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第14章 LV999 STAMPEDE
第329話:才能という名の許容量
しおりを挟む「では、箝口令などは敷かぬおつもりですかな?」
オリベは国内事情を案じてくれた。
神族や魔族と化したプレイヤー、即ち現地種族の保護者であるツバサたちと同じ出自のものが、悪意を燃やして世界を壊そうとしている。
そんな奴らが襲ってくると知れれば混乱は必至。
パニックの原因になる情報は統制しておくべき、と考えての進言だ。
さすが、作陶に耽ろうとも為政者だった男である
敷きませんよ、とツバサは軽く手を振った。
「軍備の増強や警備の体制が変われば、否応なしに『あっ、察し……』って気付かれますからね。この世界に迷惑をかけた神族や魔族にしても今更だ。場合によっては一族郎党皆殺しにされかけた種族だっている」
そもそも、プレイヤーには乱暴を働く者が少なくない。
真なる世界に転移してきて早一年になるが、まだ「ここはゲーム世界なんだ!」と思い込み、現地の人々を「運営が作った命のないNPC」と無体に扱う輩がいるかも知れない。
いや、そこまで愚か者はもういないと思いたい。
しかし、キョウコウの配下に加わった荒くれ者のプレイヤーには「その手の三下が多かった」と、セイメイに聞いた覚えがある。
(※第158話「SAMURAI SHODOWN!!」参照)
すべて承知の上で世界を壊そうとするロンドと、彼が率いる殺戮集団みたいなのもいるから、なんとも言い難いところがもどかしい。
奴らの場合、虐殺を楽しむ確信犯だが──。
「クロウ殿やアハウ殿より『面倒をかけられた』と聞いた覚えがありますな」
「ええ、おまけに10人や20人じゃ効かない」
そういう手合いに限って、徒党を組みたがるから厄介だ。
ハトホル国は穂村組に攻め込まれた経験があるし、ヴァナラの森は狂的科学者のナアクによってシッチャカメッチャカにされ、還らずの都を擁するタイザン平原はキョウコウ一派との大戦争を経験している。
大規模な襲撃こそ受けてないが、イシュタルランドもそうだ。過去に二度、国民が怪我を負うくらいの襲撃を受けている。
何より――本質は変わらない。
「蕃神の大軍がいつ来るかもわからないんです。そこに世界諸共に心中したがるバカ野郎どもを追加したところで五十歩百歩でしょう?」
「ふむ、説得も交渉もできない敵勢力という点では変わりませぬな」
どちらも話が通じない殺意の塊。
百害あって一利なし、という本質的な根っこは同じなのだ。
オリベは額に何重もの波線が浮かぶくらい眉をしかめると、呆れ果てた苦笑を浮かべてチョビ髭を引き抜きそうな勢いで摘まむ。
「意思疎通のできぬ蕃神は致し方ないとしても、ばっどでっどえんずとやらは言葉が通じるだけに厄介というか残念というか……頭が痛くなりますな」
「頭痛の種ですよ。バ○ァリンをがぶ飲みしたくなる」
オーバードーズが怖くてやれませんけど、とツバサは天を仰いだ。
――真なる世界はいつだって危機一髪状態。
四神同盟の各国は今でこそ住民たちが平穏無事に暮らせているが、それも夢幻のような幽けきものに過ぎない。
ツバサたちが一手差し違えただけで、塵に帰す儚いものなのだ。
「下手に誤魔化して不安を煽りたくもありませんね」
そんなダグの意見にツバサは同意した。
「どちらかといえば本音はそれかな。嘘をついても、すぐバレそうだ」
だから箝口令は敷かない。むしろ、正しく広報する。
「最悪にして絶死を滅ぼす終焉という、世界廃滅を目指すプレイヤー集団が暴れている。明日、ハトホル国に暮らす全種族の代表を集めてそう伝えます」
代表を通じて住民たちに注意喚起してもらう。
妖人衆とスプリガン族を前もって呼び出したのは、彼らは神族に近い能力を持つ者が多く、国防の一翼を担っているからだ。
早い話、事前の打ち合わせである。
「二度手間になるが、イヨさん、オリベさん、ダグ君には明日また同じ時間に集まってもらいたい。マリナ、スケジュール管理な」
「はい、お任せくださいセンセイ!」
さっきからスケジュール帳の【魔導書】を開いて待っていたマリナは、ツバサの明日の予定に“代表さんたちと会合”と書き込んだ。
秘書と認めたのだから、仕事を振らねば拗ねてしまう。
折を見て、今のように指示をしてやればいい。
「そうだ、ダグ君。哨戒任務の変更に伴い、注意しておくことがある」
「はい、バッドデッドエンズへの警戒ですね」
その予兆かな、とツバサは注意すべき詳細を告げる。
「さっきも話したとおり、バッドデッドエンズは俺たちみたいな“国”を持たない、あるいは属さない神族や魔族に多種族、それに地球からやってきたプレイヤーたちを手当たり次第に追い回している節がある」
「追い立てられた方々がやってくるかも……と仰っておりましたね」
話の途中だが、姉のディアは察してくれたらしい。
姉妹の勘が働いたのか、ディアが代弁する。
「バッドデッドエンズが来る前に、その被害者たちが助けを求めて避難してくるかも知れない……それがツバサ様の仰る予兆なのですね?」
「ああ、先日の穂村組の比じゃないはずだ」
難民のように押し寄せてくる、そんな予感を覚える。
「それは──最悪にして絶死をもたらす終焉が本格的に動き出す合図だ」
ゴクリ、と固唾を飲む音が続いた。
難民が大挙して押し寄せてきたら、彼らとともに四神同盟を滅ぼすためにロンドが殺戮集団を送り込んでくると読んでいる。
「同時に──その難民にも注意を払ってもらいたい」
何が紛れ込んでいるかわからないからだ。
「バンダユウさんから聞いた話では、破壊の限りを尽くすにしろ、見境ない虐殺に走るにしろ、リードという男が率いる連中は真っ向から仕掛けてくる傾向がある。しかし、108人もいれば策を弄する奴もいるだろう」
策士、卑怯者、非常識、ルール無用、横紙破り、裏をかく。
そういう頭の回転効率が早い者は、姑息な手段を使ってこちらを出し抜こうとするはずだ。そのためなら手段を選ぶまい。
「最悪、難民に紛れて国内へ忍び込んでくっな」
「ガンさんの言う通り、そこも警戒しなきゃいけない」
さすが防衛総隊長、ツバサの言いたいことを先読みしてくれた。
「弱者を装って他国へ侵入し、素知らぬふりでその国を貶めるために悪事を働く工作員なんて枚挙に暇がない。有史以来、国を堕とす常套手段だ」
「戦国の世にも“草”と呼ばれる間者がおりましたな」
オリベが上げたのは模範的な例だ。
何食わぬ顔で他国に入り込んで暮らし、有事の際にはその国を滅ぼすために暗躍する潜入工作員。それを昔の日本では“草”と呼んでいた。
ツバサの結界は殺意や敵意といった悪意全般を感知すると、そいつをハトホル国へ踏み込ませないように作動する。力任せに入ってこようと秘密裏に潜入しようとそいつを炙り出すので、警報器としても働くわけだ。
「だが、どんなことにも万が一はある」
助けを求めてきた難民のチェックは欠かさぬように――。
他にも防衛に関する伝達事項、それにまつわる打ち合わせは続いた。
~~~~~~~~~~~~
ハトホル国の防衛システム構築を進める工作者チームの視察。
(※ダイン、ジン、ヨイチの工作者トリオ、フミカが補佐)
緊急事態を打開できる(かも知れない)魔法道具開発の見学。
(※プトラが開発、マヤムとアキが補佐……という名目のブレーキ役)
還らずの都を改良して防衛計画に組み込むか否かの話し合い。
(※ククリに相談、ミサキ、クロウ、アハウが参加)
……妖人衆やスプリガン族との面会を終えて、防衛計画を推進させるために四神同盟の各地へ飛び回っていたら、あっという間に日が暮れた。
夏が近づき、日の入りが遅くなってきている。
胸の谷間から懐中時計を取り出せば、時刻は午後17時ちょっと前。
我が家の廊下を歩いているツバサとマリナを、ガラス窓から差し込む夕日が柔らかく照らしている。眩しくはない、ちょうどいい明るさだ。
「あの、センセイ……訊いてもいいですか?」
「どうしたマリナ、改まって」
秘書とは偉い人の一歩後ろに付き従うもの。
フィクションでそれを学んだのか、マリナはツバサの一歩後ろの場所をキープしていた。端から見れば、お母さんの後ろに続く娘にしか見えない。
歩く速度を速めて、マリナは横に並ぶ。
ツバサを上目遣いに見上げて、恐る恐る質問してきた。
「あの……異相って場所を使っちゃいけないんですか?」
こう問い掛けてきたのはマリナで3人目だ。
1人目は勘のいいミロ、2人目は洞察力のあるフミカである。
他の子供たち(特にヴァト)も気付いているのだが、下手に突っ込むと地獄のような修行をさせられると怯えてか、触れようともしてくれない。
この娘はやっぱり聡明だ。おまけに肝も据わっている。
「異相で修行して強くなりたいのか?」
「…………は、はい」
躊躇いがちなものの、マリナは肯定した。
異相――正しくは異相空間。
ツバサが起源龍から空に浮かぶ島を譲り受けた際、その島に備わっていた「隣接する相が異なる空間へ滑り込む」機能に気付いたことに始まる。
真なる世界と同じ風景が広がるも、影響を及ぼさない異空間。
自由に使えるならば、神族の修行場として利用できるかも知れない。そう考えたツバサは様々な技能を駆使して、この“相が異なる空間”を行き来する方法を開発することに成功した。
これを――異相空間と名付けた。
この異相は真なる世界にオブラートの如く何重にも、それこそ何百何千何万と、本のページが重なるように層となって寄り添っているのだ。
異相には真なる世界と同じ空間が広がっている。
しかし、異相によっては時間の流れが違っていたり、物理法則が違ったり、それこそ鏡の中のように左右逆転した空間といったものまである。
ツバサが目を付けたのは、時間の流れが違う空間。
その空間は重力が重く、空気も薄く、気温は極寒から灼熱まで変動する。
おまけに時間の流れる速さが桁違いだった。真なる世界の1日が、この異相空間では約1年に相当する。厳密にはぴったり1年ではない。
ツバサが計算したところ、1時間が異相での15日に相当する。
ドンカイ、セイメイ、クロコ、レオナルド……ツバサもそうだが、世界的に有名なあの作品をよく知る世代は、口をそろえてこう言った。
『――それ精神○時○部屋じゃん!?』
ツバサだってそう思う。
発見する前は「ああいう部屋があれば修行が捗るんだけどなー。できれば時間制限なしだとありがたいなー」とか都合のいいことを考えながら、何重もの異相空間をめくるように探していた。
そうしたら本当にあったのだから仕方ない。
ツバサの要望通り、時間制限なしだから48時間以上使っても使用不可能になるというペナルティが発生しない優れものだ。
おかげで四神同盟は飛躍的LVアップを遂げた。
ダインやジンをLV999にできたのも、全メンバーをLV900超えにできたのも、延いては異相空間の賜物である。
当然、マリナも経験済みだ。
ツバサから受けた地獄のがマシと思える猛特訓を、マリナは泣きながらも最後までやり遂げた。他の子供たちが迂闊に訊いてこないのは、猛特訓の恐怖が蘇るから及び腰なのだろう。
プトラなんか、思い出しただけで卒倒する。
その恐怖を乗り越えて、マリナは修行のおかわりを求めてきた。
そんな肝の強い子はヴァトくらいと思っていた。あの子は“成長力の化身”と褒めたくなるくらい猛特訓を求めてくる。
弟子としても我が子としても可愛さが尽きない。
怖いものなしのミロでさえ、「ツバサさんとセイメイとオヤカタのおっちゃんのジェットストリームアタックなんてもうイヤー!」と逃げ出すのに……向上心も手伝っているが、果敢に挑んでくるマリナの意志の強さに感心した。
「そうか、強くなりたい……喝ッ!」
言葉尻を鋭く発したツバサは、マリナに拳を叩き込む。
情けも容赦もない本気の一撃。
合気が流儀のツバサだが、空手でいう弧拳に近い打撃だ。
手を内側に折り曲げて手の甲より下、手首でも親指の付け根にある固い部分を使う。そこで敵の突きを逸らしたり、ジャブのように素早く打ち込む。
攻防どちらにも使える技である。
しかし、ツバサが放てば一撃必殺の威力なのは言うまでもない。
マリナは驚きこそするものの、骨の髄にまで叩き込まれた反射速度で対応する。胸に抱いていた大ぶりの【魔導書】で弧拳を受け止めた。
いかに分厚くとも、本では盾にもならない。
発勁も込めているので、破壊的な衝撃の伝導率も凄まじい。
我が子であろうと手加減なしだ。
弧拳の威力を正面から浴びたマリナの身体は、受け止めきれずに後ろへ吹き飛ぶように浮かぶ……と凡人の目には映るだろう。
実際には異なる。マリナは自分から後ろへ飛んでいた。
そうすることで弧拳の衝撃をできるだけ殺し、むしろその力を巻き込むように身を丸めながら取り込み、空中でグルングルンと宙返りをした。
ツバサからの攻撃力を取り込んでの高速回転。そこに遠心力も加えて、更に重力魔法を使うことで加重していく。
十二分に力が乗ったところで、こちらに踵落としを振り下ろしてきた。
ツバサは左腕で受け止める。
10歳の幼女が放ったとは思えない重い一撃だ。肉料理の素材となるビルみたいな大きさのオオヤマステゴドンという巨獣も叩き潰せるだろう。
まともに受けたら、ツバサは平気でも我が家が凹む。
なので踵落としの衝撃を体内で処理するが、それでも我が家どころかハトホル国が微震に震えるくらいの余波は起きてしまった。
すかさずツバサは腕を返し、左手でマリナの足首を掴む。
これをマリナは、もう一方の脚でツバサの腕を蹴って飛び離れた。ヒラリと宙返りしてから着地しようとする。
地に足の裏が着く直前、ドラァ! と轟音が鳴り響いた。
ツバサの長い黒髪がザワリと音を立てて膨らみ、そこから何条もの稲妻を走らせたのだ。屋内なのでセーブしているが、破壊力は折り紙付きである。
――殺到する稲妻の群れ。
咄嗟にマリナは、魔法陣のような円形の盾型防壁を展開する。
弾き返すつもりか? と思いきやさにあらず。盾型防壁は稲妻を吸収するように飲み込んだ。まるで漉し取るように自身の魔力へと変換していた。
雷を吸い終わって盾型防壁が消え、マリナが着地する。
「お美事、ちゃんと仕上げているな」
お試しはこれくらいでいい。
調子に乗ってやり過ぎると我が家を壊して、ダインに「なんじゃこりゃあ! 急いで改築ぜよ!」と喜ばせるだけだ。
マリナの身のこなしは、ツバサの指導に基づいている。
ただし、そこから独力でちゃんと研ぎ澄ませていた。体捌きのキレ、体幹の維持、相手の力の取り込み方、瞬時の判断力……そういったものは自らが注意して、自己鍛錬せねば鈍ってくるものだ。
本来ならば攻撃を防御するか反射するかの盾型防壁に、力を吸収することで魔力に変換するアレンジも、自分で編み出したものである。
マリナは乱れた衣服を直しながら照れた。
「そんな……全部、センセイが教えてくれたおかげです」
「謙遜するな。俺が教えた以上の努力が窺える」
ツバサはマリナの研鑽振りを褒めると、しゃがんで視線を合わせる。小さな肩に手を乗せてから、つぶらな瞳を覗き込んで問い掛ける。
「だからこそ、自分の弱さを痛感するんだな?」
「……はい、今だって……センセイをこれっぽっちも本気にさせてません」
マリナは己の未熟さを恥じるように項垂れた。
小さな唇は辛そうに言の葉を紡ぐ。
「たくさんのLV999の恐い人たちが、この世界を滅ぼそうとしてるのに……それを食い止めようと、センセイたちが頑張っているのに……ワタシたちは、お手伝いぐらいしかできません……」
でも──異相空間で強くなれたら!
ツバサを見上げる潤んだ瞳には、力強い輝きが宿っていた。
「センセイが手取り足取り教えてくれたから、ワタシだってもうLV912です! 異相空間で修行すれば、きっと999に……ッ!」
「──いいんだよ、急がなくても」
ツバサはマリナの言葉を遮ると、両手を肩に回して抱き寄せた。
えっ……? と戸惑うマリナを抱き締めたまま、ツバサは穏やかな口調で子守歌を唄うように言い聞かせる。柔らかく、丁寧な言葉を選ぶ。
「その気持ちだけで充分だ。だけど、焦らなくてもいい。強くなりたい、みんなの役に立ちたい……そう打ち明けてくれただけで嬉しいよ」
ポンポン、と小さな背中を叩いてやる。
ツバサはマリナの両肩に手を置くと、視線を合わせた。
「俺もな、異相でみんなを鍛えることは考えている。でも、焦っちゃいけない。特におまえたち、まだ成長過程にある子供たちは急いでLV999になる必要はない。身体ができあがってないんだ、無理はさせられない」
「身体が……できあがってない?」
さしものマリナもすぐには意味がわからず、小首を傾げた。
いい機会だ。マリナには教えておいてあげよう。
彼女の利発さなら理解できるはずだ。
「おまえたちのような子供もそうだけどな。他にもまだLV999にさせられない者は何人かいる。子供の場合は身体ができてないと言ったが、どちらにも共通して言えることは“器”ができていないんだ」
器ですか──マリナは興味津々でオウム返しに繰り返した。
~~~~~~~~~~~~
人とは器だ、とは師匠からの受け売りだ。
「もしくは許容量……そうだな、“才能という名の許容量”と言い表せばいいのかも知れない。人間に限った話じゃなく、獣や神だってそうだ。できることとできないことがある。できないことを無理強いさせるのは無駄でしかない」
向き不向き──といってもいい。
ライオンが海に潜ってマグロを捕まえられるか?
ワニがサバンナの草原でガゼルを追いかけられるか?
サメがジャングルで樹の上にいるサルに噛みつけるか?
マリナは小さな顎を細い指で摘まみ、大人っぽく考え込む。頭の中ではそれらの動物を異なる環境に置いてシミュレーションをしているようだ。
「……ぜったい無理ですよね」
「ま、当然だよな。棲んでるところからして違うんだから」
それぞれの生物が持つポテンシャル。それを発揮できないフィールドに放り込んだところで、万全に能力を使えるわけがない。
「このたとえは極端かもな。身近な例を挙げるなら……ジンは工作者としては超一流だけど、ダインのように巨大ロボットや飛行戦艦を造れない。同じようにダインも超一流の工作者だが、ジンみたいにコック顔負けの料理上手ではないし、武具を作るのもちょっと苦手だ」
「同じ工作者でも、得意不得意があるんですよね」
「こればっかりは当人の趣味嗜好や得手不得手が関わってくる。どちらも切磋琢磨しているが、相手の得意分野には届いていない」
物作りに限った話ではない。
「ツバサの流儀は合気だが、空手の技も使えないことはない。だが、拳法家として鍛えてきたレオナルドには一歩譲る。剣術ならセイメイに軍配が上がるし、爆発的な瞬発力なら元横綱で鳴らしたドンカイには敵わない……」
達人が誇る得意分野を凌ぐのは至難の業だ。
「と同時に、彼らも合気を極めんとする俺の領域には踏み入れない」
何故だかわかるか? とマリナに問題を投げ掛ける。
再び廊下を歩き出した2人は、母娘のように肩を並べて歩いていた。
マリナはストレートに答える。
「今日まで一生懸命練習してきた流儀が違うから……ですよね?」
「その通り。俺たちの器には、それぞれの流儀がいっぱい詰まっている。ツバサなら合気、レオナルドなら空手、セイメイなら剣術、ドンカイなら相撲」
どの器も溢れるくらいギュウギュウ詰めだろう。
他の流儀を詰め込めないくらいに――。
「人はな、鍛えれば強くなれる。だが、自ずと限界がやってくる」
自分の“器”を超えることはできない。
「どれだけ鍛えようとも、何でもできる完全無欠の超人にはなれないんだ。多芸だったり器用だったりする奴がいても、そいつだって決して万能ではない。そいつの才能で上手いこと取り回しているだけ……やはり“器”を超えることはできない」
それが“才能という名の許容量”だ。
「LV999が異相空間でみんなに稽古を付けたのは、強くなるためは勿論だが、それぞれの才能という器を広げるためでもあったんだ」
器を広げるのは途轍もなく難しい。ただ鍛えるのとは訳が違う。
表現を変えれば、「才能の伸び代を伸ばす」のだ。
才能を伸ばす──のではない。
才能という器が大きくなるように働きかけ、その器に新たな技能を詰め込み、未知の能力を開花させてやるのだ。それがどれだけ難しいかといえば、比喩するものが見当たらない。
「どうしてもというなら……DNAの寿命であるテロメアを伸ばす感じか?」
「それ、遺伝子レベルで若返れってことですよね?」
無理ゲーです、とマリナは不味そうな顔で呻いた。
強靱な精神力によって老化を遅らせているような若々しい老人がたまにいるが、あれだって滅多にないレアケースである。
それを上回る勢いで、全盛期の若さを取り戻さなければならない。
薬品な医療に頼ることなく、自分自身の力のみでだ。
「……才能の器を広げるのは、それくらいの難題なんだよ」
ツバサは現在、魂の経験値が十京を超えている。
一、十、百、千、万、億、兆……の上の単位の“京”だ。
この莫大な魂の経験値を惜しみなく使い、教師系技能を多数習得してブレンドさせることで、“才能の伸び代を伸ばす”という技能を編み出した。
まだLVの低い者たちを育てるのには役立ったのだが……。
「それでも、伸ばせる伸び代は高が知れてるんだ」
ツバサは残念そうに肩をすくめた。
才能の伸び代を伸ばすにしろ、器を広げるにしろ、前述の通り無理難題。下手な真似をすれば器が壊れる。それは個性の破壊に等しい行為だ。
最悪、廃人にしてしまいかねない。
1枚の和紙から10枚の薄紙を剥ぐような──繊細な仕事を要求される。
「10日あれば異相空間で10年過ごせる」
その10年すべて修行に費やせば、誰でもLV999になれると思いがちだが、実際には才能の器を大きくするのに費やす時間のが遙かに多い。しかも、急いで器を広げようとすれば、心身ともに壊れる。
だから、修行の内容を細かく調節してきた。
また才能の器を短時間で一気に大きくしようとすると、本来の才能や性格に支障が出るため、追い詰めるのもよろしくない。
そして、広げた器が歪まない程度に技能を習得させたら、器の形がしっかり定着するまで間を置いた方がいい。
器が定まれば──また広げることができる。
「じゃあ、異相空間で修行したのに、ワタシたちみたいに一度でLV999になってない人たちは……」
「そういうこと、広げた“器”が固まるのを待ってるんだ」
短期間でも寝食を忘れて特訓すれば強敵に勝てる?
何年もがむしゃらに修行すればどこまでも強くなれる?
才能に限界はなく努力を重ねればどんなことでもできる?
「──答えはNOだ」
年月を費やした実力に付け焼き刃の特訓で敵うわけがない。
強くなる前に器を広げなければ人格や個性が歪む。
才能の向き不向きを弁えなければ器用貧乏にさえなれない。
「LV999になるにしても、当人が自らの資質や裁量を見極める必要がある。何でもできる万能キャラなんて絵空事、そんなものを目指していたら頭がおかしくなるし、憧れるのだって論外だ。1人で何でもできるようになって……」
何が面白い──ツバサは吐き捨てた。
各々の個性を尊重し、その道のスペシャリストを鍛える。
「プトラなんかは最たる例だな」
あの娘は道具作成師としては天才だ。
破格や別格が及ばない――懸絶した才を持っている。
それ以外はまるでダメ人間、“才能という名の許容量”がほぼ道具作りで占有されているのだ。おまけに、その器は儚く脆く壊れやすい。
先日の特訓では、彼女の才能を壊さないように気を揉んだ。
「ダインやジンみたいに、叩けば叩いただけ勝手に器を広げていくような素質を持ってりゃ楽なんだけど……誰もがそんなシンプルじゃないからな」
「あの2人、そんな感じなんですか!?」
驚きから一転、マリナは申し訳なさそうに表情を曇らせる
「じゃあ、ワタシたちもですか……? ワタシたちの才能が足りないから、センセイに迷惑をかけて……LV999にもなれなく…………て?」
俯きそうになるマリナの後頭部を優しく撫でる。
頭を撫でてやりたいが、王冠型の帽子があるのでこうなった。
こちらを見上げるマリナを安心させるように言う。
「子供たちは別の理由だ。言ったろう?」
身体ができてないって──。
「子供たちは成長期だ。身体が大きくなればできることも増える。それは才能の器を広げるのに他ならないんだ。それを待ってからでも遅くはない」
幼い身体で極めると、成長してから問題が生じやすい。
たとえば小さい頃に必要以上の筋肉を付けてしまうと、骨格や内臓の成長を妨げてしまうといわれ敬遠されている。
身体の動かし方にしてもそうだ。子供の短い手足で最適の運動効率を覚えても、成長して手足の長さが伸びれば変更を余儀なくされる。そうなれば、せっかく極めた身体操作法もやり直しになってしまう。
「四神同盟にいるメンバーだとミロ、トモエ、カズトラ、ヨイチ、かな。大人とは言えないけれど中高生くらいのメンツだ」
あれくらいまで成長しないと、LV999にはさせにくい。
彼女ら彼らもまだ成長期だが、体格はできあがっている。あそこまで大きくなれば、極めてからの成長による障害が起きる可能性は少ない。
ツバサはマリナの王冠型帽子を人差し指で軽く突いた。
「毎日欠かさず練習してるんだろ?」
得物を錆びさせないため手入れするように──。
帽子の位置を直したマリナは、こちらを見上げて素直に答える。
「は、はい、自分なりにやったり、みんなと稽古したり……」
「それで十分だ。大人になるまではな」
ツバサは励ますように微笑んだ。
「直面した危機を乗り越えるのは大人たちの仕事だ。子供たちの仕事は、大人たちが守った未来は受け継いでいくこと」
安心しろ──子供たちの未来は大人たちが守ってやる。
「そのために毎日忙しなくしてるんだからな」
遊んでやれなくてゴメンよ、とツバサはもう一度マリナを撫でてやる。
マリナは一瞬、虚を突かれたように呆けていた。だが、ツバサの気持ちを理解すると表情を綻ばせて、子供らしい笑顔で答えてくれた。
「いえ! とんでもないですお母さん!」
「誰がお母さんだ」
愛娘の狙った発言に、ツバサはとても久し振りの決め台詞で返した。
こうして和んでいられるのもいつまでか……と苦笑する。
「そうだマリナ、明後日の予定は一日まるっと開けといてくれ」
朝から晩ではない。一日24時間まるっとだ。
大胆なスケジュール割り当てに目を丸くするも、「はいです!」とマリナは【魔導書】を開いて、明後日のスケジュールを丸ごと塗り潰した。
「センセイ、明後日はどこかへお出掛けですか」
「遠出と言えば遠出だな。なんせ、この世界じゃない別空間だ」
ほへ? とマリナは気の抜けた声を漏らす。
ツバサは凄味の利いた相貌で、三日月のように裂けた笑みを浮かべる。
「異相での修行だよ──まだLV999になってない奴等のな」
前言通り、マリナのような子供たちを無理やりLV999にして戦力に数えるような大人げない真似はしない。そんなこと神々の乳母が許さない。
子供たちより先に、LV999になるべき大人がいるのだ。
本人たっての希望で「強くなりたい!」という見上げた根性のある奴もいれば、「かったるい」とふざけた態度の奴もいる。
そういった連中をまとめてシゴいてやるつもりだ。
異相空間で彼らを徹底的に鍛え、新戦力として加算させる。
「防衛計画で唯一、これだけが楽しみなんだよ……」
ギヒヒ、とオリベに似た下卑た笑いが喉の奥から込み上げる。
爺やに世話されすぎて癖が似てきたのかも知れない。
自身を突き詰めるように鍛錬するのが好きなツバサだが、他人が限界を超えて強くなるよう鍛えるのも楽しみになっていた。
「ああ、楽しみだ……楽しみだ……ギッヒッヒッヒッ……」
「セ、センセェ……恐いし下品です! その笑い方やめてください! 魔女っていうか鬼女っていうか鬼婆みたいで怖いです! とにかく優しいお母さんに戻ってください!」
マリナは下品な笑いをやめさせようと、懇願するように縋りついてくる。
鬼気迫る嬉々とした笑顔を、ツバサはやめられなかった。
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勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
30年待たされた異世界転移
明之 想
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気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
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くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
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第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
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書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
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記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
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