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第13章 終わりで始まりの卵
第312話:穂村組顧問 バンダユウ・モモチ
しおりを挟む「どちらかと言えば……それは僕らの台詞なんですけどね」
ゴクリ、とリードは固唾を飲んだ。
好々爺のヴェールを剥ぎ取ったバンダユウから発せられる威圧感。立っているのもやっとな突風の如き気迫に呑まれかけている。しかし、分析や走査を繰り返しても、バンダユウのLVは995とその目に映るはずだ。
LV990を超えれば、たった1LVの差が雲泥の差となる。
LV998ならば習得した技能のバランスや、あるいはとんでもないチート性能の過大能力に覚醒していれば、ワンチャンあるかも知れない。
だが、LV995では絶対にLV999を覆すことはできない。
況してや、そのLV999が14人も揃っている。
即ち“最悪にして絶死をもたらす終焉”に負けはないのだ。
なのに、リードたちは怖じ気づいている。
バンダユウの発する──本職の凄味に気圧されていた。
事実、バンダユウも若造どもをビビらせるため本気モードだ。
リードは咳払いで震えた喉を整えると、タートルネックだけど襟元を正す。自分たちの方が強い、という自信を再確認してから言葉を続けた。
「卵があれば奪えばいい。なければないで、チョロチョロと目障りな穂村組を滅ぼして帰る……それだけだったんですけどね」
「まさか、てめぇらが全滅するとは夢にも思わなかったろう?」
確定事項としてバンダユウは断言した。
鉈みたいに分厚い刃を持つ法剣を逆手から順手に構え直すと、いつでも間合いを詰められる、なのに繁華街へ遊びに繰り出すみたいな足運びで歩き出す。
またしてもリードは無意識に後退っていた。
自分たちの優位を信じたい。だが、バンダユウの迫力に押される。
リードは戸惑いがちに質問を投げ掛けてきた。
「まさかご老体……おひとりで僕たち全員を相手取ると?」
バンダユウは顔を斜めに逸らして尊大に言う。
「ああそうだ、ガキへのお仕置きってのは大人の仕事だからな」
組員の手を借りるまでもねぇ、と鼻で笑った。
これはリードたちへの脅し文句であるとともに、ホムラを初めとした組員に言い渡したものだ。ウチの組員も言い付けておかないとおいたをしかねない。
手ぇ出すんじゃねぇぞ──と。
年寄りでLVも下、どう考えてもリード1人にすら完敗するであろうバンダユウだというのに、あまりにも自信たっぷりなので不気味らしい。
リードだけではない。彼の仲間にも動揺が走る。
微動だにしないのはジンカイくらい。
そして、この大男は活き活きとしていた。
「リード、もういいだろ、このジイさんと喧嘩してもいいだろ? このジイさんはほら、アレだ。絶対に強い! オレのコレクションにピッタリだぜ!」
アダマスは夏休み前夜の小学生ばりに大興奮だ。
しかし、慎重な面持ちのリードは細い腕で“通せんぼ”した。
訝しげな眼差しをこちらに向けている。張り巡らされた罠を警戒する野生動物のように、バンダユウを睨んでいた。
「待ってアダマスさん、このご老体……何かおかしい」
ほう──いい勘働きだ。
ひょっとするとリードは、バンダユウの詐欺に勘付いたのかも知れない。
でなければ、LV999がここまで狼狽するまい。
もっとも、まだ理解してないはずだが……。
「ああ面倒くせぇ! たかだが老いぼれ1匹だろ!」
最悪にして絶死をもたらす終焉から1人、飛び出す者があった。
アダマスはリードの言葉に耳を貸す協調性があるようだが、10人越えのチームともなれば短気な野郎の1人や2人いるものだ。
現れたのは──炎の魔人だった。
上背はさほどでもないが、筋肉は大盛りなボリュームのある体型。
全身にファイヤーパターンをあしらったアメコミヒーローみたいなスーツを着込んでいるが、所々がダメージジーンズのセンスで破られており、その破れ目から炎を噴き上がらせていた。
何も身に付けていない顔は、囂囂と燃える炎で包まれていた。
炎の奥には血走った眼や乱杭歯な口元が垣間見える。
「バッド・デッド・エンズッ! 業火のフラグ! 1年365日燃え続ける炎の男こと、このボゥア・スルト様が…………ッ!」
「おい、若ぇの──手ぇ出しな」
バンダユウの有無を許さぬ一言に、ボゥアは口を閉ざして両手を出した。子供が「ちょーだい♪」するみたいに両手を揃えてだ。
「負えんのぉ、近頃の若いもんは……こんな大切なもんを落とすなんて」
無くすなよ、と添えてバンダユウは返してやる。
「え? 落とす? 無くす? オレが……をををッ!?」
目をパチクリさせるボゥアだったが、びちゃりと粘着した音とともに掌へ乗せられた物体に眼を遣る。そして、脅えを滲ませた声を震わせた。
掌に乗っているのは──脈打つ心臓。
たった今、獲物から取り出したばかりの鮮度がある。
本体から切り離されたにも関わらず、ドクンドクンと脈打っており、心臓に残された血液を水鉄砲よろしく動脈の穴からこぼしていた。
「こ、これがオレの落とし物だ……と、と、と……」
ボゥアは胸に風穴が空いたような寂しさを感じていることだろう。なにせ本当に胸から背中まで、刳り貫いた穴が開いているのだ。
いつ貫通したのか、誰にもわかるまい。
胸に収められていた心臓は今、彼の手の上でゆっくり動きを止めた。
ボゥアの身体は力を失い、膝から崩れ落ちていく。燃える炎は意気消沈するように萎んでいき、やがて黒煙さえ立てなくなった。
バンダユウの法剣──刃が血に塗れている。
誰が見ても一目瞭然。バンダユウがボゥアの胸を法剣で抉り、その心臓を抜き取ったのだ。しかし、誰の目もその光景は捉えられていない。
種も仕掛けもない手品にしか見えまい。
ボゥアの身体は地へ伏せる直前、バンダユウは法剣をサッと振るう。
彼の筋肉質な身体は、何十分割にも細切れとなった。
足下に転がる肉片をバンダユウはこれでもかと踏み躙る。法剣を握ったまま人差し指だけ伸ばすと、クイックイッと挑発的に曲げた。
「次──さっさと来い」
LV999の誰もが動こうとしない。
ボゥアも“最悪にして絶死をもたらす終焉”の一員。LV995のバンダユウに後れを取るなどあり得ない。彼の実力ならば瞬殺でもおかしくない。
だが、蓋を開けてみれば瞬殺されたのはボゥアの方。
しかも「心臓を抉られて殺された」という結果は火を見るより明らかだが、それをバンダユウがどのようにして行ったのか? リードを初め誰1人としてその過程を目撃した者がいなかった。
映画なら重要なシーンを飛ばされたようなもの。
何が起きたか見当もついていまい。
正体不明な攻撃手段──どいつもこいつも戦々恐々のはずだ。
しかし、何事にも例外はいる。
「ほら、アレだ! 戦ろうぜジイさん! 久々に楽しめそうだぜ!」
「このご老人、侮れんな……面白い」
アダマスとジンカイはバンダユウの得体の知れない戦い方を目の当たりにしても、戦意を喪失するどころか俄然やる気を湧かしていた。
巨体コンビが勇み足のように前へと出る。
「──待ちねぇい! おふたりさん!」
アダマスとジンカイを制するようにかき分けて、半漁人みたいな風体の男がズイッと前に出てきた。デザイン的に大型の鮫がモチーフらしい。
体格的には八頭身の人間。肌はモチロン鮫肌だ。
愛らしくデフォルメされた鮫が描かれたアロハシャツを素肌に羽織り、短パンにサンダルという海の家の店員さんみたいなラフな軽装。サーファー並みに引き締まったボディをしているので、浜辺でならモテるかも知れない。
ただし──顔はホオジロザメだが。
人間らしい伸び放題のボサボサ頭だが、顔の造作はまるっきり鮫である。青年の身体に無理やり鮫の頭をくっつけた、合体失敗みたいなアンバランスさ。
本人は気にせず親指で自らの胸板を指した。
「ボゥアの仇はオレが取る! バッド・デッド・エンズ、津波のフラグ! ボゥアの無二の親友! このガグ・リヴァイアサン様がなッ!」
ズン! ズン! と足音を響かせてガグは近付いてくる。
法具を突き刺しまくることで張り巡らせた結界の手前までガグが来たところで、おもむろに法剣を突きつけて「止まれ」と言った。
意気込んでいたガグだが、バンダユウの貫禄に怯んでしまう。
「おめぇなんざおれが相手をするまでもねえ」
こいつで十分だ、とバンダユウは顎をしゃくった。
ガグがしゃくられた方向へ目を移すと、地面に突き立てられた法具の1本に視線を落とすことになる。その法具の柄にはある生物がしがみついていた。
1匹の蝦蟇──ゲロゲロと鳴いている。
蝦蟇を見付けた瞬間、ガグのこめかみの血管が破裂した。
「こっ……リヴァイアサンの名を戴くこのオレの相手が……カエル1匹だとおぉぉぉぉッ!? バカにしやがってこの糞ジジイがぁぁぁぁぁーッ!?」
ガグはホオジロザメの口をフルオープンさせた。
上顎が天を、下顎が地を、天地を突くまで開かれる大きな顎。
180度まで開かれたホオジロザメの頭は見る見るうちに巨大化していき、法具で作られた結界ごとバンダユウを丸呑みにできる規模になった。
「リヴァイアサンに呑まれて死ねぇ……え?」
自分を覆い尽くす影に気付いて、ガグは間抜けな声を出した。
リヴァイアサンを凌駕する──途方もない大口。
掌に乗る程度のガマガエルと侮っていれば、ガグの顎を上回るスピードで口を開いていった。ガグどころか、最悪にして絶死をもたらす終焉を1人も漏らすことなく飲み干せる大きさにまで広がっていく。
リード以下、仲間たちは危機を察して飛び退いた。
反応の遅れたガグを、蝦蟇の喉から伸びる長い舌が絡め取る。
「うおっ!? ま、待って……」
命乞いをする暇もなく、ガグは蝦蟇の腹の中へと引きずり込まれていく。
ゴクン、とわかりやすい音をさせて蝦蟇は獲物を飲み込んだ。
「なにがリヴァイアサンだ、井の中の蛙め」
蝦蟇の胃の中がお似合いだ、とバンダユウはせせら笑う。
ガグを飲み込んだ蝦蟇は一気に体積を増やすと、牛みたいな大きさにまで膨れ上がった。足下の法具も肉の内へ取り込み、肥大化が止まらない。
パァン! とバンダユウは景気よく拍手を鳴らす。
「さぁさ皆さん、お立ち会い♪」
拍子を取って歌い調子となり、蝦蟇の頭へ飛び乗った。
「御用と急ぎでない方は、ゆっくり聞いておいでなさいな♪ オタマガエル、ヒキガエル、そんなもんじゃ薬力効能の足しにゃならん♪ 手前御前に持ち出したるは、これより遙か北にある常陸の国は筑波の麓♪」
バンダユウが歌えば、蝦蟇はグングン大きくなっていく。
まるで風船のような膨らみ方だ。
アフリカ象より大きくなっても留まらず、水掻きのある指には鉄塊みたいな鉤爪を備え、大きな口からはみ出す野太い牙まで生えてきた。リードたちを射貫く眼光は爛々と輝き、頭には鬼神のような一対の角まで生やしている。
アダマスの背丈を超え、ジンカイと張り合えるサイズだ。
「オンバコ食んで露草喰らい、見る見るうちに成長するは、前が四本、後が六本、合わせて四六の蝦蟇でござい♪ さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい♪」
大妖怪と呼ぶに相応しい巨大ガマガエル。
法剣を構えて蝦蟇の頭に乗るバンダユウは、歌舞伎に登場する妖術使いを意識したものだ。演目的には『天竺徳兵衛』というものに当たる。
決して石川五右衛門がモデルではない。
まあ、今時の若者には通じにくいネタなのだが──。
本来なら口に巻物でもくわえてドロン! とドライアイスみたいな煙を巻き上げたいところだが、バンダユウは口に法剣をくわえると両手を忙しなく組み替えて、忍者のような印を次々と組んでいく。
「赤いは辰砂、椰子油、テレメンテエカにマンテエカ……その血を啜れば一千年、その肉食めば一万年、山に遷せんば仙となり、以て浮き世に別れを告げる♪」
バンダユウが大見得を切ってダダン! と足踏みした。
大蝦蟇は大口を開けて産声のような咆哮を轟かせ、トンネルの開口部みたいな喉の奥に溜め込んだ力を吐き出す。
「仙王蟇の爆ぜる波動! 浴びて今生の終わりと知れぇい!」
──吹き荒れるは破滅の奔流。
どこぞの波動砲にも見劣りしない波濤が、リードたちに押し寄せる。LV999とて浴びれば致命傷を免れない威力に目を疑っていた。
防いだり受け止めたりはしない。
リードたちは大きく跳躍して爆ぜる波動を避ける。
「むぅ……効くな、これ」
唯一、巨体のため躱せなかったジンカイが真正面から受け止めていた。
その怪物めいた腕からは想像も付かないテクニカルな動きをすると、器用に円となるよう動かして破滅の奔流を受け流している。
「ほぉ、円の動き──廻し受けか」
波動の余波でバルンバルン弾むジンカイの乳房に見とれながらも、バンダユウは彼女の技量を冷やかすことなく賞賛した。
彼女はデカいだけじゃない。武道家としても卓越している。
バンダユウが「こいつヤバい」と戦闘能力を試算したのは、リード、アダマス、ジンカイの3人だ。他はどうとでもなる力量だと読んでいた。
サバエは──よくわからない。
彼女は武道家としての才能はゼロと見た。恐らく、魔法系などの体術を伴わない技能に特化した神族だ。その威力が半端じゃないのだろう。
しかし、この破滅をもたらす波動はバンダユウにすればブラフだった。
本命となる一手は、爆ぜる波動の中を突き進んでいる。
「えあッ? な、なんだこれぇ触手……ぅ!?」
「ち、違う、これは……蝦蟇の舌だあああぁぁぁぁ……ッ!?」
爆ぜる波動に潜んでいた大蝦蟇の舌、いつしか二枚舌となったそれは最悪にして絶死をもたらす終焉のメンバー2人を縛り上げていた。
抵抗する間も与えず、大蝦蟇の胃袋へご招待して差し上げる。
破滅の奔流を吐くのを止めた大蝦蟇は2匹の獲物を捕らえた舌をシュルシュル巻き戻すと、ゴックンと美味そうに喉を鳴らして飲み込んだ。ペロリと唇を舐めると飼い主であるバンダユウそっくりの笑みを浮かべる。
そんな大蝦蟇の頭でバンダユウは1本ずつ指を曲げていく。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……あと10回、指折り数えりゃ終いだな」
カカカッ! とバンダユウは小気味良くせせら笑った。
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1分弱で4人──出だし好調といったところか。
バンダユウは召喚した大蝦蟇の頭上から、慌てふためく“最悪にして絶死をもたらす終焉”の若造どもを見下ろした。
特にまとめ役と思われるリードには注意を払う。
ヒョロガリの小僧と侮れない、忌まわしさを感じるのだ。
これで仕留められれば楽なのだが……と思いながら、大蝦蟇に超音速で舌を射出させる。二枚舌のそれは、別方向から時間差でリードに迫った。
「まとめ役を狙うのは当然か……ッ!」
リードは右手の親指と人差し指をピンと伸ばすと、子供がやる児戯のように手を拳銃として構えた。人差し指が迫り来る舌に照準を合わせる。
赤い閃光が走り、舌の先端が爆ぜ散った。
拳銃使いという触れ込みだが、銃器に頼るタイプではないらしい。
1本の舌は撃ち落としたリードだが、時間差で迫る2本目への対応は間に合わず、撃ち落とせないと判断するや否や、迫ってくる舌を蹴り飛ばす。
捕まるよりマシ、という最良の判断だ。
しかし大蝦蟇の舌の威力は凄まじく、蹴り返したところで吹き飛ばされる。
吹き飛ばされるリードを、ジンカイが豊満な胸の谷間で受け止めた。
「しまった……あれ羨ましい!」
「オジさま! お願いだから喧嘩の時くらいおっぱい忘れて!」
マリから飛んできたお小言は涙声だった。
「イタタ……すいませんジンカイさん、お胸を借りました」
「い、いや、気にするな……うん」
リードは気にしていないが、ジンカイは頬が桃色に染まるほど真っ赤にのぼせ上がっていた。ああ見えて線の細い美少年が好みなのか?
リードはジンカイの爆乳に埋もれていたにも関わらず、まったく興味なさげに飛び降りる。その仕種には名残惜しさの片鱗さえなかった。
「ぬぅ……健全な男子としてあるまじき態度!」
「オジさまッ! 戦闘中にエロに気を逸らすアンタがおかしいのよ!?」
マリのツッコミに余裕がなくなってきた。
「顧問! お願いですからスラップスティックはTPOを弁えてください!」
レイジにまで説教されてしまった。
ヤバイ、真面目にやろう。
体勢を直したリードは口中でらしくない舌打ちをする。澱んだ左眼とは反対側、長い前髪で隠した右眼に片手を翳して目を凝らす。
前髪のカーテンの奥、リードの右眼が瞬いた。
その眼光を受けたバンダユウは、自分の詐欺が見破られたと知る。
「技能か能力か知らんが……看破する力かよ」
だが良い頃合いだ──餓鬼どもをもっとビビらせてやる。
瞬間、リードの左眼の色が変わった。
さきほどまでの優越感に浸っていた上から目線が、見る見るうちに脅威と畏怖に塗り替えられ、嘲りを浮かべていた口元が愕然とする。
「みんな気を付けてくれ! このご老体……とんでもない詐欺師だ!」
リードは生き残っている仲間に最大限の警戒を促した。
前髪越しに右眼を押さえて、リードは忌々しげに呻いている。
「LV999……それも、魂の経験値まで桁違いじゃないかッ!?」
ええっ!? と驚愕の声が方々から上がった。
最悪にして絶死をもたらす終焉メンバーだけではない。ホムラやゲンジロウといった穂村組からも「騙された!?」的な声が聞こえてくる。
そう、バンダユウはLV999だ。
この異世界に飛ばされた時からそうだったので、VRMMORPG時代から潜在的にLV999になっていた1人である。しかし、バンダユウは自身の過大能力に気付くと、これを隠してLV差を誤魔化すことに決めた。
ゲンジロウが四神同盟との交渉で格下になるのを気にした際、「切り札がある」と自信満々だったのはこのことだ。
本当のLVを隠した理由は──いくつかある。
先述した通り「切り札」として使えるのは勿論のこと。まだLVの低い組員たちに「叔父貴ほどの鍛錬を重ねた達人でもLV999じゃないのか」と安心感を持たせつつ、「おれを安心して隠居できるくらい強くなりやがれ!」と発破をかけるためでもあった。
あと、組長よりズバ抜けて強いのも体面が悪いからだ。
しかし、こういう場面では効果覿面である。
バンダユウは悪辣に相好を崩す。
「敵を騙すにはまず味方から、こいつも兵法だ。違うかい若ぇの?」
過大能力──【詐欺師の騙りは世界に蔓延る】。
どんなに優れた分析系技能で調べられても、自らのLVや技能を詐称することができる……なんてものはこの能力の一端に過ぎない。バンダユウの過大能力の本質は、一口にまとめれば凶悪の一言に尽きた。
幻覚で現実を塗り替え──嘘を真にすり替える。
強烈な暗示は時として人の身を傷つけ、現実と見紛うほどの幻覚は本当に人の身を損なう。バンダユウの能力はその究極版とも言えた。
バンダユウの作る幻は──実体化する。
ボゥアに渡した心臓も、ガグを飲み込んだ蝦蟇も、ただの幻に過ぎない。
その幻覚を現実化させてあの2人を殺した。だが、用心深いバンダユウは幻覚を隠れ蓑にして、自身の手でもきっちりトドメを刺している。
念入りに何回も殺しておいた。
こいつらに痛めつけられた遠征組の無念を晴らすべく――徹底的にだ
無論、そんなネタばらしをするわけもない。
何が何だかわからないまま、バンダユウの能力がどんなものかわからないまま、得体の知れない強者にいいように翻弄されるがまま……。
未知への恐怖に惑うまま──鏖だ。
バンダユウを侮ったリードたちに、やられ役の苦汁をたっぷりご馳走してやる。泣かせて喚かせて苦しめてから、地獄に叩き落としてやる。
「どうした若ぇの? お遊びは終いか?」
大蝦蟇がズズン! と地響きをさせて踏み出す。
バンダユウの攻勢に飛び退いた“最悪にして絶死をもたらす終焉”たちは、散り散りになりながらもこちらの出方を窺っていた。
ナメてかかれば、ボゥアやガグと同じ轍を踏みかねない。
リードも左眼でバンダユウを睨め上げ、前髪に隠れた右眼をチカチカと赤い光を瞬かせており、まだ何かを隠してないかと探っている。
若造たちの戸惑いに、バンダユウは高みの見物を決め込んだ。
そんな連中をもっと恐怖のどん底に蹴落としてやろうと、バンダユウは始末した4人から気付いたことを指摘する。
法剣を握った右手、その人差し指を伸ばす。
バンダユウはリードやアダマスを数えるように指差して告げる。
「おめぇら──下駄を履いてやがるな?」
リードは覗けている片眼を大きく見開くと、誤魔化すように眇めた。バンダユウを睨め上げる眼は恨みがましい三白眼になっていた。
図星か、とバンダユウが笑い飛ばすより早くリードは口を開いた。
ジンカイの傍ら、ウズウズしていた大男に横目を振る。
「待たせたねアダマスさん……あのご老体、ぶちのめしていいよ」
「いいのか? いいんだな? あのジイさん、俺のコレクションにして!」
アダマスは小躍りして喜んでいる。嬉しさのあまり、バンダユウに襲いかかることすら忘れていた。単細胞ここに極まれりだ。
アダマスさんだけじゃない、とリードは号令を唱える。
「あの歌舞伎者なご老体、なんとしてでも始末するんだ! あの人は僕たちの秘密を見破った! 他のLV999に知られたら厄介だ!」
最悪にして絶死をもたらす終焉──総力を挙げて殺せ。
必ずだ! 急かすリードの声は焦りに駆られていた。
この取り乱しっぷり、大当たりらしい。
最悪にして絶死をもたらす終焉は紛れもなくLV999だ。
しかし、その強さはまやかしに近いものがあり、バンダユウに言わせれば「ハリボテ」か「ディスプレイ詐欺」みたいなものである。
敢えて「下駄を履かせている」と表現してやったのだ。
「おめぇらの力、地道にコツコツ積み上げてきたもんじゃねえってのは先刻お見通しよ。どこぞの誰かに履かせてもらった高下駄で喜んでる悪餓鬼どもが……年季の違いってもんを思い知らせてやらないといけねぇみたいだな」
大人をナメんなよ、とバンダユウは複雑に印を組んだ。
大蝦蟇は大口を開くと、リードたちは身を強張らせる。また爆ぜる波動か長い舌が飛んでくると予想したに違いない。
その予想を裏切るのが詐欺師の真骨頂だ。
世界最大の映画スクリーン。それに勝るとも劣らぬまでに開かれた大蝦蟇の口は黒一色で染められており、喉仏すら窺えない漆黒の闇である。
その闇に──無数の星が瞬いた。
星の輝きに見えるそれらは、バンダユウの法具の群れだ。
そういえば大蝦蟇が巨大化する時、バンダユウの足下に散らばっていた法具を取り込んでいたな……と組員たちは小声で囁いている。
「げーとお○ばびろん、だったか? それともあんりみてっど○れぇどわぁくすだったか? ま、名前なんざどうでもいいことよ」
男の子は好きだろ──こういうの。
ダダン! とバンダユウは再び足踏みをする。
それが発射ボタンであるかのように、大蝦蟇の口から無数の法具が一斉に発射された。凶器の藪雨がリードたちへ容赦なく降り注ぐ。
ある者は弾き返し、ある者は打ち返し、ある者は跳ね返し、ある者は防御系技能で防ぎ……最悪にして絶死をもたらす終焉はそれぞれ堪え凌ぐ。
「我慢してりゃ終わる、とか思ってるんなら甘えぞ」
バンダユウは法剣を振る。まるで陰陽師が九字を切るようにだ。
すると、リードたちに弾き飛ばされた法具が息を吹き返して攻撃を再開する。壊されたものは元通りになる。しかも、再アタックする法具は高速スピンすることで攻撃力を増し、最悪にして絶死をもたらす終焉たちを貫いた。
「自由自在に飛び交う武器が、地面に刺さって終わりとかねぇだろ」
敵を仕留めるまで攻撃をやめない──まるで雀蜂の如く。
その昔アニメやゲームでこの手の攻撃をするキャラクターが流行ったが、バンダユウがこのアイデアを得たのはまったく別系統からだった。
武者修業時代、とある山奥で修験者から聞いた話。
『この御山には神通坊という大天狗さまがおりましてな。その得意とするところの神通力は、無数の剣を操りまして敵に降り注ぐというものなのです』
若き日のバンダユウは「何それカッケェ」と憧れたものだ。
その後、ワイヤーアクション全盛期の香港映画にハマった頃のこと。
幽霊の美女と恋に落ちる青年の物語に、2人を助ける仙術使いの道士が登場するのだが、彼は無数の剣を自在に飛ばして妖怪変化を退治していた。
つまり何が言いたいかと言えばだ──。
「人間、考えることはみんな一緒ってことだよ……なあッ!」
大蝦蟇の口から追加の法具が吐き出される。
今までのものより凶暴なデザインをしており、武器としてのサイズも大剣や大槍といった特大品だ。それが高速回転で飛んでくれば大砲どころではない。
絶命の断末魔が2回、バンダユウの耳朶を打つ。
「5人、6人……さて、7人目になりたい奴はどいつだ?」
悪餓鬼は残り8人──イケるか?
「うぉぉぉおおおおおおしゃあああッ! 勝負だジイさぁぁぁーん!!」
雄叫びとともにアダマスが突っ込んできた。
五月雨撃ちな法具をものともせず、肩の筋肉を膨張させるとラグビー選手のようなタックルで突進してくる。そのアダマント鋼に勝る筋肉は、法具の豪雨を見事に弾き返していた。
バンダユウはアダマスの相手を大蝦蟇に任せる。
この大蝦蟇は幻影ではなく、バンダユウが召喚した魔獣だ。
NPCとして作成された従者でもある。
分身とも言うべき大蝦蟇のLVもまた999。その技量もバンダユウの習得した技能をコピーさせているので、実質もう1人のバンダユウである。
前脚を上げて二足歩行になる大蝦蟇。
砲弾よろしく飛んでくるアダマスに右手を持ち上げる。大蝦蟇の手は速度差の激しい緩急をつけて動き、何十もの残像を作ることで攪乱する。
「うおっ! これ、アレだ……目眩ましか!?」
幻覚ではない──れっきとした武術の技だ。
斗来さんやツバサ君が得意とする、「相手の視点を掻き乱すことで動きを悟らせない」という攻撃手法のひとつである。
バンダユウの流儀もこれに近いため、彼らとは話が合ったのだ。
アダマスはあっさり翻弄されてくれた。
隙だらけな彼のガードを突破した大蝦蟇は、手加減なしの全力アッパーカットをお見舞いする。アダマスは自慢のリーゼントを震わせて仰け反り、口の中を切ったのか大量の血を噴いた。
グラリ……と3m超えの巨体が崩れ、その眼から生気が失せる。
「──はあッい!!」
かと思いきや、喜びで爆発しそうな声がした。
両眼を大きく見開いたアダマス。その瞳は少女漫画のヒロインのように煌めいており、流星群に匹敵する瞬きをキラキラさせていた。
血に濡れた口元は爽快な笑みを湛えている。
「ほら、アレだ、すげぇ痛い! なんだ今の技、見たことねえしメチャクチャ面白かったぞ! さっそく真似させてもらうぜ! ほら、アレだ!」
一発食らえば──俺は覚えるからな!
狂喜乱舞するアダマスは、筋肉まみれの右腕を突き出した。
放たれた拳は、先ほどの大蝦蟇の動きをそのままトレースしたかのように動いており、何十もの残像とともに繰り出されてくる。
しかし、所詮は見様見真似の一撃だ。
大蝦蟇は水掻きのある掌で受け止めるが、その衝撃は凄まじい。大蝦蟇の巨体を揺らすだけではなく、バンダユウにも痺れが伝わってきた。
天災級の腕力もさることながら、アダマスの戦闘センスに驚かされた。
猿真似とはいえ、一目見ただけで高度な技を物にできる。
このアダマスという男──侮れない。
大蝦蟇にアダマスを任せていたバンダユウは、不意の寒気に震えた。
遠巻きだったサバエが遠距離攻撃を仕掛けてきたのだ。
胸の隅々にまで空気を溜め込み深呼吸。その肺活量は桁外れで、吸い込みすぎるあまり、痩せ細った胸が爆乳と見紛うまで膨れていた。
ムムッ!? とバンダユウが目を奪われた瞬間。
「絶望の囁きに耳を傾けて幽世へお逝きなさいな……おじいさん!」
過大能力──【我が囁きにて心奥の劇毒よ沸き立て】。
泣き女たちによる大合唱──凄まじい大音声が響き渡った。
負の感情を煮凝らせた悲鳴の音波が、漆黒の激流となって飛んでくる。まともに浴びたらどうなるか考えたくもないので、大蝦蟇に口を開かせると爆ぜる波動を吐き出させて対抗する。
激突する泣き女の絶叫と大蝦蟇の雄叫び。
鼓膜はおろか心身ともに破裂しそうな大爆音が起きて、爆心地には何人たりとも近付けない。空気さえもなくなる消滅の力が渦巻いていた。
その大爆音を突き抜けて──ジンカイがぶちかましてくる。
「──ぬぅんッ!」
横綱級のぶちかまし、まるで相撲取りだ。
有象無象の生物の脚が生えた蛇体を唸らせ、それこそ相撲の摺り足みたいな速度で間合いを詰めてきていたのだ。大蝦蟇にぶちかましを敢行したジンカイは、そこから怪物の腕で組み付いてきた。
大蝦蟇も無視できず、アダマスを払い除けてジンカイに応じる。
相撲の取り組みでいえば“がっぷり四つ”だ。
大蝦蟇とジンカイは両腕を交差させ、四つに組む状態になっていた。
「おっとっと……女相撲かよおいッ!?」
ジンカイという大地母神、一連の動きから関取の匂いがする。
女相撲といえば江戸の頃から見世物のひとつとして伝えられているが、現代でもマイナーながら歴としたスポーツとして開催されているはずだ。
「……ま、そのガタイの良さなら女相撲もあり得るか」
ジンカイとの取り組みを始めてしまった大蝦蟇は押し合いへし合いしており、彼女の爆乳をこれでもかと押し付けられている。正直、羨ましい。
鼻の下を伸ばしている暇はない。
「おい、ジイさん! ほら、アレだ、もっと面白い技を見せてくれ!」
大蝦蟇をジンカイに譲ったアダマスが、バンダユウに攻めかかる。
「ハン! おれの稽古は高く付くぞ!」
お題はテメエの命だ! とバンダユウはアダマスの相手をする。
岩みたいな巨拳で殴ってくるアダマスだが、バンダユウは片手で軽々受け流すと、その膂力を逆用することで投げ飛ばす。合気道の要領だ。
「おおっ、今のも面白いな! ほら、アレだ、こうやんのかい?」
再び殴りかかってくるアダマスが、拙いながらも合気を使った。
こいつ──もしや無手勝流か?
流派など学んでいない完全な我流、単なるケンカ野郎だ。
しかし、舌を巻くほど飲み込みが早い。
所謂“喧嘩巧者”というやつだ。戦えば戦うほど強くなり、身を以て経験することで、戦うための技術を自然に体得していく……。
天性の肉体も相俟って、放っておけば手に負えなくなる。
アダマスの対処をしながらこの男の将来を危険視していると、残りの最悪にして絶死をもたらす終焉が一斉にバンダユウへ襲いかかってきた。
「餓鬼がいくら群れたところでおれの相手になるかって……ッッッ!?」
過大能力で対処するつもりが、肝心の幻覚が尽く看破される。
「させませんよ――ご老体」
リードの過大能力か、隠された右眼の輝きに幻覚を打ち破られた。
ジンカイの巨体を壁にして、密かに忍び寄っていた者たちの攻撃がバンダユウを襲う。鋼をも断つ斬撃が、岩をも貫く飛礫が、大樹の根のような触手が……。
様々な攻撃がバンダユウの老体を責め苛む。
「痛ぇな…………こんちくしょうがッ!!」
致命傷になりかねない深手もあるが、かすり傷だと自分に言い聞かせる。
「ご老体……あなたは確実に殺しておきます」
指を拳銃に構えたリードが、真っ赤な照準をバンダユウに定める。
銃声とともに、不可視の弾丸がバンダユウの胸を穿った。灼熱の痛みが編み目のように広がり、集中しなければならない意識を掻き乱す。
目の前が閃光で染まった瞬間、バンダユウは幻視した。
ツバサとホムラが握手を交わすシーンを──。
それは四神同盟と穂村組の和解を示すものであり、若者たちが共に手を携えて、この異世界で新たな時代を築いていく始まりだ。
「彼らの未来を守れんなら……老兵の命なんざ安いものだぜ」
鉄臭い咳を交えてバンダユウは独りごちた。
この糞餓鬼集団は──おれが鏖にする。
たとえ差し違えようとも、絶対に殺し尽くしてやる。
「だから……後は頼んだぜ、ホムラ! ツバサ君!」
流れ出る血もそのままに、片手が塞がるのも厭うて傷口も押さえず、アダマスを初めとした若造たちを一手に引き受け、バンダユウは獣のように吠える。
「こいやぁ糞餓鬼ども! 明日の朝日を拝めると思うなよッ!!」
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