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第12章 仁義なき生存戦略

第286話:ハトホル一家(若手)VS穂村組(三下)

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 2種族の代表との会談から、およそ1時間後。

 両族長とお付きの女性たちは、クロコの【舞台裏】バックヤードで鉱山に帰しておいた。彼らには仲間への伝言を頼んである。

 神族ツバサがやってきたこと、魔族マーナたちを倒して両種族を助け出すこと。

 その際には戦闘になると思われるので、戦いが始まったら全員慌てず騒がず安全な場所まで避難すること。

 要点はこの2つである。

 これから1時間後──隠れ里にが吹く。

 それを合図に動くよう、部族内に連絡網を回してもらっている。

 伝言が行き渡るまで約1時間と見積もった。

 男たちは鉱山内の安全な場所に避難して待機。女子供や年寄りは隠れ里の家々に戻ってもらい、それをクロコのメイド人形部隊が手分けして【舞台裏】バックヤードへと秘密裏に避難させていく。

 男性陣も避難させていやりたいが、【舞台裏】は収容率がそれほど高くないのでここはレディファーストを優先させてもらった。

 血は薄まれども大地を支えた聖なる猪の末裔まつえいと、破壊神の騎獣きじゅうを務めた聖なる牛の末裔。その肉体の頑強さを信じよう。

「そろそろ1時間だな」

 隠し鉱山への入り口が裏側に隠された滝──大瀑布。

 その前に浮かんだツバサは経過時間を確認して、時計の代わりに使うことが多いスマホを胸の谷間に仕舞う。ここに収納するのがデフォになっていた。

 谷間にスマホが飲み込まれていくのをイヒコが見つめている。

「ツバサさん、ちょっといいですか?」

 そういってイヒコは両手を上げ、ツバサに抱きついてきた。

「どうしたイヒコ?」

 反射的にツバサは抱きついてくる愛娘を両手で抱き寄せる。イヒコは乳房の間に埋めた顔を何度も左右にグリグリと振った。

 乳房の感触を楽しんでいるのではなく、何かを探っているようだ。

「不思議だったんですけど……ツバサさん、色んなものをおっぱいの谷間に仕舞ってるのに、こうやってハグされてても当たんないんですよね」

「えっ、そうなの!?」

 興味津々だが少年ゆえの気恥ずかしさから、ツバサから「抱擁ハグしてやる」と腕を広げても躊躇ためらった挙げ句に逃げてしまうヴァトは、イヒコからもたらされた情報に驚きの声を上げた。

 おまえも試してみるか? とツバサは手招きをする。

 しかし、照れ屋のヴァトは顔を朱色に染めると後退りした。

 おっぱいへの好奇心は尽きないが、まだまだ素直になれないらしい。

 ダインといいヴァトといい、ウチの息子どもは女の子に対して奥手が過ぎるような気がする。スケベ心が前面に表れるよりマシだが……。

「当然じゃん、ツバサさんのおっぱいの谷間は四次元ポケットだもん!」

 イヒコの上から覆いかぶさりミロも混ざってきた。

「俺は未来の猫型ロボットじゃないぞ」

 ミロはイヒコの頭に顎を乗せて、真似するように顔をグリグリと乳房の間へ潜り込ませてくる。こいつは完全に感触を楽しんでいた。

 多分、アホだからイヒコの疑問など気にしたことはない。

 それでもこの話題に乗っかって、ツバサのおっぱいを堪能していた。

「えーっとじゃあ……虚数空間になってるんだっけ?」
「そんなキャラもいるな」

 種を明かせば──道具箱インベントリである。

 神族や魔族になると持てる亜空間の道具箱は、手届く範囲にならどこにでも入り口をもうけることができる。それを利用して胸の谷間に差し込むフリをして、道具箱に仕舞っているのだ。

 似たような真似をしている者にはセイメイがいる。

 あいつもロングコートみたいな真っ黒い長羽織から何でも出し入れしているが、なんてことはない。あれも道具箱を使っていた。

 ドンカイなども着物の懐に道具箱インベントリの出入り口を開いていたはずだ。

「さ、無駄話はこれくらいにして……そろそろ行くぞ」

 ミロとイヒコの首根っこを猫よろしく摘まんで胸から引っ剥がすと、ツバサより下がっているように後ろへ放り投げる。2人とも無駄にキャット空中三回転をしてから、ツバサの少し後ろに飛行系技能で浮いた。

 ヴァトは言わずとも安全地帯まで下がっている。

 それを横目に確認してから、ツバサは右手を伸ばすと風魔法の技能スキルを最大出力で放ち、自然の根源を司る過大能力オーバードゥーイングを込めてブーストをかける。

 天地を繋がず、横へと走る竜巻がツバサの右手から渦巻いた。

 暴れ狂う龍を幻視げんしさせる竜巻は、滝を噛み破ると滝の裏側に隠された隠し鉱山への入り口を開き、隠れ里まで続く洞窟を駆け抜ける。

 隠し鉱山の気圧を激変させる強い風を巻き起こす。

 換気かんきのため、隠し鉱山には複数の空気穴が掘られているは把握済みだ。

 そんなものも意味がないほどの突風が吹き荒れ、ヴァラハ族やナンディン族の家々が悲鳴を上げる(中にいた女子供は避難済み)。

 マーナ一味の隠れ家まで、ギシギシと倒壊しそうなきしみを鳴らす。

 ツバサは爆乳がこれでもかと盛り上がるほど肺に空気を吸い込むと、吹き荒れる竜巻に乗せて天地が割れるような怒声を張り上げる。

穂村組ほむらぐみのチンピラどもおおおぉぉぉーッ! いつぞやはよくもウチの庭を土足で踏み荒らしてくれやがったなあああぁぁぁーッ! 当主である俺が直々にお礼参りに来てやったぞおおおぉぉぉーッ!!」

 つらぁ見せやがれ! と任侠にんきょう顔負けの凄味すごみでツバサは吠える。

 怒号が過ぎたのか、顔に赤い隈取くまどりが浮かびかけた。

「ツ、ツバサさんブレイクブレイク! 殺戮の女神セクメトになりかかってるよ!?」

 先日のお仕置きがまだ功を奏しているらしい。

 ドスを利かせるためほんのり殺戮の女神化したツバサを、ミロは落ち着かせようと暴れ牛を鎮めるみたいになだめてきた。

「誰がホルスタイン級のボインだこの野郎おおおおがぁぁぁーッ!!」
「言ったの! アイツらそこまで言ったの!?」

 似たような捨て台詞は言われた気がする。

 脳内独白の暴れ牛という単語とマーナ一味の捨て台詞がシェイキングされ、殺戮の女神化して怒りっぽさも手伝い、つい怒鳴ってしまった。

 殺戮の女神セクメトの怒鳴り声は物理的な破壊力を持つ。

 音波による爆撃みたいなものだ。

 それは衝撃波となって放射状に広がり、ヴァトやイヒコは耳を塞いで吹き飛ばされまいと空中で踏ん張った(ビクともしないミロがおかしい)。

「みみみ耳が! あたし音感いいから鼓膜こまくぶっとんじゃうぅぅぅッ!?」
「師匠…………迫力あってカッコいい! さすが、さすツバです!」

「ヴァト、その略し方はやめなさい。師匠は許しません」

 ツバサは怒声の合間に囁き声でダメ出しした。

 クロコがツバサを賞賛する「さすツバ!」という文句に子供たちが感化されつつあった。定着する前にやめさせたい。

 大瀑布を突き破る竜巻を維持したまま、ツバサは動き出した。

 竜巻の中心をトンネルにして隠し鉱山へと乗り込む。

 ツバサが侵略的な足取りで先に行くと、ミロ、ヴァト、イヒコも後に続いた。

「ヤクザ相手に下手したてに出たら負けだ」

 竜巻のトンネルを進むツバサは、胴間声どうまごえで叫んだ理由を説明する。

「こっちが下手したてに出ようものなら、どこまでも付け上がって無理難題を吹っ掛けてきやがる。丁寧に応対しようとも態度は慇懃いんぎん無礼ぶれい、決して弱気な素振りを見せちゃいけない。付け入る隙を与えるだけだからな」

 師匠であるインチキ仙人と一緒に行動していた頃、何度かヤクザ者に絡まれた際、師匠から教え込まれた喧嘩の作法である。

 まあ、絡まれた原因は120%インチキ仙人にあったのだが……。

 覚えておきなさい、とツバサは子供たちに言い聞かせる。

「たとえこちらに非があろうとも、連中相手には毅然と向き合うこと。少しでも臆したらぺんぺん草までむしられると思っておけ」

「むしられるのはお尻の毛じゃ……あ痛ッ!?」
「下品なのは許さない、と言っただろアホ」

 ツバサも東京の下町育ちなので、地の喋り方をすると言葉遣いが褒められたものではない。最初は「尻の毛まで毟られる」と言いかけた。

 しかし、子供たちに汚い言葉遣いを覚えさせるわけにはいかない。

 苦肉の策としてぺんぺん草と言い換えたのだが、どこぞのアホのせいで台無しである。このアホの言葉遣いは手遅れだし……。

「どのみち、マーナ一味はハトホルおれの縄張りを荒したんだ」

 直前でツバサが追い払ったので未遂みすいに終わっているが、ちょっかいを出されたのは事実だ。奴らが白を切ろうとも無駄である。

 証拠はいくらでもあるし、ハトホルの国に喧嘩を売ろうとしたことも、穂村組を焚き付けて戦争を仕掛けようとしたことも掴んでいる。

「非は全面的にあちらにある。転生できないほど再起不能になるまでグチャグチャに叩き潰しても文句を言われる筋合いはないぞ」

「塩漬けにして100000年封印だったよね」

 クロコに聞いたのだろう。ミロまで冷やかしてくる。

 まだ殺戮の女神セクメトが抜けていないツバサは昂ぶる気性のまま、うっすら赤い隈取りが残っている表情で嗜虐的しぎゃくてきな笑みを浮かべた。

「手違いで仕留めなければ……な」

 ──力加減を間違えて殺してしまうかも知れない。

 暗に匂わせるツバサの発言に子供たちは引き気味だった。

 無駄口を叩いている間に滝の裏の洞窟を抜け、水晶の天井で覆われた隠し鉱山内へ入る。ヴァラハ族やナンディン族の隠れ里に目を向けるが人影はひとつも見えず、鉱山でも男衆たちが安全地帯への避難を終えつつあった。

 よし、とツバサは口に出さずに頷く。

 空を飛びながら隠し鉱山の中央、マーナ一味のアジトへ向かう。

 アジト前はちょっとした広場になっており、突然吹き荒れる突風とツバサの怒声に驚いたのか、マーナ一味が飛び出してくるところだった。

 ツバサに気付いて、ホネツギーとドロマンがこちらを指差す。

「あ、見て見てマーナ様ぁ! あれ、いつぞやのボインちゃんですよ!?」
「うむぅ……空飛ぶボイン! 見上げてもデカいダスな」

 それに引き替え……と2人の子分は横目で女ボスの胸元を盗み見る。

 マーナのスタイルは決して悪くはない。実際、正しい意味でのモデル体型なのだが、それゆえに線が細いため女性的なボリュームにはとぼしい。

 はっきり言えば“貧乳”なのだ。

 ホネツギーとドロマンの視線が雄弁に語っていた。

「でっかい乳を見ればアンタたちは……このスカポンタンのアンポンターン! 組に顔を出しても若頭補佐・・・・とアタシを比べやがるし!」

 このこのッ! とマーナは半泣きで駄々っ子みたいに爆乳に現を抜かす子分たちを手にしたソロバンでポカポカと殴りつける。

 どうやら、まだ上納する鉱石の量を計算していたらしい。

 ツバサたちが広場に降り立つと、マーナ一味もじゃれ合うのをやめた。

 アジトを前に居並ぶマーナ一味。

 ツバサは向き合う形で降り立つと、子供たちを後ろに庇うように一歩前へ出て、腰に手を当てて爆乳を盛り上げるように胸を反らし、尊大な態度を取った。

 下手したてに出たら負け、それは態度でも同じことだ。

「一戦交えはしたが、顔を合わせるのは初めてだな」

 ツバサ・ハトホルだ──とぶっきらぼうに名乗った。

 あちらが口を開く前に、ツバサはドスを利かせた口調で続けた。相手の発言権を封じて、矢継ぎ早にこちらの正当性でなじってやる。

「1週間前、おまえらがウチの縄張りにちょっかい出してきたのは承知している。白を切れると思うなよ、穂村組のチンピラども。名前は確か……」

 魔眼の妖術師──マーナ・ガンカー。
 魔骨の死霊術師──ホネツギー・セッコツイン。
 魔泥の錬金術師──ドロマン・ドロターボ。

 穂村組の一員であることを指摘されてもマーナは表情を変えないが、自分たちの名前を列挙されるとさすがに眉を動かした。

「むぅ……ッ!?」

 名前を呼ばれたドロマンは喉の奥で唸る。

「ど、どういうことでどうしましょう!? マーナ様ぁ、僕ちゃんたちが穂村組で名前も職能もぜーんぶバレちゃってるんですけど!? っていうか、どーしてここのアジトがバレちゃったわけ!? 組長にも内緒なのにぃ~ッ!?」

 そして、ホネツギーはおもいっきり狼狽うろたえた。

 ツバサからの精神的動揺を誘う「おまえらのことはマルッとお見通しだ!」発言に他の2人は堪えたが、この男が御破算にしてしまった。

 小心者なのか、ホネツギーは自分より小さいマーナに取り縋る。

「騒ぐんじゃないよ、このスカポンタン……ドサクサに紛れて尻揉むな!」

 縋りつく瞬間、痴漢みたいな手業の早さで尻を揉んでくるホネツギーの頭にソロバンを叩き落としてから、マーナは高圧的な態度で応じる。

 たとえ自分たちの情報を知られていようとも動揺せず、ヤクザらしく上から目線で高慢に振る舞おうと心意気は大したものだ。

「ご挨拶どうも、ホルスタインのツバサちゃん……だっけ?」
「誰がホルスタインだ、まな板おっぱい」

 売り言葉に買い言葉──やられたらやり返す。

 ツバサとマーナの視線がぶつかり、本当に火花を散らしていた。

 神族の力は理力りりょく──魔族の力は魔力まりょく

 どちらの力も本質的には“気”マナに準ずるが、高位種族から発せられる力の波動……オーラのようなものはそのように呼び習わされているそうだ。
(※ヴァラハ族とナンディン族が教えてくれた)

 ツバサの発する理力とマーナの放つ魔力。

 お互いを威圧するために発している気迫に、それぞれの理力と魔力が乗ることで物理的な威力を発しており、それが火花を散らしていた。

 ツバサとマーナは、お互いにこめかみに青筋を浮き立たせる。先に言葉を継いできたのはマーナだったが、その内容はツバサの予想通りだった。

「穂村組をご存知ってことは、ただの素人さんってわけじゃあなさそうだねぇ……あたしらをその一員と承知で吹っ掛けてくるつもりかい?」

 マーナの挑発にツバサは不敵な笑みで返す。

「“勝つまでやる”なんて、今どきの小学生にも呆れられる幼稚な流儀をいつまでも振りかざしている連中に言われたくないな」

 むうっ! と分厚い唇の中でドロマンが歯噛みをする。

 いずれ裏切るつもりとはいえ穂村組の姿勢には通じるものがあるのか、ドロマンはツバサの物言いに腹を立てたようだ。

 彼らの感情を煽るように、ツバサは挑発的な言葉を続けた。

「おまえらの流儀なんざどうでもいいさ。問題はだ、ハトホルおれの国へ手を出して、あまつさえ住民をさらって奴隷にしようとしたことだ」

 クジラ型戦艦内の会話も筒抜けだったと教えてやる。

 ツバサの怒気どきが伝わったのか、歯噛みしたドロマンも怯んでいた。

「この落とし前──きっちりつけさせてもらう」

 ツバサは据わった眼で宣言した。

 まずはマーナ一味を標的として定めるように指差し、次いでアジト周辺に広がるヴァラハ族とナンディン族の集落を指した。

「おまえらを穂村組に帰すつもりはない。ここで完膚かんぷなきまでに磨り潰してやる。そして、奴隷にされている種族はウチで預かる」

 どちらも力尽くでな、とツバサは不敵に宣戦布告した。

「奴隷なんて失礼ねぇ! ウチはホワイト企業よ!」

 福利厚生もバッチリだし! とホネツギーはそこを抗議した。

 うん――そこは認めてあげたい。

 動機はどうあれ、彼らは現地種族の大切に扱っていた。いずれ自分たちの信者にするつもりだとしても、その心配りには敬意を払いたいくらいだ。

 穂村組へ奴隷の上納をしようとしたことは許さないが――。

「大切な労働力、奪われるわけにはいかんダス」

 ドロマンは今度こそ分厚い唇を向いて歯を食いしばり、「受けて立つダス!」と言わんばかりに前へ出ようとした。

 それをマーナが細い腕で制して押し止める。

「穂村組の絶対勝利主義を知った上でそこまで言い切るなんざ、よっぽどの自信がないとできないよ……ねえ、ツバサちゃん?」

 ガキンチョまで連れてさ、とマーナは第三の眼を額に開いた。

 額の第三の眼だけではない。

 マーナは慎ましい胸の下で組んだ細い腕にも無数の眼を開いた。それらがギョロギョロと忙しなく動いて、こちらに視線を向けてくる。それらの視線には走査系スキャンを初めとした、様々な感知系技能の発動を感じられる。

 あれがマーナの魔族としての特性──外見上のデメリットだ。

 顔が泥状になっているドロマンや、身体の半分がスケルトンのままなホネツギーとは格が違うためか、普段は眼を閉ざして隠すことができるらしい。

 マーナが走査スキャンをかけるのはツバサだけではない。

 ツバサの後ろにいるミロ、ヴァト、イヒコ。

 子供たちも調べているのだが、その顔色が見る見る青ざめていく。

 ツバサがLV900越えなのは前回の遭遇で知っているが(LV999カンストなのはまだわかってない)、子供たちのLVが気になったようだ。

 所詮は子供と高を括ったのだろうが──。

「う、嘘でしょ……デカ乳女だけじゃなくて、ガキンチョたちまでLV900越えてるの!? そんなの……ありえない! フツー無理でしょ!?」

 今度ばかりはマーナも露骨に慌てふためいた。

 ツバサやドンカイ、それにセイメイは自力でLV900を越えた上でカンストの999にまで到達したが、これは並大抵の努力では達成できない。

 どんなに頑張ってもLV850がいいところで、それを越えるとなるば艱難辛苦のいばらの道が待ち構えている。しかも、その茨は鋼鉄製で絶えず襲ってきて、そのとげには猛毒が塗られていると思っていただきたい。

 我慢強い人でも挫折すること請け合いだ。

 才能、根性、資質、天性、覚悟──そして、強さへの飽くなき渇望かつぼう

 これらが揃わねば成し遂げられない。

 もっとも、ちゃんとした指導者がつきっきりでトレーニングをすれば、年単位の時間はかかるもののLV900は越えられる。
(※ジン、プトラ、ヴァト、イヒコ、にやらせたのがコレ)

「それをやったのが僕たちですから……」
「やったというよりお母ツバサさんにやらされた? みたいな?」

 驚くマーナに、ヴァトとイヒコは照れ臭そうに言った。

「フフーン♪ アタシはツバサさんとのマンツーマンレッスンだもんねー♪」
「いや、おまえだけはあんまり特訓した気分にならなかったわ」

 ミロは極めつけのアホだが、変なところ天才肌でもある。

 ミサキくんのように「一を聞いて十を知り、百を閃いて千を得る」ほどの才能はないものの、「教えた技とは違うものを編み出す」とか「長所を伸ばすはずが短所が補われ、短所を補ったはずなのに長所が伸びた」りした。

 どういう風に育つのか──予測できない。

 そういう意味ではもっとも手の掛かる問題児であり、始末に悪いことこの上ないのだが、常に予測を越えていく成長ぶりは愛おしくて堪らない。

 さすが、ツバサが愛して已まない長女だけはある。

 愛しさからミロを抱き寄せて胸の谷間に収めると、両腕を伸ばして左右にイヒコとヴァトも抱き寄せ、自慢の子供たちを誇らしげに見せびらかす。

「そういうことだ。おまえら三下さんしたなんぞ俺が手を下すまでもない」

 俺の子供たちで十分だ、とツバサは煽ってやる。

 LV900を越えたプレイヤーが4人も現れたと知るや否や、さすがのマーナも狼狽を隠せない。両眼、第三の眼、無数の眼が一斉に泳いだ。

「あ、あんた……その年で、そんな大きな子供が3人もいんのかい!?」
「そこは別にどうでもいいだろ!?」

 もしかして走査スキャンでツバサの実年齢を調べたのか?

「だって、あんた……乳尻太股の熟し方は完全にオカンだけど、二十歳はたちそこそこってとこだろ? その一番大きな娘さん、いくつで産んでんだい!?」

「誰が熟女のオカンだ!? このまな板ペチャパイ!」
「言ったな! このムチムチ爆乳ケツデカドスケベホルスタイン!」

 ツバサとマーナ、両者ともに頭へ血を上らせていきり立つ。

 ツバサは稲妻や突風を撒き散らし、マーナは全身に眼を浮かべて百目ひゃくめという妖怪じみた姿になって、無数の目から魔力を帯びた閃光を発した。

 今にも交戦しそうな女ボス2人。

 双方の取り巻きたちは一触即発な状況を抑えようとする。

「ツバサさんブレイク! ツバサさんはピチピチの二十歳はたちだし、アタシらはお腹を痛めて産まれた子じゃないけど、ツバサさんはアタシらのオカンだよ!」

「そうですよ! 血は繋がらずとも同じオッパイで育ててもらった乳姉弟ちちきょうだいみたいなもんです! ツバサさんはあたしたちのママですよ!」

「師匠落ち着いてください! 今日はキレやす……え、おっぱい?」

 ツバサにミロたちが取り付いて、懸命になだめてくれた。

 一方、マーナはドロマンとホネツギーが左右から肩を掴んで押さえ込んだ。ドロマンは好戦的な態度だったが、実は落ち着いているらしい。

 そのガタイの良さから威嚇役を演じていたようだ。

「マーナ様冷静になるダス! 貧乳はステータスで希少価値ダス!」
「そうよぉマーナ様ぁ! ちっぱい・・・・のが日本人にはウケるんですからぁ!」

 やかましい! と全身の目から放つ魔力の閃光で部下たちを振り払ったマーナは、貧乳というNGワードに堪忍袋の緒が切れたようだ。

 全身の眼球を爛々らんらんと輝かせてマーナは気炎を吐く。

「あたしらが穂村組だと知って、ここまで乗り込んできたってこたぁ死ぬ気があると受け取っていいんだよねぇ!? 女子供だろうと容赦しないよ!」

 この隠し鉱山は、その穂村組にさえ秘密にしている。

 探り当てたツバサたちを生かして帰すつもりは毛頭あるまい。

 野郎ども! とマーナが一声上げれば、地面の下から際限なく這い出てくる人影の群れがツバサたちを十重二十重に取り囲んだ。

 その正体は──泥人形ゴーレムとスケルトンの群れ。

 どちらも両眼だけは生々しい眼球を持っており、そこに破格の魔力を感じることができる。その魔力量だけで従来の泥人形やスケルトンとは格が違う。

「ドロマンが精魂込めて作り上げた泥人形が5万! ホネツギーが怨念の強い亡魂を選り分けて召喚したスケルトンが5万! それにあたしの魔力眼イヴィルアイを与えることで1体当たりのLV500オーバーを達成した不死兵軍団だよ!」

 総数10万の軍勢がツバサたちを包囲する。

 10万という数もさることながら、1体1体が魔改造されてLV500というのは脅威的だった。いつぞやのキョウコウの軍勢とは比べ物にならない。

 マーナ一味──思ったよりやる。

 個々の戦闘能力はLV700~800強くらいだが、こうした小細工をやらせるとうまいらしい。数を頼みとする物量戦となれば役に立ちそうだ。

 ドロマンとホネツギーは工作者クラフターとしての腕もいいのだろう。

 真面目に生きれば一廉ひとかどに成れただろうに……惜しいな。

「LV900越えが何人いようとこの軍団の前じゃあ質より量! たくさんの悪貨こそが少ない良貨を滅ぼすのさ! いずれ組長と一戦交えるための秘密兵器だったけど……あんたらで実地テストしてやんよ!」

 おまえたち──やぁーっておしまい!

 どこかで聞いたことのある号令をマーナが発すると、泥人形とスケルトンの群れが一斉にツバサたちへと襲いかかってきた。

 手には剣や槍などの武器を携え、その構えも模範的もはんてきである。

 LV2~300程度ならば万単位で襲ってこようとも物の数ではないが、さすがにLV500ともなれば手厳しい。LV900越えのプレイヤーが複数いようとも、命の危険を感じる危うさだ。

 ただし──ツバサの愛弟子に通じるはずもない。

 10万に及ぶ不死の軍団は5秒で全滅した。

   ~~~~~~~~~~~~

 イヒコの過大能力──【一柱がゴッド・奏でる音霊シンフォニー・の交響曲】パフォーマンス

 音界の支配者とも言うべき能力は、あらゆる音波を自在に奏でる。

 能力によって顕現けんげんする奏者のいない楽団は、音による支配能力をより一層強力にして、現実改変に近い効果さえ発揮した。

 イヒコは兄弟分であるヴァト、それにミロへアイコンタクトを送る。

『ヴァト、ホネホネロックなのはあたしが引き受けるから、泥人形ゴーレムのお片付けはお願いね。ミロさんは何もせずに高みの見物で偉そうにしててください』

 ヴァトは無言で頷くと真面目な表情で動き出した。

 ミロは言われたとおり、腕を組んで偉そうに仁王立ちする。

 押し寄せるスケルトン軍団を見据えたイヒコは、愛用するようになった指揮棒タクトを手に取ってすぐさま奏者なき楽団を召喚する。

 彼女の指揮によって奏でられる──聞いたこともない交響曲シンフォニー

 秒間何百曲にもなる演奏を、スケルトン軍団に叩きつけていた。

 それらの演奏には無数の効果が複雑に乗せられており、浴びせかけられたスケルトンたちはたじろぐように動きを鈍らせた。その中で最も手応えがあった音をイヒコは鋭敏に感じ取り、その音を何百倍にも増幅した交響曲を奏でる。

 その音楽は──鎮魂歌レクイエムだった。

「どんだけ改造されてても、やっぱり死霊を詰め込んだ骨のアンデッドってことなんだよね……起きたとこ悪いけど、もう一回眠ってね~♪」

 死霊系に特別よく効く極上の鎮魂歌。

 それをイヒコの過大能力でとことん強化されて、尚且つ広範囲に響き渡りながらもバイノーラル録音のように頭蓋骨へ浸透する音で奏でられたのだ。

 ホネツギーのスケルトン軍団は次々と腰砕けとなり、軟骨なしでくっついていた関節をバラバラにして土へと還っていった。

 残るは泥人形軍団の相手をするのはヴァトだ。

 ヴァトの過大能力──【顕現せクリア・よ清然たるエレメンタル精霊の巨神】・ジャイアント

 神族としての力が巨神という形で具現化し、その巨体から繰り出す圧倒的パワーで敵を一蹴するものだ。威力は申し分ないのだが、ヴァトと巨神の動きが連動しているため、そこを見抜かれると隙を突かれやすい欠点もある。

 迫り来る泥人形ゴーレムの群れと向かい合うヴァト。

 ツバサが伝授した、深呼吸よりも長い独特の呼吸法で気力と集中を養うと、身の内から溢れんばかりの理力を放出させる。

「──ギガスACT.Ⅰアクトワン!」

 必殺技らしく掛け声を上げると、過大能力オーバードゥーイング巨神きょじんが出現する。

 以前は半透明で曖昧模糊あいまいもことした姿をしていたが、修行を経た成果なのか全体的に白味を帯びたボディは造詣ぞうけいが整っていた。

 ヴァトの背後に上半身だけを出現させた、白い影の如き巨神。

 どことなくオプティマス・プラ○ムの面影を感じる。

「……いや、あれはコ○ボイというべきかな? それもG1初代……いや、パワードコンボ○っぽいか? 違うな、ファイヤーコン○イ? アルマダ○ンボイ? ギャラ○シーコンボイっぽくもあるし……あるいはオメガコン○イ?」

 ダインほどではないが、ツバサもTFトランスフォーマーマニアである。

 もっともダインとは知った経緯が違う。ダインは和製TFからファンになったが、ツバサはアメコミ経由でハマったクチだ。

「コンボイことオプティマス・プライムはいっぱいいるからねぇ」

 みんなカッコいいし、とロボ好きなミロは同意する。

 ヴァトもダインを兄貴と慕うようになったので、その影響が半透明だった巨神のフォルムに表れたのかも知れない。

 出現したコン○イ似の巨神は拳を構えてファイティングポーズを取るが、ヴァトは特に身構えていない。これも修行の成果、自分と巨神の動きを連動させずに操ることができるようになったのだ。

 巨神の両腕が複雑な動きを取ると、一瞬だけ見えなくなる。

 次の瞬間──千手観音のように無数の腕が残像となって現れ、その数を増やしていくと巨大な翼と見紛うほどに広がっていく。

 あれこそ愛弟子ヴァト師匠ツバサから受け継いだ初めての奥義。

「超特大──巨神ギガス大鵬翼たいほうよく!」

 ヴァトは微動だにしないまま必殺技の掛け声だけを吠えると、本物の大鵬に引けを取らない巨神の翼で泥人形の軍団を薙ぎ払った。

 泥人形ゴーレムには“真理エメス”と記された核がある。

 これは錬金術師系の技能(律法学者系)で造られるもので、泥人形に擬似生命を宿すためのもの、謂わば泥人形の心臓である。

 この“真理エメス”の頭文字を削ると“死んだメス”という意味になる。

 そのため、フィクション作品に登場するゴーレムを倒す際、頭文字を削ることが重要視されるのだが……。

「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーッ!」

 ヴァトは初陣とあって意気込んでいる。

 少年の意気込みを乗せた巨神から繰り出される大鵬翼は、凄まじい破壊力と制圧力でフィールドを蹂躙じゅうりんした。泥人形の群れは防ぐことも逃げることもままならず、木っ端微塵に粉砕されていく。

 巨神の拳は“真理”と記された核もちゃんと砕いていた。

 大鵬翼はほうきちりを掃き清めるように、泥人形を殲滅していく。

 マーナが不死なる軍団に号令を下して五秒後──。

 総数10万の泥人形とスケルトンの軍勢は1体残らず駆逐されていた。

「な? だから言っただろ」

 ツバサはマーナに嫌がらせをするべく、胸の下で腕を組むとこれ見よがしに爆乳を誇示しつつ、妖艶なしなまで作って扇情的に言い放った。



「俺の子供たちで十分だ──ってな」


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