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第13章 終わりで始まりの卵

第324話:正しい(世界)掃除の仕方

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「――何してんだ真っ赤な変態!?」

「スナップを利かせた裏拳、ありがとうございます!」

 ミサキは左肩越しにマスクマンな顔だけ突き出したジンに、親友だろうと手加減なしの裏拳を叩き込んでツッコミとした。

 陥没してアスタリスク状態になるジンだが、普通に喋れるらしい。

 ジンは“コメディリリーフ”という、ギャグキャラらしい振る舞いならば、致死レベルのダメージを受けても死なないというトンデモ技能スキルを持っていた。

 ミサキは礼儀を重んじて年上を敬う子である。

「てめぇ……またオレの道具箱インベントリに忍び込んでやがったな!?」

 しかし親友には素を出すのか、こういう時の言葉遣いは粗雑だった。

 ツバサも友人(主にレオナルド)が相手の時は江戸っ子らしくべらんめぇ口調なのでなんとなくわかる。親友ともにはつい気を許してしまうのだ。

 ジンは(ミサキの)道具箱インベントリから顔を出したまま言い訳する。

「オゥイエェス、夜明けとともにミサキちゃんのカワイイ寝顔を拝みながらスルリと潜り込んだ俺ちゃんを許してプリー……ズアゴッ!?」

「道理で朝から静かだと思ったぜ気色悪い!」

 今度は振り返りざまの右アッパーを極めるミサキ。

 さすが打撃メインのストライカー、ボクサーでもやっていける。

 男子高校生2人がどったんばったんドツキ漫才を繰り広げる傍ら、クロコはまき散らされた緑茶をテキパキ拭いて、座卓を綺麗にしてくれた。

 その間、ツバサはしばらく考え込む。

 ジンは工作者クラフター──習得した技能構成も生産系に徹している。

 戦闘面においては、アルマゲドン時代から相棒のミサキにおんぶに抱っこだったらしいので、喧嘩もろくにできない平和主義者だという。

 ところが、ミサキたちに聞けば──。

『アイツ、強いですよ。よっぽど怒らせないとやる気にならないけど』
『……ジン君、狂戦士化バーサークさせるとドン引きする強さですよ』
『ジン兄は強いんじゃぞ! オモチャみたいに相手を解体するんじゃ!』

 ──ツバサの見立てでも“素質”はある。

 だから先日、時間の流れが止まった異相空間に連れ込んで、泣き言と血反吐にまみれるまでシゴキにシゴいてLV999にさせたのだ。
(※第276話~277話参照)

 ちなみに、本人からの希望でもある。ジンは極度のマゾなのでツバサのシゴキさえも「ご褒美です!」と喜ぶから、虐待やイジメではない。

 そう考えると……ジンもツバサの弟子になるのか?

 ミサキ、ダイン、ヴァトに続いて4番目の弟子となるのか?

(※一番最初に武術を教えたという意味ではミロ、次がマリナになる。そして、トモエ、ジャジャ、プトラ、イヒコにも手解きをした。しかし、彼女たちは“娘”なので弟子にカウントしない)

 ……何故だろう、先の3人ほど可愛がれる自信がない。

「ツバサお姉様ひっどーい! 俺ちゃんもお姉様の愛の鞭でこんな立派に育った愛弟子4号じゃあーりませんか! ミサキちゃんやダインくんにヴァトくんみたいに、もっと愛して撫でて頬ずりして抱いてホールドミィィィーーーッ!」

「やかましい、勝手に人の独白を読むな」

「いいからオレの道具箱から出てこい! なんか落ち着かねぇんだよ!」

 得体の知れない読心術を使ってツバサに叱られ、ミサキに首根っこを引っ掴まれて引きずり出されようとするが、ジンは意固地に踏ん張る。

「いーやーですぅ! 俺ちゃん、ここをつい棲家すみかにするんですぅー!」

「ふざけんな! 便所の裏に墓を建ててやるから出てこい! っていうか、どうやったら他人の道具箱へ入るなんて狂気の沙汰ができんだよ!? 自分でも入り込めないのがデフォルトなのに!」

 普通は道具箱インベントリの中に入れない。自他ともにだ。

 そういう技能もあるが、ジンの場合は“コメディリリーフ”のおかげだろう。

「2人とも、それぐらいにしないか。会議中だぞ」

 見るに見かねたのか、イシュタル陣営最年長にしてミサキの師匠でもあるレオナルドが大人しくするように促した。

 イシュタル陣営は年若いミサキをリーダーに掲げ、レオナルドが腹黒軍師として補佐を務める。こういう時はいさめるのが彼の役目だった。

 ナチス将校みたいな格好も相変わらずだ。

 レオナルドにも叱られた2人は、男子高校生らしい素振りで「はぁ~い……」と情けない声で謝った。ミサキは肩身が狭そうに席に戻る。

 ジンもしょぼくれているが──道具箱インベントリから出ようとはしない。

 静まったところで、ツバサはジンに声をかける。

「ジン、今回ばかりは『工作者クラフターだから』と戦力外にしてやることはできない。曲がりなりにも俺が指導して、れっきとしたLV999になってるんだ」

 戦力として数えるぞ、とはっきり言い渡した。

 ジンは「えぇぇ~……」と情けない声を漏らすと、マスクの目に当たる白い部分の眉尻を情けなく下げた。器用なマスクだ。

 ツバサはため息をつき、やる気を出すよう諭してやる。

「生産系のおまえにだ、連中の首を5個も6個も取ってこい、なんて無理無茶無謀なことは振らんさ。さっきミサキ君も提案してたが、日替わりで全陣営を回って、有事の際には住民を守ることに専念すればいい」

 多種族デミヒューマンを――おまえが守るんだ。

 この一言でジンの瞳がキラーンと輝く。

 マスク越しだろうとお構いなし、暗闇を真昼のように照らし出す光量で輝いたのだから、その輝きたるやフラッシュライト以上だ。

 ミサキ君から聞いたのだが、ジンは大の亜人種デミヒューマン好きらしい。

 エルフを最愛の種族と公言し、それ以外のデミヒューマンの女の子や、いわゆるモンスター娘にも目がないというから筋金入りである。

 そんな彼には──この説法が効果的だ。

「俺にトレーニングを頼んできたのも、いざって時にエルフたちを守るためって言ってたじゃないか。まさか……あれは嘘だったのか?」

「──とんでもございませんッ!」

 ジンのマスクは本当に器用で、真剣な表情を浮かべて眉をつり上げると、マスクの白い目の部分も連動してつり上がっていた。

「ミサキちゃんみたいな喧嘩上等! は趣味じゃありませんが、エルフちゃんズや亜人種デミちゃんたちを守るとあらばこのジン・グランドラック! 粉骨砕身しようとも、塵から自分を作り直してみんなを守る所存にございます!」

 よく言った、とツバサはその気概きがいを褒めてやる。

 その上で、この事態が収束するまでの役回りを振っておく。

「じゃあミサキ君の提案通り、おまえには日替わりで各陣営のサポート要員を頼みたい。何事もなければ……そうだな、各陣営の建築や工作で手伝えることをおまえの判断でやってくれればいい。そして、非常事態が起きた際には住民を守ること、あるいは避難の手助けをしてやってくれ」

 おまえの過大能力オーバードゥーイングは防衛や撤退に向く、とアドバイスしておいた。

「やってくれるな、ジン?」
「アイアイマム!」

 ミサキの道具箱から(まだ入ったままだ)右手のみ出したジンは、オーバーリアクションな敬礼をした。ツバサは「誰がマムだ」と苦笑する。

「そんでな……いいかげん出てこい!」

 話がまとまったものの、自分の道具箱から出てこないジンに業を煮やしたミサキは、両手でジンの顔を鷲掴みにすると、空間に脚を乗せて大根でも引き抜くかのように引っこ抜こうとしていた。

「グギギギ……俺ちゃん、テコでも動かない!」

 ギャグキャラの信念なのか、ジンは意地でも出てこない。

 ミサキの握力で顔を押し潰されているから、端から見ていると“しわしわなピカ○ュウ”みたいになっていた。

「ハハハ……だが、ジンくんに出番が回らないことが最善だな」

 男子高校生たちの日常を見守るアハウが言った。

 声のトーンを落とすと、意味深長な口振りで話し始める。

「ツバサくんから連絡をもらった後、おれなりにあれこれ考察をしてみた。これはあくまでも憶測だが、おれたちの同盟がその……世界崩壊を目論む無法者集団に襲われるのは最後・・だと思うんだ」

 アハウは彼らの名前のところで言い淀んだ。

 最悪にしてバッド・絶死をもたデッド・らす終焉エンズ、は長ったらしくて言いにくいらしい。

 バッド・デッド・エンズの呼び方はさておき、憶測だと前置きした「四神同盟が襲撃されるのは最後になる」という考察が気に掛かる。

「アハウさん、その考察というのは?」

 尋ねるツバサに横目を振ると、アハウは声質を抑えたまま答えた。

「しがない大学講師の愚案ぐあんだが……耳を傾けてくれるかな?」

 そんな風に持ち掛けられたら、聞かざるを得ない。

   ~~~~~~~~~~~~

「最初に生じた疑問──それは穂村組が襲われた理由についてです」

 立ち上がったアハウは、懐から教鞭を取り出した。

 アハウの補佐を務めるマヤムも立ち上がると、魔法で大型のスクリーンを展開させる。それをホワイトボードにして考察を説明するつもりらしい。

 プレゼンというより、大学での講義を思い出す。

 そういえば自分は二十歳の男子大学生だったっけ……と遠い目で現実の頃を思い返した。今じゃLカップのブラさえキツくなってきた爆乳地母神だ。

 どうしてこうなった? と声を大にして叫びたかった。

 いかんいかん……過去を振り返っている暇はない。

 とりあえず、アハウの講義に集中しよう。

 ツバサが連絡したのは1時間ほど前だが、この短時間でマヤムと話し合い、資料となる画像を用意してくるとは……さすが元大学講師。

 もしかして、スーツ姿はこれ・・を意識したのか?

 アハウを支えるマヤムの細君振りも板に付いてきた。

 内に秘めた自己女性化愛好症から、誰にも内緒で女性化し、異世界転移によって女神化した元男の娘とは思えない女性らしさだ。

 ……ツバサも見習うべきなのか?

「当初、彼らの探している“終わりで始まりの卵ヒラニヤガルバ”を穂村組が手に入れ、それを奪うついでに彼らを殲滅させた……と額面通りに受け取りましたが、ツバサくんからマリさんの話を詳細に聞いて、その考えを改めるに至りました」

 同時に──憶測も固められたらしい。

 アハウが目配せするとマヤムは首を縦に振り、スクリーンに真なる世界ファンタジアの地図を投影させた。ツバサたちが調査済みのものだ。

 そこには無数のか細い青い点が散らばっている。

 青い点を蝕むように、ドス黒い点があちこちに群れていた。

「順を追って説明しましょう」

 青い点は──真なる世界の現地種族の分布図。

 黒い点は──別次元の侵略者“蕃神ばんしん”の分布図。

「これはあくまでもシミュレーター。恐らく“こんな感じだろう”という、おれやマヤムくん、それにフミカくんやアキさんに情報処理を協力してもらった、仮想的なものであるということを断らせていただく」

「ちょっと──ええかな?」

 会話の隙間を見計らい、ノラシンハが手を挙げた。

「それやと俺みたいな現地産の神族や魔族は抜いとるようやな。ま、どっちもほぼほぼ絶滅しとるでな。頭数に入れんでもええ、今んところはな」

「でも、ジイさんみたいな生き残りは少なからずいるんだろ?」

 ツバサが予感も込みで聞けば、ノラシンハは即答する。

「そりゃあな。隠れとる奴はもっといるで」

 隠れている奴? と反射的に聞き返してしまった。

「せや。兄ちゃんも使ってる異相いそうみたいな空間をこさえて、そこに一族郎党と逃げ込んだり、自分を信奉する多種族だけ抱え込んだり……蕃神どもの侵略が落ち着くまでやり過ごそうっちゅう引き籠もり・・・・・がな」

 聞いてる限り、核シェルターへの避難だ。

 神様も悪魔も人間も考えることは変わらないらしい。

「すべてが終わったら顔を出す……という腹積もりなのですか?」

 感心しませんね、とクロウはいい顔をしない。

 骸骨がいこつで不快感な表情を作る。世界の危機に立ち向かわず、自分だけの空間に逃げ込んだ者たちの卑怯をそしりりたいようだ。

「せやでガイコツの兄ちゃん。ただ、これもまた生存戦略の在り方よ」

 ノラシンハは老練ろうれんな思考でクロウを諭した。

「植物かて厳しい冬を耐え凌ぐため、遺伝子を種に込めて春を待つやろ? あるいは葉をぜんぶ落として幹に栄養を貯め込んで冬が通り過ぎるんを待つやろ? 連中のそれも変わらへん。蕃神ちゅう冬を乗りきるため、種みたいな結界に閉じこもり、春が来るまで冬眠するちゅう作戦やがな」

「状況を見極めるまで海底に隠れる潜水艦とも受け取れますね」

 レオナルドのたとえに、ノラシンハは膝を叩いた。

「潜水艦ちゅうんはええ表現やな。せやから、中には状況次第でひょっこり顔を出して、兄ちゃんらを手伝おうとする奴もいるかも知らへんな」

 俺みたいに──ノラシンハは小声で言った。

「……しかしまあ、還らずの都がドッコーン! と出てきて、ご先祖様もよーさん還ってきたいうんに、どいつもこいつも反応ゼロやからなぁ……期待するだけ無駄無駄無駄ってもんやろ。いないと思って掛かった方がええな」

「──無い手は頼るな」

 ミロがボソリと呟いた。

 会議には参加させているが、ずっとツバサの背中にまとわりつくばかりで、長い髪でかくれんぼするみたいに埋もれていた。

 一応、話は聞いているらしい。

 無い手は頼るな──ツバサが教えた教訓だ。

「せやな、兄ちゃんらが地球からこっちに来て1年……協力しようって前向きな奴なら顔出してもおかしくない頃や。今顔を出さんなら……」

 出てこんやろ、とノラシンハも嘆息する。

 小声で「ホンマしばいたろか」と臆病者たちをそしっていた。

「話の腰を折ってもうてすまんな。獣王の兄ちゃん」

 続けてや、とアハウに先を促した。

「いえ、貴重な意見ありがとうございます。さっそく今後のシミュレーターに反映させていただきます……さて、ノラシンハさんの言う通り、我々がこちらの異世界に転移して早1年を数えました」

 アハウは教鞭きょうべんでスクリーン上の地図を指す。

 すると、新たに赤い点がいくつも浮かび上がる。これは地球から転移してきた、ツバサたちのようなプレイヤーを表すものだ。

 赤い点は活発に活動する。

 真なる世界の各地に散らばり、蕃神を表す黒い点と接触して戦闘を繰り広げ、現地種族を示す青い点と接触して行動を共する。

 シミュレーターは、ここ1年の真なる世界の動向をなぞっていた。ツバサたちが歩んできた道のりなので心当たりがあるものばかりだ。

 まだ出会っていない陣営や多種族の集団、未知の蕃神の動きも表しているのは、本来の意味でのシミュレーター的な部分なのだろう。

 やがてシミュレーターは停止する。

 1年前の異世界転移から、今日まで追いついたのだ。

 大陸の地図には4箇所──ハトホル、イシュタル、ククルカン、タイザンフクンを海賊旗ジョリーロジャーのようにかたどったシンボルが浮かぶ。

 位置的に、それぞれの拠点がある場所を示していた。

 それ以外にもいくつかの陣営ができているものと仮定して、まだ見ぬ陣営のシンボルも(仮)として置かれている。北には先日まであった穂村組の拠点、万魔殿のシンボルもあった。

 アハウの教鞭が、それらのシンボルを順に指していく。

「この1年、我々が異世界に戸惑いながらも、現地種族とともに村や街を作ることで文明を復興させつつ、この世界を脅かす別次元の侵略者たちと戦ってきたのは、改めて説明するまでもないでしょう」

 では──最悪にして絶死をもたらす終焉は何をしていたのか?

 1年間、のほほんとしていたわけではあるまい。

「恐らく、彼らはこの1年を準備期間に当てていたはずです。108人もの人員を揃え、その構成員たちにLVを上げさせ、何らかの手段で下駄を履かせ、時が来ればこの世界を瞬時に滅ぼせるだけの力を蓄えさせていた……」

 一方で──彼らは待っていた。

プレイヤーたちわれわれまとまる・・・・のを待っていた、と思われます」

「まとまる……パーティーを組むってことですか?」

 ミサキの疑問符にアハウは首肯しゅこうした。

「そう。どんな高位のプレイヤーであっても、この世界を独りで生き抜くには苛酷の一言に尽きる……必ずや仲間を募る、協力を求める、徒党を組む」

 ツバサも、ミサキも、アハウも、クロウも──そうだった。

 アルマゲドン時代からの縁もあるが、この世界で新たに迎えた仲間もいる。

 四神同盟自体、真なる世界ファンタジアで結成されたものだ。

 そして、虐げられた現地種族とも出会す。

 異世界転移に困惑するも、人間を超える技能や過大能力を身に付けたプレイヤーには余裕がある。弱々しい現地種族を助ける者も多いだろう。

 手前味噌だが、四神同盟がまさにそれだ。

 穂村組とて最初は善意から現地種族を助けていた。

「こうして、各地にプレイヤーと多種族による集落……今では国と呼んでも差し支えない安全地帯が誕生しました。安全地帯ここには、この苛酷な世界を彷徨う難民や他のプレイヤーも集まってきます」

 光に集まる羽虫のように、蜜に群がる地虫のように……。

最悪にしてバッド・絶死をもたデッド・らす終焉エンズは──これ・・を待っていた」

   ~~~~~~~~~~~~

 歴史の講師らしく、アハウは過去を振り返る。

「人類は意図せず何百種類もの生物を絶滅に追い込んできました。ですが、意図的に滅ぼそうとするのはなかなか難しい……確実に滅ぼしたければ、その生物をなるべくひとつところに集め、一網打尽にするしかない」

「だから、滅ぼすべき対象が集まるのを待っていた……と?」

 おぞましい推測にクロウは眼窩がんかの眉部分をひそめた。

 自らの憶測とはいえ、アハウも顔をしかめて頷くしかない。

「彼らにしてみればゴミ掃除の気分でしょう。圧倒的な力という箒で世界を掃き清めて、神族、魔族、多種族、プレイヤーを問わず、滅ぼすべきゴミを集め、絶滅という名のちり取り・・・・で掬い取る……」

 この1年は彼らにとっての準備期間であり、待機期間でもあった。

 ゴミが勝手に集まるのを待っていたのだ。

「ロンド・エンドというGMの動きは、明らかに迅速です。高度な情報網を張り巡らせているとしか思えません」

 穂村組に“終わりで始まりの卵”かも知れない卵が運び込まれたことを、誤情報とはいえ知っていた。そして、ゼニヤが機転を利かせて殺戮集団を出し抜き、逃げようとするや否や行く手に立ち塞がった。

 この2点でも、情報処理能力に長けているとしか思えない。

 自身にそういった能力があるのか、情報収集のためにたくさんの従者サーヴァントや使い魔を操れる部下がいるのか……あるいはその両方か。

「そんな情報将校みたいな男が、四神同盟われわれを見逃すはずがない」

 四神同盟が拠点を置くことで中心地とし、それぞれの盟主が結界を張り巡らせることで安全地帯とした領域は、不法侵入を許さない。

 断りもなく結界に踏み込めば、ツバサたちに否応なく発見されるのだ。

 先日のノラシンハがいい例である。

 しかし、感知能力のある使い魔ならば結界を察知して踏み込まず、「ここに強力な結界が張られてますよ」と報告するだろう。

 そこからは超望遠などの技能スキルを使えば、結界内を探れるはずだ。

「前述の通り、ロンド率いる殺戮集団は我々の陣営に多種族やプレイヤーが集うのを待っていた……だから場所の把握こそすれ、まだ手を出そうとはしてこないと思われます。最後まで手付かずで残しておきたいはずです」

「そうか……わしらは積極的に受け入れちょるからな」

 初めて会議に参加するダインは、緊張からか表情が硬い。

 それでも自分の携わる業務が関わるため、毅然と会話に参加する。

「現地種族の難民にしろ、まだゲーム気分でこん世界を冒険しとるプレイヤーのパーティーにしろ、見回りに出とるスプリガン族の高速艦に『見付けたら拾ってきちょくれ』と頼んどるし……増えていく一方ぜよ」

「ミロちゃんの過大能力オーバードゥーイングも一役買っているからね」

 以前、ミロはその万能すぎる過大能力で「この世界で困ってる人たちは四神同盟のところへ来い!」と呼びかけ、その通りになっていた。
(※第256~259話参照)

 ダインの意見に頷いたアハウは、眉根を寄せて忌々しげに唇を噛む。

「しかも……おれの最悪ともいえる予想が正しければ、ロンドと殺戮集団は、難民やプレイヤーをおれたちの元へ押しかけるように仕向けるはずだ」

 滅ぼすべきゴミが集まった安全地帯へ追い込む。

 まずは、定住地を持たない(あるいは大人数を運べる輸送能力を持つ)グループから潰して回る。潰す際、安全地帯の情報を流すのも忘れない。

 ハトホル国を初めとした四神同盟を知っていれば別だが……。

「その先触れが──穂村組だ」

 穂村組はロンドにとって厄介なグループだろう。

 高LVのプレイヤーが何十人もいて、その誰もが実力からLV999に成り上がろうとしており、いくつものグループに分かれて遠征に出掛ける。

 即ち、一網打尽で殺しきることが難しい。

 万が一、腕利きを数人でも逃がして、そいつらが復讐に燃えるLV999にでもなれば、ロンドたちの野望を邪魔することは請け合いだ。

 彼らの『身内の敗北は全力でそそぐ』という団結力と、バンダユウから受け継いだ義侠心ぎきょうしんがあれば、そうなる可能性はいくらでも想像できる。

「そして――万魔殿パンデモニウムの存在です」

 大勢の仲間を乗せて超高速移動できる拠点。

 全滅寸前まで追い詰めても、生き残った仲間を乗せて逃げ回られたら手を焼かされる。逃げている間に対抗策を打たれるかも知れないし、ロンドたちに立ち向かう組織に合流されたら、移動する橋頭堡きょうとうほにもなりかねない。

 ゆえに――万魔殿は真っ先に破壊されたのだ。

「連中の本陣がわかれば、そこへ突っ込む強襲艦きょうしゅうかんにもなったぜよ」

 何隻も戦艦を造ったダインの言には説得力がある。

「だからこそ、我々の陣営に引き込みたかったのだが……」
「拳骨で木っ端微塵にされちゃあ堪んないッスねー」

 レオナルドは穂村組を四神同盟に引き込み、戦闘特化の切り込み部隊を作ろうと構想していたらしく、残念でならないといった様子だ。

 アキは万魔殿が壊された状況をざっくばらんに繰り返す。

 マリも「アダマスという巨漢は別格でした」と脅えた様子で打ち明けてくれたので、そのリーゼント野郎は要チェックである。

「それらの理由から、穂村組が潰されたというんですか?」

 じゃあ“卵”は? とミサキは疑問視する。

 マリから聞いた話では、最悪にして絶死をもたらす終焉の中から13人を率いて現れたリードという青年は、バンダユウに「特別な卵を渡せ」と要求し、勢いとばかりに「おまえら全滅な」と襲いかかってきたらしい。

 本命は卵、穂村組壊滅はついでと聞こえる。

「そこだ。特別な卵を渡せと迫ってきたはいいが……」



 彼らは――“終わりで始まりの卵ヒラニヤガルバ”を知らない。



「でなければ、ゼニヤくんが投げた虹色宝龍レインボードラゴンの卵に惑わされるわけがない。彼らは自分たちが探している卵の外観を知らないんだ」

 最悪にして絶死をもたらす終焉もまた、手探りで探しているのだろう。

   ~~~~~~~~~~~~

 ツバサが緊急招集の連絡をした時のこと――。

 概要を聞き終えたアハウは、ある不安に駆られたという。

『遠からず四神同盟われわれにも攻め込んでくるのではないか?』

 果たして自分の力だけで仲間や住民を守ることはできるだろうか? その不安を払拭ふっしょくすべく、アハウは目まぐるしいほど思考を巡らせたという。

 その時、こんな閃きがあったそうだ。

『世界を滅ぼすと公言する集団ならば、どうして四神同盟われわれを潰しに来ない? 自慢ではないが、かなりの復興を果たしているのだぞ?』

 この閃きを煮詰めた結果――先ほどの考察に行き着いたらしい。

『四神同盟のような、国と呼べるまで発展を遂げた集落は最後まで残しておきたいはずだ。まだ野に暮らす現地種族たちや、定住していないプレイヤーのパーティー……こういったものを追い立てる場所にちょうど良い』

 散らばるゴミをかき集め、一気に燃やしたいはずだ。

「――やっていることは追い込み漁だがな」

 会議が始まるまでの考察を簡潔にまとめたアハウは、皮肉を込めてから話を切り替えた。肝心なのは“終わりで始まりの卵”だという。

「穂村組が襲われた理由は当初、定住地を持たないプレイヤーを追い立てるための作業……その始まりだと思っていました」

 だがツバサの話を聞いて、襲われた理由があることを知る。

 “終わりで始まりの卵”を持っているという疑いだ。

「しかし、ツバサくんがマリさんから聞いた話が進むうちに、殺戮集団がその卵をよく知らないということに気付いた……だから、おれは自身の考察があながち間違っていないと思ったんだ」

 連中は――卵による誤誘導ミスリードを狙っている。

 卵を探していると触れ回りながら、穂村組のような流浪の集団を襲って回り、安全地帯である四神同盟へ追い込み、いっぺんに滅ぼし尽くす。

 世界廃滅の最終段階から目を逸らさせるめの誤誘導ミスリードだ。

「その卵が如何いかなるものか? まだ想像の域を出ない……連中が世界を滅ぼすために必要なのか? 或いは逆に、その卵があると世界を滅ぼせないから手中に収めておきたいのか壊したいのか……」

 何にせよ、ロンドが探しているのは間違いない。

 だが、最悪にして絶死をもたらす終焉はその見た目を知らないまま探している。アハウの言うとおり、ゼニヤの逃亡計画のくだりで明白だった。

 どうしても必要ならば、草の根分けても探すはずである。

「四神同盟だって卵を持っている可能性がある……108人もいるという人員を総動員し、手当たり次第に破壊と略奪をすればいい」

 卵の外観を知らないならば尚更だ

 実際の話――四神同盟には日夜たくさんの卵が運び込まれている。

 卵は完全栄養食品と呼ばれるくらいの優れた食材だ。

 ひとつところにジッとしていられない、トモエやカズトラといった鉄砲玉みたいな若者たちが、冒険がてらにドラゴンやモンスターの卵を持ち帰ったりする。他のメンバーも戦利品として手に入れることがある。

 どれも安全領域な結界の外でのことだ。

 ロンドの情報網なら、これらも掴んでいておかしくはない。

「……なのに、四神同盟へは侵略のきざしすらやってこない」

 理屈が合わないんだ、とアハウは呟いた。

「それってつまり……卵のことは難癖というか口実で、バッド・デッド・エンズは最初から穂村組を潰すのが目的だった……ということですか?」

「ほとんど言いがかり・・・・・みたいなものだな」

 その可能性が高い――アハウはミサキの指摘を肯定した。

「そう考えた方が辻褄が合うんだよ。でなければ、その世界を滅ぼしたい集団が、平和な世界を取り戻そうとする我々を見過ごすわけがないからね」

「確かに……スプリガンの警戒網にも引っ掛からんしのぅ」

 ダインは手元に手帳サイズのスクリーンを開き、ここ数週間のスプリガンから上げられた報告書を念入りに再チェックした。

 スプリガン族は機械生命体、ダインは機械仕掛デウス・エクけの神族ス・マキナ

 お互いに親近感を持つため、ツバサはダインにスプリガン族のまとめ役を一任させていた。防衛大臣も兼ねる長男は上手に取りまとめてくれている。

 スプリガン族の警戒網に、それらしき不審者が現れたことはなかった。

 だとしたら、徹底して接触を避けていると見て間違いない。

「アハウさんの考察は筋が通っています」

 俺からは異論がありません、とレオナルドは賛同を示した。

 GM随一の切れ者で、三十路みそじ前でありながら№07まで上り詰め、軍師とも評されるレオナルドの賛意を得て、アハウは胸を撫で下ろした。

「バッド・デッド・エンズは、今のような流れで世界を廃滅へと追いやるつもりなのでしょう。彼らにしてみれば世界を掃除でもするつもりか……」

「――正しい(世界)掃除の仕方ッスかね」
「ゴミ屋敷で平然と暮らしてた汚部屋おべやぬしは黙ってなさい」

 アキが上手いこと言ったつもりで口を挟んだが、上司であるレオナルドは冷淡に一喝して黙らせた。言い返せないのか、アキはそっぽ向いた。

 アキは情報処理能力こそずば抜けているが、それ以外はまるっきりやる気のないダメ人間なのだ。実の妹であるフミカも太鼓判を押す。

 その妹は「プププ、叱られてやんの」と姉を指さして笑っていた。

「恐らく、連中はその……“終わりで始まりの卵”を探しているはずですが、そこまでの性急には求めていないのでは? と考えられます。もしも、是が非でも急いで必要というならば……」

「……今頃、この世界には惨劇が渦巻いているでしょうからね」

 レオナルドの言葉尻を継いだクロウの一言が重い。

 その卵が今すぐ必要なら、連中は大地をひっくり返す勢いで探しつつ、ついでとばかりにこの世界へ滅ぼしているに違いない。

 それはとりもなおさず、ようやく平穏を保ちつつある四神同盟の庇護領域さえも戦乱の火が及ぶ。想像さえしたくなかった。

「でも――“終わりで始まりの卵ヒラニヤガルバ”ってなんなんスかね?」

 座卓を挟んでアキとのにらめっこみたいな顔芸の応酬を繰り広げていたフミカは、姉妹ケンカにも飽きて卵のことを議題に上げた。

「一応、現実世界にもまんまの言葉が伝わっていて、その意味も知っているつもりッスけど……この世界だと実在するアイテムみたいッスからね」

「その卵だが……ククリちゃん、何か知らないかな?」
「はい母様! 私の出番ですね!」

 お待ちしておりました! とククリは嬉しそうに座ったまま小躍りする。

 ククリは神族の母と魔族の父を持つ――灰色の御子だ。

 既に両親は亡くなっているのだが、母親の魂はツバサが、父親の魂はミロが受け継いでおり、2人を「母様! 父様!」と慕ってくれる。

 こう見えて500年以上生きており(そのうち400年以上も眠っていたそうだが)、“還らずの都”や“天梯の方舟”といった、真なる世界ファンタジアの運命を左右する施設の知識を持っている。

 だから、“終わりで始まりの卵”についても知っている……。

「私の知る限り、“終わりで始まりの卵ヒラニヤガルバ”というものは思い当たりませんでした。母様のお役に立てず、申し訳ありません……」

 ……かと思いきや空振りに終わった。

 ククリはすまなそうに項垂うなだれる。

 いや、何でもかんでもククリが知っているわけではない。過剰に期待するのも良くないし、落ち込むほど彼女に非はなかった。

「ただ、関係あるかわからないのですが……」

 前置きしたククリは、ほんの少し期待を匂わせる。



「終わりの卵と始まりの卵……という遊び歌・・・を聴いたことがあります」


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