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第12章 仁義なき生存戦略
第297話:超豊穣巨神王ゴッド・ダグザディオン
しおりを挟む穂村組の本陣とも言える万魔殿──その塔部分。
そこに突入して敵将を討ち取ることで武功を上げようと意気込む三将だったが、その前に穂村組四大幹部のマリが現れた。
ある意味、手柄首が向こうから来てくれたとも言える。
穂村組若頭補佐──マリ・ベアトリーチェ。
本来ならば神族に等しい仙人系なのに魔族に属する“邪仙”であり、死者を強力なアンデッドにすることで兵隊を増産できる過大能力の持ち主。
“駒”としての兵隊を作る。この能力に秀でる者の数は多くない。
戦争は数だよ、なんて有名な台詞がある。
兵力の差はそれだけで戦いの行方を左右するものだ。その兵隊を能力が使える限りいくらでも投入できるのは、戦争において大きな優位性となるだろう。
戦闘指揮に携わる幹部に相応しい能力かも知れない。
外見は金髪ロングヘアにロールを掛け、レースまみれのファッションで着飾った派手めのお姉さん。ホステス系の美人である。
彼女もまた穂村組幹部──武術においても一角のはずだ。
そんなマリの得物は鉄扇だった。
鉄扇は日本における暗器──隠し武器の一種である。
鉄扇にはいくつか種類がある。基本的には扇の骨部分を硬い鉄で作り、それに丈夫な短冊を貼ってたものだ。親骨と呼ばれる外側だけを鉄にした物もあれば、中骨と呼ばれる部分まで鉄にした物もある。
また、畳んだ扇を模した鉄棒の場合もある。
この鉄扇は見せかけなので扇として使えるわけもなく、主に鍛錬用の鉄棒として使われたため、手慣らし鉄扇とも呼ばれた。
マリの鉄扇は、従来のものとは一線を画していた。
板扇と呼ばれる扇がある。薄い板を重ね合わせて根元を要と呼ばれる金具で止め、糸で綴り合わせたものだ。その板扇を元にした鉄扇である。
扇を形作る薄板は鍛えられたアダマント鋼。
綴り合わせる糸はエルダードラゴンの神経。この神経を加工したものは柔軟かつ強靱であり、使用者の意志に反応して自在に伸縮する。
広げた扇を上下2枚並べれば、マリの全身を覆い隠す面積があった。
畳んだ状態で振るえば棍棒。広げれば盾となり、研ぎ澄まされた板の先端は幅広な刃。そして、先ほどのように投擲武器としても使える。
マリくらいの手練れともなれば、どれも自在に扱うことだろう。
手にした巨大鉄扇を慣れた様子で手慰む。
踊り娘よろしく色香を振りまく演舞を見せつけて余裕そうだが、彼女の視線には走査が走っており、三将のステータスを分析していた。
「ふぅ~ん、みんなLV800台の神族なのね。でも何かしら、私たちとはちょーっと違うような……へんてこりんな違和感があるわね」
鉄扇を踊らせるマリは小首を傾げた。
ウネメは豊かに実った胸を張って、得意気にベラベラ喋る。
「この世界に飛ばされたって意味では、オレたちはあんたたちよりずっと先輩筋に当たっからなぁ。あれやこれや違って当然……尻ぃッ!?」
「余計なことを口にするな」
軽口を叩くウネメ、そのお尻をオサフネは引っ叩いた。
ウネメが完璧に女性化しようと、こういうところは遠慮がない。
アルマゲドンを経て魂だけのアストラル体で転移してきたプレイヤーと異なり、妖人衆は偶発的な事故によって生身のまま飛ばされている。マリの分析能力の精度はわからないが、それを違和感と捉えたようだ。
ウネメは「別にバラしてもいいだろ」というスタンスだが、オサフネは「不用意に情報を流出させるな」と慎重に徹している。
ツバサは断然、オサフネの判断を支持したい。
どんな情報であろうと敵方へ渡れば、不測の事態に繋がる恐れがある。備前長船の秘伝を受け継いだ経歴もあり、危機管理能力が徹底していた。
なかなかどうして、三将のまとめ役になりそうだ。
「訳ありってことね……まあいいわ」
あんたたちハトホルの国の人? とマリは鉄扇を仰いできた。
軽く仰いだだけなのに、三将は押し流されそうな激風に見舞われた。まだ飛行系技能に慣れていないというのもあるが、吹き飛ばされそうになるのを懸命に堪えている。空中で踏ん張るというのも初体験だろう。
彼女は遙かに格上──思い知らされる。
鉄扇の餌食どころではない。マリが本気を出せば芭蕉扇の如く、血肉も剥がれる滅びの風をお見舞いされて一巻の終わりだろう。
三将は歴然とした力量差を肌で感じていた。
「どう? これでもあたしと戦る? お姉さんは構わないわよ」
マリは挑発気味に「勝ち目ないわよ」と仄めかした。
三将はそれぞれ頬を伝う冷や汗を拭うと、覚悟を改める。
「おっかねえけど……でもまあ、セイメイの旦那より全然マシだな」
「そうだな……セイメイ殿に挑むと考えたらマシか」
「ああ、ドンカイ殿のがまだ恐ろしい……」
勝算がないのは先刻承知──だが退くつもりはない。
セイメイやドンカイとの戦った三将は、自分より遙かに強い者に挑む気概を培っていた。そのチャレンジャー精神を知っているからこそ、ツバサは穂村組との先鋒に彼らを推したのである。
そして、三将は見事に応えてくれた。
軽い調子だがマリとて穂村組若頭補佐。力の差を理解している三将が、決して眼を逸らさない眼差しから立ち向かってくることを察した。
その意気や良し、と言わんばかりにマリは微笑んだ。
「勝てないとわかってても牙を剥くんだ。その根性、嫌いじゃないわ……オジさまもケンカ祭って言ってたし……いいわ、遊んであげる」
ただし──と前置きするマリは鉄扇をクルクルと回転させる。
それは人知を超越した回転速度に達して、大型の回転丸鋸となる。分身するように数を増し、花畑が満開になるように広がっていった。
鋼鉄の花園──その中心でマリは愛嬌たっぷりに微笑む。
「手足の2~30本は覚悟してちょうだいね~?」
「いや、そんなに手足ねぇし! 3人合わせてもいいとこ15本だし!」
「3×4で12だ、このバカ」
計算間違いするウネメの尻をまたオサフネが叩く。
「いったい!? 女の尻をパンパン叩くな! 腫れたらどうする!?」
「もう腫れ上がったような大きさの尻だろ。大差ないわ」
ウネメは大声を上げて抗議する。感情的になりやすい彼(見た目はもう彼女だが)は、着物の合わせ目から乳房がこぼれそうなほど身振り手振りで騒いだ。
そんなウネメの巨乳にマリが注目する。
「あら、あなた……おっぱい何カップ?」
ウネメは予想外の質問に左右の眼を非対称にするも、人差し指で自分を差して、そのまま唇の下に押し当てて思い出す。
「え、オレ? 乳当ての大きさか? えーと……Hカップって言われた」
「おまえ、Gカップとか言ってなかったか?」
ダインやフミカとの交流で、オサフネはアルファベットを学んでいた。
ついでにウネメのブラサイズも記憶にあったらしい。
この違いにウネメはあっけらかんと答える。
「なんかツバサ様の眷族になったら乳が大きくなった。まあ、男だったオレにしてみりゃ大きいことには変わりないから大差ねぇんだけど」
神々の乳母の恩恵──ではない。
誰しも神族化すると容貌が美化されるため、その影響でスタイルが良くなったのだろう。オリベも「男っぷりが上がりましたぞ」と喜んでいたし。
ウネメのブラサイズを知ったマリの様子が変わった。
ギラリと目の色を凶暴に輝かせ、恐ろしげな笑みを口元に湛える。
「男のオレ? あ、性別変わったクチなの? なのに、アタシと同じHカップ……フフフフ、アンタはおっぱいも置いてきなさい。右乳も左乳もね!」
「なんかオレ目の敵にされてね!?」
マリの異常な気迫に、ウネメは胸を庇いながら後退った。
オサフネとケハヤは──逃げようとするウネメの背中を押し返す。
「よし、ウネメを囮にして上手に立ち回ろう」
「そうだな……戦に犠牲は付き物、こらてらるだめーじとか言うそうだ」
「おまえら酷くね!? れでぃふぁーすとってフミカ様に習っただろ! おまえら男どもこそ女になったオレを守るために前に出ろ! おらほら!」
三将は互いに「どうぞどうぞ」と押し合いへし合いして、マリへの生け贄を差し出すようにもめている。仲が良いのか悪いのか……。
マリはそれを楽しげに眺めていた。
「面白いわねアンタたち。でも、ここって戦場なのよね~。そろそろ攻めてもいいかしら? 大丈夫、ちゃんと手加減してあげるから……ねッ!」
無数の回転丸鋸が一気に解き放たれる。
マリの両手には一対の大型鉄扇しか握られていない。
鉄扇を超高速回転させて工業用バズソーを上回る威力を出すと、それを上位魔族の技量によって何十枚も増えたように見せていた。
質量を伴う常軌を逸した速度の残像だ。
高速回転させた鉄扇からは分裂するように、気功系技能で練り固めた円盤状の気が何百枚も放たれていた。こちらも気で形作られた丸鋸ブレードだ。どれだけ強化で防御力を上げようとスパスパ斬り裂かれるだろう。
無数の円盤が、圧倒的な攻撃密度で三将へ押し寄せる。
反射的に後退しようとするが、彼らの背後に回り込む集団があった。
マリの支配下にある僵尸の群れだ。大量のアンデッドを操るのも彼女の能力のひとつ、攻めの一手に使わない理由はない。
「前門は気円斬だらけ、後門には僵尸軍団。さあ、どうする~?」
上下左右も埋められて逃げ場はない。
「きえんざんってなんだよ!?」
「きょうしーというのもよくわからんな。死人帰りだろ?」
数世紀のジェネレーションギャップに、ウネメとオサフネは困惑する。
円盤ブレードも僵尸軍団も桁違いの数だ。
それが前後から壁のように迫り、三将を推し潰してくる。
絶体絶命の土壇場──三将は動く。
ウネメは目にも止まらぬ速さで刀を抜き放つと、神族になったことで強化された膂力を思う存分に発揮して、手にした神速で刀を振るう。
「久世一心流──破軍」
瞬間、刀を握るウネメの腕が千手観音のように映る。
数多の腕で何千本の刀を振り回す、超攻撃的な観音さまだ。
千手観音から放たれる斬撃は、気の円盤をことごとく斬り払った。
さっきまで子供の喧嘩みたいに騒いでいたウネメは、張り詰めた剣豪の表情に切り替わっている。ふざけていた時の面影はない。
質量を伴う速度の残像を描くマリも大概だが、ウネメも追い縋る速度で刀を振るえるほどに成長していた。
神族化しただけではこうはいかない──努力の賜物である。
軍を破るほどの威勢で豪快に素早く刀を繰り出す。
これはセイメイの会得した久世一心流の奥義のひとつである。
ウネメはセイメイから剣術の手解きを受けており、まだ完全ではないが模倣くらいならできるほど修練を積んでいた。
久世一心流は一子相伝と聞いたけど……いいのかな?
ウネメが斬ったのは、マリが放った気功の円盤ブレード。
人によっては『気円斬』という必殺技で例えた方が伝わりやすいそれを、ひとつ残らず斬り落として見せた。
だが、マリが操る高速回転の鉄扇は生きている。
残像の数も凄まじく、避けるのも躱すのも至難の業だ。
「きしゃぁぁぁああああああああああああああああああああッッッ!」
いくつもの残像に分裂する鉄扇をケハヤは優れた動体視力で見分け、マリの手から落とすべく回転軸に豪速の蹴りを叩き込んだ。
高速回転する鉄扇は回転丸鋸なのでスパスパ切れるが、威力を上げるため超震動を加えられた扇の側面に触れただけでも大怪我は免れない。
なのでケハヤは、的確にマリの手を見定めて蹴り込んだ。
分身と見紛うほど超高速で鉄扇を振るうマリの手へ蹴り込むには、数万分の1秒の誤差もなく叩き込まなければならない。
ツバサたちLV900を超える神族や魔族ならば、音速を超える速さの戦闘中に平然と見極めている、刹那よりも短い時間だ。
ケハヤは──まだLV800台ながらやってのけた。
確実にマリの手を捉え、渾身の蹴りを打ち込んだ。
その途端、残像は消え失せる。
鉄扇を持ったマリの手に軽いアザが浮かんでいるが、自己治癒系の技能で即座に美肌へ戻る。細い指を「ジィ~ン……」と痺れさせていた。
「……へぇ、お見それしちゃったわ。アンタたちLVこそ800台だけど、ウチのレギュラー陣にも引けを取らないじゃない」
どんな鍛え方してんの? とマリは好感触の反応を示した。
マリが感心したのはウネメとケハヤだけではない。
三将の背後に迫っていた僵尸は、オサフネが1体残らず始末していた。
露払いにも使っていた、マリナが聖別してくれた神聖なる大槍。あれをちゃんと回収しており、それを射出することで僵尸の群れを食い止めていた。
マリの攻撃を食い止めるのを戦闘専門職なウネメとケハヤに任せ、彼らが専念できるように後ろを護ったのだ。
三将は、それぞれの得意分野で対処したに過ぎない。
打ち合わせどころか合図や目配せも一切せず、自身のやるべきことを瞬時に見極めて、阿吽の呼吸でマリの猛攻を凌いでいた。
マリはLV980。三将は平均LVが800前後。
3人で徒党を組んでも歯が立つ相手ではないが、懸命に食い下がっている。
マリも本気ではないが、三将の成長振りは大したものだ。
時間の流れが違う異相空間に招いて、セイメイやドンカイと3人掛かりで修行させた甲斐はある。もう一度、LV900になるまで鍛え上げてやろう。
「もっと本気でやっても、アンタたちなら壊れにくそうね……」
楽しめそうだわ、とマリは拍手の代わりに鉄扇を打ち鳴らす。
彼女の微笑みにサディスティックさが加えられていく。
その時──砲撃が万魔殿の本体に直撃した。
ダイアケロンからの豪雨のような砲撃ではない。これは鋼鉄の触手とゲンジロウとレイジが防いでいる。今の砲撃は予期せぬ方角から飛んできた。
マリは驚いた様子で振り返る。
「こっちとは反対側……まだ伏兵がいるの?」
彼女の慌て振りに三将は揃って「ニヤリ」と口元を緩ませた。
~~~~~~~~~~~~
ダイアケロンから見て右側面からは、三将が攻め込んでいる。
その反対側──左側面から万魔殿に接近する者がいた。
原野を激走する1台の大型トレーラー。
ダインが巨神王ダイダロスに変型するための『ダインローラー』を思わせる、全長30mを超える大型の戦闘用装甲車両だ。
デザイン的な違いもさることながら大きく異なる点は、ダインローラが一体成形型の戦闘車両タイプなのに対して、こちらの車両は牽引車両部分とトレーラーが分離するタイプだった。
この車両はデザイン的に護衛車両と呼びたい。
トレーラー部分には各種兵装を満載しており、走りながら万魔殿に目掛けて攻撃を続けている。ダイアケロンやオリベの粘土、それに三将の攻撃に気を取られたのか、万魔殿はその攻撃をまともに食らっていた。
砲撃するトレーラーを切り離して、牽引車両が前に出る。
『フォームチェンジ──ダグザ!』
トラクターは走行しながら前輪を浮かせて車体を持ち上げ、トレーラーとの接続部分を脚部に、車両本体から腕を伸ばして人型ロボへ変型する。
現れたのは全長15mの鎧武者ロボ──ダグザ。
スプリガン総司令官ダグ・ブリジットの『巨鎧甲殻』だ。
豊穣を司る主神の名を冠する機体は、大自然の息吹を表すグリーンの光沢を帯びており、以前目にした時よりもアーマーの厚みや強度が増しており、装甲のデザインも洗練されて凜々しさに磨きが掛かっている。
スプリガンの娘たちも、総司令官の勇姿に瞳をハートにしてメロメロだ。
おまけに牽引車両に変型する機構も加えられていた。
ダグザは二足歩行で走りつつ、飛行バーニアで空へと浮かび上がる。
トレーラーは自走し、ダグザの後に付いてきた。
砲撃を受けたことでダグザに気付いた万魔殿。攻撃と接近を防ぐべく鋼鉄の触手を振り下ろすが、ダグザとトレーラーは左右に別れて回避する。
すれ違いざま、ダグザは腰の剣を抜いた。
触手を斬り捨て万魔殿へと突き進む。
先行するダグザを援護するべくトレーラーも攻撃の手を休めない。そのミサイルは恐ろしい爆発力を誇り、野太い触手を吹き飛ばした。
ダインとフミカが言うには……。
『弾頭にはフミんアイデアで、金属ヘリウムや固体化窒素を使うちょる。現実じゃあ手間暇やコスト面はおろか技術的に実用が難しいもんばかりじゃが、今んワシなら都合がつくんじゃ』
『実現不可能な空想科学技術でも、ウチらには朝飯前ッスからね』
……とのこと。威力が桁違いのものばかりらしい。
ダグザは鋼鉄の触手を払い除ける。
すると、トレーラーは自走するどころか車体からジェット噴射を始め、ダグザを追って浮上する。浮かぶ途中、全体に幾何学的な光が走った。
光のラインに合わせてコンテナは分解する。
分解したコンテナは変型しつつ、ダグザの機体を取り巻いた。
両腕、両脚 腰部、胸部──そして頭部。
これらを補強する追加装甲パーツとして装着していき、全長15mから20m超えの大型ロボへとバージョンアップさせた。
『豊穣巨神合体──ダグザディオン!』
ミ=ゴ艦隊との決戦で得られたデータを元に、ダインが「ダグザディオンに大幅にパワーアップしといたぜよ!」と自慢げに語っていた。
これが新しいダグザディオン──まだ序の口だ。
大振りな砲身を背負い、肩や腰部には小型ながら常識はずれの破壊力を発揮する弾頭を載せたミサイル発射管を装着したダグザディオン。
襲いかかる万魔殿の触手へ五月雨撃ちして近寄らせない。
ダグザディオンを叩き落とそうとする鋼鉄の触手。
それらの触手が次々と突き破られ、蹴破られ、噛み破られていく。
『大自然を護る獣王たちよ──大巨神の元に集え!』
新生ダグザディオンとなったダグは獣の王たちを呼び寄せた。5体の獣を模した、ダグザディオンの機能を更に高める『巨鎧甲殻』である。
『超神化合体──開始』
大地を司る主神の力を受け継いだ──灰色の御子。
スプリガン族でもダグにのみ許された5体の『巨鎧甲殻』。
獣の王を象る機体はダグザディオンの呼び掛けに応じて、空の彼方から流星となって飛来する。これらの機体は参戦する前に敵を蹂躙するのだ。
万魔伝の本体を壊すことはできないが、通りすがりに頭突きや体当たりをかまして衝撃を与えつつ、ダグザディオンを襲う触手を突き破っていく。
まずは2体、ダグザディオンの足下へ駆けつける。
『──荘厳なる巨猪! 偉大なる雄牛!』
猪と雄牛をモデルにした2体の『巨鎧甲殻』だ。
どちらも似通った重戦車の如きフォルム。ダグザディオン同様に改造を施されており、デザインは一新されて更に重厚かつ巨大になっていた。
猪と牛は四つ足を折り畳んで変型する。足を収納して長方形のブロック状になり、後部にドッキングの挿入口が開いて頭部が肩の上へせり上がる。
変形した2体を、ダグザディオンは足鎧のように装着した。
『──対なる猟犬!』
触手の破片を噛みながら、2体の猟犬型『巨鎧甲殻』が馳せ参じる。
この2体は猟犬を模した同型機。猪や牛のようにサイズアップされており、デザインも猛々しくなっていた。猟犬たちも接近しながら変型する。
脚を本体に格納して胴体を伸ばし、膝に当たる関節が現れる。腕を差し込む開口部が開くと、ダグザディオンが腕を差し込んで一体化した。
限界まで開かれた犬の顎から、大きな掌が飛び出す。
2匹の猟犬はダグザディオンの豪腕となる。
以前のダグザディオンは5体の『巨鎧甲殻』と合体しても全長20m強だったが、改修されたダグザディオンは30mに達していた。
そして、5体目の獣王が降臨する。
『──角冠を掲げし王鹿!』
大樹のような角を振り翳す巨大な牡鹿。
牡鹿も巨大化したダグザディオンに比例して大きく造り直されているが、その頭に掲げる角も今まで以上に大振りに広がっていた。
跳躍するように空を飛ぶ牡鹿は万魔殿へ頭突きをすると、触手も何本かまとめて突き破り、複雑に変型しつつ巨神の背に回る。
長い首と上半身が胴体の前面を守る胴鎧となり、下半身と巨大な角が背中へ回ると覆うようにカバーしていく。
長い四つ足は肩と二の腕を守る装甲に変わっていく。
巨神の胴体を守る鎧となった鹿の王。
その頭上を飾る大きな角はダグザディオンの背中で左右に大きく広がり、高密度の気密体で構成された光り輝く翼となる。
全長が上がったのに比例して、翼も大きく荘厳さを増していた。
最後に──鹿の王の頭部が兜となる。
雄々しい鍬形を輝かせ、大巨神は新たなる変身を遂げた。
『大地を統べし巨神王の神威を宿す我が身に、工作の男神と文化の女神より新たな祝福を授かりし今……すべてを超える豊穣の大神とならん!』
漲る緑色の“気”を噴き上がらせ、大いなる巨神は真なる名を唱える。
『超豊穣巨神王ゴッド・ダグザディオン──ここに現臨《げんりん》ッ!!』
これがダグの新しい『巨鎧甲殻』──ゴッド・ダグザディオン。
かつて蕃神との戦いで初陣ながら大勝利を収めたダグザディオンだが、先祖から受け継いだ『巨神王の鉄槌』と讃えるべき究極兵器を使ったことで、その反動により機能停止へ追い込まれるダメージを負ってしまった。
これを見たダインが、ダグザディオンに大規模な改修を施した。
まず、すべての『巨鎧甲殻』をバージョンアップさせた。
5体の獣王と合体する前に、ダグザをダグザディオンと呼べるほどの出力を発揮できる大型ロボへと改造。ダグザも牽引車両への変型機構を加えて移動力をアップさせ、装甲や武装を大幅に強化させてある。
そして、トレーラーとなる追加装甲と合体してダグザディオンに変型。
このダグザディオンに大型化した5体の獣王型『巨鎧甲殻』が合体することで、超豊穣巨神王ゴッド・ダグザディオンとなる。
LVは950──合体中のみツバサたちに匹敵する。
ダグザディオン状態のダグは、神族と同等になれるのだ。
「合体ロボ、しかもLV900超えの……いやはや、参ったねこりゃ」
豪毅じゃねえの、とバンダユウは諦念から笑っていた。
こちらにLV999がいるとは聞いていたが、まさか現地種族の1人が巨大ロボに変型して神族となり、組の精鋭に並ぶとは予想外すぎたのだろう。
攻撃をしながらの合体を終えたゴッド・ダグザディオンは、キラキラと光り輝く緑の燐光を振りまいて万魔殿へ突撃していく。
突き進むダグザディオンは、万魔殿に向けて大声で告げる。
『ハトホル様から聞いています……あなた方は遊び半分でこの国に攻めてきているのかも知れないが、俺たちは身命を賭してハトホル様の治める国と、そこに暮らす民たちを護ることが使命です。だから……ッ!』
全力で──行かせていただきます!
「フミカ様の承認確認! 封印制御術式“モイツラ”──解錠!」
ダグザディオンの額にフミカ印の魔法陣が現れると、何かが解放された電子音を鳴り響かせて魔法陣が消える。
その途端、ダグザディオンの内側から莫大なエネルギーが湧き上がる。
『うううぉぉぉおおおおおおおおおおぁぁぁああああああああああーーーッ!』
力の解放を受け取ったダグザディオンは咆哮を上げた。
『“無限を湛える父祖の大釜”──全開ッッッ!!』
軛が外れたことにより、ダグの体内にある力が解き放たれる。
大地を司る主神から受け継いだ、無限のエネルギーを湧かせる神秘の大釜。あの有名な聖杯のモデルとされる神代の遺物だ。
それはダグの心臓でもあり、ダグザディオンの動力炉として稼働する。
底なしで増大していく巨神の力、それはゴッド・ダグザディオンの機体をエメラルドグリーンに輝かせ、翠玉の宝石にも似たコーティングで覆っていく。
これは超高密度で凝縮かつ凝固した気密体。
ゴッド・ダグザディオンを護るように全身を覆っていくと、腕には大振りの籠手のように被されていき、胸部にも鋼板を重ねるように鎧われていく。兜は派手さを増しながら厚みを重ねていき、鍬形までもが立派に伸び上がる。
ゴッド・ダグザディオンが──更なる変型を遂げているかのようだ。
兜の後部からは紅蓮に輝く飾り毛のようなものが伸びていき、獅子のたてがみを彷彿とさせる。背中に背負った翼も光背のように神々しさを増した。
そして──ゴッド・ダグザディオンがLV999に達する。
これにはバンダユウはおろか、穂村組の幹部全員が目を奪われていた。
「LV900どころか……LV999だと!?」
「あのロボットは、現地種族のはず……そんな馬鹿な!?」
「ハトホルの国ってなんなのホントにーッ!!」
唯一、ゲンジロウは黙したまま瞠目するだけだった。
ダグザディオンとなって父祖の大釜を完全解放したダグは、一時的にLV999へとランクアップできる。それは、ダグザディオンの状態でないと使うどころではない究極兵器を発動させるためだった。
亜空間にある神族の道具箱、ダグザディオンの場合は格納庫というべきか。
そこから引きずり出されたのは──巨神に相応しい戦槌。
長い柄の先には先端と見間違えそうな大きさの石突。その反対には山をも叩き潰しかねない巨大すぎる鉄塊が括りつけられていた。鉄塊と言い表したが、しっかりメカニカルな造型をしており、圧殺に適した形状に整えられている。
『ダグザディオン……メイスッッッ!!』
父祖より受け継いだ神器ともいうべき武具。
この戦槌に叩き潰されたものは滅びを免れない。
万物は滅ぶ──万象は必ず滅ぶ。
ダグザディオンメイスは物質の原子や分子の働きに、極限を超えた圧力を与えて加速度的に劣化させ、一瞬で風化させるのだ。この時かける圧力は天文学的なものとなるため、普通の神族ではできない。
ツバサも『滅日の紅炎』という原理が同じ技を編み出している。
しかし、これは対象を完璧に滅ぼす威力があるのと引き換えに、使用者にも致命的な反動をもたらすのだ。
ツバサは過大能力と技能を駆使して防いでいるが、以前のダグザディオンはそれができずに、メイスの反動で自身を激しく損傷してしまった。
そこで──ゴッド・ダグザディオンである。
ダグザディオン自身が“ゴッド”を冠するまでパワーアップし、ダグザディオンメイスを使用する際には強固な気密体で全身を覆って保護することで反動の無効化に成功した。
『大巨神の鉄槌……受けるがいい!』
その名を誇らしげに叫んだダグは戦鎚を振り上げ、万魔殿へ振り下ろすべく突き進んでいく。触手が邪魔してこようとも、完全状態なダグザディオンの体当たりで弾き飛ばされていた。
もう少しで万魔殿の塔に届く──その進撃に立ち塞がる者があった。
ダグザディオンの行く手には、ゲンジロウが現れたのだ。
ダイアケロンの砲撃はレイジとバンダユウに任せて、ゲンジロウはダグザディオンの抑えに回ったらしい。左の拳を力いっぱい握っている。
突然、ゲンジロウの左拳から血が噴き出した。
あまりにも強く握り締めたため、自らの握力で肉や皮を破ったようだ。
指の隙間から噴き出す鮮血──その血が赤く燃え上がる。
熱血なんて言葉はあるものの、血がマグマのように燃え上がっている人間などいるはずもない。これがゲンジロウの魔族としての特性なのだろう。
燃え上がる血潮は粘り気を増しながら増殖していく。
瞬く間に溶岩の塊へと膨張すると、ゲンジロウの拳や手首を取り巻いて、燃え盛る巨大な腕へと変化させていく。その熱量たるや凄まじく、生身の人間が見たら網膜を焦がしかねないものだった。
ゲンジロウは燃える拳を引きずり、ダグザディオンへ向かっていく。
ゆっくりした動き出しから一気に加速し、瞬く間に神速へと登り詰める。
駿足でダグザディオンの間合いに踏み込む。
『ッ! 体格差があろうとも……容赦はしません!』
ゴッド・ダグザディオンへ立ち向かってくるゲンジロウの剛胆さに面食らうダグだったが、相手は上位魔族と思い出して戦意を緩めることはない。
あらゆる敵を打ち砕く巨神の戦槌を、ゲンジロウ目掛けて叩き落とす。
『微塵《みじん》となりて……大地に還れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!』
振り下ろされるダグザディオンメイス。
その一撃は滅びの波動を発しており、真なる世界最硬のアダマント鋼ですら一瞬で塵に変える威力を持っていた。
そのダグザディオンメイスの殴打面に、ゲンジロウは燃える拳を突き上げる。
「劫火──拳乱」
インパクトの瞬間、何百倍にも膨れ上がる溶岩の拳。
大地の巨神の戦鎚VS業炎の魔人の鉄拳。
その激突は──世界を真っ二つに割る衝撃を湧かせた。
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男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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