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第11章 大開拓時代の幕開け
第260話:ヤーマの構想~環状都市計画
しおりを挟む──人馬のセントール族と山羊人のサテュロス族。
この2種族はクロウが預かることになった。
スマホを通してミサキやアハウとも連絡を取り合い、簡単な話し合いは済ませておいた。簡略式の四神同盟の会議を開いたみたいなものである。
報告・連絡・相談──この3つは重要だ。
今後、どんな事態が起きるかも知れないので、それぞれの陣営がどのような状態にあるかの連絡は密にしておくべきだろう。
これがツバサたち四神同盟トップの共通見解だった。
「差し当たって……これからどうしましょうかね」
クロウは平伏する現地種族を見渡した。
セントール族とサテュロス族、合わせて300人ほど。
どちらも同じくらいの人数なので、1種族150人程度になる。
「せっかく艱難辛苦の旅の果てに、私たちの許まで辿り着いてくれたのですから、野宿はさせたくありませんが……キサラギ族の街はまだ発展途上です。これだけの人数を受け入れる施設はありません」
ツバサは解決策を閃いたが、それよりもクロウの優しさに痛み入った。
クロウの気配りな心配は細部にまで及んでいた。
「セントールの皆さんもサテュロスの皆さんも脚は“蹄”です。あの街は岩山の中にあります。私たちやキサラギ族はともかく、彼らの脚では負担になるのでは……いやまあ、峻険な岩山で暮らす野生馬や山羊もおりますが」
確かに、山岳地帯に生息する有蹄類はいる。
切り立った断崖絶壁に暮らす山羊や、谷や渓流をヒョイヒョイ跳びはねる羚羊のように、悪路どころではない場所を生息域とする有蹄類は多い。
意外かも知れないが、馬も種類によっては崖や谷を平気で上り下りする。
平地での走りに特化したサラブレッド種や、軍馬や農耕馬などに使役された大型種は無理だが、日本産の木曽馬のように小型で身軽な種ならば問題ない。
――源義経の逆落とし。
源平合戦にて一ノ谷という崖を背後に陣を張った平家に対し、源義経とその軍勢は騎馬で崖を駆け下りて急襲することで大勝した逸話だ。
これは義経が崖を降りていく鹿を見て「鹿が行けるなら馬も行ける」という、当時の常識からすれば無理無茶無謀な作戦を成功させた例だが、動物学的見地から見れば「できなくはない」と実証した例だろう。
動物の適応能力を舐めてはいけない、ということだ。
しかし、セントール族のサラブレッドに匹敵する馬体や、サテュロスのしなやかで細い足腰を見るに、岩山で暮らすには不向きそうだ。
彼らの体格は明らかに平原向けだった。
「どちらにせよ、彼らに暮らしやすい土地ではありません」
「やっぱり脚がネックになりますね」
彼らの足腰は、このタイザン平原みたいな平地が向いている。
「そのことですが──私から提案がございます」
降って湧いた美声にツバサとクロウは「え?」と目を丸くした。
骸骨なクロウは眼球がないのだが、頭蓋骨の落ちくぼんだ眼窩を丸くして驚いている。シャレコウベなのに表情のバリエーションが豊かだ。
聞き覚えのある声に振り向けば、キサラギ族の娘たちがホクトやクロウを手伝って青空キッチンの後片付けをしていた。
その娘たちから1人、こちらへ歩いてくる者がいる。
「ヤ、ヤーマ君!?」
「いつの間に……って最初からいたのか!?」
はい、おりました──ヤーマは表情を変えずに答えた。
「勝手ながら、私もお手伝いに参加させていただいておりました」
キサラギ族族長補佐──ヤーマ・ホウト。
族長ダルマ・ホウトの実子にして補佐役を務める彼は、額に鬼神の角を掲げるが天使の如き絶世の美貌を持つ青年だった。ただし、その美貌を損なうくらい無表情なので、まったくといっていいほど愛想がない。
彼もキサラギ族の娘たち同様、三角巾に割烹着という出で立ちだった。
その美形もあって、おさんどんの1人だと思っていた。
変装のつもりなのか? それとも素でやっているのか? 無表情なので顔色から心中を窺えないし、ツバサもクロウも気付かなかったので驚いている。
「えっと……ヤーマ君、その、提案というのは?」
おさんどんなコスプレにツッコまず、クロウは努めて冷静に問い掛ける。
ヤーマは片手を上げ、居並ぶ現地種族たちを振り仰いだ。
「こちらにおられる方々への待遇です」
ヤーマの提案はこのようなものだった。
「彼らには還らずの都の麓──即ち、この近辺に村を作って定住していただこうと思います。無論、そのためのお手伝いは我らキサラギ族も援助いたしますし、我々も岩山の街から再びこちらへの移住を検討しておりました」
「キサラギ族も……そうか、還らずの都を警護するためだな」
その通りです、とヤーマはツバサに受け答える。
「現状、岩山の街からこちらの駐在所へ護衛の人員を入れ替わりで派遣してますが、これは我が一族の使命からすると、とても効率が悪い。やはりキサラギ族は還らずの都に侍るべきだと愚考していたところです」
天使のような美貌に不釣り合いなバリトンボイス。
淀みない口調ながら聞きやすいペースで、ヤーマは理路整然と語る。
まるでプレゼンを聞いているみたいだ。
「還らずの都は我々が想定したよりも遙かに堅牢で、ククリ様の他にはその門扉を開くこともできない……この2つを把握できたのは我らキサラギ族にとって幸いでした。余程のことがない限り、乱暴狼藉されないということですからね」
先の戦争で成長したククリは、還らずの都の全機能を扱えるようになっていた。
名実ともに還らずの都を預かる巫女として覚醒したのだ。
おかげで還らずの都に備わる防衛機能も十全に働き、生半可な侵攻など寄せ付けない堅牢さを誇るまでに改善されていた。
さりとて、キサラギ族は使命は変わらない。
還らずの都とククリ様を護る──これがキサラギ族の使命。
「そのためにも、やはり我々はこの地に再び新しい街を造るべきだと父上たちにも具申いたしました。岩山の街はそのままに、こちらにも還らずの都を守る防衛拠点を兼ねた街を設けたいと考えております……そこで」
あなた方に協力を願いたい、とヤーマは彼らに振り向いた。
他でもない──セントール族とサテュロス族だ。
代表者のケイロスとシレーニャはいきなり自分たちに話を振られて戸惑っているが、その表情には自分たちの置かれた身の上を案じるものがあった。
クロウの眷族としてはキサラギ族が先輩。
彼らからの“協力”という申し出、無下にはできまい。
たとえ――その申し出が理不尽だとしてもだ。
「協力、ですか……我らの力で補えることならば、なんなりと……」
「そうですね……大恩あるクロウ様のお役に立てるなら……」
明らかに鼻白むケイロスとシレーニャ。
2人の態度から心中を読み取ったヤーマは告げる。
「そう固くならないでください。決して無茶なことは申しません。クロウ様の元、共に助け合っていこうというだけです。私はですね……」
ヤーマはタイザン平原を抱えるように両腕を広げた。
「この還らずの都を守るように──円環の都市を築きたいのです」
~~~~~~~~~~~~
還らずの都は、別次元からの侵略者に対する迎撃施設だ。
その日のために地脈から世界を損なわない程度の“気”を抽出して、都の最深部に貯め込んでおり、迎撃時には一気に解放するというシステムはいいのだが、このため厄介な問題を抱えていることが判明した。
貯め込んだ“気”を狙って、モンスターが集まってくるのだ。
アンデッド系が目立つのだが、“気”に惹かれるモンスターは強力なものが多い。エルダードラゴンなんて大物まで引きつけられる。
「そういやクロウのオッチャンたちと初めて会った時もそうだったね」
「あいつらも還らずの都の“気”に引き寄せられていたんだな」
ミロとツバサは還らずの都を初めて訪れた日を振り返る。
(※第169話~第170話参照)
モンスターの攻撃では還らずの都はビクともしない。
だが万が一ということもあるので、キサラギ族が護ってきたのだ。
「還らずの都を以前のように埋没させるか、それともこのまま地表に出したままにするのか、これについてはククリ様たちが協議中ですので答えは出ておりませんが……そこから離れた円周上に、都市を建てたいのです」
ヤーマは棒で地面に絵を描きながら説明する。
還らずの都を聖地として、そこから数㎞ほど離れた場所に街を造り、それが都を取り巻くように広がっている。
還らずの都を護る防衛ラインのように──。
「ヤーマ君、その意気込みは買うが……還らずの都の大きさを把握してないわけでじゃないよな? 山というより山脈みたいなデカさなんだぞ?」
ツバサの質問に表情を変えずヤーマは応じる。
「無論です。なので、円周上にと申し上げたのは言葉の綾。正しくはいくつもの村や町が円周上に点在する形となるでしょう」
ああ、それなら──まだ納得できる。
つまり、還らずの都とグルリと取り囲む形で、四方八方に現地種族の街を造ろうとしているのだ。それらの街は防衛拠点も兼ねるつもりらしい。
地面に描いた落書きモドキの構想図では、東西南北とその間に4つ、合計8つの城塞都市を築いて、その間にも村や駐在所を建てていく。
城塞都市、駐在所、防衛拠点──これらを結んだ環状防衛ライン。
「ツバサ様やクロウ様はご存知の通り、還らずの都に貯め込まれた“気”は、強力なモンスターを呼び寄せます。我々は協力してこれを討ち、そのモンスターを資源として活用するのです」
強力なモンスターの素材ほど利用価値がある。
現実で少しでもRPGゲームに触ればわかることだった。
肉、骨、皮、臓器、神経……モンスターに捨てるところはない。古代中国の伝承だと、龍はその排泄物までもが不老長生の妙薬として珍重されたという。
これは現実世界における狩猟でも同じことが言えるだろう。
熊、鹿、猪、狐、狸――。
こうした動物を狩れば肉を食用にするばかりではなく、その骨や皮に神経から臓物に至るまで、様々なものの素材にされたそうだ。特にクジラなどは「捨てるところがない」と言われるほど徹底的に活用されたと聞く。
殺した命を最大限に活かす――それが自然への礼儀とされたわけだ。
だからヤーマの主張もよく理解できる。
「還らずの都を護り、やってくるモンスターを狩って物資とする……か」
「俗に言う一石二鳥というやつですね」
ヤーマは還らずの都を護る防衛拠点を1本の線で繋げた。
「各々の都市を繋げるように環状の交通路を整えれば移動は容易になります。これにより物流や人員の輸送も捗り、それぞれの街の発展に役立つでしょう」
「なるほろ、山手線みたいにしたいんだね」
ツバサの背中に乗ったミロは、肩越しに地面の落書きを見遣る。
ヤマノテセン? とヤーマは首を傾げていた。
「環状線といってな……いつか話してあげるよ」
説明するとややこしくなるのでツバサは先送りにした。
「無論、還らずの都の規模を考えると円環状に街を配した場合、左右への行き来は容易だとしても、都の反対側にある街同士は遠距離となってしまいます。これらの対策は元より、食糧増産のための田畑をどこに確保するかという懸念もありますし、問題は山のように積み重なっていますが……」
ヤーマの熱弁は止まらず、比例するように地面の落書きも増えていく。
現時点で見つかった問題をヤーマは挙げていき、それに対する解決案も用意しておくという抜け目のなさを披露してくれた。
ヤーマのプレゼンにツバサは「ふむ」と頷いて口元に手を当てる。
クロウも事あるごとに同意の頷きを繰り返していた。
ツバサ同様、クロウも胸の内では感心しきりだろう。
この計画が実を結べば──タイザン平原は大いに繁栄する。
この地に難民としてやってくるであろう多くの種族を受け入れる器にも成り得るし、モンスターはおろか蕃神の襲撃に備える防衛拠点ともなるはずだ。
ヤーマの才覚は大した物である。
キサラギ族は他の種族と比べて強靱なため、高い水準の文明を維持したまま今日まで生き抜いてきた。その中でもヤーマは群を抜いて優秀だった。
頭脳明晰、怜悧冷徹──礼節を重んじ思慮深い。
ツバサとクロウは見つめ合い、コクンと頷き合った。
それからキサラギ族の街がある岩山へ向けて大声で呼び掛ける。
「「──よくできた息子さんですねーーーッ!!」」
「…………いやぁぁぁ、よく言われるんですよーぉぉぉ……ッ!」
族長ダルマの声がヤマビコみたいに返ってきた。
半分冗談だったのだがツバサたちの声は届いたようだし、まさかダルマから返事があるとは思わなかった。今のはヤーマへの賛辞だったのだ。
「これは……採用の価値ありですね。見事なものですよ、ヤーマ君」
「ありがとうございます、クロウ様」
直接褒められたヤーマは慇懃に礼を述べるのみ。
こういう時でも無表情なので無愛想と勘違いされやすい。
よく観察すれば、ヤーマの瞳の奥には高揚感が滾っている。
やっぱり神様に褒められるのは嬉しいようだ。
ツバサとしても褒める以外に選択肢が見当たらないし、この構想は是非とも実現してもらいたい。ダインやジンも手伝いたがるだろう。
「俺もクロウさんと同意見だ。この計画は推し進めるべきだと推薦したい。これが叶えば、多くの種族がこの地で豊かに暮らせるようになる。モンスターを早期警戒することで迎え撃てるようになれば、街や都の安全性も高まるしな」
「殺られる前に殺れ、ですね。課題として検討いたします」
「間違ってはいないが……言い方が物騒だな」
ヤーマのこと、一日両日中に解決策を編み出すだろう。
「もうさ、ダルマのオッチャンには引退してもらって、ヤーマくんがキサラギ族のトップ張った方がいいんじゃない?」
そんな彼の有能ぶりを見て、冷やかし気味にミロは言った。
「──何を仰います!」
するとヤーマは、少しだけ眼を剥いて声をちょっと荒らげた。
どうやら彼なりに血相を変えたらしい。
族長の座はいらないとか? 父親の地位を尊重しているのか?
「一事が万事大雑把で些事にこだわらない父上が、あのキサラギ族最強とも呼び声が高い強面で族長の座についているからこそ、私は裏であれやこれやと好き勝手にできるのです! 父上にはあと500年、族長の地位にいてもらいます!」
「一族最強の強面って……ヤーマ君、お父さんをなんだと……」
「まあ、ダルマさんは確かに怖い顔してるけど……」
これにはクロウもツバサも渋面するしかない。
キサラギ族族長──ダルマ・ホウト。
ヤーマの父親とは思えない、身長3m越えの巨漢を誇る大鬼だ。
鍾馗様を100倍厳つくした顔というか、閻魔様を100倍怖くした顔というか……笑えば人懐っこいエビス顔なのだが、素が恐ろしすぎる。
実際、キサラギ族最強はダルマだった。
ヤーマも充分強いが、LVや戦闘力ではまだまだ追いつけない。
しかし息子が評する通り、ダルマはアバウトな性格なので、細かいことはヤーマが取り仕切り、それにダルマが承認するという流れがほとんどだった。
ある意味、父親を隠れ蓑に権勢を振るっているようなものだ。
「……ねえ、それなんて闇将軍?」
さすがのミロも呆れ顔で半笑いを浮かべていた。
ヤーマの言う「好き勝手」とは、キサラギ族が発展するための公共事業を指しているので、別に悪事を働いているわけではない。ただ、族長権限で自分のアイデアを推し進め、物事をスムーズに進めたいだけなのだ。
すべては仲間の生活を守るため──将来性の高い族長補佐である。
「ですので、あなた方に協力を願いたいのです」
ヤーマは同じ文言を繰り返し、彼らへと振り向いた。
ケンタウロス族の長ケイロスと、サテュロス族まとめ役のシレーニャ。
ヤーマは三角巾を取って割烹着を脱ぐと、いつもの格好に戻った。
それからキサラギ族の代表として、その場に膝をつく。
クロウやツバサへ跪いている彼らと同じ目線になるよう合わせ、正座をして両手を足の付け根に置くと、彼らに向かって深々と頭を下げる。
「これほどの大がかりな計画。とても我ら一族だけでは成し得ません。そこで、共に神々の眷族だったという皆さまのお力添えをお願いしたい」
真摯に願い出るヤーマ、言葉にも誠意が込められている。
礼節を重んじる彼の態度に、ケイロスやシレーニャの緊張も薄れてきた。
族長たちの安堵は、それを見守る仲間にも広がっていく。
「共にこの地で生きる者として、クロウ様やツバサ様に恩を受けた者として、彼らの世話になるだけではいけません……我らは我らにできることを、モンスターとは自力で戦い、別世界から現れる蕃神より仲間を守る力を得ねば……」
そのためにも──ヤーマは語気を強めて訴える。
「──我らと手を取り合ってはもらえぬでしょうか?」
しばしの沈黙は平原に訪れる。
ツバサやクロウは何も言わず、事の成り行きを見守った。
(※シリアスブレイカーなミロはツバサが抱き締めてホールドしている)
「…………顔をお上げください、ヤーマ殿」
口を開いたのはケイロスだった。
ヤーマが恐る恐る顔を上げると、敬愛の微笑みを浮かべたケイロスが右手を差し出している。鉄面皮なヤーマもこの時ばかりは表情を緩ませた。
「我らセントール族とて同じ気持ちです。自らのことは自らの手でやる……そうでなければ子らに示しがつきません。神々の庇護に預かりながら、それに甘えるだけなど恥ずかしいばかり……我らは取り戻さねばなりません」
文明という名の英知──そして、正しくも力強い精神を。
「今はこの馬体という力しか残されていない我らセントール族ですが……協力していただけるというなら是非もありません」
おまえたちも良いな! とケイロスは号令を掛ける。
「「「ハッ、頭領の仰せのままに──!」」」
ケンタウロスの老若男女、誰1人異を唱えることなく彼に従った。
「こちらからお願いさせていただきます、ヤーマ殿」
ケイロスは改めて手を伸ばしてくる。
「……ありがとうございます、ケイロス様」
ヤーマはぎこちなく微笑み、その手を握り返した。
「その協力──私たちも一枚噛ませていただけますよね?」
握手を交わすヤーマとケイロス。
2つの手の上にシレーニャの長い指が目立つ手が重ねられた。
「私たちサテュロス族は自由奔放の遊び人と思われがちですが、これでも牧神さまや狂酒神さまの眷族……やる時はしっかり働きますわ」
仲間に入れてくださいな、とシレーニャは色目でウィンクを添えた。
「労働の後の一杯は格別……それを知る我らだからこそお役に立ちます」
あんたたちもいいね? とシレーニャも仲間に窺う。
「「「姉御のおっしゃる通り──働いた後の一杯は格別だぁーッ!」」」
本当に酒飲みな一族らしい。
老いも若きも男も女も、その合い言葉を合図に奮い立った。
ここにクロウの下──3種族が結びつくことを約束した。
炊き出しを手伝っていたキサラギ族は元より、ケンタウロスのセントール族も、サテュロス族も、みんな立ち上がって拍手喝采で祝っている。
神族が指図せずとも、自主的に手を取り合う。
期待以上の光景が目の前で起きたことに、ツバサは胸の奥底から快い熱さが込み上げてくるのを抑えられなかった。それはクロウも同じなのだろう。
「教師生活25年……こんな、感動的な場面に出会えるなんて……ッ!」
生きてて良かった! とクロウは骸骨の顔をクシャクシャにして号泣する。
真っ黒な眼窩から滝のような涙を流すとともに、課金エフェクトだという派手さはあるが攻撃判定のない炎まで噴き上げていた。
心配したミロがハンカチを差し出した。
「クロウのオッチャン、泣きすぎだって……ほい、ハンカチ」
「あ、ありがとうございますミロさん……ぢぃーん!」
涙を拭った後、鼻をかまれたのでミロが絶句する。
「クロウのオッチャン……ホネホネロックなのに鼻水出るの!?」
「ハンカチで鼻をかまれたことに怒ったんじゃないのか……」
てっきりお気に入りのハンカチなのかと思ったが、トンチンカンなことに驚いただけらしい。あれだけ涙も出るのだ、鼻水だって出るだろう。
クロウは「後でクリーニングしてお返しします」と、ミロに丁寧に断ってから涙に濡れたハンカチを懐に収めるとツバサに伺いを立ててくる。
「えっと……こういう時は『誰がホネホネロックですか!?』と答えておいた方がよいのでしょうかね? 子供受けしますかね?」
「……別に俺をリスペクトしなくていいです」
ツバサの『誰がお母さんだ!』を真似したいらしい。
最近、子供たちもツッコミ待ちで言っているし、ツバサもウケ狙いで返している感のある決め台詞なので、子供受けが欲しいクロウも使いたいようだ。
そこへ──ヤーマがやってきた。
ケイロスとシレーニャも一緒で、3人揃ってツバサに会釈する。
「ツバサ様、少々よろしいでしょうか?」
「ああ、構わないが……どうしたんだい、俺に用か?」
僭越ながら、とヤーマは申し出てくる。
「先ほどは自分たちで発展をと見得を張りましたが、やはりまだ我らの力では至らない点が多々あります。そこで……あの方々の御力を拝借したいのです」
ヤーマはチラリと還らずの都を横目にした。
空を覆うほど巨大な蕃神との戦いで見る影もないほどボロボロにされた還らずの都だが、今ではすっかり元通りの威容を誇っている。
それを直したのは他でもない──あの工作の天才たちだった。
ヤーマの言いたいことを察したツバサは先回りした。
「わかった。ダインとジンを連れてこよう。まずはセントール族とサテュロス族の仮設住宅を人数分建ててもらい、それから円環都市の構想計画を相談するといい。あいつらなら『嫌だと言っても手伝ってやる!』と騒ぐだろうからな」
ケンタウロスとサテュロスの仮住まい──。
これに関しては最初から工作者2人に頼むつもりだった。
恐らくアハウ陣営に現れた現地種族側でも必要になるから、あちらはまだいるはずジンに任せて、こちらにはダインに来てもらおうと考えている。
ついでに、円環都市計画についても話し合えばいい。
「──お心遣い、感謝いたします」
要望を認める形で提案すると、ヤーマは胸に手を当てて一礼した。
ツバサは神様らしく腕を組んで(いつも通り爆乳の下でだが)、少しだけ尊大に「うむ」と頷くことで返事とした。
さて、これでタイザン平原の一件は落着したと見ていいだろう。
今度はククルカンの森だ──転移魔法でトンボ返りする。
~~~~~~~~~~~~
タイザン平原の還らずの都へ急行すること──。
新たな現地種族の体格に合わせた仮設住居を人数分建設して、現地にいるヤーマから円環都市計画への構想を相談されたら応じてやること──。
この旨をダインに伝えてから、ツバサはククルカンの森に直行した。
クロコには引き続きタイザン平原に居残ってもらい、現地種族のお世話やクロウ陣営のお手伝い、それが済んだらダインとともに帰るよう命じておいた。
ツバサはミロとフミカを伴ってククルカンの森へ──。
フミカは種族を分析するために必要な人材。
ミロは「新しい子たちをもっと見たい」という理由で付いてきた。
転移魔法で現地に到着すると──大音量に迎えられた。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
獣王神の咆哮が轟く。
──うぅぅおぉぉぉぉぉぉぉああああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!
それに呼応して、連鎖する無数の雄叫び。
赤毛の猿めいた種族と、動物の特徴を持った種族。
これら2種族は入り乱れて総立ちになると、腕を振り上げて熱狂的に叫んでおり、その声は歓喜に満ちた興奮で沸き上がっていた。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
2種族が総力を挙げて雄叫びを迸らせると、獣王神がこれに呼応する。
アハウは作務衣を脱ぎ捨てており、全長5mを超える獣王の姿に変化していた。両腕の翼をはためかせ、複雑に伸び絡んだ大角の王冠を頂いている。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
獣王神は空に浮かんだまま咆哮を繰り返す。
辺りを見渡せば、即席の調理場に残りの面子が控えていた。
この熱狂についていけないのか、マヤムやケイラは苦笑いだった。
精神年齢の低いバリーを筆頭に、カズトラやミコは満面の笑顔で現地種族たちと一緒に諸手上げて叫んでいる。要するにノリがいいのだ。
一方、調理場を任せたジンは仕事の後片付けをしていた。
お手伝いのヴァナラ族に器具の手入れを教えている。マメな男だ。
「おいジン、この騒ぎはなんだ?」
「あ、ツバサお姉さまお帰りなさいませ~♪ ああ、これはですね……」
「ちょっと待て。おまえの説明は長ったらしいからパスだ」
「ああん、お姉さまつれな~い♪」
ジンはぶりっ子のポーズで切なそうに戯けた。マゾなので邪険にされても煙たがれ手も放置プレイされても嬉しいのだろう。お得な性分である。
ジンの発言を片手で制したツバサは、人差し指を額に当てて考え込む。
「もしかして……こんなことが起きたのか?」
ツバサは簡潔にこんなことを説明した。
それはツバサがケット・シーやセルキー、それにハルピュイア族やスプリガン族にやったこと。そして、つい今し方クロウがやったようなことだった。
それを聞いたジンは、アメコミマスクな顔面を逐一縦に振った。
「はい、はいはい、はーいはいはい……んだ、大体そんな感じですだ」
やはり、ククルカンの森でも同じ流れが起こったらしい。
それが──この大合唱となったのだ。
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どうやら俺は生まれたばかりのダンジョンらしい。
全長15メートル。ただまっすぐ伸びているだけの、たぶん世界で最も攻略が簡単なダンジョン。
まぁでも生まれ変わってしまったもんは仕方ないし、せっかくだからダン生を精一杯生きていこう。
というわけで、最高難度のダンジョンを目指します。
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