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第11章 大開拓時代の幕開け

第268話:ハトホル豊作祈願祭~お召し替えタイム

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「じゃあ着替えるか──」

 祭礼の儀式が終わったツバサは優雅な足取りで祭壇さいだんから降りていくが、その影に入ると同時に神速の素早さで我が家マイホームに駆け戻っていった。

 文字通り、誰の目にも止まらぬ速さで逃げたのだ。

 こんなエロスの化身みたいな格好でいられない。

 我が家のリビングへ飛び込んだツバサは、冷静な演技をやめた。

 取り澄ましていた表情を崩壊させたツバサは、耳まで真っ赤にした顔で半泣きになりながら、口をアワアワさせて両腕で胸と股間を隠すように押さえる。股間はともかく、デカすぎる乳房は相変わらず隠しきれなかった。

 神族だというのに変な汗が止まらない。

 さっきまで全種族の視線が、こんな変態みたいな格好をした自分に注がれていたのかと思うだけで頭が沸騰ふっとうしそうだった。

「……というか着替える! こんなドスケベ衣装いつまでも着てられるか!」

 いきり立つツバサの剣幕にデザイナーたちは首を傾げる。

 屈強メイド長のホクト・ゴックイーン。

 そして、ミサキの恋人であるハルカ・ハルニルバル。

 今日の儀式に向けてツバサが発注した「女神らしい衣装」を作り、着付けを手伝ってくれたのは感謝する。感謝はするが……。

「もうちょっと控え目にできなかったのか! 露出度とかシースルー具合とか……そもそもなんで下着なし推奨すいしょう!? 透けたりはみ出るぞこれ!?」

 女神というより痴女ちじょ同然のドスケベ衣装。

 なのに、どうして──着ることを拒否しなかったのか?

 それは儀式直前でサプライズ的に披露されたため、直している時間も別の衣装を用意する暇もなく、渋々これを着るしかなかったのだ。

「おとなしい部類だと思うのですけど……ねえ?」
「女神の美しさを最大限に発揮できる衣装なんですけど……ねえ?」

 組んだ腕から片手を頬へと伸ばして、2人のファッションデザイナーはまったく同じ仕種で首を傾げる。師弟関係になってから息も合ってきた。

「これがおとなしいって……美的センスどうなってんの!?」

 この2人、美的センスはまともなはずだ。

 ハルカはミサキ陣営の衣装は元より、真なる世界ファンタジアへ転移する前からツバサたちの衣装製作も手掛けてくれた。時折、袖を通すのもお断りなハレンチコスチュームを贈ってくるが、基本的に真っ当なデザインセンスを持っている。

 その師匠となったホクトも同様だ。

 ホクトは現実リアルでも名うての服飾師ドレスメーカーだ。

 彼女はタイザン陣営の衣装製作を一手に任せられている。

 彼らの戦闘用コスチュームは英国風に統一されており、クロウは紳士服、GMのカンナは騎士鎧、ホクトを初めとした仲間たちはメイド服や執事服だった。

 そのどれもが既存のデザインを踏襲とうしゅうしながらも、ホクト流の新たな息吹が込められており、洗練された衣装として仕上がっていた。

 この2人──ファッションデザイナーとして優秀である。

 それがどうして、こんな愛欲と性欲の化身みたいなハレンチ極まりないドスケベ女神なコスプレっぽい衣装を作ったのだろうか?

「多くの種族の皆さんに、限界突破したツバサ様の肉体美を披露することで神様の威厳を知らしめたい……とのことでしたので、パリコレなどの超一流ファッションショーを意識したのがいけなかったんでしょうか……?」

「原因それですよね!? てか、そんな発注してないんだけど!?」

 ホクトの漏らした呟きをツバサは聞き逃さなかった。

 ああいう一流どころのファッションショーでは、一般人の目線からすれば「これ全裸だよね?」と目を覆いたくなるほど過激なものが展示される。

 このドスケベ衣装は、それに通じるものがあった。

「ミロちゃんから『ツバサさんの女体美をフルパワーで発揮できる際どいのをよろしく!』ってリクエストされたものだから、衣装で着飾るのではなくツバサさんの肉体美を押し出すっていうコンセプトでデザインしたんですけど……」

 お気に召しませんでしたか? とハルカも申し訳なさげだった。

 というか──諸悪の根源がすぐそこにいた。

「それも原因のひとつ! ってか、やっぱりミロの仕業か!?」

 おいミロ! とツバサは振り返る。

 リビングのソファにあぐらで座っていたミロは、真顔で鼻血を流しながらスマホを構えるとシャッターボタンを連打していた。

「やっぱり座ったままだとダメだなぁ……自分から動きまくって、被写体のナイスアングルを見つけないとね!」

 ソファから立ち上がったミロは撮影の手を休めず続ける。

「ツバサさん、さっきの壇上だんじょうみたいに女神さまっぽくカッコつけて! ほらほら、もっといやらしいポージングを! 儀式の時も写真撮りまくってたけど、その素敵コスプレでアタシのために素敵撮影会させて!」

「コス……撮……もうっ! バカァッ!!」

 語彙力ごいりょく0の罵倒を返すのが精一杯だった。

 ずっと撮影されていたと知ったツバサは、羞恥心しゅうちしんが頂天に達した。

 反射的に長い髪を操って全身を覆い隠してしまう。

「まあ、どうしても撮影会が嫌だって言いうなら仕方ないけど……」

「え? アホのおまえにしては聞き分けがいい……」

「クロコさんとメイド部隊を総動員させて、あらゆる角度と距離からドスケベ女神なツバサさんのベストショットを撮影してるからいいでしょ」

 写真や動画問わずね──そう言ってミロははにかんだ。

「うっ……あっ……があああああああああああああああああああああっ!?」

 ついにブチ切れたツバサは殺戮の女神セクメトになってしまった。

 燃え上がるように真紅に染まる長髪。リビングに吹き荒れる赤い闘気オーラに、初めて目にするホクトとハルカは驚きとともに狼狽うろたえていた。

 咄嗟とっさにホクトがハルカの前に立ちはだかる。

 押し寄せる赤い闘気を一身に受け止めたのだ。

 ホクトが庇わなければ、ハルカの防御力では瞬く間に蒸発しただろう。赤い闘気オーラには物理的な攻撃力とともに、あらゆるものをむしばむ火力があった。

 この火力を上げると滅日の紅炎メギド・フレアになるのだ。

「ツバサ様、落ち着いてくださいまし! 怒りで真紅に染まってますわ!」
「まさかの殺戮の女神セクメト化!? 生で見たの初めてかも!」

 19XX年を迎えた世紀末で覇王になれそうな剛健ごうけんなる肉体。

 そのナイスバルクを全力で膨張させたホクトが前に出て、ツバサの発する物理的な破壊力を持つ真紅の闘気を防いでいた。弟子であるハルカは後衛職なので耐性が低いから、肉弾盾タンクであるホクトが庇ったのだ。

 自らの意志で変身したのではなく、怒りなどの激情によって殺戮の女神セクメトになった場合、周囲へもたらす被害は尋常ではない。

 この赤い闘気で周囲を無差別に蹂躙するだけではなく、自然を司る大地母神ハトホルの力まで暴走してしまい、天変地異を巻き起こすのだ。

 地震、雷雨、竜巻、台風──そして大噴火。

 さしものミロも「やりすぎた!」と焦り顔になる。

 去年の冬に差し掛かる頃、無意識とはいえツバサの身体を弄んで暴発させたことは記憶に新しいのだろう。いくらアホでも痛い目を見れば忘れない。
(※第207話参照)

 闘気を泳ぐようにかき分けて、ミロはツバサにすがりついてくる。

 そして、情けない顔で必死になだめてきた。

「ツ、ツバサさん落ち着いて! せっかくのお祭りの日に殺戮の女神セクメトが大激怒して天変地異でも起こしたら全部台無しになっちゃ……」

「誰のせいだと思ってんだコラァァァァァァァァァァァーッ!」

 怒鳴りつけられたミロは「ひっ!」と小さく悲鳴を上げて首をすくめた。ミロを脅えさせるのは心苦しいが……これも教育の一環だ。

 怒っているのは確かだが、殺戮の女神のコントロールはできている。

 ミロへのしつけのために「怒り狂った」ふりをしているのだ。

 悪戯いたずらにしろ何にしろ──やりすぎは身を滅ぼす。

 それを肝に銘じさせるため、「ツバサの怒りで楽しみにしていたお祭りがダメになるかもしれない」という恐怖を与えてみることにした。

 ツバサが怒りを鎮めてくれないのを見て取ったミロは、瞳に涙を溜めると大慌てで謝ってきた。こんな時でないと出会えない、しおらしい・・・・・ミロだ。

「ご、ごめんなさいツバサさん! やりすぎました! もうしません、もうしませんから……お願いだから怒らないで! お祭り台無しになっちゃうよぉ!」

 ミロは具体的にどうするかも言いつのってくる。

「写真も動画も、アタシが撮ったのもクロコさんたちに撮らせたのも、みんな門外不出にしてアタシだけしか見れないようにするから! 誰かに見せたりもしないし、それをネタにからかったりもしないからぁ! ちゃんと反省もするし、勉強も過大能力オーバードゥーイングの修行もしっかりやるからぁ!」

 だからお願い……ミロは子供っぽく泣きついてくる。

 縁日大好きなミロにしてみれば、今日は待ちに待ったお祭り当日。

 こういう時、お調子者のミロは羽目を外して大失敗をやらかしがちである。

 なので、始まる前にきついおきゅうを据えておきたかった。祭の楽しさに浮かれすぎて暴走する前に、予めブレーキを掛けておくようなものだ。

 ツバサは激怒の演技をやめて、殺戮の女神セクメトを解除していく。

「約束を破ったら……夏のお祭りは参加させないからな」

 とうとう大粒の涙をこぼしたミロは、泣き顔で歯を食いしばったままコクコクと何度も頷いた。久し振りに見たが、泣いているミロも愛らしい。

 ミロに「悪ふざけは程々にしろ」と強烈な釘を刺せたことに満足したツバサは、忘れかけていたドスケベ衣装を着替えることにした。

 いつもの衣装に着替えようとしたところ──。

「ツバサ様、少々お待ちいただけますか?」
「せっかくのお祭りですから……こちらの着飾ってみてはいかがですか?」

 ホクトとハルカのファッション師弟が新しい衣装を勧めてきた。

 ツバサは(ミロに唆されたとはいえ)ドスケベ衣装の前科がある2人に振り向くと、額に青筋を浮かべた凶悪な四白眼しはくがんで「あぁん?」と睨みつけた。

 弱い生物なら眼力だけで殺傷できる威力がある。

 凄むツバサにたじろぐ師弟コンビだが、推してくることは諦めない。

 彼女たちも服飾師ドレスメイカーの意地があるからだ。

「大丈夫です! 今度のは被覆率ひくふりつ90%越えですわ!」
「女性物だけどおとなしめです! ドスケベじゃありませんから!」

 デザイナーたちから決死の説得を受けたツバサは、2人が差し出してきた衣装を目にしてから、袖を通すだけはしてみた。

   ~~~~~~~~~~~~

「確かに被覆率は高いが……う~ん」

 むしろ女性らしさは誇張された気がする。

 ホクトとハルカが用意してくれたお祭り用の衣装とは、いわゆる日本風の着物のことだった。ツバサのイメージカラーである赤の彩りが映える。

 着物といっても振袖ほどの堅苦しさはない。

 いわゆる夏用の浴衣というやつだ。

 無論、彼女たちによってアレンジされていた。

 日本の着物とは本来、身体のラインを隠す着方をする。

 ちゃんと着ると胸元から足下まで“ストン”と直線になるものだ。

 そのため胸の豊かな女性はサラシでぎゅうぎゅうに締めつけ、そこから更に重ね着していき、最後にウェストラインを隠すように腰帯を巻くことになる。これを嫌がる人も少なくないだろう。

 ツバサの着せられた着物は、そのセオリーを尽く打ち破っていた。

 まず──胸は潰さない。

 オートクチュールで縫製ほうせいされた着物には胸が当たる部分に乳房を支えるカップが内蔵されており、しっかり襟を合わせると乳房を包み込む位置に来るのだ。

 このため着物姿でもツバサの爆乳が誇示されている。

 次にウェストを締め上げる腰帯こしおび──これも特別製だ。

 形は腰帯に間違いないのだが、どちらかといえばコルセットに近い形状と役割を果たしており、ツバサの細いウェストを際立たせている。ウェストを引き締めながら乳房を持ち上げる効能も備わっていた。

 ウェストラインを細く見せることで、ヒップラインも強調される。

 このため着物だというのに正しく着ると、バスト、ウェスト、ヒップがラインがはっきり浮かび上がるのだ。そういうコスプレに見えなくもない。

「これはこれで……いやらしくないか?」

 ホクトとハルカにそそのかされて着てみたものの、女性的な身体のラインを露わにするのは気乗りしない。ドスケベ衣装の後だから尚更だった。

 やっぱり普段着にしよう、とツバサが着物に手をかけた時だ。

「センセイ、準備できましたか? ……わあ、それすっごく素敵です!」
「ツバサさーん、あたしたちと一緒に縁日……なにそれエロカッコいい!」
「母様、そろそろお祭りへ……わあ、綺麗……」

 マリナ、イヒコ、それにクロウのところから遊びに来たククリ。

 お母さんと一緒に縁日を回ろう、そう約束していた子供たちがリビングにやってくると、着物姿のツバサを見つけてはしゃぎはじめた。

 子供たちのウケがいい、となれば神々の乳母ハトホルが黙っていない。

「……そ、そうかな? 似合ってるか?」

 母性本能によって男心は封殺されたツバサは少し照れ臭そうに微笑むと、着物のそでを摘まんでピンと両手を伸ばして、子供たちの前でクルリと一回転した。

「いいです! センセイの魅力全開なのに和の雰囲気いっぱいです!」
「着物なのにエキゾチックなんて面白カッコいいですよ!」
「母様の肉体を包みながらも女性美を表現するなんて……最高です!」

 子供たちの絶賛を受けた、ツバサの内なる神々の乳母ハトホルは歓喜する。

 ついでにツバサの機嫌まで治してしまった。

「ホクトさん、ハルカ、この着物ありがたく着させてもらうことにするよ」

「「お気に召していただけたのなら服飾師ドレスメーカー冥利みょうりに尽きます」」

 上機嫌で振り返って礼を述べるツバサに、デザイナー師弟していは胸に利き手を押し当てると声を揃えてしとやかにお辞儀じぎをした。

 作戦成功──とほくそ笑む2人のささやきは聞き流すことにする。

 着物とセットだという太陽と大鵬たいほうをあしらった鮮やかな長羽織をアウターとして羽織ると、子供たちを連れてツバサは縁日へと出掛けた。

   ~~~~~~~~~~~~

「よし──これで配置は完璧だな」

 右手はマリナとつないで、左手はククリとつないで、右肩にはイヒコを乗せて、左肩にはヴァトを乗せ、一番小さいジャジャは抱っこ紐で胸に抱く。

 完全武装お母さん──完成の瞬間である。

「……あ、ワタシは定位置なので問題ナッシングです」
「私も母様と一緒なら幸せなのでこれでいいです」
「あたしもツバサさんと一緒なら何でも嬉しいからこれでOK!」

 女の子たちからは好評だ。しかし──。

「いや、ちょっと待ってください! なんでぼくまでツバサさんの肩に乗せられてるんですか!? こ、こんなの……恥ずかしいですってば!」

「母上、場所がないからってこれはないでゴザルよ! 自分、赤ちゃんじゃないでゴザルから! おっぱいの圧力すごすぎて首が痛いでゴザル!」

 男の子とのヴァトとジャジャ(肉体的には7歳の幼女)からは不評だった。

「やっぱり男の子はお母さんと一緒は恥ずかしいか……」

 ツバサは残念そうにため息を吐いた。

「「──そういう問題と違いますよねコレッ!?」」

 男の子たちの抗議を受けたツバサは、仕方なく2人を降ろしてやることにした。マリナとククリは手をつなぎ、イヒコは肩に乗ったままだった。

 お祭りの縁日を回るということで、子供たちは自分たちの好きな動きやすい格好を選ばせている。ククリを含め、みんないつもの普段着姿だ。

 最初は着飾らせようと思ったが──今回はやめておいた。

 屋台のお菓子や料理を食べて汚しかねないからだ。

 今回でどのくらい汚すか様子を見て、次の夏祭りから浴衣を着せてやるかどうか見当しよう。どうせ自分は今後も女物を着せられるし……。

 子供たちと一緒に我が家マイホームを出ると、さっきの恥ずかしいドスケベ衣装をさらした祭壇の脇を通り、縁日の目抜き通りへと出る。

 我が家を神社に見立てると、まるで仲店なかみせ通りのような案配あんばいだ。

 そこは祭りの熱気で盛り上がっていた。

 出店の多くは妖人衆ようじんしゅうの職人が店員をやっている。

 機械装置が必要なもの(たとえば綿飴わたあめの製造機や、大量の氷が必要なかき氷)の出店ではスプリガン族の少女たちが店番を務めていた。

 彼らは縁日の定番ともいえる食べ物を手際よく作りながら、道行く種族の者たちを威勢のいい声で客引きしていた。その呼び声に釣られて出店の品を受け取った客たちは、初めて見る食べ物や飲み物に目を白黒させる。

 一口食べれば「美味しい!」と歓声を上げて頬張っていた。

 まだハトホルの国では貨幣かへいを流通させていない。

 そのため、今日のお祭りの出店に並ぶ食べ物、飲み物、祭り特有のオモチャなどはツバサたちからの振る舞い品ということで無料むりょうになっていた。

 誰でも欲しいものを遠慮せず貰えることができるわけだ。

 おかげでツバサが子供たちを縁日を歩くと、そこかしこから感謝の声が飛んできくる。ついでに「おひとつどうぞ」と色んなものを手渡された。

 ツバサの両手は子供たちで塞がっているので、その子供たちに代理で受け取ってもらう。マリナは綿飴、ククリはリンゴ飴、イヒコはイカ焼きを手にする。

「あむ……これ、ちゃんとした綿飴です!」

 マリナはもらった綿飴を一口食べて驚いていた。

 機械に精通するスプリガン族、綿飴の製造機など朝飯前で作れるだろう。原料のザラメも自前で用意してくれたくらいだ。

 気密体マナトリクスの製造装置を改良し、様々な食材を作る方法を編み出したという。

 ザラメなどの砂糖に限らず、かき氷のシロップまで作り出したらしい。ダインの影響を受けたのか、発明に目覚めた娘たちが少なくないそうだ。

「このリンゴ飴というの。初めて食べましたけど甘くて冷たくて……美味しいです母様。はい、母様も一口いかがですか?」

「あ、センセイ。この綿飴も本格派ですよ。どうぞ」

 ククリはその小さな口で少しだけ囓ったリンゴ飴を、ツバサにも食べさせたくてこちらの口元まで持ち上げてくる。それを見たマリナも対抗意識というわけではないだろうが、手にした綿飴をこっちに伸ばしてきた。

 ククリのリンゴ飴を少しだけ貰い、それを味わって咀嚼そしゃくしてからマリナの綿飴を舐め取るくらい口に含む。どちらも甘いことに変わりはない。

 だが──驚きの再現率である。

「……本当だ。現実で食べたものと変わらない」

 子供の頃、地元の稲荷神社で催された縁日で食べた綿飴やリンゴ飴と遜色そんしょくのない出来映できばえである。リンゴの瑞々みずみずしさはこちらの方が上だ。

 いくらフミカが事前に基礎知識を教えたとはいえ、大したものである。

「あたしも甘いのもらえば良かったかなぁ……あ、ツバサさん。甘いのの後だけのイカ焼きも一口いきます? これもまんまイカ焼きですよ」

 他の2人が母親に一口味見させたので自分も、ということだろう。

 肩に乗るイヒコがツバサの口元までイカ焼きを回してくる。

 焦がし醤油しょうゆの香ばしい匂いだけで十分すぎるくらいだ。

 せっかくだからイカ焼きも一口貰う。やはり、真なる世界ファンタジア産の食材は旨味うまみが強いが、妖人衆の仕込んだ醤油はその旨味を引き立たせるほど豊潤だった。

「これは……何を食べても当たりだな。どれも美味うますぎる」

 ヴァトはあゆの串焼きを貰って齧りつき、ジャジャは串団子を皿ごと3本受け取るとパクパク頬張っている。

 さすが男の子、母親に一口分ける気配りはない。

 これが女の子との気遣いの差か……ツバサは残念がった。

 だが、ツバサの視線で察したらしい。

「あ……すいません、師匠もいかがですか?」
「母上、自分のも食べてほしいでゴザル」

 ヴァトもジャジャも、慌てて自分の食べていたものを「一口いかがですか?」と献上けんじょうするように差し出してきた。

 よろしい、とツバサは感心するように頷く。

 別に子供たちの上前をはねたいわけじゃない。子供たちと食べているものを共感したいという母性的な欲求だ。あと、気持ち的なものが欲しいだけ。

 ツバサたちが通りを歩くと、屋台の店員たちから「これもどうぞ!」「こちらもどうぞ!」「おいしいですよ!」と次々料理を差し出される。

 マリナやククリはツバサから離れると、小さな両手に抱えきれないほどお菓子やB級グルメをもらい、イヒコも肩から降りるほどだ。

 彼女たちのお裾分けを食べるだけで、お腹いっぱいになってくる。

 そこへ──賑やかな連中が戻ってきた。

「ツバサさーん、見てみて! こんなに貰っちゃったー!」
「んなーッ! ツバサ兄さん食べ放題なーッ!」

 言わずと知れたアホバカコンビ──ミロとトモエだ。

 ミロはツバサに叱られたこともケロリと忘れたのか元気溌剌はつらつ。チューブトップにカットジーンズとラフな格好は彼女の普段着だ。

 右手の指には屋台の串物くしものを何本も握り、持ちきれないものは頭のシニョンヘアに差している。お祭りで頭に団扇うちわを飾ってる人間を思い出す。

 顔の左右にはどこで貰ったのか、縁日の定番なお面まで付けていた。

 左手にはもちポテトに磯辺焼いそべやきにホルモン焼きにお好み焼き……これでもかというくらいの皿料理を器用に抱え込んでいる。

 運動着にブルマという普段着姿のトモエも同様だが、髪をまとめていない彼女はミロみたいな技が使えず、両手にありったけの屋台料理を抱えていた。

 金魚すくいやヨーヨーすくいまであるのか、トモエは両腕に金魚を入れた袋やヨーヨーをたくさんぶらさげていた。

「ミロもトモエもお祭りの化身みたいになってるな……」

 苦笑するツバサの前まで戻ってきたアホバカコンビは、その台詞セリフが聞こえたのか見得みえを切るみたいにかっこつけた。

「──んじゃアタシ、お祭り大明神!」
「──んな、トモエはお祭り観音な!」

 ノリはいいものの悪ノリはしていなさそうだ。

 さっきのしつけが効いたのか、ミロはツバサの視線を気にしている。

 ツバサにしかわからないが表情がやや固い。

 薬が効きすぎたかな、とツバサは手を伸ばすとミロの頭を撫でる。

 いつもより及び腰なミロはどこか照れ臭そうだった。

「店員さんにちゃんとお礼は言ってきたか?」

 ──神であろうと礼儀を忘れてはいけない。

 いくら今日の縁日ではどのお店からもタダで貰えるとはいえ、貰ったらちゃんとお礼を言うように子供たちには言い聞かせておいた。

 無論、種族の者たちにもだ。

「……うん、ちゃんと“ありがとう”って言ってきた!」

 ミロはやり遂げた子供の顔で報告してきた。

「なら良し──今日と明日、しっかり楽しめよ」

 そういってツバサは優しく愛情を込めてミロの頭をクシャクシャと撫で……ようとしたのだが、串物が刺さっているので控えておいた。

 代わりに頬へ手を添え、柔らかい頬を慰めるように撫でる。

 これでミロもほぐれたのか、表情のこわばりをゆるめてくれた。

 笑顔のミロに笑顔で返したツバサはミロとトモエにも着いてくるように促して、子供たちを引き連れて歩き出す。

 縁日の賑わいに耳を傾けながら、ゆっくりとした足取りでだ。

「屋台を出した神族なかまもいるらしい。みんなで冷やかしに行こうか」



 ツバサが誘えば子供たちはノリノリで付いてきた。


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