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第12章 仁義なき生存戦略
第276話:LV900越えるまで帰れません
しおりを挟む──バカが戦艦でやってきた。
ハトホルの国を挙げたお祭りの裏で起きたこの些細な騒動は、思い掛けず大事になりそうな予感を孕んでいた。
限定指定暴力団──穂村組。
例の戦艦に乗っていた三悪トリオがその一員であり、彼らの所属する反社会集団の関与が疑われるからだ。穂村組はアルマゲドン時代から組織ぐるみで違法行為を働いていたという嫌疑もかけられていた。
穂村組は暴力団としても特殊な存在。
暴力の強さを尊ぶ暴力団の中でもまた異質だった。
他に類を見ないほどの戦闘能力第一主義であり、下っ端の構成員であろうと一騎当千の実力を備えるという格闘家集団だ。
ツバサも師匠のインチキ仙人から聞いており、「手を出すと勝つまで仕返ししてくるから面倒だぞ」と忠告されていた。
あの三悪トリオがそうだとも知らず、ツバサは「現地種族を集めて労働力という名の奴隷にする。そして、組長に献上する」などと宣う連中を怒りにまかせてブッ飛ばしてしまった。
後悔はない、むしろスッキリ晴れ晴れ気分だ。
しかし、レオナルドから穂村組の名前を聞くと「えー、面倒臭い」と師匠と同じ感想を抱いてしまった。十中八九、穂村組はやり返してくる。
暴力団とはケジメを重んじるものだ。
やられたのが三下のチンピラであっても、構成員のメンツを傷つけられたら倍返しで落とし前を付けなければ気が済まないだろう。
そして、穂村組は『勝つまでやる』と専らの噂である。
あの三悪トリオが組長という人物に泣きつけば、ハトホルの国に刺客を差し向けてくる可能性も無きにしも非ずというわけだ。
ひょっとすると──全面戦争になるかも知れない。
ツバサとしては武道家の血も騒ぐので『来るなら来てみろ、全員返り討ちにしてやる』などと内心血が騒いでいた。
しかし、相手は戦闘に長けた武闘派集団。
戦うことを信条とするが、ヤクザ者の集まりであることに代わりはない。
いざとなれば何をするか知れたものではなかった。
ツバサだけを狙うなら一向に構わない。
だが、もしも、報復する手段を選ばなくなり、ツバサの家族や他の陣営、あるいはハトホルの国の住人にまで手を出すようなことがあれば……そんな想像をすると背筋が凍る思いだった。
自分の不始末なら責任を負おう。
だが、他人に迷惑をかけるのは駄目だ。それは許されない。
いくら怒りに駆られてたとはいえ、そんな面倒臭い連中に喧嘩を売ってしまったことを、ツバサはミロとハトホル一家の二大戦力に打ち明けた。
他でもない、ドンカイとセイメイにである。
夕食後、子供たちをそれとなく人払いすると、居間で寛いでた3人に事件のあらましと穂村組について話すと、どうするべきかを相談してみた。
これに対して3人の答えは──。
「「「──気にすることないんじゃない?」」」
異口同音、息を合わせたかのように返事を重ねてきた。
「ヤクザ者が来たらおれがブッタ斬っておくから」
オカンが気を揉むことじゃねえよ、とセイメイは酒を煽った。
「うむ、降りかかる火の粉を払っただけではないか」
何でも自分一人で抱え込むでない、とドンカイは慰めてくれた。
「そうだよ、ツバサさんの敵は一家の敵だからね」
いくら来たって返り討ちだよ、とミロはツバサの胸に抱きついてくる。
ツバサが心配性なのか、ミロたちが大雑把なのか──。
どちらにせよ、ツバサは家族というものの有難さを思い知らされた。
ツバサは眼を閉じて微笑むと礼を述べる。
「みんな、ありがとう……それとセイメイ」
誰がオカンだ、と決め台詞も忘れない。
家族間でのやり取りは気安く済んだが、他陣営はそうは行かない。
レオナルドを介してイシュタル陣営にはそれとなく伝わっているだろうが、ククルカン陣営やタイザン陣営への報告しないわけにはいかない。
懸念が膨らんだツバサは翌日、急遽四神会議を招集した。
我が家に設けられた会議室に集まる各陣営の代表。
それぞれ補佐官のGMを付き添わせ、会議室の円卓へ着席する。
いつもならハトホル陣営からはミロ、タイザン陣営からはククリが参加しているのだが、今回は血なまぐさい話になりそうだからお子様な彼女たちには席を外してもらった。ミロには了解を得ているし……。
議題は勿論──穂村組についてだ。
「…………すいません、迂闊なことをしました」
会議の席でツバサは事件のあらましを伝えて、自らの軽率な振る舞いを謝罪し、穂村組との抗争が始まるかも知れないという旨を報告した。
これにミサキが恐る恐る挙手する。
「あの……喧嘩を売ったというのならイシュタル陣営が先です」
申し訳なさそうな愛弟子に、さしものツバサも面食らう。
四神同盟が締結された会議でのこと──。
(※第213話参照)
ミサキはぼやかし気味な説明でこそあったが、とあるプレイヤー集団といざこざを起こした件について、それとなく報告してくれていた。
ミサキの保護下にあるイシュタルランドでは、エルフ族、ドワーフ族、オーク族、そしてマーメイド族の4種族が暮らしている。
エルフ、ドワーフ、オークの3種族は真なる世界に転移されてすぐに保護したが、マーメイドたちと出会ったのはツバサたちと再会する少し前だという。
マーメイドを保護する際、ミサキはある勢力と争った。
原住民を集めて奴隷にする! と声高に喚く彼らはミサキやレオナルドの実力を知るや否や、嬉々として戦いを楽しむようになったという。マーメイドそっちのけで、ミサキたちとの戦いに狂喜乱舞したそうだ。
果たすべき目的よりも、戦いという手段を優先した戦闘狂集団。
その戦闘狂集団こそ──穂村組である。
先日の打ち合わせでレオナルドはこの一件に少しだけ触れており、「陣営代表の口から改めて説明させてもらおう」と言っていた。
なので、ツバサの「面倒な連中にケンカ売っちゃったなー。俺だけ狙われるなら全然いいんだけど他の人に迷惑かけたら困るなー」という悩みについて、「少なくともイシュタル陣営は必ず味方をする」と確約してくれた。
それはつまり──こういうわけである。
約束通り、陣営を代表するミサキの口から事情が語られる。
「マーメイドを攫おうとした集団は23人……」
21人は徒党で平均LV500前後。
LV999に到達しているミサキとレオナルドにしてみれば、それほどの脅威ではなかった。だが、キョウコウの許に集まった雑魚プレイヤーLVの平均値が2~300だったのを考えると、高い水準に達していた。
彼らを率いていた2人組、これがツートップのリーダー格でどちらもLV750を越えており、クセのある過大能力と珍しい武器の使い手で、ミサキたちも苦戦を強いられたという。
「珍しい武器とは?」
ツバサは武道家らしい好奇心から訊いてみた。
「片方は大きな盾の両端に刃を付けたものでした。それを振り回したり、スケボーやサーフィンみたいに乗ったりと奇抜な戦い方をしてて……もう片方は金属の板を長く薄く伸ばして、カミソリみたいに鋭くした鞭みたいな剣でした」
「──剣盾と鞭剣か」
またマニアックな、とツバサは呆れるも感心した。
どちらも武器としての知名度が低い。それは取りも直さず、武器として使い勝手が悪いか、熟達するまでに長い訓練を要することを意味する。
剣や槍に銃といった武器は、まったく武器を触ったことがない素人でもそこそこ使えるし、他人を殺傷するだけの威力も発揮する。弓などは難しく練習を必要とするものだが、まだ使いやすく考慮されていた。
本来、武器とはこのような使いやすさが優先される。
戦争が起きてろくに戦闘経験のない平民や農民を徴兵で駆り出すとなれば、軍は誰にでも使えて量産しやすい剣、槍、弓といった武器を選ぶだろう。
結果的にそういったオーソドックスな武器が普及するわけだ。
だが、これらの武器は難易度がまるで違う。
武器として十全に扱えるまで、相当の習熟を費やさねばならない。
それほど武具の癖が強い証明でもあった。
これらの武器でミサキやレオナルドと渡り合えたというのなら、彼らのその武器への熟練度は想像を絶する。まさしくプロフェッショナルだ。
ツバサの関心ぶりに、レオナルドも興味をそそられたらしい。
「随分と独創性にあふれた武器を使っていたから、彼らのオリジナルかと思っていたのだが……あれらは実在するものだったのか」
蘊蓄たれなレオナルドも、ここまでマニアックな武器は知らなかった。
ツバサは師匠から特殊な武器に関する教えも受けていた。
なので、これらの武器について知っているだけだ。
「俺も実物を見たり使い手に会ったことはないが……動画やら写真で見せられて、どういうものかを教えられただけだよ」
剣盾──またはスパイクシールド、デュエルリングシールド。
ヨーロッパ発祥の特殊な武器であり防具。
人間を覆い隠せるほど大きな盾の両端に刃を付けたものだ。
盾の裏には持ち手となる長い棒がつけられているので、取り回し方としては盾というよりも棒術に近いらしい。
何分大きすぎるので使い勝手が悪く、戦場で武器とするには不向き。
1対1で戦う決闘などで用いられた特別な武器だった。
鞭剣──ウルーミ、ウルミンなどとも呼ばれる。
インド伝統の格闘技カラリパヤットで用いられる長剣で、柔らかい鉄を薄く長く鍛え上げて、鞭のような柔軟性とカミソリの鋭さを施したものである。
1本の長い薄板のものもあれば、ひとつの柄から何本もの薄板がシャラシャラと伸びているものもあり、バリエーションは意外と多い。
ペラペラの鉄板と侮るなかれ──。
達人の手にかかれば柔軟性に富んだ剣身は変幻自在となり、その薄刃は人間の首くらい簡単に斬り飛ばせるという。
「どうも穂村組は奇抜な武器を好む傾向にあるらしい」
レオナルドが言うにはリーダー格の2人が使った武器もそうだが、21人の徒党たちの武器も珍しいものが多かったという。
武闘派集団の矜恃だろうか?
そんな穂村組とイシュタル陣営は戦った。
勝敗はすぐに決したが、穂村組は往生際も悪ければ諦めも悪く、半死半生になっても不屈の闘志で立ち上がり、何度となく挑んできたそうだ。おかげで戦闘が終わるのに一昼夜を費やしたという。
実力差を思い知らされた穂村組の一党。
完膚なきまでに叩きのめしたにも関わらず、逃げるだけの余力はしっかり残していたらしく、凄まじい逃げ足でミサキたちの前から姿を消した。
『覚えてやがれ! 組を上げて復讐してやるからな!』
『人魚だけじゃないわ、おまえらの奴隷全員かっさらってやるんだから!』
ミサキたちを指差して、そう言い残したらしい。
あの三悪トリオも似たような捨て台詞をほざいていたが、穂村組は負けたらそういう台詞を残すように躾けられているのだろうか?
ミサキの記憶が正しければ──この事件はもう数ヶ月前だ。
「ずっと警戒してましたけど、待てど暮らせどやってくる気配はなく……」
「俺もミサキ君も忘れかけていたくらいだからな」
勝つまでやる、と豪語する穂村組らしくない対応の遅さである。
「……他に優先することでもあるのか?」
だとしたら──好都合だ。
穂村組が刺客を送ってくるにせよ、全構成員を引き連れて戦争を仕掛けてくるにせよ、対処するための準備に時間を費やせる。
「なんにせよ──無視できない不逞の輩どもですね」
ツバサやミサキの話を黙って聞いていたクロウが、物静かではあるものの怒気を孕んだ口調で呟いた。
円卓に両肘をついて手を組んだ姿勢でクロウは語り出す。
「たとえ同じ地球からやってきた同胞であろうと、この地に暮らす者を奴隷にするなど言語道断……わかりあえないのであれば戦うしかありません」
お灸を据えなければ、とクロウの眼窩から怒りの炎が燃え上がる。
同感だな、と話を聞き終えたアハウも意見を添えてきた。
「彼らが多くの種族を奴隷として集めている理由は窺い知れないが、その振る舞いや言動からして、我々の理念と相反するものと見ていいだろう……とてもじゃないが、おいそれと仲良くなれるとは思えない」
ククルカンの森で平和に暮らし始めた住民たち。
彼らの笑顔を思い出したのか、穂村組の無法に腹を立てていた。
これにクロウも同調する。
彼もまたタイザン平原に暮らす種族を守る神族だった。
「ええ、その通りです……この世界が蕃神という侵略者に襲われている最中、プレイヤー同士で争うのは慚愧の念に堪えませんが……」
そもそも、あちらから勝手に手を出してきたのだ。それで負けておいて、今度は勝つまで報復するというのなら、徹底的に負かしてやるまで。
穂村組が仕掛けてきたら──全勢力で迎え撃つ。
四神同盟の会議にて、話し合うまでもなく即決された。
~~~~~~~~~~~~
「というわけで──特訓だ」
「いきなりすぎてわけわかんないし!?」
意気揚々と告げるツバサに、プトラは悲鳴じみた声で抗議した。
「オカンさん、さっきまで獣王さんとか骨の爺ちゃんとか、お偉いさんと会議してなかったし!? なんであたいらこんなところに連れ出してるし!?」
「四神同盟の会議は昨日だぞ?」
この娘は何を言っているんだ? とツバサは不思議そうに首を傾げた。
何もない荒野──ハトホルの国から大分離れた場所だ。
しかも、ただの荒野ではない。
ツバサが起源龍であるジョカから彼女の住んでいた浮遊島を貰った際、その島の『別空間へ潜り込める』という機能に着目し、あるありあまる技能を複合させてそれを再現することに成功した。
結果、この“異相”という空間へ出入りできるようになったのだ。
この異相空間には真なる世界と同じ世界が広がっているものの、生物がまったく存在しない。おまけに時間の流れが恐ろしく速いのだ。異相空間で1日過ごしても、通常空間では数秒足らずしか経過していない。
体感時間は同じなのにこの差である。
あと最近、空気が薄くて重力が何倍もあることに気付いた。
「トレーニングには打って付けの空間ってわけだな」
「それ、なんて精神○時の部屋だし……」
やはりあの有名な異空間を連想するらしい。
重力が重いのを肌で感じているのか、プトラは怠そうにやや前屈みになって両肩を落としていた。特訓する前からへばっているご様子だ。
その隣には──対照的に元気なチビッコが2人。
「ハイハーイ! ツバサさん、あたしたちも特訓メンバーってことですか?」
「ツバサさん……師匠から直接の手解きを受けられるなんて感激です!」
イヒコとヴァトは特訓と聞いてやる気を見せていた。
2人とも戦闘用コスチュームや普段着ではなく道着姿だ。
ツバサのイメージカラーである赤をメインとした、動きやすそうな袖無しの道着だ。インナーが黒なので、どことなく亀仙流の道着に似ている。
背中にエンブレムはなく無地のままだが──。
胸には『ハルクイン』というブランドロゴが刻印されていた。
ファッションデザイナー師弟コンビのハルカとホクトが立ち上げた、真なる世界初のファッションブランドである。ツバサたち神族の着ている衣類の8割は、彼女たちの手掛けたものになりつつあった。
道着を着ているのはイヒコとヴァトだけではない。
プトラにもしっかり着させていた。
また、特訓に際していつもの片側だけ昇天ペガサス盛りみたいなヘアセットでは動きにくそうだったので、ツインテールにまとめさせてある。
ツバサは激しく運動をしても邪魔にならないようお団子にまとめさせたかったのだが、プトラのオシャレセンスが「アタイお団子似合わないし!」と拒んだ結果、数十分の協議を経てツインテールで妥協されたのだ。
盛り盛りのヘアスタイルよりなんぼかマシである。
「いやまあ、こんな亀仙流みたいな格好させられてさ、髪もツインテにさせられて、そりゃあ嫌な予感はしたけども……まさか本当にドラゴン○ールを地で行くような精神と時○部屋へ強制連行されるとは思わなかったし!」
「強制連行とは人聞きの悪い──首根っこ引っ掴んで連れ込んだだけだ」
「それを余所様が見たら強制連行っていうし! 拉致だし監禁だし!」
特訓の二文字に拒否反応を示すプトラからの反論は鳴り止まない。
しかし、異相空間に連れ込んだ時点でツバサの勝ちである。
何故ならこの異相空間はツバサの支配下にあり、ツバサの許可なく入ることもできなければ出ることもできない。一刻も早く通常空間に戻りたいならば、ツバサの言うことを聞くしかないのだ。
かく言うツバサも道着姿である。
ただし……ハルカとホクトが腕を振るってくれたのはいいのだが、やっぱり胸やお尻のラインを必要以上に強調しているのだ。
明らかにプトラたちの道着とデザインが違ってるし──。
しかしまあ、どんなに激しく動いても女神の爆乳を保持してくれるスポーツブラもセットでくれたので、あまり文句も言えなかった。
「──まあ聞きなさい」
ツバサはスタンバイしていた人間椅子に腰掛ける。
その椅子はツバサが座ると、ゆっくりとした上下運動を繰り返す。当の人間椅子の筋肉に適度な負荷をかける速さだ。
膝を組んでからツバサは話を続けた。
「プトラが言った通り、昨日は四神同盟の会議だった。そこで議題となった穂村組については軽く説明したと思うが……今後、ああいった手合いが襲ってくる可能性もあるからな。いや、そうでなくともだ」
蕃神の襲撃も苛烈を極めるのは想像に難くない。
「対抗するためには、俺たちの強さを底上げするしかないんだ」
そのためにツバサはハトホル一家の強化育成に前々から取り組み、この異相空間で共にレベルアップのための修行を行っていた。
ツバサ自身カンストのLV999なのだが、莫大なSPを注ぎ込めばまだパラメーターを上げられることがわかり、そのための修行を続けている。
「最初からLV999のセイメイはともかく、ミロや親方にダインもLV999になっている。それに戦闘職じゃないフミカやマリナ、最年少のジャジャでさえLV900を越えているんだ」
一家のみんなも、この異相空間で短期集中トレーニングを積んでいた。
イヒコ、ヴァト、プトラはまだ加わって間もないため、今回が初の特訓となるが最低限ノルマは決まっていた。
「おまえたちも──LV900は越えてもらう」
それまで通常空間に帰さないからな、とツバサは宣言した。
これを聞いてプトラは頭を抱えて絶叫する。
「LV900になるまで帰れま10!?」
「いや、別にベスト10選ぶまで帰れないわけじゃないからな?」
ちょっと懐かしいTV番組を思い出す。
とにかくだ、とツバサは膝を組みかえて詳細を詰めていく。
尻に重量をかけると椅子が喘いだが気にしない。
「まずはSPを上げるために俺と模擬戦闘をしたり、基礎的な訓練をしたりと色々やってもらう。それと各自にクリアするべき課題も与えておく」
「ううっ、課題なんて無理だし……あたい、小中高と赤点ばっかだし……」
「プトラ、本当に残念な子だなぁ……」
特訓を始める前から挫折しかけているプトラは、四つん這いになってプルプル震えていた。生まれたての子鹿みたいな有り様である。
一方、乗り気だったイヒコもちょっと疑問を抱いていた。
「各自? あたしたちにも課題アリですか?」
「そうだ、プトラだけじゃない。イヒコやヴァトにもやってもらうぞ」
「あの、その前に師匠……ひとつ聞いてもいいですか?」
課題を発表する前にヴァトが尋ねてきた。
幼い少年の視線は、さきほどから微かに揺れ動くツバサの胸と、その原因となっている上下運動を繰り返す人間椅子を行き来していた。
さっきから気になっていたようだが、誰もツッコミを入れずスルーしてきたので無視しようかと思ったけれど、我慢できなくなったらしい。
「その……ジンさんも特訓メンバーなんですか?」
ツバサの人間椅子──ジンにようやくスポットライトが当てられた。
アメコミ調マスクはいつもどおりだが、今日は工作者らしい作業用ベストやズボンは身につけておらず、本当にアメリカンコミックのヒーローみたいな全身を覆うスーツのみだった。
そんなジンは現在──腕立て伏せの真っ最中。
いつでもどこでも受け狙いの芸風な彼らしくなく、ツバサを背中に座らせたまま黙々と腕立て伏せに取り組んでいる。
その顔はマスク越しだというのに大量の汗を流していた。
「ご、ごめん……チビッコたち、俺ちゃん……今日は面白いリアクション……と、取れそうにないの……これ、キツ……ツバサお姉様、お、重い……」
「レディに重いは禁句だぞ──まだ100tじゃないか」
ツバサは腕立て伏せをするジンを椅子代わりにすると、技能で加重をかけることで神族が訓練するに相応しい過負荷を与えていた。
そのうえで「1回の腕立て伏せをゆっくりじっくり時間を掛けてやる」という、普通にやっても辛いトレーニングをさせているのだ。
「──って誰がレディだ!?」
「ぐふぉっ!? 独りノリツッコミ……更に50t増し増しぃ!?」
150tの重圧に潰れかけるジンだが、工作者として鍛えた地の体力のおかげで踏ん張った。その尻を平手打ちしながら活を入れてやる。
「あほぉん! ツバサお姉様のスパンキングで愛の目覚めぇ!」
ありがとうございますッ! とジンは張り切って腕立て伏せを続ける。
「……そんなわけで、今回の特訓にはジンも参加する」
「そんなわけでと言われても、また唐突すぎてわけわかんないし!?」
簡単に言えば──ご褒美である。
少し前のこと。多くの難民種族が各陣営に流れ着いた際、その炊き出しのためにジンは東奔西走してくれた。
そのことに感謝したツバサが「ご褒美をやろう」と申し出たら、「じゃあイジメてください!」とふざけたことを抜かしたので却下し、代替案として「特訓に次ぐ特訓でシゴキあげてやる」ということに落ち着いたのだ。
(※第259話参照)
「ちなみに、ジンはLV999になるまでやってくそうだ」
「俺ちゃん今、ようやっと900だから……んほぉ! もうちょっと頑張ればすぐなんだけど……きゃひぃん! 自分だけの努力じゃ難し……はぁもん!」
尻を叩いて活を入れる度、ジンは変な声で戦慄いた。
「まあなんだ、自主トレ続かないからジムに通うみたいなもんだな」
「そのたとえはわかるような感じがするし……」
実体験でもあるのだろうか、プトラの「ダイエット……」という呻き声にはやるせない切実さがあった。どうせジム通いも長続きしなかったのだろう。
だが、此処では逃がしはしない。
ツバサの管理下にある以上、絶対にLV900は越えさせる。
そして、それぞれに与えた課題をクリアしてもらおう。
「さて、それじゃあ──やろうか」
自他共に認める修行バカは、舌舐めずりをしながら拳を鳴らした。
まずは3人にこなすべき課題を突きつける。
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***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
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皆様ありがとうございます😘
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