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第14章 LV999 STAMPEDE
第330話:黄金の稲穂で満ちる村
しおりを挟む「ああ、そりゃあ──ホムラが悪いな」
「でしょお!? アイツが悪いよね! 信じらんない!」
渋味の利いた壮年の声が認め、底抜けに明るい少女の声が憤慨した。
――バンダユウとミロの声だ。
怒っているミロの意見を、バンダユウは子供の戯れ言と聞き流すことなく真面目に聞いている。ミロの言い分が正しいらしい。
まだ足りないのか、ミロは語気も荒っぽく言い募る。
「アタシだったら泣いて喜んで両手をバンザーイ! って振り上げたまま駆け出して、そのままダイブするぐらい喜んじゃうこと間違いなしだよ! なのに、アイツと来たらツーン! と澄ましてそっぽ向いてさぁ!」
「あったあったそんなこと。あれがミロちゃんの怒りを買ったかぁ」
「そうだよ! せっかくみんな来てくれたのにさ!」
アイツおかしいよ! とミロはホムラの態度を責めていた。
喉の奥を鳴らすバンダユウの含み笑いが聞こえる。そこには子供同士のケンカを仲裁しようとする大人の余裕が含まれていた。同時に、大人にならねば理解できない複雑な想いも入り交じっていた。
憤るミロを「まあまあ」とバンダユウの声が宥める。
「ミロちゃんの言いたいことはよぉくわかったぜ。確かにそりゃあホムラが悪い。また、おれたちの気持ちを思い遣ってくれたことも嬉しい」
でもな――大目に見てやっちゃくれないか?
バンダユウは懇願するように言った。
決して「ホムラの無礼を許してくれ」という意味合いではなく、「ありゃあ仕方ないんだよ」と共感を求める頼み方だ。
ミロは即答せず、バンダユウの次の句を待った。
「ミロちゃんと比べたら、そこんとこはホムラが恵まれている。だから、ミロちゃんが怒るのはよくわかる。それにミロちゃんがおれたちの親心を目の当たりにして羨ましいと思った気持ちも痛いほどわかる。けどな……」
なんて言やぁいいのかなぁ? とバンダユウは悩んでいた。
ホムラの心境を代弁してやりたいのだが、的確な表現が見つからずに困っているようだ。ピッタリの語句が思い浮かばないらしい。
「シンプルに“ツンデレの照れ隠し”でいいんじゃない?」
淑やかだけど艶のあるマリの声が聞こえた。
「若とて年頃の男の子ですからね。ああいうのは絶対に恥ずかしがると思いましたが、ゲンジロウが『どうしても……やる!』と強行したんですよ」
落ち着いた知的な声、こちらはレイジのものだ。
バンダユウに続いて意識を取り戻した穂村組幹部の2人は、叔父貴にして顧問である彼に付き添っている。ツバサも許可を出した。
協力を約束し、保護を求めてきたとはいえ、一度は抗争した間柄。
師匠であるインチキ仙人を介した交流があり、バンダユウの人となりを熟知していても、全幅の信頼を寄せないのがツバサの用心深さだ。
大自然の根源となれる過大能力の応用で、穂村組の全員がハトホル国のどこにいてもわかる追跡魔法を仕掛けてある。穂村組の組員には原則、我が家から出ないようにも言い付けておいた。
クロコのメイド人形部隊による監視も忘れない。
全員の居場所は把握できている。これらの措置は穂村組へも通達済みだ。バンダユウからも「当然だよな」と快諾を貰っている。
バンダユウはこういうところが義理堅い。
だから、ここまでする必要はないのだが……念のためだ。
現在バンダユウはマリとレイジを連れて、我が家の最上階にいた。どういうわけかミロも一緒におり、何やら話し込んでいる。
ツバサはマリナを連れ、階段を上っている途中だった。
「恥ずかしいって……なんで!? 意味わかんない! せっかくみんな来てくれたのに、どうして恥ずかしが…………ッ!」
バンダユウたちの弁解を聞いたミロは、ホムラが何かを「恥ずかしがった」ことが理解できないと喚こうとしたが、不意に口を噤んだ。
ツバサの気配を感じたせいか?
階段にまで聞こえてきた会話の内容からしてホムラ絡みのようだが、聞かせられない話をしていたとは思えないのだが……。
階段を登り切ると、ミロやバンダユウがこちらに振り向いた。
我が家――最上階。
ダインが改築を重ねた結果、伝説の安土城みたいな様相を呈してきた我が家だが、その最上階もまた天守閣さながらになっていた。
どうして安土城に例えかというと、乙将のオリベが「在りし日の信長公……そして琵琶湖を一望できた天守を思い出します」と絶賛したからだ。
最上階は何十畳もある大広間。
四方は雨風どころか砲弾すら弾き返す特別製の襖で囲まれているが、開け放てばハトホル国の四方を見渡せる絶景が広がる。軒先は柵を付けた縁側のように仕立てられているが、広さはベランダというよりバルコニーだ。
様式的には和風なのだが、最先端の未来的建築技術を用いられており、その2つが不思議な調和を織り成していた。
南側に面したバルコニーにミロたちがいる。
人をダメにするクッションみたいな分厚い座布団にあぐらをかくミロは、本来はインナーであるはずのチューブトップとショーツと見間違えそうなショートパンツという露出の高い普段着だ。
ツバサを魅了してやまない媚態をさらけ出している。
見惚れるのは仕方ないとして、体面的には恥知らずのハレンチ娘と思われかねないので、そろそろ本格的に矯正したい。
面と向かうのは、同じように豪華な座布団に座るバンダユウ。
老いたりといえども魔族の肉体。
終末の毒さえ取り除ければ回復も早く、もう包帯の世話にならなくていいようだ。黒い着物に豪勢な褞袍を羽織っていた。
ただ、あのアフロみたいな鬘はやめたらしい。
銀色に染まりつつある総髪をうなじで適当にくくっていた。
あぐらで座るバンダユウの後ろにはマリとレイジがいた。こちらは普通の座布団にどちらも正座だ。
2人もLV950越えなので回復力が高い。
マリは――大分落ち着いたらしい。
ハトホル国まで落ち延びた穂村組の中では、最後まで意識があったせいか、ホムラやゲンジロウを失ったと思い込み、錯乱気味だった。
だがバンダユウが2人の指南針を見せて「無事だ」と知らされたことで、いくらか安心したらしい。
多くの組員を失った悲しみは大きい。
それでも、平素の自分を取り戻すことはできたようだ。
レイジは寒色系の“バリッ”と音がしそうなスーツ姿、マリはフリルを“満開!”とあしらった派手なファッション。出会った時の格好だった。
「おうツバサくんか、お疲れさん」
ツバサの姿を認めると、バンダユウは野太いツチノコみたいな煙管を持った手を上げて挨拶してくれた。マリとレイジも会釈してくれる。
「ツバサさん、お疲れ!」
ミロは座布団からロケットみたいに飛び上がると、ツバサの胸に目掛けて飛び込んできた。普段、ミロが「お疲れさま!」なんて声をかけてくることはないので、バンダユウの真似っこをしたのだろう。
飛んできたミロを抱き留めるとあちらも抱きついて、プリプリに膨らませた頬をツバサの爆乳の谷間で左右に震わせてこすりつけてきた。
顔を谷間に埋め、深呼吸をしている。
初めの頃なら女性の性感が強すぎて、このくらいでも艶めかしい嬌声を漏らしたものだが、今では身じろぎもしない。良くも悪くもツバサは成長するのだ。
快感はあるがが、過剰に反応することはない。
ほんの少し唇を緩ませ、抱きしめたミロを撫でる余裕さえある。
むしろ、過剰反応したのはバンダユウだった。
「うぉ、なにあれ、ミロちゃん羨ましい」
「オジさまステイ! 他人様ん家のおっぱいに欲情しない!」
ツバサの爆乳に収まったミロに、少年の眼差しで羨望するどうしょうもない叔父貴を、マリがハリセンでしばいていた。
相変わらず、胸の大きい女性に目がないらしい。
ツバサの師匠であるインチキ仙人も「バンダユウに酒おごらせるとな、巨乳の女の子がいる店にばっか連れてかれんだよ」と笑っていた。
「誰が他人様ん家のおっぱいですか」
つい苦笑するツバサは、ミロを抱きかかえたままバンダユウたちの前まで来ると、ミロの使っていた座布団にあぐらで腰を下ろした。
正座しようかと思ったが、バンダユウには気兼ねしたくない。
堅苦しいのは叔父貴も望まないはずだ。
側に(監視も兼ねて)控えていたメイド人形たちが、新しい座布団を用意する。ミロとマリナの分だ。こちらは3つ横一列に並べられた。
ツバサが中央、ミロとマリナが左右に座る。
「随分と楽しそうな声が聞こえてましたけど……」
どんな話題だったんですか? とツバサは話を振ってみた。
バンダユウは顎を掻いて懐かしそうに話し出す。
「ミロちゃんがな、ウチのホムラと学校で、ほらあの……」
「叔父貴のオッチャンシャラァァァープ! シィーッ! シィーッ!」
バンダユウがあらましを言おうとした矢先、ミロが大声を上げると人差し指を唇に押し当て「言わんといて!」とジェスチャーを送った。
小さく肩をすくめて男臭い微笑が返ってくる。
「……すまんな。内緒話みたいだ」
「どうも、俺に知られるのは嫌みたいですね……なんだよミロ、マリさんやレイジさんは聞いてもいいけど、俺やマリナは聞いちゃいけないのか?」
だから、ツバサが近付いた途端に話を打ち切ったのか。
「…………内緒だもん」
ツバサはミロの顔色を伺うか、ミロは年相応の女の子らしい恥じらいめいた表情を浮かべると、バツが悪そうにそっぽを向いてしまった。
どうもホムラだけじゃない。穂村組の皆さん、それもホムラと家族同然の関係にある幹部たちが絡んだ話のようだが、それをツバサに打ち明けられないというのはどういった理由だろうか?
まあ、ミロは秘密を抱えられる性分ではない。
特にツバサには隠し事ができないので、いずれ時が来れば胸の内を明かしてくれるだろう。貝の蓋を無理にこじ開けることはない。
「――悪ぃな」
話を切り替えるべく、バンダユウが短く切り出した。
ミロへの助け船でもあるのだろう。
「先日からこっち世話になりっぱなしでよ……みんな、あのバカどもへの対応でてんてこ舞いの大忙しだってのに、こちとら長逗留の客人みたいにゆったりのんびり、上げ膳据え膳で看病までさせちまってな」
「病み上がりなんだから、無理はさせられませんよ」
もうしばらく安静にしていてください、とツバサは勧めた。
いくら魔族や神族とはいえ、身体が資本なのは人間と同じである。
腕を千切られても即座に再生できる回復力があったとしても、その分だけ体内の“気”は消耗する。その回復に努めてもらいたい。
「ですが――回復次第、我々にもお手伝いさせてください」
会話の切れ目を待って、レイジが割り込んできた。
ズイッと前に出てくると両方の拳を畳に押しつけて、ツバサを見つめたまま頭を下げてくる。任侠というより武士みたいな礼の仕方だ。
「ゼニヤ君との“取引”は聞いております。彼が身上を賭して、我らの負債を背負うと約束したと……しかし、彼一人にすべてを背負わせるわけにはまいりません。我々も腕っ節を矜持に今日まで世を渡ってきた意地があります」
このままでは――穂村組の沽券に関わる。
もはや壊滅寸前にまで弱体化していようとも、算用を任された番頭の地位にあろうとも、レイジの内にある渡世人の魂が許さないのだ。
また、レイジとゼニヤは親友だと聞いている。
親友の恩義に感謝するも、彼一人にすべてを背負わせたくないのだろう。
「もはや同盟に加わるだけの態を為さぬ穂村組ですが……どうか、あのバッドデッドエンズと戦うための兵隊としてお使いください」
伏して頼むレイジの横、マリも三つ指をついた。
「あたしにはレイジみたいな口上は思いつかないけど……」
穂村組を殺した奴等に復讐したい!
「その想いだけはこの胸の内に滾って、今にも心臓を焦がしそうになってるの……だからツバサくん、あたしたちにも協力させて! 一矢どころじゃない、何百何千もの矢であいつらに報いを与えてやりたいの!」
レイジが理論的、マリが感情的に胸中を訴えてくる。
「……だそうだ」
幹部たちのやる気に横目を送ったバンダユウは、これ以上は付け足すこともないのか煙管を一服すると、紫煙を頭上に吹いた。
「どっちかつうと協力させてもらうっていうか、ガタガタになった穂村組が力を貸してもらうって感じだが……一緒に戦らせてくれねぇか?」
勿論――おれも最前線に立たせてもらう。
老いを感じさせない、喧嘩好きな少年の顔でバンダユウは言った。
ツバサもまた、仕合を求めてやまない男の笑みで応じる。
「願ったり叶ったりですよ、四神同盟としてもね」
むしろ用心棒請負集団として依頼するつもりだった案件だ。穂村組の気質を考えれば、向こうから言い出すと思っていた。
二徹した会議でも、穂村組への処遇は議論されていた。
それを改めて、口頭で彼らに伝える。
「当面、穂村組の皆さんはハトホル国預かりの客分として扱わせていただきます。生活面や経済面での保証もいたしましょう」
この提案に、マリはぴょこんとお茶目に手を上げた。
「あ、それウチのゼニヤにツケといてください」
「マリ、何でもかんでもゼニヤ君に背負わせるのはやめなさい」
ゼニヤの肩代わり負債が増えそう。
だが穂村組にも支払ってもらう――戦闘能力という形でだ。
「その代価というわけではありませんが、バッドデッドエンズと本格的な戦争状態に突入した際には、戦力として働いていただきます。有り体にいえば傭兵ですね。もしくは戦国時代でいうところの客将」
「いいねぇ、客将って呼ばれ方のがおれにゃあグッと来る」
古臭い表現だが、バンダユウには好評だった。
「わたしたちは傭兵って言葉のが馴染むわよね。漫画やアニメなんかでよく使われたワードだし……大抵が洋風の物語だけど」
「客将なんて単語、時代劇でも滅多に使われませんからね」
マリとレイジは畳に手をついたまま、ヒソヒソと話している。
実際、ツバサも知らなかった。
オリベとよく話すようになってから、この客将という言葉を耳にするようになっていた。どうもオリベと仲が良かった上田某という武将が“関ヶ原の戦い”のいざこざに巻き込まれて以来、この客将となっていた時期があったらしい。
よっしゃ! とバンダユウは膝を叩いた。
「傭兵でも客将でもやることは変わらねぇ。穂村組は頼まれたら誰とでも戦うのが信条の用心棒でもあるんだ。その申し出、謹んで受けさせてもらうぜ」
異論ないな? と番頭と若頭補佐に振り返る。
手をついたままの2人は深々と頭を下げ、「よろしくお願いいたします」と声を揃えて厳かに礼を述べた。これで契約成立だ。
穂村組を戦力にできたところで、この提案もしておきたい。
「あとレイジさんとマリさん、それと……まだ寝込んでいますけど、コジロウさんという剣客に、ダテマルくんという骨法使いの少年でしたか」
皆さんには――LV999になってもらいたい。
ツバサが告げると、レイジとマリは顔を上げてポカンとした。
言っている意味はわかるし、そうなりたいのは山々だが、言葉が足らないためにどうすればいいのか答えが出せないのだろう。
「……ああ、時が来るまで鍛錬し、バッドデッドエンズの廉価版LV999が来ても戦えるよう鍛え直せ、ということですね?」
「あ、それは当然よね! 怠けたり嘆いてる暇なんかないし、あのイカレ野郎どもに百倍返しでやり返すからには、あたしたちも強くならなくちゃね!」
理知的なレイジがそう解釈し、マリが手を合わせて納得した。
ツバサは首を左右に振り、ちゃんと説明した。
「いいえ、1日でLV999になってもらいます。ロンドが使ったようなチート級の強化ではなく、地力でLV999の実力を培ってもらいます」
「「――そんな無茶な!?」」
それができたら苦労しない、と揃って愕然としていた。
バンダユウも呆れ気味に嘆息する。
「おいおい、気持ちはわかるがツバサ君よぉ……付け焼き刃で強くなれるのは高が知れてるってわかってるだろ? 斗来さんから躾けられたはずだ。テスト前の一夜漬けじゃねえ。そんな特訓は身につくどころか身体を壊すだけだぞ」
「ええ、重々承知してます」
バンダユウは茶化すような口調で付け加えた。
「まあなんだ、俺たち武闘家だったら誰もが一度は夢に見る、あの精神○時○部屋でもあれば話は別だが……」
「あるんですよ、その精神○時○部屋が」
「あんのかよ!? マジかよ! おれがいの一番に使いたいわ!」
さすがドラゴ○ボール直撃……よりちょっと後の世代。バンダユウは1日が1年になる空間にご執心だ。目の色を変えて食いついてくる。
異相空間について説明したツバサは、自分の見立てを教えておいた。
「俺の見たところ、レイジさん、マリさん、コジロウさん、ダテマルくんの“器”は仕上がっています。惜しむらくは、鍛錬を積むまとまった時間がなかっただけ。ですから、異相空間でしっかり修行できれば……」
「その中の1年、つまりこっちの1日でLV999になれる……か」
面白ぇ! バンダユウは我が事のように喜んだ。
「おまえたち、1年間の荒行に耐える覚悟はあって当たり前だよな?」
「――無論です、顧問」
「志半ばでやられた組員の無念を思えばなんてことないわ!」
レイジとマリは即答した。
よっしゃ! とバンダユウは再び膝を打った。
「ツバサくん、その話乗った! そんでもって、おれも一緒に異相とやらへ入れてくれ! こいつらに一から稽古をつけてやらにゃならんからな! ついでにあれだ、おれも鈍った身体に活を入れるとしよう!」
意気を上げるバンダユウたちを、ツバサは頼もしげに見守った。
「ええ、最初からそのつもりでお誘いしたんです」
LV999の新戦力は急務である。
四神同盟にもLV999まで到達できる“器”になった者が数人いる。そこに穂村組の面々を加わってくれれば、一気に十人近くのLV999を新戦力にすることができるのだ。
レイジとマリはほぼ回復しているが、万全ではない。
まだ眠っているコジロウとダテマルが完全に復調した頃を見計らい、バンダユウたちを異相空間に招待するという運びになった。
「いやぁ~、楽しみだなぁ精神○時○部屋ぁ♪」
特にバンダユウは、クリスマスが待ちきれない子供みたいにウキウキだった。やっぱり格闘家たる者、誰しもあの夢空間に憧れるのだろう。
「入ってみると本気で辛いですから、覚悟しておいてください」
「わかってるわかってる♪ そこで修行すんのがいいんじゃないか~♪」
ツバサも修行中毒だが、バンダユウも同類である。
そりゃあインチキ仙人からして「アイツがもう30ばっかし若けりゃ弟子にしたんだけどなぁ……」と惚れ込むわけだ。
しばらく、異相空間の話題で持ちきりだった。
LV999になれるメンバーが治るまで辛抱、とレイジとマリが逸るバンダユウを説得することで、大まかな日取りを決めるに留めておいた。
そろそろ――夕日が沈む。
西の山々に身を隠しかけた太陽が、ハトホルの国を真っ赤に染める。
ふと通り過ぎた一陣の風に、バンダユウは釣られるように振り向いた。その目には田園風景が映っていることだろう。
我が家がハトホル国の中心に据えられた居城とすれば、眼下に広がるのは城下町であり、その向こうには様々な田畑が広がっている。
「……ありゃあ、田んぼかい?」
バンダユウは夕日に照らされた田から目を離さずに聞いてきた。
「ええ、ここから見えるのは稲田ですね」
まだ夏というには早すぎるので稲穂こそ実ってないが、最初は小さな苗だったものが青々と葉を茂らせている。夕暮れの風に乗ってそよいでいるのを見つめていると、秋になれば黄金色に実った稲穂の海を期待できる。
バンダユウは、それを幻視しているようだった。
「ここからはこの国の全景を眺めることができる。ミロちゃんに誘われて、ここから一望したら稲だけじゃねえな。小麦、大麦、蕎麦、粟、稗、黍……いくつもの穀物があっちこっちで栽培してるんだな」
国の規模を考えりゃ足りないか、とバンダユウは概算する。
「ええ、絶賛開墾中です」
田畑にしたい土地はまだ開墾中のところが多い。日々、新しい現地種族が集まってきているので、食料はいくら確保しても足らないくらいだ。
「今年に入って始めたばかり。まだ試験中ですよ」
「謙遜するこたぁねぇさ。大したもんだ。ああ、立派なもんだ……」
バンダユウは稲田から目を逸らさない。
彼の目元にポツリ、と膨らむものが見えた。それは音もなく弾けて漢の横顔を伝っていく。バンダユウは一人静かに涙をこぼしていた。
「あれは…………穂村組が千年かけて得られなかったものだ」
その一言には積年の想いがひしひしと感じられた。
彼一人ではない。何代にも渡って伝えられてきたのだろう。
涙を拭ったバンダユウは照れ臭そうに振り返ると、ちょっとしたナゾナゾを繰り出すように投げ掛けてくる。
「穂村組の名前……その由来はどう聞いている?」
「師匠は何も言いませんでしたが、友人の蘊蓄たれが教えてくれました。炎にまつわるところから来ているとか……」
レオナルドから聞いた話は以下の通り――。
『すべてを焼き尽くす炎……穂村組が通ったところは焼き尽くしたように何も残らない、だから炎焔と書いて炎焔組と呼ばれていたらしい。それが時代を経ることで字面を変えざるを得なくなり、穂村という字が当てられたそうだ』
ほむら、という音からも連想できた。
聞いたままを口にすると、バンダユウはおかしそうに笑う。
「残念――そいつぁ逆だ」
穂村組は最初から“穂村組”と名乗っていた。後に用心棒稼業で名を馳せた頃、その猛烈な戦い振りから“炎焔組”と恐れられたという。
時代を経るに連れて、また“穂村組”の字面が浸透していったそうだ。
バンダユウは郷愁を漂わせて語る。
「おれたちの先祖……穂村組の初代組長は、本当なら『黄金の稲穂で満ちる村』という名前にしたかったらしいが、どうこねくり回しても長ったらしくなるんでな。頭のいい奴が上手いこと縮めてくれたらしい」
黄金の稲穂で満ちる村――穂村と。
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どんな国にも差別という暗い歴史がある。
これは身分や階級の差、あるいは貧富の差とは次元の異なるものだ。愛や正義を声高に歌う現代社会において封殺されがちだが、それでも世界各地に今なお根差す、根深くも消し去りがたい社会問題である。
同じ人間なのに――人間として認められない。
家畜以下と見なされ、軽蔑され嫌悪され忌避され、まっとうに人間社会へ参加することも許されず、謂われなき迫害を受ける。
生まれた土地が悪いのか? 忌まわしい血の末裔だからか? 汚らわしい仕事をさせられてきたからか? 普通と違う見た目をしているからか?
言いがかりのような迫害の理由は数え切れないほどあった。
――日本も例外ではない。
日本は奴隷制度を敷いた過去がなく、歴史上でも差別の少ない国だと諸外国には思われがちだと小耳に挟んだが、そんなことはない。
むしろ日本ほど複雑な差別があった国はないのではあるまいか?
士農工商――日本における最もスタンダードな階級。
武士が政を執り行い、農民が農作物を生産し、工匠が様々な道具を作り、商人が経済を回す。この4つを簡略化して士農工商という。
だが、これは後世に作られた造語だ。
いわゆる「百姓=農民」と思われがちだが、実のところ農民じゃなかった人たちもいっぱいいる。
大きな船を持っていて輸送業をしていた百姓もいれば、持っていた山林の木材を売っていた百姓もおり、工匠でなくとも道具を作る百姓もいた。
本来、百姓とは「一般的な国民」を指す。
江戸時代の定義としては、田や畑を持ち、家の住所を検地帳という公的な資料に登録され、年貢などの税金を納めた者を“百姓”と呼んでいた。
他の事業でどれだけ稼いでも、そこらの武士や商人より財産を持ってても、田畑を持っていれば“百姓”だったのだ。
借金のカタに隷属する、小百姓や水飲み百姓と呼ばれる奴隷同然の人もいたが、そこらへんは現代でも似たケースがわんさかある。
また日本は階級社会だったが、そこまで堅苦しくもなかった。
武家の三男坊が裕福な商家に引き取られ後を継ぐケースもあったし、高名な絵師の末っ子が武家の養子になることもあった。
士農工商で説明がつくほど、単純かつ厳格な社会でもなかったのだ。
その上には貴族などの特権階級もいたわけだし……。
だが、こうした社会に加えてもらえない人々は確かにいた。
彼らは様々な呼ばれ方で差別されたが、共通していたのはおよそ人間として扱ってもらえなかったこと、人権が認められなかった点だ。
「――穂村組のご先祖様もそうなのさ」
夕日が沈みかけ、薄闇に埋もれそうな我が家の最上階。
歴史の闇に染められたバンダユウの告白により、夕闇の薄暗さはより一層のどす黒さを帯びるような心持ちがした。
闇の中、バンダユウの吐いた紫煙が漂う。
「そもそも片親が人間じゃねぇって言われてんだよ」
「人間じゃ……ない?」
鬼が出るか蛇が出るか――。
妖怪や魔物、そういった存在と人間の間に生まれたという昔話はたくさんあるが、その子供は英雄視されることが多いはずだ。
足柄山の金太郎や漢という国を作った劉邦は、赤い龍を父親に持つとされているし、あの有名な陰陽師の母親も人間に化けた狐だとされている。
「安倍晴明――知ってるかい?」
頭に描いていた人物の名前が飛び出てきた。
言わずと知れた伝説的な陰陽師だ。
陰陽師=安倍晴明、といっても過言ではない。彼ほど後世に名を残した陰陽師はいないだろう。次点でそのライバルとされた蘆屋道満か。
「知ってるも何も……陰陽師の人でしょ?」
ミロが思わず口を開くが、どういう人物かをちゃんと説明できない。自分より弁の立つ年下のマリナを見つめる。目を合わせたマリナはこくんと頷き、彼女でも知っている伝説を並べた。
「平安時代の陰陽師さんですよね? 陰陽道って魔術を極めた偉い人で、目には見えない式神を操って、十二神将って名付けたとか……」
それよ――バンダユウは指差した。
「その十二神将ってのが、おれたちのご先祖様だっていう話さ」
えええっ!? と驚愕の声で叫んでしまう。
ミロやマリナのみならず、ツバサも驚かずにはいられなかった。
リアクションが痛快だったのか、バンダユウは目元を伏せて小さく笑うと煙管で一服してから、そう伝えられてきた経緯を話してくれる。
「飲み友達にそういうの専門の大学教授がいてな。あれこれ教えてもらったんだが、晴明のかみさんは十二神将を怖がったんだとか」
式神とは鬼でもあったため、その形相は恐ろしげだった。
これを晴明の奥さんは怖がり、同じ屋敷内にいるのを嫌がった。
仕方なく晴明は近所にある一条戻橋の下、そこで待機しているよう十二神将に命じた。用事があれば、そこから式神たちを呼び出したのだ。
「伝説の陰陽師さまも、かみさんにゃ頭が上がらなかったわけだな」
だが問題が起きた、とバンダユウは続ける。
「橋の下に隠れていた式神たちは、命令がなきゃ基本フリーダムだ。名前に神とついているが、どっちかっていうと鬼に近い。暇になりゃあ悪さのひとつやふたつもする……んで、あちこちから女を招いちゃあまぐわったらしいんだ」
「まぐわったって……式神が人間の女を抱いたと!?」
「ああ、しかも子供まで産ませたそうだ」
それが――穂村組の先祖だった。
後日フミカが確認してみたところ、穂村組の子孫かは定かでないものの、「式神が人間の女を橋の下に連れ込んでまぐわい子供を産ませた」という伝説を記述した書物が本当に遺されていたという。
ただし、生まれた子供は被差別民の祖となった。
後ろめたい歴史のためか、史書に取り上げられる例は少ないらしい。
それでもバンダユウの話と紐付く内容には違いない。
「式神と人間の間に生まれたご先祖さまたちは、式神のおっかない人相と、人間離れした能力を受け継いだ。足は速いし力も強ぇ、おまけに個々に不思議な力まで備えてやがる……大層おっかながられたみたいだな」
それゆえ――人間扱いされなかった。
「以来、おれたちのご先祖さまは流浪の集団となったらしい。その頃にゃあ村社会に溶け込めず爪弾きにされて、漂泊する連中がいっぱいいたらしいからな。それに混じってあっちふらふら、こっちふらふらしていたんだろ」
だが、その類い希な能力は重宝された。
行く先々でその力を買われた穂村組の先祖は、戦争に兵士として参加したり、大きな寺社の建築を手伝ったり、様々な仕事に駆り出されたらしい。
「……んで、仕事が終われば邪魔者よ」
鬼のような容姿と異様な力が疎まれ、けんもほろろに追い出される。このため、ひとつの土地に長居できなかったようだ。
ここまで聞いたミロが、子供らしい疑問を上げる。
「式神の子孫で穂村組の先祖なんでしょ? だったら、みんな強かったんじゃないの? 力尽くで好きなとこに住んじゃえば良かったじゃん」
マリナも同じことを思ったのか、コクコクと頷いた。
バンダユウは「そうさな」と寂しげに呟いた。
「そういうやり方もあったはずだが、多分うまくいかなかったんだろ。御先祖さまは強かったが……いかんせん数がそんなにいなかったんだ」
土地というのは、今も昔も誰かの所有物だ。
大自然が与えてくれた大地を、人間が勝手に区分けして所有するなどおかしな話なのだが、いつの時代も人間たちは領有権を主張してきた。
それこそ、土地を巡って戦争を繰り返したのだ。
「人が人らしく生きていける土地ってのは、大抵権力者の縄張りだ。そういう土地に認められて住んでる村人を追い出して乗っ取れば、それこそ大軍を派遣されてあっという間にひねり潰されちまう」
百人力の猛者が十人いても、万の軍勢には押し潰される。
軍勢を相手に一人で無双できるなど、フィクションの中でのみ許される絵空事。現実の戦いはつまらないほどシビアだったのだ。
「今の魔族や神族なら億相手でも無双できっけどな」
バンダユウは暗くなりかけた場に一笑を誘おうとした。ふざけた調子で声を上げたが、ミロもマリナもぎこちなくしか笑えなかった。
すべった、と残念そうな小声が聞こえる。
「…………まあ、そんなわけさ。どこへ行っても厄介者、その力は頼りにされたが、化け物じみた見た目は嫌われたし、人間扱いされなかったのよ」
何故だ!? どうして謂われなき差別を受ける!?
おまえたちとおれたちの何が違う!? 顔だって目鼻口耳に髪の毛とちゃんと揃っているのに! 少し厳ついくらいで鬼と呼ばれるのか!?
手足に五体まで揃っている! おまえたちより強く速く動ける!
傷つけば赤い血を流す! 骨の数だっておまえたちと同じだ!
なのに、どうして……おれたちを人間と認めない!?
「迫害され続けたご先祖さまたちの怨嗟たるや相当なものでな……戦争が多かった時代には、方々で血の雨を降らせたそうだ」
バッドデッドエンズを笑えねぇな、とバンダユウは鼻を鳴らす。
戦国時代ともなれば過激さは増すばかり――。
どこもかしこも血煙の舞う戦場となった時代だ。穂村組のように戦闘能力の高い集団は傭兵として引っ張りダコだったに違いない。
「それでも、安住の地は見つからなかった……」
やはり戦争が終わればお払い箱。
それも戦闘能力が高ければ高いほど、今度は自分が狙われるのではないかと武将たちは戦々恐々になった。場合によっては、余所へ行かれる前に皆殺しにされそうになったことも数え切れないくらいあったという。
「室町の頃、御先祖さまたちを束ねたのが穂村組の初代組長……ホムラの遠い遠い直系の血筋よ。“穂村”の字を定めた御方だ」
いつか稲穂に満ちた村で、みんな仲良く暮らせるように……。
そんな願いが込めて、“穂村組”と名乗り始めたらしい。
「ひとつところで暮らすのに憧れたんだろうな……旅から旅への流れ者ってのはきつい。ずっと、“自分たちの村”を探し求めてたんだろ……」
その憧憬が“穂村”という字に表れている。
「秋になれば、どこの村も黄金の稲穂で満ちる……風になびく金色の海に、ご先祖さまたちは憧れたんだ……いつか、自分たちの村を築いて、村の周りに田んぼを耕して、秋には一面の稲穂が輝く日を……」
今一度、バンダユウは外の景色へと目を向けた。
太陽が完全に山の向こうへと隠れる直前、かすかな夕日の光を浴びて青々とした生命力あふれる稲の青葉が、キラキラと照り返っている。
それは穂村組の始祖が夢見た、黄金の稲穂のように輝いていた。
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