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第13章 終わりで始まりの卵
第302話:天才ゆえの落とし穴
しおりを挟む「少々可哀想じゃが……ホムラ君には勉強になったじゃろう」
ドンカイはツバサたちのやり取りを見守っていた。
身長3m近い鬼神系の神族。
親方の愛称で親しまれている通り、青海波をあしらった浴衣に大漁旗を模した衣をマントよろしく羽織っている。大銀杏を結うのも忘れていない。
気付けば甲板の舳先にドンカイは立っていた。
甲板に居並ぶハトホル一家の中で一番前に出ているのは、もしバンダユウがツバサたちに狼藉を働こうとした時、すぐ駆けつけられるように警戒してのことだ。
そこは杞憂に終わったので、分厚い胸板を撫で下ろす。
ハトホル一家はツバサとミロのツートップ。
ドンカイは若き2人を支える補佐官だと自認していた。
イシュタル陣営におけるレオナルドの立ち位置に近いが、どちらかと言えば穂村組顧問であるバンダユウに通じるものがある。ホムラへの接し方やツバサと打ち解けているところには共感を覚えた。
彼もまた、穂村組のために腐心しているのだ。
神族の聴力により、ツバサとバンダユウの会話は聞こえている。
バンダユウは出張中の組員が戻り次第、組全体の意見を取りまとめ、2週間後に改めて謝罪と話し合いのために再訪したいと願い出た。また、集めた現地種族については二度と奴隷扱いしないと申し出た。
今後は厚遇する、と手厚い保護も約束した。
これをツバサは承諾、猶予を与えて帰すことにしたらしい。
ドンカイも異論はない。口を挟まずに済んだ。
バンダユウはまだぐずっているホムラを背負い、ツバサやミロに一礼して万魔殿へ引き上げていく。それをツバサたちはクレーターから見送っていた。
大方の予想通り、戦争は避けられた。
ツバサからレオナルド発案の「四神同盟で威圧をかける」という作戦を事前に聞かされていたため、思惑のまま展開が進んだことで安堵する。
予想外といえば──ホムラとの再会ぐらいだ。
アシュラ八部衆の1人、炎☆焔。
真なる世界ではホムラ・ヒノホムラと名乗っているらしい。本名は「穂村ほむら」と聞いたことがあるので、それを元にしたものだろう。
そして──穂村組の現役組長。
ドンカイも見た目からてっきり女の子だと勘違いしていたが、本当は眉目秀麗な美少年だったらしい。いわゆる男の娘というやつだ。セイメイは「おんなのこじゃなかった騙された!」と騒いでいたが、そこはどうでもいい。
ホムラの才能にはドンカイも一目置いていた。
中学生でありながらアシュラ八部衆に数えられた逸材。
その座を保持したことも驚嘆に値する。
類い希な才能に恵まれた若き俊才。どのような武器であろうと身体の一部として扱うことができる、天性の武具使いと褒めそやされた。
アシュラ時代も婆娑羅な着物をマントの代わりに羽織っていたが、当時そこにはいくつもの武器を潜ませており、対戦相手や状況に応じて使い分けることで激戦を潜り抜けた勇姿はドンカイの記憶にも新しい。
ついた渾名が──可憐な武器庫。
バーチャルゲーム内でもあれだけ使いこなせるのなら、現実でも相応の使い手と踏んでいたが、穂村組の御曹司と知れば納得だ。
しかし、そんなホムラが…………。
「まさかLV999になってなかったとはなぁ」
ドンカイが心の内で留めた台詞を、セイメイは遠慮なく言葉にした。
そう、これが意外だった。
アシュラ・ストリートはVRゲームとはいえ、プレイヤーに現実の自分と則した格闘センスを要求してくる難易度があった。詰まるところ、現実でそこそこの運動神経がなければ、ゲーム内でろくに動けなかったのだ。
ただし、現実では運動不足だったプレイヤーでも、アシュラをプレイすることで才能が開花した者が少なくなく、格闘技界やプロスポーツ界からは「思い掛けない新人を発掘できる」ツールとして密かに注目されていた。
即ち──プレイヤーが達人ならばキャラが強いのは自明の理。
ドンカイは角界最高峰である横綱まで登り詰めた。
ツバサは謎の仙人に才能を見出された精進を欠かさない青年。
セイメイは先祖代々“龍”を斬ることを指標とする一族。
レオナルドは物心つく前から隣家で古武術の手解きを受けた男
ミサキはそのレオナルドにマンツーマンで鍛えられた少年。
アシュラ八部衆になる素養は各々にあった。
ホムラも穂村組の御曹司として、現実でも様々な鍛練を積んできたのは想像に難くなく、それゆえ最年少のアシュラ八部衆と成り得たのだ。
だが、決定的に足りないものがある。
それは天才ゆえに陥りやすい落とし穴でもあった。
「あの子は才能にあぐらをかいてしまったんじゃろうな……」
「あれか、ズタボロにやられて地べたに這いつくばって、ドロ水を飲んででも勝ちたいってぐらいのボロ負けを味わってねぇんだろ?」
「そこまで具体的でなくともええわい。要するに挫折を知らんのじゃ」
才能だけでここまで来てしまったに違いない。
勿体ない、とドンカイは落胆の溜息をつかずにはいられなかった。
「──挫折なんてしない方が良くないし?」
ドンカイとセイメイの話に、プトラが興味を示した。
真なる世界に飛ばされても、未だにコギャルスタイルを止めようとしない生粋のコギャル娘。片側だけ昇天ペガサス盛りみたいな頭を傾げている。
家族となってからはツバサの三女を名乗っていた。
「オジサンたちは『友情! 努力! 勝利!』とか言いそうだけど、そういうのはもう何十年も前のストリームで化石レベルに古臭いし。才能があるんなら、それに越したことはないし。挫折とか負けってカッコ悪いだけだし……」
それってダメなの? とプトラは反対へ小首を傾げる。
ドンカイとセイメイのオジサンコンビは、困った笑みで振り向いた。
「プトちゃん、現代っ娘だな~。いや、別にいいんだぜ?」
それで罷り通りゃな、とセイメイは顎をしゃくる。
しゃくった先、バンダユウに背負われたホムラを指し示した。
「──罷り通れなかったのがアレよ」
「才能があるのに越したことはない。だが、それだけでのし上がれるほど世の中は甘くできておらんということじゃな」
高みへ昇るほど、達人の領域に踏み込むほど、痛感させられるはずだ。
他に必要なもの──もっと大切なことを。
才能ある者は有能だが、得てして“有能なだけ”である。
「上には上がいる。どれだけ高みに登ろうとも、その道の先駆者はおるものだし、自分より優れた者、秀でた者、強い者はいくらでもおるものじゃ。そういう強者とぶつかった時、才能しかない者は脆いんじゃよ」
「有能に任せて、自分より弱いのをイジメるような真似しかしねぇからな。自分より強い奴にどう立ち向かうか? どうすりゃ出し抜けるか? そうやって努力したり悪足掻きするっていう泥臭い手段さえ思い付かねぇみたいだな」
ドンカイの解説を継いで、セイメイが雑にまとめた。
自らの才能に頼り切った者、有能ゆえ努力を知らぬ者、天才と持て囃されあぐらをかいてきた者……そういった者たちは初めての苦難で折れやすい。
──心の柱をボキリと折られる。
鼻高々に掲げてきた天狗の鼻をへし折られるのだ。
「折れた心から再起する精神力がある者ならば、己が才能を見つめ直すことで更なる高みを望めることじゃろう……だが、得てして才能だけの者は心が弱い。折れた心は折れたまま、再起など夢のまた夢じゃ」
「プトちゃん、ジン坊やチビたちと一緒に散々シゴかれただろ?」
セイメイに言われたプトラは苦い記憶に顔を顰める。
穂村組との騒動が本格化する前──。
時間が意味を成さない異相空間でツバサが先生となり、LV900を超えるまで猛特訓させられたのを思い出したのだろう。
「剣豪さん、嫌なこと思い出させるし……あれトラウマもんだし」
「でも、ちったあ耐性ついたんじゃねえか?」
苛酷、困難、難関、土壇場、修羅場、地獄、悪夢……。
そういった状況に置かれても立ち向かう根性。何としてでも生き延びようとする気概。絶体絶命であろうとも決して諦めない精神力。
「才能だけの天才ってのはそれがない。有能だから辛さや苦しさを感じることなく、先へ進んじまうからな。そいつが挫折の引き金になっちまうんだよ」
苦労の階段は一段一段踏みしめるもの。
「ズルしてエスカレーターやエレベーターに乗ってみろ、心の足腰が鈍って踏ん張りが利かなくなる。生きる死ぬかの境界線で踏み留まれなくなるのさ」
若いうちの苦労は買ってでもしろ。
「年寄りはそれを知ってるからこの繰り言を繰り返す。ま、おれもそうだが若いうちは気力体力精力と漲ってるからな。才能もありゃあ聞く耳なんて持たねぇ」
結果があのざまさ、とセイメイはホムラに哀れみを向けていた。
だからツバサはプトラたちを瀕死に追い込んだ。
死を予感させるまで追い込み、追い込まれたプトラたちが「死にたくない!」という生存本能を刺激され、本気で抗うまで徹底的に追い詰めた。
全身全霊からの本気、へこたれない根性、諦めない精神力。
すべてはこれらを養うための苦行である。
「本気と書いてマジと読んでる輩なんざ、総じて雑魚よ」
本気は本気だ、とセイメイはにべなく告げる。
「全身全霊全神経、自分のすべてを絞り出すまで本気を出さねぇと生き残れないところまで追い込まれただろ? だからLVアップできたのさ」
達人の領域であるLV900まで──。
「……それ、わしもやられたぜよ」
ダインがうんざり顔で話に参加してきた。
ツバサの子供を名乗る中で最年長のため、長男として他の兄弟姉妹の手本になるようにと、ツバサからLV999になるまで稽古をつけられたのだ。
地獄にも勝る修行の日々を思い返して疲れたように項垂れている。
「ダイちゃんだけじゃないッス……ウチもやられてるッス」
釣られて新妻気取りのフミカも挙手をする。
こちらも子供の中では年長組なので稽古の理由はダインと同じだ。
プトラやダインにフミカだけではない。それより下の子供たちは元より、果てはクロコまでツバサによる猛特訓の餌食になっていた。
……ツバサによれば「クロコだけはずっと恍惚としていた」らしい。
ご愁傷さまだな、とセイメイは他人事のように笑った。
「おれや親方も修業時代はやられたもんさ」
セイメイは久世一心流を継ぐはずだった伯父の手で殺されかけた。
ドンカイは付き人を務めた横綱に相撲流の可愛がりを受けた。
一度や二度ではない、何度も繰り返し殺されかけた。
俺は強い──その自尊心を徹底的に折られたのだ。
「不屈とは折れたことがないものをいうのではない。折れてなお、立ち上がる者をいうのだ……誰の言葉じゃったかな」
ドンカイが恩師ともいうべき横綱に聞かされた言葉だ。
その横綱は「受け売りだ」と言っていたので、元ネタがあるらしい。
「強さへの自尊心をへし折られようとも、そこから奮起することができる者。自らの弱さを噛み締めながら才能を伸ばせる者こそが……」
真の達人となるんじゃ──ドンカイは結んだ。
「小言を並べられても、現代っ子には実感湧きませんよ」
ツバサの声がドンカイの耳朶を打った。
振り返れば、ツバサがミロを連れてハトホルフリートの甲板へ戻ってくるところだった。その後ろでは万魔殿が再び動き出そうとしていた。
才能の落とし穴について語っている間に、穂村組との簡単な打ち合わせが終わったようだ。万魔殿は現れた時のように空へ舞い上がった。
深海を泳ぐ大王イカ、海の魔物クラーケンを思い出させる。
攻め込んできた時よりもあからさまに衰えた勢いで、名残惜しそうに万魔殿は帰っていく。本拠地はここより北の溶岩地帯だという。
穂村組との話し合いには聞き耳を立てていたが、口出しするような項目も見当たらないので、ドンカイは敢えて触れなかった。するとツバサは、話題になっていた「才能の落とし穴」について言及する。
「才能のあるなしに関わらず、死ぬ目に遭うほどの絶望的状況に陥れば、人間否応にも本気にならざるを得ない……真価はそこで発揮されるもの」
内容はそこから波及したものだった。
「そんなわけで実地で味わせてやる。子供たちにはこれで満足してもらうつもりはない。俺たち同様、全員LV999になってもらうぞ」
これは決定事項だ──ツバサはそう言い渡した。
当然、子供たちは真っ青になる。
LV900越えの荒行を体験しているから尚更だろう。
「プトちゃん? プトちゃーん!? プトちゃんが卒倒したッスーッ!?」
直立不動で倒れたプトラをフミカが介抱していた。
「マリナ姉上も泡を吹いて目を回したでゴザル!?」
戦闘系ではないマリナもツバサの修行は堪えるのか、円らな瞳をグルグル回して口から泡を吹いていた。幼いジャジャが必死に支えている。
「珍しく静かだと思ったら……イヒコが燃え尽きてる」
ヴァトの隣では、イヒコが灰のような表情で固まっていた。
「鬼母! 悪魔ママ! スパルタオカン! あたいら殺す気だし!?」
「センセイ! 可愛い娘にはもっと手加減で甘えさせてください!」
「LV900超えじゃダメなんですか!? あの地獄おかわりですか!?」
プトラ、マリナ、イヒコは立ち直ると同時に「もう修行は勘弁してください!」と泣きついたが、ツバサは母心を鬼にして言い聞かせる。
「大丈夫、イケるイケる、楽勝楽勝」
「「「かつてない軽い調子で流された!?」」」
ツバサらしからぬ物言い、娘3人はそこにショックを受けていた。
腰に抱きついて胸に顔を埋めて離れない、いつもより全然大人しいミロの機嫌を直すように撫でながら、ツバサは説得めいた口調で言い聞かせる。
鞭を振るった後で飴を与えるように──甘い声で。
「おまえたちは俺の本気に等しい全力攻撃から、曲がりなりにも何度となく生き延びているんだ。首の皮一枚の生命力だろうと、俺の全力全開を凌いだのは本物の本気を引き出せたからこそ……もう一度、その本気を出せばいい」
だからこそ、LV900を超えられたのだ。
その本気を今一度振り絞り、今度はLV999を目指せばいい。
「──な? 簡単だろ」
「「「「「もう一度死ねと仰るか! このオカンは!?」」」」」
地獄を上回る荒行を思い出した子供たちは、全力でツッコんできた。
ジャジャ、イヒコ、マリナ、フミカ、プトラの5人である。
これに参加しないのは約2名──。
「わし、通り過ぎた道じゃからな……」
ツバサの子供たちでミロに次いでLV999になっているダインは、姉妹たちに同情しつつも、自分の体験した地獄の日々を渋い顔で回想していた。
「お母さ……師匠と同じLV999になれる……ッ!」
一方、ヴァトは俄然やる気だった。
家族からは『孫悟空の生まれ変わり』とか『向上心の化身』とか『ツバサさんのお気に入り№2』とか『齢10歳にしてマゾ気質』などと色々言われているが、ツバサの修行に喜ぶのはこの少年くらいのものだ。
ブーブーと子豚みたいに文句の泣き声を上げる子供たち。
ツバサはミロを撫でつつ、もう片方の手で「まあまあ」と制した。
「LV999になってもらうのは、なにも子供たちだけじゃない。四神同盟のプレイヤー全員だ。ミサキ君やアハウさんにクロウさん、彼らから伝達事項として説明されているはずだからな。ジンも変態なのに頑張っていただろ?」
『俺ちゃん守護神になるの──エルフちゃんたちの!』
人外娘、取り分けエルフを愛するジンは、イシュタルランドで暮らす彼らを守るための力が欲しいと、工作者ながらLV999になったのだ。
動機は不純な気もするが、本気のやる気は買ってやりたい。
「まあ、みんな異相空間での修行でLV900を超えたばかりだ。またすぐに修行とは言わないが……その日が来ることを肝に銘じて、自主的なトレーニングを怠るなよ? お母さん、ちゃんとチェックしてるからな」
ツバサは意地悪そうな笑顔で目を細めて──。
「──誰がお母さんだ!?」
「「「「「自爆しといてキレないでお母さん!?」」」」」
いつもの決め台詞で吠えると、また総ツッコミを貰っていた。
子供たちがこれだけ賑やかに騒いでいるというのに、端から見ていたドンカイはいまいち盛り上がりに欠けるという印象を受けていた。
それもそのはず──ミロが参加していないのだ。
怒りに燃えるホムラを、かつてないほど冷静に一蹴したミロ。
その勝利を手柄にしてツバサに賞賛を求めるでもなく、恐い夢を見て脅える幼児のように、ツバサに抱きついたまま押し黙っていた。
家族も一様に、不安を織り込んだ不思議そうな顔で見守っている。
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ハトホル国の我が家──応接間。
穂村組との悶着が一段落ついて、ホムラの降伏宣言とバンダユウの丁寧な対応もあり、血を流すことなく解決に向かう気配を醸していた。
祝勝会というには、ちょっと気が早い。
それでも無事に解決しそうなのと、久し振りに四神同盟に属する全員が集まったのもあって、軽めの宴会でお祝いすることになった。
会場は我が家の応接間。全員集合しても余裕がある広間だ。
……ダイン、こっそり拡張してないか?
ともかく、いつもは家族が寛ぐスペースを簡易的な宴会場にダインとジンが組み替えると、クロコとホクトがたくさんの宴会料理と飲み物を用意してくれた。
いつもなら料理の支度にはツバサも加わる。
しかし、今回はとある理由から休ませてもらった。
乾杯の音頭を済ませると、みんな思い思いの飲み物を片手に立食パーティー形式で宴会を楽しんだ。陣営の垣根を越えて交流を深めている。
「あの……ミ、ミサキさん! 今度、お手合わせお願いします!」
ミサキの前に立ったヴァトは、深々とお辞儀する。
ヴァト・アヌビス──ハトホル一家の次男にしてツバサの一番弟子。
ツバサの強さに憧れて(あと爆乳巨尻に見惚れて)アルマゲドンを始め、こちらの世界に転移してきた後、紆余曲折を経てツバサの息子(本人は恥ずかしがって弟子と言い張るが)になった10歳の男の子だ。
その性は獰猛にして愚直──しかし大器の片鱗を覗かせている。
そんな彼が真面目にミサキへと願い出ていた。
ミサキ・イシュタル──イシュタル陣営の代表でツバサの生徒。
……正直な話、ミサキが一番弟子でヴァトを二番弟子と呼びたいのだが、愛弟子溺愛おじさんなレオナルドが「俺の弟子を奪うな!」とガチ切れするので、ツバサはミサキに合気の手解きをした先生という立場に甘んじている。
いつか、必ず、愛弟子にしてやる……!
ミサキはツバサ同様『内在異性具現化者』のため、現実では17歳の男子高校生だったが(同級生のジン曰く「ビックリするほど女っぽい美少年」)、真なる世界ではナイスバディの戦女神になっていた。
愛らしい二番弟子が可愛い生徒に稽古を求めている。
2人を育てているツバサは、その光景をほっこり見守っていた。
ダインやフミカにプトラといった同年代たちとテーブルを囲んでワイワイやっていたミサキは、突然の申し出に驚いている。
「手合わせ……するのはいいけど、オレはツバサさんより全然弱いよ?」
ミサキは人差し指で頬をかいて苦笑した。
こういう奥ゆかしさもミサキの可愛いところだ。
実のところ──同じLV999でも実力の差はちゃんとある。
LV999になるとLVアップこそできなくなるものの、まだ各種パラメーターを上昇させることはできるのだ。ただし、1つのパラメーターを1つ上げるためにも途方もない量の魂の経験値を要求されてしまう。
それは──LV999に必要とする量に匹敵した。
パラメーターを比較すれば、ミサキはツバサよりもまだ数段劣っている。
そこは先生としての意地もあるため、ツバサも精進を怠れない。
「でも、僕よりは全然強いです!」
ヴァトは顔を持ち上げると、一生懸命に訴えた。
「お母さん……いえ! 勿論、師匠にも鍛えてもらってますが、やっぱり色んな人とたくさん戦って、いっぱい経験を積まないといけないと思って……この間の穂村組の人との戦いで思い知ったんです……だから、お願いします!」
「それで、一番最初にオレを選んでくれたのか」
光栄と思っていいのかな、とミサキは照れ臭そうだった。
「LV999で一番年が近いからじゃないッスかね」
フミカがドリンク片手に自分なりの考察を上げた。言葉の裏では「ウチの可愛い弟のお願いを聞いてやってほしいッス」という思いやりがある。
「ウチの母ちゃんより弱いとか謙遜せんで、ちっくと胸を貸しちゃってくれ。ワシの弟なんじゃから、お宅んジンの弟分みたいなもんぜよ」
大ジョッキでコーラを煽るダインもミサキに頼み込む。
ダインとジンは工作者仲間、お互いを兄弟といって憚らない。
ちくっと乱暴な理論で結びつけようとした。
「いいじゃない、小さな子に胸を貸すくらい」
ヤキモチ焼きの私でも許すわよ? とハルカは恋人をからかう。
ハルカ・ハルニルバル──ミサキの恋人だ。
緑色の髪に桜色の衣装を愛用している。春香という本名を表現したファッションを好む、服飾系に優れた召喚系魔法が得意な少女である。
ツバサとミロのようにTS百合みたいな恋人関係かと思われがちだが、ミサキは持ち前の過大能力のおかげで一時的に男に戻れるため、ニュートラルな恋愛関係を築けている……と聞いていた。
ミサキは3人掛かりで説得された気分だろう。
チラッ、と見れば期待に瞳を輝かせたヴァトが見つめている。
その眼差しに相通ずるものを見出したらしい。
ミサキは気の抜けた息をつくと、仕方なさそうに微笑んだ。
「わかった……オレで良ければいつでも相手してあげよう」
「あっ、ありがとうございますミサキさん!」
ヴァトが前屈みたいなお辞儀で感謝したのは言うまでもない。
一方、窓に面した床にいるのは──。
「メイド人形ちゃ~ん、こっちに焼酎ストレート追加ね~!」
「こっちはバーボン、ロックでちょうだ~い!」
セイメイと拳銃使いバリーの呑兵衛コンビだった。
給仕役として応接間に何人も配備されているメイド人形を呼び止めては、次から次へとアルコールの注文を繰り返していた。どんなに強い酒でも5分足らずで飲み干してしまう。
黒衣の剣豪とテンガロンハットのガンマンは、床にあぐらをかいて互いの肩に手を回してゲラゲラ笑いながら、浴びるように酒を聞こし召していた。
上機嫌な酒乱コンビに呆れるも甲斐甲斐しい2人。
「セイメイ、お酒好きなのは知ってるけど、もうちょっと楽しんで飲みなよ」
「アンタもペースを落としなさい。いくら神族でも肝臓が危ないわよ」
セイメイの妻であるジョカと、バリーの奥さんであるケイラだ。
片や起源龍の化身であるジョカは、身長2mの美少女という規格外のボディを宙に浮かせてセイメイに寄り添い、片やケンタウロスの女性というケイラはその巨体を旦那のバリーで押し付けて、酒を控えるように説教していた。
彼女もまた、現実とは大幅に異なる肉体になってしまった1人だ。
真なる世界への転移後は馬となった下半身に苦悩し、「もうお嫁に行けない……」的なことで嘆いていたら、バリーが「オレがもらってやる」的な発言をし、普段の態度からは想像もつかないほど紳士的に慰めてくれたらしい。
これが──バリー夫婦の馴れ初めだった。
「……だけどよぉ、ウチのかみさんツンデレなもんだから、人前でこの話するまでもなく、いつも俺への辺りがキツいこと強いこと……ほら来た!」
「酔った勢いで恥ずかしいことほざくんじゃないの!」
ケイラは馬の膝でニーキックを放つ。神族でなければ即死する。
バリーたちの夫婦漫才にセイメイは受けていた。
「いいじゃねえかツンデレ! ウチの嫁さんなんて従順すぎるくらいだぜ。そこがまた可愛いんだけど、たまにゃ鋭いツッコミを期待しちま……痛ぅッ!?」
「え、こんな風に時たま蹴ればいいの?」
ジョカは本当に素直な娘だ。
セイメイの言葉を真に受けたジョカは、言うが早いかケイラを真似して空中から膝蹴りを敢行。セイメイの横っ面を蹴り飛ばす。
それを見て、今度はバリーが顎が外れそうなくらい笑っていた。
一方、キッチン近くのテーブルでは──。
「では、しし君……いやさ、レオ殿とは何もないのだな?」
「何もありませんってば、カンナ先輩……現実にいた頃はまだ普通の男だったわけだし、真なる世界に飛ばされてからレオ先輩と再会したのは、ツバサ君たちを経由してなんですからから……」
白銀の女騎士ことカンナに詰め寄られ、マヤムが困り果てていた。
タイザンフクン陣営のクロウ付きGMだったカンナは、レオナルドの部下の1人である。かつてはクロコやアキと一緒くたにされ、レオナルドにご執心な問題児娘の集まり“爆乳特戦隊”と社内で揶揄されていたという。
クロコやアキもレオナルドにホの字だが、カンナの恋心は根深い。
なにせ生家が隣同士の幼馴染み、ひょっとすればツバサとミロのような関係になってもおかしくはない間柄だったのだ。
カンナの前で「幼馴染みは負けヒロイン」は禁句である。
このためカンナはレオナルドへの愛執をこじらせており、彼に近付く女は誰彼構わず警戒……いや、敵視してかねないのだ。
なので、マヤムがターゲットにされるのも仕方ない。
「本当にもなかったのだな? そんな愛らしい女神の身体になっても!?」
「何もないですってばぁ! 本当にしつこいんだから……」
カンナのいつ果てるとも知らない追及に、マヤムは泣きそうだった。
かなりお酒も入っているので絡み酒らしい。
マヤムは今でこそ文系の物静かな美少女魔道師だが、現実世界ではレオナルドの後輩で立派な男性社会人だった。
しかし、生まれついて華奢で小柄。おまけに愛らしい女顔。
当人もそれを幸運と受け入れていたそうで、幼年期に芽生えた女性化願望も手伝って、女装癖があったと白状している。
それが尾を引いたらしい。
アルマゲドン時代にGMを務めながら、こっそり自分のアバターを女性へ性転換させたため、その姿のまま真なる世界へ転移させられてしまったのだ。
この結果、彼女となったマヤムは……。
「カンナ先輩カンナ先輩、マヤム君はもう人妻ッスから無問題ッスよ」
「アハウ様との愛欲にまみれた蜜月は報告を受けております」
本人が打ち明ける前に、他の爆乳特戦隊がネタばらしをした。
レオナルドとともにイシュタルランドに属するGM。元は引き籠もりニートでハッカーの真似事をしていた、フミカの実姉でもあるアキ。それとアルマゲドン時代からツバサとミロのストーキングをしていた変態メイドのクロコだ。
マヤムは(勢いとはいえ)アハウと男女の関係を持った。
アハウも(勢いとはいえ)それを認め、責任を取ると約束した。
なので──この2人も夫婦関係にある。
クロコとアキは、先輩であるカンナにこの話を懇切丁寧にした。
彼女たちもお酒が入っており、ほろ酔い気分。
3人の爆乳特戦隊は酔っ払いと化していた。3人掛かりの絡み酒となってマヤムを取り囲むと、三方から乳の圧力で押し潰そうとする。
「なんと、女になって間もないのに夫がいるとは……羨ましい!」
「号泣するほどですか!?」
「未だにレオ先輩に振り向いてもらえない女の情念舐めるなッスよ?」
「僕には関係な……爆乳押し付けないで!!」
「いやいや、そこは元男の子として我々のパフパフを甘受すべきでは?」
「クロコ先輩はエロならなんでもいいんでしょ!?」
おっぱい羨ましいけど恐い! とマヤムはおっぱいの中心で絶叫した。
妻のピンチだが──アハウは見守るに留めていた。
正確にいえば、手も口も出しづらいようだ。
端から見ていると会社の同僚たちが親睦を深めているようでもあり、嫉妬に駆られたお局軍団が後輩を弄んでいるようにも見えるし……マヤムも本気で泣きが入っていないので、アハウから助け船も出すのも躊躇いがあるようだ。
そんなアハウの肩をポン、とクロウが骨だけの手で叩く。
アハウが眉を八の字にして助言を求めるように振り向けば、クロウは人生の先達として無言のまま首を左右に振るジェスチャーで答えた。
あれは放っておきなさい、という意味である。
大人たちは酒が入って騒々しさが過熱するが、10歳児ばかりの幼年層や高校生が多めの若年層は思ったより静かだった。
こんな時、はしゃぎたがるお子様軍団の面倒は、子育てや子守に効果を発揮する“乳母神”という技能を持つツバサの十八番だが訳あって動けない。
本日は、筋肉メイドのホクトと何でも屋のジンに任せている。
ホクトの筋肉による圧迫感に子供たちは気圧され、ジンも子供の相手が上手いので即席保育園はなんとか機能しているようだ。
子供たちが騒がない理由は、ツバサが動けない理由にもなっていた。
──ミロが大人しいのだ。
かつてない冷静な振る舞いでホムラを瞬殺したミロ。
戦いが終わった後、ツバサに抱きついたまま一言も喋らない。多少はセクハラこそしてきたものの、いつもの元気さやエロさは皆無。ツバサの爆乳に埋めた顔を覗いてみれば、物憂げなようでいてふて腐れているようにも見えた。
落ち込んではいない──機嫌が悪いだけらしい。
宴会が始まる前からツバサに抱きついて離れず、仕方なしに宴会の準備をクロコたちに任せて、ツバサはミロを抱いたままソファで休ませてもらったのだ。
愚図る大きな赤ん坊をあやしている気分になる。
ミロは落ち着きなく姿勢を変えるものの、ツバサの腰やお腹や乳房に縋りついて離れようとせず、また一言も口を利こうとはしなかった。
──ミロには煽動者の才能がある。
悪い意味で働くと群衆を焚きつけて反乱やテロを起こさせかねない危険なものだが、日常的には宴会やお祭りといったイベントを華やかに盛り上げるエンターテナーとして優れていた。
エンターテナーが沈黙すれば、場は盛り上がりに欠ける。
いつも一緒に遊んでくれるミロの様子がおかしいので、子供たちは暇さえあれば心配そうにこちらを見つめている。大人たちは飲めや唄えやで騒いでいるが、ミロの状態が気に掛かるようだ。しかし、敢えて触れようとはしない。
黙って見守る──こんな時、慰めは逆効果だ。
殻に閉じ籠もるにも似たミロの頑なな態度から、そう判断したらしい。
それでも詮索してくる者はいるものだが……。
「ツバサ君、ミロ君──少しいいかな?」
ウィスキーのグラスを片手にレオナルドが尋ねてきた。
知らないことやわからないこと、そういったものを根掘り葉掘り知りたがる詮索癖を公言するこの男。質問するのは禁忌と知りながらも、ミロの琴線を全力で弾くと予感しながら、生まれ持った性癖は抑えられないようだった。
「ミロ君の名字を口にするのはタブーだということは、アシュラの頃からツバサ君に聞いていたし、地雷を踏むようなものだと重々承知だが……ホムラ君との確執を見た限り、この場で問い質しておきたい」
極めて真摯に──慮る口振りで訊いてくる。
「ひょっとして……ミロ君はあの君原グループの縁者なのかな?」
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