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第12章 仁義なき生存戦略

第283話:隠し鉱山の三悪人

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 その背に大河を渡して、巨大な滝へと落とす天険てんけんの山脈──。

 山脈の内部に掘られた広大な洞窟。

 巨大な滝を門としたそこには穏やかな隠れ里が作られており、その内壁では鉱物を含んだ岩石の採掘に勤しむ牛や猪に似た種族が忙しなく働いていた。

 鉱山街の雰囲気を醸し出している。

 天井は分厚い水晶で飾られ、採光さいこうの心配もない。

 水晶の上を洞窟の入り口を隠す巨大な滝となる大河が流れており、水晶のきらめきと大河の白波が隠れ里を覆い隠していた。

 堅牢けんろうな岩山と大河から落ちる瀑布ばくふ

 この2つを隠れ蓑として岩山に掘られた洞窟内の隠れ里は、水晶の天井のおかげで明るく、巨大なドーム型シェルターの様相を呈していた。

 水晶にしろ洞窟にしろ──どちらも新しい。

 自然なものを装っているが、人工的なところを覆えていない。

 森や林に草原なども植林されたものなのか、まだこの場に馴染んでおらず真新しさがけていない。どうやら最近できたばかりらしい。

 それでもこの地は──彼らにとって楽園だった。

 牛に似た種族も、猪に似た種族も、穏やかに暮らしている。

 荒廃して何もない世界、食糧調達もままならない自然、いつどこから襲ってくるかもわからない別次元の侵略者……。

 この隠れ里ならば、それらに悩まされることがない。

 彼らの暮らす慎ましやかな集落は洞窟の中央を取り巻くように広がっているが、その中央には悪趣味な建物があった。

 いびつで、不格好で、非対称的で、性根がねじくれた建築物だ。

 見ようによっては西洋風のお城に見えないこともないが、尖塔せんとう造詣ぞうけいが人が昇ることを想定した造りとは思えないし、本丸も溶けたウェディングケーキみたいに不気味だった。建物同士を繋ぐ通路もジグザグで歩きにくそうだ。

 おかしい点をあげれば枚挙まいきょいとまがない。

 こういった建物を見ていると、『非ユークリッド幾何学きかがくに基づいた異様で怪奇な都市群』という某海底都市を連想するが、おぞましさは近いものがある。

 ただし、畏敬を抱く神秘性はまったくない。

 おぞましさを装おうとする、どうしようもない滑稽こっけいさが目端めはしに付いた。

 その滑稽な建物に──マーナと2人の子分が揃っていた。

 建物の中でも大きく区画分けされている格納施設ハンガー

 そこではツバサが一撃で破壊した戦艦型クジラに変わる、新たな巨大メカを建造中だった。今度も戦艦のようだがモデルはサメらしい。

 全長も150mほどあり、1.5倍ほど大きくされている。

 頭部はまたしてもドクロを模したものだ。

 建造作業を進める格納施設内には、なんとも妙ちきりんなBGMが流れている。ノリが良くて祭りのお囃子みたいだけど、間抜けで調子はずれ。

 ──そんな音楽だ。

 聞く人が聞けば「あの・・アニメシリーズのEDだ」というかも知れない。

 そんなBGMに合わせて調子を取り、作業ははかどっていた。

 建造作業に駆り出されているのは、スケルトンと泥人形ゴーレム

 あの牛や猪に似た現地種族は1人もいない。

 頭には「安全第一」と書かれた黄色いヘルメット。無駄口は叩かず文句を言うこともなく、与えられた重労働を黙々とこなしていた。彼らは疲労することもないので労働力としては最高である。

 細やかな指示をしないと大なり小なり問題を起こすが……。

 このスケルトンと泥人形には、ある共通点があった。

 どちらも無機質な骨と流動性の泥にも関わらず、その両眼だけは生々しい眼球を持っているのだ。そこに強い魔力を感じる。

 このため、従来のスケルトンや泥人形より強化されていた。

 眼球のおかげか、知能も上がっているらしい。

 創造主であるマーナたちのアバウトな命令にも対応できるのだから──。

「ハァイハァーイ! 今日中に外装作業は終わらせちゃってねー? エンジン回りはもう済んでるし、エネルギー系の循環も調整済み! あとは外装と内装をちゃんとやれば完成なのよ~? はいはい、急いで~ハリアップ!」

 ホネツギー・セッコツインのげき格納施設ハンガーに響いた。

 平安時代に着られた水干すいかんという着物に似た衣装。作業をしやすいように手足回りはすぼめてあるので動きやすそうだ。不思議な格好をした工作者クラフターである。

 魔族ゆえの名残なのか、顔の右半分は茶髪ロン毛の垂れ目がちなイケメンなのに、正中線から左半分は骨しかないという奇天烈な姿だった。

 頭に「天才!」と記したヘルメットを被り、現場監督よろしく喚いている。

「ドロマンちゃ~ん、追加のオリハルコン装甲まだ~?」

「ちょうど仕上がったところダス。そう急かすこともないダスよ」

 戦艦の防御を司る外装の鋼板。

 装甲ともなる分厚いそれを自身の操る泥人形の群れに運ばせて、ドロマンは格納施設へやってきた。人より頭3つ分は図抜けているのでよく目立つ。

 ドロマン・ドロターボは2mを越える巨漢だ。

 パンプアップされた筋肉モリモリの上半身には、ゴテゴテしたアーミーベストを羽織るだけの半裸。下はジーンズにレザーチャップスというウェスタン風の格好だった。乗馬の趣味でもあるのだろうか?

 武骨な面立ちにドレッドヘア。肌は日本人らしからぬ浅黒さ。

 そして顔の右半分は泥状に崩れ、まぶたのない目玉がむき出しだった。

 ホネツギーもドロマンも、こうしたところに魔族のデメリットのひとつ「外見が醜くなる」を残したままだった。それらのデメリットを背負う分、パラメーターや技能スキルに多くの魂の経験値ソウル・ポイントを費やしているのだろう。

 泥人形ゴーレムが運んできたオリハルコン装甲を受け取り、スケルトンたちは工具を片手にサメ型戦艦へ装甲を貼りつける溶接作業に取り掛かる。

 泥人形たちもそれを手伝う。急ピッチで建造しているようだ。

「7割方ってところダスか?」

 覆われていく外装装甲を見上げてドロマンが問い掛ける。

「んーそうねぇ……中身が見えてるところが多いからそう思われちゃうかも知れないけど、もう航行できるくらいには仕上がってるから実質完成率は90%越えってところねぇ。僕ちゃんたちの操縦席の内装はまだ50%以下だけど」

「内装なくても航行はできるダスからな」
「ダメよぉん。内装はモチベーションに関わるんだからぁ」

 アバウトなドロマンは気にもしないが、神経質そうなホネツギーは操縦席回りの内装を充実させないと「完成」とは言いたくないようだ。

「どっちでもいいから、さっさと完成させちまいな」

 子分2人が無駄話に花を咲かせる前に、マーナは厳しく釘を刺した。

 ──マーナ・ガンカー。

 ホネツギーとドロマンを子分として従える女ボス。外見だけならば女子高生……ひょっとすると女子中学生でも通じるかも知れないが、口振りや所作しょさから察するに20代中盤を越えているはずだ。外見をいじっている可能性がある。

「この世界じゃ遠出する足がないと出掛けるのもままならないんだからね」

 口調こそ鉄火肌てっかはだ姉御あねごだが、顔立ちは上品でおしとやか。

 口を開かずに澄ましていれば、深窓の令嬢といっても認められるだろう。

 長い金髪は扇状に広がる不思議な髪型。

 ボディスーツというかレオタードというか、タイトなスーツであまり凹凸のない身体を包み、金髪に負けない派手なマントを羽織っている。

 彼女はサメ型戦艦の建造に参加していない。

 格納施設ハンガーの片隅に設けられた、三悪トリオの憩いの場。

 テーブルやソファに寝椅子カウチ、それと簡単なバーやキッチンに書類棚と……まるで事務所のように整えられた一角に彼女はいる。

 事務机に座ってパチパチとソロバンを弾き、書類を作っていた。

「しかも、自衛できるだけの火力がないとダメなんだから……えっと、アダマントの上納が1トンでオリハルコンが5t、ミスリルが10tに、金銀銅鉄レアメタルが……しかも今回はこの倍を用意しなきゃいけないわけで……1日の産出量の平均がこうだから、あたしらのへそくり分を差っ引いちゃうと……う~ん」

 足りないねぇ、とマーナは苛立つ。

 愛用の煙管きせるを口にくわえるが、苛立ちのあまりガリッと音を立てて噛む。

 ドロマンとホネツギーはすかさず動いた。

「計算お疲れさまダス。はい、甘いカフェラテで一息入れるダス」

「マーナ様ったらスレンダーボディだから無縁そうなのにこんなに肩凝っちゃって……僕ちゃんの実家仕込みな整体術でほぐしてあげますねー♪」

 ドロマンはテキパキとキッチンでカフェラテを作ると簡単なお茶請けを用意してマーナに差し出し、ホネツギーは彼女の背後に回ると慣れた手付きでマッサージを始める。セクハラめいた動きだが腕は確からしい。

 その証拠に──マーナは気持ちよさそうに身を任せていた。

 マーナはソロバンを弾く手を休める。

「まったく……番頭さん・・・・も人が悪いよねぇ、毎月の上納金がえげつないよ。現実リアルにいた頃がマシに覚えるレベルの要求量さね」

「そのうえ原住民の奴隷を連れてこいと仰ってるんでしょ?」

 ホネツギーは骨まる出しのひじでマーナの凝った肩をほぐしていく。

 あぁぁ~……と気怠い呻きとともにマーナは返した。

「いや、そっちは組長直々の命令さ。番頭経由で組に差し出す上納金とはまた別の話だよ……組長の過大能力オーバードゥーイングは素でメチャクチャ強いけど、人手と物資を突っ込めばもっと強くなるからね。自分を強くするために欲しいんだろ」

 迷惑な話だよ、とマーナは愚痴ぐちる。

 ドロマンの煎れてくれたカフェラテを一口啜るとため息をついた。

「今月はいつもの上納金……いや、この世界なら上納物資か。それに加えて組長の『原住民を連れてこい』だからね。いつもの2倍上納しろってことさ」

「その組長からの上納が間に合わなかったダスからな……」

 ドロマンは空へ目を泳がせる。

 先日ツバサに瞬殺されたのを思い出しているようだ。

「そういうことさね。だから、代わりとして倍の上納物資を納めることで、補填ほてんとさせてもらうよう交渉するしかないのさ。もう、今からじゃ原住民を探すのは難しいからねぇ……探しに行くにも戦艦はできてないし」

 頭の痛い話だよ、とマーナは眉間を抑える。

「あの子たちを差し出す、って案はないんですねぇ」

 ホネツギーは意外そうに呟いた。

「あの子たち……ヴァラハ族とナンディン族ダスか?」

 猪の特徴を持つヴァラハ族──牛を象徴とするナンディン族。

 この隠れ里でマーナ一味の庇護の元、彼らのために洞窟の内壁に作られた坑道こうどうで各種鉱石の採掘に精を出している種族である。

   ~~~~~~~~~~~~

 穂村組の構成員は、この世界でも組への上納に悩まされていた。

 組員は全員、どこにいても組長がいる方向を指し示す『指南針しなんしん』というアイテムを渡され、真なる世界ファンタジアの各地に散っている。

 そして一ヶ月に一度、組長の元へ集まるよう命じられていた。

 その際──上納を義務づけられている。

 穂村組の運営を任されている番頭から言い渡されたのだ。

『これからは各人、採取するに適した物資で上納していただきます。なに、君たちの能力は把握済みです。できる範囲でしか頼まないので安心してください』

 確かにできる範囲の上納だ──ギリギリのラインだが。

 まるでえげつない税金を取り立てるように、「おまえたちならこれくらい払えるだろ? ローンに生活費? 知らんがな」と言われているみたいだった。

 マーナ一味への割り当ては、主に鉱石や金属類。

 ホネツギーがスケルトンを召喚でき、ドロマンが泥人形ゴーレムを製作できる。

 どちらも軍団規模の人数で召喚や製作ができる上、マーナが『魔眼まがん』という強化バフを施すことで、より性能を高めた従者サーヴァントにすることができるのだ。

『──人手は足りますよね?』

 あの経済ヤクザは銀縁眼鏡を輝かせてキメ顔だった。

 このためマーナたちは最硬金属アダマントを初め、オリハルコンやミスリルなどの利用価値の高い金属をトン単位で納めるよう仰せつかっていた。

「……あのインテリヤクザ、本当ギリギリできるラインを提示してきやがって! アダマントは滅多に見つからないんだよ!? 探し当てて掘り出して、インゴットに加工するまでこっちにやらせやがって!」

 お茶請けのクッキーを噛み砕いてマーナはいきどおる。

「集め方まで詮索せんさくされないのが幸いですかねぇ……」
「この隠し鉱山も内緒ダスしな……」

 荒れる女ボスを刺激しないように、子分たちはしょんぼり呟いた。

 納品のノルマさえ守っていればおとがめはない。

 あとは自由にしていいと黙認されているので、マーナ一味は監視の目がないのをいいことに、やりたい放題にやらせてもらっていた。

 マーナ一味は穂村組に忠義を尽くしている。

 ただし、それはあくまでも表面上だ。

 俗に言うなら「上辺うわべだけ」というやつである。

 現実では曲がりなりにも親分子分の杯を交わしていたが、マーナ一味は穂村組という組織を利用するつもりでくみしたに過ぎない。

 マーナ一味はある企て・・・・のために穂村組を利用するつもりだった。

 この隠し鉱山は、彼らのアジトであり秘密基地。

 穂村組の組長どころか、番頭や他の構成員にも明かしていない。

 ここではアダマントを始め、様々な鉱石が月に数t単位で採掘できる。

 それらの鉱石を上納に必要なギリギリの分しか納めず、それ以上に採掘できた分は自分たちのふところに収めているのだ。

 クジラ型戦艦の材料費はそこから捻出ねんしゅつした。

 そして、最新型のサメ型戦艦も急ピッチで建造中。

 鉱石系の資源の保有量ならば、穂村組の貯蔵を上回っている自信がある。

 これはマーナ一味の強みでもあった。

 原住民の奴隷も2種族、1000人近く抱えている。

 マーナたちがアダマントの鉱脈を探し求めて東奔西走している時に発見したこの2種族に関しても、穂村組にはまったく報告していない。

 自分たちの“配下”にしたいから──。

 現地種族をかくまうように鉱石がふんだんな岩山をくり抜いて、隠し鉱山(兼隠れ里)を作り、そこに住まわせた種族を働かせて鉱石の安定供給を確保。

 穂村組に属しつつ、着実に自分たちの力を蓄えていた。

「ようやっと戦艦を造って暴れられると思ったら、組長からは原住民を大量にかき集めてこいと無理難題を押し付けられ、そのために戦艦の試運転がてら南へ行ってみたらデカ乳女に瞬殺されて……ホント踏んだり蹴ったりだよ!」

「マーナ様落ち着いて! せっかくのブレイクタイムですよぉ!?」
「興奮するのは良くないダス! 髪も掻き毟っちゃ駄目ダス!」

 また癇癪かんしゃくを起こしてキレそうな女ボスを、ホネツギーとドロマンは必死になって宥める。利かん坊なお嬢様のお世話をする執事のようだ。

「でもでもぉ、どうしてもって時はイノシシちゃんたちやウシちゃんたちを差し出すしかないんじゃないですかぁ? 組長命令には逆らえませんし……」

「バカいってんじゃないよ、このスカポンタン!」

 ホネツギーの提案をマーナは一蹴いっしゅうした。

「いいかい? あの子たちはね、あたしらの信者なんだよ?」

 椅子を回して向き直り、マーナは子分たちにとっくり説明する。



「あたしたちはいずれ──この世界を牛耳ぎゅうじる王となる!」



 マーナはとんでもない野望を宣言する。

「この世界のあらゆる金銀財宝を手に入れて! この地の生きとし生けるもの全てを支配下に置いて! この世のすべてをあたしたちだけのものにする!」

 マーナの宣誓せんせいに、子分たちは拍手で絶賛する。

 お調子者のホネツギーなど「よっ、大統領!」などとはやしていた。

「そうなった時、あの子たちには忠誠を誓ってもらわなきゃいけないんだからね。あたしたちをこの世界の王として崇め奉る大切な信者! あの子たちはその祖先になってもらうんだから!」

 信者の第一号&第二号さ! と現地種族たちの重要性を説いた。

 現地種族を大切にする意気込みは買うが、その動機はかなり不純である。

「マーナ様が女王様で、僕ちゃんたちはお貴族サマーッ!」
「それも王族に一番近い、最上級の貴族ダスな」

 ホネツギーとドロマンは大言たいげん壮語そうごするマーナをおだてまくる。

 穂村組に忠義を尽くすのも一時的なこと。

 いつか独立し、自分たちを頂点とする国家を樹立するつもりなのだ。

「ヴァラハ族もナンディン族も、いつかあたしらが国を建てた時の国民にするんだ。組に引き渡して奴隷として使い潰されて堪るもんかって話さ」

 彼らは国家の住人──そのいしずえにしたいらしい。

「わかってますよぉ。だから福利厚生を充実させてるじゃありませんか」
「働かせても無理はさせず、衣食住に休日半休と……ホワイト企業並みダス」

 恐怖で支配する奴隷ではなく、ほどこしを与えて信者とする。

 マーナ一味は穂村組の構成員でありながら、その影響力の影に隠れて密かに力をつけるため画策かくさくしていた。

 着物めいた服の袖をパタパタはためかせてホネツギーが問う。

「じゃあ、今月は取り敢えず、いつもの倍の鉱石を上納するんですか?」

「そうするしかないだろ……奴隷が見繕みつくろえないんだからさぁ」

 マーナは机に頬杖をつくと、カフェラテを飲んで気持ちを落ち着かせる。

 そして、これからどうするかについての算段を並べていった。

「番頭さんにいつもの倍を上納することで口添えしてもらう。それで組長の命令である奴隷の納品をチャラにしてもらったところで、この間の乳デカ女が仕切ってる原住民たちの大きな村について報告するんだよ」

「あのウルトラボインちゃんが守ってたところですねぇ」
「うむ、あれはスペシャルなボインだったダスな」

 ホネツギーは人差し指をクルクル回しながらいやらしい笑みを浮かべ、ドロマンは太い腕を組んで眼を閉じると反芻はんすうするみたいに回想にふける。

 どちらも──ツバサの爆乳を思い出しているらしい。

 彼らはおっぱい星人のようだ。

 そんな彼らにしてみれば、マーナは物足りない・・・・・だろう。

 そんな色ボケ子分たちの脳天に、マーナはソロバンを叩きつけた。

「ボインボインうるさいんだよ、このアンポンタンどもッ! 女の価値は乳尻太股だけじゃないって口が酸っぱくなるまで言ってんだろ! このこのこのッ!」

 ソロバンで何度もシバいた後、マーナは算段を続けていく。

「そうやっていつもの倍の上納で不始末を詫びつつ、奴隷を捕まえられなかった件とあたしらがボロ負けしたことを報告すれば、組長は元より穂村組の気質からして必ずリベンジに動くはずさぁ! そうすりゃコッチのもんだよ!」

 ツバサに負けた屈辱は組長が晴らしてくれる──はず。

 そのツバサを倒しさえすれば、ハトホルの国で暮らす住民たちを根刮ねこそさらって、穂村組の奴隷とすることもできる。組長もご機嫌になることだろう。

「あたしらへの覚えも良くなる、って寸法さね」

 ツバサへのリベンジと穂村組内部での地位向上。

 一石二鳥を目論もくろむマーナは唇の端をニィ……と釣り上げた。

 次の瞬間、彼女の額に隠されていた第三の眼が開く。

「──誰だい、そこにいるのはッ!?」

 突然、マーナが裂帛れっぱくの声をほとばしらせた。

 右腕を格納施設の隅に積んであるガラクタへ向け、その腕に無数の眼を開かせてギョロリと黒目を動かし、そちらに視線を集中させる。

 探知系や感知系の技能スキルを総動員させていた。

 そして、ホネツギーとドロマンも眼光鋭く瞬時に動く。

 ふざけたキャラクターからは想像もつかない俊敏さと、格闘家らしい動作で跳躍ちょうやくし、跳び蹴りやパンチでガラクタを蹴散らした。

 そこには──誰もいない。

「マーナ様ぁ、誰もいませんけどぉ?」
「うむ、ネズミ1匹どころかゴキブリすらおらんダスな」

 マーナは納得いかない顔で、腕の目玉や第三の眼を瞬きさせた。

「……おっかしいね。妙な気配が2つあったんだけど」

 気のせいかなぁ、とマーナは勘違いを認めていくつもの眼を閉じた。

 マーナは発動させた探索系の技能も収める。

 これに──幼女忍者くのいちと変態メイドは胸を撫で下ろす。

 マーナに気付かれる寸前、彼女たちは格納施設の天井へ逃れていた。

   ~~~~~~~~~~~~

 ツバサの髪の毛は発信器にもなる。

 それはマーナたちの脱出艇に巻き付いたままなので、この隠し鉱山を兼ねた隠れ里の位置は把握できていた。追跡など朝飯前である。

 そこで──ジャジャの分身とクロコのメイド人形を派遣した。

 ダインやフミカにプトラと話している時、ミロにツッコまれて思い出したので、昨晩の内にジャジャとクロコに頼んでおいたのだ。

 任務は偵察オンリー。

 いつもツバサたちがしている威力偵察(行った勢いで敵勢力がいたら壊滅させるのが常だが)ではなく、本当に「様子見」だけを任せた。

 マーナ一味の本拠地に潜り込み、彼らの大胆な内緒話に耳を傾けていると、大体の状況を把握できた。連中がお喋りで助かった。

「……ということらしいでゴザル、母上」

 分身が得た情報を口頭で説明するジャジャと、やはり分身でもあるメイド人形が小型カメラで撮影した映像をモニターでこちらに見せるクロコ。

 居間のソファで報告を受けたツバサは、面倒臭そうにため息をついた。

 神族なのに頭痛を覚えそうだ。

 部屋着姿でソファに腰を下ろすツバサの横に、幼女らしい格好をさせられたジャジャがちょこんと腰掛けている。

 今日あったことを母親に伝える幼女。

 そんな感じでジャジャはマーナ一味の情報を語ってくれた。

 2人の前にはクロコが直立姿勢に立っている。

 胸元に看板でも掲げるかのようにスクリーンを投影させると、そこに隠し鉱山の様子を撮影したライブ映像を映し出していた。

 ……時折スクリーンに実体がないのをいいことに、メイド服とエプロン越しでもわかるほど盛り上がった巨乳をスクリーンに突き抜けさせて遊んでる。

 見なかったことにしよう。

「……どんな組織も一枚岩ってわけにはいかんわな」

 穂村組も大概なのだが、そこに属するマーナ一味もふざけた野望を抱えているとは……彼らに支配できるほど真なる世界ファンタジアは甘くはない。

 無論、ツバサたちとてこの世界を制するつもりはない。

 全てはあるがままなり──ただ、人々が生きていける環境を整えたいだけだ。

 野望を掲げるのは勝手である。実現できるかは別として。

 しかし、これで得心とくしんがいった。

 マーナ一味からも組長からも接触するような動きがなかったのは、月に一度行われるという穂村組の集会まで待っていたからだ。

 ジャジャとクロコが調べたところ──上納を兼ねた集会は1週間後。

 そこを奇襲するのもアリかと思ったが、わざわざマーナ一味が合流したところで仕掛ける必要もなさそうだ。彼らの持っているマジックアイテム『指南針しなんしん』を取り上げれば、組長がどこにいるかわかる。

「マーナ一味は先に仕留めておくべきかも知れないな」

 あんな連中でもそこそこの戦力だ。

 穂村組の本隊に合流させるのは得策ではない。

 ツバサは呟くように考えを漏らした。

 上納の集会まで待たずに、マーナ一味の隠し鉱山へ出向く。

 そこで彼らに真正面から戦いを挑んで、その力量を測りながら、二度と悪さができないよう再起不能にするつもりだ。

 マーナ一味の実力がわかれば、穂村組の構成員の水準も推し量れる。彼らが抱えている2つの種族も保護したい。現状マーナ一味に手厚く保護されているが、下心アリアリの労働力というのは見過ごせなかった。

「母上、こちらから打って出るのでゴザルか?」

 ジャジャからの質問にすぐ答えず、ツバサはソファから立ち上がった。

 ついでにジャジャを抱き上げる(無意識に頬ずりする)。

 それからわずかに首肯しゅこうした。

「今回はいつもの威力偵察じゃない。ジャジャとクロコおまえたちのおかげで偵察は済んでいるからな。最初から連中を潰すつもりで行くぞ」

「さすがツバサ様、ると決めたら全力でございますね」

 さすツバ! とまた変な省略で褒めてくる。

 殺る、というニュアンスにツバサは嫌な顔をした。

「いや、別に殺しはしないぞ?」

 言葉の綾で「仕留める」とか「始末する」とか言うことはあれど、本当の意味で殺すことは滅多にない。完全抹消するのはナアクみたいな外道だけだ。

「おや、そうなのですか? では、あの者たちにはどのような処遇を?」

 クロコに切り替えされたツバサは考えながら回答する。

「そうだな……二度と俺たちに逆らわないよう心をベッキベキにへし折ってから、ろくに悪事もできないくらい再起不能になるまで締め上げて、精神的にも悪いことを考えられないように洗脳レベルで躾けて、塩漬けにした上で向こう100000年ぐらい万年氷牙の中に百重封印……」

「母上母上! 殺す以上の拷問でゴザルよそれ!?」

 いっそ死んで2~3回転生した方がマシなレベルでゴザル! とジャジャに真顔でツッコまれてしまった。ちょっとやり過ぎたか。

 抱き上げたジャジャをあやして、ツバサは安心させるように微笑んだ。

「とにかく、殺しはしないよ」

 マーナ一味は野望こそ大それたものだが、根っからの悪人ではない。

 いいとこ、悪役気取りである。

 魂胆はどうあれ、自分たちが発見した現地種族をあれだけ手厚く保護しているのを見る辺り、悪人になりきれないお人好しである。

 キャラも面白いから殺すのは惜しい。



「悪役は1週間ごとにブッ飛ばす──偉大なるマンネリだろ?」


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書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

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