想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第12章 仁義なき生存戦略

第282話:そういや三悪どこ行った?

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 ──防衛大計画は順調だった。

 スプリガン族に新しい5体の神獣型『巨鎧甲殻』ギガノ・アムゥドを授けることで、敵性プレイヤーや蕃神ばんしんの侵攻にされても迎え撃てる戦闘力を持たせた。これにより国の防衛力を高め、ガンザブロンには移動要塞型『巨鎧甲殻』も与えた。

 敵勢力に押された場合、スプリガン族の方舟や高速艦、それに移動要塞に住民を乗せてハトホルの国を脱出させる避難計画もまとまりつつある。

 そして、妖人衆のトップ5を神族化させた。

 ツバサの眷族けんぞくという形になるが、イヨたちに魂の経験値ソウル・ポイントを分け与えることで神族に昇格してもらった。オリベとイヨがLV800~700、ウネメたち三将はLV700ぐらい。戦力としては十分すぎる。

 神族化に際して──かなりLVも底上げしておいた。

 過大能力オーバードゥーイングに似たものを覚醒していたのはイヨ、オリベ、オサフネの3人だったが、ウネメとケハヤも神族化によって過大能力オーバードゥーイングを得た。

 これでツバサたちが不在の時、国を襲われても防衛を任せられる。

 イヨはフミカに勝るとも劣らない情報分析能力を備えており、三将の過大能力は攻撃力が非常に高い。

 そして、オリベの過大能力は“対軍たいぐん”と評すべき威力を秘めていた。

「……亜神族だからこそできたテコ入れだけどな」

 ツバサはソファにもたれて独りごちた。

 ハトホル一家ファミリー我が家マイホーム──その居間。

 一家いっか団欒だんらんの夕食を終えた後、ある者は自室に戻り、ある者はプレイルームへ遊びに行き、ある者は大浴場へ汗を流しに……思い思いの夜を過ごしていた。

 居間ではツバサを始め、数人が寛いでいる。

 テーブルを囲む大振りなソファにツバサが座ると、ジャジャ、マリナ、イヒコの3人がまとわりつく。娘たちがお母さんに懐くのはいつものことだ。

 ソファにはダインとフミカが並んで座り、少し離れたところにプトラとヴァトが座っていた。ツバサを含めて食後のお茶を楽しんでいる。

 ヴァトはプトラの膝に座らせられていた。

「プトラさん、自分で座るってば! なんで僕だけ……」
「いいからお姉ちゃんのお膝に座ってればいいし」

 ヴァトはプトラから逃げて普通にソファへ腰掛けようとするのだが、逃げる度にプトラに捕まって膝の上へ座るよう強制されていた。ヴァトが本気を出せば容易たやすく逃げられるが、お姉ちゃんには逆らいにくい。

 小柄なヴァトを膝に乗せたプトラはご満悦だった。

 幸せそうな顔でヴァトを抱き締め、頭や頬を撫で回して可愛い弟を溺愛する。

 ヴァトは押し当てられるおっぱいの感触に顔が真っ赤だ。

 ガンザブロンの長女であるリンは度を超したショタコンと判明した。

 プトラもそうかと思えば似て非なるようだ。

 彼女はヴァトと弟として愛でていた。ブラコンである。

 どうも先日の異相空間内での日々を経て、ヴァトやイヒコへの親近感が増し増しになったらしい。イヒコも妹のように可愛がっていた。

 そのイヒコはツバサのかたわらにいる。

「ふんふふ~ん♪ らぁらぁら~ぁ……ふんふんふ~……っと」

 普段着もダブッとしたものを好む彼女は、大柄な大人が着るようなトレーナーを羽織っていた。ソファに座るツバサの乳房を枕に寄りかかっている。

 手にした指揮棒タクトを振って穏やかな音楽を奏でていた。

 異相空間での修行中、プトラとジンに作ってもらった『振るだけで様々な音色を奏でる指揮棒』が気に入ったのか、それを振ってはオリジナル曲を考案して、メモ帳に楽譜がくふを刻んでいる。いつの間にか作曲家の技能スキルも習得したという。

 イヒコの反対側にはマリナがいた。

 彼女はツバサの膝の上で俯せになって読書に励んでいる。結構難しい本を真面目に読んでいる。イヒコの音楽をBGMにして鼻歌を口ずさんでいた。

 ツバサは表紙を確認して、ちょっと覗いてみる。

「ハラルト・シュテュンプケの『鼻行類びこうるい』……面白いのか?」
「面白いですよ。フミカさんに借りたんです」

 なんでも珍しい生物群の生態を記したものだという。

 マリナがツバサの左側と膝の上を占拠しているため、いつもならツバサの膝の上に座って胸にもたれかかるジャジャは居場所がなかった。

 そこで──肩車である。

 ツバサの肩車に乗っかったジャジャは頭にしがみつき、そのまま夢見心地でウトウトしていた。幼い身体のためか、食後はすぐに眠くなるらしい。

 こちらの頭に7歳児の身体でしがみつき、すっかり寝入っている。

 半開きの口から涎がこぼれそうだがツバサは気にしない。

 子供たちに群がられても自然体を崩さなかった。

「この世界の住人は神族や魔族を頂点に、エルフやドワーフといった亜人種や妖精族と呼ばれる多種族が地球に置ける人類と似たような生態的地位ニッチにいるが……神族と多種族の中間に位置する能力を持った種も少なくない」

 これをツバサたちは“亜神族あじんぞく”と名付けた。

 あるいは亜神族デミゴッドでもいいかも知れない。

 神族や魔族には及ばないが、多種族と比べればぬきんでた能力(肉体的、精神的、魔力量)を持った、潜在能力の高い種族である。

 鬼神とも呼ばれるキサラギ族、機械生命体なスプリガン族。そして、妖人衆たちもその肉体性能は亜神族と呼ぶに相応しい素質を持っていた。

 ツバサの元にいるハルピュイア族、クロウの庇護下にあるケンタウロス族やサテュロス族、それにアハウの眷族となったウアイナワル族などは、その祖先を辿れば神族らしいのだが、彼らは亜神と呼べるほどの力は受け継いでいない。

 また噂の域を出ないが、かつては対なる種族も確認されたと聞いている。

 神族の対として魔族がいるように、亜神族の対となる準魔族という魔族寄りの種族がいたらしい。読み方としてはレッサーデーモンでいいのだろうか?

 この辺りの諸事しょじについても研究中だ。

「機械生命体のスプリガン族は、ダインが機械デウス・仕掛けの神エクス・マキナ技能スキルを習得していたおかげで、追加装甲という方式でパワーアップさせることができた。妖人衆もLVが高い5人は魂の経験値ソウル・ポイントで眷族化することで神族化にも成功した」

 ここまでは順調だ──さて、次はどうしよう?

「ケット・シー、セルキー、ハルピュイア、ラミア、ノーム、コボルト……彼らにも自衛のため何らかの強化をするべきか?」

 神々の乳母ハトホルとして──ハトホルの国の住民には平等でありたい。

 スプリガン族と妖人衆にテコ入れしたのだから、他の種族にも自分や仲間を守るための力を与えるべきではなかろうかと思案しているところだった。

 ちょうど居間には相談に適した面子めんつが揃っている。

 もはや自他共に認めるハトホルの国の情報分析官なフミカ、兵器及び武器開発を司るダイン、マジックアイテム作製なら何でもござれのプトラ。

 こういう相談をする面子としては最適だろう。

 いつでもどこでも良妻賢母を気取って、夫であるダインの傍に侍るフミカだが、最近では『正妻の余裕』というものが出てきたのか、以前ほど人前でダインにベタベタしなくなった。

 今日もダインの横に座ってはいるが、小難しそうな図鑑を広げて食後の読書に耽っている。でも、ツバサの話にはちゃんと耳を傾けてくれていた。

 図鑑から目を上げ、眼鏡を直してフミカは呟く。

「バサ兄……そうしてるとお子ちゃまたちの遊具みたいッスよ」
「遊具って何だよ、俺はジャングルジムか?」

 実際、娘たちに群がられているので説得力はないが──。

 しかも、無意識のうちにイヒコを抱き寄せたり、膝の上のマリナを撫でたり、肩車のジャジャをあやしているから尚更だ。

 フミカは読んでいた図鑑を閉じて道具箱インベントリに仕舞う。

 どうやら相談に乗ってくれるらしい。

 両腕をソファの背もたれに預けて天井を仰いでいたダインも、相談を持ち掛けられていると気付いて顔を起こした。

 プトラはヴァトの愛玩をやめないが、顔をこちらに向ける。

 逆立った髪をバリバリ掻いてダインは言った。

「なにがしかん力を与えるんはやぶさかでもないが……何をやったらええんじゃ? スプリガン族みたいに追加装甲ってわけにもいかんし、各種族の代表をやっぱり眷族にして神族の一員に加えるんか?」

「眷族化はできても神族化させるのは無理ッスよ、ダイちゃん。あれはオリベさんたちが素でLVが高かったからできたッス」

 あぁん? とダインは怪訝けげんな顔をする。

 魂の経験値ソウル・ポイントを分け与えれば済むことだろ? とダインは思っているようだが、実のところそう簡単ではない。神族へ昇格させるなら尚更だ。

「フミカのいう通りだ。眷族にするなら簡単だ。ほんのちょっと魂の経験値を分け与えて強化すればいい。だが、神族にまでパワーアップさせるとなれば、最低でもLV8~90に達してないとできないんだ」

 アルマゲドンでは神族や魔族になるために高LVを要求された。

 それは真なる世界ファンタジアでも同様だった。神族ならLV85、魔族ならLV75を越えていないと昇格できない。眷族化でもそこは変わらなかった。

 ただ、それは最低のラインなのだが──。

「今のアニキなら、過大能力オーバードゥーイングとか技能スキルをフルに使つこうて何とかインチキできんのか? こう、眷族んする時にちょちょいと手を加えて……」

「できないこともないが……それをなんて言うか知ってるか?」

 魔改造だ──ツバサは否定気味に言った。

「キョウコウの幹部にいた女性が似たような過大能力オーバードゥーイングを使っていた、とホクトさんから聞いているが、相手の資質を無視して無理やりパワーアップさせるような真似は人格否定どころか存在否定だぞ」

 百害あって一利なし──遠からず破滅を迎える。

神々の乳母ハトホルの権能と、ツバサおれの有り余る魂の経験値を注ぎ込めば、確かに誰でもパワーアップさせられるが……まだ強さの器が整っていない住民たちにそれをやれば、受け止めきれずに自爆するのが目に見えている」

 例えるなら小型スクーターに最新鋭戦闘機のジェット燃料を入れて走らせるようなものだ。大爆発を引き起こしかねない。

 エンジン構造や燃料の質が違うため、スクーターにジェット燃料を入れても動かないどころか爆発するかも怪しいが、ツバサの言いたいことは賢い長男に伝わったようだ。ダインは機械の腕を組んで唸っている。

「う~ん……軽率じゃったわ、すまんアニキ」

 素直に謝ってくるダインを手で制した。

「いや、おまえの提案もわかるし、俺もそうしてやりたいのは山々だ。でも、軽々けいけいに強い力を与えるのは控えた方がいい。力というのは良くも悪くも人の心を変えてしまう。この国の住民は純朴じゅんぼくな者が多いから尚更だ」

 スプリガン族や妖人衆には、積み上げてきた経験がある。

 それが信頼に足るからこそ、新たな『巨鎧甲殻』を授け、眷族化による神族への昇格を許したのだ。彼らは新しい力を扱うだけの資質も有していた。

 だが──他の種族はまだ不十分である。

「別に彼らを信用していないわけじゃない。ただ、彼らは神族として召し上げるには種族的にも個々のLVを鑑みても……弱すぎるんだ。スプリガン族のように能力を向上させる新装備を与えても使いこなせるとは思えないし……」

 住民の中で最高LVなのはケット・シーの族長、ターマ・ニャントトス。

 努力家な彼ですら、まだLV60がいいところである。

「だったら──使えるマジックアイテムをあげればいいし」

 不意にプトラが呟いた。

 もう逃げるのを諦めて消沈したヴァトを抱き締めたまま、その頭に顎を乗せるとカクッカクッと鳴らして遊びながら、プトラは意見を述べてくる。

「いきなり猫ちんや海豹あざらしちんにスプリガンと同じにしろとかハードル高すぎるし、腕が翼のハルちんや下半身が蛇のラミアちんも、シチュによっては長所短所出まくりだから格上相手のバトルには不向きだし。小柄なコボルトちんやノームちんだってそうだし……戦える力なんてあげない方がいいし」

 まずはちょいテコ入れでいいんじゃね? とプトラは言った。

 焦るみたいに全種族へ同じプレゼントを贈ることはない。それぞれの種族に見合った、分相応なご褒美を与えて上げればいい。プトラの弁はそう聞こえた。

 ツバサが思案のために黙るとダインが口を開いた。

「ちんちんちんちんって……おまんの愛称付けどがいならんのか?」

 フミんこともフミちん言うし、とダインは苦言を呈す。

 一方、そう呼ばれてるフミカは何処吹く風だ。

「ウチは全然気にならないッスけどね」
「そうそう、ダイちんは図体でかい癖して小うるさいし」

 プトラは親しくなった人物に「~ちん」と付けて呼ぶ癖がある。

 可愛く聞こえることもあるが名前によっては語呂が悪いし、あまり連続して言うとちんちんちんちん……卑猥な響きに聞こえなくもない。

「誰がダイちんじゃ。あと、しぃしぃしぃしぃうるさいわい」
「そこは個性だから大目に見るし」

 しかし、プトラは馬耳東風ばじとうふう

 聞く耳を持たなければ改めるつもりもなく、自分の話を推し進める。

 ダインも説教を諦めて頬杖をついた。

 別に仲が悪いわけではない。むしろ、家族だからこそダメ出しをする仲になってきているので安堵すら覚える。

「別に蕃神やプレイヤーと戦えなくてもいいじゃない──って思うし」

 仲間を守りながら逃げれる頑丈な結界を張れる盾とか──。
 大勢と一緒に遠くへ転移できる魔法を込めたアミュレットとか──。
 どんな重傷でも助かる回復魔法の力を宿した杖とか──。

「そういうガードやヒール、じゃなかったらエスケープに特化した魔法のアイテムをそれぞれの種族の偉い人にあげればいいし。バトルは強いスプリガンや妖人衆にやってもらって、その隙に他のみんなは逃げるのに集中すればいいし」

 他の住民にまでパワーアップを強制することはない。

 むしろ、守りや避難に徹したアイテムで身を守らせるべきだ。

 それがプトラの主旨しゅしだった。

「なるほど……攻めの力ではなく守りの力を授けるか」

 これは一考に値する。

 スプリガン族や妖人衆に戦う力を授けたため、他の種族にも平等に戦うための力を与えるつもりだったが、些か思考停止に陥っていた感がある。

 ……ツバサ自身、戦闘民族な思考回路のせいもあった。

 彼らの生存を第一に考えるのなら、戦う力を与えて蕃神たちの前に立たせるよりも、確実に生き延びられる保険をかけておきべきだ。

 こういった思い遣りに満ちた配慮ができる。

 それがプトラのいいところである。

「スプリガン族や妖人衆に『力こそパワー』的なものを与えていたから、他の種族にも同じものを……って思い込んでいたな。これは反省ものだ」

 ありがとうなプトラ、とツバサはギャルな三女に感謝する。

 プトラは「お役に立ったし?」と笑顔で返してくれた。

 自分1人で考えていると独善的になることもある。最適解に結びつく発想が思い付かないこともあれば、当然のアイデアさえ見失うことがある。

 それが恐いから──ツバサは家族や仲間に頼るのだ。

 プトラが意見してくれなければ、ツバサは思考を停止したまま住民たちに戦うための力を授けて、彼らを危険な目に遭わせていたかも知れない。

 防衛力はスプリガン族と妖人衆で十分。

 それでなくとも成長したマリナの張り巡らせた強固な結界もあるし、ダインが国の周辺に潜ませた全自動防衛システムも着々と建築中だ。

 まだ成長途上にある種族には、避難に専念できる力をあげるべきだろう。

 となれば──。

「プトラ、マジックアイテムならおまえの十八番おはこだ。各種族に適した守りや逃げを助けるアイテムを作ってくれないか? ダインやフミカは手伝ってやってくれ。他陣営の工作者クラフター……ジンやヨイチ君にも持ち掛けてみるといいだろう」

 ハトホルの国だけではない。

 他の陣営で暮らす種族のものも用意するべきだ。

 各陣営の防衛はそれぞれの代表に任せているが、今後はもっと突き詰めた議論を交わしていくべきかも知れない。レオナルドは嬉々として応じるだろう。

「りょーかいだし!」

 プトラが戯けて敬礼すると、ダインやフミカも口々に「請け負った!」「ラジャッス!」と答えてくれた。この件はしばらく彼らに任せてみよう。

 無論、監修することは忘れないが──。

   ~~~~~~~~~~~~

「それで──おまえたちはプレイルームに行ったんじゃなかったのか?」

 背後から忍び寄る気配にツバサは気付いていた。

「ありゃ、バレちった。気配遮断とか重ね掛けしたのに」
「んな、ツバサお母さん敏感。色んな意味で」

 ソファの向こうからミロとトモエがヒョコッと顔を出す。

 プトラが意見を並べ始めた頃からコソコソ近付いてきていた。ツバサを驚かそうとしたらしいが、生憎と彼女たちに出し抜かれるほど鈍感じゃない。

「んな、ツバサお母さんは敏感。色んな意味で……ぷぎゅる」

「トモエしつこい。敏感敏感繰り返すな。あと、誰がお母さんだ」

 明らかに異なる意味での“敏感”というトモエの頬を、親指と人差し指で掴むとタコチューみたいな顔にしてやる。そのまま口をモゴモゴとさせて「タコチュー」と呟いている辺り、わかっててやっている。

「いやさ、ゲームしててたら気になることがあったんで」

 ツバサさんに訊こうと思って、とミロはソファを乗り越えてくる。

 マリナをこちらの膝上に座らせてから、ミロはツバサの右隣に座った。

 そして、上目遣いにこちらを覗き込んでくる。

 お祭り前に激怒したのが尾を引いているためか、最近のミロは悪戯いたずらも控え目だし素直なことが多い。少し物足りないと思うのは我ながら毒されていると思わなくもないが、従順なミロもまた身も世もなく愛おしかった。

 思わず抱き締めそうになるツバサに、ミロは直球で質問してくる。

「ねえツバサさん、あの三悪トリオまだ放っといていいの?」

「あの三馬鹿か……どうしようか? とは思ってたんだ」
 
 先述せんじゅつの通り──三悪トリオは釣り餌だ。

 穂村組組長という大物を釣り上げるため、敢えて泳がせている。

 ツバサの髪を発信器にして潜ませているので、連中がどこにいるのか? 組長の許へ助けを求めに行くのか? それとも組長から顔を出すのか? そういった動向を把握できるようにしておいた。

 しかし如何いかんせん、髪だけなので感知しかできない。

 一番頼りになる視覚情報を得られないのがちょっと残念だった。

「俺がぶっ飛ばした後、連中は一目散に北へと逃げた」

 ハトホルの国から見ればほぼ北。この大陸の中央に位置する還らずの都から見ると北北西、キサラギ族が避難地を作った岩山の遙か先まで逃げていた。

 あの騒動から早6日──そこから動く気配がない。

 また、組長らしき高LVプレイヤーが訪ねてくる様子もない。

えさのつもりで泳がせておいたが、まるで釣れないんだよ……組長じゃなくとも、他の構成員がやってくれば様子見に行こうかとも思ったんだがな。おまけに1箇所に留まって動く気配もない」

「引きこもりになっちゃったってこと?」

 おまえじゃあるまいし、とツバサは元引きこもりニートなミロの頭に手を乗せてポンポンと叩いた。

「奴らがどういうつもりかはさっぱりわからん。髪だけなんで感じることはできても見ることはできないからな」

 すぐに反応があるかと思い、髪だけにしたのは失敗だった。

 あの場で進言された通り、ジャジャの分身かクロコのメイド人形を派遣するべきかも知れない。まあ、状況はわかるので結果オーライだが。

「どっちにしろ、動く気配がなければ接触してくる者もいない。せっかく泳がせた生き餌なのに釣果ちょうかかんばしくない……ただ、気になることがあってな」

 三悪トリオの周囲に、相当な数の現地種族がいるのだ。

 感知した限りでは、生命反応から2種類の体格のいい種族がいる。数は500人ずつで総数は1000を越えるか超えないかぐらい。

「それって……奴隷にされてる人たち!?」

 助けに行こうよ! といきり立つミロを「落ち着け」とツバサは頭を撫でながら押さえ込んだ。そして、慌てる必要はないことを教えてやる。

 もしも彼らが虐待を受けていることがわかったら、ツバサが真っ先に駆けつけて三悪トリオを完膚なきまでに叩き潰し、連れ帰っていただろう。

 しかし──どうにも様子がおかしいのだ。

「確かに、連中はこの世界の住人を集めて奴隷にしていると公言していた。していたんだが……恐らく連中が集めて手元に置いているだろうこの2種族は、まったくストレスを感じてないんだ」

 今のところはな、と現状を伝えておく。

「……へ? ストレスを感じてない?」

「それはつまり……平穏無事に暮らしているってことッスか?」

 すぐに理解できないアホなミロに代わって、聡明なフミカがツバサの発言の意図をわかりやすく一言でまとめてくれた。

 ツバサはミロの頭を撫でくり回すと、もっと落ち着かせるために抱き寄せて右の乳房に顔を埋めさせた。そのままツバサに抱きついてきたミロは、大人しく話を聞く体勢を取る。片手でおっぱいを揉んでくるのは無意識だろう。

「感知する限りでは精神的苦痛はなく、肉体的な疲労は感じているものの日常生活において過不足ない範囲だ。気になって彼らの生活反応を調べたんだが……」

 朝7:30ぐらいに起床。身支度を整えて朝食などの栄養摂取。
 午前9:00前後から何らかの作業に従事(時折10分程度の小休止あり)
 お昼に1時間から1時間半の休憩。昼食らしき栄養摂取。
 午後から夕方17:30ぐらいまで再び作業(定期的に小休止あり)
 一日の仕事を終えて夕飯らしき栄養摂取。
 数時間のリラックスタイムを経て早めに就寝。

 ちなみに──朝昼晩の三食について。

 これはバランスの取れた栄養素が十分に摂取できている。即ち、粗末な食事ではなく、味も量も十二分な食事を与えられているということだ。

「……これが彼らの毎日のスケジュールだ」

 更にこの1週間。作業が半日で終わった日と、丸一日何もせずにリラックスして過ごした日があった。それを説明すると──。

「そいつぁ……半ドンの日と休日があったってことじゃよな?」
「ぶっちゃけ、土曜日と日曜日ってことッスよね?」

 ダインとフミカが的確に言い表してくれた。

「やっぱり、そう思うよな……おまけに1日のスケジュールを細かく調べてみても、働かせられているとしたら結構まともな就業時間だ」

 定期的な休憩もあるので、ホワイト企業な赴きがある。

 プトラに抱かれっぱなしのヴァトがおずおず感想を口にした。

「奴隷っていうより……ちゃんと雇われて働いている人たちみたいですね」

「ああ、規則正しい就業時間、時間割を決めた休憩、長めの昼休み、残業なしで夜になる前に終業……死ぬまで酷使される奴隷のイメージとは程遠い」

「えっと……だからつまり、どういうことだってばよ?」

 アホのミロは困惑することしきりである。

 俺にもわからん、とツバサは娘たちを抱えてソファに背を預けた。

   ~~~~~~~~~~~~

 ハトホルの国から北、還らずの都から北北西──。

 キサラギ族が避難地として建てた岩山をくり抜いた村から、更に北上しつつ西へ進んでいくと、まだ岩山地帯なのだが風景が変わってくる。

 この一帯は水に恵まれており、大小の川が網の目のように流れていた。

 その川の流れが、長い年月を経て岩山を浸食する。

 浸食された岩山はやがて深い谷となり、そこかしこに塔のように聳え立つ細長い岩山を残すようになった。そして、豊富な水が上流からもたらしたであろう栄養素や土壌があちこちに溜まり、そこから緑が生えてくる。

 こうしたことが何百年、何千年、何万年と続いてきたのだろう。

 おかげでこの辺り一帯は深い谷が樹状に広がり、そこに無数の塔のように聳え立つ岩山が郡立するという、風光明媚な地域になっていた。

 長い年月で岩山も苔生こけむしたのか、山肌や頂には植物が生い茂って趣深い。

 屹立きつりつするように高い崖、どこまでも続く深い谷。

 そんな高低差の激しい地域に、一際目を惹く場所があった。

 ──巨大な滝である。

 現実世界で言えばナイアガラの滝に似ているが、滝の落差がその比ではなく、天を衝くような巨大な山脈から、膨大な量の水がこぼれ落ちていた。

 滝幅も凄まじく、小さな国なら滝壺に収まりそうである。

 滝壺もこれまた広く、湖や湾どころではない。ちょっとした海のようだ。

 あまりにも高低差がある滝は、落ちている途中で水が霧散してしまい、滝壺まで届かないことがよくあるが、ここは瀑布ばくふのような水量なので問題なく滝壺まで届いており、水害のような激流と水柱を跳ね上げていた。

 滝の裏側には洞窟がある──よくあるパターンだろう。

 この空前絶後なスケールを誇る滝も例外ではなく、大型航空機どころか戦艦すらも潜り抜けられそうな巨大洞窟へのが入り口が開いていた。

 滝を潜り抜けると、そこには別天地があった。
 
 標高もあるが横幅もハンパな大きさではない台形の岩山。その中身をくり抜いて巨大な……いや、広大な洞窟が作られていた。

 そう、ここには明らかに人為的な加工が見て取れるのだ。

 洞窟の中なのに日差しが差している。

 それもそのはず。天井には分厚い水晶が張り巡らされており、そこから日の光が燦々さんさんと巨大洞窟内に差し込んでいるのだ。水晶の上には滝へ落ちていく大河の水が悠々と流れている。

 日の光に照らされた洞窟内には、牧歌的な風景が広がっていた。

 人の手が加えられたと思しき林や森、それに草原が広がっており、飼い慣らされた牛馬に似た動物がのんびり群れで動いている。林や森には生命が満ちあふれ、豊かな水を利用した小川がそこかしこに流れていた。

 広がる田畑、丸太で組んだコテージめいた家々。

 家を出入りしたり田畑で農作業に従事する人々は、ある種の動物の特徴を持った種族だった。ツバサの予想通り、大別すると2種類の種族がいる。

 牛の特徴が目立つ一族と──いのししの特徴が目立つ一族だ。

 彼らの大半は農作業に勤しむのではなく、洞窟の内壁で取り掛かる仕事に従事していた。体格が良くて力の強そうな男たちが内壁での作業、農作業は女子供たちと仕事を振り分けてもいた。

 その洞窟内壁からは岩盤を突き崩す音が聞こえてくる。

 力自慢の男たちがツルハシで内壁から岩を採掘しているのだ。場所によっては穴を掘って坑道を掘り進んでいたり、丸太で足場を組んで内壁の高いところの岩まで採掘していた。

 この辺りの岩には多様な鉱物が含まれている。

 主に金銀銅鉄、ミスリル、オリハルコン、そして最硬金属アダマント。

 岩窟を崩して岩を採取し、そこから金属を精練する。

 掘り出された鉱物をふんだんに含んだ岩は、手押し車や荷馬車に積み込まれて、この洞窟の中央にある大きな建物へ運ばれていった。

 その建物の外観は──とてつもなく趣味が悪いデザインをしていた。



 まるで三流悪役のアジトのような…………。


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