想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第11章 大開拓時代の幕開け

第261話:まだまだ増えるよ!

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 森の仲間の大合唱が落ち着いた頃──。

 人間に近い獣人に戻って作務衣さむえを着たアハウから、新たな2種族の代表を紹介してもらう運びとなった。

 ツバサたちに平伏する種族のおさが2人。

 それぞれの種族も族長に従って、みんな頭を下げている。

 あぐらをかいた姿勢で握った両手を地面に押し当て、深々と頭を下げる姿は武士のようだった。女性は正座で三つ指ついている者が多い。

 武骨ながら礼儀正しくて親近感を持てた。

「地母神様に置かれましてはご機嫌麗しゅう──デスじゃ」

 まず挨拶してきたのは、赤毛の猿に似た種族の代表。

 一見すると──オランウータン。

 ボロボロだが着物に似た衣装をまとった初老の巨漢だ。長い腕といい恰幅かっぷくのいい体格といい、独特な顔立ちまでもがオランウータンそっくりだった。

 彼の両頬には大きなひだ・・がある。

 フミカが教えてくれたのだが、オランウータンのフランジにそっくりだそうだ。性的に成熟して優位にある個体、つまり強さの象徴として現れる特徴らしい。

(※フランジ=オランウータンの雄に現れる特徴。前述の通り、両頬に大きなひだができる。これは一定区域に暮らすオスたちの中で「自分が一番強い」と認識した個体のみに現れる。その個体が何らかの理由で消えると、その区域で二番手だった個体が「今は自分が一番強い」と認識し、新たなフランジを得るという)

 この種族の場合、種族の代表に現れるもののようだ。

「ワッシはウタン──ショウジョウ族の長老でございますデスじゃ」

「ショウジョウ族? ひょっとして……猩々しょうじょうか?」

 猩々緋しょうじょうひという日本独特の色彩がある。

 黄色味が強い赤を差す言葉だ。その猩々緋と関係あるのだろうか? 能の演目にも『猩々』というタイトルがあったと思う。

 ツバサの知識ではこれが限界だった

「バサ兄バサ兄、その猩々で間違ってないッスけど、この人たちは幻想上の動物というか……日本や中国では妖怪とされた種族ッスよ」

 ツバサの呟きを拾ったフミカが解説してくれた。

 猩々とは猿に似た幻獣だという。

 その容姿は資料によって差があれど、共通する点も多いそうだ。

「黄や赤の鮮やかな体毛、人間のように二足歩行で歩き(犬のように歩くとも)、犬が吠えるような甲高い声で喋り、人間そっくりの顔や手足を持ち、動物の言葉もわかるが人語も解する……って感じッスね」

 その血は驚くほど赤く、顔や体毛も真っ赤であることから猩々緋という色の名前ができたともされているそうだ。

「あと特筆とくひつすべき点は──無類の酒好きッスかね」
「……特筆すべき点かそれ?」

 サテュロスもそうだが、妖精や妖怪には酒好きが多い。

 猩々の場合、浜辺に酒樽さかだるを置いて、そのまわりにたくさん履き物をばらまいておくと、したたかに酔っぱらって履き物にもつれる。

 すると簡単に捕まえられるそうだ。

「他にも動物と人間の通訳を務めたって説話がいくつかあったり、その肉を食べると足が速くなるっていう伝説もあるッス」

 何その脚力が物を言うスポーツ選手が欲しがる強化バフ効果?

 しかも永続的というからあやかりたい。

 ところで、現実ではオランウータンを和名で猩々しょうじょうと呼んでいた。
(※中国名の猩々がそのまま日本に伝わった)

 奇しくも長老のウタンはオランウータンにそっくりだ。

 知恵が回るのか口が達者なのか、ウタンは饒舌じょうぜつに「アハウに助けられて感謝していること」「この恩は一族が未来永劫報いていくこと」「地母神さまはお綺麗デスじゃ」などなど……おべっかを交えて長々と話してくれた。

 この長老、なかなか幇間たいこ持ちらしい。

「……ウタン殿、そろそろ宜しいかな?」

 待ちかねたのか、もうひとつの種族の代表が声をかけてきた。

「おお、申し訳ない……喜びのあまり、つい舌が回りすぎたようデスじゃ」

 ウタンは非礼を詫びると話す場を譲った。

 引き続き、半獣人の種族の代表から挨拶を受ける。

「私はガジャラム──ウアイナワル族の酋長しゅうちょうです。よろしくお願いします」

 座ったまま深々と頭を下げてもツバサより大きい巨漢。

 ウタンも立ち上がれば2mくらいありそうだが、ガジャラムと名乗った彼はそれを越える大男だった。ダルマの3mに匹敵するかも知れない身の丈だ。着ている服はゆったりしたインドの僧侶風の衣だが、やはり襤褸切ぼろぎれとなっていた。

 大作りだが引き締まった顔立ち、こちらを見つめる眼差しには思慮しりょの深さを忍ばせる賢者の風格があった。彼もまた、動物っぽいところがあった。

 鼻が縦に長く、おまけに大きく膨らんでいる。

 大きめな耳も顔と垂直になっており、団扇うちわみたいに大きめだ。

「なんかオジサン──象っぽい?」

 ミロが悪気なしに感想を述べると、ガジャラムは愛想良く唇を曲げた。

 悪い気はしない、といった表情である。

 一方、こっちの娘は見たこともない表情を浮かべていた。

「ウアイナワル……ってなんスかそれ?」

 フミカは眼鏡からはみ出しそうになるまで瞳を見開き、黒目が点になるまで瞳孔どうこうを絞ると、唇をわななかせて顔を冷や汗まみれにしていた。

 猛烈な勢いで【魔導書】グリモワールを速読する。

 次から次へと新しい【魔導書】を取り出してはパラパラと流し読みし、該当する種族名を見つけようと躍起になっていた。

「ウアイナワルなんて見たことも聞いたこともないッス! 妖精? 妖怪? 神霊? 亜人? 悪魔? 怪物? ないないない……どこにも見当たんないッス! もしかして真なる世界ファンタジアだけの固有種族? 今までエルフとかドワーフとかケット・シーとかハルピュイアとか、現実でもちゃんと言い伝えられてきた種族ばっかりだったのに……ここに来て新種発見スか!?」

 ──自分が知らない種族がいた。

 自らの無知が許せない怒りと、未だ見ぬ知識に出会えた嬉しさで、フミカは知的好奇心は爆発寸前だった。ツバサは「どうどう」と落ち着かせる。

「ウアイナワルか、その名前なら心当たりがある」

 思わせ振りな一言がアハウの口から漏れた途端、フミカは食いついた。

 ツバサの制止を振り切って、アハウに詰め寄ったのだ。

「アハウさん知ってるんスか!? 知識の独り占めは良くないッス! 知識は共有してこその知的財産ッス! 教えてッス! 話すッス! 伝授するッス!」

「落ち着け、この博覧強記はくらんきょうき娘! ステイッ!」
「ハッハッハッ、ツバサ君のところの娘さんはみんな粋がいいな」

 目の色を変えてアハウに飛び掛かろうとするフミカを、ツバサは粗相しないようにと後ろから羽交い締めにして取り押さえる。そのやり取りを母娘おやこのスキンシップとでも思っているのか、アハウは微笑ましく見守っていた。

 フミカが大爆発する前に、アハウは知っていることを教えてくれた。

「ウアイナワルという名前はおれも初耳だが……しかし、“ウアイ”と“ナワル”に分ければ別だ。おれには馴染なじみのある名前となる」

「馴染みがある? そういえばアハウさんは……」

「マヤやアステカ──中米考古学の非常勤講師をしていたよ」

 その知識からマヤ語で王を意味するアハウと、太陽神ケツアルコアトルの別名とされるククルカンをハンドルネームに付けたと聞いている。

 アハウは持ち前の知識を分けてくれた。

「ウアイとはマヤ文明で使われたマヤ語に由来する。ナワルはナワトル語、こちらはアステカ文明で使われた言語だと思ってくれればいい」

 詳細を突き詰めると専門分野の長い話になりそうなためか、アハウはツバサたちにもわかるよう簡略してくれた。

 フミカは聞きたがる素振りをしたが、不意に大人しくなった。

 アハウの言葉にピン! と来るものがあったらしい。

「ウアイとナワル……あ! 確か、どっちも……」

「やはり、フミカ君ならそれぞれの単語は知っていたか。そう、どちらも同じような存在だ。特殊能力者というか憑き物筋というのか……場合によっては権力者でもあったから、神懸かり的な人々だったと伝えられているな」

 ウアイとナワル──本質的には同じものらしい。

 彼らはその身に神や精霊を宿しており、よく知られている言葉では魔女やシャーマンに近い存在とされている。極度の興奮状態になったり、危機的状況に陥ったり、或いは妖術で身の内にいる神の力を呼び起こすとされていた。

 神の力に覚醒した彼らは獣に変身する。

「日本の創作フィクションでは、よくジャガーに変身するので“ジャガーマン”として取り上げられることが多いな。実際には様々な鳥獣に変身するパターンが確認されているし、稲妻などの自然現象に変身するとも言い伝えられている」

 ケツアルコアトルと対をなす神──テスカトリポカ。

 この神もジャガーに変身したらしい。

 ちゃんと理解しているかどうか怪しいが、話を聞いていたミロは人差し指を加えながら子供みたいに首を傾げた。

「動物に変身するの? それなんてライカンスロープ?」
「もしくはワークリーチャーってやつッスね」

 ミロの感想にフミカも付け加える。

 どちらもファンタジーゲームで見掛けた単語だ。

 獣化能力とでも言えばいいのか──。

 動物に変身する能力を持つ者を、日本のゲームではよく『ライカンスロープ』や『ワークリーチャー』と名付けている。ワークリーチャーの場合、変身する動物によって更に呼び方が細分化されることが多い。

 例えば、狼に変身するならワーウルフ、猫に変わるならワーキャット、ライオンに変身するならワーライオン……といった具合だ。

「ワークリーチャーはともかく、ライカンスロープはな」

 ミロの感想を拾ったアハウは講師らしく持論じろんを述べる。

「元々ライカンスロープとはギリシャ語の“リュカントロポス”を英語読みにしたものだ。しかし、このリュカントロポスは直訳すると狼男となる。つまり、非常に限定的な呼び方なんだが……様々な動物に変身する種族の総称として使うならば、“セリアンスロープ”を用いるべきだと聞いたことがある」

 ギリシャ語でリュコスが狼、アントロポスが人間(の男性)を意味する。

 この2つから生まれた造語がリュカントロポスであり、英語に直されてライカンスロープという言葉が生まれた(リカントロープと読む場合もあり)。

 しかし、これだと狼男という意味になってしまう。

 広義に「動物に変身する種族」を指すならば、ギリシャ語で野生動物を意味するセリオンを用いて、セリアンスロープという言葉が相応しいそうだ。

「……少々脱線したが、彼らはそういう種族らしい」

 アハウに促されたガジャラムは目礼すると立ち上がった。

 話題にされていることをわかっているようだ。

「さすがは神族のお歴々れきれき……ウアイナワルわれらのことを私たちよりわかっているご様子、感服いたしました。せっかくですので自己紹介も兼ねて……」

 ひとつ──御覧になっていただきましょう。

 言うなりガジャラムは立ち上がったにもかかわらず、両手を地面について四つん這いとなった。それでもミロの身長より高い。

 むん! と唸って力を入れた瞬間、ガジャラムの身体が膨れ上がる。

 物理的にも膨張したが、魔力の充満じゅうまんも凄まじかった。

 キサラギ族やスプリガン族にこそ及ばないものの、今まで出会ってきた種族の中では桁違いの魔力量だ。体内に魔力がこみ上げる度、ガジャラムの身体も巨大化していく。その大きくなる速さは周囲を慌てふためかせた。

 膨張を続ける肉体は圧倒的な質量になりつつある。

「おっとっと……ガジャラム殿、周りに気を遣ってくだされデスじゃ」

 ウタンもゴリラみたいな四足歩行で飛び退いた。

「酋長ーッ! 変わるなら一言断ってくれとあれほど!?」
「離れろーッ! ガジャ酋長が変身するぞーッ!」

 ウアイナワル族の仲間たちも大わらわで離れていき、近くにいたショウジョウ族にも逃げるよう呼び掛ける。そんなに傍迷惑はためいわくなのか?

 ガジャラムは見る間に大きくなり、ツバサたちも見上げるほどだ。

 巨大化する身体は灰色の厚い皮に覆われていき、四つん這いだった手足は四足獣の脚となる。ただし、それは馬や牛より遙かに太く、円筒型の野太い脚だ。

 人間の時から目立っていた鼻は太く長く伸びていく。

 それは耳も同じで、団扇どころか旗のように波打っていた。

 魔力を帯びた変身のためか、着ている衣服は破けていない。まるでゴムのように伸びて変型すると、動物化した身体にまとわりつく。

 やがて完全に変身を遂げたガジャラムに、ミロは手を叩いて喜んだ。

「おおーっ、ゾオン系悪魔○実? ゾウゾウの実だね」
「象は象だけど……このサイズはマンモス級だろ」

 ガジャラムは、一頭の巨大な象に変わっていた。

 ツバサも幼い頃に動物園で見たぐらいの記憶しかないが、明らかに大きさの規模が違う。インド象やアフリカ象の比ではない。

 規格外の巨体を誇るマンモス級の巨獣きょじゅうである。

 長くて頑丈そうな鼻は大型クレーンの代わりになるスケールだし、一対の雄々しい牙は破城槌と見紛うばかりの剛健っぷりだ。軽く足踏みするだけで地震のような震動を起こす図体、突進されたら小さな街など一溜まりもあるまい。

 ガジャラムは象らしい雄叫びを上げた後、その巨体でかしずいた。

 敬意を向ける先にいるのは──アハウだ。

「獣の力を奮うことこそ我らの真髄……久方ぶりの腹を満たした食事で、この姿に変われたのも実に数年ぶりのこと……その上、神族の庇護に預かりしこの安住の地に住まわせていただけるとは……この恩、是非とも報いさせていただきたい」

 我らウアイナワル一族──獣王神アハウ様に絶対の忠誠を!

 ガジャラムの宣誓せんせいすると、ウアイナワル族の者たちは酋長に倣うかのように獣化して遠吠えを走らせてからアハウに傅いて臣従しんじゅうの意を示した。

 完全に獣に変わることもできるし、手足が人間のままな獣人にもなれる。

 これは個人差があるのか、後で聞いてみたいところだ。

「これはこれは……そんなに派手なことをされてしまうと、ワシらは立つ瀬がないデスじゃ。ワシらショウジョウは地味なんデスじゃ」

 ウアイナワル族が盛り上がっていると、負けじとショウジョウ族もアピールに乗り出してきた。ウタンもアハウの前で再び平伏する。

「ワシらにできることといえば、これくらいのもの……おい、若い衆!」

「「「へい! お頭かしら!」」」

 長老からの鋭い呼び掛けに若いショウジョウたちが応じる。

 次の瞬間──彼らの姿は消えていた。

 ツバサは目で追えていたが、なかなかの高速移動だ。

 光速はさすがに無理だが、亜音速には達しているのではなかろうか? 空気抵抗をものともせず、すり抜けるような速さでジャングルを疾駆しっくしている。

 これほど速く動ける種族に出会ったのは初めてだ。

 神族ならば捉えられるが、並の動体視力では追いつけまい。

 猩々の肉を食べると足が速くなる、とフミカが説明していたが、当人たちも俊足らしい。文字通り「目にも止まらぬ速さ」だった。

 ウタンの命を受けた若いショウジョウたちは森に分け入り、手頃なフルーツを集めてくると戻ってくると、ツバサやアハウの前に傅いた。

 両手いっぱいの果実を神々に捧げてくる。

 ショウジョウは体力を取り戻した若者たちの働きぶりを見て、誇らしげに微笑むと目尻に涙を溜めていた。それを隠すように頭を下げた。

「異世界より来るバケモノに追い回されて食うや食わずの毎日……このように満ち足りた食事と、神族に庇護された土地に住まわせていただけるというのなら、我らショウジョウ族、末永くアハウ様の手足となって働きますデスじゃ」

 ショウジョウ族もまた──アハウへの臣従しんじゅうを誓った。

   ~~~~~~~~~~~~

 スマホを介した簡易的な四神同盟による会議。

 クロウ陣営がケンタウロス族とサテュロス族を預かると報告したのに合わせて、アハウ陣営が2つの種族を保護することも報告していた。

 ショウジョウ族とウアイナワル族だ。

 これでクロウやアハウの陣営も、ツバサやミサキの陣営同様の多種族による国家樹立への道を歩み始めたことになる。これは大きな進歩だろう。

 いずれ各陣営の種族を引き合わせ、異文化交流させてやりたい。

「……なんて未来の展望は尽きないですけど、まずは現実的な対処ですね」
「ああ、彼らの寝床を確保してやらねばならんな」

 ツバサとアハウは腕を組み、揃って振り返った。

 アハウたちの拠点であるマヤアステカ風ピラミッド。

 そこを中心にログハウスに一歩劣る造りのヴァナラ族の家々が立ち並び、ささやかな村ができていた。ピラミッドの前は広場になっている。

 その広場に聖猿のヴァナラ族、赤猿のショウジョウ族、獣人のウアイナワル族が勢揃いしており、大きなかがり火を中心にお祭り騒ぎではしゃいでいた。

 ──元より気のいいヴァナラ族。

 同じくアハウの眷族となったショウジョウとウアイナワルを快く受け入れ、炊き出しから間を置かずに大宴会を始めてしまった。最近ではククルカンの森で集めた果物から果実酒を醸造じょうぞうすることを覚えたらしい。

 久方ぶりの酒にありつけ、ショウジョウ族の喜びは一入ひとしおだった。

 ウアイナワル族は酒よりも食い気に走っており、カズトラやバリーが狩ってきた大型モンスターの肉をガツガツ貪っている。草食獣に変身する面子もお肉が大好きみたいだが……本質的には人間に近いのかも知れない。

 賑やかなのはいいことだが──アハウは半眼で頬をゆるめた。

「ショウジョウは300前後、ウアイナワルは200半ば……人数的にそれくらいか。これだけの人数を受け入れるキャパシティはこの村にない」

 どうしたものか、とアハウは苦笑する。

 取るべき手立ては1つしかないが、それを遠慮したい苦笑いだ。アハウ陣営には工作に長けた者がいないので一苦労なのがしのばれる。

「村を拡張するしかないでしょうね」 

 ツバサは愛想笑いで付き合い、それしか手立てがないと告げた。

 幸いなことに──まだ工作の変態がいる。

「彼らには自分たちの住処すみかをいずれ自力で建ててもらうとして……それまでの仮設住宅は俺たちが用意してあげてもいいんじゃないですかね」

「──おうちを建てると聞いて!」

 ツバサとアハウの会話に聞き耳を立てていたので、マスク越しに耳に手を当てたポーズでジン・グランドラックが滑り込んできた。

 アハウは自分たちで仮住まいを用意しようと考えていたため、ジンが工作系に長けていることをうっかり失念していたらしい。

 別に──アハウは家を建てる労力を惜しんだわけではない。

 アハウたちだけでは500人分の仮設住居を作るのに時間が掛かるため、彼らを待たせることに罪悪感を覚えたのだろう。

 他陣営を頼ることを念頭に置かない、律儀な性格である。

 ダインやジンは工作が趣味だから一声頼めば「はい喜んで!」と何でも作ってくれる生粋の工作者クラフターなのだ。遠慮すると逆に怒られかねない。

「ダイジョーブ! 俺ちゃんにお任せあれ!」

 割と厚い胸板をバンバン叩いて、ジンは積極的にアピールしてきた。

「ひとまずみんなが寝泊まりできるお家、それに毛布や寝床なんかを用意すればOKですか? そんなの俺ちゃんの足に掛かればちょちょいのちょいですよ!」

 そこは手に掛かればだろ、とツバサはツッコミを忘れない。

「足に掛けるな、手に掛けて作れよ、手作りしろよ」
「ツバサお姉様ご存知ない? 俺ちゃん、足も器用なんですよ?」

 言うなりジンは片足のブーツを脱いで裸足になると、足の指先だけでどこからともなく取り出したガンプラを作り始めた。ニッパーやヤスリ掛けまで丁寧にやっているのを見ると、器用というより曲芸にしか見えない。

 しかも作っているガンプラは難度の高い“PG”というグレードのものだ。

「だとしてもだ、両手が空いてるんだから手作りしなさい」
「アイアイマム、ちゃんと手掛けて作ります!」

 誰がマムだ、とツッコむ前にジンはちょこまか動き出した。

 ジンは調子の外れたスキップでヴァナラの村のはずれまで進むと、そこから先に踏み込めば鬱蒼としたジャングルだ。その手前で足を止める。

 密林を眺めていたジンは顔を仰け反らせ、変なポーズで振り返った。

「アハウさ~ん、こっち方面の森を切り開いて仮設住宅の村を作っちゃってOKっすか~? 面積はこの村よりちょいと広めな感じで~?」

「それくらいなら構わないが、ジン君……」

 アハウが言葉を選んでいる間に、ジンは密林へ向き直るった。

 やや背を屈めて掌を真っ直ぐにすると、両腕を胸の前でクロスさせる。

 交差した腕にマスクを乗せるようなポージングを取った。

「ほんだわけぇのぉ……チョイヤッサッ!」

 珍妙な呪文を唱えて両腕を左右に広げた直後──。

「なっ…………一瞬で村ができたッ!?」

 アハウが瞠目どうもくするのも無理はない。

 瞬きする間に密林が切り拓かれて村よりも広く整地されており、その上に何十棟ものログハウスが軒を連ねていれば誰だって驚くはずだ。

 ジンは余裕綽々なのに、わざとらしく手の甲で額を拭った。

「ふぅ~! 材料の木材は目の前のを伐採して調達できましたし、それ以外の材料は俺ちゃんの道具箱インベントリに揃ってたんで何とかなりましたね~♪」

 ツバサは慣れてきたものの、まだ目を見張ってしまう。

 ジンの過大能力オーバードゥーイング──【神の手ゴッド・を持つハンド・工作者】クラフター

 作りたい対象の設計図がジンの脳内にあり、それを作るための材料が手近(もしくはジンの道具箱)に揃っていれば、瞬く間に完成させてしまう能力。

 時間や過程──そういった製作工程を省けるのだ。

「話には聞いていたが……いざ目にすると圧巻の一言だな」

「俺たちならこの区域を一瞬で更地にすることもできますけど、ジンの能力はその真逆……破壊ではなく創造をあっという間にこなす能力ですからね」

 新たなものを作り出す労力は、ただ壊すだけの暴力を遙かに上回る。

 そういう意味では高等な能力なのかも知れない。

 考えてみれば、ジンは誰にでも優しい共感性の持ち主だ。

 現地種族も分け隔てなく大事にするし、各陣営で工作関係の面倒が起きれば颯爽と駆けつけ、見る間に解決していくと見返りを求めず帰っていく。

 本当にいい子なんだよな──変態マゾであることを除けば!

 ツバサは音もなくジンの背後に忍び寄った。

「およ? ツバサお姉様なに……痛たたたたたッ!? 唐突なヘッドロック!?
いや、チョークスリーパー!? 気道が塞がれてるでごぜぇますだぁ! あ、でも後頭部に柔らかいものが……痛くて気持ちいいところに頭なでなでーッ!?」

「うるさい──たまにはストレートに褒めさせろ」

 よくやった、とツバサは褒めながら小脇に抱えたジンの首を締め上げつつ、そのマスクマンな頭を撫でてやる。ヘッドロックは照れ隠しだ。

 ジンに技を極めたまま、アハウの近くまで戻ってきた。

「ツバサ君、それ……獲物をくわえた牝ライオンみたいだぞ」
「誰が牝ライオンですか」

 そんなことより──ツバサはジンを締め上げたまま尋ねる。

「さっきの電話でもお願いしたと思いますが……ショウジョウやウアイナワルから聞けましたか? 彼らがここへ向かっていた理由について……」

 ツバサが問い掛けると、アハウは面持ちを引き締めた。

「ああ、君が予想した通りだったよ」

 彼らもまた夢に導かれたと証言したらしい。

「最初は子供たち、次第に若者や大人に老人たちまでもが『光に集まれ!』と命令されるような夢を見て、いぶかしみながらもそれを頼りに旅立ったそうだ」

 即ち──微かな希望にすがるほど追い詰められていた。

 いくら種族の全員が夢に見たとはいえ、その夢を頼りに行動を起こすのには思い切った決断力を要したのは、想像に難くない。

「そうでしたか、やはり……」

 ツバサは確信した。もう間違いない。

 ジンをヘッドロックから解放したツバサは走り出す。

 目当ての人物はヴァナラやショウジョウに混じって、大宴会のかがり火の回りで踊っていた。誰とでもすぐ仲良くなれるところが彼女らしい。

 ツバサは宴会の輪をすり抜けていき、彼女のところへ急ぐ。

 間近に迫る気配に気付いた彼女──ミロはこちらを意外そうに見つめていた。

「ほえ? どったのツバサさ……んんんんのんんんんんんッ!?」
「よくやった、ミロ! 全部おまえのおかげだ!」

 掛け値なしの賛美を送ると、思いっきりミロを抱き締めた。

 胸の谷間に埋めるどころか、そのまま胎内に押し戻して産み直したいほどの愛情を込めてだ。それから両手で持ち上げて「高い高い」の要領で振り回し、互いの肌がくっついて離れなくなる勢いで頬を密着させる。

 挙げ句、公衆の面前で何度もディープキスをかましてしまった。

 ツバサ自身、舞い上がる気持ちだったのだ。

「ツ、ツバサさんが、こんな大胆不敵に電光石火でアタシを褒めるなんて……なになに、アタシってば何しちゃったの!? 心当たりゼロなんだけど!?」

「この間の過大能力オーバードゥーイングだ! おまえ、全世界に呼び掛けただろ!」



『この世界で路頭に迷う数多の種族たちよ──我らの元に集え!』



 失敗だと思っていた“あれ”が効果を発揮していたのだ。

「おまえがそう思っていたように、俺も多くの種族を空間転移で集めるものだと思い込んでいたが……違ったんだ、あれは号令として伝わってたんだ!」

 未だ多くの現地種族が難民のように彷徨さまよっている。

 そんな種族たちにハトホルの国、イシュタルランド、ククルカンの森、タイザン平原……安全地帯があることを報せ、そこを目指すように促していたのだ。

 世界を創り直す能力の面目躍如めんもくやくじょ──といったところか。

「これは始まりに過ぎないぞ……もっと多くの種族が俺たちのところにやってくるはずだ! たくさんの種族を救うことができる! ハハハハハハハッ!」

「ちょ、ツバサさんがかつてないハイテンション!」

 嬉しいのについていけないアタシ! とミロは失礼なことを言う。

 珍しくツバサが我を忘れて上機嫌にはしゃぎながらミロを愛でるも、ミロは慣れてないためか嬉しそうなのに困惑しきりだった。変なところで噛み合わない。

 すると、そこへ──またツバサのスマホに着信。

 クロウにアハウと続いたので順番的に愛弟子ミサキかな? と思った。

 予想外にも連絡してきたのは身内。家族ではなく眷族の方。

 スプリガンの若き総司令官、ダグ・ブリジットからの通信だった。

 彼らは他の現地種族よりも強い亜神族に分類される。

 そのため、ツバサたちの近衛兵的な役割を担ってもらっていた。

 今ではハトホルの国の警護全般を任せている。

 まさか蕃神が襲撃してきたのかと悪い予感に表情を曇らせながらも、ツバサは間を置くことなく通話ボタンを押した。

「もしもし、ダグ君か……何かあったのか?」

 予想に反して通話越しのダグの声が明るいものだった。



『ハトホル様、朗報です──いくつかの種族の保護に成功しました』


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