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第12章 仁義なき生存戦略

第299話:組長ホムラとの対面

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 話は少し前──穂村組ほむらぐみに関する四神よんしん同盟の会議までさかのぼる。
(※第276話参照)

   ~~~~~~~~~~~~

「──穂村組を丸ごと手に入れよう」

 レオナルドは決定事項の如く提言してきた。

 ナチスのエリート将校を思い出させる、鎧の如く豪奢ごうしゃな軍服とロングコートに身を固めた長身の青年。ヤマアラシの如く荒れ放題の黒髪を無理やりオールバックに撫でつけ、甘いマスクは強気な自信に満ちていた。

 銀縁眼鏡を輝かせ、唇には皮肉をまとわせている。

 薄い笑みを湛えたレオナルドは、不意にそんな話を持ち掛けてきた。

 ツバサ、ミサキ、アハウ、クロウ──4人は意見をまとめた。

 穂村組が三下を負かされた件で報復戦を仕掛けてきたら、四神同盟が総力を挙げて叩き潰す。その際、奴隷にされた現地種族は1人残らず助ける。

 これが四神同盟の総意として議決されたものだ。

 会議を終えた後、緊急とはいえ各陣営の代表が集まったのだからと、お昼の会食が催された。ツバサ、アハウ、クロウ、イシュタル陣営からはミサキと参謀であるレオナルドの2人。計5人で部屋を移って食事会となった。

 献立こんだてはミサキの「和食が食べたいです」という10代の少年とは思えないチョイスに異議なしということで、刺身や天麩羅てんぷらといった和食御膳が用意された。

 調理と配膳はクロコに任せた。

 クロコがレオナルド絡みで多少暴走したが、いつものことなので日常茶飯事として適当に流すと、御膳に舌鼓を打ちつつ軽い飲酒もたしなむ。

 和やかな会食の席の最中、唐突にレオナルドが提言してきたのだ。

 ──穂村組を丸ごと手に入れる。

 突拍子もない発言に皆が目を丸くしたのは言うまでもない。

 特大海老天を頬張っていたミサキは尾っぽを口にくわえたまま立ち上がると、隣に座るレオナルドへ近寄る。

 まず生え際が怪しいレオナルドの額に手を当てる──平熱らしい。
 次に銀縁眼鏡をずらすと瞼を開いて瞳孔どうこうを確認──正常のようだ。
 最後に箸を持っていた右手を取って脈を測る──こちらも異常なし。

 一通り検診を終えたミサキは報告する。

「──平常運転いつもどおりです」

「「そいつは大変だ!!」」

 アハウとクロウは声を揃えて魂消たまげた。

「どういう意味ですか!? ミサキ君までなんだね!?」

 自分を発した言葉を「錯乱したの?」と捉えられたレオナルドは心外そうに声を上げた。実際、不意打ちすぎて全員の注意こそ引けたものの、額面通りに受け取るには「???」とハテナマークが並ぶ。

 ――穂村組と全面戦争になるかも知れない。

 その会議後の会食の席で、いきなり「穂村組を手に入れる」なんて発言をすれば、正気を疑われても仕方なかろう。

 ただ、ツバサはなんとなく親友の意を察した。

「おまえ、また小賢しいこと考えてるだろ?」

 ミサキ君を試した時みたいに、と過去をつつく。

 あれは本人にしても台失敗だったらしく、レオナルドは口をへの字にした。

「小賢しいとは酷いな。策を練るのは参謀の仕事だよ」

 気を取り直してレオナルドは勝ち気な笑みで返してくる。

 真なる世界ファンタジアへ転移されて間もない頃──。

 ミサキは親友のジンや恋人のハルカ、それに妹分となったカミュラたちと一緒にエルフやドワーフの難民を助け、村を建てていた。

 愛弟子ミサキが可愛くてしょうがないレオナルドは、「ミサキ君の資質を見極める」とか理由を付けて、彼の成長ぶりを確かめようとした。

 具体的に何をしたかといえば──襲撃した。

 現地種族のオークの集団を武具が使えるくらいに指導した後、ミサキ君に怨みを持つ三流プレイヤー集団を言葉巧みに誘導し、彼らを率いてミサキ君の集落を襲ったのだ。これにミサキ君がどう応戦するか? 最終的には直接ぶつかり、愛弟子の成長を肌で感じようとしたらしい。

 結果──完敗したという。

 オークたちはジンの即興トラップで無力化して無事保護、レオナルドの甘言に唆された三流プレイヤー軍団はミサキの手によって永久封印。レオナルド自身はミサキが覚醒した3つめの過大能力によってコテンパンにされたという。

 ツバサは子供たちの手前、下品な態度は取らない。

 だが、レオナルドと差しで呑んでいてこの話を打ち明けられた時ばかりは、お腹を抱えて大口を開けて笑い、笑いすぎて涙目になりながら「ざまあw」と指差して笑ったものだ。正直、いい気味だと思っている。

 事情があったとはいえ、断りもなく行方知れずになった罰だ。

 ミサキは鬱になりかけるほど心配したし、ツバサだって数年来の親友だから八方手を尽くして探した。ドンカイなどミサキやツバサに相談されて、有名人ならではの伝手つてを駆使して探してくれたのだ。

 笑われるのも迷惑料みたいなものである。

 しかしまあ──レオナルドは満足しているらしい。

 ミサキの資質も見極められたし、ミサキを真なる世界ファンタジアを導く神々の王に育てるという人生設計もできた。そのために自ら参謀に名乗り出たくらいである。

 若君のために尽くすじいやの気分なのだろう。

「……また、オレへの試験みたいなこと企んでるんでしょ?」

 席に戻ったミサキは海老の尾っぽをパリポリ噛み、ジト眼で師匠を見据えた。試すとはいえ、襲撃されたことは根に持っているそうだ。

 と言っても──恨んでいるわけではない。

 レオナルドが「私にいい考えがある!」と言わんばかりに計略を練り出したり、他愛ない悪巧みをする時に茶化すネタにしているのだ。

 愛弟子ミサキに睨まれたレオナルドは懸命に弁解する。

「た、企んでいるだなんて人聞きが悪いな」

 若干、狼狽うろたえているっぽい。

 この男、愛弟子ミサキに嫌われるのを何より恐れていた。

「あれは……そう、必要な演出だったんだよ。師匠と弟子の劇的な再会を狙ったというか……そ、そもそもだ、何のアクシデントもなくすんなりミサキ君の前に現れて『部下にしてほしい』とか、そっちの方が怪しさ満点じゃないか」

「どっちみち、レオは悪人面だから怪しいけどな」
「火の玉ストレートすぎるだろツバサ君!?」

 ツバサは目を細めると歯を見せるようにニヤニヤ笑い、レオナルドを冷やかしてやった。サービスで爆乳をわざと揺らしてやる。

「そうそう、レオさんは“ザ・ラスボス”って顔ですからね」
「ミサキ君まで気にしていること言わないで!?」

 ミサキもツバサと同じようないやらしい笑顔を浮かべると、ポージングまで真似してLには及ばないもののHカップの巨乳を見せつけた。

 爆乳と巨乳の板挟み、レオナルドは眉を八の字にすると両手で頭を抱えて項垂うなだれてしまう。悪人面は本人も自覚があるのか傷付くようだ。

「親友のおっぱいと弟子のおっぱいが……おっぱいが俺を責める……」

「「誰がおっぱいだ」ですか」

 ツバサとミサキは胸を震わせてツッコんだ。

 どこぞの戦闘民族の王子みたいな頭を抱えていたレオナルドだが、そのまま頭をブルブル振り回すと、捲土重来けんどちょうらいの勢いで巻き返してきた。

「……いやいやいや! 俺の発案した作戦が上手くいったケースもあったじゃないか! スプリガン族と一緒にミ=ゴ艦隊を撃破した時とか!」

「あれは上手く行ったな」

 スプリガン族と出会った時の出来事だ。

 彼らを付け狙うミ=ゴという蕃神の軍勢と戦ったのだが、人類を裏切って蕃神ばんしんのアドバイザーをしていたナイ・アールというGMの性格をレオナルドは読み取り、いくつかの策を巡らせて罠に落とし込んだ。

 結果、スプリガン族を1人も失うことなく大勝利を収められた。

 あの戦いでのレオナルドの功績は大きいと言えるだろう。

 だからこそ、ツバサも素直に認めた。

「……で、穂村組をめる手でも思い付いたのか?」

 ツバサが先を促すと、レオナルドはいつもの調子を取り戻そうとする。

 無理やり不敵な笑みを浮かべるもぎこちない。

「そう胡乱うろんな眼で見ないでほしいな。策略というほど練ったものではないし、軍略というほど勿体もったいつけるものでもないんだ。一連の流れを考慮こうりょするに、我々が一手を指せば王手どころの話ではないと閃いただけさ」

 王手飛車角取りどころか──すべての駒を手中にできる。

「そんな美味しい話があるものか?」

 ツバサほどではないが、アハウはいぶかしげに眉根を寄せた。

 本気を出せば鳥獣の王のような姿になれるのだが、今日は会議に合わせて人間に近い姿をしているアハウ。毛むくじゃらの獣人に紳士的な眼鏡をかけて、甚平じんべい姿で寛いでいた。御膳を摘まみながら、静かに果実酒を味わっている。

 アハウは酒好きだ。飲み口のいい爽やか系が好みらしい。

「レオナルド君の意見を真に受ければ、穂村組を四神同盟に参加させるどころか、我々の麾下きかというか傘下さんかというか……軍門に降らせるように聞こえたが」

 こういう時、アハウは誰よりも慎重派だった。

 以前、狂的マッド科学者サイエンティストのナアクという男を迎え入れたため、大切な仲間を何人も失うという苦い経験があるため、慎重にならざるを得ないのだ。ツバサも家族のためには用心深くなるので共感することができた。

「仰る通りです。穂村組を四神同盟われらの軍門に降らせます」

 アハウの問い掛けにレオナルドは肯定した。

「軍門に降らせる……聞けば喧嘩上等な不良の集団です。力と強さを信条とする彼らを服従させる手立てがあるのですね?」

 クロウは山葵わさびを刺身で包むと一口で食べて、辛めの日本酒をお猪口ちょこでキュッーと煽った。クロウはザルというほどではないが酒豪である。

 以前そのことに触れたら「肝臓ありませんからね!」と笑顔で返された。

 骸骨紳士一流のスカルジョークらしい。

 今日はいつも通りの紳士服だ。多少、デザインに燕尾服っぽいところが見受けられるが、そこはホクトのデザインかつコーディネイトだろう。

「教師生活25年、悪ガキの集まりにはそういう『力こそパワー』とか、『力こそ正義』とこれ見よがしに暴力をアピールする者もおりましたが……この手の生徒を説き伏せるのは骨が折れましたよ」

「教育現場では致し方ないことでしょう。長年、名教師として問題児たちを矯正されてきたクロウさんの仕事ぶりには尊敬の念を禁じ得ません」

 レオナルドはクロウの経験を偲ぶように尊んだ。

「懐かしき昭和の時代でさえ、いうことの聞かない生徒に体罰をすれば問題となりましたからね。中途半端に利口な悪餓鬼わるがきどもの調教ともなれば尚更です……しかし、この世界は教室でも教場でも学校でもない」

 謂わば無法地帯ノーマンズランドです──レオナルドは断言した。

「無法の地にも秩序は必要です。僭越せんえつながら、力ある我々が音頭おんどを取って四神同盟を結成し、何もない荒野に秩序を布きつつあります」

「その力を見せつける、ということですか?」

 レオナルドの話を次ぐようにミサキが言葉を継いだ。

 愛弟子の理解力をレイナルドを喜んでいた。

「その通りだ──力こそが正義、この単純明快な論理が穂村組の道理ならば、合わせてやればいい。今の我々ならばそれが叶うのだから」

 レオナルドは食べ終えた御膳を片付けさせると(使った箸をクロコがポケットに仕舞い込んだのは見なかったことにする)、指を組んで顎を乗せた。

 そのポーズのまま理路整然と語り出す。

「先ほどお話ししました通り、我がイシュタルランドは穂村組の構成員に襲撃されました。これはミサキ君と俺で撃退しましたが、『勝つまでやる』と公言する穂村組が、今日こんにちに至るまで報復してきておりません」

 これは何故か? とレオナルドは問い掛けるように言った。

 その答えを自ら切り返してくる。

「穂村組にはいないんですよ──LV999がね」

 ──千鉄鞭せんてつべんジャンゴと盾乗りシールダークレン。

 そう名乗る兄妹が穂村組の下っ端21人を引き連れて、マーメイドを連れ去ろうと戦闘を仕掛けてきた際、ミサキとレオナルドは見慣れぬ武具を使う彼らに多少は手こずったものの、難なく退けたという。

 彼らとの問答で「てめえLVいくつだ!?」という話題になったので、ミサキがLV999だと明かすと、兄妹は卒倒しかけたらしい。

 未知なる脅威に出会したかのような狼狽うろたえ方だったそうだ。

「我々をLV999だと知った途端にあのリアクション、以後はろくに戦わず及び腰の逃げ腰、イシュタルランドの位置を把握しているにもかかわらず今日まで報復の音沙汰なし……これらの情報から導き出せる推論すいろんはひとつ」

 穂村組にはLV999に到達した者がいない。

 恐らくLV900を超えた者はそれなりにいるし、LV990台が見えてきた者も少なからずいるのだろう。だからこそ、LV999の恐ろしさを否応にも予感してしまい、下手へたを打てない状況に陥っているのだ。

「皆さんもご存知の通り、LV900を超えると1LVの差が決定的な実力差となります。それこそ天と地ほどの差が……これを覆すのは容易ではありません。飛び越えられない絶壁も同然です。穂村組の組長や幹部が高LVならば、痛いほどわかっているはず……我々にリベンジマッチを挑めばどうなるかもね」

 中途半端な強さの構成員など送るだけ無駄。

 部下がやられたケジメをつけるために幹部クラスが出張ったとしても、その喧嘩でボロ負けすれば目も当てられない事態に陥る。

 ましてや組長まで出陣しようものなら──言わずもがなだ。

「彼らは徒党を組んで戦うことはないようだね?」

 アハウは素朴な疑問をぶつけてきた。

 ヤクザ者は報復となれば複数人で責め立てることを平気でする。

 いわゆる“出入り”ともなれば軍団で殺到するはずだ。

「穂村組に限っていえば滅多にありません。彼らは個々における戦闘力至上主義、群れて相手を倒すなど弱者のやることだと鼻で笑うでしょう」

 時と場合によりますが、とレオナルドは意味深長に付け加えた。

「……数年前、裏社会にある噂が飛び交いました」

 穂村組が壊滅寸前──という風聞ふうぶんだ。

 これを聞いたツバサは「はて?」と眉を曲げた。

 大きな暴力団同士の抗争に巻き込まれたとか、海外マフィアとの勢力争いで組員を使い潰したとか、様々な噂が流れたが真相は定かではない。

 根も葉もない噂になると、「伝説のスーパーサイヤ人にやられた」とか「地上最強の生物に蹂躙じゅうりんされた」などと、たった1人の凄まじく強い武道家の手によって組を滅ぼされかけたという噂まであるらしい。

 これを聞いたツバサは「んんん?」と首まで傾げてしまった。

 確かなのは──穂村組の7割が病院送りにされたこと。

 4割の組員は全治半年以上、2割の組員は再起不能、1割は失踪……。

 この事件で生き残った顧問が一念発起、現組長を盛り立てて新しい組員を募り、どうにか組を建て直したそうだ。

 穂村組は戦闘狂の集まりではあるが、狂犬の群れではない。

 室町時代に起源を持つ力のみを頼りとした荒くれ者集団だが、自分たちより強い相手には牙を剥かず、敵意がないことを示して生き存えてきた。

 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、明治政府……時代によりけりだ。

 しかし、この一件では見誤ったらしい。

 穂村組がこれまで平服してきたのは、体制的な権力を持つ組織ばかり。

 いくら強者であろうとも一個人に屈したことはない。

 この時も「所詮、相手は一人じゃないか」と高を括ったようだ。

 1対1を旨とする穂村組だが、この事態を収めるために組長や幹部以下、腕利きの精鋭を総動員して異例の“殴り込みカチコミ”をかけたという。

 恥も外聞もなく総力戦を挑んだのに――惨敗を帰したのだ。

 裏社会でも武闘派で知られる暴力団。

 それを壊滅へと追いやった存在に、一同はゴクリと唾を飲む。

 レオナルドも神妙な面持ちで続ける。

「この事件の全容は明らかにされていませんが、穂村組は自分たちの敵わぬ相手に手を出してしまい、壊滅の憂き目に遭ったのは想像に難くありません。でなければ三下であろうと一端いっぱしの武道家ばかりの穂村組が……」



「あ、それ──ツバサおれの師匠がやったんだ」



 話の流れをぶった切ると、全員その場でズッコケた。

「ツ……ツバ、ツバサ君の師匠だと!?」
「ツバサさんの師匠って何者なんですか!?」
「その師匠1人でヤクザの組を潰したというのか!?」
「本当に人間ですかその方は!?」

 いち早く立ち直ったレオナルドのツッコミを先頭に、ミサキ、アハウ、クロウも矢継ぎ早にツッコミを入れてきた。ツバサはありのままを答える。

「数年前に穂村組の7割が病院送りにされた件だろ? 確か8年前か9年前くらいのはずだ。俺が11か12の頃だからな」

 ツバサの師匠──仙人を自称するインチキ親父。

 本名とは思えないが『斗来坊とらいぼう撲伝ぼくでん』と名乗っていた。

 酒と女に目がない彼は、夜な夜な盛り場をうろちょろしてははしご酒を堪能していたのだが、どこかのパブでお気に入りの女の子を巡って穂村組の構成員とトラブルになったという。そう、始まりは至極くだらないのだ。

 斗来坊はその構成員を瞬殺した。

 これが穂村組の「敗北を許さない」という鉄の掟に触れた。

 以後、雨後の竹の子の如く倒しても倒しても湧いてくる穂村組の刺客に辟易へきえきしながら、気付けば斗来坊は1週間足らずで半分は倒したらしい。

 トラブルから1週間後──穂村組は最後の手段に出た。

 当時の組長(ホムラの父)を筆頭に、穂村組最強の幹部たちから腕っ節を総動員させると、斗来坊に全戦力をぶつける大喧嘩に打って出た。

 多勢に無勢──たった1人を相手に100人近くが襲いかかった。

 個人の強さを尊ぶ穂村組らしからぬ振る舞いだが、彼らもそこまで追い詰められたのだろう。それほど斗来坊の強さは人間離れしていたのだ。

 ツバサは「後学のためだ」と立ち会わされた。

 その戦いで斗来坊の常識はずれな強さをまざまざと見せつけられ、穂村組の構成員が次々と倒れていくところを目撃した。たった1人の武力がここまで研ぎ澄まされるものかと感動した覚えがある。

 ついに組長まで倒されると、顧問の百地ももち万治ばんじが白旗を揚げた。

 そこで斗来坊は3つの約束をさせた。

『以後、俺と俺の縁者に近付くんじゃねえ』
『これから死ぬまで酒をおごれ』
『組を再建するのはかまわん。だが、今後は分を弁えろ』

 勝ち目のない相手くらいわかれ、とインチキ仙人は説教をくれていた。

 この一連の騒動を指して斗来坊は、「穂村組は相手にすると面倒臭いからやめとけよ」と教訓みたいに言い聞かせたのだ。

「……そこから先、穂村組がどうなったかは俺もよく知らない。師匠も俺の親父やお袋が亡くなってからは、めっきり家へ寄りつかなくなったからな」

 時折、ツバサを心配して顔を覗かせることはあった。

 ツバサの上達振りを確認すると、飯だけ食って数晩泊まり「また来るわ」と言い残して、ぶらりと旅に出る。インチキ仙人はそういう人だった。

「レオの言いたいことはこうだろう?」

 穂村組は斗来坊に滅ぼされかけた過去がある。

 だから、自分たちよりも強者へ挑むことに二の足を踏むはずだ。

 GMのゼニヤから情報を横流しさせて、真なる世界ファンタジアで有利に立ち回ることでこの世界の覇権を狙ったのだろうが、LV999の強者はまだいない。

 ツバサはしなやかな指を折って数えた。

「そんな連中の前にひーふーみー……ダグザディオンを数えれば12人か、四神同盟に所属する12人のLV999が現れればどうなるか?」

 力こそ正義を標榜ひょうぼうする彼らは逆らえないはずだ。

 負けを認めて従順にならざるを得まい。

 ツバサなりにまとめた意見を聞いたレオは満足げに頷いた。

「そういうことだ。また穂村組が現れたら、盛大に歓迎してあげればいい。ほんのちょっと威圧するだけで効果覿面だろう」

 もしも「窮鼠きゅうそ猫を噛む」の精神で歯向かってきたら?

 その時は可哀想だが――12人のLV999でお相手仕るまでだ。

 レオナルドは極悪人の顔となった。

「我々の威圧にちゃんと屈してくれれば話は早い。流血を見ることも硝煙しょうえんの匂いを嗅ぐこともなく、平和的に全面降伏してくれるはずだ」

 みんな幸せになれる、と悪い顔のままほくそ笑む。

「しかし、穂村組がツバサ君の師匠に惨敗した過去を忘れ、無意味な抵抗をするのならば仕方ない……」

 負け犬に墜としてやろう──獅子王レオナルドは笑う。

 そうならないことを理性で望みながら、最後の最後で自分たちに挑んでくる無法者たちを叩きのめす瞬間を夢見るように笑った。

「実力差を徹底的に思い知らせ、骨の髄に叩き込んでやればいい。反骨精神というものがあるなら、土台から基礎まで粉微塵にしてやればいい」

 レオナルドも武道家、ツバサやミサキのように戦闘バトル中毒者ジャンキーである。

 時として非情かつ残酷にもなるのだ。

「使い走りでもLV500超え、構成員ならLV700から800台、幹部級ならLV900は固い……それほどの戦闘集団、いたずらに潰すのは惜しい。これから始まるであろう蕃神との戦争に備えて、兵力が多いに越したことはありません」

 全面降伏すれば、穂村組を丸ごと四神同盟の麾下きかにできる。

 素直に従わず最後まで牙を剥くならば、徹底的に打ちのめして組織として解体し、恭順きょうじゅんを示した者から改めて戦闘員として雇用すればいい。

 どう転んでも穂村組を戦力にできる。

「だからこそ――穂村組を丸ごと手に入れたいんですよ」

 レオナルドは極悪人の形相で笑みを浮かべ、組んでいた指を離すと右手をグッと握り締めた。穂村組を手に入れる、という意思の表れだ。

 しかし、どこからどう見ても悪人である。

 それもラスボスが正義の味方を陥れる策謀を巡らす顔だ。

 レオナルドは一部の女性から見れば頼りがいのある骨太のイケメンに見えるようだが、一般的な視線からすれば悪役商会レベルの悪人顔だ。

 そんな男が悪巧みをして笑えば――ラスボスの迫力を醸し出す。

 ツバサとミサキは目配せすると、一芝居打ってみた。

「…………レオさん、恐ろしい人」

 ミサキは普段は絶対にしない乙女チックな表情で瞳を潤ませる演技をすると、口元押さえながらレオナルドから離れていき、反対側の隣に座っていたツバサの席へと逃げてきた。

 ――無論、演技である。

 ミサキは理知的な子だ。レオナルドの策略に賛成しているはずだ。

 ツバサは逃げてきたミサキを慈母の表情で抱き寄せると、豊満すぎる爆乳に抱き締めて、幼子へするみたいに「よしよし」と頭を撫でやてる。

 こちらも演技――だが、ミサキ君を愛でる喜びは本物だ。

 ツバサもレオナルドの計画には賛成である。

 その上で、我を忘れて悪人全開で弁舌を奮っているレオナルドをからかっているのだ。ミサキを我が子のように可愛がりながらツバサは煽る。

「よしよし……ミサキ君もあんな悪役の権化みたいな男の師事するのはやめて、これを機に俺の弟子になるべきじゃないかな?」

「ミサキ君ッ! ここぞとばかりに女の子っぽい演技でからかうのは止したまえ! ツバサ君まで一緒になってなんだ! ミサキ君は俺の弟子だぞ! ウチの子だぞ! それを俺から奪うというのなら…………っ!!」

 本気で怒り出すレオナルドは、掲げた右手から気功術で硬化させた無数の“杭”パイルを創ると、ツバサからミサキを奪い返そうとする。

「落ち着けレオナルド君! 2人の顔を見ればわかるだろ、ジョークだジョーク! 本当、君はミサキ君が絡むと正気を失うな!」

「真面目なのは美徳ですが、冗談を解するゆとりを持ちなさい!」

 アハウとクロウが押さえ込み、ツバサがミサキを離して事なきを得た。

 本当、このバカ師匠は弟子のことになると人が変わる。

 茶番を挟みはしたものの、レオナルドの提言は反論する点も少なく、見込んだ通りに事が運べば穂村組との不要な戦闘は避けられるし、彼らを仲間に加えることもできるので言うことなしの作戦でもあった。

 穂村組がやってきたら――12人のLV999で取り囲む。

 威圧感プレッシャーで降伏するよう仕向け、それでも戦いを仕掛けてきたら総掛かりで死なない程度に痛めつけ、話し合いに応じた者から傘下に加える。

「では皆さんご足労かも知れませんが――穂村組が現れたらお願いします」

 ツバサがまとめると、同盟の代表たちは賛同してくれた。

 こうしてレオナルドの提言は採用された。

   ~~~~~~~~~~~~

 スプリガン族と妖人衆による連携作戦。

 戦国武将の経験があるオリベが軍師として采配を奮う。

 投入された戦力は、スプリガン族の出陣できる年頃の娘たち全員。

 装甲方舟クロムレック1隻。高速偵察艦メンヒルⅠからⅥまでの6隻。

 防衛隊長ガンザブロンの移動要塞型『巨鎧甲殻』ギガノ・アムゥドダイアケロン。

 スプリガン四天王が操る5体の『巨鎧甲殻』。

 そして、スプリガン総司令官ダグの駆る超豊ゴッド・穣巨神王ダグザディオン

 妖人衆からは軍師オリベと、ツバサの眷族になって神族化した三将。

 LVの高い者は数人、スプリガン族とともに参戦している。

 飛来した穂村組の移動要塞である万魔殿を迎え撃つと、この何もない平野に誘導し、四方向から攻めかかって取り囲む。上空も押さえているので逃げ場はない。

 これは──スプリガン族と妖人衆の手柄である。

 ツバサは特に指示をしていない。オリベとダグ、ブリカやディア、ガンザブロンやリンたちが軍議を重ね、彼らで成し遂げた成果だった。

 現在、万魔殿を動きを止めている。

 四神同盟の登場によって万魔殿が空気を読んだかのように大人しくなると、スプリガン族や妖人衆も「我々の働きはここまで」と察してくれた。こちらも攻撃の手を休め、最大限に警戒したまま包囲を続けていた。

 レオナルドの読み通り、LV999の威圧感に屈したのかも知れない。

 だが、油断は禁物だ。

 穂村組もまだ本気を出していないのだから──。

 使っているのは鋼鉄の触手ぐらいのもの。四大幹部も基本的に防戦か遊ぶくらいの実力しか発揮しておらず、徹底抗戦した様子はない。

 移動要塞である万魔殿には、凄まじい兵器や武装が積み込まれている。

 走査スキャン分析アナライズを走らせる限りでは、数カ国を滅ぼせる大火力だ。

 それを使わないところを見ると――。

「……本当に喧嘩祭のつもりだったみたいだな」

 ハトホルフリートの甲板、船首近くに立つツバサは呟いた。

 ハトホル国の主人――ツバサ・ハトホル。

 長い黒髪と真っ赤なロングジャケットを棚引かせ、片方だけでもバスケットボールみたいな爆乳を支えるべく胸の下で腕を組む。超安産型とか陰口を叩かれる巨尻を黒いタイトなパンツに包み込む。

 グラマラスすぎる媚態びたいを見せつけるように立ち尽くす。

 ツバサはまだ「二十歳の好青年」のつもりなのだが、大地母神となって発育した女神の肉体は神々の乳母ハトホルと讃えられる貫禄を持っていた。

 そう、まさにお母さんと呼ばれるに相応しい……。

「──誰がお母さんだ!」

「「「「いや、だから言ってないってば!?」」」」

 いつも通り自分の脳内独白にツッコミを入れてしまい、それを周りにいた家族に再ツッコミされてしまった。なんだかお約束になりつつある。

 視線を引き締めたツバサは、複雑な思いを込めて万魔殿を見つめていた。

 ツバサの背後に居並ぶのは、ハトホル陣営のLV999たち。

 ツバサ最愛の娘にして伴侶――ミロ・カエサルトゥス。
 御意見番で最強の横綱――ドンカイ・ソウカイ。
 酔いどれ用心棒で無敵の剣豪――セイメイ・テンマ。
 セイメイの嫁で起源の龍――ジョカフギス。
 蛮カラサイボーグ番長の長男――ダイン・ダイダボット。

 四神同盟では最多の6人を擁する。

 居並ぶLV999たちの後ろには、子供たちも控えている。

 博覧強記はくらんきょうきで物知り娘な次女――フミカ・ライブラトート。
 道具作成師アーティファクターのダメ人間ギャル三女――プトラ・チャンドゥーラ。

 女子高校生なお姉ちゃん2人には、年下の子らの引率を任せている。

 腹筋系アイドルのおバカ娘な四女──トモエ・バンガク。
 守りの要な結界を任せられる五女──マリナ・マルガリータ。
 天真爛漫な音楽大好き娘な六女──イヒコ・シストラム。
 将来有望な愚直すぎる次男──ヴァト・アヌビス。
 ツバサとミロの血を分けた忍者娘な七女──ジャジャ・マル。

 これに変態メイドなクロコ・バックマウンドを加えればハトホル一家14人が勢揃いするのだが、彼女はレオナルドの頼みで暗躍中・・・である。

 子供たちは他陣営のLV999たちが発している威圧のためのオーラを見ると、真似して「ハァァァ……ッ!」と掛け声を上げながら、色取り取りの“気”マナを発していた。子供たちもみんなLV900は超えている。

 それなりの闘気を巻き上げる様を、ツバサは微笑ましく見守った。

 釣られるように振り向いていた黒衣の剣豪。

 セイメイはオーラを上げる子供たちを指差して訊いてくる。

「ツバサちゃん、おれたちもドラゴ○ボールよろしく『ハアアッ!』って気合い入れた方がいいかな? それともワン○ース風に覇王色の覇気でも発散させてビビらせるかい? 後は……なんかそれっぽい威嚇ネタあったっけ?」

「いや、その必要はないだろ」

 ツバサが言うと、セイメイは「なんで?」と首を傾げた。

 ドンカイが代わりに解説してくれる。

「先に現れたミサキ君、アハウさん、クロウさん……彼らが覇気を振りまいたことで、穂村組は感知系技能をフル回転させておる頃じゃろう。そこへこうしてわしらが姿を見せたんじゃ。ビビらせずともわかっておるさ」

 そういうことさ、とツバサはドンカイの丁寧な解説に同意した。

「これ見よがしに力を見せつけて脅えさせてもいいが、彼らの感知系を刺激することで、向こうからこちらの脅威を感じ取ってもらった方がいい」

 より効果的に──相手の危機感を煽ることができる。

 レオナルドの悪巧みに相乗りするわけではないが、戦わずして相手に白旗を上げさせられるなら、それに越したことはない。

「思惑通り、このまま全面降伏してくれればいいんだが……ん?」

 穂村組の出方を待っていると、後ろに並んでいたミロがトコトコ近寄ってきて、ツバサの腰に手を回すとギュッと抱きついてきた。いつもなら抱きつくついでに尻を揉むくらいのセクハラをしてくるのだが、それがない。

 純粋に甘えている──こんな時にどうしたのだろうか?

 そういえば今日は大人しい。

 こういう騒動が起きる時は誰よりも先頭に立って大はしゃぎするのがミロなのに、生来の煽動者アジテーターっぷりがなりを潜めていた。

「ミロ、まさか……おまえの直感&直観が囁いているのか?」

 この2つの固有技能を持つミロの勘働きは、時として未来予知を上回る。

 ツバサたちを何度も助けてきた指針でもあった。

「ううん、別に……あのヤクザ屋さんのことはすんなり行くと思う」

 ただね、とミロは元気なさそうに続けた。

「すっごい嫌な感じがするの──個人的・・・に」

 個人的に? ミロに嫌なことが起きるということか?

 最愛の妹にして娘にして伴侶であるミロに嫌な思いをさせるなど、三千世界を敵に回しても避けたいツバサだったが、この状況を止める手段はない。

 現に──穂村組に動きがあった。

   ~~~~~~~~~~~~

 ハトホル国防衛隊が停戦を示すと、穂村組の四大幹部も退いた。

 これ以上の戦闘は無意味だと悟ったのもある。

 12人のLV999に囲まれた時点で、穂村組に為す術はない。

 ゲンジロウ、レイジ、マリの3人は、それぞれの相手が攻撃をやめると万魔殿の本体でもある塔まで戻り、待機していたバンダユウの許へ集まった。

「ちょっとオジさま……あたし漏らしちゃいそうなんだけど」

 マリは上擦った声でバンダユウの背に縋りついている。

 大勢のLV999に脅えていた。

「おう、今のうちに遠慮なく漏らしとけ。連中がその気になったら、おれたちゃ漏らすどころか臓物はらわたをぶちまけたっておかしくねぇんだからな」

 年の功なのか、バンダユウは悠然と煙管を吸っている。

 酸いも甘いも噛み分けた壮年の表情には、ずっと諦念ていねんが張り付いていた。

 負け戦の後始末にも慣れている、とバンダユウは言いたげである。

しかばねが残るだけマシかも知れませんね……」
「奴らが本気を出せば……ちりさえ残さぬだろうな、恐らく」

 レイジは緊張した面持ちで冷や汗をたらし、ゲンジロウは抜いたままのなが脇差ドスをぶら下げたまま、臨戦態勢を解こうとはしなかった。

 煙管に残った煙草たばこを一気に肺へと吸い込むバンダユウ。

 それを大量の紫煙に変えて吐き出すと、灰を捨てた煙管で自分の座っている万魔殿をコンコーンと叩いた。よく音が通るようにだ。

「おーいホムラ、そろそろ顔見せてやれ」

 じゃねぇと収拾つかねぇぞ、とバンダユウは若き組長を急かした。

 すると、万魔殿は振り回していた鋼鉄の触手を鎮める。

 戦闘のために振り回すことは既に控えていたが、威嚇のためなのかウネウネと蠢いていた触手を1本残らず静かにさせたのだ。



『久し振りじゃな──ウィングさん・・・・・・



 唐突に外部スピーカーが大音量を鳴り響かせた。

 アシュラ時代のハンドルネームで呼ばれたツバサは、声質は少女なのに喋り方が年寄りなロリババア口調に「まさか?」と思い当たる節があった。

『オヤカタさんもいるようじゃな。そっちのまっくろくろすけは……もしや天魔ノ王か? だらしない無精髭はアシュラの頃まんまじゃのう。それに、紫髪のイシュタルとか聞いておった御主は……姫若子ひめわこミサキか、なるほどのぅ』

 ウチの組員が手を焼くわけじゃ、と声の主は1人で得心していた。

 万魔殿の先端──塔の屋上部分。

 バンダユウたち四大幹部が集まっている近くに丸い穴が開いたかと思えば、エレベーターのように迫り上がり、そこから1人の人物が現れる。

 婆娑羅ばさらな衣を羽織った、はかま姿の純和風な美少女。

 身の丈に合わない野太刀……いや、長巻ながまきという戦国期に流行した大振りの刀を肩に担いでいる。あれもアシュラの頃から愛用している得物だ。

 口調、容貌、武器、すべてがあの頃のままである。



 アシュラ八部衆の紅一点──ほむらえん



 焔、ホムラ、穂村、ほむら……どうして連想できなかったのだろう。

 穂村組組長とは、彼女のことだったのだ。



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