想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第14章 LV999 STAMPEDE

第327話:夜通しの会議はテンションがおかしくなる

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「どちらにせよ、私たちは大所帯となりました」

 おいそれとは動けません……クロウは難しそうに眉間の骨を歪める。

 ──四神会議は夜を徹していた。

 同盟を組む盟主たちは皆、逼迫ひっぱくした状況に追い込まれた経験がある。このため急を要する事態となれば、寝食を忘れて取り組んだ。

 みんな神族なので、睡眠も食事もいらないのが助長する。

「──お夜食をご用意いたしましょう」

 ハトホル陣営のGMとして会議に参加していたクロコは、メイドらしい気を利かせると立ち上がった。リクエストを承ってから厨房へと向かう。

 夜を徹しての会議となれば、神経も張り詰めてくる。

 小休止を挟もう――という空気になった。

 そうはいっても、熱心に会議を続けているのはツバサ、ミサキ、アハウ、クロウの盟主4人組カルテット。それとフミカやレオナルドにマヤムの参謀格くらいだ。

 他の者はほぼ寝落ちかけている。

 ただ、徹夜の悪影響が現れている者もいた。

「アハウさん、それ……大丈夫ですか?」

 マヤムはアハウの変わってきた様相を心配した。

「ああ、これは……現実での体質が残っているのかな?」

 アハウのひげがえらいことなっていた。

 獣王神であるアハウは、人型になっても獣毛の濃いビーストマンといった風貌なのだが、徹夜をしたら髭がまっすぐ伸びに伸びていた。

 三国志の関羽を彷彿ほうふつとさせる美髯公びぜんこうだ。

 その関羽のようにへそまで届きそうな髭の滝をいている

「学生の頃、友人たちと徹夜で麻雀していてもグングン髭が伸びてね。友達から『夜明けまで見届けるのがおっかねぇ』と怖がられたものさ」

「一晩でどれだけ伸びたんですか!?」
「男性ホルモン優位だったんですね……羨ましい」

 マヤムは素直に驚いていたが、三徹さんてつしてもろくに髭の生えなかったツバサとしては羨ましい限りだ。女神化した今では髭どころか体毛さえ無縁である。

 ……いや、髪とアソコ・・・はちゃんと生えてますよ?

「徹夜で無精髭ですか、懐かしいですね」

 スケルトンから冥府神へランクアップしたクロウは、髭どころか皮膚もないシャレコウベなあごを骨の指でコリコリと掻いた。

「私の場合、髭が生える前に皮膚で覆わなくてはなりませんが」

 クロウが持ちネタのスカルジョークをかます。

 ツバサやミサキのように女性化していれば髭なんて生えないが、彼の場合は論外である。そもそも肉や皮がないのだから。

 ちなみに――ツバサにも徹夜の悪影響が迫っていた。

 乳房が痛いくらい張っている。

 爆乳内に張り巡らされた乳腺、そこにハトホルミルクが溜まっている。もうすぐ乳首という敏感なダムが決壊しそうだった。

 ……会議が終わったら、あの部屋・・・・へ駆け込まねば!

 でも保つか? 現時点で決壊寸前である。

 とうとうLカップのブラジャーさえきつくなり始め、服飾師ドレスメイカーのハルカから「そろそろMカップかもですね。覚悟しておいてください」と通告されたばかりの爆乳は、痛いくらいパンパンに張り詰めていた。

「んっ……むっ……」

 誰にも悟られぬ押し殺した喘ぎで喉の奥を震わせる。

 ちょっと身じろぎしただけで、乳房の先端にある最も敏感な部分からハトホルミルクが滲んだのを感じる。まだブラをぬらす程度で済んでいた。

 そろそろ漏れるミルク対策として、本格的に母乳パッドとか使わなきゃいけないのか? 毎日常用するのか? 俺、元二十歳の男子大学生なのに!?

 やり場のない怒りと徹夜のテンション。

 この2つが融合して、新たな力を召喚できそうだった。

「……今なら青眼○ブ○ーアイズ・ア究極竜○ティメットドラゴンもワンパンできそうな気がする」

 重い乳房にうんざりした顔でボソリと呟いた。

「いきなりどうしたツバサ君!?」
「ツバサさん落ち着いて!? 海○社長泣いちゃいますよ!」

 イラついたぼやきだったが声量が大きかったらしく、レオナルドとミサキの師弟コンビに拾われて、いらぬ心配をさせてしまった。

 大丈夫、○馬社長はそんな軟弱やわじゃない。

「……そういやレオ、おまえ海○社長みたいな声してんな」
「本当にどうしたツバサ君!? 俺、そんな良い声してるのか!?」

 事実、こいつにメロメロの爆乳特戦隊は、イケメン独特の低音ボイスにやられたらしい。クロコが口癖みたいに褒めていたはずだ。

「いかんいかん、徹夜でテンションがおかしくなったか……」

 おかしな発言を続けていると自覚したツバサは、ゴンゴン! と拳でこめかみを数回叩いて我を取り戻す。

 神族は眠らずに済んでも、やはり精神的に人間の部分が残っている。

 徹夜でバイオリズムが乱れてきたのが、その証拠と言えよう。

 とにかく――会議が終わったらあの部屋・・・・へ直行だ。

 ユサァ……ユサァ……と重そうに自前の爆乳を揺らして、男性陣の一部から視線を集めると、ツバサはもう少し乳房の張りを我慢することにした。

「ツバサ様専用の搾乳室ですね。わかります」

 わかりみが深い……と背後からクロコに囁かれた。

 わざわざ搾乳の部分だけイントネーションを妖艶にして!

 いつの間にか夜食と飲み物を載せたお盆を手にクロコが戻っていた。憂さ晴らしと口封じのため、反射的に裏拳を放っておく。

 ジンではないが「ありがとうございます!」と奇声を上げて顔面をアスタリスクにするクロコだが、そのままでもメイドらしく夜食の配膳を始める。

 ……とてもシュールな光景だった。

 眠気覚ましの珈琲コーヒーや緑茶、あっさりした軽食が並べられる。

 せっかくなので、起きている者は眠気覚ましの飲料を飲んだり、サンドイッチや海苔巻きを摘まみながら、話のペースを緩やかにした。

 夜通しの会議に疲れ、眠り込んでしまった者も少なくない。

 ミロはツバサの膝枕で高いびきを上げている。

 ある意味、“アホの子”な振る舞いなので安心してしまう。

 クロウの隣で頑張っていたククリも、ウトウトしていたがクロウとツバサに勧められ、ミロと一緒にツバサの膝で寝入っていた。

 父親の魂を持つミロに抱かれ、母親の魂を継ぐツバサの膝で眠る。

 良い夢を見ているのか、寝顔も微笑んでいた。

 この2人が――乳房が張りまくる原因でもあるのだが。

 かわいい娘を2人セットで膝枕しようものなら、母性本能刺激されまくりで乳腺も活発になり、ハトホルミルクも無制限に増産されるわけだ。

 愛娘たちに授乳させたい──神々の乳母ハトホルが騒いでいた。

 それでも、娘たちの寝顔を撫でて耐える……!

 眠りに落ちたのは、ミロやククリばかりではない。
 
 猪武者いのししむしゃのカンナは会議にちゃんと参加していたのだが、日付が変わると眠気が限界突破したのか、コクリコクリと船をいでいた。

「寝てません、寝てません……ウニャムニャ……」

「カンナ君、無理せず寝てなさい。用があれば起こしますから」
「相変わらず夜更かしできないんだな……」

 クロウやレオナルドは「仮眠を取りなさい」と許可を出すのだが、カンナはこれをかたくなに拒否して、レム睡眠状態で正座していた。

 惚れた男レオナルドの手前、会議中に眠る醜態は見せたくないらしい。

 一方、爆睡しているGMもいた。

「バオォーザケルガガガガガガ……ディオガーグラビドドドドンゥ……」
「どんなイビキかいてるんスか、この駄目姉だめねえは……?」

 珍妙なイビキを奏でるアキを、フミカは蔑んだ眼で毒突いた。

 アキはその爆乳を座卓に預け、おっぱい枕で熟睡中だった。こぼれる涎で胸元をどれだけ汚しても起きる気配はなく、実妹であるフミカは肩身が狭そうにしながらも、眉間に深い皺を寄せて苦虫を噛み潰していた。

 長丁場となってきたので、仮眠も仕方あるまい。

 元教師であるクロウは「授業中に居眠りする生徒なんて星の数ほど見てきました」といったていで、起きている者のみで話を続けた。

「プレイヤーで構成されたパーティーだけならばまだしも、それぞれの保護領域には数千から数万の住民が暮らしています。もし、バッドデッドエンズとやらに襲撃された際、戦うにしろ逃げるにしろ、彼らを守ることが大前提です」

「戦いは避けられんとして、民草たみくさを連れての逃避行か……」

 愚策やな、とノラシンハは切り捨てた。

 当然、彼も起きていた。うたた寝すらしていない。

 クロコに頼んで濃くて渋いお茶を煎れてもらうと、それを眠気覚ましにチビチビ呑みながら有意義な茶々を入れてくる。

 彼女の尻に手を伸ばしてお仕置きされるのは、鉄板ネタになってきた。

 お盆で(しかも縁で)殴られたノラシンハはタンコブを乗せたまま、真面目な顔で人差し指を額に突き当て、ある記憶を思い出そうとしている。

「おまえさんらの世界でも、それで難渋なんじゅうさせられた武将がおったやろ? たしかー……リウペイだかリューベイだかっていう」

劉備りゅうび元徳げんとくですか、よくご存知で」

 ノラシンハの曖昧あいまいな武将名からレオナルドが言い当てた。

 そのまま劉備が苦しんだ戦いについて、簡単に説明してくれる。

「おそらく、長坂坡ちょうはんはの戦いのことですね。曹操そうそうに追撃されるも、自分を慕う数十万の避難民とともに鈍足の撤退戦を強いられた」

「おう、多分それやそれ。そっちの世界をあちこち覗いてる時に見たで。アニメとか漫画とか映画やったけどな」

「リアルタイムで見とけよ。修行僧サードゥー生活5000年なんだろ」

 タイミング良く現場に立ち会えるとは思えないが、過去を覗けるならフィクションより生々しい現場を確認しておいてもらいたいところだ。

 構うことなくノラシンハは感想を述べる。

「戦う術のない民草を連れてりゃ、どうしたって行軍はのろまな亀んなる。追い上げてくる敵軍に尻叩かれるんは必至やな。まあ、敵さんも戦う力のない無辜むこの民に情け容赦なく得物を振り下ろすってことはないやろが……」

 ノラシンハは常識的なことを言うが――。

「いやあ……曹操ならやりかねないのが怖いところです」
「なにせ乱世の梟雄きょうゆうですからねぇ……史実的にはどうでしたかね?」

 アハウとクロウからの評価は懐疑的だった。

 曰く――曹操ならりかねない。

「長坂坡の戦いは、劉備側の武将が大活躍する場面ばかりクローズアップされることが多いので……曹操軍は避難民をどう扱っていましてたっけ?」

「う~ん、趙雲や張飛が一騎当千で大活躍した話や、劉備が妻子よりもそれを助けた趙雲の忠義を褒めちぎるけど、『子供はまた作ればいいが、忠臣であるおまえの代わりはいない!』と叱責しっせきする場面を思い出しますが……」

「作品によっては、趙雲が助けた我が子をその場で放り捨てますからね」
「後年、その子がしょくをどうしたかと思うと何とも……」

 専門分野ではないが、アハウとクロウも三国志に造詣ぞうけいがあるらしい。

「曹操ですからね……やっぱり虐殺したんでしょうか?」
荊州けいしゅうの民も曹操が怖くて逃げた、という説もありますからね」

 大学講師のアハウと教師のクロウは、「う~ん……」と眉をしかめて考え込んでしまう。概要こそ覚えているが、微に入り細に入りは難しいようだ。

 アハウとクロウの曹操談義は止まらない。

 彼らもまた、深夜のテンションでちょっとおかしくなっているようだ。

 それが歴史蘊蓄うんちくになるとは、文化人らしくもあるが……。

 実際、曹操は残虐なことを平気でやる。

 三国志には正当な歴史書とされる『正史』と、物語としての面白さ重視で改編された『演義』がある。特に演義は編集者の数だけ話が変わっていた。

 ストーリーラインその物は変わらない。

 劉備りゅうび曹操そうそう孫権そんけんといった名だたる将が、蜀・魏・呉の三国に分かれて覇権を争ったのは歴史的事実である。大筋の物語は変えようがなかった。

 ただ、演義によっては正史にいない創作の登場人物が増えたり、主要人物を引き立たせるため他の武将が貶めて描かれたり、物語として濃くなる・・・・ように大胆な味付けをされている場合がある。

 曹操は正史でも演義でも、「残虐です」と伝えられていた。

 合理的で古いしきたりに縛られず、大義のためなら多少の犠牲もやむ得ない……というのなら、まだ評価できる。しかし、曹操が虐殺に走る場合、激情に駆られてのことが多いため、彼の評価を下げる一因となっている。

 この長坂坡の戦いでも、その一端が表れていた。

 大概の三国志では「避難民は劉備を慕って共に逃げた」と解説しているが、荊州の長となった劉琮りゅうそうに見捨てられた劉備は、謂わば敗軍の将である。

 名前こそ多少は売れていたものの、自前の領地すら持たない流れ者だ。
(※だから劉琮を頼って荊州で客将をやっていた)

 そんな武将を頼って、多くの民が一緒に逃げるだろうか?

 実際は「徐州で大虐殺をした曹操が攻めてくるぞー!」という噂が広まり、それを恐れた民が荊州から逃げ出す。これにより避難民が大発生、劉備はそれに巻き込まれた……という見方が現実的らしい。

「どっちみち――逃げられませんよね?」

 ミサキは文化人たちの話を切り、結論のみを口にした。

 まだ高校生のミサキは三国志を題材にした漫画やゲームなら好きそうだが、史実を元にした歴史にはあまり興味がないらしい。

 彼も徹夜で疲れているのだろう。

 無造作に手を伸ばすと、座卓に並べられた夜食の海苔巻きをチョイスして、それを丸々一本モグモグとくわえていた。

 戦女神になっても、男の子の感覚は抜けないらしい。

 恵方巻きじゃないんだから、太い海苔巻きをまっすぐ頬張らなくてもいいと思うんだが……女の子が太い棒をくわえているようにしか見えない。

 見方を変えたらエロいことになりそうだ。

「ミサキ君。あれだ、海苔巻きを頬張るならこう、もっと上品に……」
はふんゅぬぷべろぉレオさん、……んんっなんですか?」

 レオナルドは師匠として、破廉恥はれんちな絵面になっていることを指摘しようとするのだが、ミサキは頬張った海苔巻きをブルンブルンさて振り向いた。

 その表情に――良からぬ妄想をしてしまったらしい。

「な、な……なんでもない!」

 弟子でそういう妄想でもして恥じたのか、レオナルドは顔を真っ赤にして両手で覆うと、そっぽを向いてしまった。童貞みたいな反応である。

にゅむぅううん?……べろちゅぱ 変なレぬぷぅううんオさん

 ミサキ君、口にモノを入れたまま喋るのはやめなさない。

 右肩には心霊写真よろしく、亜空間の道具箱インベントリから顔を出したジンもいる。

 こちらは長丁場の会議に飽きたのか鼻提灯で眠っていた。

 ……引っ張り出すのは諦めたらしい。

 海苔巻きを完食してから、ミサキは話を切り出した。

「ウチの工作の変態ジンと、ダインくん、それにクロウ先生のところにいるヨイチくん。この3人で住民全員を乗せられるだけの飛行輸送船を建造している計画は現在進行形ですけど……今回のケースだと、あの輸送船は使えませんしね」

 工作の変態――ジン・グランドラック。
 ハトホル一家長男――ダイン・ダイダボット。
 クロウ家の執事――ヨイチ・クリケット。

 ヨイチは職能的には狙撃手スナイパーなのだが工作者クラフター技能スキルも伸ばしており、ダインやジンに次ぐ技術者として将来有望な成長株である。

 年齢的にもダインやジンの2つか3つ下なので、2人からは弟分として可愛がられつつ、工作者の技能を伸ばすように指導を受けていた。

 3人の工作者クラフターには、新たな飛行船の建造を推し進めさせている。

「いざという時、具体的にいえば蕃神ばんしんの急襲を受けた際。オレたちが蕃神の王を食い止め、その間に住民を飛行船で避難させる……そのための避難船としてジンたちに作らせていましたよね?」

 ジンの意見を求めようとミサキは振り返る。

 しかし、鼻提灯で眠りこけている親友を見付けて顔面にパンチを叩き込むと、話のわかりそうなダインに話を振った。

「そうじゃ、しっかしありゃあ対蕃神用に設計されちゅーきにな」

 プレイヤー・・・・・は未対策ぜよ、とダインは面目なさそうだ。

「蕃神どもは王様こそデタラメに強かが、図体がデカくて動きがトロい奴ばっかりじゃった。おまけに、次元の裂け目から出てこられんのが多い」

 LV999が2人もいれば、足止めはできる。

 成長したツバサとミロなら仕留めることも夢ではない。

「眷族は数こそ多いが、強さはこん世界の中級モンスターと変わらん。スプリガンやキサラギ族、他ん種族も武装さえ整えちょけば撃退ぐらいはできるきにな。そんために避難用ば船も装備を充実させちょるけんど……」

 飛行母艦ハトホルフリート、装甲方舟クロムレック。
 高速偵察艦メンヒルが計6隻。
 ガンザブロンの巨大空母型“巨鎧ギガノ・甲殻アムゥド”ダイアケロン。

 そして、空に浮かぶ移動要塞ハトホルベース。

 これらの他に各陣営の住民用の避難船や、神族たちの移動拠点となる戦艦を建造中だが、すべて対蕃神を想定して建造されている。

 ツバサたちが蕃神の王を抑えている間に、避難船は逃げる。

 それを無数の眷族が追いかけたとしても、避難船の乗組員たちが搭載された武装で撃退する。そして、安全な場所まで落ち延びるという作戦だ。

「やけんど、LV999スリーナインのプレイヤーは想定外ぜよ」

 どうしょうもない、とダインは落胆のため息をついた。

 愛しい旦那様の肩を持つべく、フミカが眼鏡をクイッと持ち上げる。

「いや、想定しようがないッスよ。考えてもみてください」

 バサ兄に、ミロちゃんに、ミサキ君に、アハウさんに、クロウさんに、ドンカイさんに、セイメイさんに、レオナルドさんに、ジョカちゃんに……。

「この面子メンツに攻め立てられたら、どんな高性能戦艦だって無防備に空中を漂う風船と同じッスよ。ガンシップに襲われたトルメキアの空中戦艦みたいに、ボロボロ墜とされるのがオチッスよ」

「風の谷のナ○シカでありましたね、そんなシーン……」

 クロウが宙を見上げて懐かしんでいた。

 ツバサも「なんちゅーもろふねじゃ」というセリフが耳に残っている。

「宇宙戦艦なヤ○トやNーニュー○ーチラス号でも太刀打ちできないッス」

 フミカの反論はもっともだ。ツバサも賛同する。

「当然だな……どんな戦艦であっても、俺たちみたいな単身で世界を滅ぼせる力を持った個人を迎え撃つように設計されていない」

 航空機よりも遙かに小回りが利き、音速も容易く超える機動力。なのに、破壊力、攻撃力、火力といった戦闘能力において戦艦を凌駕する。

 LV999スリーナイン相手では宇宙戦艦でも秒で撃沈だ。

 どれだけ最新鋭の装備を調え、優れた追尾性能を備えた火器を揃えても、超常的な存在となったLV999の攻撃に対応できるわけがない。

「最初から“逃げる”という選択はないんだけどな」

 ツバサは覚悟を決めるように言った。

 逃げ場なんてないさ、というツバサの好きな歌の一節を思い出す。

 最悪にしてバッド・絶死をもたデッド・らす終焉エンズのような、見境なく破壊活動に勤しむ連中に背中を見せたら、狙い撃ちされるのが相場というものだ。

 逃げた瞬間──奴らの思うつぼである。

 ツバサたちは自分の身を守れるとしても、一心不乱に逃げる住民の背中まで守り切れる自信はない。絶対に取りこぼしが起きる。下手をすれば、何百、何千、何万という犠牲者が出る恐れも……。

 このため、逃走という選択肢は選べない。

「じゃあ……各陣営を守るように籠城ろうじょうするしかありませんか?」
「ダメだよミサキ君、今回のようなケースだと籠城もしてはいけない」

 ミサキは各陣営の守りを固め、襲ってくる殺戮集団を迎え撃つ籠城を提案したが、師匠にして軍師であるレオナルドが駄目出しをした。

 そう――籠城という選択肢もない。

 理由は蘊蓄うんちくたれのレオナルドが語ってくれる。

「籠城という戦略は、ある約束があってこそ成功するものだ」

 籠城の成功条件――それは援軍が来る・・・・・こと。

「援軍も来ないのに城に籠もって敵軍を迎え撃つなど、『城を枕に全員死ぬ』と言っているようなものだ。援軍の来ない籠城はジリ貧になるばかりで、いずれは兵力も兵糧も枯渇し、抗う術さえ失う……」

 ――殺意をたぎらせた108人のLV999スリーナイン

 バンダユウによって9人脱落しているが、ツバサやレオナルドの予想が正しければ既に補充されているはずだ。

 それを4分割したら、27人の4チームになる。

 4チームが同時多発的に四神同盟への攻め込んできたら、どの陣営にも救援を求められないし、応援を送ることもままならない。

 籠城戦が始まった時点で、ツバサたちの敗北は決定する。

「つまりあれだ――守りに入っちゃ負けよ」

 結論をまとめるべく声を上げたのは、バンダユウだった。

   ~~~~~~~~~~~~

 数時間前のこと──。

 バンダユウは起き上がり、会議に顔を出してきた。

 誰よりも再起不能レベルの重傷で、立ち直れるかも怪しい深手を負わされ、一番多く終末の毒アポルダオルを注ぎ込まれていた。おまけにご高齢と来ている。

 だというのに、いの一番に目覚めたのだ。

 まだ全快とは言い難いが、座ったまま話すくらいは平気らしい。

 でも、まさか途中から会議に参加するとは思わなかった。

『──この度は誠にかたじけない!』

 バンダユウはあぐらの姿勢から包帯に覆われた両腕を畳につけると、土下座のように深々と頭を下げてきた。ぬかづいたままツバサに助けられたことへの感謝を述べると、四神同盟の各盟主に迷惑をかけたこと詫びてきた。

『まだ目覚めぬ組員に代わって、そしてこの場におらぬ組長の代理として、穂村組顧問として……厚く御礼おんれい申し上げる!』

 自分を初め、我が子と言い張る組員の命を救ってくれたこと。

 バンダユウの感謝の念は、その一点に尽きた。

『礼には及びませんよ。ゼニヤさんがみなさんを助けた手間賃や治療費は、自分が働いて返すと契約を交わしましたからね』

 ツバサはゼニヤとの「取り引きやーッ!」の顛末てんまつを語った。

『なっ!? そうか、ゼニヤがなぁ……』

 一瞬驚いたバンダユウだが、腑に落ちるものがあったのか、嬉しそうに口元を綻ばせていた。上げかけた顔を再び伏せて、ツバサたちに訴えてくる。

『ゼニヤの件があったとしても、それとこれは話が別だ』

 穂村組おれたちは──四神同盟あんたたちに借りができた。

『もはや指折り数えるぐらいに減っちまったおれたちだが……身体さえ治りゃまた戦える! あのイカレた餓鬼ガキどもとるなら、是非とも手伝わせてくれ! 一矢報わなきゃご先祖様に申し訳が立たん! 何より……』

 ぎりぃ、と奥歯を噛み締める音がする。

 持ち上げられたバンダユウの双眸そうぼうから血涙けつるいが溢れた。

『殺された組員むすこたちの仇を取らねば──俺は死んでも死に切れねぇ!』

 爆発する感情に涙腺が過剰反応したのだろうが、これはやはり、まだ終末の毒アポルダオルの影響が抜けきってないからだ。

 ツバサの目配せでクロコが駆け寄り、すぐさま治癒魔法を施した。

 すまねえ……と詫びながらクロコの治療を受けるバンダユウ。

 そんな彼に年嵩としかさのクロウが慰撫いぶの言葉を投げ掛ける。

『組員さんたちだけではありません。組長であるホムラ君や、若頭のゲンジロウ君も安否がわからぬとか……心中お察しします』

 頭を下げるクロウに、バンダユウは首を左右へ振った。

『あいつらの安否は確かにわからねぇ……が、生きてりゃどうにかなる』

 バンダユウは血の涙を拭い、褞袍どてらから指南針しなんしんを取り出した。

 数は2本、恐らくホムラとゲンジロウのものだ。

 人、物、場所、登録したものの方角を性格に指し示す便利アイテムだ。2本あるそれはバンダユウの手の上に浮かび、クルクル回っていた。

 指南針らしからぬ反応である。

『指南針は登録したものを指し示す。もし、それが死亡したり消失すれば、指南針はまったく反応しない……どこにいるかわからねぇが、どうなっているかもわからねぇが、ホムラもゲンジロウもまだ生きている』

 生きていてくれりゃどうにかなる──生きているだけでもいい。

『骨の御隠居ごいんきょ……俺は望みを捨ててないんだ』
『……失言でした。申し訳ない』

 マリから聞いた話では、2人の生死が絶望視されていた。

 だがバンダユウの指南針を見る限り、まだ希望はある。2人は亡くなったと仮定してお悔やみを申し上げたクロウは、その発言を詫びたのだ。

『そういうわけでだ──』

 バンダユウはズイッと身を乗り出してきた。

『クソ餓鬼どもをぶっちめる話し合いなら、俺も相席させてくれ』

   ~~~~~~~~~~~~

「守りに入ったら負け、とは言い得て妙ですね」

 バンダユウの発言を受け、レオナルドは講釈みたいに語り出す。

「あちらは人類も生命も世界も、すべてを滅ぼすと公言している。ならば、どこへ逃げても意味はないし、逃げれば逃げるだけ事態は悪化するばかり……こちらが滅ぼされる前に、あちらを“鏖”みなごろしにするしかない」

 ――られる前にる。

 物騒極まりないこの文言が、今回ばかりは計画の骨子となるだろう。

 ところでバンダユウさん、とレオナルドは質問する。

最悪にしてバッド・絶死をもたデッド・らす終焉エンズに与する者は『下駄を履かされている』とのことですが、具体的にはどういった状態にあるんでしょうか?」

 どうやら従来の強化バフ効果とは異なるらしい。

 バンダユウはチラッとツバサの顔色を窺ってきた。

「そいつは……俺よりツバサ君に聞いた方が早いかもな」
「え……俺ですか?」

 思わず自分を指差してしまった。

 バンダユウはツバサに向き直り、神妙な面持ちで話し掛けてきた。

「ツバサ君が直接戦ったわけじゃないみてぇだが……ウチの三馬鹿、三悪トリオって言った方がわかるかい? あいつらの喧嘩を間近で見てるだろ?」

「三悪? ああ、マーナ……さんたちでしたっけ?」

 人前なのでさん・・付けで呼んでみた。

 タ○ムボカンの悪役三人組にしか見えない連中のことだ。

 三人の悪役――略して三悪。

 そもそもだ、あの三悪トリオがハトホル国へちょっかいを出してきたのが、穂村組とのいざこざが始まった原因でもある。

 襲撃をかけてきたマーナ一味をツバサが追い払い、「住民を奴隷にする」とか言っていたのに腹を立て、隠れ家を突き止めるとミロたちを連れて、ケジメをつけさせるために乗り込んだ次第である。

 応戦してきたマーナ一味の相手は、LV900を超えたイヒコとヴァトに腕試しを兼ねてやらせた。その時、マーナが思い掛けない裏技を使ったのだ。

「短時間ですが、LVを200も上げる強化バフを使ってましたね」

 会議の場に軽いどよめきが起きた。

 普通、強化はどれだけ強いものでも数種のパラメーターを最大10数%上げるのがいいところだ。過半数のパラメーターを同時に10%上げられる技能スキルがあれば、それはとても優秀な強化バフ効果ということになる。

 しかし、LVを上げる強化など前代未聞だ。

 腕力、体力、膂力、生命力、敏捷力、防御力……。

 こういったパラメーターを上昇させるのとは話が違う。LVとは“格”だ。簡単に言えば生物的な強さの“格”と言ってもいい。

 一時的とはいえ、上げるのは容易ではない。

 マーナが初かと思いきや、既に前例者が現れていた。

 キョウコウの配下にいた女性の過大能力オーバードゥーイングが、対象の寿命を大幅に削るのと引き替えに、暴力的な強化を施すというえげつないものだったという。

 目撃した者の話では、「LVも100近く上がっていた」とのこと。

 それと比べたら、マーナの編み出した強化バフは優れ物だ。

 一時的とはいえ本人の素質を活かしたままLVを200も底上げし、効果終了後には副作用がない。欠点は準備に時間がかかることぐらいか。

 あれだけの“気”マナ、一朝一夕では集められない。

「俺もレイジからの報告で又聞きだがな。まず間違いねぇ」

 この情報を踏まえてバンダユウが説明する。

「バッドデッドエンズはな、似て非なる永続的な強化を受けている。分析アナライズしてみると全員LV999スリーナインなんだが、実際に手合わせしてみるとモノホンのLV999と比べたら格段に劣ってんのよ」

 かといって、不用意にLVの低い者をぶつけられない。

 形ばかりであってもLV999。履かされた下駄の分だけ強くなっており、半端な強さでは返り討ちに遭う。LV950を超えてても危うい。

 しかし、LV999ホンモノの前では地金をさらすらしい。

穂村組ウチで言えばホムラやゲンジロウなら、俺の殺した9人とは互角にやり合えたはずだ。つまり、実質LV990前後と見ていいだろう」

「本来の地力からどれだけ上昇しているかにもよりそうですね」

 レオナルドの見解にバンダユウは頷く。

「ああ、元から強い奴には、履かされた下駄がきっちり有効になってやがる。恥ずかしい話だが……俺をズタボロにした5人はそれよ」

 リード、アダマス、サバエ、ジンカイ、サジロウ──。

 バンダユウから人相を聞けるので、後でトモエに人相書きを描いてもらおう。
 あのもイラストレーターの技能スキルを伸ばしていた。

「敢えて言うなら──量産型LV999スリーナインってところだな」

 話をまとめたバンダユウは、玉露ぎょくろで喉を潤した。

 LV999は一握りの者が到達できる強者の極み。

 どんな過大能力オーバードゥーイングか知らないが、そのLV999を100人近くも作り出すことができる奴がいる。推測だが、ロンドというGMの能力だろう。

「量産型だから品質は均一、天然物と比べりゃ味は落ちる。ただし、希に天然物に匹敵する良品が出ることもある……って感じか?」

「そんな奴らが108人か……」

 先が思い遣られるな、とツバサはこれ見よがしに嘆息した。

「でも、やることは決まりましたね」

 和食が好みと聞いたことはあるが、そんなにお気に召したのか3本目の海苔巻きを食べ終えたミサキは、唇についた米粒を舐め取っている。

 こんな時、今後の方針を一言でまとめるのはミロの仕事だった。

 だが生憎、今日はククリと一緒におねんね中。

 そこで、ミロと同じ資質を持つミサキが代弁してくれるようだ。

「逃げるのは無理、守るのも駄目、それなら取るべき手段はひとつです」



 ガンガン戦う──これしかない!


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