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第11章 大開拓時代の幕開け
第262話:多種族国家への道
しおりを挟むいつしか──冬が終わりを告げていた。
各陣営の拠点周辺は神族が技能によって気候を操作したので、そこに暮らす者は体感的に穏やかな冬を過ごせたはずだ。
彼らは今日まで、苛酷な日々を生き抜いてきた。
今年くらいは大目に見ても許されるだろう。
それでも、生きとし生ける者にとって冬は厳しい季節だった。
冬が過ぎれば草木が芽吹いて、蕾がついて膨らみ、虫や生物が冬眠より目覚め、地面に霜が降りることが減り、やがて暖かい風が吹いてくる。
様々なものが春の訪れを教えてくれた。
この冬の間には大きな変化がいくつもあったので、各陣営の庇護下にある種族は大わらわだったが、ツバサたちも寝る間を惜しんでサポートした。
ミロが仕掛けた──全世界への大号令。
この大号令が多くの種族に「夢の導き」という形で伝わり、ツバサたち四神同盟の拠点へ助けを求めるように呼び掛けていたのだ。
これにより、難民化した多くの種族が各陣営に集まった。
人口は増加の一途を辿り、どの陣営も対応に追われる日々が続いたのだ。
あれから数ヶ月──。
その成果が、春の訪れと共に目に見える形で現れていた。
~~~~~~~~~~~~
「あれから1年か……過ぎてみればあっという間だな」
ツバサは感慨深げに独り言を呟いた。
VRMMORPGアルマゲドンをプレイ中に真なる世界へと強制転移させられ、今日でちょうど365日経過したことになる。
特に記念日にするつもりはない。いつも通りに過ごすつもりだ。
ハトホルの国──その中央にあるツバサたちの拠点。
ダインによって全体的な改築を施された我が家は、いつしか巨大なお城のようになっていた。渡り廊下で繋がったいくつかの離れは様々な様式で建てられており、セイメイの住む離れは純和風なので目を惹いた。
我が家の最上階、お城の天守閣にも似た場所がある。
全方位を見渡せるように設えられたベランダに立ったツバサは、そこから見える景色を間違い探しでもするかのように眺めていた。
昨日と今日で変わったところを見つけるのが、密かな楽しみなのだ。
街が──着実な発展を遂げている。
この辺り一帯を過大能力で整地した直後は、我が家を中心にダインが建てた公共施設(※予定)があるだけで、後はそれぞれの種族の家々を基盤ごと動かして寄せ集めただけだったのに、見違えるほど進歩していた。
土地を区画整理するように走る道路。
荷馬車が行き交うことができる幅を有した道路はレンガで舗装されており、我が家を中心に四方八方へ網目状に張り巡らされていた。
区分けされた土地には、新たな家や建築物が建ち並んでいる。
ダインの仕事ではない。現地種族が建てたものだ。
……そろそろこの呼び方もやめようか。
いちいち“現地”をつけることもない。
ただの種族で事足りるし、それぞれの種族名で呼べばいい。
建築したのは妖人衆の大工や、建築技術を持つスプリガンの娘たち。
彼らに家を作ってもらい、その家造りを手伝うことでケット・シーやセルキー、他の種族も建築技術を学んでいった。
妖人衆の大工は戦国期から江戸期の日本より転移してきた者が多いため、彼らの作る家は和風の趣が強く、スプリガンで建築技術を持つ娘たちが作る家はコンクリートや金属をふんだんに使用した近未来の風情がある。
最近、彼らはコラボを始めていた。
両者のテクノロジーが渾然一体となった家は、ツバサたちの生きた現代風の家に近い出来映えに仕上がる。気密性に優れながら換気もできる家だ。
このタイプの家屋が少しずつ増えてきていた。
土地に関してはツバサが多めに用意したから、大きな家に広い庭を造って草花や木を植えることを推奨し、街のあちこちには憩いの場として林や森に見立てた自然公園も作っていた。植林などの技術も教えてある。
1000km²もの平地を用意したが、その4分の1が埋まっていた。
どの種族も向上心が強く、率先して「良い家に住みたい」と頑張っているので、この短期間でも家屋が建つのが捗ったようだ。
ただ、その身体構造ゆえ工作には不向きな種族もいる。
ハルピュイア族がそれだ。
彼女たちの腕はほとんど翼のためか、工作には不向きらしい。羽に隠れた指先は器用なのだが、幅広い翼が大工仕事の邪魔になるそうだ。
その代わり──彼女たちは機織りの名手だった。
ツバサは千里眼の技能を用いて、ベランダにいながらも遠くで機織り作業に集中するハルピュイアたちの仕事ぶりを見学させてもらった。
機織りの工房で従事するハルピュイアたち。
妖人衆の女性から機織りを教わると見る見るうちに習得、本職を凌ぐ勢いで上達していった。いくつかの植物繊維に絹や木綿から反物を織るなど朝飯前で、スプリガンの加工した金属繊維からも布地を織り上げる。
自分たちの羽を織り込んでアクセントにするくらいだ。
最近では、他種族の抜け殻を織り込むことまで編み出した。
「へぇ、あたしらの皮もこうしてみると綺麗なもんだね」
ハルピュイア族の機織り工房を訪ねた女性は、自分の皮で仕上がった反物を手に取って、ラメのように煌めく様をうっとり見つめていた。
「ええ、綺麗に織り込むことができました」
頭にバンダナを巻いた職人風のハルピュイアは誇らしげだった。
まっすぐで黒い長髪をスパッと切り揃えた、細めで大人しそうな娘だ。黒と白のコントラストが映える翼は鶴を連想させる。
彼女は機を織る手を休め、女性の話し相手をしていた。
「皮っていうか鱗ですよね。しっかり織り込んであるから取れることはまずないし、抜け殻の鱗でも強度は残っているから防御力も期待できますよ」
「ドラゴンの鱗ほどじゃないのは知ってるよ」
なんせ自前だからね、と女性は微笑んで巨大な蛇の尾を振った。
波打つ髪は鮮やかなクリムゾンレッド。
やや尖った耳、情熱的な唇からチロリと覗かせる先の割れた長い舌。人間らしからぬ虹彩を宿した瞳……これらを見逃せば、ほぼ人間で通るだろう。
ただし、それは上半身まで──腰から下は大蛇である。
お尻から股間ぐらいまでは人間の女性と大差ないが、太股の付け根辺りから鱗が生え揃った大蛇の胴体が続いている。
人間部分を含めれば、全長は優に5mには及ぶはずだ。
ハトホルの国の新たな種族──ラミア族。
各陣営に難民化した種族が大流入した時、ダグが「新たな種族を保護しました」と連れてきて、ハトホルの国で保護した種族である。
半人半蛇でハルピュイア族のように女性だけの種族だ。
やはり他の種族の男性から子種をもらうことで繁殖するという。
蛇体の下半身は数mに及び、腰から上は人間だが瞳の虹彩が蛇っぽかったり、牙が目立つ歯並びや、尖った耳先などに亜人らしさが見え隠れする。
「──現実の出典だとギリシャ神話ッスね」
ツバサの千里眼を感知したのか、今日もまた秘書風のルックスで脇に控えていたフミカが眼鏡の位置を直して【魔導書】のページをめくる。
ラミアは本来──1種1体の怪物だった。
元々はリビアの女性(もしくは女王)だったが、あまりの美貌ゆえ主神ゼウスに惚れられ、その正妻であるヘラの嫉妬によって呪われてしまう。
彼女は自分の生んだ子供を全員失い、悲しみに暮れているところで恐ろしい獣に姿を変えられ、他人の子供を食い殺す怪物となってしまった。
挙げ句、唯一の慰めである“眠り”さえもヘラに奪われ、不眠不休で子供を失った悲しみに嘖まれるという生き地獄に堕とされる。
せめてもの慰めとして、ゼウスは彼女に「自分の目玉を取り出して休む」という能力を与えたとされる。
「……ゼウス様はもうちょっと頑張ってもいいんじゃないかな?」
「そこら辺は神話の妙ッスから。諸説云々、後付け設定ありまくりだし」
ラミアもまた、山羊と蛇と人間の女性をごちゃ混ぜにした四足獣めいた怪物だという説もあり、悪臭を評して「ラミアの睾丸」という言葉もあったくらいだから、両性具有の怪物だという説もあったという。
「いつの頃からか『ラミアは下半身が大蛇で上半身は美女の亜人種』という設定が定着したので、彼女たちはそれに準拠した種族って感じッス」
「また、フミカやアハウさんが疑問を呈するタイプだな」
真なる世界は神話や伝承の源泉──。
にもかかわらず、この世界で出会う種族の奥は現代風にカスタマイズされた種族が多い。エルフやドワーフからして違和感がなかった。
原点通りだとしたら、現代人の我々には違和感ありまくりだろう。
エルフからして時代による変遷を辿っている。
(※元々は小妖精の総称みたいなものとされており、北欧神話に登場するアールブという種族がモデルともされている。トールキンの幻想小説「指輪物語」で今日よく知られるエルフ像が確立されたのだが、この頃のエルフはアーモンド型の瞳に尖った耳をしていた。昨今のエルフは瞳の形については言及されず、耳も尖っているというより横に長くなっている)
「でもまあ、仲良くやっているみたいで良かった」
鳥属性のハルピュイア──蛇属性のラミア。
種族的に仲が悪いんじゃないかと心配したのだが、こうして交流しているのを見ると、彼女たちは人間に近い種族だと再認識させられる。
建築関係では上階を作る時に荷物を運ぶくらいしか手伝えないと嘆いていたハルピュイアだが、衣類の需要が増えてきたので重宝されていた。
トントンカラリ、と耳を澄ませば機を織る音色が聞こえてくる。
そこに立ち並ぶ家屋はハルピュイアたちの住居兼機織り工房も兼ねており、何軒も連なっているので、みんなから『機織り通り』と呼ばれていた。
「鶴の恩返しみたいだよね」
ツバサの横に並んで一緒に街を眺めていたミロがそんな感想を述べた。
「そういえば機織りの一番上手い彼女は鶴っぽさがあるよな」
白と黒のコントラストが目立つ──鶴のような羽色。
派手さはないが清楚な顔立ちも日本人らしい彼女こそが、ハルピュイア族で一番の機織り職人だった。名前は確か……オツウ、だったはずだ。
あれ、鶴の恩返しのヒロインもおつうじゃなかったか?
「やっぱり鶴の恩返しじゃん!」
「いや、宮本武蔵の婚約者もおつうって名前だったし……あれはお通か?」
そういう奇妙な縁もあるものだ。
機織りの発展は──衣料品の充実を促進させた。
現代社会では衣服などあって当たり前に思えるが、未開の世界では重要な財産であり、現実でもかつては資産のひとつとして大事にされたものだ。
技術面の進歩はこれに留まらない。
「鉱山組が戻ってきたぞー!」
「鍛冶場の門を開けーッ! 炉の火を絶やすんじゃねーぞぅ!」
威勢のいい声がしたので千里眼をそちらへ向けた。
山脈まで続いている舗装道路を牛に引かせた荷車が戻ってくる。その牛車を駆る毛むくじゃらの男たちは、意気揚々と往来を闊歩していた。
彼らも新しい種族──コボルト族。
人間よりやや小柄で体毛が濃い。
といっても、毛むくじゃらというわけではない。
ケット・シーやショウジョウもそうだが、体の各所を保護するかのように見苦しくない量がフワッと生えている程度だ。
コボルトの場合、首回りから肩、肩から腕へ流れるように生えている。
それと尻尾があるので、腰回りもフサフサだった。
細身だががっちりした体格で無駄な贅肉はつきにくいらしい。顔立ちは人間と犬のちょうど中間ぐらい。体毛の色は個人差がある。
ケット・シーが猫っぽい人間なら、コボルトは犬っぽい人間だ。
ケット・シーたちが様々な品種の猫に似た個人差があるように、コボルトたちも様々な犬の品種に似た個人差がある。
一際小柄な者はチワワに似ているし、大柄な人間ぐらいの上背がある者はピレネー犬、男前なイケメンはハスキー犬の面影があった。
ベランダの欄干にもたれかかるミロも、千里眼で彼らを見ている。
「ゲームなんかの雑魚キャラでよくコボルトっていたけど、やっぱり犬人間って感じだったよね。ここのコボルトはもっと人間っぽいけど」
「そもそも、コボルト=犬ってイメージはどこ発祥なんスかね」
コボルトとは主に中欧、ドイツやスウェーデンなどで語り継がれた妖精の一種である。鉱山との結びつきが強く、ドワーフに近いかも知れない。
身長は幼児ぐらい、濃い緑や灰色の肌をしている。毛むくじゃらの脚と尻尾を持つという点から、妖精サテュロスからの派生という線も窺える。
赤や緑の服を好んで着る彼らは、地底の奥底に自分たちだけの秘密通路をこしらえて、気に入った鉱山を見つけるとそこに住み着くという。
鉱山での仕事は危険が付き物だ。
そんな鉱山夫たちの仕事を手伝ったり、危機に陥る寸前に助けたり、気に入った鉱山夫には良質な鉱脈まで案内するという伝承がある。
反面コボルトを怒らせると、その鉱山を魔法でダメにされてしまう。
そうなった鉱山は使い物にならないクズ金属しか出てこなくなり、これらの金属はコボルトの名前から「コバルト」と名付けられるようになった。
(※現在コバルトは重要な合金素材として利用されている。コバルトが発見された当時は技術不足のため冶金が難しく、使い物にならなかった)
「一方でいわゆる“家妖精”という、人間の家に居着いて正しく接すれば家事代行をしてくれる妖精としても伝わってるッスね。まあ家妖精はドワーフやゴブリンもやるって説があるから……妖精ってアバウトに括られてたみたいッスね」
「味噌もク○も一緒って……あ痛!」
「エロいのは許すが下品なのは許さん、って言っただろ」
フミカの解説を汚くまとめたミロに、ツバサは軽い拳骨を落とした。
「ふにぃ……じゃあエロいことする!」
欄干にだらしなくもたれかかっていたミロは、たんこぶのできた頭をさすりもせずにツバサの胸へ飛び込んできた。両手でおっぱいを鷲掴みにしてくる。
しかし、ツバサは鼻で笑った。
「ハハッ、その程度じゃもう狼狽えんな」
1年も女神をやっていれば、いいかげん慣れる。
ただでさえツバサは強くなるための修行を、どこぞのサイヤ人並みに好んでやるタイプだ。弱点となる部分を放っておくわけがない。
女性的の気持ちよさを失ったわけではないし、こうしてミロに揉みしだかれれば腰砕けになりそうなのも相変わらずだが、表面上は何食わぬ顔でやり過ごすことができるようになった。
街が発展を遂げるように、ツバサの成長も止まらないのだ。
「我ながら歓迎できない成長だけどな……」
「女性としての成長ッスからね。ますます男から遠ざかってるッス」
フミカの正論を「やかましい」と封殺しておいた。
一方、ミロはこちらに抱きついたまま両手と10本の指を駆使して、あらん限りの手練手管でツバサの乳房を愛撫していた。
どうあっても人前で(現状フミカしかいないのだが)、ツバサに恥ずかしい声を出させて、ミロの愛撫で女の快感に戸惑う様を見せつけたいらしい。
「うりゃりゃりゃりゃりゃ……これでどうだッ!?」
「ッ! ……ま、まだまだだな。まぁだ我慢できるぞ」
我慢はできるが、気持ち良いことに変わりない。
以前のようにあられもなく身悶えたり、情けない嬌声を漏らさないようになっただけだ。これがミロと二人っきりだなら瞬時に堕ちている。
ツバサは平然なフリをして胸を張った。
ミロはちょっとだけ不満そうに唇を尖らせる。
「むぅぅ……いつもならもう腰砕けのメロメロになってるはずなのにぃ」
「ハン、いつまでもアホの好きなようにさせて堪るか」
「そッスね……バサ兄すごいッス……」
実際の話、表面上は我慢できているのように見えるのだが、各所にボロが出始めていた。頬はうっすら桃色に紅潮して、髪の毛で隠れているうなじは汗にまみれ、ブラの中はハトホルミルクで濡れそぼり、ショーツの中は言わずもがな……。
それでも尚──ツバサは平静を保っていた。
ただし、表面上だけの話は。
中身は女性の快感でグッチャグッチャのヌッチョヌッチョだ。
フミカは分析能力でそれに気付いている。
大好きなミロの愛撫によって、女神の快感に翻弄されながらも、平然としているツバサを評して「すごいッス」と褒めてくれたのだ。
ミロが飽きるまで好きにさせておく。
女性的快感に胸の奥で浸りながら、ツバサはいつも通りを装おう。
千里眼の技能で見ていたコボルトの荷車の後を追った。
「んっ、それで……コボルトたちと仲良くやってるのは?」
嬌声になりかけた咳払いでツバサは続ける。
秘書役が気に入ったらしいフミカはすぐさま答えてくれた。
「彼らは鉱山の妖精──当然、鍛冶師たちとの関係が良好ッス」
荷車に積まれているのは、ハトホルの国の北にある山脈の鉱床から採掘された鉄や各種金属。それに溶鉱炉にくべるための薪や石炭などだ。
街の大通りを行く荷車は、やがて鍛冶場に到着した。
その規模からして鍛冶場というより、ちょっとした製鉄工場だ。
工場の門が開かれ、その中に荷車を収めるとコボルトが口々に呼び掛ける。
「オサフネの旦那ーッ! 今日の分、仕入れてきやしたぜーッ!」
「本日はナント! 魔法銀もありやすぜ!」
「またコボルトの若い衆に御指導のほど、よろしく頼みますぜー!」
彼らを迎え入れたのは妖人衆──鍛冶師のオサフネだった。
地母神の庇護下で暮らすようになって数ヶ月。彼もすっかり人間に戻っていた。無数の刀剣に関しては、体の内側からいくらでも出せる特殊能力となっている。
ミロはツバサの胸の谷間に顔を埋めたまま振り返る。
千里眼を通して、オサフネの団子っ鼻を見ているようだった。
「厨二病なら一度は夢見る、垂涎の能力だよねー……羨ましッ!」
「ミロの過大能力はそれ以上だろうが」
隣の芝生は青く見えて仕方ないものだ。
確かにオサフネの『無数の剣を生み出して自在に操る能力』は、男の子なら一度は夢見る特殊能力だし、カッコ良さも群を抜いている。
しかし、オサフネはそれを誇示したことは一度もない。
「いつもすまないな、コボルトの衆。助かるよ」
作業中だったオサフネは槌を片手に、首に掛けた手ぬぐいで汗を拭きながら鉱石を運んで来てくれたコボルトたちに朴訥な感謝を述べる。
コボルトたちは「なんのなんの」と上機嫌で荷下ろしをはじめた。
「ワシら、鉱石を掘り当てるしか能がなくなった種族ですけぇの」
「大昔はドワーフに勝るとも劣らねぇ職人や戦士を出したっていうが……」
「蕃神どもとの戦いで、技も知識もぜーんぶ失っちまった」
「それをオサフネの旦那たちが教えてくれるってんだ」
「礼には礼を以て返す──この仁義を忘れちゃコボルトの名折れですぜ」
彼ら年季の入ったコボルト組は、鉱山での採掘を仕事としている。
そして、若いコボルトたちはオサフネたち妖人衆の鍛冶師や、スプリガンの中でも金属加工の技術を持つ娘たちから技術を教えられていた。
コボルトの青年たちは様々な金属製品を作る鍛冶仕事を、コボルトの少女たちは彫金や金属飾りなどの加工技術を教わっている。
持ちつ持たれつ──製鉄工場はいい雰囲気で回っていた。
こちらでもカン! カン! キン! キン! と陽気なリズムで音頭を取った槌の音色が絶えず聞こえてくる。
オサフネの製鉄工場を中心に、いくつかの工房が建ち並ぶ通りは「金物通り」と呼ばれており、ハトホルの国の金属需要を担っていた。
衣料品や金属製品の充実は、文明を加速度的に進歩させる。
謂わば産業革命が起こったようなものだ。
生活水準を上げる器具が次から次へと生み出されていた。
そのひとつに熱を入れる人物の顔が思い浮かぶ。
胡散臭いのに人情味に溢れた愛嬌のある──チョイ悪親父の顔だ。
「……そういえばオリベさんの姿が見当たらないな」
妖人衆のまとめ役──オリベ。
かつて数寄者の戦国武将だったという彼は、その経験を活かして妖人衆の大将的な役割を果たし、内政方面では各種族との協力体勢を確立してくれた。
オリベにはツバサもいくつかのアドバイスを貰っている。
いつもなら生産系の工房を視察するように見て回り、そこで得られた成果を見届けては、より良い発展を目指して職人たちに発破をかけているのだが……。
「そういやオリベのじいちゃんいないね? どこいったん?」
ミロの千里眼でも見付けられないらしい。
ツバサも神様らしく千里眼の技能を用いて具に見て回ったが、オリベの姿は街の何処にも見当たらなかった。まさか気配でも隠しているのか?
するとフミカが「違う違う」と片手を振った。
「オリベさんなら今日は街にいないッスよ。多分あちらッス」
そういってフミカは人差し指で北を指した。
ハトホルの国の北を守るように聳える──背の高い山脈。
大地母神が土地を整えた際、いつでも山の幸に恵まれるよう地脈の力を濃くしておき、種族たちが資源を集めやすいように仕込んでおいた。
山の麓から街の中央まで、太い舗装道路が走っている。
山脈側の道路付近には村ができており、鉱山で採掘仕事をする種族たちが寝泊まりするようになっていた。先ほどのコボルトたちはこの村から来たのだ。
この村、単なる鉱山夫の寝床ではない。
呼び方もまだ定まっておらず、「鉱山村」と呼ぶ者もいれば、「陶器村」と呼ぶ者もいる。割合は今のところ半々くらいだ。
前述の通り、この山脈は恵みをもたらすようにツバサが用意した。
そこには木材となる木々、食材となる山草、鋼材となる鉱脈……これらだけではなく、陶磁器の材料となる粘土もふんだんに採れる。
ダインとジンのアイデアを採用したものだ。
そのため、この村では山で採れた粘土から焼き物も作っていた。
村のはずれには、いくつもの窯が構えられている。
山の斜面を利用した登り窯が目立ち、その他にも各種の窯が並んでおり、そこで土いじりに精通した種族が多様な陶磁器を作っていた。
コボルトは鉱山専門──この種族はまた別の新しい種族である。
彼らの才能に、オリベは惚れ込んでしまったのだ。
暇を見付けては足繁く通っているようで、その熱の入れ様が窺える。妖人衆の中にいる焼き物職人たちに頼み込んで、あちらに移住させたそうだ。
両者を連携させ、日夜新しい陶磁器の開発に余念がないという。
「さすがは織部焼の祖……本当に数寄者なんだな」
燃え尽きることのないオリベの情熱を、ツバサは密かに羨んだ。
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