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第12章 仁義なき生存戦略

第291話:まずは一段落~穂村という名前

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 金、銀、銅、鉄──その他各種レアメタルのインゴット。

 それだけに留まらず、金属的にもっと優れているミスリルにオリハルコン、果ては神の金属アダマントまで。大量の魔力を封じ込めた宝石に、それをあしらうことで付与効果エンチャントを加えた武器や防具にアイテムの数々。

 そして、大小いくつもの龍宝石ドラゴンティアもあった。

 まさに金銀財宝と呼ぶに相応しい品々が虚空から現れ、ツバサたちの前にジャラジャラと音を立てて降ってくる。

 山と積み上がる財宝は、巨神でもなければ抱え切れまい。

 レイジを初めとした穂村組の面々が乗り込むサメ型戦艦を怪獣王のブレスで仕留めたと思いきや、直撃する寸前に何らかの転移魔法で逃げられた。

 そこまでは把握できたが、この財宝の出所がわからない。

「ツバサさんの攻撃でサメ型戦艦に穴が開いたとか?」

 こぼれてきたんじゃない? とミロはもっともな推論すいろんを述べる。

「いや、残念だが俺の攻撃は擦りもしなかった……」

 手応えは感じられなかったし、逃げる戦艦の尻を確かに見送っていた。

 穂村組を逃がしたのは口惜しい。

 欲を言えばレイジを戦闘不能に追い込み、金庫番に洗いざらい白状させ、マーナ一味は10万年封印したかったのだが……。

「──って、そんなことはどうでもいい! 後回しだ後々!」

 戦艦がぶち破った水晶の天井──。

 穿うがたれた大穴からは大河の水が流れ落ちていた。滝のように降り注ぐ大量の水が瀑布ばくふとなり、あっという間に隠し鉱山を水没させていく。隠れ里に立てられたヴァラハ族やナンディン族の家々は床下浸水の被害を受けている。

 レイジの目論見通り、神々の乳母ハトホルはこちらの心配に囚われた。

 女子供だけでも【舞台裏】バックヤードに避難させて正解だ。

 戦いが終わって、ホッと重たい胸を撫で下ろしている暇もない。

「誰の胸が重たい爆乳だ!?」
「「いえ言ってません! ありがとうございます!」」

 ひとりボケツッコミで自爆してイヒコとヴァトにツッコまれたのはいいとして、まずは現状の対処を急ごう。

 例の【舞台裏】へ収容しきれなかった両種族の男たちが、隠し鉱山の坑道に避難したままなのだ。坑道への入り口は壁面の高い位置にあるが、まごまごしていれば隠し鉱山そのものが水没してしまう。

 ミロの過大能力オーバードゥーイングで瞬間修復させるか?

 ツバサが極寒魔法で水を凍らせて流入を防ぐか?

 数百人の屈強な男たちを一遍に空間転移させることは難しいので、この二択しかない。ミロもツバサの判断待ちか、いつでも動ける体勢を取っていた。

 ミロの過大能力は切り札とも言える。

 この程度の危機で軽々にオープンしては切り札ジョーカーの価値がない。

 ツバサは極寒魔法に自らの過大能力『大自然の根源を司る存在となる』を上掛けして、レイジを上回る強力な冷気を放とうとした。

「ツバサ様──それには及びません」

 極寒魔法が放たれる寸前、クロコが制止を掛けてきた。

 そこで変態メイドは閃いたらしい。

「制止を掛ける……せいし・・・をかける……ミロ様の男の娘なものがツバサ様の女神な肢体に……せいしを、かける……嗚呼ああ、日本語って素晴らしい!」

「他人の独白を読んで、語感が似てるからって悶えるな!?」

 恐らく「制止を掛ける」という文に、読みこそ同じだがまったく違う「せいし」を連想して、ミロに弄ばれるツバサの痴態ちたいを想像したのだ。

 妄想だけでイケるのか、自らの両肩を抱きすくめたクロコは鼻血と涎を撒き散らして、いやらしく全身をクネクネ蠢かせている。スカートの中からは妖しい水音が鳴り止まない。

 本当、このメイドが絡むと話が脱線する。

 ツバサの指示待ちなミロは、クロコの反応に首を傾げた。

「せいしを……かける? ああ、そういうこと」

 アホだから理解するのにたっぷり時間を掛けたらしい。

「そういう意味でのぶっかける・・・・・なら昨日散々やったよ。それこそツバサさんの顔と言わず爆乳からお腹まで真っ白になるまで……勿論、中にも出したよ!」

 クロコのエッチな言葉遊びを理解したミロは、アホの純粋さから開けっぴろげにツバサとの情事を明かした。最後にはドヤ顔で親指まで立てる始末だ。

「う゛ぁあああーーーッ!? このアホぉぉぉーーーッ!」

 ツバサは顔を真っ赤にして慣れない悲鳴を上げ、時既に遅しだがベラベラと夜の性生活を暴露する愛しいアホ娘の顔面に掌底しょうていを打ち込んだ。

 ミロは黙らせたが、駄メイドの暴走は止まらない。

「か、顔と言わず……その豊満な大地母神の乳房から、いずれ御子みこを孕むであろう女神のお腹まで……ミロ様の男の子な白いものまみれ……ハウッ!?」

「「クロコさんから血の噴水が!?」」

 想像力だけで絶頂を迎えたクロコが天を仰げば、鼻血の噴水を豪快に噴き上げた。初めて見るクロコの暴走っぷりにイヒコとヴァトは驚いている。

「ええぇーい! アホも駄メイドも時と場合を読め!」

 2人の首根っこをひっ捕まえて、ねずみ男もかくやと言うほどの水木風ビンタでビビビッと張り倒すと、ツバサは天井の大穴を指差した。

 大河からの水の流入は以前止まらない。ほとんど滝になっている。

 隠れ里の家々は早くも床上浸水に脅かされていた。

「おまえらが馬鹿やっている間に事態が悪化しただろうが! 早いとこ天井を塞がないと水責めだぞ! まだ坑道には男衆がいるってのに!」

 大丈夫です、とクロコはハンカチで顔を拭う。

 まだ小鼻と口元からタラッと鼻血や涎を漏らしているが、出来るメイドの表情を取り繕ったクロコは自信満々だった。

「こんなこともあろうかと──避難は済んでおります」

「済んでおりますって……クロコおまえ【舞台裏】バックヤードに収まらないだろ?」

 クロコの過大能力は使い勝手こそいいが、収容人数はそこまでじゃない。

 だから女子供を優先して、男衆には我慢してもらったのだ。

 ツバサも【舞台裏】を覗いたが、女性と子供だけですし詰め状態だった。

「ですので──助っ人をお呼びしました」

 クロコが得意気に言った直後、天井で物々しい轟音が鳴り響いた。

 しかも間髪入れず連続してだ。

 見上げてみれば空から金属製の壁が降ってきて、天井に開いた穴を取り囲むべく突き立ち、程なくして天井の穴は隙間なく囲まれていた。

 水晶の大穴は、即席の包囲壁によって大河から遮断される。

 この包囲壁は優れ物で、一滴の水さえ漏らすことはない。水晶の天井の上を流れていた大河は、包囲壁を避けて今まで通り滝壺へ流れていく。

 水の流入は防がれた──次は開いた穴を塞ぐ作業だ。

 空から何十本もの作業用マニピュレーターが伸びてくる。何本かは巨大な水晶のブロックを抱えており、それを加工して天井の溶接に取り掛かった。

 陶磁器を金継ぎで補修するように、開いた穴へ水晶を継ぎ足していく。

 見る見るうちに塞がれていく水晶の天井。

 完全に塞がれる前、隙間を通り抜けて2つの影が舞い降りてきた。

 蛮カラサイボーグと文系褐色踊り娘のコンビである。

「メイドさんの指示じゃが……来てみて正解ぜよ!」
「バサ兄~! 坑道にいた人たちも避難完了してるッスよ~!」

「ダイン、フミカ──来てくれたのか」

 ツバサは頼もしすぎる長男夫婦の名前を呼んだ。

 水晶の天井を修復するのは、船渠ドック型万能工作艦アメノイワフネだ。

 いつもの飛行母艦ハトホルフリートではない。

「……クロコおまえの差し金か?」

 ツバサが横目を向けると、ようやく鼻血と涎を拭き清めてデフォルトの無表情に立ち返ったクロコが、スカートの両端を摘まんでお辞儀した。

「差し出がましいとは思いましたが、念のためと──」

 ヴァラハ族とナンディン族。

 その女子供を避難させた直後、クロコは勘付いたという。

 いつものツバサなら、この時点で「念には念を」とダインを呼びつけ、輸送用の飛行母艦ハトホルフリートを招き寄せたはずだが、今日は穂村組への(主に三悪)への制裁を急いでいるように見受けられた。

 大切なハトホルの国を傷つけられた。

 そのために苛立ち、気が急いているように感じたという。

「また、女の子の日・・・・・も近いのでナイーブにもなってらっしゃるかと……」
「そんなところにまで気を回さんでもいい!」

 真顔なクロコの脳天にチョップを叩き込む。

 どうして女神化したツバサに発生した生理周期まで把握してるんだ?

 教えるわけがないので勝手に調べたらしい。

 伊達に下着泥棒よろしく、女性陣の下着をチェックしていない。

 とにかく、ツバサがいつもの慎重さを欠いて事を進めていると気付いたクロコは、独断でダインたちを呼び寄せたという。

 ダインとフミカは「お母ツバサさんじゃないの?」と不思議がるも、クロコから状況を聞いて「さもありなん」と納得、出張でばってくれたそうだ。

 ヴァトとイヒコが交戦中──ハトホルフリートは現地に到着。

 クロコの【舞台裏】を介して女子供を母艦へ移し、同時に坑道へ避難していた男衆もハトホルフリートへ乗り込ませたと報告を受ける。

 つまり、逃げ遅れた者はいない。

 おまけにダインが召喚した工作艦によって天井の水晶も修復が終わり、隠し鉱山も水浸しになっただけ。水を抜けば再利用できそうだ。

「……奴隷云々で頭に血が上ってたか」

 ツバサはバツが悪そうに顔をしかめた。

 そして、自戒するように自分の頭を数度小突く。

 番頭や金庫番の発言が起爆剤だが、以前にマーナ一味が『奴隷!』と喚いた時点で怒りという火薬庫に引火していたらしい。

 用心深さをむねとする、ツバサらしくない早計だったと反省する。

「助かったよ。ダイン、フミカ……ありがとう」

 素直に礼を述べるツバサに、ダインは「気にしなさんな」と腕を組んで笑顔で返して、フミカも「持つべきものは親子ッスよ」と答えてくれる。

 もう1人──気遣きづかってくれた女性にも礼を述べる。

「気を回してくれたクロコにも礼を言おう」

 今回ばかりは褒めてやる、とツバサは偉そうに付け加えた。

 本来、ツバサは年上に敬意を払う。

 クロコも年上の女性なのでそうしたいところだが、彼女は“御先神みさきがみ”という主人に隷属れいぞくする誓約持ちの神族なので、こんな時でも上から目線で接してやらねば誓約違反のダメージを受けてしまうのだ。

 この駄メイドは誓約違反のダメージでも喜びそうだが……。

 クロコは胸に手を当てて恐縮そうに一礼した。

「お褒めに預かり感謝の極み。では……ご褒美をくださいませ!」

 瀟洒しょうしゃな素振りから一転、恍惚の表情で頬をほんのり上気させると、あらん限りのSMグッズをツバサに差し出してきた。

 本当、この変態メイドはブレない。自分の欲望に正直すぎる。

 ツバサはバツが悪そうにしていた表情を、メチャクチャ不味い青汁を飲んだような渋面じゅうめんに変えると、苦渋の決断でクロコに褒美を与えた。

「よし、褒めてつかわす! よぉ~しよしよしよしよしよし……」

 ツバサは嫌々ながらもクロコを抱き寄せると、その母なる爆乳の谷間へ彼女の顔をうずめさせる。そこから徹底的に撫で回してやった。

 一応、嫌がらせのつもりだ。

 ご褒美と称して拷問クラスのお仕置きを求めてくるマゾを、褒めちぎってやったらどうなるだろう? という実験も兼ねている。

 まさかのご褒美にクロコも鉄面皮を崩すほど狼狽うろたえていた。

 これはもしや──効果アリか?

「ツ、ツバサ様!? これでは本当のご褒美です! ああ、違う、違うのです! わたくしめはこう、もっと、痛いのを……はぁん! こんなことならわざと粗相そそうしておくべきでした……ぁあぁ、でも、これはこれで……」

「おまえ順応早いな!? ドサクサに紛れて胸を揉むな!」

 最初こそ当惑したクロコだったが、瞬時に「百合的にもレズ的にも美味しい!」と理解してツバサの胸にしなだれ、ここぞとばかりに甘えてきた。

 あまつさえ、テクニシャンな指使いで乳房を揉んでくる。

 こうなるとセクハラだ。ツバサは問答無用で投げ飛ばしたのだが、クロコは空中できりもみ三回転すると直立姿勢のまま着地した。

 そして、何事もなかったかのように立ち尽くしている。

 メイドらしく控えているつもりだろう。

 もうクロコは放置しておこう。

 関われば関わるだけ、延々えんえんと話がエロ方面へ傾くだけだ。

 変態メイドより──神々の乳母ハトホルには褒めたい者がいる。

 ツバサはイヒコとヴァトに振り返った。

 三悪との戦いで大健闘を果たした、愛しい我が子たちだ。

 レイジがマーナ一味に説教をかましていた頃──。

 ヴァトは限界を迎えたのか、巨神ギガスACT.2アクトツーを解除していた。その後、滝のような汗を流すと肩で息をしながら膝をつきかけた。

 ツバサは思わず駆け寄ろうとしたくらいだ。

 しかし、弟分のヴァトをイヒコが抱き留め、その小さな肩を貸していたので任せておいた。まだ蹌踉よろけそうなヴァトを支えている。

 ツバサは2人に近寄るとしゃがみ、両腕に抱き寄せた。

 イヒコは遠慮なくツバサの右乳房にもたれかかってくると、小さな両手をツバサの首に回して抱きついてきた。一方、イヒコはやはり男の子ゆえの照れ臭さが抜けないのか、左乳房に押しつけても逃げようとする。

 だが巨人ACT.2の後遺症か、思うように身体を動かせないらしい。

 これはチャンスだ、とばかりにツバサはおもいっきりヴァトを抱き締めてやり、これでもかとお母さんの胸を味合わせてやった。

「師匠! こ、これおっぱ……むぎゅうッ!?」
「わーい、ツバサさんのお母さん抱擁ハグだー♪ ご褒美ご褒美♪」

 反応はそれぞれだが、構うことはない。

 ツバサは愛情をたっぷり込めて、愛しい子供たちを褒め称えた。

「イヒコもヴァトも、大人を相手によく頑張ったな……」

 さすが──神々の乳母おれの子だ。

 2人にだけ聞こえる声で、イヒコとヴァトの耳元に囁いた。

 イヒコは嬉しそうにはにかむとツバサの胸に顔をすり寄せて「エヘヘ」と喜んでいるが、ヴァトは相変わらず羞恥心で顔を赤くして藻掻もがいていた。

 それでも、ツバサが囁くと少しだけ大人しくなった。

 やがてイヒコを見習ったのか、ヴァトも大人しくもたれかかってくる。

 ツバサは2人の背中に手を回して抱きかかえると、その背中をポンポンと何度も優しく叩いて満足するまで抱き締めてやった。

   ~~~~~~~~~~~~

 ハトホルフリートは迎えに来てくれたようなものだ。

 行きの脚として使ったビークルマシンはダインに返してメンテを頼むと、ツバサたちもハトホルフリートに乗り込んで帰路についた。

(※隠し鉱山の修理に使われた万能工作艦アメノイワフネはダインの過大能力オーバードゥーイングで格納済み)

 ヴァラハ族とナンディン族も一緒である。

 両種族合わせて1000人の大所帯なので、艦橋かんきょうへ招き入れるわけにもいかず、飛行船の双胴部分にある格納庫で我慢してもらった。

 彼らの応対はクロコに任せてある。

 ハトホルの国に帰るまでの間、メイド人形部隊に世話をさせ、暖かい食事や飲み物を振る舞うように言い付けておいた。

 ちなみに──クロコ本人はハトホルフリートに相乗りしてきた。

 艦橋に来てみれば、素知らぬ顔で出迎えられたのだ。

 さっきまで隠し鉱山でエロエロ騒いでいたのは、クロコの意識が操作するメイド人形の1体に過ぎない。瓜二つだからややこしい。

 ……そろそろメイド人形の顔の造作を、各人形ごとに個性を持たせた方がいいかも知れない。よくよく考えてみれば、澄まし顔のクロコの群れに囲まれて生活しているも同然なのだから。

 時と場合に応じて、メイド人形マリオネットはクロコと同調する。

 即ち、我が家マイホームで働く100体近くのメイド人形はすべてクロコ……。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………ッ!」
「ツバサさんどうしたの!? おっぱい張って痛いの!?」

 不意に呻いたら、ミロに変な心配をされる。

 今さら過ぎる事実に気付いたツバサは、頭を抱えて苦悶してしまった。

 ダメだ、帰ったらすぐダインとクロコに打診しよう。

 メイド人形マリオネットの顔を変えろ、と──。

 結局はクロコの支配下なのだが、せめて見た目だけでも……。

 穂村組とは別の難題に気付いてしまって憂鬱なツバサは、艦長席に身を預けて深呼吸で気持ちを落ち着けた。膝の上にはミロが乗る。

 大きなソファ型の艦長席。

 左右にはヴァトとイヒコが座っているが、ツバサの胸を枕にしてすっかり寝入っていた。LVが下とはいえ、大人相手に戦って疲れたのだろう。

 可愛い子供たちに囲まれて、神々の乳母ハトホルもご満悦である。

「……そんなわけで、穂村組の幹部を取り逃がしたのは惜しかったな」

 帰る道すがら、ダインとフミカに状況を説明した。

 大凡おおよそはメイド人形を通じて把握済みのクロコから伝聞情報として知っていたようだが、改めて詳細をツバサの口から説明する。

 ダインは操舵輪そうだりんを握ったまま振り向く。

「現地ん人たちを奴隷にする公言しちょる連中となんざ、話し合うだけ無駄ぜよ。四神同盟でも『どうせ戦争になる』言うちょったじゃろ?」

 その隣で艦内制御を担当するフミカも意見を述べる。

「無駄な喧嘩はしないに限るッスよ、ダイちゃん。交渉で済むんなら、お互い被害はゼロッスからね……まあ聞いてる限りじゃ、ハトホル一家や四神同盟とは根本的に経営理念が相容あいいれないみたいだから無理な話だったのかも」

 話し合う余地なし──交渉も決裂した。

 幹部にまで“現地種族=奴隷”という概念が染みついている組織とは、ツバサは元より四神同盟の盟主たちもいい顔はするまい。

 彼らはツバサと同類、穂村組には烈火の如く怒るだろう。

 番頭や金庫番は弁解していたが、恐らく組長からしてこの地の人々を蔑んでいるに違いない。組織のトップがそういう態度なのだから、下に付く構成員もその背中を見て習うのは道理である。

 種族的に優れた、神族や魔族に成り上がっているから尚更だろう。

「奴隷こさえて喜んでる連中に手控てびかえるこたぁないぜよ」
「そッスね。いつも通り、完膚かんぷなきまでにブッ飛ばせばいいんスよ」

 ダインとフミカは穂村組との戦争には肯定的だった。

 この2人と初めて出会った日を思い出す。

 真なる世界ファンタジアに転移させられて翌日のことである。

 彼らは出会って間もないケット・シーたちを守るため、押し寄せる蕃神ばんしんの大群と死闘を繰り広げていた。間一髪ツバサたちが駆けつけなければ、今頃2人はこの世にいなかったかも知れない。
(※第34~35話参照)

 それほどの危機に陥っても──2人は逃げなかった。

 ダインとフミカならば逃げ切ることができただろう。しかし、逃げる術どころか体力もなかったケット・シーたちを見捨てることができず、ダインに至っては玉砕覚悟で突っ込もうとしたくらいだ。

 弱きを助け強きをくじく──そんな性格を地で行く夫婦である。

 奴隷制を良しとする穂村組を認めるわけがない。

 ツバサは眠るヴァトとイヒコを抱き寄せ、自分の見解を述べる。

「穂村組には宣戦布告をしたことになるが、すぐに仕掛けてくるかはちょっと怪しいな……連中がどう動くのかが読みにくい」

 番頭レイジと金庫番ゼニヤの2人なら推測できる。

 あの2人は穂村組における数少ない頭脳派ブレーン

 物事を冷静な視点で見定め、損得勘定で動こうとするはずだ。

「あの2人は決して動かない。土下座してでも再交渉を持ち掛けてくる」

 勝てない喧嘩はしない主義と見た。

 無謀な勝負に出るタイプではない。なるべく穏便に済ませたいだろう。

「ツバサさんとアタシにビビリまくりだったもんね~♪」

 ツバサの膝の上で寝返りを打ち、ミロは思い出し笑いを浮かべる。

 ミロの言う通り、あの2人は怖じ気づいていた。

 レイジは感情を表に出さないポーカーフェイスに努めていたが、ツバサとミロを走査スキャンしてLV999だと知るや否や、あからさまに下手したてへと出てきた。

 穂村組最高幹部の1人であるレイジのLVが985。

 他の幹部の強さも似たり寄ったりだと思う。

 いいとこ、LV990越えが数人といったところ。

 レイジは隠そうとしていたが、LV999を前にして動揺する自分を誤魔化しきれずにいた。無意識で逃げ腰になっていた。

 恐らく──穂村組にはLV999に達した者がいないのだ。

ツバサおれとミロ、他にもLV999になるプレイヤーや、ヴァトやイヒコのようにLV900越えが多くいると聞いて焦っていたからな」

 現在の穂村組では太刀打ちできない──そう判断したはずだ。

 2週間以内に組長と面会させる、という約束も交わしたが、その直後にツバサがブチ切れたのでこれは御破算になっている。

 ツバサとミロがレイジを威圧し、クロコが顔見知りのゼニヤを脅したため、穂村組の頭脳派ブレーンコンビは戦争をしたがらないと推測できる。

「ただし──組長や他の幹部がどう出るか読めない」

 彼らの人となりが読めない以上、「穂村組は好戦的」とか「穂村組は奴隷を集めている」という断片的な情報ぐらいしか判断材料がない。

 軍師は戦争を控えろと助言しても、当主が採用するかは別の話。

 考え無しの無鉄砲な当主なら、「大丈夫! イケるイケる!」と調子こいて出陣して、惨敗した挙げ句に討ち死にするのがオチである。

 無理を通せば道理は引っ込むが、生き死にの保証もされなくなるのだ。

「あの番頭と金庫番が組長たちを言いくるめられれば、すぐに戦争にはならず何度か話し合いの場が持たれる、かも知れない……」

 ツバサが言おうとした次の句を、フミカが先読みする。

「ってことはッスよ? 穂村組の組長さんが部下のアドバイスに耳を貸さず、負けてきた部下たちにキレるようなワンマン社長だったら……?」

「明日と言わず今日にでもリベンジしてくるかもな」

 問題は穂村組組長──その人物像がまったく見えない点にある。

 多少なりとも情報があれば人柄や性格を読み取り、相手の出方にそれなりの仮説を立てられるのだが、彼に関してはまったく情報がなかった。超一流のハッカーであるフミカの姉、アキでさえ「わかんないッス~ッ!」とさじを投げた。

 ──穂村という姓の男性でまだ若い。

 組長について判明している情報はこれくらいのものだ。

 ツバサは脇で眠るヴァトを抱き寄せる。

 愛弟子にして数が少ない息子だから愛おしくてしょうがない。髪をいてやり、もっと乳房に顔を埋めさせてやりながら、しばらく考え込む。

 どうにも──虫の知らせを覚える。

 ツバサよりも勘がいいミロはのほほんとしたもので、何も言ってこないから大事は起きないと思うが……念には念を入れておこう。

 またクロコに気遣われては堪らない。

「フミカ、ハトホルの国に連絡してくれるか──」

 マリナには国を守る防衛結界のレベルを数段上げておくこと。
 スプリガンには警戒レベルを最大限にしておくこと。
 妖人衆の三将と腕が立つ者はスプリガンの警備を手伝うこと。

 それと、乙将オリベにいくつか打診しておく。

 この機会にあれこれ試したみたいので、それを任せてみることにした。

「やっぱり、穂村組を警戒してッスか?」

 フミカは心配そうに尋ねてくるが、各方面への連絡は終えていた。

 ツバサはイヒコのモチモチほっぺで遊びながら答える。

「ああ、念のためにな……ウチの危機管理装置でもあるミロが無反応だから、当面は何事も起きないと思うんだが……どうにも気になってな」

 穂村──この名前が気に掛かる。

 穂村組というだけなら気にも留めなかったのだが、その組長の苗字が組の名前と同じだと知ってから、心の片隅に引っ掛かるものがあった。

「穂村、ホムラ、ほむら……なにか、聞き覚えがあるような……」
「…………ッ! …………? …………むにゃ」

 ツバサの胸の谷間に頭を預けて微睡まどろんでいたミロも、穂村という名前に反応して耳をひくつかせたが、すぐに寝入ってしまった。

 なんだろう──妙にざわつく。

「ところで……あのお宝の山はなんなんスか?」

 フミカに指摘されて、艦橋の隅に集めておいた金銀財宝を思い出す。

「あれは……まさしく置き土産なんだろうな」

 レイジの過大能力オーバードゥーイングとは考えにくい。恐らくゼニヤの過大能力だろう。

 分析アナライズを走らせる余裕がなかったので推測を並べてみる。

「連中の戦艦を焼き潰そうとしたら、戦艦が消えてコイツが現れた……推測だが、『対価なり代償なりを支払うから見逃して!』ってことだろう。絶体絶命のピンチから逃れるための蜥蜴トカゲの尻尾切り……損切りってところかな」

 そういえば身銭を切る・・・・・とか騒いでいた。

 要するに──「金を払うから見逃してくれ!」ということらしい。

 価値のある品を代価に払う、商人らしい過大能力である。

「ダイン、おまえなら有効活用できるだろ? 好きに使ってくれ。あ、曲がりなりにも敵対組織の置き土産だから、ちゃんとチェックしてから使えよ」

「おおッ! 思わぬお駄賃ぜよ、サンキュー母ちゃん」
「誰が母ちゃんだ、このメカ息子」

 減らず口を叩くダインに、ツバサは鼻で笑った。

 隠し鉱山はまだまだ大量の資源が採掘できそうなので、ダインとジンが転移装置を建てて管理することに決定。そちらの管理は工作者たちクラフターズに任せた。

 ひとまず、マーナ一味絡みの一件はこれでピリオドが打てる。

 やがて始まる穂村組との一戦を控え、気が休まることはなさそうだ。

   ~~~~~~~~~~~~

 隠し鉱山から北北東──還らずの都からずっと北。

 極北の地は春を越えてもまだ雪深いが、その一帯は地下からこみ上げてくる溶岩によって熱せられ、南国を上回る酷暑こくしょ地帯になっていた。

 地底からあふれた溶岩が川となり、ところどころに溶岩の池を作っている。その溶岩池を泳ぐ生物もいるのだから真なる世界ファンタジアは驚きである。

 冷えて固まった溶岩、その切り立った山々の間に塔が立っていた。

 天にまで届かんとする巨大かつ尊大な塔だ。

 塔は太さも凄まじく、分厚く堅牢な壁の内部にはひとつの大きな都市がまるまる収まるほどの空間が広がっており、迷宮めいた造りになっていた。

 塔の根元からはいくつもの回廊が全方位へ根を張り巡らせるように延びており、溶岩地帯のあちこちに建造中の大型施設と連結していた。

 塔の天辺には巨大な代紋だいもんが飾られている。

 交差する稲穂の束が炎によって燃え上がる代紋。

 これこそが──穂村組の象徴エンブレムだった。



「負けたまま帰ってきたじゃと!? このポンコツどもがーッ!!」



 塔の最上階から、甲高い少女・・の怒声が轟いた。


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キムラエス
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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