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第12章 仁義なき生存戦略

第278話:特訓のご褒美は……?

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「──俺ちゃん! ついにミサキちゃんと同じLV999到達!」
「──あたいも! LV900突破! 902! 902だし!」

 異相空間内での修行は9ヶ月半を越えたところ。

 1年はかかるかな? というツバサの予想に反して10ヶ月を迎える前に終わってしまった。彼らの努力は想像以上に報われたらしい。

 肌も髪も道着もボロボロだが、ジンとプトラはその達成感からか目映まばゆいばかりの笑顔で両手を上げて万歳ばんざい三唱さんしょうを繰り返した。

 ジンなんて愛用のアメコミマスクが破れかかっており、やたらと光り輝く金髪がはみ出している。素顔を見られることを死んでも嫌がるとの噂だが、マスクが破れかけているのに気付けないほど疲れているらしい。

 そういえば……付き合いが長いけど、ジンの素顔を見たことがない。

 ミサキたちは見たことがあるというので「どんな顔なんだ?」と尋ねれば、誰もが青ざめた表情で「……ノーコメントで」と顔を背ける。

 変なところミステリアスだ──いずれがしてやる。

 バンザーイ! と9回目に両手を上げた瞬間。

 2人とも白眼になったかと思えば、ものすごい勢いで口から泡をスプレー状に吹き出した。バンザイのポーズのまま仰向けにぶっ倒れる。

 まだ気力の残っているヴァトとイヒコが、倒れた2人に駆けつけた。

 上半身を抱き起こしながら問い掛ける。

「ジンさん!? コメディリリーフのタフネスさでも無理なんですか!?」

 ジンが習得した技能スキル──コメディリリーフ。

 いわゆる「ギャグキャラは死なない」という名言を具現化する能力であり、身内や親しい人間同士でのやり取りならば、大爆発に巻き込まれても頭がアフロヘアになるだけ、100tのハンマーに潰されてもぺっちゃんこで生きている。

 どんなに深刻なダメージでもかなり軽減できるという。

 そういう“笑い”が取れる芸人向けの技能だ。

 アメコミマスクを泡まみれにしたジンはプルプルと首を振った。

「無理……しんどい……マジメな特訓だから、ギャグ挟む余地ないし……」

 ギャグ挟んだらお仕置きだし、とジンは悲しげに訴える。

 当然だ。修行の場でおちゃらけることはツバサが許さない。途中途中にギャグで場を和ませることは許すが、特訓中にやろうものならお仕置きだ。

 その点、プトラは真面目に取り組んでいた。

 ギャルな外見のため“不真面目”という印象を持たれそうだが、物事に取り組む彼女はいつでも真剣だ。道具を作っている時など声をかけても気付かない。

 集中力だけなら大したものだ。

 しかし悲しいかな。彼女の「ダメ人間」の称号は、運動オンチにも遺憾なく発揮された。よくLV900越えを達成したものである。

 ちなみに、かつてツバサたちも通った「そのLVにおける全パラメーターMAXを達成してからのLVアップ」という、桁違いに魂の経験値ソウル・ポイントを要求される面倒臭い上げ方をしているので、戦闘職ではない彼らにはキツかったはずだ。

「プトラお姉ちゃんしっかり! 致命傷だし傷は深刻だよ!?」
「イヒコ、あんた……トドメ刺しに来たし……?」

 てかオカンさん……震える声でプトラは尋ねてきた。

プトラあたいとジンちんは生産系なわけで……そっちでLV999を目指しちゃダメだったし……? だったら、もっと楽に…………?」

「おまえたち──もう生産系ではSPほとんど入らないだろ?」

 プトラは口元を引きつらせて露骨に眼を逸らす。

 バレてたし、と言っているも同然だった。

 SP──魂の経験値ソウル・ポイントを蓄積するシステムは厳格だ。

 不慣れで新しい挑戦をすれば経験値ポイントがたくさん稼げるが、鼻歌しながらできるようなことでは百万回やってもスズメの涙ぐらいしか貰えない。

 簡単な作業の繰り返しでは「経験を積んだ」と判断されないのだ。

 生産系特化な2人はもう、そちら方面ではSPが入りにくい。

「なら不得手ふえてでやったことない戦闘系でSPを稼ぐしかない。戦闘で頼れる仲間がいない時、自分の身くらい守れるようになってもらわないとな」

 LV900を越え、戦闘系技能もかなり習得した。

 ツバサが与えた課題に関しても問題なくクリア済みだ。

「なにはともあれ──十分だろう」

 プトラもジンも合格、特訓は今日を以て終了とする。

 ツバサが言い渡した瞬間、ジンはヴァトに支えられながら、プトラはイヒコに抱えられたままガクッと首を落として意識を手放した。

「ジンさん!? 死んじゃダメですってば!?」
「プトラお姉ちゃん、本当に傷が深かったの!? 冗談だったのに!」

 子供たちは必死でジンとプトラを揺り起こそうとするが、2人とも白眼を剥いたままガックンガックン頭を揺らすばかりだった。

「落ち着きなさい。てか勝手に殺すな」

 特訓は終わり、という言葉を聞いて緊張の糸が切れたのだ。

 ツバサはヴァトとイヒコを手招く。

 2人はジンとプトラをそっと地面に横たえ、手招かれた理由がよくわからなくておずおずと近付いてくる。特訓の最中、コテンパンに叩きのめしたこともあってかおっかなびっくりといった様子だ。

 それでもツバサの前へやってくるヴァトとイヒコ。

 ツバサはしゃがんで手を伸ばすと、2人の頭を褒めるように撫でた。

「おまえたちの特訓も終わりだ。ヴァトがLV968で、イヒコがLV957……どちらも充分だ。あとは999になるまで自分たちで努力しなさい」

 また異相空間で修行したいなら──いつでも付き合う。

「よく頑張ったな。師匠としても……親としても誇らしいぞ」

 優しさと慈しみを込めた言葉で、子供たちの努力をねぎらった。

 母親と言いかけて親と言い直したのは内緒である。

 やはり──この子たちはセンスがいい。

 たった2人で大人の手助けもろくにないまま(プトラというお荷物を抱えて)、この真なる世界ファンタジアを生き抜いただけはあった。どれだけ追い込まれても再起しようとする根性、どんな危機であろうと臨機応変に切り抜ける対応力。

 何より──生への渇望かつぼうが素晴らしい。

 ヴァトは寡黙かもくそうに見えて負けず嫌いなところがあり、打ちのめした分だけ跳ね返そうとしてくるひたむきさがある。イヒコは頭の回転が早くて機転が利くので、困難に出会すとまず乗り越える方法を考える。

 方向性に差はあれど、生き抜こうとする意志が強いのだ。

 それが向上心に繋がり、自身の能力を高めている。

 どれだけ才能があろうとも、それを活かす意欲なければ宝の持ち腐れだ。その点この子たちは前へ進む意欲と高みを目指せる才能を兼ね備えていた。

 弟子にして子供であるヴァトとイヒコ。

 その成長ぶりが師匠にして母親であるツバサは嬉しくて、頭を撫でるくらいでは我慢できずに2人の頭を抱き寄せていた。思わず嬉し涙までこぼれそうになって涙ぐんでしまうが、抱き締めた2人は胸にうずもれて見えない。

「うはぁ……ツバサさんに褒められた。それだけでご褒美……」

 イヒコは抱き寄せられた拍子にツバサの乳房に頭を預けてくる。乳房に顔を埋めたまま喜びの声を上げるが、いつものハイテンションさはない。

 さすがのテンションも疲労にくっしたようだ。

「むっく、ツバサさ……いえ師匠! あ、ありがとうございます……けど、これはちょっとスキンシップが過ぎるというか……むうぅぅ!?」

 一方、ヴァトは必死で遠慮していた。

 イヒコと同じように抱き寄せているため、ヴァトもツバサの胸の片側に頭を寄せているのだが、なんとか乳房に触れないよう抵抗する。

 疲れた幼い身体でツバサの腕力には逆らえるわけがない。

 それでも、顔を真っ赤にしておっぱいから目を背けようとしていた。

 母親に甘えるのが恥ずかしいのか、それとも思春期特有の「エッチなことに興味津々だけど直視できない」というジレンマなのか……どうもヴァトはツバサの女体を殊更ことさらに意識してしまうらしい。

 まあ──構うことなく可愛い息子を愛でるわけだが。

 ダインも胸に抱き寄せて「良お~し! よしよしよしよしよし!」と撫で回せるほどのオカンりょくを身に付けた今のツバサならば、男の娘みたいに愛らしい美少年なヴァトを撫でくり回すなど造作もない。

 というか──神々の乳母ハトホルが可愛がりたくて仕方なかった。

 かたくなにおっぱいから逃げようとするヴァトに、これでもかというくらい乳房の肉を押し付ける。そして、恥ずかしがるヴァトの様子を楽しんでいた。

 ……お姉さんが年下の少年をもてあそぶのはこんな気持ちか?

「そうだ、おまえたちにはご褒美をあげようか」

 ツバサは抱擁ハグから解放すると、ヴァトとイヒコの瞳を覗き込んだ。

「ご褒美……え、なんか貰えるんですか!?」
「師匠のご褒美……まさか、この特訓を越える修行ですか!?」

 イヒコは素直に喜んだが、ヴァトは更なる猛特訓だと勘違いしていた。

 それでも疲れた身体に鞭打って表情を引き締めると、ヴァトはまたファイティングポーズを取った。本当、この愛弟子は将来有望だった。

「ご褒美といっても大したものはやれないかな。俺にやってほしいこととか、何か欲しいものがあればあげられるくらいさ」

 子供たちのお願いくらいは叶えられる。

 特訓終了と同時に気絶したジンとプトラはさておいて。ヘトヘトになろうとも気を失わずに最後までついてこられた2人には、努力賞ともいうべき何かを与えてやりたくなったのだ。ツバサなりの母心である。

「──誰が母心だ!?」

「「ごめんなさい! ワガママ言いませんお母さん!」」
「誰がお母さんだ!? いや、違う、そうじゃない……すまん」

 つい、いつものクセで脳内独白にツッコミを入れてしまったが、そこから2人がお母さんと返してきたので重ねてツッコんでしまった。

 イントネーションを強めた咳払いで誤魔化す。

「ゴホン! だから、特訓を頑張ったご褒美をあげようっていうだけだ。食べたいものがあれば作ってやるし、欲しいものがあれば用意してやる。俺にできることであれば、できる範囲でしてやるってことさ」

「ツバサさんからのご褒美……あたしたちにしてくれる?」
「師匠のできること……ぼくたちに?」

 イヒコとヴァトはキョトンとした顔を互いに見合わせる。

 やがてイヒコは蕾が花開くようにキラキラと目映い笑顔を輝かせ、ヴァトも朴訥ぼくとつながら瞳をキラキラさせると彼女に同調した。

 無言で頷き合った姉弟きょうだいは、息を合わせてツバサに訴える。

「はいはーい! ツバサさんにしてもらいたいこと決まりましたー!」
「ぼくも……多分、イヒコと一緒で大丈夫だと思います」

 イヒコは満面の笑顔で抱きついてきた。ヴァトは近寄ってツバサを見上げるに留めていた。おっぱいを見つめている気もするが……。

「よし、わかった。それじゃあ一休みしてから聞こうか」

 ヴァトとイヒコからグロッキー状態な2人を引き取ったツバサは、プトラを丁寧に肩へ担ぎ上げ、ジンはぞんざいに足首を掴んで引き摺っていく。

 そんなツバサの後ろに、2人は子供らしく付いてくる。

 ちょっと荷物は違うけど、買い物帰りの親子みたいに休憩所へ戻った。

   ~~~~~~~~~~~~

 ヴァトとイヒコの求めたご褒美──それはつつましいものだった。

『元の世界へ戻る前に……1日だけでいいんです。あたしたちと一緒に過ごしてください。その、あの……お母さんとして……』

『一緒にご飯を食べたり、のんびりしたり……それだけでいいんです』

 お母さんとゆっくりしたい──ただ、それだけ。

 どちらも幼い頃に両親と死に別れ、共通の祖父母の元で姉弟のように育ってきた2人が母親の愛情に餓えているのは知っていた。ハトホル一家に加わってからは、他の子供たちと差別することなく接してきたつもりだ。

 それでも──独占欲がうずいたらしい。

 この異相空間で過ごす1日だけでもいいから、姉弟だけのお母さんになってほしいとお願いしてきたのだ。貰い泣きしそうな幼気いたいけさである。

 当然、ツバサの心中では神々の乳母ハトホルが号泣した。

 ご褒美という約束を反故ほごにするつもりはなく、ツバサとしても断る理由はないので承諾することにした。お母さん役も甘んじて受け入れよう。

 そのための下準備は済ませておく。

 ジンが異相空間内に建ててくれた簡易休憩所。

 この建物は学生寮みたいな造りをしており、2階は特訓する者たちが睡眠や休息を取るための個室がいくつも連なっていた。1階はリビングや食堂に台所、それとお風呂などの共同空間になっている。

 召喚魔法で道具箱インベントリから出し入れできる親切設計だ。

 ジンとプトラをそれぞれ個室に寝かせ、睡眠を介した回復魔法を施す。

 何があっても24時間、決して目を覚ますことはない。その代わり、目が覚めた時にはどんな重傷でも完治し、疲労も完全回復しているものだ。

 この2人にもご褒美をあげたいが、寝た子を起こすのも可哀想かわいそうだ。

 ジンとプトラへの努力賞はまた後日ということで……。

 2人を寝かしつけたツバサは、リビングで待っているイヒコとヴァトの元へ戻ってくる。途中で人数分のバスタオルを用意しておいた。

「さあ、まずは汗を流そうか──」

 神族であろうと死に物狂いで特訓をすれば汗もかくし、土煙の舞う荒野にいたのだから身体も汚れる。ゆっくりする前にお風呂でさっぱりしよう。

「はぁ~い♪ ツバサさんとおっ風呂! おっ風呂! あたし、お背中流してあげますね! 髪の毛を洗うのも手伝いますしおっぱいも……」

「髪はともかく胸は自分で洗うわ」

 ツバサの提案にイヒコはノリノリだ。

 テンションが上がりすぎて変なことを言いだしたイヒコを、ツバサは鎮めるように頭を抑えながらたしなめた。

 脱衣所へ行かずとも汚れた道着を脱ぎ捨てようとしている。

 一方、ヴァトはたじろいでいた。

「師匠と……ツバサさん、とお風呂……?」

 顔を真っ赤にしたかと思えば青ざめ、口元を緩めたかと思えば真一文字に結んで固唾かたずを呑んで、特訓中よりも緊張した面持ちで冷や汗まみれだ。

 ツバサが目を向けた瞬間、回れ右で逃げ出した。 

「ぼっ! ぼくは1人で入るから2人は先に…………ッッッ!?」
「何を言ってるんだ、ヴァトおまえも一緒に入るんだよ」

 しかし、お母さんからは逃げられない。

 逃げるヴァトの襟首を掴んで引き寄せる。ヴァトは懸命に両手両脚を振り回して全速力で逃げようとするが、ツバサに掴まれて宙吊りでは意味がない。

 逃げられないと悟って大人しくなるヴァト。

 その顔をこちらへと向けさせて、ツバサは楽しげな笑顔で告げる。

「今日から明日までは、ヴァトおまえとイヒコだけのお母さん役って約束だからな。母子おやこでお風呂に入るなんて当たり前だろ? そんなに取り乱すことじゃない」

 この時、ツバサはらしくない悪戯心が騒いでいた。

 ヴァトの反応は──初々しいのだ。

 ミロを筆頭にツバサの娘になった子供たちは、女神化した身体を恥じらうツバサの気持ちを逆撫でするようなことをしてくる場合が多い。マリナやトモエのように悪気のない娘もいるが、ミロやジャジャみたいに下心満点な奴もいる。

 そして女性陣、クロコやフミカには面白半分でからかわれる。

 おかげで入浴や着替えの度に茶化されてきた。

 だが、ヴァトは180度反転したリアクションをする。

 10歳の少年という多感な時期にあるためか、オッパイや女の体に興味はあるのだが、直視するのは罪悪感があるらしい。それが師匠として尊敬するツバサの身体ならば余計だろう。

 だから、ツバサに触れるだけで恐縮する。

 その反応がミロたちに翻弄されてきたツバサにはとても新鮮で、改めて「自分はグラマラスな女神の身体になった」と思い知らされつつ、それが武器になるという事実を再認識させられたのだ。

 せっかくの女神ボディ。遊ばれるばかりが能ではない。

 愛しい愛弟子にスキンシップがてら女体というものを実体験させつつ、困り顔を堪能するというサディスティックな遊びくらい許されるはずだ。

「安心しろヴァト、おまえの年齢ならまだ女湯もギリギリ許される」
「いいえアウトです! ぼくはご一緒するわけには……!」

「公衆浴場ならアウトかも知れないが、家族でなら問題ない」

 お母さんが許す、とツバサはヴァトを連行する。

 行先は勿論──お風呂場だ。

「も、問題ありまくりです! ぼ、ぼくの年でお母さんと一緒に入ってるってバレたらバカにされます!! イジメの対象です! グレますよ!?」

 ジタバタと藻掻もがくヴァトの顔を覗き込んでイヒコが一言。

「大丈夫だよヴァト──後でミロさんやクロコさんに報告しとくから」

「イヒコ!? えっ、ちょ……待ってやめて離してぇーッ!?」

   ~~~~~~~~~~~~

 定期的にカポーン、という音が響いてくる。

 庭園に飾られる鹿威ししおどしを思い出させるが、ちょっと響き方が違う。

 あれって風呂桶が何かの拍子に床に当たって小気味良く鳴っている音だと思うのだが、鳴らす人間がいないのに鳴っているのでBGMなのだろう。

 この風呂場を作ったのはジン──あいつならやりかねない。

 大浴場とは言い難いけれど、大人が5~6人で入っても余裕がありそうな湯船に数人は同時に身体を洗えるシャワー設備。

 とても1秒で作ったとは思えない充実振りだった。

「はぁ~……極楽極楽ぅ♪ い~気持ちぃ♪」

 イヒコは祖父母の影響なのか、年寄りっぽい鼻歌を歌っていた。

 ツバサは湯船に肩まで浸かってゆったりと足を伸ばしている。イヒコは太股ふともも辺りに座っており、こちらの胸を枕にして寛いでいた。

 イヒコは鼻歌に合わせて頭を微妙に前後させており、ツバサの爆乳をクッションにしてポヨポヨとバウンドさせる。激しい刺激ではないので声が漏れるようなことはなく、心地良い感覚だけが胸の奥に広がった。

 ツバサは真下にあるイヒコの頭を、湯で濡れた指先で整えるように梳く。

「イヒコもお風呂の時はまとめような」

 背中まで伸びたイヒコの茶髪。

 神族になったためか金色を帯びており、綺麗なブロンドにも見えた。

 実はかなりの長髪である。普段ショートカットに見えるのは細く二つに分けて結っているため、背中に隠れてしまっているからだろう。

「えー、面倒臭いですよ。ツバサさんだってまとめてないでしょ?」
「俺は元男だし、こういう真似ができるからいいんだよ」

 ツバサは肉体を自在にする過大能力オーバードゥーイングで長い黒髪を動かした。

 自分の髪を動かして、自分の髪を湯船で洗っている。髪が洗い終わったら適当に流しておくのもまとめておくのも気分次第だ。だが、娘たちには女子のたしなみとして髪の長い者はお風呂ではまとめるようにしつけている。

 イヒコにもそろそろ習慣にさせたい。

 ツバサが手櫛てぐしで髪をいてやると、イヒコはニコニコしながら自分の手でも髪を整えたり梳いたりと真似をする。ツバサの手と触れ合う度、キャッキャッとはしゃぐように笑っては嬉しそうにしていた。

 細やかなスキンシップ──それがたまらなく幸せなのだろう。

 イヒコやヴァトの本物の母親にはなれないが、この子たちの寂しさを埋め合わせる役割ぐらいは務めたい……と神々の乳母ハトホルは感傷的になる。

 不意にイヒコは振り返ると弟分へ呼び掛けた。

「ヴァトー、そんなはじっこにいないでこっち来なよー♪」
「ぼ、ぼくはその……ここでいい!」

 湯船のはし──離れた場所にヴァトはいた。

 広めの湯船の隅っこで正座している。

 こちらに背を向けて顔を俯かせ、全力で眼を閉じているのがわかる。緊張からか肩の震えは止まらず、湯船ではなく頭から湯気を噴き上げていた。

 顔から肩まで真っ赤なのは湯あたりではない。

 嫌がるヴァトを引っ張り込み、脱衣所で無理やり脱がして、お風呂場まで連れ込んだのだが、決してこちらを見ようとせず、近寄ろうともしない。

 そのくせ、時折ツバサをチラ見している。

 男の子としてのプライドか、はたまたやせ我慢か。

 そういうところも「可愛い」と思ってしまう辺り、ツバサの思考回路は母性本能を初めとした女性的な感覚に染まってきているのかも知れない。

 オネショタとは、こういう心持ちなのだろうと思う。

 ツバサも穏やかな声でヴァトに呼び掛ける。

「遠慮しなくていいぞヴァト、こっちへ来なさい」
「いえ、師匠、こればっかりは弟子として譲れ……うわわわわっ!?」

 間怠まだるっこしいのでツバサは実力行使に出た。

 ツバサは髪を伸ばして蛇のように操り、ヴァトの細い腰を巻き取って手元へ引き寄せる。緊張のあまり眼を閉じて強張こわばっていたヴァトはろくに抵抗もできず、ジタバタする間もなくツバサの元まで連れてこられた。

 イヒコは右側に座っていたので、ヴァトは左側の太股に座らせると左腕でそっと抱き寄せ、爆乳の枕に頭を押し当ててやる。

 瞬間──ヴァトの表情に「至福!」がぎったのを見逃さない。

 だが、すぐに口元を「あわあわ……」と波打たせて、ただでさえ赤かった顔を熱した金属みたいな赤銅色しゃくどういろにさせていた。

 顔を仰け反らせて、うっすらまぶたを開ける。

 そんなヴァトの瞳を覗き込んで、ツバサは言い聞かせた。

「ダメならダメとちゃんと叱ってやる。母親おれが『許す』と言ってるんだから、息子おまえも少しは気を弛めろ……甘える胸くらい貸してやるから」

 いつでもな、とツバサは愛情を込めてヴァトとイヒコを抱き締める。

 イヒコは身体を回転させると前のめりでツバサの胸に抱きついてきて、より一層乳房に顔を埋めてきた。ミロとよく似た笑顔で「シシシ♪」と笑っている。

 ヴァトは相変わらず背を向けたままで固まっているが、ほんの少しだけツバサに背中を預けてきた。さっき抱き締めた時の拒否反応と比べれば、こうして無抵抗に抱き締められるようになっただけでも進歩だろう。

 相変わらず眼を固く閉じて緊張のあまり硬直しているが、後頭部に触れるツバサのおっぱいの感触を満喫しているのは確かだった。

 なにせイヒコ同様──ぎこちなくだがバウンドさせている。

 抱き寄せられたヴァトは、大人しく俯いたまま小さく声を漏らす。

「…………はい、師匠」

 ありがとうございます、とツバサの気持ちを理解してくれた。

   ~~~~~~~~~~~~

 大きなトラブルもなく、ヴァトだけが極度の緊張と恥じらいを強いられた入浴は終わった。お風呂の後は2人が食べたい料理を振る舞ってやり、食事が終わったらリビングで家族団欒だんらんをして過ごした。

 何気ない一時だったが、ヴァトもイヒコも終始屈託くったくなく笑っていた。

 子供たちの幸せな笑顔を眺めているだけで、ツバサの中の神々の乳母ハトホルは満ち足りていき、ツバサは何物にも代えがたい充足感を得られる。

 思い返せば、ミロと暮らしていた頃からそうだった。

 ……やっぱりツバサは筋金入りの“オカン系男子”なのかも知れない。

 お風呂が済んで食事を食べて団欒の一時──。

 異相空間内は通常空間と時間の流れが違う。太陽や月が空を巡ることはないが、昼夜の区別ができるくらいには明るくなったり暗くなったりする。

 気付けば外は暗くなり、夜のとばりが降りてきた。

 すると、ヴァトもイヒコも眠たそうに目をこする。

 9ヶ月に渡る特訓が終わったこともあって緊張の糸もほつれたようだ。

 人間より遙かに生命力の高い神族になろうとも、回復効果の高い入浴や食事をしたとしても、溜まった疲労感から来る睡魔には耐えられまい。

 まだ10歳になったばかりの姉弟なら当然だ。

 ヴァトとイヒコを寝間着に着替えさせ、ツバサも寝間着代わりの赤い襦袢じゅばんを羽織ると自分用の個室に2人を招いた。この部屋だけは他の個室より少し大きく、部屋の中心にはキングサイズのベッドが置かれていた。

 ツバサが子供たちと同衾どうきんできるように──。

 そこで母子3人、川の字で寝ようとヴァトやイヒコに提案した。

「せっかくの機会だ。徹底的に甘やかしてやる」

 これにイヒコは諸手を挙げて大賛成。ヴァトもお風呂場の一件で少しは気持ちもほぐれたのか、恥ずかしがりはしたものの今回は大人しく受け入れた。

 ツバサを真ん中に挟んで、イヒコが右側でヴァトが左側だ。

 3人仲良くベッドに横たわったところで、自分専用の枕を抱きかかえたイヒコはテンション高めでゴロゴロ寝返りを打ちながらはしゃいでいた。

「ツバサさんと一緒のお布団で寝られるなんて……ああっ、夢見たい! 動画の1ファンだった頃のことを考えると、家族ファミリーの一員になれただけじゃなくて娘にしてもらってこんなに可愛がってもらえて……あたし、興奮で寝られないかも!?」

「こらこら、落ち着きなさい。そんなに興奮してたら本当に眠れないぞ」

 イヒコに連続寝返りをやめさせ、そのお腹をポンポンと軽く叩く。

 赤ん坊をなだめるみたいだがイヒコはご機嫌だった。

「それに、一緒に寝るなら我が家マイホームでも何度かやってるだろ」

 ヴァトは今回が初めてだが、イヒコは何度かツバサの寝床にやってきている。

 ただし、マリナやジャジャが一緒だった。

「でも、私たち姉弟だけは初めてのシチュエーションだから、いつもと違うせいかどうしても興奮しちゃって……zzzzzスヤァ

「言ってる側から秒で寝ただと!?」

 電池が切れたオモチャみたいにカクッと首の力が抜けた。

 イヒコはそのままスヤスヤと静かな寝息を立てて眠り込んでしまう。枕は抱き枕のように小脇に抱えて、本来の用途で使われていなかった。

 それをツバサ越しに眺めていたヴァトが呆れる。

「イヒコ、友達の家とかでお泊まり会しても、誰よりも真っ先に寝るって評判だったんです……いつでもどこでも、横になるとコテンって寝入っちゃって」

「……まあ、寝付きがいいのも才能だな」

 世の中には眠りたくても眠れない不眠症や、処構わず眠り込んでしまうナルコレプシーという睡眠障害に悩まされる人もいるくらいだ。横になっただけで眠れる、というのは素晴らしい才能だろう。

 ツバサは苦笑いしつつ振り向いて聞いた。

「ヴァト、おまえはどうなんだ?」

 尊敬する師匠である以前に、爆乳お姉さんなツバサの隣だから興奮して眠れないとか言い出さないだろうな? と心配しての苦笑である。

「ぼくは…………zzzzzスヤァ

ヴァトおまえも秒で寝るのか!?」

 さすが従兄弟いとことはいえ姉弟。イヒコ同様の寝付きの良さだ。

 眠るまであれこれ話そうかと考えていたが、思った以上に特訓の疲れが響いていたのだろう。イヒコもヴァトもベッドに横になると同時に寝てしまった。

 それとも──母親のそばにいるから安心できるのか?

「……ま、どちらでもいいか」

 俺も少し休もう、とツバサは2人に手を回すと、自分に密着させるように抱き寄せてやった。寝ている間でも、約束通りお母さんらしくするつもりだ。

「……ん? そういえば……」

 子供たちに挟まれて寝ることはよくあること。

 ツバサにしてみれば日常茶飯事だ。

「でも、なんだろう……なんか嫌な予感が……zzzzzスヤァ

 その嫌な予感の元となった記憶に辿り着く前に、イヒコやヴァトの寝付きの良さに釣られるようにツバサも寝落ちしてしまった。






「………………ってそうだ! 油断しちゃダメだった!」

 眠りに落ちる寸前、ツバサは思い出した。

 ちょうど電車のうたた寝から起きた気分である。

 過去に二度ほど、こうして子供たちと川の字で寝ていて大惨事を起こしたことがある。1度目はそれが契機でハトホルミルクが噴出する身体になってしまったことを自覚させられて嘆き、2度目は怒りのあまり国を滅ぼしかけた。

(※1度目=第31話参照 2度目=第207話参照)

 あれから子供たちと寝る時は、たとえ熟睡していても異変があれば目覚めるように気を張っていたが、ツバサも特訓に付き合った疲れがあったらしい。

 ついつい、ツバサもウトウトしてしまった。

 イヒコとヴァトに限ってそうそう変なことをしないと思うが、寝ぼけた子供は何をするか油断できない。突拍子もないことを平然とやってのける。

「うへへへぇ……ツバサさぁん、のおっぱぁい……パフパフ」

 案の定、イヒコが奇行に走っていた。

 最初、ミロの寝言と聞き間違えたその声は確かにイヒコのものだった。

 いつの間にか寝返りを打っていたツバサは右へ身体を傾けていたのだが、イヒコは自分へ向けられたツバサの巨尻に顔を突っ込んでいる。

「パフパフ……パフパフ……うひひ」
「寝ぼけてやってるんだろうが……そこは胸じゃないぞ」

 尻の谷間に顔を埋めたイヒコ。

 自分の両手を使ってツバサのお尻の肉を寄せて、「パフパフ」と言いながら何度も感触を楽しんでいる。多分、夢の中での情景は違うのだろうが……。

 まだ害の少ない寝ぼけなので、見逃しておくことにした。

「あれ、ヴァトはどこにいっ………たッ!?」

 右隣で寝ていたはずのヴァトがいないと思った瞬間、ツバサは右胸に痛みを伴った刺激が走ったので言葉尻を跳ね上げてしまった。

 ヴァトが──右の乳房に吸いついている。

 ツバサが無意識に寝返りを打った拍子に、ヴァトもこちらの胸元へ向けて近寄っていたらしい。彼もまた無意識に両手を動かすとツバサの襦袢じゅばんをはだけさせ、乳房を出して寝ながら吸いついてきたらしい。

 ミロを初めとした娘たちに授乳をせがまれることはある。

 しかし、いくら幼いとはいえ男の子に吸わせるのは初めてのことなのでツバサも驚きを隠せない。相手が眠ったままであろうともだ。

 動揺してヴァトを突き飛ばそうとする寸前、母性がそれを押し止める。

「んっ……くっ……んっ……くっ……」

 ヴァトは一定のリズムで喉を鳴らしている。

 乳首にしっかり吸いついて、ハトホルミルクを飲んでいた。

 性的に敏感すぎる乳首に吸いつかれるだけでも女性として喘ぎ声を漏らすほど感じるのに、あまつさえ男の子(美少年)に授乳しているとわかった瞬間、ツバサの中の神々の乳母ハトホルが発狂しかねないほど母性本能を昂ぶらせた。

 そして、羽鳥翼という男の部分もショックを隠せなかった。

「…………おかあ……さ、ん……」

 ヴァトは乳を啜りながら──泣いていたのだ。

 イヒコもそうだが、ヴァトも物心つく前に母親と死に別れている。

『ちゃんと顔も覚えてないんです。あ、写真はありますけど……』

 その時のヴァトの寂しい笑顔が忘れられない。

 眠りながら涙を流して母親の乳房に吸いつくヴァトは、一体どんな夢を見ているのだろうか? 想像するだけでツバサまで泣きそうになってしまう。

 ツバサは唇を噛み締め、振り上げた拳を下ろした。

 最初は衝動的に「寝ぼけているとはいえ限度がある!」とブン殴って叩き起こそうとも思ったが、この涙を見てしまっては叱ることもできない。

「う、んっ……ったく、今日だけだからな……あっ!」

 漏れ出そうな嬌声を噛み殺して、ツバサはヴァトの好きにさせてやる。

 ――汲めども尽きないハトホルミルク。

 それをヴァトは飲み干す勢いでゴクゴクと飲んでいた。

 これだけ飲んでいれば口や喉に違和感を覚えて目を覚ましそうなものだ。しかし、嬉しそうに目尻を下げ、乳輪ごと乳首を含む口元も緩んでいるところを見れば、さぞかし幸せな夢を見ているというのが伝わってくる。

 ――子供の悦びを妨げる。

 そんな非道な真似、オカン系男子ツバサにも神々の乳母ハトホルにもできない。

「はぁ、あんあっ! ちょ、吸い過ぎ……激し……っく!」

 ただ、ヴァトの吸い付きは遠慮がなかった。

 娘たちにせがまれて何度か授乳したことはあるが……彼女たちはこちらを気遣うというか、乳房の感度を無意識に察して手心を加えてくれる。

 心地いい授乳を心掛けてくれるのだ。

 おかげでツバサは母性とともに性的な快感を得ることはあれど、はしたなく喘ぎ声を上げながら身悶えるほどではない。

 ヴァトは男の子だからなのか力強く、それは前戯にも似て荒々しかった。

「あくぅ……歯ぁ、歯は駄目ぇ……だって!?」

 硬くなってきた乳首に軽く歯を立てる甘噛みは、痛みを伴うも新鮮な刺激だ。膨らんだ乳輪にまで齧りつかれ、ハトホルミルクが噴水のように湧き上がった。

 おかげで右の乳房のみならず、全身の性感帯まで感化される。

「ひぐっ……ぁあ、んんっ! ダメ、他まで……ッ!?」

 身悶えながら擦り合わせる肉感的な内腿うちもも

 その奥でツバサの女性的部分が熱さを帯びるとともにとろりとした蜜を漏らしている。また、吸われていない左の乳房も大きく張り詰めてきて、ビクンビクンと震えると乳首の先端からハトホルミルクを漏らした。

 反射的に股間は手で押さえるが、知らず知らず微動させてしまう。

 左の乳房は血流の脈動とともにポタポタとミルクをこぼす。

 右側ばかり母性が満たされて、左側が切なさを訴えてくるが、ヴァトは1人しかいない。交互に授乳させたら、さすがに目を覚ましてしまいそうだし……。

「ウヘヘヘ、ツバサさんのパフパフゥ……」

 その時、お尻の谷間に顔を埋めていたイヒコが寝言を発した。

 これに神々の乳母ハトホルが閃いた。

 右の乳房に吸い付いたままのヴァトを起こさないように上半身を起こすと、大きな枕を腰に引いて上半身を起こした姿勢になる。そして、イヒコも起こさないように片手で抱き寄せる。

 イヒコを左乳房に抱くと、寝ぼけたまま吸い付いた。

 子供二人が母の乳房へむしゃぶりつく。

「…………ッッッぁ! かっ……ぁぁぁあ、は、はぁ……ッん!」

 瞬間――母性本能から生じる多幸感が爆発した。

 エクスタシーさながらの快感が背筋を上へ下へと駆け巡り、ハトホルミルクか子供たちの口からこぼれるほど溢れ、股間の奥では耳障りなほど水音が響く。

 母としての絶頂にツバサはいつまでも浸っていた。



 この後、夜明け近くまでヴァトとイヒコへ授乳させることに……。


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