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第12章 仁義なき生存戦略
第298話:四神同盟集結
しおりを挟む──ダグザディオンメイス。
この戦槌で叩かれたものは滅びを免れない。
万物は滅ぶ──万象は滅ぶ。
火力、風力、水力、地力、光力、磁力、電力、重力、斥力、原子力、核力、気力、霊力、魔力、理力……。
真なる世界には多彩な力があふれている。
森羅万象は絶えず様々な力を発しており、それを浴びる万物は少しずつではあるが影響を受けて、確実に滅びの時へと進んでいる。路傍の石ですらその身を磨り減らし、いつかは塵となって大地へと還る宿命にある。
大巨神王の鉄槌は、滅びの時を即座にもたらすものだ。
叩かれる際の衝撃でさえメガトン級……いや、ギガトンやテラトン、果てはペタトンをも超える重圧をかけて対象を圧壊するのだが、メイスの殴打面からは撃滅的な負荷をかける『滅びの波動』が発せられていた。
あらゆる力を相殺させることなく、天文学的な数値のまま対象に叩き込むことで、強制的に滅びの瞬間へ落とし込む問答無用の滅殺兵器。
風化する時間を極限まで圧縮させる、究極の時短兵器とも言える。
『うぅぅぅおおおおおおおぉぉぉああああああああぁぁぁーーーッッッ!!』
ゴッド・ダグザディオンは咆哮とともに戦槌を叩き込む。
「ぬぅ、むぅぅぅぅぅうぅ……喝ッ!!」
対するゲンジロウは、劫火拳乱と名付けた燃える巨拳で対抗する。
ダグザディオンメイスと比べたら見劣りするサイズだったが、インパクトの瞬間には溶岩が沸くように膨れ上がり、同等以上の大きさとなって拮抗した。
戦槌と巨拳が激突した瞬間──衝撃波が発生する。
それは減衰することなく放射状に広がっていき、その衝撃波をまともにくらった草原の林や森は根こそぎ吹き飛ばされる威力があった。
衝突の中心にいる2人も壮絶な余波を被っている。
『ああああああああああああああああああああーーーッッッ!』
「…………ぬぅぅぅッ!」
ダグは叫び、ゲンジロウは唸り、我が身を焦がす波及に耐えていた。
両者が力を込めて各々の得物に渾身の力を入れる度、破滅の力を帯びたリング状の波が何度も広がる。万が一にもハトホルの国へ累が及ばぬようにと、マリナとフミカとジョカが3人がかりで結界を張り巡らせているが……。
──防御結界が揺らぎかけていた。
我が家地下のシェルターに避難させた住民たちも恐怖を感じる。
災害に等しい激突が1分を超えた頃──。
『あああああッ……おらああああああああああーーーッッッ!!』
「……破ぁッ!」
競り合いが解けて衝撃波が撒き散らされる。
ダグザディオンの戦槌とゲンジロウの巨拳、お互いに弾き合ったのだ。
「若んメイスを……押し止めやっど!?」
「そんな……ゴッド・ダグザディオンはLV999です! ダグの体調も万全なのに……父祖様の戦槌を受け止めるなんて!?」
ダイアケロンの頭上、ガンザブロンとディアが驚愕する。
自分たちの総司令官であるダグが、父祖から受け継いだ究極兵器で挑んだというのに凌がれたのだ。落胆よりも耐えた相手に脅威を抱いていた。
一方、万魔殿からは歓声が上がる。
「ようやったゲンジロウ、若頭の面目躍如ってところだな」
まだ万魔殿の先端から動こうとしないバンダユウは、若頭へ賞賛を送ると微笑んだ口元のまま紫煙を吐いて、煙管から煙草の灰を叩き捨てた。
ゲンジロウは顔色ひとつ変えていない。
相変わらず、隕石が落ちてきてもその場を譲らない頑固一徹な表情のままだ。固く結んだ口元は揺るがないが、その硬そうな頬に一筋の汗が流れていた。
口元の隙間からは、長い呼吸が繰り返されている。
分厚い胸板が静かに上下し、誰にも気付かれぬように深呼吸をしていた。
ツバサの走査で調べる限り、ゲンジロウの疲労は途轍もないものだった。顔色をまったく変えない我慢強さは驚歎に値する。
LV999の超必殺技を──LV995の能力で防いだ。
これは快挙といっても過言ではない。
LV990台ともなれば、1LVの差でも天と地ほどの開きがある。
LVが上がる度に必要とされる基礎パラメーターや魂の経験値が天文学的な数値となるため、LV900を超える頃にはたった1LV差でも実力の基礎数値が指数関数的に跳ね上がってしまうのが原因だった。
何事も基礎が肝心ということだろう。
ダグザディオンメイスはLV999の威力。その破壊力も折り紙付きだ。
ダグは手加減しておらず、躊躇なく鉄槌を叩き込んでいた。
それをLV995の過大能力で対抗し、あまつさえ受け切ったゲンジロウの実力は恐るべきものだ。また、過大能力の相性が良かったのもあるだろう。
ゲンジロウの過大能力は──ツバサやミサキに似ている。
恐らく、炎にまつわる過大能力だと推測できるが、「炎を自由自在に操れる」とか「自分自身が炎となる」なんてちゃちなものではない。
過大能力──【尽きる事なき煉獄の怒りに焼かれよ】
彼自身が炎の根源──星の中心で燃えたぎる極炎なのだ。
ツバサが大自然の根源を司る大地女神であるように、ミサキが龍脈の根源を統べる戦女神となれるように、ゲンジロウは溶岩の根源になれるようだ。
エネルギーを無尽蔵に湧かせる増殖炉となる過大能力。
際限なく燃え上がる熱量をぶつけることで、ダグザディオンメイスから発せられる滅びの波動を無効化していた。
あらゆるものを塵にして大地へ還す──滅びの波動。
今のところ使えるのはダグのダグザディオンメイスとツバサの『滅日の紅炎』だが、これを防ぐ方法は厳密にいうとひとつしかない。
波動を相殺できるだけのエネルギーを用意すればいいのだ。
別にエネルギーでなくとも匹敵する質量でも構わない。その場合、山脈を根元から3つか4つ、島なら大きめのを7、8個は用意してもらう。
無限増殖炉となれる過大能力でなければ太刀打ちするどころではない。
『さすが……ハトホル様たちと同じ、地球から来た魔族ですね』
ダグザディオンは戦槌を構え直すと、今の一撃で尽きかけていた父祖の大釜に再び火を入れ、一瞬でエネルギーを再充填させた。
『今の一撃で海魔の如き移動要塞ごと叩き潰せればと考えていた、自分が甘かったことを思い知らされました……オレはあなたに専念します!』
ゲンジロウは無視できない存在、ダグはそう認識したらしい。
彼を自由にしておけば、ダグザディオンメイスをはね返す超火力で他への被害が甚大となる。そんな事態を見越して抑えに回るつもりだ。
「…………奇遇だな、少年」
声からダグを若者と見切ったゲンジロウは返事をした。
誰にも悟られぬよう繰り返した深呼吸によって息は整い、過大能力をフル回転させて失った分の活力も取り戻している。一流の戦士ならではの回復力だ。
ゲンジロウは亜空間の道具箱に手を差し伸べ、一振りの刀を取り出した。
白鞘に収められた、まったく飾り毛のない日本刀だ。
それにしては長さが微妙……もしかして長脇差と呼ばれるものか?
「俺も……おまえを捨て置けぬと判断した」
ゲンジロウは白鞘から白刃を抜くと、鞘を道具箱に戻してから右手は柄を握り、左手は刃の根元を鷲掴みにした。その左手を刃先へと滑らせる。
見ているだけで鳥肌が立つ行為だ。
長脇差にはゲンジロウの左手から溢れた血潮がたっぷり付着する。
それが一瞬で真っ白に白熱化すると、ボコボコと音をさせながら沸き立つ溶岩となって膨れ上がり、長脇差を何十倍もの長さを誇る大太刀へと変えた。
「獅斬──血牙」
特大となった長脇差を振るい、ダグザディオンへ逆袈裟で斬り掛かる。
『ダグザディオンメイスッ!』
ダグも抜かりなく戦槌を振り上げると、斬り掛かってくる特大の溶岩でできた刀へ叩きつけた。無論、滅びの波動はしっかり放っている。
斬り結ぶ戦槌と血刀──しかも超特大。
先ほどの破滅的な衝撃波がまたしても発生し、両者の武器が激突する度にリング状になって広がっていく。傍迷惑な勝負もここに極まれりだ。
勝負は一進一退──2人の力はほぼ互角だった。
ダグザディオンとゲンジロウが接戦を繰り広げていると、空から村雨よりも激しく砲撃が降ってきた。これもダイアケロンのものではない。
そちらは鋼鉄の触手が防いでいる。
「空から真下へ撃つように……さっきのロボ娘どもか」
ゲンジロウは気に入らなそうに眉をしかめたが、ダグザディオンが自分の抑えに回ったように、ゲンジロウもダグザディオンを留めておかねばならない。
あちらは賢弟に任せよう──ゲンジロウは巨大ロボ戦に専念した。
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ゲンジロウが炎ならば──レイジは氷だった。
既に万魔殿の上空へ飛び上がっていたレイジは、もっと上から降り注ぐ弾幕のような砲撃に対して防御体勢を敷いていた。
過大能力──【区別なく差別なく分け隔てなく凍れ】。
自らが氷の化身になるのではなく、絶対零度の権化となる過大能力と思われる力を存分に振るい、絶え間なく途切れることない氷の鎖を作り出す。
氷鎖を巧みに操り、砲撃を防ぐ結界を編み出していた。
万魔殿本体に直撃せぬように、直上には隙間なく編み込んだ鉄壁の如き氷鎖を張り巡らせ、それ以外の場所は音速を超えた速度で凍った鎖を走らせて、降り注いでくる砲弾やミサイルを弾いていた。
どうやらレイジの武器は鎖のようだ。
鎖を得物とする武術や流派は、珍しいようでいて数多い。
鎖分銅、分銅鎖、万力鎖、玉鎖、正木鎖……。
どれも鎖の両端に錘をつけて操る武具だ。
振り回して相手に叩きつけ、武器に投げつけて絡めて奪い取り、組み討ちになれば相手を縛り上げ、気道を締めて窒息させる……。
鎖の柔軟性と頑丈さ──臨機応変が望める武具である。
諸外国でも武器として用いられるケースは少なくなく、中国には鎖状の多節鞭もある。鎖鎌も鎖武術からの派生というか発展系かも知れない。
無論――レイジの氷鎖は人外レベルだ。
艦隊クラスの砲撃を弾き返す鎖武術など人間業ではない。
「ふむ……上空で出会したロボット娘さんですか」
防戦一方のレイジだが、氷鎖の隙間から敵影を確認していた。
弾幕を張り巡らせながら降下してくるのは、スプリガン四天王だった。
先駆けを務めるのはリーダーであるリン。
四央天聖ヨウセンタクと名付けられた神将のような機体は、全身に備えた兵器から砲撃しつつ、周囲に展開した小型の攻撃端末を駆使していた。
有り体にいえば──ファンネルによるオールレンジ攻撃だ。
『往け! コウテンファング! ゴールドセン!』
牙の形をした小型兵器と、ブロック状の飛翔体。
それぞれ渡り鳥のように群れを成して統率された動きを取り、レイジの張り巡らせた氷鎖を打ち破った。牙型は噛み破り、ブロックは爆破する。
リンのこじ開けた間隙に、四天王が狙い澄ました砲撃を打ち込んでいく。
『おらあぁ! 如意キャノンッ!!』
西遊大将セイテンソンは如意棒型のキャノン砲を操る。
近距離では野太い鉄棍として長柄の打撃武器になる頑丈さだが、本来はこうして遠距離砲撃による爆撃するのが正しい使い方だった。
『鉄拐ロッド──プラズマボール!』
東遊大仙ハッセンコウは大振りのロッドを掲げた。
これは大気現象を操作する装置でもあり、その力でいくつものプラズマ球を発生させると、万魔殿を目標に設定して解き放っていた。
『金槍フェザー! 乱れ打ち!』
南遊童神カコウジンは、背中のウィングから金色のミサイルを放つ。
ひとつひとつが黄金色に光り輝く槍の穂先みたいなもので、本人の言う通り乱れ打ちだから、リンのこじ開けた隙間をくぐり抜けるものは少ない。
それでも一発の破壊力が尋常ではないため、氷鎖にダメージを与えていた。
『亀蛇……ジャンバラ・シールド・ウイップ~……』
北遊武君トウマソンは、何とも珍妙な武器を振り回していた。
六角形の半透明なシールドを何枚も連ねた……鞭? のような武器だ。亀甲のようでいて蛇を思わせる長い体。まさしく亀蛇と呼ぶに相応しい。
それを振るって氷鎖の結界に叩きつけると、黒いシールドが張りつく。
張りついたシールドが明滅して5秒後──大爆発を起こした。
万魔殿を地上に叩き落とした、爆発する小型シールドを連ねたものらしい。
リンだけではない、オカメの攻撃も万魔殿の防衛網を突き崩す。
そこに他の四天王が砲撃の追い込みをかけていた。五体の巨大ロボによる一斉砲火は、万魔殿に集中的な絨毯爆撃を仕掛けているも同然だった。
しかし、レイジに焦りは見えない。
スプリガン四天王の猛攻を冷静に捌きつつ、氷鎖を駆使して結界を維持し、冷徹な眼差しでスプリガン四天王に分析をかけていた。
「全員LV700後半から800前半、一番高くてもLV850ですか」
ゲンジロウと比べれば楽ですね、とレイジは判断した。
LV999の合体ロボと真っ向勝負すると考えたら、彼女たちの相手は格下の組員に稽古をつけるより他愛ない。彼女たちは押せ押せムードで総攻撃を続けているが、レイジが冷然と対処していることに気付いている。
それでも攻撃の手を緩めない。
レイジが大型ロボと合体してLVアップしても勝てない相手だとわかっているはずだが、怯むことなく攻撃を続けている。何故なのか?
「──足止め、のつもりですかね?」
正面には移動要塞ダイアケロン──万魔殿本隊と交戦中。
(※総司令官補佐のディアと軍師オリベもいる)
右手には妖人衆三将──これはマリが応戦中。
左手にはゴッド・ダグザディオン──こちらはゲンジロウが対処中。
そして、上空にはスプリガン四天王が舞い踊っている。
もしも(恐らく有り得ないが)穂村組が撤退するとしたら、がら空きの後方へ退くしかない。それ以外の方角は封じられている。
三将も四天王も、LV900越えは1人もいない。
LV980のマリやLV985のレイジが本領発揮すれば、彼らも彼女らも蹴散らすことは容易い。だが、本格的に傷物にしようものなら、恐らくハトホルの不敬を買うであろうこともまた想像できる。
そのため遊び相手をするか、防戦に徹するしかなかった。
しかし、敵も然る者──。
三将も四天王も、万魔殿本体に傷を負わせることはできないものの、振り回す触手を破壊する攻撃力を有しているため、抑え役として有能なのだ。
ハトホルの国への道は塞がれていた。
残っているのは「どうぞお引き取りください」と言わんばかりに誰も配置されていない、後方のみである。これは「とっとと帰れ!」という意思表示なのか?
レイジはツバサの思惑を読まんと頭を悩ませていると……。
「……ッ!? 後方からも砲撃!?」
甘かった、とレイジは痛感しているだろう。
ここまで暴れておいてタダで帰れると思ったか? 庭先で乱暴狼藉を働いた不審者を追い返すだけだと思うのか? 一般家庭ならいざ知らず、こちとら百戦錬磨の家族だぞ? 喧嘩を売ったことを後悔させなきゃ気が済まない。
逃がしはしない──今日ここで決着をつけてやる。
万魔殿の周囲に濛々と立ち込める戦塵。
後方に沸き上がっていた戦塵の煙を突き破って現れたのは、装甲方舟クロムレックと、随伴艦として付き添う4隻の高速艦メンヒルだった。
方舟が先頭となり、徐々に万魔殿へと近付いてくる。
途端にレイジは総身が粟立つ寒気に見舞われた。
寒気を呼び起こした脅威が方舟にいると察知したレイジは、視力系の技能を最大限に引き上げ、甲板に居並ぶ一団を見付けた。
「紫色の髪をした美少女と……ハリネズミみたいな頭の軍人……」
そう呟いた後、レイジは固唾を飲んでいた。
そして、LV999を3人も見付けた事実に戦慄する。
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「すいませんねぇ~。俺ちゃんたちまでお邪魔しちゃってぇ~ん」
ジンは甘ったるい声でブリカに詫びた。
「もう少しで我がイシュタルランドも、ツバサお姉さまん家のハトホルフリートに負けないくらいの空飛ぶお船ができそうなんですけど、ほら、俺ちゃんってば工作は得意でも建造系はまだちょっと不慣れで……間に合いませんでしたぁ!」
お調子者っぽくオーバーリアクションでサクサク話していたジンだったが、間に合わないくだりになると四つん這いになって絶叫して嘆いた。
「晴れ舞台に間に合わなかった俺ちゃんの未熟者ぉぉぉぉぉぉ~ん!」
「まあまあ……晴れ舞台ならまた巡ってくるさ」
今日はスプリガンさんの世話になろう、とレオナルドはジンを慰める。
マント代わりの軍服コートをはためかせるレオナルド。
神族に中央を譲り、脇に控えたブリカたちスプリガン族に礼を述べる。
「今回は済まないねブリカ君。クロウさんやアハウさんもそうだが、我々ではまだ飛行船が思うように都合できなくてね。相乗りさせていただくよ」
「とんでもありません! 神族の方々をお乗せできるなど、我ら神々の護衛を務めた一族なれば光栄の極みであります!」
ブリカが敬礼すると、部下のスプリガン娘たちもそれに習う。
こういうところは本当に軍属気質な一族だった。
方舟クロムレックの甲板──。
そこにはイシュタル陣営が勢揃いしていた。
陣営代表を務めるのは──ミサキ・イシュタル。
ツバサ同様『内在異性具現化者』のため、現実では紅顔の美少年だったのだが、こちらではナイスバディの美少女な戦女神になってしまっている。
その師匠にして右腕でもある──レオナルド・ワイズマン。
ミサキの相棒である天才工作者──ジン・グランドラック。
ミサキの恋人でもある服飾師──ハルカ・ハルニルバル。
ミサキの妹分となった少女──カミュラ・ドラクルン。
引きこもりニートな情報処理官──アキ・ビブリオマニア。
ミサキは腰に手を当てたポーズで佇んでおり、甲板を流れていく速い風に紫色の長い髪をたなびかせていた。その瞳は万魔殿を見据えている。
「なにか、馴染みのある気配を感じるような……?」
ミサキは気掛かりなことでもあるのか、小首を傾げていた。
そんな恋人の様子をハルカは機微に察して心配する。
「どうしたのミサキ君? まさか、穂村組に知り合いでもいるの?」
「いや、反社会勢力に知人も親戚もいないと思うんだけど」
「いるならいたで、これが終わったら話し合えばいいだけさ」
レオナルドは横目でジンに促す。2人はミサキから一歩下がった位置で肩を並べると、姫君に従う右大臣左大臣のように力強く胸を張った。
「これから行うのは示威行為──まずは力を見せつけねばな」
「ドラゴンボールの『ハァァァッ!』て気を昂ぶらせるイメージでね!」
ハァァァッ! と叫んだジンは、ボディビルディングでいうところの“サイドチェスト”なポージングを取った。すると、オーラが沸き立ってくる。
天を突くばかりの莫大な“気”の柱が立ち上る。
ただし、ジンのオーラは眼にも痛いショッキングピンクだった。
「相変わらずジン兄ぃのオーラはえげつない色じゃのう……」
カミュラはサングラスを用意して眼を保護した。
「いやー、どう見てもいかがわしいお店の看板ッスね~」
アキも寝ぼけ眼でそんな感想を漏らしていた。
ここまで露骨に力を誇示すれば、誰にでも「私はLV999です」と知らしめられるはずだ。それこそ穂村組ならば鋭敏に感じ取るだろう。
「……こういうのは見せびらかすみたいで気が退けるなぁ」
ミサキは気乗りしないのか、眉根を寄せて人差し指で頬を掻いた。
腐しそうなミサキをレオナルドは師として諭す。
「今回は仕方ない。なるべく無血開城させたいからね」
こちらにはLV999が選り取り見取り──戦うだけ無駄だ。
脅迫にも似たメッセージを穂村組に送るつもりだった。そのため、普段なら戦闘に参加しないジンまで駆り出したのである(一応LV999だから)。
見本を示すようにレオナルドも“気”のオーラを放出する。
漆黒の闘気が噴き上がり、ジンを上回る気迫となって天を貫いた。
「やれやれ、しょうがない…………ハアアアアアッ!!」
師匠がやるのだから仕方ない、とばかりにミサキは小さく嘆息してから気を取り直すと全力で“気”を発露させた。その威勢はジンやレオとは桁違いだ。
方舟が傾ぎ、大気が震撼し、天が落ちかねない気迫。
澄み切った紫色のオーラが充満し、嵐のように荒れ狂っていた。
ミサキ、レオナルド、ジン──。
3人のLV999が方舟にいると穂村組も感知したはずだ。
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万魔殿から見て右手──三将VSマリが激戦を繰り広げている。
その背後に1隻の高速艦メンヒルが回り込む。
マリは三将をあしらいつつ、その甲板に立つ者に眼を奪われた。
「なに、あのケダモノの王様みたいなの……LV999じゃない!?」
メンヒルⅠの甲板には──ククルカン陣営が揃っていた。
ミサキたちが方舟に乗せてもらったように、彼らもまだ自前の飛行船がないのでメンヒル型高速艦の1隻を足場代わりに提供されたのだ。
陣営の代表を務める大地の獣王──アハウ・ククルカン。
人間に近い姿に変型しているが、それでも2m弱はある巨漢で毛むくじゃらの体毛に覆われた獣人である。一応、大きな甚平を着込んで眼鏡をかけている。
その恋女房で補佐を務める──マヤム・トルティカナ。
アハウの懐刀と言い張る少年──カズトラ・グンシーン。
最年少ながら巫女の能力を持つ──ミコ・ヒミコミコ。
二枚目半を気取る拳銃使い──バリー・ポイント。
バリーの妻でケンタウロスの猟兵──ケイラ・セントールァ。
「戦うのではなく、力を誇示することで相手の戦意を喪失させるか……」
難しいな、とアハウは太い指で毛むくじゃらの顎をつまんだ。
「アハウさん、オレっちも『ハァァァッ!』ってやつやっていいか? オレっちだってツバサの姉御のシゴキに耐えてLV950を超えてんだ! 今なら……」
「カズ兄はダメ。アハウさんの邪魔になる」
カズトラは「自分も!」と名乗り出るのだが、妹分であるミコに袖を引かれて止められていた。彼女は幼いながらカズトラの恋人のつもりらしい。
「おれぁそういう暑苦しいのパス。面倒臭ぇしな」
「LV900超えても、ウチの宿六みたいなのもいるのよね……」
やる気のないバリーはウェスタンハットを目深に被り直すと、一歩下がって適当に腰を下ろしていた。そんな亭主をケイラは馬の膝で小突いている。
ククルカン陣営のLV999はまだアハウ1人だけだ。
折を見てツバサの異相空間で修行してもらっているのだが、みんなLV900を超えるのがやっとといった次第である。唯一、熱血少年らしいやる気を見せたカズトラだけがLV956に達していた。
「大丈夫ですよアハウさん、いつも通りでいいんです」
力の誇示、そのやり方に悩むアハウにマヤムがアドバイスする。
厚手のローブやマントを重ね着した、魔法使いの少女らしい戦闘装束に身を包んだマヤムは朗らかに言った。元々“男の娘”とも言うべき美貌の持ち主だったが、こちらの世界で女神化してからは美少女っぷりが磨かれていた。
「敵を欺くにはまず味方から……だからアハウさんは能力を使う時、必ず行うようになったことがあるじゃないですか。あの要領でやればいいんです」
「……! ああ、なるほどな」
理解した、とアハウは獣王らしく牙を剥いて微笑み返した。
人型に近い体型だったので甚平を着込んでいたアハウだが、それを脱ぎ捨てると全身の筋肉を膨張させつつ骨格を変え、体長を巨大化させていった。
ゴリラを思わせる大型類人猿のような4足歩行。
剛毛に覆われた太い剛腕にはエメラルド色に輝く羽毛が生え揃い、両腕を広げると10m近い翼となって羽ばたかせる。上背だけでも5m近いが、臀部から生えたドラゴンのように野太い尾を含めれば全長は10数mを超えるだろう。
頭部は獅子のようなたてがみで覆われ、鹿のように立派な角が複雑に絡みながら空へと生い茂るように生えてくる。
まさに獣王と讃えるに相応しい姿となったアハウは吠えた。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
獣王の咆哮は眼に映る。
視覚にも訴えかける強烈な叫声を迸らせるアハウは、総身の毛を逆立たせながら莫大な“気”を放出する。それは翡翠色に輝きながら天を押し上げる。
4人目のLV999の出現に穂村組は騒然となった。
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万魔殿から見て左手──ダグザディオンとゲンジロウの熱戦は続く。
こちらにも1隻の高速艦が回り込んでいた。
ダグザディオンと鍔迫り合いをしていたゲンジロウは、その甲板に立ち尽くす黒衣の異形を見付けるや否や、無愛想を乱すくらい眼を剥いた。
「骨の異人…………貴様もLV999か!」
メンヒルⅡの甲板──そこにはタイザンフクン陣営が揃っていた。
ツバサやアハウにミサキ、これらの陣営は微妙に統一性がない。それに比べてタイザンフクン陣営は瀟洒なヨーロピアンで統一されていた。
陣営の代表を務める冥神──クロウ・タイザン。
骨しかないスケルトンながらもダークなスーツで身を固めて山高なシルクハットを被り、漆黒のインバネスコートを羽織ってステッキを突いている。
英国紳士なシルエット、そんなクロウの仲間たちも瀟洒である。
灰色の御子で還らずの都を守る巫女──ククリ・オウセン。
GMでもある白銀の女騎士──カンナ・ブラダマンテ。
著名な服飾師で今はメイド長──ホクト・ゴックイーン。
工作者で狙撃手な美少年執事──ヨイチ・クリケット。
天真爛漫なまだ10歳のメイド少女──ウノン・アポロス。
冷静沈着なまだ10歳のメイド少女──サノン・アルミス。
「クロウおじ様ー! がんばってくださいねー!」
クロウを祖父のように慕うククリは、小さな口に両手を当ててメガホンにすると無邪気に応援した。戦争はしないと聞いているので安心感があるようだ。
「クロウ先生ガンバー! ドカーンと大きいのかましちゃってー!」
「ヤクザがお漏らししちゃうほど……ビビらせるのです……」
ウノンとサノン、双子のメイド少女はわかっているのかわかってないのか、やや的外れな声援を送っていた。なんとなくサノンはわかってそうだが。
でなければ──立てた親指を下へは向けまい。
「ホクトさんもLV990を超えたと聞きましたけど……?」
今回は参加見送りですか? とヨイチは隣に尋ねた。
199X年に世紀末を迎えた世界で覇王になれそうなルックスをしているが、姫カットに清楚なメイド服をまとったホクトは恥ずかしそうに打ち明ける。
こんな図体でも彼女はれっきとした漢女──いや乙女なのだ。
「誠に残念ながら間に合いませんでしたわ……私、まだ992ですので、これからも精進が必要ですわね。だから、せめて……」
ホクトもボディビルディングめいたポージングを取る。
2m近い巨体はパンプアップした筋肉を漲らせ、メイド服を張り裂けんばかりに盛り上げるが、縫製がしっかりしているため破れることはない。
力むホクトから、プラチナ色の闘気がオーラとなって立ち上る。
迫力だけならLV999のオーラと見紛うばかりだ。
「せめてこうして……クロウ様を影ながら応援させていただきますわ!」
「あの……クロウさんより目立ってませんか?」
ヨイチは後退りながらツッコミを入れるのが精一杯だった。
一方、その隣に立っていたカンナは目の前の万魔殿へ眼もくれず、後方を抑えている装甲方舟クロムレックに鋭い眼光を向けていた。
「ぬぅ……どれだけ技能で強化してもレオ殿が見えない!」
幼馴染みで惚れて好いて堪らない、愛しのレオナルドの姿を探していた。
こんな時だというのにまったくぶれないのは流石である。
「クロコはツバサ殿に侍従しているはずだし、マヤム君はアハウさんに付き添ってるはずだからいいとして……あのニートのアキが! ミサキ殿の陣営に一緒にいる限りはいつもしし君の近くに侍って……あああっ! 羨ましい!」
「カンナさんステイ! 天翔るバイクで飛び出すのNG!」
今重要な局面です! とヨイチはカンナの引き締まった腰を抱き留めた。
ウノンやサノンも楽しげに止めるのを手伝っている。
背後の賑やかな声に振り向かず、クロウは万魔殿を見据えたまま微笑んだ。
髑髏の顔で微笑むと奇妙な迫力がある。
「懐かしいですね……教壇に立っている時は、いつもこんな感じでしたよ。授業中でも囁き声は絶えず、どこからともなく笑い声が聞こえてくる」
教師生活25年が口癖とあって、クロウの発言には深みがあった。
「教師という者は不思議でしてね。まあ、人にもよるのでしょうけど……手の掛かる生徒に囲まれるほどやる気が出るのですよ」
こんな風にね──とクロウから赤黒い“気”のオーラが噴き上がる。
地獄の業火を連想させる灼熱のオーラは炎のように立ち上り、空を焼き焦がすように色を変えると、オーラの中に地獄の情景を浮かび上がらせた。
5人目のLV999の出現は、もはや穂村組にとって追い打ちだった。
だが──本当の追い打ちはこれからだ。
万魔殿の正面に立ち塞がっていた移動要塞ダイアケロン。
巨大な大亀が道を譲るように脇へ除ける。
その後ろから現れたのは双胴船型の移動母艦ハトホルフリートだった。
ハトホルフリートの船首付近──。
バンダユウは老眼になりかけた視力に技能で鞭打って遠隔視を働かせると、そこに佇むツバサの姿を見つけてゾクゾクと震え上がっていた。
「ようやく会えたな、ハトホル姉ちゃん……そして」
はじめまして──LV999の猛者どもよ。
バンダユウは冷や汗まみれで毒突き、引きつった笑みを浮かべていた。
ツバサ、ミロ、ドンカイ、セイメイ、ジョカ、ダイン──。
ハトホル陣営に属する6人のLV999が現れたのだ。
集まったツバサたちの全戦力──そして総勢11人のLV999。
同盟に属するプレイヤーはツバサ、レオナルド、ドンカイ、セイメイらの修行を受けているため、LV900を下回る者は1人もいない。LV900越えの精鋭が数えるほどしかいない穂村組とは格が違う。
集結した四神同盟が──穂村組を完全に包囲していた。
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