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第12章 仁義なき生存戦略
第288話:ギガスACT.2
しおりを挟む長く伸びる骨の腕──その数は二十対あり合計40本。
一本一本の腕がやたらと長くて大きい。
巨人の腕というほどのサイズはないが、その長さは常人とは異なる。手長足長という手足が異様に長い2人一組の妖怪を思い出す。
本来なら手から肩の間にあるのは前腕骨(尺骨と橈骨のセット)と上腕骨の2つだけなのに、どう見ても3つか4つは追加されている。
長すぎるあまり蜘蛛などの脚に見えてしまいそうだ。
そんな腕がワラワラと生えていた。
ホネツギーの背後から千手観音よろしく生える40本もの腕は、その時に応じて彼の背中から出し入れされて長さを調節しており、合計20本もの柱みたいに太い短棒で作られたヌンチャクを振り回した。
これらの巨大ヌンチャクもホネツギー本人が手にする物と同様、可変式の多節棍となっており、彼の操作によって伸び縮みする。
一見シッチャカメッチャカだが、すべての多節棍が正しく振り回されている。
これだけでもなかなかの手練れだと感心できた。
「ボォォォーーーン・トゥゥゥービィーーー・ワァァァーーーイルド!」
意味不明の掛け声を上げるホネツギーの腕は止まらない。
むしろ時間を追うごとに加速していき、20と1本の多節棍が周囲一帯に破壊の嵐を巻き起こして甚大な被害を与えていた。
……ホネツギー、ここが自分たちの隠れ家ってこと忘れてないか?
「ちゃんと周りを見なよ、このスカポンタンッ!?」
ヴァラハ族やナンディン族の隠れ里には被害が及んでいないが、一味のアジトは何発か食らって屋根や壁が壊されているし、何よりボスであるマーナがとばっちりを食らいそうになって逃げていた。
それにしてもホネツギー、態度こそおちゃらけているが腕前は本物だ。
あれだけの多節棍を振り回しながら、一度も絡ませていない。中途半端な武道家が同じ真似をすれば、自分を滅多打ちにしているだろう。
21本の多節棍が鉄鎖を鳴らす。
その音はちゃんと韻を踏み、紛れもなく音楽になっていた。
お調子者のホネツギーなら戦闘中にやりかねない。
これにハトホル一家のお調子者が相乗りした。
「アッハハハ-♪ 骨のオジサン、いいリズムしてんじゃーん♪」
骨の腕と多節棍が猛威を振るう嵐の中──。
イヒコはピョンピョンと踊るように飛び跳ねていた。
360度全方位から多節棍が襲ってきても、楽しそうに舞っている。
まるで大縄飛びで遊んでいるようだった。
どうしても避けきれない時は指揮棒に音波を凝らして、それを叩きつけることで多節棍の軌道を逸らす。
この際──イヒコはある細工を施していた。
気付いたのはツバサだけ、この細工はいずれ発動する。
「ムキィーッ! ちょっとは忖度して当たりなさい、可愛くないわよぉ!」
「そんな可愛げいらないもーん♪ ベロベロべー♪」
自分の猛攻撃を余裕綽々で躱されるホネツギーは、骸骨の歯を剥いてムキになるが、イヒコは挑発してあっかんべーであざ笑う。
イヒコは迫り来る無数の多節棍を完璧に見切っており、派手なストリートダンスにも似た躍動感ある動きで避けきっていた。
おもむろに指揮棒を振り、奏者のいない楽団を召喚する。
そして鉄鎖の演奏に合わせて即興のセッションまで始めた。
これを目の当たりにしたホネツギーは「馬鹿にしてぇ!」と怒り出すかと思えば、半分しかない唇を尖らせて瞳を乙女チックに潤ませる。
「エッ……エックセレントッッッ! す、素敵よお嬢ちゃぁん!」
楽団を率いて華麗に舞うイヒコの可憐さに心奪われていた。
「僕ちゃんのリズム感覚に打ち合わせ無しで合わせてくる音感の良さ! 即興だというのにテンションアゲアゲなパフォーマンス! 最ッ高じゃない!」
素敵よお嬢ちゃぁ~ん! と大絶賛だった。
そんなホネツギーをイヒコは調子に乗ってからかう。
「ヤダー、骨のオジサンってばロリコン? ドン引きー♪」
「草履と女の子は新しいものほどいいって言うでしょぉん? 男ってそういうものよぉ。でも、僕ちゃん的にお嬢ちゃんは若すぎるわねぇ……」
「あらら? 骨のオジサンはロリコンじゃないの?」
「僕ちゃん、女子高生しか興味ないの」
5~6年経ったら食べ頃ねぇ、とホネツギーはいやらしい笑みをこぼす
「やっぱりロリコンじゃないですかヤダーッ!?」
「ロリコン違いますぅー! 僕ちゃんは女子高生が大好きなだけですぅー!」
全国の女子高生のみなさ~ん! とホネツギーは力強く呼び掛ける。
真なる世界にいて届くはずもないが……。
ふと、思い出したようにイヒコが呟く。
「あ、ウチのプトラお姉ちゃんは女子高生だよ。見た目的にも」
そういえばあの娘、未だにコギャル女子高生ファッションで通していた。
これを聞いたホネツギーの目の色が変わる。
「マジで!? 僕ちゃんが勝ったら紹介してちょうだい!」
「ええー? どうしよっかなー?」
ふざけながらも実力行使に出るホネツギー、上下左右から同時に多節棍をイヒコ目掛けて振るう。今度ばかりは確実に彼女を捉えていた。
イヒコは避けようとしない──ほくそ笑む。
奏者なき楽団の響かせる曲調が変わった瞬間、その現象は起こった。
「ホワッ!? なんなのこれぇ!?」
ホネツギーが面食らうのも無理はない。
イヒコの奏でる音楽が変わると、ホネツギーの多節棍が爆発したのだ。筒や鎖に持ち手ばかりではない。ついには骨の腕まで連鎖的に破裂する。
何らかの爆発物を受けた結果ではない。
どれも内部からの爆発だが、爆薬や焦臭さは漂ってこなかった。
突然の異変にミロは瞳をパチクリさせる。
「なにあれ? イヒコが何かしたんでしょ? 何したのあれ?」
「真面目な質問、してるのに、セクハラは、うっ……やめないのか……」
子供たちの危機に動きたいツバサだが、一歩でも踏み出せばミロから搾乳責めをされるので甘い声を飲み込むのが精一杯だった。
それでもアホのためにわかりやすく説明してやる。
「あれは音を使った、んんっ! イヒコらしい技だ……ひっ!?」
布石は──多節棍を指揮棒で逸らしたこと。
あの瞬間、イヒコは特殊な振動波を叩き込んでいた。
それは多節棍の内側を駆け巡り、振動する力を深く静かに増幅させていき、多節棍はおろか骨の腕にまで伝播していった。
振動波の成長を見計らい、特殊な演奏で新たな振動波を発する。
新たな振動波とホネツギーの内側を駆け巡る振動波が接触すると、そこに強力な共振現象が発生。それが大爆発を引き起こしたのだ。
「強烈な音波がガラス割る……なんてシーンをアニメや漫画で見たことあるだろ? イヒコはそれをやったのさ」
威力は桁違い──しかも時間差があるので気付かれにくい。
イヒコは天才肌と言ってもいい。
具体的に評すれば「応用力」において右に出る者がいない。
ミサキも「一を教えれば十を知り、百を閃いて千を得る」と褒められる天才だが、イヒコも「ひとつ教えれば百の使い道を編み出す」才能を持っていた。
音とは波──そして振動である。
これをフミカから学んだ彼女は、この技を編み出した。
しかし、イヒコ本人はこの才能を大して自覚してはおらず、むしろナチュラルに使いこなしている。それでいいとツバサは思っている。
こういう才能は──意識すると萎縮してしまう。
伸び伸び育っているのだから遮ることはない。
素晴らしい才能がグングンと成長する様を見守るべきだろう。
ツバサは思わず感涙してしまった。
「イヒコ……我が愛しき息子……」
「ツバサさん泣いてんの? それを言うなら我が愛しき娘じゃね?」
イヒコは女の子だよ、とアホに訂正されてしまった。
我が子の成長ぶりに神々の乳母が感激して涙が止まらないのだ。
「涙だけじゃなくハトホルミルクも止まらないけどね~♪」
「それはミロのせいだ…ぉんんんッ!?」
搾られすぎてジャケットが湿ってきた……ヤバい。
イヒコの奏者なき楽団の演奏は、ホネツギーの多節棍を破砕していく。
多節棍はひとつ残らず砕け散り、それを持っていた骨の腕にも振動波は伝わっていたので千手観音モドキの腕も砕け始めた。
「ウッソ! 被害拡大中!? なんなのよ、この破壊音楽はぁ!?」
「フフーン♪ 手品のタネはヒ・ミ・ツ、でーす♪」
先刻のように、ホネツギーの鼻先に指揮棒を突きつけた。
「最後の一押し! はい、ドーン♪」
イヒコは頗る付きの特大衝撃波をお見舞いする。
次々と砕けていく骨の腕に慌てふためいていたホネツギーは対処に手間取ってしまい、ショックウェーブを真正面から浴びた。
「エエエ……ックセレントォォォーーーッ!?」
褒め称える悲鳴とともにホネツギーは吹き飛ばされていった。
~~~~~~~~~~~~
時間は巻き戻り──イヒコが多節棍の乱舞に巻き込まれた直後。
「巨神…………ACT.2?」
ヴァトの口にした技名をドロマンは訝しげに繰り返した。
「あの真っ白いコン……最近はオプティ○ス・プライムというんダスよな、みたいなデカいのを幽波紋よろしく出すやつの上位版ダスか?」
ドロマンは問い掛けてくるが、律儀なヴァトにしては珍しく返事をしない。
掌に拳を押し当てたまま力を貯めるために集中している。
貯め込んだ力は、やがて具現化されていく。
ヴァトの過大能力──【顕現せよ清然たる精霊の巨神】。
巨大ロボのような外観をした白い巨神を顕現させる能力だが、いつもなら腕だけとか出しても上半身までだが、今回は余すところなく全身を出現させた。
──全長60mを越える大巨神。
ヴァトの背後に現れた白い巨神を見上げるドロマンは「ぬぅ……」と口癖のように唸った後、全身から生きた泥を湧かせて対抗する。
白い巨神を上回る泥の怪獣を用意するつもりだ。
ドロマンは形も硬度も意のままとなる泥を積み上げ、不格好ながらも全長80mに届かんとする恐竜型の怪獣を造ろうとしていた。
泥の怪獣が完成する寸前、ヴァトがアクションを起こす。
「──神体爆縮!」
そう唱えた途端、爆発音とともに白い巨神は一瞬で縮む。
風船が萎んでいくよりも早く縮んでいく様子に「力が抜けたのか!?」と錯覚も覚えるが、巨神の存在感は消えていない。
ただ、目に映るほど具現化した力が圧縮されていた。
爆縮という言葉通り、猛スピードで圧縮されていく巨神の力は人間サイズにまで小さくなると、ヴァトに重なっていく。
正確には──ヴァトが巨神の力を体内に取り込んでいるのだ。
巨神を取り込んだヴァトの肉体に変貌を遂げる。
まず身長が少しながら伸びて中学生くらいの体格になり、全身を覆う筋肉も膨張する。しかし、決して見苦しくないパンプアップだ。新調したハルクイン製の衣服は成長に合わせてある程度は伸縮する。
お母さんの手ずからカットした美少年ヘアは逆立つように伸び上がり、巨神のカラーリングに合わせたのか白いたてがみとなる。
一時的な成長を果たした細マッチョの体型に白い紋様が走った。
硬く口を結んだ険しい表情にも白い隈取りが彩られる。
少年の肉体を取り巻く闘気は帯のように棚引き、風神雷神や仁王像がまとう衣にも似たファッションとなってヴァトを取り巻いていた。
「──巨神ACT.2」
変身といっても過言ではない変貌を遂げたヴァトは、ツバサが伝授した「どんな相手にも即応できる」ファイティングスタイルで構え直した。
ドロマンは呆気に取られるが、彼に限った話ではない。
ツバサもミロも、ホネツギーの攻撃を凌ぎながら余所見するイヒコも、この技は初見なので目を皿のように丸くしてしまった。
この技は──ツバサも知らない。
異相空間内の修行でもヴァトが披露したことはないし、こんな技を練習している素振りさえなかった。
誰にも内緒で1人修練を重ねて、コツコツ編み出したらしい。
いつか師匠を驚かせるために──。
イヒコが天才肌ならヴァトは努力型の天才だ。
才能のある人間は然したる労力もなく能力を身に付けるため、努力が疎かになりがちである。これはいざという時には欠点になりかねない。
自分の能力が及ばない事象を前にした時、屈してしまうのだ。
地べたを舐めて這いずり回り、それでも立ち上がる努力を重ねた者は、絶体絶命に追い込まれても諦めない精神力を培う。
精神の根底を支えるそれを──人は「根性」と呼ぶ。
この根性こそが窮地を覆す力となる。
ヴァトには努力を続ける才能と、根性を培う性根が備わっていた。
近頃の子供にしては珍しいほど実直な性格。
だが、その奥底には野獣のように猛々しい情熱を潜ませていた。
ヴァト・アヌビスを一言で言い表すなら──獰猛で愚直。
その獰猛な一端を垣間見ることができそうだ。
「ヴァトのあれ……ツバサさんの殺戮の女神に似てるね」
「いっ……いいかげんにせんと、本当にまた殺戮の女神化するぞ?」
縁日で怒ったことも効果が切れたのか、ツバサがいくら脅してもミロはセクハラ搾乳を止めようとしない。最初はツバサがヴァトやイヒコを助けようとして動いた時だけだったのに、今では関係なく乳房を揉みしだいている。
殺戮の女神になりかけると、さすがに手を緩めてきた。
「いや、あの……ほら、ヴァトのあれ! 巨神ACT.2っていうの? あれ、きっと絶対多分、ツバサさんの殺戮の女神リスペクトだよ! うん!」
やり過ぎた! と危険を察知したミロは大声で誤魔化そうとする。
だが確かに──殺戮の女神とよく似ている。
ツバサの場合、「常時パーフェクトな健康体であるとともに、可変性に優れた肉体美」を誇る常時発動型の過大能力を持っている。
これにもうひとつの過大能力「大自然の根源を司る過大能力」が発する無限大のパワーを発動させつつ、身体の中で意図的に暴走させる。
地震、噴火、台風、氷河……大自然の猛威。
こういった破壊力の権化な自然現象を想起することで自然を司る過大能力を暴走させ、連動した肉体美を司る過大能力の効果を過剰に引き出す。
その結果──殺戮の女神へと至るのだ。
ヴァトもこれと同じようなことをしており、巨神を顕現させる過大能力を体内に押し込んで、一時的な変身パワーアップを果たしていた。
ただし、かなり無茶をしている。
ツバサの場合、常に肉体を万全に保つ過大能力のおかげで事なきを得ているが、ヴァトは無理やり身体にねじ込んでいるので負荷が掛かりすぎていた。
「保って5分……いや、3分がいいところじゃないか」
「なにそのウルトラマン」
それ以上は身体が耐えきれず巨神の力を吐き出すはずだ。
短期決戦型の必殺技と言えなくもない。
しかし、ミロの推測は的を射ているかも知れない。
あの身体強化技はツバサの殺戮の女神を意識したものだ。ヴァトなりにツバサを参考にすることで独自に編み出したのだろう。
いつか師匠に見せようと練習を重ねてきたに違いない。
その健気さを想うだけで、一度は止まった感涙が再び溢れてくる。
「ヴァト……愛しき我が子……」
「今度は息子だから間違ってないけど……ツバサさん、その台詞好きなの?」
映画か何かで印象的だった台詞だ。
驚くべき変化を遂げたヴァトに、ドロマンも目を見張っている
「変身ごっこ……と侮るには剣呑な気配ダスな」
一目見て危険度を推し量り、油断せず身構える。
ドロマンはあまり構えを取らないタイプのようだが、この時ばかりは両腕を少しだけ持ち上げて、何をされても対応できる姿勢を取った。
その警戒心が無意味なほどの──超神速。
気付いた時には“ドパァン!”と鼓膜を破るほどの破裂音が鳴り響き、ドロマンの後ろにいた泥の怪獣が跡形もなく消えていた。
音が鳴り響いた直後、衝撃波が放射状に広がっていく。
動体視力で追えたのはツバサだけだ。
瞬間移動レベルの超音速で泥の怪獣に飛び掛かったヴァトは、その胸に拳を叩き込み、一撃で木っ端微塵にした。
インパクトの瞬間──0.00001コンマにもならない極小の時間。
殴る拳から体内に圧縮された巨神を一瞬だけ解放することにより、絶大な破壊力を発揮していた。しかも、威力を上げるための工夫を忘れていない。
ヴァトの小さな体内に押し込められた巨神の力。
圧縮された巨神の力を音速を超えた速さで流動させており、途方もない遠心力を付加することで恐るべき運動エネルギーに変換していた。
これによってヴァトは常に音速を超えるパワーとスピードを維持しており、最初からトップスピードで動いたり、限界を超えた全力を発揮することができるようになっていた。筋力と瞬発力に凄まじいブーストが掛かっている。
いや、全能力に途方もないドーピングを強いたようなものだ。
ドロマンは──立ち尽くしていた。
彼の右目は、顔が泥状に崩れているため眼球が剥き出しだった。
反対側の左目はいつも半眼に近い細目なのだが、その左目が右目と同じくらい見開かれている。「何が起きたかわからない」と顔に書かれていた。
だが、迫り来る脅威には敏感だった。
意識するよりも早く反射神経だけで身構えている。
即座に泥を沸き立たせて全身を覆うボディアーマーを形成しようとするが、鎧が完成する前にヴァトが懐に飛び込んでいく。
そして、鳩尾を穿つボディーブローが炸裂した。
泥の鎧は弾け飛び、ドロマンの巨体が“く”の字に折れ曲がる。
「ぶふぉあ……ッ!? だ……ダスウッ!」
ドロマンは胃液めいたものを吐き出して悶絶。白眼を剥いて気を失いかけるも、歯を食いしばって根性で意識を保つと、足下にいるも同然な小さいヴァト目掛けて拳骨を落とした。構えも拳法もあったものではない。
喧嘩殺法なパンチは空を切る。
「いない!? ど、どこへ行ったダ……ズァッ!?」
ツバサくらいの動体視力がなければ肉眼で追うのは難しい。
跳躍したヴァトは、ドロマンの右手に回り込むと遠慮なしの右フックでドロマンの顔にクレーターができるほどのパンチを打ち込んだ。
胴体から顔が千切れそうになるドロマン。
拳打の威力に負けて身体ごと持ち上がり、そのまま吹き飛びそうになるも足首に絡ませた泥で地面に根を張ることで、何とか持ち堪える。
たった3発──それだけでドロマンはグロッキー寸前だった。
正確にはたった2発。
1発目では泥の怪獣を壊されただけ。
本体であるドロマンは驚愕のあまり動けないどころか、ヴァトがどう動いたのかさえわからずに茫然自失だったのだから。
そこから腹に1発、横っ面に1発──たった2発で足に来ている。
ガクガクと震える膝は今にも崩れ落ちそうだが、ドロマンは唇を血が出るほど噛み締めると、両脚を泥で固めて倒れないように自分を補強した。
「でも、あれじゃあ動けないんじゃね?」
言葉通りだが、このアホは男の覚悟という美学を理解していない。
「動けないんじゃない──動かないんだ」
ドロマンは更に泥を湧かせると、まるで自分の領域を広げるように周囲へと広げていった。あの泥は感知器を兼ねており、領域に踏み込んだ者へ自動的かつ徹底的な防衛行動を起こすようだ。
「オラの“泥に塗れた鏖殺地帯”……恐くなけりゃ踏み込むがいいダス!」
ヴァトの巨神ACT.2に、この技で受けて立つつもりなのだ。だから、ヴァトに「真っ向勝負で来い!」と挑戦も仕掛けていた。
ドロマンの男気に、ヴァトは行動で答える。
ひとつも躊躇することなく泥の領域に飛び込んでいった。
この泥は自動的な防衛反応を起こすため、音速で飛び越えようとも反応するのか、飛び越えようとしたヴァトに泥が襲いかかる。
何百体もの泥人形、触手のように伸びる手、行く手を遮る分厚い防壁。
特に防壁は何枚もそそり立ち、ドロマンを守る鉄壁の盾となる。
泥人形は先ほど倒した者よりも大きく、手足に棘が生えたり牙を剥いてきたりと凶悪かつ凶暴に造られている。泥の触手も握力が強そうだ。
そのすべてを──ヴァトは突破した。
掴まれようとも殴られようともまったく意に介することなく、速度を落とすことさえなく、行く手を塞ぐ防壁もあっさり突き破る。
再度ドロマンの懐に入り込んだヴァトは、全力の右ストレートを打ち込む。
ドロマンは防御の構えも間に合わず、まともに食らう。
「うぼわぁ……ダ、ダスゥうううあーーーッ!?」
足下を固めていた泥も意味がないほどの衝撃に、ドロマンの巨体は今度こそ宙に浮き、巨神のパンチによって敢えなく吹き飛ばされていった。
~~~~~~~~~~~~
ホネツギーとドロマンは、ほぼ同時に敗北を喫した。
イヒコの大振動によって弾き飛ばされたホネツギーと、ヴァトのパンチで殴り飛ばされたドロマンは、マーナの両脇を通り過ぎていく。
そして、一味のアジトに叩き込まれる。
背後で鳴り響く爆発音、砲弾を撃ち込まれたみたいに崩れる隠れ家。
それを後頭部に現した眼で見届けたマーナは嘆息した。
「人海戦術もダメなら付け焼き刃なパワーアップもダメか……」
ホント嫌になるねぇ、とマーナは舌打ちする。
壊れかけた隠れ家から瓦礫を押し退け、ホネツギーとドロマンが這々の体で這い出てきた。どちらも立ち上がれないほどダメージを負っており、四つん這いでヒィヒィ言いながらマーナに縋りつく。
「マーナさまぁ……ごめんなさぁいん、負けちゃいましたぁ~……でもでも、このまま引き下がったんじゃ穂村組の名折れ! 看板を借りてる以上は……!」
「あの坊主ども、やっぱりLV900越えダス! 短時間の強化くらいじゃあ張り合うのが関の山ダス! こうなったら……!」
「みなまで言わなくてもいいよ、ホネツギー、ドロマン」
マーナは両肩に新たな眼を開くと、そこから発する暖かい光を子分たちにシャワーの如く浴びせる。回復効果のある眼光のようだ。
次第に回復して立ち上がろうとするホネツギーとドロマン。
そして、マーナは決意も新たに言った。
「こうなったら…………もうひとつの奥の手を使うよ!」
「どんだけあんのよ奥の手!?」
ミロは距離こそあったが大声でツッコミを入れた。
マーナは勝ち気に言い返してくる。
「切り札はあればあるだけ越したこたぁないさ! アンタたちのせいでこれが正真正銘、最後の奥の手になっちまったけどねぇ!」
「そんな切り札用意する暇があったら、自分を強くすれば良かったんじゃない?」
ミロは小指で鼻をほじりながらキッパリ言った。
「わかってるよスットコドッコイ! あたしらなりに努力して、あれこれやってききた結果がこれなんだよ! あと女の子が人前で鼻ほじんな!」
マーナは怒鳴り返すとミロの態度も正してきた。
こればっかりは敵の意見でも「うんうん」と頷かざるを得ない。
マーナは子分2人を回復させつつ、3つ目の切り札をオープンするべく準備を始めていた。どうやら3人が一丸となって発動させるものらしく、ホネツギーとドロマンも自前の回復系技能で一生懸命に治していた。
イヒコとヴァトは「どうしよう?」とツバサに眼でお伺いを立ててくる。
彼らに最後の奥の手を出させて打ち破るべきか?
それとも切り札を出させる前に倒してしまうか?
こういった判断を母親に委ねる辺り、まだまだお子様である。
「──誰が母親だ!」
「「言ってません!! ありがとうございます!!」」
いつものボケに子供たちにツッコんでもらったところで、ツバサは口には出さず目配せだけでイヒコとヴァトに指示を飛ばした。
マーナ一味の切り札は、どれも面白い。
上位従者として造られた泥人形やスケルトンがそうだが、自分の得意分野と過大能力のコンビネーションはなかなかのアイデアだった。
また、一気にLVが200も上がる強化も参考にしたいところ。
そんなわけで後者──切り札を出させてから倒す。
トドメを刺すのには絶好のチャンスなのだが、イヒコとヴァトはツバサの言い付けを守って、マーナ一味が回復するのを待ってやった。
やがてホネツギーとドロマンが立ち上がれるほどに回復する。
三悪トリオは「こっからが本番!」とばかりに捲土重来の勢いだった。
「さあ、見せてやるんだよおまえたち! マーナ一味の真骨頂をッ!」
「「──ウイッサー!!」」
「ほう──それは是非とも拝見したいですね」
氷のように冷たい男の声に、マーナ一味は震え上がった。
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☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
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ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
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八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
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月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
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