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第11章 大開拓時代の幕開け

第270話:オモチャのギゴガゴゴ!

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 “永劫のエターナル・極酒瓶”デュオニソスの神酒を煽る。

 喉を鳴らして飲んでいたツバサが、不意にその手を止めてピクリと眉を動かしたのをセイメイも認めた。2人の視線が北北西へと向けられる。

 られている──そういう視線を感じた。

「……ちょい距離があるな」

 俺が行くか? とセイメイは目配せしてくる。

 腰を浮かせかけた酔いどれの気配りに、ツバサは微笑みで感謝すると黙って杯を返した。「その必要はない」と態度で示したのだ

「放っておけ。まだ決まったわけじゃない」

 100㎞くらい遠方から視られた感覚があったが、この距離ではまだ相手の正体が判然としない。だが、次元に揺らぎは感じられないので蕃神ばんしんではないことは確かだ。LVの高いモンスターという可能性もある。

 既存モンスターならば、ツバサとフミカによってブーストされたマリナの結界を超えられまい。そうでなくともスプリガン族が警戒網を敷いており、ツバサを初めとした複数の神族が過大能力で守っていた。

 だが、何事にも「IF」もしもがある。

 敵対行為を取る未知の存在という可能性も捨てきれない。

「しばらく無視でいい。どうしてもとなれば俺が出張でばる」

 楽しいお祭りを邪魔されたくはない。

 国民が楽しんでいる一時ひとときを台無しにされて堪るものか。

 ハトホルの国にちょっかいをかけないのであれば今日と明日は放置。気配は覚えたので正体について調査はするが、それは後日に回す。

 エルダードラゴンよりも大型……100m前後の巨体。

 ドンカイが釣ってきたリヴァイサンほどではないが、これほどの大型モンスターも珍しい。蕃神でなくとも調べておいて損はない。

 単に遊行ゆぎょうするタイプのモンスターならば放置、無闇な殺生はしない。

「もし手を出してくれば──速攻で潰す」

 一瞬、ツバサは微笑んでいた口元に暴力的に歪めた。それはお祭りで喧嘩相手を見付けたやんちゃ坊主のような笑みだった。

 修羅の笑顔を垣間見せたツバサをセイメイが揶揄やゆしてくる。

「へっ、みんなのオカンがアシュラ八部衆のウィングに戻っちまった」
「誰がみんなのオカンだ」

 決め台詞を返しながら修羅の笑みを隠す。

 何度でもいうがせっかくのお祭りだ。みんなが楽しんでいる場をぶち壊されたくはない。何者であろうと荒らすつもりなら瞬殺してやる。

「しかし、アシュラ八部衆とか懐かしいな」

 なんだかんだでハトホルの国に3人(ツバサ、ドンカイ、セイメイ)おり、イシュタルランドに2人(ミサキ、レオナルド)いた。

 ツバサが思い出したように呟くと、釣られたセイメイも話題を挙げる。

「他の3人もいるはずなんだが……どこで油売ってんのかねぇ」

 白雷はくらいの異名(自称)を持つ拳銃師ガンスリンガー──銃神ガンゴッド
 武器庫のあだ名で呼ばれた最年少──炎☆焔ほむら えん
 イカしてイカレてイッてる変態親父──D・T・G。

「そういやさ、D・T・Gのオヤジの名前ってありゃなんかの略なの?」

 長い付き合いなのに、セイメイは彼のフルネームを知らないらしい。

 ツバサも忘れていたが不意に言われて思い出した。

「知らなかったのか? あのオッサン、いっつも『俺はとある国の王様だ!』とかうそぶいてて、あのハンドルネームはそれを略したものだよ」

 ──ドラクルン・T・ギガトリアームズ。

 これがD・T・Gの本名であり、フルネームだという。

 Tはなんの略字だったかは、ツバサもすっかり忘れてしまった。

「へぇ、そうだったんだ……相変わらず胡散臭うさんくせぇなぁ」

 セイメイは酒樽から柄杓ひしゃくに汲んだ酒を自分の杯に注ぎ、クイッと煽りながら再会していない3人を懐かしんでいるようだ。

 ツバサはこの3人とアルマゲドンでは会ってないが、セイメイは「すれ違う程度だけど」見掛けたらしい。嘘をいう男ではないので信憑性は高い。

「ま、いずれ会えっだろ。スタンド使いみたいなもんさ」

「……『スタンド使いとスタンド使いは引かれ合う』だったか? あれと同じで、強者と強者は引かれ合う……ってのがセイメイおまえの持論だったな」

 類は友を呼ぶ、と言い換えてもいい。

「そういうこった……ささ、ツバサちゃん。もう一杯いかが?」

 返したツバサの杯にもう一度神酒を注ぎ、セイメイは差し出してきた。

 ツバサは片手で制して固辞する。

「一杯で充分だ。あまり酒臭いと子供たちに嫌がられる」

 オカンだねぇ、とセイメイは眼を閉じて歯を剥き出しにすると、猿みたいな表情で「シシシ」と笑った。時折、ミロも似たような笑い方をする。

 誰かの笑顔によく似ているのだが……はて、誰だったかな?

 誰がオカンだ──そう決め台詞を返そうとした時だ。

「センセーイ! すごいです! すごい屋台ありました!」
「人気爆発! オモチャいっぱいの屋台です! これ、もらっちゃいました!」
「母様母様母様! これ見てくださいこれ!」

 興奮するマリナ、イヒコ、そしてククリの呼び声に遮られた。

 セイメイと話している間、子供たちには近くの屋台を見ているように言い付けておいたのだが、なにやら面白そうな出店を見付けたらしい。

 駆け寄ってくる3人の手には──人形が掲げられていた。

 正しくはぬいぐるみである。

 子供が胸に抱えられるくらいのサイズで、デフォルメ色が強い。

 2頭身のいわゆるSDキャラというやつだ。

 しかし、そのキャラクターは…………。

「──ツバサおれとミロじゃないか!?」

 マリナが胸に抱いているのはツバサをデフォルメした人形だ。

 真っ赤なロングジャケットに黒のパンツという格好なので、ツバサのフォーマルな戦闘服姿をモデルに作られている。長い髪もフェルト生地で丁寧に作られており、SDなのにちゃんとおっぱいが大きい。

 一方、イヒコが掲げているのはミロのぬいぐるみだった。

 不敵なアホ面で笑っているミロ・カエサルトゥス。こちらも白と青の2色で彩られたドレス型の戦闘服姿をモティーフにしている。覇唱剣までぬいぐるみになっており、着脱式で背負わせたり手に持たせたりできるようだ。

 ククリに至っては両腕にツバサとミロの人形を抱えている。

 3人とも最高のプレゼントを得たかのように嬉々としており、瞳をキラキラさせて鼻息もフンフンと荒く、興奮のあまり頬まで紅潮させている。

 喜ぶ子供たちは微笑ましいが、ツバサの笑顔は引きつっていた。

 ──自分を模した人形が売られている。

 有名税という言葉はあるし、実在の人物でも有名になれば「肖像権しょうぞうけんはどうなっているの?」とツッコみたくなるアイテムが作られることは承知の上だ。

 しかし、当事者になってみると──これは恥ずかしい。

 男なのに女神になった羞恥心しゅうちしんとはベクトルが違う。

 ぬいぐるみのクオリティから製作者のこだわりや、ツバサやミロに対する敬意を感じられる。それを手にした子供たちの満面の笑顔も素晴らしい。なので、どこか嬉しさを感じている自分がいるのも事実だ。

 嬉し恥ずかし──そう言い表すのが妥当かも知れない。

 恥じらいを噛み殺して3人の頭を撫でる。

「そのぬいぐるみ、どこで貰ったんだ? 作った奴にお礼しなきゃならん」

 努めて優しい慈母じぼの笑顔を取り繕うことは成功したが、声は殺気を漲らせたドスの強いものになってしまった。こめかみには血管、額には青筋が浮かぶ。

 ツバサに断りもなく、ぬいぐるみを作った者への苛立ちは抑えられなかった。

 これには娘たちも敏感に察する。

「センセイ……勝手にお人形作られて怒ってます?」
「お礼はお礼でもお礼参りですね、わかります」
「母様、そこまで怒らなくても……ほら、可愛いですよ?」

 実のところ──ぬいぐるみの製作者には見当が付いていた。

 あの変態・・ならばボコボコに殴っても非難は受けないし、何より当人が殴れば殴っただけ喜ぶ。それを期待した所業かも知れない。

 ジャジャやヴァトは、まだその店に張り付いているという。

「ミロ、このオモチャを売ってるところに行くぞ」

 まだジョカの大正浪漫なメイド服をいじっているミロに声をかけると、マリナの胸にあるツバサ人形を見るなり飛んできた。

「なにそのアタシのハートに直撃するぬいぐるみ!?」

 絶対欲しい! とミロは予想通りの食いつきを見せた。

 ミロが長女権限で「泣かせてでも奪い取る!」ように迫ってきたためか、危機感を抱いたマリナはツバサ人形を庇って早口で捲し立てる。

「センセイのぬいぐるみならまだ屋台にいっぱい並んでましたし、頼めばその場で作ってくれますから品切れの心配はないそうですよ」

「マジで!? じゃあすぐその屋台へ行こう! 案内して!」

 こっちです、マリナはミロの手を引っ張っていく。

「ツバサさんも一緒に行きましょう。お礼参りするんでしょ?」
「ほら、母様も……父様のお人形ほしくはありませんか?」

 ツバサもイヒコにククリに手を引かれる。

「お礼参りはともかく、厳重注意はしておかないとな」

 それと──ミロのぬいぐるみは欲しい!

 ククリとイヒコに手を引かれて屋台を数軒通り過ぎると、子供が群がる出店が目に入った。ドンカイやセイメイの店のように2軒分の面積を取っている。

 どうやら神族の屋台は特別枠らしい。

 その様子をミロはこんな具合にたとえた。

「コ○ケの大手サークルが2スペース確保してるのと同じでしょ?」
「それ、お盆と年末にビックサイトへ通ってる人種にしか通じないぞ」

 ミロは中学を卒業して以降、ろくに外出もしなかった引きこもりの癖して、こういう知識は豊富だった。フミカから聞いたのかも知れない。

 リヴァイアサン焼きや神酒も大盛況だったが、あの2店はどちらかと言えばアダルト寄りの客層だった。リヴァイアサンの串焼きを肴にして神酒を舐めるという、贅沢な楽しみ方をしている中年もいたくらいだ。

 一方こちらの屋台は──見事に子供ばかりである。

 男の子も女の子も関係ない。

 まだオモチャに夢中になるくらいの年齢の子供たちが、屋台に並んでいる品物を指差して「あれください!」「これちょうだい!」と声を上げていた。

 そんな屋台の名前は──。

「……ダイン&ジンのオモチャファクトリー?」

 店主コンビも、売っている商品も一目瞭然だった。

「焦ることも慌てることもないきに! ロボもぬいぐるみもたくさんあるきに! 在庫がなくなっても即座に作っちょうからゆっくり選ぶんじゃ!」

「はーい、押さない押さなーい! 欲しいの選んでいってねー! 全部だと抱えきれないから、欲しいのを数点選ぶのがベストですよー!」

 子供たちの相手をしているのは、ダインとジンだった。

 どちらもお祭りらしく法被はっぴ姿である。

 ダインはいつもの学ランみたいな袖無しコートの代わりに、裾の長い法被に袖を通していた。腹にはサラシを巻いて顔には愛用のサングラス。テキ屋のチンピラという風情が似合っていた。

 相棒のジンはアメコミ調マスクに全身を覆う赤と黒のコントラストなボディースーツはいつも通りだが、その上に法被を着込んでいた。

 お手伝いの店員として、法被を着たスプリガンの少女たちもいる。

 2店舗分ある屋台の右半分を、ダインが受け持っていた。

 屋台のテーブルや陳列棚には、所狭しと商品が展示されている。

 こちらは木製の人形をメインで売っているようだが、その人形はどれもこれもが精巧に作られたロボットの模型だった。木材をどのように加工したのか知らないが、見た目の質感や彩色がプラスチック製にしか見えない。

 しかも模型のロボットは──どれも周知のものだった。

 ダイダラス、グレート・ダイダラス、グランド・ダイダラス、テンリュウオー、チリュウオー、ゴウリュウオー、フォートレス・ダイダラス……。

 ロボットではないが飛行戦艦ハトホル・フリートや、最近加わった豊穣巨神王のダグザディオンまである。その他にも、ダインが次に作ろうと計画を練っているであろう未登場のメカやロボの木製模型まで並んでいた。

 ダインらしい商品ラインナップである。

 こちらの店舗に群がるのは各種族の男の子たちだ。

 種族的に男が生まれないハルピュイアやラミア、数が少ないスプリガン。それ以外の種族の男の子たちは、眼をキラキラさせてロボに魅入っている。

 欲しいロボを手に入れた子は、さっそく遊んでいた。

 どのロボットも全身フル稼働。武器や装備も充実のラインナップ。

 合体変形機構を持つメカは完全再現されていた。

「二大龍王メカはハトホルフリートの模型に収納できるのか……」

 完成度の高さに呆れるツバサの横では、女の子なのに巨大ロボとか大好きなミロが瞳を輝かせていた。その煌めきは完全に少年のものである。

「あれ欲しい! ダイダラスシリーズも最高だけど、でっかいウィング背負ってるダグザディオンとかカッコいい! ちょっと貰ってくる!」

「待て、ここは子供たちを優先しなさい」

 喜び勇んで屋台の前に集まる子供の群れに突っ込もうとするミロを、ツバサは襟首を掴んで制した。不服そうな顔で振り返るミロが、口を開く前にツバサは母親として言い聞かせてやった。

「ダインのことだ。ミロおまえのロボアニメ好きは知っているから、きっとおまえの分は取り置きしてあるはずだ」

 ダインもジンも気配りを忘れない性格。

 恐らく、各陣営の子供が欲しがりそうなオモチャは確保しているはずだ。

 それでも屋台まで来た子供には与えているのだろう。

 マリナたちが貰ったぬいぐるみがそれだ。

ツバサおれミロおまえは曲がりなりにもハトホルの国のトップだ。あの賑わいに突っ込んだら、子供たちでも気が引けてしまう」

 それは──お祭りの熱気に水を差す。

「だから我慢しなさい……いいな?」
「えーっ? じゃあ、あれはどうなのよさ?」

 不満げに下唇を突き出したミロは、男の子の群れの最前線を指差した。

 大勢の男の子たちに──ジャジャとヴァトがまぎれていた。

「おお、このギミック……木製とは思えないでゴザルな」
「ダイダラス、実物は見せてもらったけど……そうか、こう合体するんだ」

 ジャジャはダグザディオンを手にして熱心に変型のシステムを確認しているし、ヴァトは二大龍王をダイダラスに合体させることに熱中していた。

 どちらも男の子、ロボットには興味津々のようだ。

「ジャジャちゃんは7歳の女の子だけどね」
「外見はな……中身は少年のままなんだから許してやれよ」

 ツバサも二十歳の青年なのにオカン系女神をやらされているが、ジャジャも転生したせいで7歳の幼女にされたのだからキツいだろう。

 襟首を掴んでミロを引き戻すと、肩へ手を回して抱き寄せるように横に立たせる。赤ん坊を落ち着かせるようにポンポン、と背中を軽く叩いてやる。

「ぬいぐるみ1つだけもらってきて、それでも抱いて我慢しなさい」
「じゃあ、ツバサさんの特大ぬいぐるみ貰ってくるね!」

 ポン、と背中を押してやるとミロは小走りで屋台へと向かった。

 ダインの屋台の隣──左半分はジンの受け持ちだ。

 こちらは打って変わってSDキャラなぬいぐるみで溢れかえっている。ジンは元よりお手伝いのスプリガン娘たちまで埋もれそうな勢いだった。

 商品については把握済みである。

 ぬいぐるみのほとんどがツバサとミロだ。手のひらサイズの“小”、子供が胸に抱けるくらいの“中”、子供がソファにできるくらいの“大”。

 メインで売っているのはツバサとミロのぬいぐるみ。

 その他にも種族の子からリクエストがあったのか、ハトホル一家のぬいぐるみや神族として紹介した他陣営のプレイヤーのぬいぐるみもあった。種族によって好みがあるのか、ハルピュイアたちにはドンカイ人形が大人気だった。

 ドンカイはハルピュイア族の窮地を救った大恩人。

 それが人気の理由であり、神族として信仰対象になっているらしい。

「何故だか知らないけど、穀潰しセイメイの人形はラミアっ娘たちに大盛況だね」
「セイメイ、龍とか蛇に好かれる素質でもあるんじゃないか?」

 当人は龍殺しの剣技を修めた達人だというのに──皮肉である。

 ツバサたちがオモチャの屋台に近付くと、ぬいぐるみを抱いた子供たちがそれに気付いて近寄ってきた。ツバサやミロを様付けで呼びながら、嬉しそうに楽しそうに、みんな満面の笑顔で手にしたぬいぐるみを掲げてくる。

「ツバサ様、これツバサ様のお人形です! とっても可愛いです!」
「工作の神様にもらいました! 大切にします!」
「ずっとツバサ様と一緒にいられるみたいで嬉しいです!」

 素晴らしい宝物を貰った、という子供たちの主張だった。

 自分をモデルにしたぬいぐるみに嬉し恥ずかしな気持ちは抑えられないが、子供たちの笑みに囲まれているだけでツバサは幸せだった。

 ツバサは恥ずかしさを堪えて嬉しさだけを感じるように努力すると、こみ上げてくる母性本能に思わず感極まってしまう。

 子供たちの目線に合わせるため、その場にしゃがみ込む。

 ツバサは両手を大きく広げると、集まってきた子供たちを包み込むように抱き寄せた。そして、彼らのつたなくも一生懸命な言葉に耳を傾ける。

 それだけで──神々の乳母ハトホルは満ち足りるのだ。

   ~~~~~~~~~~~~

「……というわけで、俺や仲間たちの肖像権がどうなってるのかツッコみたかったが、子供たちを笑顔にした功績を持って不問としてやる」

 子供たちの客足が落ち着いて、スプリガンの少女たちだけで回せるようになったところで、ツバサはダインとジンを呼び出した。

 最初は無断でツバサたちの人形を作ったことを説教しようと思ったのだが、子供たちの笑顔を見て再考した。種族の子供たちにしてみれば、ツバサたちは神さまであり、自分たちを守ってくれるヒーローでもある。

 そのヒーローの人形が手元にあれば、子供たちも安心するだろう。

 あと、あそこまでデフォルメされたキャラなら、そのぬいぐるみが当人だと一目でわかるデザインでも、そこまで恥ずかしくない気がする。

「そういうわけだジン、あのぬいぐるみは引き続き売っていいぞ」

 まだ金銭は取り扱っていないので売るというのは語弊ごへいがある。正しくは配布なのだが、ツバサは敢えて販売と言っておいた。

 今後──貨幣を導入するかも知れないからだ。

「やった! 俺ちゃん許された!」

 法被姿のジンは諸手を挙げて快哉かいさいを叫んだ。

「……許された、ってことは叱られる恐れをわかっていたわけだな?」

 怒られて叱られてお仕置きされるのを待ち望んでいた、変態マゾのチキンレースという可能性が浮上してきた。ツバサはジンをジト目で睨む。

「待ってツバサお姉様! 言葉尻を捕まえて下僕げぼくをイジメるのいくない!」

 おまえを下僕にした覚えはない、とツバサはチョップを落とす。

「ああん痛ーい! これぞお姉様の愛の鞭……謝ります、俺ちゃん礼儀正しく謝りますから、もっと……もっと甘美なるお仕置きを~ッ!」

 チョップの勢いで大袈裟に倒れたジンは五体投地で身を投げ出した。

 ちょうどツバサの足下にひれ伏した感じだ。

 またツバサの踏みやすそうな位置にジンの頭がある。

 この変態、ツバサやミサキといった美女に踏みしだかれるのを無上の喜びとするマゾ気質なので、隙あらばこういう真似をするのだ。

 クロコよりマシなのだが……いや、似たり寄ったりか?

 平常運転な親友にダインはカラカラと笑っている。

「だから言うたじゃろ兄弟。こんぬいぐるみならアニキもお目こぼししてくれるってな。最初の案を実行してたらフルボッコ確定じゃったぞ」

「最初の案? ぬいぐるみじゃない候補があったのか?」

 ダインの言葉に引っ掛かるものを覚え、そこを問い質してみる。

 ダインは苦虫を噛み潰すような微妙な表情となり、ツバサの足下に転がるジンを見下ろした。当人は嬉々として最初の案を出してくる。

「あいあい、最初はこんなん売ろうとしてました」

 ジンが道具箱インベントリから取り出したのは精巧に作られたスタチューフィギュアと、緻密に作られた全身フル稼働のフィギュアだった。

 試作品のフィギュアが2つ、モデルはどちらもツバサだ。

 これが自分じゃなければ欲しい完成度の美少女フィギュアだったが、豊満すぎる爆乳や安産型を通り越した巨尻が完全再現されていた。

 一目見た瞬間──ツバサのこめかみに青筋が浮き立つ。

「これを売っていたらタダじゃすまなかったぞ?」

 こめかみの青筋こそ消せなかったが、ツバサは精一杯の努力をして爽やかな笑顔でダインとジンに言い付けた。子供たちに激怒する顔など見せられない。

「顔が変形するほど引っぱたいてから言うんじゃもんなぁ……」
「俺ちゃん、頭蓋骨が陥没して地面に陥没するまで踏まれたの……」

 ダインには往復ビンタならぬ百烈ビンタを食らわして、ジンはお望み通りに地面と頭蓋骨がもろともに陥没するまで踏んでやった。

 顔面が地中に埋もれても、2つのツバサフィギュアを死守するジン。

 その本人そっくりなフィギュアにアホ娘が食いついた。

「うわーっ! なにこれ!? ツバサさんフィギュア!? すっげー、デカすぎるおっぱいにお尻、細いウエストに棚引たなびく長い髪……完全再現じゃん! 欲しい欲しい超ほしい! ジンちゃん、アタシにちょうだい!」

「おまえは当人をオモチャにしておいてフィギュアまで欲しがるのか!?」

 実際、ツバサはミロのオモチャも同然だった(色んな意味で)。

 特にベッドの上では完全にオモチャされていた(性的な意味で)。

 そんなツバサの自爆気味なツッコミには耳も貸さず、ミロはジンを地面から引っこ抜くと、両手に持ち上げたままのフィギュアをせがんだ。

「はいはい♪ スタチューフィギュアと全身フル稼働のツバサお姉様フィギュア。どちらも試作品で3つずつしか作ってないけど良ければどうぞ♪」

「本当!? ありがとうジンちゃん!」

 ジンは気前よく2つのフィギュアをミロへと手渡した。

 まあミロなら仕方ないか……とツバサは諦めの境地で見守っていたのだが、ジンの余計な一言は聞き捨てならなかった。

 スタチューと全身可動のフィギュアをそれぞれ3つ──合計6つ。

 限定プレミア品みたいな少なさだが、他にもまだある点が気になった。

「3つずつ? じゃあ、残りの4つはどこにあるんだ?」

 ジンが持っているというなら殺してでも奪い取り、ツバサの道具箱インベントリに封印するつもりだが、ジンは申し訳なさそうにマスクの頭をポリポリ掻いた。

「いやー、それがですね……試作品を作ってたらミサキくんとハルカちゃんの目に止まっちゃって、2人がどーしてもっていうから……」

 1セットずつ、ミサキとハルカの手元にあるらしい。

「ミサキ君とハルカちゃんか……う~~~ん」

 ハルカの意図は少なからず嫌な予感を覚えるものの、ミサキ君に求められるのは悪い気はしない。怒鳴り込んで没収するのも気が引ける。

 さりとて、こんなフィギュアが人手に渡っているのも恥ずかしい。



 ツバサは大きな胸の下で腕を組み、唸り込みながら悩んでしまった。


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