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第13章 終わりで始まりの卵
第311話:世界にひとつだけの卵
しおりを挟むいつの時代にも“破滅主義者”と呼ばれる連中はいるものだ。
どんな無法地帯であろうとルールは敷かれる。
反社会的存在であるマフィアやヤクザの業界であれば、上下関係の厳しさは想像を絶するし、縄張りに関するやり取りは国家間の外交よりも繊細に扱われる。受け継がれる暗黙の了解など、法律より厳しい掟となっていた。
それらを横紙破りすれば、明日の我が身は路地裏のゴミである。
下手をすれば表よりも息苦しいのが裏社会のルールだというのに、まったく意に介することなく暴れる輩が時として現れる。
──それが破滅主義者だ。
彼らは刹那的な快楽主義者であり、瞬間最大風速を出せればいいとばかりに短い人生を生き急ぐ。後先など考えないし未来を案ずることもない。
狂い、暴れ、壊し──諸共に消えていく。
かつての穂村組は、まさに破滅主義者の集まりだった。
実力あれど世間に認められないはぐれ者集団。
世を怨み、人を憎み、国を嫌い、すべてをメチャクチャにしてやろうと暴れ回るしか能がない、明日をも知れぬ愚連隊だった。
そんな彼らをまとめ上げたのが──穂村組初代組長。
彼はバンダユウたちの先祖に「生きる意味」を与えてくれた。
行き場のない半端者たちをかき集め、やり場のない怒りに目的意識を与え、ただの徒党からひとつの組織へと仕立て上げた。
初代組長は目指すところを──“穂村”という名前に託した。
代々の組長は“穂村”の夢を背負っている。
ホムラなど姓と名前の両方にだ(ホムラの本名は穂村ほむら)。
若い組員は知らない者も多いだろうが若頭に顧問といった幹部クラス、それに組の精鋭勢には口伝として脈々と受け継がれていた。
穂村組と名付けられた所以を……。
~~~~~~~~~~~~
「“最悪にして絶死をもたらす終焉”──だっけ?」
バンダユウは興味なさげに紫煙を吐いた。
風切り音がするくらい煙管をヒュンヒュンと弄び、吸いきった煙草の灰を足下に叩き落とす。ちょっとした威嚇行動である。
「おれもな、こう見えておめぇさんたちの倍は生きてる」
もうじき年金もらえる年齢だが、心はまだまだ20代。ムチムチ爆乳ケツデカドスケベボディの姉ちゃんとならオールナイトできる体力もあるつもりだ。
いや、うん、まあ、多分…………イケると思う。
ツバサ君みたいなカワイコちゃんなら大歓迎だ! と脳内で妄想したら、キャバ嬢に扮したツバサ君にブン殴られた。遠隔精神攻撃!?
バンダユウはなんとなく頬を摩る。
「正直、おめぇさんたちみたいなのとは何度も出会したもんだぜ」
目の前には、リードという黒衣の青年が率いる一団。
総勢13名──全員LV999。
強者の気配をわざとらしく発散させているので、バンダユウの後ろにいるホムラや組員たちもわかっているはずだ。
自分たちの敵う存在ではないと──。
バンダユウは組長代理として前に出ている。
唯一バンダユウに並ぶ強さのゲンジロウ(それでもLV995)も横に並ぼうとするが、後ろ手に制しておいた。「おまえは組長や仲間を守ることに専念しろ」という簡単なハンドサインも送っておく。
「………………承知」
ゲンジロウは不承不承だが納得してくれた。
バンダユウは軽く頷いて、破滅主義者の群れに集中する。
リードは現実世界でも通じるファッショナブルな格好をしているが、アダマスと呼ばれたリーゼントの大男や、サバエという名の喪服ドレス女はなんというか芝居がかったファッションセンスをしていた。
そして、大抵のメンバーが若い。
厳めしい神職風の壮年男や、エセフランス貴族みたいなチョビ髭を生やした野郎もいるが、どいつもこいつもバンダユウより年下である。
最年長でもいいとこ40代前半。
不惑を過ぎてもバカをやらかす奴はいるものだ。
「半グレって知ってんだろ? 明日のお天道様を見ねぇで今日の楽しみを追及するような奴らさ。穂村組が関わったのは暴力特化なのばっかだがな」
『──オレたちが裏社会を変えてやる!』
息巻く彼らは各地のヤクザの縄張りを荒らしたものだ。
堅気でもなくヤクザでもない彼らは暴力団への対策法が適用されないため、警察も扱いに困り、時にその勢力はヤクザを上回ることさえあった。
そんな愚か者たちを穂村組は依頼などで叩き潰してきた。
武闘派集団だからこそできる力業で……。
「だからまあ、こんな異世界に飛ばされてもだ、おまえさんたちみてぇなのが出てくるって予感はどっかにあったよ。目に映るもん全部ブッ壊さなきゃ気が済まねぇんだろ? おれたちが潰してきた若造どももそうだったからな」
むしろ、こんな異世界だからこそかも知れない。
LV999に達した者の力は一軍に勝る。
神様でいえば神話に語られる主神クラスのメジャー級、悪魔にたとえるならそんな主神に牙を剥く魔王クラスの実力を備えていた。
人間の軍勢など比較対象にもなるまい。バンダユウでさえ、最新鋭の戦車、戦闘機、戦艦が総出でかかってきたところで鼻であしらう自信がある。
LV999の一撃は戦術核兵器を上回り、数十万人の命を奪う大天災に匹敵する破壊力となるはずだ。
そして──過大能力。
LV999に達した者のそれは、世界を滅ぼしかねなかった。
ツバサ君やミロちゃんを代表とする四神同盟に属するLV999もまた、その気になれば世界を滅ぼす力を発揮するに違いない。
それは“最悪にして絶死をもたらす終焉”とて同じこと。
彼らは世界を13回滅ぼすだけの力を持っていることになる。
だからこそ──こいつらを確信犯と見做す。
「……おめぇさんたち、どこから異世界転移のネタを貰った?」
この一言にリードは片眼をピクリと動かした。
バンダユウの固有技能“勝負師の勘”が冴え渡る。
この固有技能が鋭敏に働くということは、裏を返せばそれだけの危機が差し迫っているということだが、バンダユウの顔に焦りの色はない。
むしろ茶化すような笑みを浮かべていた。
「おめぇらみたいに後ろ向きな連中がだ。この世のすべてをブッ壊したいと願ったところで、現実は何ひとつ変わりゃしねえよ。だがな、VRMMORPGを介して、こっちの世界に来れることを知ってりゃ話は別だ」
現実世界は滅びる──いや、もう滅びたというべきだろう。
彼らにしてみれば胸がすく思いだったはずだ。
だが、現実世界から飛ばされたプレイヤーが異世界を開拓して、遅れて転移してくる人々の受け皿となるべき文明を築き上げ、この真なる世界が人類にとって第二の地球となれば話が違ってくる。
せっかく世界が滅びるのに、新天地ができあがってしまう。
「そして努力次第によっちゃあ、それを台無しにできる……そんな風に吹き込まれりゃあ、後ろ向きなおめぇらでも前向きに検討するんじゃねえか?」
ゲーム内で身に付けた技能が──異世界で神や悪魔の力となる。
世界を壊して人類を滅ぼす力が得られるのだ。
「おまえら──VRMMORPGの頃から知ってやがったな」
でなければ道理が通らない。
「LV999になるってのは難しい。容易なことじゃねえ」
わかるな? とバンダユウは同意を促した。
何も言わないリードだが、態度は「わかります」と示した。
「才能ある者(あるいは選ばれた者というべきか)ならば、VRMMORPG時代に潜在的なLV999になっているはずだ」
ツバサ君やミロちゃんはこの部類に入る。
あの子たちの才能は凄まじい。正直、妬いてしまう。
「一端の武道家ならば、鍛錬を積み重ねることでLV999まで到達する。穂村組の連中だって遅かれ早かれといったところだろうな」
しかし、努力する者の絶対数は多くない。
嘆かわしいことだ、とバンダユウは本心からため息をついた。
「小石を積み上げて山とする、砂を盛り上げて城とする、積み木を組み上げて塔とする……いつの頃からだろうな、日本人はこうした努力を楽しめなくなりやがった。楽することばかりに選ぶようになっちまった」
年寄り臭い説教かも知れないがバンダユウの本音である。
この国の人々は年を追うごとに堕落していった。
口を開けば他人への悪口ばかり。かといって自らを誇れるようなことは一切せず、ただ「オレが一番だ」と偉そうな態度を取る……。
そんな軟弱者たちに精進の醍醐味を説いても、馬の耳に念仏だ。
口が寂しくなってきたので煙草を詰め直して、バンダユウは煙管を噴かす。
煙管からは紫色の噴煙が立ち上った。
「VRMMORPGじゃあLVのカンストは99だった」
多くのプレイヤーはそこで「オレ様最強№1!」と、レベル上げから解放されたと思い込み、ゲーム世界をエンジョイするようになる。
LV99を超えても魂の経験値がカンストしても、ステータスに表示されない内在的な強さを育んでいた者は、極一部の努力家ぐらいのものだった。
穂村組には運営会社から情報をリークするゼニヤがいた。
だからこそ、LV99に達しても「まだ強くなれる! 最後のアプデで上限解放が来る!」と知っていたので、魂の経験値稼ぎにも励んだ。
「『努力と根性の化身』と恐れられてるウチのゲンジロウですら、こっちの世界に来てもLV993だった……わかるか?」
バンダユウは肺に溜めていた煙を一気に噴き出した。
相応の準備、鍛錬への心構え──それと事前情報。
「おめぇらみたいな後ろ向きな野郎どもがだ、ちょっとやそっとゲームで遊んだくらいじゃあLV999にゃあなれねぇんだよ。そんな輩どもがだ、ネガティブ野郎Aチームを組んで『世界をブッ壊す!!』なんて、馬鹿げた妄想を掲げるなんざ、ずぅーっと前から仕込んどかねぇと成り立つはずがねぇんだ」
かなり上位のGMが絡んでいると見た。
少なくともゼニヤ以上の権限を持つGMの仕業だろう。
真なる世界への転移について知り得る情報源。世界と人類を敵に回して破壊活動に勤しむ破滅主義者を選抜し、頭の悪いネーミングのチームを結成させる。
「おまえら──背後にいるのは誰だ?」
最悪にして絶死をもたらす終焉──その後ろにいる者を睨みつける。
~~~~~~~~~~~~
「ヤクザの中でも脳筋集団。そのトップと聞いていましたが……」
頭の回転が素晴らしく早い、とリードは褒めてきた。
「おまけに柔軟な思考をされるんですね」
「お年齢の割に、とか言うなよ。ミドルエイジは傷付きやすいんだ」
「オジさま、とっくにミドル越えでしょ」
ホムラの口を塞いでいるマリにツッコまれた。やかましいわ。
バンダユウの推理に耳を傾けていたリードは、ほとほと……と音が鳴らない上品な拍手を送ってくる。その態度に嘲りはない。
素直に賞賛するとともに、こちらの推察を認めていた。
「おれの推理劇場はどうだい? 江戸川コ○ン君みたいだったろ?」
「どちらかといえば金田一では? それも耕助の方ですね」
微妙に価値観が違うようだ。ジェネレーションギャップではない。
リードは拍手をやめ、両手を上に向けたまま肩をすくめる。
「ほぼ合っている。そんなところですね」
こういう場面で偉そうにベラベラ喋るのはバカだ。
しかし、力を得た若者はこういう時こそ口が軽くなる。
自分の手に入れた力を「スゲーだろこれぇ!!」と見せびらかすものだ。チンピラが粗悪な拳銃を手にして喜ぶのと同じである。
だが、リードの口は固かった。バンダユウの推理を裏付けるようにチームの内情を明かす下手は打たない。若いくせに自己顕示欲とは無縁らしい。
それとも、GMの教育が行き届いているのか?
後者だとしたらリードはお利口さんだし、子を持つ親として羨ましい。
それでも承認欲求が疼くのか、口を開いたリードは冗舌になる。
ただし、こちらが知りたい肝心なところは避けていた。
「完全に悪役スタンスな僕たちから、あれやこれやと状況説明するような真似をしなくて済みました。できるだけこちらの機密情報を漏らすことなく、僕たちの理念知ってほしかったのですが……おかげで手間が省けましたよ」
隈の目立つどろんとした瞳でリードは語る。
「と言っても……僕たちの行動原理は結構バラバラでしてね」
リードは背後に率いる仲間たちに視線を送った。
「ご老体の仰る破滅主義者には漏れなく該当するのですがね……たとえば、こちらの偉丈夫はアダマスさんというのですけど」
紹介を受けたリーゼントの大男は片手を軽く持ち上げた。
挨拶したつもりらしい。
「彼の願いは『すべての強者を殺すこと』です。その過程で自分がいくら傷付こうとも、自分が死に至ろうとも気にしません。ただ、勝って殺すだけ……もっとも、僕たちの中で最強のアダマスさんは誰にも負けませんけどね」
褒められたアダマスは照れ臭いのか、ダイヤモンド製の櫛を取り出すと落ち着かない手付きで髪型を直していた。その表情は嬉しさでほぐれている。
「止せやいリード、ロンドさんにゃまだ負けちまうんだぜ?」
「でも、最後の最期で挑むつもりな……おっと!」
「あ、いけね……悪ぃ」
リードの細い肘鉄がアダマスの腹筋を突いた。
どう見ても「余計なこと言うな」というジェスチャーである。
こういうチャンスを待っていた。
いくら当人が気を付けてお口にチャックをかけようとも、話が込めば周囲の者がうっかり口を滑らせることもある。無駄話でも咲かせておくものだ。
ロンド──こいつらの背後にいる者の名前か?
GMに顔が利く(つもりで信頼度0と判明したが)ゼニヤなら心当たりがあるかも知れないので聞きたいところだが、この状況では後回しだ。
次にリードはサバエという喪服ドレスを紹介する。
「こちらの美女はサバエさん。彼女は実に可哀想な人でしてね、自称“いい人”に裏切られ続けてきたんですよ……だから、いい人ばかりのこの世に嫌気が差して、善人気取りな人間ども呪うようになってしまったんです」
サバエはアダマスのように無駄口を叩かない。
紹介されると淑女らしくスカートの裾を軽くつまんで持ち上げ、楚々とした仕種で頭を垂れてきた。また、紹介内容を否定しない。
額面通りに受け取れば、不遇な目に遭ってきた女なのだろう。
美人というが顔は真っ黒なヴェールのため窺い知れない。
ドレスグローブで覆われた腕は細すぎる。痩せた美人もいることはいるが、バンダユウ好みのグラマラスな美女でないのは確かだ。
「この2人について軽く触れただけで、胸の内に秘める情熱の違いがおわかりいただけるでしょう? 僕たちは破滅主義者、この世界にあるもの一木一草に至るまで滅ぼしたい。でも、滅びに至るまでのアプローチは違うんですよ」
「血腥くてドス黒い情熱もあったもんだ……」
喧嘩に明け暮れたバンダユウの青春時代のがまだ威張れそうだ。
煙管で吸う煙草は紙巻きの煙草ほど長く保たない。
こんなイカレ集団の頭を張るクソガキだが、意外と弁が立つのか長話をしていたらしい。せっかくだから、もう少し時間稼ぎをして情報を引き出したい。
バンダユウは煙草を詰め替えて話題を切り替える。
「まあなんだ、おめぇさんたちがどんな集団かは大体わかったよ。そんでだ、仮にも暴力団のおれたちに喧嘩を吹っ掛けてきた理由はなんだ?」
──遠征組もおまえらの仕業だろ?
バンダユウは険しい双眸で、暗に含めつつ問い質した。
決して口にはしない。まだ、彼らは無事だと信じているからだ。
深手こそ負ったものの、ガンリュウやダテマルは帰ってきた。この程度の苦難でへこたれるように育てていない。バンダユウは息子たちを信じていた。
遠征組への襲撃についてはほぼ確定している。
さっきガンリュウに重傷を負わせたのは「ウチのサジロウ」とかぬかしていたので言質は取れている。リードの後ろに並んでいる中にいるはずだ。
チラリと見れば、面白い顔をした剣客がいる。
あれがサジロウか──奇しくもガンリュウと同じ長刀使いと来た。
バンダユウが盗み見を追えたのを見計らい、リードは回答を述べてくる。
「理由ならありますよ。あるものを取りに来ました」
静々と差し出されたリードの右手は、何かを受け取とる形をしていた。
「世界にひとつだけの卵──渡してください」
答えの意味が飲み込めず、バンダユウは言葉を詰まらせる。
「卵…………だと?」
「はい、卵です。それも特殊で特別で特異なものです」
持っていませんか? とリードは不思議そうに首を傾げた。
穂村組が持っていると信じて疑わない顔だ。
確かに卵は食材として優秀だ。遠征組もよく持ち帰る。
鶏の卵は勿論のこと。野鳥や爬虫類にモンスターの卵、運が良ければドラゴンの卵も手に入る。食材担当の遠征組は高確率で入手してくるものだ。
だが、リードたちの求める卵は明らかに違う。
──世界の趨勢に関わる秘宝と見た。
返事に窮していると、リードはやや前傾姿勢になってバンダユウの顔を覗き込んできた。どろんと蕩けた瞳がこちらを見透かしてくる。
「あなた方は組員を各地に派遣して、物資を集めていらっしゃるでしょう?」
「どっかの誰かさんのせいで頓挫しかけてるけどな」
帰ってこない遠征組を思うバンダユウは、歯を噛む笑顔で言ってやった。
それは失礼、とリードは悪びれずに話を進める。
「資材、食材、建材、素材……そういったものを集める程度ならぼくたちも気に止めなかったんですが、遺跡や廃墟まで荒らしてるじゃありませんか」
今度はバンダユウが眇めた瞼をビクリとさせる番だ。
遠征組はたくさんの物資を持ち帰ろうとする。
素材を根刮ぎにするのもさることながら、VRMMORPGでの癖が残っているのか、ダンジョンめいた場所を見付けると探索するのだ。
そうした遺跡で発見されたアイテムもまた、組に献上されている。
……実際のところ、ほとんどの組員がアイテムに関する知識がなく、ろくすっぽ鑑定系技能もないため使い道がわからないのだ。
うっかり妙な機能を発動させて、大惨事を引き起こしたバカもいる。
これが教訓となり、遺跡やダンジョンで見付けたアイテムは簡易的な封印を施して持ち帰り、マリ、レイジ、ゼニヤに鑑定させるルールができた。
しかし、大体がガラクタ同然のものばかり。
壊れていたり使用期限が過ぎているようなものが多かった。
いくつか大規模災害レベルの威力を秘めたアイテムもあったが、精々一国を半壊に追い込む程度。LV999ならば玩具みたいなものだ。
かき集めたところで、世界を滅ぼすまでの破壊力は望めまい。
そんなもの──リードたちが欲しがるか?
はっきり明言しないがリードの口振りから察するに、その卵があれば破滅主義者な彼らの願いでもある「世界の滅亡」が大いに捗るのだろう。
しかし、発見したアイテムに卵など見た覚えがない。
無論、卵の形をしたものすらなかった。
特別で特殊で特異というからには、鑑定の段階で異常性が際立つはず。マリはともかく、神経質なレイジや目敏いゼニヤの鑑定眼に引っ掛かるはずだ。
そういう報告も受けてはいない。
しかし、発見したアイテムを報告していない不届きな組員もいるだろう。
マーナ一味という前例があるし、ゼニヤも前科持ちだ。
バンダユウも知らぬ不確定要素があるかも知れないが、少なくとも顧問の権限で知る限り、リードが求める卵に思い当たる品はない。
バンダユウはおくびにも出さずポーカーフェイスを貫いた。
こちらの表情を読み取ろうとするリードは、ほんの少しだけ口を緩めると、卵について言及する。まだ、こちらの思惑は見抜けないらしい。
「ぼくたちは卵を探しています。世界に1つ、とても貴重なものです」
アダマスとサバエも話に加わってきた。
ほんの半歩だけ前に出て、一人前に圧力まで掛けてくる。
「手分けして探してたらよぉ、アンタらんとこのパシリとよくよくエンカウントすんだよ。ほら、アレだ、何人かは手合わせで殺しといたぜ」
「八方手を尽くしても見つかりませんでしたからね……きっとあなた方の遠征組? というのかしら? その方たちが持ち帰ったものと思ったんですの」
「その結果が…………御覧の有り様か」
物資を持ち帰る帰路についた遠征組は、その卵を持っている可能性があるため、“最悪にして絶死をもたらす終焉”の襲撃を受けたのだ。
死に物狂いで帰り着いたのは、ガンリュウとダテマル三兄弟のみ。
しかし、遠征組は卵を持っていなかった。
もしかすると既に運び込まれているかも知れない。そう疑ったリードたちは穂村組の拠点である万魔殿を強襲した。どうせ世界を滅ぼすのだからと、ものはついでにと万魔殿を破壊、穂村組も根絶やしにするつもりなのだ。
「おや? まさか……お持ちでないんですか?」
本当に? とリードは疑り深い。
どういうわけか、彼らは穂村組に卵があると信じ込んでいた。
ブラフやハッタリをかますにはまだ早い。
情報漏洩せぬよう躾けられているとはいえ餓鬼だ。こちらが言葉を渋ると沈黙に堪えかねるのか、チョロチョロと口を滑らし始めた。
バンダユウは不敵な笑みのまま、黙って煙草を吹かした。
やがてリードが少しだけ情報を漏らす。
「おかしいな……ベリルさんやメヅルさんの使い魔が、それらしきものを目撃したと報告してくれたんですけどね。最近、そちらの組員の方が見たこともない卵を運んでいたと…………おやおやおや~?」
確信めいた言動の理由はこれか? とバンダユウが睨んだ時だ。
「無駄だぞリード──こいつらは卵を持っていない」
空から凜とした女の美声が降ってきた。
14人目かよ!? とバンダユウが仰ぎ見るまでもなく、太陽の光を遮るほどの大きな影が上空を覆った。見上げる視界を埋めるサイズの巨体だ。
舞い降りてきた者は迷惑も顧みず、地響きをさせて着地する。
土煙が巻き起こってアダマスやサバエが咳き込む。
リードたちの後ろに降りたのは、美醜が混沌とした魔獣だった。
バンダユウは一瞬──眼を奪われる。
「ば、爆乳…………哺乳類か!?」
「オジさま! オッパイに喜ぶのは時と場合を考えてちょうだい!」
張っ倒すわよ! とマリに鉄扇を投げつけられた。
14人目の“最悪にして絶死をもたらす終焉”。
彼女を一口で言い表すならば──邪悪な大地母神というべきか。
全長だけなら10数mに及ぶだろう。
人間的な部分は180㎝を超えるくらいの長身美女。森のように豊かな緑色の髪を振り乱している。顔立ちは凜々しいを通り越して男前な赴きさえあるが、美人であることに違いはない。愛想はなくムッツリしている。
図体に見合った怒り肩、体格に相応しいたわわな乳房を揺らす。
規格外な爆乳を支えるためにカップを仕込んだビキニみたいなもので胸を覆い隠しているだけで、他には何ひとつ身に付けていない。
彼女の場合──着る必要がないのだ。
細い腰だが、うっすら女性の皮下脂肪が乗った腹筋。
そこから縦にも横にもワイドな臀部へと続いているのだが、その先に人間としての脚はない。名状しがたい生物の融合体となっていた。
龍や大蛇のような太い蛇体が続くかと思えば、途中で枝分かれして獣や鳥に虫の脚が不規則に生えており、わけの分からない触手や生物の器官が伸びている。それらを百足のように動かすことで這いずっていた。
両腕も二の腕までは人間のものだが、肘から先は怪物だ。
いきなり野太くなったかと思えば、成人男性を握り潰せそうな大きな手に続いている。指は6本、1つの指先から何重にも鉤爪が生えていた。
森林のように生い茂る緑の髪も、よくよく見ればおかしい。
本当に木の枝や蔦が生えており、その森をかき分けて巨大な鳥の翼や蝙蝠の翼、果ては蝶や蜻蛉といった昆虫の羽が何枚もランダムに生えている。
まさしく──邪悪な大地母神。
バンダユウはユッサユッサと波打つ爆乳に圧倒されて息を呑むだが、LVの低い組員たちは生物としての格の違いを思い知らされていた。
アダマスもそうだが、この大地母神も桁が違う。
最悪にして絶死をもたらす終焉は軒並みLV999だが、その中でも強弱や優劣はある。バンダユウが分析したところでは、リード、アダマス、サバエ、他数人が群を抜いた強さを備えている。
発言権があるのも納得だ。強さゆえ奔放を許されている。
そして、この大地母神も──。
「あ、ジンカイさんチィース。お疲れッス」
着地した大地母神を見上げたアダマスは、体育会系っぽく挨拶した。不良のボスみたいな見てくれのくせして、目上の人間への経緯はあるらしい。
ジンカイと呼ばれた大地母神は露骨に嫌な顔をする。
「俺を“神海”と呼ぶな……ティアマトゥと呼べと言ってるだろ」
ジンカイは女性らしくない口調で訂正を求める。
フルネームはジンカイ・ティアマトゥ──か?
ジンカイという名前にバンダユウはいくつか思い当たる節があるものの、突如現れたこの巨大な爆乳……もとい、邪悪な大地母神とは結びつかなかった。
まさかな、とこの場では聞き流しておく。
「それでジンカイさん、彼らが卵を持ってないとは本当ですか?」
「リード、おまえまで……ッ!」
リードの言い方はからかいを含んでいた。
ジンカイは苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せて目を閉じると、これ見よがしな溜息をついた。それは熱風となってリードたちに降りかかる。
仲が良いのか悪いのか……よくわからん連中だ。
「……言葉通りの意味だ。こいつらは例の卵を持っていない」
少なくともこの場にはない、とジンカイは断定した。
小皺を気にする妙齢女性のように、眉間を指でほぐしながら説明する。
「ロンドさ……あの方は俺にこう言った」
『君の過大能力は卵のそれと似ている。ほとんど同質といってもいい。だから、君が近付けば卵も呼応するはずだ。レーダー代わりに役立ててくれ』
「……あの悪趣味な塔は打ち壊したし、倉庫なども壊して中身を浚ってみたが、俺に感応するものはなかった……つまり、ここに卵はない」
「あちゃー、無駄骨だったかぁ……残念ですね」
「カァ! カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ!!」
瞬間──爆ぜるような高笑いが響いた。
リードは覗ける片目だけを点にして、アダマスやジンカイも口を真一文字にすると驚いて瞠目する。穂村組一同も面食らっていた。
その場にいる誰もが意表を突かれ、寒気とともに総毛立つ。
次に爆風が吹き荒れる。
穂村組の面々も最悪にして絶死をもたらす終焉も例外なく、その強風を浴びて肝が冷えるくらい震え上がった。命の危機を本能的に察知したはずだ。
バンダユウが解放した──絶対的強者の気配。
覇者のみが発せられる気迫、覇気といってもいいだろう。
リードは自覚してないが、怖じ気づいて一歩だけ後退っている。
「無駄骨……そう言ったか若ぇの」
高笑いを終えたバンダユウは、渋味のキツい声で言った。
バギン! と金属が砕ける音を鳴り響かせて、とうとうオリハルコン製の煙管を噛み砕いたバンダユウ。その額には何十本もの血管が浮き出ていた。
「流行廃りの流行モンのために行列へ並んでだ、それが自分の前で完売したからって『はい残念』みたいな軽いノリで済ますのか……あ゛ぁん!?」
バンダユウは何者の動体視力でも追いつけない手業を披露する。
リードたちが身構えた時には、既に完了していた。
「俺の可愛い弟子たちを……息子や娘を好き放題に殺っておいてだ。みんなで苦心しておっ建てた根城を遊び半分でブッ壊してだ」
バンダユウの足下──得物による結界が構築されていた。
大小様々、片刃もあれば諸刃もあり、柄の両端から刃が生えた風変わりな武具もある。ただ、共通するのは真言宗で使われる法具のような拵え。
金剛杵とか独鈷杵──それらに酷似した雰囲気。
錫杖のように金輪も付けられており、涼しげな音色を響かせる。
「タダで済むと思ってんじゃあるまいな?」
その内の一本、極厚の鉈みたいな剣をバンダユウは逆手に握る。
柄の錫杖めいた飾りがチリーン……と鳴り響いた。
法剣を構えるバンダユウは、歌舞伎で大見得を切った役者のようだ。その顔には真紅と漆黒で彩られた隈取りが現れている。
激怒にして憤怒の相は、怖い物知らずの破滅主義者さえ脅かす。
玄人の凄み──渡世人の気迫が場に満ちる。
涼しい顔だったリードの頬に、一筋の冷や汗が流れた。
「せっかくだおめぇら──“鏖”になっていけ」
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
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