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第11章 大開拓時代の幕開け
第274話:海老で鯛を釣る
しおりを挟むオリハルコン装甲と謳ったクジラ型戦艦。
ツバサの新必殺技『金翅握爪』でへし折られ、『金翅穿嘴』で頭から尾まで風穴を開けられ、そこに特大の雷を落とされたのだから堪らない。
天から落ちる極太の柱みたいな雷に飲み込まれたクジラ型戦艦の残骸は、七色の光を発して大爆発を引き起こした。
……立ち上る雲がドクロになったのは偶然か?
ヒュルゥルゥルゥル、と間の抜けた音が余韻となって響き渡っている。
どちらにせよ神々の乳母の感じていた苛立ちの原因を処理しつつ、殺戮の女神の鬱憤も晴らせたので清々した。
夜空に浮かぶドクロ雲を見上げ、スカッとした気持ちになる。
その雲から飛び出してくるものがあった。
クジラ型戦艦の背中に乗っていた艦橋。三悪トリオのいた操縦室が変型して、ドクロ型の小型飛行艇となって逃げ出したのだ。
操縦室内を透視してみれば、操縦コンソールが黒い煙を吹き出していたり、壁に走った配管が折れていたり、天井がひび割れていたり、三悪トリオが煤けてアフロヘアになったりと、少なからず爆発に巻き込まれたのが見て取れる。
それでも命拾いしたことを喜んでいた。
『いやー、脱出ポッド造っておいて良かったですねぇ』
『まさに備えあれば嬉しいな、ダス』
『……負けるの前提に用意しておくんじゃないよ、情けない』
ケホ、と黒い咳を吐きながらマーナは毒突いた。
妖しく輝いていた金髪も言葉遣いの割に上品な美貌も煤塗れ。
マーナは破れかけのソファに肘枕でふて腐れている。
噛み潰した苦虫に耐えるような顔をしていたが我慢できなくなったのか、「ムキィィィィ!」とヒステリックに頭を掻き毟った。
『…………あああああッ! もう腹立つムカつくイライラするぅーッ! あーんなみっともないデカ乳のボインにやられるなんて……ドロマン、マイク!』
『ダスダス、マーナ様どうぞ』
怒鳴るマーナにドロマンは逆らわずマイクを渡した。ホネツギーも心得たもので操縦コンソールのボタンをひとつ押すと、小型艇の頭から古臭い形の拡声器が出てきた。マーナがマイクに大声を浴びせれば、それがツバサに届けられる。
『このッ……えっと……ホルスタインみたいなデカパイボインッ!』
怒りのあまり語彙力が欠如したらしい。
『今度来る時はもっとでっかくて強いメカで! 組の腕利きをいっぱい連れてきて仕返ししてやるんだからなぁ~ッ!』
『『『覚えてろよぉ~~~~…………ッ!!』』』
ホネツギーとドロマンもマイクに顔を寄せて3人仲良く、ありきたりだけどなかなか聞けない負け台詞を唱和する。本当、息の合ったトリオだ。
思わず笑いが込み上げてくるが、失笑するに留めておいた。
マーナたちの叫びがドップラー効果で遠のいていく。
あの小型艇、思ったよりスピードがあるらしい。
自分の爆乳をあれこれ貶されたのでトドメを刺したい気分にもなるが、ツバサは殺戮の女神を鎮めて神々の乳母に戻る。逃げる小型艇に追い打ちをかけても良いのだが、敢えて放置した。
「母上──逃がしていいのでゴザルか?」
「ツバサ様──追跡いたしますか?」
振り向くまでもなく気配を感じる。
ツバサの背後に控えていたのは、戦闘服である忍び装束に身を固めたジャジャ。それに飴細工を売っていたはずのクロコだった。
空中だというのにツバサの足下に跪いている。
ただし、どちらも本人ではない。
ジャジャは忍法『分身の術』で作られた実体のある分身、クロコは彼女をモデルに作られた精巧なメイド人形である。どちらも当人が意識を通わせて遠隔操作しているのがわかった。
ハトホルの国を警護するのはスプリガンだけではない。
ツバサが自然を司る過大能力で常時ハトホルの国全体とその周辺を監視下に置いており、クロコのメイド人形(暗殺者仕様)やジャジャの分身も各地に潜んで危険なモンスターの行動をチェックしていた。
更にハトホルの国へ踏み込めば、ダイン特製の監視システムが警告を鳴り響かせて、それを無視して進めば自動迎撃装置も火を噴くことだろう。
勿論、侵入者など言わずもがなである。
本人たちは祭りを楽しみながらも警戒網を越えたクジラ型戦艦には気付いていたが、ツバサが出陣したので傍観していたらしい。
さりとて──逃げる不審者は捨て置くわけにもいかない。
なので、ツバサにお伺いを立ててきたのだ。
ツバサは肩越しに2人を一瞥すると、逃げていくドクロ型の小型艇を目で追う。もう小さな星の輝きくらいになるまで逃げ延びていた。
「トドメはいい。追いかける必要もない」
わざと逃がしたんだ、とツバサは爆乳の下で腕を組んだ。
ジャジャとクロコは意外そうな表情で顔を見合わせるが、その理由に気付いたのはクロコが先だった。レオナルドの調教の賜物だろう。
「泳がせる……のですか?」
「わかってるじゃないか、クロコ」
無表情なのにしたり顔なクロコに、ツバサは半眼の微笑みを返した。
「あいつらはこの世界の種族を集めて奴隷にするつもりだ。盗み聞きしたところによれば“組長”という親玉がいるらしい……とっ捕まえて吐かせようかとも思ったんだが、どうせなら芋づる式に引っ張ろうと思ってな」
「海老で鯛を釣る──でございますね」
ツバサは口の端を釣り上げることで返事とした。
クロコが口にした諺は、ツバサの考えた通りの策だった。
しかし、ジャジャは幼い顔に困惑の表情を浮かべている。
「海老で鯛を釣るって……高級な海老で高級な鯛を釣るという意味でゴザルよね? あのヘンテコな戦艦に乗ってた連中にそれほどの価値が?」
高級食材の海老を餌にして高級魚である鯛を釣る。
大きな投資をすることで大きな成果を手に入れる……といった意味でジャジャはこの諺を解釈しているが、それはよくある間違いだった。
「ジャジャお嬢様、それは誤りです」
ツバサが正すまでもなく、子供たちの世話係にして教育係(断じて認めていないが)を務めるクロコが訂正する。
「正しくは『小海老で鯛を釣る』と言えばよろしいのでしょう。価値の低い小さな海老を餌にして大きな鯛を釣る……諺としては、小さな投資で大きな成果を得るという意味合いになるのです」
「意外と間違われやすいんだよな」
日本では海老といえば伊勢エビなどを連想するためか、海老は高級と思われがちだ。実際には1匹当たりの単価が安い小海老もわんさかいる。
小海老で鯛を釣れたら、まさしく儲けもの。
「これはいけません……由々しき事態でございます」
ジャジャが諺の用法を間違えた。それをチャンスと見たクロコは研ぎ澄ました瞳をキラーンと輝かせ、幼女忍者を襲うように抱き寄せた。
「やはり国語の勉強を疎かにしてはなりません。これからは不肖クロコが家庭教師としてお嬢様方に正しい日本語をご教授しなくては……そう、手取り足取り、指先から爪先までじっとりねっとりと……ウフフフ……」
クロコは妖艶な笑みを唇に湛えると、ツバサには負けるがHカップだと自負する巨乳へジャジャを埋めるように抱き締める。
そして、幼女なジャジャをこれでもかと 弄んだ。
手練手管な指使いで未発達な肉体を愛撫していく。重要な箇所こそ責めないものの、敏感そうな部分をソフトタッチで撫で回す。
「す、隙あらば自分をオモチャにするのやめるでゴザルぅー!?」
「ジャジャ、顔が緩んでるぞ……」
幼女になろうとも元は健全な青少年。巨乳メイドの胸に顔を埋められれば、自然とにやけてしまうのだろう。そこは大目に見てやるしかない。
さりとて、未成年へのセクハラ行為は捨て置けない。
どちらも本体ではない分身だとしてもだ。
「とにかく──そういうわけだ」
無理やり合いの手を入れたツバサは、クロコのメイド人形からジャジャの分身を引っ剥がす。ジャジャの分身を背後に庇いつつ、クロコのメイド人形を足蹴にするが、これでも喜ぶのだから始末が悪い。
もっと……もっとぉ……♪ と懇願するクロコのメイド人形の頬をグリグリと踏みにじりながら、ツバサはマーナたちを逃がした理由を明かした。
「まさに『海老で鯛を釣る』だ。あの3馬鹿トリオを餌にして、奴らの背後で糸を引いている“組長”とかいう輩を釣り上げる。だから、あいつらは生き餌みたいなものさ。組長のところへ戻るまで泳がせておけばいい」
ただし、すんなり釣れるとは思っていない。
「連中の言動から、しばらく泳がせておく必要がありそうだけどな」
「……まっすぐ組長の許へ帰るのではなさそうなのですか?」
いつの間にか四つん這いになったクロコは、ツバサにゲシゲシ踏まれているのに「あぁん♪」と嬉しそうな喘ぎ声を上げているのだが、真面目な話を振ってくる時はちゃんと無表情に戻っていた。
「公私の切り替えだけはできているのでゴザルよな……」
ツバサの太股にしがみついたジャジャが感心する。
「公私の切り替えできる奴は、処構わずご主人様にセクハラしたり踏みつけられて喜んだりしない! まあ、お仕置きの一環で踏むけどな」
縁日のど真ん中、子供たちの面前でハトホルミルクで辱められた。
それは公にできないが、まだ腸が煮えくりかえっているのでお仕置きがてら踏んでいる。効いている様子はないが……。
操り人形でもクロコ本体と意識は繋がっている。
そのため、このお仕置きを「ご褒美です!」と言わんばかりに満喫しているのだ。この変態マゾメイドは……。
「そうです! もっと、この卑しいメイドを踏みにじって……おっほ!」
「悦に入ってるところ悪いが真面目な話に戻すぞ」
踏んづけるクロコの背骨がポキョンと小気味いい音を鳴らしたところで、ツバサは脱線しかけた話を戻した。
「あいつらは組長とやらに仕える三下のようだが、その組長を殊の外恐れている節があった……なのに、組長に命じられた種族を奴隷として集める仕事でヘマをしたんだ。なんの手柄も立てずにおめおめと会いに行けるわけないよな?」
「奴隷にする種族をまた探しに行く……とかでゴザルか?」
「あるいは、手柄を立てて挽回せねば会わせる顔がありませんね」
そういうことだ、とツバサは鷹揚に頷いた。
「別の場所で種族を集めるにせよ、何らかの手柄を立てるにせよ、それまで組長の許へ帰ることはできまい……だから泳がせるのさ」
「ですが、泳がせるならば居場所を把握するために追跡なりをしないといけないでゴザル。なので、自分の分身かクロコ殿の人形を派遣すれば……」
抜かりはない、とツバサは長い黒髪を夜風に靡かせた。
髪の一房が風に逆らうように持ち上がり、不自然に切れた部分を誇示するようにピョコピョコと揺れる。ツバサが髪を操っているのだ。
「奴らの脱出艇に俺の髪を巻き付けておいた」
ツバサの一部である髪は発信器となって、3馬鹿トリオが真なる世界のどこに逃げても教えてくれるし、周辺状況を感知することもできる。
マーナたちが組長と接触したら、そこを叩くつもりだ。
「組長のLVは900を越えているとか言っていたからな……そこまでの強者なら否応なしに気配を掴める。奴らの前にそれほどの強者が現れたら、十中八九そいつが組長に違いない」
それまで3馬鹿は生き餌として泳がせておく。
彼女たちの前に組長と呼ばれるプレイヤーが現れたらツバサが感知できるので、そこを強襲するつもりである。
「ハトホルの国に手を出したんだ──落とし前をつけさせてやる」
仮にも組長と呼ばれる親分なのだから、それぐらいのリスクは承知のはず。
責任放棄しようものなら問答無用で3馬鹿トリオごと叩き潰してやる。
「さすが母上、歯向かう奴には容赦なしでゴザルな」
「さすがツバサ様、いかなる時も全力でございますね」
さすツバ! とクロコはいつもの略式で賞賛した。
いいかげん踏みつけがお仕置きにならないので、ツバサは眉をしかめるもクロコのメイド人形を足下から解放すると、クロコ本人に向けて言い付ける。
「クロコ──祭りが終わってからでいい。レオナルドとアキさんのスケジュールを聞いて、時間があればこちらへ顔を出すよう伝えてくれ」
「承知いたしました。アキさんの能力に御用があるのですね?」
本当、主人の機微をよく察する有能なメイドだ。
これで変態でさえなければ……つくづく残念でならないが、この有能さのために諦めきれない自分もいた。どうにかして矯正できないものだろうか?
「……轟雷レベルの電気ショックを与えれば人格改造できないかな」
「母上母上! 口にする前に実行してるでゴザルよ!?」
「ツ、ツバサ様からの愛の鞭という電撃ガガガガガガガガガガガーッ!」
ジャジャの分身に着物を引っ張られて気付いた時には、クロコ(のメイド人形)を踏んだまま莫大な電流を流し込んでいた。
クロコは全身から稲光を撒き散らして痙攣する。
このメイド人形はツバサからのお仕置きを楽しむため、痛覚を初めとした五感がクロコ本人にダイレクトで伝わっているため、今頃クロコも轟雷に打たれたような電気ショックを味わっているはずだ。
たとえ神族だろうと半死半生になるのだが……。
「はぁ、はぁ……身体が内側から弾け飛ぶほどの破壊力……そして、神経に流れる電流をオーバーフローさせて、見たこともない白光に包まれた新世界を覗かせる破滅的な衝撃……かつてない至高の折檻にございます!」
まるで効いていない。
むしろ電気ショックによって未知の活性化を起こしていた。
「もうヤダ、この駄メイド……」
「母上、落ち込まないで……慣れるしかないでゴザルよ」
ツバサは両手で顔を覆って落ち込んでしまった。
太股に縋りつくジャジャが慰めてくれたのがせめてもの救いである。
深呼吸して気持ちを切り替えると、改めてクロコに言い渡す。
「レオ経由でアキさんに頼んでいたことがあるんだ。いい機会だから、あのタイム○カンの三悪みたいな連中の素性を探ってやる」
もしかすると──組長についてもわかるかも知れない。
~~~~~~~~~~~~
ハトホルの国で催されたお祭りは、大盛況の内に幕を閉じた。
2日間の日程を滞りなく終えて、片付けも翌日の午前中には終了。その日の午後は休息に当てて、翌日から誰もが平常運転に戻っていった。
住民は勿論──ツバサたちもである。
ハトホルの国の中央に位置するツバサたちの我が家。
招き寄せたレオナルドとアキを迎えたツバサは、2人を会議室に案内するとまずは軽い雑談から初めて、呼んだ理由について説明する。
「──お祭りは大成功だったな」
おめでとう、とレオナルドは社交辞令な挨拶から切り出した。
会議室の椅子に深々と腰を掛けるのは、ナチス親衛隊を彷彿とさせる厳つい軍服とロングコートを羽織った青年。ハリネズミみたいな野性味のある癖毛をオールバックにしており、理性を象徴する銀縁眼鏡を掛けていた。
──レオナルド・ワイズマン。
イシュタル陣営の腹心を務めるGMの1人だ。
ツバサとはVR格闘ゲーム時代からの腐れ縁で、クロコやアキといった爆乳特戦隊で括られるGM娘たちの上役でもある。
会議室の中央に据えられた──円卓のテーブル。
レオナルドの向かいに座ったツバサは、打ち合わせを意識してレディスのパンツスーツ姿で応対した。ハルカがデザインしてくれたのだが、ビーチボール大の爆乳が苦しくないよう胸元を大きく開いたデザインだ。
おかげで、これでもかと胸の谷間が強調されている。
レオナルドはツバサに負けず劣らずのおっぱい星人だが、今日はこちらの谷間に視線を回す余裕はなさそうだった。
余裕がない理由は──すぐにわかる。
オッパイの上半分がほとんど覗けるジャケットだが、ツバサは気にすることなくレオナルドに愛想を返した。
「なに、礼を言うのはこちらの方さ。ジンやハルカちゃんの協力があったればこそだ。やはり、イベント事は生産系の能力者がいないと捗らない」
その点については、あの2人に感謝している。
タイザン陣営から手伝いに来てくれたホクトにもだ。
レオナルドは軽く頷いてから話を続ける。
「祭りに参加したジン君から盛況振りは聞いているよ。帰ってきてからは是非ウチでもやりたいと騒いでいるくらいだからね。ミサキ君やハルカ君もお客さんとして遊びに行っていたが、ジン君に賛成していたからね」
「そういえば、レオナルドは来てなかったな」
ツバサは含みを込めた視線を向ける。
お忍びであろうと神族がハトホルの国にやってくれば、ツバサの過大能力に必ず引っ掛かる。隠密能力に優れた者でも絶対にわかるのだ。
イシュタル陣営、ククルカン陣営、タイザン陣営。
ハトホル以外の陣営からの来客は把握しており、ほぼ全員が来場してくれていたのだが、レオナルドとアキが来てないことに気付いていた。
なんとなく察しは付いているが──。
水を向けられたレオナルドは、ピクリと眉を動かした。
「……来れば捕まる、とわかっているからな」
現状、レオナルドは囚われていた。
会議室の1人掛けの椅子に腰掛けるレオナルドの周囲には、クロコのメイド人形がみっちり蔓延っている。一分の隙とてありはしない。
その有り様は、まるでメイドハーレムだった。
フレンチメイドみたいなセクシーなメイド服を身にまとったメイド人形たちが、悩ましい仕種でレオナルドにまとわりついている。
レオナルドの額には網目状の青筋がびっしり浮かんでいた。
実のところ、レオナルドは先ほどからクロコに瓜二つのメイド人形を全力で追い払っているのだが、畑に群がるカラスの群れの如く、何度追い払っても戻ってくるのでいいかげん諦めたらしい。
「……祭りの最中にコレをやられたら噴飯物だったな」
「今すぐにでもブチ切れそうだぞ」
ツバサもクロコには手を焼いているので同情はするが、その問題児を引き取りもせずこちらに押し付けているレオナルドには愚痴りたいところもあるので、今回のクロコの暴挙は見過ごさせてもらった。
当の本人は──ツバサの後ろに直立不動で控えている。
レオナルドに侍らせているメイド人形たちとは感覚を共有しているはずなので、愛しい人へまとわりつく幸せを堪能しつつ、ハトホル一家のメイド長として仕事にも従事しているのだ。
「クロコ、そういうところは呆れるくらい器用だな」
「マルチタスクはメイドの嗜みでございますれば──」
ツバサの傍らに控えたクロコは親指を立てて涼しい顔で言った。
「ま、レオ先輩がお祭りに顔を出したら、ウチとクロコっちとカンナ先輩の3人に捕まるのは火を見るより明らかッスからね」
レオナルドの隣、キーボードを叩きながらアキは笑う。
「原因の3分の1が嬉々として言うな」
レオナルドは苦情めいた一言を突きつけるが、アキは気にすることもなく覇気のない笑顔で可笑しそうに笑っていた。
艶やかな銀髪を蓄えた、豊かな肢体を誇る美女なのだが……姿勢は猫背っぽくてだらしなく、せっかくの銀髪も梳らないのでボサボサ。表情も“にへら”と締まりがない。総じて『だらしない美女』と表するしかない。
競泳水着みたいなボディースーツに、天女のような羽衣をまとっているのだが、どれもこれも宝の持ち腐れになっていた。
──アキ・ビブリオマニア。
レオナルドの手駒ともいうべき爆乳特戦隊の1人。レオナルドと共にイシュタル陣営に属しており、情報分析官みたいな役割を担っていた。
現実では、ハトホル一家にいるフミカの実姉でもある。
レオナルドの横に腰掛けたアキは、メイド人形たちに混じってピッタリ寄り添いつつ、投影したスクリーン状のキーボードをカタカタと打ち鳴らして、周囲に浮かんだスクリーンに大量の情報を流していた。
「ちなみに、ウチが参加しなかったのは出不精だからッス」
レオ先輩も行かなかったし~、とアキはニヤニヤしながらもタッチタイピングをする手は止まらない。ツバサの渡した情報を検証しているのだ。
クロコは縁日で移動屋台、アキは自宅警備員。
お祭り期間中の2人の動向を把握したレオナルドは、バツが悪そうな顔でズレかけた銀縁眼鏡を直すと恐る恐る尋ねてくる。
「あー、そういえば……カンナは来ていたのか?」
──カンナ・ブラダマンテ。
やはりレオナルドの元部下でGM。彼とは家が隣同士の幼馴染みだというから、爆乳特戦隊では最古参という位置づけになる。
カンナも例に漏れず、レオナルドのご執心な乙女の1人だ。
幼馴染みということもあって気になるらしい。
ツバサが教えるよりも早く、クロコが素知らぬ顔で説明を始める。
「この2日間、カンナ先輩は浴衣姿で血眼になって縁日会場を彷徨っておりましたね。まるで獲物を求める餓えた狼のようでございました」
「……着信が鳴り止まないわけだ」
レオナルドは気になる額の生え際を抑えて項垂れる。
謝っとけよ? とツバサが促せば、レオナルドはか細い声で「……うん」とらしくない気弱な返事で頷いた。
「さて、こっちは準備オッケーッスよ」
アキはスクリーン型のキーボードのエンターキーを叩くと、会議室の大型モニターと過大能力を連動させていくつもの画像を表示させた。
それは──履歴書のようだった。
全体像の写真が4分の1を占めており、残りの余白はそのアバターに関する文字情報で埋め尽くされている。それらは習得した技能や能力についてだ。
PCで閲覧するフォトアルバムのように、大量の画像ファイルとなったそれらは大型モニターを流れていく。それを見据えたままツバサは尋ねる。
「これがプレイヤーのアバター情報ですか?」
「そっッスね。ここに表示されてるのはあくまでもアバターについてッスけど、裏には登録時の情報……現実での個人情報も隠されてるッスよ」
住所、氏名、年齢、職業、その他──プレイヤーが自ら登録した情報の他にも、運営会社であるジェネシスが独自調査したものも含まれるらしい。
どうやって調べたんだか……。
「ただ、これはまだまだほんの一部ッスよ。ウチの過大能力で情報を吸い上げてるところッス。なんせデータ量が多くて……おまけに隕石衝突の影響でサーバーがブッ壊れてるから修復しながらで手間食ってるんスよ」
アキの過大能力──【真実を暴露する者】。
情報を得るための捜査網をあらゆる次元にまで伸ばすことができ、次元を越えて現実世界の情報まで吸い寄せることができるという、凄腕ハッカーとして腕を鳴らした彼女らしい、優れ物の過大能力である。
この能力を現実世界まで伸ばして、ジェネシスの管理下にあったサーバーにアクセス。そこからアルマゲドンプレイヤーの情報を引き出しているのだ。
ぶっちゃけ──個人情報もへったくれもあったものではない。
「現実でやっていたら終身刑レベルの重罪だな」
「昨今サイバー法がキツくなったから死ぬまでムショ暮らしッスねー」
レオナルドとアキは笑っているが、ガチな犯罪の臭いがする。
そもそもアキはハッカーとしてお縄になるところをジェネシスの取り成しで無罪放免となり、レオナルドの部下として拾われた経緯があった。
レオナルドもレオナルドで「ジェネシスの全貌を暴きたい」という割と個人的な詮索癖から、社員として潜り込むもトントン拍子で出世した経歴を持つ。
部下も部下なら上司も大概である。
その経歴を買って──アキにはプレイヤーの情報収集を頼んでいた。
実際にはレオナルドが発案したのだが、それをツバサが“共同発案”ということにして四神同盟の会議にて認めたものである。
今回の3馬鹿トリオもそうだが、プレイヤーの中には他人を害することへの罪悪感がない輩が少なくない。端的に言えば悪人だっているのだ。
現地種族のドワーフを虐待していた聖騎士王(自称)ヴァルハイム。
ククルカン陣営と現地種族のヴァナラを壊滅させかけた狂的科学者ナアク。
キョウコウの傘下に降ったプレイヤー集団も然り──。
こうした連中と戦うことになった時、アルマゲドンでのアバター情報を把握しておけば有利になる。致命的な弱点を持っているならば尚更だ。
また、現実での素性も無視できないファクターだった。
相手の事情を知れば交渉を持ち掛けることができるかも知れないし、話し合いによって解決する方法が見つかるかも知れない。レオナルドは「弱みを握れば交渉もスムーズだ」と悪の参謀みたいな展望を語っていた。
『……そんなわけでアキに調査させている。異論はあるかね?』
『レオナルド、本当に副官だな……良い意味でも悪い意味でも』
自分の与する組織のためになるならば、どんな非合法な真似であろうと躊躇なく手を染める。仲間から蛇蝎の如く嫌われようとも、ボスと組織を守るためならば泥を被ることも厭わず平然と手を血塗れにする。
忠義を重んじる知謀の副将とは、こんな感じかも知れない。
イメージ的には豊臣政権のため奮闘した石田三成などを連想する。
今回の情報収集にしても、個人情報に絡むことなのでミサキを初めとしたアハウやクロウといった各陣営の代表は少なからず難色を示した。
しかし、レオナルドは泥をかぶろうとも「仲間を守るため」と推してきたので、その熱意に絆されたツバサが“共同発案”ということにしたのだ。
今回の一件は良い機会と言えるだろう。
このプレイヤーに関する情報収集が役に立てば、泥をかぶろうとも推進したレオナルドの意見が正しいことが証明されるのだから──。
「んな──できた、完成な!」
アキの準備が整ったところで、静かにしていた娘が大声を上げた。
ツバサの横の椅子にきちんとした姿勢で座って、イラストを描くことに集中していたトモエである。手元には3枚の人物画を広げていた。
どちらかと言えばこれ──人相書きだ。
自分の名前が胸元に書かれた体操着と紺のブルマは、もう彼女にとっての普段着だった。肩からかけたジャージはその日の気分であったりなかったり。頭には漫画の神様みたいなベレー帽をかぶっている。
胸には『絵師』と記された名札を誇らしげに付けていた。
「んなんな、ツバサお母さんできた。これでいいか?」
「誰がお母さんだ……うん、完璧だ」
わざとらしく言い間違えるトモエに、いつもの台詞で答えたツバサは3枚の人物画を受け取り、その完成度の高さを褒めてやりながら頭を撫でてやる。
トモエは「んなんな♪」と嬉しそうに喉を鳴らす。
3枚の人物画は、例の3馬鹿トリオである。
たくさんの眼を操る女ボスのマーナに、身体の半分が骨のホネツギー、顔が泥のようなドロマン……タ○ムボカンを思い出させる3人組だ。
ツバサが絵心ないなりに「こんな感じ」とラフを描いて、それを絵描きの才能があるトモエに清書してもらう。そうして出来上がった人相書きだった。
ツバサが見たままの3人組が写実的に描かれていた。
「アキさん、これぐらいの精度なら行けるかな?」
トモエ力作の人相書きを渡すと、アキは親指と人差し指で○を作った。
「全然OKッス。こんだけしっかり特徴を捉えてて、しかもリアルに描かれてりゃアバターの画像検索で一発ヒットッスよ」
吸い上げたデータに該当者がいれば──ッスけどね。
人相書きはパーフェクトだが、不安材料はそこらしい。
アキは人相書きをスキャンすると、該当者を見つけるために検索をかけた。
ピコーン、と音が響いて大型モニターにグッドサインが現れる。
「ビンゴ──3人とも集めた中にいたッス!」
早速アキはキーボードを残像が出るほどの速さでタイピングすると、該当者3名の履歴書を大型モニターにアップする。
あの三悪みたいな3馬鹿トリオがそこにいた。
魔眼の魔術法師──マーナ・ガンカー。
魔骨の死霊術師──ホネツギー・セッコツイン。
魔泥の錬金術師──ドロマン・ドロターボ。
フルネームが発覚した3馬鹿トリオだが、彼らの個人情報ファイルは黒と黄色の警戒色で縁取られていた。おまけにアバターの顔写真には半透明ながらも赤い判子で『DANGER』と押されている。
これを見たアキは「あちゃ~……」と呆れる声を漏らした。
「この人たち……要注意指定人物じゃないッスか」
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