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第13章 終わりで始まりの卵

第321話:輪廻の終わりを告げるもの

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「その男は……“ロンド・エンド”と名乗りました」

 マリは憔悴しょうすいした面持ちで言った。

 地獄を目の当たりにしたかのような心痛しんるうが表情に刻まれている。

「ロンド・エンド──曰くありげな名前ですね」

 ツバサが名前を繰り返して意味深長だと促すと、マリは俯き加減だった頭を落とすように頷いた。まとを射ている、と言いたげである。

「当人が声高に喋ったんです……自らの名前の意味について……」

 その時のことは思い出したくもあるまい。それでもマリはひとつでも多くの情報を託そうと、正座した膝に乗せた小さな拳を握り締める。

「自分の名前のロンドは……輪廻りんねを指すのだと……」

    ~~~~~~~~~~~~

 サメ型戦艦スカルシャークで逃亡中のこと──。

 ゼニヤとマーナは事前に打ち合わせ、「助けを求めるならハトホル国しかない」と意見をまとめており、一直線に西南西へ進路を取ったそうだ。

「我が身を抵当にしても借金するしかあらへんな」
「お人好しだっていうから、泣きつきゃ無条件で助けてくれそうだけどね」

 ……などとゼニヤとマーナは相談していたそうだ。

 ゼニヤは商人あきんどということもあってか取引を重視し、善意や無料タダを信じない性質たちのようだ。損得勘定に基づいた計算高い用心深さにツバサは好感を覚える。

 あの「取り引きやー!」宣言に痺れたのもあった。

 そして、マーナはツバサをまだ舐めている節がある。あんだけ痛い目に遭わせたのに懲りてないようだから、いずれ思い知らせてやろう。

 とにかく、まずはハトホル国へ逃げ込むことに専念したという。

 途中、大きな山脈に差し掛かった時だった。

『あーあーあー! テステス、拡声器マイクのテスト中で~す!』

 突然、陽気な声が聞こえてきた。

 言葉通り拡声器でも使っているのか、スピーカー越しのような音声が戦艦の格納庫まで響いてきた。格納庫内には外の様子を見られるモニターなどはなかったが、いち早くマーナが反応した。

 マーナは右手の魔眼から外の風景を映し出す。

 天嶮てんけんと讃えたくなる、刀の切っ先のように切り立った山脈の峰。

 その鋭利な峰に1人の男がいた。

 第一印象は俳優──多彩な演技力に定評のあるタイプだ。

 図抜ずぬけた美形でもなければ、誰もが振り返るイケメンではない。人畜無害な善人にも見えるし、平然と残虐行為をする悪人にも見える。ちょっと顔の動かしただけでコロコロ雰囲気が変わる顔立ちをしていた。

 まるで掴み所がない、そこにマリは怖気おぞけを覚えたという。

 飄々ひょうひょうとした表情で微笑めば、誰にでも無償に奉仕するいい人のようだが、数万人を殺しても顔色一つ変えないサイコパスにも見えたそうだ。

 年の頃なら30代後半から40代前半。

 中年というには若々しい。背が高いのと体型が崩れていないスマートなスタイルがそれを後押ししている。柔らかそうだがボリュームのある頭髪はミディアムな感じで、無造作ヘアなのにセンスがあった。

 仕立ての良いクラシカルなダブルのスーツをしっかり着込み、これまたクラッシックなデザインのロングコートを羽織っている。

 その色彩は──どちらも灰色。

 ただし生地がいいのか仕立てがいいのか、目映い光沢を帯びていた。

 首にかけているストール? だけは純白だった。

 マフラーなのかストールなのか知らないが、昨今こんな映画のマフィアみたいなファッションをする者も珍しい。

 椅子みたいな形をした山脈の峰に座っていた男は、スカルシャークが接近するとともに立ち上がり、手にした拡声器で大声を張り上げる。

『やあやあやあ! ご機嫌いかがかな、穂村組ほむらぐみの紳士淑女の諸君? 負け犬ルーザー気分で絶賛トンズラ中のところ悪いけど、自己紹介をさせてほしい!』

 オレの名は──ロンド・エンド。

 こう見えてもゲームマスターの1人です、と余計な情報まで足してきた。

『GM№09、ロンド・エンドだ。ああーっと、以後御見知りおきをなんて通俗的なセリフは遠慮させてくれ。どうせみんなおっぬんだ。見知ってもらうつもりは更々ない。無駄なんだよ無駄無駄! わかるよね?』

 喋り方は軽妙にして軽薄。真摯しんしのかけらもない。

 しかし、どんなに明るく喋ろうとも、生まれた持った声質なのかドスが利いた声だった。なので、聞いた者の肝をそこはかとなく冷やす。

 男は滑らかな舌捌したさばきで朗々と話し続ける

『ロンドといえば輪になって踊るの輪舞曲りんぶきょくとか、同じパートを繰り返す回旋曲かいせんきょくって意味が正しいそうだけど、オレの名前は輪廻転生りんねてんしょう、死んでもいつか生まれ変わるって意味合いで受け取ってくれればOKだ』

 ロンド・エンドとは──輪廻の終焉おわりを意味する。

 自らの名前にロンドは含みを持たせていた。

『さぁ自己紹介も終わったところで……穂村組の皆々さん! 今日まで無駄で無意味で無生産な努力ご苦労様です! 君たちの異世界セカンドライフは今日を持って終了です! アルマゲドンという現実以上に苦しい環境で苦労を重ねてたんまり技能スキルを習得し、神の力でもある過大能力オーバードゥーイングを手に入れて、意気揚々と乗り出した異世界征服もぜーんぶ徒労に終わります!』

 お疲れさまでしたー! とロンドは演義過剰に頭を下げる。

 顔を上げたロンドはオーバーリアクションに続けた。

『どんなトリックを使ったかは知る由もないし調べるつもりもないけれど、オレの手駒たちを出し抜いて、ここまでスタコラ逃げてきたことは評価しよう! バッドエンドもデッドエンドもひとまず回避したわけだからね!』

 バッドエンドとデッドエンド。

 これにバンダユウは顔色を変え、穂村組にも電流が走った。

 ──最悪にしてバッド・絶死をもたデッド・らす終焉エンド

 穂村組の恐怖を見透かしたようにロンドは種明かしをする。

『はい、その通ーり! アイツらはオレの兵隊! オレがこの真なる世界ファンタジアを滅ぼすために用意した、最悪にして絶死へ至る108のフラグでーす!』

「……108、だと?」

 14人じゃないのか……バンダユウは震えた声で唸った。

 バンダユウが倒したのはたった9人。手に負えなかったアダマスを初め、リードたちのように本当のLV999に匹敵する猛者もさが5人もいた。

「そんな連中が……108人だと!?」

 ヤバイ! バンダユウの焦燥感が組員にも伝播でんぱする。

 もはや穂村組の存亡どころではない。その108人が手分けして破壊活動に勤しんだなら、本当にこの世界を滅ぼしかねない。

 こちらの焦りを見透かしてロンドはほくそ笑む。

 ふざけた演説みたいな喋り方も最高潮に達しつつあった。

『かつてラノベや漫画で持て囃された「死んでも異世界に生まれ変わって俺ツエーでリスタートしてウハウハな2度目の人生」なんてありゃしません! 死ねばそれまで、御陀仏おだぶつして終了ってのが世のことわりですよ! そりゃね、いくつかの宗教は生まれ変わりを肯定してるし、世界は破壊と再生を繰り返して輪廻する! 君たちボンクラが期待するのも仕方ないことだ!』

 しかしだね諸君! とロンドは強く念を押す。

『オレの名前がそれを許していない……わかるよね? だから、地球とともに終われなかった愚かなる人類の残りかすどもにハッキリ言ってやろう』

 ロンドは狂気と正気が渾然とした眼差しで微笑む。



『──来世つぎがあると思うなよ?』



 破壊神がいるとすれば、こんな微笑を浮かべるはずだ。

 大きく口を開いて芸能人みたいな真っ白な歯を輝かせながら笑うロンドは、この世界を噛み砕こうとする破壊神らしく破顔した。

 不意に──ロンドの周囲がけぶる。

 炭の粉でもばらまいたかのような黒い粉塵ふんじんが舞っていた。

 こんな空気の澄んだ山頂ではあり得ない現象なので、ロンドが何かを始めたに違いないと身構える。戦艦の格納庫ハンガーにいる誰もがおののいた。

 ドクン、と世界を脅かす鼓動が鳴る。

 それと同時にロンドの周囲に煙る粉塵の一粒一粒がボコボコと膨れ上がり、目を見張る速度で膨張と膨大を続けていく。

 世界が悪夢に侵食されていくかのような光景だった。

 圧倒的な力が顕現けんげんしようとしている。

『冥土の土産じゃないけれど、せっかくだから特大の絶望をプレゼントしよう! オレの過大能力オーバードゥーイングそのひとつ・・・・・を拝ませてあげちゃう!』

 過大能力──【遍く世界のワールド・敵を導かんエネミー・とする滅亡の権化プロデュース】。

 黒い粉塵に見えたのは、漆黒の卵細胞だった。

 たった数秒で成体になるほど速さで細胞分裂を繰り返し、ロンドの姿が霞むほどの怪物の群れになったのだ。

 能力的にはジンカイ・ティアマトゥに似ている。

 だが、あの邪悪な大地母神の数十段は上を行っていた。

 ジンカイの怪物は大型の肉食獣くらいのものだが、ロンドの怪物は最小サイズでもインド象、最大はシロナガスクジラをも上回っている。おまけにジンカイの怪物はどこかで見たものが多かったが、こちらはほとんど未知の異形。

 そして、ジンカイのような触媒を必要としない。

 ジンカイは自分の腕を犠牲に(その腕も即座に再生したが)、何十匹もの怪物を生み出したが、ロンドは何も用意せず何千匹もの巨大な怪物を創造した。

 質量も、法則も、時間も――。

 あらゆる決まり事をすっ飛ばして、怪物の軍勢を揃えたのだ。

 おまけに数も桁違い。

 ロンドの立つ峰の後ろには青空が広がっていたのに、どれだけ左右に首を振っても向こう側が見えない。怪物たちの巨体によって埋め尽くされていた。

 穂村組の行く手に、怪物の壁が立ちはだかる。

『その魂の一片まで貪られて……かすも残さず消えるがいい』

 ロンドは一切の感情を廃して言った。

   ~~~~~~~~~~~~

「そこから先は……地獄でした……」

 マリは知らず知らず震えていた身体を抑えるように、自らの両肩を抱きすくめるのだが、それでも恐怖に端を発する震えは止められなかった。

「あの男の……透明な微笑みが……どれだけの命を殺戮しようとも……雑草を毟る程度の感慨しか見せない微笑みが……地獄の幕開けを……ッ!」

 この場所が安全だとわかっていても、安心にひたれないのだ。

 ここは──ハトホル国。

 ツバサたちの我が家マイホームは今や御殿ともいうべき大きさまで拡張されており、使ってない部屋や離れはいくつもあった。ダインが隙あらば建て増しするので、ツバサは根負けして好きにさせることにした。

 それが役立つ日が来るとは……わからないものだ。

 ここは数ある離れのひとつ、何畳敷もある和風の大広間。

 どうやらセイメイやドンカイがダインにこっそり頼み込み、大宴会を催せる場所がほしいとお願いしていたらしい。

 半壊したサメ型戦艦から半死半生の穂村組組員を担ぎ出すと、急いでこの広間に運び込んで、回復系技能が使えるメンバーを集めて治療を施した。クロコのメイド人形部隊に命じて、人数分の病床も確保させる。

 一時間足らずで、さながら野戦病院といった様相を呈した。

 広間に敷かれた病床代わりの布団は13組──。

 生き残った穂村組は、もはやこれだけだ。

 折れた長刀を離そうとしない美形の剣客。童顔であまり体格に恵まれないが気の良さそう好青年。その青年が「弟たちを……」と呻く似ても似つかない筋肉にまみれた巨漢の双子……。

 そして、彼らに覆い被さることで身を呈して守っていた女性が3人。彼女たちも重傷で、壊れた武器を握ったまま気を失っていた……。

 それと……。

「セ、センセイ! 大変です!」

 少女向けのスカートタイプでファンシーな看護師ナース服でコスプレしたマリナが、足音を立てずに駆け寄ってくる。重傷者たちに気遣っていた。

 この状況では「俺の娘カワイイ!」と鼻の下を伸ばせるわけもない。

 でも……俺の娘カワイイ! と心の中でのたうち回る。

「どうしたマリナ、何かあったのか?」

「何かあったじゃありません! あ、あの人たち……」

 いつもの王冠帽子ではなく、ナースキャップがズレ落ちそうになっていたマリナはその位置を直しながら、ある3人の患者を順番に指さした。

「あの人、身体の半分が骨むき出しになってます!」
「ホネツギーさん……だっけ? 案ずるな、そういう仕様だから」

「あ、あっちの人は……やっぱり身体の半分がドロドロです!」
「ドロマンさんだったか……? その人も仕様だ」

「じゃ、じゃあ……あのお姉さんは全身にお目々みたいな吹き出物が!」
「マーナさんも全身の眼を隠せないくらい疲弊ひへいしたのか……」

 そういう魔族だから、とマリナに教えてやる。

 高位の魔族になればなるほど、人間や神族とほとんど代わり映えしない外見になるものだ。しかし、マーナ一味は魔族の特徴を残していた。

 どうも「キャラ作りのため」にわざとやってるらしい。

 ゼニヤと共謀して殺戮集団を出し抜き、穂村組の逃亡に一役買ったマーナ一味も、何とか生きていた。やっぱり重傷だが……。

 美形の剣士、好青年と巨漢双子の3兄弟――彼らが4人。
 その看病に当たっていた女性武道家――彼女たちが3人。
 悪運だけは強いマーナ一味――トリオなので3人。

 これで10人。残り3人はバンダユウ、レイジ、ゼニヤだった。

 両手両脚が千切れかけ、胴体にいくつもの風穴が空き、首がもげそうになる刀傷で生死の境を彷徨さまよっていたバンダユウも、静かな寝息を立てている。

 バンダユウは、本当に死にかけていた。

 ツバサがありったけの活力付与エナジーギフトを浴びせ、マリナ、フミカ、ジョカ、イヒコたちの回復&修復技能を総動員することで、どうにか一命を取り留めたのだ。

 あと30分遅ければ、今頃は亡くなっていただろう。

 ちなみに、全員ハトホルミルクを服用させているが効果が薄い。命を取り留めるのが精一杯で全快には程遠い状態である。

 なので、ジョカやマリナといった回復係がてんてこ舞いなのだ。

 その理由については――後述する。

 マリは途切れ途切れになるも、何があったかの話を続ける。

「オジさまは……組員を守ろうと立ちはだかって……」

 ロンドがけしかけてきた――巨大怪物の軍勢。

 全長150mのスカルシャークだが、クジラの図体にホオジロザメの獰猛さを併せ持つ怪物たちに群がられたらひとたまりもない。

 オリハルコン製の外装は、あっさり食い破られた。

「傷が深すぎてまだ回復魔法が必要だった……ガンちゃんやダテマルくんたち……彼らを守るため、ウチの女の子たちが頑張ったんだけど……」

 侵入してきた怪物の牙、爪、触手、そういったものに蹂躙されていった。

 バンダユウ自身、傷の治療中だというのに「やめろおおおーッ!」と悲痛な叫びで跳ね起き、組員を守るために自身を盾にしたという。

 結果、いつ死んでもおかしくない致命傷を負わされてしまった。

「ゼニヤ君とレイジは……あ、あたしを庇って……ッ!」

 とうとう耐えきれなくなったのか、マリは両手で顔を覆うと項垂うなだれながら、すすり泣きというには激しすぎる声で泣き出してしまった。

 バンダユウを殺しかけた魔の手は、マリにも迫っていた。

 それをゼニヤとレイジが息を合わせるようにして、互いの背中を肉壁にすることで怪物の攻撃から守ってくれたのだという。

 そのおかげで、マリは比較的軽傷で済んでいた。

 全身に包帯を巻かれ、肩から指先まで複雑骨折された左腕を吊り、潰されかけた右目も眼帯で覆っているが、こうしてツバサと対面で「穂村組に何があったのか?」の子細を語ってくれていた。

『もしもの時は……マリあなたにすべてを託します!』
『貰ったばかりの女房かみさん1人養えんだら……商人あきんどの名折れや!』

 叫びながら二人は身を挺してマリを守ったという。

「背中を食われて、内臓を破られて、血反吐を吐きながら……でも、無理して笑顔を作って……2人の顔が……声が……頭から離れなくて!」

 とうとうマリは突っ伏して泣き喚いた。

 マリの証言通り、ゼニヤとレイジは背中を抉られ重傷だった。

 ゼニヤはあの啖呵たんかを切った後、マリが懇願するところを見届けると「もう限界」とばかりに前のめりで卒倒してしまった。

 レイジは戦艦の格納庫ハンガーで虫の息、魔族でも意識を保てない深手だった。あと一歩遅ければ、彼もまた鬼籍の1人に数えられていたはずだ。

 2人ともジョカの回復魔法を受け、今は絶対安静中である。

「……よく、怪物の群れを振り切れましたね」

 ツバサは気が引けるも、その経緯をマリに尋ねた。

 刑事の事情聴取みたいで我ながらうんざりするのだが、聞けば聞くほどロンドの怪獣軍団から逃げ切れるとは思えない。

 どうやって――ハトホル国まで辿り着いた?

 マリは伏したまま涙声で、どうにか伝えようと頑張ってくれる。

「そ、それは……ゼニヤ君が……過大、能力で……ッ!」
「相手と無意識に取引させるという……あの?」

 ゼニヤの過大能力――【その価値に見合うハウマッチ・代価を支払いましょうイズディス!?

 相手の無意識に働きかけ、その人が求める価値ある品を差し出すことができれば、それに応じた分の奇跡を起こせるという能力だ。

「ゼニヤ君は……グスッ、万が一を見越して……ヒック……命の遣り取りでしか応じない相手のために……ウッ……用意、を……」

『人の命に金の糸目はつけられへん……せやけどな!』

 命の代価支払ったるわ! とゼニヤは奥の手を使ったらしい。

「……生命力を宿した龍宝石ドラゴンティア?」

 ツバサが確認するように訊くと、マリは何度も首肯しゅこうした。

「……穂村組の命を求めてきた相手を……一時的にでも誤魔化せるようにって……組員が狩ってきたモンスターから生命力を吸って増幅させた、命の身代わりになる龍宝石を……何個も何個も……ッ!」

 それをロンドに叩きつけ、商談成立させたらしい。

 何十個もの龍宝石はロンドの眼前で大爆発を起こすと、それを目眩ましにしつつ払うべき代価として、ゼニヤの過大能力は奇跡を起こした。

 サメ型戦艦は一気にハトホル国の近くまで転移していたそうだ。

 そしてゼニヤの道具箱インベントリに隠され、あの「取り引きやーッ!」である。

「……金庫番にしておくには惜しいですね」

 ツバサは率直な感想を述べた。

 準備万端に用意して、臨機応変に動き、いざとなれば出し惜しみしない。

 いい人材だ。取り引きして正解かも知れない。

 マリは涙でグシャグシャになった顔を少しだけ持ち上げると、近くで眠っているゼニヤの横顔を見遣みやり、泣き顔を押して微笑んだ。

「あたしはもう一生……この人に頭が上がりません……」

 オジさまバンダユウを、兄さんレイジを、そして組員かぞくを救ってくれた商人ゼニヤに――。

 今のところ、ゼニヤたちの命に別状はない。

 ただ、ロンドの怪物につけられた傷は厄介だった。彼の操る怪物の牙や爪には、恐ろしい毒をたっぷり含まれていたらしい。

 毒を受けた者の負傷をジワジワ悪化させ、技能や薬剤などによる回復を阻害し、絶え間ない苦しみと痛みを全身に走らせる猛毒。

 この毒は──未知のものだ。

 フミカの分析能力アナライズで解析中だが、まだ明確な正体が掴めておらず、場当たり的な解毒技能デトックスで対応するも追いついていないのが現状だった。

 全員に猛毒が染み込んでおり、時を負うごとに死に至る弱体化デバフが進行するようなものだ。おかげで一時たりとも気を抜けない治療が続けられていた。

 この猛毒のせいで、ハトホルミルクも効きが悪い。

 なんとか息を保たせるのが関の山だった。

 ――そこで回復係の出番である。

 フミカが陣頭指揮を執り、クロコがサポート。マリナ、イヒコ、ジョカ、プトラが手分けして患者の回復に尽力していた。

 イヒコは回復技能はそこまでではないが、ヒーリング効果のある音楽を演奏することで怪我人の自己回復能力を底上げしてくれた。

 プトラは道具作成師アーティフアクト技能スキルを駆使して「こんなこともあろうかと!」と開発していた回復アイテムを惜しげもなく使ってくれた。

 やっぱり看護師ナース服のプトラは、そっとツバサに耳打ちしてきた。

「……ここだけの話、開発中だから試験も兼ねてたりするし」
「穂村組の皆さんが全快しても言うなよ、それ……」

 あまり体面のいい話ではない。

 プトラにはお口にチャックをしておくよう厳命した。

 ところで――クロコの活躍がめざましい。

 彼女の分身であるメイド人形マリオネットは、クロコの技能を多少なりとも使えるので、中級クラスの回復技能を患者1人へ継続して使うことができる。

 完治には程遠いが、おかげで弱体化デバフの効果を相殺することで抑えられた。進行を食い止められれば、他の回復がそこそこ効果を増すのだ。

 本当、何をやらせても有能で困る。

「……しかし、『気分を出すためです』とか何とか理由をつけて、フミカやマリナに看護師ナース服のコスプレをさせたのは-10万点」

 ツバサは口の中で小さく裁定さいていを下した。

 マリを含めて、この場にいる14人の穂村組は助けられる。

 しかし、今回の一件で亡くなった組員や、ハトホル国まで来られなかった組員については、お悔やみを申し上げるくらいしかできなかった。

 この場にいない穂村組は……絶望視されている。

「みんな……あたしたちを置いて……っちゃった……ッ!」

 病院着めいた浴衣を着せられたマリは、わんわん泣きながら畳まで濡れるほど涙を流して悲哀に暮れた。かける言葉が見つからない。

 サメ型戦艦不時着を伝えられてから着替える間もなかったツバサは、スーツ姿のまま向かい合い、同じく正座で彼女の話に聞き入っていた。

 ――最悪にしてバッド・絶死をもたデッド・らす終焉エンド

 人間界から転移させられてきた元人間のプレイヤーでありながら、この世界に根を下ろすつもりは毛頭なく、地球が滅んだようにこの世界も滅ぼそうと企む超迷惑は破滅主義者の集まり……。

 いつか、こういう手合いが暴れ出す。

 ツバサ、ミサキ、アハウ、クロウ……それにレオナルドやフミカのような参謀格の危惧していたことが現実になってしまった。

 大体、人類史はいつもこうだ。

 国、組織、団体……そこが大変な時を狙って内ゲバ・・・をやらかす。これは人類史の始まりから後を絶たない悪癖みたいなものである。

 恐らく、類人猿の頃から引き起こされてきたに違いない。

 みんな仲良く、などお為ごかしもいいところだ。

 人類存亡の危機だというのに、その人類にトドメを刺そう! なんて正気の沙汰ではない。どんだけ精神がねじくれているのか?

「……いや、だからこそか」

 今この時ならば、世界の壊滅も妄言もうげんでは済ませられない。

 プレイヤーの絶対数がおよそ数万と少なく、その多くはLV500未満の未熟な神族や魔族ばかり。LV999が30人もいれば終わらせられる。

 108人もいたらオーバーキルもいいところだ。

 この世界に生き残った種族を根絶やしにして、この地で生きていこうと決意したプレイヤーたちを排除し、やがて訪れるであろう現実世界からやってくる人類を皆殺しにすれば、後は心ゆくまで世界を破壊すればいい。

 国を嫌い、人を憎み、世を儚み、すべての滅びを願う破滅主義者を集めて、そうなるように導けば……夢物語でもないはずだ。

 GM№09――ロンド・エンド。

 この日のため粛々しゅくしゅくと暗躍してきたのだろう。

 破滅を望む108人ものLV999スリーナイン

 これだけの兵隊を擁するのが、長きにわたる暗躍の証だった。

「単純に戦うことが好きで、誰彼構わずに喧嘩を売るくらいなら苦笑いで済ませられるんだが……本腰を入れて破壊活動されるとな」

 穂村組が壊滅に追い込まれた以上、見過ごすわけにはいかない。

 暫定的ざんていてきとはいえ、四神同盟と合流することを約束してくれたバンダユウへの義理もある。何より、連中がツバサたちを放っておくわけがなかった。

 ここまで繁栄した国を築いているのだから……。

「ねえ、お姉さん――ホムラはどうしたの?」

 ふと割って入ってきたミロの声にマリは震え上がった。

 ツバサの後ろにはずっとミロがいた。

 こちらとは背中合わせになってあぐらで座ると、時折ツバサの髪をいじくる意外は何もせず、黙ってマリとの会話に耳を傾けていた。

 当然とも言えるミロの問い掛けに、マリは過剰に反応した。

 ミロに脅えたのではない。その問いを恐れたのだ。

「わ、若ちゃん……若ちゃんはぁ……ぁぁぁあああああぁぁぁっ!!」

 あたしの弟・・・・・はッッッ!? とマリは錯乱した。

 落ち着きかけていた泣き喚きは酷くなり、両手で頭を鷲掴みにすると綺麗に巻かれたロールを引き千切りそうな勢いで取り乱す。ツバサがメイド人形たちに指示して取り押さえさせなければ、自傷行為に走っていたところだった。

 ホムラはこの広間にいない――若頭のゲンジロウもだ。

 マリの混乱振りがそれを物語っている。

 マリが泣き叫んで口走った内容から、何が起きたかも推察できた。

 バンダユウが組員の盾になった直後――。

叔父貴おじきになにしとんじゃ貴様らぁぁぁーーーッ!』

 死に体の叔父貴にトドメを刺すべく毒牙を剥く怪物たちに、ホムラが怒号を上げて突っ込んでいった。無論、愛用の長巻ながまきを振り上げてだ。

 そこへ横槍が入る。

 ホムラの足下の鋼板が破られ、無数の触手が湧いてきた。

 触手はホムラを雁字搦めにして抵抗できなくすると、あっという間に艦の外へと引きずり出してしまった。悲鳴を上げる暇もなかったらしい。

 ホムラは――怪物たちに連れ去られてしまった。

『若……ホムラぁぁぁーッ!?』

 この時、ゲンジロウは組長を呼び捨てにした。

 何があろうとも固く結んだ眉間と口元を崩したことのない鋼鉄と例えられたゲンジロウが、人間味あふれる慌て振りを露わにしたという。

 かつてないほど狼狽ろうばいしたゲンジロウは、灼熱の拳を振り下ろす。

『俺の……を返せーーーッ!!』

 その熱拳は床を突き破り、外へ繋がる大穴を開けた。

 そして、全身から業火を噴いて穴に飛び込んでいったという。

「ゲンジロウは……兄さんは……若ちゃんを……弟を助けるために……怪物だらけの外へ……そのすぐ後、ゼニヤ君の過大能力で船ごと飛んで……でも、2人はいなくて……あああああっ! ゲンジロウぅ! 若ちゃんッ!」

 マリは黒目が点になるまで瞳を見開き、大きく開けた口は閉まらないまま過呼吸の吐息を繰り返し、爪で顔を掻き毟りながら悲痛に叫んだ。



「あたしの兄さんと弟・・・・・が――ッッッ!!」


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