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第12章 仁義なき生存戦略
第292話:穂村組第24代目組長 ホムラ・ヒノホムラ
しおりを挟む真なる世界でも雪が降り止まぬ北方に位置しながら、地の底からあふれる溶岩によって煉獄に勝るとも劣らない炎に覆われた灼熱の世界。
その地に聳える──天を貫かんばかりの万魔殿。
この万魔殿こそが穂村組の根城である。
すべてを鋼で鎧われた要塞、近未来的のサイバーシティな雰囲気も漂う。
最新鋭の防備で固めた基地という赴きすらあった。
極太の塔は城塞を凌ぐ堅牢さを誇り、近隣の火を噴く山々を凌駕する高みへその突端を届かせる。塔の根元からは鋼鉄の回廊が四方八方へ根を張り、冷めた溶岩が固まった大地の上に建てられた無数の施設と繋がっていた。
それらの施設は、ほとんど工場か収容所である。
工場では穂村組の構成員が真なる世界中からかき集めた物資を元に、様々な武器や兵器、万魔殿を拡張するための建材を休む暇なく製造していた。
工場で働いているのは──この世界の住民たち。
エルフ、ドワーフ、オーク、ゴブリン、オーガ、トロール……ファンタジーではお馴染みの種族から、博識なフミカでも知らないような種族まで。
組員が手当たり次第に連れてきたので雑多だった。
現地種族は穂村組の庇護に預かる代償として、この巨大工場で働くことを強いられていた。有り体に言えば従業員、悪し様に言うなら奴隷である。
しかし、彼らに選択の余地はない。
かつて起きた大戦争によって文化と文明を失い、この苛酷すぎる世界を放浪することしかできなくなった者たちばかり。
凶暴なモンスターに追い立てられる毎日に、大戦争の引き金となった異次元から訪れる“外来者たち”にいつ襲われるかわからない恐怖……。
そうした脅威から穂村組は守ってくれる。
衣食住は保障され、最低限の自由も与えてくれる以上、穂村組を信奉する以外に道はなく、明日をも知れぬ日々から救ってくれた恩人と敬うしかない。
だから──1日14時間の労働にも耐えるしかなかった。
「──このポンコツどもがあああぁぁぁーーーッ!!」
突如、万魔殿の頂点から少女の怒声が轟いた。
鼓膜を破らんばかりの大音量。彼女の怒りに呼応して万魔殿まで激しく鳴動しており、工場で働く現地種族たちは手を止めて脅えてしまう。
組長様がお怒りだ──誰かの一言が漏れた。
彼女は基本的に大らかで些細なことなど気にせず、大概のことは笑って済ませるのだが、ただ一点だけ譲らないことがあり、構成員の誰かがそれを汚すような真似をすれば火山の噴火よろしく猛るのだ。
譲らないこと──それは穂村組としての敗北。
過去に二度、組長の怒りに火を付けた構成員がいる。
1度目は「紫髪の美少女とハリネズミみたい髪な軍人男に負けた!」、2度目は「白ずくめのガンマンにやられた!」と風の噂に聞いた。
今回もまた──組員の誰かが敗北したのだ。
工場で働く現地種族たちは、普段から威張り散らす構成員たちにあまり良い感情を持っておらず、「いい気味だ」と陰口を囁いていた。
~~~~~~~~~~~~
万魔殿の最上階──その中央には和風建築の大広間があった。
新鮮な藺草の香りが漂う畳が百畳敷で広がり、上座は殿上人が座るように豪華に飾り立てられている。これが西洋風ならば玉座が据え置かれているだろう。
上座に掲げられるのは、穂村組の看板とも言える巨大な代紋。
大広間の中央──上座へひれ伏すマーナ一味。
女ボスであるマーナが一歩前に出て、三つ指ついて土下座をする。そんな彼女の後ろにホネツギーとドロマンが肩を並べて平伏していた。
3人とも正座から畳に手をついて額ずき、土下座のまま最大限まで身を縮めると恐怖からガタガタと小刻みに身体を震わせている。
汗が止まらず、時を待たずして畳をしとどに濡らしそうだ。
恐ろしすぎて顔を上げることもできないが、組長のご機嫌を取らなければ弁解のしようもないため、マーナはこっそり髪の中に魔眼を生じさせる。
その魔眼で組長の様子を窺った。
大広間の上座──そこで仁王立ちする1人の少女。
年の頃なら16歳ほど。マーナからすれば小娘と鼻で笑えるくらいの、あどけなさが抜けていない少女が怒りに打ち震えていた。
彼女の怒りが──恐ろしい。
年端もいかぬ小娘だというのに、総身から発するLV990の魔力はマーナたちの心身を脅かす。その迫力に肝どころか内臓すべてが押し潰されそうだ。
純日本風の黒髪が似合う美少女である。
非の打ち所のない、万人が認める少女像を追及した美貌。
極上の絹糸で織られたとしか思えない、真っ直ぐな黒髪は足下に広がるほど伸びており、前髪は綺麗に切り揃えられて深窓の姫君が如くだ。
華奢な体躯を飾るのは──着物に袴。
袴には穂村組を現すかのように炎の紋様があしらわれているのだが、一部の組員からは「ファイアーパターン」と囁かれていた。着物の方は黄金に実った穂を象徴するのか織り込まれた金糸が煌めいている。
大正浪漫を彷彿とさせる、豪勢な女学生のような風体だ。
その上から女物の単衣をマントのように羽織っているのだが、こちらは地獄絵図をおどろおどろしく描いたもので、獄卒の持つ金棒や亡者を痛めつける鉄の車輪がメタリックに輝いていた。
おまけにこの単衣、肩の部分には武者鎧みたいな装甲まで付いている。
婆娑羅な衣を羽織った少女は、その手に身の丈を越える大太刀を握り締めていた。刀身の長さもさることながら、柄の長さも槍のように長い。
怒りが頂点に達した彼女は、今にもそれをすっぱ抜きそうだ。
この少女こそが穂村組を統べる者。
穂村組第24代目組長──ホムラ・ヒノホムラその人である。
ホムラは容姿端麗な顔立ちを台無しにするほど怒り狂い、黒目を異常なほど収縮させた四白眼を釣り上がらせ、可憐な唇に牙を剥いて黒髪を一房くわえていた。
怒り狂うホムラから、莫大な魔力が吹き荒れる。
それは大広間を吹き荒れるだけに留まらない。
ホムラの過大能力の具現化でもある、巨大な万魔殿をも震撼させた。
万魔殿にいる他の組員や現地種族はいい迷惑だ。
なにせ先刻から震度5から6の激しい揺れに見舞われており、まともに動くことすら叶わない。さっさと終わることを願っている。
「1回負けた相手にリベンジするどころか、追っかけてきた相手に秘策をぶつけてまた負けて、とっておきの切り札まで使って更に負けたじゃと!?」
──どんだけ穂村組の看板に泥つけたんじゃ!?
「こりゃあお仕置き程度じゃ済まされんのぉ……なぁおいッ!?」
激昂したホムラは手にした大太刀を抜き放つ。
平均的な女子高生ぐらいしかない上背だというのに、あれほど長大な刀をすっぱ抜いた。しかも、ちゃんと鞘を持ったままだ。
あれは長巻──戦国時代に流行した武具である。
佐々木小次郎が振るう伝説の長刀“物干し竿”のように長い刀身と、ともすれば短めの槍ぐらいはある長い柄を持つ独特な大太刀だ。
長い柄のおかげで、力を乗せて振り回せるため攻撃力が高い。
主な攻撃手段は「斬る」「薙ぎ払う」となり、長く重い刀身に遠心力を乗せれば絶大な威力を発揮する。そのため、好んで使われた時代もあった。
反面、敵に囲まれて乱戦状態になると扱いづらく、また、どうしても刀身に重心が偏るので使い手にはかなりの腕力と器用さが求められ、おまけに「斬る」と「薙ぎ払う」に重点を置きすぎて「突く」や「振り上げる」といった小回りが効かず、武器としての汎用性は刀や槍に劣るばかり……。
即ち、武器として万人向けでない。
このため次第に廃れていき、現代では使い方を教える流派も剣術や槍術、それに薙刀術と比べたら数えるほどしかない。
そんな長巻を振るうのは、穂村組組長の矜恃なのか。
魔王と讃えられるほど強大な力を身に付けたホムラ、彼女の振るう長巻がただの大太刀なわけもなかった。
刀身から迸る漆黒の魔力は、大蛇を象って大広間を駆け巡る。
艶やかな黒味を帯びた大蛇は牙を剥き、マーナ一味をまとめて縛り上げて一気に飲み干そうと先の割れた舌を鳴らしていた。
実際、怒り心頭のホムラはそうするつもりだったはずだ。
「──お待ちください、若様」
凶行に走ろうとするホムラをレイジが諫めた。
大広間の上座──その左手に番頭と金庫番が控えていた。
もっと早くホムラを制止することもできたが、マーナ一味にお灸を据える名目でわざと組長を怒らせたようだ。本当、食えない氷の男である。
ゼニヤは我関せず傍観を決め込んでいた。
いや、あぐらで不機嫌そうに頬杖をついているところを見ると、あのハトホルという女神から逃げる時に身銭を切らされたのが不満らしい。
あとで組へ請求するに違いない。
レイジは折り目正しく正座したまま口を開いた。
「穂村組に敗北は許されない……その鉄の掟を三度も犯したこの者たちに激怒するお気持ちはわかりますが、事情も聞かず状況も鑑みずに罰したとあっては他の組員に示しがつきません」
事の成り行きをお聞きください、とレイジは提言する。
レイジの言葉を受けたホムラがピクリと肩を揺すれば、大広間中に蜷局を巻いていた真っ黒い大蛇は消えて、吹き荒れる魔力も収まってきた。
ホムラも少しだけ落ち着きを取り戻し、怒りを噛み殺して深呼吸する。
「すうぅぅぅ……はあぁぁぁーーーッ!」
「「「熱ッ……痛い痛い痛いイタタタタタタタタターーーッ!?」」」
ホムラの吐いた深呼吸には深刻なダメージ判定があり、おまけに継続効果もあるから真正面から浴びたマーナたちはのたうち回る。
これでちょっとは溜飲が下がったらしい。
ホムラは顰めっ面で長巻を鞘に戻すと、その場にドカリと荒々しく座り直した。砕けた座り方をするホムラは苛立たしげに言う。
「話せ──聞くだけ聞いてやる」
万魔殿の鳴動も鳴り止んだので、ホムラも昂ぶりを鎮めたようだ。
これを見てレイジは満足げに目礼する。
「さすが若様。組織の長たる者、寛大な気構えでないといけません」
幼き権力者をあやすようにレイジは報告を始めた。
~~~~~~~~~~~~
レイジはマーナ一味の行動をしっかり監視していた。
日に数トンは各種金属が採掘できる隠し鉱山、そこに住まわせていたヴァラハ族やナンディン族、そして壊されたクジラ型戦艦のことまで調べていた。
勿論、ハトホルの国へちょっかいを出したことも──。
結果、ハトホルの国を建てた“ツバサ・ハトホル”という女神化したプレイヤーの怒りを買い、昨日の隠し鉱山での騒動へと発展した。
交渉できれば良かったのだがマーナ一味やゼニヤ、それにレイジも口を滑らせた結果、「原住民を奴隷化している」ことが博愛精神を持つと思しきツバサの琴線を爪弾くこととなる。
彼女は前人未踏のLV999に到達した強者だった。
ツバサが連れていた蒼い姫騎士もLV999。おまけにかつて穂村組でもエース級の“トウドウ兄妹”がコテンパンにやられたイシュタルという少女と、ゼニヤが一目置くGMレオナルドとも知り合いだという。
このイシュタルとレオナルドも──LV999と噂されている。
奴隷制を布く穂村組にツバサは宣戦布告。レイジは圧倒的な戦力差を肌で感じたため撤退を余儀なくされたと説明するのだが……。
「なんじゃとレイ兄ぃ! おまえまで逃げてきたのか!?」
ホムラは番頭を家族のような愛称で呼ばわる。
意外そうなその声には怒りと呆れ、そして年相応の女の子らしい感情で「裏切られた!」という悲しみが含まれていた。
「逃げたのではありません──戦略的撤退です」
レイジは平然と言い返した。
そのまま理路整然と自らの行いの正統性を論じていく。
「敗北を承知の上で挑む戦もありましょう。しかし、あの場で私を含めゼニヤ君やこの愚か者トリオが総力を結集して再戦を挑んだところで、彼女相手では命を散らすのが関の山……この情報を持ち帰らずに死ぬのは愚策です」
ツバサ・ハトホル──あれは穂村組を脅かす者。
その脅威にまつわる情報を穂村組へ持ち帰らずに死ぬのは愚の骨頂、とレイジは長々しい釈明をたれた。ホムラは苦虫を噛み潰して不服そうだ。
また、万魔殿がカタカタと揺れ始める。
組長が癇癪を起こしてばかりも外聞が悪い。
ホムラは不満を飲み下すと、大きなため息をついた。
「……以上になります、若様」
ちょうどレイジからの微に入り細に入る報告も終わった。
フン、とホムラは気に入らなさそうに鼻を鳴らす。
ホムラは見た者を射殺しかねない眼光でマーナ一味をまとめて睨む。魔眼を持つマーナですら、視線を合わせたら眼の神経を焼き切られそうだった。
「ま、ワシも大人じゃからな……大体のことは大目に見てやる」
意外にも、ホムラは穏やかな声音でそう言った。
マーナ一味への処罰を申し渡してから、レイジが最重要の案件として相談したい“ツバサ・ハトホル”への議題に移るつもりらしい。
「おまえらの冒険譚は面白いが嘘くさかったからな。かなり話を盛ってるだろうとは思っとった。大方、どこかに豊富な鉱脈でも見つけて、そこから上納以上のもんをせしめているとは想像できたが……まさか鉱山を隠していたとは」
予想外じゃ、とホムラは舌打ちする。
組長が一言発する度に痙攣みたいな震えがマーナたちを襲う。
番頭レイジを初め、四大幹部にすらマーナ一味では勝ち目がない。
彼らの頂点に立つ組長など以ての外だ。
穂村組の構成員はこちらの世界へ飛ばされた直後、組長の圧倒的な力を目の当たりにしている。この煉獄に聳える万魔殿は、この世界における穂村組の根城であるとともに彼女の力の精髄でもあるのだ。
万魔殿を手足の如く扱う彼女に──敵う術はない。
いつか全世界を自分たちの物にしたい、と大それたことを企んでいるマーナ一味にとってホムラは最大の障害だと言えよう。
それでもいつか──組長を超えようと努力を重ねてきた。
だが、高みを目指して登れば登るほど、その高みにいるはずのホムラもまた高みを目指して進んでおり、追いつける未来が見えなくなる。
ついには、あのハトホルのように新たな絶対的強者まで現れた。
マーナたちは──打ちのめされそうだった。
しかし、彼女たちの信条は「めげない、懲りない、諦めない」の三拍子。
生きていれば再起が計れる。やり直しも仕切り直しもできる。
いつかはこまっしゃくれたホムラや、ムチムチ爆乳ケツデカドスケベなツバサとやらに勝つための手段を見つける日が来るかも知れない。
なにもかも──生きてこそだ。
そのためにも、この直面した危機を是が非でも切り抜けなければ!
ホムラやレイジの態度から、マーナは空気を読む。
この場で言い訳を連ねるのは得策ではない。そう判断したマーナは、ドロマンとホネツギーに「下手なこと言うんじゃないよ」と釘を刺しておいた。
ひとまず、事の成り行きに任せる。
お仕置きなら甘んじて受けるし、今後しばらく上納を倍で収めろというなら素直に従う。いつか下克上を成し遂げるため、ひたすら堪え忍ぶのだ。
一方、ホムラの性格に期待もしている。
ホムラは穂村組の敗北こそ許さないが、その他のことは大雑把というかアバウトというか……細かいことを気にしない、大らかな性格なのだ。
この敗北は──チャラにできる予感があった。
番頭レイジからして「勝てません」と断言したツバサに、マーナたちは都合三度も挑んでいる。しかも穂村組の軍師的立場にいるレイジが「最大の脅威」とも見做していることは大きい。
マーナ一味が負けても仕方ないこと、と認められる可能性がある。
むしろ、LV999のバケモノに3回もチャレンジしたマーナ一味の勇敢さを褒めてもらいたいくらいだった。
ホムラは土下座するマーナ一味をしげしげと眺めている。
その眼は「お気に入りの玩具だけどどうしようかな?」と値踏みする子供のような瞳だ。もういらないと捨てるか、まだ取っておくかを悩んでいる。
「おまえたちはユーモアがある。存在その物がふざけているが、そこが面白い。他の組員にはないユニークさが気に入っていたのだがな……」
はぁ、とホムラは残念そうにため息をついた。
「レイジやゼニヤの見立てによれば、おまえたちの鉱山とやらがちゃんと報告されとったら、この万魔殿の拡張効率もいい感じで仕上がっておったのに……欲を出すのはわからんでもないが、ちいっとやり過ぎたみたいじゃのぅ?」
それだけではありません、とレイジは口を挟む。
番頭の視線はホムラとはまるで異なり、容疑を掛けられた被疑者を追及する管理官の厳しさで尖っていた。
「着服というにはあまりに規模が大きい……帰り道に使った戦艦は改めて組で接収したからいいとして、これまで鉱山を秘密にしてきたこと……」
何か──良からぬことを目論んでいたのでは?
正直、氷が満載の水風呂へ突き落とされた気分だった。
レイジの穿ちすぎた観察眼にマーナ一味はゾクリとさせられるも、3人は揃って首をブルブルと左右に振った。全力で否定することで誤魔化す。
そこへまさかの助け船が流れてきた。
「まあいいじゃねえか──今回は見逃してやりな」
ホムラを挟んでレイジの反対側、そこから苦み走った声がする。
さっきまで、そこには誰もいなかった。
なのに、いつの間にか1人の男がゆったりあぐらで腰を下ろしていた。いくつもの魔眼を有するマーナや、組長や番頭の目を盗んで入り込んだらしい。
しかし、ホムラもレイジも咎めることはない。
彼は穂村組で唯一、組長に意見できる人物だからだ。
「こうして露見しちまったんだ。それを叱って終いにしときなよ」
その男は──石川五右衛門にしか見えなかった。
石川五右衛門といえば、あの有名な泥棒アニメのメインキャラクターを想像しがちだが、その先祖とされるオリジナルの石川五右衛門だ。
大百日鬘と呼ばれる頭の上に大きな毛玉を乗せたような独特の髪型に、分厚くてど派手な金襴褞袍を羽織っている。コントラストを強めるためか、着物は真っ黒な無地の着物だけだった。
これで隈取りでもしてれば歌舞伎役者だが、酸いも甘いも噛み分けた六十がらみの初老男に化粧気などなく、気怠げに微笑んでいるだけだった。
手にするのはツチノコみたいな極太の煙管。
それを吸っては妖気のような紫煙をくゆらせている。
「聞けばLV999のデカ乳姉ちゃんに、3回も挑んだチャレンジャーだっていうじゃねえか。その健闘を称えてチャラにしてやれよ、な?」
「顧問、そのような裁定では生温いかと……」
「叔父貴はそういうけどなぁ……」
初老男の進言に、レイジもホムラも困った顔をする。
穂村組顧問──バンダユウ・モモチ。
ホムラの祖父である先々代組長と杯を交わした義兄弟であり、ホムラの父である先代組長の師匠であり、現穂村組の若手を面倒見てきた大叔父貴である。
彼にしてみれば、穂村組のすべてが我が子も同然。
この好々爺な叔父貴は、誰に対しても甘いところがあった。
「いいじゃねえか、どんな悪巧みしてようとよ」
マーナ一味が腹に一物抱えていようと構うことはない。
「もしもおれらに反逆の意志があるとか、穂村組を倒して天下を取ろうなどと企んでいるなら……それはそれで面白いだろ? 昔っから穂村組の門を叩く輩は、そういった野心とは無縁じゃない。その反骨心、嫌いじゃねえぞ」
バンダユウは煙管を弄びながら話を結んだ。
それは若い組長へ「こういう馬鹿を手懐けてみろ」と言い聞かせるものであり、マーナ一味への「やれるもんならやってみな」という煽りだった。
若者たちに発破をかけたのかも知れない。
「鉱山の件はもう終わっちまったことだ。蒸し返してもしょうがねぇ」
顧問であるバンダユウは建設的な話にシフトさせていった。
マーナ一味の糾弾より先に検討すべき案件である。
「陣取り合戦にゃあ負けたと見ていいだろう……せっかくの資源採取場を奪われたのは痛い。この三馬鹿トリオへのペナルティは何らかの形で払わせるとして、問題はそのハトホルっていうデカ乳姉ちゃんだ」
しかもLV999の、とバンダユウはそこを強調する。
「フン、またLV999プレイヤーとやらか!」
ホムラはまともに取り合わず、つまらなそうにそっぽを向いた。
彼女はLV999の実在に懐疑的なのだ。
「考えてもみろ。穂村組のような現実でも達人クラスの集まりでも、ワシの990や叔父貴やゲン兄ぃの995がやっとこすっとこじゃぞ? ワシらだって血反吐を吐く思いで、ようやくこの極みに到達することができたのじゃ」
それを超える奴らいてたまるか! というのがホムラの持論である。
かつてイシュタルと名乗る紫髪の少女や、報告を聞いたゼニヤが「本人やん!」と愕然としたGMレオナルドも、LV999だと噂されている。
「3人目……いや、その蒼い姫騎士を数えれば4人目か」
バンダユウが目配せするとレイジは首肯した。
「私の走査系技能をフルに使いましたが、何度調べてもLV999でした。見誤ることはないかと……」
「偽装系の技能で詐欺ってるだけかも知れないではないか」
やっぱりホムラは懐疑的だった。
自分たちを上回る者を認めたくない、という意地もあるのだろう。
「しかも、彼女たちの言を信じれば、そのイシュタルとレオナルドは、ハトホルと呼ばれる彼女と同盟を結んでいるとのこと……」
レイジの危惧を推すべく、ゼニヤも口を出してくる。
「せやせや、しかもR18メイドは『同格がまだ他にもいる』と脅してきよったからなぁ……あいつぁレオはんの腰巾着やし、あながち嘘は言うておらんと思うで。こらぁ用心しとくべきとちゃいまっか?」
「ハトホルねぇ……面ぁ拝みてぇなぁ」
バンダユウは懐から腕を出すと、まばらな髭が目立つ太い顎を撫でた。
盛り場に繰り出す親父みたいなニンマリ顔だ。
「聞けば日本人離れした、爆乳巨尻のえらい別嬪さんなんだろ? いいねぇ、おれぁそういう姉ちゃん大好物よ。イシュタルとかいう嬢ちゃんもナイスバディだったってトウドウ兄妹が騒いどったが……あっちは面わかんねぇしなぁ」
バンダユウが言外で意図を伝えれば、番頭がすぐさま察する。
「マーナ君、あなたの“眼”なら彼女たちの姿を再生できますね?」
はひぃ! とマーナは土下座のまま裏声で返事をした。
マーナの魔眼は魔力や魔法を吸収するだけではない。
ビデオカメラのようにその目で捉えた映像を記録することもできるのだ。マーナ自身が忘れた光景や人物でも、魔眼に撮していれば再生できる。
マーナは顔を伏せたまま右手だけをひっくり返す。
掌に魔眼を開くと、大広間の中空に隠し鉱山での映像が映し出された。
ちょうどマーナ一味と対峙した時の映像だ。
真っ赤なロングジャケットを棚引かせるツバサと、彼女の横に寄りそう、ちょいアホ面だけど美少女な蒼い姫騎士。それとドロマンとホネツギーを倒した、小学生ぐらいなのにLV900を越える少年少女。
自他共に認める上、飲みの席でもおっぱい星人だと公言するバンダユウの機嫌を取ろうとしたマーナは、ツバサの爆乳にクローズアップした。
計4人──ぱっと見、子供連れのお母さんに見えなくもない。
「おぉ、こいつぁ……聞きしに勝る美人じゃねえか!」
バンダユウは唇を尖らして快哉を上げ、じっくり見入っている。
やっぱり顧問好みの爆乳美女だったらしい。
「美人も美人、それに安産型な尻から生えるぶっとい太股……いいねぇ、惚れちまいそうだぜ。やっぱ女はこんぐらいムチムチしてねぇとなぁ」
大絶賛である。顧問の性癖にドストライクだった。
「やっぱ乳がデカいだけじゃいけねえ。身長と尻がデカくて、乳もデカいってのがいいんだよ。この娘さん、おれの採点なら100点満点中1000点だな」
「顧問、カンストどころかオーバーフローしてます」
予想以上に食いつきが良く、ツバサの爆乳をお気に召したようだ。
「年甲斐もなく本気になりそうな別嬪さんだぜ。喧嘩するにしろお話すんにしろ、お近づきになれりゃあこっちの…………おい、どうした?」
ホムラ? とバンダユウは孫みたいに組長を呼び捨てる。
名前を呼ばれたホムラは──無反応だった。
マーナが再生したツバサたちの姿を目にするなり、ホムラは瞠目して小さな口をわなわなと半開きにしていた。開ききった瞳孔には動揺が走っている。
ホムラの様子にバンダユウが訝しむ。
「どうしたホムラ? こう言っちゃなんだがこの別嬪さん、おまえさんの趣味にゃ合わんだろ? なんせおまえと来たらいくら言っても女に……」
バンダユウが説教っぽく長話をしても馬耳東風。
いいや、今のホムラは外界からの情報を一切シャットダウンしていた。
頭の中を独占するのは──目に映るツバサの姿。
主にその表情だけを食い入るように見つめており、陶酔の眼差しでツバサの顔を少しでも脳内情報と照らし合わせると、幸せそうに頬を緩ませていた。
一転──怒りと憎しみを滾らせる。
その対象はツバサの傍らにいる蒼い姫騎士だ。
彼女の存在に気付くや否や、紛れもない殺意を燃え上がらせていた。
「ウィング、さん……それに……君原ぁぁ……ッ!!」
ホムラの口から、自然とそのような呻き声がこぼれ落ちていた。
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とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
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書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
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