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第11章 大開拓時代の幕開け

第259話:光を目指して──

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「──チャーハン作るよ!」

「やかましい、バリーおまえのリクエストだろうが」

 調理に取り掛かろうとするツバサの後ろから、慣れない炊き出しを手伝わされてヘバっているバリーが聞いたような台詞をぬかした。

 確か……一昔前のAAアスキーアートだったかな?

 それはともかく、炒飯チャーハンを作るのは間違いない。

 燃えたぎる炎を噴き上げるかまどの上、そこでツバサは大振りな中華鍋を振るうと、二十人前はあろうかというチャーハンを舞い踊るように炒めていた。柄の長い中華風オタマで米粒がパラパラになるようかき混ぜていく。

 チャーハンへ挑むに際して、格好も少々改めている。

 愛用する真紅のジャケットや黒のパンツはそのままだが、袖は腕まくりして桃色のエプロンを身につけ、長い髪は大きなポニーテールにまとめている。

 平日のオカンがお昼ご飯を作ってる──そんな格好だった。

「──誰が平日のオカンだ!?」
「誰も言っていない。ツバサ君の被害妄想だ」

 陣営を代表するアハウから普通にツッコまれた。

 いつもの決め台詞。子供たちのウケがいいのでよく使うのだが、大人なアハウには冷静に返されてしまった。二十歳ツバサもまだまだ子供扱いらしい。

 ホッとするような残念なような……あと恥ずかしい。

 この決め台詞はツバサにしてみればボケのひとつみたいになってきているが、生真面目に切り替えされると寂しいものがあった。
 
 そんなことをしているうちにチャーハンは完成する。

 炊き出しのために用意した調理台や竈の後ろでは、慣れない作業でヘトヘトに疲れてしまったアハウたちがそれぞれ腰を下ろして休んでいた。

 ツバサはチャーハンの他にも簡単なスープ(炒飯と合わせた中華風)と炒め物を用意すると、それを取り分けてアハウたちに配った。

まかない・・・・みたいなものですが、これで一息ついてください」

「すまない、助かったよツバサ君……いただきます」

 いただきまーす、とアハウ陣営のみんなが合掌して食事を始めた。

 不慣れな炊き出しに追われていたアハウ、マヤム、ケイラ、バリー。

 カズトラとミコは料理未経験なので手伝わせても戦力にならないというアハウの判断から、ククルカンの森周辺のパトロールを任されていた。

 パトロール班も呼び戻して、一緒に食事をらせている。

 ──神族は飲食に頼らなくても平気だ。

 しかし、炊き出しが一段落つくと疲労感からかアハウたちは空腹感を覚えていた。こういうところに人間時代の名残なごりが出るらしい。

 すると、バリーが「チャーハン食いてぇ」と言い出したのだ。

 異論も出なかったのでツバサが即興で炒飯をメインに料理を作ってやり、みんなで休憩しているところだった。

   ~~~~~~~~~~~~

 あれから──ツバサだけ転移魔法でククルカンの森にやってきた。

 タイザン平原に現れた現地種族の対応はひとまずクロウに任せ、ミロ、クロコ、フミカをお手伝いとして残し、こちらの様子を見に来たのだ。

 来て正解だった、と思っている。

 アハウ、マヤム、ケイラ──。

 この3人は生産系技能として調理や料理といった技能スキルを習得していたが、あくまでも家庭料理レベル。数百人分の炊き出しを任せるのは酷だ。

 ましてや、現地種族はここに辿り着くまでの苛酷な長旅で疲れ切っており、内臓も弱り切っている。極度の飢餓状態に置かれた消化器官は退化するため、その状態で普通の食事をさせると、胃腸が耐えきれないことがある。

 最悪の場合──死に至るのだ。

 そうしたことを考慮して大量に作るとなれば知識がいる。

 アハウは「戦国時代、それで死んだ飢餓者の文献を読んだ」とのことなので知識はあったが、胃腸に優しい料理となると雑炊ぞうすいぐらいしか思いつかず、なんとかそれをこさえようと尽力していたらしい。

 しかし、数百人分を作るのは難しかったそうだ。

 神族の調理系技能で百人を越える人数の炊き出しを賄えるのは、現時点ではジンとツバサとクロコくらいのもの(ホクトは次点、百人未満なら可)。

 そんなわけで──この男がやって来てくれた。

「縁日の出店すべてを1人で切り盛りできる男──俺ちゃん参上!」

 工作の変態ことジン・グランドラック。

 アハウがツバサに救援を求めた後、ミサキにも声をかけて彼を派遣してもらっていたのだ(ツバサからも直通で頼んでおいた)。

 先ほどまではツバサとジンが2人掛かりで炊き出し用の雑炊を大量生産し、それでも足りなければおにぎりや柔らかく煮込んだ肉や野菜を作っていたのだが、現地種族たちも空腹は癒やされたらしい。

 落ち着いてきたので、今ではジンに任せている。

 クロコも三面さんめん六臂ろっぴとなって調理場で忙しなく動き回っていたが、ジンに至ってはもはや分身するレベルだった。技能として実体のある分身を作り出しているわけではなく、神速の域に達した手際の速さに残像が複数に見えるのだ。

「あれが“質量を持った残像”ってやつだね」
「いや、それは違うような……合ってるような……?」

 マヤムは感心しているが、取り上げたネタは違うと思う。

 いや、でも、残像が実体を持っているように見えるし、物質的な存在を持って残像それぞれが別の仕事をしているとしか思えない……あるのか、質量?

 だとすると、ジンが10人くらい同時に存在している。

 そう考えるとよく働いているジンには悪いが、ちょっとキモい。

「素早いワーク! 素早いワーク! 料理は愛情忘れずに! はーい、追加注文の雑炊200人前と口の中で蕩けるほど煮込んだ肉と野菜の煮込みね~♪ ン? 待ちきれなくて直に取りに来たの? はい、どうぞどうぞ~♪」

 鼻唄を歌いながらジンはメチャクチャな速さで大量の料理を作りつつ、追加注文を求めてヴァナラたちに愛想良く料理を用意し、調理場前まで食べ物を求めてきた現地種族たちにもいたわりながら雑炊たっぷりの椀を手渡していた。

 ……変態でマゾなことを除けば、有能でいい子・・・なんだけどなぁ。

 ジンだけで料理が間に合うようになったので、ツバサは疲れ果てたアハウたちのために食事を作っていたのだ。

「素早いワーク! 素早いワーク! 料理は愛情忘れずに!」

 これを合い言葉に軽快に働くジン。

 自分のマスクをモデルにしたエンブレム付きのエプロンに、背の高いコック帽を被って料理に勤しむジン。アメコミマスクとスーツは絶対に外さない。

 ミサキ君によれば顔を見られたくないらしいが……?

 なんにせよ、ハトホルの国を造るのにも大いに協力してくれたし、今回も呼べば40秒で駆けつけてくれた。彼の働きぶりには助けられている。

「すまんなジン、急に呼び出して……今度ご褒美をやろう」

 ツバサがねぎらいの言葉をかけると、ジンはマスクの目をハートにして喜んだ。

「ホントですかツバサお姉様!? じゃ、じゃあ……座ってください!」

 ジンは料理の手を休めずにご褒美をおねだりしてきた。

「座る? 座るって……どこへ?」

 嫌な予感しかしないが、ツバサは問い返した。

「無論、俺ちゃんの顔面をその豊満なお尻で押し潰すように……ポペッ!?」
「却下だバカ野郎! 性的なご褒美はなし!」

 制裁を込めて、ジンの顔面にエルボーを叩き込む。

 どちらかといえばイジメに近いのだが、ツバサの女神なスタイルで細マッチョなイケメン体型のジンにそれをやると、いやらしさ満点である。

「ただ座るんじゃありません! ツバサお姉様の後光が差す神々の谷間に匹敵する、超安産型の麗しい巨尻の谷間に俺ちゃんの鼻面を……ピポッ!?」

「いやらしく言い直すんじゃありません!」

 お仕置きも兼ねて、ジンの顔面に真空飛び膝蹴りをかます。

 結局、ご褒美はどうなったかというと──。

「……じゃ、じゃあ、ツバサお姉様を背中に乗せて腕立て伏せ10000回とか、肩車してスクワット10000回の5セットは? こんな感じで俺ちゃんにつきっきりでトレーニングに付き合ってください!」

「だから! それ……ならまあいいか」

 拷問じみた練習メニューだが、ジンにはご褒美らしい。

 それくらいのサービスをしてやるだけの仕事をジンはしてくれたのだ。

 そもそもジンはツッコミ待ち前提のセクハラしかしてこない。

 本気でエロに及ぼうとする気持ち悪さがないし、こっちもボケとツッコミを楽しんでいるところがあるので、まあ許容きょようできる範囲だった。

 それに、特訓やトレーニングはツバサの大好物である。

 するのが大好きなのは勿論、見込みがある者にさせるのも大好きだ。

「よし、それをご褒美としよう。もう少し頑張ってくれ」
「承りました、ツバサお姉様!」

 敬礼するジンに厨房の仕切りを任せる。

「それにしても……こっちも大盛況(?)って感じですね」
「ああ、いきなり現れたのでな……おれたちも戸惑うよりなかった」

 ツバサは出店みたいな調理テーブル越しに、目の前の広場に広がる光景に驚きと感動を織り交ぜた視線を送る。

 アハウも立ち上がるとツバサの横に並び、片手に持った炒飯をレンゲでかき込みながら、興奮冷めやらぬ様子で見つめていた。

 ヴァナラの村の広場──そこに現地種族が大集合していた。

 こちらはタイザン平原に集まったケンタウロスやサテュロスとは異なり、総じて人型の者が多い。よくよく見分けると、やはり2種類に分けられるようだ。

 片方は──赤い頭髪や体毛が目立つ猿っぽい種族。

 老若男女問わず髪は長く、肩や手の甲にも体毛が生えており、その全てが黄色味の強い赤に染まっている。二足歩行で人間のように歩くが手がやや長い。そして、男も女も老いも若きも甲高い声で喋るのが特徴だ。

 片方は──人間にしか見えないが動物的特徴が目立つ種族。

 手足の長さや五体の骨格、立ち振る舞いは人間その物なのだが、部分的に動物の個性らしきものが垣間見える者ばかりなのだ。

 たとえば……虎っぽい男性は爪が尖り、顔に隈取りめいた痣がある。
 たとえば……犬っぽい女性は鼻面がやや長く、耳の形が独特だ。
 たとえば……牛っぽい老人は爪が分厚く、鼻が横に大きく広がっている。

 こういった具合に一目見ただけで「猫っぽい」とか「鳥っぽい」などと見分けられるほど、各々が動物的個性を有していた。

 だからなのか、先述した赤毛の種族ほどではないが体毛も濃い。

 アハウのような獣人には届いていないが、その一歩手前くらいには獣らしさを備えているので、半獣人とでも呼ぶべきだろうか?

「赤い体毛が目立つ猿に似た種族と、何かしらの動物に似た雰囲気を持つ半獣人めいた種族……概ね2つの種族がいるみたいですね」

「うむ、それぞれ別方向からだが、ここより東からやって来たようだ」

 アハウはツバサ特製の山盛り炒飯を食べながら、彼らがこのククルカンの森に現れた経緯を話してくれた。

 事の起こりは今朝──巡回パトロール中のこと。

 クロウたちがタイザン平原と“還らずの都”を守っているように、アハウたちもククルカンの森を守り、神族としてヴァナラ族を保護ほごしている。

 アハウはかつて、邪悪な意志に突き動かされたナアク・ミラビリスという研究者気取りのプレイヤーによって多くの仲間を失った。

 そういった過去も手伝い、この地の守護には力を入れている。

 具体的な行動のひとつとして、朝昼晩にククルカンの森をアハウたちは巡回パトロールしているのだ。こういうところはクロウ陣営と似通っていた。

 今日はバリーとケイラの夫婦コンビの当番だったという。

「そしたらよ──まず赤毛の連中と出会したのさ」

 タイミングを見計らい、バリーが話に割り込んできた。

 手に持った皿から炒飯をレンゲでかき込み、よく噛まずに飲んでいる。

「どいつもこいつもボロボロでくたびれ果てて、腹ペコちゃんなのは一目見りゃ嫌でもわかった。ひとまずケイラが回復系魔法で重傷人を癒して、道具箱インベントリに忍ばせといた緊急用の携帯食料なんかをやって軽く事情を聴いてたんだ」

「そこへ──あの動物めいた種族もやってきたんです」

 バリーに釣られたのか、ケイラもやってきた。

 そういえば彼女も神族だが、種族的にはケンタウロスだ。

 彼女の家は乗馬に縁があるらしく、動物では馬が一番好きという理由からノリでケンタウロスに種族変更、そのまま騎神きしんにランクアップしたそうだ。

 人外化した経緯としては──ドンカイやダインに近い。

 彼女とバリーの馴れ初め・・・・は、いつかじっくり聞いてみたいものだ。

 食べながら喋るのは行儀が悪いからと、ケイラは食事の手を止める。

 こういうところに育ちの良さが現れていた。

「赤毛の彼らに応急処置めいたことをしていると、こちらの声を聞きつけたらしくあの動物めいた彼らも姿を現しました。やはり長旅で衰弱している者が多く、助けを求めてきたのですが、さすがに数が多くて……」

「2人から連絡を受けたおれが駆けつけ、彼らを拠点に招き入れたのだ」

 面目なさそうなケイラの言葉をアハウが継いだ。

 すぐに四神同盟に相談しようと思ったアハウだが、弱り切った現地種族を見ていられず、まずは彼らを助けるのが先決だと動き出したそうだ。

 病人や怪我人、衰弱した者には回復系魔法を施した。

 生きる気力を失いかけた者には、アハウの過大能力オーバードゥーイングで生気を回復させてやる。彼もまたツバサのように自然に働きかける力があった。

 それからの──炊き出しである。

「しかし、恥ずかしながらウチの陣営には炊き出しの経験のある者が皆無でな……これだけの人数のために料理を作ろうとしても四苦八苦で……」

「俺やジンみたいに調理系技能を幅広く習得してないと難しいですよ」

 ツバサは慰めるように言葉を添えた。

 ゲームとしてのアルマゲドンで、生産系技能に力を入れる者はプレイヤーの総数から考えれば少ない方だった。魂の経験値ソウル・ポイントは稼ぐのが大変なので、誰しもが自分を強くする戦闘系技能に回しがちになるからだ。

 物作りクラフトが趣味でもない限り、大半の者が生産系を優先しようとはしない。

 調理系ともなれば「ちょっと料理できればいい」で済ませてしまう。

 食えば腹に溜まって空腹値が改善される。

 食えば体力値も回復して程良い強化バフも乗る。

 そういった「ゲーム的に効果があればいい」で満足してしまうのだ。

「実際、俺たちも調理系技能を極めているわけじゃありませんからね。こちらに来てから新たな技能スキルも少しずつ習得してますが……まだまだ隠された技能があるようです。技能系は極めようとすると奥が深い」

「何事もハマれば沼──というからな」

 楽しい底なし沼だ、とアハウは自分にも心当たりがあるような顔で微笑んだ。

 彼の場合、フミカと同じような知識欲を求めている気がする。

「ところで……クロウさんのタイザン平原にも新たな種族が現れたとか?」

 炊き出しの作業中、ツバサは口頭で状況だけ伝えておいた。

 アハウはちゃんと聞いていてくれたらしい。

「そうなんです。俺たちも最初はあちらに呼ばれてて……やっぱりお腹を減らした種族たちのために炊き出し作業に追われてたので、ひとまずクロコはあちらに置いてきました。フミカもあっちで調査中です」

 あちらにも、ケンタウロスとサテュロスという2種族が現れていた。

 それを聞いたアハウは顎に手を当てて感慨深げに唸った。

「ふむ、広範囲で同時多発的に同じことが起きる……共時性シンクロニシティというのが手っ取り早いのかも知れないな……かつて生物学者ルパート・シェルドレイクが提唱した、『形態けいたい形成場けいせいば仮説』のようにも感じられるが……あれは結局、仮説を立証することができなかったからな」

 さすが大学の非常勤講師、話すことがインテリだ。

 ツバサも大学生として勉学に励んだ方だが、ここまでの学はない。

 学術的な話でアハウとまともに語り合えるのは、博覧強記はくらんきょうき娘のフミカや元教師のクロウ、それに蘊蓄うんちくたれのレオナルドくらいのもの。

 肩書きこそ獣王神と野性的ワイルドだが、どちらかと言えば賢者枠の知識人なのだ。

 フミカを連れてきた方がいいな、とツバサは判断する。

「こういった出来事は重なるが珍しくないものだが……偶然にしては些か出来過ぎの感もあるような……作為的なものではないが、なんというか……」

「運命ですかね──有り体に言えば」

 上手く表現できずにいるアハウに、ツバサは助け船を出してみた。

 あれだけ探してみ巡り会えなかった現地種族が、時を同じくして四神同盟の前に現れたことについて、ツバサは心当たりがひとつだけあった。

 彼らを呼び寄せたのは──アイツ・・・ではないか?

 しかし、まだ確証は得られていないので黙っておくことにした。

「……ジン、しばらく此処ここを任せてもいいか?」

 まだ食べ足りない現地種族のために料理を続けるジンに声をかけると、彼は作業しながら器用に首だけ180度こちらに振り向かせた。

無問題モーマンタイですよツバサお姉さまぁ~ん♪」

 陽気に答えるジンだが、ツバサは危惧することがあった。

 ──二度あることは三度ある。

 ミサキの守護下にある東の果てのイシュタルランドにも、新たな現地種族が難民の如くや押し寄せてこないとも限らないのだ。その時、1人で千人前は働けるジンがいなければてんてこ舞いとなってしまうだろう。

 しかし、ジンは「心配ご無用!」と太鼓判を押す。

 万が一、イシュタルランドで同様のことが起きても大丈夫らしい。

「何かあったらレオさんやハルカちゃんがいますし、炊き出しってんならイシュタルランドの現地種族が手伝ってくれますよ。あそこの子たちは俺ちゃんの教育が行き届いているんで、もう生産系に関しちゃ独り立ちできてますから」

「そうか……心強いな」

 こういう話を聞かされると、出遅れた感があるのは否めない。

 あるいは羨ましいと思う気持ちがあった。

 現実に帰る可能性を考慮して、自分たちに依存させないようにしたこと──。
 もしくは『神と人との別れ』を想定して距離を置いたこと──。

 現地種族の自主性を引き出そうと、必要最低限の指導しかしてこなかったことに「失敗したなー」と思うところはあるが、まだ挽回ばんかいできるラインだ。

 今後、ハトホルの国でも注力していけばいい。

 ジンの了解を得たツバサは、エプロンを脱いでポニーテールをほどいた。

「そろそろ還らずの都での炊き出しは落ち着いた頃だと思います。あちらの様子を見ながら、フミカを連れて戻ってこようと思います。構いませんか?」

 ツバサは振り返ってアハウにも了解を求めた。

 5人前はあったはずの特盛り炒飯を半分まで食べ終えたアハウは、大皿を口に押し当ててガツガツとかき込んだ後、一気に飲み下してから頷いた。

「ああ、構わないとも。こちらにも気遣わせてすまないな……おれとしてもクロウさんやタイザン平原に現れた種族が気になるところだし、こちらの種族についても来歴や素性を把握しておきたい。フミカ君の分析能力アナライズは助かる」

 ツバサも頷き返すと、すぐさま転移魔法の準備をした。

「なるべく早く戻ります。待っていてください」

 言葉とは裏腹に、ツバサもアハウもそこまでの焦りはなかった。

 なにせ多くの種族を救えるのだから──。

「ああ、そうだ……その格好、似合ってますよ」

 転移魔法で去り際、ツバサはアハウの格好を指して微笑んだ。

 作務衣さむえに紳士用エプロンを付けたアハウを──。

   ~~~~~~~~~~~~

 一瞬、転移先を誤ったのかと思った。

 ツバサは転移魔法で還らずの都の麓で行われている炊き出し現場へ戻ってきたと思ったのだが、目の前に広がる「宗教画」みたいな風景に絶句した。

 現地種族たちは1人残らず平伏している。

 ケンタウロスたちは4本の足を折り畳んで馬体を地面に座らせ、やや無理な体勢でひれ伏している。彼らの体格上、土下座は難しい。

 サテュロスたちは山羊やぎの後ろ足で器用に正座してひれ伏している。

 彼らの頭を下げる先に──クロウがいた。

 三角巾さんかくきん割烹着かっぽうぎを脱いだクロウは、シルクハットを被ってマントを翻し、手にはステッキを携えるとポージングを決め、中空に舞い上がると全身から地獄の業火を噴き上げていた。「フハハハハハハ……」と高笑いまでしている。

 離れたところ、即席で作られた青空キッチン。

 かまどの火が落とされて閉店状態となった調理台の回りには、クロコとホクトが静かに控えており、所在なげなミロとククリとフミカが立っていた。

 ミロは目の前に立ったククリを背後から抱き締めている。

 一応、父親代わりなのでククリも幸せそうに背中を預けているが、ミロは彼女の柔らかい頬を撫でたり揉んだりとイタズラし放題だった。

 ……ま、ククリも嫌がってないからいいか。

 ツバサは足早に調理台へ近付き、潜めた声で尋ねる。

「おい、これは一体……何が起こったんだ?」

 クロコ、ホクト、フミカは何とも言えない曖昧な表情で即答しかねるが、ミロはツバサに気付くとわかりやすい一言で即答してくれた。

「ネコちゃん、アザラシちゃん、ハルピュイアちゃん、イヨちゃんにオリベのオッチャンたち、それにスプリガンズ……ツバサさんが現地種族みんなにやったのと同じ流れだった、って言えばわかる?」

「…………ああ、なんとなくわかった」

 蕃神ばんしんに脅かされてきた現地種族を助ける。
   ↓   ↓   ↓
 彼らから事情を聞いて、辛酸しんさんを嘗め尽くした日々に共感を覚える。
   ↓   ↓   ↓
 自分が神族であることを明かして、その神威しんいと実力を示す。
   ↓   ↓   ↓
 これからは自分が現地種族みんなの安全を保証すると約束。
   ↓   ↓   ↓
 その気がなくとも彼らから“神様”として崇敬すうけいを集める。

大凡おおよそだが……こんな流れだったのか?」

「うん、大体そんな感じ」
「はい、大体そんな感じでした」

 ツバサが簡単にまとめるとミロは認めるように頷いた。

 父親に釣られてククリも真似する。可愛すぎて頬がとろけそうになる。

 デレデレになりかけた表情を引き締めたツバサは、ミロたちに「此処にいなさい」と手で合図すると、飛行系技能で宙に飛び上がった。

 平伏するケンタウロスやサテュロスたちの上を通り過ぎていく。

 こちらに気付いた現地種族たちが顔を上げて「おお……」と感嘆の声を上げる。こういうことは趣味じゃないのだが、“神様”としての威厳いげんは必要だ。

 いわゆるデモンストレーションである。

 蕃神の脅威が完全に終わるまで、現地種族との関係は続くだろう。

 しかし神族と現地種族では、圧倒的な力の差がある。
 やがてそれは、心の軋轢あつれきとなりかねない。

 その軋轢を緩衝させるためには、種族間の格差をこうして事前に知らしめておくしかない。階級で差別するみたいだから嫌なのだが……仕方ない。

 宙を飛んだツバサは、クロウの横へと並ぶ。

 ベテラン教師の飛ばしてくるアイコンタクトに、ツバサは無言で頷いた。

 過大能力を発動させたツバサの総身から稲妻が迸り、突風が吹き荒れる。やがて空は黒雲に覆われ、雷鳴が轟いて草原の各地に俄雨にわかあめが降り注いだ。

 ツバサが自然を司る能力を披露したところで──。

「私の紹介が済んだところで、彼女も来てくれました」

 ご紹介しましょう、とクロウはツバサの紹介を始める。

「こちらの方は私に勝る力を有する偉大なる大地母神、ツバサ・ハトホル殿です。この地に襲い来る蕃神を幾度となく打ち払い、ここより西の地であなた方のように餓えに苦しんでいた多くの種族を救っております」

 ただし、かなり大袈裟な紹介だった。

 自分でするのも恥ずかしいが、他人にされるとむず痒さが追加される。

 おくびに出さぬようにツバサが澄まし顔で我慢していると、クロウは本題に入るべく声を大きくして、平伏する現地種族たちに言い渡した。

「今日この日より、皆さんの生活と安全はこの私、冥府神クロウ・タイザンが保証いたしましょう! そして、生き抜くための知恵と技術も授けることを約束いたしますので、皆さんは懸命に生き抜く努力をしてください!」

 もう──別次元からの侵略者に脅えることはありません!

彼奴きゃつらとは我々が戦いましょう! いつかあなた方が彼奴きゃつらと戦えるようになるまで見守りましょう! 嘆き苦しむ日々は今日で終わりです!」

 ……こういうスピーチの上手うまさは、さすがベテラン教師だと感服させられる。

 教師生活25年、と言い張るだけの説得力があった。

 クロウの宣誓せんせいを聞いた現地種族たちは、一斉に沸いた。

 平服から顔を上げると立ち上がって諸手を振り上げ、大喝采でクロウの言葉に応じたのだ。その顔はまだ痩せこけているが、生気と希望を取り戻している。

 しっかり食事をして、心強い激励げきれいを浴びたからだ。

 彼らの大喝采を浴びながら、クロウは小声でツバサに打ち明けてきた。
 若干じゃっかん、悪びれたところのある口調だった。

「ええっと……つい話の流れで、彼らの面倒は私たちが見るような流れになってしまいました……同盟で打ち合わせもせずに、良かったでしょうか?」

 構いませんよ、とツバサは穏やかに応じた。

「基本、現地種族は保護した陣営で世話をするってことでいいと思います。現在、アハウさんのところにも新たな種族が現れてますしね」

 数が多すぎて面倒見切れないとか、よほど特殊な種族でもない限り、事後報告を受けてからの顔合わせぐらいで構わないと思っている。

「それより……ちょっと気になることがありましてね」
「気になること、ですか?」

 ツバサが意味深長に呟くと、クロウも興味を引かれたらしい。

 クロウは各種族の代表に会ったというので、地上に降りて紹介してもらうことにした。ケンタウロスとサテュロス、それぞれの族長だ。

「お初にお目に掛かります──セントール族がおさ、ケイロスと申します」

 ケンタウロス族の代表は壮年の男性だった。

 ちなみに、セントールとはケンタウロスの別名。

 ラテン語のスペルはほぼ同じ、英語読みや仏語読みがセントールに近い。

 かなり痩せ衰えているが、種族の中では馬体も人体も一番大きくて逞しい。頬が痩けているものの精悍せいかんな顔立ち、瞳の奥には穏やかな知性を宿していた。

 名前といい風格といい、賢者ケイローンを連想させる。

「始めまして──サテュロス族のまとめ役、シレーニャにございます」

 一方、サテュロス族の代表は妙齢みょうれいの女性だった。

 痩せていてもまだメリハリのハッキリした体付きをしているので、体力を取り戻せば相当グラマラスになるだろう。ボロボロの衣では隠し切れていない。

 性に奔放ほんぽうな種族だというが、彼女もまた女性的な魅力にあふれていた。

 健康になったら、もっと色っぽくなりそうだ。

 クロウからの耳打ちで聞いたところ、かつて彼らの部族は神族の眷族として仕えていたというので、クロウに臣従しんじゅうすることを「ほまれです」と喜んだらしい。

 大地母神であるツバサにも、最大の敬意を払ってくれた。

 ツバサは軽い挨拶を交わすと話を切り出した。

「君たちについて色々聞きたいこともあるんだが、それはまたの機会にゆっくりと……君たちにはひとつ、どうしても尋ねたいことがあるんだ」



 何故──この地にやってきた?



 還らずの都という巨大建造物があるから、それを目指して旅してきたのかも知れないと思ったのだが、ツバサの第六感が騒いでいた。

 今回の一件──ウチのアホ・・・・・が原因じゃないか?

 その裏付けを取るためにも、彼らから事情を聞いておきたかった。

 ケイロスとシレーニャは横目で視線を合わせる。

 言い辛そうにしていたが、やがて交互に口を開いた。

にわかには信じてもらえないかも知れませんが……我らは導かれた・・・・のです」
「不思議な夢に誘われて……この地を目指しました」

 最初は子供たちが、やがて若者が、そして大人たちも──。

此処・・に集え! 光あるところにアタシたち・・・・・がいる!』

 まぶしい光の中から力強い声が聞こえてくる夢を見たという。

 夢の中だが意識はハッキリとしており、目が覚めるとどの方角から光を発していたのかがわかったという。

「……光はいくつもあり、我々は一番近い光を目指しました」
「夢に見た導きの光……その光が見えた方角を目指して旅に出たのです」

 ケンタウロスもサテュロスも、やはり蕃神に襲われてきたという。

 村を作って定住することすらできず、難民となって彷徨さまよい続けること数世代……このままではジリ貧だと、最期の望みを夢の光に託したそうだ。

「そうして……この地でクロウ様に救われたのです」
「やはり、あの光は我々を導いてくれた……希望の光だったのです」

 ケイロスもシレーニャもクロウと出会い泣き腫らしたらしく、真っ赤になった瞳を再び涙でいっぱいにして平身低頭で感謝した。

 彼らをなだめるクロウの横で、ツバサは沈黙したまま確信する。

 迷える現地種族に呼び掛けた夢、その指針となった導きの光。



 その光を発したのは間違いなく──ミロの過大能力オーバードゥーイングだった。


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 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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