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第12章 仁義なき生存戦略

第277話:96時間戦えますか?

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 異相空間内──ハトホルの国から離れた荒野の真っ只中。

 イヒコ、ヴァト、プトラ、ジン、この4人を連れて異相空間内に籠もって早くも半年が経とうとしていた。空間内にはジンが建ててくれた簡易宿泊所もあるので、定期的な休息は取らせている。

 だが、基本的に特訓漬けの日々だった。

 通常空間では半日も経っていないだろうが……。

 その荒野にツバサは立ち尽くしていた。

 元々荒れ果てた土地だったが、更に荒らされている。

 その荒らされようは凄惨の二文字だった。

 激しい衝撃波を受けてボロボロになった地面もあれば、掘削機くっさくきで掘り返されたようなみぞがあり、巨人が踏み固めたとしか思えない大きなくぼみができていると思えば、動物の群れが落とせそうな大きな穴が開いており、雷が落ちて焼け焦げた場所もあれば一面炎で焼き尽くされた灰燼かいじんもあり……。

 激しい戦闘が起きたとしか思えない惨状である。

 そんな荒れ地の中心にツバサは立つが、半径数mは荒らされていない。

 ツバサは自分の立ち位置から一歩も動いていなかった。

 一方、ツバサを“仮想レイドボス”に見立ててパーティーを組んで戦いを挑んでいるイヒコたちは、死屍累々ししるいるいといった感じで転がっていた。

 ツバサが感情を込めない中庸ちゅうようの眼差しで見下ろせば、ヴァトとイヒコが息も絶え絶えにひざをつき、すぐ傍ではプトラが白眼を剥いて伸びている。

 その後ろではジンも気を失っていた。

 ジンは自分の掘った落とし穴に頭から落ちていた。

 イヒコとヴァトのコンビは、幼いながらも食い下がっている。

 それに比べてジンとプトラの高校生コンビは、この程度のシゴキで気絶するとは情けない。ツバサこちらはまだ半分の力も出していないのに……。

 ヴァトとイヒコは、子供ながら戦闘向けの職能ロールだ。

 イヒコも音楽を用いた魔法系技能を得意とする後衛職ながら、時と場合に応じて前衛も務めたのでついてこられるらしい(※プトラを守るため)。

 一方、ジンとプトラは戦闘系ではない。

 どちらとも生産系、工作者クラフターのジンや道具作成者アーティフアクターのプトラは戦闘することを前提に技能スキル習得していないので圧倒的に打たれ弱かった。

 そんな2人に戦闘を主体とした特訓は酷な話だが、万が一、彼らが単体で強敵と戦うような場面に出会した際、「自分の身を守れないで死にました」なんて言い訳はさせられない。させてはならないのだ。

 だからこそ──最低限の戦闘テクニックは身に付けてもらう。

 強敵に「死んでも勝て」なんて酷なことは言わない。

 どんな死地に置かれても「絶対に生き延びる」戦闘能力を培わせる。勝利が目的ではない、防戦に徹してでも生き残る術を学んでほしかった。

 そのためならば、何度でも半殺しに追い込む。

 彼らに怨まれることも覚悟の上だ。

 ツバサは心を鬼にして、2人を徹底的にシゴキ上げる決心を固めていた。

 ジンはマゾなので叩けば叩いた分だけ喜ぶが、戦闘系ダメージは別腹なのか受け止めきれないらしい。落とし穴に上半身を突っ込んだまま両脚をがに股で突き上げ、ピクピクとひっきりなしに痙攣している。

 たっぷり1分待ってから、ツバサは雷を撒き散らす。

 懸命に息を整えていたヴァトとイヒコは疲労困憊の身体で飛び退き、伸びていたプトラとジンは電気ショックで目を覚ました。

「休憩終わり──ほら、来なさい」

 ツバサはクイッと手招きする。

 この手招きから3秒以内に攻撃してこない場合、ツバサから1万回死ぬレベルの猛攻を加えると宣言したため、4人とも必死の形相で立ち上がった。

「「「「か……う、は……ああ、あああおおおおおおおおおおおおおッ!」」」」

 全員、声を振り絞って渾身の気合を入れる。

 ――掛け声は重要だ。

 無意識に「よっこらせ」とか「よいしょ」と口にするのは、それだけの力を要するからである。年を経るほど口から出るのは、膂力りょりょくの低下を補うためだ。

 死力を搾り尽くそうとすれば絶叫もほとばしるというもの。

 そうでもしなければ、96時間以上も激戦を続けた身体が動いてくれないのだ。神族だから耐えられているが、人間なら過労で死んでいる。

 それでいい──それがいい。

 身体の芯から力が抜けるほどヘトヘトに疲れようとも、死にたくない一心で反撃の牙を剥く時こそ掛け値なしの本気を出せる。

 決死の覚悟でこそ、己の器という限界が知れるのだ。

 本気を出せば自分の器の大きさが知れる。危機的状況を乗り越えることで、その器をもっと大きくしようとする自分に気付くことができる。

 ツバサはLVを上げるために彼らを極限まで追い込み、魂の経験値ソウル・ポイントを重ねさせ、器の大きさを上げるように働きかけていた。

「俺ちゃん、一番乗りゃーッ!」

 先陣切って突っ込んできたのは──ジンだ。

 大槍にもなる軍用シャベルを構えて突き込んでくる。ツバサは武具を扱う流儀ではないが、それでも槍術を手解てほどきできるくらいの覚えはある。

 棒きれを振り回しているも同然だったジンのシャベルさばきも、堂に入ったものになっていた。実際、現代でもロシア軍は白兵戦の訓練のひとつにシャベルを用いたものを取り入れているという。

 もっとも、ジンのシャベルは大きすぎるので完全に長柄武器だが。

「アチャチャチャチャチャのぉ、ホアチャーッ!」

 掛け声こそふざけているが、振るうシャベルは鋭くはやい。

 練習試合であろうと容赦なくツバサの急所へ突き込んできて、一撃必殺を狙ってくる。そうしろ、と言い付けたのだから当然だ。

 ──素人に毛が生えた程度の喧嘩屋けんかや

 これはツバサがジンに下した戦闘面での評価である。

 アルマゲドン時代から戦闘に関しては相棒のミサキ君に「おんぶにだっこでした」というだけあって、ジンの戦闘能力はからっきしだった。

 ただ、工作者クラフターとしての運動量や立ち回りでつちかったのか、体力だけなら前衛職の戦士並みだった。それと、工作系技能を駆使したトラップ技術は目を見張るものがあり、戦闘に役立ちそうである。

 こういう素材は叩けば伸びる──高品質な鉄のような男だ。

「そうです! 俺ちゃん、やればできる子なんです!」

 ツバサの心中を読んだかのようにジンが吠えた。

「だからツバサお姉様、もっと叩いてヒットミー! ぶって縛ってひっぱたいて転がして足蹴あしげにして踏みにじって……ぶっぽほぉあん!?」

「それじゃあただのマゾだろうが!」

 軍用シャベルの攻撃の合間を潜り抜けたツバサは、ツッコミを兼ねてジンの頬を張り飛ばした。手加減なしの平手打ちである。

 ジンは頬にクレーターを作り、頭から捻れるように吹っ飛んでいく。

 その飛んでいくフォームが棒高跳びよろしく整ったフォームだったので、ツバサは「誘われたな」と勘付いた。

 空中でアクロバティックに身を翻したジンは片手で軍用シャベルを構え直すと、もう片方の手だけで逆立ちをする。

 その瞬間、過大能力オーバードゥーイング【神の手を持つゴッドハンド工作者】クラフターを発動させた。

「俺ちゃん奥義! どこでもエニウェア・鉄壁防壁ウォール!」

 すると、ツバサを取り囲むように鉄製の分厚い壁がせり上がってくる。過大能力で荒野の土から砂鉄や鉄分を集めて作ったのだ。

 ツバサには遮蔽物しゃへいぶつ、ジンにとっては防御壁となる。

「即席だが──まあ悪くない技だな」

 ツバサは肉体を自在とする過大能力【万能にしてオールマイ全能なる玉体ティ・ボディ】を発動させると、長い髪を操って振り回した。

 束ねられた髪は強靱きょうじんな刃物となり、ジンの作った鉄壁を斬り裂く。

 硬質化した髪を操ってジンに追い打ちを仕掛けるつもりだったが、その髪が急に重くなり、意のままに動かなくなってしまった。

「鉄粉……いや、磁粉じふんか」

 斬った鉄壁に磁石の粉が仕込まれており、妙な粘着力のあるそれがツバサの髪にまとわりついていた。そして鉄壁の下には強力な磁石が隠されているらしく、磁粉がついたツバサの髪と引き合っているのだ。

「まだまだぁ! 俺ちゃんのターンは終わってませんよぉ!」

 バク転を続けて距離を取るジンは、途中で両手を打ち合わせた。

 パァン! と拍手の音が響けば、ツバサの斬り飛ばした鉄壁に変化が生じる。

 そこからブリキのオモチャみたいなのが大小いくつも作り出され、ツバサをチクチクと攻撃してくる。群れる数が多すぎて目眩めくらましにもなっていた。

「俺ちゃん奥義──ガラクタたジャンク・ちの狂宴祭!フェスティバル

 小癪こしゃくな手口だが及第点きゅうだいてんだ。

 ツバサがジンに与えた課題は以下の通り。

『おまえは工作者クラフターでお笑い芸人だ。他人にない持ち味を活かせ』

 過大能力オーバードゥーイングも生産系特化だが汎用性はんようせいがあるので戦いに活かせる。様々な戦闘方法を模索して、相手を驚かせるトリッキーな戦い方をしてみせろ。

 そう指導したのだが──努力の成果が窺える。

 ツバサの刃物みたいな髪の動きが鈍くなったので、他の3人がこの時とばかりに攻めてくる。ちゃんと連携を取っていたらしい。

 年長者の意地なのか、プトラが一番に突っ込んできた。

「狙って振ったら引く……狙って振ったら引く……狙って振ったら引く……」

 ツバサから習ったことを口癖みたいにブツブツと呟いて、手にした新しい武器を振り回す。まだまだぎこちないが、使い方は様になってきた。

 プトラが選んだ武器──それはむち

 ツバサがプトラに与えた課題は以下の通り。

『1人でも戦えるだけの戦闘能力を身に付けておきなさい』

 魔法を習得するも良し、武術を身に付けるも良し。

 どちらを選ぶかはプトラに任せる。

 プトラがチョイスしたのは、それなりのテクニックが要求される鞭だった。

 鞭はジンの協力を得てプトラが自作したものだ。

『作ったらお試しで使ってみないと。さあ、俺ちゃんにヒットミー!』
『えっと……女王様とお呼びだし!』

 自らを磔台はりつけだいに縛り付けたジンは練習台を買って出ると、プトラは躊躇ためらいがちに鞭を振るっていた。多少引いていたが、この娘は基本ノリがいい。

 ついでにツバサが鞭の基本的な使い方も教えておいた。

『まずは狙ったところへ鞭を振るう。鞭が狙った場所に当たる寸前、腕を返して鞭を引き戻す。そうすることで鞭を狙い通りに当てることができ、ダメージの強弱もつけられるようになる。やがては自由自在になるはずだ』

 そこから先は努力すること──成長は自主性に任せていた。

「狙って振ったら……引く!」

 ヒュパパン! と軽快な破裂音が鳴り響いた。

 一度の振りで鞭を9回も叩きつけてきた。

 手首のスナップと微妙な指の動きで、鞭の先端を器用に操作したようだ。やはりプトラは手先が器用だ。でなければ道具作りなんてできまい。

 その器用さが、絶妙な鞭捌きとなって昇華されつつあった。

 残念ながら9回も叩きつけてきた鞭は、すべてツバサの手捌てさばきだけで受け流されたが、プトラは鞭を巧みに操って手首に巻き付けてきた。

「……! 吸収系ドレインの付与か」

 鞭の巻き付いた手首、その指先が少しずつだが痺れてくる。ちょっとした脱力感もあり、魔力や体力が奪われているのをツバサは感じた。

 肉体を常に万全な状態にする過大能力と、大自然の根源を司ることで無尽蔵の力を発揮する天然エネルギー増殖炉となれる過大能力。

 この2つを持つツバサに、多少とはいえ脱力感を覚えさせる。

 それが鞭に付与された吸収系の強さを物語っていた。ただの鞭を作るはずはないと読んでいたが、付与はこれ1本に搾ったらしい。

 一度巻き付けば、ドラゴンの精気すら吸い尽くす。

 道具作りの天才と工作の変態、そんな2人が合作した逸品いっぴんだ。

 これぐらいの特殊効果はあって当たり前だろう。

「捕まえたら……こっからが本番だし!」

 プトラが鞭の柄にある小さなボタンを押した瞬間、ツバサの活力エナジーを吸う鞭は途中から膨れ上がり、何十本にも枝分かれして増えた。

 まるで獲物の捕食するイソギンチャクの触手だ。

 しかも、増えた鞭の触手までしっかり吸収系が付与されており、凄まじい勢いでツバサの活力を吸い取っていく。神族になってから感じたことのない立ちくらみを覚えるほどだった。この吸収率は容赦がない。

 プトラは抜かりなくもう片方の手で同じ鞭を用意する。

 あの「ダメ人間!」が代名詞だったプトラが、この短期間で鞭を二刀流で扱えるまでに修練を重ねたのは褒めるべきポイントだった。

「まだまだだし! ジンちん!」

 いつの間にかジンに響きの良くない愛称をつけたプトラは、2本目の鞭を振るいながら呼び掛ける。その意図を察したジンは頷いた。

 片手逆立ちの状態から姿勢を直し、軍用シャベルを足下に突き刺す。

「俺ちゃん奥義──超即興でインスタント・おっ建てた千サウザンド年牢獄・ジェイル!」

 またしてもツバサの足下から鉄壁がせり上がってくるが、今度はオリハルコン鋼とアダマント鋼をふんだんに使用した、豪勢かつ堅牢なものだった。

 恐らく、道具箱インベントリ内の素材を大盤振る舞いしたのだ。

 プトラが吸収系の鞭でツバサを弱らせ、その隙にジンがツバサを拘束するための牢獄を用意する。しかし、この程度ではツバサを封じ込められないのは2人も先刻承知のはずである。

 異相空間での特訓も半年──成功した例しがない。

 プトラとジンのコンビネーションによる拘束技。

 これをツバサが「鬱陶うっとうしい」と一撃で吹き飛ばせば、刹那よりも短い時間だが隙が生じるだろう。ツバサでもそれぐらいの隙はできる。

 戦闘系でない2人がこじ開けた隙を──残りの2人に託す。

 そこまで読んだツバサは、彼らの企みに乗ってやることにした。

「──鬱陶しい!」

 一瞬だけ殺戮の女神セクメトとなり、噴き上がる赤い闘気をあらゆるものを焼き滅ぼす炎に変えて、プトラの鞭な触手もジンの建てた牢獄も焼き尽くした。

 そして、刹那にも満たない隙を突いて──。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 ヴァトが特攻を仕掛けてきた。

 まだ燃え盛っている炎を突き破り、ツバサの間合いへと踏み込んできた。踏み込みの速さもさることながら、地面を割るほどの脚力に注目する。

 相当の強化バフがされていると見た。

 間合いへ飛び込もうとしてくるヴァトから目を離さず、その後方へと意識を向ければ、音楽を介した魔法を得意とするイヒコが控えていた。

 彼女が手にするのは──指揮棒タクトを長くしたようなアイテム。

 それを指揮者よろしく秩序だった動きで振るうと、彼女の背後を取り巻いている奏者なき楽器たちが壮大なオーケストラを奏でて、鳴り響く音楽がヴァトは元よりプトラやジンにも絶大なる強化バフ効果を与えていた。

 イヒコの過大能力──【一柱がゴッド・奏でる音霊シンフォニー・の交響曲】パフォーマンス

 イヒコの音楽に合わせて奏者なき楽団が召喚され、その楽団が奏でる演奏は様々な奇跡を引き起こすというものだ。

 これをイヒコは、特別なオカリナを吹くことで発動させていた。

 しかし、ツバサに与えられた課題のためこれを見直し、あの指揮棒のようなものに取り替えたのだった。

 ツバサがイヒコに与えた課題は以下の通り。

『あのオカリナめいた笛は戦闘に不向きだ。新しい楽器を見つけなさい』

 オカリナとは笛の一種。それを奏でるためには口に付けて息を吹き込み、両手を使って演奏しなければならない。つまり、口と両手が塞がってしまう。

 戦闘中、心肺機能に不用意な負荷がかかるのはよろしくない。

 ましてや両手が塞がるなど以ての外だ。

 特にイヒコの場合、ヴァトやプトラを3人で旅をしていた頃、プトラを守るために魔法使いでありながら前衛に出たりしていた名残なごりで、前衛と後衛を行ったり来たりできるから尚更だった。

 そこでイヒコは試行錯誤した。

 プトラやジンに協力してもらい、息を使わずとも音を鳴らせて攻撃力のありそうな楽器を作ってもらったのだ。彼女の過大能力はある程度のリズムを刻めば発動するものなので、後は使い勝手の問題だった。

 鈍器の威力があるマラカスや、斬撃性能を持ったタンバリン。

 果てはバズーカ砲を搭載したギターに機関銃を仕込んだサックスなど色々と試作を重ねた結果、あの指揮棒に辿り着いた。

 ジンとプトラの合作──これもただの指揮棒ではない。

 魔力を込めて振るうと空気を振動させて好きな音波を発生できるので、音の魔法使いであるイヒコにはピッタリだった。

 イヒコが指揮棒を一振りする度、ヴァトたちへの多重強化バフ効果とツバサへの多重弱体化デバフ効果を起こす演奏が奏でられ、同時に風魔法の応用で発せられる真空波の刃や衝撃波の弾丸が雨あられのようにツバサへと浴びせてきた。

 たった1つの挙動に、いくつもの意味を重ねる。

 これがイヒコの才能であり、ツバサが育てたいと願うものだった。

 重ねられた弱体化効果、真空波に衝撃波、どれもツバサには効かない。

 それでもわずらわしいから動きに精細せいさいが欠ける。

 それ即ち──ヴァトが攻め込む好機チャンスへと繋がるのだ。

「ヴァト行っけぇぇぇッ! 今度こそ──!」
「ああっ! ツバサさんを必ず……あの場所から動かす!」

 それができなくて、彼らは96時間も悪戦苦闘を強いられてきた。

「そうだな、俺を一歩でも動かしたら即休憩だ」

 96時間前にそう言い渡したが、どれだけ頑張ってもツバサを今の立ち位置から動かすことができないのでヴァトたちは休めないのだ。

 イヒコの声援を受けたヴァトは、ツバサの間合いに踏み込むと両腕を連動させるように突き出してきた。その腕が何重にもブレて見える。

 次の瞬間──巨鳥の翼が羽ばたくように広がった。

 ヴァトの両腕がかき消えると、そこから大鵬たいほうのような翼が広がる。その翼は上下左右へと広がっていき、ツバサを包み込むように襲ってきた。

 ツバサの必殺技──大鵬たいほうよく

 ヴァトはそれを模倣もほうすることに成功したのだ。

 ツバサがヴァトに与えた課題は以下の通り。

『この特訓中、俺の技を1つでもいいから体得すること』

 大鵬翼、迦楼羅カルラよく滅日のメギド・紅炎フレア金翅ガルダ・握爪クロウ金翅ガルダ・穿嘴ベック……まだ披露していない他の技も含めて、ヴァトの前で実演して見せた。

 特訓が始まる前、1回だけ技のやり方も教えてあげた。

 手取り足取り──丹念かつ丁寧にだ。

 そうやって技を教えていると、どうしてもツバサの豊満な胸や太股がヴァトに当たってしまう。その度にヴァトは顔を真っ赤にして「ごめんなさい!!」と平謝りしてきた。なんとも微笑ましい思い出である。

 ツバサにとってヴァトはミサキに次ぐ愛弟子だ。

 羽鳥はとりつばさという男性面では弟子として可愛がっており、神々の乳母ハトホルという女性面では息子として可愛い。

 そのため──二乗掛けで愛おしい。

 ミロを初めとした娘たちに注ぐ愛情とは少々おもむきが違う。

 男の子だからこそ強く逞しく育ってほしいと願い、ヴァトの才能ならばツバサの技を受け継いで、更に発展させてくれるという期待もあった。

 そんな愛弟子にして息子だからこそ、「自分の編み出した技を覚えろ」という、ある意味でもっとも苛酷な課題を与えたのである。

 手解きするのは後にも先にも1回だけ。

 あとは特訓の途中でツバサが使うのを見て真似るしかない。

 俗に言う“見取り稽古げいこ”である。

『俺の技のどれか1つでいい。物真似でも猿真似でもいい。自分の眼で視たものを自分なりに解釈して、この特訓中に物にしてみせるんだ』

 そうして物にしたのが──大鵬翼か。

 技の完成度にツバサは満足感から唇の端に男臭い笑みをこぼした。

 そして、採点するようにツバサも大鵬翼を放つ。

 汗にまみれた顔で歯を食いしばったヴァトが、両腕が千切れそうになるまで酷使してようやく放つことができた大鵬翼。

 それをツバサは片腕だけの大鵬翼で迎え撃つ。

 両者の大鵬翼は拮抗きっこうし、ぶつかり合う衝撃波で空間が爆ぜた。

 ヴァトの後ろに控えていたイヒコは「きゃあ!」と悲鳴を上げながら、衝撃波の余波で後ろへ転がっていく。同じくプトラも耐えられずに吹っ飛ぶ。

「俺ちゃんキャッチ…………ぅぅぅぅぅぅん失敗!」
「ジンさんご迷惑おかけしまーすってきゃああああああッ!?!」
「巻き込み事故だしあたいら悪くないしぃぃぃあああああああっ!?」

 吹き飛ぶ2人をナイスキャッチしたジンだったが、衝撃波の余波に巻き込まれて一緒くたに吹っ飛んでいた。それでも女の子2人を土に付けまいと自分が下敷きになって土砂まみれになっている。男として見上げた根性だ。

 そしてヴァトは──まだ頑張っていた。

 ツバサの大鵬翼は片手、しかも半分以下の力しか込めていない。

 今までのヴァトならばイヒコたちと一緒に吹き飛ばされていただが、曲がりなりにも持ち堪えている。両腕で一所懸命な大鵬翼でだ。

 ヴァトの成長にツバサは感無量だった。

「よくここまで大鵬翼を物にした。だが、今一つだな」

 その成長に応えるべく、ツバサは大鵬翼の出力を跳ね上げる。

「うわっ! お、重くなったし手数が……追いつけないッ!?」

ヴァトおまえは両腕を必死でフル回転させているが、ツバサおれは片手で本気じゃない……わかるよな?」

 ヴァトの大鵬翼──完成形には程遠い。

 ツバサの片手から放たれる羽のような無数の連撃が威勢を増すと、ヴァトの繰り出す大鵬翼をあっさり上回る。押し負けまいとヴァトは死に物狂いで抵抗するが、覚えたばかりの技では対応できていない。

 体得したものの、まだまだ未完成だった。

「さあ、どうする? このまま吹き飛ばされるか?」

 それとも死中に活を求めて足掻あがくか? 

 このような窮地で悪足掻わるあがききをする奴こそが強くなるのだ。

「ま……まだまだあッ!」

 ヴァトが強大な波動を発すると、その背後に巨大な影が浮かび上がる。

 過大能力──【顕現せクリア・よ清然たるエレメンタル精霊の巨神】・ジャイアント

 高密度の魔力で構築された半透明の巨神。まるで巨大ロボットのようなそれは、ヴァトの過大能力で創られた分身みたいなものだ。

 全身を出現させることもできるが、今回は上半身のみ。

 この半透明の巨神は、ヴァトの肉体的動作に連動している。

 なので、両腕で大鵬翼を放つヴァトと連動して、この巨神も長大かつ巨大な両腕も大鵬翼を放ってきた。山のような城塞だろうと打ち破る威力だ。

 直撃すれば──の話だが。

「その悪足掻きはいい……しかし悪手あくしゅだぞ、ヴァト」

 少々きつめの口調で、ツバサは説教するように続けた。

 ヴァトは驚愕の表情で耳を傾ける。

 殴りかかるポーズのまま、ヴァトは空中で固まっていた。彼に連動する半透明の巨神もピタリと動きを止めている。

 ツバサは大鵬翼をやめ、迦楼羅カルラよくを発動させていた。

 自分の支配圏を創り出す迦楼羅翼で、間合いの内側に入っていたヴァトの動きを完全停止させたのだ。そうすれば半透明の巨神も動けなくなる。

「おまえの過大能力はヴァトおまえ自身の動きと連動している。巨神の動きを制限されたらおまえが動けなくなるし、その逆もまた然り……」

 前にも言っただろう、とツバサは落胆のため息をついた。

 悪足掻きは歓迎してやりたい。だがテンパったあまり、まだ改善点の多い必殺技を使ったのは頂けない。これは完全に失敗だし、ツバサのアドバイスから学習していないと言ってるも同然である。

「下手を打てば逆用される……こんな風にな」

 ツバサは迦楼羅翼でヴァトの小さな身体を操っていく。

 こちらに殴りかかるポーズのまま「回れ右」をさせた。すると、半透明の巨神もそれに合わせて180度回転する。この時点でツバサが何をするのか想像がついたヴァトは、顔を真っ青にして自由になる口を大きく開いた。

「みんなッ……に、逃げて! もしくは防いで!」

 先ほどの衝撃でまとめて吹っ飛ばされていたイヒコたちは意識が朦朧としていたが、ヴァトの悲鳴を聞いてハッと我に返る。

 そこの頃にはもう──ツバサの準備は終わっていた。

 迦楼羅翼でヴァトを操り人形にしたツバサは、手本とばかりに大鵬翼を使うように仕向けてやる。ヴァトが見様見真似で体得したものではなく、ツバサ同様の威力発揮するレベルのものだ。

 当然、半透明の巨神も大鵬翼を繰り出す。

 ヴァトと半透明の巨神による──ダブル大鵬翼。

 ヴァトの両腕から解き放たれる、さっきまでとは比較にならない羽の嵐。そして雪崩なだれのような密度で押し寄せる巨神の鉄拳。

 これらがジン、イヒコ、プトラへと襲いかかる。

 3人は抱き合ったまま血の気の引いた顔で、声にならない悲鳴を上げた。

「死ぬ気でしのげよ。さもないと──神族でも死ぬからな」

 ツバサの忠告は轟音によってかき消された。

   ~~~~~~~~~~~~

 巨神の鉄拳が大地をひっくり返すような乱打をした後なので、濛々もうもうと巻き上がる粉塵ふんじんがいつまで経っても晴れようとしなかった。

 やがて一陣の風が吹くと、形を変えた荒野が露わになる。

 拳形のクレーターがあちこちに刻まれており、そのいくつかにイヒコ、プトラ、ジンが倒れ込んでいた。道着はズタボロで卒倒している。

 しかし、周囲に様々なアイテムの残骸やら防壁の破片が散らばっているところを見ると、あの攻撃を「死ぬ気で凌いだ」らしい。

 ツバサの足下では、ヴァトが白眼を剥いて気絶していた。

 ツバサに操られていたとはいえ、今のヴァトでは使えるはずもない渾身の大鵬翼を放ったため、肉体が追いつけず気を失ってしまったのだ。

「う~む……ちょっとやり過ぎたかな?」

 ツバサは少しだけ反省すると、人差し指でこめかみを掻いた。

 初日は30分で全滅したが、半年で96時間も保つようになったのだから大した成長ぶりだろう。そろそろ休憩させてもいいかも知れない。

 ヴァトとイヒコを肩に担いで、プトラを小脇に抱える。

 ジンは脚を掴んで無造作に引き摺りながら、簡易宿泊所へと向かう。

 神族の肉体なら一昼夜も寝れば完全回復する。



 それからLV900へ向けての仕上げ──最終調整をするつもりだった。


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