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第11章 大開拓時代の幕開け
第263話:へうげもの陶芸教室
しおりを挟むハトホルの国の北を守る──天険の山脈。
標高は高いところで3000m前後、低いところでも1800mほどに設定しており、全体的に幅広く取ってある。場所によってはなだらかにしてあるのは、放牧地として利用できるように見越してのことだ。
標高の高い土地で自然に近い放牧は家畜が伸び伸び育つので効果的。そんな話を友人の誰かに聞いた覚えがあるので、いずれ参考にさせてもらうつもりだった。
牛、豚、馬、羊……どの種の畜産もいけるだろう。
この国に生きる人々には、畜産業にも力を入れてもらいたいところだ。
現時点でも畜産は始めているが、それについては後ほど──。
この山脈はハトホルの国を守るように、ややカーブを描いて北方の守りとなっている。山頂付近こそ険しいが、中腹から麓にかけては豊かな森林だ。
棚田を意識した、広場となる緩やかな勾配も多めに取ってある。
多くの山の幸を授かることができるようにと、ツバサが大地母神の権能で地脈に働きかけているため、あらゆる資源に恵まれている。
建築に使われる木材も、金属となる鉱石も、衣料に使われる繊維も、食材となる山菜や禽獣も、陶芸品を作るための粘土も……すべて山の恵みだ。
これら資源を得るために、多くの種族が山へ分け入る。
ツバサたちの我が家があるハトホルの国の中心部からは距離があるため、日帰りは難しい。そこで彼らは山の麓に村を作ることにした。
それが鉱山村──あるいは陶器村である。
実際には鉱山夫や焼き物職人だけではなく、山の木を切り出す木樵、獲物を狩る猟師、山菜採りの娘たち……多くの者がこの山村を利用する。
ほとんどは仕事が終われば街へ帰っていく。
街へ物資を運ぶ荷車に便乗する者もいれば、最近では電車やバスのように時間を決めて運行する、人を運ぶための馬車も走るようになっていた。
いわゆる定期便である。
フミカやプトラの入れ知恵だと聞いた。
『アタイたちみたいな足のない女子高生はバスや電車が基本だし』
『どこへ出掛けるにも運行表とにらめっこッスよ』
ツバサも車やバイクとは縁がなかったので気持ちはわかる。
こうして街との往来は捗るようになったが「いちいち街まで帰る時間が惜しい」という意見もあり、山にも村を作る運びとなったのだ。
仕事の関係上、この山村に長居する鉱山夫や陶芸職人が多いので、次第に鉱山村や陶器村という呼び方が定着しつつあった。
──木樵も長居するんじゃないかって?
彼らは建築ラッシュが続くハトホルの国に大量の木材を運ぶ運搬係も兼ねているので、現在のところは行ったり来たりが激しいようだ。そのうち伐採役と運搬役に分担されれば、山村に居着く木樵も増えるだろう。
そうなると木樵村とも呼ばれるのか?
なんにせよ、いずれ名前は1つに絞られると思う。
今は山の近くにある村だから、山村と呼ぶくらいでちょうどいい。
そんな山村のはずれ。斜面を利用した登り窯が列となって並び、陶芸職人の工房が軒を連ねている。そこに焼き上がった陶磁器が運び込まれていた。
護衛のお供にウネメを連れて、オリベは工房を訪ねているらしい。
ツバサは千里眼の技能をそこに飛ばしてみた。
~~~~~~~~~~~~
「あれも良き哉、これも良き哉、それも良き哉……どこを向いても良さが咲き乱れておる……まさに百花繚乱! 絶景とはまさにこのこと!」
陶芸工房を訪れたオリベは興奮しきりだった。
「オリベの大将、どうどう……いい年こいて餓鬼みたいにはしゃぐなよ」
口にくわえた煙管は激しく上下に揺れ動いている。
そのうち灰がこぼれ落ちそうで、お付きのウネメは気が気じゃない。
グリーンを基調とした着物姿は、いつも通りオリベの普段着。
春の新緑を意識したであろう羽織には、金糸や銀糸を派手にならない程度に織り交ぜてあり、日の光を浴びて煌めく若葉の輝きを表現していた。
本当、現代人顔負けの洒落者である。
「遠く日の本を離れ幾星霜。よもや、異界の地でこれほどまでの絶品を作り出せるとは……これも貴殿らの凄まじき力量ゆえ、感服しますぞ」
のおむ殿──オリベは新しい種族の手腕を絶賛した。
その顔は終始緩みっぱなしで、嬉しさのあまり胸の奥から続々とこみ上げてくる笑みが抑えられないようだ。
工房の壁を覆うように並ぶ棚──そこに飾られた陶器の数々。
そのひとつひとつをオリベは具に観察しており、目を細めて細部に至るまで注視したり、気に入った品が視界に入ると目を真ん丸にして瞠目した。
「この乙女の柔肌の如き“とぅるん”とした磁器の艶肌……きめ細かいにも関わらず蛙目粘土のような“ずどっ”と指に残る重々しい肌触りの大鉢……そして、青磁や白磁にも似た“きちり”と美々しい白釉瓶……」
触らずとも滑らかな質感だと目に訴えてくる白磁の皿──。
ザラザラとした粗雑な肌触りが引き立つ大きな鉢──。
硬質磁器と呼ばれる金属質な輝きをまとう真っ白な花瓶──。
様々な陶器がズラリと勢揃いしていた。
さながら品評会の如しである。
「どれここれも愛おしい出来映え。思わず頬ずりして、それでも飽き足らずに口中に放り込んで噛み締めたくなる仕上がりの逸品ぞ……」
「大将待て! 本当に食べる気か!?」
オリベは大きく口を開けて、棚に並んだ陶器に噛みつこうとする。
すんでのところでウネメが羽交い締めにして止めた。
色取り取りな陶製品は工房の棚に咲き乱れており、そのどれもがオリベの眼には綺羅星のごとく瞬いて見えていることだろう。
つい先日まで──ハトホルの谷では土器が主流だった。
主にケット・シーが粘土を素焼きしただけの粗末なもので、料理の皿や食糧や水を溜める器に使っていた。もしくは木製の食器がいいところだ。
陶器を作る技術は元より、磁器ともなれば高い技術力が要求される。
そういった面でも目覚ましい進歩を遂げていた。
陳列されたこれらの陶器は、現代の品々に見劣りしない強度を保っており、もう少し頑張ればセラミックさえ作れそうである。
「なに、我らの力だけではこれらの逸品を作ることは叶いませんでしたで」
オリベに賞賛された種族の代表は目礼する。
それは──茶褐色の肌をした小柄な老人だった。
作務衣風の着物を着て、頭には髪をまとめるためのバンダナを巻いている。年月を重ねたであろうもさもさと生えた白い眉、顔の下半分を覆うほどの白い髭。
これらで顔のほとんどが隠れてしまっている。
それでも──老人が喜んでいるのは雰囲気でわかった。
上背があれば仙人と見間違うだろう。
しかし、小柄なためドワーフなどの種族を連想させる。
「何を仰る長老殿。土に長けた貴殿らの力なくば、ツバサ殿が用意してくれた良質な粘土だろうと、我らでは掘り当てることさえ難儀したはず……多種多様な粘土や釉薬からこれだけの器を作ったのも貴殿らの才覚よ」
謙遜めさるな、とオリベは褒めちぎった。
とんでもない、と長老と呼ばれた老人は更に頭を下げた。
「土をいじるは我らの天職……威張れたものではございませんで」
長老に引き続き、同じ種族の者たちも口々に礼を告げる。
「粘土を捏ねる技、焼いて固める術、轆轤という器作りに適した道具、釉薬などの用い方……こういった技術を教えていただいたおかげです」
「妖人衆の方々には良くしていただき、感謝の言葉が尽きませぬ」
「保護していただいた地母神様共々、わたくしたちは頭が上がりません」
長老に付き従う職人風の青年たち、その仕事を手伝う娘たち。
彼らもまた一様に小柄で茶褐色の肌をしていた。
一際目を惹くのは、草葉のように緑色をした髪だ。髪の中には本当に葉っぱや蔓が紛れ込んでいる。どうやら頭の地肌から生えているらしい。
肌や髪の色、草木を生やした頭。
それと小柄なことを除けば人間と遜色ない姿。
彼らはノームと呼ばれる種族だった。
伝説の錬金術師パラケルススが定義したという四大元素の精霊。
火の精霊サラマンダー、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフ。
そして──地の精霊ノーム。
身長は人間の掌に乗るほど(10㎝前後)の小人。主に長い髭を蓄えた老人として描かれることが多く、土や金属に精通しているとされている。
原型こそ定かではないが、ドワーフやそのモデルとなった北欧神話のドヴェルグ、それにコボルトやノッカーといった鉱山妖精のエッセンスも垣間見える。
現代では大地の精霊という位置付けが一般的になっていた。
ラミア、コボルト、ノーム──。
これら3種類の種族が、先日ダグの報告にあった「新たに保護した種族」の全容である。実際にはもっと大勢を保護したのだが、種として新たにハトホルの国へ加わったのはこの3種族だ。
コボルトは鉱石に縁のある種族。
ノームは大地の妖精として知られた精霊。
彼らはそれぞれの得意分野に関する能力こそ持っているものの、蕃神との戦争でそれらを加工するための技術や知識を失っていた。
戦いで多くの職人が亡くなり、満足に後世へと引き継げなかったのだ。
失ったものは──補えばいい。
ダインやジンといった工作者が教えたり、妖人衆に多くいる鍛冶師や陶芸職人が指導することで、コボルトたちは鉱石の扱い方や金属加工を、ノームたちは陶器を作るための技術を取り戻していった。
その見返りではないが妖人衆や他種族の職人たちも、コボルトから採掘の方法やノームの土に関する知識を教わり、その職人技に磨きを掛けていた。
ちなみに──ラミアたちは働き者である。
コボルトやノームのように専門分野こそ持たないが、その長大な蛇の身体は使い勝手が良かった。力が強いのは勿論、遠くまで伸ばすことができる。
建築現場では建材の上げ下ろし、林業では切り出した木材の運搬。
これらを力のある蛇体で片付けてくれるのだ。
女伊達らにという言葉は差別表現かも知れないが、そういった肉体労働に従事してくれるので、力仕事では各方面から頼られている。
さて──ノーム族から感謝されたオリベと妖人衆の職人たち。
大したことではない、とオリベは笑顔で手を振った。
「なんのなんの、どの種族も持ちつ持たれつ。できることは率先してやり、難しいことは助けを請い、知らぬことは学び合えばいいだけのこと……これからも互いに精進を重ね、良い器を作ってくれることを切に願いますぞ」
そういってオリベは再び器の咲き乱れる棚に魅入った。
いくら眺めても見飽きぬ、そんな調子である。
「……しっかし、意外だな」
オリベの護衛役として傍に仕えるウネメが呟いた。
諦念が差し込まれた呟きを漏らしながらも、ウネメは大将と認めるオリベに倣うように棚に整列する器の数々をとっくり眺めている。
だが、彼のお眼鏡に適うものはないらしい。
ウネメはそもそも剣客。刀剣や武具に瞳を輝かせることはあっても、茶器の類に心躍らせることはないようだ。冷めた眼差しで茶器を見つめている。
それでも──彼なりに介するところはあるらしい。
「オリベの大将が欲しがる茶器ってのはもっとこう……面白格好いいやつだろ? よく大将が口にする『乙』とか『ひょうげ』ってやつ? だけど、ここに並んでんのはどれもこれもちゃんとした器ばっかりじゃん」
大将の言葉を借りれば──『甲』だっけ?
ウネメの言うことは正鵠を射ていた。
工房の棚を彩る器は、どれもしっかりした造形美だった。
オリベが求める遊び心を追及したデザインではなく、実用性重視のまさしく『甲』を目指したものばかり……これはこれで機能美を追及しているので美しいが、オリベの標榜する『ひょうげ』や『乙』とは程遠い。
指摘されたオリベは目を細めて煙管を手に取る。
ふうっ、と煙草の煙をウネメに吹きかけながら鼻で笑った。
「やれやれ……ウネメよ、それがしのことをわかったようで全然わかっとらんのぅ。しかしまあ、『ひょうげ』を解したことだけは褒めてつかわそう」
紫煙に顔をしかめるウネメにオリベは淡々と説く。
それは聞きようによっては説教とも受け取れた。
「確かに、ウネメの申す通り──それがしが目指すところは万民の心を解きほぐす『一笑』を誘う乙な器を作ること……しかし、それだけではいかん」
光あるところに影が生まれように──。
陰の中にもまた陽が生じるように──。
「ひょうげた乙ばかりではいかんのだ」
そう断言するオリベに、ウネメは察しの悪そうな顔をする。
「なんでだよ? オリベの大将が好きだってんなら、それを流行らせればいいじゃないか。緑釉のぐにゃっとして妙ちきりんな柄の茶碗をいっぱい……」
それがいかんというのだ──オリベは力説する。
失礼、とオリベは断って棚の器をひとつ選んで手にする。
彼が手にしたのは白磁の茶碗。
乙でもひょうげでもない、確かな造詣の茶碗だった。
掌に乗せた茶碗をウネメの眼前に突きつける。
「良いかウネメよ……本来あるべき器とは、このように使い勝手の良さ、実用性と機能美を重視した『甲』の物なのよ。これが美しさの規範であり、これを追及するところに美を求める感性が育まれるのだ」
しかし、追い求めてばかりでは疲れてしまう。
美とは果てのない道行きも同然、どこまで突き詰めても終わりがない。
たまには立ち止まりたくなる時もあるだろう。
「ふと肩の力を抜いた時、親しい者と気兼ねなく談笑を楽しみながら、飾らない茶を楽しむ……そういった時は気張った『甲』のものではなく、一段格を落とした『乙』な器で一服する……そこに『ひょうげ』が生まれるのだ」
甲あってこそ乙が映える──乙あってこそ甲が際立つ。
「どちらか一方のみを広めるなど愚の骨頂、何の面白みもないことよ」
――百花繚乱。
美しい華があれば面白い花もあり、愉快な花があれば麗しい華もある。
花はいくつも咲き乱れるからこそ世を彩るのだ。
「なればこそ、まず世に浸透させるべきは『甲』の器物。それが当然のように文化の土壌となって息づいた時こそ、それがしの求める『乙』を嗜む流行が咲き誇るように広められるのだ……わかったか?」
「うーん……半分くらいわかったような気がしないでもない気がする」
「…………ま、そなたの頭ならそれで十分よ」
オリベは器を棚に戻して嘆息した。
ウネメに乙やひょうげを教え込むのは無理か……と諦めているけど、一抹の希望も抱いているようだ。気長にやるしかあるまい。
「何事も急いてはならぬのよ。じっくりと、じんわりと……そうだな、乙もひょうげも感じ得ぬウネメを教化するように世の中へ浸透させていくのよ」
ハトホルの国に暮らす住民に『乙』という文化に耽溺してもらう。
その日を夢見て、オリベはほくそ笑んでいた。
端からオリベの笑顔を見ていたウネメは背筋が寒そうだ。
「……フミカ様の仰ってた洗脳みたいでタチ悪そうだな」
「人聞きの悪い。これを流行と申すのだ」
説教の材料に使った茶碗をそっと棚に戻したオリベは、ノーム族と妖人衆に振り返ると、念入りにその仕事ぶりを褒め称えて「これからも頑張ってくだされよ」と発破をかけ、工房の職人たちに別れを告げた。
工房を出たオリベは、首をポキポキ鳴らして山を見上げる。
「……さて、陶芸工房と窯場の見物は趣味と実益を兼ねたものだからの。今度は山仕事に勤しむ杣たちを視察しに行ってやらねばな。それと、鉱山で働くこぼると殿や鉱山夫たちを労いに……山登りは堪えそうだのぅ」
工房の訪問とは打って変わってオリベは億劫そうだった。
「趣味って言いやがったよ、この大将」
ちゃんと働け、とウネメは苦笑気味に毒突いた。
オリベは「うるさいわい」と悪人っぽい微笑みで返すと、煙管に煙草を詰め直してプカリと一服した。携帯式の煙草セットまで作らせたらしい。
ウネメを連れたオリベは村を出て、山仕事の現場へと向かう。
木材の切り出し場、粘土の採取場、各種鉱石の採掘洞──。
それぞれの場所まで昇りやすいように山道が切り拓かれている。急勾配には幅広い階段も作られているので、荷運びもしやすそうだ。
階段を昇って、まずは木材の切り出し場へとオリベは向かう。
途中、護衛として付き従うウネメに横目にした。
「それにしてもウネメよ……御主のその格好はなんぞ?」
些か目に余るぞ、と主君目線で窘めた。
そうか? と首を傾げてウネメは両手で着物の袖を掴んだ。
彼は──金髪碧眼の美女である。
腰まで届く金髪を後頭部で髷のようにまとめて結い、青い瞳を埋め込まれた美貌はいつも不敵に微笑む。着物では隠しきれないスタイルの良さを曝け出すように、胸元が大きく開いた、独特なデザインの着物を着込んでいる。
着物は白に近いが濃いめの象牙色。裾や合わせ目に金や赤をあしらっている。
早い話──おっぱいの谷間と上半分が丸見えなのだ。
腰帯こそ女性物に近いのだが、コルセットのように柳腰を際立たせる案配になっている。その上にしめ縄みたいな飾り紐を巻いていた。
腰には武士らしく大小二刀を下げている。
そして、マントのような真っ黒の長羽織を肩に掛けていた。
この長羽織、どこかで見たようなデザインだが……?
オリベも毎日必ず違う服に着替える洒落者だが、ウネメのそれは金髪碧眼の美女が婆娑羅な女武者のコスプレをしているみたいだった。
女の子が晴れ姿を披露するように、ウネメはクルリと一回転する。
「似合うだろ? 女神さまがオレのために作ってくれたんだぜ」
「女神さま……ツバサ殿か? フミカ殿か?」
「違う違う。ほら、この間ハトホルの国に遊びに来た……ハルカ様だっけ?」
おお、とオリベは手を打って納得した。
「あれか、ツバサ殿の愛弟子だという戦女神殿のお付きでいらした、愛らしい少女の女神か……うむ、彼女は服飾に長けていると申していたな」
オリベとも趣味が合い、衣服の話で盛り上がっていた。
現代と戦国のデザイナー同士──時を超えてウマが合ったらしい。
そうそう、とウネメは相槌を打ってもう一回転する。
「あのハルカ様がさ、『あなたを見てたら創作意欲が湧いてきたの! 良かったら着てみて!』とこいつをくれたのさ……な、似合うだろ?」
「ふぅむ……未来の女剣士は皆このような格好なのかのぅ」
これは認識を改めねば、とオリベは大福帳みたいなメモ帳を取り出すと筆でサラサラとメモった。こういう吸収力の速さがオリベの強みだと思う。
「かぶき踊りを編み出した阿国もかくやという風体だのぅ……しかし、ウネメよ。とやかく言うつもりはないが……御主はそれでいいのか?」
「いいのかって……何が?」
また「わけがわからない」という態でウネメは首を傾げた。
さっきは左側、今度は右側に傾ける。
美しい容貌もあって可愛らしい仕種に思えた。
オリベはコホン、と咳払いしてから真面目な口調で切り返す。
「その、なんだ……御主はそもそも男であろう?」
女体を際立たせる破廉恥な装いに抵抗はないのか? 乳房や太股を露わにして、細い腰や大きな尻を目立たせる格好に抵抗はないのか?
「……そう申しておるのだ」
オリベは心配するようにウネメの顔色を窺う。
なんとなくだが、父親目線で我が子の行く末を案じているようだ。
こう見えてオリベは──面倒見が良い。
美術や文芸にばかり現を抜かしているようだが、やるべき仕事は確実にこなすし、妖人衆の仲間にも目配りを忘れず、他種族には気配りを忘れない。
況してや家族のように共に過ごすイヨやウネメには言わずもがなだ。
「う~ん、そうだなぁ……」
ウネメは人差し指で頬をポリポリと掻いた。
顔を上げて空を見つめた後、視線だけを下へ降ろしていく。
俯瞰的に覗けるのは──大きな乳房の谷間。
色男で鳴らした自分が、まさか女になるとは夢にも思わなかったろう。
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