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第12章 仁義なき生存戦略
第295話:スプリガン四天王(5人いる)
しおりを挟む空を往く鋼鉄の巨大頭足類──もとい万魔殿。
アダマントやオリハルコンの鋼で練り上げられた巨体を取り巻くのは、マリの力によって冥界から呼び戻された、屈強なる亡者の軍勢だった。
古の神族や魔族、力ある多種族、エルダー級のドラゴン……。
復活させる際、マリが選りすぐった亡者だ。
群れを成す亡者たちは幽霊のように宙を舞い、鬨の声を上げて進軍する。
移動要塞である万魔殿へ随伴するかの如くだ。
「ざっと数えて1万前後、LVは平均500オーバー……」
さすがですねマリ、とレイジは賞賛した。
番頭として兵力の概算を済ませると、進撃する万魔殿の周囲に亡者をどのように配置するかをマリに伝える。彼らはマリの命令にしか従わないからだ。
「これほどの兵隊を瞬時に用意できるのはあなたくらいのものですよ」
「おだてても何も出ないわよ。見かけ倒しだしね」
レイジに褒められて、マリは肩をすくめた。
「でもまあ、頑丈な手駒には違いないわね」
マリは吸血鬼から種族変更を繰り返して、最終的には仙人系でありながら魔族に属する“邪仙”という高位魔族になっていた。
出自が不死者であるため、屍を操作する技術に長けている。
本来ならばホネツギーのような死霊術師に分類されるのだが、彼女は仙人として仙術系統を極めたので、もっと上位にカテゴライズされていた。
仙人が呪符を用いて操る死体──これは僵尸と呼ばれる。
中国の伝承に基づいた動く死体のことで、吸血鬼やゾンビと並ぶ東洋を代表するアンデッド。映画などで流行して知名度を上げたモンスターだ。
なので、これらの亡者はすべて僵尸である。
マリの過大能力は悪徳を抱えた死者を、手順も手続きもすっ飛ばして、絶対服従する上位アンデッドとして蘇生させるものだった。痕跡が爪の一欠片でも残っていれば、そこから全盛期に近い状態で復元できるというデタラメさだ。
そこは過大能力ならではのやり過ぎ感があった。
大き過ぎる能力と書いて過大能力――名前通りの面目躍如である。
「罪を犯して鬼籍に降りた者は、悪徳の堀にて絶え間ない責め苦を繰り返されるというわ……あたしの能力は、そんな悪人たちを堀の底から引き上げて、問答無用でアンデッドにするもの……みんなノータリンだけどね」
蘇生させる際、どんなアンデッドにするかはマリの自由。
ゾンビ、スケルトン、吸血鬼、ワイト、レイス、リッチ……デュラハンやミイラでも選り取り見取りだ。ただし屍食鬼はアンデッドに含まれない。
(※屍食鬼はああいった生態を持つ種族)
マリは仙人系なため、僵尸として蘇生させるのを得意とする。
ただし──どのアンデッドも知力に恵まれなかった。
訓練された警察犬くらいの知能しかなく、マリの命令には従うが徹底されてないと本能の赴くままに行動する。甦った死者として、近くの生者に襲いかかって喰らおうとするのだ。
吸血鬼として復活させても、やはり知能指数は低い。
数を揃えてちゃんと指示すれば兵隊として使えるものの、雑用などをさせるには不向きな木偶の坊にしかならないのだ。
「僵尸も年を経れば神通力を身に付けて強力な魔物になるけれど……あたしの手駒にはそこまで高望みできないのよね。数だけは揃えられるけど」
「見栄を張るにゃあ十分よ」
自嘲するマリを、バンダユウは「いいじゃねえか」と宥める。
「いずれまともに使えるアンデッドを仕立てられるようになんだろうよ。過大能力も練習せにゃあ伸びねぇからな。そこは現実と同じさ」
精進しろよ、とバンダユウは呵々と笑った。
バンダユウは煙管を逆さに叩いて、燃え尽きた煙草の灰を捨てる。
灰はあっという間に散って風に流れた。
四大幹部は今──超高速で飛翔する万魔殿の先端にいた。
たとえるなら目標へ突き進む大陸間弾道ミサイルの鼻先にいるようなものだ。並の人間であれば吹き飛ばされる風の中でも、無意識に薄い結界を張り巡らせて風圧を軽めにさせている。
──眼下に広がる雲海。
その切れ間から覗ける大地をバンダユウは一瞥する。
「……ん? なんか今、どでかい山がなかったか?」
雲の隙間から、蒼い光沢を帯びた山脈を見た気がする。
「なにやら途方もない城にも見えましたが」
「一瞬で通り過ぎちゃったから、よくわかんなかったわね」
レイジとマリも目撃したが、もう通り過ぎていた。
それだけ万魔殿が高速で飛んでいる証でもあり、本物の大陸間弾道ミサイルをも超える勢いで、この異世界を占める超巨大大陸を横断中だった。
大陸中央を飛び越え、もうすぐ大陸の西南へ辿り着こうとしている。
穂村組が拠点を置いた北方の溶岩地帯とは打って変わって、この辺りには草原が広がり、山々には木々が生い茂って緑豊かな世界が広がっていた。
そろそろだ──ハトホルの国が近い。
「おいレイジ、ハトホル姉ちゃんの国まで後どれくらいだ?」
「位置、距離、速度からして……およそ10分弱かと」
レイジは懐中時計を確認して即座に割り出した。
思ったよか早ぇな、とバンダユウは煙管に新しい煙草を詰める。
この一服が終わったら──頃合いだろう。
バンダユウに限らず、ゲンジロウやレイジもハトホルの国への到着時間を見計らっていた。気を引き締めて臨戦態勢を取らなければならない。
もうじき敵地へ踏み込むのだ。
組長は「殴り込みじゃない」と言い張るものの、この万魔殿で突撃すれば相手は敵襲と受け取るに違いない。問答無用で最大級の攻撃魔法をぶつけられても文句を言える筋合いはこちらにないのだ。
ハトホルの国からの迎撃は──ゲンジロウたちが対処するしかない。
「要するにだ、花火の打ち上げ合戦みたいなもんよ」
バンダユウはわかりやすく要約する。
魔法や攻撃技を打ち込まれたら、こちらも攻撃で打ち返す。ハトホルの国を守るために防衛部隊的なものが乗り込んできたら、同程度の応戦部隊を出せばいい。
どんなに派手に戦ってもいいが──人死には避けること。
「ケンカ祭とでも思っておきゃあいいのさ」
「相手と打ち合わせなしのケンカ祭って……危なっかしいわねぇ」
僵尸の群れを指揮するマリは嘆息した。
ただの喧嘩でさえ、当たり所が悪ければポックリ逝ってしまう。どんなに手加減しても暴力は誰かの命のあっさり奪うことがままあるのだ。
ケンカ祭となれば尚更に危険である。
正直、バンダユウもどうかと思っているのだが……。
「しょうがあんめぇよ。ホムラはああなると言っても聞きゃしねぇんだし……恋は盲目っていうだろ? 走り出したら止まらねぇもんさ」
付き合うしかねえだろ、とバンダユウは諦観を決め込んでいた。
それでも目算は働かせている。
「ハトホルの国と出会い頭にドンパチをやらかす。ちいっと盛り上がってきたところでホムラが顔を出して、それにハトホル姉ちゃんが反応してくれりゃあ……2人が顔見知りってんなら、そこにチャンスがあるはずだ」
あとは──臨機応変にやるしかない。
「殺さないよう手心を加えるも派手に暴れろ、ですか……骨が折れますね」
「若の命だ……やるしかあるまい」
レイジが憎まれ口を叩くと、ゲンジロウが戒めるように言った。
──間もなくハトホルの国へ差し掛かる。
相手がLV999プレイヤーならば、隠密も気配遮断もせず、空飛ぶ万魔殿ごと突撃してくる穂村組に気付かないわけがない。
必ず、迎え撃ってくるはずだ。
その瞬間を今か今かと待ち構えていると──。
『そこの未確認飛行物体! 止まりなさぁ~~~い!』
スピーカー越しに響くキンキン声が鼓膜を震わせた。
年端もいかない女の子がマイクを持って叫んでいるのを想像したバンダユウが、音の発信源に目を向ける。それは眼下に広がる雲海から聞こえてきた。
雲の海に魚影が走り、万魔殿の速さに合わせて浮上してくる。
「せ、戦艦……空飛ぶ船だとぉ!?」
まさかのお出迎えに、バンダユウたちは面食らわされた。
~~~~~~~~~~~~
「始まったか……お手並み拝見だな」
ツバサは我が家の屋上に立ち、両眼を閉じて集中する。
もはや定番となった爆乳の下に腕を回して、支えるように腕を組んだまま立ち尽くすと、瞼の裏に膨大なパノラマを広げて状況を見守った。
過大能力──【偉大なる大自然の太母】。
これを働かせることにより、ハトホルの国を中心に周囲数千㎞の状況を具に把握して、これらか起きる出来事を観察できるようにしたのだ。
穂村組の拠点──万魔殿。
それが変型して空飛ぶ鋼鉄の巨大イカとなって、ハトホルの国に急接近していることも承知の上だ。ジャジャとクロコの偵察部隊から報告を受けている。
(※前回同様、分身とメイド人形を派遣した)
万魔殿に忍び込んだ偵察部隊は、「組長がツバサに会いたがっている。喧嘩祭のつもりで小競り合いを仕掛けてくる」という情報まで調べてくれたので、こちらも相応の準備を整えることができた。
まず──スプリガン族と妖人衆を先鋒とする。
彼らには先日、種族単位でパワーアップさせるテコ入れをした。
その成果を戦闘で確かめつつ、強くなったことを自覚させ、自分たちよりも格上のプレイヤーとの実戦という緊張感を体験してもらう。
一粒で三度美味しい──くらいの効果を期待する。
負傷者が出るのは覚悟の上だが、間違っても死者は出さない。穂村組がそこまでの暴挙に出たら、ツバサたちが出張って瞬時に片付ける。
そのため、こうして(神族の)眼が届く範囲から見守っていた。
もう万魔殿からもハトホルの国を視認できる距離だ。
そこでスプリガン族が初手に出た。
『そこの未確認飛行物体! 止まりなさぁ~~~い!』
遙か上空の雲海を飛ぶ万魔殿。
雲海を斬り裂いて現れるのは、スプリガン族が駆る高速偵察艦メンヒルⅠとメンヒルⅡ。ダインがスプリガン族のために建造した駆逐艦クラスの軍艦だ。
万魔殿を左右から挟み込んで併走する。
外部スピーカー越しに、まずは停船を呼び掛けた。
『ここから先はお優しくてお美しいハトホル様が収めるハトホル国です! あなた方のようなでっかくてよくわからない恐そうなものを通すわけにはいきません! 警告するから止まってください! さもなくば回れ右してお帰りください!』
しかし、停船を呼び掛ける言葉があまりに稚拙だった。
偵察艦の操作を任されているのは、スプリガンでもまだ前線に出られない小学生くらいの幼子が多いので仕方ない。でも内容は伝わっているはずだ。
早速、万魔殿から外部スピーカーを通じて返事が来た。
『じゃかましい! 三下なんぞに用はないわ! こちとら用があるのはウィン……ハトホルとかいうおまえらのボスじゃ! ボスを呼んでこい!』
こちらもキンキンとした少女の声だが、所謂「のじゃロリ」という年寄り口調でかなり口が悪い。ヤクザなら頷けるが、少女というのが気に掛かる。
この声……どこかで聞いた覚えがあるような?
そして、四大幹部は頭を抱えていた。
「ホムラの阿呆が……本人がいっとう喧嘩腰ではないか」
「ちょーっと教育の仕方を間違ったかしらねぇ……」
石川五右衛門のコスプレみたいな初老の男と全身レースまみれの金髪美女が、何もかも諦めた冷笑を浮かべていた。この2人はなんとなくわかる。
穂村組顧問──バンダユウ・モモチ。
穂村組若頭補佐──マリ・ベアトリーチェ。
どちらもアキが入手してくれた顔写真と面影が重なるし、何よりバンダユウの顔にツバサは見覚えがあった。現実で何度か会っているのだ。
バンダユウ──交渉を持ち掛ける相手を見つけた。
番頭レイジの姿もあるが、金庫番ゼニヤは見当たらない。
相変わらず凍りついた表情のレイジだが、停船要請が聞こえると「ああ……やってしまった」と後悔の念を垣間見せる。
どうやら組長の説得に失敗したらしい。
そこら辺の詳細は偵察部隊も把握できなかったが、彼が最後までツバサとの和平交渉を訴えていたという事実は聞いている。彼も交渉できる1人だ。
ゼニヤの代わりに、屈強そうな青年がいた。
精悍な面立ちに寡黙そうな人相。「こうだ!」と決めたら梃子でも動かない頑固さを滲ませる彼こそ、穂村組における№2に違いない。
穂村組若頭──ゲンジロウ・ドゥランテ。
これも顔写真と一致する。
着流しを一枚羽織るだけ。着物から覗くのは胸近くまで巻いたサラシ、裸足の足には雪駄を履いている。昭和の任侠映画に登場しそうな出で立ちだ。
穂村組四大幹部は万魔殿の先端に陣取っている。
戦いが始まった際、彼らが迎撃役を務めるためだろう。
しかし、メンヒルⅠからの停船要請に万魔殿が応じることはなく、ハトホルの国を目指して突き進む。これにメンヒルⅠから非難の声が上がった。
『止まって! 止まってくださーい! 止まってくださらないと……迎撃しちゃいますよーッ!? 若様にブリカ様にディア様……それにガンザブロン父様や最お姉ちゃんたちが、あなたたちを攻撃しちゃうんですからーッ!?』
それは非難というより勧告だった。
停船要請が無視されたと判断するや否や、スプリガンの対応は早い。
雲海よりも上空を突き進む万魔殿。
その行く手を遮るべく、雲海に割って現れる5隻の軍船。
装甲方舟クロムレックを旗艦として、メンヒルⅢからⅦまでの高速偵察艦が左右に2隻ずつ、万魔殿の進行を妨げるように浮上したのだ。
「むッ! まだいるのか……これほどの軍艦が」
ゲンジロウは表情こそ崩さないが、面構えに緊張を漲らせた。
メンヒル型4隻ならば、万魔殿は蹴散らしたかも知れない。
しかし全長450mを超えるクロムレックの存在感は無視できず、万魔殿は天敵のマッコウクジラを前にしたダイオウイカのように急ブレーキをかけざるを得なかった。その動作も深海を泳ぐイカそのものだ。
万魔殿が怯んだところで──方舟が仕掛ける。
「各員! 最大火力で攻撃せよ! まずは敵艦を取り囲む上位アンデッドに向けて神聖魔法付与の砲撃を…………放てぇい!!」
クロムレックの甲板、船首に立つブリカが号令を飛ばした。
彼女自身、自らの砲塔型『巨鎧甲殻』から砲撃する。
ショートヘアがよく似合う、軍人風の装いをした美しい女性だ。
様々な事情から若年層が圧倒的に多いスプリガンでも、数少ない成人した女性である。とは言ってもツバサとそう変わらないから二十歳前後。
まだまだ全然、美少女で通じる。
メリハリの利いた肢体に軍人風の衣装を羽織った彼女は、戦艦の大砲に上回る砲塔を抱えた艤装を装備している。これが彼女の『巨鎧甲殻』だ。
スプリガン族特有の身体機能──『巨鎧甲殻』。
機械生命体であるスプリガンは、戦闘時に兵器や巨大ロボとなる外骨格を身にまとうことができるのだ。これらは個人差があり、女性は大きな艤装を身に付ける。
男性は巨大ロボに合体変形できるのだが──これは後ほど。
戦艦の砲塔を構えたブリカは、左右12門ある砲塔から一度に砲火を放つ。
クロムレックも砲塔がせり上がらせると砲撃を開始し、メンヒルⅠからⅦも同様に攻撃を始める。各艦の護衛として編隊飛行するスプリガンの娘たちも、それぞれの銃砲に神聖魔法が付与された弾薬をセットして射撃する。
前方と左右、三方からの一斉射撃が万魔殿を襲う。
「僵尸たち、防ぎなさい!」
マリの掛け声に、亡者兵たちが我が身を盾にして砲撃を防ぐ。
LV500という、現実世界に出現すればたった1体で都市1つを滅ぼせる素質を持つ規格外のアンデッドだが、スプリガンの砲撃を受けて爆散する。
マリナの神聖魔法が付与された特殊弾薬。
それをダインの【不滅要塞】で量産、スプリガンに支給したものだ。
LV500のアンデッドでは物の数にも入らない。
「なんなの、あのメカニカルな女の子たちは!? あたしの僵尸じゃ紙装甲にもならないじゃない!? あんまプレイヤーっぽくないし!」
「あれも現地種族なのか!? あそこまで強力な種族がいるとは……ッ!」
「ハトホル姉ちゃん、おっかねぇのを飼ってるなぁ」
マリとレイジは動揺を隠せてないが、バンダユウは煙管をくゆらせて諦めムードを漂わせていた。酸いも甘いも噛み分けた大人の反応だ。
そして──若頭が動き出す。
ゲンジロウは何も言わずに着物の懐へ手を差し込む。
そこから取り出したのは一丁の拳銃だった。
ヤクザなら“ハジキ”と呼ぶのが相応しかろう。オートマチックタイプ、あまり大きくも洒落てもいない、武骨な古めかしい拳銃である。
それを片腕で構え、クロムレックに照準を合わせて引き金を引いた。
過大能力──【尽きる事なき煉獄の怒りに焼かれよ】
撃鉄が落ちた瞬間、業火が爆ぜた。
ゲンジロウの拳銃が火を噴くと、弾丸ではなく何万という火の玉が飛び出して、不規則に飛び交いながらスプリガンの砲撃を撃墜した。
スプリガンの攻撃をすべて撃ち落としても火球は余っている。
それらの火球は反撃へ転じ、旗艦を堕とすべくクロムレックへ集中する。
そして、ゲンジロウの火球は大爆発を引き起こした。
「やりすぎだ、このバカ頭! 人死には無しと言ったろうが!?」
爆発の規模からして方舟がタダでは済むまい。そう判断したバンダユウは手加減を知らない若頭をバカ呼ばわりした。しかし、ゲンジロウは馬耳東風である。
「叔父貴、やりすぎじゃない……足らないくらいだ」
連中は無傷だ、とゲンジロウは淡々と評した。
爆発の煙は空を吹き渡る風によって、あっという間に流されていく。
煙の向こうから現れたのは、まったく被害を被っていない方舟。
方舟の前には──1匹の大きな亀が立ちはだかっていた。
「……キッコウ・ゲンブシールド……みんなを守る」
方舟を爆撃から守ったのは、この亀が前面に広げた六角形のエネルギーシールドだった。何百枚もの薄黒い六角形が隙間なく立ち並び、ゲンジロウの放った火球の群れをひとつ残らず防いでいた。
亀の正体は──北方武神ゲンブオウ。
東西南北を守る四神という霊獣。北方を守る玄武という大亀と大蛇の化身をモチーフにした巨大ロボット型『巨鎧甲殻』である。
操るのは──オカメ・ガンジュニア。
前髪パッツンのだぶだぶなファッションを好む少女は、ゲンブオウの頭に立って両手片足を上げて珍妙なポーズを決めている。
「亀なのに……荒ぶる鷹のポーズ……」
意味をわかってやっているのか? なかなかの不思議ちゃんである。
「空飛ぶ戦艦の次は巨大メカ!? なんなのハトホルの国って!?」
「もはや何でもありですね。やはり喧嘩を売るべきでは……」
マリとレイジが呆気に取られていると、巨大メカの追加が入る。
方舟の影からうねるように姿を現したのは、ブルーメタリックに輝く機械仕掛けの龍だった。東洋風の龍をモデルにしたメカドラゴンである。
東方守神──セイリュウオウ。
この龍を駆るかの如く、1人の少女が頭部に立っていた。
OLみたいにビシッとしたスーツで決めて、蒼に染まる長い髪も化粧もバシッと決めているが、大人ぶりたい高校生にしか見えない少女だ。
タツミ・ガンジュニア──セイリュウオウの担当である。
「ハトホル様とダグ総司令官から承っております。此度の戦いはスプリガン全戦力を以てあたり……一切の手加減は無用だと」
セイリュウオウが顎を開けば、喉の奥に雷のエネルギーが溜まる。
「そのため、ハトホル国の東西南北を守護する任にある我々『スプリガン四天王』もこうして駆り出されました……恐らく、この戦闘は私たちの新たな『巨鎧甲殻』の実地テストも兼ねているのでしょう。なので……」
遠慮はいりませんよね? とタツミの眼光が残酷に瞬いた。
「喰らいなさい──ライトニングブレス!」
雷光の吐息が放射状に吹き荒れ、万魔殿に直撃する。
今度はゲンジロウではなく、レイジが両手を前へと突き出した。
スーツの両袖から極寒の冷気が噴き出すと、それは瞬時に氷の鎖へと変わって宙を駆け巡る。長大な氷の鎖はどこまでもひた走り、万魔伝を十重二十重に取り巻く氷の鎖の結界となった。
過大能力──【区別なく差別なく分け隔てなく凍れ】。
溶けることのない絶対零度の鎖。
それは絶縁体となって雷を寄せ付けず、絶えず動くことでそのエネルギーを拡散させた。のみならず、レイジもここから反撃する。
ライトニングブレスが終わると、鎖の先端を方舟に差し向けたのだ。
氷の鎖は伸び続けながら、何本にも増えていく。
これで方舟を滅多打ちにしつつ、縛り上げようとする目算を立てていた。
「そんな真似させないために──ッ!」
「──出しゃばりなオレたちがスタンバってたんだぜぇ!」
方舟の後ろから、新たに2体の巨大ロボットが現れた。
南方警神──スザクオウ。
西方衛神──ビャッコオウ。
文字通り、南を守る霊鳥・朱雀を象った鳥型メカと、西を守る霊獣・白虎を模した虎型メカが、待ってましたとばかりに飛び出してきたのだ。
スザクオウに乗るのは──スズメ・ガンジュニア。
オカメやタツミと同い年に見えないほど幼いが、派手な天然パーマとロリータファンションが目立つ少女は元気よく前へと突き進む。
ビャッコオウを操るのは──オトラ・ガンジュニア。
こちらは逆に女の子にしては背が高く、マッシブな体型なので別の意味で同年代に見えない。気性の荒い軍人風、それこそ虎のような少女だった。
どちらも動物型な『巨鎧甲殻』の頭に立ち、手足の如くこれを操っている。
スザクオウは翼を羽ばたかせると、羽毛型の小型ミサイルを何発も発射して氷の鎖を撃ち落とした。その爆発をかいくぐってビャッコオウが迫っていく。
「ハトホル様仕込みの火炎! 喰らいやがれ!」
オトラが吠えるとビャッコオウも吠える。
ビャッコオウの口から放たれるのは、ツバサの炎魔法を模した爆炎だ。
さすがに一瞬で溶けるほど軟弱ではないが、ビャッコオウの吐く火炎によって、レイジの氷の鎖は徐々に溶かされていく。
「そんな薄氷で……オレたちスプリガン四天王を止められっと思うなぁ!」
ビャッコオウは炎を吐き続けながら突進する。
その爪も灼熱を帯びており、万魔殿を取り囲む氷の鎖を引き裂いた。
氷の結界に綻びができると、タツミは姉妹たちに呼び掛けた。
「今こそ好機──オカメ! スズメ!」
合図を受けた姉妹はすぐさま己の役目を理解する。
「ほいきたどっこい……エクスプロージョン・シールド、行け~」
「はいな! ボムボムフェザー、はっしゃ~!」
オカメがゲンブオウの頭をコツコツ叩けば、爆発性を付与された赤黒いシールドが何百枚も展開し、手裏剣のように飛ばされると万魔殿へ取り付いた。
スズメがスザクオウの頭で小躍りすると、尾羽から羽根のついた爆弾がいくつも解き放たれ、同じく万魔殿へ飛んでいくと外壁にペタペタ張り付いた。
この間にも、オトラとビャッコオウは氷の鎖を剥いでいる。
万魔殿は氷の防御結界を解かれ、爆発物まみれにされていた。
「よくこじ開けた──トドメは私が請け負おう」
万魔殿の頭上、5体目の巨大メカ型『巨鎧甲殻』が出現する。
遙か上空に待機していたそれは天馬をモティーフにした機体。西洋ならペガサスというべきだが、四神相応に与するので麒麟である。
中央護神──キリンオウ。
翼を広げて急転直下するキリンオウ。
その翼には機雷や爆雷をこれでもかというくらい搭載し、胴体からはミサイルの発射口が開いて、背には何本もの砲塔を背負っている。それだけに留まらず、機体の周辺にはドローンというかファンネルというか……攻撃機能を備えた小型機が多数展開しており、これらも万魔殿へ向かって特攻していく。
他の四神相応『巨鎧甲殻』と比べて、攻撃の汎用性が段違いだった。
そんなキリンオウを駆る──リン・ガンファスト。
彼女もまたキリンオウの頭に佇み、音速を超えて急降下しているにも関わらず、平気な顔をしていた。
モデル顔負けの八頭身なスタイルはビクともせず、顔の半分を隠す独特なへアスタイルと、軍服風のコートは突風の中でバタバタとはためいている。
オカメ、タツミ、スズメ、オトラのガンジュニア四姉妹。
多少の差はあれど、彼女たちはまだ女子高生くらいの子供だ。
しかし、リンだけは大人の女を醸し出している。
スプリガンの中でも最年長、数少ない成人したスプリガンの女性。
ガンザブロウが本妻との間にもうけた長女。
そして、彼女たち「スプリガン四天王」のまとめ役だった。
……四天王なのに5人? なんてツッコミは野暮だろう。
リンを乗せたキリンオウは、臆することなく万魔殿へ突撃する。
「痩せても枯れてもハトホル様たちと同様、遠き地球より来た魔族……これで退場を願えるほど安くはなかろうが……我らの新しき力、試させてもらう!」
リンの意志に答えたキリンオウは、持てる限りの火力を解き放つ。
それらはすべて万魔殿に直撃──大気を震撼させる大爆発を巻き起こした。
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召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
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巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
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とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
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Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
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しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
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一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
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