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第13章 終わりで始まりの卵

第318話:Old Soldiers Never Die

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 数時間前──穂村組ほむらぐみの拠点・万魔殿ばんまでん跡地。

 バンダユウ・モモチVS“最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉”エンド

 ――1VS14の戦いは続いていた。

 初手こそ「幻覚を現実とする」過大能力オーバードゥーイングで不意を突き、1人2人3人……と、世間知らずの若造ならぬバカ造どもを血祭りに上げてやった。しかし敵も然る者、大それた野望で吹聴ふいちょうするだけはある。

「……っあと、5人……か」

 こいつぁ楽勝だな、とバンダユウは血のつばを吐き捨てた。

 息切れを悟られたくないから、空元気でも余裕ぶると目立たないように深呼吸を繰り返して、どうにか息を整える。持てる限りの技能スキルを総動員させ、体力回復、疲労回復、損傷した肉体の修復などを急がせた。

 それでもコンディションは取り戻せない。

 正しくは――取り戻す暇を与えてくれないのだ。

「ほら、アレだ……エキサイトオオオオオォォォォォーーーッ!」

 3m越えの巨漢が突っ込んでくる。

 アダマス・テュポーン──名前を覚えてしまった。

 最悪にして絶死をもたらす終焉では、天災のフラグを司るとか何とか言っていたので、各員にそういった称号が割り振られているようだ。

 最大級のヒグマでも全長250㎝程度で最高速度は時速50㎞だというが、それを上回る筋肉ゴリゴリのスペシャルマッチョな大男が、マッハを突き破る速度で衝撃波を撒き散らしながら迫ってくる。

 もはや凝縮された災害だ。

 アダマスが拳を打ち込んでくると家屋を押し倒すほどの突風が吹き荒れ、バリバリと耳障りな雷鳴を閃かせる。恐らく、天災を司る神族なのだろう。

 掲げたフラグに偽りなし、世界を滅ぼす天災というわけだ。

 たしか暴風神とか天災神とかいた気がする。

 災害の化身だろうと、バンダユウも道化師トリックスターの名を冠する魔族。

 相手にとって不足なし──武道家として受けて立つ。

「ホラホラホラホラホラ! アレだアレだアレだアレだアレだぁぁぁーッ!」

 口癖をしつこく繰り返して雄叫びにするアダマスは、押し寄せる壁と見紛う拳の連打を叩き込んできた。昔の漫画の主人公に、こういうパワー重視な必殺技を好むキャラがいたと思う。

 身体の芯までビリビリする破壊力が、波濤はとうの如く押し寄せる。

 しかし、バンダユウは「待ってました!」と鼻で笑う。

「へっ……俺たちの流儀にすりゃカモだな!」

 壁と見間違える攻撃密度だろうと、人間の腕は2本しかない。

 数が増えているのでなければ所詮はただの残像だ。拳が繰り出される順番を見切って、順にかわしつつ懐へ潜り込めばいい。

 突き出された腕に手を伸ばし、そのパンチ力を利用する。

「ホラホラホラホラ……ほらッ!?」

 渾身の力が込められた拳打をコントロールして、そこにバンダユウの力も加味することで、手を添えただけで一本背負いよろしく投げ飛ばす。のみならず、硬そうな溶岩石に目掛けて頭から叩き落としてやった。

 ダメだな──もう一押し!

 バンダユウは幻覚を現実にする能力で、その溶岩石をとことん強化させたアダマント鋼へとすり替えた。

 アダマント鋼をも粉砕する──変則式パイルドライバー。

「ほら、これは……アレだぅんッ!?」

 脳天から股下まで走る衝撃に、アダマスは白眼を剥いた。

 一瞬よりも短い時間だが意識が飛んだことで、アダマスの引き締まった筋肉の鎧に緩みが生じた。今なら内臓にまで攻撃が届くはずだ。

 バンダユウは手刀をかざし、腹筋の隙間を狙って突き込む。

 内臓をズタズタにしてやるつもりが――。

「──はぁい!」

 すぐさまアダマスは少女漫画のヒロインよりも瞳を輝かせて復活。両手を溶岩石につけると逆立ちしたまま、丸太どころではない太さの足に十分な遠心力を乗せて振り回す。カポエイラみたいな芸当だ。

 その威力は高速回転する戦闘ヘリのプロペラか――。

 ――いいや、比較にならない。

 たった一回転で竜巻を起こすのだから、途方もない脚力である。

「ちっ……これ・・が面倒くせぇ!」

 竜巻の勢いが及ばないところまでバンダユウは跳び下がる。

 アダマスは喧嘩けんか巧者こうしゃだが――裏を返せば素人だ。

 体力、腕力、脚力、筋力、膂力、破壊力……それらが超人的を超越した超神的ではあるものの、技術面から見ればまだ発展途上でお粗末なもの。

 達人のバンダユウにしてみれば、鼻であしらえるレベル。

 しかし、圧倒的すぎるパワーが厄介だった。

「アレだ、ほら! まだまだ楽しませてくれるよなジイさん!」

 アダマスは自らが生み出した竜巻をまとい、懲りずに真正面からバンダユウへ突っかかってくる。今度はパンチの連打ではなく、一撃一撃を研ぎ澄ませて絶え間なく繰り出すコンボを仕掛けてきた。

 ミサイル級の破壊力を秘めた腕には、まだ竜巻をまとわせている。

 バンダユウは合気系の技で反撃を試みるのだが……。

「やっぱり……技に成らねぇか!」

 アダマスを投げ飛ばそうと使った技は、微妙にタイミングを狂わされてしまい、どれひとつとしてまともな技にならなかった。せめてアダマスの攻撃を逸らそうとするのだが、それすらもままならない。

 結果、何発かの重い拳をもらってしまう。

 確かな手応えにアダマスは会心の笑みをこぼした。

 あまりに凄絶せいぜつな笑顔、むき出しの歯茎はぐきが光っている。

「よぉし、温まってきたぜ……このテンションがエキサイトだ!」
「勝手に興奮してろ木偶の坊でくのぼう、こちとら別嬪べっぴんにしかエキサイトしねぇんでな」

 口の端を血反吐で汚したまま男臭く笑うアダマスに、オヤジ臭全開の悪態を返してやった。そういうバンダユウの唇からも一筋の血が滴る。

 まったく……常識はずれの脳筋のうきんはやりづれぇなぁ!

 ツバサ君や斗来とらいさんもそうだが、達人と呼ばれるまでに極めた武道家たちはある種の精密機械に似ている。

 10000分の1秒にも満たない時間をくぐり抜け――。
 ピンポイントに狙い澄ました箇所を見極め――。
 正確無比なコントロールで想定通りの攻撃を打ち込み――。

 ――これらを以て技と成す。

 アダマスの想像を絶するパワーは、この精密作業を狂わせる。

 山肌を押し流すほどの雪崩なだれを戸板一枚で凌げるか? 海から鮫の大群を巻き上げるような超大型台風の進路を団扇うちわで逸らせるか? 暴走する大河の濁流を雨樋あまどいに流し込めるか? 

 できるわけがない――不可能だ。

 アダマスの一撃はそういった天災に匹敵する。歴然とした力の差があるわけではないが、バンダユウの技を狂わせるには十分だった。

 パンチ一発で山をも吹き飛ばす桁外れな力もそうだが、余波として生じた竜巻を鎧の如く身体にまとわせているのがタチが悪い。LV999にしてみれば威力は大したことないが、ノイズよろしく精密作業の邪魔をする。

 おかげで、先ほどのような隙を狙うしかない。

「その隙を狙った一撃も……効いてんだがいないんだか」

 依然いぜんアダマスは元気爆発である。

 意識が飛ぶほどのダメージや吐血とけつするくらいの一撃、あるいは目に見えて筋肉を損なうほどの深手ふかでを何度も負わせているのだが……。

「――はぁい!」

 この一言で嘘みたいに復活するのだ。

 喧嘩好きにいる「殴って殴られて殴り返してまた殴られて……これが堪らない!」というタイプらしい。ある種のマゾヒストである。

 恐らく、肉体超活性化や高速自己修復、自動回復などの肉弾盾タンクが覚えるべき技能スキルも満載なのだろう。まともに戦いたくない相手だ。

 傷の治りも目に見えて、シュウシュウと湯気を立てている。

 アダマント鋼のブロックに頭から叩き落としたにも関わらず、トレードマークのリーゼントはちっとも型崩れしてない。しかし気になるのか、ダイヤモンドのくしでせっせと直していた。

「おまえみたいなタフガイにゃ……ズルするに限る!」

 アダマスの猛攻を凌ぎつつ、バンダユウは過大能力を密かに準備する。   

 過大能力オーバードゥーイング──【詐欺師の騙りトリックスターは世界に蔓延る】・パンデミック

 幻覚を現実へ昇華させる、世界さえ騙す悪魔的な過大能力オーバードゥーイングだ。

 元よりバンダユウは代々“手妻師てづまし”という一風変わった流派を受け継いでいたので、その延長線上にあるような幻術系最強能力である。

 バンダユウの周囲に無数の光点が浮かぶ。

 アダマスが「ほら!?」と目を留めた時には、それらの光点はいくつもの凶悪な法具をかたどっていた。再び村雨むらさめの如く降り注がせてやる。

「今度こそ蜂の巣だ、モリモリ筋肉リーゼント!」

「おっと――それは卑怯ですよね?」

 ちょっとおどけた口調で横やりが入った。

 赤い閃光が走ったかと思えば、バンダユウが幻覚から創り出した法具は雲散霧消うんさんむしょうして光の泡となってしまった。

 憎々しい視線をチラリ、と赤い閃光が来た方向へ横目をやる。

 リード・K・バロール――バカ造どものまとめ役。

 黒ずくめの線が細い青年。場合によっては少年でも通じる、華奢きゃしゃでユニセックスな男だが、癖の強い破滅主義者を統率する実力者だ。

 壊された万魔殿のガレキに腰を下ろし、観客を気取っていた。

 リードは顔の右半分を長い前髪で隠している

 バンダユウの世代なら「ゲ○ゲの鬼○郎」と言いたくなる鬱陶うっとうしそうな前髪だが、その奥に隠されたリードの眼が真っ赤に瞬く度、バンダユウが現実化させようとする幻覚を打ち破ってきた。

「やりやがったな、ゲゲ○の○太郎ッ!」
「ゲゲ……誰のヘアスタイルが幽霊族最後の生き残りですか!?」

 思ったまま罵声を浴びせてやれば、リードは不快そうな返事をしてきた。

 あのキャラと似てる自覚はあるらしい。

 それにしてもアダマスよりリードの方がある意味では厄介だった。幻覚を実体化するバンダユウの十八番、その出掛かりを潰してくるからだ。

 看破系の技能スキルかと思ったが違う。

 過大能力の効果は強力だ、生半可な技能で打ち消せはしない。

 即ち――あれがリードの過大能力オーバードゥーイング

「ほら、アレだ! ジイさん隙アリだぜほらッ!」

 わずかにリードへ気を取られたのが失敗だった。アダマスの鉄拳が土手っ腹に叩き込まれる。すんでの所で体幹たいかんねじって直撃こそまぬがれたが……。

「ぐっ、む……年寄りには重たい食いモンだなおい!」

 誰が年寄りだ! と独りボケツッコミしながら爪先を振り上げる。

 それは絶妙なタイミングで放たれ、クロスカウンター気味にアダマスの太い腕と交差して、彼の顎を蹴り上げると脳味噌を揺さぶった。

 また軽い脳震盪を起こして、アダマスは意識を白紙にする。

「っあ…………はぁい!」

 でも瞳を煌めかせて即復活。もうやだコイツ。

 現状、バンダユウはアダマスと1対1タイマンをやらされている。

 リードから痛い不意打ちを貰いながらもバンダユウは善戦。最悪にして絶死をもたらす終焉を14人から5人まで減らすことに成功した。

 すると、アダマスが騒ぎ出したのだ。

『あれだ、ホラ――このジイさんとタイマンでやらせてくれ!』

 リードは女物みたいな細い腕時計で時間を確認すると「少しは余裕があるみたいですからね……いいですよ」とこれを快諾かいだく

 こうしてバンダユウは、やんちゃ坊主の遊び相手をさせられていた。

 リードは審判のつもりか、バンダユウが過大能力を用いた一撃必殺を目論むと、さっきみたいに先手を打って封じてくる。しかし、その前に変則パイルドライバーで使ったアダマント鋼はスルーされた。

 ズルは見逃さないが、小細工はOKなのか?

 なんだか昔のプロレスで「ここまでが反則」みたいな抜け道を探している気分になってくる。あるいは、それとも……。

 リードの過大能力について考察する時間はなかった。

 バンダユウはアダマスとの素手喧嘩ステゴロを強いられているが、リードを含む破滅主義者集団はまだ5人も生き残っている。

 彼らは傍観ぼうかんを決め込んでいるわけではない。

      ~~~~~~~~~~~~

 闇色の喪服をまとう痩せ女――サバエ・サバエナス。

 リードの秘書のつもりか、ガレキに座る彼の傍らでお淑やかに立ち尽くしているが、彼女は隙あらば手を出してきた。

 いや、出しているのは口から声だが……。

 もう何度目になるか、胸が膨らむほど肺に息を溜め込む。

「みんな仲良く……絶望の音色に酔い痴れなさいな」

 過大能力──【我が囁きにてネガティブ心奥の劇毒ポイズン・よ沸き立て】ウィスパー

 細い唇が避けそうになるまで開かれ、ドス黒い絶叫が迸る。

 目に映るほどのネガティブに染められた漆黒の悲鳴は、泣き女バンシーが何十人も集まって行進曲を歌っているような悲観の音波である。まともに浴びれば想像を絶する鬱に陥り、自らの絶望によって心身を滅ぼしてしまうのだ。

 すでに何人もの組員や私兵が犠牲になっていた。

 彼女の発した黒い音波はバンダユウを狙ったものではない。

 バンダユウが背中に庇う組員が標的だった。

 掠っただけでも干涸らびるまで衰弱する音波が、極太の黒い光線となってホムラや組員を滅ぼそうとまっすぐ突き進んでいく。

 しかし、黒い音波は巨大な盾によって防がれた。

「よくやったケロ太・・・! 引き続き、そっちは任せる!」

 アダマスと戦いながらも、バンダユウはねぎらいの言葉を飛ばした。

 サバエの音波を凌ぎ、バンダユウからケロ太と呼ばれた大きなダルマガエルは水かきのある親指を立ててグッドサインで返す。

 バンダユウの召喚獣――巨大ダルマガエルのケロ太。

 最初に召喚した巨大ヒキガエルの兄弟分に当たる。

 彼のようにLV999の従者サーヴァントだ。

 バンダユウは非常事態に備えて、サポート戦力となる従者を用意していた。妖術使いらしく、大蝦蟇オオガマをモデルにした3体の召喚獣である。

 ケロ太は日本式の鎧をまとった大型車サイズのカエルだ。

 両手には鎧の大袖おおそで(肩を守る部分)を分厚く強固にしたものを構えており、それを盾として使っていた。

 2枚の大袖を構えたケロ太は、強力な結界を張ることができる。

 その防御能力でサバエの攻撃を凌いでいた。

 ケロ太の防御能力は確かなものだが、サバエの破壊能力も半端ではない。繰り返し絶望の音波を受け止めるケロ太は、衰弱の色が濃くなってきた。

 もう少し保ってくれ……頼む!

 祈るバンダユウは、一刻も早くアダマスを仕留めようと老骨に鞭打つ。

 ホムラたちを襲うのはサバエだけではない。

 最悪にして絶死をもたらす終焉は――残り5人。

 自由になっている奴がまだ2人いるのだ。

「シャーシャシャシャ! カエル如きが二天様にてんさまを真似るとはな!」

 三枚目なのにキザな長刀使い――サジロウ・アポピス。

 穂村組最強の剣豪コジロウ・ガンリュウ。

 彼を完膚なきまでに斬り伏した剣客だ。奇しくもコジロウのように背負うほどの野太刀を使う。その剣術も奇妙だが、顔立ちも独特だった。

 着物、袴、コートみたいな長羽織。

 剣客らしい風体だが、着ている物すべてに趣味が悪いくらいド派手な刺繍ししゅうが施されていた。鳳凰、龍、虎が所狭しと踊っている。

 癖のあるパーマがかかった長髪を、無理やりまげのようにまとめているのだが、癖っ毛のせいでヘタクソな盆栽ぼんさいみたいな有様だ。

 おまけに――顔が特徴的だった。

 しゃくれた顎、薄笑いを絶やさぬ口元、カミソリみたいに細い眼、鼻筋は長いのに目立つほど幅広く平べったい鼻先。

 正直、三枚目にも及ばない面相である。

 なのに自信満々――あれは自らを“イケメン”と過信した顔だ。

 サジロウは身の丈を越える野太刀を片手で振るい、穂村組を斬り殺そうとするが、一太刀たりとも届かせぬよう尽力する者がいた。

 バンダユウの召喚獣――巨大トノサマガエルのピョン吉。

 着流しの和装で腰には大刀を二振り差した、素浪人風の巨大カエルだ。

 ピョン吉、ガマ平、ケロ太――。

 バンダユウが密かに育成してきた召喚獣トリオである。

 大刀二刀流で構えたピョン吉は、サジロウの見たことも聞いたこともない奇妙な剣術に苦戦するも、身を呈してホムラたちを守ってくれた。

「シャらくせぇ! 我流“うずまき”……」

 さばけるもんならさばいてみろッシャ! とサジロウの長刀が走る。

 長刀を握るサジロウの右腕が、魔族の目にも留まらぬ速さで繰り出される。それはピョン吉の巨体を囲むような円の軌道を描いており、その円を越えたら防ぎようがない斬撃をお見舞いされるのだ。

 この斬撃を何度も受けたピョン吉は迂闊に動けない。

 サジロウの長刀は、斬ったものを著しく損なう。

 触手めいた“外来者”アウターズの攻撃を受けると、存在するエネルギーさえも吸い取られるのか武具や防具の劣化が早くなるが、あれとよく似ていた。

 ピョン吉の大刀はいずれもアダマント鋼の特注品。それがたった数度、サジロウの長刀と刃を交えただけでボロボロになっていた。

 もはや鉄棒だが「防御には使える」とピョン吉は割り切る。

 円の外から出なければいいのだが、サジロウの斬撃は円の中心へ向けて螺旋らせんを描くように高速で動き出す。“うずまき”と名付けた所以ゆえんだろう。

 円から螺旋までを描くのは刹那――。

 ピョン吉はボロボロの大刀二振りで防ぐしかない。

 防ぎきれない斬撃は、大きな我が身をもって受け止める。

 ホムラや組員に及ばぬように……帰ってきたコジロウのようになます切りにされていくピョン吉に、バンダユウは歯噛みすることしかできない。

「シャシャシャアッ! また受け切りやがったッシャ、この殿様カエル!」

 カエルにしとくにゃ惜しい! とサジロウは冷やかした。

「確かに……蛙如きがここまで食い下がるとはな」

 サジロウに同意したジンカイもまた、カエル相手に激闘中だった。

 邪悪な大地母神――ジンカイ・ティアマトゥ。

 上半身こそ大柄な爆乳美女だが、背中からは何種類もの生物の羽をはためかせ、下半身は無数の生物の手足を生やした巨大な蛇体となっている。

 両腕も肘から先は、怪物顔負けの不気味な豪腕だ。

 その豪腕を振り上げ、行く手を阻む巨大ガマガエルと殴り合っている。

 最初にバンダユウが呼び出した召喚獣――ガマ平だ。

 相撲のような取っ組み合いから、いつしか張り手やパンチを駆使したドツキ合いになっていた。どちらの下半身も直立歩行からのキックに適していないため、自然と両腕を使ったインファイトになったらしい。

 だが知っての通り、蛙や蝦蟇は跳躍力に優れている。

 ガマ平は脚力を生かして、巨体らしからぬフットワークを発揮していた。

 船から船へ飛び渡るような動きで、ジンカイを翻弄する。

「ガマの分際で八艘飛はっそうとびとは……笑わせてくれる」

 ジンカイは男臭い表情で不適に微笑んだ。

 そして自らの右腕に噛みつき、ひと思いに食い千切る。

 突然すぎる自傷行為に穂村組の面々は声を上げ、ガマ平どころか盗み見していたバンダユウも瞠目どうもくする(5割くらい揺れる爆乳に注がれたが)。

 過大能力――【我が身裂かれてもブレイクダウン生まれ出ずる命】・バースディ

 噛み千切った怪物の腕を、ジンカイはガマ平へ投げつける。

 その腕が沸き立ち、何十匹もの怪物が生み出された。

 蛇の頭とさそりの尾を持つ獣、蝙蝠の翼を持った雄牛、深海魚の下半身を持った野獣のような半魚人、獅子の頭を持った大きなわし……。

 ジンカイの腕から生まれた怪物軍団が、ガマ平に襲いかかる。

 ガマ平は口からぜる波動を放って吹き飛ばすも、多勢に無勢が過ぎた。あっという間に群がられて、ろくに身動きも取れなくなってしまう。

 全身に隈なく噛みつかれても、ガマ平は必死に抵抗する。

 抗うガマ平にジンカイが間合いを狭めてきた。

 ジンカイの千切られた腕は、100倍速みたいな速さで再生される。

 再生した腕から繰り出される痛恨つうこんの突っ張りだ。

「ガマにしてはやる方だったな……ガマにしては!」

 動けないガマ平の顔面に、ジンカイの強烈な張り手がお見舞いされた。

 あと5人――その5人が手に負えない。

 バンダユウが始末した先の9人とは比較にならない強さだ。

 同じLV999とは思えない。タイマンなら負ける気はしないが妙に連携が取れており、ホムラたちを守りながらというのがキツかった。

 酷いハンディキャップマッチもあったもんだ、とバンダユウは毒突く。

 バンダユウは己が命をなげうつ覚悟ができている。

 手塩にかけて育て、組員同様に「自慢の息子たちだ」と手放しで褒められるほど愛情を込めてきたカエル三兄弟にも、心で詫びながら玉砕するように命じてある。従者である彼らは、何も言わずに従ってくれた。

 そこまで覚悟を重ねても――リードたちを殺し切れなさそうだ。

 もはや技能スキルによる自己回復も間に合わない。

 カエル三兄弟も死に体で、それぞれ窮地きゅうちに追い込まれていた。

 アダマスから距離を取って一足飛びに後退したバンダユウは、もはや呼吸の荒さを隠すこともできず、膝をつきそうになって蹌踉よろめいた。

 さすがに老いたか、バンダユウは痛感する。

 せめておれが10歳若ければ……せめて連中が残り3人だったら……。

 いや、たられば・・・・を言い出したらキリがない。

 それは高みを目指す達人として恥ずべき思考だった。

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ……か」

 マッカーサーだったかが引退会見で引用したので有名になった一文だが、元々はアメリカだかイギリスだかの軍隊で流行った歌だという。

 そんなフレーズを思い出してしまう。

「ただ消え去るのみ? 言ってくれますねご老体」

 独り言だというのにリードは拾ってきた。

 ガレキの上で頬杖をついて、憎々しげに言い放ってくる。

「僕らの仲間を9人も殺しておいて、どこが“ただ消え去るのみ”ですか?」

 破滅主義者のくせして、いっちょまえに仲間意識はあるのか。

 へっ、とバンダユウは親指で鼻を押さえると、溜まっていた鼻血を吹き出して鼻の通りを良くしてから、小馬鹿にするように言い返してやる。

「悪いな若造、生憎とおれぁ老害でよ……」

 若ぇ奴らの足を引っ張りたいのさ、とヤクザらしい笑みでうそぶいた。

   ~~~~~~~~~~~~

「あかん、もう駄目や……お終いや……」

 バンダユウの死闘を、ゼニヤは物陰から覗き見ていた。

 現在のところ、バンダユウが召喚した巨大カエルたちが3方向を守るようにして頼りない円陣を組んでいる。その中心には万魔殿の残骸とも言える大広間があり、そこに生き残った穂村組たちが集まっていた。

 ゼニヤはそこに混ざっていない。

 円陣から離れたところへ落ちた残骸の陰に隠れていた。

 穂村組やバンダユウはおろか、リードたちにも気付かれてない。

 このまま逃げ果せることもできるのだが、どういうわけ意に反して身体が言うことを聞かず、この場に留まってしまっていた。

 宣言通り、バンダユウは組員が喧嘩に出しゃばること許さない。

 しかし、血の気の多い者ばかりの穂村組。

 守られっぱなしは性に合わないと、顧問こもんの命令を無視して私兵も焚き付け、円陣から飛び出して最悪にして絶死をもたらす終焉への反撃を試みる。

 その誰もが若い命を散らし、バンダユウの顔をしかめさせるに終わった。

 ある者は絶望の音波を浴びて塵となり……。
 ある者は螺旋を描く剣舞に切り刻まれ……。
 またある者は、怪物の群れに五体を食い千切られて……。

 バンダユウはアダマスと接戦を繰り広げているが、寄る年波には勝てない。目に見えてスタミナ切れだ。一方、アダマスはまだ全然余力がある。

 残酷な話だが、バンダユウはアダマスに勝てない。

 リードとかいう黒ずくめの痩せっぽちがサポートしているのも一助となっているが、それ以前に決定的なことがあった。



 アダマスは――まだ・・過大能力を使ってない。



 あの様子からして、覚醒してないわけがない。

 恐らく喧嘩を楽しむため、わざと発動させていないのだ。

「なんの強化バフも付与もしとらへんのに、万魔殿が傾くようなゲンコツを打ってくる筋肉オバケや……過大能力でブーストしようモンなら……」

 バンダユウはおろか、穂村組が束になっても勝ち目はない。

 おまけに、まだ実力の全貌を明かしていないリードまで控えている。

 どう足掻あがいても絶望とは、まさにこの状況を差すのだろう。

 穂村組は終わりだ――今日ここで壊滅する。

 勝算のない目に賭け金を上乗せレイズする度胸をゼニヤは持っていない。敗北と全滅が確定した穂村組に、これ以上の肩入れは無駄である。

 投資した分の回収は不可能だが、共倒れするつもりは毛頭ない。

 三十六計逃げるにしかずは今である。

 ゼニヤの商人あきんど魂はそう囁くのに――身体が動かない。

 恐ろしいくらい肩が重く、誰かに引き留められている感じがした。

 しかも、それが両肩だった。

『穂村組から逃げても避難先はないぞ』
『鳥にも獣にも属さない蝙蝠こうもりを受け入れてくれる場所などないんだ』
『身ぐるみ剥がされるのがオチだな』

 レオナルドの脅し文句が、左耳の内側で木霊こだまする。

『商品価値のないものに見切りを付けるのは商人として正しいが……取引先の苦難に知らんぷりする不義理者など余所よそでも相手してくれまい』

『――信用をつちかうことだ』

『君の大好きなお金も信用あればこそだ。そこに価値が見出され、経済という巨大な生物の血液として廻り巡る。商売も信用あってこそ成り立つ取引だ』

 金に執着しない男に、商人のイロハを叩きつけられた気分だった。

「信用されなきゃ、価値なんぞない……金も一緒か……」

 そこへ、右耳の内側から別の声がする。

『臆病に立ち回るのは卑怯じゃねえ。立派な生存戦略、責めやしねぇよ』

 バンダユウの一言は、心の芯に杭を打たれた気分だった。

 商人が一か八かの大博打など打つべきではない。

 堅実かつ着実に、将来性を見据えて資本や内部留保を蓄えた上で、徐々に商いを大きくしていく……臆病なくらいがちょうどいい、ゼニヤはそう考える。

 バンダユウの言葉は励ましや慰めと受け取れた。

「せやから、ここは臆病に徹してトンズラするべき……せやのに……」

 蝙蝠、不義理、臆病、卑怯、信用、価値――。

 これらの単語が頭を駆け巡り、ゼニヤの脳内算盤そろばんを弾かせてくれない。

『何故――逃げなかったのですか?』

 遠くから十年来の親友の声まで流れてきた。

 レイジの声はとても遠くから聞こえてくるが、幾度となく繰り返しており、どういうわけかゼニヤの足をすくませる。

 私に構わず逃げなさい――そう聞こえてならないのにだ。

『君は現実主義者にして拝金主義者だ』
『逃げるつもり――だったのでしょう?』

『穂村組の参謀を気取ってきましたが……金勘定は不得手でしてね』
『金融経済に明るい人間が必要不可欠なのですよ』

 友情……口にするのも恥ずかしい単語が浮かぶ。

「なんで、どうして……ワイは、逃げられへんのや……?」

 ボタボタ、としずくが落ちる音がする。

 気付けば、玉のような涙をボロボロこぼして泣いている自分。後から後からこぼれ落ちる涙が止められず、両頬はびしょ濡れになっていた。

「ワイは一体、どうしたというんや……ワイは……どうすればいいんや……」

 算盤が弾けなくなったゼニヤは、進退きわまってしまう。

 その時――素っ頓狂すっとんきょうな声が聞こえてきた。

「おまえたち! さっさと掘り出すんだよ、このアンポンタン!」
「「――ウイッサー!!」」

 手ぬぐいを取り出して涙を拭ったゼニヤは、ガレキを伝って物陰に隠れたまま、この場の雰囲気にそぐわない間抜けな声の主たちを探す。

 声の主には心当たりがありまくりだ。

「えんやーこーらーどっこいせー……冷えた溶岩って掘りにくいわねー」
「そうダスな、魔族の腕力を持ってしても一苦労ダス」

「無駄口叩いてる暇あったら手を動かしな! 早く早く早く!」

 そこにいたのは、やっぱりマーナ一味だった。

 半分スケルトンのホネツギーがツルハシを振り上げ、半分マッドマンのドロマンがスコップを突き立て、溶岩石の地面をせっせと掘り返している。

 命じるマーナは派手な扇子せんすを振り回して、子分たちをかせるのみだ。

 三悪トリオが掘っているのは、かつての万魔殿の真下に当たる。

 移動要塞として建築されていた万魔殿だが、この溶岩地帯を中心に活動していたため、いくつかの地下施設を造っていたはずだ。

 連中が掘り返しているのは、先の騒動で砕けた溶岩石やガレキに埋もれた、地下施設への入り口らしい。そこでふとゼニヤは気付いた。

 奴らが掘り出そうとしているもの・・に――。

 その瞬間、ゼニヤの脳内算盤を目まぐるしい速さで弾かれた。

 ただし、計算式はこれまでとはまったく別物だ。

「おい、そこの三悪トリオ!」

「「「うわひえきゃあすいませんごめんなさいゆるしてえええーッ!」」」

 ゼニヤが物陰から飛び出して声をかけると、マーナ一味は3人抱き合って飛び退きながら、聞くに堪えない悲鳴を上げた。

 しかし、ゼニヤを認めると侮った態度へ急変する。

「……ってなんだい、金庫番じゃないか。アンタも逃げる算段かい?」

「尻捲って逃げの一手か……三下のおまえららしいな」

 ゼニヤが減らず口で答えると、マーナは「ははーん」と訳知り顔になって、ここぞとばかりに抱きついてくるホネツギとドロマンを引き剥がした。

 マーナは偉そうにグチグチ言い訳を始める。

「そういうアンタだってどうなんだい? あのカエルの輪の中にいないってことは、1人で逃げるつもりだったんだろ? おあいにく様、あたしらは逃げるは逃げるでも顧問のオジキに……って、そいつはッ!?」

 彼女の口を黙らせるべく、ゼニヤは道具箱からある物を取り出した。

 七色に輝く不思議な不思議な――卵。

 特殊で特別で特異なもの、そう呼ぶに値する卵だった。

 片手で乗る大きさだが、片手で持つにはちょっと苦しい。ニワトリの卵の比ではなく、サイズ感はダチョウの卵に近い。

 七色の卵を眼前に掲げたゼニヤは、企む笑顔で交渉を始める。



「――どや、一緒に逃げへんか?」


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