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第12章 仁義なき生存戦略
第294話:穂村組若頭補佐 マリ・ベアトリーチェ
しおりを挟む穂村組の拠点──万魔殿。
ゼニヤがマーナ一味を引き連れて茶室に飛び込む直前、万魔殿が動き出す少し前からあちこちで異変は起こっていた。
万魔殿内の各所に設置されている、緊急事態を知らせる赤色灯が明滅するとともに警告音を鳴らして、構成員や原住民に避難を呼び掛けていた。
これを聞いた者たちは迅速に行動する。
万魔殿拡張のため働かされている原住民たちは即座に仕事を切り上げ、自分の寮へ駆け戻る。そこは避難所も兼ねていた。奴隷である原住民の避難を確認した組員たちも、各々自室へ戻って館内へ出ないようにする。
繰り返すが──この万魔殿は組長の過大能力。
そのため万魔殿内の様子は手に取るように把握できるため、全組員と奴隷全員の避難が完了したのを確認すると、ホムラは命じるように告げた。
「起きよ──【いつか至高天へ達する万魔殿】」
ホムラの命に応じて、万魔殿が起動する。
震動は次第に大きくなって鼓膜を劈く機動音が鳴り響き、ついには内部にいる者を宙に浮かすほどの激震となって万魔殿を軋ませる。
やがて──変型が始まった。
万魔殿はホムラたちが暮らす巨大な塔を中心に鋼鉄製の回廊が四方八方へ延びており、その先に工場などの各種施設が建てられている。
それらの施設が回廊を伝って動き出した。
回廊を線路の代わりにしてスライドしていく各種施設は、塔の根元に辿り着くと物々しい金属音を立てて合体、あるいは融合する。
巨大な塔は施設を取り込み、根元部分を大きく膨らませていった。
合体融合を果たした施設は変型を続け、万魔殿の巨塔に当たる部分に沈み込み、塔の外壁はかつてないほど強固な装甲板に覆われていく。
歪な外壁は空気抵抗を減らすため、滑らかなフォルムに変わる。
すべての施設を取り込むと、今度は回廊が動き出す。
ベリベリメキメキと耳障りな音をさせて、溶岩の冷えた土地から回廊を引き剥がすように持ち上げた。何十本もある回廊を極太の触手のように撓ませる。
今の万魔殿を遠くから眺めた者は、誰もがこう表現するはずだ。
巨大なイカが暴れている──と。
深海の王者たる大王イカ、あるいは船乗りの伝説で語られる海の魔王クラーケンを思わせる万魔殿は、何本もの触手を波打たせて動き出した。
鋼鉄の触手が一斉に振り上げられ、大地へ叩き落とされる。
触手は地面へ突き立つと、倍の大きさになった万魔殿本体を持ち上げた。
万魔殿の根元──イカならば口に当たる部分。
そこから地面を貫く火力でジェット噴射が噴き出し、万魔殿の巨体を徐々に宙へと浮かび上がらせる。凄まじい噴煙が溶岩の大地を覆った。
万魔殿は今、ロケットが如く飛び上がろうとしていた。
「──ホムラぁ! なにしとるんだおまえはッ!?」
万魔殿が発射する直前、バンダユウが大広間に駆けつけた。
バンダユウだけではない。
若頭を筆頭に四大幹部は揃い踏み、彼らに組長の異変を知らせたゼニヤとマーナ一味も一緒である。一様に驚愕と困惑の表情を浮かべていた。
~~~~~~~~~~~~
大広間へ駆けつける途中──大凡の流れはゼニヤから説明された。
マーナ一味への裁き(当面は上納3倍とする)を終えた後、レイジやバンダユウは退室して四大幹部を集めて会議を始めた。
ハトホルの姿を見てからというもの様子のおかしかったホムラは「1人にさせてくれ」と思い詰めていたが、イシュタル騒動の時よりは落ち着いた様子なので1人で考える時間を与えることにした。
かと思いきや──すぐにマーナ一味を呼び戻したらしい。
ゼニヤは「なんや胸騒ぎがしよる」という理由で同席し、ホムラとマーナ一味のやり取りを見守っていたそうだ。
ホムラはマーナに「ツバサ・ハトホルのことを詳しく知りたい」と魔眼でハトホルの映像を再現させ、それを食い入るように見つめていたらしい。ハトホルを見て嬉しそうに頬を緩ませたかと思いきや、彼女の傍から離れようとしない蒼い姫騎士を親の仇のような眼で睨んでいたという。
マーナ一味とゼニヤは、しばらくホムラの百面相に付き合ったそうだ。
ハトホルに関する映像を一通り見終えたホムラは、おもいっきり歯噛みしてウンウンと唸りながら思い悩んでいたらしい。
ゼニヤの私見によれば──。
『なんやろうな、子供らしい歯止めの利かんワガママと、組を背負って立つ大人の分別っていう理性を何遍もぶつけ合わせてるみたいやったな』
願望と理性を幾度となく争わせていたようだ。
やがて、辛抱堪らんと髪を掻き毟ったホムラは──。
「…………よし、会いに行くぞ!」
まさしく鶴の一声だったという。
~~~~~~~~~~~~
ゼニヤの報告を受けて大広間へ駆けつけた時にはもう、万魔殿は巨大イカに変型しており、ジェット噴射を噴き出したところだった。
噴射の力は時を追うごとに増していく。
溜めが終われば、万魔殿はロケットよろしく飛び立つはずだ。
バンダユウたちが駆けつけてもホムラは無反応、見向きもしない。
大広間の上座にいるホムラは眼が据わっていた。
動き出した万魔殿のみならず、揺るがない意志を固めたホムラを目にしたゲンジロウ、レイジ、マリは「あっ、察し……」と説得を諦める。
会いに行くつもりなのだ──ツバサ・ハトホルに。
しかし、穂村組の──引いてはホムラの親代わりという責任感のあるバンダユウはそうはいかない。組長の突発的な行動を問い質そうとする。
「ホムラ、おまえよもや……ッ!」
「ハトホルとやらに会いに行く──顔を見るだけじゃ」
出入りではないし喧嘩もせん、とホムラは膨れっ面で即答した。
これをバンダユウは言い訳と受け取り、あらん限りの大声で叱りつけた。
「たわけぇ! これが様子見か!? 万魔殿を丸ごと動かしてハトホルの国とやらへ突っ込む気満々ではないか! こんなもの……」
殴り込みも同然だ! とバンダユウは道理を説いた。
「いくらおまえが面会のつもりでも、こんなデカブツで乗り込んだら相手はそうと思わん! いい年こいてそんなこともわからん餓鬼かおまえは!?」
「顧問の仰る通りです! 若様、お考え直しください!」
バンダユウの説教に相乗りして、レイジも番頭として詰め寄る。
「ハトホルとの謁見をお望みでしたら不肖レイジ、万難を排してでも約束を取り付けて参ります! このような勇み足でハトホルの不興を買えば、今度は隠し鉱山を奪われるどころの被害では済みませぬ! どうか……ッ!」
眉をつり上げるバンダユウと、平身低頭で懇願するレイジ。
ゲンジロウは立ち尽くしたままホムラを見つめており、一言も口を挟もうとはしない。彼はホムラのやることを全力で応援するからだ。
マリは目を細めると「どーすんのこれ?」とワガママな弟の不始末を詰るような瞳で睨んできた。だが、怒っている様子はない。
もう勢いに任せるしかない、と諦めムードだ。
四大幹部を一瞥したホムラは──バツが悪そうにそっぽを向いた。
「……案ずるな、多少のいざこざは承知の上じゃ」
「いざこ……正気ですか若様!?」
「やっぱり殴り込みじゃねえか!? どうすんだよおいッ!?」
レイジとバンダユウは叱責の声を荒らげた。
例えるなら──和平交渉をぶち壊して全軍突撃を指示する。
そんな暴挙に出ようとする若き主君を止めるべく、老臣の爺やと教育係の忠臣が口を酸っぱくして説得するつもりだった。
「若、恐れながら……申し上げます」
そんな2人を制してゲンジロウがズイッと前に出る。
まさか説得してくれるのか? 淡い期待を抱くバンダユウとレイジ。
「もしも殴り込みならば、5日待つべきです……5日後には上納集会、組の精鋭が帰ってきます……攻め入るのは、それからでも遅くないかと……」
期待はやっぱり淡かった。
若頭はどんな理由があろうと、無条件でホムラに味方する男なのだ。
案の定、殴り込みに賛成した上での最善策を提案した。
あくまでもゲンジロウにとっての最善策。
穂村組の全戦力を投入し、ハトホルへ喧嘩を売りに行くつもりだ。
後先をまるで考えていない最悪の愚策である。
バンダユウは顔を手で覆って空を仰ぐ──ダメだコイツ!
レイジは氷のハリセンで若頭を後ろからぶっ叩こうとしたが、マリが羽交い締めにして「おっぱいサービスするからステイ!」と引き留めた。
ゲンジロウの進言を受けたホムラは渋々答える。
「戦力はいらん。言ったであろう。殴り込みではない……とな」
四大幹部がいれば十分じゃ、とも言い足す。
ホムラが全面戦争を決意したのであれば、間違いなく組の精鋭が集まってから事を起こすはず。それはバンダユウたちにも理解できた。
しかし、戦力はいらんと組長は明言する。
バンダユウは怪訝なものを感じて、改めてホムラに問い質す。
「おい……本当に、ハトホル姉ちゃんを見たいだけなのか?」
バンダユウの質問に、今度は即答せず逡巡するホムラ。
年相応の子供っぽさではにかむ顔をした。
「見たいというか…………会いたい、ただ、それだじゃ……」
まるで憧れの人を想う台詞のように聞こえた。
ムスッとした態度を少しだけ軟化させたホムラは、チラリと横目を流してバンダユウたちを見回した後、釈明するように言い募る。
「そう心配するな。腕試しくらいならするかもしれんが、本気で喧嘩をするつもりはない……なんなら、こちらから詫びてもいいと思っておる」
本当ですか!? とレイジは再確認を求めた。
組長であるホムラが直接ハトホルへ謝罪に出向くとなれば、想定以上に話がスムーズに進むかも知れない。レイジが上手く立ち回れば和解も夢ではない。レイジの声が喜色を帯びるのも無理からぬことだった。
ハトホルに会いたい──詫びてもいい。
これまでのホムラの奇妙な態度、それにハトホルの姿を目にした時の様子から、バンダユウが年の功で洞察する。
「ホムラ、おまえ……もしやハトホル姉ちゃんを知っているのか?」
またしても答えに迷うと、煮え切らない声で言った。
「知っているというか……知り合いじゃ、多分、な……」
だから殴り込みではないし、出入りでもないから戦争もせん。
ホムラはやや舌足らずに弁解を続ける。
「万魔殿で行くのは、これが一番速いってだけじゃ。顔を見て話をしたら大人しく帰ってもいい……出会い頭にドンパチすることもあるかもしれんが、それは小競り合いみたいなもんじゃ。殺し合いにはならんし、するつもりもない」
おまえらも本気で戦るなよ? とホムラは命じてくる。
その瞳は真剣そのものなので、これは厳命と捉えていいだろう。
バンダユウは眼を閉じ、諦念のため息を鼻から吹いた。
「…………わかった、組長の命に従おう」
正しくは「意を汲んでやった」のだが、バンダユウは組長を顔を立てた。
「顧問!? しかし、これでは完全に宣戦布告……」
「いいの、オジさま? 完全に殴り込みよこれ?」
レイジは悲痛な面持ちで、マリは心配そうに顔色を窺ってくる。
バンダユウは目力のみで「いいから」と伝えれば、息子や娘のように接してきた2人は不承不承ながら黙ってくれた。ゲンジロウにも目配せをする。
ゲンジロウにも意は通じたのか、小さな会釈で返してきた。
こう見えてゲンジロウは誰よりも冷静だ。
敬愛するホムラの身に危険が及ぶことは展開は決して望まない。
ホムラが自ら死地に臨もうとすればお供をするが、最後には我が身を顧みずに助け出して地の果てまで逃げおおせるはずだ。その過程で自分の身が朽ち果てようとも些細なこと、ホムラさえ生きていれば勝ちだと誇るだろう。
だったら危ないことさせんなよ、とバンダユウは常々言い聞かせている。
しかし、この不器用さがゲンジロウという男なのだ。
言っても聞かんのならこちらが状況に応じて合わせるしかない、とバンダユウは諦めているが、レイジやマリは未だに衝突していた。
兄弟の反りは合わねぇもんだ、と笑って済ますしかない。
大広間に駆けつけたバンダユウたちは、入り口の襖で立ち止まったままホムラと問答を交わしていた。それも済んだので顧問はクルリと踵を返す。
「幹部はわしと来い。ゼニヤ君、それとマーナ嬢ちゃん」
あとホネツギにドロマン、とマーナ一味の全員をちゃんと呼ぶ。
「ホムラの傍に付いていてくれ、頼んだぜ」
なんかあったらまた報告しろ、と言外に頼んでおく。
そう言い渡すと、バンダユウは若き幹部たちを連れて退室した。
~~~~~~~~~~~~
四大幹部が大広間から退出した直後──万魔殿は飛んだ。
ジェット噴射が最大出力に達した瞬間、回廊から変型した無数の触手がしなって大地を叩く。その反発力を利用して飛び立った。
万魔殿は海を泳ぐイカよろしく、触手をまっすぐに伸ばす。
宙に舞い上がる万魔殿はジェット噴射の推進力によって、ロケットさながら雲を突き破り、雲の届かない上空まで浮かび上がる。
眼下に雲海を見渡せる空までくると、細長い巨体を水平にした。
そして一路、ハトホルの国に向けて直進する。
ハトホルの国の位置に関しては、マーナ一味のホネツギーがちゃんと記録していたので、その位置情報を頼りに万魔殿はまっすぐ突き進む。
その最大速度は、大陸間弾道ミサイルも真っ青な速さだった。
(※ちなみに、万魔殿の内部はホムラの魔力によって重力や平衡感覚が維持されているので、水平になろうが逆さまになろうが、乗り込んでいる者たちに不都合が起きることはない。普段通りに生活できている。どれだけ高速で飛ぼうともGの負荷はかからない。もっとも、魔族や神族には関係ないが……)
空を斬り裂く万魔殿の先端──そこにバンダユウたちがいた。
組長は「殴り込みではない」と言い張るが、こんな移動要塞が全速力で突っ込んでくれば、ハトホルの国も迎撃せざるを得ないはずだ。
彼らと鉢合わせた時、対応できるのは四大幹部しかいない。
だからバンダユウたちは、こんな危なっかしい場所に集まっていた。
理由はもうひとつあるのだが……。
「ハトホルってのはホムラの友達だ──VRゲームで知り合ったんだろ」
恐らくな、とバンダユウは推測であることを付け加えた。
万魔殿上部の屋根にあぐらで座り込んだバンダユウは、愛用の極太煙管から一口吸うと妖気めいた煙をプカリと吹いた。
紫煙は高速の風に乗って瞬く間に消える。
バンダユウの周囲にはゲンジロウ、レイジ、マリの3人が立ち尽くす。
ホムラの前では話しにくい、きっとホムラが恥ずかしがるであろう話をするために、バンダユウは幹部たちをここまで連れ出したのだ。
「VRゲームの友人……例の“アシュラ・ストリート”でしょうか?」
「多分な、ありゃあホムラのお気に入りだった」
レイジの読みにバンダユウも賛同する。
「現実での友人ってなら、おれたちが知ってるはずだ。ホムラの交友関係にゃあ気ぃ配ってからな。だが、あのハトホルっていうムチムチ爆乳ケツデカドスケベ姉ちゃんには覚えがねぇ……もし会ってたら絶対におれが忘れねえ」
乳尻太もも大好きなバンダユウが忘れるわけがない。賭けてもいい。
「さすが筋金入りのおっぱい星人。言い切ったわね」
あたぼうよ、とバンダユウは風に揺れるマリの巨乳をガン見した。
「……ってぇなると、件のアシュラ関係の友人じゃねえかな? って推理に辿り着く寸法よ。そういやぁ『すごい人と知り合えた!』って一時期喜んでたな」
「若はその者のことを……ウィング、と呼んでいた……」
組長命の若頭、若に関わることは逐一記憶して絶対に忘れない。
「ウィングか、どうせハンドルネームだろうが、ウィング、ウィング……そういや、ハトホル姉ちゃん見て、そう呟いてたっけな…………あん?」
ハトホルのフルネームは──ツバサ・ハトホル。
「ツバサ、翼、つばさ、ウィング……あながち、間違ってねえかもな」
ツバサという名前に思い当たる節のあるバンダユウだったが、男女兼用で使えるありふれた名前だから偶然の思い過ごしと受け止めることにした。
……なんか面影に既視感を覚えもするが、多分きっと気のせいだ。
すると、ゲンジロウが珍しく感情を込めて言った。
「若は一時……そのウィングとやらに……ご執心だった……」
その感情とは嫉妬、無感動を旨とするこの男にしては珍しい。
マリはそれを見て冷やかし気味にからかった。
「アンタ、ネット越しの人物にえらくヤキモチ妬いてたもんね」
「…………ぬぅ」
反論しないので本当に妬いていたらしい。
だからマーナの再現映像を見た時、ホムラは目の色を変えて食い入るように見つめていたのだ。ならば合点が行くというもの。
あれは──恋する瞳だった。
「へっ、色恋沙汰にゃまるで興味を示さねぇ餓鬼だと思ってりゃ……あんないい女に岡惚れするほど色気づいてやがったか。ちったぁ安心したぜ」
嫁取りに悩まないで済みそうだ、とバンダユウはカラカラ笑う。
「あーっと……そうねぇ、若ちゃんの結婚相手ねぇ……」
「えーっと……ま、まあ、若様に相応しい相手はどこかにいるかと……」
「うぅーむ……………………むぅ」
しかし、幹部3人は乾いた笑みでバンダユウから顔を背けた。
「なんでぇい、歯切れ悪いなおまえら?」
まあいいや、とバンダユウは煙管を弄んで今後の方針を告げる。
「組長が戦争はナシだと言ったんだ。ハトホルの国へはそのハトホル姉ちゃんとの顔を合わせに行くだけとする。こんなロケットみてえなもんで乗り込むんだ、多少のいざこざは覚悟するとして、相手側を殺める真似だけはすんなよ」
常駐の組員にも徹底させろ、とバンダユウは下知する。
「お言葉ですが顧問──」
レイジは軽く手を上げて意見する。
「こちらが不殺を布いたとしても、攻め込まれた側のハトホルの国はそう捉えず、こちらを殺すつもりで反撃してくる事態も想定できますが……」
「そりゃねえよ多分──だってハトホル姉ちゃん、優しいんだろ?」
現地種族に惜しみない援助を公言する博愛精神の持ち主。
対面したレイジやゼニヤは、彼女の性格を知る限り報告していた。
「そんなお優しい女神さまだ。喧嘩を売ったおれたちにもちったあ適応されるだろ。ドンパチしたって負けを認めて詫びを入れりゃあ、お尻ペンペンくらいで許してくれる……と思いてぇなぁ」
「……あくまで希望的観測なんですね」
「……オジさま喜んでお尻ペンペンされそうで嫌だわ」
レイジとマリにジト眼で睨まれたが気にしない。
まあ大丈夫だろ、とバンダユウは別の期待を口にする。
「ホムラが惚れたお友達だってんなんら、あいつと顔を合わせりゃ話し合いの余地ぐらいはあるはずだ。そりゃまあ、マーナ嬢ちゃんたちの不始末の詫びや、現地の人々を奴隷にしてた件は平謝りしなきゃならなそうだが……」
こいつは謂わば──デモンストレーションだ。
「あちらにこちらを殺す気がなけりゃ、こっちも本腰入れて喧嘩はしねぇ。双方の出方を見て小競り合いをして、お互いの大将が顔合わせをすりゃあ……ひとまずは収まるだろう。そっからどう転がるかは、おれにも読めねぇがな」
「思ったより行き当たりばったりねぇ……大丈夫なの、オジさま?」
わかんねぇよ、とバンダユウは笑いながら返した。
「半分くらい出たとこ勝負だが、おれの“賭博師の勘”っていう技能が言ってんだ。この出会いに悪い目は出ねぇってな。だったら乗るしかねぇだろ」
ゲンジロウの固有技能──賭博師の勘。
分の悪い勝負に出る時ほど的中率が上昇するという、土壇場に追い込まれないと効果を発揮しない、使い勝手の悪い常時発動型技能である。
現状、穂村組にとってかなり分が悪い。
その状況で「悪い目が出ない」と言われたら、信じるしかあるまい。
裏を返せば「いい目も出ない」と暗示されているわけだが、すべて終わるような身の破滅までは感じないので、少なくとも全滅ENDは回避できるだろう。
あくまでも勘なので当たるも八卦当たらぬも八卦なのだが……。
「しかし……組員の大半が出払っているのは痛い」
戦力不足であることをゲンジロウは指摘してくる。
穂村組の組員は物資調達のため、この世界の方々に散らばっている。そして、月に1回の上納集会まで戻ってこない(上納集会は5日後だった)。
万魔殿の管理や現地種族の世話をする組員はいるが、実力のほどはマーナ一味とどんぐりの背比べ。出向いている精鋭グループとは比べるべくもない。
「まぁなぁ……いくらデモンストレーションの小競り合いとはいえ、人手が少ないってのはいただけねぇな。殴り込みではないにしろ、こんなバカでけぇロケットで突っ込むのに、乗ってるのは数十人ってのもカッコがつかねぇし……」
おいマリ、とバンダユウは若頭補佐を呼ばわった。
「オッパイ揉ま……冗談だ、叔父貴の顔面にカカト落とすな」
「TPOとか弁えたらいかがしら、オジさま?」
ジョークが完成する前に、マリの踵落としがバンダユウの顔面にめり込んだ。
ハイヒール部分を刺さなかったのはせめてもの温情だろう。
凹んだ顔を直したバンダユウは、改めてマリに命じる。
「おまえの過大能力で人手を増やせ──できんだろ?」
「ええ、お茶の子さいさいよ」
マリは妖艶にほくそ笑むと、しなやかな指を胸の谷間に這わせてゆっくりと差し込んでいく。引きずり出された指先には。一枚の紙片が摘ままれていた。
それは一枚の御札──いわゆる呪符というものだ。
短冊よりやや幅広な長方形の紙には、複雑かつ達筆な文言が記されており、下の方が辛うじて“急々如律令”と読めるような気がする。
マリは胸の前で両手を合わせると、その間に呪符を挟んだ。
呪符を挟んだ左右の手を上下に半回転させる。すると、一枚だったはずの呪符が扇を開くように何百枚もの呪符へと増えた。
マリは数百枚の呪符を空中に解き放つと、それは青白い燐光を帯びる。
「苦界に生まれて罪業を成さぬ者なし──よって我に逆らう術はなし」
呪符を解き放ったマリの両手は、複雑な印を素早くいくつも結んでいく。
「鬼籍に堕ちて因業に迷わぬ者なし──よって我に抗う術はなし」
呪符は一枚一枚がピン! とまっすぐに張るや否や、弾丸のような速度で地上に向かって落ちていく。さながら流星群を眺めているかのようだ。
「妄執に悶える魄よ──悪徳の堀より這い上がれ」
我が忠実なる愚昧の輩として……。
過大能力──【深く昏き悪徳の堀より這い上がる者よ】。
地上に落ちた呪符の群れは地中へ辿り着くと、忘れられた死者の骸に取り憑き、その者を不完全ながら蘇生させ、強力なアンデッドに作り替える。
復活を果たした上位アンデッドたち。
ドラゴンなどの上級モンスターを始め、多種族の勇者、名前さえ忘れられた神族や魔族……そういった者たちが鬨の声を上げて地中から這い出てくると、空を行く万魔殿へ追い縋るように飛翔する。
おぞましい死者の軍勢を率いて、万魔殿はハトホルの国を目指した。
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