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第13章 終わりで始まりの卵
第323話:緊急四神会議の議題はいっぱい
しおりを挟むフミカから聞いた話──百薬種樹は現実にも伝わっていた。
古代ペルシャで信仰されていたゾロアスター教の神話に登場する、世界樹の一種だとされている。ゾロアスター教における最高神アフラ・マズダによって作られた世界、その海の中央にそびえ立つ世界一大きな樹だ。
この樹は世界で初めて芽生えた植物であるとともに、世界中の薬草を生い茂らせ、それらの種を実らせた薬草の王様のような樹だったらしい。
万物を癒やす大樹、百種の薬草が生える樹、とも呼ばれていた。
この樹には霊鳥シィームルグが棲んでいた。サエーナ樹の実を食べることで長寿を誇り、シィームルグが飛べば樹から薬草の種が振りまかれる。
これにより海は生命力に富み、世界に草花が咲き乱れるそうだ。
その百薬種樹の葉と皮、枝から作った擂り粉木、木の実から絞った油。
これに霊鳥シィームルグの卵(無精卵の卵黄)と、地母神ハトホルの母乳を混ぜることで作られた薬。膏薬だろうと舐めたところで害はあるまい。
むしろ恩恵しかないはずだ。
~~~~~~~~~~~~
「やっぱ兄ちゃんは慎重派やなぁ」
擂り鉢を差し出すノラシンハは笑った。
真っ白いクリームソースみたいな薬を、ツバサは人差し指と中指の2本で一掬いして口元へ運んでいく。
途中、分析技能を念入りに働かせていた。
その気配を感じたノラシンハが「慎重派やな」と笑ったのだ。
「まだ信用してないんだろ、お互い様に」
「根に持つなぁ、ここまでやっといて毒なんぞ盛らへんわ」
ツバサが皮肉っぽく微笑むと、「ホンマ用心深いな」とノラシンハは好々爺然とした笑顔で喉を鳴らす。屈託のない笑い方だった。
まだ真意は掴めないが悪意はない。
協力したいという申し出も本心だろうが、ツバサたちの力を借りてやり遂げたいことがあるのは読めた。ただ、事情を明かすつもりはないらしい。
信じてみるか──ツバサは腹を括った。
試すように舐めることなく、指で掬ったクリームを一口で頬張る。
口に入れた瞬間はサワークリームを連想したが、舌に乗せて溶かすと別の感想が頭をもたげてくる。この爽やかさは歯磨き粉というかマウスウォッシュというか、口の中を爽やかにするタブレット系のお菓子を思い出す。
ただし、清涼感は比べ物にならない。
鼻に突き抜けて吸った空気を洗浄し、涙がこぼれそうなほど目を覚まさせて視界が鮮明になり、鼓膜を洗ったかのように耳へ入る音がクリアになる。
雑念が洗い流され、五感が研ぎ澄まされていく。
自覚できない蓄積された疲労が改善され、ストレスもなかったかのように緩和されていき、肉体と精神の両方にとてつもない強化が付いた。
効果もさることながら何より驚かされたのは──。
「良薬口に苦しというが……美味いな、これ」
てっきり塗り薬かと思いきや、味も最高の飲み薬だった。
ツバサは過大能力のおかげでいつでも万全を上回る絶好調を出せるが、自覚しづらい疲労感を取り除き、飛躍的な能力向上をもたらしてくれた。
強化効果も超一流である。
「そこはそれ、俺の天才的な調合の妙やな」
褒めてんか、とノラシンハはドヤ顔で自画自賛した。
「塗って良し飲んで良し、これならお子様にも安心やろ? 一口舐めただけで満足できて、後を引かない清々しさやから中毒性もあらへんで」
「中毒性あったら良くて嗜好品、下手すりゃ麻薬ッスよ」
フミカも興味津々で擂り鉢を覗き込めば、気安いノラシンハは「嬢ちゃんも一口どや?」と勧められ、喜んで味見させてもらっていた。
無論、嘗め尽くすように分析も働かせている。
ノラシンハが「味見」を勧めてきた理由もわかってきた。
「これ、俺たちが覚えてもいいのか?」
「そんために味見してもろたんやん。ちゃんと覚えてや」
魂の経験値があれば、この薬と同じ効果を持つ解毒魔法を習得できる。味見をさせたのは効果を実感させるためだ。
了解を得たツバサは「助かる」とノラシンハに礼を述べた。
すぐさま新たな解毒魔法として習得する。
フミカも解毒魔法を覚えるが、彼女はこの薬の薬効成分を過大能力の【魔導書】に記録するのも忘れない。情報を登録できれば彼女はそこから完璧な複製を作れるし、ダインと力を合わせれば大量生産も可能である。
長男夫婦はタッグを組めば何乗掛けで力を発揮する。頼もしい限りだ。
これで“終末の毒”への対抗手段はできた。
しかし、ツバサは念には念を入れる。
「マリナ、プトラ、ジョカ、イヒコ、クロコ、おまえたちもだ」
味見させてもらいなさい、と手招きする。
大広間で穂村組の治療に当たっている面々を呼び集め、ノラシンハの薬を舐めさせもらう。そして、彼女たちにも解毒魔法を習得してもらった。
後日、四神同盟の衛生兵役にも教えなければ……。
そこまでやって、ようやく一安心だ。
この時、ノラシンハはちょっと面白いリアクションをした。
マリナやイヒコはおろか、クロコさえも“嬢ちゃん”と孫娘みたいに扱うノラシンハだが、ジョカには敬服するように跪いたのだ。
言葉遣いからして畏まる。
「こ、これは……はじまりの龍神王さま!」
ノラシンハは薬の擂り鉢を、捧げ物のように恭しく差し出す。
「この真なる世界の一切を創りなさったはじまりの龍神王さまに、わたくしめのつまらない薬を御賞味いただくなど、なんと恐れ多い……」
「さっきもやってたけど、もういいよおじいちゃん」
僕もツバサさんの娘だから、とジョカは眉を八の字にして微笑んだ。
どうやら離れで対面した時もこんな具合で畏まられたらしく、ジョカはちょっと辟易していた。彼女は敬意に馴れてない。
ノラシンハはジョカが起源龍だとわかっている。
身長2m10㎝の小娘に化身していても、その本性が創世の龍と認識しているのだ。創世神だと認知するからこそ、神族として崇拝の念を表していた。
ナーガラジャについてはフミカが教えてくれる。
「龍神王ってインドの言葉ッスよ。龍蛇たちの王様って意味ッス」
インドでは神聖視された蛇が神格を持つことが多く、地下世界に住む彼らは龍蛇と呼ばれたそうだ。分類的には蛇だが龍と同一視されやすい。
「ジイさん、見てくれといいインド系だよな」
なのにどうして関西弁なのか? ゼニヤが混ざると聞き分けにくそうだが、同じ関西弁でもちょっと違う。
「それでお爺さん、この薬はどう使えばいいんですか?」
味見をさせてもらい解毒魔法を習得したマリナは、ペロリと唇についた薬を舐めてから大広間を指差した。そこには終末の毒に苦しむ穂村組の面々。
毒味もできたし効能は十分。早くみんなを助けなけきゃ!
幼いマリナはそんな使命感に駆られ、ノラシンハを急き立てたのだ。
「おお、せやな。病人を助けな薬を作った意味があらへんわ」
ええがな、とノラシンハはマリナの頭を(ナースキャップを避けて)軽く撫でてやりながら立ち上がり、薬の使い方を実地で教えてくれた。
「味見してもろうたでわかると思うが、この薬は飲み薬としても抜群に効く。せやけどな、終末の毒は気の集積回路に巣食う厄介な毒や。患者に飲ませたくらいじゃ効果が薄い。気を失ってて嚥下もしにくいしな」
そこで──この薬はこう使う。
ノラシンハは寝込むレイジの掛け布団を再び剥ぎ、寝間着もはだけさせた。それから指で薬をすくい取る。
額と喉、胸は心臓を意識して、最後に臍の周辺。
この4箇所へ丹念に塗り込む。
厚手のガーゼを用意するとこれにも膏薬として塗り込み、湿布のように4箇所へ張った。これで処置は終わったらしい。
「なるほど、気の集積回路の通り道へ置くわけか」
「せや、終末の毒は眼鏡の嬢ちゃんが見付けたように、気の集積回路を行ったり来たりしてるでな。正中線の何カ所かへ湿布にして貼っとけば、どっかで薬を浴びてゆっくり消えてくってなもんよ」
自身を弱める薬を避ける知能が終末の毒にはないそうだ。
んなわけで、とノラシンハはフミカに擂り鉢を渡す。
「──嬢ちゃんたちで塗ったってや」
フミカたちはさっそく湿布を大量に用意して薬を塗り、手分けして穂村組の患者たちに貼っていった。その前に、ノラシンハは1人だけ呼び止める。
「ちょい待ち、そこの……音楽奏でとった嬢ちゃん」
「イヒコだよ! イヒコ・シストラム!」
まだ名前を知らないため、やっていたことで呼び止められたイヒコは笑顔で元気よく名乗った。ノラシンハは「ええがな」と満足げだ。
「イヒコの嬢ちゃん、さっき自己回復を高める音楽を演奏しとったやろ?」
「うん、やってたよ。あたしはそれを続けた方がいいかな?」
指揮棒を手にしたイヒコは演奏に戻ろうとする。
「演奏は続けてんか。でも、体調に関しちゃお薬が効いてくれば心配はいらへん。せやから、今度は心に効く鎮静音楽にしてほしいんや」
できるか? とノラシンハは確認してくる。
イヒコはちょっと戸惑ったが、おずおずと頷いた。
「うん、できるけど……どうして?」
ノラシンハは哀れみを込めて訥々と言い聞かせた。
「こいつらヤクザ者やから過激なことに耐性があるかも知れへんけど……今度ばかりは受け止めきれん奴も出てくるはずや。負けたことも辛かろうが、仲間に友達、家族を失った者もおる……身体が治っても心が追っつかん」
慰めは必要や――老爺の横顔に憂いが過る。
イヒコの音楽に鎮静を求めれば、暴れる猛牛さえ一瞬で眠ってしまう効果を発揮するはずだ。しかし、悲嘆に暮れる者には気休めにしかなるまい。
家族や仲間を失ったとなれば尚更だ。
「たとえ気休めだとしても、傷を負った心は安らぎを求めとる」
頼むわ、とノラシンハは拝むように言った。
イヒコは愛嬌のある笑みを絶やしたことはないが、この時ばかりは真顔になるとしっかり頷いた。そして、慰撫の音色を奏で始めた。
薬の効果も出てきたのか、患者の呻きも静まってくる。
この御老人――やはり善意の士なのだ。
ツバサたちへの助力を志願してきたのも本心からの行動なのは疑いようがなくなってきたが、ミロも気にしていたが何らかの魂胆があるのも間違いない。
その魂胆がまだ判然としなかった。
イヒコの鎮静音楽が染みるように響き、ツバサたちの気持ちも落ち着けた。ノラシンハも聴き入っていたが、こちらへ振り返る。
「しんみりしてる暇はないで兄ちゃん──お客さんや」
「ノラシンハ翁の仰る通りです」
親指で外を指すノラシンハにクロコが同意する。
いつの間にかツバサの脇に控えていたクロコ。娘たちにはコスプレめいた看護師服を着せたというのに、当人は自らの戦闘服であるメイド服のままだ。
クロコは外というより廊下を右手で指し示した。
「──四神同盟の方々が到着されました」
~~~~~~~~~~~~
急を要する事態なので、ミサキたちにも緊急招集をかけておいた。
穂村組の一件が穏便に片付くと安心していたアハウやクロウは、青天の霹靂だと驚いていた。自分の裏工作が順調に進んでいたので、平和的解決できると信じていたレオナルドなど期待を裏切られたショックが窺える。
首謀者がGMと聞いて、二重の意味で衝撃的だったはずだ。
彼らを大広間に案内して、穂村組の惨状を見てもらう。
かける言葉も見付からないようだった。ノラシンハの薬が効いたとはいえ、昏睡から誰も目覚めようとはしない。それほど重症なのだ。
軽傷のマリさえ、まだ眠り込んでいる。
……プトラのハンマーが効き過ぎたんじゃあるまいな?
病人たちが寝ている広間を襖で遮ると、残り半分の広間に大きな円形の座卓を持ち込み、本日はここで四神同盟会議を催すことになった。
畳に座布団で座卓を囲む。
いつもなら趣向の異なる会議の風景に他愛ない笑いも起きただろうが、今回はそんな悠長な空気が醸し出せる余裕はない。
席に着いた同盟の盟主は、沈痛な面持ちで押し黙っていた。
イシュタル陣営代表──ミサキ・イシュタル。
付添はGMの2人。ミサキの師匠でもある軍人姿のレオナルド・ワイズマンと、フミカの実姉でもある駄女神なアキ・ビブリオマニアの2人。
ククルカン陣営代表──アハウ・ククルカン。
付添はGM、魔術師風の美少女マヤム・トルティカナ。今でこそ美少女な女神だが、現実ではツバサより年長で、元男の娘なコスプレイヤーだったらしい。
タイザンフクン陣営代表──クロウ・タイザン。
付添はレオナルドの幼馴染みで部下のGM、女騎士カンナ・ブラダマンテ。灰色の御子にして還らずの都の巫女でもあるククリ・オウセン。
いつもなら母親の魂を受け継いだツバサを「母様♪」と慕い、会議中であろうと膝の上に乗ってくるククリだが、今日の雰囲気では自粛していた。
彼女には後ほど、確認したいこともある。
ハトホル陣営代表──ツバサ・ハトホルとミロ・カエサルトゥス。
ミロはあからさまに不機嫌だった。
悪友ホムラとの喧嘩がまだ尾を引いているようで、彼の家族とも言える穂村組が半死半生で運び込まれてからというもの、いつものアホアホしい賑やかさもなりを潜め、ムスッとしたままツバサに寄り添うばかり。
ホムラの安否が不明――これが拍車をかけていた。
どうにも煮え切らないらしい。
バンダユウたちの治療中も、ノラシンハとの“終末の毒”と解毒薬に関するやり取りでも、ずっと傍にいたのに黙ったままだった。
いつもなら薬の毒味みたいなイベントが起きれば、我先にとしゃしゃり出てくるのに、チラリと覗くだけで終わってしまった。
ホムラのミロに対する敵愾心は凄まじかったが、そのミロをここまで冷徹に追い込むからには、ホムラも相当のことを仕出かしたのだろう。
でなければ、ミロがこうなるわけがない。
時間が解決するのか、いずれ判明するのか……難題がひとつ増えた。
肝心のホムラも安否不明だし、頭痛の種が増えていく。
いつもなら直観&直感の固有技能を持つミロの発言は、会議の指針になることもあるのだが、今日は期待できそうにない。
ハトホル陣営の付添はGMのクロコ・バックマウンドと、秘書と書記を兼任してくれるのは次女フミカ・ライブラトート。
今回からは長男ダイン・ダイダボットも同席させている。
『フミカ、会議を始めるからダインも呼んでくれ』
『ほえ? どうしてダイちゃんまで……?』
不思議がるフミカに背を向けてからツバサは答える。
『ダインは──ウチの長男だ』
防衛面では全幅の信頼を置いているし、LV999にもなってもらった。これからは会議に参加させる意向を伝えた。
『俺やミロが不在の時は、ダインとフミカに采配を任せる』
ドンカイとセイメイも了承済みだ。
元よりあの2人は戦闘能力こそズバ抜けているが、指揮には向いていない。武将は務まっても総帥にはなれない(そもそも本人たちが嫌がるし)。
『俺たちがいない時は、おまえたちが指揮するんだ……任せたぞ』
『は……はいッス! ダイちゃーん! ダイちゃーん!』
フミカは愛しの旦那様が認められたとあって、声にならない歓喜の悲鳴を上げると、ダインの名を呼ばわりながら大広間を飛び出していった。
……スマホを使うのも忘れる喜びようだ。
そして――客員としてノラシンハ・マハーバリ。
彼の来訪は「怪しいジジイがやってきた」とミサキたちにも報告済みなので、隠すこともないから引き合わせることにした。
四神同盟の盟主たちにノラシンハは挨拶をする。
「チャオ♪ ニーハオ♪ ナマステー♪ コマンタレブー♪」
「どこの生まれだアンタは!?」
このジジイ、本当に真なる世界生まれだろうか?
「こん度めでたくハトホル国んアドバイザーに就任した怪しいジジイこと、ノラシンハ・マハーバリや。あんじょうよろしゅうな」
自分で「怪しい」と言ってりゃ世話がない。
地球の各国(順にイタリア、中国、インド、フランス)で使われている挨拶とジェスチャーをすると、片手を上げて軽いノリで締める。
「……まだ正式に認めてないんだがな」
ツバサの苦言など何処吹く風、ノラシンハは口笛を吹いて知らん顔だ。
全員が席についたところで、ツバサは話を切り出した。
世界廃滅を企むゲームマスター№09──ロンド・エンド。
108人の──最悪にして絶死をもたらす終焉。
ロンドの操る怪物の毒――“終末の毒”。
そして、彼らが求める──“終わりで始まりの卵”。
毒に苦しむマリが、喉を嗄らして語ってくれた大切な情報だ。聞いたままを脚色することなく、四神同盟の盟主たちへ伝えた。
四神同盟としては、まだ直接的な被害を被ってはいない。
しかし、彼らの公言する「世界を滅ぼす」という行動原理が本気ならば、遅かれ早かれぶつかりあうことになるはずだ。
話し合うべき議題は山のように積み重なっている。
そのひとつ、“終末の毒”についてこんな意見があった。
「あの、ツバサさんちょっといいですか?」
話の腰を折ってすいません、とミサキは詫びてから続ける。
「その毒は脅威ですけど……オレやミロちゃんの能力を使えば、何とかなるんじゃありませんか? オレたちなら解毒できるはずです」
ミサキの過大能力――【次元の創造主たる者】。
ミロの過大能力――【真なる世界に覇を唱える大君】。
2人の過大能力は本質的な差異はあれど、効果としては「この世界を意のままに創り変える」という万能能力だ。
万能であるがゆえに、未知の毒を解毒するくらい朝飯前だろう。
しかし――。
「そりゃアカンで、巨乳の坊主」
「そ、その呼ばれ方は……なんか新鮮です」
ミサキは戸惑いながらも苦笑した。
今日はスタイリッシュにデザインされた学ランめいたマニッシュな服装のミサキだが、ツバサに負けず劣らず育った乳房は隠しきれない。
ツバサ同様、ミサキが元少年なのがノラシンハにはわかるのだ。
しかし巨乳の坊主か……ツバサもキョウコウというヨロイ親父に「爆乳小僧」なんてふざけたあだ名をつけられたのを思い出す。
「確かに巨乳の坊主やミロの嬢ちゃんなら、終末の毒なんぞイチコロや。後腐れなく解毒できる。どっちもチートやってんからな」
結果は得られる――しかし、過程は省かれる。
「チートに頼ってるとな、物事を正しく理解しようって気構えがのうなる。やがてはなんでもかんでもチートに頼るアンポンタンになって、やることなすことすべてが雑になる……」
それはアカンねん、とノラシンハは戒めた。
「チートなら適当ぶっこいてもなんとかなる。せやから、考えない、工夫しない、悩まない、失敗せんから慎重にならない、悔いない、反省しない、みーんなチートで解決してまえばええ……なにが面白いんや?」
――そうなったら終いやで?
「努力を楽しむコツを覚えんといかんな」
老賢者のお説教というものは、大人になればなるほど身に染みる
努力で遊べ、とツバサも師匠に言われたものだ。
『いきなり最強装備で遊べるゲームほどつまらねぇもんはねぇぞ? 泣いて喚いて頑張って手に入れたモンにこそ、自分だけの箔がつくのさ』
ノラシンハの言葉と――師匠の言葉がダブる。
「正しい道筋を辿らなわからんこともある。仕組みを知らんと誰かに方法も伝えられん……おまえさんらの能力は万能やけどな、んなもん解答集を手に答案用紙へ書き込むようなもんや。それがどんだけズルか……」
わかるやろ? とノラシンハは凄む。
ミサキはぐうの音も出ない。顔色から反省が窺える。
「ツバサの兄ちゃんやフミカの嬢ちゃんもな、真っ先にミロの嬢ちゃんに頼ることは思いついたはずや。せやけど、まずは治療と解毒、それと毒の分析をした……方法を編み出そうとしたんや、みんなに教えられるようにな」
みなまで言わずとも、ミサキは説教の趣旨を理解したらしい。
「……すいません、オレが軽率でした」
ミサキは膝に手を置いて、ノラシンハに頭を下げた。
「うむ、素直でええ子やな」
誠意なミサキの反省を老爺は慈しんだ。
「鬼札、切り札、ジョーカー……そんな手札でばっかりでポーカーやっても面白味ないやん? まずは持ってる手札でやってみなアカンで。チートに頼っとると、いざって時になんもできんようになるさかいな」
実際、フミカの解析はあと一歩のところまで来ていた。
答えがわかりかけたところで、ノラシンハが「努力賞」のつもりでしゃしゃり出てくれたのだ。本当、教師みたいな老人である。
「ミサキの坊主も、普段なら切り札である3つめの過大能力はみだりに使わんように心掛けとるはずやが……まあ、あの惨事を見ちまうと仏心が出るんはしょうがないやろな。なんとかしてやりたかったんやろ?」
ノラシンハは襖の向こう、未だ目覚めない穂村組を見遣る。
あれを目の当たりにしたからこそ、ミサキはらしくない発案をしてしまったのだろう。未熟さを恥じらうように目を伏せている。
「その思いやり――大切にしてや」
そういってノラシンハは話を締めた。
終末の毒に言及した流れで、その出所であるロンドの話となる。
「このGMについて話すことは山積みだが……」
ギロリ、とツバサは鋭い眼光でレオナルドを睨みつける。
殺戮集団を率いる首領がGMで、階級的にもレオナルドに近い。ロンド・エンドという名前だと告げたら、露骨に顔色を青ざめさせていた。
もはや紫色に近い。もしくはどどめ色か?
「まさか……ロンドさんが……」
常に百手先を読まなければ気が済まない男。
そんな詮索癖をこじらせたレオナルドが、愛弟子以外のことで脂汗でこめかみを濡らし、組んだ手で震える口元を隠して呻いていた
レオナルドに限った話ではない。
カンナ、アキ、マヤム、といった表情に出やすい面々も「信じられない……」と言いたげに愕然としている。鉄面皮な無表情が売りのクロコでさえ、口を硬く結んで目が点になるほど驚愕していた。
ゲームマスターたちの反応から窺い知れることはひとつ。
想定外すぎるのだ――ロンドの暴虐が。
ロンドというGMへの対策を講じるため、彼を話題にすることは避けられないが、その前に四神同盟の防衛について話し合いたかった。
「会議の前に、ツバサ君へお願いがあります」
穂村組の顛末を語り終えた直後、クロウが骨の手で挙手した。
骸骨紳士ことクロウ・タイザン。今日は畳敷きの部屋での会議と知っていたわけではないだろうが、和装のご隠居といった出で立ちだ。
「お願い……俺でできることなら何なりと」
「では――君の陣営からLV999のどなたか、私の陣営とアハウ君の陣営に1人ずつ戦力補充として回してほしいのです」
それは、ツバサが最初に切り出すつもりだった議題だ。
ツバサが良い意味で意表を突かれていると、クロウは読心術でも使ったかのようにこちらの考えていることを代弁していく。
「穂村組の……マリさんでしたか? 彼女の話によれば、実はLV999であったバンダユウ氏が、14人ものLV999な無法者を相手に善戦できたということになります」
「『下駄を履いている』という台詞も気になりますね」
アハウもこの話に乗ってくる。
獣王神なアハウは状況に応じて肉体を変形させられる。普段は人間に近い体型をしているが、それでも獣人と呼ぶに相応しい毛深さだ。
今日はノーネクタイのスーツなのだが、ワイシャツの襟元からは獣毛がフワッとあふれている。しかし、眼鏡をかけて理知的だった。
「下駄を履いてLV999ということは、何らかの方法でLVを底上げされていると推測できる。なればこそ、本物であるバンダユウさんは戦えた……しかし、数の暴力は覆しがたかったのだろうな」
アハウの推測にクロウも同意する。
「LV999がもう1人いれば、戦況を覆せたかも知れません」
従者の妖怪ガエルたちもLV999だが、あくまでバンダユウの劣化コピー。底上げされたとはいえ、殺戮集団には敵わなかったのだろう。
クロウは骸骨の顔に深刻さを露わにする。
「現在、我が陣営とアハウ君の陣営はLV999が1人ずつです」
陣営代表を務めるクロウとアハウがそれだ。
「私たちはLV999になったといえども、この世界で最強だなどと過信できません……不安材料は堆く積み重なっておりますからね」
別次元からの侵略者――“蕃神”。
異質すぎる彼らとの戦いが、ツバサたちの神経を否応なしに引き締める。どれだけ強くなっても、最強には程遠いのだと……。
「もしも、その最悪にして絶死をもたらす終焉とやらに襲われた時、家族や仲間、それにキサラギ族を初めとした我が陣営で暮らす住民たちを守りながら戦うとなると……1人では荷が重すぎます」
クロウの言葉に、アハウも腕を組んで頷く。
「同感です。おれも負けるつもりはないが……皆を守り切る自信はない」
だから、ハトホル陣営から戦力を分けてほしい。
この申し出は――ツバサから持ち掛けようとしていた。
クロウとアハウの強さは重々承知しているが、それでも多勢に無勢という言葉がある。見せかけのLV999だろうと、人海戦術で押し寄せられれば寄り切られることもあるはずだ。
だが、味方にもう1人でもLV999がいれば変わってくる。
生存確率も大いに跳ね上がるはずだ。
そのため、セイメイとドンカイを派遣するつもりでいた。
ただ……どう切り出すか迷っていた。
この提案をツバサから持ち掛けると、どんなに丁寧な態度であっても「アンタんとこ弱いから、強いウチから戦力を貸してやるよ!」と、上から目線で押しつけるような案配になってしまう。
それってイヤミだなー、と思い悩んでいたところだ。
変に貸し借りを意識するようなやり取りも避けたかった。
大人なクロウとアハウはそんなツバサの意を汲んでくれたのか、あるいは些細なことと気にも留めなかったのか、自主的に求めてくれたのだ。
おかげでツバサは応じるだけで済む。
「わかりました……では、クロウさんのところにはセイメイを、アハウさんのところにはドンカイさんを送らせていただきます」
いかがですか? とツバサなりに人選する。
クロウとアハウはこちらの意図を察してくれた。
どちらも呆れたように微笑む。
「ああ、なるほど……セイメイ君にはウチで断酒させるつもりですね」
「彼はウチのバリーと仲がいい。2人がそろえば呑兵衛同士、昼間っから酒を酌み交わすに違いないからな」
拳銃師バリー・ポイント――ククルカン陣営の用心棒だ。
セイメイとバリーは昔からの友人なので仲が良い。暇さえあれば、お互いの陣営を行き来して夜通し飲み明かす酒飲みコンビでもある。
だから、アハウのところにドンカイを送るのだ。
ドンカイも酒には目がないが、彼なら節度を守ってくれる。
セイメイは元教師であるクロウさんのお膝元、昼間から酒を飲むのを控えさせてもらい、ついでに道徳の勉強も受けてくればいい。
戦力の補充と分配については、ひとまず話がまとまった。
「自由の利く戦力なら、もう1人いますよ」
ミサキは付け加えるように、あるLV999を上げた。
「ウチの3人目になったアイツは良くも悪くもフットワークが軽いから、日替わりで各陣営の予備戦力をさせるのはどうでしょう?」
アイツかぁ……とツバサたちは彼の面影を思い浮かべる。
アメコミヒーロー風のマスクマンな顔をだ。
次の瞬間――。
「俺ちゃんを頭数に入れちゃイヤぁぁぁあああああああーーーん!」
ミサキの後ろの空間に波紋が浮かんだかと思えば、みんなが脳内に像を結んでいたアメコミヒーローの顔が飛び出した。
ドッキリすぎる出現に、何人も噴き出してまう。
クロコが会議に参加した者たちに緑茶を振る舞っていたので、それを飲んでいた者は軒並み緑色の噴水をまき散らす羽目になった。
一番酷いのはクロウで、骸骨だからなのか鼻から耳から眼窩から、しゃれこうべの穴という穴から熱い飛沫を噴いている。
工作の変態――ジン・グランドラック。
意表を突いた彼の登場に、場は(コント的な意味で)騒然となった。
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