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第11章 大開拓時代の幕開け
第258話:Demihuman Rush!
しおりを挟む──クロウからの急な呼び出し。
その声に焦りはなく喜色を漂わせていたので、緊急性はないらしい。
ツバサは家族に断りを入れてクロウの許へ趣いた。
その際、クロウから妙なことを頼まれた。
『できれば──クロコ君とフミカ君を連れてきていただきたい』
なんで変態メイドとウチの次女をご指名?
フミカを頼りにするのはまだわかる。真なる世界のものは現実世界の伝承にあることが多いので、彼女の知恵袋に頼りたい出来事が起きたのかも知れない。
しかし、クロウも25年の経験を積んだベテラン教師。
そんな彼がフミカに頼る知識とは……?
もっとわからないのがクロコを頼る点だった。
あいつに期待できるのはエロとセクハラぐらいのもの……というわけではない、家事全般を任せれば完璧にこなしてくれるのだ。そこの評価だけを切り取ることが許されれば、万能メイドと褒めてもいい。
メイドをお求めなのか? タイザン陣営にも屈強なのがいるのに?
訝しんだがクロウは『来てからのお楽しみです』的な言葉ではぐらかして、その理由までは明かしてくれなかった。
フミカに事情を説明すると「OKッス」と二つ返事で了解してくれた。
そして、不本意ながらクロコの同行も許す。
ミロも「ククリちゃんに会うんだー」と、クロウが世話を焼いている灰色の御子に会いたがったので連れて行くことになった。
各陣営の拠点に設営された──転移の祠。
ツバサの転移魔法を仕込んだ龍宝石を組み込まれており、いくつもある扉を通るだけで各地にある同盟の陣営まで一瞬で転移することができる。
ミロは扉を抜ける前、咳払いしてから一言。
「どこでも○ア~♪」
「誰の物真似か一発でわかる声真似やめなさい」
ミロとフミカとクロコを連れて、クロウの許へ出向いた。
~~~~~~~~~~~~
──タイザン平原。
ツバサたちは現在、地球の五大陸を寄せ集めても追いつかない超巨大大陸の上で暮らしている。他に大陸や島があるかは調査中だ。
タイザン平原は、その超大陸の中央に広がる草原地帯。
以前は荒野になりかかっていたが、ツバサ、ミサキ、クロウの過大能力で大地に働きかけて地脈を賦活させたので豊かな草原に戻りつつあった。
草原の中央に鎮座するのは──“還らずの都”。
天を衝くほど巨大な山にも似た要塞めいたこの施設は、真なる世界で勇敢な最期を遂げた英霊たちの情報を記憶する墓標でもあった。
その内部では、大地から地脈の“気”を吸い上げている。
この真なる世界に危機が訪れた際、貯め込んだ“気”を用いることで、都に記録された英霊を全盛期の状態で一時的に復活させ、危機を脱するための兵力にするという、壮大な年月を必要とする迎撃装置なのだ。
ここを管理するのは灰色の御子──ククリ。
彼女を守護するのは神族や魔族に準ずる亜神族──キサラギ族。
鬼神ともいうべき容貌の彼らは、還らずの都から北西に位置する岩山地帯を切り拓いて石造りの立派な街を建てていた。
以前は地下深くに沈んでいた還らずの都。
その上に生じた亀裂みたいな洞穴に同じく石造りの街を造っていたのだが、以前の『天を塞ぐ絶望』騒動で彼らの街は吹き飛んでしまった。
『こうなることを想定して、新たな街を用意しておきました』
キサラギ族族長補佐──ヤーマ・ホウト。
彼の発案によりクロウたちと出会う前から、この岩山地帯に第二の街を用意していたそうだ。ツバサも用心深いが彼は用意周到だった。
キサラギ族はクロウの保護下にある種族。
なので、クロウたちの拠点も彼らの街中にあった。
ジェントルマンなクロウを筆頭に、女騎士に執事にメイドというファッションのブリティッシュな陣営なので、その拠点も瀟洒な洋館だった。
洋館を尋ねたがクロウは不在。
出迎えてくれたのは灰色の御子──ククリ。
ツバサが洋館の玄関前で呼び掛けると、廊下の奥からトタトタと子供の駆け足の音が聞こえてきた。そして、玄関を勢いよく開けて飛び出してくる。
「母様! 父様! いらっしゃいませ!」
灰色の髪をした可愛らしい少女は普段なら着物姿なのだが、今日は洋館に合わせたのか珍しく桜色のドレスめいた衣装で着飾っていた。
ツバサたちが来ると聞いておめかししたのだろう。
「クロウおじ様から聞いてお待ちしてました!」
ククリは満面の笑みを浮かべて迎えてくれると、待ちかねたようにツバサの胸へ飛び込んできた。ツバサの母性も彼女が愛おしくて堪らず、思わず表情を柔らかくしてククリを抱き留める。
諸事情により──ツバサとミロはククリの親代わりをやっていた。
ククリの両親の魂を受け継いだからだ。
おかげでパワーアップできたのは有り難いのだが、ミロが父親の魂を受け継ぎ、ツバサが母親を受け継いだことにはいまいち納得しかねていた。
おかげでツバサは母性本能まで強くなった。
自らを──より大地母神として成長させてしまったのだ。
だから、こうしてククリに母親として甘えられると気を引き締めててもデレデレになってしまうので敵わない。
彼女を愛でて抱き上げて頬ずりして額にキスをして……。
久し振りに再会した本当の娘のように接すること10分。母性本能に蕩けきっていた我を取り戻したツバサは、表情を引き締めることに成功した。
しかし──時既に遅し。
「ツバサさんのオカンなベストショット……いただきました!」
ミロはにやけ顔でスマホのカメラボタンを連打する。
「ツバサ様が母性本能に突き動かされるままに、ククリ様と戯れるお姿の神々しいこと……母娘百合という禁断のジャンルを夢想してしまいました」
クロコは高性能カメラで動画を撮影していた。
涙と鼻血と涎で顔を万遍なく濡らして……。
「ウチが記録するまでもなかったッスけど……微笑ましかったんでつい」
フミカも苦笑いを浮かべて【魔導書】に記していた。
「おまえら……後でそれ没収な」
「「「そんな殺生な!?」」」
全力で母親を堪能するツバサを収めた記録媒体。
そんなものバラまかれた日にはツバサの男心はズタボロだ。男としてのなけなしのプライドは是が非でも守らせてもらう。
ひょっとするとマリナたちくらい小柄なククリ。
ククリの小さなお尻を腕へと座らせてやる。そうやって抱き上げたツバサは彼女の顔を覗き込んでクロウの居所を尋ねた。
「ククリちゃん、クロウさんはどこだい? 呼ばれて来たんだが……」
「はい、クロウおじ様なら“還らずの都”にいます」
母様たちを待ち侘びてますよ、とククリは笑顔で答えてくれた。
「この街の守りはカンナさんやヨイチさんに任せて、クロウおじ様とホクトさんはあちらに赴いております。私はそこまでの案内役を仰せつかりました」
ちょっと誇らしげに胸を張る彼女にツバサも微笑み返す。
「じゃあ──案内を頼もうかな」
~~~~~~~~~~~~
「なに、あの人だかり……うん? 人、かな?」
ミロは額に手を当てて目を凝らすと、疑問形で繰り返した。
クロウたちの拠点があるキサラギ族の街から、飛行系技能で平原にある“還らずの都”へと向かう。ツバサたちの速さならあっという間の距離だ。
ククリも飛べるが不慣れなので、ツバサがお姫さま抱っこで運んでいる。
ミロが先陣を切って飛んでいたのだが、巨大な山と見間違う都の麓に人だかりを見つけると、眉をしかめて訝しげだった。
ツバサも目を凝らして人だかりの正体を探る。
それは──人間のようで人間でない者たちの集団だった。
概ね、2種類の種族がいるのが見て取れる。
片や身体こそ馬だが、その首から上が人間の上半身になっている種族。
いわゆるケンタウロスというやつだ。
片や足腰は山羊のようだが、腰から上は人間にしか見えない種族。
サテュロス……と呼ばれる種族だったか?
知識はあるツバサだが細かいところはうろ覚えなので、後でフミカに聞いてみるしかない。詳細を噛み砕きながら蘊蓄を交えて教えてくれるはずだ。
とにかく──その2種族が“還らずの都”に集まっていた。
遠目から種族の眺めている間に現地へ到着する。
集団の近くに降り立つが、こちらに目を向ける者は少なかった。ケンタウロスもサテュロスも、あることに躍起になっているからだ。
「スープもパンもまだありまーす! 慌てないでゆっくり食べてくださーい!」
「飲めるお水もありますよー! 遠慮せず取りに来てねー!」
「はーい、追加のスープとパンができまし……待って! 順番よ順番ッ!?」
三角巾に割烹着──。
懐かしい日本のおさんどんな格好をしたキサラギ族の女性たちが、両手に大きなお盆を持ってケンタウロスとサテュロスの間を行き交っている。お盆にはスープを盛った木のお椀や、丸形のパンが大量に積まれていた。
出来上がった料理をキサラギ族の女性が運ぼうとすると、ケンタウロスやサテュロスが一斉に群がり、パンとスープが見る間になくなっていく。
清水を溜めた大樽を担いで水を配っているキサラギ族の娘もいた。
こちらもひっきりなしで、大樽がすぐ空になる
あちこちで車座になっているケンタウロスとサテュロスの群れ。
(※ケンタウロスは両脚を折り畳んで座っている)
彼らは配られたスープやパンに夢中でだった。
痩せ馬なんて言葉はあるが、ケンタウロスたちは馬部分の体格からしてあばら骨が浮かび上がるほど貧相だった。人間部分など推して知るべしである。
当然、サテュロスたちも痩せ細っていた。
ボロボロの布を衣服代わりに身にまとい、粗末な袋にわずかな生活用品を収めて、過酷な放浪生活を強いられてきたのが窺える。食うや食わずの旅を続けてきたのだから、脇目も振らずに食べ物を貪るのも無理はない。
あと……物凄くどうでもいいことだが……。
ケンタウロスたちは、ちゃんとその……馬部分に生殖器があるらしく、馬体の下半分に覆いのような服を羽織っていた。なんだか安心する。
男性ならズボン風、女性ならスカート風の衣を穿いていた。
現地種族の発見と保護──この対応にクロウたちは追われていたのだ。
相談したいことがある、という電話にも合点が行った。
クロコやフミカの手を借りたい理由も察する。
それより何より──ツバサの胸には感動がこみ上げていた。
種族としては衰弱しているものの、ケンタウロスもサテュロスも100人前後は生き残っている。よくぞ今日まで生き延びてくれたものだ。彼らとて蕃神の脅威にさらされたはずだ。凄惨な日々を送ってきたのは想像に難くない。
いっそ死んだ方が楽かもと思ったことさえ……。
それでも生きることを諦めず、今日まで頑張ってくれたのだ。
「ツバサ様──よくお出でくださいました」
明日を生きるために必死で食糧をかき込む彼らの姿にツバサが涙ぐんでいると、援護を求める口調で挨拶が聞こえてきた。
振り向けば屈強なメイドがそこにいた。
ホクト・ゴックイーン──タイザン陣営に所属する1人だ。
現実では名うてのファッションデザイナーだが、そこまで成功できたのは元教師であるクロウのおかげということで、こちらの世界で再会してからは彼のメイドとして恩返しという名のご奉公に勤しんでいる。
彼女の代名詞は筋肉──これに尽きる。
20代の女性なのだが、2m近い長身を筋肉の鎧で覆い尽くしたマッチョレディだった。面構えも199X年の世紀末なら救世主になれそうなほど雄々しいが、髪型は姫カットのロングヘアという女性らしい楚々としたものだ。
クラシックなメイド服は、彼女が動くだけで筋肉によって悲鳴を上げる。
そんなホクトは今──猛然と料理に取り組んでいた。
青空の下、折り畳み式の長テーブルを並べて調理台の代わりにして、即席の竈をいくつも作ると、生産系技能をフル活用させて大量の食事を作っていた。
この場にいる現地種族のためのものだ。
調理テーブルには、切り分けられて山と積まれた食材。
隣には持ち込んだレンガを積み上げて即席で作った5つの大きな竈が並んでおり、熱い炎を噴き上げていた。
竈の上には五右衛門風呂みたいな大鍋が火に掛かっており、中で野菜と肉を柔らかく煮込んだスープが波打っている。キサラギ族の娘たちが棍棒みたいなサイズのお玉で汗だくになって掻き混ぜていた。
その反対側には竈と対になるように大型のピザ釜が五つ並んでおり、一度に何十人分ものパンが焼かれていた。体格のいいキサラギ族の男たちがせっせとパン生地を捏ねては、焼き上がったものと入れ替わりで突っ込んでいる。
端から空になっていく鍋で、ホクトがスープの追加を作っていく。
三面六臂という四文字熟語がある。
その言葉を体現するかの如く、超スピードで作業を続けるホクトの残像は3つの顔と6本の腕を振るう阿修羅と見紛うばかりだ。
キサラギ族の女性たちも手伝うが、その速さに追いつけない。
「ホクト様──微力ながら助太刀いたしましょう」
ツバサが命じるより早くクロコが自発的に動いてくれた。
メイド服を袖まくりすると、ホクトの横に並んで料理を手伝い始める。
「助かりますわ、クロコ様」
「困った時はお互い様です、ホクト様」
メイド同士──仲良くいたしましょう。
「私、筋肉質な女性とお近づきになるのは初めてでして……」
「誰彼構わず発情するんじゃない!」
ツバサが叱ると、クロコは手を休めずに顔だけこちらに向ける。
珍しく目を丸くして表情を変えると意外そうに言った。
「素晴らしい筋肉美を愛好する性癖をご存じない?」
「そこは理解するが、おまえの嗜好はその範疇に収まらんだろ!?」
ホクトの横顔に熱いエロスな視線を投げ掛けるクロコ。ジュルリ、と粘着質な音がする舌舐めずりを控えるようにツバサは注意した。
「本当の意味で見境がないんだな、おまえ……」
「博愛主義、と言えば納得していただけるのではないでしょうか?」
おまえの言い方には語弊がある、とツッコんでおいた。
神族メイドが2人揃えば相乗効果も凄まじく、本来なら焼き上がりまでに時間を要するパンでさえ工場みたいな勢いで大量生産が可能になった。
おかげで、お腹を空かした現地種族たちにすぐさま行き渡る。
ツバサが手伝うまでもなさそうだ。
こうなることを見込んで、クロウはクロコの手を借りたかったらしい。
「来てくれましたかツバサ君、いや助かりましたよ」
そこへ──クロウの渋い声が投げ掛けられた。
この場にいるはずだが姿が見えなかったので探していたがのだが、どうやら現地種族の中に紛れていたらしい。彼らと話し込んでいたようだが、ツバサたちの姿を見付けたので顔を出してくれたのだ。
「クロウさん、これは…………ブッ!?」
失礼千万とわかっていたが、ツバサは吹き出してしまった。
それはフミカも同様であり、ククリも口元を覆って笑いを堪えている。
ミロなんて当然のように大爆笑だった。
骸骨紳士──クロウ・タイザン
スケルトンみたいな骨だけの身体に、スタイリッシュなスーツを着込んでマントを羽織り、英国紳士の如くシルクハットで決めるダンディズムの化身。
なのに今日の装いは──。
「く、クロウのオッチャン……似合う! ウケるッ!」
ミロは笑い涙をあふれさせ、クロウの格好を指差した。それをクロウは怒るでもなく「掴みはOK!」とばかりにピースサインで返してきた。
彼はキサラギ族の女性に混じり──三角巾に割烹着姿だった。
~~~~~~~~~~~~
しばらくすると、炊き出しも落ち着いてきた。
頃合いを見計らったクロウは、調理と配膳をホクトとクロコに任せると、ツバサとミロとフミカ、それにククリを手招いて炊き出しの輪から離れた。
紳士服を着たガイコツが、上から割烹着をつけて三角巾を巻いている。
ビジュアルのシュールな微笑ましさもあるが、頭髪が料理に混ざるのを防止する三角巾をしゃれこうべに付けても意味ないのにというツッコミとか、言いたいことは山ほどあるし、油断すると笑みがこぼれそうでしょうがない。
そのクロウは「ウケてるウケてる」とククリと一緒に上機嫌だ。
遠慮せずゲラゲラ笑えるミロが羨ましい。
ツバサは性格上そんなことができないので笑いを噛み殺すしかなかった。
割烹着姿のクロウは、そのままの格好で真面目な話を切り出す。
「御覧の通り──新たな現地種族との邂逅です」
クロウの説明によるとこうだ。
キサラギ族は北西の岩山地帯に街を移したものの、“還らずの都”は最重要施設であり、それを守護することが彼ら一族の使命である。
そのため、都の麓には見張り番が常駐する駐在所があった。
毎日入れ替わりでキサラギ族の戦士が数人護衛に付き、クロウたちも日に三度は様子を見に来ることを定めて、還らずの都を守っていたという。
「その駐在所から突然、連絡がありましてね」
見たこともない集団がやってくる、という報せを受けたクロウはホクトを連れておっとり刀で“還らずの都”に駆けつけた。すると……。
「やってきたのは彼らだった、というわけです」
「ケンタウロスとサテュロス……と呼ばれる種族みたいですね」
そこなんです、とクロウはツバサに仮定的な言い方に同意した。
「教師生活25年──知識は人並み以上にあるつもりでした」
各地の神話を生徒に説明できるぐらいは知っているし、メインの神様の名前も空で唱えられるが、そこに登場するファンタジーな生物にまつわる説話まではカバーできてなかったと恥じ入りながら打ち明けてくれた。
「そんなわけでして……以前、フミカ君がそういった方面に強いと聞いたことがありますので、彼らについての基礎知識をご助力していただければ……」
「オッケー、ウチの1人舞台ッスね。任せてほしいッス!」
どちらかといえば独壇場だろう。
フミカは手元から【魔導書】を召喚すると、さっそく蘊蓄を語り出した。
「まずはケンタウロスからッスね。これは有名なんで名前や外見に関しては、今更説明することも少ないと思うんスけど……」
ケンタウロス──馬の身体に人の上半身を持つ種族。
その性格は総じて粗暴な荒くれ者。女に目がない好色さが目立つ。
ただし、戦士としては有能で生まれついての騎兵。
その出自はギリシャ神話に由来するのだが、なかなかに厄介だった。
──テッサリアの王・イクシオン。
彼は死んだ後、最高神ゼウスの好意によって天界へと招待されたのだが、あろうことかゼウスの正妻であるヘラを誘惑しようとしたのだ。
怒ったゼウスは、雲をヘラの形にしてイクシオンに宛がった。
イクシオンがこの雲を抱いた結果──生まれたのがケンタウロスである。
ケンタウロスは産みの親である雲と交わって数を増やしたが、基本的に男性だけの種族で女性はいない(女性のケンタウロスは後世の創作)。
しかし、ケンタウロスも野蛮な者ばかりではなかったらしい。
中には“賢者”と讃えられた才人もいたという。
「英雄ヘラクレスにアキレウス、名医アスクレピオス……こんな偉人たちを育てた名教師はケイローンという“賢者”と呼ばれたケンタウロスなんスけど、彼はそもそも他のケンタウロスと出自が違うんスよねー」
農耕の神クロノスと妖精の間に生まれたのがケイローンだという。
そう考えると、何らかのパターンがあったのかも知れない。
「……ふむ、ケンタウロスについてはわかりました」
ではサテュロスは? とクロウは先を促した。
「はいはい、サテュロスッスね。これもまた一から十まで説明すると膨大な文章量になるんで掻い摘まんで講釈をたれさせてもらうと……」
ギリシャ神話における牧神──アイギパーン。
単にパンとも呼ばれるこの牧神の眷族がサテュロスである。
種族的には神と人の中間にいる者、妖精の一種と考えるべきだろう。
アイギパーンも山羊と人間を混じり合わせた姿をした半獣半神なのだが、眷族であるサテュロスもこれに近いところがある。
上半身こそ精力旺盛な人間の男性なのだが、下半身は山羊の後ろ脚のようになっていて、蹄の生えた足で二足歩行。お尻には太い尻尾が生えており、額には山羊に似た角が一対ある。
彼らもまた一族全てが非常に好色なのだが、ケンタウロスのように粗暴ではなく享楽的な性格だという。
単純で陽気──酒を呑んで唄って愉快に騒げればいい。
牧神アイギパーンの眷族とされる一方、豊穣と酒による酩酊を司る狂神ディオニュソスを信奉するともされている。
それと、サテュロスには亜種が多いらしい。
イポタネス、シレーニ、フォーン、プーカ、パック……どれも下半身が山羊として描かれる妖精で、アイギパーンが源流にあるそうだ。
(※イポタネスのみ下半身が馬なのでケンタウロスに近いのか?)
「……こちらのサテュロスも、ケンタウロス同様に男しかいない種族とされ、人間の女性や森の妖精を口説いたり恋仲になったり、性に自由奔放な種族ってことになってるんスけど…………ねぇ……?」
既にフミカは分析系の技能を働かせているはずだ。
この地に集ったケンタウロスとサテュロスに関する情報を、多面的に解析しているのだろうが、そんなことしなくても一目でわかることがあった。
「──どちらにも女性がいるな」
ケンタウロスには上半身の人間部分が女性になっている者がおり、サテュロスにも乳房を持つちゃんとした女性がいる。
ツバサも女神の力で識別できるが、彼女たちは生物学的に♀だ。
それがフミカには釈然としないらしい。
「最近のファンタジー小説や漫画なんかじゃケンタウロスやサテュロスの女性って珍しくないッスけど、原典準拠なら男だけの種族のはずで、真なる世界が神話の元ネタなら……ちょっとおかしくないッスかこれ?」
「アハウさんみたいなことを言う」
ツバサは似たような話をアハウから聞いていた。
『この世界はあらゆる神話の原典、元ネタになっているはずだが……それにしては生息しているモンスターを始め、種族や生物も現代の我々が違和感を感じないデザインというか……我々の見識に合わせてリファインされた感がある』
四神会議の定例会で、そんな持論をアハウは語ってくれた。
クロウと話し込んでいる間、ククリは黙ってツバサの胸に抱きついて至福の時を過ごしていたのだが、ジャケットの袖を掴んでこちらの気を引いてきた。
「母様、お胸が…………?」
またツバサの胸の谷間が震えている。
そこに収めたスマートフォンに着信があり、バイブ機能の震動が乳房を揺らしているのだ。手早く取り出すと着信画面を見て「おや」と思った。
アハウ・ククルカン──ククルカン陣営を率いる森の獣王だ。
噂をすれば影ともいうが、絶妙なタイミングと言えよう。
ツバサは通信ボタンを押してスマホに耳を傾ける。
「もしもしツバサです。アハウさん、どうしました?」
『ツバサくんか。急で悪いのだが、こちらに来てもらえないか? できればクロコさんの手も借りたいし、フミカちゃんの知恵も拝借したいのだが……』
「……………………はいぃ?」
思わず警視庁の窓際部署にいる名刑事みたいな声を漏らす。
ツバサは口元の緩んだ間抜けな顔で驚いた。
このタイミングでアハウも同じ頼み事をしてくるとは──?
~~~~~~~~~~~~
還らずの都から南南西──ククルカンの森。
熱帯雨林のジャングルがどこまでも広がる、大自然にあふれた土地だ。
アハウは獣王神として、この地の守りを務めている。
そこでもまた──炊き出しが行われていた。
「あーん! 僕たちの技能じゃ手が回んないよーッ!?」
アハウの女房役──マヤム・トルティカナ。
ツバサより実年齢は年上なのに年下の美少女にしか見えない彼女は、ちょっとした悪戯心から自らを女性化させてしまった元GMの1人だ。
今ではすっかり順応し、女神として過ごしている。
GM時代から愛用の女性化させた身体を誤魔化すための外套《がいとう》。これを脱いで上着を袖まくりして、エプロン姿で包丁を振るっていた。
手当たり次第に食材を切り刻み、煮える鍋に放り込んでいく。
「私たちも料理は一通りできますけど、素早くたくさん作るっていうことには慣れてませんからね……ほら宿六! アンタも手を動かしなさい!」
「ったく、拳銃使いに包丁持たせんなよ……痛ぇ! 指切った!?」
拳銃使い──バリー・ポイント。
偵察猟兵──ケイラ・セントールァ。
この夫婦も炊き出し用の雑炊を作るために駆り出されているのだが、花嫁修業の経験があるケイラはともかく、バリーは最低限の調理系技能しか持ってないため、野菜の皮を剥くのにも四苦八苦している有り様だった。
ケイラはケンタウロスの馬体まで覆う大型エプロンを着用。
バリーはウェスタンハットこそ絶対に外さないが、同じくらいトレードマークの防塵マントを脱いで、紳士向けのエプロンを着せられていた。
「ツバサ君に応援を頼んだが、あちらも立て込んでいるそうだ……今、ミサキ君にも連絡してみるから、もうしばらく辛抱してくれ」
ククルカン陣営の長──アハウ・ククルカン。
獣神ともいうべき彼だが最近は人間に近い姿でいられるため、作務衣で過ごすようになった。そんな彼もこの事態にはエプロン着用で挑んでいた。
アハウが保護する猿に似た獣人種族──ヴァルナ。
この緊急事態には猫の手でも猿の手でも借りたいということで、手先の器用な者たちを駆り出して、炊き出しの手伝いをしてもらっていた。
「アハウ様! 雑炊100人前追加お願いします!」
「こっちは150人前です! 用意した側から無くなっていきます!」
「うああああぁぁ……ツバサくぅーん、早く来てぇぇぇーッ!?」
この報告を聞いてマヤムは泣き喚いた。
アハウは緊張こそ弛めないものの大きくため息をつくと、現状を見つめ直そうと振り向き、かつてない光景を目にして押し寄せる疲労感にため息をついた。
だが、これは嬉しいため息だった。
熱帯雨林を切り拓いて作られた──ヴァルナの村。
その中央にマヤアステカ風のピラミッドが建っており、これがアハウたちの拠点だった。ピラミッドなのは見掛けだけ、中身は現代風になっている。
このピラミッドの前に村の広場があるのだが──。
「あれだけ探しても見つからなかったのに……来る時はいっぺんだな」
突如現れた大勢の現地種族が、炊き出しの恩恵に与っていた。
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