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第11章 大開拓時代の幕開け
第269話:ハトホル豊作祈願祭~神族の屋台は一味違う
しおりを挟む──子供たちと一緒に縁日を見物する。
最初は幼年組の子供たちを連れていたが、そこにミロとトモエが加わって賑やかになった。ツバサを母親と慕う意味での子供ならば、ダイン、フミカ、プトラ、ジョカもそうなのだが、大人に近いグループの彼らは別行動だ。
4人とも、この縁日で屋台の切り盛りをしている。
ダインはジンと共同で縁日向けのオモチャを開発したとかで、コンビで出店しているという。プトラとフミカの仲良し女子高生コンビも、みんなに喜んでもらえるアイテムを作ったと話していた。
そして、ジョカはセイメイの屋台で店員をやっている。
「セイメイのオッチャンが屋台って……あの用心棒なにができんの?」
ツバサの説明を聞いたミロは訝しげな顔で、熱々のタコ焼きを頬張った。よほど熱かったのか、頬を膨らませてホフホフと息継ぎで冷ましている。
「セイメイ、生産系技能は全滅だからな」
持っているのは精々、武士道という系列の技能で習得せざるを得ない木工くらいのものだ。それだって手慰みレベルである。
『あと傘張りできるぜ! 浪人の必須スキルだろ?』
『おまえ……それ時代劇を相当見てないと通じないネタだろ』
そんな自慢をしたセイメイに呆れた覚えがある。
傘張りとは、和傘の骨に和紙を貼って完成させる江戸時代にあった内職のひとつだ。よく無職になった浪人武士の切ないアルバイトとして描写されていた。
インチキ仙人が大好きだった時代劇シリーズで見掛けたものだ。
『しかも、そういう浪人に限って凄腕で悪党に雇われるんだよな……』
『んで、主人公とチャンバラやってズバーッと斬られるんだよな』
おれなら返り討ちにするけどな! とセイメイは自らの腕っ節を誇った。
本当、人を斬ってナンボの商売しかできない男だ。
「んな、セイメイ言ってた。『大人が楽しめる店にする』って」
トモエもミロみたいにタコ焼きを食べているのだが、こちらは熱さに強いのか頬を膨らませていない。ただし、ひとつ食べる度に“パキポキ”と小気味良い音を立てていた。タコ焼きに見えて中の具材がタコじゃないのか?
「大人が楽しめる……アイツのことだから酒か?」
「他に思い当たるもんないね」
「んなんな、多分それな」
ツバサの予想にミロとトモエは同意して頷くと、大粒のタコ焼きをヒョイヒョイと食べていく。半分くらい食べたところで──。
「ツバサさん、このタコ焼きすごい! 現実で売ってたのより大っきくて美味しいし、何よりホラ見て! タコがはみ出してるの!」
ミロは串に刺した大玉のタコ焼きをツバサの口元まで運んできた。
お裾分けをいただく前に観察する。
現実世界で一般的に流通していたタコ焼き鉄板。それで焼いたものより2回りは大きい。ソースの作り方も教えたとフミカが言っていたが、香辛料を利かせた独特の香ばしさは再現度120%越えだった。
そんな大玉のタコ焼きから、タコの足がはみ出ている。
現実でもこういった焼き方を売りにしたタコ焼きはいくつもあったが、ここまで見事にはみ出ていると思わず笑ってしまう。
まだ湯気が立ち上っているそれを一口で頬張る。
「……うん、見た目のインパクトだけじゃない。味も大したもんだ」
しっかり出汁を利かせた生地がタコの旨味とマッチして、濃いソースの味をまろやかに引き立たせる。外はパリッ、中はフワッ、とした焼き方加減も絶妙だ。
これを作っていたのは妖人衆の職人だという。
さすが日本人、いつの時代だろうと丁寧なこだわりを忘れない。
「んな、ツバサお兄さん。こっちも食べる。これエビ焼き」
ミロを真似したのか、トモエも自分の食べていたエビ焼きというのを串に刺してツバサの口元へ持ってきた。見た目はミロのタコ焼きと一緒である。
だが、はみ出ているのがタコの足ではなくエビの尻尾だった。
「エビ焼き……タコ焼きじゃないんですか?」
「あ、あたし知ってるよ! これ大坂とかで有名なやつだ!」
エビの入ったタコ焼きと聞いて、マリナとイヒコが好奇心から覗き込む。イヒコも知っているようだが、ツバサも何度か見掛けたことがある。
タコの代わりにエビを具材とした──エビ焼き。
エビの尻尾を玉からはみ出すように焼いており、天むすもそうだがエビの尻尾が上を向いていると、そこはかとない高級感が漂ってくる。
トモエからのお裾分けもありがたくいただく。
さすがにエビの尻尾は取ろうと指を伸ばしかけた時だった。
「んな、これ尻尾も食べられる」
トモエは大きく口を開けてエビ焼きを丸ごと放り込み、尻尾ごと“パキポキ”と音をさせて食べるのを実演してくれた。
なるほど、さっきから聞こえる音はこれだ。
脱皮した直後のエビやカニは調理すれば殻ごと食べられるので、ソフトシェルと呼ばれて現実でも販売されていた。
このエビはそもそも殻の柔らかい種らしく、本当に尻尾まで美味しく食べることができた。よく考えてみれば、桜エビなども小粒とはいえ殻ごとバリバリ食べてたのだから、そういう食べやすさもあるのだろう。
このエビ焼きも当然のように美味しい。
作り方はタコ焼きと同じだが、出汁の味をちゃんと変えていた。
「妖人衆はホントに凝り性だな」
どの屋台で食べても現実で食べた縁日にまつわる記憶を再現するどころか、美化して塗り替えるほど美味しい料理を提供してくる。
こういった縁日料理はいわゆる“B級グルメ”に分類されがちだが、B級だからこそ気取らずに堪能できる美味さが堪らない。
縁日を歩いているだけで、子供たちは次から次へと料理をもらう。
お菓子でもジュースでももらい放題だ。
いつもならジュースやお菓子などの間食は制限しているのだが、お祭りぐらいは大目に見てやろう。今日と明日は好きなだけ食べさせてやりたかった。
ツバサも子供たちのお裾分けでお腹いっぱいだ。
「……まあ、神族は飲食不要だから関係ないんだけどな」
「グルメを楽しめるってだけでもいいんじゃない?」
ミロは焼きそばをズルズル音を立てて食べていた。
口の周りがソースまみれなのでハンカチで拭ってやっていると、食欲をそそる香ばしい煙が漂ってきた。振り向いてみれば──。
「おお、ツバサ君たちか。どうじゃ、寄っていかんか?」
ドンカイが屋台で串焼きを焼いていた。
3m近いドンカイの巨体に合わせた出店は特別製で、屋台の高さも幅も普通の倍はある。その中央にねじり鉢巻きをしたドンカイが陣取っていた。
彼の手伝いとして店員を務めているセルキーたちも、ドンカイの浴衣と同じ波柄の浴衣姿で忙しなく動いている。
そんなドンカイとセルキーたちの屋台の看板を見上げれば──。
「……リヴァイアサン焼き?」
焼きと付いているが、タコ焼きやエビ焼きの系譜ではない。
前出した通り、ドンカイは串焼きを焼いている。焼き鳥用よりも長い串で分厚い肉を焼く、いわゆる“ステーキ串”に近いものだった。
「リヴァイアサンって……アルマゲドンにいたよね?」
「んな、レイドボス。トモエ、1回だけ参加した」
アルマゲドンには数多くのボスエネミーが存在した。
ほとんどが複数のプレイヤーで挑めるレイドボスだったのだが、中途半端な強さのプレイヤーでは、徒党を組んでも勝てない鬼畜仕様で有名だった。
これをドンカイはタイマンで倒すことを好んだ。
(※第16~17話参照)
ツバサもソロで戦りたかったが、ミロとマリナの子守もあったので我慢した記憶がある。万が一、彼女たちにデスペナルティを負わせたくはなかった。
……まあ、後でこっそり一人で狩りに行ったりしたのだが。
一般人プレイヤーからすれば無謀としか思えない挑戦は、後に『タイマン縛り』と呼ばれて密かなブームとなったくらいだ。
「もっとも、タイマン縛りができるのはツバサさんや愛弟子くん、穀潰しくらいに強くなくちゃできないってわかって、『やっぱりアシュラ八部衆はバケモノだ』って評判になっちゃったんだよね」
「それを広めたのは他でもない、ミロだけどな」
ミロが配信動画内で取り上げ、ツバサも実演してみせた。
そんなドンカイがレイドボスのエンシェントドラゴンを倒した後でツバサたちと出会い、その肉の御相伴になったのは懐かしい思い出である。
リヴァイアサンは、エンシェントドラゴンと肩を並べるレイドボスだ。
「そのリヴァイアサンなんじゃがな。こちらの世界にもモンスターとしているのが最近になってわかってのぉ。ちょいと一本釣りしてきたんじゃ」
「「「──あの島みたいなの釣ったの!?」」」
子供たちが目を丸くして驚くのも無理はない。
海竜──リヴァイアサン(あるいはレヴィアタン)。
元ネタは旧約聖書に登場する海の怪物だ。
神が天地創造とともに作り出した生物の中でも、最強の生物とされている。
対となる陸の巨大生物ベヒモスは、最高の生物とのことだ。
いかなる武器も通さない硬い鱗と、並び立つものが存在しない巨大さというだけでも無敵なのに、あらゆるものを噛み砕く牙を持ち、口からは業火を吐き出して、鼻からは噴煙を吹き出すという。
その性質は凶暴極まりなく──残虐で冷酷無比。
このため創造主である神さえも危険視して、決して繁殖せぬようにと雌1匹だけにされてしまったという。
最後の審判を迎えた──世界の終末。
そこでリヴァイアサンはベヒモスと互いに死ぬまで戦い続け、両者の肉は世界の終末を乗り越えた、選ばれた者たちに食糧として供されるらしい。
こうした設定から作られた(と思われていた)アルマゲドンにおけるボスエネミーのリヴァイアサンは、超巨大な海竜の姿をしていた。
その現物は真なる世界にいたらしい。
いつもの浴衣姿にたすき掛けをしたドンカイは、屋台の中に設置された串焼き用の焼き台の前に立っている。今日のために仕込んだであろう壺のタレに刷毛を入れると、リヴァイアサンの串焼きを1本1本なでるように塗っていく。
タレと肉汁の脂が混ざって、焼き台の炭に落ちる。
すると得も言われぬ香ばしさを含んだ煙が上がるのだが、それをドンカイが手にした団扇で炭の熾きを煽りながら通りへと押し流す。
これに釣られて、多くの種族がドンカイの屋台に集まっていた。
「それにしても、リヴァイアサンなんていつ見付けたんですか?」
ツバサが素朴な疑問をぶつけると、ドンカイは焼き上がったリヴァイアサンの串焼きを渡してきた。受け取りながら話を聞く。
「ヒレ族の諸君もアザラシになって沖合にまで出るのに慣れてきたんでな。練習を兼ねて遠洋漁業みたいなことをしとったんじゃ」
漁で獲れた魚を載せ、疲れたら休息を取れる船。
これを引っ張りながら、かなり沖合まで漁に出たセルキーたちにドンカイはよく同行していた。海はまだツバサたちも調査しきれていないので、危険なモンスターがどこに潜んでいるかわからないので警戒のためだ。
ドンカイは海を従える過大能力を持っている。
これほど頼もしいボディーガードもいないはずだ。
「ある時、偶然リヴァイアサンと出会してな。そん時はセルキーたちの安全を第一にとスルーして、刺激しないで逃げてきたんじゃが……」
漁師の家に育った血が騒いだらしい。
後日、ダインに頼んでハトホルフリートを出してもらい、それを釣り船代わりにしてリヴァイアサンを釣り上げてきたという。
「──で、こうしてみんな振る舞っているわけじゃ」
串焼きをもらった種族たちは、リヴァイアサンの肉に齧り付く。
一口食べるだけで未体験の肉の美味しさに目を白黒させて、瞬く間に食べ尽くすと新しい串を求めていた。つられてツバサたちも食べてみる。
エンシェントドラゴンを思い出させる極上の味わいだ。
柔らかいのに充分な歯応えがあり、噛めば噛むほど口内の神経を万遍なく刺激する旨味たっぷりの肉汁が止め処なく溢れてくる。
どんな肉料理にしても美味しいだろうが、串焼きで醤油仕立ての特製ダレを焦がしながらまぶした粗野な焼き加減がマッチしていた。
「あ、このタレ……麹が混ぜてありますね」
「ツバサ君にはバレてしもうたか。クロコ君に教わってな」
タレの味をやわらかく落ち着かせてくれるらしい。
後で直接クロコに聞いておこう、と記憶に留めながらツバサもあっという間に串焼きを平らげてしまった。子供たちは言わずもがな。
「ドンカイのオッチャン! もう1本追加で!」
「んなー! オヤカタ、トモエもトモエも!」
神族になっても食欲が旺盛なミロとトモエは、食い足りないとばかりに追加注文する。本当、どうしてこうも欠食児童なのだろうか……。
そして、縁日のお客さんはツバサたちだけではない。
肉類が好きそうなケット・シーやコボルト、ラミアやハルピュイアたちの種族も挙って串焼きを求めていた。妖人衆も醤油風味のタレの臭いに引きつけられ、次々と来店していた。
おかげでドンカイの屋台は大盛況──。
ドンカイだけでは焼きが追いつかず、大型屋台に3台設置された炭の焼き台ではお手伝いのセルキー2人もせっせと串を焼いている。
このリヴァイアサン焼きを食べると、種族の者には変化が現れる。
それがわかるのは、分析系の技能を持つ神族だけだ。
「リヴァイアサンは骨や鱗からは神族や魔族の武器が作れるし、血液や内臓は超常的な薬効を秘めている。そして肉は…………」
「食べれば疲労値の全回復、それに全パラメーターに強化が付くんですよね」
最近、フミカに習って分析系を覚えたマリナが言った。
国作りのため毎日働く彼らにも疲労が蓄積していたが、リヴァイアサンの肉を食べることで劇的に解消されていた。しかも、数週間から1ヶ月以上は保つとされる効果の長い強化まで付与されていた。
「せっかくのお祭りじゃ。鬱積したもんは払ってもらわんとのぉ」
この効果を期待して、ドンカイはわざわざリヴァイアサンを釣ってきてくれたらしい。ドンカイは野太いウィンクを送ってきた。
「……ですね」
助かります、とツバサは小声で伝えながら会釈をした。
ドンカイは「うむ」と満足げな笑顔で頷くと、手にした団扇を数軒先の屋台へと向けた。そこへ視線を送る前に促すようなことを話し掛けてくる。
「子連れの君に勧めるべきではないが……あそこの店も覗いておくといい。自分の趣味でやっているのだろうが、結果的にワシと同じことをしとるぞ」
あの穀潰しもな、そういってドンカイは破顔した。
ドンカイが団扇で指し示した先にあるのは──酒飲み場だった。
やはりリヴァイアサン焼きの屋台同様、他の出店の二倍はある面積を取っており、そこに緋毛氈のように真っ赤な絨毯を地面へと敷いている。
そこには各種族の大人たちが集まっていた。
特に髭をたくわえたノームが多い気がする。彼らは酒好きなのかも知れないが、壮年を迎えた他の種族の男性陣もかなり見受けられた。
彼らは他の屋台でもらった酒の肴になりそうな料理を持ち寄り、片手には木製の枡という四角い器を持っていた。
枡酒──なんて言葉もある。
考えるまでもなく、あの枡を満たす液体はお酒だろう。
車座になって笑い合って枡で乾杯を繰り返す種族のオッサンたちは、どの顔もすっかりできあがった赤ら顔。上機嫌でとても楽しそうだった。
ぶっちゃけ、そこだけ酒盛り会場になっていた。
ツバサは子供たちに「ちょっとこの周辺の屋台でも見てなさい」と言い付けて、自分だけが酒宴へと近付いていく。しかし、ミロは付いてきた。
緋毛氈の奥──そこにあぐらで座るのはセイメイ。
他の者に負けぬ赤ら顔、すっかりできあがっているようだ。
今日はいつもの黒装束ではなく、龍や獅子に虎とド派手な柄があしらわれた着物姿だ。袴も着けていない着流しである。その上に虎革の陣羽織なんてものに袖を通して、壬生狼を連想させる白と青に染め抜かれた単衣を羽織っていた。
まるで傾奇者みたいな風体だ。
単衣の背には墨染めで──“大吟醸”と記されている。
この酒宴の主催者……いや、正しくはここは酒汲みの出店であり、あの穀潰しは店主気取りのようだ。
まったく働いている様子はないけどな!
代わりに、ジョカがちょこまかと動き回っている。
「あ、ツバサさん、ミロちゃん、いらっしゃ~い」
今日のジョカは──和風メイドとも言うべき格好だった。
大正浪漫を彷彿とさせる、和装なのに洋風メイドの長所を取り入れたデザインの衣装を身にまとっている。身長2m越えなのに美少女という、現実ではなかなかお目にかかれない逸材な彼女だが、何を着せても様になっていた。
ジョカは枡酒を載せたお盆を手に、緋毛氈の上を歩き回っている。
彼女はお客さんに枡酒を配る給仕係だった。
「おう、なんでぇ。ツバサちゃんとミロちゃんも来たのか? 今日は子連れだろうから此処にゃ寄らねぇと思ったのに……いっぱいやってくか?」
駆けつけ三杯、とセイメイは手にした柄杓を振る。
よく見るとセイメイの傍らにはなみなみと酒を満たした酒樽があり、そこから酒を掬っては枡に注いでいる。一応、働いていたらしい。
「大酒飲みの酒屋か……店主が呑み干しそうな勢いだな」
「お客さんに呑ませる前に全部呑んじゃいそうだよね」
ツバサとミロは履き物を脱いで緋毛氈に乗った。
酔っぱらいのオッサンたちも地母神の来訪に少しは酔いが覚めたのか、ツバサに道を譲って平伏する。邪魔するつもりはなかったので、「いいからいいから」と手を振りながら進んでいき、セイメイとジョカの前までやってきた。
「ジョカちゃん、それカワイイ! は○からさんが通るって感じがいい!」
ミロは随分とまた古いアニメを持ち出してきた。
ツバサでも辛うじて聞いたことのあるような作品だ。実写映画もあったと思うが……確かに大正浪漫を感じさせる作品で、こんな衣装も出てきたはずだ。
「ありがとう、ミロちゃん。これ、ホクトさんが作ってくれたんだ」
ジョカは神通力でお盆を宙に浮かせると、着物風になっている袖を掴んで背中の左右を見せるように捻った。これもホクトブランドらしい。
ということは──ハルカも一枚噛んでいる。
ハルカはああ見えて重度のアニメオタクで、新旧アニメを完全に網羅しているとミサキに聞いたことがある。
案外、はい○らさんが通るからインスパイアされたのかも知れない。
「セイメイがこのお店をやるからお手伝いを頼まれてね。それに合わせた衣装がほしいってハルカちゃんに相談したら、ホクトさんと作ってくれたんだ」
「やっぱりハルカか」
予想が当たってしまった。きっとノリノリで作ったに違いない。
彼女の思惑にあれこれツッコミを入れたいところだが、娘でもあるジョカのために衣装を作ってくれたことは、後でお礼を述べておこう。
ミロとジョカはメイド服の話題で持ちきりだ。
その横でツバサは立ったままセイメイに話し掛ける。セイメイも酒樽にだらしなくもたれかかったまま応じる。
「酒飲みのおまえらしい出店だけど、その酒はどうしたんだ?」
酒造の技能なんて持っていないはずだ。
持っているのはツバサ、クロコ、フミカ。そして過大能力で道具箱に工場を持つダインくらいのものである(工業用アルコールからの派生らしい)。
「細工は流々──ご覧じろってね」
セイメイは微笑みながら柄杓で酒を掬うと、自分用と思われる朱塗りの杯に注いでグビグビと煽った。どうやら酒樽に秘密があるらしい。
ミロとともに覗き込むと、酒の種となるものを見付けた。
「あ、これってセイメイのオッチャンがいつも呑んでる……なんだっけ?」
「“永劫の極酒瓶”──か」
永遠に尽きることなく神の美酒を湧かせる魔法の瓢箪だ。
元は起源龍であるジョカフギスの持ち物だったのだが、セイメイを用心棒として雇った際、その代金としてこれをセイメイにあげたと聞いている。
宝石で作られたような、瑠璃色に輝く大振りの瓢箪。
それが酒樽の底で横になっており、滾々と美酒を沸き上がらせていた。
「こいつ、思った以上に便利でな。酒樽の底でこうやって酒を吐かせてるんだけど、酒樽の縁まで来るとピタッと酒を吐くのやめてくれるのよ」
「そりゃあ酒の神器だからね。それくらい当然さ」
瓢箪の便利さを自慢するセイメイに、元の持ち主であるジョカが付け加えた。
「それで種族に振る舞い酒というわけか」
そーゆーこと、とセイメイは話ながら大杯でまた酒を煽る。
「……プハーッッ! ツバサちゃんも何度か呑んでいるから知ってるだろうけど、この神酒はどれだけ呑んでも2日酔いしねぇし、また呑みたいと思っても禁断症状が出るような依存性もねぇ。そして、なんといっても美味い!」
酒飲みの理想を叶えた酒なのだ。
ツバサは酒好きというわけではないが、そこそこ呑みはするので何度か味見させてもらったが、確かに唸らされるほど美酒なのは認める。
この神酒──美味いだけではない。
「確か……この酒にも疲労値の全回復の効果があったな」
神酒と呼ばれるだけの面目躍如である。
他に強化効果もあり、薬酒としても優秀だった。主に血液関係の不調を直す力があり、呑めば呑むほど不老長生をもたらす側面もあった。
「いくらでも湧いてくるけど、一応これでも神の酒だからな。気安く呑ませるわけにはいかねぇが……祭りの時くらい構わねぇだろ?」
せっかくのお祭り──大目に見てほしい。
セイメイは片手でツバサを拝み、そう許しを請うてきたのだ。
このセイメイの態度に、ツバサは少しだけ面食らった。
神と人の境界線は守りたい──常日頃ツバサはこう口にしている。
この地に生ける全種族の地力を上げるため、国家としての力を身に付けさせようと国力増強の面から鑑みて、ツバサたち神族が神であり王となることで国作りをするようになったが、その初心は未だに忘れていない。
種族への過干渉は禁物、なるべく自力で発展するよう努力させる。
これはハトホル一家だけではなく、各陣営にも心懸けてほしいと伝えていた。
この酔っぱらいはまったく話を聞いてないようでいて、ちゃんと耳を傾けていたらしい。その分別をしっかり守ってくれていたのだ。
それを承知した上で、この酒盛りを「大目に見てほしい」と頼んでくる。
国作りで疲れた種族たちを労うために──。
「…………俺も一杯もらおうかな」
ツバサは満たされた微笑みを浮かべると、セイメイに酒を求めた。
セイメイは「了解を得られた」と察して、同じように唇を緩めて微笑むと枡にではなく新たな杯を取り出して、それに神酒を注いでくれた。
ジョカから手渡された杯を、ツバサは味わいながらゆっくり煽った。
喉越しは爽やか、呑み干すと胸の奥から心地良い熱がじんわり沸いてくる。
「嗚呼──美味いな」
祭りの賑わいに当てられたツバサは、快く酔うことができた。
~~~~~~~~~~~~
その頃──ハトホルの国から北北西へ100㎞ほどの上空。
夜空を覆う雲海をかき分けて、1匹の鯨が宙を泳いでいた。
夜目には鯨と映るかも知れないが、よく目を凝らすと身体のあちこちが定期的に点滅しており、まるで夜間飛行をする航空機のようだった。
雲海から浮上した空飛ぶ鯨は、その全貌を月明かりに晒す。
それは──機械でできたクジラ型の飛行戦艦だった。
全長は100m前後、全体的なフォルムは見間違えたとおり鯨にそっくりで、尾びれや胸びれもあるところから意識したデザインとなっていた。
砲塔やミサイル発射台などは内蔵されている。
何より目を引くのが──艦首のデザイン。
クジラ型なのに、艦首は大きな髑髏をモティーフにしていた。
鯨に背びれはないが、噴水のように潮吹きをする鼻に当たる部分には小振りながらも艦橋らしき建造物が見受けられる。
その艦橋もまた、どことなく髑髏を思わせる外観だった。
艦橋内は思ったより狭く、座席も3つしかない。
前に2つある座席は操縦席と、その補佐を務めるサポート席。
その後ろには、寝椅子型の豪勢なソファみたいな座席。
ソファの時点で座席とは言いがたいかも知れないが、そこに座るのはこのクジラ型戦艦の艦長か、あるいは偉い立場にある人物なのだろう。
現に寝椅子として利用しているのか、膝枕で横たわっていた。
おとなしい寝息を立ててソファでうたた寝をするのは、うら若い乙女にしか見えない。しかし、その格好は時代錯誤なのにアグレッシブだった。
ハイレグのワンピースみたいな水着にしか見えない衣装。
膝上まで隠すブーツカバー、同じく二の腕まで覆うハンドカバー。
そしてスタイリッシュなマントを羽織っている。
そのどれもがエナメルにも似た光沢を湛えていた。
顔こそちゃんとお化粧こそしているものの、派手なコスプレめいた衣装とは対照的に頭には大した装飾を付けておらず、ブロンドヘアはショートカット。
……のように見せかけて、後頭部に残した長い髪を2つにまとめていた。
「マーナ様──そろそろ目的地ですよぉ」
前の座席で操縦桿を握る青年が、乙女に様付けで声を掛ける。
「ほら、原住民の反応がたくさんあった土地につきますよぉ」
この青年は、身体の左右がとんでもなくアンバランスだった。
右半分はロングヘアの美青年だというのに、正中線を隔てて左半分にはまったく肉が付いてない。スケルトンのように骨だけで動いているのだ。
半分美形で半分骨な青年が声を掛けても、乙女が起きる気配はない。
「マーナ様、いいかげん起きるダス。お仕事の時間ダス」
補佐席に座る巨漢も、見るに見かねて上司の乙女に呼び掛ける。
あまり聞かない語尾を使う巨漢は、一見すると愛想の無さそうな無骨な顔立ちをしている。だが、その目元がどことなく異様だった。
左目は藪睨みのようにジトーっとした目付きなのだが、右眼は眼球がこぼれ落ちそうなほど見開かれていた。瞼などが溶けているらしい。
なんとも異形な青年と巨漢を従える──謎の乙女。
「ふぁ……うう~ん。見付けたのかい……ホネツギー、ドロマン」
家来たちの呼び掛けにようやくうたた寝をやめたマーナと呼ばれる乙女は、半分骨の青年と顔が溶けかけている巨漢の名前を呼んだ。
2人は答える代わりに振り向いて「うんうん」と頷いた。
「OKOK、じゃあ……お仕事の時間と行こうかね」
外見の若々しさに見合わない。どことなく鉄火肌の姉御を思わせる口調。
ソファの上で背伸びしたマーナは、艦橋のモニターを見据える。
超望遠で捉えられた100㎞先の風景が映し出されるモニターには、原住民の国と思しき街の明かりが映し出されていた。
大きな都市の夜景を目にして、マーナは苦笑いを浮かべる。
「まったく、中間管理職ってのはやだね……アルバイトも自前で探してこいってんだからさ。そういうのは親分さんが用立てるもんじゃないのかね」
「愚痴っても今さらですよ、マーナ様。どうせ僕ちゃんたちは下っ端です」
「組長のいうことは絶対ダス。逆らえばおっかないダス」
わかってるよ、とマーナは手下たちを黙らせる。
「それじゃあ大航海時代のコロンブスよろしく、原住民という名の格安な労働力を大量ゲットしに行こうかね。いいかい、野郎ども!」
「「──ウイッサー!」」
マーナからの檄に、子分2人は珍妙な敬礼で応じた。
クジラ型戦艦は──まっすぐにハトホルの国へ進路を取った。
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