠もあるように聞こえる。
『ハトホル国の国境ともいうべき結界付近に、20名強の難民と思しき人々がやってきました。彼らは街へと進路を取っています』
「……ッ! もう来たのか」
最悪にして絶死をもたらす終焉に追われた人々――。
彼らが難民となって四神同盟にやってきた時、ロンドを首領に頂く破壊と殺戮の集団が暴れ出す。難民の訪れはその兆しになるはずだ。
まだ準備ができてない! ロンドの行動力を見くびっていたか!?
内心舌を巻いた直後、ダグが意外なことを口にした。
『いえ、彼らはひょっとすると……あの方々のお仲間なのでは?』
~~~~~~~~~~~~
バンダユウは言葉を失っていた。
開いた口が塞がらない――という表現は幾度となくした覚えがあるが、ここまで大口を開けて唖然とする人を見るのは初めてだった。
――我が家の前にある広場。
そこに件の難民たちが居並んでいた。
スプリガン族とツバサが連携して、難民の素性、悪意の有無、そしてバッドデッドエンズか否かを念入りにチェック済みである。
オールクリアしたところでスプリガンの偵察艦に乗せて、ハトホル国の我が家前まで連れてきてもらった。
広場へ降り立った彼らは、いきなり跪いた。
両足を揃えて正座し、両手を地面について深々と頭を垂れる。
救助の手を差し伸べたツバサへの礼儀もあるが、一緒に広場まで降りてきたバンダユウに頭を下げているのだ。
23名の中から1人、代表者として前に出る者がいた。
「叔父貴……ご無事で何よりッ!!」
そう声を振り絞ったのは、筋骨隆々の大男だ。
ドンカイに匹敵する巨漢。神話の英雄を彷彿とさせるゆったりした空手着だが、半分はだけてバルクアップした筋肉をさらけ出している。振り乱した蓬髪の下には荒削りだが人なつっこい顔立ち、大きな鼻がチャームポイント。
セイコ・マルゴゥ――穂村組の精鋭の一人だ。
確か、出稼ぎ組の筆頭と聞いている。
実はレイジから「万が一組員が訪ねてきたら……」と、行方の知れない組員の顔写真入り名簿を受け取っていた。これのコピーを哨戒任務中のダグたちに渡して、難民だと思われていた彼らの首実検を行っていたのだ。
ボタボタ、とセイコの膝に大粒の涙が落ちる。
「すんません叔父貴、本当、申し訳ねぇ……面目次第もありゃしねえ!」
これだけしか――生き残れなかった!
血を吐くような慟哭でセイコは己の無力を訴える。
「バッドデッドエンズとか名乗る連中に襲われて、命辛々逃げ延びて……同じように襲われたけど、生き残った連中と合流して……なんとか万魔殿まで帰ろうとしたんだけど、どういうわけか組長の指南針が反応しなくなって……」
その時点で、最悪の事態も想定しただろう。
だが、彼らは微かな希望を追いかけてきたのだ。
「これがなかったら……おれたちの心はきっと折れてました」
セイコは懐から指南針を取り出す。
反応しないという割に、その指南針はしっかり方向を指し示していた。しかし、その先にいるのはホムラではない。
──バンダユウその人である。
「……ゼニヤの野郎に、礼を言わなくちゃなりません」
悔しそうに、でも感謝を込めてセイコは言った。
「組長に何かあったらおれたちはお終いだ……だから、組長以外の指南針なんざいらねえと言ったのに……『保険や』とか言って、叔父貴の指南針まで持たせてくれたことに……感謝するしかありません……ッ!」
おかげで路頭に迷わず済みました! セイコは号泣する。
リーダー格のセイコが泣き出したのを皮切りに、今まで堪えていた他の組員たちも涙ぐみ、嗚咽を漏らす者や大声で泣き出す者が現れた。
「顧問、本当に……生きてて……良かった……」
セイコのすぐ後ろに控えていた、キャリアウーマン風のカナミという女性も口元を押さえて滝のような涙を流している。
後ろに居並ぶ組員たちも、口々に謝罪の言葉を叫ぶ。
「叔父貴、すんません……俺たちじゃ仲間の仇を討てませんでした!」
「穂村組にあるまじき行為……逃げるしかできませんでした」
「もうしわけありやせん、オジキぃ! オレたち……負けっぱなしで!」
惨敗した、仲間を助けられなかった、仇討ちも叶わなかった。
なのに――おめおめ逃げ帰ってきてしまった。
組員たちはおいおいと泣き声を上げて、自分たちの情けなさを悔いるように謝り倒した。そして、見殺しにした仲間たちへ痛恨の思いで詫びた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! オジキイィィィィッ!」
サーフボードのような盾を背負った長身の女性。
あれは剣盾という特殊な武器だ。
彼女もその体格の良さに見合わず、幼児みたいに泣き喚いた。
ジャンゴという兄とともにイシュタルランドを襲った、クレン・トウドウという剣盾使いの女性だ。胸に一本の鞭剣と大振りのダイヤモンドを抱いて、それらがびしょ濡れになるくらい涙を流していた。
「あ、兄ちゃんが……兄ちゃんがアタシを庇って……ッ!」
半狂乱なクレンの訴えを訳せば――こうだ。
アダマスという大男に追い詰められたトウドウ兄妹だったが、ジャンゴが「タイマンしようぜ」と持ちかけると、アダマスは喜んで了承した。
11分に及ぶ激闘の末――ジャンゴは負けた。
アダマスの強さは圧倒的だが、ジャンゴは最後まで食い下がった。
完全に意識を失ったジャンゴは、アダマスの驚異的な握力によって押し潰されて絶命。一塊の炭素、ダイヤモンドに圧縮された。
『一騎打ちしといてこれ以上は野暮だな……ほれ』
兄の成れ果てをクレンに放り投げ、アダマスはこう言った。
『おまえの兄貴は身体を張って、おまえを逃がそうとした。皆殺しがおれの仕事なんだが、タイマンを挑んできた侠気は買ってやりてぇ』
逃げな――世界が終わるその日まで。
そう言い残して、どこかに飛び去っていったという。
世界廃滅集団に属する割に、アダマスという大男は漢のロマンに理解があるように思える。まだ伝聞情報ばかりだが、もしかすると漢の義務教育を終えているのかも知れない。
そんな漢がどうしてロンドに従っているのか……?
叔父貴! 顧問! オジキ! バンダユウ様! 叔父貴……。
バンダユウへのコールは鳴り止まない。
負けたことを叱られてもいい、仲間の仇も討てず逃げてきたことを怒鳴られてもいい。何か一言、声をかけてほしい。
父親のように慕うバンダユウの一言がほしくて堪らないのだ。
バンダユウは――空を仰いでいた。
その背中は戦慄いており、口元からは荒い呼吸が聞こえてくる。
「もう、いい……もう、何も言うな、おまえたち……」
ようやく聞けた叔父貴の一声に、組員たちは押し黙った。
怒っている、誰もがそう感じたはずだ。
意を決して振り下ろされたバンダユウの顔は、みっともないくらい涙と鼻水でグシャグシャだった。それでも威厳を保とうと歯を食いしばっているが、ガチガチと歯の根が合わないくらい震えている。
ありったけの涙をまき散らして、バンダユウは腹の底から吠えた。
「よ゛ぐ…………いぎで、がえってぎだッッッ!!」
他の言葉が思い浮かばなかったに違いない。
しゃくりあげる嗚咽でまともな声にならず、濁音混じりの酷い声だったが、そこに込められた感情はその場にいる者を打ち振るわせるのに十分だった。
大きく広げられたバンダユウの両手。
命冥加にも生き残った組員たちは、叔父貴の元に殺到した。
我が子とも言うべき組員の群れにもみくちゃにされて、バンダユウは歓喜の叫びを迸らせる。もうなんと言っているか聞き取れない。
ホムラたちの行方はわからず、多くの組員を亡くしてしまった。
それでも――生きていてくれた者がいる。
失った者たちへの悲しみはまだ癒えそうにないが、せめてここにいる家族と生存の喜びを分かち合うくらいは許されるはずだ。
「なんだ、故郷が欲しいとかなんとか言ってたけどさ……」
不意にミロの声がした。
念のためマリナと最上階で待ってろと言い付けたのに、マリやレイジを連れて降りてきたらしい。若頭補佐と番頭は、死んだと思っていた組員たちが叔父貴に群がっているのを目の当たりにして愕然としていた。
そして、ハラハラと涙を流す。
声の主であるミロはツバサの背中に負ぶさってくる。
肩に乗せられた横顔、その目元には大粒の涙が煌めいていた。
「――バンダユウがみんなの故郷じゃん」
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