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第12章 仁義なき生存戦略
第287話:三悪は普通に強い
しおりを挟む限定指定暴力団──穂村組。
ヤクザ社会の中でも突出した戦闘能力第一主義であり、その構成員は入門したての下っ端であろうと強者でなければならない。
最低でも1人で10人は倒せる実力がないと認められなかった。
現実的な話──どんな腕自慢であろうと3人も相手にできれば上等、5人以上に絡まれればフルボッコにされて終わりである。いかに武術の腕を鍛えようとも、数の暴力の前には一個人の力など無力だった。
だが、この世には本当に“一騎当千”な実力者もいる。
そういった者が達人と呼ばれるのだ。
穂村組の入門テストはそれを見定めるもの。
本当の意味で達人クラスの腕前がないと認められなかった。
マーナを始め、ホネツギーとドロマンもこの試験をクリアした武道の達人。自分の流儀ならば何者にも負けないという自信があった。
しかし、マーナ一味ですら穂村組では中堅がいいところ。
穂村組は──達人を越えた怪物の巣窟だった。
上には上がいる、と歯軋りするほど思い知らされた。
そんな穂村組の頂点に立つのは言わずもがな組長であり、まだ若いながらもその実力は歴代最強の呼び声も高く、LV990に達した実力は本物だ。
若き組長を盛り立てるのは──4大幹部。
若頭ゲンジロウ、若頭補佐マリ、番頭レイジ、顧問バンダユウ。
この4人もまたLV900越えのプレイヤーであり、現実世界でも常軌を逸した達人揃いだったが、この異世界にやってきてからはマーナたち同様に魔族となり、魔王と恐れるほどの力を身に付けていた。
噂によれば先代組長の妾の子と囁かれている若頭や、その先代と兄弟分だったという顧問は、LV999のカンストだとか……。
──あくまでも噂だ。
幹部にもう1人“金庫番”と呼ばれる奇妙な男もいるが、現実ではお目に掛かったことがない。組の集会でもマーナは見掛けた覚えがなかった。
……いや、会ったけど忘れてるのか?
集会は面倒臭いので嫌々出ていたからうろ覚えかも知れない。
金庫番はさておき、問題は組長を含むLV900を越えた5人である。
マーナ一味がこの異世界の王となって覇権を牛耳るには、組長たちと戦って撃破することは避けられず、必ずや一戦交えることとなる。むしろ、最初に倒すべき壁として意識せざるを得ない。
無論、マーナたちもLVを上げようと日々努力は欠かさない。
だがLV800を目前にした今日この頃、生半可な努力では魂の経験値も遅々として溜まらず、LV上げどころかパラメーター上げさえままならない。
異世界に来てかれこれ1年。
組長を初めとする幹部たちとの差は開く一方だった。
そこでマーナは自分たち強くなる方法を模索するのとは別に、穂村組に対抗する手段を考案することにした。
錬金術師のドロマンと死霊術師のホネツギー。
2人にはそれぞれ、できる限りの強化をさせた泥人形やスケルトンを造らせ、そこにマーナの過大能力でかき集めた莫大な魔力を宿らせることにより、高レベルの従者とする。
組には内緒で創り上げた不死の軍団──総数10万。
1体1体が穂村組の舎弟に多いLV500代に達した、上位従者の軍勢だ。
これならLV900を越えたプレイヤーでもやり込める。
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「…………そう思ってたんだけどねぇ」
目の前に広がる光景にマーナはキレそうだった。
全身に現した眼を細めて白眼にすると、真一文字に閉じた口の中で行き場のない憤懣に頬を膨らませていた。いい年こいて膨れっ面である。
10万に及ぶ不死の軍団は──たった5秒で壊滅した。
異世界に飛ばされてから1年を費やし、「いつかこの世界を分捕ったる!」と意気込んで営々と作り続けてきた10万もの軍勢が、年端もいかない子供2人に瞬殺されてしまったのだ。
癇癪を起こしかけたが「こいつらを得意気に組長たちにぶつけないで良かったぁ……」と実地テストできたことに安堵する気持ちや、「やっぱりLV900越えってのはバケモノだねぇ……」という諦念が先に立った。
LV600を越えた頃から、わずかなLV差を痛感させられる。
LV300代ならばLV250くらいのプレイヤーがLV300のプレイヤーを倒すこともあったので、まだ当人の資質が物を言っていた。
しかし、LV500越えた辺りからたった数LVの差が絶望的な力量の違いだと思い知らされるようになり、組長がLV900を数えた時には「絶対に勝てない。勝負にもならない」と絶望させられた。
質より量の人海戦術は通じないか……とマーナは独りごちて爪を噛む。
指揮者みたいな格好の美少女と、将来イケメン有望な美少年。
どっちもLV900に達しているのは間違いないのだが、LV差によるものなのか走査をジャミングする技能でも働いているのか、マーナの感知系技能をフル動員しても正確なLVはわからない。
しかし、もっとも幼い2人には違いない。
あの姉弟の上には、蒼いドレスを着たアホの子っぽいのに覇気だけは組長に匹敵する謎の美少女と、この子たちの母親だと言い張るムチムチ爆乳ドスケベケツデカホルスタインのツバサってオカンが控えている。
あの2人は──この姉弟より格上だ。
やっぱり正確なLVは読み取れないが、どちらもLV950は越えているだろうし、下手をすれば980……まさかの990もあり得る。
つまり、組長と肩を並べる実力者だという事実。
イヒコとヴァトと呼ばれていた姉弟みたいな子供たちに勝てなければ、あのアホの子と爆乳オカンに勝てる道理はない。
引いては、組長どころか4大幹部にも勝てないということだ。
人海戦術で勝てないとなれば、こちらもLV900相当の実力を身に付けて正面から挑むしかない。こんな時のためと、切り札はもうひとつ用意してある。
この世界を手に入れるため、マーナ一味は地道に頑張ってきた。
自分たちの従者である泥人形とスケルトンを一瞬で全滅させられたホネツギーとドロマンは放心状態だった。精神的にタフなドロマンはともかく、ホネツギーなど今にも泣きながらマーナにセクハラ抱擁を求めてきそうである。
彼らの闘争心を掻き立てるべく、マーナは一喝した。
「ホネツギー! ドロマン! もう一個の奥の手を使うよ!」
ボスの号令に子分2人は振り向いた。
あの10万の軍勢も切り札だったが、LV900勢にはまったく歯が立たないとわかった以上、もうひとつの奥の手も確かめる必要があった。
虎の子の軍勢を潰されたことは悔しい。だが、このピンチを乗り切ると同時に、もうひとつの奥の手の有効性を試すためには絶好の機会ではある。
そう──あの子供たちを練習台にすればいい。
「……ピンチはチャンス! お願いするダス、マーナ様!」
「チビッコだからって容赦しないわよぉ! 僕ちゃん、本気出しちゃう!」
泥人形とスケルトンの残骸を踏み越えてやってくるヴァトとイヒコを睨んでいた子分2人は、顔を半分だけ振り向かせて頷いた。
子分たちの了解を受けたマーナは動く。
掌を上にして両手に何かを持つような仕種をすると、両方の掌から目映いばかりの閃光を放つ目玉が2つ飛び出してきた。
マーナの過大能力──【視界を貪る邪視の女王】。
マーナの眼球は“気”にまつわる力を吸い込むことができる。
その瞳に映した者の魔力や理力を吸い取ることもでき、弱い者ならば一瞬で衰弱に追い込むほど吸収力がある。また、放たれた攻撃魔法を眼球に吸い込ませてストックすることもできるし、自分の魔力にも変換することも可能。
彼女は視界に映るすべてから“気”を貪ることができた。
吸い取った“気”は眼球内に貯め込むこともできるので、無数の目玉を操る魔族のマーナは、いざという時のために“気”を貯蓄していた。
この光り輝く眼球は、限界を超えて貯め込んだ“気”。
技能によっていくつかの指向性を持たせており、切り札とするべく様々な手を加えた魔眼ともいうべき代物だった。
この魔眼は埋め込んだ者に絶大な強化を施す。
効果は数時間しか保たないけれど、LVを200もアップさせるものだ。
ホネツギーのLVは752、ドロマンのLVは789。
この魔眼を子分たちに埋め込めば──勝機はある。
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「強化効果……いや待て、桁違いだぞアレは!?」
ヴァトとイヒコの戦況を見守っていたツバサは目の色を変えた。
10万の軍勢を物ともしない我が子たちの活躍にホクホク顔だったが、追い詰められたマーナが取り出した魔眼に目を奪われる。
あれは超特殊な強化魔法だ。
走査で調べてみた結果、あの魔眼を埋め込まれた者は短時間ながらLVが200もアップするという規格外のものだった。
さしものツバサもこれには焦る。
あれがホネツギーとドロマンに付与されようものなら、2人のLVは一時的にとはいえヴァトとイヒコを上回る。LV900ともなれば数LVの差が絶望的な力の差になることは、ツバサもよく知っていた。
子供たちが危ういかも知れない。
この危機感に内なる神々の乳母がざわめいた。
どうする? どうすればいい? ツバサは逡巡する。
マーナがあれを使う前に叩き潰してしまうか? それともツバサが出張って可愛い子供たちの代わりにマーナ一味を片付けてしまうか? それでは子供たちに自信をつけさせようという今回の作戦が台無しになってしまうし……。
「ツバサさんは動いちゃダメだよ?」
そう口にするよりも早くミロはツバサの背後に回ると、こちらのデカ尻に身体を預けるように抱きついてきて、両腕を細い腰に回してきた。
子供たちの危機に動こうとするツバサを止めるつもりらしい。
かと思えば──さっそくセクハラされる。
ツバサの細い腰に回した両手をお腹に滑らせると、爆乳を重たそうに持ち上げて揉みしだいてきた。それだけでは飽き足らず、服越しに乳房の頂点にある一番敏感な部分をおもいっきりしごいてきた。
完全に牛の乳搾りである。
「あぎゃんッ!? ミ、ミロ! なにすんだおまえッ!?」
いくら女性の快感になれてきたとはいえ、敏感すぎる乳首をこうも手荒く弄られたら溜まらない。ツバサはびっくりして変な声を上げてしまった。
ミロを引っ剥がしてヴァトとイヒコを助けに行こうとするツバサだが、前へ踏み出そうとする度におっぱいをこれでもかといじめられる。こうなると搾乳機にかけられた雌牛も同然で、ろくに身動ぎさえできない。
というか、激しく乳首をいじられたせいでハトホルミルクが漏れている。
念のためにと母乳パッドを仕込んでおいて助かった。
「おりょ? 濡れてこない? ツバサさん、パッド入れてる?」
「……おまえのセクハラ対策にな」
ともすれば、あられもない嬌声まで漏らしそうになるので、口数少なく返答する声は怒気にまみれているが、ミロはセクハラをやめようとしない。
ちゃんと意図があるのか? ツバサはアホの出方を見た。
ツバサが2人の援護に行くのをやめれば、ミロも乳首を責めるのをやめた。それでもセクハラは継続中で、乳房の表面をまさぐられる。
どうやら、ツバサが助けに行くのを止めようとしているらしい。
「どういうつもりだミロ……魔眼のヤバさはわかるだろ?」
ヴァトとイヒコを見殺しにするつもりか? とツバサは油断すれば嬌声を漏らしそうになるのを抑えて、押し殺した声でミロに問い質した。
「んんー、ツバサさんも子供のこととなると学習しないなぁ……まあ、それでこそアタシたちのオカンなんだけどね。母性本能タップタプ♪」
ミロはアホ面でこちらの乳房を揺らす。
無駄にハトホルミルクが零れそうになるのでやめてほしい。
「ヴァトやイヒコが強くなろうとしてるんだから邪魔しちゃダメだよ。『親は木の上に立って見ているものだ』ってアタシに親って漢字の書き方を教えてくれたじゃない。このやり取りも確か2回目だよ?」
「ぐぬぬ……ミロ、おまえの勘は心配ないと言ってるんだな?」
ミロは直観と直感という2つの特殊技能の相乗効果により、未来予知に等しい勘を働かせることができる。
そのミロが焦ることなく「あの子たちに任せろ」というのだ。
ここはツバサも子供たちを信じて任せるべきなのだが、神々の乳母の母性本能が「子供たちに万が一があったら!?」と気もそぞろになる。
助けに行こうとすればミロのセクハラが過激になるし、ミロの言い分も母性本能抜きで聞けば真っ当だ。今日はそのために彼らを連れてきたのだから。
嗚呼、でも……子供たちが心配だ!
ツバサの葛藤を余所に展開は進んでいく。
「ホネツギー! ドロマン! とっておきの魔眼を受け取りな!」
「「──ウイッサー!!」」
子分2人は女ボスに妙な敬礼で応える。
マーナの手から解き放たれた2つの魔眼は、それぞれホネツギーとドロマンの顔へ飛んでいき、額の中央にめり込んで第三の眼となった。
そして、ホネツギーとドロマンのLVが急上昇する。
ドロマンの筋肉は爆ぜるように内側から膨れ上がり、ベストやズボン破りかけそうなほど膨張する。ホネツギーはそれほど筋肉の盛り上がりは目立たないが、荒い鼻息で地面を踏みしめると、地響きとともに足下を陥没させた。
額の魔眼だけではなく、両眼もスポットライトみたいに輝かせる。
体内に宿った魔力量も爆発的に膨張しており、全身から禍々しい魔力のオーラとなって放出される。アニメなどでよくある演出みたいだ。
「はち切れそうなこのパアゥワー! 全身の筋肉がビクンビクンしちゃう!」
「いや、オジサン半分骨やん。筋肉半分しかないやん」
絶大なパワーに歓喜してボディビルダーよろしくポージングを決めるホネツギーだが、イヒコは関西弁でツッコんでいた。
「試験済みダスが……パワーアップは何度してもいいもんダスな」
ドロマンはホネツギーのように調子には乗らず、増幅された自分の内在的な力を確認すると、両拳をバキボキと鳴らして準備する。
「……じゃあ、効果もわかってるんですね?」
ドロマンの一言をそう捉えたヴァトは身構えた。
様々な攻撃に対して即応できるファイティングスタイルだ。
ホネツギーは調子に乗っているのでどうだか知らないが、ドロマンは素振りから推察する限り、強化を受けたことによる驕りが窺えない。
油断できない、と慎重なヴァトは警戒を強めていた。
「察しがいいダスな、坊主……子供相手は気が引けるダスが」
おまえなら悪くなさそうダス、とドロマンはヴァトに向かって踏み出した。その両手はダラリと下がったまま、なんの構えも取っていない。
「あら、ドロマンちゃんはそっちのフレッシュボーイの相手をするのぉ? じゃあ、こっちのキュートなお嬢ちゃんは僕ちゃんがもらっていい?」
返事を待つまでの間にホネツギーも戦いに備える。
水干みたいなダボッとした衣装の懐に骨の手を差し込むと、そこから取り出したのは鎖で繋がれた一対の短棒──いわゆるヌンチャクと呼ばれる武器だ。
嘘だろ? とツバサは面食らった。
穂村組はマイナーな武術や風変わりな武具を好むと聞いていたが、よりにもよってヌンチャクとは……知名度こそ高いが、武器としての性能は低いはずだ。
ぶっちゃけ実戦向けの武器ではない。
武器としての本質は「遠心力による打撃」だが、本格的な連接棍棒(ヌンチャクもこの一種)には遠く及ばない。
他の武器と比べればサイズが小さいため、ホネツギーのように衣服へ仕舞うこともでき、振り回せばそこそこ間合いも取れるため、暗器(隠し武器のこと)という面が強い。あくまでもサブウェポン、メインにはならない。
これが鎌のついた“鎌ヌンチャク”なら殺傷力も見込めるが……いや、あれもパフォーマンス重視のネタ武器にすぎない。
ホネツギーは一端にヌンチャクを振り回す。
「ドロマンちゃんが美少年、僕ちゃんが美少女のお相手をする……ってことでいいかしらん? なんかもう決まってるみたいだけど」
「異存ないダス。オラもあの坊主に興味があるダスからな」
ドロマンは完全にヴァトを対戦相手と見定めていた。
ホネツギーもイヒコへ向かって歩き出す。
威嚇なのかヌンチャクを派手に振り回すホネツギーに対して、ドロマンは武器を取り出す素振りを見せない。徒手空拳で戦うスタイルのようだ。
「なんかオジサンたち、勝手にあたしらの対戦相手を割り振ったわよ」
こちらも異存はないのか、イヒコはホネツギーと相対する。
「骨の人はテクニカルファイターっぽいからイヒコ向きだと思うよ。あっちの泥の人も巧そうだけどパワーファイター……僕向きだ」
最適の相手だね、とヴァトは右手に左拳を打ち付けた。
イヒコやヴァトの分析系技能でも、彼らが自分たちのLVを越えるくらい強化されたことはわかるはずだ。だが、2人とも決して怯みはしない。
むしろ絶好のチャンスとばかりに意気込んでいた。
「ほら、アタシのカワイイ妹と弟はやる気満々だよ──お母さん?」
ミロはツバサの爆乳を揉みほぐしながら耳元で囁いてきた。
隙あらばミロの抱擁から抜け出して、ホネツギーとドロマンを瞬殺したいツバサだが、ちょっとでも前に出ようとすればミロの愛撫によって快感を伴う搾乳されるので動けずにいた。
イヒコとヴァトの加勢に行きたいのに──!
アホ娘のいう通り、親の立場として独り立ちしようとする子供を見守るしかないのだが……神々の乳母の母性は子供たちを守ろうと騒ぎ出す。
その度にミロに搾乳されて喘ぎ声を上げそうになってしまうのだ。
「親は木の上で立って見守ること……ほらほら、三悪トリオの女ボスも子分たちに任せて高みの見物だよ。ああいうところはツバサさんも見習わないと」
「わ、わかってる! 俺だって子供たちを信じ……んあっ!?」
「そう言いながら助けに行こうとしているのは、どのおっぱいかな~?」
我ながら子供が絡むと学習能力がアホ以下だ。
言ってる側から足を踏み出して、ミロに牝牛よろしく乳搾りをされる。
いくら服越しでパッドを仕込んでいるとはいえ、そろそろ胸元をビショビショに濡らしそうで恐くなってきた。
しかし、ミロの言い分はもっともだ。
これはヴァトとイヒコにとって良い試練となる。
2人の母親として、そして師匠として見守るべきであり、介入するなど勿体ない。公衆の面前での服を着たまま乳搾りなんてセクハラで拘束されているが、幸か不幸かそれが功を奏していた。
すっごい悔しいけど……。
このままミロに押さえ込んでもらうしかない。恥ずかしいけど……。
一方、戦いは子分に任せて傍観に徹するマーナ。
腕を組んで戦況を見守っているが、いくつかの眼をバレないように開くとツバサとミロの痴態をこっそり覗いて頬を赤らめていた。
「……なんだいなんだいあの2人。親子だってのに人前であんな乳繰り合って……え、なに、レズなのかい? 母娘丼ならぬ母娘レズなのかい!?」
ハードル高いねぇ……とマーナはますます頬を染めた。
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「刮目しなさぁい、僕ちゃんの超絶テクニック!」
ホワチャアァ! と伝説的な格闘家俳優の怪鳥めいた掛け声を真似すると、ホネツギーは目にも止まらぬ素早さでヌンチャクを振り回した。
前述の通り、ヌンチャクは遠心力による打撃武器だ。
普段は折り畳めるため携帯性に優れ、いざ戦闘となれば畳んでいた鎖と短棒の分だけ伸びるのでリーチも稼げる。利点はそれぐらいのものである。
「ふふーん♪ 見える見える、ぜんぜん避けられちゃうよーだ!」
ホネツギーのヌンチャク捌きはプロ級を越えており、魔族の力も乗っているので振り回されるヌンチャクは回転ノコギリのような威力となって高速で繰り出されるのだが、イヒコは確実に見切って悠々と躱していた。
ヌンチャクは遠心力に頼るため、大振りにならざるを得ない。
それが避けやすい一因なのだが、ホネツギーはなかなかの手練なので、時にヌンチャクを一本の棒として扱うことで主流となる回転攻撃の中に“突き”の挙動を取り入れ、唐突な変化を起こしていた。
「おわっ!? なに今のビックリ! ヌンチャクがロッドみたいだった!」
ヌンチャクではあり得ない突き攻撃にイヒコは驚いた。
「ぬぅふっふっーん! 本当のオドロキはこ・れ・か・らよぉ~ん!」
ホネツギーのヌンチャク攻撃が加速する。
瞬間──ヌンチャクが伸びた。
いきなりのリーチ変更にイヒコは目を見張るも、すんでのところで回避する。それでも驚きが収まらないのか、口数も増えていく。
「あっぶな! 掠ったよ今!? 何それ技能……って増えて伸びてる!?」
ホネツギーの武器はヌンチャクではなかった。
いつの間にかヌンチャクは三節棍となっており、1,5倍ほど伸びたことにより間合いも伸びていた。どうやら短棒だと思われていた部分は筒状になっており、そこに三番目の節が隠されていたらしい。
ホネツギーは手を休めず、三節棍でイヒコを攻め立てる。
「あっそれ! 2本が3本、3本が4本、4本が5本、5本が6本……♪」
三節棍だと思われていた武器は、目まぐるしい変化を続けた。
またしてもリーチが伸びたと思えば四節棍になっており、今度は五節棍、六節棍……と次第に増え、気付けばヌンチャクに戻っている。
「ちょっ、待っ、振り回す度増えるの!? あ、今度は減った!? なにそれ出し入れ自由自在!? どういう武器なのそれーッ!?」
敢えて言うなら──多節棍か?
見ている限りでは八節棍まで増えるらしい。
一対の短棒を装った持ち手に四層ずつ筒を重ねて、振り回す最中に特殊な操作をして出し入れしているのだ。
棍の部分が筒なので攻撃力は低そうだし打っているとベコベコに凹みそうだが、加工したオリハルコン製で重量強度ともに申し分なさそうだ。
変幻自在な多節棍を使い、トリッキーな攻撃を続けるホネツギー。
だがしかし──。
「……ちっとも当たらないってどういうことなのよぉん!?」
最初の不意打ちこそ頬を掠りかけたものの、それ以降のイヒコは完全に見切っており、多節棍の攻撃を潜り抜けてホネツギーの懐に飛び込んでいた。
「そんなもん、ツバサさんの大鵬翼に比べたらそよ風だよ!」
イヒコは右手に構えた指揮棒をホネツギーの鼻先に突きつける。
そこから音波どころではない、大地を揺るがすほどの大震動が響いてホネツギーを吹き飛ばした。しかし、敵も然る者。
「……あっぶな! 直撃なら骨の10本はイッちゃってたわよ!?」
「惜しい! ダイレクトアタックには浅かったか」
イヒコが大震動を放つ寸前、自ら大きく飛び退いていたらしい。
指揮棒をフリフリさせるイヒコは煽るように言った。
「そんな伸び縮みする棒であたしをボッコボコにしたいのなら、今の5倍……うんにゃ、10倍の手数で振ってこなきゃ当たりもしないよ」
10倍、と聞いてホネツギーの眼光がいやらしく瞬いた。
「いいわよぉ……その挑発、乗ってあげるわぁん!」
ホネツギーの過大能力──【我は骨なり骨こそすべての礎とならん】
あらゆる骨を支配下に置けるホネツギーの過大能力は発動し、彼の背後から骨が剥き出しの巨大な腕がニョッキリ生えてくる。
巨大な骨の妖怪“がしゃどくろ”を連想させる骨の腕。
その数は全部で二十対、腕の数なら四十本。
それぞれの骨の腕はホネツギーの道具箱に手を突っ込むと、出てきた時には柱みたいなヌンチャクを握っていた。
「え、まさか……それも伸び縮みすんの?」
言い出しっぺのイヒコは煽ったことを後悔しているのか、浮かべた笑顔は微妙に引きつっていた。ホネツギーは勝ち誇った笑みで告げる。
「お望み通り十倍でやってあげるわよ、さあお嬢ちゃん」
僕ちゃんの愛を受け取ってぇん♪ とホネツギーはヌンチャクを振るう。
最初から持っていた多節棍に加え、巨大な骨が振るう柱みたいな多節棍×10本が振り下ろされる。それらは決して絡むことはなく、周囲を無差別に薙ぎ払う様は差し詰め嵐の如しだった。
イヒコはそこに巻き込まれ──姿が見えなくなった。
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「──イヒコッ!」
姉のようで妹みたいな従姉妹の一大事にヴァトは声を荒げて振り返るが、こちらも油断ひとつで首が飛ぶ状況だった。
「オラを相手にして余所見とはいい度胸ダスな」
ドロマンからの猛襲を、ヴァトは防ぎきれずに苦戦していた。
「くっ! この人、こんな大振りなのに……ッ!?」
ドロマンは恵まれた巨体から豪腕豪脚を繰り出してくるのだが、遠心力を乗せている攻撃のほとんどが大振りだった。
なのに──とても躱しにくい。
流れるような動作から繰り出されるパンチやキックは絶え間ない連撃となってヴァトを襲い、息つく暇もなく間断さえ許さずに飛んでくる。
おまけに速く、鋭く──とてつもなく重い。
そして一度として止まらない。自分自身を軸として手足を振り回す体捌きは一見すると回転しながら踊っているだけだが、まったく隙がなかった。
「この動きは、えっと……そう、カポエイラ!」
「ほう、よく知ってるダスな坊主」
ブラジル発祥──足技を主体とした格闘技である。
一説によれば両手を鎖で封じられ、足に鉄球を付けられた奴隷たちが反旗を翻すために考案したとされる、ほぼ足技のみで構成された格闘技であり、後にダンスや舞踊へと発展していったものだ。
「オラのは我流アレンジを加えているダスがな」
長い豪腕を振り回して、ラリアットに似た攻撃でヴァトを薙ぎ払う。
確かに、カポエイラにこんな技はなかったはずだ。
ラリアットの前に飛んできた回し蹴りを躱そうと宙へ飛んだヴァトは、刈り取られるように食らってしまった。咄嗟に腕を交差させて防御する。
と見せかけて──ヴァトはドロマンの太い腕に取り付いた。
巨体を軸にして腕や脚を振り回している以上、とてつもない遠心力が彼には働いている。それを利用して投げ飛ばそうと試みるが……。
「……な、投げれない!? この人、重心が……低すぎる!」
「合気系ダスか。ちゃんと対策済みダス」
合気は相手の力を利用して重心のコントロールを崩すものだが、ドロマンの重心は恐ろしく低く、かつ地の底へ根を張るようにしっかりしていた。
これは生半可な技では投げられない。ヴァトの腕前では到底無理だ。
ドロマンは腕を振り回してヴァトを地面へ叩き落とす。
地面に小さなクレーターが生じる勢いで叩きつけられたヴァトは「ガハッ!」と声を上げて肺の中の空気を吐き出すも、すぐさま横へ転がっていく。
案の定、ドロマンが追撃のために踏みつけてきた。
無様だろうと生き残らなければ勝ちは拾えない。ヴァトは芋虫みたいにゴロゴロ地面を転がって距離を取ってから跳ね起きた。
そこから師匠直伝の大鵬翼を繰り出して巻き返しを図る。
「むっ、見栄えのいい技を使うダスな……こんな感じダスか?」
「なっ……嘘だろ!?」
ヴァトの放つ大鵬翼に対抗するかのように、ドロマンも大鵬翼を繰り出してきたのだが、それはどう見ても津波のように押し寄せる大量の拳だった。
ドロマンの過大能力──【狂乱の泥濘より生命は生ずる】
様々な質感に変化する泥を全身より湧き出させて自由に操る過大能力により、鉄の固さを持つ拳を無数に放ってきたのだ。大鵬翼のように技術の粋を凝らして体得した技ではない。
しかし、物理的な数ではドロマンの方が圧倒的だった。
師匠の大鵬翼なら勝てたはずだが、未熟なヴァトの大鵬翼では押し負け、何十発もの鉄拳を浴びて吹き飛ばされる。
「おまえを選んで正解ダス……坊主、おまえ戦い甲斐があるダス」
どうやらマーナ一味の中で、もっとも穂村組の気質に合っているのはドロマンのようだ。一見すると物静かだが紳士的に好戦的だった。
泥でできた無数の拳を背中から生やしたままヴァトに詰める。
「さあ、次はどんな面白い技を見せてくれるダスか?」
「だったら、お望み通りに……巨神ACT.1!」
起き上がったヴァトは右腕を掲げると、呼応して白い巨神の腕が出現して拳打の構えを取る。ヴァトが拳を突き出せば、巨神の腕もパンチを繰り出す。
山を打ち砕く巨神の拳をドロマンにお見舞いする。
「オラの泥人形を倒したやつダスか……でも」
ドロマンは生えたままの泥の拳の群れをひとまとめにすると、巨神の拳に勝るとも劣らない巨大な鉄拳へと造り替える。そこに過大能力で生きた泥を追加させて、ヴァトを上回る巨大な鉄拳に変えた。
「オラは頭悪いダスが、一度見た技にやられる間抜けでもないダス」
激突するヴァトの拳とドロマンの拳。
「ぐぅぅぅぅうううううううっ……つああああああーーーッ!?」
質量的に圧倒するドロマンの泥の拳に押し負ける。
ヴァトはまたしても吹き飛ばされ、今度は地面にめり込んだ。
間合い的に飛び掛かればトドメを刺せる場所にいるドロマンだが、敢えて時間を稼ぐように落ち着いた足取りで近付いてくる。
「坊主……まだ必殺技を隠しているダスな?」
出し惜しみするなダス、とドロマンは“クイクイ”と手招きした。
「オラは新技を見るのが好きダス……そして、それを打ち破るのが大好きダスよ。さあ、おまえの超必殺技を遠慮なくぶつけてくるダス」
ドロマン・ドロターボ──いい趣味をお持ちだ。
とても三悪トリオのトンズラーポジションとは思えない剛の者である。
魔眼の効果で一時的にヴァトを上回るLVになっているとはいえ、素の戦闘能力も恐るべきもののはずだ。普通に戦っても苦戦しただろうが、LVを追い越された現在、完全に押し負けている。
大人と子供の体格差も、ヴァトには不利に働いていた。
ホネツギーぐらいの体格ならまだしも、2m越えの大男と成長期を迎えたばかりの10歳男児では筋肉量が違いすぎる。
それでも──僕はこの人に勝たなくちゃいけない。
尊敬する師匠に、強くなったところを見てもらわなくちゃいけないのだ。
転んだ拍子に口の中を切ったヴァトは、少々行儀が悪いと思ったが立ち上がって唾と一緒に口の中に溜まった血を吐き捨てた。
そして、胸の前で左の掌に右の拳を押し当てる。
「出し惜しみするな……そうですよね、惜しめる立場じゃありません」
まるで中国武道における修行者のような挨拶に、ドロマンも感じるものがあったのかヴァトに近付くのをやめて足を止める。
ヴァトから溢れてくる理力に気付いたのかも知れない。
「せっかくお母さ……師匠! にも内緒で編み出した新必殺技でしたけど、あなたに通じなければ意味はない……もっと強い人たちとも戦うことになるんですから、これよりもっと強い技をこれからも編み出していかなきゃならないんだ」
こんなところで足踏みしている暇はない。
「そんなに必殺技がお好きなら──どうぞ身を以て味わってください」
そして、ヴァトは身の内から莫大な理力を放出する。
「──巨神ACT.2」
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